秋月瑛二の「憂国」つぶやき日記

政治・社会・思想-反日本共産党・反共産主義

人権宣言

1400/「二項対立」思考や「言葉・観念」思考ー仲正昌樹から。

 読書メモと関連つぶやき。
 1.仲正昌樹・知識だけのあるバカになるな!(大和書房、2008)のp.77-142、第2章「今の日本で大勢を占めている『二項対立』思考の愚について」。
 現在の月刊正論編集部と渡部昇一はいちど読んでみた方がよいと思う。この「二項対立」思考は、2.で言及している「言葉・観念依存」思考とも関係があるだろう。
 日本共産党や日本の「左翼」は当面敵視する対象を安倍晋三内閣に置いているようであり、何があっても安倍晋三の言動を褒め称えることはない。閣議決定された安倍70年談話が村山談話を継承するものであっても、その点を褒めることはなく、付随する別の部分の文章にケチをつける。
 最近はさらに、安倍内閣の背後にある悪の巣窟を「日本会議」に見ているようだ。青木理の本も読んだが、ワッハッハ、という感じ。彼らが畏怖し恐れるような「保守」団体が本当に現存するとすれば、何と頼もしく、愉快なことだろう。
 日本会議、青木理等の本や、日本会議の代表、社会民主主義者に対する好感をも述べていた田久保忠衛について、いずれ書かなければならない。のんびりと神社参拝について書いたりしているように見えるかもしれないが、秋月瑛二は神社組織や神社本庁、あるいは「神道」・神社の現状について、知らないわけではない。
 元に戻る。敵を「保守」または「右翼」勢力、あるいは「ファシズム」・「軍国主義」に見て「たたかう」つもりの二項対立的な「左翼」に対して、彼らとは逆に「保守」政権だとする安倍政権を「味方」だとして擁護するだけでは、同じ土俵に立って<二項対立>思考の愚を冒しているだけだろう(安倍政権、現在の自民党は「保守」かという問題も厳密にはあるが立ち入らない)。
 彼ら「左翼」よりは、冷静で多面的な思考をしなければならない。
 いや、ある意味では、彼らは表向きは「冷静で多面的な」、そして「客観的な」論述をしていると見える場合がある。とりわけ、現在の人文社会系<アカデミズム>を基本的には牛耳っているかもしれない「左翼」学者・論者たちは、少なくとも渡部昇一やその他の一部の<観念的・原理主義的な保守派>学者・論者よりは、表向きは概念・論理がしっかりしていて<知的刺激>には溢れていることがある。もちろん、一読してすぐに、あるいは容易に、観念的・教条的な「左翼」学者・論者だと分かる場合もあるが。
 このブログサイトは「反日本共産党・反共産主義」を掲げており(8/08頃に「反朝日新聞・反日本共産党」から改めた)、日本の「保守」派を論難するのが主目的のものでは全くない。にもかかわらず「(自称・表向き)保守」を批判したい気になることがあるのは、そんな文章・論理、こんな雑誌であれば、ほとんど<左翼>に勝てないだろう、<左翼>にバカにされるだろうと、と警告し、嘆きたいからだ。
 2.三宅正樹・スターリンの対日情報工作(平凡社新書、2010)のp.7-55、はじめにと第1章「クリヴィツキーの諜報活動」。
 レーニン関係文献は(可能な範囲で)ほぼ入手し、一読はした(しかし記憶にすべて残しているわけではない)と思っているので、ようやく、気になっていたこの本を読み始めることができた。よくよく考えれば、レーニンやソ連・共産主義と相当に関係がある本なのだった。共産主義とファシズム(とくにヒトラー・ナツィズム)の「近接」の現実にも関係がある。すなわち、1939年8月の独ソ不可侵条約。
 キーロフも、クリヴィツキーも、スターリンの指示によって「暗殺」された、との説がある。
 独ソ関係や「暗殺」から離れて、すさまじいと感じるのは共産主義者による諜報活動、そしてデマゴギー、プロパガンダだ。
 1945年にソ連が日本に参戦するまで、対米交渉の「あっせん(・協力)」を日本政府はソ連に求めていたというのだから、そのソ連「無知」、諜報戦の敗北ぶりは、何とも嘆かわしい。嘆かわしいというより、日本の悲痛な過去だ。そうしたこともまた、ゾルゲや尾崎秀実らの跳梁を許した共産主義またはソ連「幻想」の強さと強い関係があるのだろう。
 さらに離れて、<プロパガンダ>に関連して、「言葉」というものについて考える。あたりまえのことを、改めて確認したくなる。
 言葉・概念またはそれらを使った論理(・命題)には大きくは二種あるだろう。すなわち、事実・現実を意味・叙述するものと、こうだろう又はこうあるべきだということを意味させ、叙述するもの。
 要するにsein とsollen の区別なのかもしれないが、最低限度、この区別・違いくらいは知って文章を読み、言葉を理解・解釈しなければならない。
 日本共産党綱領が現在の状況を変えようとして書いてある諸基本政策や将来展望は、言うまでもなく上の後者の世界のもので、実際にそうなるかは(将来展望については実際にそうなる「はず」だ、と日本共産党は「主張」するのかもしれないが)分からない。この党の当面の諸政策も、「自由と民主主義」の宣言も、実際にそれらの内容が実現されるかは、さらにはこの政党が実際に実現するように努力するかは、彼らが実際に「権力」を掌握してみなければ、分からない。
 かつての歴史的宣言文書類にも、そのようなものが多くある。<十七条の憲法>や<五箇条の御誓文>を見て、それらの内容が当時の現実を表現するの、その内容が現実に存在したと理解する日本人はおそらくいないだろう。
 フランス革命時の<人権宣言>も同じ。また、制定して施行されれば少しは法規範としての意味をもち現実に対して作用した(つまり現実化した)といえるかもしれないが、制定されても施行されなかった<フランス1793年憲法>も同じ。
 これらがまるで現実化されたかのごとく理解するのはもちろん誤りだが、また、表面の言葉・文章だけで<理念・理想が素晴らしい>と感激してしまうのは、井沢元彦のいう「言霊主義」あるいは言葉・概念・(言葉による)命題によって歴史を評価してしまう、致命的な、認識の誤りに陥ってしまう可能性がある。
 ロシア10月革命後、1918年の「勤労被搾取人民の権利宣言」も同じ。また、その直後の憲法上の文言をもってロシア・ソ連は<男女平等>や<生存権(保障)> の方向に向かう世界史上の大きな役割を果たした、とか日本共産党・不破哲三や党員又は「左翼」の学者がほざいていることがあるが、これまたロシア・旧ソ連の「事実」を無視し、「言葉」にだけほとんど着目した空論にすぎない。
 憲法と現実の乖離は日本についても言われることがある。しかし、社会主義・共産主義国の「憲法」がほとんど<建前>または表向き・外国向けのフロパガンダ文書にすぎないことは、典型的には現在の北朝鮮に、相当程度に中国(共産チャイナ)についてあてはまることを見ても明らかだ。
 日本人のかなりは<言葉>というものに弱い。<ふつうの人はウソをつかない、又はウソつきは悪いことだ> という感覚を相当にもった<お人好し>の傾向がある。
 たしかに個別の国民間等の契約文書は、将来の行為の約束にすぎないが、国家・裁判所によって履行が(暴力=実力的にでも)強制されている、とふつうは言える。
 しかし、現在でも、国家間の約束事(条約等)には暴力・実力による担保は、建前はともあれ、実質的にはほとんど存在していない。現在についてすらそうなのだから、過去の、歴史上の「宣言」・「条約」類が実態をおよび「真意」を示しているわけでは全くないわけだ。第一次大戦後の多数の条約・協定・宣言類についても、注意深く、拘束力の程度や各国の「真意」を見定める必要がある。表向きの<美辞麗句>に騙されてはいけない(<民主主義対ファシズム>という図式も、この時期の「言葉」に由来した、幻惑させるものである可能性が高い)。
 少し戻ると、言葉・観念を弄ぶ、一見深遠で優れていそうにみえるが、じつは訳の分からない空虚な議論は、やはり「左翼」に多いようだ。
 「民主主義」とか「人権」とか「平和」とか(あるいは「戦後民主主義」とか)、そのような言葉それ自体が何か価値があり実態を伴っているかのごとき<感覚>・<幻想>に嵌まって、観念の上だけでの議論・主張をしている文章をたくさん見てきた。
 本当の「保守」派は、その「保守」という言葉自体は別の語でもよいが、観念の上だけでの、または相当にそれに傾斜した、議論・主張をしてはならない、と思っている。 言葉・概念の必要性・有用性を、むろん一般に否定しているわけではない。それらの作成・使用はある程度不可避なのではあるが。

0770/阪本昌成・新・立憲主義を読み直す(2008)におけるフランス革命-7。

 阪本昌成・新・立憲主義を読み直す(2008)-7。
 第Ⅱ部・第6章
 〔2〕「近代の鬼子? 
フランス革命
 E(p.197~199)
 マルクスは「市民社会」=「ブルジョア社会」とし、「人間の労働」は不可避的に「プロレタリアート」階級を生み出すとした。マルクス主義の影響を受けて、フランス革命の未来に「第三身分」の解放に続く「第四階級」(プロレタリアート)のそれを予想する者もいた。「人権と民主主義」は「階級対立のない、万人が自由で平等な、同質の社会」で初めて実現される、それはフランス革命の「やり残したこと」だ、とも考えられた。
 しかし、フランス革命は「恐怖政治」をもたらした。R・ニスベット(邦訳書1990年)はフランス革命のしたことは「平等の名による均一化」、「自由の名によるニヒリズム」、「人民の名による絶対的で全面的な権力の樹立」だったと書いた。「恐怖政治」を「過渡的現象」で「不可避」とする能天気な論者は、「歴史に対して鈍感すぎる」か「政治的に極端なバイアス」を持っている。ここには「ブルジョア」による統治は「寡頭的」で「農民と民衆」による統治は「民主的」だとの「決めつけ」がある。
 「均質化された大衆の権力ほど、自由にとって危険なものはない」。「実体のない国民が人民として実体化され、ひとつの声をもつかのように論じられるとき、全体主義が産まれ出」る。「自由主義と民主主義」は両立し難いとの指摘はこの点を衝いている。フランス革命の過中で現れた「一般意思、人民主権、人権思想(自由と平等…)は合理主義的啓蒙思想の産み落とした鬼子だ」と割り切った方が「全体主義」の危険に陥らないだろう。
 日本の憲法教科書での「近代立憲主義の流れ」は、①イギリスの動向、②アメリカ諸邦の憲法、③アメリカ独立宣言、④同憲法、⑤フランス人権宣言(とくに16条)、⑥フランス第一共和国憲法(立憲君主制憲法)の順で叙述されることがあるが、「一連の流れ」ではなく「断絶の歴史だった」と言うべきだ。ロックとルソー、フランス革命とアメリカ革命を「同列に並べて論ずる」のは「論外」だ。
 イギリスの立憲主義は自然発生的な「地方分権」・「国民経済の発展」を基礎にして「徐々に形成」された。これが「近代立憲主義のモデル」だとしても不思議ではない。しかし、マルクス主義の強い日本ではイギリスは「資本主義誕生の国家」だったので、それを「乗り越えようとした」フランスが「近代立憲主義のモデル」として期待されたのではないか。
 〔3〕「アメリカ革命と独立宣言
 (前款最後の「アメリカはモデルになる」か?に続けて、この〔3〕が始まる。以下、フランス革命に言及する部分のみを引用又は抜粋する。〕
 ・アメリカ独立革命は「革命」性を持たず、「独立宣言」の「革命」性も強調すべきでない。「アメリカ革命と独立宣言」は「フランス革命と人権宣言」とは別種のものだ。
 ・アメリカ革命の「独立宣言」は「個別的事実の確認」。一方、フランス革命の「人権宣言」は「普遍的原理の表明」。
 ・フランス革命はなるほど「絶対主義からの解放の成功例」だったが、革命「直後」はそうであっても、「何らかの固定した組織機構」を作らず、「別の形の絶対主義を産み出し」た。追求された「公的自由」は世界初の「徴兵制をもった中央集権的国家」をもたらし、さらに何度も述べたように「恐怖政治とナポレオン」をも生んだ。(以上、p.204)
 ・L・ハーツ(邦訳文庫1994)はこう言う。-アメリカの場合、「成文憲法の制定は、…具体化された多くの機構的工夫を含めて、…一連の歴史的経験の集積の産物」で、「政治的伝統主義の真髄」だった。欧州の場合、「その逆が真実」、つまり「成文憲法の概念は、合理主義者の恋人であり、活動しつつある解放された精神の象徴」だった。(p.205)
 ・アメリカ(の英国からの)「独立」後の<建国・統一>期の指導者は「社会契約」と「憲法制定」が別物であることを明確に認識していた。「人民主権(popular sovereignty)」の「人民(popular)」は「実在」しても「多元的存在であること」、「主権(sovereignty)」は「正当性の契機にととまるべきこと」を知っていた。
 ・アメリカの「穏健的指導者たち」は「過去の歴史」のよい点を取り入れないと「新しい国のかたち」は実現不可能であることを知っていて、「憲法制定会議は、過去と未来を結びつけるための堅実な作業に従事した」。「フランスでみられた抽象的理論は意図的に避けられ」た」。(以上、p.206)
 〔以上で、とりあえず、第Ⅱ部・第6章の(とくにフランス革命論に着目した)紹介を終える。
 「実体のない国民が…、ひとつの声をもつかのように論じられるとき、全体主義が産まれ出」る、とは、今日の日本にも当てはまる警句だろう。  <国民が主人公>、<国民の皆様…>、<国民の声>等の、政党の他にマスコミもしばしば用いる標語等は笑わせるとともに、怖ろしい。〕

0769/阪本昌成・新・立憲主義を読み直す(2008)におけるフランス革命-6。

 阪本昌成・新・立憲主義を読み直す(2008)-6。
 第Ⅱ部・第6章
 〔2〕「近代の鬼子? 
フランス革命
 D(つづき、p.195~)
 フランス革命を、「ブルジョア対ブロレタリアート」、「前期資本主義における産業資本」等の経済史概念を用いて分析すべきではない。「人民主権原理が徹底されるほど、民主的で望ましい政体だ」と断定すべきでもない。まして、「歴史法則」・「民主化の程度」を対照して、ある憲法の「望ましさ」を判断すべきではない
 「自由」よりも「本質的平等」を謳う人権宣言の方が「進歩的」だとか、「人民に対して同情的な人権保障」が「進歩的で望ましい」とか決めつけるのは短絡だ。<人権は誰にも貴重だ>との前提と<民衆・弱者にとって有利か不利か>という命題との間には両立し難い溝がある。
 G・ヘーゲルはフランス革命が初めて「市民社会」を作出したと論じたが、そこでの「市民社会」は「自分自身と家族の利害を自分自身の目的としている私人」を指し、「公共善を目的として活動する」「シトワイエン」〔フランス語の「市民」〕ではなかった。
 だが、後世の社会経済史学者はフランス革命を「王党派対ジャコバン派」、「貴族対ブルジョアジー」、「伝統対革新」という「二項対立図式」で捉えた。主流派(「アナール派」)はかかる「構造的」把握によって、「旧体制からの非連続性」を強調したかったのだ。連続性を見た例外はA・トクヴィルで、ルフェーブルの著『一七八九年…』(岩波文庫、1975)は却って「修正主義」を勢いづかせた。
 (D、おわり。Eにつづく)

0767/阪本昌成・新・立憲主義を読み直す(2008)におけるフランス革命-5。

  阪本昌成・新・立憲主義を読み直す(2008)-5。
 第Ⅱ部・第6章
 
〔2〕「近代の鬼子? フランス革命
 D(p.194~)
 私(阪本)のフランス革命の見方は、辻村みよ子らのフランス憲法専門家等から以下の如き批判を受けるだろう。
 ①フランス革命のいつの時期・どの要素を捉えているのか。91年までの過程重視派と93年の過程重視派があるはず。
 ②近代立憲主義のモデル探索の目的にとって、91年憲法重視か93年憲法重視かは決定的に重要だ。
 ③91年派と93年派が対立していても、「近代市民社会と憲法」という基礎観念を生んだ1789年が重要ということにはコンセンサスがあるはず。
 全面的論争のつもりはないが、以下が素人的「感想」。
 1.フランス「人権宣言」(89年)が最重要との前提で91年憲法か93年憲法かを論じるのは、「枠組み自体が狭すぎる」。フランス革命の成否は、より「長期的なタイム・スパン」で評価されるべき。振り返ってみて、「1789年以降の諸憲法がどれほどの自由を人びとにもたらした」というのか?

 2.既述の如く、フランス「人権宣言」は体系性ある法文書ではなく「政治的なPR文書」だ。
 3.91年憲法も93年憲法も「人為的作文」(法学者が「頭の中で考えたデッサン」)だ。ナシオン主権かプープル主権かというフランス憲法史でお馴染みの論争はその典型で、前者=間接民主制、後者=直接民主制とのロジックは、「それらのタームの中に結論を誘導する仕掛けを用意しているからこそ成立」するにすぎない。
 4.「一度も施行されなかった93年憲法は、どのようにでも語りうる」。

 
 <91年憲法か93年憲法か>という論争は「統治がどれほど民主化されているか」にかかかわるようだが、評価基準は「ある憲法が、実際、どれだけの自由保障に貢献したか」に置かれるべきだ。
 (Dがさらにつづく)

0243/阪本昌成・「近代」立憲主義を読み直す(2000)のフランス革命論。

 阪本昌成・「近代」立憲主義を読み直す-<フランス革命の神話>(成文堂、2000)は副題に「フランス革命」が付いているし、第Ⅱ部のタイトルは「立憲主義の転回―フランス革命とG・ヘーゲル―」なので、全篇がフランス革命に関係していると言える。そのうち、第Ⅱ部第6章「立憲主義のモデル」からフランス革命に直接関係がある叙述を、私が阪本昌成氏になったつもりで、抜粋的・要約的に以下にまとめてみる。
 フランス人権宣言16条が「憲法」の要素(要件)として「権利の保障」と「権力分立」の二つを挙げるていることは誤った思考に陥りやすく、要警戒だ。同宣言はいくつかの「権利」を明記しているが、それらのうちの「自由」・「平等」・「財産権」はフランスと米国ではニュアンスが異なる。とくに、「自由」の捉え方が根本的に違う。
 いま一つの「権力分立」は、フランス革命期には権力分立の亜種すらなく、ルソー主義の影響で、立法独占議会・「一般意思」表明議会の下での司法・行政だった。建国期アメリカの権力分立論は、人間に対する不信・権力への懐疑・民主制の危険等々<保守>の人びとの構想だった。
 今日では民主主義の統治体制を統制する思想体系が必要だ。
 フランス革命の意図は、1.王権神授説→理性自然法の実定化、2.民主主義と中間団体の排除、3.君主の意思が源泉との見方の克服、4.人間の自律的存在の条件保障、にあったが、1978年の封建制廃止・人権宣言による国民主権原理樹立後数十年間も変動したので、「近代の典型でもなければ、近代立憲主義の典型でも」ない
 フランス革命が安定をもたらさなかったのは、それが政治現象(=下部経済構造の変化に還元不可、=宗教対立でもない)で、<法と政治を通じて、優れた道徳的人間となるための人間改造運動>、<18世紀版の文化大革命>だったから。
 プープル(peuple)とは政治的には人民の敵を排除し、道徳的には公民たりえない人々を排除するための語だった。
 だが、人間改造はできなかった。「人間の私利私欲を消滅させようとする革命は失敗せざるをえ」ない。「偉大な痙攣」に終わった。
 フランス革命は均質の国民からなる一元的国民国家、差別なき平等・均質社会の樹立を目指したが、諸理想は「革命的プロパガンダ」に終わり、「結局、中央集権国家をもたらしただけで失敗」した。
 ブルジョア革命との高橋幸八郎ら歴史学者の定説やフランスでの「ジャコバン主義的革命解釈」はあるが、一貫性のないフランス人権宣言との思弁的文書、その後の一貫性のない多数の成文憲法、ジャコバン独裁、サン・キュロット、テルミドール反乱、ナポレオン、王制復古という流れには「構造的展開」はない。<フランス革命は民主主義革命でもなければ、下部構造の変化に対応する社会法則を体現したものでもない>。
 フランス革命の後世への教示は、自由・平等、自由主義・民主主義を同時に達成しようとする「政治体制の過酷さ」だった。ヘーゲルはこれを見抜いていて、「市民社会」の上に「国家」を聳え立たせようとした。これはマルクスによってさらに先鋭化された。
 フランス革命時の「憲法制定権力」との基礎概念は「革命期における独裁=過酷な政治体制を正当化するための論拠」で、「人民(プープル)主権論」こそが「代議制民主主義を創設」しなかったために「全体主義の母胎」になった。
 辻村みよ子は「近代市民社会」と「人権」との基礎概念を生み出した1789年の重要性にはすでにコンセンサスがあると反論するだろうが、1.1789年以降の諸憲法は「どれほどの自由を人びとにもたらした」のか、2.フランス人権宣言は政治的PR文書だ、3.91年憲法も93年憲法も「人為的作文(…法学者が頭の中で考えたデッサン)」で、ナシオン主権→間接民主制、プープル主権→直接民主主義原則というロジックは、「タームの中に結論を誘導する仕掛けを用意しているからこそ成立」する。
 91年憲法か93年憲法かとの論争は、ある憲法が<実際、どれだけの自由保障に貢献したか>で評価する必要がある。マルクス主義的階級・経済概念を用いてフランス革命を分析すべきでない。<人民主権原理が徹底するほど民主的で望ましい>とか<自由よりも本質的平等を謳う人権宣言が進歩的>などと断定すべきでない。
 ヘーゲルはフランス革命に「市民社会」作出を見たが、ヘーゲルの「市民」とフランスの「公共善を目的として活動する活動するシトワイアン」とは同じではない。
 後世の歴史家はフランス革命を二項対立図式で捉えて旧体制との「非連続性」を強調するが、トクヴィルルフェーブルは「連続性」を指摘した。
 「市民社会」=「ブルジョア社会」とし人間の労働が「プロレタリア階級」を不可避的に生むと論じたのがマルクスだ(ヘーゲルにおける「ブルジョア」概念はこうではなかった)。
 フランス革命による「第三階級」の解放に続く「第四階級=プロレタリア階級」の解放、フランス革命のやり遺しの実現を展望する者もいたが、フランス革命中の「恐怖政治」を「過渡的現象として不可避なこと」と見る脳天気な者は「歴史に対して鈍感すぎる」か「政治的に極端なバイアス」をもっている
 「均質化された大衆の権力ほど、自由にとって危険なものはない」。「実体のない国民が人民として実体化され、ひとつの声をもつかのように論じられるとき、全体主義が産まれ出ます」。フランス革命中の「一般意思」、「人民主権」、「人権思想」は「合理主義的啓蒙思想の産み落とした鬼子だ」。
 教科書でロックとルソー、フランス革命とアメリカ革命が同列に論じられるのは「私からすれば論外」だ。
 マルクス主義の強い日本では、イギリスが資本主義誕生国だったので、イギリスを乗り越えようとしたフランスを「モデル」にしたのでないか。
 以上、阪本昌成のフランス革命の見方・評価は明確だ。近代の典型でもなければ、近代立憲主義の典型でも」ないと言い、ルソーの人民主権論」こそが「全体主義の母胎」になったとも明言している。また、すでに言及した、杉原泰雄が前提としている歴史の「構造的展開」を否定し、
ナシオン主権→間接民主制、プープル主権→直接民主主義原則という単純化も否定している。「民主主義」を無条件に受容してはならない旨も繰り返されている。
 ヘーゲルの意図と違うとはいえ、フランス革命(「市民社会」作出)がマルクス主義につにながったことも明記している。総じていうと、わが国のマルクス主義的フランス革命理解を公然と批判している、と言ってよい。
 ルソーやフランス革命を肯定的に理解するかどうかが親共産主義(<全体主義)と親自由主義を分ける、といつか書いたことがある。また、マルクス主義自体は公然とは語られなくともルソーの平等主義によってそれは容易に復活する旨の中川八洋の言葉を紹介したこともある。
 桑原武夫をはじめとして、戦後の「進歩的」文化人・知識人はフランス革命を賛美し、民主主義革命の欠如した・又は不十分な日本を批判し、「革命」へと煽るような発言をし論文を書いてきた。
 今やフランスでもフランス革命の「修正主義」的理解が有力になりつつあるとも言う。
 フランス革命がなければマルクス主義もロシア革命もなく、1億人以上の?の自国民の大量殺戮もなかった(ソ連、中国、北朝鮮、カンボジア等々)。一般の日本人もフランス革命のイメージを変えるべきだろう、と思う。

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