秋月瑛二の「憂国」つぶやき日記

政治・社会・思想-反日本共産党・反共産主義

保守

0545/中西輝政=八木秀次・保守はいま何をすべきか(PHP、2008)を読んで-その2。

 中西輝政=八木秀次・保守はいま何をすべきか(PHP、2008.06)を読了したが、後味はよくない。第一は、すでに書いたように、天皇・皇位・皇室を重視する発言をしているこの二人が、別の雑誌では、揃いも揃って、特定の皇族を実質的に攻撃する<左翼が喜びそうな>ことを書いていることにある。中西よ、八木よ、<保守>とは「ふくよかな」ものではないのか?
 第二に、二人の議論の水準が高くない。中西輝政の発言が2/3か3/4くらいはある印象で、八木秀次は「仰る通りです」と挿む程度の「対談」部分も少なくない。実質的には、中西輝政の一人話(講演)で、相槌を打つのが八木の役割の如き(それだけとは単純視しないが)本のようだ。
 内容的にも、例えば最後の方で、<保守>は日本近代史にかかわりすぎたので(「建武の中興」を含む)日本の歴史を広く勉強し認識することが重要という<心構え>が述べられている。だが、読者に役立つような参考文献は挙げられておらず、古事記・日本書記・太平記等の「現代語訳」でもじっくりと(苦労して)読め、というつもりだろうか。また、そもそも日本史学界は戦後に圧倒的にマルクス主義者が支配したはずで、ヘタに日本史関係の本を読むと、公言はむろんされていなくとも実質的にはマルクス主義的歴史観に立った日本の歴史を勉強し認識してしまうことになりかねないが、そのような日本史学界への警戒の言葉などどこにも一つもない。ある意味では無責任な<放談>の類の本なのだ
 第三に、時間的には第一、第二のあとで感じたのだが、何となくヘンな本だ、という印象は次のようなことにあると思われる。
 政党であれば、自らの組織のために今後又は当面「何をすべきか」を議論して方針としてまとめて(文書化して)いくのだろうが、<保守>陣営にはそのような組織はない。同じことだが、<保守>派が何らかの団体を作っているわけでもない。あるかもしれないが、それは、<保守派>の一部の人たちの組織・団体であるか、特定の政策目的をもった組織・団体だろう。<左翼>の側にだって、実質的な(中国共産党、北朝鮮・金日成、アメリカの一部にも通じた)ネットワークはあるかもしれないが、一つの組織・団体のもとに集結しているわけではない。従って、<左翼はいま何をすべきか>というタイトルの本を<左翼>と自認する二人ほどの者が刊行するとはとても考えられない。
 しかるに、不思議なことに、なぜか<保守>に関しては、中西輝政=八木秀次・保守はいま何をすべきか(PHP)などという本が刊行されているわけだ。
 これに何故違和感を感じたのか。中西輝政と八木秀次の二人が<保守>の一人としての<私はいま(今後)何をなすべきか>を公表する又は語り合うのならばよい
 しかるに、なぜ、この二人は、「保守はいま何をすべきか」を論じる資格があるのか。<保守>の世界にも論客は多数いるので例えば30名ばかりを集めて、「保守はいま何をすべきか」を論じて一冊の(シンポジウム)記録にすることは考えられなくはないと思うが、たった二人で、この二人が、なぜ平然と「保守はいま何をすべきか」を語っているのか。このタイトルにふさわしい結論が出ると考える方がおかしい(その意味では、何かの期待をしてさっそく入手した私も馬鹿だ)。
 むろん中西と八木には、自分は「保守」だとの自信があるのだろうが、まるで二人が<保守>を代表しているかの如きタイトルの付け方は(<左翼はいま何をすべきか>という本の刊行が想定し難いということの他に)、きわめて傲慢だ。それに既述のように、いろいろなことに触れられてはいるが散漫で、理論的にも資料的にもさほど有用な本になっていない(税込み1500円以下の本でこのタイトルの本を出すのだから、PHP研究所の蛮勇もスゴいものだ)。
 第四は、八木秀次にかかわる。「あとがき」によると安倍首相退陣表明後に八木は「再起を期そう…。作戦の練り直しだ」と諸君!2007年11月号に書いたらしい(その当時私もたぶん読んでいる)。そして、この中西輝政との対談本は「再び”保守”が立ち上がるために行った『作戦会議』の記録」だ、という(p.242)。
 八木秀次は何か大きな勘違いをしているのではないか。
 「作戦会議」と言えるほどの内容になっていないと思われることは別として、ひとつは、なぜ、<保守>の作戦会議に(そういうものが仮にあるとして)八木秀次が加わる必要があるのか、だ。表現を変えれば、八木秀次にはなぜ、<保守>陣営全体の「作戦」を考える資格があるのか。この人はそれほどの人物なのか、という疑問だ。
 ふたつは、本当に<保守>陣営全体の「作戦」を考えるならば、税込み1500円以下の本で大学に所属する二人が語りあってまともなものが出来る筈がない。そして、①本当の、真剣味を帯びた「作戦」ならば、「本」にして市販することなどはしない。日本の「左翼」も、中国共産党も金日成もアメリカ人等も簡単に入手できる本を出版して、真の<保守の作戦>を明らかにしてしまってよいのか。そんなことはしないだろう。インテリジェンスに詳しい中西輝政は、この点は理解しており、所詮は公にできる程度のことしか喋られないことは前提としていると思われる。だが、「再び”保守”が立ち上がるために行った『作戦会議』の記録」だなどとのたまう八木秀次は、「作戦」とは本来は敵に<秘匿>されていなければならないことが、頭の中に全く入っていないのではないか。
 ②本当の、真剣味を帯びた「作戦」ならば、大学所属の二人によってなどではなく、現在であれぱ当然に安倍晋三や(敢えて書かないが)某や某等々の政治家、経済界の某、某、マスコミ界(新聞、テレビ、出版社)の某、某等々の幹部、朝日新聞の中にもいる<保守>の某等々を中心にして錬られるべきだ。「評論家」業も営む者は、せいぜいアドパイザーたる役割を果たす程度に理解しておいた方が実際にも即しているように思う。しかるに、八木はなんとも軽く?言う。この本は、「再び”保守”が立ち上がるために行った『作戦会議』の記録」なのだと!
 ついでに-八木秀次は憲法学者ならば、もう少し現在の憲法学界の実情を報告してほしいし、日本的に物故者(又は現役引退者)に限ってもよいが、有力な戦後の憲法学者の「憲法思想」を批判的に分析してもらいたい。それは「憲法」学のみならず日本の国家・社会の全体にかかわるのだ。宮沢俊義、小林直樹、芦部信喜…。東京大学に限っても、総括的な検討がされてよい学者は多数いると思われる。樋口陽一はまだいちおう現役だと思うが、八木は樋口陽一が書いて一般国民も読んでいるような文章・その内容を批判的に検討したことがあるのだろうか。そのようなものがきちんとあると、私ごときがこの欄で樋口陽一を取り上げる必要はなくなる。
 表向きだけ、又は「健康で文化的な最低限度の」生存の手段だけが「憲法学者」という業で、実態は<保守>活動家・運動家に堕しているならば、「憲法学者」としての彼に期待することは何もない。

0427/呉智英はやはり奇妙だ-自費出版自体を批判・揶揄。

 新風舎破産→売れずゴミとして廃棄される在庫書籍500万冊→「よくもまあ、こんなに沢山の自費出版本」(「膨大な資源の浪費」)→「素人」が作文することを否定しないが「素人の作文を金を取って売ることを慨嘆」する(「素人の作文は、普通、金をつけて読んでいただくものだろう」)。
 以上のような論の運びを、産経新聞3/20のコラム「断」で呉智英がしている。
 振り返ってみると、昨年3/21に「呉智英には失望した。もうこの人の文章は読まないことにしたい」と書いていた。それ以後この人の本には見向きもしていないが、新聞紙上の文章にはつい目が行ってしまう。
 先週も呉智英の保守派への皮肉?を論理的でないと書いたばかりなので気が引けるが、上の文章の論理展開も少しおかしくはないか?
 呉智英は文末で「自己表現、自分史、文化センターの文章講座、自由で活発な出版制度…」の中に「愚かさと罪深さが潜んでいる」と書いている(そうとしか読めない)。
 この文章も含めていうと、このコラムが自費出版した(しようとした、しようとしている)「素人」を批判しているのは明らかだ。「素人」が作文するのはよいが「金を取って」売ろうなどと考えるな、と主張しているのだ(そのように読める)。
 かかる論旨は必ずしも適切とは思われない。上の根拠が新風舎破産→売れずゴミとして廃棄される在庫書籍500万冊・「膨大な資源の浪費」にあるのだとすれば、問題は新風舎倒産自体に原因があり、その経営・営業方針(勧誘の仕方・事後処理の仕方等々)に問題があったのだろうとまず批判すべきであって、その点には何も触れないで自費出版希望者に批判の矛先を向けるのは<お門違い>ではないか。
 むろん、簡単に有数書店の全てに自分の本が展示されるのを夢見るような、やや非常識と思われる「素人」もいる(いた)だろうが、「自費」を払って(自分史でも何でもよいが)自分を著者とする本を出版したいと思う(そして出版会社と契約した、又は契約しようとする)こと自体を非難するのは奇妙であり、むしろ誤っていると思われる。問題は、そのような需要を逆手に取って<商売>し、失敗する(した)又はもともと<悪徳な商売>をする(した)企業・業者側により多くあるのではないか。
 やはり呉智英はおかしい。自分は産経新聞社から原稿料を受けとる「玄人(くろうと)」であるつもりなのだろう。自らの「玄人」性を微塵も疑わずに「愚かさと罪深さ」をもつ(らしい)「素人」の自費出版希望者を揶揄するとは、相当に傲慢だ。
 産経新聞からの原稿料の一部は当然に産経新聞の読者が負担している。自費出版や「自己表現、自分史、文化センターの文章講座、自由で活発な出版制度」の現状を全面的に肯定しているわけでは全くない。だが、<玄人>然として、<素人>でも気づくような非論理的又は不適切な内容のコラムを書くのはやめていただきたい。

0417/丸山真男全集の一部を読む-欧州「啓蒙主義」追随者・「進歩」主義者の<自認>。

 「保守主義」と「進歩主義」の差違・対比について佐伯啓思が述べている部分を先日に要約した。
 これとの関係で、丸山真男が次のように明確に述べているのは興味深い。丸山真男集・第12巻(1996.08)所収の「『現代政治の思想と行動』英語版への著者序文」にある文章で、これは基本的には1962年に英文で丸山が書いたものを1982年に一部手直しをしつつ日本語化したもののようだ。
 すなわち、「私は自分が十八世紀啓蒙主義の追随者であって、人間の進歩という『陳腐な』観念を依然として固守するものであることをよろこんで自認する」(全集12巻p.48)。
 何ともあっけらかんとしたものだ。これで済ますことができた時代の学者・知識人は<楽>だったに違いない。
 全集のこの巻(1982~1987)には丸山真男とマルクス主義との関連、丸山の思想的背景等を示す文章が収録されていて、資料的価値は高いだろう。
 なお、樋口陽一は、全集第10巻(1996.06)の月報に登場して、丸山真男を「先生」と呼び、丸山のある文章の慧眼ぶりを敬意をもって記す文章を載せている。さすがに<進歩的知識人>の衣鉢を継いだ者というべきだろう。
 ついでに、全集第8巻(1996.02)の月報の執筆者は、日高六郎、三木睦子、筑紫哲也の三名だ。全部を見たわけではないが、岩波が依頼したはずの月報執筆者は、全員がいわゆる「左翼」のオン・パレードではないか。

0407/呉智英-産経3/01でまた珍論。

 産経新聞3/01のコラム欄(「断」)で、呉智英がまた奇妙なことを書いている。
 やや単純化すると、三浦和義が米国の裁判でクロになったら、「保守主義者よ、かかる近代国家、法治国家で、道徳の再興を説き、道徳教育の実現を画することが、どうしてできようか」、と言う。
 この論理はあまりにも唐突だが、媒介項としてあるのが、道徳と国家・法律が衝突すれば、近代国家・法治国家では後者が勝つのが自明だ、という主張だ。
 呉智英は率直に言って、莫迦(失礼乍ら=アホ)ではないだろうか。
 道徳と法律が衝突すれば、近代国家・法治国家では後者が優先する(反道徳的でも合法でありうる)という主張はおそらく基本的には(なお後述)適切だ。
 だが、そのことから、「道徳の再興を説き、道徳教育の実現を画する」、「しかめつらしい顔をした」「保守主義者」に対する皮肉あるいは批判がどうして出てくるのか
 第一に、「道徳」に明瞭に矛盾している<法律>が優先するのは、国家の裁判・訴訟という場面での現象で、一般的に「道徳」規範の意味がなくなるわけではない。裁判上は<無罪>であっても<無実>とは限らないこと、その場合に犯罪者は道徳・<良心>による別の(法的ではない精神的)裁きを受けうること、は常識的なことだろう。
 道徳も(近代法治国家では)法律には負ける→道徳の再興・道徳教育の実現を説くことはできない、という論理がいったい何処から出てくるのか。かかる幼稚な論理が公然と語られることに心寒い思いがする。
 第二に、「道徳」と「法律」は別次元に存在しているのではなく、前者の観点から絶えず後者の見直し(=改正)が図られるべきものだ。両者が矛盾することはあるのが当然だが、それが常態となるような社会は健全ではないだろう。
 呉智英のいう「近代国家、法治国家」においても、<道徳>の意味が失われるわけでは全くない。それは、「近代国家、法治国家」の具体的内実を変えていく機能を果たしうる。
 とりあえず以上ですでに十分だが、第三に、①<道徳>の意味、②「近代国家、法治国家」の意味(呉智英は「法の支配」と「法治主義」(<「法治国家」)の異同を知っているのか?)、を呉智英はどれほど明確・厳密に理解したうえで執筆しているのか? ③やや細かいが、(刑事)裁判といっても日本と米国で手続や有罪とするための基準は同一ではないと見られることについて、いかほどの考慮を払っているのか、との疑問もある。(なお、同一国家でも、ある時点で有罪とされたが数十年後の新証拠発見(発生)により再審・無罪となることもある。ということは、その逆も(裁判手続上の認定は無理でも事実としては)ありうるのであり、時間軸を無視した過去と現在の単純な比較は意味がない。)
 呉智英は産経新聞紙上で「保守主義者」を刺激したいようだ。残念ながら、全く成功していない。「保守主義」者という言葉自体がどういう意味で用いられているかも、厳密には不明なのだが。
 ついでに書いておく。「法治国家」という場合の「法」には法律の他に憲法も含んでいるだろう。憲法>法律なのであって、法律でも破れない規範的枠・基準を憲法は定めていて、主として法律制定者(<国家)を拘束する。その憲法の背後又は基礎には、「道徳」と呼ぶかどうかはともかく、より高次の<理念>(<最高規範>?)があるはずだ、と思われる。この「道徳」、基本的<理念>の具体的内容については多様な議論がありうる。
 呉智英は「保守主義者」のみが「道徳」という(「法律」とは矛盾しうる)より高次の規範・価値基準の存在を主張しているかの如き書き方をしているが、「保守主義者」でなく「進歩主義」者・「左翼」もまた、何らかの(「法律」とは矛盾しうる)高次の規範・価値基準の存在を前提にしており、主張していると思われる。
 問題は、「法律」と矛盾しうる高次の規範・価値基準の具体的内容なのだ。政策や法律改正をめぐる議論と闘争は、多様な高次の規範・価値基準のうちどれが適切かをめぐってなされているとも言えるのだ。
 一部では著名らしい(本当か?)評論家らしき者に対してこんな幼稚で常識的なことを書いて時間を潰すのも莫迦ゝゝしく思えたが、せっかく書いたので残しておこう。

0398/佐伯啓思・隠された思考(筑摩、1985)-その2。

 佐伯啓思・隠された思考(筑摩、1985)の第一章「大衆社会の記号論-セミオクラシーとセミオシス」の「Ⅰ・経済と象徴体系」と「Ⅱ・消費社会の記号論」(p.18~p.42)を昨夜(2/16)を読んだ。
 概念・言葉・論理を操作したことがあるために少しは理解容易になっているとは思うが、難渋なところはあるがほぼ理解でき、面白く、刺激的だ。
 論旨の紹介は半分程度の書き写しになりそうなので避ける。以下、趣味的な一部引用と感想等。
 ①「現代とは途方もない豊かさの中にひたすら破滅への白昼夢を見る永遠の砂漠だ、と…はいう」。/「この世紀末風のアンニュイはわれわれの胃の腑を満たすというよりそれを麻痺させ、だらしない欲望の無限階段を一段ずつ上げてゆく」。(p.18)
 こんな文章は、本来は経済学専攻の者のものとは思われないほど<文学的>で、小説(観念小説?)で使えそうだ。
 ②「記号の差違が作る関係性と非記号的な実体性、出来事の瞬時性と存在の持続性、その交差平面に象徴的ともいうべきリアリティが存在する」。(p.26)
 こんな難解そうな文章が混じっている。ソシュールが出てきそうと感じていたら、あとでやはり登場してきた。
 ③<「記号の本質」は「記号機能」=記号の「表現系列」と「内容系列」を結合させ「相同性」を作る点にあるとすれば、「現代社会の特質は、表現と内容の解釈可能なある安定した領域の限界を突破するほど、その機能を極限化しつつある」ことにある。>(p.28-29)
 上に同じ。
 ④セミオクラシー=「あらゆるものを記号とみなす思考」(p.30)。セミオクラシー=「隠され、背後に退いたものを無視し「圧縮」することによって、顕在化した現象の世界でたわむれる、屈折した実証精神」(p.39)
 定義らしきものを探してみた。なお、「Ⅱ」の最後で佐伯は「そもそもセミオクラシーということがありうるのだろうか」と問うてもいる。未読の「Ⅲ」以降でさらに展開があるのだろう。
 以上は、要旨、つまり佐伯の言いたいことの抜粋でもなんでもない。
 ふと感じるに、この本の作業は、政治実践上の主義としての<保守と進歩>とか<右と左>には直接には何の関係もなさそうに見える。
 私は<ウヨ>とか<保守>とか評する人はいるだろうが、私の関心の基本的出発点は、決して長くはない人生、人間・社会・国家についてもっときちんとした知識・認識を得たうえで(あるいは、きちんと考えたうえで)死にたい、ということにある。
 <現実>にも口を挟んではいるのだが、例えば、朝日新聞の虚報・捏造、報道機関性を超えたその「政治(謀略)機関」性を批判することは、<右・左>や<保守・進歩>とは関係がない。あるのは、事実か虚偽か、論理一貫か論旨混乱か、真っ当か「歪んでいる」か、という違いだけだろう。
 マルクス主義・日本共産党に対する態度も同じ。可笑しいことは可笑しい、嘘はウソだ、誤りは誤りだ、と言っているにすぎない。
 佐伯啓思の本を読んでいると、何故か心が落ちつく。

0390/読書履歴2/11付。

 たぶん2/07夜に、佐伯啓思・イデオロギー/脱イデオロギー(岩波、1995)を全読了。同・現代日本のイデオロギーは未読の部分がまだある。
 2/09夜に福田恆存・同評論集第八巻(麗澤大学出版会、2007)の一部を読む。
 既読の月刊正論3月号(産経)の新保祐司「伝統を大切にするという事」は、保守とは、たんに「守る」のではなくつねに「伝統を新鮮にし、蘇らせ」る営為だ(p.99)、旨の主張をしているようだ。反対はしないが、しかし、現在の日本と日本人にとっての「伝統」とはそもそも何なのか。この点を明瞭にしてもらわないと隔靴掻痒の感あり(この人の他の文章は読んだことがない)。
 戦後60年余、現在70歳(1937~38年生)未満の者は、ほとんど又は全く、戦後教育しか受けず、戦後の空気しか吸っていない。<戦後民主主義>もまた(あるいはこれこそが)、<保守>すべき日本の<伝統>と考えている(又は感じている)人々が既に多数いるのではないか。

0363/呉智英は他人に「バッカじゃなかろか」と言えるか。

 呉智英という評論家が日本国憲法九条擁護派(改正反対派)だということを知って唖然とし、一文を二度に分けて認(したた)めたことがことがあった。
 その呉智英が、産経新聞12/22付の小さなコラムで、つぎのような「妙な」ことを書いている。
 「宮本〔顕治〕の死後、保守系の論壇誌は、彼の関わった戦前のスパイ嫌疑者査問致死事件を一斉に書き立て、その『非人間性』を非難した。バッカじゃなかろか」。戦前に非合法だった共産党が「革命軍の中に潜入した敵のスパイを摘発殺害して何の不思議があろう」。「近頃、保守派までが革新派と同じようにブリッコ化・幼児化していないか」。等々。
 第一に、宮本顕治逝去後、「保守系の論壇誌」が宮本の関わった「戦前のスパイ嫌疑者査問致死事件を一斉に書き立て」た、というのは事実なのかどうか。そして、「その『非人間性』を非難した」というのも事実なのかどうか。
 短いコラムなので実証的根拠・資料を示せなくても当然かもしれないが、上の二つは、私には事実とは思えない。
 そもそも「保守系の論壇誌」とはいったいどれどれのことか。正論(産経)、諸君!(文藝春秋)、ヴォイス(PHP)あたりは入るのだろうか。こんな詮索は別としても、私が全てを読んだわけではないが、上のような事実の印象はない。宮本に関する記事の中に「戦前のスパイ嫌疑者査問致死事件」への言及があっても、それは当然のことだろう。しかし、そのことは、「一斉に書き立て」て、「その『非人間性』を非難した」ということを全く意味してはいない。
 なお、記憶のかぎりでは、産経新聞は、宮本を「マニュアル人間」だったとする、ユニークな見方を示していた。
 呉智英は、実在しない亡霊に向かって吠えたてているのではないか。
 第二に、「スパイ嫌疑者査問致死」は「敵のスパイ」の「摘発殺害」で、戦前では「何の不思議があろう」というが、かかる議論・主張を日本共産党自体、宮本顕治自身が何らしてこなかったことを、呉智英はどう評価しているのか。この問題については、彼は一言も述べていない。
 上の「何の不思議があろう」という見方は当然にありうるだろう(但し、すでに言い古されたことで、新鮮では全くない)。だが、日本共産党も宮本顕治も、懸命になって、「殺人」ではない(監禁・傷害致死ですらない偶発的事故だ)、と強く、一貫して主張してきている(いた)のだ。袴田里見(元副委員長)は、このような主張を維持するための犠牲になって除名されたのだ。
 呉智英は「現在の価値観から過去を裁断してはならないとは、保守派…の口癖」だとし、「その通りだ」とも言っている。呉智英の立場からだと、上のような日本共産党の主張こそが、「現在の価値観から」のもので、当時(戦前)の共産党・革命をめぐる状況・環境を前提としていない、ということになるのではないか。そして、(かりに上記の事実があったとしても)「保守派」とともに日本共産党もまた「バッカじゃなかろか」と批判しなければいけないのではないか。
 (ひょっとして日本共産党の上のごとき主張を知らないのだとすれば、この人に「評論家」の資格は全くない。)
 呉智英の論は、上の如く、重要又は基礎的な事実誤認がある可能性があり、かりに事実誤認がなかったとしても、批判の対象に日本共産党を加えていないという重大な欠陥をもつものだ。
 この人はそもそも「保守派」なのか「革新派」なのか。産経新聞に登場しているからといって「保守派」であるとは限らないということを、某評論家=武田徹の登場によって鮮明に知った。
 そんな右・左もどうでもよい。せめて、事実をきちんと認識したうえで、かつ単純化・一般化しすぎないで(「一斉に書き立て」などという表現は一定の主観混じりの単純化によって目が曇っていることの証左ではないか)、さらに論理性の一貫した内容の文章を書いてもらいたい。
 「幼児化」(あるいは痴呆的老人化?)しているのは、呉智英その人ではないのか。「バッカじゃなかろか」との言葉を簡単に使っていることにも、感情過多・論理性衰弱が窺えるように思われるのだが…。

0333/佐藤優における左翼・右翼。

 佐藤優のものは、食わず嫌い的なところがあってか、まともに読んだことがない。
 諸君!11月号の「保守再建」の中で、彼は、左翼と右翼につき、つぎの「暫定的定義」を示す(p.130)。
 左翼-「人間の理性を信頼し、合理的計画で理想的社会を構築することができると考える。…唯物論、無神論、性善説と親和的である。…進歩主義に依拠して…表現する」。
 右翼-「人間の理性には限界があると考える。…理性を信頼した合理的計画で理想的社会を構築しようとしても、それは実現できず、醜悪な事態を招く可能性があると考える。そのため合理性の枠内では正当化できない伝統、神などの観念を重視する。…観念論、宗教、性悪説と親和的である。…保守思想に依拠して…表明する」。
 ほとんど異論はない。そして、戦後教育の優等生たちは(例えば上級官僚・法曹は)、とくに若い又は壮年の間は、優等生であるがゆえに「人間の理性を信頼し」て、自然に左翼的になっているだろうことも理解できる。マスコミに巣くっている、自分を<学歴のある、インテリ>の端くれと見なしている者も同様かもしれない。
 「人間の理性には限界があると考える」、そういう教育も大切だろう。
 疑問を呈したくなるのは、(「観念論」が右翼にのみ語られる場合の「観念論」とは左翼の「唯物論」に対比されているのかもしれないが、左翼教条主義・左翼「観念論」も十分ありうると思うので、概念の使い方になるだろうことは別として)性善説と性悪説を左翼と右翼に対応させていることだ。
 はたして、そうか。左翼の行き着いた末は1億人以上の殺戮だったが、同志や国民への猜疑心は「性悪説」にこそ親和的かも。また、右翼(保守)は基本的には「性善説」に立って人の歴史や叡智を信頼するのではないか。-という感想が生じた。
 だが、ともあれ、この人はソ連、ロシアに詳しいのは確かなようだ。

0297/小沢一郎とは何者か-「立場や状況」に応じた変節者?

 小沢一郎氏は変節したかウソを言っているかのいずれかだと考えてそのかつての著・日本改造計画(1993)と今の民主党の主張を2回続けて比べてみたのだが、似たようなことを本格的に考える人・団体は当然ながら存在するもので、「歴史と国益の視点から日本再生を目指す、戦うシンクタンク」だという<日本政策研究センター>のサイトには、昨年の機関紙掲載論文の再掲という形で、<剛腕・小沢一郎氏の「矛盾と変節」>という分析の①~④が掲載されている。第一回(①)は→
http://www.seisaku-center.net/modules/wordpress/index.php?p=439
 小沢氏の歴史認識は、民主党内に蠢く左翼勢力とも十分共鳴するように見受けられる。結局、小沢氏はそうした勢力を意識して、自らの立場や状況に応じて、その政治的主張をコロコロと巧妙に変えているのかも知れない。とりわけ、民主党代表の座について以降の小沢氏の主張には、そんな印象を拭えない」から始まる原物は上のサイトの原文を見ていただくこととして、私が読んで勝手に要約してみる。
 第一回-1.外交につき小沢は2006年の雑誌・論座や近著・剛腕維新で日米中は「正三角形」関係と主張するが、これは1993年の本の認識・主張と違う。かつては「日米基軸」で、かつ「ASEANやオセアニア諸国との協力関係を緊密にする必要がある」と説いていたが、その中で中国に言及はしなかった。
 2.むしろ「中国はまだ経済的に発展途上であり、政治体制も異なっている」と述べ、かつ「日本のPKO協力に対し、『日本軍国主義復活の陰謀』などと非難した」などと中国への警戒的姿勢をかつては示していた。
 3.中西輝政によれば「日米中正三角形」論は「中国の一貫した外交方針であり、日米分断の論理」で、「このような虚構の論理を説く政治家は党利党略に目がくらみ国家的立場を見失ったか、北京と特殊の関係ができたか、と勘ぐらざるを得ない」という。
 第二回-1.2006年7月の北朝鮮のミサイル発射に関連して、小沢は「対北経済制裁は日本だけでは効果が限られるので、国連の共同作業として行うべきだ」旨を主張した。これは、国連安保理に中ロがいる以上は「事実上の経済制裁断念論」だ。
 2.だが3年前の某書の一部で小沢は、「民主党の中にも経済制裁と言う人がいますが、それをやったときに一番被害を受けるのは、つまり北朝鮮の国家テロの攻撃対象になるのは日本であり、日本人なのです」、「その覚悟があってやるのなら大賛成ですよ」とだけ述べて、国連のコンセンサスを得よなどとは言っていない
 3.近著・剛腕維新でも、3年前の主張として、「日朝間の物的、人的、金銭的流れを断てば絶大な効果があるだろう」と、日本の経済制裁の絶大な効果を認めている。「
国連の共同作業として行うべき」との昨年の主張と明らかに矛盾する。
 第三回-1.近著・剛腕維新で小沢は小泉首相に対して「政治家の信念というなら、たとえ批判されようとも堂々と終戦記念日の八月十五日に参拝すべきである」と焚きつけたが、小泉首相がその通り実行するや、「一部では『首相は信念を貫いた』という人がいるが、僕はまったくそう思わない。……本当に一国のリーダーとしての信念があるならば、天皇陛下がご参拝することができるように環境を整えるべき」だと氏は述べ、「退任前のパフォーマンス」だと手厳しく批判した(夕刊フジ・八月十八日「剛腕コラム」)。
 2.小沢は昨年、「東條英機元首相以下、当時の国家指導者たち」(つまり「A級戦犯」)は「靖国神社に祀られるべき人々ではない。彼らは英霊に値しない」と断罪して「霊璽簿に名前を記載するだけで祭神とされるのだから、単に抹消すればいい」と提案した(『剛腕維新』所収)。これは暴論だが、この論で一貫してきたわけでもなく、1986年4月に自治大臣だった小沢は「A級であろうがB級であろうがC級であろうがそういう問題ではない」「たまたま敗戦ということによって戦勝国によって戦犯という形でなされた人もいる」と述べ、「その責任論と私どもの(靖国神社参拝への)素直な気持ちというのはこれは別個に分けて考えていい」と答弁している。それが今や(昨年)、「A級戦犯」は「英霊に値しない」へと変わったのだ。
 第四回-小沢氏は最近の「剛腕コラム」で、「戦勝国側が一方的に断罪した「戦犯」は受け入れ難い」と書きつつ、「当時の国家指導者たちは、外国から言われる以前に、日本国民に対して戦争を指導した重大な責任を負っている」と強く批判しており、東京裁判=「報復裁判」の歴史認識に呪縛されているようだ。
 以上。
 前回に1993年の本の方が本音で今はウソをついている旨を書いたのだが、外交や歴史認識(・靖国問題)については、なるほど「民主党内に蠢く左翼勢力とも十分共鳴する」ところがあり、「そうした勢力を意識して、自らの立場や状況に応じて、その政治的主張をコロコロと巧妙に変えている
のかもしれない。立場に応じての<変節>だ。だが、いずれかが本音ならば別のいずれかは<ウソをついている>ことにもなるだろう。
 このような<変節>・<ウソつき>を簡単にできるがゆえにこそ、理念・政策が多少は異なるはずの諸政党を<渡り歩く>こともできたのだろう。
 小沢の1993年以降の履歴を少しメモしておこう。
 1993年06/18、宮沢内閣不信任案に賛成投票、6/23(自民党を離党して)新生党結成(代表は羽田孜、小沢は幹事長格)。
 1994年04/28、羽田孜少数派内閣発足(4/25に新生党、日本新党、民社党等が日本社会党抜きで国会会派「改新」を結成したことが原因)。
 同年06/29、首相指名選挙で海部俊樹をかついだが、自民党も推した社会党・村山富市に敗北。小沢は初めて野党議員に。
 同年12/10、新進党結成。党首は海部俊樹、小沢は幹事長。
 1995年7月参院選、新進党は19→40。羽田孜との間に亀裂。
 1996年10月衆院選、新進党は160→156で敗北。12月党大会で羽田孜を破って党首に。12/26-羽田孜ら13名が<太陽党>結成。
 1997年、「保保」路線を選択。12/18党首に再選される。12/25-新進党を解党
 1998年01/06、自由党結成。民主党に次ぐ野党第二党。
 同年11/19、小渕恵三首相との間で<自自連立>の合意。自由党幹事長・野田毅が自治大臣として入閣。小沢、5年ぶりに与党。
 1999年7月、公明党が参加し<自自公連立>政権に。
 2000年04/01、小沢が小渕首相と会談。連立解消へ。この直後、小渕氏は脳梗塞で倒れる。連立維持派と対立し自由党分裂。連立維持派は<保守党>を結成。6/25衆院選、自由党18→22。
 2003年9月、自由党が民主党(この時の代表・鳩山由紀夫)に吸収される(表向きは「合併」)。
 2006年04/07、小沢、菅直人を破り、民主党代表に。
 何ともめまぐるしい履歴だ。1998.11~2000.03に<自自連立>・<自自公連立>の時代があったことをじつは失念していた。2000年04/01に小渕恵三首相は相当に精神的ストレスを感じるやりとりを小沢との間で行ったに違いないことも思い出した。
 小沢だけに限らないだろうが、国益も日本の将来の基本的方向も考えない政党の離合集散、政党の<渡り歩き>を通じて、平気で<変節>し又は<ウソをつける>体質・気質をより強く身に付けたのだろう、と思われる。
 参院選選挙公報の民主党の部分には、小沢一郎の大きな顔の下に、「自治労組織局次長」、「元日教組教文局長」等々、かつてなら日本社会党から立候補しただろうような人びとが並んでいる。小沢は、1993年頃の自分の政治理念・基本政策を思い出すとき、現在の自分を恥ずかしくは思わないのだろうか

 

0149/「大衆」の忘恩と小児性-「民主主義」は機能するか。

 すでに読み終えた中川八洋・保守主義の哲学だが、刺激的な言葉が随所にある。例えば、
 「日本列島は無政府状態の色を濃くしているし、レーニン/ヒットラーの全体主義を再現するかのような不気味な土壌をつくりつつある」(p.297)。
 「日本の学界・教育界は、大正デモクラシーの大波をかぶってそのままデカルト/ルソー/マルクスの住む島に流れつきそこにとじこもることすでに八十年、理性万能の狂妄から目を覚ますことがない」(p.325)。
 ところで、読みながら、失礼ながら何故か、「きっこのブログ」や「きっこの日記」のきっこ?を想起してしまったのは、第六章「平等という自由の敵」の第四節「大衆という暴君」の中の、次のような、紹介されている等の、いくつかの言葉だった(p.298-9)。
 オルテガ-「大衆人」は「生の中心がほかでもなく、いかなるモラルにも束縛されずに生きたいという願望にある」。
 中川-「道徳」とは…のことだが、「これを欠くか、ない方がよいと願う「大衆人」とは、その本性において、社会主義者・共産主義者のシンパとなりやすい特性をもっている」。
 オルテガ-「大衆人」は「倫理・道徳性の欠如」を示し、「忘恩の徒」となる。「忘恩」とは「甘やかされた子供の心理」でもあり、「今日の大衆人の心理図表に…線を引くことができる。…安楽な生存を可能にしてくれたいっさいのものに対する徹底した忘恩の線を…」。
 ホイジンガ-「ピュアリリズム(小児病)」とは「子供を大人に引き上げようとせず、逆に子供の行動にあわせてふるまう社会、このような社会の精神態度」のことだ。
 ホイジンガ-「ピュアリリズム(小児病)」の特質は「…他人の思想に寛容でないこと、褒めたり、非難するとき、途方もなく誇大化すること、自己愛や集団意識に媚びるイリュージョンに取り憑かれやすいこと」だ。
 ル=ボン-「衝動的で、昂奮しやすく、推理する力のないこと、判断力あよび批判精神を欠いていること、感情の誇張的であることなど…こういう群衆のいくつかの特徴は、野蛮人や小児のような進化程度の低い人間にもまた同様に観察される」。
 自戒の意味も込める必要があるが、きっこ?氏に限らず、日本という国家への「忘恩」、上に種々書かれている「小児」性は日本国民のかなりの部分に蔓延しているのではないだろうか。上では「大衆」という言葉が使われ、中川八洋には「大衆蔑視」的ニュアンスが全くなくはないと感じるのは気になるところだが、ほぼ「(一般)国民」と置き換えて読むべきだろう。そして、国民の「忘恩」と「小児」性は、「民主主義」は適切に機能するか、の基本的な問題でもある、とも考えるのだ。

0125/中川八洋・保守の哲学(PHP、2004)を全読了。

 一昨日6日の夜に、中川八洋・保守主義の哲学(PHP、2004)をやっと全読了した。
 紹介又は引用したい箇所は多すぎる。全体の論調から日本の現在に即していえば、日本の「保守」言論界や自民党の中にも(中川からみれば)「危険」な思想に毒されていながらそれに気づいていない者が多くいることになるだろう。それだけ、中川の危機意識は強く、現状批判は厳しい。
 「あとがき」の冒頭はこうだ。-「日本は自由主義であるが、教育界・学界・出版界ではいまだに『マルクスとフロイトに代表される迷信の時代』(ハイエク)が続いており、日本は今も『思想における北朝鮮』の観を呈している。日本人の頭が左翼イデオロギーの思想に汚染された、奇怪な状況を見るにつけ、二十一世紀日本とは自由社会ではなく、一九九一年に滅んだ”二〇世紀のソ連”が再来していると思わざるをえない」。
 私も日本の「思想」状況はおかしい、とりわけ社会系・人文系の大学教授たちやマスコミで働く者たちの多くはかなりヒドい、とは思ってはいるが、上のようにまでは書けない(それほどとは思っていない)。
 例えば上の点にも現れているだろうが、中川の議論には従えないと思える点もあり、うーんこの点は私も中川の批判対象になるな、と感じた点もあった。
 いずれ具体的には、明日以降で話題にする。
 今夜は、中川が本文で言及しつつ、「日本を害する人間憎悪・伝統否定・自由破壊の思想家たち」として表でまとめている計30名をそのまま紹介しておく。中川・正統の哲学/異端の思想(徳間、1996)では「正統の哲学」者27人がリストアップされていたが、この保守の哲学(2004)による修正版は次回以降に記そう。
 ワースト6(没年順)-デカルトルソーヘーゲルマルクスレーニンフロイト
 その他24(没年順)-ホッブス、コンドルセ、ペイン、サン=シモン、ベンサム、シェイエス、フーリエ、コント、プルードン、フォイエルバッハ、ミル、バクーニン、エンゲルス、ニーチェ、クロポトキン、ケインズ、マンハイム、デューイ、ケルゼン、ハイデガー、マルクーゼ、サルトル、フーコー、カール・シュミット、ハーバーマス。(以上、p.385)
 かつて中学・高校時代に習ったかなりの世界的「思想」家が含まれている。マルクーゼやサルトルが入るのは当然だろうと思いつつ、ハイデガー、カール・シュミット、ハーバーマスが入っているのはかなり印象的だ。現在でもハーバーマス(の理論)を参考にしようとする人は結構いるのではないか。
 また、中川によればケインズも「日本を害する」。-「道徳破壊のマルクス経済学と、道徳否定のケインズ経済学とは”反道徳”において双生児である」(p.345)。
 ケインジアンはかつての首相の中にもいたし、財務省官僚の中に今でもいくらでもいそうな気がするが、このあたりになると私には殆ど分からない。ハイエクと対比されるのは解るが、一挙にマルクスらと同列にされてしまうとは…。


0110/保守すべき日本の<歴史や文化や習慣>とは具体的には何か。

 産経5/1のコラム欄で河村直哉が「保守」について、「保ち守るべきものは歴史や文化や習慣に根ざした日本という国のたたずまいだと、まずは確認したい」と述べている。
 こうした理解に反対する気はない。だが-このコラムの主題ではないのだが-、問題なのは、<歴史や文化や習慣に根ざした日本という国のたたずまい>とは具体的に一体いかなるものを意味するのか、だと思うのだ。
 あるいは常識的には、戦前にあり戦後に失われてしまった、又は失われつつある日本的な<精神>又は<道徳規範>といったものを含むのかもしれない。
 しかし、戦後すでに60年以上経過した。前回使った語をここでも用いれば、戦後の<平等・民主主義・平和・無国籍>教育のもとで培われてきた平等観・民主主義観・平和(戦争)観・国家観等は、すでに多くの日本人にとっての「歴史や文化や習慣」として根付いてきている、あるいは「歴史や文化や習慣」の重要な部分そのものになってきている、と言えないだろうか。
 そういう現象を肯定しているのではない。むしろそういう現象に伴う日本国家の「溶解」を強く危惧している。ただ、60年も経過すれば、すでに既成事実として、新しい「歴史」等が発生してしまっているのではないか、と言いたいのだ。
 結局のところ、「保守」主義という考え方において「保守」すべきものは具体的には一体何か、という問題に立ち戻る必要がある。
 冒頭に言及したコラムにおける「保守」の反米と親米の区別(あるいはその相対化)の関係でいえば、抽象的だが、何らかの日本的価値の「保守」(そのためには国家としての「自立」が相当程度の前提になる)と現在のスーパーパワー・米国との関係を(その中にはまず軍事問題が含まれ、その次が経済問題かと思える)どう折り合わせるかという問題だと思われる。そして、二項対立的な議論によって決せられるものではなく、様々のバリエーションの中から、そのときどきの条件・事情のもとでいずれかの「中間」的な選択がなされるのだろう。

ギャラリー
  • 1181/ベルリン・シュタージ博物館。
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  • 1180/プラハ市民は日本共産党のようにレーニンとスターリンを区別しているか。
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  • 0801/鳩山由紀夫は祖父やクーデカホフ・カレルギーの如く「左の」全体主義とも闘うのか。
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  • 0800/朝日新聞社説の「東京裁判」観と日本会議国際広報委員会編・再審「南京大虐殺」(明成社、2000)。
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