秋月瑛二の「憂国」つぶやき日記

政治・社会・思想-反日本共産党・反共産主義

伊藤哲夫

1660/「日本会議」と日本の保守と安倍一強政治・仮説。

 以下は、仮説だ。
 第一。のちに事務総長となる椛島有三等々は、日本の<保守>運動の主導権を握られるのを怖れて、<新しい歴史教科書をつくる会>設立後に追いかけるように(?)「日本会議」を発足させた。1997年のこと。歴史教科書問題に限らない、という自負が「日本会議」という名称にはあるのかもしれない。
 その当時に<保守>側の民間運動の中心または有力部隊とも見られたかもしれない<新しい歴史教科書をつくる会>に対するヤッカミ、自分たちのそれまでの運動に対するアセリがあった。
 第一の2。事務総長・椛島有三の「日本会議」は、それまでは表向きは併存しかつ協力とているように見えた<新しい歴史教科書をつくる会>を弱体化させることを、最終的に2006年頃には企んだ。
 その工作(?)の有力な対象になったのが、八木秀次だ。
 その際の口説き?文句は、藤岡信勝はニッキョー、つまり元共産党党員だぞ、という脅かし、又は警告だ。
 上の一文については、別途触れたい。
 これにより実際に、分裂した。
 この分裂に加担した「政治屋」の一人は、屋山太郎。平然と片方に同調したのが、渡部昇一。
 <採算>とかを理由にして、「日本会議」側を応援したのが、産経新聞社
 産経新聞-扶桑社、そして分裂した他方の側を出版しているその子会社の育鵬社
 産経新聞社は「商売」として、どちらを選ぶかを判断した。むろん、椛島有三らからの働きかけもあった。決して、<美しい>話ではないし、<単純な経営判断>ではない。
 この分裂頃を最終的な契機として、櫻井よしこは「日本会議」側に明確に立つ。そして、2000年頃のこの人の評論・論評とは異なるスタンスの文章がめっきりと増えるようになり、現在に至る。
 2007年12月、国家基本問題研究所設立、櫻井よしこが理事長
 なお、この直前、2007年秋に、安倍晋三第一次内閣が崩壊。
 中西輝政も、どちらかというと、「日本会議」の側に傾斜。いつか記したが、「日本会議」系の書物を出している。この点で、西尾幹二、藤岡信勝とまるで異なる
 2007年4月刊行の椛島有三の書の<主要参照文献>が、中西輝政、渡部昇一らの本を複数挙げつつ、西尾幹二、藤岡信勝の著を全て無視していることは、すでに記した。
 以上の経緯からしても、産経新聞、月刊正論(産経)がなぜ(たいしたことを書いていないのに)八木秀次を重用しているかも理解できる。
 月刊正論編集部には<八木秀次と○○は大切に>との旨の伝言文書があるのだろう。いや、そんなことは酒席でも引き継げるのかもしれない。
 しかし、ときどきは?、月刊正論に西尾幹二や藤岡信勝を登場させて、<単色ではない>旨を宣伝するために利用する。
 花田紀凱やワック社は、もちろん「商売」、雑誌販売のために櫻井よしこ、渡部昇一あるいは「日本会議」系の人々を利用してきた。いや、持ちつ、もたれつ。国家基本問題「研究所」の評議員とやらにも名を連ねる。
 レーニン関係英語書を見ているおかげで、disguise (偽装する)とか pretend (ふりをする)という言葉に慣れた。あるいは、propaganda (情報宣伝、虚偽情報宣伝、扇動)も。
 以上の「人間的な」ことよりも本来は大切なことだが、「日本会議」は決定的に<反共産主義>性が弱い、または薄い
 このことは大きく、かつ決定的に、日本の<保守>にとっての弊害になっている。
 この点は何度でも触れなければならない。じっくりと、渡部恒雄や水野成夫(二人とも日本共産党の党員経験あり)も含めて、日本の「左翼」をたどってみる必要もある。後者は、フジ・産経グループの祖。
 そして、西尾幹二や藤岡信勝の今日もまた、この「日本会議」史観?にある程度は(彼らの考える「保守」の範囲内で)ある程度は引き摺られている。
 なぜこう書くかというと、1990年代半ば、つまり「つくる会」設立前後あたりの方が、この二人の<反共産主義性>の論調は強かったように感じる。
 とはいえ、まだ櫻井よしこ、渡部昇一、平川祐弘らの<単純民族系>に比べると、はるかにマシなのだが。
 <愛国>は健全なナショナリズムの意味では、当たり前のことで、反・左翼というだけならば、ほとんど意味はない。天皇制度についてはこれまでも触れたし、また触れるだろう。貴重で偉大だったとかりにすれば、日本人が偉大だったのだ。かつ、<日本人は偉大だ>などと殊更に言い募る必要もない。
 この人たち、つまり椛島有三、伊藤哲夫、櫻井よしこらは、日本「民族」の誇り・矜恃を持ちたいだけで、「共産主義」などには理論的にも実践的にも関心が乏しいのではないか
 日ロ戦争後に「五大国と言われるまでになった」とか、戦後に「経済大国」と称されるようになった、というのは、殊の外、この人たちの自尊心?を満足させているように見える。
 しかし、「経済大国」にも俗にいう「光と影」があったのだ。もちろん戦前の「五大国」の一つにも。
 第二。安倍一強政権と言われるほどに(つい最近までは、だが)なって、「日本会議」派は、それを支えてるのはオレたちだ、と主張したくなったのではなかろうか。
 「日本会議」関係国会議員連盟とかがあるらしい。安倍内閣の閣僚のうち、我々と親しい関係のある大臣がこれだけいますと、誇りたくなったのではないか? むろん、稲田朋美もその一人。小池百合子はどうも違ったようだ。産経や月刊正論等の扱いで却って分かるのだが。
 もちろん、国会議員・政治家もまた(安倍晋三もだが)、「日本会議」をそれなりに利用している。その背景にある何百万?、何十万?世帯会員、あるいは産経新聞定期購読者は貴重でかつ固い「票」だ。「日本会議」と神道政治連盟はきっと深く関係がある。神社・神道は私の「心のふるさと」の一つなのに。
 急に「日本会議」批判本がたくさん出るようになったのは、2016年くらいからだろう。
 背景には、安倍一強政治の背景への関心もあっただろうし、安倍晋三に「ネオ・ナチ」とレッテルを貼り、「日本会議」にも系譜的に論及した不破哲三・月刊前衛掲載論考もあった。
 間違いなく、日本共産党の党員の評論家類(青木理、俵義文ら)はそれに沿って動いた。
 しかし、仮説として、また推測として言うのだが、「日本会議」の名前を、その事務総長の存在等々も、以前よりも広く知ってほしくになった者たちが、<左翼>系ジャーナリスト等に(日本共産党の党員であっても)情報を流したのではあるまいか。
 菅野完あたりは、手頃な対象者になりそうだ。菅野の本の出版元は、扶桑社。
 <油断>すると、あるいは<傲慢>になると、そんなことくらいはしそうな人々がいそうに思える
 表向きの新聞やテレビなどは産経新聞も含めて(朝日新聞らはむろんだが)それぞれに<角度が付いて>いる。
 当たり前のことだが、「日本会議」もまた、<謀略・策略>をする団体でもある。
 何らかの意図をもって(全て広義では「政治的意図」だ)働きかけたり、情報宣伝をしたり等をするのは、全て<謀略・策略>でもあると、純真すぎる傾向のあるやにも見える日本人は意識しておく必要がある。
 以上、すべて、仮説、推測。こんな投稿は、真面目に?これまでしたことがなく、きちんと根拠文献を挙げる、という姿勢でずっときたのだが、無名のこんなブログ欄に、この程度のことを記しても、きっと許されるだろう。

1633/明治維新③-櫻井よしこと五箇条誓文・「日本会議」。

 「十七条の憲法、五か条の御誓文、明治憲法。そこに現されてきた価値観が国家なのです。」2007年5月。
 「十七条の憲法」は、「明治新政府樹立に際して先人たちが真っ先に発布した五箇条の御誓文の内容と重なっています。」2017年3月。
 以上、いずれも、櫻井よしこ
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 以下、①明治維新にも、②<日本会議>研究にも、③日本の「保守」の「2007年」(明記しないが西尾幹二・中西輝政らを含む)にも、全てかかわる。関心の基盤に、共通するところがあるからだ。
 櫻井よしこ・憲法とはなにか(小学館、2000.05)の「第7章」は「今こそ『十七条憲法』『明治憲法』の精神に学ぶ」と題しながらも、「五箇条誓文」への言及を、「明治憲法」の基礎的理念をすでに記していたとか書いてもよさそうなのに、一切していない、ということは先に記した。
 しかし、2007年前半、この年の末にこの人は国家基本問題研究所なる団体の理事長になるが、こう書いていた。
 櫻井よしこ「日本人の価値観/取り戻せ」/東京新聞2007年5月13日付。
 「私は、国家というのは日本人の価値観の塊だと思います。日本人の価値観が国の形となって現れたものがいくつかあります。十七条の憲法、五か条の御誓文、明治憲法。そこに現されてきた価値観が国家なのです」。 
 ここでは、日本国家という「価値観」を示す三つのうち一つとして、「五か条の御誓文」を理解している。
 そして、2017年に月刊正論3月号(産経)で、日本の「保守に求められること」を主題とする文章の中で、上の趣旨と異ならないで、櫻井よしこはこう書いた。
 「日本が自らの価値観を鮮やかに打ち出した十七条の憲法は、…明治新政府樹立に際して先人たちが真っ先に発布した五箇条の御誓文の内容と重なっています。」
 その直後にまた、こう続ける。
 「五箇条の御誓文は一人一人の国民への信頼を基本にして成り立っている点で、民主主義そのものです。」
 この後の文の「民主主義」理解は、<ああ恥ずかしい、こんなに簡単に書いてしまって後世に残るのにとても気の毒だ>という感想をもつ、日本の中学生レベルの文章だろう。
 井沢元彦が「十七条の憲法」第一条の「和を以て貴しとなす」にしばしば言及して、日本と日本人の特質に言及するが、ここでいう<和>と<民主主義>は同じ意味ではないと思われる。
 井沢が指摘するのは<話し合い尊重主義>、今日的にいうと<合議主義>あるいはさらに<議会主義>に連なるもので、<民主主義>そのものではない、と私は理解している。
 民主主義とは国家意思の形成の大元を意味するので(デモクラシー、民衆政体)、国家意思の形成の細かな過程までを問題にするのではないと思われる。国民にあるいは<民衆>や<人民>に結論・基本方向が支持されていれば、民主主義と矛盾しない(とされる。北朝鮮の国名、旧東独の国名など参照)。民主主義と議会主義は同義ではない。五箇条誓文は何を言いたかったのか ? 「公論に決すべし」とはいかなる趣旨か?
 こんな議論をしても、櫻井よしことの間に議論が成立するはずはない。
 櫻井よしこは、中学生レベルの感覚で「民主主義」という語を使っているからだ。
 再び、櫻井の月刊正論3月号の文章に戻る。そして、<五箇条誓文>がどういう脈絡で言及されているかを、確認する。
 上に引用部分のつづき。
 五箇条の御誓文は、①「広く世界に心を開くという点で国際主義です。守るべき価値観の基本は日本の国柄の中にあると強調している点で、この上なく立派な日本の国是です。…グローバル化した現代世界に住む私たちにとっての教訓でもある」。p.85。
 同四条〔旧来の陋習を破り天地の公道に基づけ〕は、②「機能しなくなった制度や価値観は捨て去り、『天地の公道』、つまり、国際社会にあまねく通用する普遍的価値観を取り入れ、その価値観に基づいて日本らしい力を発揮せよという教えです」。
 こう写していて、ああ恥ずかしいと感じてしまう。言葉・観念が、宗教言辞のごとく固まりつつ、どのようなものにも取り憑くことができるように泳いでいる。
 また、明治維新理解も、怪しい。
 上に引用のように五箇条誓文を「明治新政府樹立に際して先人たちが真っ先に発布」したものとするが、厳密にはいつの時点を「明治新政府樹立」と理解しているのかどうか。
 また、ここでは「機能しなくなった制度や価値観は捨て去り…」というが、「機能しなくなった制度や価値観」とはいったい何のことか。
 もちろん、櫻井よしこ大先生は、旧江戸(徳川)幕府の「旧来の陋習」を維持した「制度や価値観」のことを想定しているのだろう。
 しかし、こう単純には言えないことは、日本の少し真面目にこの時期を学習した日本の高校生でも知っているだろう。「機能しなくなった」単純攘夷主義に凝り固まっていたのが(ある時期・通商条約時からある時期・下関戦争頃までの)吉田松陰系の長州藩士たちだった。
 あるいは、こうも言える。「機能しなくなった」制度をやめて<大政奉還>し、新しい制度・国づくりを図ったのは徳川慶喜だった。
 ③「国民を信頼し、国民を尊重してきたのが日本の国柄であることは、五箇条の御誓文の…〔一条・二条〕にも明らかです」。p.87-88。
 これは、憲法改正に向けて国民との議論を展開すべしとの主張の中で語られている。
 それにしても、恥ずかしい。「国民を信頼し、国民を尊重してきたのが日本の国柄」だ、とそう思いたい、思い込みたい、というのはよろしい。しかし、「国民」とか「国家」とかをどういう意味で用い、また日本の歴史にいかほどに習熟したうえで語っているのだろうか。
 ④第五条の言うとおり、「日本だけに閉じこもってはなりません。世界には優れた考えや制度、価値観があります。大いに学びなさい。大いに受け入れなさい。常に柔軟に賢く対処しなさい。そして自身の鍛錬としなさいということでしょう。」p.88。
 まだ続くが、これとほぼ同じ文字数でもって、この第五条を「解釈」し、あるいはこれに基づいて、読者を(?)説教?している。
 このように④まで続けたが、最初の頁(p.84)に、十七条憲法と<五箇条誓文>の二つの「価値観」で支えられていることを認識するのが「保守の基本」だとの根本的テーゼ(?)があることもあらためて追記しておく。
 このような<五箇条誓文>観を、「日本会議」派だとされる伊藤哲夫も抱いていることはすでに記した。
 櫻井よしこも、伊藤哲夫も、明治憲法、そして明治維新(・五箇条誓文)を基本的には(櫻井にとっては全面的に?)素晴らしかった(素晴らしい)ものとして、肯定的に評価している。
 「日本会議」は、その設立文(1997年)で、次のように明確に語る。
 「明治維新に始まるアジアで最初の近代国家の建設は、この国風の輝かしい精華であった。
 明治維新以降の日本の「近代国家の建設」は「輝かしい精華」だった、と考えられている。このような基本的歴史観に立つのが、「日本会議」だ。
 (新撰組、土方歳三・沖田総司が、あるいは「偽官軍」=赤報隊等々は気の毒だなあ。中村半次郎や岡田以蔵らの「人斬り」は、いやきっと井伊直弼白昼殺戮等々も、きっと立派なことだったのだなあ。-とカゲ口も。こういう歴史観によると、孝明天皇の位置づけが困難になる、というカゲ口も。薩長史観=西南雄藩中心史観は<天皇制絶対主義>開始というマルクス主義・講座派史観や基本的に<ブルジョア革命>だったとするマルクス主義・労農派史観の裏返しのような気がするなあ、というカゲ口も。)
 上は、こう続けられる。
 「また、有史以来未曾有の敗戦に際会するも、天皇を国民統合の中心と仰ぐ国柄はいささかも揺らぐことなく、焦土と虚脱感の中から立ち上がった国民の営々たる努力によって、経済大国といわれるまでに発展した。」
 明治維新からは離れるが、「天皇を国民統合の中心と仰ぐ国柄はいささかも揺らぐことなく」、とされていること、そして、その「国柄」のもとで「経済大国といわれるまでに発展した」ことは基本的に肯定的に理解されていること、も確認しておきたい。
 これによると、<戦後レジーム>が全体として消極的・否定的に理解されていることにはならないだろう、ということを確認しておくことが重要かと思われる。
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 この「日本会議」の設立の1997年、いったい何があったか(設立総会は1997年5月)。
 その一年前以内に、「新しい歴史教科書をつくる会」が発足した(総会は1997年1月)
 なお、この欄のつい前回で言及した、西尾幹二=藤岡信勝の共著は1996年に、「つくる会」発足前に、刊行された。
 要するに、「つくる会」を追いかける?ように「日本会議」が設立された。
 2005年末から「内紛」?が始まった「つくる会」は、2007年のうちに「分裂」が決定的になった。そのことは、近接した、7月刊行の西尾幹二・国家と謝罪(徳間書店、2007)の中に書かれてある。
 この西尾著の刊行の直前に、椛島有三著が発行された。同じ年の、2007年4月
 そして、2007年12月、<国家基本問題研究所>が発足して、櫻井よしこが理事長になった(確認できないが、椛島有三が事務局長だったかと思われる)。
 この「研究」所とは、西尾幹二も藤岡信勝も関係がない。役員等をしていない。
 ついでに、椛島有三著研究③も少しだけ、以下にしておこう。
 既述のように、この本には末尾に多数の参考文献が、本の長さに比べれば不釣り合いなほどに、掲載されている。その中には、中西輝政・国民の文明史(産経、2003)等も記載されている。
 しかし、西尾幹二・国民の歴史(産経、1999)等を含む西尾幹二、および藤岡信勝の書物は、主題の<大東亜戦争>あるいは広く日本人の<歴史認識>・<歴史観>と関係があるものも多いにもかかわらず、この二人の書物は、いっさい排除されている
 1997年のこと、2007年のこと、そしてこの2007年刊行の椛島有三著の参考文献記載内容。
 これらは、偶然だとは決して思えない。どこかに、何らかの<意図>があった。
 ---より下は、今後に書きたいことの要旨または予告だ。今年は、2017年。

1626/明治維新②-櫻井よしこと伊藤哲夫。

 「五箇条の御誓文と十七条の憲法」は「普遍的な価値観で支えられています。それが日本の日本たる基本であることを認識していることが、保守の基本」ではないか。
 櫻井よしこ「これからの保守に求められること」月刊正論2017年3月号(産経)p.84。 
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 表記にいう「明治維新」にはいわゆる幕末ないし江戸幕府崩壊過程を含む。または概念上は含まないとしても、これに関連する主題として、後者についてもここで触れる。「考」を省いたが、メモ書きという趣旨は同じ。
 櫻井よしこは上の論考(?)でしきりと日本と日本人にとっての「五箇条の御誓文」(五箇条誓文)の意義を強調する。これを「認識」するのが「保守の基本」なのだそうだ。
 櫻井よしこ・憲法とはなにか(小学館、2000.05)の計8章(終章を含む)のうち「第7章」は「今こそ『十七条憲法』『明治憲法』の精神に学ぶ」と題される。
 しかし、「五箇条誓文」への言及はない。言葉としても出てこない。「明治憲法」の基礎的理念をすでに記していた、とか書いてもよさそうなのに、一切ない。
 伊藤哲夫の以下の三著。ついでだが、②と③は「著」というには小学生低学年用ほどに活字が大きすぎ、椛島有三の2007年著にも似て、かなりの厚化粧感がある。 
 ①伊藤哲夫・憲法かく論ずべし(高木書房、2000)
 ②伊藤哲夫・教育勅語の真実(致知出版社、2011)
 ③伊藤哲夫・明治憲法の真実(致知出版社、2013)
 このうち①は計5章で成っていて、2章の題は「国のかたちを求めて」。
 これの節にあたるものが二つあって、「五箇条の御誓文を考える」と「五箇条の御誓文はいかにして成立したか」。つまり一つの章全体で<五箇条誓文>を扱う。これに否定的、消極的ではむろんない。計38頁をかける。
 教育勅語に関する②は、第1章の冒頭で<五箇条誓文>から始める。明治維新観は別に扱いたいが、興味深いので、ここでも少し引用。
 「重要なのは明治維新は…開国、すなわち国を根本的に開く改革であったという事実でしょう。その改革の出発点になったのが、五箇条の御誓文でした」。/「中でも四、五項目は」、「旧来の陋習を捨て」、…という「先取の意気込みにあふれています」。p.19-20。
 ③は、計5章で、そのうちの一つの章の題が「五箇条の御誓文から始まった明治憲法」。たまたまだろうが、計38頁をかける(内容重複は吟味していない)。
 伊藤哲夫がいかに<五箇条誓文>を重視しているかが分かる。
 本人に問い詰めたわけではないが、櫻井よしこは、これら伊藤哲夫の書物を、上の2000年以降はしっかりと読んだと思われる。
 櫻井よしこは、<日本会議>刊行文献(椛島有三はもちろん)や伊藤哲夫著を座右に置いて、仕事をしているのだと思われる。
 日本共産党の党員研究者・学者が、綱領は簡単だからたいていは役立たないとしても、自分の専門分野に関する同党文献・政策集あるいは不破哲三ら幹部の関係文献を見て確認しつつ(用心しつつ?)論文等を書き、かつ参照文献にはいっさい挙げない、のだろうというのと、全く同じだと思われる。
 最初の方にもどって、櫻井の上記月刊正論論考(?)計6頁は、印象だが、1/10以上は明らかに「五箇条の御誓文」への言及とその紹介で費やしている。平均で1頁に1回は、<五箇条誓文>に触れている。多すぎるだろう。
 いつから、櫻井よしこはかくのごとく変わったのだろうか。
 先の戦争にかかる「歴史認識」とともに、日本の<特定保守>派の明治維新に関するイメージ、論及の仕方・内容も興味深いものがある。

1623/日本の保守-2006-2007年に何が起こったか①。

 椛島有三・米ソのアジア戦略と大東亜戦争(明成社、2007.04)。
 西尾幹二・国家と謝罪(徳間書店、2007.07)。
 こう書くと西尾の本が後で刊行されているが、その内容のほとんどは前年までに、おそらくは前者よりも早く書かれている。ともあれ、同年の刊行。
 その「あとがき」の副題は、「保守論壇は二つに割れた」だ(2007年6月)。
 その中に収載の「小さな意見の違いは決定的違い」は、2006年夏・秋のことを書いている。
 2007年。この年の初め、第一次安倍晋三内閣だった。まだ2007年の参院選挙はなかった。
 この年の3月下旬、<秋月瑛二の…つぶやき日記>がかつてあった産経・イザ上で始まった(このとき、産経新聞社が運営とは知らなかった)。
 この年の12月、櫻井よしこを理事長とする、(公益財団法人)国家基本問題研究所が発足した。
 2000年頃と、この年のこの時期までの間に(ということはこの年のおそらく前半には)、櫻井よしこは<華麗なる変身>を遂げたもののと見られる。
 つまりは、国家基本問題研究所関係者のむしろ多くが知らないのかもしれないが、椛島有三や伊藤哲夫たちの、つまり「日本会議」派と仲良くなった。あるいは、仲間になった。あるいは、前者が後者に<取り込まれた>。冒頭の著者の椛島は、言わずもがなだが、<日本会議事務総長>。
 この年以降、つまり2008年以降の櫻井よしこの論調と、2000年頃の櫻井よしこの論調は、明らかに異なる。
 西尾幹二は、上の書物全体をその全集には収めてはいないようだ。全集とはいえ、本人編集かつ追記だから、いろいろな想いが重なるのだろう。
 2007年というのは、前年またはさらにその前の年から始まった、新しい歴史教科書を「つくる会」の激変時でもあった。
 「日本教育再生機構」とやらができ、安倍内閣に「教育再生会議」なるものも設置された(今これはどうなっているのか?)。
 これの重要人物が、八木秀次。今年になって私が名づけた天皇譲位問題に関する「アホ」の一人(櫻井よしことともに)。
 この欄で言及した記憶があるが(たぶん雑誌上のものを読んで)、西尾は上の本に「八木秀次君には『戦う保守』の気概がない」と題する文章を収載している(諸君!2006年年8月号のもの)。
 こうしたものを含む単行本が7月末日付で刊行されており、上の椛島有三著は4月が刊行月になっている。そして、この年の最後の月、櫻井よしこは「研究」所理事長になった。
 以上のことは、いつでも記せるような内容だった。
 小林よしのりの本を併せて読むと、もっといろいろなことが分かるはずだ(所持しており、読んではいる)。
 10年後の今に残る「分裂」・「対立」について、誰かがきちんと総括しておかないと、日本の<保守>に未来はないのではないか。
 中西輝政は、いったいどうやって<世渡り>をしてきたのか。さらに言えば、西尾幹二ですら、その後どうやって<世渡り>をしてきたのか。なぜ月刊正論や産経新聞に執筆できるのだろう。
 無名の、大洋の底の貝のごとき秋月瑛二が、何かを記しておく意味がほんの少しはあるかもしれない。
 もう一度書いておこうか。
 ①2006年~2007年、櫻井よしこは<変身>した。あるいは<変節>した。あるいは、<狂信>先が明確になった、と思われる。
 ②この頃のことを、誰かがきちんと総括しておかないと、日本の<保守>はダメだ。もっとも、秋月瑛二は<自由と反共産主義>に執着しており、<保守>か否かは全くの副次的な関心主題にすぎないのだが。

1611/伊藤哲夫見解について②-「概念」の論理。

 「それに留まらず、自衛隊を『自衛のための戦力』として認める道はないのか。問題は3項の内容にかかって」いる。
 伊藤哲夫・『明日への選択』平成29年6月号。
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 上の伊藤哲夫の文章は、つぎの後に出てくる。
 「『立派な案』ということでいえば、2項を新たな文言で書き換える案がむろん好ましい。しかし、3分の2の形成ということで考えれば、実はこの9条『加憲』方式しか道はないのではないか、というのは必然の認識でもあ」る。「2項を残したままで、どうして自衛隊の現状が正されるというのか」は「当然の議論ではあるが、ならば2項そのものを変えることが正しいとして、その実現性はどうなのか、ということを筆者としては問いたい。実現性がなければ、『ただ言っているだけに終わる』というのが首相提言の眼目でもあった」。
 したがって、従来からある九条2項削除派に対する釈明、配慮あるいは媚びのようにも読める。
 それはともかく、伊藤哲夫の上の部分について前回に厳しく批判した。→6/27付、№1605。
 これに対して、<言葉で「戦力」を使うのではなく、実質的に自衛隊を『自衛のための戦力』として認める道を探りたいだけだ>、という反論・釈明らしきものも予想できないわけではない。
 そこで、あらためて批判する。
 哲学、論理学、言語学にかかわるのかもしれない。
 結論的にいうと、「戦力」という言葉(「軍」でもよい)を使わずして、自衛隊を実質的にであれ「戦力」(「軍」でもよい。以下、「戦力」)として認める方法は存在し得ない。
 なぜなら、自衛隊は「戦力」だとの旨を明記しなければ、論理的に永遠に自衛隊が「戦力」になることはないからだ。
 <実質的に>「戦力」のごとき言葉を考えてみよう。「軍隊」は憲法九条2項に「…軍」があるからだめ。
 「実力部隊」・「実力行使隊」、あるいは「自衛兵団」、「自衛戦団」。
 あとの二つはすぐに、「…軍その他の戦力」との異同の問題が生じて紛糾するに違いない。
 かと言って、自衛隊を(自衛のための)「実力部隊」・「実力行使隊」と表現したところで、自衛隊が「戦力」それ自体には、ならない。いかにAに近い、A'、A''を使ったところで、自衛隊がAになることはない。
 あるものを「赤」と断定したければ、「赤」という語を使う他に論理的には方法はないのであり、「緋」や「朱」やその他を使っても、そのあるものは論理的に永遠に「赤」にはならない
 もともと、自衛<軍>や自衛<戦力・戦団>ではなく自衛<隊>と称してきたのは、<軍>や<戦力>という語を使えなかったからだ。実体も、それなりの制約を受けた。
 それを今さら、九条2項存置のままで<実質的に>「戦力」として認めたいと主張したところで、そもそも論理的な・言語表現上の無理がある。
 なお、「前項の規定にかかわらず、…」というのは構想できる条文案だ。
 しかし、「前項の規定にかかわらず、自衛隊を自衛のための戦力として設置する」と、「戦力」の語を用いて規定すれば、やはり現2項と新3項(または新九条の二)は正面から抵触するので、こんな案は出てこない、と考えられる。
 伊藤哲夫は、あまり虫の良い話を考えない方がよいだろう。
 伊藤自身がすぐそのあとで「何とか根本的解決により近い案になるよう、今後議員諸兄には大いに知恵を絞ってほしいと願う」と書いて、「根本的解決により近い案」と書いているのも、「根本的解決」になる「案」は不可能であることを自認しているからではないか
 九条3項加憲論者でかりにそう安倍晋三に提言したのならば、その立場を一貫させるべきで、伊藤哲夫は、九条2項削除論者のご機嫌をとるような文章を書かない方がよい。

1605/櫻井よしこや日本会議は保守の核心層ではないー西尾幹二。

 遅れてようやく気づいた。西尾幹二の産経新聞6/1付「正論」欄を読んだ。
 一 産経新聞を購読していないからでもある。<歴史右/安保右>でなくなって読売新聞ととともに<歴史左/安保右>では、この基本点に関するかぎりは、産経新聞と読売新聞は変わりないだろう。となると当然に、より多くの国民・有権者が知ることとなる情報を掲載している新聞の方を読みたくなる。
 二 西尾幹二の主張内容は、当然に成り立つ。少なくともある時期は一項を含めての九条改正を主張していた田久保忠衛や産経新聞社案を除いて、自民党を含む大多数派改憲論者は、現二項を削除しての自衛隊の実質的「軍その他の戦力」化を構想していたからだ(第一次の自民党(桝添要一担当責任者)案では「防衛軍」、現案では「国防軍」)。
 三 上のある意味では当然にありうる主張内容とは別に、西尾が同インターネット日誌上で明らかにしていることの方が、はるかに興味をそそる。
 上の産経新聞用原稿で「文章の分量が完全にはみ出ていた」ので「勿論これは削除された」、「再録しておく」という部分だ。
 一つは憲法九条関連改正にかかる5月安倍晋三発言の経緯だ。
 本当に西尾幹二が書いているとおりだとすると、げんなりする。
 だが、かりにそうだとしても、伊藤哲夫の主張内容もどうも怪しいことは、以下で述べる。
 二つは、産経新聞も同様だろうが、安倍晋三案にどういう反応をすべきかについて<保守>の側に一定の混乱を生じさせているだろうことは間違いないないだろう。
 櫻井よしこらのように(「少々の」法的矛盾を意識しつつも!)さっそく安倍晋三に「迎合」する、<阿諛追従>一色の<保守>の人々ばかりでもないだろう。
 その意味でまさに、「櫻井よしこ氏や日本会議は保守の核心層ではない」。
 西尾幹二の言うように、安倍晋三に対して「保守の核心層もそろそろ愛想をつかし始めているのではないだろうか」、とも思われる。
 もっとも「保守の核心層」も一義的に明確な言葉ではなく、「核心」か否かは「真」か「偽り」か、「正統」か「修正」かという価値評価にかかわるし、もともと「保守」とは何かも問題になる。
 そうした意味で「核心」なのかは別として、しかし、櫻井よしこなる私から見れば多くの点で信用できない単純素朴な観念主義の「文筆業者」がえらく<保守産業>界で人気があるのはたしかなようで、産経新聞社・正論は<一冊まるごと・櫻井よしこさん>を別冊として恥ずかしげもなく発行し、月刊Hanadaと月刊WiLLの現編集長(花田紀凱ら)は二人とも櫻井よしこを理事長とする「国家基本問題研究所」の評議員で<理事長-評議員>という上・下の関係に(形式上は)なっている。したがって、あくまで印象またはたんなる<数合わせ>では櫻井よしこら「観念派」・「原理主義派」あるいは「特定保守」の方が-悲喜劇として-優勢であるような観はある。
 もっとも、左から右まで、共産党・「左翼」からレベルなき評論家や現憲法無効論者までが揃い踏みの奇怪・奇態きわまりない月刊日本(KKプレス)という月刊誌は櫻井よしこを批判しているようだが。
 そうした中でしかし、言葉の意味の問題はあろうとも、西尾幹二が「櫻井よしこや日本会議は保守の核心層ではない」と言ってくれているのは、勇気づけられる。
 「左翼」でもそうでなくとも、様子見、「どっちが得かようく考えてみよう」とする待機主義、身内迎合、要するに<日和見>主義者はいくらでもいる。
 西尾幹二のように<自由・独立>の人間がいてくれないと困る。*この論点は注釈がいるが今回は省略。
 四 西尾が参照している伊藤哲夫等々に関する資料を入手できない。
 しかし、伊藤哲夫所長の日本政策研究センターのウェブサイトに掲載されている伊藤自身の文章とされるもの(『明日への選択』平成29年6月号掲載らしい)は、どうも怪しい。
 「怪しい」というのは、つぎのような意味でだ。
 現一・二項を存置したままで新三項または新九条の二を挿入する場合に、当然にその条文・文章内容をどうするかが問題になる。
 伊藤は次のように記す。「改憲論議を一変させた『安倍発言』」2017年6月1日。
 「3項の内容をどうするのかということが議論の中心課題」になる。「首相の案は、ただ現在の自衛隊をそのまま認めるだけにも見えるが、果たしてそれしか道はないのか」。「それに留まらず、自衛隊を『自衛のための戦力』として認める道はないのか。問題は3項の内容にかかっており、公明党の立場を考えればことは簡単ではないが、何とか根本的解決により近い案になるよう、今後議員諸兄には大いに知恵を絞ってほしい」。
 この文章は、ほとんど<アホ>に近い部分を含んでいる。従来の<保守>派の構想にも配慮しているつもりなのかもしれない。
 「それに留まらず、自衛隊を『自衛のための戦力』として認める道はないのか」。
 伊藤哲夫をもともと何ら信頼していないのだが、この一文はひどいだろう。
 つまり、二項「軍その他の戦力は…保持しない」を残しつつ、「自衛隊を『自衛のための戦力』」と認める方策はないのか、と言っている。
 憲法でも法律でも離れたところにある同じ言葉・概念が異なる意味で解釈されるということはある。
 法律が違えば、同じ言葉・概念でも異なる範囲・意味をもつことが当然にありうる。
 しかし、現二項の直後の三項(九条の二でもよい)で、『自衛のための戦力』を認めることは、二項と三項が明らかに矛盾・抵触しあうことになる。「戦力」という語をともに使うからだ。
 これを回避するには現二項の<目的>規定に意味を持たせる(「自衛」目的の軍・戦力は二項は禁止していない)ように解釈すればよい。しかし、もしそうならば、新三項がなくとも、現在でも自衛隊は「軍その他の戦力」だと解釈できるのであり、新三項追加などは必要がない。
 現二項の<目的>規定(芦田修正)に意味はないものとしているのが政府・実務解釈だからこそ、安倍晋三提言も出てきているのだ・
 伊藤哲夫はいったい何を「つぶやいて」いるのか?
 伊藤は何やら「智恵者」らしくあるが、本当は憲法または法的議論の基礎的なところをまるで分かっていないのではなかろうか。
 これでは、安倍晋三も、安倍支持の議員・政治家たちも、条文作りに困るだろう。
 その条文を伊藤哲夫が用意していないことも、上から分かる。西修の<私的解釈>を今さら前提にするわけにはいかない。百地章に相談をしていないだろう。また、相談しても無意味だろうが、八木秀次が伊藤哲夫案の作成に協力したのでもなさそうだ。
 五 天皇譲位問題につづいて、「特定保守」派の無知・無責任さを曝け出すことになるのかどうか。
 しかし、どういう経緯であれ安倍晋三は自ら率先して語ってしまっているので、ウヤムヤにもできない。
 西尾幹二のような主張は当然にありうることは予期しているだろうから、内心は少しは困っているのではないか。
 この1年、天皇(生前)退位問題の登場や、二項存置・自衛隊容認規定新設案の登場など、想定していなかった憲法上の論点が出てきている。これからもさらにあるかもしれない。

1537/櫻井よしこ・天皇譲位問題-「観念保守」批判⑤03。

 櫻井よしこ「発言/有識者リアリング」2016年11月14日<天皇の公務負担軽減に関する有識者会議第4回>。
 平川祐弘もそうだが、櫻井よしこは、天皇の役割として「祭祀」を強調し、天皇の「祭祀」行為の位置づけを高くせよ、と主張する。
 上の発言でも、実質的には冒頭で、こう言う。
 ・「長い歴史の中で、皇室の役割は、国家の安寧と国民の幸福を守る、そのために祈るという形で定着してきました。歴代天皇は、まず何よりも祭祀を最重要事と位置づけて、国家・国民のために神事を行い、その後に初めてほかのもろもろのことを行われました。穏やかな文明を育んできた日本の中心に大祭主としての天皇がおられました」。
 ・「しかし、戦後作られました現行憲法とその価値観の下で、祭祀は皇室の私的行為と位置づけられました。皇室本来の最も重要なお役割であり、日本文明の粋である祭祀をこのように過小評価し続けて今日に至ったことは、戦後日本の大いなる間違いであると私はここで強調したい」。
 ・天皇陛下の「御負担を軽減するために、祭祀、次に国事行為、そのほかの御公務にそれぞれ優先順位を付けて、天皇様でなければ果たせないお役割を明確に」する必要がある。
 ・「現行の憲法、皇室典範では、祭祀の位置づけが国事行為、公的行為の次に来ています。この優先順位を実質的に祭祀を一番上に位置づける形で」整理し直すのが大事だ。
 似たような文章が、櫻井よしこ・月刊ボイス2016年10月号p.46にもある。
 すでに触れたことだが、このような櫻井よしこの文章を読むと、不思議な、奇怪な感じを禁じえない。
 あるいは、ひどく無知だと思う。自分が無知であることに無知であるのは、はなはだしく怖ろしいことだ、と思わざるをえない。
 なぜか。
 つぎのことは、まだ些細なことだ。
 「現行の憲法、皇室典範では、祭祀の位置づけが国事行為、公的行為の次に来ています」。
 憲法・皇室典範が「祭祀の位置づけ」を明記しているはずがない。あくまで現憲法の<解釈>でそうなっているのであり、皇室典範はそれを前提にして何も定めていないのだ。
 これだけでもすでに専門家ならば失格だが、他に致命的なことがあるので、まだ些細に感じてしまう。
 すなわち、櫻井よしこや平川祐弘は、「祭祀」をいかなる性格の行為だと、明確に記せば、<宗教>性を帯びている行為だと、とりわけ「神道」上の行為だと考えているのか、いないのか
 「祭祀」は宗教とは無関係だと理解しているならば、ある程度は筋がとおっている。
 しかし、本当に「祭祀」は無宗教の行為なのか。
 平川祐弘は天皇にとっての「まつりごと」とは「政」ではなく「祭」だと、さも知識ありげに書いていたが、「政治」が「まつりごと」ともされたことは多くの人が知っているだろう。
 さて、あらためて、櫻井よしこに問いたい
 自分の言う祭祀とは「宗教」、とくに「神道」と関係があるのか、ないのか。
 明治元年に(まだ安定・確定していない)新政府は「神武創業」期に<復古>しての「祭政一致」を謳ったのだったが、そこでの「祭政一致」が国家と「宗教」の関係にかかわるものだったことは明確で、だからこそその後に<神仏分離>の基本政策がとられた。実際にどの程度徹底したのかは別だったが。
 そうして逆説的に、 明治憲法の解釈上は(「皇室神道」を含むと解される)神社神道うんぬんは「信教の自由」の問題ではないとして、いわゆる<国家神道>制がとられたとされる。わずかに50年間程度だったと今からは感じるが、神社は国家機関又は準国家機関、神官は公務員又は準公務員だった。
 その(明治憲法後に)1900年頃に確立した時代が理想だと考えて、神社神道(・皇室神道)は「宗教」ではないと論じるのならば、まだ分かる。
 しかし、櫻井よしこは、この欄で批判的にすら取り上げているように、「神道は日本の宗教です」と明言しているのだ。
 天皇・皇室の「祭祀」が神道、正確には神社神道(なるもの)の性格を帯びていることはほとんど常識だろう(但し、<祭祀>の意味にもよるが、神仏の区別が必ずしも明瞭でない時代には「仏教」的なものも部分的にはあったに違いない。だがそれも今日的には<宗教>行為だ)。
 それを知ってあえて、「祭祀」を大切にとか、「祭祀」を最優先に、と主張する場合、そもそも日本国憲法上のつぎの条項は意識されているのか。とくに、第3項。
 この無意識、無知こそが、致命的だ。
 現憲法第20条「第1項第二文/いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。」
 同第3項「国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない」。
 これら条項との関係でも、天皇・皇室の「祭祀」行為は、現憲法7条が定める「国事行為」のうちの「10号/儀式を行ふこと。」にも含まれないと、官民挙げて ?解釈されている。
 憲法学界はほぼ一致しているだろうし、戦後の政治・行政の現実は、この解釈を前提として動いているし、動いてきた。
 この解釈とは、天皇・皇室の祭祀行為は「宗教」行為に該当する、という解釈だ。
 天皇・皇族は「国」あるいは「国家の機関」ではないと櫻井は思うかもしれないが、「国事行為」は内閣の「助言と承認により」行うもので(7条本文)、そこでの行為は「国」ないし「国家」(この二つのしばしばの混同があるが立ち入らない)の行為に他ならない。
 だからこそ「国事行為」なのであり、そこに「祭祀」を含めてしまうと、「祭祀」が国家の行為になる。少なくとも、現20条との関係を厳密に整理・解釈しなければならなくなる。
 憲法20条の規定があるからこそ、国家と「宗教」との関係は、明治憲法のもとでと全く同じには解釈されていないのであり、「祭祀」が神道によるものであるかぎりは、おそらく間違いなく「公的(象徴的)行為」と位置づけることもできず、天皇等の「私的」行為と憲法解釈せざるをえないのだ。これを前提に、皇室経済法(法律)も「内廷費」等々の区分けをしている。
 櫻井よしこは、こうしたことの知識をまるでもっていないようだ。
 だからこそ平気で、「祭祀」を国事行為等よりも優先せよ、と無知ゆえの主張をすることができている(平川祐弘もおそらく同じ)。
 唖然とせざるをえない。
 櫻井よしこの主張・見解を満足させて現実化するためには、現憲法上の国家・「宗教」関係条項の抜本的な改正(憲法改正)か、または<革命的な>憲法解釈の見直しが必要だ。
 これをくぐり抜けるレトリックは、神社神道は「宗教」ではないと法解釈することだが、知ってか知らずか、櫻井よしこは「神道は日本の宗教です」と、堂々と言い切っている。
 櫻井よしこは、昭和天皇の葬礼の際に、どこまでが「国」の行事で、どこからが天皇家の「私的」行事なのかというきわめて(現憲法の解釈・運用にとっては)重要な問題が生じていたことを、まるで知らないようだ。これについては、この欄で触れたことがある。
 怖ろしいことだ。無知も怖ろしいが、無知であることの無知も、輪をかけて怖ろしい。
 櫻井よしこ・憲法とはなにか(小学館、2000)を見てみると、やはり、国家・「宗教」関係条項には、<保守>派にとっても重大な関心事のはずだが、いっさい言及していない。
 手元に、つぎの本もある。著者は「日本政策研究センター所長」。
 伊藤哲夫・憲法かく論ずべし(日本政策研究センター、2000)。
 この本もまた、<政教分離>裁判は多数起きているにもかかわらず、憲法20条または国家・「宗教」関係、天皇・皇室の「祭祀」の憲法問題にはいっさい言及していない。
 櫻井よしこは、この伊藤の書物に影響を受けているのだろうか。
 ついでに書くと、この伊藤哲夫・憲法かく論ずべし(2000)は、「五箇条の御誓文」擁護・解説にじつに40頁ほどを当てている。
 櫻井が最近に「五箇条の御誓文」にやたらと論及する、そのタネ本はこの伊藤著ではないか ?
 他人・第三者の文献・主張を参考文献の明記なくしても平気で援用・借用するのは櫻井よしこの「流儀」なので、同じ<保守派 ?>の伊藤哲夫著ならば、上のように「タネ本」にするのも十分にありうると思われる。
 さらに一つだけ、関連して指摘しておこう。櫻井は、こう発言した。他にも同旨のことを述べる者はいる。
 「天皇様は何をなさらずともいてくださるだけで有り難い存在であるということを強調したいと思います。その余のことを天皇であるための要件とする必要性も理由も本来ないのではないでしょうか」。
 <ご存在だけで有り難い>というのならば、「祭祀」も別になさらずともよろしいのでは ?
 揚げ足取りと言うなかれ。その隙を与えるような言辞を、大切な「国」の諮問・建議機関のメンバーの前で吐いてはいけない。
 国家・「宗教」との関係については、なおも基本的なことに触れたにすぎない。
 それでもなお、「所長」に代わって釈明・反論をしようというならば、どうぞ国家基本問題研究所の「役員」の方々はしていただきたい。櫻井よしこ「所長」では無理だから。
 時間があれば、所持している例えば以下の書物だけでもきちんと読み通してみたい。現憲法注釈書はたいてい持っている。
 ①山口輝臣・明治国家と宗教(東京大学出版会、1999)。
 ②平野武・宗教と法と裁判(晃洋書房、1996)。
 ③大石眞・憲法と宗教制度(有斐閣、1996)。
 あらためて、櫻井よしこという存在の悲惨さを感じつつ。

1431/西尾幹二全集第16巻(国書刊行会、2016)。

 一 西尾幹二全集のうちの一つの巻を購入・入手しての愉しみは、明らかに未読のものや著者の後記、そして月報を読むことだ。
 その中に、西尾幹二は文学部出身にしては「社会科学的」だ、とか言われたことがある、というような趣旨のものがあった。最新刊行のものの中ではないので少し刊行順に遡って捲ってみたが、その趣旨の記述を再 ?発見できなかった。
 西尾は別に、文学部出身者が日本の<保守>論壇の多数または有力派を形成してきたとか語って、そのことを誇りにしているかのごときことも書いていた(と思う)。
 小林秀雄、福田恆存、江藤淳…と並べると、そうかもしれない。ここで並べるのはイヤだが、渡部昇一もそうらしい。
 だが、文芸(文学)評論家的<保守>論者は日本の<保守>派のしっかりとした形成にとっては悪影響をもたらした、少なくとも日本に独特の議論の仕方を生じさせた、と感じているので、上の趣旨の文章には違和感をもった。
 但し、西尾幹二自身は、<文芸(文学)評論家的保守>ではない。
 「評論家」では小さすぎるし、「思想家」というのも必ずしも妥当ではないだろう。
 というのは、教育政策、労働(移民)政策等々への発言も目立っているし、「新しい歴史教科書をつくる会」の初代会長という<実践家>でもあったからだ。
 「歴史家」と言ってしまうのも、その対象は日本に限らず世界に広がっているが、狭くとらえすぎるだろう。
 佐伯啓思、西部邁らの「思想家」タイプと比べても、西尾幹二の大きさ・広さは歴然としている。櫻井よしこ、八木秀次ら、そして渡部昇一とはまったく比べものにならない。
こんなことから<人文系と社会系>の差違について述べたかったし、また、西尾幹二のような論者と「専門家」という者の違いについても思い巡らしたかったのだが、別に扱おう。
 なお、追記するが、上のように記したからといって、秋月は西尾幹二の全ての主張・認識等に100%賛同しているわけではなく、100%「信頼して」いるわけでもない(そんな人物は一人もいない)。かつての皇太子妃関連の主張には異を唱えたこともある。原発に関する考え方もたぶん同じではない(秋月瑛二はすべての人物や組織から「自由」だ。それは、いかなる人物・団体の<支援>もなく「孤独」であることも意味している)。
 二 西尾幹二全集第16巻(2016、12)の「後記」を少し捲ったあと最初に読んだのは、「嗚呼、なぜ君は早く逝ったのか」と題する坂本多加雄の逝去・葬儀に関するものだった。「インターネット日録」掲載のもののようだが、知らなかった。
 坂本死去の2002年の頃の論壇等々の雰囲気を知って、テーマからするとやや非礼かもしれないが、興味深い。
 秋月もまた、坂本多加雄の少なくとも単行本化されている書物は、かなり高価だった中古本の<象徴天皇制度と日本の来歴(1995)> も含めて、ほとんどを所持し、一読はしているのだ。
 興味深い、というのは、けっこう著名な人物名が出てくるからでもある。
 伊藤哲夫、高森明勅、中川昭一、粕谷一希、北岡伸一、杉原啓志、ら。
 また、この当時の<保守>的活動の内容の一端をかなり生々しく知ることができるからでもある。
 坂本多加雄、52歳。この人の<反マルクス主義>の歴史観および歴史叙述観は、ひょっとすればこの欄に紹介したかもしれない。そして、西尾幹二の文章とともに、人の死ということをあらためて考える。
 のちに、遠藤浩一も亡くなった。いずれも、交際相手として選ばれるはずもない凡人の私の、個人的な知り合いでは全くなかつたのだが。
 この人たちが存命であれば、<保守>論壇の現状は、少しは良くなっていたような気がする。しかし、そう想ってみても、現実を変えることはできない。
 そのつぎにおそらく「後記」を読み直した。主として<路の会>のことだ。
 また、「月報」が挿入されていることに気づいて読んだ。書き手の名もその内容も興味深く、思わず集中してしまった。
 これらの感想、種々思うことは、この回には書けそうもない。

0800/朝日新聞社説の「東京裁判」観と日本会議国際広報委員会編・再審「南京大虐殺」(明成社、2000)。

 〇先日、日本会議国際広報委員会編・再審「南京大虐殺」(明成社、2000)の日本語部分を全読了。
 
 いくつか「南京大虐殺」否定論・疑問論の本を読んできたが、これが最も簡潔で、わかり易い。
 中身とは直接関係はない問題は、執筆者が必ずしも明瞭でないことだ。日本会議国際広報委員会編というからには「日本会議国際広報委員会」は編者にすぎない。また、表紙に竹本忠雄・大原康男の二人だけの名前が出ていて、本文中にも出てくるが、竹本忠雄は「序言」の、そして大原康男は「結語」だけの執筆者として氏名が記載されているのだろう。そうすると「序言」と「結語」以外の狭い意味での本文は誰が書いたのかが疑問になるが、「編集委員」として、以下の者の氏名が扉裏に記載されている。
 竹本忠雄、大原康男、椛島有三、伊藤哲夫、岡田邦宏、野間健、江崎道明、北川裕子
 おそらくこれらの人々が共同して執筆した、ということなのだろう。だが、最終的な責任者又は執筆代表者(編集代表者)が誰かくらいは特定しておいてほしかったものだ。厳密には、細かな表現まで(論旨・骨子はともあれ)八人が揃って一致するということはありえないと思われる。
 〇いわゆる「南京大虐殺」の責任をとって(とらされて)「A級戦犯」とされ、「東京裁判」の結果として刑死したのが松井石根だった。
 この「東京裁判」については現在まで、種々・多様な議論がある。だが、朝日新聞の社説子はそんなことを知らないか、知っていても無視しているようだ。
 朝日新聞8/19の社説では<無宗教の国立の追悼施設>の設置を、「政権選択選挙という絶好の機会に議論を深め、今度こそ実現させてもらいたい」と明言した。民主党(中心)政権実現のついでに(?)<反靖国>主義も徹底・完成させたい、という執念に満ちた願望をあからさまにしているわけだ。この社説の中に、つぎの文章がある。
 「靖国神社には、東京裁判で日本の侵略戦争の責任を問われたA級戦犯が合祀(ごうし)されている。」
 ここでは「東京裁判」の合法性・正当性等を問題にする姿勢を欠片も感じることができない。「東京裁判」が「侵略戦争」の「責任」を問うたことに疑問を挟まず、「A級戦犯」を(当然のごとく?)「犯罪者」扱いしているわけだ。
 上のように簡単に書いてしまえる朝日新聞の社説執筆者の神経を疑う。<狂っている>のではないか。占領史観・東京裁判史観を本当に100%「信じて」いるのだろうか。
 ついでに、上の文の次には以下の文がつづく。
 「A級戦犯が合祀(ごうし)されている。だからこそ、昭和天皇も現天皇も、その後は参拝していない。」
 敬語がないのも気になるが、このように断定してよいかはなお十分に疑問とする余地がある。いわゆる<富田メモ>が話題になったが、上のように「だからこそ」と確定的に書いてはいけないだろう。朝日新聞による一種の情報操作だ。また、かりに<富田メモ>が昭和天皇に関する真実を伝えるものだったとしても、今上天皇も昭和天皇と同一のご認識であるとの証拠はどこにもないのだ。
 短い上の文章にも、朝日新聞の<いやらしさ>は透けて見える。
 〇民主党(中心)政権誕生が確実ということで、朝日新聞は小躍りし、舞い上がっているのではないか。
 8/24の社説では、横浜市立中学校の約半数で来年春から自由社版の歴史教科書を使うことが決まったことにケチをつけている。
 横浜市で採択されたとしても、育鵬社版を含めても全国的にはまだ1%以下の採択率ではないか。ごく僅少だが、それでも朝日新聞の社説子は気にくわないようだ。
 ナチス・ファシズム、ソ連等・コミュニズム下において、<秘密警察>は猜疑心をもって、ほんの僅かな、又は小さな<反体制>言動でも調査し、弾圧(逮捕等)をした、という。発想において、朝日新聞も<左右の全体主義>も似ているところがあるように見える。
 しかも、上の社説は、特定の人物を批判・攻撃する内容のものだ。ターゲットにされているのは、前教育委員の一人で、現在の教育委員会委員長の今田忠彦。
 この欄のようなブログではない、数千万の読者をもつ新聞の社説が、<(特別職)公務員>にあたるとはいえ、首相でも大臣でも知事・市町村長でもない人物を名指しして、批判しているのだ。
 知事や市町村長ですら、その名前が朝日新聞の社説に登場して批判されることはほとんどなかっただろう。その意味では異様な社説だ。

 「新しい歴史教科書をつくる会」系列の教科書に対する、これまた執念の如き、猜疑心に溢れた、敵愾心が、朝日新聞には宿っているのだろう。

 こんな新聞社に後押しされた政権は怖ろしい。また、朝日新聞よ、慢心するな、と言いたい。

0364/久しぶりにフランス革命について。

 フランス革命という「市民(ブルジョア)革命」やルソーについてはこれまでも、関心を持ってきた。
 そして、フランス革命がなければマルクス主義もロシア革命もなく、「社会主義」国内での1億人以上の(?)の自国民の大量殺戮もなかった、あるいは、ルソー(ルソー主義)がいなければマルクス(マルクス主義)も生まれず、(マルクス=レーニン主義による)レーニンの「革命」もなかった、という結論めいたことを示してもきた。
 その際、阪本昌成・「近代」立憲主義を読み直す-<フランス革命の神話>(成文堂、2000)にかなり依拠したし、<化石>のごとき杉原泰雄の本、<化石部分をまだ残している>ごとき辻村みよ子の論述にも触れた。
 10回以上に及んでいると思うが、例えば、2007.07.04、2007.06.27、2007.03.20。
 伊藤哲夫・憲法かく論ずべし-国のかたち・憲法の思想(日本政策研究センター・高木書房発売、2000)の第三章「市民革命神話を疑う」(p.124~p.157)は、フランス革命について書いている。
 研究書でないため詳細でもないし、ルソーらとの関係についても詳細な叙述はない。しかし、フランス革命の経緯の実際-その<残虐な実態>-については、初めて知るところが多かった。
 逐一の引用・紹介はしない。実態ではない理論・思想問題についての叙述の引用・紹介も省略するが、三箇所だけ、例外としておこう。
 ①「革命の過程で生まれる『人民主権』といった観念こそが、実は『全体主義の母胎』なのであり、例えば民主主義の父・ルソーは、いわば『一般意思』と『人民主権』の概念を提唱したことによってかかる全体主義の父ともなった、と彼は告発しもする」(p.138)。
 ここでの「彼」とは、サイモン・シャーマ(栩木泰・訳)・フランス革命の主役たちの著者だ。
 ②「今日なおこの大革命『聖化』の大合唱に余念がないのが、わが国の知識人たちであり憲法学者たちだといえる」(p.140)。なお、冒頭には、樋口陽一、杉原泰雄という二人の憲法学者の名と叙述が紹介されている。
 ③フランス革命が「わが社会の目指すべきモデルだと、永らく説き続けてきたのがわが国の知識人でもあった。/…国民は、こうしたマインド・コントロールされた<痴呆状況>から解放されるべき」だ(p.157)。
 さらにフランス革命について知りたいという関心が湧いてくる。サイモン・シャーマの上記の本の他、フランソワ・フュレフランス革命を考えるや、二〇世紀を問う、という本などを、伊藤は使っているようだ。
 残念ながら詳細な参考文献リストはない。これらの本が容易にかつ低廉に入手できればよいのだが。

0303/参院選投票1日前-伊藤哲夫発言に寄せて。

 日本政策研究センター(「歴史と国益の視点から日本再生を目指す、戦うシンクタンク)」のサイトの7/11上に、「安倍晋三か?小沢一郎か? これが参議院選挙の焦点だ①~③」が掲載されている。発言者は所長の伊藤哲夫(よくは知らない)のようだ。
 私の理解に近いと思われるので、私自身の頭の整理も兼ねて要約しておく。
 1.「今度の選挙が本当に「政権選択」の性格を帯び」ているなら、争点は<安倍か小沢か>になるはずだ。「農水相の事務所費問題や、防衛相の不適切発言」、「政治とカネ」の問題は「本質的な問題なのだろうか」。「年金問題は本質的問題だと言う人がいるかもしれない。だが、政権を選ぶということは「日本の将来を選ぶ」ということで、「小沢民主党に日本の将来を任せて大丈夫なのか。小沢民主党が安倍自民党のしていることよりも間違いなく日本を良くできる保証があるのか。そういうことをもっと議論しなくてはならない」。
 2.「
少なくない人々が「自民党にお灸をすえてやらなきゃいかん」と感情的になっているのかもしれない」が、「「将来の日本」ということを考えた場合に、感情にまかせて「今度は民主党だ」ということで本当にいいのか」。
 3.「安倍政権の評価については、評論家の宮崎哲弥氏が…朝日新聞にコメントを寄せている」。彼は「要するに、今は非常に不評判だけれども、後になって振り返ってみると安倍政権の評価の方が高くなるに違いない。実際それだけのことをしている」と言っている。
 4.「9カ月、客観的に安倍政権が何をやってきたのか」をみると、「改正教育基本法を成立させ、防衛庁を防衛省に昇格させ」、「海洋基本法国民投票法教育改革関連3法を成立させ」、「社会保険庁改革関連法年金時効停止特別措置法公務員制度改革関連法を成立させた」。
 「
これら一連の重要法案はいずれも歴代政権が先送りにしてきたものだ。まず教育基本法は、昔からずっと改正が言われてきたが六十年間棚上げされたままだった。国民投票法も、憲法制定以来六十年、必要な法整備を完全に怠ってきた。防衛省への昇格は、昭和30年代から言われてきたことだがこれも先送りにされてきた。海洋基本法にしても、他国は94年に国連海洋法条約が発効したのを契機に国内法を整備したにもかかわらず、日本は必要な法整備を怠って完全に後れをとっていた。このように、安倍政権は歴代政権が先送りしてきた課題に真正面から取り組み、必要な法整備を成し遂げた」。
 5.「年金問題は、直接的には安倍政権が引き起こした問題ではない」。「一番の問題はずさんな事務を生み出してきた社会保険庁の体質」だ〔このテーマについては別に<年金騒動の本質は改革潰しにある>との特集が組まれている-秋月〕。
 「民主党は、この年金問題で具体的提案をするよりも、とにかく抵抗して法案〔「社会保険庁解体」法案・公務員制度改革関連法案-秋月〕を葬り去ろうとした」。これは「「改革潰し」で、その裏には改革に反対する自治労という労働組合(民主党の有力な支持団体)の意を迎えようとして、そういう行動をとったとしか思えない部分がある」。
 7.外交面では、「拉致問題を最重要課題と位置付けて北朝鮮に圧力をかけ」、「就任直後中国を訪問」して「「主張する外交」を積極的に展開」した。
 「より重要なのは、…「自由・人権・民主主義・法の支配」という価値観を前面に押し立てた「価値観外交」を展開していることだ」。
 8.安倍首相は、「ハイリゲンダム・サミットの時も、一月の欧州歴訪の時も、欧州各国の首脳に対して」、中国に自由・民主主義・人権はあるのかと問うた。「そのような国が、本当にアジアの中心的な指導国家になれるのか、いったい何を指導するのか」というふうに問い掛けた。「首脳たちは…アジアで最も重んじなければならないのは日本であるということに気付いたのだ」。また、安倍首相は「EUの対中武器禁輸の緩和に釘を刺し」、「拉致問題の解決に、より一層の協力を訴え、支持を取り付けた」。
 9.「価値観外交の二番目の眼目」は、麻生外相がの言う「自由と繁栄の弧」だ。この「「自由と繁栄」のモデルは日本であって、中国ではないという意味も」込められている。また、「オーストラリアやインドとの関係強化にも積極的に乗り出している」(「日豪安保共同宣言」締結、初の「日米印の海軍共同演習」)。
 10.三番目に、「価値観外交は」、「13億の中国人民全体を視野に入れた関係でなければならない」という認識にもとづく「中国共産党一党独裁政治の下で悲惨な状況に置かれている中国人民に対するメッセージであり、中国共産党政権に対する無言の圧力」なのだ。
 「謝罪していればそれで事が済むとしてきた日本外交にとって、これは革命的転換」だ。
 11.「安倍政権の内政の特徴は、二つある」。「
一つは「古い自民党をぶっ壊す」と言った「小泉構造改革路線」の継承・発展」だ。
 「もう一つは、これはより重要なことだが、…価値観を基礎に置いた政治、価値観を基軸とした国造りをやろうとしているということだ。…
そのことが一番はっきりと現れているのが、憲法改正を堂々と打ち出したことだ」。「何よりも重要なのは、教育改革を重要政策と位置付けていることだ」。さらに安倍首相は、「「国益を重視する」…「官僚制民主主義」から本来の「議会制民主主義」へ。さらに官邸がリーダーシップを発揮する民主主義に変えようとしている」。「安倍改革は価値観のない改革ではなく、国益を柱に据えた改革を指向している」。
 12.マスコミはある時期まで安倍政権を「タカ派政権」「危険な安倍政権」というイメージで伝えていたが、「昨秋の訪中以降は」、「経験不足の無力な政権」「指導力のない安倍首相」という「イメージで伝えるようにシフトしてきた」。「マスコミは、そういう形でアピールした方が政権の弱体化に効果的だとして、戦略的にそういうイメージを伝えていると思う。これまではそれが一応の成功を収めている」。
 しかし、「安倍首相は指導力を発揮している」。「普通の政権ならば、教育基本法を通したところでもうヤレヤレ」だが、「教育改革関連3法」を「間髪入れず」に提出・成立させた。また、「公務員制度改革にあたって安倍首相は、事務次官会議を飛び越して〔=この会議での全員合意なくして-秋月〕この案件を閣議決定してしまった」。「屋山太郎氏は「ここを打破したことは歴史的な重大事。官僚たちは真っ青になっている」と評価している」。
 安倍首相は「官僚内閣制」を破り、「有権者に選ばれた政治家主導の政治、真の民主主義政治の実現に向かって、首相はリーダーシップを発揮している」。「指導力がない」というイメージは、「所詮マスコミが作り上げた虚像」だ。
 13.「拉致問題」につき「手詰まり感」とか「目に見える成果がない」とかの評価もあるが、「じゃあ、どうすればいいのか」、「またコメを送ればいいのか」。
 「昨年7月、北朝鮮のミサイル発射を受けて、日本政府は当時の安倍官房長官の主導で、万景峰号の入港禁止という独自の経済制裁を発動した。また安倍政権発足直後の昨年10月には、北朝鮮の核爆発実験を受けて経済制裁を強化し、万景峰号だけでなく北朝鮮籍船舶の入港禁止措置をとった。これらの措置により、ミサイル部品などの持ち出しの大半は阻止できるようになった。また、…昨年11月からは、ぜいたく品24品目の禁輸措置をとっている。それと同時に、安倍首相が官房長官の時代から始めた厳格な法執行により、朝鮮総連の脱税行為をはじめとした不正行為を厳しく取り締まっている」。
 14.「ここで安倍改革をストップさせ、小沢民主党に交代して何かいいことがあるのか」。「小沢民主党は改革の方向性すら決められない。憲法改正にしても、教育改革にしても、本気で議論したら民主党そのものが壊れてしまう」。
 「参議院副議長を務めていた民主党議員は朝鮮総連傘下団体からヤミ献金を受けていた。また、民主党の参議院議員会長は日教組に強制カンパをさせて当選している。さらに、ナンバー2の代表代行は「南京大虐殺」を積極的に認めているし、女性議員たちは「従軍慰安婦」への国家賠償を先頭に立って要求し、朝鮮総連を議員会館に招き入れ抗議集会を開かせていたこともある。こういう政党に、果たして日本の国益を担うことができるのか」。
 15.「保守層の中には、慰安婦問題、歴史認識問題、拉致問題等々について、安倍首相の対応が気に入らないと批判する人がいる」。「けれども、そういう人たち聞いてみたいことがある。「じゃあ、あなたは小沢さんでいいんですか。小沢さんが政権を握った方が日本がよくなる。慰安婦問題でも前進する、拉致問題も解決する、歴史認識も小沢さんの歴史認識の方がいい。そういう保証があるんだったら示していただきたい」と」。
 16.「日本は…一夜にして変わることはない。現に自民党の中は抵抗勢力の方が未だに多い。それが表面化していないのは、参議院選挙が終わるまでは抵抗を止めておこうというだけ…。また、官僚の世界は自民党内よりももっとひどい。…社保庁は自治労に牛耳られてきた。それに象徴されるように、霞ヶ関や地方自治体といった日本の行政実働部隊を握っているのは、いまだ共産主義・社会主義勢力だ。その現実に目を開いて、…「日本のための構造改革」を進めなければならない」。
 以上。少しは解らないところもあるが、あらためて安倍内閣は<ただものではない>内閣であることが解る。これらをきちんと報道していないマスコミは、何らかの政治的意図・謀略をもっているか、安倍内閣の政治的意義・価値を理解できない<無知蒙昧>かのいずれかだろう。
 ただ、私は100%安倍内閣の政策を理解できているわけではない。とくに、米国下院での慰安婦決議問題についての政府の対応はあれでよかったのかとの疑問を今も持っている。
 だが、小沢・民主党よりも遙かに優れていることは明々白々だ。これだけは100%明瞭だ。
 民主主義(民主制)とは大衆政治であり「衆愚」政治だと言うが、思い出すと、記者クラブでの立派な会場での7党党首討論会における、記者たちの質問はひどかった。
 読売新聞橋本五郎は最初の質問で何と赤城農相の事務所経費問題を話題にしたのだ。その他、「ニュース性」に重点を置いた質問を3-4人がしていたが、誰一人、日本国家を基本的にどのようにしたいのか、どういう基本的方向に導きたいのか、という質問をしなかった。「大きな政府」か「小さな政府」かも問題にしなかった。憲法問題を重要視した質問もなかった。
 小沢民主党代表に対して、かつて所属した政党かつかつて連立した政党と対決する気持ちはどのようなものかと尋ねた記者はいなかった。
 すでにマスコミ、この場合は新聞社の記者クラブの記者自体が、<衆愚>の一部になり下がっているのだ。
 こうしたマスコミを見ると日本の未来は決して明るくない。だが、絶望する必要もない。心ある国民、「日本」を守り抜こうとする国民が多数いることを信じる

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