秋月瑛二の「憂国」つぶやき日記

政治・社会・思想-反日本共産党・反共産主義

保守

1204/適菜収が「大阪のアレ」と書くのを許す月刊正論(産経新聞社)。

 〇適菜収をいつぞや「C層哲学者」と書いた。それは、適菜がよく使う「B層」よりも下、低劣という趣旨だったのだが、週刊新潮8/15・22号(新潮社)の適菜の文章によると、「B層」とは近代的価値に肯定的(構造改革に肯定的)・IQは低い、「C層」とは近代的価値に否定的(構造改革に否定的)でIQは高い、のだそうだ。そして、「C層」とは簡単には「真っ当な保守」である。という(p.47)。
 こういう意味であるとすれば、適菜収を「C層」哲学者と称するわけにはいかない。

 ところで適菜は、自らは上の意味での「C層」と自認している様子なのだが、「最近の保守系論壇誌は面白くない」と強調し、また、参院選自民党勝利を「保守」の勝利と称することを疑問視している。

 何が「真っ当な保守」なのか、むろん適菜は詳細に論じているわけではないし、そもそも適菜の理解が正しい保障はまったくない。

 はっきりしているのは、上の週刊新潮によるかぎり、現在の日本で<保守>といわれている論壇や人々とは適菜は距離を置いている、ということだ。

 〇だが、しかし、定期購読していないので真面目に読んでいないのだが、月刊正論(産経新聞社)の今年4月号あたりから、適菜収は、「正論壁新聞」という比較的に冒頭の欄で、田母神俊雄らとともに常連の執筆者になっている。

 適菜の議論の基調はだいたい決まっている。<大衆はバカだ>、<大衆迎合の政治家は危険だ>、…。

 最近の月刊正論10月号では適菜は「生理的に受け付けない」、「紋切り型」の文章やその書き手を批判する退屈な文章を書いているが、某評論家(おそらく屋山太郎)や「紋切り型ライター」を批判したあと、最後に次のように書く。

 「大阪のアレに倣って言えば、一度彼らを『グレートリセット』をしたらどうか?」(p.53)。

 「大阪のアレ」とは橋下徹のことだとは容易に分かる。
 〇さて、日本の代表的な、とは言わなくとも、<保守>系論壇誌としては著名な産経新聞社発行の月刊正論が、「大阪市長」または「日本維新の会代表」という名前を冠することもなく、それらがなくとも橋下徹という固有名詞を明示することもなく、「大阪のアレ」という表現で橋下徹を意味させる文章を掲載するのは、橋下に対してきわめて失礼であり、また読者に対しても品性を欠く印象を与えるものではないか。

 字数の制限によって「大阪のアレ」とせざるをえなかったわけではない(橋下徹の三文字の方が短い)。
 月刊正論の編集部の誰かはこの適菜の文章を事前に見たはずだが、「大阪のアレ」という言葉遣いに違和感を感じず、修正を求めることはしなかったと見える。
 雑誌原稿の文章ははむろん依頼した執筆者の言葉遣いが優先はされるだろうが、問題があると考える場合には編集者(編集部)として「要望」くらいのことはできるはずだ。

 もともと適菜収の文章は「生理的に受け付けない」ところがあり、<気味が悪い>のだが、上のような月刊正論編集部の対応も「気味が悪い」。<~のアレ>で済ますような言葉遣いを含む文章を、新聞でも週刊誌でもその他の雑誌でも見たことがない。

 〇もともと、月刊正論が適菜収をまるで自らの雑誌に親近的な論者として使っていること自体が異様だ(田母神俊雄らに失礼でもあろう)。だが、昨年に同誌・桑原聡編集長が適菜に「橋下徹は保守ではない」と大きく宣伝したタイトルの文章を書かせ、橋下徹は「きわめて危険な政治家」と編集長自体が編集後記の中で明記した。そのような考え方を、桑原聡と同誌編集部(産経新聞社員)は現在でも維持している、ということだろう

 最近に産経新聞内にあるように見られる、橋下徹に対するアレルギー・嫌悪感にこの欄で触れたが、その潜在的な背景の一つは、昨年の<橋下徹は保守ではない>という表紙上および雑誌の新聞広告の大きな見出しにあるのではないか

 このような効果を適菜論考がもたらしたとすれば、犯罪的にも、日本維新の会を妨害し、そして憲法改正を妨害している。

 〇適菜についていえば、彼は上記週刊誌上で「毎号同じような見出しが並び、同じような論者が同じようなテーマについて執筆」、「基本的には、中国や韓国、北朝鮮、朝日新聞はケシカランみたいな話」等と「最近の保守系論壇誌」を批判しているが、これによくあてはまるのは、月刊正論そのものだろう。

 月刊正論の特徴の一つは、<憲法改正>に関する特集をしないこと、少なくとも表紙の見出しを見るかぎりは、憲法改正を重視してはいないことだ。
 月刊正論編集部または桑原聡に尋ねたいものだ。
橋下徹を批判することと、憲法改正に向けて世論を活性化することと、いったいどちらが重要なのか。

 適菜収が週刊新潮に書いていることを全面的に支持するわけではむろんないが、月刊正論という雑誌は、少なくとも<保守>派の国民ならば誰でも読みたいと感じる「保守系論壇誌」になっているだろうか。

 金美齢が産経新聞について言った「深刻な『質の低下』」は月刊正論にも、そして同誌編集部にも言えそうに見える。

1183/<保守>論者は「左翼」民主党政権成立を許したことをどう反省し、自己批判しているのか。

 〇元首相・鳩山由紀夫が中国で妄言を吐いている。「棚上げ」で一致していたとかも言っているようだが、万が一そうだったとしても、尖閣諸島を「中核的利益」と正規に位置づけ、同諸島を自国領土とする法律を制定して、さらには「公船」をときどき侵入させたりして、そもそも「棚上げ」していないのは、中国(政府・共産党)自身ではないか。日本政府や日本のマスコミはなぜ、この点を指摘または強調しないのだろう。
 〇ずっと書きたくて書かなかったことだが、2009年8月末総選挙による翌月の民主党政権の成立を許し、鳩山首相を誕生させたことについての、<保守>論壇の側の深刻な反省と総括が必要だと思っている。安倍・自民党中心内閣が昨年末に誕生したからよいではないか、ということにはならない。
 いずれ繰り返すかもしれないが、この欄に当時に書いたように、例えば屋山太郎は明確に民主党政権誕生を歓迎し、外交・安保問題も心配することはないだろう旨を明確に発言していた。この屋山に影響を受けたか、櫻井よしこは、民主党内閣に<期待と不安が相半ば>する、と明言していた。選挙前において、櫻井よしこは、決して民主党に勝利させてはならないとは一言も主張していなかった。
 過去のことにのみ関係するわけではない。上はわずかの例だが、<保守>論者の現在および将来の主張が決して適切なものであるとは限らないことを、2009年総選挙前後の<保守>論壇の状況は示している。

 〇月刊WiLL7月号(ワック)で、渡部昇一はこんなことを(相変わらず)発言している。-「筋としては理想的な憲法を創り、国民に示して、天皇陛下に明治憲法への復帰(一分間でよい)と新しい憲法の発布をしていただく。…憲法の継承問題が起こらないから…」(p.55)。

 渡部昇一ら一部論者の現憲法無効・破棄論の「気分」は理解できないわけではない。但し、この欄で何度も書いたように、この議論はもはや貫徹できない。
 上の渡部発言にしても、誰が、いかなる機関が、いかなる手続によって「理想的な憲法を創り」出すのか、何ら論及していない。こんな議論がやすやすと通用するはずがない。またそもそも(確かめるのを厭うが)、渡部の主張は「国会」が無効・破棄宣言をする、というものではなかったか。
 天皇陛下に「お出ましいただく」とする点に新味があるのかもしれないが、現天皇に「新しい憲法発布の宣言」をしていただくという場合の「新しい憲法」を誰がどうやって創るかという問題に言及していないことは上記のとおりだし、現憲法は昭和天皇の名において「裁可し、公布せしめ」られたこと、今上天皇は皇位継承・即位に際して「日本国憲法にのっとり」と明確に述べられたこと、等との関係をどう整理しているのか、という基本的な疑問がある。

 <保守>論壇の中の大物らしく扱われている渡部昇一ですらこの程度なのだから、現在の日本の<保守>論壇のレベルは相当に低い(あえて言えば、論理の緻密さが足りず、某々のような「精神」論で済ませている者もいる)と感じざるをえない。

 そして再び上記のことに戻れば、「左翼」民主党政権成立をかつて許したことについて、各<保守>論者はどのように反省し、自己批判しているのかを厳しく問いたいところだ。

1141/月刊正論(産経、桑原聡編集長)の編集方針は適切なのか③。

 月刊正論9月号(産経)の「編集者から」(p.327)の文章で驚いたのはつぎの言葉だ。
 一読者が「いたずらに異見を責めるのではなくて、国民の落着点を求め」る姿勢が大切ではないかと(前回に紹介にしたことを書いて)「編集者へ」述べたことに答えて、それが「必要な場合もあるでしょうが…」と述べているのは一般論としては誤っていないだろうが、問題は、それに続くつぎの文章だ。
 「それ〔異なる意見〕が日本と日本人を間違った方向に導くと判断した時には、我々は異見を潰しにかかります」。
 月刊正論編集部は「日本と日本人を間違った方向に導くと判断し時には」「潰しにかかる」、そういう編集方針を明らかにしたわけだ。
 善意に解釈して、その気分ないし意気込み?は理解できなくもないが、ただちに、次のような疑問が生じる。
 第一。「日本と日本人を間違った方向に導く」意見かどうかを判断するのは、明らかに月刊正論編集部(「我々」)だとされている。
 しかして、そもそも月刊正論編集部に、諸意見・考え方等々のいずれが「日本と日本人を間違った方向に導く」か否かを適切に判断する資格または能力があるのだろうか。
 主観的に、そのような気概?を持って何らかの「判断」をするのは結構だし、妨げることもできないだろうが、そもそもその「判断」が正しいまたは適切か否かの客観性は何ら保障されていない。
 奥付?によると月刊正論「編集部」には、「編集人」の桑原聡のほかに「小島新一・永井優子・川瀬弘至・上島嘉郎」の4名しかいない。政治・社会系の研究者・学者としても、政治・社会系評論家としても何らその地位を確立しているとは思えない、長の桑原を含めてこれら5名に、「日本と日本人を間違った方向に導く」か否かの判断を、読者は委ねることができるだろうか。一般論として、とても不可能だ、と考えられる。
 「我々」が「日本と日本人を間違った方向に導くと判断した時には」、という書き方は、まるで「我々」がその判断を客観的ないし的確に行うことができるということを前提にしているごとくで、誤っている可能性がきわめて高く、ひどく<傲慢>だ。
 読者は、「日本と日本人を間違った方向に導く」意見・考え方か否かの判断を、上の5名が客観的にかつ適切になしうるとは考えていないし、期待もしていないだろう。
 そもそも月間
発行部数2万程度の雑誌の、たった5名の「編集者」にそのようなことができるわけがない、と考える方が常識的だ。
 百歩譲って、編集者としての気分・気概を宣明しただけだ、と理解するとしても、そのような気分・気概は、ある意味では、すべての政治・社会系雑誌の編集者が持っていても不思議ではないもので、わざわざ文章にし、活字にしておくような類のものではない。
 あえて上のようなことを活字にしていること自体が、やはりどこかおかしい、と感じざるをえない。
 第二。「日本と日本人を間違った方向に導く」意見・考え方を「我々」は「潰しにかか」る、という。
 その前提的判断の客観性・適切性に疑問がありうることは上に記したが、そのような前提的判断に立っての、上のような「異見」は「潰しにかかります」、という表現は尋常ではない。
 具体的には、そのような「異見」は掲載せず(執筆を依頼せず)、それを批判・攻撃する論考のみを掲載していく、という編集方針を宣言していることになるのだろう。
 一般論として、何らかの編集方針を持つことはありえ、それに基づいて具体的な雑誌編集を行うことはむろんあるだろう。どの雑誌もそうしている、とも言える。
 だが、上のような「異見」は「潰しにかかります」、という表現は、穏やかではない。
 客観的にまたは結果的にそのような機能を持つことがあっても、あるいは持つことを意図していたとしても、ふつうは、上のように「潰しにかかります」とまでは、文章化しない、活字にはしない、のではないか。
 この点でも、現在の月刊正論編集部は、やはり、どこかおかしい。
 それにまず、自分(たち)の気にくわない意見は「潰しにかかる」という姿勢・態度を明らかにすることは、多分に気味が悪いものだ。月刊正論編集部は、政治・社会問題にかんする諸意見についての<思想警察>のつもりなのだろうか。そういう立場に立つつもりなのだろうか。右向きか左向きか知らないが、どこか<ファシスト>的匂いを感じる表現であることに、実際の書き手は注意した方がよいと思われる。
 つぎに、そもそも、月刊正論という雑誌の力で、「日本と日本人を間違った方向に導く」意見を同誌編集部が「潰しにかかる」ことができると本当に考えているのだろうか。
 そうだとすれば、尋常ではないし、やはりひどく<傲慢>だ。
 月間発行部数2万程度の雑誌に、朝日新聞の数分の1しか読者のない産経新聞のさらに100分の1程度の読者数の雑誌に、その雑誌編集部の「判断」と異なる意見を<潰す>ことができるとはとても思えない。<潰せる>と考えているとすれば、その自信過剰さは、尋常な感覚ではないだろう。
 実際問題として、月刊正論(編集部)が「日本と日本人を間違った方向に導く」意見だと判断するかもしれない諸意見は種々の、別の雑誌に溢れているし、今日ではブログやツイッター等の表現手段もある。
 月間発行部数2万程度の雑誌の「編集者」が、気にくわない「異見」を「潰しにかかります」などと、かりに内部でそう考えていたとしても、正規に、雑誌上に文章とし、活字にするようなことはしない方がよいだろう。
 ごく常識的な感想を書いたつもりだ。内容的にも疑問があり、「潰しにかかる」という言葉には<思想警察>的な気味悪さを感じる。と同時に、そのような文章を平気で活字にし、正規に残しておく、という姿勢・態度・感覚に、尋常ではない、戦慄すべき<怖ろしさ>を感じる。
 余計ながら、ひょっとして具体的には皇位継承問題(女系天皇の是非)を念頭に置いて「編集者」の上の文章は書かれたのかもしれない。しかし、そのような特定・限定はなく、一般的な宣明のかたちで、上の文章は書かれている。
 さらに余計ながら、「日本と日本人を間違った方向に導く」、日本国内のマルクス主義者・親マルクス主義者あるいは「左翼」の諸意見・考え方を「潰しにかかる」という編集方針を、月刊正論編集部は採っているのだろうか?、かりに採っているとしても、それは十分なものだろうか?、という疑問がある。
 「保守」派内の「内ゲバ」に主要な関心を向けたり、その一方に加担することに熱心な月刊雑誌は、少なくとも「保守」派一般の、またはその代表的な雑誌になることすらできないだろう。ましてや、憲法改正に必要な国民・有権者の過半数に支持される、あるいは関心をもたれる雑誌に成長することは決してないだろうと思われる。
 月刊正論の親会社の発行する産経新聞8/14加地伸行と竹内洋の対談中に、こんな部分があった。
 「加地 今の保守系は論壇というよりも、悪口を言うことで終わってしまっている。……
  竹内 それと内ゲバ。左翼…が、保守論壇も。仲間内でやるのが一番見苦しい」。
 この秋月の文章も一種の「内ゲバ」かもしれないが、秋月瑛二のブログにそのようなものの一方当事者となる資格(・読者数)はないものと自覚している。

1138/月刊正論(産経、桑原聡編集長)の編集方針は適切なのか?①

 〇「Weekly 雑誌ニュース」というサイトによると、各雑誌の月間発行部数は、文藝春秋約60万、潮約40万、WEDGE-約16万、サピオ約12万、月刊WiLL-11万、エコノミスト8万、月刊ボイス-約3万、らしい。
 月刊正論、新潮45、世界等については「調査中」とある。
 但し、この欄で既述のように、雑誌・撃論3号(2011.11)の編集部による文章によると、<月刊WiLLの販売部数は月平均約10万部、産経新聞社の月刊正論は実売2万部以下>らしい。
 月刊WiLLについての上の両者の数字が11万・10万とほぼ同数であることからすると、月刊正論についての数字も、信頼してよさそうに見える。
 歴史があり、新聞社に支えられている(はずの)月刊正論(産経)よりも、後発の、同じく一般には
<保守>派とされていると思われる月刊WiLL(ワック)や月刊ボイス(PHP)の方が、よく売れているわけだ。
 とくに、月刊正論は月刊WiLLの5ないし6分の1程度しか読まれていない(売れていない)、ということは興味深い。
 以上のことは、以下に述べることと直接の関係はない。但し、現在の編集方針だと(つまりは現在の編集長・編集部員だと)、販売部数は増えそうにない、という気はする。
 〇月刊正論やその個々の論考については言及したいことは多い。さしあたり、月刊正論全体ないしその編集方針について、まず、いくつかをごく簡単にコメントする。
 ①「近いうち」の衆議院解散・総選挙という時期なので、あるいはずっと前から今年(2012年中)の解散・総選挙の可能性は高いと言われてきたので、政治・社会系総合雑誌がすべきことは、私見では、<(2009年誕生の)民主党政権とは何であったか・民主党政権はいったい何をしてきたか>という総括だろう。
 これが月刊正論にはほとんど見られないようだ。少なくとも「特集」は組まれていない。
 この点では、月刊文藝春秋8月号が「政権交代は何をもたらしたのか―民主解体『失敗の本質』」という特集を組んでいることの方が(p.116-)が、決して「保守派」雑誌でないにせよ、時代的・時期的センスが(月刊正論編集部よりも)優っている。

 また、月刊WiLL9月号は「総力大特集/醜悪なり民主政権」と銘打つ特集を組んで、4本以上の論考を載せている。山際澄夫「朝日新聞は土下座して読者に詫びよ」(p.84-)などは、反民主党、反朝日新聞の読者を少しは痛快な気分にさせるだろう。
 ②朝日新聞や岩波・雑誌「世界」らは、2009年の民主党政権樹立へとムード・空気を煽ってきた。2009年の投票日に並んでいた月刊世界の表紙のタイトルは「政権選択選挙へ」だったと記憶する。さすがに「政権交代選挙へ」とは打てなかったのだろう。だが、総選挙とはつねに「政権選択選挙」たる性格をもつことからすると、月刊世界のタイトルの含意は明瞭だった。
 政権交代を朝日新聞等は「歴史的」と表現して歓迎した。自分たちの世論誘導は見事に効を奏したのだった。
 従って成立した民主党政権を罵倒するはずはないのだが、残念ながら民主党内閣の「失点」は相次ぎ、叱咤激励はするものの、政権交代の現実的なプラスの成果を、朝日新聞らは提示できなかった、と思われる。
 だが、朝日新聞らが意図したことは、<民主党政権は批判されるべきだが、自民党政権に戻してもダメだ>という世論形成だった。民主党がダメだとしても、自民党が良いわけではない、というのが彼らの<矜持>あるいは<面子>からする主張だった、と思われる。そして、これまた、そのような世論形成は、相当に成功したように見える。
 「保守派」のはずの月刊正論(産経)も、そのような雰囲気に対抗することはせず、むしろ、その編集長は、2011年4月号に、次のように書いていた。あの3.11の起こった時点の、編集長・桑原聡の文章だ。 
 「…民主党内閣が、憲政史上最低最悪の内閣であることは多くの国民が感じているところだろうが、かりに解散総選挙が行われ、自民党が政権を奪回したとしても、賞味期限の過ぎたこの政党にも、わが国を元気にする知恵も力もないように思える」(p.326)。
 解散・総選挙の現実的可能性が高まった現在でも、桑原聡はこう考えているのだろうか。このような見解は、<民主党はもちろん、自民党にも投票するな>と言っているに等しい。
 どちらがよりマシか、どちらがより「保守的」か、どちらが現憲法改正草案を持っているか(九条2項削除を明確な方針としているか)、どちらに靖国神社参拝をする議員が多いか、などを考えれば、編集長・桑原聡の上の文章は、ほとんど、朝日新聞らの「左翼」と同じだ。
 自民党よりも「保守的」な有力政党の結成・誕生を見ていない現在では、多少は異なる見解に至っていることを期待したい。だが、月刊正論の(2012年)8月号は、<自民党批判>の特集を組んでいる。解散・総選挙が近づいていることは客観的に明瞭だった時期に、月刊正論は、<民主党政権の総括的批判>ではなく<自民党批判>の特集を打ったのだ。
 この雑誌は、あるいはこの雑誌の編集長、その編集方針は、やはりどこかおかしい。とても<保守派>の雑誌とは思えない。
 ③今年2012年は、日本共産党創立90周年の年だ。産経新聞でもまともにこれを採り上げた記事は少なかった(あっても大きな紙面を用いたものではなかった)が、きちんと日本の「共産主義」政党の過去と現在を分析し、批判的に総括しておくことは、新聞ではなくむしろ「保守派」雑誌の役割だっただろう。
 しかるに、月刊正論は、これを怠っている、と見られる。月刊正論(編集部)は、いったい何と闘っているのか? いったい日本をどうしたいのか?
 編集長・桑原聡が早々に(今年初めの時点で)、橋下徹を「きわめて危険な政治家」、日本「解体」を意図している、と論定してしまったように、まるで政治的センスに乏しく、<いったい日本をどうしたいのか>について多少とも錯乱しているのではないだろうか?
 憲法改正は重要なテーマだが、この問題についての(大きな論点ごとでもよいが)特集は組まれていない。
 従来の、「固い」読者層を掴んでいれば大丈夫だという感覚なのだろうか。そのような感覚では、国民・有権者の過半数の支持が必要な憲法改正のために情報発信するメディアの中の中心に位置することはとてもできないだろう。
 以上のほか、9月号をごく最近に見ていて、月刊正論の「編集方針」に、あるいは編集部自身の文章に、<戦慄すべき>怖ろしさを感じた。
 長くなったので、次回に譲る。 
 

1129/月刊正論編集部の「異常」-監督・コーチではなく「選手」としても登場する等。

 月刊正論(産経)は、発売日(毎月1日)から二週間経てば、送料を含めても150-200円安く、一ヵ月も過ぎれば約半額で購入することができることが分かった。
 そのようにして入手した月刊正論6月号(産経)を見て、驚き、あるいは唖然とした点がいくつかある。とりわけ「編集者へ/編集者から」という読者・編集部間のやりとりは、注目に値する。
 月刊正論5月号の適菜収論考には読者からの疑問・反論も多かったようで、そのうちの一つを紹介し(p.324-5)、「編集者」が簡単に答えて(コメントして?)いる。適菜は自らの考える「保守の理想形」を提示していないという疑問(の一つ)に関して、「編集者」は以下のように書いている(p.325)。
 「おそらく適菜さんは、人間の理性には限界があり、その暴走を食い止めるために伝統を拠り所としようという態度こそが保守であると考えているのだと思います。その立場から見ると、橋下氏には理性暴走の傾向が感じられませんか。」
 これには驚き、かつ唖然とした。
 第一。「…が感じられませんか」という質問形・反問形での文章にしているのもイヤらしい。それはさておくとしても、この読者はもっと多くの疑問・批判を適菜収論考に対して投げかけている。
 それらを無視して、ただ一点についてだけ答える(コメントする)というのは、紙面の限界等もあるのかもしれないが、到底誠実な「編集者」の態度だとは言えないように思われる。紙面の関係で一点だけに限らせていただく、といった断わりも何もないのだ。
 第二。月刊正論編集部は橋下徹に「理性の暴走の傾向」を感じているようだが、その根拠・理由は全く示されていない。編集長・桑原聡の前月号の末尾の文章と同じく、理由・根拠をいっさい述べないままの、結論のみの提示だ。こんな回答(コメント)でまともで誠実な対応になると思っているのだろうか。
 なるほど適菜収論考の中に、橋下徹には「理性暴走の傾向」がある旨が書かれていたのかもしれない。そのように解釈できる部分が(あらためて見てみたが)ないではない。
 だが、「伝統を拠り所」にするか「理性の暴走」かという対置を適菜は採っていない。従って、上の短い文章は「編集者」自身が新たに作ったもので、適菜論考の簡潔な要約ではない。
 あらためて適菜「橋下徹は『保守』ではない!」の橋下徹に対する罵倒ぶりを見てみたが、適菜は橋下徹を「文明社会の敵」、「アナーキスト」、「国家解体」論者、「天性のデマゴーグ」等と断じている。
 明らかな敵意・害意を感じるほどに異常な文章であり、「決めつけ」だ。何段階かの推論(・憶測)を積み重ねて初めて導き出せるような結論を、適菜はいとも簡単に述べてしまっている。
 ともあれ、「伝統を拠り所」にするか「理性の暴走」か、という対立軸を立てて、適菜は書いているのではない。とりわけ、「伝統を拠り所」に、という部分は適菜の文章の中にはない。
 第三。読者の(省略するが)これらの疑問に対しては、本来、適菜本人が答えるか、別の新しい論考の中で実質的に回答するのが、正常なあり方だと思われる。
 しかるに、これが最も唖然としたことなのだが、月刊正論「編集者」は、「おそらく」という副詞を使いつつ、適菜収に代わって、適菜の「保守」観を述べ、読者に回答(コメント)しているのだ。適菜論考から容易に出てくる文章ではないことは上の第二で述べた。
 雑誌、とくに月刊正論のような論壇誌の編集部というのは、「監督」または「コーチ」であって、自らが「プレイヤー(選手)」も兼ねてはいけないのではないだろうか。にもかかわらず、月刊正論「編集者」はプレイヤー(執筆者)に代わって、自らブレイヤーとして登場として、自らの見解を述べてしまっている。
 雑誌編集者のありようについての詳細な知見はないが、これは編集者としては<異様>な行動ではないだろうか。しかも、「執筆者」の考え方を代弁して自ら回答(コメント)するという形をとりながら、上に述べたように、結論らしきものを語っているだけで、いっさいの理由づけ、論拠の提示を割愛させてしまっているのだ。
 「編集者」・「編集長」に用意された短い文章の中で、特集を組んでいるような重要なテーマについての編集者・編集長自らの(特定の)「結論」を、執筆者に代わって、理由づけをすることもなく明らかにしてよいのか??
 雑誌出版・編集関係者のご意見を伺いたいところだ。
 第四。適菜は(おそらく)「伝統を拠り所」にする態度を「保守」と考えており、橋下徹にはこれとは異なる「理性の暴走の傾向」があるのではないか、というのが月刊正論(産経)「編集者」の見解のようだ。
 このような対置が「保守」と「左翼」の間にはある、という議論・説明があることは承知している。
 だが、少しでも立ち入って思考すれば容易に分かるだろう。いっさいの<変化>やいっさいの<理性>を否定しようとしないかぎり、維持すべき「伝統」とそうでない「伝統」、必要な「理性」と危険視すべき「理性の暴走」の区別こそが重要であり、かつ困難で微妙な問題でもあるのだ。
 もちろん、月刊正論「編集者」の文章(p.325)はこの点に触れていない。全ての<変化>・<理性>を否定しないで、かつ「伝統を拠り所」とする態度と「理性暴走の傾向」とを明確に区別するメルクマール・基準・素材等々を、何らかの機会に、月刊正論編集部(編集長・桑原聡)は明らかにしていただきたい。
 第五。月刊正論「編集者」の文章に乗っかるとして、そもそも橋下徹に「理性暴走の傾向」はあるのだろうか。
 むろん「理性暴走」の正確な意味、それと断じる基準等が問題なのだが、それはさておくとしても、例えば橋下徹における次の二例は、「理性暴走」というよりもむしろ日本の「伝統」を重視している(少なくとも軽視していない)ことの証左ではないか、と考えられる。
 ①橋下徹は5/08に、公務員が国歌(・君が代)を斉唱するのは「当たり前」のこと、「ふつうの感覚」、「理屈じゃない」と発言している。
 ②橋下徹は大阪府知事時代の最後の時期、昨年秋の、大阪護国神社秋季例大祭の日に(知事として)同神社に参拝している。
 推測にはなるが、上の②は、大阪府出身の、「国家のために」死んだ(そして同神社の祭祀の対象になっている)人々を「慰霊する」(とさしあたり表現しておく)のは大阪府知事としての仕事・「責務」でもあると橋下は考えたのではないかと思われる。
 これらのどこに「理性暴走の傾向」が
あるのだろうか。月刊正論編集部(編集長・桑原聡)は、何らかの機会に回答してほしいものだ。
 なお、この欄で既述のとおり、産経新聞や月刊正論でもお馴染みの八木秀次は、隔週刊サピオ5/09・16号の中で、橋下徹は「間違いなく素朴な保守主義者、健全なナショナリスト」だ等と述べている(p.16)。
 八木秀次のあらゆる議論を支持するのではないが、上の指摘は、適菜収や月刊正論編集部とはまるで異なり、素直で的確な感覚を示していると思われる。
 第六。そもそも、「保守」か否かの基準として、「伝統」重視か「理性」重視(「理性暴走」)かをまず提示する、という(適菜ではなく)月刊正論「編集者」の考え方自体が正しくはない、と考えられる。
 上でも少し触れたように、この基準は明確で具体的なものになりえない。
 「保守主義の父」とか言われるE・バークもこうした旨を説いたようだが、私の理解では、上のような<態度>・<姿勢>という一種の<思考方法>ではなく、バークは、その結果としての<価値>に着目している。つまり、フランス革命によって生じた「価値」(の変化)の中身にバークは嫌悪感を持ったのであり、たんに「ラディカルさ」・「急激な変化」を批判したのではない、と言うべきだと思っている。
 「保守」か否かは、第一義的には、「伝統」か「理性」かといった<思考方法>のレベルでの対立ではないだろう、と思われる。
 E・バークの時代には、まだ「共産主義」思想は確立していなかった(マルクスらの「共産党宣言」は1848年)。従って、余計ながら、いくらバークを「勉強」しても、今日における「保守」主義の意味・存在意義を十分には明らかにすることはできないだろう。
 この問題は、「保守」という概念の理解にかかわる。月刊正論編集部がいかなる「保守主義」観をもっているのかきわめて疑わしいと感じているのだが、この問題には、何度でも今後言及するだろう。
 なお、関連して触れておくが、月刊正論編集部が「保守」の論客だと間違いなく認定していると思われる中西輝政は、月刊文藝春秋6月号(文藝春秋)の中の橋下への「公開質問状」特集の中で、「私は橋下徹氏の率いる『大阪維新の会』が唱える政策の殆どに賛成である」と明記し、橋下の「中国観」についてのみ質問する文章を書いている(p.106-7)。
 どう読んでも中西輝政が橋下徹を「保守ではない」と見なしているとは思えないのだが、中西の橋下徹観が誤っており、橋下は「保守ではない!」「きわめて危険な政治家」だと言うのならば、月刊正論編集長・桑原聡は、末尾の編集長コラム頁に書くなりして、中西輝政を「たしなめる」ことをしてみたらどうか。 
 いずれにせよ、上に六つ並べたように、月刊正論編集部はどこか<異常>なのではないか。今回言及した以外にもある。月刊正論6月号の上記冒頭の欄についてはもう一度言及する。

1103/「B層」エセ哲学者・適菜収と重用する月刊正論(産経)。

 〇月刊正論5月号の巻頭、適菜収「橋下徹は『保守』ではない!」は「保守ではない」と言っているだけで橋下徹を全面的に消極的に評価しているわけではないとの印象を持つ人や、そのように釈明する者もいるかもしれない。しかし、この論考は「橋下徹大阪市長は文明社会の敵です。そして橋下流の政治…の根底には国家解体のイデオロギーがある」という文章から始まっているいるように、全面的な、人格面も含む、橋下徹攻撃・非難の論考に他ならない。したがって、問題はたんに「保守」の意味・内容にとどまるものではない。
 月刊正論編集長・桑原聡が明言している、橋下徹は「きわめて危険な政治家」、「橋下氏の目的は日本そのものの解体することにあるように感じられる」、というのと全く似たようなことを、より長く書いているのが適菜収だ。
 編集部員の川瀬弘至もまた、イザ!内のブログで、適菜論考を「とってもいい論文」と評価し、川瀬が「保守」性を疑っている石破茂に読むことを勧めている(4/04エントリー)。
 ちなみに、川瀬弘至は自ら「保守主義者」と称し、さらに「小生、今後は『真正保守』を名乗らせていただきます」とまで明言している。
 そのような「真正保守」の方にはご教示を乞いたいこともあるので、別の回に質問させていただくことにしよう。
 〇さて、適菜収は月刊正論5月号で「B層」という概念を使い、橋下徹を「理念なきB層政治家」(タイトル副題)と称したりして「B層」を何度か用いているが、その意味をきちんと説明しているわけではない。
 ほぼ同じ時期に公表された、雑誌・撃論+(オークラ出版、2012.05)上の適菜収「B層政治家の見抜き方」(p.142~)の方が「B層」なるものについては詳しいだろう。
 これによると、「B層」とは「マスコミ報道に流されやすい『比較的』IQ(知能指数)が低い人たち」を意味する(p.142)。より簡単には「知能指数の低い者たち」、だ。
 こんな言葉がキーワードとして用いられる論文(?)に、まともなものはない、と思われる。また、自らは「B層」には含まれないことを当然の前提にしているようだが、「知能指数の高い」者ならば、そのこと自体をまずは疑ってみる方がよいように思われる。
 ところで、適菜の「B層」論という<じつに差別的な>議論を気持ち悪く感じながら読んで思いだしたのは、丸山真男の<ファシズムの担い手>論だった。
 この欄でかつて紹介したことがあるが、丸山真男は「日本ファシズム」も「中間層が社会的担い手」だったとし、以下の「層」が(日本ファシズムの)「社会的基盤」だったと断じた。丸山真男はこれを「疑似」又は「亜」インテリと称する。
 「たとえば、小工業者、町工場の親方、土建請負業者、小売商店の店主、大工棟梁、小地主、乃至自作農上層、学校職員、殊に小学校・青年学校の教員、村役場の吏員・役員、その他一般の下級官吏、僧侶、神官
 これに対して、丸山真男によると、以下の「本来のインテリ」は、「ファシズムの社会的基盤」でなかったとする(つまり<免責>する)。
 「都市におけるサラリーマン、いわゆる文化人乃至ジャーナリスト、その他自由知識職業者(教授とか弁護士とか)及び学生層」。
 ここで丸山真男が「学生層」として念頭に置いているのは、彼が「皆さんのような」と呼んだこともある、東京帝国大学の学生(その他、広げても旧制大学の後身大学の大学生)だ。
 丸山真男と適菜収が同一のことを言っているのではなく、適菜の方がはるかに粗くて単純なのだが、丸山真男の上の区別も、何やら<知能指数の程度>による<職業差別>意識を背景にしているように見える。
 丸山真男のこの部分を読んで、アホらしい、まともな学問の結果ではないと思ったものだが、適菜収が書いていることについても、そのまま、あるいはそれ以上にあてはまる。
 適菜は要するに、<バカ>が多いから<バカ政治家>が生まれ、勝利する(=民主主義)、バカは政治家等の甘言にダマされやすい、したがってうまくバカを騙せる政治家等が勝利し、バカの「民意」を背景にして「独裁者」も生まれる、というようなことを、ときどきは外国人や歴史に言及したりしながら、言っているだけのことなのだ。
 じつは、行きがかり上、仕方なくこれを書いているようなところがあって、適菜の文章をまともに取り上げようとすることすら、本当はアホらしい時間潰しだと感じている。
 「大衆民主主義」時代における「大衆」を、私もまた基本的なところでは信頼してはいない。この点では、大衆=有権者は結局のところは適切な判断をするものだ、とかときどき書いている産経新聞の論説委員・コラムニスト等とは少し異なる。
 しかし、騙されやすい「大衆」を「『比較的』IQ(知能指数)が低い人たち」と定義して、思考し叙述する気はまったくない。
 騙しているマスメディア(や政治家)の責任の方がはるかに大きい。また、結果的には読者を騙そうとしている、月刊雑誌等の「論壇」の執筆者=評論家・大学教授たち(・「哲学者」?)の責任も大きいだろう。
 適菜収は、「かつて『B層を騙す側』にいたB層政治家がB層そのものになりつつある」と書いているが(撃論+p.143)、「かつて『B層を騙す側』にいたB層哲学者がB層そのものになりつつある」のではなかろうか。
 適菜収というまだ三〇歳代の自称「哲学者」は、大学・研究機関に所属しているわけでもなく、また、学術研究者(・哲学者)または「評論家」としてのまともな業績は全くかほとんどないようだ。
 こんな人物の「トンデモ」論考を巻頭に持って来て大々的に広告を打つ編集長がおり、また「とってもいい論文」だと評価する編集部員もいる月刊正論という雑誌は、まともな雑誌なのだろうか。
 このような疑問は、当然に産経新聞(社)自体にも向けられうる。

 産経新聞本紙はともあれ、月刊正論には常連の「保守派」の執筆者もいるとは思うが、こんな編集長・編集部員の依頼を受け、唯々諾々と従って文章を提供して金銭をもらって、編集長・編集部員の<考え方>・<質>については何の関心もないのだろうか?? 

1099/月刊正論(産経)編集長・桑原聡が橋下徹を「きわめて危険な政治家」と明言1。

 一 月刊正論(産経)の現在の編集長・桑原聡が、「個人の見解だが、橋下氏はきわめて危険な政治家だと思う」と同5月号の末尾に書いている。740円という価格と情報量のCBA分析をして?やはり購入し、いくつかの論考等を読んだあとで見たのだが、喫驚した。
 少なくとも桑原聡が編集長でいる間は、月刊正論を新刊雑誌としては購買しないことにする。この欄の閲覧者にも、そのように呼びかけたい。
 「編集者個人の見解」としてはいるが、一頁分の編集後記にあたるものを一人で書いている、れっきとした編集長の文章であり、上のような、橋下徹を「きわめて危険な政治家」視する意識が、月刊正論の編集に反映されないはずはない。
 5月号の巻頭が先だって広告を見て言及したように、適菜収「橋下徹は『保守』ではない!」であり、表紙にも最大の文字で銘打たれているのも、桑原聡のかかる意識の現われだろう、と得心する。
 個人的にはそれこそどのように考えていてもいいとしても、このように明言するとは大胆で、珍しいと思われる。
 この月刊正論を発行している産経新聞社自体に問い糾したいものだ。
 第一。見解が分かれている中で、貴社の発行している雑誌の編集長が、上のような特定の「政治的」立場・見解を明らかにしてしまってよいのか
 第二。橋下徹を「きわめて危険な政治家」だと明言する人物を、貴社の発行する雑誌の編集長にとどめているのは何故か
 産経新聞も、月刊正論も、岩波の「世界」や朝日新聞とは異なる、むしろそれらの対極にある「保守」派の、または「保守」的な新聞であり、雑誌であるという印象をもたれてきている、と言ってよいだろう。そして、その点に共感して購読・購入している国民も少なくないはずだと思われる。そしてまた、産経新聞における橋下徹に関係する記事は、したがって彼への注目度は、他紙に比較して多く、大きいような印象もある。
 しかるに、同じ会社が発行する月刊雑誌の編集長が上のように明言してしまうのは、そしてそのような考え方のもとで雑誌が編集されるのは、むろん雑誌編集の裁量がかなり認められているのではあろうが、貴社自身のマスメディアの一つとしての姿勢と整合しているのか
 二 桑原聡自身はなぜ橋下徹を「きわめて危険な政治家」だと思うかの根拠・理由をほとんど書いていない(根拠にもならないような文章については後で触れる)。
 その代わりに、自分自身の考え方に近い適菜収の(低劣な)論考を巻頭にもってきて、自らの「個人的」な姿勢を反映させた、ということなのだろう。
 ということは、かりに橋下徹を肯定的に評価している編集長であったならば、山田宏「平成の『龍馬伝』がはじまった」から採って、「橋下徹は平成の龍馬だ!」というタイトルで大きく広告され、表紙も作成されていたのかもしれない。
 桑原聡はこの山田宏の論考も加えるなどして、編集の公平さを装っているようだ。そして「特集を読み判断していただきたい」と読者に判断を委ねるかっこうをつけている。
 それはそれで一見公平らしくも見えるのだが、しかし、上の一文は「橋下氏の目的は日本そのものを解体することにあるように感じるのだ。なぜ解体するのか? 日本のため? それともたんに面白いから? 特集を読み判断していただきたい」という文章の一部だ。念押し的に、橋下徹は<日本解体(論)者だ>との桑原聡の考え方を書いた上での言葉なのだ。
 一見読者の判断に委ねつつ、自己の見解の方向へと誘導しようとしている、情報操作・意識操作をしようとしていることは疑いえない。
 それにしても、上の文章の、上野千鶴子ら「左翼」にも似た、気味の悪さはどうだろう。「日本解体」が目的だろうとする論拠を示していないこともあまりにも不誠実で唐突だが、その後の?の連続部分からは、感覚・判断能力の<異常さ>をすら感じてしまう。
 産経新聞社にあらためて問うておこう。こんな内容の文章を唐突に書いてしまう人物は貴社発行の月刊雑誌編集者としてふさわしいのか、と。
 三 桑原聡の情報操作・意識操作の意図(・意識)にもかかわらず、橋下徹関係の四つの論考のうち、最も空虚、最も観念的で低劣なのは適菜収のそれであり、あとは大きな抵抗感なく読めるもので、橋下徹が「きわめて危険な政治家」だとの印象は(桑原の意図に反して?私は)まるで受けない。
 適菜収のものは別に扱いたいが(出発点の「B層」大衆論など、それこそファシスト紛いの気持ち悪いものだ)、山田宏は的確にポイントを衝いている。橋下徹は簡単に前言を翻すとか最近に書いたが、山田宏によると、橋下徹は「実際に会ってみると、じつに謙虚で人の話をよく聴く…。しかも、自説の間違いに気付くと素直に認めて撤回する」と、上手に説明されている(p.61)。

 佐藤孝弘「日本よ、『保守する』ことを学べ」は橋下を肯定的に評価してはいないが、消極的・否定的に論評してもおらず、性急な判断を避けている(あと一つは、内田透「かくて職員組合は落城せり」で、橋下徹を貶すような内容ではなく、むしろ逆かもしれない)。
 四 桑原聡は同じ文章の中でこうも書いている。
 「保守を自任ママ〕する人々まで、印籠を掲げて労働組合を組み伏せようとする橋下氏に喝采を浴びせるが、その矛先がいつか自分たちに向けられると考えたことはないのだろうか」。
 これも産経新聞社発行の月刊正論の現在の編集長の文章だ。
 先に紹介した部分と併せて見ても、どうやら、桑原聡にとっては<反橋下>は<情念>にまで高められているようだ。
 それに、上の文章には反論することが十分に可能だ。橋下徹が攻撃しようとしているのは「戦後体制」・戦後の既得権者たち(官公労働組合も当然に含む)であって、<戦後レジーム>の終焉、日本の「再生」を望む人々にとっては、喝采こそすれ何ら怖いものではなく、橋下徹を怖れているのは、現状に(そこそこ?)満足している、<戦後レジーム>に基本的な疑問を持たない、(そこそこに)利益を得てきている者たちではないか、と。
 桑原聡はどうやら、「左翼」と同様に橋下徹の矛先が自分に向けられることを怖れているようだが、それは、月刊雑誌の編集長にまで登りつめ?、さらに販売部数を伸ばして会社内で「いい気分」を味わいたいと思っている、その現状を「保守」したいからではないのか。
 桑原聡にとっては、現状はそこそこに安住できるもので、その現状・地位を橋下徹によって攪乱されたくない、というのが本音ではあるまいか。
 こういう意識は、昨年秋の大阪市長選で、橋下徹に対立した現職市長を民主党とともに支持した自民党市議団の意識とほとんど等しいと思われる。
 あらためて言っておこう。「右」からという粧いをとってはいるようだが、「右」からか「左」からかは不明なままに、日本共産党・民主党、両党支持の労働組合、そして上野千鶴子、香山リカ、山口二郎、佐高信等々の「左翼」論者と同様に、産経新聞社発行の月刊正論の編集長が、橋下徹は「きわめて危険な政治家」だと明言した。
 山田宏も指摘しているように、<保守>派の最大の課題と言ってもよい憲法改正(をシンボルとする「敗戦後体制」の破棄)の方向で、産経新聞や月刊正論の記事・論考の多くの字数よりもはるかに大きな影響力を、橋下徹の今後のひとこと・ふたことが持つだろう(p.58参照)。そのような人物を「危険」視するとは、とりわけ月刊正論の編集長としては、桑原聡の感覚は<異常>なのではないか。
 五 産経の月刊正論が「橋下市長に日本再生のリセットボタンを押させまいと、イメージ悪化を狙ったさまざまな妨害活動を仕掛けてくる」(山田宏、p.59)ようなことのないように、切に望みたい。
 桑原聡では危ない。月刊正論(産経新聞社)は、編集長が替わるまで、新刊本としては購入するのは避けた方がよい。買うとしても、桑原聡編集長による月刊正論の販売部数が一部でも増えないように、発行後しばらくして、アマゾンあたりのお世話になることにしよう。

1095/水島総、適菜収、橋下徹、野田内閣。 

 〇水島総が、「撃論+(プラス)」という雑誌(oak-mook。2012.04)で、「今、最も問題なのは、反日メディアや反日政治家、反日財界なのではない『戦後保守』と言われる言論人の一種の頽廃というべき姿である」と書いている(p.171)。
 現在の「保守」派がかなり混乱していることは確かだと思われ、「頽廃」という形容が的確かは悩むが、私とも問題関心に共通するところはあるだろう。
 このようなブログだから「保守」派のあれこれに対して批判的な言辞も吐いてきた。100%信頼できる人物はいないと(残念ながら)感じているので、テーマ、論点に応じて、櫻井よしこ、西尾幹二、佐伯啓思等々を批判したこともある。だが、<このようなプログだから>影響力は微々たるものだとの自覚があるからなのであり、保守派内部の対立・軋轢を拡大する意図はない。
 産経新聞社も(以前から)意図しているようである憲法改正にしても、現憲法を前提にすれば(なお、石原慎太郎の「破棄」論は精神論としてはともかく、現実的には無謀だ)国会内に2/3以上の改憲勢力を作らなければならず、有権者国民の過半数の支持を受けなければならない。
 産経新聞3/31に論説委員・皿木喜久が書いているように(この人にはまともな文章が多い)、かりに憲法を軸にした「保守合同」を展望するとしても、それは命がけ」で取り組まれなければならない課題だ。
 そうした状況において、「保守」派内部において、「自称保守」とか「エセ保守」とか言い合っている余裕は本来は十分にはないはずだ。あるいは個々の論点について対立してもよいが、憲法改正、正確にはとくに現憲法九条2項の削除と「国防軍」の設置(「自衛軍」という語よりもよいと思う)、についてはしっかりと<団結>しておく必要があろう。

 憲法・国防といった国家の基本問題に比べれば、橋下徹・現大阪市長をどのように評価するかなどという問題は「ちんまい」テーマだ。
 にもかかわらず、産経新聞社の月刊正論5月号は、3/31の大きな広告欄によると、「橋下徹は『保守』ではない!」という一論考のタイトルを最大の文字の惹句にしている。
 「国民の憲法」起草委員会を作ったのだったら憲法改正大特集でも不思議ではないが、上の文字を最大の謳い文句にする感覚は(私には)尋常とは思えない。
 上の論考の執筆者らしい適菜収は冒頭掲記の「撃論+」にもたぶん似たようなことを書いているので、―今回は立ち入らないが―主張内容はおおよその推察ができる。「評論家」の佐伯啓思にもむつかしい問題に「哲学者」が適切に対応できるとはとても思えないが、この、よく知らない適菜収という「哲学者」にとっては、またとない「売名」の機会になったことだろう。あるいはまた、橋下徹をテーマにすれば(とくに批判すれば)<売れる>という月刊正論編集部の<経営的>判断に乗っかかっているだけなのかもしれない。
 ついでだから立ち入るが、「撃論+」の中の小川裕夫「検証/橋下改革は本当か?」(p.150-)の方が、橋下徹について冷静にかつ客観的に判断しようとしており、性急な結論づけをしていない。
 このような性急に単純な結論・予測を述べない姿勢の方が好感をもてる。「撃論+」よりも数倍の(十倍以上の?)読者をもつだろう月刊正論の編集部が、<橋下徹は保守ではない!>と訴えたいらしいのはいったいどうしてなのだろうか。まだ民主党政権のゆくえや解散・総選挙問題を直接のテーマにする方が時宜にかなっているように思われる。
 〇水島総の文章に戻ると、しかし、水島がいう「戦後保守」の「頽廃」の意味、したがってまた水島の考えている「(真の)保守」の意味は必ずしも明確ではない。水島は次のように書く。
 ・保守を標榜しつつも「TPP参加や増税、女性宮家創設等で分かるように、GHQ日本国憲法内閣と言ってもいいほど」なのが野田民主党内閣の本質であり、「日本の国体そのものの解体を目ざしている」にもかかわらず、「戦後日本意識」を脱し切れず、有効に批判できていない。「戦後保守と呼ばれる言論人は、野田内閣の『改革路線』を批判出来ず、野田内閣に一定の支持を与えたり、政権権力にすり寄る、まことに見苦しい迷走を続けている」(p.171)。
 ここで批判されている「戦後保守」言論人とはいったい誰々なのだろうか。
 「TPP参加」を批判されるべき野田内閣の政策の一つとして挙げているところを見ると、櫻井よしこ、竹中平蔵あたりなのだろうか(きちんと確認しないが、岡崎久彦もこれに反対ではなかったようだ)。政権権力に「すり寄る」とは厳しいが、櫻井よしこは野田内閣への期待を明確に(産経新聞紙上で)述べたことがある。
 だが、「TPP参加」に反対するのが「(真の)保守」とは私は考えないし、「保守」か否かで簡単に判断できるものでもないように思っている。
 月刊正論に連載欄を持っている水島総の「保守」派性を(その内容から見て)微塵も疑いはしないが、具体的問題となると、私とまったく同じように考えているわけでもなさそうだ。
 急いで書かれただろう文章にあまり拘泥するのもどうかとは思うが、いま一つ、水島の論述には分かりにくいところがある。
 水島は、「アメリカ拝跪から中国拝跪へ」という時代の変化を語りつつ、いずれも「主権国家意識の欠如した戦後意識」に由来する点で共通する、と批判的に指摘している。
 この点はまだ分かるのだが、次の文章との関係はどうなるのだろう。
 ・「親米反中だから、保守内閣であるとの誤解は、冷戦構造が世界的に終焉した現在にあっては全く通用しない」(p.171)。
 後半の冷戦構造の終焉うんぬんは、そのままでは支持できないことは何度もこの欄で書いた。よく分からないのは、野田内閣を「親米反中」内閣と性格づけていることだ(なお、「保守」内閣だなどと私は「誤解」したことはない)。
 まず、「中国拝跪」意識を水島が批判しているところからすると、野田内閣の「反中」性を批判し難いのではないだろうか。
 つぎに、野田・民主党内閣は本当に「反中」内閣なのだろうか。なるほど、鳩山由紀夫、菅直人と比べると<中国拝跪>性は弱いようにも思えるが、「反中」とまで言いきれるのかどうか。具体的に<南京大虐殺>の存在を肯定しているわけでもない村山談話を継承すると(河村たかし名古屋市長発言問題に関連して)官房長官が答えるような内閣は「反中」なのだろうか。
 〇「保守」派を攪乱する意図はないし、そのような力もないが、いろいろと考え方あるいは表現の仕方が異なるのはやむを得ない。ひょっとすれば、水島総における「反米」性(TPP参加反対はこちらだろう)と「反中」性との関係がよく分からない、ということかもしれない。
 だが、早晩憲法改正の具体的展望が出て来たときには、水島総が、その先頭に立つ運動家の一人だろうことは疑いえないだろう。この点では「思想家」佐伯啓思らよりもはるかに信頼が措けそうだ。余計ながら、西部邁と中島岳志はまるであてになりそうもない、という印象を抱いている。中島岳志は、憲法改正、正規の軍隊保持などという「ラディカル」な変化の追及は、「保守主義」と適合しない、などと言い始めるのではないか(??!)。
 〇西部邁・佐伯啓思グループの隔月刊・表現者(ジョルダン)は、橋下徹批判特集の最新号からは購読しないこととした。駄文につき合っているヒマはない。前の「発言者」時代の古書を購入したことすらもあったのに、ある意味では寂しく、ある意味では爽快でもある。
 このグループの橋下徹批判よりもレベルが落ちていると疑われる適菜収論考が<売り>の論文として宣伝されている月刊正論5月号(産経)も購入したくないが、はて、どうしたものだろう。

1076/中島岳志の幼稚な「エセの(?)」「設計主義」批判。

福田恆存19121994)は、1990年に、ある文章の中で以下のようなことを述べている。
 ・「進歩主義」に対するものとしての「漸進主義」において、「進歩」は「求めて得られぬ理想ではなく、単に在るがままの現実に過ぎない…。つまり、そのまま放っておいても放っておかれないのが、人間の自然であり歴史というものなのである」。
 ・G・ワトソンが、某は「マルクスより若かったが、リフォーム(改革・改良)は変化をもたらし、リヴォルーション(革命)は屡々物事を現状のまま放置するという事実を能く見抜いていた」、と書いている。「私〔福田恆存〕と能く似た事を言うと思った」。

 以上、福田恆存「老いの繰り言」福田恆存全集別巻(麗澤大学出版会、2011p.217-8
 〇これを読んで連想したのは中島岳志による「設計主義」批判、橋下徹批判だった。
 この欄に既に書いたことの一部反復になるかもしれないが、中島岳志は「保守」系隔月刊誌・表現者39号(ジョルダン、西部邁事務所編集)で、次のように橋下徹を批判していた。
 ・橋下徹の考え方は「急進的な設計主義」と「伝統的な価値観の否定」に直結する。「保守思想」は「人間の理性や知性に対する奢りが潜んでいる」「ラディカリズム」を拒絶し、「ラディカルな合理主義」を懐疑する。橋下徹の「改革熱は、反保守的な態度としか言いようがない」。
 ・「大阪市を解体し、国家まで解体しようとする」「自称改革派」を「保守」は支持できない。橋下徹において「伝統や道徳は、既得権益を温存させる悪しき価値」で、「歴史的に構成された価値観や経験知は日教組、左派メディア……と同様に旧体制の象徴として解体されるべき」なのだ。かかる「地方で起きている破壊的ポピュリズムを阻止することこそが保守派の役割」だ(以上、p.118-120)。 
 なお、中島岳志は表現者40号(2012.01)でも、「大東亜戦争」を支えたのは「設計主義」だとし、「左翼的な思想が介在」したものとして批判している。「大東亜戦争」や特定の「思想家」の評価に関連するので、今回はこれ以上は立ち入らない(但し、かくも簡単に「大東亜戦争」を支えた「思想」を概括してしまっていることに驚いたことだけは記しておく)。
 このような中島岳志の論述(?)を読んでもつ第一の基本的な疑問は、厭うべき「進歩主義」・「革命」・「ラディカリズム」・「設計主義」と望ましいまたは自然な「漸進主義」・「改良」とはどのようにして区別されるのか、ということだ。
 「保守」主義はいかなる「変化」をも拒絶するものではないと考えられる。「保守」と「漸進主義」・「改良(改革)」は、一般論として、決して矛盾しない。これを矛盾すると理解するとすれば、それは「退嬰」主義であり「現状凍結」主義だ(あるいは「敗北主義」だ)。
 福田恆存いわく、「そのまま放っておいても放っておかれないのが、人間の自然であり歴史というものなのである」。
 中島岳志は、上のような基本的な問題に何ら言及していない。
 「保守」主義が<反・設計主義>で、理性万能・合理性重視の「設計(・構築)主義」を批判しているくらいは、私も百も承知だ。
 かかる前提に立つとしても、問題は、どこから先が「設計主義」に陥る、悪しき合理主義=「左翼」思想なのかにある。
 <戦後体制(戦後民主主義体制)からの脱却>は現状の日本の基本的な「変化」を追求するものであり、そのための「運動」が必要であり、ある程度はそれなりの「戦略」・「戦術」も必要と思われるが、中島岳志の論じ方に従えば、これまた「ラディカリズム」・「設計主義」になりかねない。憲法改正(とくに九条2項の削除)についても、同じことがいえる。
 中島岳志は、それなりの地位・自由と名誉が保護された現状(「戦後体制」・「自由と民主主義」)に保護されることを望み、それらを「保守」したいだけではないか、という皮肉または嫌味も投げかけたくなる。
 第二に、中島岳志のいう「保守」思想からする橋下徹批判は、ほとんど説得力がない。
 なぜなら、例えば、①橋下徹の考え方が「急進的な設計主義」と「伝統的な価値観の否定」に直結するとする、実証的・説得的な根拠は何ら提示されていない。②橋下徹は「大阪市を解体し」ようとしているかもしれないが、「国家まで解体」とは明言していないし、その意図もないと思われる。「国家」が「国家」それ自体ではなく<国のしくみ>のようなものだとすれば、その中には「改良」・「変革」・「解体」されてしかるべきものもある。例えば、日本国憲法それ自体に問題がある。③橋下徹は「伝統や道徳」や「歴史的に構成された価値観や経験知」を否定・無視・軽視すると論難しているが、そのための実証的かつ説得的な根拠は示されていない。むしろ逆に、橋下の考え方は(「西欧」思想に馴染んだ中島岳志以上に?)これらを尊重する人間なのではないか(参照、国歌・君が代や「護国神社」への態度)。
 こうして見ると、中島岳志という人物がますますいかがわしく見えてくる。これで大学教員(北海道大学)なのか、学者・研究者なのか。「本格的な思想格闘を行う必要がある」(表現者40号p.153)などと肩肘を張る、あるいはムキになることはない。そもそも自らにそのような資格・能力があるのかどうかを、謙虚に自省してみたらどうか。

1071/岡崎久彦・真の保守とは何か(PHP新書、2010)の一部。

 「保守とは何か」に関する文章・議論を昨今にもいくつか目にした。以下もこれに関係する。
 岡崎久彦・真の保守とは何か(PHP新書、2010.09)は岡崎の2007~2010年のほぼ三年余の間の論考をまとめたもので、最後から二つめの「真の保守とは何か」(初出2010.05.18、新潮45)を読んでいただいても「本書を発刊した目的の半ばは達成された」と思っている、とされる(p.4-5)。
 書名にも採用されたこの論考で、まず注目を惹いた文章は、あえて引用すれば、つぎの二つだ。
 ①「どの程度政府の統制が望ましいか、民営化と政府の統制のどちらがいいかなどということは、どちらが民主主義の正統路線か、あるいは保守の本流であるかというような大きな問題ではない」(p.213-4)。
 ②「真の保守主義は、経済問題ではなく、外交、安保、教育などの面でその真価が発揮されるべきものである」(p.215)。
 これらは適切であるように思われる。基幹産業の全面的国有化を別にすれば、経済政策、あるいは「経済」への国家(政府)関与の程度・形態は、<保守か左翼か>という対立軸で決定されるものではないだろう。「保守」(主義)から見て、郵政民営化の是非が決定されるわけではないし、「規制緩和」の是非も同様だ。

 昨今問題にされているTPP参加問題にしても同様だろう。また、原発政策(推進・維持か廃止・脱か)についても言えるように思われる。現に、これらについて(自称)「保守」論者の中でも対立がある。そしてそれは当然であって、「保守」か否かによって、あるいはいずれが「真の保守」かによって決定される政策問題ではない、と言うべきだろう。
 岡崎の文章の中には、自民党の綱領や主張にも関係する、以下のようなものもある。
 ・小泉・竹中改革には「規制廃止、自由競争原理〔の重視〕」こそ「真の民主主義、保守政党」という主張があるようだが、「特に、郵政民営化」を考えると、日本の従来型制度をバークが批判した「人間の理性、あるいは浅知恵で急速に」変えようとし「すぎたきらい」はなかったか(p.213)。
 ・「経済の自由化」を謳うから「真に保守的」で、「規制を強化」すればただちに「社会主義的」とするのは日本政治では「ほとんど意味がない」(p.215)。
 「しすぎたきらいはなかったか」という郵政民営化に関する抑制的なコメントも含めて、基本的に同感だ。
 全面的な国家計画経済さえ選択しなければ、広義の「自由主義〔市場主義)」の範囲内で経済に対する規制強化も規制緩和もありうる。どの程度が具体的に妥当かどうかは国家によって、時代によって、あるいは経済(産業)分野ごとに異なるもので、一概にに断定できるものではない。そして、これらの問題についての解答選択は、何が「真の保守か」とは関係がない。無理やり、「思想」または「主義」の問題に還元させるのは、無意味な思考作業だろう。
 その他、以下のような岡崎久彦の文章も、読むに値するものだ。
 ・「岸、佐藤、福田の安保優先政策、親韓、親台湾政策に対抗する、経済優先、親中政策」が「保守本流」だとするのは、「高度経済成長の功を全部池田内閣に帰」そうとする、「フィクション」だ。

 ・「自称の保守本流」は「安全保障重視のタカ派保守」に対して自分たちは「経済優先のハト派保守だ」と言いたいのだろうが、もともと「安全保障と経済は対立概念ではない」。これを対立概念のごとく扱ったことから「一九七〇代以降の日本の政治思想の頽廃が起きた」(p.219-220)。
 <経済優先のハト派>が「保守本流」だとの意識・議論が(自民党内に)あったとは十分には知らなかったが(むしろ逆ではないか)、趣旨はよく分かる(つもりだ)。
 では、岡崎にとって「真の保守」とは何か。引用は少なくするが、以下のごとくだ。
 ・「国家、民族と家族を守るのが保守主義である」(p.224)。自民党は、明確な国家意識と家族尊重の姿勢を示し、「外交政策、安保政策、教育政策」をはっきり表明することが、「再生の王道」だ(p.225)。
 ・かかる「真の保守に立ち戻る」のでは「国民の広い支持を得られないという危惧」はあるが、「中間層はいずれにしても大きく揺れる」のであり、「固定層からの確固たる支持票を得ている政党」は強い(p.225)。

 ・「志半ばで病に倒れた安倍政権」の「戦後レジームからの脱却」こそが「保守主義」だ(p.229)。
 岡崎久彦のこの本は菅直人政権発足後、かつ3・11以前に刊行されている。そして、人柄なのかどうか、民主党、あるいは菅政権に対する見方が「甘い」と感じられるところや日本の将来をなおも?楽観視しすぎていると感じられる部分もある。
 だが、基本的には賛同できる内容が多い。
 この欄に書いてきたように、基本的には、「保守」主義とは「反共(反容共)」主義だと思っている。後者は「保守主義」概念のコアではないとの議論がありかつ有力なのだとすれば、「保守」という言葉にこだわるつもりはない。
 この点はともあれ、「保守」=「反共」という理解の仕方と、岡崎久彦の文章は矛盾しているわけではないと考えてよいだろう。

1064/渡部昇一の日本史年表には北朝鮮「拉致」がない。

 〇11/15は横田めぐみさんが北朝鮮当局に「拉致」された日だった。
 政府が認定しているかぎりでも、北朝鮮による「拉致」は1977年と1978年あたりに集中している。
 これらの「拉致」は、とりわけ最初のそれや重要なそれは、昭和史年表とか戦後史年表とかに、重要な歴史的事実として、きちんと記載されるべきだろう。
 渡部昇一は「保守」派らしく、かつあえて中川八洋によらずとも、<民族系保守>派のはずだ。
 しかし、書店で手にしてめくってみたかぎりでは、渡部昇一・読む年表/日本の歴史(ワック)には、北朝鮮による「拉致」実行の年月についてはいかなる記載もない。これが(かりに民族系でなくとも)<保守派>を自認しているはずの者の編む日本史年表なのだろうか。失望するし、やはり渡部昇一は信頼できないと感じる。
 信頼度が低いと思っているために、渡部昇一の日本歴史の全集もの(ワック)は一冊も、古書でも、購入していない。

 渡部昇一は月刊WiLL誌上に(立花隆ではなく)<渡部昇一はこんなものを読んできた>ふうの連載をしている(「書物ある人生」)。西尾幹二の少年時代の自叙伝ふうの本とは違い、<こんな本を読んでエラくなりました>という感じの、「保守」思想とはまるで関係のなさそうな内容なので、これまたまともに読む気にはなれない。

 〇信頼度の高い人の文章は、納得・同意するところが多いために、却って、この欄ではとり上げないこともある。
 遠藤浩一稲田朋美はそれらのうちに入り、この一年以内の産経新聞上での、衆議院解散要求や(民主党との)大連立反対などの文章は、その通りだと思って読み終えた。
 ジャパニズム第4号(青林堂、2011.10)の、稲田朋美=城内実(対談)「『詐術と裏切り』亡国の野田内閣」も、とくに大きな違和感なく読めてしまう。
 城内実の本はたぶん読んだことはないが、どのような人物かは経歴も含めて知っている。
 「頭」だけでっかちの、書くこと(語ること)だけは一人前の?<保守>派評論家・大学教授等よりは、石原慎太郎もそうだが、現実に「政治(・行政)」に直接関与している者の言葉の方に聞くに値するものが多いかもしれない。遠藤浩一はいちおう「評論家・大学教授」の肩書のようだが、経歴によるとふつうの「アカデミズム」の世界のみから生まれた人物ではなさそうだ。 

1053/雑誌・表現者(ジョルダン)や中島岳志は「保守」派か??

 一 隔月刊・表現者39号(ジョルダン、2011.11)には西部邁や佐伯啓思らが参加する「保守思想から見た原発問題」との座談会があり、何カ所かに「保守放談」と題するコラム(小文)があったりもするので、紛うことなき<保守>派の雑誌らしい。少なくとも発行者や執筆者たちはそのように自己規定しているようだ。
 しかし、客観的に<保守>派かどうかは別途論じられてよい。
 西部邁もまた「自称保守」や「保守を自称する人々」を批判するところがあり(p.18-)、「保守」との自称がその「保守」派性を証明するわけではないことを当然の前提にしている。
 「反左翼」=「保守」だとかりにすれば、西部邁は「反左翼」を批判している部分もあり(p.26など)、彼が「保守」または「反左翼」の少なくとも一部に対して懐疑的であることも分かる。
 同じ思考は、西部邁らの(西部邁と佐伯啓思を「顧問」とする)表現者という雑誌についても向けられてよいだろう。この雑誌に執筆している者たちは「保守」なのか?、「自称保守」にすぎないのではないか?、という疑問をもっても、その思考方法自体については、西部邁も反対できないだろう。
 この雑誌・上掲号の冒頭近くの三浦小太郎の「保守人権派宣言」と題する連載ものらしい二頁の文章の最後は、ソルジェニーツィンが「資本主義も共産主義も同根の…危険性を持っていたことを見抜いていた」ことを肯定的に評価しているようで、ソルジェニーツィンの地点まで「思想的に深め」られれば、「現代日本への根源的な批判となりうるはずだ」という(p.15)。
 趣旨は分からなくはないが、しかし、「資本主義も共産主義も」という両者の同列視・同質視ははたして「保守」派の思想なのか、という疑問も生じる。反共産主義・反コミュニズムこそが(コミュニズム誕生以降の)<保守>思想の中核だと私は理解しているからだ。

 むろん<保守>はいろいろに定義または理解できるのだが、この西部邁グループのいう「保守」がいかなる意味で使われているのかは、参加者において一致しているとは思えないし、雑誌自体がきちんとした定義をしているとも思えない。「保守」、「保守」とこの概念を多用する前に、この雑誌は一度、現在の日本における「保守」派ないし「保守」思想とは何かについての詳細な座談会を組んでみたらどうか。

 なお、今年6月にこの欄に、「西部邁・中島岳志ら『表現者』グループは『保守』か?」と題する文章を私は書いている。

 二 すでに感じていた疑問または関心からも興味を惹くのは、とくに、中島岳志の「橋下徹大阪府知事こそ保守派の敵である」と題する文章だ(p.114-120)。

 中島岳志はこの文章では自らを「保守派」と明確に位置づけている(p.114)。ここですでに、中島は別のところでは(朝日新聞では)自らを(じつに奇妙な形容の)「保守リベラルの立場」と書いたのではないか、「保守派」と「保守リベラル」は同じなのか、と突っ込みたくなる。
 上はさておき、この文章はタイトル通り、橋下徹に対する「保守」派(自称)からの批判であり、「保守派」は橋下徹を支持してはならない、という警告?になっている。
 しかし、賛同することはできない。いくつかの論理の飛躍、都合のよいように(批判しやすいように)対象を歪曲しての批判、が見られる。
 詳しくは述べない(長くなりすぎる)。だが、橋下は「保守的どころか、反保守的と言わざるを得ない側面がほとんどである」という結論(p.114)には十分な説得力がない。
 中島によると、橋下は伝統・慣習よりも「法というルール」を「絶対視する傾向」がある(p.15)、橋下にとっては道徳・倫理ではなく「明文化されたルール」等に価値がある(p.117)。
 また、中島は、「大阪市の解体」を「一気に進める」べきとの橋下の主張は「ラディカリズム」あるいは「急進的な設計主義と伝統的価値観の否定」だとする。橋下の「ラディカルな改革熱」とともに、かかる「ラディカルな合理主義」に対して、「保守思想」は「懐疑的立場」をとるのだそうだ(p.118)。したがってまた、中島は「中央政治をぶっ壊す」との橋下のブレインとされる上山信一の文章にも噛みついている(p.119-)。
 中島のような断定的結論を導くには、中島が例として挙げる橋下徹の文章・発言は少なすぎる。それらは中島岳志のようには解釈できない可能性は残る。また。中島は自己が想定する「保守」思想とは矛盾するまたは対立する「反保守」の思想をあらかじめ想定して、その中に橋下の文章・発言を(慎重さの必要に配慮することなく)位置づけている可能性が高い。
 また、橋下の文章・発言等はむろん何らかの事案・問題との関係性を持っているので、単純に、中島の言うような、<伝統・慣習>か<法的ルール>か、(漸進的な改革ではない)<ラディカルな(急進的な)改革>の是非、といった一般論でその是非を判断することはできないように思われる。

 橋下が言っているわけではないが、<今こそ憲法改正を>とか<今こそ日本も核武装を>という主張は「急進的な変化」を追求するもので、「保守」思想から外れるものなのだろうか(かかる主張自体の現実的当否をここで述べているのではない)。
 あるいはまた、<戦後体制・戦後民主主義>からの脱却にはかなり思い切った覚悟と勇気が必要であって、ある意味ではラディカルな=急進的な主張や実践的運動にならざるをえないところがあるように思えるが、中島はそのような「ラディカルさ」をいっさいの場合について非難するつもりなのだろうか。
 中島は<大阪市の一気な解体>という主張のラディカルさを批判しているが、問題はそこにあるのではなく、「大阪市の解体」という主張の当否にあるはずだ。しかも、そもそもが、現行法制上(中島は「法」がお嫌いのようだが)、大阪市を簡単に(一気に)解体することなど不可能なのだ。横浜市、名古屋市らとまったく無関係に、大阪市だけの解体などがありうるはずがない。
 中島は最後の方であらためて、橋下徹を「大阪市を解体し、国家まで解体しようとする」「自称改革派」と性格づけ、「保守が支持してよいのでしょうか」と警告?している。
 「大阪市の解体」については上でも言及したが、中島は、その議論に対する詳しい反論(大阪市存続論)を叙述しているわけでもない。
 「国家まで解体しようとする」となるとますます怪しい。
 この部分に対応するのは、上山信一の「中央政府をぶっ壊す」との表現だろうと思われる。だが、後者の「ぶっ壊す」は「廃棄」=<消滅させること>ではなく現状を大きく変える程度の意味だろう。また、そもそも、「中央政府」と「国家」は同じ意味ではない。
 しかるに、中島岳志の頭の中では、上の表現が<国家の解体>を意味するものと読み替えられているのだ。
 これはフェアな批判ではなく、自己の主張に都合のよいように対象を変化させたうえでの<卑劣な>方法による批判にすぎない。そして、中島岳志という人物の頭の<幼稚さ>を示してもいるだろう。
 ところで、注目されてよいのは、橋下徹が大阪府知事を辞任して大阪市長選挙に立候補するという時期に、中島岳志は上の文章を公にしている、ということだ。
 前回に書いたように、この中島岳志という人物は、香山リカらととともに、大阪で<反ハシズム>集会に参加して喋っている。
 ひょっとすれば、この集会は、大阪府の(橋下らの会派が提案した)職員・教育に関する条例を批判するための集会だった(橋下徹を一般に批判したわけではない)と釈明?するかもしれないが、10月下旬という時期に橋下徹を批判することが、対立候補となることが想定された(そして現実にもそうなった)民主党・平松某を助けることとなる政治的機能を果たすことは容易に考えられえたはずだった。
 そして、今回とり挙げている雑誌・表現者において、たんに特定の条例に対する批判ではなく、一般的な橋下徹批判を中島は展開しているわけだ。
 従って、たんなる反橋下集会への参加・発言を捉えてではなく、一般的に、以下のように言うことができる。
 中島は橋下徹を「反保守」として批判・罵倒するが、では民主党・平松某をいったいどのように評価しているのか??
 選挙・投票を前にした時期に一方だけを批判することは、そうではない片方を支持・擁護し、その片方の当選・勝利へと導こうとする意図を持っているとしか考えられない。
 なぜ、中島岳志の文章には、「民主党」もその擁立する「対立候補(平松某)」もひとことも出てこないのか。
 結局のところ、橋下徹を批判することによって、少なくとも客観的な機能としては、民主党・平松某を支持していることにしかならないと思われる。しかして、現時点において、相対的には民主党・平松を擁護することになる文章を公にするような人物はまっとうな「保守派」なのか??
 橋下徹を批判することが結果として(少なくとも大阪の、そしてひいては国政上の)民主党を「持ち上げる」関係になることは明らかだ。
 中島岳志は実質的には、大阪の選挙における民主党支持を表明していることは明らかだ。少なくとも大阪市長選挙においては、民主党・平松某と橋下徹(大阪維新の会)が対抗しているのであり、橋下徹よりも「保守」的な候補はいない。
 もう一度言っておこう。かかる構図の中で、民主党の候補を支持することとなる文章を書く者は「保守」なのか??
 三 中島岳志という人物を「飼っている」表現者グループないし西部邁グループの「いかがわしさ」は、表現者39号でも明らかになった、と思われる。
 寺脇研もこのグループの一人らしく、かつ大阪で橋下徹の教育・教員政策を批判していること、中島岳志は「ラディカル」な改革とともに、野田佳彦首相が唱えているらしき「中庸」もまた批判していること(p.148-)との関係の曖昧さ・不思議さ、についても気にかかるが、さしあたり省略する。

1048/「保守」派の言論活動の意味?

 〇中西輝政は、<教育・マスコミ・論壇>という「日本左派」の「鉄の三角地帯」について語っている(同・強い日本をめざす道p.173(PHP、2011))。
 この教育・マスコミ・論壇という<三角地帯>のいずれにおいても、「左翼」が強固であり、「保守」は敗北している旨を語っている。
 おそらくそのとおりで、「保守」派を自認する者は、まずは上の事実のしっかりとした自覚をする必要があるだろう。中西の表現によると、「日本の保守は、自分たちが敗者であることを『徹底的に』認め…」なければならない(同上p.173-4)。
 「左翼」の中にもいるが、「保守」の中にも、(保守の場合は保守的な)マスコミ・論壇の中である程度の位置を占め、ある程度の「名声?」を獲得し、あるいは「そこそこに」経済的利益を得て、それでとりあえず満足してしまっている者も少なくないのではあるまいか。
 現状をいかほどに深刻に憂えて言論活動を行っているのだろうか。高年齢の人もいるのだが、晩年の「名前?」の維持、小遣い稼ぎの程度の感覚で文章を執筆している者もいるのではないか(ちなみに、産経新聞の「正論」欄は、執筆者の平均年齢が高すぎる)。
 「保守」派とされる産経新聞だが、そしてそれだけで朝日新聞や毎日新聞よりはマシなのだが、しかし、産経新聞社も企業体として利潤を得る必要がある。そこから、「そこそこに」利益を上げればいい、勝利・敗北などは直接の関係がない、世の中がどうなろうが「そこそこに」売れて、儲かればよい、という感覚が、論説委員・編集者や記者たちに生じてはいないだろうか。
 〇中西輝政は、「正直いって個人的には耐え難いほどの無力感を感じている」と書いてもいる(同上p.4)。これは正直で率直な感覚だと思う。
 一方で中西は、「個人的な感慨を乗り越えて、人々の奮起を促すことも、…大切な責務だと自らに言い聞かせている」とも書く(同)。
 この後者は考えさせるところがある。つまり、<政治的>要素を含む言論活動とは、いったいいかなる種類・性格の営為なのか、ということを考えさせる。
 中西輝政は「個人的な感慨を乗り越えて」と書くが、後者の意味するところは、個人的には感じる客観的な想定・予測よりも、読者の「奮起を促す」ための(客観性がより乏しい)「煽動」文書を書く必要もある、ということではないか。是非・善悪を問題にしているのではなく、むしろそのような言論活動も当然にありうるものと承知したい。
 いろいろな論者があれこれの言論を行っているが、いったいそれはいかなる種類・性格のものなのか。
 「客観的」事実を叙述して、積極的または消極的に、あるいは期待的または警告的にコメントするなどして、自らの(実践的な)立場・見解を述べる、というのが相場だろう。こうした作業は重要ではあるが、しかし、論点によっては、あるいは媒体メディア(雑誌を含む)によっては、また言っている、という「保守」派の世界では当然視される、つまりは批判を受けずに安心しておられる、安全な作業である場合もあるだろう。
 「客観的」で詳細な事実の叙述が長くて、そのこと自体が重要な価値を持つこともあれば、執筆者の主張・見解がいま一つはっきりしない、という論考もときにはある。
 唐突にやや離れるが、「保守」派とも言われる(但し、中川八洋は厳しく論難している)福田和也の毎週または毎月の多数の連載は、いったい何を目的にしているのだろう、何を主張したいのだろう、と感じさせるところがある(一冊の本にまとめられて初めてそれが分かるのかもしれないが)。
 〇すでにいつか言及したはずだが、西尾幹二が、何かの彼の本の中で<言論の無力さ>を痛感する旨を書いていた。中西輝政の上記の本の中にも同旨は見られる。西尾幹二や中西輝政ですらそうなのだから、秋月瑛二が無力感を感じても当然だ。一銭にもならない、所詮は自己満足の作業なのだが、無償でもときに無性に(?)何か書きたくなることはあるので、この欄を閉じてしまうのはやめておこう。

1039/櫻井よしこの政治感覚は研ぎ澄まされているだろうか。

 一 月刊正論9月号(産経新聞社)の巻頭、櫻井よしこ「国家は誰のものか」(談)は主として菅直人批判に費しつつ、谷垣自民党批判と一定の議員グループへの期待をも語っている。
 7/15の民主党議員グループの行動に流れの変化を感じるとしつつ、櫻井は続ける。-「一方、不甲斐ないのは自民党現執行部」で、菅直人が延命できるのは「現在の自民党執行部の責任でも」ある。谷垣禎一を次期首相にとの世論が少ない「理由は明らか」で、「相も変わらず、元々の自民党の理念を掲げていないから」だ。「憲法改正、教育改革、国家の自立など」の点について、「民主党の菅、鳩山政権と大差のない政策しか提示し得ていない…」(p.60-61)。
 このような叙述には、首を傾げざるをえない。
 自民党(谷垣自民党でもよい)の「憲法改正、教育改革、国家の自立など」の「政策」は「民主党の菅、鳩山政権と大差のない」、という認識または評価は、いったいどこから、どのような実証的根拠をもって、出てくるのだろうか。谷垣「リベラル」自民党との距離感をずっと以前にも示していた櫻井よしこだが、櫻井もまた「相も変わらず」何らかの固定観念にとらわれてしまっているのではないか。
 自民党のしていることを無条件に擁護するわけではないが、親中・「左翼」の「菅、鳩山政権と大差のない」などと論評されたのでは(しかも上記のような基本的論点について)、さすがの自民党「現執行部」も文句の一つでも櫻井に言いたくなるだろう。
 この冷たい?自民党に対する態度は、2009年総選挙の前後にも櫻井よしこに見られたところだった。
 櫻井よしこが上の部分の後に書いているところによれば、彼女が期待するのは「谷垣自民党」ではなく、6/07に初会合があった憲法96条改正議員連盟に賛同しているような、「既成政党の枠を超えた」議員グループのようだ。
 櫻井よしこは、この議員連盟こそが「真に日本再生に向けた地殻変動の起爆剤になる」ことを期待し、「彼らの議論から党を超えた連帯意識が生まれ、真の意味で政界再編の機運が高まる」ことを願っている。その際、「民主党、自民党、そのほかどの政党に身を置」いていようと関係がない(p.61)。
 櫻井よしこが現自民党に対して<冷たい>のはこういう代替的選択肢を自らのうちに用意しているからだろう。
 しかし、思うのだが、かかる期待や願望を全面的に批判する気はないが、櫻井は見方が少し甘いのではないだろうか。
 2009年の時点でも、明言はなかったようでもあるが、自民党よりも<真の保守>に近いと感じていたのだろう、櫻井よしこには自民党ではなく「たちあがれ日本」や「創新党」に期待するような口吻があった。しかして、その結果はいったいどうだったのか?。
 反復にもなるが、当時に自民党への積極的な支持を明言しなかった保守論客は、客観的・結果的には、民主党への「政権交代」に手を貸している。現時点ではより鮮明になっただろう、民主党政権の誕生を断固として阻止すべきだったのだ。保守派は2009年に敗北したのだ。この二年前の教訓は、今年中にでも衆議院解散・総選挙がなされる可能性のある現時点で、生かされなければならないだろう。
 党派を超えた動き、それによる「真の政界再編」を夢見るのは結構だが、それらは次期総選挙までに間に合うのか??
 櫻井よしこは、とりあえずにでも現執行部の自民党を中心とした政権が成立するのがお好きではないようだ。そんな態度をとり続けていると、民主党「たらい回し」政権があと二年間も延々と(!)続いてしまうのではないか。
 二 櫻井よしこの週刊新潮8/25号の叙述の一部にも気になるところがある。
 民主党あるいは鳩山・菅政権の「政治主導」が失敗し、むしろ消極的で悪い効果をもたらしたことは、多言しないが、明らかだ、と思われる。政治主導あるいは官僚排除の姿勢によって、政治・行政運営に「行政官僚」をうまく活用することができなかったのだ。
 ところが、そういうより広い観点からではなく、櫻井よしこは「政治主導の確立と官僚主導の排除」を「公務員制度改革」の問題に矮小化し、「以前と比較にならない官僚の勝手を許す結果に陥った」と菅政権を総括している(p.139)。
 行政官僚をうまく使いこなせなかったことではなく、櫻井によると、<以前よりも官僚が強くなった(以前よりも「勝手を許」した)>のが問題だ、というのだ。
 このような事態の認識は、全体を見失っている。そして、このような認識と評価は、政官関係について「相も変わらず」屋山太郎から情報と意見を入手していることに原因があるようだ。
 「天下り禁止」の有名無実化を批判するのはとりあえず結構だが(なお、古賀利明の本にいつか言及する)、この問題に焦点を当てているようでは、議論の対象が「ちんまい」。問題把握のレベルが小さすぎ、視野狭窄があり、優先順位の序列化の誤りもある。
 すぐれた政治感覚と政治・行政実務に関するしっかりした知識をもった、信頼できる<保守>論客はいないものだろうか。憂うこと頻りだ。    

1016/西部邁・中島岳志ら「表現者」グループは「保守」か?

 ・「西部邁事務所」を「編集」者とする隔月刊・表現者(ジョルダン)の37号(2011.07)の座談会の中で、代表格かもしれない西部邁はこんなことを発言する。
 大震災数日後に日本の「自称『保守派』の中心的な機関紙」の産経新聞がトップで、米国の「トモダチ作戦」が機能し始めて「実に有り難い」と「吠えまくった」。左翼も右翼も「国家」を「丸ごと他者にあずけてしまう」(p.47)。
 調子に乗って?、あるいは追随して?富岡幸一郎は次のように語る。
 戦後憲法を作ったアメリカが「非常事態を執行する」という「第二GHQ作戦」を米軍は福島で想定していた。産経新聞の礼賛の意図は不明だが、「国家主権なき、国家意識なき、国家理性なき戦後の正体が露出した事態だ」(p.47)。
 むろん厳密に正確に全文を引用してはいないが、上のような発言からは、反米(・自立?)の気分と親米保守?の産経新聞に対する嫌悪感が明らかだ。
 そもそもが、かかる感覚は「保守」のものか。「保守」の意味に当然に関係するが、米軍の東北地域での活躍をもってその存在の重要性を認知させるための意図的な計略だ旨を強調したらしい沖縄の「左翼」マスコミと、いったいどこが違うのだろうか。
 反米・自立が「保守」の要素たりえないとは考えない。だが、優先順位というものがあるだろう。少なくとも私の理解からすれば、「保守」とは何よりも先ず<反共>でなければならない。
 佐伯啓思もそうなのだが、西部邁ら「表現者」グループには、反共産主義(反コミュニズム)・反中国(・反中国共産党)の意識、あるいはそれにもとづく発言や論考が少ないのではないか。反共よりも反米を優先させたのでは、とても「保守」とはいえないと考えられる。
 ・思い出して確認すれば実例を別の機会に示すが、「左翼」の文章の中には、本題とは離れて、末尾か「むすび」あたりで、唐突に「保守」派を批判するまたは皮肉る文章を挿入しているものがある。その場合に、石原慎太郎を右派・保守の「代表」と見なしてか、石原慎太郎の発言等をとり上げていることがある。
 似たような例が、上の表現者37号の同じ座談会の中にもある。中島岳志は、次のように発言する。
 石原慎太郎は『NOと言える日本』の中で、「日本はアメリカに対してテクノロジーにおいてはもう追い付いた、だから自信を持て」と言っている。ここに「はからずも見えて」いるのは「戦後日本の『保守派』のナショナリズム」の問題性の一つだ。「日本のナショナリズムの根拠」を「テクノロジーの優秀さ」に求めるという「トンチンカンさ」がある。一般に、「保守派」の「ナショナリズムの内実こそが問われている」(p.34)。
 「保守」にとってのナショナリズムの意味・内実を問い直すのはよいが、上の石原批判は的確なのかどうか。石原に対する親米(「アメリカニズムを疑ってなんかいない」)保守派というレッテル貼りを前提として、揚げ足取りをしているのだけではないか。
 もともと日本人の「テクノロジーの優秀さ」が日本人が古来から形成してきた知的能力の高さや精神・技術の繊細さ・適応能力等の柔軟さに由来するとすれば、それは堂々と誇りに感じればよく、それが自然だろう。中島岳志が「日本のナショナリズムの根拠」の一つを「テクノロジーの優秀さ」に求めることに違和感をもっているとすれば、この人物は日本人ではなく、日本の「保守」派でもないのではないか。
 ついでに書けば、中島岳志は、原発は「アメリカ依存の賜物」だ、そういうアメリカ依存の「戦後なるもの」を考え直す必要がある、「僕たちが本気で『近代の超克』という座談会をやってみせないといけないような思想的な環境におかれているのではないか」、とも発言する(p.48)。
 中島はいったいなぜこんなに気負っているのだろう。こんな大口を叩ける資格があると考えているとすれば、傲慢で、面白いほどに噴飯ものだ。また、ここでいう「僕たち」とは誰々のことなのだろう(この座談会出席者は他に、西部邁・佐伯啓思・原洋之介・富岡幸一郎・柴山桂太)。
 そもそも、中島岳志は自らを「保守」と位置づけているようだが、週刊金曜日という「左翼」小週刊誌の編集委員でもあり、「保守リベラル」などと称して朝日新聞にも登場している。
 また、西部邁とともに、専門的な法学者またはケルゼン研究者から見れば嗤ってしまえるようなバール判事意見書(東京裁判)に関するつまらない書物を刊行してもいる。
 中島岳志とは、客観的には、日本の「保守」陣営を攪乱させるために、「左翼」から送り込まれた人間なのではないか、という疑いを捨てきれない。こんな人物を「飼って」いる西部邁もどうかしていると思うし、何とも感じていないようでもある佐伯啓思も、どうかしているのではなかろうか。
 ・この「表現者」グループも、自主憲法の制定(現憲法九条2項の削除等)には賛成するのだろう。その意味では大切にしておくべき、せっかくの集団だが、―産経新聞を全面的に信頼しているのでは全くないものの―奇妙な、首を傾げる文章・発言も目立つ。他にもあるので、別の機会に触れる。

0994/日本の「保守」は生き延びられるか-中川八洋・民主党大不況へのコメント2。

 中川八洋は刺激的な書物を多数刊行しているが、さすがに、全面的または基本的に支持する、とも言い難い。

 細かな紹介は省くが、中川八洋・民主党大不況(清流出版、2010)の、例えばp.287の安倍晋三、大前研一、江口克彦、平山郁夫、山内昌之、川勝平太、中西輝政に対する罵倒または特定の党派性の決めつけは、詳しく具体的な根拠が示されているならばともかく、私がこれらの人々を基本的に信頼しているわけでは全くないにしても、にわかには信じ難い。

 つづくp.288には、安倍晋三が「マルキスト中西輝政をブレーンにしたのは、安部の思想軸に、(無意識にであれ)マルクス主義が根強く浸透しているから」だとの叙述もあるが、これに同感できるのはきわめて少数の者に限られるのではないか。もっとも、例えば、戦後<左翼>的「個人主義」・「自由主義」等々が(渡部昇一を含む)いわゆる<保守派>の面々に「無意識にであれ」浸透していないかどうかは、つねに自省・自己批判的克服が必要かと思われるが。

 より基本的な疑問は、中川の「保守主義」観にある。中川の、反共主義(・反極左・反フェミニズム等)、共産主義と闘争することこそ「保守」だとする議論には全面的と言っていいほど賛同する。そして、この点で曖昧さや弱さが日本の現在の<保守>にあるという指摘にも共感を覚えるところがある。この点は、のちにも具体的に論及していきたい。

 しかし、中川八洋の「保守主義」は、マルクス主義が外国産の思想(・イデオロギー)であるように、「英米」のバークやハミルトン等々を範とするやはり外国産のそれをモデルとしている。それを基準として日本の「保守」を論じるまたは批判するのは、自由ではあるものの、唯一の正しいまたは適切な立脚点だとはなおも思えない。

 日本には日本的な「保守主義」があってもよいのではないか。

 中川八洋によると、「保守主義の四哲人」はコーク→ハミルトン・バーク・ハイエクだ(p.310の図)。そして、レーガンはハミルトンとバークの、サッチャーはバークとハイエクの系譜上にある(同)。また、「八名の偉大な哲人や政治家」についても語り、コーク、バーク、ハミルトン、マンネルハイム、チャーチル、昭和天皇、レーガン、サッチャーの八人を挙げる(p.351)。

 昭和天皇は別として、中川の思考・思想の淵源が外国(英米)にあることは明らかであり、なぜ<英米の保守主義>を基礎または基準にしなければならないのかはじつは(私には)よく分からない。学ぶ必要はあるのは確かだろう。だが、中川のいう<英米の保守主義>をモデルにして日本で議論すべきことの不可避性は絶対的なものなのだろうか。

 外国人の名前を挙げてそれらに依拠することなく、中川八洋自身の独自の思想・考え方を展開することで十分ではないのか。その意味では明治期以来の<西洋かぶれ>の弊は中川にもあるように感じられる。

 また、以上と無関係でないだろうが、中川八洋が「保守」はつねに(必ず)「親米」で、「反米」は「(極左・)左翼」の特性だ、と断じる(p.361-2)のも、釈然としない。「親米」の意味の理解にもよるのかもしれないが、<保守>としても(論者によっては<保守>だからこそ?)「反米」的主張をせざるをえないこともあるのではあるまいか。

 このあたりは小泉構造改革の評価にも関連して、じつは現在のいわゆる<保守派>でも曖昧なところがある。また、「反米」よりも<反共>をこそ優先させるべきことは、中川八洋の主張のとおりだが。

 以上のような疑問はあるが、しかし、日本の<保守派>とされる論客、<保守派>とされる新聞や雑誌等は、中川八洋の議論・指摘をもう少しきちんととり上げて、批判を含む議論の俎上に乗せるべきだろう。さもないと、似たようなことをステレオタイプ的に言う、あるいはこう言っておけば(閉鎖的な日本の)<保守>論壇では安心だ、との風潮が、いっそう蔓延しそうに見える(かかる雰囲気があると私には感じられる)。

 中川八洋の主張・指摘の中には貴重な「玉」も多く含まれていて、「石」ばかりではないと思われる。<保守>派だと自認する者たちは、中川八洋とも真摯に向かい合うべきだろう。

0993/日本の「保守」は生き延びられるか-中川八洋と渡部昇一。

 敗戦・占領に伴うGHQによる日本国憲法の実質的な「押しつけ」とその憲法が今日まで一文も改正されることなく効力をもち続けていることは、日本国家と日本国民にとって屈辱的なことで、改正または実質的には新憲法の(当然に自主的な)制定は国家と国民のの基本課題とすら言えるだろう。

 だが、物事の見方は多様で、上のような見方よりもはるかに巨視的に判断している者もいる。

 中川八洋・山本五十六の大罪―亡国の帝国海軍と太平洋戦争の真像(弓立社、2008)の「まえがき/昭和天皇のご無念」がそれだ。

 中川によると、今日の日本<滅亡>の危機の元凶は昭和前期の「狂気」にあり、「GHQ七年間」の占領に原因があるのではない。それどころか、「マクロに考察すれば、GHQ占領こそ、天皇制度の温存にしろ、自由経済にしろ、政党政治の回帰にしろ、日本の国家蘇生に裨益した」。「憲法第九条など有害なものも多いが」、それは「ミクロに観察」した場合のこととされる(上掲書p.5)。

 これには驚いた。だが、なるほど中川八洋は戦争の継続と被害の増大・日本の焦土化のあとに「共産革命」がありえたと判断している、つまり「共産主義者」たちは日本の徹底的な破壊のあとの「革命」=<社会主義日本>の樹立を狙っていたと理解しているので、それに比べれば、昭和天皇の「御聖断」による終戦と「自由主義」国・米国による実質的な単独占領は、そのような「共産革命」を防いだ、<よりまし>なことだった、と捉えられることになる。

 こういう見方は、決して荒唐無稽ではない、と思われる。たしかに種々の大きな課題・禍根をGHQ「占領」は残したが、ソ連の影響力のもとでの日本全体または日本の半分の「社会主義」国化、ソ連の「傀儡」国家化は、東欧や北朝鮮に実際に生じたように、まったくありえなかったわけではない、と考えられる。もしも、戦争がさらに継続され、ソ連が先に、あるいは米国とソ連がほぼ同時に日本国土に上陸していたならば…、戦慄する事態になっていただろう(国内にはそれに迎合し、ソ連を歓迎する「共産主義」勢力が存在した)。

 だが、中川八洋とて、「日本国憲法」が現在のままでよいとは考えていないだろう。

 中川八洋・民主党大不況(清流出版、2010)の基本的なコメントの第二のマクラのつもりで書き始めたが、すでに長くなった。

 方向を転換して、上掲書にさらに言及しよう。

 中川八洋は、次のようにも書いている。日独伊三国同盟締結という「大罪」を犯した松岡洋右らまで、「軍人でもなく戦死したわけでもないのに祀る」という「前代未聞の暴挙」を靖国神社は1978年に行った(p.6)。すでに言及したが、中川八洋によれば、大東亜戦争とは日本国内の「共産主義者」たちがコミンテルンらと結びついて、日本を大崩壊させ、のちに「共産」日本を樹立するための陰謀で、「国家反逆性」(p.6)をもつ。

 いつか述べたように、道徳的な「悪」とは言えない戦争と敗戦を出発点として考えたく、あの戦争にかかる開戦・敗戦の原因等々の詳細に立ち入って<復習>しようという関心はほとんどない。

 中川八洋の主張についても、論評する資格はない。ただ、ありうる、成り立ちうる議論で、そのうち触れるだろうように、中川のいう「民族派」の中にも、戦争の過程での「共産主義」勢力の関与・策略をきちんと指摘する論者も少なくない、とは感じている。

 だが、大東亜戦争=「(日本)国家反逆」という性格づけには、上の松岡ら靖国合祀批判も含めて、「民族派」あるいは<ナショナリスト保守>の多くの論者はおそらく納得できないだろう。

 しかしながら、奇異なことに、上掲書(中川八洋・山本五十六の大罪―亡国の帝国海軍と太平洋戦争の真像)のオビ(の表紙側)には、こんな言葉が印刷されている。

 「渡部昇一、大絶賛!! 大東亜戦争の真実が、帝国海軍についての初めての解剖的研究で、これほど迫真的に暴かれたことはかつてなかった。中川八洋氏のこの衝撃の新著は、現代史の超重要文献だ!」

 何と、渡部昇一は2008年刊の上掲書にこのような称賛・推薦の言葉を寄せている。個々の論点のすべてについて賛同するという趣旨ではなくとも基本的にまたは全体としては共感するからこそ、かかる称賛・推薦の言葉を書いた(または原文・素案を承認した)ものと思われる。のちに明確に「保守」ではない「民族派」と位置づける渡部昇一の称賛・推薦を受けた中川八洋もどうかと思うが、自分の名前がいろいろな所に出ればよいとでも考えたのか、渡部昇一の感覚もまた、異様に感じられる。

 渡部昇一の近年の日本歴史の何冊かの本は読む気はないが(購入の予定もない)、日支戦争・太平洋戦争(大東亜戦争)に対する見方・歴史観は、中川八洋と渡部昇一とは、まるで違う、むしろ真逆なのではないか。前回に書いたことと併せてみても、渡部昇一というのは、どうも信頼が置けない。そもそもきちんとゲラ刷りを概読でもしてから「大絶賛!!」の文章を書いたのか?。そうではない、いいかげんな人物だと思われる。こんな「保守」派論客が代表者の一人とされているようである<日本の保守>とは、いったい何か。「生き延びられる」未来はあるのだろうか。

0988/日本の「保守」は生き延びられるか-中川八洋・民主党大不況へのコメント1。

 中川八洋・正統の哲学/異端の思想(徳間書店、1996)、中川八洋・保守主義の哲学(PHP、2004)はいずれも読んでいる。とりわけフランス革命やルソーについては、これらの本の影響を受けているかもしれない。

 これらの本についても感じることは、中川八洋は学術的な研究論文にして詳論すればそれぞれ数十本は書けるだろう、そしてその方が読者にはより説得的によく理解できるような内容を、きわめて簡潔に一冊の本にまとめてしまっている、ということだ。この人は、海外・国内のいずれの文献についても、(外国人の著についてはおそらくは英語のまたは英訳された原書で)すさまじいスピードで読み、理解できる能力をもつ人だと思われる。

 中川八洋・民主党大不況(清流出版、2010)についても、ほぼ同様のことはいえるだろう。中川八洋のすべての本を読んできているならば少しは別かもしれないが、そうでないと、簡潔に言い切られている多数のことが、ふつうの?読者には容易には理解できないように思われる。それは、むろん、すでに紹介したように、「民族派(系)」の江藤淳・渡部昇一・西尾幹二等々は「保守」ではない、控えめに言っても「真正保守」ではない、という、中川ら(?)以外の者にとっては一般的ではない、独特の?見解・立場に立っていることにもよる。

 中川の上の著は「ハイパー・インフレと大増税」という副題をもち、「大不況」というメイン・タイトルをもつことから民主党の経済・財政政策批判の本との印象も生じるが、まるで異なる。「大不況」には「カタストロフィ」というフリガナがついていることからすると、<民主党による日本大崩壊(大破綻)>というのが基本的趣旨で、同時にそのような民主党政権誕生を許した自民党や<民族系>論者を批判することを目的としているように感じられる。その意味では<「民族派」(保守)大批判>というタイトルでも決して内容と大きく矛盾していないと思われる。

 にもかかわらず、実際のタイトルになっているのは、<「民族派」(保守)大批判>では売れない、<民主党批判>本なら売れる、という出版社・編集者の判断に従っているかにも見える。

 上のことはこの本の感想の第一ではまったくないが、中川八洋とて、<出版>そして<売文>業界という世俗と完全に無縁ではいられない、ということを示してもいるだろう。

 さて、中川八洋・民主党大不況(2010)への簡単なコメントはむつかしい。ここで触れられていることは、この欄であれこれと書いてきた多くのことに、あるいはマスメディアや多数の論者が議論してきた多くのことに関係している。

 とりあえずは二点だけ述べる。

 秋月瑛二の私見あるいはこの欄の基本的立場は昨年の7月に「あらためて基本的なこと」と題して書いたとおりだ。
 以下は一部のそのままの引用。 

 ・左右の対立あるいは<左翼>と<保守>の違いは、<容共>か<反共>かにある。<容共>とは、コミュニズムを信奉するか、あるいはそれを容認して、それと闘う気概を持たないことを意味する。<容共>と対立するのがもちろん<反共>で、<保守>とは<反共主義>に立つものでなければならない。コミュニズムを容認または放置してしまうのではなく、積極的に闘う気概をもつ立場こそが<保守>だ。
 ・米国との関係で、自立を説くことは誤ってはいない。<自主>憲法の制定も急がれる。その意味では<反米>ではある。だが、現在の最大の<溝>・<矛盾>は、コミュニズム(共産主義・社会主義)と<自由主義>(・資本主義)との間にある。<反共>をきちんと前提とするあるいは優先した<反米>でなければならない。<反共>を優先すべきであり、そのためには、米国や欧州諸国のほか韓国等の<反共>(・自由主義)諸国とも<手を組む>必要がある。以上のかぎりでは、つまり<反共>の立場を貫くためには、<親米>でもなければならない。
 ・日本と日本人は<反共>のかぎりで<親米>でありつつ、欧米とは異なる日本の独自性も意識しての<反米>(反欧米、反欧米近代)でもなければならない。そのような二重の基本的課題に直面していると現代日本は理解すべきものだ。

 こうした考え方からする中川八洋著に対する第一の感想は、<反共>主義の立場であること、<保守=反共>と完璧に理解すること、が鮮明で、他の多くの<保守>派とふつうは言われている人々の論調に比べて、共感するところ大だ、ということだ。

 述べたことがあるように、佐伯啓思の本は刺激的で思考誘発的で、かつ<西欧近代>への懐疑の必要性について教えられることが多い。だが、佐伯はコミュニズム(・共産主義)との対立は終わった、<社会主義対資本主義>という議論の立て方はもはや古い、というニュアンスが強く、結果として、現実の中国・北朝鮮に対する見方が甘くなっているのではないかという疑問も生じる。上記のような<親米>でも<反米>でもあるという立場は佐伯啓思の論じ方にも影響を受けているが、<反共>と<反米>のどちらをより優先させるべきか、と二者択一を迫られた場合、やはり<反共>(現実には反中国・反北朝鮮等)を選択すべきで、そのためには米国をも利用する(その限りでは<親米>になる)必要があると考えられる。そういう根本的な発想のレベルでは、佐伯啓思にはやや物足りなさも感じている。昨秋の尖閣問題の発生以降の佐伯の産経新聞紙上の論調は何となく元気がないと感じるのは、気のせいだろうか。

 櫻井よしこ渡部昇一がとの程度マルクス(・レーニン)主義を理解しているのかはかなり疑わしい。櫻井よしこはしきりと<反中国>の主張を書いていて、そのかぎりで<反共>だと言えると反論されそうだが、しかし、そのとおりではあるとしても、桜井の文章の中には、見事に、「共産主義」や「社会主義」という言葉が欠落している。

 櫻井よしこに限らず、中国について<中華思想>の国(・地域)だとか、日本と違う<王朝交代>の国(・地域)だとか、その<民族>性自体に対する批判は多く、桜井も含めて中国の帝国主義的(?)、覇権主義的(?)、領土拡張主義的(?)軍事力増大に対する懸念・批判は多く語られてきている。だが、中国の元紙幣には現在でも毛沢東の顔が印刷されているように、中国は毛沢東が初代の指導者であった中国共産党が支配する国家であり続けている。

 そして毛沢東・中国共産党はまぎれもなく、マルクス・レーニン(・スターリン)の思想的系譜をもっていること、中国は<現存する社会主義>国家であることを決して忘れてはいけない。その領土拡張主義的政策に大昔からの<中華思想>等をもって説明するのは本質を却って没却させるおそれなきにしもあらずだ。<中国的>な発展または変容を遂げていることを否定しないが、現在の中国は基本的にはなおもマルクス・レーニン(・スターリン)主義に依拠している国家だからこそ、日本にとっても害悪となる種々の問題を生じさせているのではないか。

 このマルクス主義(・共産主義・社会主義)自体の危険性への洞察・認識が櫻井よしこらにどの程度あるのかは疑わしいと感じている。田久保忠衛についても同じ。

 述べきれないが、以上のようなかぎりで、中川八洋の<民族系>批判は当たっている、と感じられるところがある。

 くり返すが、<ナショナリズム>を、あるいは<よき日本への回帰>を主張し称揚することだけでは<保守>とはいえないだろう。ナショナリスムに対する国際主義(グローバリズム、ボーダーレスの主張)に反対するだけでは<保守>とは言えないだろう。「グローバリズム」、朝日新聞の若宮啓文の好きな「ボーダー・レス」の主張の中に、ひっそりとかつ執拗に「共産主義」思想は生きていることをこそ、しっかりと見抜く必要がある。

 <万国の労働者団結せよ!>とのマルクスらの共産党宣言の末尾は、国家・国境・国籍を超えて<万国>のプロレタリアートは団結せよ、という主張であり、脱国家・ボーダーレスの主張をマルクス主義はもともと内包している。外国人参政権付与論も、上面は美しいかもしれない<多文化(・民族)共生>論もマルクス主義の延長線上にある。

 やや離れかけたが、<反共産主義>の鮮明さ、この点に中川八洋の特徴があり、この点は多くの論者が(ミクロな論点に過度にかかわることなく)共有すべきものだ、と考える。

 といって、中川八洋の主張を全面的に納得して読んだわけでもない。別の機会に書く。

0986/中川八洋・民主党大不況(2010)の「附記」を読む③。

 中川八洋・民主党大不況(清流出版、2010)p.351-「附記/たった一人の(日本人)保守主義者として」の引用・抜粋-その3、p.359~p.365-。
 ・「民族系」論者には「自由社会の存立」に必要な「反共」・「反社会主義」の知識が全く欠落している。「民族系」は南京事件・沖縄集団自決・従軍慰安婦強制連行・百人斬りなど、「左翼」の歴史捏造問題には反撃論陣を張る。これは正しいが、石井731部隊人体実験・シナでの毒ガス作戦などの他の歴史捏造には口を噤む。
 ・「民族系」には歴史の「真実」への関心がない。彼らは観客相手の「売文業者」で、観客のいない問題には関心がなく、知識もない。「観客」とは「旧軍の将兵(退役軍人)たち」だ。「民族系」論者の東京裁判批判は「意味不明な論旨」で、東京裁判史観の拡大宣伝をする日本共産党系学者の「狂説」を目に入れていない。「観客」=退役軍人たちは南京事件・従軍慰安婦等の問題は体験からすぐ分かるので、これらの捏造を糾弾すればすぐに反応がある。「民族系」論者は「花代」欲しさに、捏造歴史問題を一部に限定して声を大にしている。①ソ連軍の蛮行(満州でのレイプ・殺人・財産奪取)、②シベリア拉致日本人の悲惨さ、③南方作戦(餓死から奇跡的な一部が生還)には「何一つ語ろうとはしない」。その理由は、これらの被害はあまりに悲惨で「観客」が思い出したくない、つまり「民族系」の「金にならない」からだ。

 ・「民族系」は「保守主義者」ではなく「保守」か否かも疑問だ。「真正保守」ならば、反「極左イデオロギー」闘争を優先し、「国家の永続」を最重視する。「保守」は昭和天皇や吉田茂のように必ず「親米」だ。「反米」は「左翼」・「極左」の特性で、「日の丸」・「天皇」を戴くだけで彼らを「保守」と見なすのは不正確で「危険」だ。「真正保守」の再建には、彼等を「再教育」して「一部を選別するほかない」。

 ・「民族系」は過去20年間、「第二共産党」・民主党の政権奪取に貢献してきた。彼らは日本の国を挙げての「左傾化」を阻止しようとはせず、助長した。「民族系」は、「ソ連の脅威の一時的な凍結」を好機として、「反米→大東亜戦争美化論→東京裁判批判→A級戦犯靖国合祀の無謬」を「絶叫する狂愚」に酔い痴れてきた。「大東亜戦争美化論」は日本廃絶論・日本「亡国」待望論で、林房雄、保田與重郎・福田和也の系譜だ。
 ・民主党は「国家解体」に直結する「地方分権」、民族消滅に直結する「日本女性の売春婦化である性道徳の破壊」など、「日本滅亡の革命を嫡流的に後継する政党」だ。だが、「民族系」は、民主党が支持される「土壌づくり」に協力した。
 ・「民族系」が「正気に目覚める」のは「外国人参政権」と「夫婦別姓」の二つに限られ、これ以外では無知で無気力だ。「深刻な出生率低下をさらに低下させる法制度や日本の経済発展を阻む諸制度」に反対せず、関心もない。「財政破綻状態にも、日本人の能力の深刻な劣化問題にも」憂慮しない。「民族系」論客・団体の「知的水準」は低く、民主党批判を展開する「学的教養を完全に欠如」する。
 ・だが、「あきらめるのは、まだ早い」。「十八世紀のバークやハミルトン、二十世紀のレプケやハイエクなど、多くの碩学から」学んで、「日本国の永続」方策を探り、「悠久の日本」のための「国民の義務」に生きる道を「歩み続けるしかない」。

 以上で、終わり。

 若干のコメントは次に回したい。

0982/中川八洋・民主党大不況(2010)の「附記」を読む②。

 中川八洋・民主党大不況(清流出版、2010)p.351-「附記/たった一人の(日本人)保守主義者として」の引用・抜粋-その2-。
 ・日本には「保守主義の知識人」が「ほとんど存在しない」。明治期には井上毅がおり、武士階級の子弟が「家」制度の存在とともに結果として日本を「保守主義」で導いたが、1910年以降、①「ルソー系の平等思想」と②「マルクス主義」が台頭し、1917年以降、「マルクス・レーニン主義」が燃えさかった。この火は大東亜戦争を生み、戦後日本を決定づけ、いまは日本全体に浸透し日本人を「洗脳」している。
 ・「保守」は戦後の新語で、社会党・共産党ら「革新」に対する「親米/日米同盟支持」勢力を指し、もともと「思想やイデオロギーが弱く、ほとんど無い」。英米の、バーク、ワシントン、ハミルトンらの「保守主義」は「全体主義とアナーキズムの極左思想」の排撃を目的とする「人類史に燦然と輝く最高級の知で武装された戦闘的イデオロギー」だ。

 ・「ないよりまし」だった「日本の保守」すら、1991年末のソ連崩壊によって「壊滅的に瀕死」の状態になった。「革新」に対する「保守」はもはや不要だと、自ら棄てる、「愚昧な選択」をした。私(中川八洋)はソ連崩壊により「国防の軽視ばかりか、コミュニズムが日本の隅々まで浸透し支配する」と予見したが、それは「完全な正確さで」的中した。
 ・予見した日本の「新型コミュニズム革命」は、想像をはるかに超えて大掛かりとなり、翌1992年に本格化した。「政治改革」キャンペーンは「新型共産主義革命」のための「新体制」づくりだった。「民族系論者」にも<反「政治改革」>を協力要請したが、「だれ一人として」相手にしてくれなかった。彼らは、翌年の1993年政変=細川政権誕生の意味を理解できず、「極左イデオロギー」は「変幻自在に衣装を変え色を変え信仰され続」いて「永遠に死滅しない」ことも知らない。(以上、p.351-355)

 ・1994年1月の選挙区制の改悪と同時に「極左イデオロギー一色の新型共産革命」が列島全体を覆った。1990年代半ばの「夫婦別姓」運動の盛り上がりはその一つ。1999年には、男女共同参画基本法という「伝統と慣習を破壊するマルクス・レーニン主義」そのものの「日本共産革命法」が制定された。その他、①ブルセラ/援助交際の奨励による道徳破壊、②フェミニズムやジェンダー・フリーによる日本男性の「夢遊病患者」化と日本女性の「動物」化という「人格改造革命」、③ポスト・コロニアリズムによる国家解体、等々の「大規模で組織的な」革命が日本を襲っていることを自覚する知識人は「ほとんどいなかった」。「正しい保守」は「日本から完全に消えた」。自民党の民族系国会議員は「新型共産革命」を傍観するばかりか「積極的に協力した」。日本の「民族系政治家の無教養ぶり」は「教育不可能な絶望のレベル」だ(p.356)。

 ・1960代までの日本の「保守」には吉田茂などの「保守主義」の匂いが残存した。バークやハミルトンが検閲されて「焚書」状態の中で、ベルジャーエフとクリストファ・ドウソンが「真正保守」を代用していた。
 ・「日本の保守」=「反共」人士は、1970年代に入ってから「激減」した。偶然にか、この劣化・消滅は核武装支持者の大衰退の傾向と合致する。核拡散防止条約加盟・批准(1970.02、1976.06)を境に、日本の核武装支持者は急激に下向した。上の加盟と批准の間に、1972.09の日中国交回復があった。これこそは、日本から「反共」を撲滅する「劇薬的な除染液」となった。「反・中共」路線が、「保守」であるべき自民党政権によって行われたことは、ブーメラン的に日本の「反共=真正保守」を撃破した。
 ・「反共」の文藝春秋社社長・池島信平が月刊誌・諸君!を創刊したのが「保守」衰退開始の1969年だったのは皮肉だ。諸君!は21世紀に入ると、「保守つぶし」の一翼を担った。諸君!は1990年代には「反米(隠れ親ソ)・アジア主義」の「民族系論客」や「反米一辺倒(極左)アナーキスト」を主執筆者に据えたため、「保守=民族系」との「大錯覚」が読者「保守」層に蔓延し、「保守偽装の極左=保守」という狂気の「逆立ち錯誤」すら90年代後半以降広く蔓延した。

 ・「民族系」は「反米(隠れ親ソ)・アジア主義」という「左翼思想」を基盤とするもので、「反共」の「真正保守」とは根源的に対立する。彼らは、日本国内でのコミュニズムの浸透・偽装・変身を見抜けない。たまには「左翼批判ごっこ」はするが、「左翼イデオロギー」に関する知識欠如のために「左翼運動や左翼言説」に「致命傷」を与えず、「必ず不毛に終わる」。(以上、p.357-359)
 まだ中途。余裕があれば、なお続ける。

0979/「透明な共産主義」の蔓延-中川八洋・民主党大不況(2010)による②。

 中川八洋・民主党大不況(清流出版、2010)は1週間ほど前に全読了。
 第八章の自民党批判(または批判的分析)の中の同党や同党幹部の「極左」扱いにはさすがに首を傾げる。櫻井よしこの「谷垣自民党」と民主党の「同根同類」論または<同質性が高い>論をはるかに超えて、自民党を「リベラル」以上に「左翼」政党視している。だが、同質論を強調しているわけではなく、中川によると、民主党はすっぽり全体が<極左>そのものなのだろう。

 中川八洋によると、「保守主義」とは「全体主義とアナーキズムの極左思想を祖国から排除すべく、剣を抜く戦闘的イデオロギー」だ(p.308)。あるいはまた、具体的には「反マルクス・レーニン主義」・「反ルーマン(社会学)」・「反フェミニズム」・「反ポスト・モダン主義」・「反ポスト・コロニアリズム」だ(p.311)。

 中川の論調にはついて行けないところがあるとはいえ、かかる反共主義・反コミュニズムという立場の鮮明さが、中国やアメリカとの関係での<ナショナリズム>の強調をむしろ主眼としているように読めなくはない<保守派>論者たちと比較しての中川の特長だ。その点は、「共産革命の脅威は、ソ連崩壊とともに日本から消えた」(p.304)と錯覚して、その旨を主張し、誤った幻想をふり撒いているかにも見える論者たちよりも明確に支持されるべきだ。

 中川が言うように、「日本の共産革命勢力」は、ソ連崩壊の頃(1991年末)より、「言葉を変え、まとう衣装を変え、従来のマクロな革命手法を、ミクロ的作戦を多く乱立させる戦術に変えた」のだろうと思われる。中川はこれを「透明な共産主義」と称している(p.304)

 日本共産党の国会獲得議席はたしかに減少し続けている(ついでに社民党もそうだ)。しかし、そのことをもって、「左翼」は弱体化していると見るのは大間違いだ。コミュニズム、マルクス主義あるいは「左翼」は、民主党等に影響を与え、あるいは浸透しているのであり(自民党もその影響の例外ではない)、戦後日本の主流的思潮の<平和と民主主義・合理主義・進歩主義>の中で、執拗かつ強靱にコミュニズム、マルクス主義(共産主義・社会主義)イデオロギーが根を張っている、ということを知っておく必要がある。その点でも、やや大げさに感じなくはなくとも、中川八洋の指摘・主張は基本的には正当と思われ、耳を傾けるべきだ。

 中川は、1992年以降の「共産革命の戦術」を大きく四つに分け、それぞれの具体的政策も挙げている。以下のとおり(p.304-6)。これらは「日本共産党」系のものとされ、他に大きくは二つあるが、今回は省略。

 A・マルクス/エンゲルス/レーニンの家族解体を実践する革命>①夫婦別姓→民法改悪・②子育て支援→少子化対策基本法・次世代育成支援対策推進法・子ども手当の支給・保育園の聖性化など。
 B・子どもの人格を「共産主義的な人間」に改造する革命>①ジェンダー・フリー教育・②性教育。

 C・共産革命にとって最大の障害である日本の伝統と慣習を全面的に破壊する革命>①男女共同参画社会基本法・②女系天皇への皇室典範の改悪。

 D・自由社会の生命で根幹たる「法の支配」を破壊する革命>①裁判員法〔ここは①のみ〕。

 また、中川八洋は、「主要な極左イデオロギー」に次の七つがあるとし、すべてに対して思想闘争をするのが「保守主義」だとする。心ある<保守派>は、けっして次の①のみではないことをしっかりと意識しておく必要がある、と考えられる。なお、→は分化または派生関係を示している。

 ①マルクス・レーニン主義→②ラディカル・フェミニズム、①→③性差破壊のフェミニズム、①→④フランクフルト学派社会学+知識社会学+ルーマン、①→⑤ポスト・モダン思想、⑤→⑥生殖放棄のセックス・サイボーグ化フェミニズム、⑤→⑦ポスト・コロニアリズム
 別の機会に、あらためて、このあたりについては紹介・言及する。
 不思議に思うのは、中川八洋が自らを「たった一人の(日本人)保守主義者」と理解している(p.351~)ことの当否は別としても、産経新聞や月刊正論、月刊WiLL等々の書評欄または新刊書紹介欄等で、中川八洋の本はほとんど無視されているように思われることだ。かりに中川八洋に論考執筆を求めることはしなくとも、この人の本(他にもある)を紹介し、書評くらいしたらどうなのか。

 なるほど、産経新聞やワックの基本的な論調とは異なるところはあるのだろう。しかし、産経新聞的(?)保守、あるいは中川のいう「民族系」論者に対する中川の批判を無視することなく、疑問だと思えばきちんと反論したらどうなのだろうか。

 中川の本からは、間接的に<保守>論壇の奇妙なところも感じさせられる。<保守>論壇が、そこそこの収益をもたらす、自己満足の<売文業界>に堕してはならないだろう。

0967/<偏っている>と言う一般新聞・一般テレビだけを見聞きしている<バカ>。

 一般新聞(全国紙)とテレビの報道(ワイドショーも含む)だけでを見聞きして世の中が解ると(ほぼ正しく認識できると)勘違いしている日本人は多すぎるのではないか。全国紙ではなく、各県紙といわれる新聞を含めてもよい。その読んでいる新聞が朝日新聞だったり、特定の「傾向」を持った地方紙であれば、「ほぼ正しく」どころか、<歪んで>日本と世界の動向を「理解」してしまうだろう(以下、とりあえず現在に限るが、<歴史認識>についてもまったく同じ)。

 上のことはもはや常識的で、何らかの雑誌・専門誌紙やネット情報を加味しないと、もはや「世の中を解る」ことはできなくなっている。一般新聞(全国紙)とテレビの報道(ワイドショーも含む)だけでも誤った「理解」をもってしまう(一定の認識へと誘導される)可能性が大なので、そのかぎりですでにマイナスだが、読んでいるのが朝日新聞だったり、ましてや日本共産党・社民党の機関紙・新聞や両党系の雑誌・冊子類だったら絶望的で、決定的で大きなマイナスになる。
 かかる大きなマイナスを受けるよりは、きちんと一般新聞を読まずほとんどテレビの報道を観ない日本人の方が、むしろ素朴でかつ本能的に適切な感覚を、日本の政治・社会の動向について抱くのではないか。

 さて、一般新聞(全国紙または地方紙)とワイドショーも含むテレビの報道だけを見聞きして世の中を理解したつもりになっている者が、この欄で書いているような内容を見聞きすると、<偏っている>と感じるらしい。

 今日の日本の一般新聞(全国紙または地方紙)とテレビの報道(ワイドショーも含む)の影響力は怖ろしいほどだ。ほとんど努力することなく一般新聞・テレビからだけ情報を入手し、専門書も論壇誌等々も読まない人々は、何となく<身につけさせられた>意識・認識が日本の中正または中庸あたりの理解・認識だと勘違いしてしまうから、じつは少なからず存在するが一般新聞のほとんどやテレビのほとんどでは表に出てきていない意見・理解・認識を示されると、違和感をもち、<偏っている>と感じてしまうのだ。

 率直にいって、一般新聞(全国紙または地方紙)とワイドショーも含むテレビの報道からしか日本・世界の情報を入手しない者は<バカ>になっているのだが、その人たちはそのことに気づいていない。<バカ>ならまだよいのかもしれないが、NHKの一部番組も朝日新聞等々も特定の傾向をもつから、<アブナい>人間になってしまっている可能性もある。

 そうなるよりは、上記のように、一般新聞(全国紙または地方紙)やワイドショーも含むテレビの報道をろくに見聴きしない方がまだましだ。

 この欄の閲覧者の大部分にとっては、全く余計なことを書いたかもしれない。

 但し、例えば<保守>論壇の中にいて、身近に<保守>的な人々ばかりがいて、日常的に<保守>的会話を交わしているような人々は、<保守>は決して多数派ではないこと、日本人の多くは一般新聞(全国紙または地方紙)やワイドショーも含むテレビの報道だけを見聞きして、一昨年8月末には多くが民主党に投票したり、昨年参院選の東京選挙区では唖然とするような票数を民主党・蓮舫に投じたりするのであることを、しかと認識しておく必要があるだろう。

 仲間うちだけの議論で満足してはいけない。「左翼」政権のもとにあること、自分たちは<少数派>であることを、本当は悲痛な思いでつねに自覚しておくべきだ。

0959/佐伯啓思・日本という「価値」(2010)第9章を読む③。

 佐伯啓思・日本という「価値」(2010)第9章「今、保守は何を考えるべきなのか」-メモ③

 ・保守の精神とは何か。「保守の思想」は、英国の歴史や思想風土と「深く結びついて」いる。エドマンド・バークが抽出した英国の「国民性に根付いた歴史的精神もしくは暗黙の合意」を表現したもの。もともとはバークによるフランス革命への強い警戒心から発し、「保守」はまず「進歩主義」批判を意図する。「近代」社会は「進歩」を掲げるが、「近代主義とはほとんど進歩主義と同義」だ。とすると、「保守」は時代の「先を読む」・「潮流に乗る」等の甘言に飛びついてはならず、「徹底して反時代的」である必要がある(p.184-5)。
 ・「進歩主義(近代主義)の精神」として次の4つは無視できない。①合理主義・科学主義・技術主義の精神、②抽象的・普遍的理念の愛好、③自由・平等な個人の無条件の想定、④「急激な社会変化への期待」。

 ・「保守の精神」は、上との対比でこうなる。①「理性万能主義への強い懐疑」と「歴史的知恵」の重視、②「具体的で歴史的に生成したものへの愛好」、③「個人」よりも「個人を結び付ける多様なレベルの社会的共同体の重視」、④「急激な社会変化を避け、漸進的改革をよわしとする精神」と「大衆的なもの」への懐疑。「大衆的なもの」とは「無責任で情緒的な行動」で「ムードによって相互に同調的で画一的」になり「自らを主役であると見なす自己中心主義的な心情」。この「大衆的なもの」による「急激な社会変革」を「保守」は「ことさら警戒する」(p.185-7)。

 ・四つの各特質の第一点について。親社会主義=「革新」、親「アメリカ的」「自由民主主義・市場経済」=「保守」とされた。これは、アメリカに比べてソ連社会主義は「左」だったので「冷戦時代」には「一定の政治的有効性」があった。しかし、「冷戦以降」は異なる。

 ・「いくつかの例外を除いて、基本的に社会主義は崩壊したし、もはやイデオロギー的力はもっていない」。今日の最も「進歩主義的国家」はアメリカだ。「保守の精神」からは、アメリカ流「進歩主義」こそが最も警戒すべきものだ(p.187-8)。

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 このあたりから佐伯啓思らしさが出てくるともいえるが、コメント・感想を挟む。上の部分のうち、前半には賛同できない。
 「いくつかの例外」として何を意味させているのかは正確には分からないが、まだ<冷戦>は終わっておらず、「基本的に社会主義は崩壊したし、もはやイデオロギー的力はもっていない」と論定することはできない、と考える。

 中国(シナ)や北朝鮮を日本にとっての「例外」などと評価することはできない。そしてまた、中国・北朝鮮等という「社会主義」国家が近隣に現存するとともに、「社会主義」イデオロギーは日本国内においてすらなお強く現存している。
 現菅直人政権のかなりの閣僚は、「社会主義」イデオロギーの影響を受けていると想定される。少なくとも「社会主義幻想」を持ったことのある者たちがいる。だからこそ、民主党政権を「左翼・売国政権」(鳩山)とか「本格的左翼政権」(菅)と称してきた。

 他にも、日本共産党はもちろん社会民主党も、れっきとした、「社会主義」の「イデオロギー的力」の影響を受けている政党だ。

 さらにいえば、岩波書店、朝日新聞等、出版社やマスメディアの中には、「社会主義」の「イデオロギー的力」の影響の強い、「左翼」または親「社会主義」的と称してよい有力な部分が巣くっている。

 この論考だけではないが、佐伯啓思はなぜ、「左翼」または親「社会主義」勢力の現存・残存についての認識が<甘い>のだろう。職場・同僚・学界に、「左翼」(例えば親日本共産党学者と評せる者)はいないのだろうか。信じ難いことだ。

 脇道にそれたが、再び佐伯論考に戻ってつづける。

--------  ・「保守の精神」が「冷戦以降」の今日の「もっとも警戒すべき」は「アメリカ流」「進歩主義」だが、「強くて自由な個人、民主主義、個人の能力主義と競争原理などの価値」という「アメリカ建国の精神」へと「復帰する」ことはアメリカでは「保守主義」だ。だが、これは「イギリス流の保守主義」とはかなり異なる。アメリカ独立・建国はイギリスからの分離独立・イギリスに対しての「自由な革新的運動」だったので、建国の精神に立ち戻るという「アメリカ流保守主義」は「いささか倒錯的なことに」すでに「進歩主義」で刻印されている。この「倒錯」は、「ネオコン」=「新保守主義」が、「自由」・「平等」を普遍的価値とみなして「イラク戦争や対テロ戦争」を立案したとされることに、典型的に示されている(p.188-9)。
 ・「戦後日本」はアメリカ的価値観の圧倒的影響下にあったため、「アメリカ流保守主義」を「保守」と見なした。しかも冷戦下でアメリカ側につくことが「保守」の役割とされた。イギリス的「保守」とアメリカ的それとの区別が、決定的に重要なのに、看過された(p.189)。
 ・「日本とは何か」を問題にする際、「日本の保守」を「アメリカ流保守主義」と「自己同一化」してはならない。日本の「国体」はアメリカのそれと大きく異なり、むしろイギリスの方に近い。いずれにせよ、日本の「保守」にとって、「日本の歴史的伝統を踏まえた価値とは何か」という問いが決定的に重要だ(p.190)。
 ・いっとき勝利したかに見えた「保守」は今や退潮している。「この二〇年」で「保守」は「失敗した」。その原因は、日本の「保守派」が「保守」を「アメリカ流保守主義」によって理解していたからだ。日本は、①「経済構造改革」路線の選択、②外交・軍事上の「日米同盟」という、「二重の意味で、かつてなくアメリカと緊密な関係に立つという判断をした」(p.190-1)。
 ・かかる政策の当否を論じはしない。「保守」の立場からは何を意味するのかを明らかにしたい。ここでは以下、「日米同盟」につき論じる(p.191)。

 以上で、13/26頁。

0958/佐伯啓思・日本という「価値」(2010)第9章を読む②。

 佐伯啓思・日本という「価値」(2010)第9章「今、保守は何を考えるべきなのか」-メモ②

 ・「保守」の立場の困難さの第二は、日本の「近代化」が一方で伝統的日本(と見られるもの)への回帰、他方では「西欧列強の制度や価値」の導入、によって遂行されたことだ。近代化は「外発的」で、「憧憬することで近代化を遂げた」。この事情は戦後はさらに「緊張感を欠いた漫然たる」ものになり、ほとんど「無自覚、無反省」のままで「アメリカ的なもの」への「傾斜、追従」がなされた(p.181)。

 ・決してアメリカ化などしていないとの反論はありうるが、「戦後日本人が、ほとんど無意識のうちにではあれ、『アメリカ的なもの』、すなわち、個人的自由、民主主義、物的豊かさと経済成長、人権思想、市場経済、合理的で科学的・技術的な思考、市民社会などに寄りかかった」のは間違いない。他方で、これらと対立するとされた「日本的なもの」、たとえば「家族的紐帯、地域共同体、社会を構成する権威、そして、日本的自然観、美意識、仏教的・儒教的・神道的なものを背景にした宗教意識」は、すべて否定的に理解された。ここに「戦後日本における大きな精神的空洞が出来した」(p.182)。

 ・「保守」が「その国の歴史的分脈や文化的価値をとりわけ重視する」ものだとすれば、上の事態は「由々しき」ものだ。「倒錯した価値をしごく当然のごとく受け入れてきた戦後日本という空間には、公式的にいえば、『保守』の居場所はない」。「日のあたる場所」は「アメリカ的」「戦後思想」が占拠したのだから。したがって、「保守」は、「戦後日本が公式的に重要な価値とみなしているものをまず疑うところから始めなければならない」(p.182)。

 ・「軍事力」のない「戦前に戻ればよい」という単純な話ではなく「日本の近代化」自体が孕む問題だが、「戦後」に限っても、「戦後日本の…ありように、根源的な違和感をもつ」、この前提がないと「『保守』という精神的態度は成立しえない」。したがって、「少なくとも戦後憲法の精神は保持したままで『保守の原点に戻る』などと言っても意味はない」。「戻るべき原点」とは何かも問題だ。

 ・しかし、「戦後」への「大きな違和感」をもつと同時に、「どうあがき悶えても」、「戦後日本」に生きてきているのであり、戦後憲法と下位法体系のもとで「生活を守られ、言論活動をしている」のも事実で、「今日、われわれは決して『戦後日本』の外へ出ることはできない」(p.182-3)。
 ・典型的「進歩主義」に覆われた「戦後日本の公式的価値空間」で「保守」を唱えること自体が「矛盾をはらんでいるのではないか」との疑問すら生じる。「実際その通り」なのだ。「保守」自体の矛盾に自称「保守主義者」たちは「どこまで自覚的」なのだろうか。まずは、「自らの置かれた立場についての引き裂かれた自覚」があるべきだ。この自覚がないと、戦後日本の「大方の」「保守主義者」のように、「社会主義に反対して日米同盟を守ることが保守の役割」だといった「倒錯した保守の論理」が出現する(p.183-4)。

 ・「戦後体制」、つまり「平和憲法と日米安保体制」という構造の中で生き、身を守られているとすれば、「日米同盟」を破棄できない。この状況自体が、「日本を日本でなくする危険に満ちている」。そのこともまた「今受け入れるほか」はない。とすれば、「この種の苦渋に満ちた矛盾と亀裂の只中にいるという自覚」だけが「保守」に「道を開く」のであり、この点に無頓着な「保守」は、「親米であれ、反米であれ、『真の保守』たりえない」と思われる(p.184)。

 以上で2回め、終わり。まだ7/26頁。

0957/佐伯啓思・日本という「価値」(2010)第9章「今、保守は何を考えるべきなのか」。

 一 佐伯啓思・日本という「価値」(NTT出版、2010.08)の第9章「今、保守は何を考えるべきなのか」は、月刊正論2010年6月号(産経新聞社)の「『保守』が『戦後』を超克するすべはあるのか」に「多少の加筆修正」をしたもの。

 月刊正論の原論考ついては、この欄の5/07、5/17、5/18の三回ですでに紹介・言及している。不十分なコメントしかできていないが、単行本の一部となって読み直しても、<保守派>志向の者にとって、無視できない、重要な論点・問題を提起しているようだ。

 日本の「国民精神」は「西欧的なもの」と「日本的なもの」の間の、「もはや深刻なディレンマとして受け止めることができなくなってしまった」ディレンマとして表象されてきた。この「葛藤を引きうけること」によるしか「精神の活力もバランスもえることはできない」ので、「保守の立場とは、まずはこのディレンマを自覚的に引き受けるということから始めるほかない」(p.202-3)。

 日本の保守派(志向者)ははたして、「このディレンマを自覚的に引き受けるということから始める」ことをしているのだろうか? そしてまた、なぜ、この佐伯啓思論考を手がかりにしたような議論や論争が<保守論壇>で起きないのか?

 二 あらためて、この論考を最初から、メモをしながら読み直す。なお、今年2010年の4月頃に初出論文は執筆されたと見られることは留意されてよいかもしれない(まだ鳩山由紀夫首相で、まだ2010参院選民主党敗北も明らかでなかった。むろん尖閣問題も起きていない)。

 ・鳩山政権の支持率は下がっているが、自民党への期待が高まってもいない。その理由は「この政党の依って立つ軸のありかが全くもって不明な点」にある。但し、民主党も「同じ」で、「経済政策や外交政策の基本的な立場が見えない」(p.178)。

 ・民主党=リベラル、自民党=保守との図式ぱありうるが、「リベラル」・「保守」の意味自体が明快ではない。福祉重視=リベラル、市場競争重視=保守という「何とも大ざっぱで、しかも誤った通念」が流通した。これによると、「構造改革」をした自民党は保守、民主党は「その反動でリベラル」ということになる。だが、「構造改革」という「急進的改革」者を保守と称するのは奇妙で、それに「抑制をかける」ものこそを「保守」というべきだ。また、「過度にならない福祉」は「保守」の理念に含まれているはずだ(p.179-180)。

 ・下野した自民党の一部で「保守の原点」、「保守の再定義」、「真正の保守」等が語られているのは結構なことだ。では、「保守の原点に立ち戻る」とはどういうことなのか?(p.180)

 ・「保守」の立場の困難さの一つは、「改革」・「チェインジ」の風潮と現実のもとにあることだ。だが、現在の「変化が望ましい方向のものだという理由はどこにもない」。「変化」の意味を見極め、「変転著しい」「変化」に「振り回されない軸を設定する」ことこそが今日の政治の課題=「保守」という立場、だ(p.180-1)。

 とりあえず、以上(つづく)。

0944/「戦後」とは何か⑤-佐伯啓思・日本という「価値」(2010)より。

 佐伯啓思・日本という「価値」(2010.08、NTT出版)という「論文集」(p.309)は三部で構成されているが、あえて言えば第一部は経済、第二部は政治、第三部は思想をテーマとするものを収載している。タイトルに示された「日本という『価値』」は価値を失い、または価値追求を失った日本人に何がしかの(日本としての、日本に特有の)「価値」発見・追求を求める趣旨なのだろうが、基本的趣旨は理解できるとしても、その「価値」の具体的内容は、残念ながら明瞭ではない。
 重要と思われる論考の一つは第8章「保守政治の崩壊から再生へ」。これは、西田昌司=佐伯啓思=西部邁・保守誕生(2010、ジョルダン)の中の独立の論考で2010年3月初出。自民党と民主党に言及しつつ、「戦後日本的なもの」を論じている。以下の頁数は冒頭に掲記の単独著。

 佐伯啓思によると、自民党とは何だったかを問うことは「戦後日本」を振り返ることでもあり、「戦後日本的なもの」は、「顕教としての普遍的価値」と「密教としての日本的習慣」の結合または「二重構造」だった(p.164)。じつに(?)大胆な主張または仮説だ。

 「顕教としての普遍的価値」とは、「誤った」戦前から「正しい」日本を再生させるとされた諸理念で、以下のものがとくに列記される-「個人の自由、民主主義、合理主義、科学や技術の尊重、平和主義、人権尊重、国際主義(国連中心主義)」。これらを「普遍的正義」としての<近代国家>の実現が戦後の「公式的価値」となった、戦後憲法は「この理想を表明」するものだった。

 「密教としての日本的習慣」とは、かの戦争にかかる「一方的な日本断罪(たとえば東京裁判)への不満、日本的な宗教精神(儒教的・仏教的・神道的・古代的自然観など)を基盤にした日本的価値観への愛好、社会の中に根付いた習慣や習俗、地域に残る共同体的なもの、家族や親子、あるいは教師と学生、上司と部下などの人間関係についての『日本的』観念」といったものを指す。

 上の後者は合理的・科学的では必ずしもないために「戦後的価値」(公式的価値)とは「表面上は齟齬」をきたし、顕教の「近代主義」から見れば「前近代的」で、ときに「封建的」とされる。しかし、「人間関係を差配」する「非合理的な慣行」・ルールという「目に見えない文化」を捨て去ることはできず、「声高に公式的に」表現されなくとも「非公式の価値」となってきた(p.164-5)。

 この「二重性」が戦後日本を特徴づけた。かつ、両者は「容易に調停」しがたく、差異を意識すれば「亀裂」は大きくなる。「日本人の自己像は分裂してゆく」。

 そこで、戦後日本人は「あえて思考停止を選んだ」。表面的には「近代主義的」「普遍的価値」を称揚し、表面下では「日本的慣行」に従って行動した。言説空間では「近代主義者」として、具体的生活空間では「前近代的」日本人として振る舞った。

 かかる「戦後日本の二重性を見事に表現した政治政党」、「この二重性を利用しつつ巧みに覆い隠した」政党が、自民党だった。日本人自身が「二重構造がもたらす自己分裂もしくは自己喪失を直視したくなかった」のであり、自民党は、「面倒なことから目をそらしたい」という「戦後日本人の心理に巧みに寄り添った」(p.166)。

 <戦後>とは何だったかを考えるためにも、きわめて興味深い叙述ではないか。上のいわばテーゼ的なものは、自民党のみならず、「吉田ドクトリン」や民主党政権の誕生にも関連させられる。次回に続ける。

0929/産経11/03社説(主張)の「能天気」ぶり。

 産経新聞11/03の社説(「主張」)「憲法公布64年/国家の不備を正す時だ/尖閣を守る領域警備規定を」は、おわりの直前まではまともな指摘・叙述をしているようだ。

 しかし、最後の段落の「審査会の早期始動を」の部分は、寝言に等しい。

 憲法改正の必要性を前提としてだろう、「参院の民主、自民両党幹部の協議で、委員数など審査会の運営ルールとなる『規程』の制定に民主党が応じる考えを示した」ことをもって「注目すべき動き」と捉え、両院での議論の活性化につなげるべきだとし、「日本の守りの不備をどう是正するかなどを、審査会で論議すべきだ。……/民主党は党の憲法調査会ポストを空席にしたままだ。政権与党として、憲法改正への主体的な取り組みを求めたい」と結んでいる。

 なるほど民主党が憲法改正手続法により設置されたはずの憲法審査会の動きを前進させるようであるらしい(参院の審査会「規程」の制定に「応じる」らしい)ことは、好ましい変化なのかもしれない。

 だが、現在の国会の議席状況から見て、かりに万が一両院で憲法審査会での「議論」が始まったとしても、まともな憲法改正の方向に結実しないことは、ほぼ明らかではないのだろうか。

 民主党に「政権与党として、憲法改正への主体的な取り組みを求めたい」と産経社説は書くが、厳密にいえば、ともかくもいかなる内容であれ憲法が改正されればよい、というものではないことは自明のことだろう。かりに万が一、政権与党が憲法改正に積極的になったとして、民主党と同様の見解の政党とともに出した結論が、現9条2項の削除ではなく、第一章・天皇条項の削除であったとしたら、社説子は歓迎するのか?

 現在の民主党政権のもとで、あるいは現在の議席配分状況からして、「戦後の絶対平和主義」から脱した、自主・自立の国家を成り立たせるための憲法改正(の発議)が不可能なことは、常識的にみてほぼ明らかではないか。

 産経新聞社説子がとりわけ現9条2項の削除・正規の「自衛軍」(防衛軍・国軍)の設置の明記を望んでいるならば、現与党による「憲法改正への主体的な取り組み」を求めても無駄だ。

 こんなことを理解していないとすれば、<能天気>であり、本当に思考力は<寝た>ままではなかろうか。

 自民党自体にいかほどに憲法改正(・現9条2項削除等)を目指す「意思」と「力」があるかは問題だ。しかし、民主党よりは「まだまし」だろう。

 喫緊の課題は、現与党・民主党に憲法改正への何らかの「期待」を寄せることではなく、民主党政権自体を「よりましな」内閣に変えることだ。それを抜きにして、望ましい方向での憲法審査会の「議論」がなされるとはとても思えない。
 産経社説は、寝惚けたことを書く前に、現内閣<打倒>をこそ正面から訴えるべきだ。

 <打倒>という表現でなくともむろんよい。<あらためて政権選択を!>とか、<政権選択のやり直しを!>とかくらいは主張したらどうか。

 と考えているところに、民主党には「政権与党として、憲法改正への主体的な取り組みを求めたい」などと主張されたのでは、ガックリくる。

 近いことは、同じ11/03の田久保忠衛の「正論」についても言える。「憲法改正の狼煙上げる秋がきた」(タイトル)と叫ぶ?のはいいのだが、どのようにして憲法改正を実現するか、という道筋には全く言及していない。「狼煙」を上げて、そのあとどうするのか? 「憲法第9条を片手に平和を説いても日本を守れないことは護憲派にも分かっただろう」くらいのことは、誰にでも(?)書ける。
 問題は、いかにして、望ましい憲法改正を実現できる勢力をまずは国会内に作るかだ。産経新聞社説子もそうだが、そもそも両院の2/3以上の賛成がないと国民への憲法改正「発議」ができないことくらい、知っているだろう。

 いかにして2/3以上の<改憲>勢力を作るか。この問題に触れないで、ただ憲法改正を!とだけ訴えても、空しいだけだ。
 国会に2/3以上の<改憲>勢力を作るためには、まずは衆議院の民主党の圧倒的多数の現況を変えること、つまりは総選挙を早急に実施して<改憲>派議員を増やすべきではないのか?

 <保守>派の議論・主張の中には、<正しいことは言いました・書きました、しかし、残念ながら現実化しませんでした>になりそうなものも少なくないような気がする。いつかも書いたように、それでは、日本共産党が各選挙後にいつも言っていることと何ら違いはないのではないか。

0926/佐伯啓思・日本という「価値」(2010)を全読了。

 佐伯啓思・日本という「価値」(2010.08、NTT出版)を11/02夜に全読了。全311頁。

 最初から順に読み通したのだから(但し、佐伯の発表論考をまとめたもの)、感想は当然にある。
 既に初出論文について書いたかもしれない、<保守>にとって重たいまたは刺激的な論述もあるし、その他、佐伯らしい鋭い指摘・分析もある。全体として挑発的・論争誘発的(ポレーミッシュ、polemisch)な本なのに、この著をめぐって論争・議論が発展・展開したようでもないのは、<保守>論壇の貧困さの表れでもないだろうか。

 佐伯啓思に全面的に賛同しているわけではない。この9-11月という時期に読んでいると、<中国>への言及が、アメリカや<欧州近代>等に比べてはるかに少ないことに、驚きすら覚える。また、「マルクス主義」は「一九九〇年代には、さすがに腐臭をはなち、どう廃棄処分にするかが関心事であった」(p.45、2008年)とか、1930年代とは異なり「もはやファシズムも社会主義もありえない」(p.99、2009年)とかいう認識は、佐伯の頭の中や佐伯の<仲間たち>や純経済理論にとってはそうなのかもしれないが、「マルクス主義」や「社会主義」(の危険性・脅威)に対して<甘すぎる>、と感じる。

 具体的な紹介等をしていない遠藤浩一・福田恆存と三島由紀夫(上下、2010.04、麗澤大学出版会)への言及とともに、より詳しい感想等は、他日を期したい。

0904/「共産党ではないが左翼」の社会・人文系学者たちの多さ-月刊正論11月号・竹内洋を読む。

 月刊正論(産経新聞社)連載の竹内洋「革新幻想の戦後史」は月刊諸君!(文藝春秋)から「続」となって月刊正論に移ってしばらくはもたもたしている感もあったが、先月号あたりから再び(私には)面白くなった。
 1.月刊正論11月号の竹内洋・同上は丸山真男批判(の一部。竹内には丸山真男に関する新書一冊がすでにある)。その基本的趣旨自体も興味深く、1970年代以降の丸山真男の「衰え」を再確認させる。
 丸山真男については著書・全集の一部をじかに読んだことがあり、この欄でも言及した。
 このブログサイトでの「丸山真男」を検索してみると、なんと最初から13個までが「秋月瑛二」によるこの欄がヒットした!。もう忘れたが、丸山真男を主題としたものを20回は書いただろう。

 そして、丸山真男を積極的・好意的に評価する本が今日でも新たになお出ていることも思い出して、あらゆる戦線(?)での<左翼の執拗さ>をあらためて感じる。
 2.さて、p.282-3のデータ(資料)はきわめて興味深いもので、私の推測ともほとんど合致している。
 p.282の表は、ごく大まかに一言でいうと、1973年時点の支持政党調査では、「日本人平均」では自民党が一位で二位・社会党の1.5倍ほどの支持率があるのに対して、「大学教師」の支持政党の一位は社会党、二位は民社党、三位は自民党で(「特になし」を除く)、社会党支持が自民党支持の二倍以上ある、ということだ。
 竹内の関心に即して言うと、「大学」の世界では、(1980年代前半の丸山真男による叙述とは異なり)「進歩的文化人」は「多数派」だった、ということが明瞭に判る。

 これは1973年の数字だが、現在でも、「大学」教員の世界では(「進歩的文化人」という語は今日的用語としてはあまり使われなくなっていると見られるが)、「左翼」または「何となく左翼」が(とくに社会・人文系では)<圧倒的多数派>を形成しているのではないか。
 p.283の表が示す数字の方がさらに興味深い。
 1983年時点での「保守・中間・革新」意識の調査結果によると(出典の再引用は上ととともに省略)、「中間」を割愛して「保守」対「革新」の数字だけ示せば、「一般国民」が34対24、「財界」が74対10、「官僚」が56対23であるのに対して、「マスコミ」(人)は34対46、「学者・文化人」は31対51、ついでに「市民運動」(家)は14対81、「学生」は42対46だった、という。
 27年前の数字だが、「マスコミ」(人)や「学者・文化人」における「革新」または<左翼>性向が明瞭に数字化されている。
 そしてまた、今日でも、その傾向は変わらないものと思われる。

 70年代(とくに前半または初頭までの)「革新」ムードは全体としては80年代には消滅または弱体化していたはずだが、「マスコミ」(人)や「学者・文化人」においては異なることが上の資料からは明らかだ。そしてまた、ソ連が解体し北朝鮮や中国の実態がより明らかになってきている現在でもまた、「マスコミ」(人)や「学者・文化人」の<政治意識>=<左翼・なんとなく左翼>性は(驚くべきことに、また執拗にも)大して変化していないのではなかろうか。
 ここでの「左翼」とは、いつかも書いたように、<容共>志向、換言すると、<反共>の立場に立たない(立てない)政治的意識・主張・見解のことを意味させている。
 3.そういう「左翼」的雰囲気の「学者・文化人」や「マスコミ」(人)の世界において、日本共産党支持またはコミュニズム支持を少なくとも明確に示しはせず、むしろそれとは距離を置きつつも、「保守(・反動)」、ましてや「右翼」と評されないことが最も<安全で・安心な>態度=処世術なのだろう。
 p.283に引用されている、2009年の某雑誌での伊藤隆(東京大学名誉教授)の次の言葉は、十分に納得がいく。
 竹内洋が使った「共産党員ではないけど、いつも共産党員に気兼ねをしている学者」という表現につなげて、伊藤隆は言う。
 「気兼ね学者は大学の人事を握っていて、リベラルということで良心が満たされる気分になると同時に利益もある…。(一文略-秋月) 学者にとって一番理想なのは、東大教授で、共産党ではないが左翼である。そして、ジャーナリズムにどんどん登場するということでしょう」。

 日本共産党を支持はしないが決して「保守(・反動)」、ましてや「右翼」と呼ばれたくはない、という気分の多数の(とくに社会・人文系)「学者・文化人」さまには、上のような言葉も傾聴していただきたいものだ。
 また、「共産党ではないが左翼」で、「ジャーナリズムにどんどん登場」して(世間的)知名度も獲得したいという「東大教授」は、現に多数存在するのではないか(それを現実化している「東大教授」の名を具体的に何人かは挙げることができる)。
 くり返せば、「共産党ではないが左翼」で、学界内部でも、共産党そのものに<染まっている>わけではないが決して<反共>の立場に立たない(少なくともそれを明言しない=日本共産党に「気兼ね」する)大学教員たち、そして東京大学教授たちは、世間一般の相場に比べれば著しく多い、と想定される。現在の日本の<異常さ>はこんなところにもある。あるいは、こんなところにも起因している。 

0901/櫻井よしこは論理的に緻密か-外国人地方参政権問題。

 産経新聞に報道されていたかどうかは知らないが、週刊新潮7/29号(新潮社)の櫻井よしこの連載コラム(p.148-149)によると、外国人地方参政権問題につき、6/04の政府答弁書は(鳩山内閣時代のものではある)、最高裁1995(平成7年).02.28判決の<本論>のみを引用し、「政府も同様に考えている」と述べているらしい(質問者は山谷えり子)。
 鳩山由紀夫が昨年に上掲最高裁判決の<傍論>部分を援用して<(付与しても)違憲ではないと考えている>と答弁していたのを(ナマか録画のニュースでかは忘れたが)記憶しているので、櫻井よしこの紹介のとおりならば、大きな、重要な変化ではある。
 そして、この政府答弁書とは明確に矛盾した言動を閣僚等がしているとすれば、問題視する必要がある。
 だが、気になったのは、次の点だ。
 上掲最高裁判決の本論は<憲法は積極的には外国人地方政権を保障していない>旨を述べているのだが、櫻井よしこは、これを引用した答弁書を<「外国人参政権は禁止」と読める答弁書>と理解している。すなわち、<積極的に保障はしていない>=<禁止>、というふうに理解している。
 百地章も同様なのだろう。だが、論理的に見て、外国人地方参政権を<積極的に保障はしていない>=~の付与を<禁止している>、ということに単純になるのかどうか。単純にはならないという前提のもとで(裁判官全員一致で)いわゆる<傍論>も書かれたのだ。
 とくに強調してあげつらうつもりはないが、この問題に限らず、訴訟・判決にかかわっても歴史認識等にかかわっても、<保守>論者には概念・論理の明晰さが要求される。
 主題から離れて一般化すれば、具体的論点について、<保守>論者は、概念・論理の明晰さ・一貫性について<左翼>に負けてはいけない。<保守的>気分・情緒だけの表出では、<インテリ>たちを多数とり込んでいる<左翼>に敵わないのではないか。

0900/あららためて基本的なことー共産主義。

 一 20世紀の重要な事件は二つの世界大戦だったという歴史理解も多いのだろう。
 だが、ロシア革命の勃発(・成功)(と後続する社会主義諸国の成立)とソビエト連邦の解体(ロシア中心地域での「社会主義」の<実験>の失敗の明瞭化)こそが、20世紀の最大の事件・できごとだった、というべきだ。
 そして、この中には、コミュニズム(マルクス主義)によるほぼ一億人の生命の抹殺(「粛清」等のほか政策失敗による餓死等も含む)も含まれる。この数字は、二つの世界大戦による死者数よりも大きい。
 二 左右の対立あるいは<左翼>と<保守>の違いは、私にとっては、単純に、<容共>か<反共>かにある。前者の中核にもちろん(日本では)日本共産党があり、その党員たちや強いシンパ(同調者)たちがいる(学者・研究者、評論家、文筆家も含む)。朝日新聞もまた<容共>だ。
 <容共>とは、コミュニズムを信奉するか、あるいはそれを容認して、それと闘う気概を持たないことを意味する。<容共>と対立するのがもちろん<反共>で、<保守>とは<反共主義>に立つものでなければならない。コミュニズムを容認または放置してしまうのではなく、積極的に闘う気概をもつ立場こそが<保守>だ。
 三 <冷戦後>とか<冷戦終結後>とかいう表現が保守的論壇等も含めてかなり使われているが、かかる時代認識は(日本と日本人にとっては)誤っており、下手をするとコミュニズムのいっそうの浸透を許す(またはそれを阻止できない)原因になりうる。
 なるほど欧州諸国と同諸国民にとっては、ソ連の崩壊によってかつての<冷戦>は過去のものとなったと受け止めてられてもよいのかもしれない。
 しかし、東アジアには北朝鮮はもちろん中国・ベトナム等の<社会主義>国がなおも残存し、中国は盛大化の傾向を見せるなど、東アジアにとっては、<冷戦は終わっておらず、継続したまま>だ。<冷戦>どころか、<ホットな戦争>になる火種すら、あちこちに存在している。
 中国等がかつてのマルクス・レーニン主義あるいはコミュニズムに依拠しているかについては議論の余地があるだろうが、どの現存「社会主義」国家も共産党(またはそれに実質的に該当する)政党・政治組織の独裁体制下にあることは疑いなく、彼ら自身が自分たちをマルクスやレーニンの思想的系譜のうちにあることを自覚しているはずだ(いつか言及したように中国共産党幹部は日本共産党・不破哲三と世界の「社会主義」運動の現在と将来を話題にしており、自分たちが「社会主義」運動の主体の一つであることを前提としていることは明瞭だ)。
 四 日本と日本人は、まずは、中国・北朝鮮・ベトナム等の<社会主義>勢力と断固として闘う必要がある。<間接侵略>も許してはならない。
 だが、領土的にはまだ微小だが、精神的にはかなりの程度、中国による<間接省略>をすでに許してしまっているのが実態だろう。<親中>の朝日新聞、<親中>の若宮啓文や大江健三郎等の人士等々の助けも借りて、それは執拗になされてきている。
 五 米国との関係で、自立を説くことは誤ってはいない。<自主>憲法の制定も急がれる。その意味では<反米>ではある。
 だが、現在の最大の<溝>・<矛盾>はやはり従来と同じく、コミュニズム(共産主義・社会主義)と<自由主義>(・資本主義)との間にあることを没却してはいけない。
 <反共>をきちんと前提とするあるいは優先した<反米>でなければならない。<反共>を優先すべきであり、そのためには、米国や欧州諸国のほか韓国・インド等の<反共>(・自由主義)諸国とも<手を組む>必要がある。そのかぎりで、かつて言われた<価値観外交>は正しく、<日米中正三角形(等距離)外交>などは誤った、中国を利する、<親中>政策の一つだ。
 以上のかぎりでは、つまり<反共>の立場を貫くためには、<親米>でもなければならない。
 日本と日本人は<反共>のかぎりで<親米>でありつつ、欧米とは異なる日本の独自性も意識しての<反米>(反欧米、反欧米近代)でもなければならない。
 そのような二重の基本的課題に直面していると現代日本は理解すべきものだ。
 冷戦は終わったとのたまい、中国に対する警戒心を何らまたは十分には表明することなく<反米>または<欧米的個人主義・自由主義>への懐疑のみを表明するような議論は、下手をすると(<反米>のかぎりで)中国等を利する可能性があり、日本の<左翼>とも共闘?してしまうことになりかねないことに注意すべきだ。
 六 上のような基本的論点に比べれば、経済政策または市場への国家の関与の仕方・程度に関する論点は、まだ些細な問題だ。
 <自由>に傾くか<平等>に傾くか、<競争>か<保護(的介入)>かは、資本主義または自由主義の範囲内で、大いに論ずればよい。<反共>・<反社会主義>をきちんと前提としてあるいは優先して、いわゆる社会民主主義的な政策が、<日本と日本人>の意識と歴史に即した形で導入されることも完全には否定すべきではないと考えられる。
 但し、その「社会民主主義的な政策」が「社会主義」につながっていくような、親社会主義意識を増大させるようなものであれば、排斥される必要がある(自民党は民主党の政策を「社会主義的」と論定していたようだが、そこまでには至っていないのではないか。本当の「社会主義」とはもっと強烈で苛酷なものだと思い知っておくべきだ)。
 七 反復になるが、<親米>かつ<反米>である必要があり、これらは矛盾しない。当然に、<保守>的議論・人士を上面だけで<親米>か<反米>かに分類することは馬鹿げている。

0890/資料・史料ー自民党2010年綱領。

 <自由民主党HPより>
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 ● 平成22年(2010年)綱領
 平成22年1月24日
現状認識
 我が党は、「反共産・社会主義、反独裁・統制的統治」と「日本らしい日本の確立」―の2つを目的とし、「政治は国民のもの」との原点に立ち立党された。平成元年のベルリンの壁の崩壊、平成3年のソ連邦の解体は、この目的の1つが達成されたという意味で、我が党の勝利でもあった。そこに至るまでの間、共産主義・社会主義政党の批判のための批判に耐え、我が党は現実を直視し、日米安全保障条約を基本とする外交政策により永く平和を護り、世界第2の経済大国へと日本を国民とともに発展させた。
 日本の存在感が増すにつれ、国際化のなかで我々は多くのものを得た反面、独自の伝統・文化を失いつつある。長寿国という誇るべき成果の反面、経済成長の鈍化と財政悪化からくる財政諸機能の不全に現在も我々は苦しんでいる。少子化による人口減少は国の生産力を低下させると言われる。我が国は、これ等の現実を明るく希望ある未来に変えるため、少子化対策とともに、教育の充実と科学技術開発に国民資源を注力することにより生産性を向上させ、長寿人口の活用と国民資質の向上、国際化への良き対応により、経済成長が達成でき、国民生活の充実が可能なことを世界に示さねばならない。
 我々は、日本国及び国民統合の象徴である天皇陛下のもと、今日の平和な日本を築きあげてきた。我々は元来、勤勉を美徳とし、他人に頼らず自立を誇りとする国民である。努力する機会や能力に恵まれぬ人たちを温かく包み込む家族や地域社会の絆を持った国民である。家族、地域社会、国への帰属意識を持ち、公への貢献と義務を誇りを持って果たす国民でもある。これ等の伝統的な国民性、生きざま即ち日本の文化を築きあげた風土、人々の営み、現在・未来を含む3世代の基をなす祖先への尊敬の念を持つ生き方の再評価こそが、もう1つの立党目的、即ち「日本らしい日本の確立」である。
 我が党は平成21年総選挙の敗北の反省のうえに、立党以来護り続けてきた自由と民主の旗の下に時代に適さぬもののみを改め、維持すべきものを護り、秩序のなかに進歩を求め、国際的責務を果たす日本らしい日本の保守主義を政治理念として再出発したいと思う。我々が護り続けてきた自由(リベラリズム)とは、市場原理主義でもなく、無原則な政府介入是認主義でもない。ましてや利己主義を放任する文化でもない。自立した個人の義務と創意工夫、自由な選択、他への尊重と寛容、共助の精神からなる自由であることを再確認したい。従って、我々は、全国民の努力により生み出された国民総生産を、与党のみの独善的判断で国民生活に再配分し、結果として国民の自立心を損なう社会主義的政策は採らない。これと併せて、政治主導という言葉で意に反する意見を無視し、与党のみの判断を他に独裁的に押し付ける国家社会主義的統治とも断固対峙しなければならない。また、日本の主権を危うくし、「日本らしい日本」を損なう政策に対し闘わねばならない。我が党は過去、現在、未来の真面目に努力した、また努力する自立した納税者の立場に立ち、「新しい日本」を目指して、新しい自民党として、国民とともに安心感のある政治を通じ、現在と未来を安心できるものとしたい。


1.我が党は常に進歩を目指す保守政党である

(1) 正しい自由主義と民主制の下に、時代に適さぬものを改め、維持すべきものを護り、秩序のなかに進歩を求める
(2) 勇気を持って自由闊達(かったつ)に真実を語り、協議し、決断する
(3) 多様な組織と対話・調整し、国会を公正に運営し、政府を謙虚に機能させる

2.我が党の政策の基本的考えは次による

(1) 日本らしい日本の姿を示し、世界に貢献できる新憲法の制定を目指す
(2) 日本の主権は自らの努力により護る。国際社会の現実に即した責務を果たすとともに、一国平和主義的観念論を排す
(3) 自助自立する個人を尊重し、その条件を整えるとともに、共助・公助する仕組を充実する
(4) 自律と秩序ある市場経済を確立する
(5) 地域社会と家族の絆・温かさを再生する
(6) 政府は全ての人に公正な政策や条件づくりに努める
 (イ) 法的秩序の維持
 (ロ) 外交・安全保障
 (ハ) 成長戦略と雇用対策
 (ニ) 教育と科学技術・研究開発
 (ホ) 環境保全
 (へ) 社会保障等のセーフティネット
(7) 将来の納税者の汗の結晶の使用選択権を奪わぬよう、財政の効率化と税制改正により財政を再建する

3.我が党は誇りと活力ある日本像を目指す

(1) 家族、地域社会、国への帰属意識を持ち、自立し、共助する国民
(2) 美しい自然、温かい人間関係、「和と絆」の暮し
(3) 合意形成を怠らぬ民主制で意思決定される国と自治体
(4) 努力するものが報われ、努力する機会と能力に恵まれぬものを皆で支える社会。その条件整備に力を注ぐ政府
(5) 全ての人に公正な政策を実行する政府。次世代の意思決定を損なわぬよう、国債残高の減額に努める
(6) 世界平和への義務を果たし、人類共通の価値に貢献する有徳の日本
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 <下線は秋月>

0889/隔月刊誌・表現者(ジョルダン)連載執筆者かつ週刊金曜日編集委員・中島岳志。

 パール判決を問い直す(講談社現代新書)の共著者である中島岳志と西部邁は親しいようで、西部邁と佐伯啓思の二人が「顧問」をしている隔月刊雑誌・表現者(ジョルダン)の29号・30号に、中島岳志は「私の保守思想①・②」を連載している。
 30号で中島は「私が保守思想に傾斜していく大きなかっかけとなったのは…」などと述べて(p.138)、「保守思想に傾斜して」いるとの自己認識を示し、また、先人から学ぶべきことは「デモクラシーが健全に機能するためには、人間の交際の基盤となる『中間団体』が重要であり、歴史的な『伝統』、そして神や仏といった『絶対者』の存在が前提となる」ということではないか、などと、なるほど<保守的>と感じられる叙述もしている(「神や仏」は「絶対者」なのか、いかなる意味においてかは分からないが、さて措く)。
 いずれにせよ、錚々たる(?)<保守>派執筆者たちに混じって、さほどの違和感を感じさせずにいる。隔月刊雑誌・表現者を<保守的>または<保守派の>雑誌と表現して差し支えないだろうことは、顧問二人(西部邁・佐伯啓思)と西田昌司の三名の共著(半分以上は座談会)・保守誕生(ジョルダン、2010.03)のオビに「真正保守主義が救い出す」という語があることにも示されているだろう。
 興味深いことに、あるいは奇妙なことに、同じ人物・中島岳志は<左翼>週刊誌・週刊金曜日の編集委員を<あの>本多勝一や石坂啓らとともに務めている。この週刊誌の発行人は<あの>佐高信。
 この週刊誌が<左翼的>であることは歴然としてしていて、たとえば、その4/30号(797号)は<反天皇制>の立場を前提として「暮らしにひそむ天皇制」という特集を組んでいる。編集長の北村肇は同号の「編集長後記」で、天皇制はただちに廃止すべきとか昭和天皇の戦争責任を許さないとだけ主張するにとどまる限りは「廃止への道は遠い」と書いて、<天皇制廃止>を目標としていることを明らかにしている。
 思い出せば、2006年11月に教育基本法「改悪」等に反対する集会を主催し、天皇陛下や悠仁親王を「パロディーとしたコント」を演じさせたのは、週刊金曜日だった(本多勝一・佐高信らも出席。のちに、佐高信と北村肇の連名でそっけない、本当に反省しているとは思えない「謝罪」文を発表した)。
 また、「左翼」的運動の集会等の案内で埋め尽くされている頁もあり(p.64-65)、「女性国際戦犯法廷から10年目を迎えて」と題する文章の一部を関係団体の機関紙から転載したりもしている(p.54)。
 こんな週刊誌にも中島岳志は本多勝一らとともに執筆していて、「風速計」とのコラムで「『みんなの党』のデタラメ」と題して、「新自由主義を露骨に振りかざすみんなの党」を批判し、「構造改革ーのNOを突き付けた国民」は「みんなの党のデタラメを見抜かなければならない」と結んでいる(p.9)。
 まったく新種の人間が生まれ、育っているのか、中島岳志は、一方で<西部邁と佐伯啓思>を顧問とする<保守的>隔月刊雑誌・表現者(ジョルダン)に「私の保守思想」を書き、一方では、<本多勝一・佐高信>らとともに<左翼的>週刊誌の編集委員になって自ら執筆してもいる。<西部邁・佐伯啓思>と<本多勝一・佐高信>との間を渡り歩いて行けるという感覚あるいは神経は、私にはほとんど理解できない。
 週刊金曜日のウェブサイト内で中島岳志は「保守リベラルの視点から『週刊金曜日』に新しい風を吹き込みたい」とか語っている。
 「保守リベラル」とはいったいいかなる立場だ!? こんな言葉があるのは初めて知った。そして、上の「みんなの党」批判は社民党的な「左から」の批判なのだろうか、富岡幸一郎や東谷暁らが集うような「右から」の批判なのだろうか(月刊正論6月号には宇田川啓介「みんなの党の正体は”第二民主党”だ」も掲載されていた)、と思ったりする。
 そんな<左・右>などに拘泥しないのが自らの立場だと中島は言うのかもしれないが、そう言って簡単に逃げられるものではないだろう。中島岳志には、一度(いや何度でもよいが)、<天皇(制)・皇室>に関する態度表明をしてもらいたい。そして、<反天皇制>主張が明確で、<天皇制廃止>を明確に意図している編集長のもとでの編集委員として、どのような「新しい風を吹き込」むつもりなのか、知りたいものだ。

0883/佐伯啓思「『保守』が『戦後』を超克するすべはあるのか」(月刊正論6月号)のメモ。

 佐伯啓思「『保守』が『戦後』を超克するすべはあるのか」(月刊正論6月号、産経)のメモ。
 ・財政再建か景気拡張か、日米関係をどうするか、構造改革を促進するのか否か、消費税をどうするか。自民党は具体的な方向を指示しておらず、民主党も同じ。「その時々の情緒やムードに敏感に反応」する「世論」が「政治を翻弄」していて、真の「二大政党政治からはほど遠い」。  ・自民党=保守、民主党=リベラルと簡単に図式化できない。「福祉重視」派=リベラル、「市場競争」派=「保守」というのは大雑把で「誤った通念」。「構造改革」なる「急進的改革」の推進者が「保守」というのは「いかにも奇妙」で、それに「抑制をかけるものをこそ保守というべき」。また、「過度にならない福祉は保守の理念に含まれる」。自民党は以前は「一種の福祉政策」も行っていた。(以上、p.80-81)  ・「保守」とは、「保守の原点に立ち戻る」とは、いかなる意味なのか。「保守」の困難さの第一は、圧倒的に<改革・変革・チェンジ>ムードの影響下にあること。アメリカの時代→中国の時代、IT革命→環境・エコ革命、テロとの戦い→「核廃絶に向けて」、「自由に能力が発揮できる社会」→「格差を是正する社会」。凄まじい変化だが、現在の「変化が望ましい方向のものだという理由はどこにもない」。  ・「『変化』に振り回されない軸を設定すること」が、「保守」の立場の「政治的課題」だ。  ・第二は、「戦後日本という特殊な空間」の形成にかかわる。「日本の近代化」は①「王政復古」等の「伝統的日本への回帰」と②「西欧列強の制度や価値の模倣もしくは導入」により遂行された。「外発的」近代化、「憧憬」することによる近代化だった。この事情は「戦後」に「さらに著しくも緊張感を欠いた漫然たる」ものとなり、無自覚・無反省な「アメリカ的なものへの傾斜、追従」になった。  ・上に異論はあろうが、「戦後日本人」は「ほとんど無意識のうち」にであれ、「アメリカ的なもの」=「個人的自由、民主主義、物的な豊かさと経済成長、人権思想、市場経済、合理的で科学的・技術的な思考、市民社会など」に「寄りかかった」。これらに対立する「日本的なもの」=「家族的紐帯、地域共同体、社会を構成する権威」、「日本的自然観、美意識、仏教的・儒教的・神道的なものを背景とした宗教意識」などは「ことごとく否定的に理解された」。ここに「戦後日本」の「大きな精神的空洞」がある。(以上、p.82-83)  ・「日本的なもの」を否定的に理解して「アメリカ的なもの」を受け容れる、つまりは「倒錯した価値をしごく当然のごとく受け入れてきた戦後日本」には、「公式的」には「保守」の「居場所はない」。アメリカ的「戦後思想」が「日のあたる場所」を占拠したので、「保守」は戦後日本の「公式」の「重要な価値」の疑問視から始める必要があった。
 ・「軍事力」抜きの「戦前」に戻ればよいということにはならない。「日本の近代化そのもののはらむ問題」だ。「戦後日本」への「根源的な違和感」を前提にしてこそ「保守」という「精神態度」は成立する。ゆえに「戦後憲法の精神は保持したまま」で「保守の原点に戻る」というのは無意味
 ・だが、ここで「困難はいっそう倍加する」。「戦後」を懐疑しても「現憲法や下位の法体系」の下で言論等をしており、「戦後日本」の「外」には出れない。「戦後日本の公式的価値空間」での=「アメリカ的価値観の受容」をしての、「保守」提唱自体が「矛盾をはらんでいるのではないか」。
 ・上の事実に自称「保守主義者」たちは「どこまで自覚的」なのか。立脚点についての「引き裂かれた自覚」がまずは必要。
 ・反「社会主義」の「日米同盟」の強化は、下手をすると日本をますますアメリカの「保護領」にする。だが、誰もが「戦後体制」=「平和憲法と日米安保体制」の下で守られて生きていて、「日米同盟」破棄はできない。「状況そのもの」が「日本を日本でなくする危険に満ちている」。このことを今は「受け入れるほか」はない。この「苦渋に満ちた矛盾と亀裂の只中にいるという自覚」だけが、今日の「保守」に道を開く。このことに無頓着な者は、「親米であれ反米であれ」、真の「保守」たりえない。(以上、p.83-84) 

0876/佐伯啓思「『保守』が『戦後』を超克するすべはあるのか」(月刊正論6月号)読了。

 〇4月某日、表現者第29号(ジョルダン、2010.03)の中の、西田昌司=佐伯啓思=柴山桂太=黒宮一太=西部邁「市場論-資本主義による国民精神の砂漠化」を読了。
 4月某日、同上の中の、西田昌司=佐伯啓思=柴山桂太=黒宮一太=西部邁「議会論-『チルドレン』による『討論の絶滅』」を読了。
 いずれも座談会記録だが、ふつうの論文的文章に比べて、却って読みにくく、理解がし難い面がある。ほとんど未読の、西田昌司=佐伯啓思=西部邁・保守誕生(ジョルダン、2010.03)もきっとそうだろう。
 〇5月某日、佐伯啓思「『保守』が『戦後』を超克するすべはあるのか」月刊正論6月号(産経、2010.05)を読了。月刊正論のこの号では最初に読んだ。計16頁で長い。
 簡単にまとめられるわけがないが、佐伯啓思の主張・見解のほとんどはよく理解できる。こういう言い方が不遜ならば、とても参考になる。
 「親米」でも「反米」でもあるし、どちらでもない、という表現も(p.94~)、よく分かる。かつて八木秀次は<保守>論者を「親米」と「反米」とに分けた図表を作っていたが(この欄で言及したことがある)、そのように簡単にはグループ化できないだろう(八木は「親米」派のつもりで自分を西尾幹二と区別したかったのかもしれない)。議論は<多層的、複層的>なのだ。「幾層かにわけて論じられねばならない」(p.93)。
 だが第一に、佐伯啓思に限られないが(西部邁も似たことを言っているが)、<冷戦は終わった>という前提で議論されていることには、きわめて大きな疑問をもつ(p.88には「一応の冷戦終結」との表現が一箇所あるが、他の部分では「一応の」という限定はない)。佐伯啓思に関係して、同旨のことは既に書いたことがある。
 なるほど欧州では対ソ連との間の<冷戦>は終わったのかもしれない(それでも拡大されたNATOがあることの意味を日本国民はよく理解すべきだ)。しかし、中国・北朝鮮との間での日本の<冷戦>はまだ続いているし、その真っ只中にある、と考えるべきだ。まだ日本(とアメリカ)は勝利していない。敗北する可能性すらある。
 したがって、佐伯啓思には、アメリカに問題点、批判されるべき(追従すべきではない)点があるのは分かるが、中国(共産党)・北朝鮮(労働党)の現状をもっと批判してほしい。
 第二に、思想家・佐伯啓思に期待しても無理なのだろうが、「まずこのディレンマを自覚すること」との結論(p.95)だけでは、実際には一種の精神論だけで、ほとんど役に立たない可能性もある。
 佐伯啓思の複層的な思考と叙述は魅力的だが、例えば、7月参院選に関してどう行動すべきかは、佐伯啓思の文章をいくら読んでも分からないだろう。
 行動あるいは政治的戦略の前にまずは「保守」の意味・立場・考え方を明確にしておくべきとの前提的主張は、そのとおりではあるのだが、具体的な成果がすぐには出にくいことはたしかだろう。
 それに、私はよく理解できたと書いてしまったが、佐伯啓思の議論に従いていける<知的大衆>はどれほどいるだろうか、という懸念もなくはない。いわゆる<保守>派にも(「左翼」と同様に)狂信的・狂熱的な者たちがいそうだ。そういう人たちは佐伯啓思の本・文章を読もうとしないか、または読んでも(失礼ながら)ほとんど理解できないのではないか。
 2008年2月の佐伯啓思・日本の愛国心-序論的考察(NTT出版)を刊行直後に読んで、何かの賞に値するように思ったが、論壇で大きな話題になることなく終わってしまったようだ。そういう意味では佐伯啓思は不当に扱われており(不遇であり)、もっと多くの人にその著書等は読まれてよいと感じている。それを阻んでいるのが、佐伯啓思の本等を書評欄等で絶対に取り上げたりはしない、朝日新聞等の「左翼」マスメディアであるのだが。

0818/<左翼・売国>政権の成立と<保守>系メディア・論者等。

 一 2009年8月末総選挙の結果は、産経新聞、月刊正論(産経)、月刊WiLL(ワック)等々の<保守>系と見られているマスメディアがいかに<大衆的>影響力を持っていないか、を如実に明らかにした、と思われる。
 産経新聞200万程度の発行部数では、あるいは遙かにそれを下回る発行部数の雑誌等では、民主党に300議席超を与えるような有権者の投票行動を阻止できなかったわけだ。
 だが、<保守>系メディアはいちおうは民主党批判で一致していたとしても、<自民党へ>の投票行動を促すこととなるような報道や論調であったかというと、そうとは必ずしも言えないだろう。
 国家基本問題研究所の理事である屋山太郎がむしろ民主党支持の文章を産経新聞に掲載していたのはかりに極めて例外的であるとしても、選挙前の<保守>系メディアにおいても自民党批判はけっこう見られた。
 麻生太郎前首相・内閣が<集団的自衛権行使>の容認に踏み切らなかったこと、靖国神社参拝をしなかったこと等は、<保守>系メディアや<保守>系論者・評論家等によって批判されてもいた。
 選挙前ではないが、昨秋に田母神俊雄論文問題が発生したとき、<保守>系メディア・論者・評論家等の論調は分かれた。
 麻生太郎前首相・内閣の側を批判する者もいたが、明確に立場表明しない者や産経新聞上ですらむしろ田母神俊雄を批判する(論文内容そのものの他に発表方法等も含めて)者もいた。
 櫻井よしこが理事長である国家基本問題研究所は田母神を擁護するか否かの立場を明確にしなかった、と記憶する。そして、もっぱら、(田母神批判者側が用いた)<文民統制>という概念の用法・理解を問題にしていた。
 二 やや脇にそれたが、<保守>系メディア・論者・評論家等において<自民党(中心)政権>に対する評価は必ずしも一致していないことがあり、かつ、問題によっては強く麻生・自民党(中心)政権を批判する論調もあった。
 麻生・自民党(中心)政権は、朝日新聞を先頭とする<左派>からはもちろん、<保守>の側からも批判されていたのだ。あるいは少なくとも、<保守>系メディア・論者・評論家等は積極的に自民党を支持し、同党への投票行為を促すような発言をすることに、かなり又はきわめて消極的だった、と言えるだろう。
 これでは自民党が勝てるわけがない。民主党が大勝利して当然の事前の、<保守>系メディアを含めての、マスメディアの雰囲気だっただろう。簡単にいうと、自民党は<左>からも<右>からも批判されたのだ。<右>からも、かなりの程度は見放されたのだ。
 産経新聞を含む<保守>系メディア・論者・評論家等の記事や発言があったからこそ、民主党は308にとどまり、自民党は100以上の議席を確保できた、という見方もあるだろう(なお、今回のこの文章では、冒頭から、候補者個人の個性・能力・知名度等の問題は度外視している)。
 だが、自民党の100以上の議席の多くが<保守>系メディア等の力によるとはおそらく言えないだろう。
 むしろ、朝日新聞等の<左派>系メディア等の影響を何ら受けないで投票行動をしたという有権者がまだある程度はいた、ということであり、産経新聞や月刊正論・月刊WiLLの力はごく僅かにすぎないのではなかろうか。
 明瞭であるのは、産経新聞等ではかりに<社会>動向のポイントを他新聞よりも正確に認識できても、その<社会>動向を一般国民がどう認識し評価しているかは、ほとんど分からない、ということだ。むろん、<世論>の大勢や時代の「空気」・「風」など気にする必要はないとして、超然としていることはできるし、そのような態度を非難することはできないだろうとしても。
  三 選挙で投票をするからには、絶対的に理想的な政党がある筈はなく、相対的に<よりましな>・<より悪くない>政党を選択するしかなかった、と思われる。
 その意味ではいかに「正論」ではあっても、とくに選挙前に<よりましな>・<より悪くない>政党を批判することがどういう実際的・政治的効果をもつかを<保守>系メディア・論者・評論家等は考慮すべきだった、と思われる。
 真っ当な「保守」言論家として正しく自民党・麻生内閣を批判した、というだけで済ませてはいけないのではないか。
 国家基本問題研究所は今年8/05に講演会・月例会を開催しているが(以下も含めて同研究所のウェブサイトによる)、民主党に対する批判がより強いが、自民党批判も当然に見られる。
 櫻井よしこはシンポ全体の最後で、「民主党は…。国家とは何かをわきまえていません。自民党もわきまえていないが、より悪くない方を選ぶしかないのかもしれません」と発言し、これが最後の言葉になっている。
 屋山太郎等を理事に抱える同研究所の理事長たる立場もあるのかもしれないが、「より悪くない方を選ぶしかないのかもしれません」では、あまりにも弱いメッセージだろう。「より悪くない方を選ぶしかありません。従って、(問題はありますが)自民党を選びましょう」となぜ発言できなかったのか。
 櫻井よしこに限られるわけではないが、民主党内閣の成立可能性を低く見ていたのだろうか。そうだとすると少なくとも結果としては、その判断は甘かった。
 あるいは、これも櫻井よしこに限らない<保守>系メディア・論者・評論家等についていえることだが、民主党内閣ができてもさほど「左翼的(>容共的)」政策を実現しようとはしないだろうとでも考えていたのだろうか。かりにそうだとすると、その判断も甘い。
 実際には民主党(中心)政権が成立し「左翼的(>容共的」政策を実施しようとしているし、すでに実施しているものもある。
 今さら、もう少し自民党に肩入れしておけば、と思っても、もう遅い
 <左翼・売国>政権の成立を、<保守>系メディア・論者・評論家等は深刻に受け止めるべきだ。そして、自分たちの<大衆的>影響力の乏しさについても、深刻に自覚すべきだ。
 四 櫻井よしこは、産経新聞10/08の一面の文章の冒頭でこう書いている。
 「…鳩山政権に対しては、期待と懸念が相半ばする」。
 なんと、すでに10月になって、文字通りには、「期待」を50%もち、「懸念」を50%もつ、と言っているのだ。
 「期待」 は「…官僚制度を、本来の国益追求に向かわせるための立て直し」だ、という。
 屋山太郎の影響を受けすぎているのではないか。「懸念は、外交、国防政策全般に及ぶ」らしいが、「外交、国防政策全般」が「本来の国益追求に」向かう「官僚制度」によって支えられればかなり問題は少なくなるのであり、上の二つは決して異なる次元の問題ではないのではないか。
 民主党(・社民党等)の政治(家)主導によって、「官僚制度」が「本来の国益追求に向かわ」ないことこそ深刻に心配・懸念しなければならないのではないか。
 かりに10年後、20年後に「本来の国益追求に」向かう「官僚制度」ができ上がった、としよう(1年やそこらで「官僚制度」が大変換するとは考えられない)。しかし、10年後、20年後までに日本国家そのものがさらに「左翼」化し、親中どころか屈中・隷中になり、「人権擁護」委員会が例えば中国人・韓国人批判の言論を<民族差別的>(「東アジア共同体」構想の理念に反する)として抑圧し、発言者を取り調べ<糾弾し>・<反省を求める>ような決定・勧告文書を発するような国家になっていたら、いったいどうなるのか。
 「外交、国防政策全般」に懸念をもちつつ、一方で「本来の国益追求に」向かうための「官僚制度」の立て直しに期待する、というのは、じつは矛盾した、論理整合性を欠く文章・論述なのだ。
 既述のように「外交、国防政策全般」等の具体的政策内容をまず第一に問題にすべきであり、公務員(官僚)制度改革うんぬんは、そうした政策内容実施のためのシステム・手段にすぎない。
 前者が悪くて、後者はよい、ということはあり得ない。
 むろん櫻井よしこが「本意」をそのまま書いて書いているとは限らないが、<保守>言論人が民主党(中心)政権に幻想をもっていると解さざるを得ない文章を公にしているとは、ますます日本の将来が思いやられる。じつに、泣きたいほどに、深刻な事態だ。
 五 ついでに書いておくが、自民党を全面的に、あるいは70%以上も、支持はしていない。田母神俊雄の「言論の自由」を石破茂や麻生太郎が守ろうとしなかったことには大いに失望したし、谷垣禎一や河野太郎あたりしか総裁選挙に出てこないようでは、この政党に未来はあるのだろうか、と感じてもいる。
 せめて80議席をもつのでよいから、自民党が壊れてもきちんとした<保守>政党ができればよいとも思っている(本当は民主党主導の憲法改正を避けるために、1/3以上の180(総議席数が民主党案のとおり400になると134)議席が欲しいが)。
 ともあれ、「正しい」ことは言った、しかし「負けた」、で済ませることはできないだろう。むろん、現実・実際がつねに「正しい」わけではまったくない。
 だが、日本共産党の選挙後のいつもの発言のごとく、「正しい」ことは主張した、しかし力足らずで現実にはほとんど受け容れられなかった、と釈明し、狭い空間に閉じ籠もっていてよいのかと、<保守>系メディア・論者・評論家たちには強く問いかけたいものだ。

0551/あえて<言挙げ>はしたくないが、しかし。-八木秀次とは何者か。

  一 中西輝政=八木秀次・保守はいま何をなすべきか(PHP、2008)の中で、八木は「保守の思想戦略」にかかわってこう言っている。
 「孤高型の『俺が一番知っている、俺の言うことを聞け』という保守ではなく、一般の方々ともつながりながら、だいたいのところで一致するのであれば広く手を携えていこうというタイプの保守。それが…求められている…。…『とりあえずこの問題では一致できる』ということであれば、別の問題では一致できなくとも、今は手をつなごう、協力しようということもあっていい」(p.113-4)。
 だが、八木は、このような姿勢・感覚を一貫して維持しているのだろうか。次のようなことも語っている。
 1 「自称『保守』だらけ」で「保守のハブル化」がある(p.132-3)。こうした表現の仕方は、「『保守』と称する人」の増大を、歓迎している様子ではない。
 2 「ネット右翼」の一部を典型として「眉をひそめたくなるほど過激なことを、汚い言葉で言う人たち」も増えている(p.133)。
 3 「言論人の中にもその手の人たち」が出現している、「比較的、転向者が多いようですが」(p.133)。
 「その手の…」とは、前の文の「眉をひそめたくなるほど過激なことを、汚い言葉で言う」ということを指しているのだろうが、具体的にはいかなる人々を指しているのかは分からない。問題だと思うのは、<転向者>という言葉を使っていることだ。
 転向者という語はひょっとすれば<左翼用語>ではないかとも思うし、そうでなくとも好ましいニュアンスの語ではないだろう。新しく<保守派>になった、または新しく<保守>陣営に入ってきた者たちを、八木は「転向者」と表現しているのだ。そこには少なくとも暖かさはないように見える。
 4 「キャリアの浅い保守」には既成左翼に対する新左翼のような感覚があり、「ナショナリズム」については大丈夫だが、「日本の国体」問題になると「途端にものすごく怪しくなる」(p.133-4)。
 5 「バブルの保守言動」・「底の浅い保守思想」が「多少淘汰されて、本物が残っていく」との期待をもつ。
 とりあえず、以上の5点は、冒頭の八木の言葉と首尾一貫しているだろうか。これらはすべて、少なくとも<広い>意味での<保守>の一部に対する批判であり、<転向者>や「キャリアの浅い保守」や「底の浅い保守」に対する嫌悪感をむしろ示しているように思う。そして、自分は古くからの<保守>本流だとでもいうが如き、自らの<特権化>心情・<特権意識>を感じることもできる。
 <転向者>や「キャリアの浅い保守」や「底の浅い保守」の人たちとも、「だいたいのところで一致するのであれば広く手を携えていこうという」保守が「求められている」のではなかったのか? あるいは、「『とりあえずこの問題では一致できる』ということであれば、別の問題では一致できなくとも、今は手をつなごう、協力しようということもあっていい」のではなかったのか? 
 上の5では「協力」どころか、バブル化したという「保守」の一部の「淘汰」をすら語っている。内容的にも問題があると思うが、同時に、こんなことを語れる<傲慢さ>にも驚かされる。
 この本の中では八木の西部邁の名を挙げてのに対する批判的コメントがある(p.147)。ここの部分は、八木秀次のアメリカ観は一貫しているか?ともかかわるので、別の回でも触れるだろう。
 二 渡部昇一=稲田朋美=八木秀次(PHP、2008)の中で、八木は、通常は<保守>派と見なされている何人かの人々を、氏名を明示して批判している。
 槍玉に挙げているのは、岡崎久彦(p.43-44)、岡本行夫(p.51)、西部邁(p.88-89)、村田晃嗣(p.95-97)ら。
 八木による批判の当否をここで論じたいのではない。指摘したいのは、この人は、通常は<保守>派と見なされている人々であっても、簡単に名指しして批判できる人であり、かつその熱心さは、<左翼>又は<左派リベラル>を批判する場合の熱心さと変わらないようだ、ということだ。争点は何か、そして批判の当否こそが重要だろうことは分かっているが、八木秀次という人物を理解する上で、上の点は記憶されてよいものと思われる。
 そしてまた、今回の冒頭で引用した、「だいたいのところで一致するのであれば広く手を携えていこうというタイプの保守」をこの人は本当に希求しているのだろうか、という疑問も生じるのだ。
 
三 これまで、朝日新聞や同関係者、日本共産党や同関係者、あるいは<左翼>と見られる者については遠慮なく批判の文を書いたが、<保守派>の人たちへの配慮や遠慮は無用だ、と最近は感じてきた。なぜなら、―厳密には完璧な理由にはなっていないが―八木秀次だって、書店で販売される本の中で堂々と<保守派>の人たちを<言挙げ>しているからだ。こんなブログサイトで遠慮してもしようがない。従って、八木秀次を名指ししての<検討>は、まだ続ける。

0545/中西輝政=八木秀次・保守はいま何をすべきか(PHP、2008)を読んで-その2。

 中西輝政=八木秀次・保守はいま何をすべきか(PHP、2008.06)を読了したが、後味はよくない。第一は、すでに書いたように、天皇・皇位・皇室を重視する発言をしているこの二人が、別の雑誌では、揃いも揃って、特定の皇族を実質的に攻撃する<左翼が喜びそうな>ことを書いていることにある。中西よ、八木よ、<保守>とは「ふくよかな」ものではないのか?
 第二に、二人の議論の水準が高くない。中西輝政の発言が2/3か3/4くらいはある印象で、八木秀次は「仰る通りです」と挿む程度の「対談」部分も少なくない。実質的には、中西輝政の一人話(講演)で、相槌を打つのが八木の役割の如き(それだけとは単純視しないが)本のようだ。
 内容的にも、例えば最後の方で、<保守>は日本近代史にかかわりすぎたので(「建武の中興」を含む)日本の歴史を広く勉強し認識することが重要という<心構え>が述べられている。だが、読者に役立つような参考文献は挙げられておらず、古事記・日本書記・太平記等の「現代語訳」でもじっくりと(苦労して)読め、というつもりだろうか。また、そもそも日本史学界は戦後に圧倒的にマルクス主義者が支配したはずで、ヘタに日本史関係の本を読むと、公言はむろんされていなくとも実質的にはマルクス主義的歴史観に立った日本の歴史を勉強し認識してしまうことになりかねないが、そのような日本史学界への警戒の言葉などどこにも一つもない。ある意味では無責任な<放談>の類の本なのだ
 第三に、時間的には第一、第二のあとで感じたのだが、何となくヘンな本だ、という印象は次のようなことにあると思われる。
 政党であれば、自らの組織のために今後又は当面「何をすべきか」を議論して方針としてまとめて(文書化して)いくのだろうが、<保守>陣営にはそのような組織はない。同じことだが、<保守>派が何らかの団体を作っているわけでもない。あるかもしれないが、それは、<保守派>の一部の人たちの組織・団体であるか、特定の政策目的をもった組織・団体だろう。<左翼>の側にだって、実質的な(中国共産党、北朝鮮・金日成、アメリカの一部にも通じた)ネットワークはあるかもしれないが、一つの組織・団体のもとに集結しているわけではない。従って、<左翼はいま何をすべきか>というタイトルの本を<左翼>と自認する二人ほどの者が刊行するとはとても考えられない。
 しかるに、不思議なことに、なぜか<保守>に関しては、中西輝政=八木秀次・保守はいま何をすべきか(PHP)などという本が刊行されているわけだ。
 これに何故違和感を感じたのか。中西輝政と八木秀次の二人が<保守>の一人としての<私はいま(今後)何をなすべきか>を公表する又は語り合うのならばよい
 しかるに、なぜ、この二人は、「保守はいま何をすべきか」を論じる資格があるのか。<保守>の世界にも論客は多数いるので例えば30名ばかりを集めて、「保守はいま何をすべきか」を論じて一冊の(シンポジウム)記録にすることは考えられなくはないと思うが、たった二人で、この二人が、なぜ平然と「保守はいま何をすべきか」を語っているのか。このタイトルにふさわしい結論が出ると考える方がおかしい(その意味では、何かの期待をしてさっそく入手した私も馬鹿だ)。
 むろん中西と八木には、自分は「保守」だとの自信があるのだろうが、まるで二人が<保守>を代表しているかの如きタイトルの付け方は(<左翼はいま何をすべきか>という本の刊行が想定し難いということの他に)、きわめて傲慢だ。それに既述のように、いろいろなことに触れられてはいるが散漫で、理論的にも資料的にもさほど有用な本になっていない(税込み1500円以下の本でこのタイトルの本を出すのだから、PHP研究所の蛮勇もスゴいものだ)。
 第四は、八木秀次にかかわる。「あとがき」によると安倍首相退陣表明後に八木は「再起を期そう…。作戦の練り直しだ」と諸君!2007年11月号に書いたらしい(その当時私もたぶん読んでいる)。そして、この中西輝政との対談本は「再び”保守”が立ち上がるために行った『作戦会議』の記録」だ、という(p.242)。
 八木秀次は何か大きな勘違いをしているのではないか。
 「作戦会議」と言えるほどの内容になっていないと思われることは別として、ひとつは、なぜ、<保守>の作戦会議に(そういうものが仮にあるとして)八木秀次が加わる必要があるのか、だ。表現を変えれば、八木秀次にはなぜ、<保守>陣営全体の「作戦」を考える資格があるのか。この人はそれほどの人物なのか、という疑問だ。
 ふたつは、本当に<保守>陣営全体の「作戦」を考えるならば、税込み1500円以下の本で大学に所属する二人が語りあってまともなものが出来る筈がない。そして、①本当の、真剣味を帯びた「作戦」ならば、「本」にして市販することなどはしない。日本の「左翼」も、中国共産党も金日成もアメリカ人等も簡単に入手できる本を出版して、真の<保守の作戦>を明らかにしてしまってよいのか。そんなことはしないだろう。インテリジェンスに詳しい中西輝政は、この点は理解しており、所詮は公にできる程度のことしか喋られないことは前提としていると思われる。だが、「再び”保守”が立ち上がるために行った『作戦会議』の記録」だなどとのたまう八木秀次は、「作戦」とは本来は敵に<秘匿>されていなければならないことが、頭の中に全く入っていないのではないか。
 ②本当の、真剣味を帯びた「作戦」ならば、大学所属の二人によってなどではなく、現在であれぱ当然に安倍晋三や(敢えて書かないが)某や某等々の政治家、経済界の某、某、マスコミ界(新聞、テレビ、出版社)の某、某等々の幹部、朝日新聞の中にもいる<保守>の某等々を中心にして錬られるべきだ。「評論家」業も営む者は、せいぜいアドパイザーたる役割を果たす程度に理解しておいた方が実際にも即しているように思う。しかるに、八木はなんとも軽く?言う。この本は、「再び”保守”が立ち上がるために行った『作戦会議』の記録」なのだと!
 ついでに-八木秀次は憲法学者ならば、もう少し現在の憲法学界の実情を報告してほしいし、日本的に物故者(又は現役引退者)に限ってもよいが、有力な戦後の憲法学者の「憲法思想」を批判的に分析してもらいたい。それは「憲法」学のみならず日本の国家・社会の全体にかかわるのだ。宮沢俊義、小林直樹、芦部信喜…。東京大学に限っても、総括的な検討がされてよい学者は多数いると思われる。樋口陽一はまだいちおう現役だと思うが、八木は樋口陽一が書いて一般国民も読んでいるような文章・その内容を批判的に検討したことがあるのだろうか。そのようなものがきちんとあると、私ごときがこの欄で樋口陽一を取り上げる必要はなくなる。
 表向きだけ、又は「健康で文化的な最低限度の」生存の手段だけが「憲法学者」という業で、実態は<保守>活動家・運動家に堕しているならば、「憲法学者」としての彼に期待することは何もない。

0427/呉智英はやはり奇妙だ-自費出版自体を批判・揶揄。

 新風舎破産→売れずゴミとして廃棄される在庫書籍500万冊→「よくもまあ、こんなに沢山の自費出版本」(「膨大な資源の浪費」)→「素人」が作文することを否定しないが「素人の作文を金を取って売ることを慨嘆」する(「素人の作文は、普通、金をつけて読んでいただくものだろう」)。
 以上のような論の運びを、産経新聞3/20のコラム「断」で呉智英がしている。
 振り返ってみると、昨年3/21に「呉智英には失望した。もうこの人の文章は読まないことにしたい」と書いていた。それ以後この人の本には見向きもしていないが、新聞紙上の文章にはつい目が行ってしまう。
 先週も呉智英の保守派への皮肉?を論理的でないと書いたばかりなので気が引けるが、上の文章の論理展開も少しおかしくはないか?
 呉智英は文末で「自己表現、自分史、文化センターの文章講座、自由で活発な出版制度…」の中に「愚かさと罪深さが潜んでいる」と書いている(そうとしか読めない)。
 この文章も含めていうと、このコラムが自費出版した(しようとした、しようとしている)「素人」を批判しているのは明らかだ。「素人」が作文するのはよいが「金を取って」売ろうなどと考えるな、と主張しているのだ(そのように読める)。
 かかる論旨は必ずしも適切とは思われない。上の根拠が新風舎破産→売れずゴミとして廃棄される在庫書籍500万冊・「膨大な資源の浪費」にあるのだとすれば、問題は新風舎倒産自体に原因があり、その経営・営業方針(勧誘の仕方・事後処理の仕方等々)に問題があったのだろうとまず批判すべきであって、その点には何も触れないで自費出版希望者に批判の矛先を向けるのは<お門違い>ではないか。
 むろん、簡単に有数書店の全てに自分の本が展示されるのを夢見るような、やや非常識と思われる「素人」もいる(いた)だろうが、「自費」を払って(自分史でも何でもよいが)自分を著者とする本を出版したいと思う(そして出版会社と契約した、又は契約しようとする)こと自体を非難するのは奇妙であり、むしろ誤っていると思われる。問題は、そのような需要を逆手に取って<商売>し、失敗する(した)又はもともと<悪徳な商売>をする(した)企業・業者側により多くあるのではないか。
 やはり呉智英はおかしい。自分は産経新聞社から原稿料を受けとる「玄人(くろうと)」であるつもりなのだろう。自らの「玄人」性を微塵も疑わずに「愚かさと罪深さ」をもつ(らしい)「素人」の自費出版希望者を揶揄するとは、相当に傲慢だ。
 産経新聞からの原稿料の一部は当然に産経新聞の読者が負担している。自費出版や「自己表現、自分史、文化センターの文章講座、自由で活発な出版制度」の現状を全面的に肯定しているわけでは全くない。だが、<玄人>然として、<素人>でも気づくような非論理的又は不適切な内容のコラムを書くのはやめていただきたい。

0417/丸山真男全集の一部を読む-欧州「啓蒙主義」追随者・「進歩」主義者の<自認>。

 「保守主義」と「進歩主義」の差違・対比について佐伯啓思が述べている部分を先日に要約した。
 これとの関係で、丸山真男が次のように明確に述べているのは興味深い。丸山真男集・第12巻(1996.08)所収の「『現代政治の思想と行動』英語版への著者序文」にある文章で、これは基本的には1962年に英文で丸山が書いたものを1982年に一部手直しをしつつ日本語化したもののようだ。
 すなわち、「私は自分が十八世紀啓蒙主義の追随者であって、人間の進歩という『陳腐な』観念を依然として固守するものであることをよろこんで自認する」(全集12巻p.48)。
 何ともあっけらかんとしたものだ。これで済ますことができた時代の学者・知識人は<楽>だったに違いない。
 全集のこの巻(1982~1987)には丸山真男とマルクス主義との関連、丸山の思想的背景等を示す文章が収録されていて、資料的価値は高いだろう。
 なお、樋口陽一は、全集第10巻(1996.06)の月報に登場して、丸山真男を「先生」と呼び、丸山のある文章の慧眼ぶりを敬意をもって記す文章を載せている。さすがに<進歩的知識人>の衣鉢を継いだ者というべきだろう。
 ついでに、全集第8巻(1996.02)の月報の執筆者は、日高六郎、三木睦子、筑紫哲也の三名だ。全部を見たわけではないが、岩波が依頼したはずの月報執筆者は、全員がいわゆる「左翼」のオン・パレードではないか。

0407/呉智英-産経3/01でまた珍論。

 産経新聞3/01のコラム欄(「断」)で、呉智英がまた奇妙なことを書いている。
 やや単純化すると、三浦和義が米国の裁判でクロになったら、「保守主義者よ、かかる近代国家、法治国家で、道徳の再興を説き、道徳教育の実現を画することが、どうしてできようか」、と言う。
 この論理はあまりにも唐突だが、媒介項としてあるのが、道徳と国家・法律が衝突すれば、近代国家・法治国家では後者が勝つのが自明だ、という主張だ。
 呉智英は率直に言って、莫迦(失礼乍ら=アホ)ではないだろうか。
 道徳と法律が衝突すれば、近代国家・法治国家では後者が優先する(反道徳的でも合法でありうる)という主張はおそらく基本的には(なお後述)適切だ。
 だが、そのことから、「道徳の再興を説き、道徳教育の実現を画する」、「しかめつらしい顔をした」「保守主義者」に対する皮肉あるいは批判がどうして出てくるのか
 第一に、「道徳」に明瞭に矛盾している<法律>が優先するのは、国家の裁判・訴訟という場面での現象で、一般的に「道徳」規範の意味がなくなるわけではない。裁判上は<無罪>であっても<無実>とは限らないこと、その場合に犯罪者は道徳・<良心>による別の(法的ではない精神的)裁きを受けうること、は常識的なことだろう。
 道徳も(近代法治国家では)法律には負ける→道徳の再興・道徳教育の実現を説くことはできない、という論理がいったい何処から出てくるのか。かかる幼稚な論理が公然と語られることに心寒い思いがする。
 第二に、「道徳」と「法律」は別次元に存在しているのではなく、前者の観点から絶えず後者の見直し(=改正)が図られるべきものだ。両者が矛盾することはあるのが当然だが、それが常態となるような社会は健全ではないだろう。
 呉智英のいう「近代国家、法治国家」においても、<道徳>の意味が失われるわけでは全くない。それは、「近代国家、法治国家」の具体的内実を変えていく機能を果たしうる。
 とりあえず以上ですでに十分だが、第三に、①<道徳>の意味、②「近代国家、法治国家」の意味(呉智英は「法の支配」と「法治主義」(<「法治国家」)の異同を知っているのか?)、を呉智英はどれほど明確・厳密に理解したうえで執筆しているのか? ③やや細かいが、(刑事)裁判といっても日本と米国で手続や有罪とするための基準は同一ではないと見られることについて、いかほどの考慮を払っているのか、との疑問もある。(なお、同一国家でも、ある時点で有罪とされたが数十年後の新証拠発見(発生)により再審・無罪となることもある。ということは、その逆も(裁判手続上の認定は無理でも事実としては)ありうるのであり、時間軸を無視した過去と現在の単純な比較は意味がない。)
 呉智英は産経新聞紙上で「保守主義者」を刺激したいようだ。残念ながら、全く成功していない。「保守主義」者という言葉自体がどういう意味で用いられているかも、厳密には不明なのだが。
 ついでに書いておく。「法治国家」という場合の「法」には法律の他に憲法も含んでいるだろう。憲法>法律なのであって、法律でも破れない規範的枠・基準を憲法は定めていて、主として法律制定者(<国家)を拘束する。その憲法の背後又は基礎には、「道徳」と呼ぶかどうかはともかく、より高次の<理念>(<最高規範>?)があるはずだ、と思われる。この「道徳」、基本的<理念>の具体的内容については多様な議論がありうる。
 呉智英は「保守主義者」のみが「道徳」という(「法律」とは矛盾しうる)より高次の規範・価値基準の存在を主張しているかの如き書き方をしているが、「保守主義者」でなく「進歩主義」者・「左翼」もまた、何らかの(「法律」とは矛盾しうる)高次の規範・価値基準の存在を前提にしており、主張していると思われる。
 問題は、「法律」と矛盾しうる高次の規範・価値基準の具体的内容なのだ。政策や法律改正をめぐる議論と闘争は、多様な高次の規範・価値基準のうちどれが適切かをめぐってなされているとも言えるのだ。
 一部では著名らしい(本当か?)評論家らしき者に対してこんな幼稚で常識的なことを書いて時間を潰すのも莫迦ゝゝしく思えたが、せっかく書いたので残しておこう。

0398/佐伯啓思・隠された思考(筑摩、1985)-その2。

 佐伯啓思・隠された思考(筑摩、1985)の第一章「大衆社会の記号論-セミオクラシーとセミオシス」の「Ⅰ・経済と象徴体系」と「Ⅱ・消費社会の記号論」(p.18~p.42)を昨夜(2/16)を読んだ。
 概念・言葉・論理を操作したことがあるために少しは理解容易になっているとは思うが、難渋なところはあるがほぼ理解でき、面白く、刺激的だ。
 論旨の紹介は半分程度の書き写しになりそうなので避ける。以下、趣味的な一部引用と感想等。
 ①「現代とは途方もない豊かさの中にひたすら破滅への白昼夢を見る永遠の砂漠だ、と…はいう」。/「この世紀末風のアンニュイはわれわれの胃の腑を満たすというよりそれを麻痺させ、だらしない欲望の無限階段を一段ずつ上げてゆく」。(p.18)
 こんな文章は、本来は経済学専攻の者のものとは思われないほど<文学的>で、小説(観念小説?)で使えそうだ。
 ②「記号の差違が作る関係性と非記号的な実体性、出来事の瞬時性と存在の持続性、その交差平面に象徴的ともいうべきリアリティが存在する」。(p.26)
 こんな難解そうな文章が混じっている。ソシュールが出てきそうと感じていたら、あとでやはり登場してきた。
 ③<「記号の本質」は「記号機能」=記号の「表現系列」と「内容系列」を結合させ「相同性」を作る点にあるとすれば、「現代社会の特質は、表現と内容の解釈可能なある安定した領域の限界を突破するほど、その機能を極限化しつつある」ことにある。>(p.28-29)
 上に同じ。
 ④セミオクラシー=「あらゆるものを記号とみなす思考」(p.30)。セミオクラシー=「隠され、背後に退いたものを無視し「圧縮」することによって、顕在化した現象の世界でたわむれる、屈折した実証精神」(p.39)
 定義らしきものを探してみた。なお、「Ⅱ」の最後で佐伯は「そもそもセミオクラシーということがありうるのだろうか」と問うてもいる。未読の「Ⅲ」以降でさらに展開があるのだろう。
 以上は、要旨、つまり佐伯の言いたいことの抜粋でもなんでもない。
 ふと感じるに、この本の作業は、政治実践上の主義としての<保守と進歩>とか<右と左>には直接には何の関係もなさそうに見える。
 私は<ウヨ>とか<保守>とか評する人はいるだろうが、私の関心の基本的出発点は、決して長くはない人生、人間・社会・国家についてもっときちんとした知識・認識を得たうえで(あるいは、きちんと考えたうえで)死にたい、ということにある。
 <現実>にも口を挟んではいるのだが、例えば、朝日新聞の虚報・捏造、報道機関性を超えたその「政治(謀略)機関」性を批判することは、<右・左>や<保守・進歩>とは関係がない。あるのは、事実か虚偽か、論理一貫か論旨混乱か、真っ当か「歪んでいる」か、という違いだけだろう。
 マルクス主義・日本共産党に対する態度も同じ。可笑しいことは可笑しい、嘘はウソだ、誤りは誤りだ、と言っているにすぎない。
 佐伯啓思の本を読んでいると、何故か心が落ちつく。

0390/読書履歴2/11付。佐伯啓思・福田恆在ら。

 たぶん2/07夜に、佐伯啓思・イデオロギー/脱イデオロギー(岩波、1995)を全読了。同・現代日本のイデオロギーは未読の部分がまだある。
 2/09夜に福田恆存・同評論集第八巻(麗澤大学出版会、2007)の一部を読む。
 既読の月刊正論3月号(産経)の新保祐司「伝統を大切にするという事」は、保守とは、たんに「守る」のではなくつねに「伝統を新鮮にし、蘇らせ」る営為だ(p.99)、旨の主張をしているようだ。反対はしないが、しかし、現在の日本と日本人にとっての「伝統」とはそもそも何なのか。この点を明瞭にしてもらわないと隔靴掻痒の感あり(この人の他の文章は読んだことがない)。
 戦後60年余、現在70歳(1937~38年生)未満の者は、ほとんど又は全く、戦後教育しか受けず、戦後の空気しか吸っていない。<戦後民主主義>もまた(あるいはこれこそが)、<保守>すべき日本の<伝統>と考えている(又は感じている)人々が既に多数いるのではないか。

0363/呉智英は他人に「バッカじゃなかろか」と言えるか。

 呉智英という評論家が日本国憲法九条擁護派(改正反対派)だということを知って唖然とし、一文を二度に分けて認(したた)めたことがことがあった。
 その呉智英が、産経新聞12/22付の小さなコラムで、つぎのような「妙な」ことを書いている。
 「宮本〔顕治〕の死後、保守系の論壇誌は、彼の関わった戦前のスパイ嫌疑者査問致死事件を一斉に書き立て、その『非人間性』を非難した。バッカじゃなかろか」。戦前に非合法だった共産党が「革命軍の中に潜入した敵のスパイを摘発殺害して何の不思議があろう」。「近頃、保守派までが革新派と同じようにブリッコ化・幼児化していないか」。等々。
 第一に、宮本顕治逝去後、「保守系の論壇誌」が宮本の関わった「戦前のスパイ嫌疑者査問致死事件を一斉に書き立て」た、というのは事実なのかどうか。そして、「その『非人間性』を非難した」というのも事実なのかどうか。
 短いコラムなので実証的根拠・資料を示せなくても当然かもしれないが、上の二つは、私には事実とは思えない。
 そもそも「保守系の論壇誌」とはいったいどれどれのことか。正論(産経)、諸君!(文藝春秋)、ヴォイス(PHP)あたりは入るのだろうか。こんな詮索は別としても、私が全てを読んだわけではないが、上のような事実の印象はない。宮本に関する記事の中に「戦前のスパイ嫌疑者査問致死事件」への言及があっても、それは当然のことだろう。しかし、そのことは、「一斉に書き立て」て、「その『非人間性』を非難した」ということを全く意味してはいない。
 なお、記憶のかぎりでは、産経新聞は、宮本を「マニュアル人間」だったとする、ユニークな見方を示していた。
 呉智英は、実在しない亡霊に向かって吠えたてているのではないか。
 第二に、「スパイ嫌疑者査問致死」は「敵のスパイ」の「摘発殺害」で、戦前では「何の不思議があろう」というが、かかる議論・主張を日本共産党自体、宮本顕治自身が何らしてこなかったことを、呉智英はどう評価しているのか。この問題については、彼は一言も述べていない。
 上の「何の不思議があろう」という見方は当然にありうるだろう(但し、すでに言い古されたことで、新鮮では全くない)。だが、日本共産党も宮本顕治も、懸命になって、「殺人」ではない(監禁・傷害致死ですらない偶発的事故だ)、と強く、一貫して主張してきている(いた)のだ。袴田里見(元副委員長)は、このような主張を維持するための犠牲になって除名されたのだ。
 呉智英は「現在の価値観から過去を裁断してはならないとは、保守派…の口癖」だとし、「その通りだ」とも言っている。呉智英の立場からだと、上のような日本共産党の主張こそが、「現在の価値観から」のもので、当時(戦前)の共産党・革命をめぐる状況・環境を前提としていない、ということになるのではないか。そして、(かりに上記の事実があったとしても)「保守派」とともに日本共産党もまた「バッカじゃなかろか」と批判しなければいけないのではないか。
 (ひょっとして日本共産党の上のごとき主張を知らないのだとすれば、この人に「評論家」の資格は全くない。)
 呉智英の論は、上の如く、重要又は基礎的な事実誤認がある可能性があり、かりに事実誤認がなかったとしても、批判の対象に日本共産党を加えていないという重大な欠陥をもつものだ。
 この人はそもそも「保守派」なのか「革新派」なのか。産経新聞に登場しているからといって「保守派」であるとは限らないということを、某評論家=武田徹の登場によって鮮明に知った。
 そんな右・左もどうでもよい。せめて、事実をきちんと認識したうえで、かつ単純化・一般化しすぎないで(「一斉に書き立て」などという表現は一定の主観混じりの単純化によって目が曇っていることの証左ではないか)、さらに論理性の一貫した内容の文章を書いてもらいたい。
 「幼児化」(あるいは痴呆的老人化?)しているのは、呉智英その人ではないのか。「バッカじゃなかろか」との言葉を簡単に使っていることにも、感情過多・論理性衰弱が窺えるように思われるのだが…。

0333/佐藤優における左翼・右翼。

 佐藤優のものは、食わず嫌い的なところがあってか、まともに読んだことがない。
 諸君!11月号の「保守再建」の中で、彼は、左翼と右翼につき、つぎの「暫定的定義」を示す(p.130)。
 左翼-「人間の理性を信頼し、合理的計画で理想的社会を構築することができると考える。…唯物論、無神論、性善説と親和的である。…進歩主義に依拠して…表現する」。
 右翼-「人間の理性には限界があると考える。…理性を信頼した合理的計画で理想的社会を構築しようとしても、それは実現できず、醜悪な事態を招く可能性があると考える。そのため合理性の枠内では正当化できない伝統、神などの観念を重視する。…観念論、宗教、性悪説と親和的である。…保守思想に依拠して…表明する」。
 ほとんど異論はない。そして、戦後教育の優等生たちは(例えば上級官僚・法曹は)、とくに若い又は壮年の間は、優等生であるがゆえに「人間の理性を信頼し」て、自然に左翼的になっているだろうことも理解できる。マスコミに巣くっている、自分を<学歴のある、インテリ>の端くれと見なしている者も同様かもしれない。
 「人間の理性には限界があると考える」、そういう教育も大切だろう。
 疑問を呈したくなるのは、(「観念論」が右翼にのみ語られる場合の「観念論」とは左翼の「唯物論」に対比されているのかもしれないが、左翼教条主義・左翼「観念論」も十分ありうると思うので、概念の使い方になるだろうことは別として)性善説と性悪説を左翼と右翼に対応させていることだ。
 はたして、そうか。左翼の行き着いた末は1億人以上の殺戮だったが、同志や国民への猜疑心は「性悪説」にこそ親和的かも。また、右翼(保守)は基本的には「性善説」に立って人の歴史や叡智を信頼するのではないか。-という感想が生じた。
 だが、ともあれ、この人はソ連、ロシアに詳しいのは確かなようだ。

0297/小沢一郎とは何者か-「立場や状況」に応じた変節者?

 小沢一郎氏は変節したかウソを言っているかのいずれかだと考えてそのかつての著・日本改造計画(1993)と今の民主党の主張を2回続けて比べてみたのだが、似たようなことを本格的に考える人・団体は当然ながら存在するもので、「歴史と国益の視点から日本再生を目指す、戦うシンクタンク」だという<日本政策研究センター>のサイトには、昨年の機関紙掲載論文の再掲という形で、<剛腕・小沢一郎氏の「矛盾と変節」>という分析の①~④が掲載されている。第一回(①)は→
http://www.seisaku-center.net/modules/wordpress/index.php?p=439
 小沢氏の歴史認識は、民主党内に蠢く左翼勢力とも十分共鳴するように見受けられる。結局、小沢氏はそうした勢力を意識して、自らの立場や状況に応じて、その政治的主張をコロコロと巧妙に変えているのかも知れない。とりわけ、民主党代表の座について以降の小沢氏の主張には、そんな印象を拭えない」から始まる原物は上のサイトの原文を見ていただくこととして、私が読んで勝手に要約してみる。
 第一回-1.外交につき小沢は2006年の雑誌・論座や近著・剛腕維新で日米中は「正三角形」関係と主張するが、これは1993年の本の認識・主張と違う。かつては「日米基軸」で、かつ「ASEANやオセアニア諸国との協力関係を緊密にする必要がある」と説いていたが、その中で中国に言及はしなかった。
 2.むしろ「中国はまだ経済的に発展途上であり、政治体制も異なっている」と述べ、かつ「日本のPKO協力に対し、『日本軍国主義復活の陰謀』などと非難した」などと中国への警戒的姿勢をかつては示していた。
 3.中西輝政によれば「日米中正三角形」論は「中国の一貫した外交方針であり、日米分断の論理」で、「このような虚構の論理を説く政治家は党利党略に目がくらみ国家的立場を見失ったか、北京と特殊の関係ができたか、と勘ぐらざるを得ない」という。
 第二回-1.2006年7月の北朝鮮のミサイル発射に関連して、小沢は「対北経済制裁は日本だけでは効果が限られるので、国連の共同作業として行うべきだ」旨を主張した。これは、国連安保理に中ロがいる以上は「事実上の経済制裁断念論」だ。
 2.だが3年前の某書の一部で小沢は、「民主党の中にも経済制裁と言う人がいますが、それをやったときに一番被害を受けるのは、つまり北朝鮮の国家テロの攻撃対象になるのは日本であり、日本人なのです」、「その覚悟があってやるのなら大賛成ですよ」とだけ述べて、国連のコンセンサスを得よなどとは言っていない
 3.近著・剛腕維新でも、3年前の主張として、「日朝間の物的、人的、金銭的流れを断てば絶大な効果があるだろう」と、日本の経済制裁の絶大な効果を認めている。「
国連の共同作業として行うべき」との昨年の主張と明らかに矛盾する。
 第三回-1.近著・剛腕維新で小沢は小泉首相に対して「政治家の信念というなら、たとえ批判されようとも堂々と終戦記念日の八月十五日に参拝すべきである」と焚きつけたが、小泉首相がその通り実行するや、「一部では『首相は信念を貫いた』という人がいるが、僕はまったくそう思わない。……本当に一国のリーダーとしての信念があるならば、天皇陛下がご参拝することができるように環境を整えるべき」だと氏は述べ、「退任前のパフォーマンス」だと手厳しく批判した(夕刊フジ・八月十八日「剛腕コラム」)。
 2.小沢は昨年、「東條英機元首相以下、当時の国家指導者たち」(つまり「A級戦犯」)は「靖国神社に祀られるべき人々ではない。彼らは英霊に値しない」と断罪して「霊璽簿に名前を記載するだけで祭神とされるのだから、単に抹消すればいい」と提案した(『剛腕維新』所収)。これは暴論だが、この論で一貫してきたわけでもなく、1986年4月に自治大臣だった小沢は「A級であろうがB級であろうがC級であろうがそういう問題ではない」「たまたま敗戦ということによって戦勝国によって戦犯という形でなされた人もいる」と述べ、「その責任論と私どもの(靖国神社参拝への)素直な気持ちというのはこれは別個に分けて考えていい」と答弁している。それが今や(昨年)、「A級戦犯」は「英霊に値しない」へと変わったのだ。
 第四回-小沢氏は最近の「剛腕コラム」で、「戦勝国側が一方的に断罪した「戦犯」は受け入れ難い」と書きつつ、「当時の国家指導者たちは、外国から言われる以前に、日本国民に対して戦争を指導した重大な責任を負っている」と強く批判しており、東京裁判=「報復裁判」の歴史認識に呪縛されているようだ。
 以上。
 前回に1993年の本の方が本音で今はウソをついている旨を書いたのだが、外交や歴史認識(・靖国問題)については、なるほど「民主党内に蠢く左翼勢力とも十分共鳴する」ところがあり、「そうした勢力を意識して、自らの立場や状況に応じて、その政治的主張をコロコロと巧妙に変えている
のかもしれない。立場に応じての<変節>だ。だが、いずれかが本音ならば別のいずれかは<ウソをついている>ことにもなるだろう。
 このような<変節>・<ウソつき>を簡単にできるがゆえにこそ、理念・政策が多少は異なるはずの諸政党を<渡り歩く>こともできたのだろう。
 小沢の1993年以降の履歴を少しメモしておこう。
 1993年06/18、宮沢内閣不信任案に賛成投票、6/23(自民党を離党して)新生党結成(代表は羽田孜、小沢は幹事長格)。
 1994年04/28、羽田孜少数派内閣発足(4/25に新生党、日本新党、民社党等が日本社会党抜きで国会会派「改新」を結成したことが原因)。
 同年06/29、首相指名選挙で海部俊樹をかついだが、自民党も推した社会党・村山富市に敗北。小沢は初めて野党議員に。
 同年12/10、新進党結成。党首は海部俊樹、小沢は幹事長。
 1995年7月参院選、新進党は19→40。羽田孜との間に亀裂。
 1996年10月衆院選、新進党は160→156で敗北。12月党大会で羽田孜を破って党首に。12/26-羽田孜ら13名が<太陽党>結成。
 1997年、「保保」路線を選択。12/18党首に再選される。12/25-新進党を解党
 1998年01/06、自由党結成。民主党に次ぐ野党第二党。
 同年11/19、小渕恵三首相との間で<自自連立>の合意。自由党幹事長・野田毅が自治大臣として入閣。小沢、5年ぶりに与党。
 1999年7月、公明党が参加し<自自公連立>政権に。
 2000年04/01、小沢が小渕首相と会談。連立解消へ。この直後、小渕氏は脳梗塞で倒れる。連立維持派と対立し自由党分裂。連立維持派は<保守党>を結成。6/25衆院選、自由党18→22。
 2003年9月、自由党が民主党(この時の代表・鳩山由紀夫)に吸収される(表向きは「合併」)。
 2006年04/07、小沢、菅直人を破り、民主党代表に。
 何ともめまぐるしい履歴だ。1998.11~2000.03に<自自連立>・<自自公連立>の時代があったことをじつは失念していた。2000年04/01に小渕恵三首相は相当に精神的ストレスを感じるやりとりを小沢との間で行ったに違いないことも思い出した。
 小沢だけに限らないだろうが、国益も日本の将来の基本的方向も考えない政党の離合集散、政党の<渡り歩き>を通じて、平気で<変節>し又は<ウソをつける>体質・気質をより強く身に付けたのだろう、と思われる。
 参院選選挙公報の民主党の部分には、小沢一郎の大きな顔の下に、「自治労組織局次長」、「元日教組教文局長」等々、かつてなら日本社会党から立候補しただろうような人びとが並んでいる。小沢は、1993年頃の自分の政治理念・基本政策を思い出すとき、現在の自分を恥ずかしくは思わないのだろうか

 

0149/「大衆」の忘恩と小児性-「民主主義」は機能するか。

 すでに読み終えた中川八洋・保守主義の哲学だが、刺激的な言葉が随所にある。例えば、
 「日本列島は無政府状態の色を濃くしているし、レーニン/ヒットラーの全体主義を再現するかのような不気味な土壌をつくりつつある」(p.297)。
 「日本の学界・教育界は、大正デモクラシーの大波をかぶってそのままデカルト/ルソー/マルクスの住む島に流れつきそこにとじこもることすでに八十年、理性万能の狂妄から目を覚ますことがない」(p.325)。
 ところで、読みながら、失礼ながら何故か、「きっこのブログ」や「きっこの日記」のきっこ?を想起してしまったのは、第六章「平等という自由の敵」の第四節「大衆という暴君」の中の、次のような、紹介されている等の、いくつかの言葉だった(p.298-9)。
 オルテガ-「大衆人」は「生の中心がほかでもなく、いかなるモラルにも束縛されずに生きたいという願望にある」。
 中川-「道徳」とは…のことだが、「これを欠くか、ない方がよいと願う「大衆人」とは、その本性において、社会主義者・共産主義者のシンパとなりやすい特性をもっている」。
 オルテガ-「大衆人」は「倫理・道徳性の欠如」を示し、「忘恩の徒」となる。「忘恩」とは「甘やかされた子供の心理」でもあり、「今日の大衆人の心理図表に…線を引くことができる。…安楽な生存を可能にしてくれたいっさいのものに対する徹底した忘恩の線を…」。
 ホイジンガ-「ピュアリリズム(小児病)」とは「子供を大人に引き上げようとせず、逆に子供の行動にあわせてふるまう社会、このような社会の精神態度」のことだ。
 ホイジンガ-「ピュアリリズム(小児病)」の特質は「…他人の思想に寛容でないこと、褒めたり、非難するとき、途方もなく誇大化すること、自己愛や集団意識に媚びるイリュージョンに取り憑かれやすいこと」だ。
 ル=ボン-「衝動的で、昂奮しやすく、推理する力のないこと、判断力あよび批判精神を欠いていること、感情の誇張的であることなど…こういう群衆のいくつかの特徴は、野蛮人や小児のような進化程度の低い人間にもまた同様に観察される」。
 自戒の意味も込める必要があるが、きっこ?氏に限らず、日本という国家への「忘恩」、上に種々書かれている「小児」性は日本国民のかなりの部分に蔓延しているのではないだろうか。上では「大衆」という言葉が使われ、中川八洋には「大衆蔑視」的ニュアンスが全くなくはないと感じるのは気になるところだが、ほぼ「(一般)国民」と置き換えて読むべきだろう。そして、国民の「忘恩」と「小児」性は、「民主主義」は適切に機能するか、の基本的な問題でもある、とも考えるのだ。

0125/中川八洋・保守の哲学(PHP、2004)を全読了。

 一昨日6日の夜に、中川八洋・保守主義の哲学(PHP、2004)をやっと全読了した。
 紹介又は引用したい箇所は多すぎる。全体の論調から日本の現在に即していえば、日本の「保守」言論界や自民党の中にも(中川からみれば)「危険」な思想に毒されていながらそれに気づいていない者が多くいることになるだろう。それだけ、中川の危機意識は強く、現状批判は厳しい。
 「あとがき」の冒頭はこうだ。-「日本は自由主義であるが、教育界・学界・出版界ではいまだに『マルクスとフロイトに代表される迷信の時代』(ハイエク)が続いており、日本は今も『思想における北朝鮮』の観を呈している。日本人の頭が左翼イデオロギーの思想に汚染された、奇怪な状況を見るにつけ、二十一世紀日本とは自由社会ではなく、一九九一年に滅んだ”二〇世紀のソ連”が再来していると思わざるをえない」。
 私も日本の「思想」状況はおかしい、とりわけ社会系・人文系の大学教授たちやマスコミで働く者たちの多くはかなりヒドい、とは思ってはいるが、上のようにまでは書けない(それほどとは思っていない)。
 例えば上の点にも現れているだろうが、中川の議論には従えないと思える点もあり、うーんこの点は私も中川の批判対象になるな、と感じた点もあった。
 いずれ具体的には、明日以降で話題にする。
 今夜は、中川が本文で言及しつつ、「日本を害する人間憎悪・伝統否定・自由破壊の思想家たち」として表でまとめている計30名をそのまま紹介しておく。中川・正統の哲学/異端の思想(徳間、1996)では「正統の哲学」者27人がリストアップされていたが、この保守の哲学(2004)による修正版は次回以降に記そう。
 ワースト6(没年順)-デカルトルソーヘーゲルマルクスレーニンフロイト
 その他24(没年順)-ホッブス、コンドルセ、ペイン、サン=シモン、ベンサム、シェイエス、フーリエ、コント、プルードン、フォイエルバッハ、ミル、バクーニン、エンゲルス、ニーチェ、クロポトキン、ケインズ、マンハイム、デューイ、ケルゼン、ハイデガー、マルクーゼ、サルトル、フーコー、カール・シュミット、ハーバーマス。(以上、p.385)
 かつて中学・高校時代に習ったかなりの世界的「思想」家が含まれている。マルクーゼやサルトルが入るのは当然だろうと思いつつ、ハイデガー、カール・シュミット、ハーバーマスが入っているのはかなり印象的だ。現在でもハーバーマス(の理論)を参考にしようとする人は結構いるのではないか。
 また、中川によればケインズも「日本を害する」。-「道徳破壊のマルクス経済学と、道徳否定のケインズ経済学とは”反道徳”において双生児である」(p.345)。
 ケインジアンはかつての首相の中にもいたし、財務省官僚の中に今でもいくらでもいそうな気がするが、このあたりになると私には殆ど分からない。ハイエクと対比されるのは解るが、一挙にマルクスらと同列にされてしまうとは…。


0110/保守すべき日本の<歴史や文化や習慣>とは具体的には何か。

 産経5/1のコラム欄で河村直哉が「保守」について、「保ち守るべきものは歴史や文化や習慣に根ざした日本という国のたたずまいだと、まずは確認したい」と述べている。
 こうした理解に反対する気はない。だが-このコラムの主題ではないのだが-、問題なのは、<歴史や文化や習慣に根ざした日本という国のたたずまい>とは具体的に一体いかなるものを意味するのか、だと思うのだ。
 あるいは常識的には、戦前にあり戦後に失われてしまった、又は失われつつある日本的な<精神>又は<道徳規範>といったものを含むのかもしれない。
 しかし、戦後すでに60年以上経過した。前回使った語をここでも用いれば、戦後の<平等・民主主義・平和・無国籍>教育のもとで培われてきた平等観・民主主義観・平和(戦争)観・国家観等は、すでに多くの日本人にとっての「歴史や文化や習慣」として根付いてきている、あるいは「歴史や文化や習慣」の重要な部分そのものになってきている、と言えないだろうか。
 そういう現象を肯定しているのではない。むしろそういう現象に伴う日本国家の「溶解」を強く危惧している。ただ、60年も経過すれば、すでに既成事実として、新しい「歴史」等が発生してしまっているのではないか、と言いたいのだ。
 結局のところ、「保守」主義という考え方において「保守」すべきものは具体的には一体何か、という問題に立ち戻る必要がある。
 冒頭に言及したコラムにおける「保守」の反米と親米の区別(あるいはその相対化)の関係でいえば、抽象的だが、何らかの日本的価値の「保守」(そのためには国家としての「自立」が相当程度の前提になる)と現在のスーパーパワー・米国との関係を(その中にはまず軍事問題が含まれ、その次が経済問題かと思える)どう折り合わせるかという問題だと思われる。そして、二項対立的な議論によって決せられるものではなく、様々のバリエーションの中から、そのときどきの条件・事情のもとでいずれかの「中間」的な選択がなされるのだろう。

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  • 0775/総選挙と「左翼全体主義」、小林よしのり編・日本を貶めた10人の売国政治家(幻冬舎新書)。
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