秋月瑛二の「憂国」つぶやき日記

政治・社会・思想-反日本共産党・反共産主義

佐々木類

0999/アメリカ建国の理念とは-佐々木類(産経新聞)・佐伯啓思・中川八洋における。

 一 A 産経新聞アメリカ支局長・佐々木類は産経1/16付紙面で、「同盟深化に米建国の理念理解を」と題して、米国での銃規制の困難さにも関連させて、こう書いていた。

 「書生っぽいことをいえば、ロックが1676年に『統治二論』で著した社会契約説が、100年後に米国建国という形で具体的な姿を現した。ロックは、人間が自分を守る権利と労働の結果生まれた私有財産は人民の契約に基づいて国家が作られる前からあった『自然権』だとし、国家権力がこれに干渉してはならないと定義した。/この精神を引き継いだ英国の植民地人、つまり、米国人らが、自分たちの意向を無視して証書や新聞などに印紙を貼らす印紙税や茶に課税する英国に対し、『代表なくして課税なし』と立ち上がり、独立戦争に突き進んだのである」。
 B 佐伯啓思・日本という「価値」(NTT出版、2010)は、「アメリカの建国の精神」について、こう書く。

 ・「ジェファーソンの『独立宣言』に見られるように、「生命」「自由」「幸福の追求」を万人に平等に与えられた普遍的価値とみなしている」。
 ・「このアメリカ建国の精神である、強くて自由な個人、民主主義、個人の能力主義と競争原理などの価値へと『復帰』することは、アメリカにおいては『保守主義』ということになる」。
 ・「これは本来のイギリス流の保守主義とかなり異なっている。……アメリカ独立が…イギリスの伝統的国家体制への反逆であり、王権からの分離独立であることに留意すれば、アメリカの建国それ自体が、イギリスからすれば自由主義的な革新的運動であった」。アメリカ建国には「進歩主義」の理念が色濃く、「アメリカ流保守主義」は「いささか倒錯的なことに」すでに「『進歩主義』に染め上げられている」(p.188-9)。
 C 中川八洋・民主党大不況(清流出版、2010)は、「米国の建国」について、つぎのように言及する。

 ・「サッチャー保守主義の原点」にはバークがあるが、その基底で「ヴィクトリア女王時代の栄光の大英帝国」を崇敬していた。これは、「ジョージ・ワシントンやアレクザンダー・ハミルトンが米国の建国に当たって、エリザベス女王時代の…あとの頃一六〇〇年代初頭の…古き英国をイメージして、理想の新生国家・米国を建設したのと似ている」(p.233)。
 二 さて、米国建設の理念・イメージがかくも異なって叙述されることにまずは止目されるべきだろう。

 中川八洋はアメリカの対英「独立」の理念と一三州統合しての「建国」の理念とは区別すべしと別の著で説いており、上で挙げるハミルトンらは英国「保守主義」と基本的に異ならない「建国」の理念提示者として叙述されていると見られる。

 これに対して佐伯啓思はジェファーソンの名を挙げて対英「独立」の理念に着目しているようだ。

 かかる違いはあるとはいえ、基本的に英国「保守主義」を継承したと捉える中川と、米国の「保守主義」は英国のそれから見ると「進歩主義」だとの見解を示す佐伯啓思とは、やはり同じことを述べているとは、同様に理解されているとは、理解できない。

 アメリカ「建国」の理念も、論者により、あるいは論じられる脈絡との関係により、異なって語られうることは、知的関心を惹く、興味深いことだ。これは、アメリカを理解するうえで、そして<日米同盟>を語る場合の、決して「知的」関心の対象にとどまらない問題でもあろう。

 これに対して、佐々木類の「書生っぽい」叙述は、上の二人の学者とはやはり異なり、通俗的だ。要するに、<欧米近代>を一色で見ている。英米の違いはもちろんのこと、英・仏間にある大きな違いを見ることもしていない。ロックの「社会契約説」を挙げていることからすると、米国独立戦争前のルソーの『社会契約論』(1762)も、米国の国家理念と矛盾していないと理解されているのだろう。

 怖ろしいのは、「書生っぽい」、あるいは高校の社会科教科書を真面目に勉強したような<欧州近代>の理解でもって、欧米諸国(の建国理念・歴史等)を単純に捉えてしまうことだと思われる。

 そこには、今日ではすでに自国ですら疑念が提起されている、かつての通説的な「フランス革命」の(美化的)理解を疑いもしない、かつての「書生っぽい」認識も含まれる。ルソーもフランス革命も、さらには<欧州近代>(ロックを含む)そのものも、日本の<保守派>ならば「懐疑」の対象にしなければならないのではないか。
 ちなみに、中川八洋に全面的に賛同するつもりはないし、評価する資格もないが、中川によるとロックはホッブズ(中川のいう有害な思想家)の影響を強く受けており、ハイエクは英国名誉革命に関するヒュームとロックの議論を対比してヒューム(中川のいう有益な思想家)に軍配を上げた、という。またヒュームは(中川も)ロック、ルソーの「社会契約説」に批判的だ(下掲書p.320-1)。但し、全体としては、中川八洋は、ロックを、モンテスキュー、パスカル、ショーペンハウエル、カントとともに(いずれかに傾斜しているとしつつも)「有益」、「有害」それぞれ31名の思想家リスト(p.384-5)の中には含めず、「双方の中間」と位置づけている(中川八洋・保守主義の哲学(PHP、2004)p.388)。

0795/「正しい戦争」があるならば「不戦の誓い」は行えない。

 〇佐々木類という記者?による8/16発の「まさか日本共産党までブレているとは思いませんが…」と題する長い文章がイザ・ニュース欄にある。そしてなかなか皮肉が効いている。 日本共産党の<二段階革命>論において、当面の第一段階の革命が成就するまでは、第二段階の革命(社会主義革命)においては主張したいことを主張するはずがない。将来について同党が考え想定していることからすれば、日本共産党が現在主張していることは<すべてウソだ>と理解しておいた方がよい。
 〇8/15の戦没者追悼式での麻生太郎首相式辞いわく-「わが国は、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛と与えております。国民を代表して、深い反省とともに…。/私たちは、過去を謙虚に振り返り、悲惨な戦争の教訓を風化させることなく、…。/本日、ここに、わが国は、不戦の誓いを新たにし…」。
 これまでの同式辞や外交文書・談話と基本的には同じなのだろうが、いわゆる<村山談話>に通じる基幹的部分を、麻生太郎首相もまた継承しているように見える。
 「アジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛と与え」た「過去を謙虚に振り返り」、「反省」し、「非戦の誓いを新たに」する、と言うのだ。
 いわゆる田母神俊雄論文とは異なると思われるかかる認識は、麻生太郎・自民党議員のほとんどを含めて、とっくに<体制化>している、と理解しておいた方がよいのだろう。政府の中でも外務省は、戦後一貫して、かかる認識と立場でいたものと思われる。
 だが、少数派だろう?とはいえ、上の式辞内容には疑問をもつ。
 過去ではなく近未来についても、そもそも「非戦の誓い」とは何なのか。
 1929年のパリ不戦条約(「戦争抛棄ニ関スル条約」)の締結国が「放棄」を宣言した「戦争」は<すべての>それではなく、「国際紛争解決ノ為戦争」または「国家ノ政策ノ手段トシテノ戦争」であり、かつ、特定の「戦争」がこれらに該当するか否かの認定権が当時の国際連盟(又はその下部機構)にあるとされていたわけでもない。
 日本国憲法九条1項が放棄しているのも、「国際紛争解決の手段として」の「国権の発動たる戦争」にすぎない。これは基本的に<侵略戦争>に限られる。
 なるほど九条2項は「国の交戦権は、これを認めない」と定めているため、結果として<すべての>「交戦」が否認されていることにはなる(通説的解釈)。ここに日本国憲法の世界に独特の特殊性がある。この条項まで意識して、現憲法の(通説的)解釈をふまえて、麻生太郎首相は「非戦の誓い」を語ったのだろうか。
 だが、2項がすぐ前で「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」と定めているかぎり、「戦力」なくして「交戦」がありうる筈はなく、「国の交戦権は、これを認めない」という文の意味・存在意義はもともと疑わしいのだ。
 「左翼」新聞社刊行の、元東京大学教授による、筒井若水・違法の戦争、合法の戦争(朝日新聞社・朝日選書、2005)p.224-5あたりでも、「交戦権」=right of belligerency の意味が「国際法上論じられた形跡はない」、「その内容を国際法上確認できない以上、その国際法的意味を求めても詮ないことである」と書いてある。
 法的議論から離れても、「非戦」=<すべての戦争の否定>を誓ってよいのだろうか。
 北朝鮮または中国から<侵略戦争>攻撃を受けた場合の日本の(国家としての)自衛行動は、常識的には<自衛戦争>に他ならない。「戦争」という語をあえて避ければ、憲法も否認はしていない(通説)国家の「自衛権」にもとづく<自衛>のための<武力行使>ということになるが、実質的には<自衛戦争>と称しても何ら誤りではないだろう。
 <予防的先制攻撃>すら理論的には「自衛権」の行使として可能だとされている。
 そういう議論と日本をめぐる環境の中で、なぜわざわざ「非戦の誓い」を語らなければならないのだろう。毎年こんな言葉を聞いて安心し、喜んでいるのは、共産党(・労働党)独裁の中国と北朝鮮(・アメリカ?)なのではないか。謙虚さと自虐とは、行き過ぎると卑屈と莫迦になる。その弊に陥っているのが現在の日本なのではないか。
 宮崎哲弥はかつて、「正しい」戦争はある、と断言したことがある。その宮崎哲弥が産経新聞8/08「米士官学校教科書の『原爆批判』」と題する文章を載せている。
 それによると、米士官学校で使われている教科書の一つ、マイケル・ウォルツァー『正しい戦争と不正な戦争』という本は、ドイツの場合と異なりかつての日本がしたのは「一般的な軍事拡張」で、「無条件降伏などという完膚なきまでの体制打倒は不要だった」としつつ、「必須ではない目的達成のために、非戦闘員の無差別殺戮を遂行することはまったく不当だった」、つまり「原爆投下は不正な戦争行為だった」と明記している、という。
 原爆投下問題はさておき、この本もまた、「正しい」戦争と「不正な(=正しくない)」戦争とがある、ということを前提としていることは疑いえない(なお、この本は4200円もするので素人が購入するにはいささか高価すぎる)。
 情緒的な「戦争反対」を語らない方がよい。無条件に、「戦争は二度としてはいけない」などと語らない方がよい。八月になると日本のテレビ等はそんな(とくに老人の)声・思い出話で溢れるが、では、日清戦争も日ロ戦争も<してはいけなかった戦争>だったのか? 敗戦と被害の甚大さを体験した、1930年代以降の日中戦争+太平洋戦争の経験のみにもとづいて、一般的な「(すべての)戦争反対」論を導いてはいけない。
 こうした誘導を(策略をもって)行っているマスコミ(テレビ、新聞、出版社)を警戒しなくてはならない。
 一般的な「(すべての)戦争反対」論は、政党の中ではおそらく福島瑞穂の社民党の主張に最も近いだろうが、<軍事>に関する議論の忌避、<軍事>問題の検討の回避に結びついてゆく。社民党ほどではないとしても、そうした罠に、(民主党はむろんだが)自民党のかなりの部分も陥っているのではないだろうか。
 「正しい戦争」=やむをえない自衛自存のための国家「防衛戦争」はありうる。こうした考えが少しでもあれば、簡単に「不戦の誓い」などを語れないのではないか。
 〇戦争の記憶を風化させないために、NHK等は、生存者のいるかぎりでその<証言>をできるだけ得て、残していく方針らしい。上記の麻生太郎首相式辞の中にも、「悲惨な戦争の教訓を風化させることなく、次の世代に継承していかなければなりません」とある。
 しかし、注意しなければならないと思われるのは、<証言>は、つねにその証言の時点での情報や知識によってある意味では歪曲されて行われる、ということだ。<証言>の対象である戦闘行為・戦争被害等々のまさにその時点における発言ではなく、60年ほども過ぎて、従って<戦後民主主義>の風潮と現在の<体制的・大勢的>ムードの影響を受けて、過去の事実が、現代的<解釈>や<評価>を交えて語られる可能性も十分にある、ということだ。
 事実そのものは発掘し、記録・記憶されなければならないものが多いだろう。しかし、それと、その事実の<解釈>・<評価>とは別のものだ。
 <証言>の収集によって現代的<評価>を伴う何らかの「価値」観をNHK等が主張したいとするならば、それは真の歴史探究ではなく、特定の<政治活動>だ。NHKによる<証言>収集とその報道を、そのかぎりで、十分に警戒しておく必要があると思われる。 

ギャラリー
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