秋月瑛二の「憂国」つぶやき日記

政治・社会・思想-反日本共産党・反共産主義

上野千鶴子

1507/ネップ期の「見せしめ」裁判②-R・パイプス別著8章8節。

 前回のつづき。
 田中充子・プラハを歩く(岩波新書、2001)p.210-2は、「まだレーニンが生きていたから」、ソ連に「いろいろな近代建築が生まれた」、「西欧的な教養を身につけたレーニンが死に」、「スターリンが独裁体制を敷いて自由主義的な風潮にストップをかけ」た、と何の根拠も示さずに書いていた〔2016年9/19、№1387参照〕。
 レーニンと「自由主義的な風潮」という、このような<像>を、田中充子はどこから仕入れたのか?
 田中充子の所属は、京都精華大学。この大学にかつて上野千鶴子も勤めていたことがあるので、わずか二人だけながら、この(おそらく)小規模の大学に好印象を持てなくてもやむをえないような気がする。
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 第8節・エスエル「裁判」②。〔第8節は、p.403-p.409.〕
 『右翼エスエル』と言われる党の指導者たちの裁判について、2月28日に発表があった。ソヴェト政府に反抗する暴力的かつ軍事的な活動を含む反革命行動を理由として、最高革命審判所による裁判にかけられる。(148)
 この発表は、社会主義革命党の多くの友人がいる西側の社会主義諸団体を動揺させた。
 後述するように(p.422)、偶々この頃、モスクワはヨーロッパの社会主義者との『統合前線』に関心をもっていた。
 ラデックは、彼ら社会主義者を宥めるために、1922年4月のベルリンでの社会主義者とコミンテルンとの合同会議で、被疑者は自由に弁護団を選べるし、重い刑罰が適用されることはないだろう、と述べた。
 レーニンはこの譲歩に対して烈しく怒り(『われわれは多く払いすぎた』は、この問題を書いた記事の見出しだった)、死刑にはならないだろうとの約束を破った。
 しかし彼は、その義務を果たすことはできないことを確実にしたうえで、エスエル被告人に外国人弁護団をつけることを許した。//
 登場人物の配役は、慎重に選ばれた。
 34人いた被疑者は、二つのグループに分けられた。
 24人は、真の悪玉だった。その中には、アブラハム・ゴッツやドミトリー・ドンスコイが率いたエスエル中央委員会の12名の委員がいた。
 第二のグループは、小物たちだった。その役割は、検察官に証拠を提出し、告白し、彼らの『犯罪』について後悔することだった。その代わりに、無罪放免というご褒美が与えられることになっていた。
 上演物の目的は、一群のエスエルの党員たちに対して、その党との関係を断ち切るように説得することだった。(149)//
 主任検察官の役は、ニコライ・クリュイレンコが指名された。この人物は、民衆を感銘させる手段として無実の者を処刑するのを好んだと記録されている。(150)
 エスエル裁判は彼に、1930年代のスターリンの見世物裁判で検察官を務めるための経験を与えたことになる。
 クリュイレンコは、ルナチャルスキーおよび歴史家のM・ポクロフスキーに補助された。
 裁判長は、共産党中央委員会の一員であるグリゴリー・ピャタコフだった。
 被告人は三チームの法律家たちによって弁護されたが、そのうち一つは外国から来た4人の社会主義者だった。その代表者、ベルギーのエミール・ヴァンダヴェルデは、第二イナターナショナル〔社会主義インター〕の事務局長で、ベルギーの前司法大臣だった。
 モスクワへの鉄道旅行中、外国人弁護士たちは敵意をもって取り扱われ、たまには集まった群衆の示威行為で脅かされた。
 モスクワでは、『労働者階級に対する裏切り者をやっつけろ!』と叫ぶ組織された大群衆に迎えられた。
 ジェルジンスキーは、爪にマニキュアを施して縁飾りのある靴を履くヴァンダヴェルデの習慣を公表して、彼の評価を落とす定期的な『運動〔キャンペーン〕』を開始するように、チェカの一員に指示した。(151)
 弁護団のもう一つのチームは、上演物の演出家によって任命された。その中には、ブハーリンとミハイル・トムスキーがおり、二人とも〔共産党中央委員会〕政治局のメンバーだった。
 この二人の役割は、味方である被告人の『道徳上の名誉回復』のために弁論することだった。//
 三ヶ月以上続いた予備審問の間に、クリュイレンコは多くの目撃証人を寄せ集めた。
 証人たちは、肉体的苦痛は与えられなかったが、さまざまな方法で協力するように、圧力が加えられた。
 エスエルの中央委員会メンバーたちは、従うのを拒否した。
 彼らの意図は、政府攻撃の公共空間として裁判を利用して、1870年代の政治犯たちを見習うことだった。
 手続の間じゅうずっと、彼らは、印象深い威厳をもって振る舞った。
 エスエルたちはつねに、知恵よりも強い勇気を示した。//
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  (148) レーニン, Sochineniia, XXVII, p. 537-8。
  (149) ヤンセン, 見せ物裁判, p.29。
  (150) リチャード・パイプス, ロシア革命 (1990), p.822〔第二部第17章「『赤色テロル』の公式開始」〕。
  (151) RTsKhIDNI 〔近現代史資料維持研究ロシアセンター(モスクワ)〕, F. 76, op. 3, delo 252。 ---
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 ③につづく。

1409/ブレジンスキー: Out of Control(1993)の一部を読む③。

 一 ブレジンスキーにおいて「全体主義」または「全体主義のメタ神話」とは共産主義とファシズム(ないしナチズム)を意味する。そして、いかなる意味でも、レーニンを除外または「免責」することはない。
 「20世紀における最も強力で破壊的なメタ神話は、やはりヒトラー主義とレーニン主義だった。この二つが20世紀の政治の大半を支配し、また歴史に前例のない大量殺戮の原因となっている」(p.41)。
 よく<民族(・人種)>と<階級>が問題にされる。特定の前者の抹殺を図ったのがヒトラーで、特定の後者(ブルジョワジー)の抹殺を図ったのがレーニンだった。そうした旨を、ブレジンスキーも書いている(p.41、p.43)。
 かつまた、「全体主義」の代表者として共産主義の側ではスターリン(またはスターリニズム・スターリン体制)が挙げられることが多いが、ブレジンスキーは、「大衆を操作する政治」という点では、「ヒトラーとレーニンの方が共通点が多い」、「スターリンはどちらかというと、ヒムラーに近い」とする(p.42)。ヒムラーはゲシュタポ長官。
 したがって、ロシア/レーニン・スターリンとドイツ/ヒトラー・ヒムラー、という対比がブレジンスキーによれば成立することとなる。
 二 この1993年の本の一部を読んでの大きな印象の二つめは、ブレジンスキーはフランス革命を(そしてアメリカ独立革命も)肯定的に評価している、ということだ。
 この点で、ロシア革命あるいはマルクス主義の淵源の重要な一つをフランス革命(さらにルソー)に見出そうとするR・パイプスやハンナ・アレントらとは異なる。
 例えば、20世紀の「メタ神話は、フランス革命がヨーロッパに…解き放たれた多様な主張や姿勢を混ぜあわせた--そして悪用した--ものにすぎなかった」(p.34)。
 「強制的なユートピア」をつくろうとした「試みは、200年前のフランス革命でヨーロッパに解き放たれた合理的かつ理想主義的な衝動を誤った方向に導いてしまった」(p.8)。
 また、当初に想定した範囲外の第二部の冒頭では、つぎのように書いている。
 ・全体主義(=共産主義とファシズム)の失敗は、それによって歪曲されたとはいえ、「200年以上前にアメリカとフランスの革命が解き放った政治理念」を世界が受容する素地になりうる。「民主主義体制」のアメリカ・欧州・日本の成功が「その正しさを証明している」。「自由民主主義の理念〔liberal democratic concept〕そのものを、もっと魅力的なものにしなければならない」。
 しかし、彼は、世界中の「自由民主主義」の将来について、楽観視しているわけではなさそうだ。Out of Control という書名にすでに見られる。それは未読の第二部以下で語られるのだろう。liberal democratic concept という英語は、原著のZ.Brzenzinski, Out of Control(1993)p.47 による。
 なお、ブレジンスキーによれば、フランス革命等は、①ナショナリズム、②理想主義、③合理主義-脱宗教、を生み出した。これらすべてを「悪用」して成立したのが全体主義だ、とされる。
 近代市民革命または「近代」そのものにかかわる問題には、立ち入らない。
 三 きわめて興味深いのは、<自由と民主主義(liberal & democratic)>しか残らないという意味ではF・フクヤマ(「歴史の終わり」)と同じなのかもしれないが、ブレジンスキーは<反共産主義>を明確に語りつつ、同時に<自由・民主主義>への強い信頼も語っていることだ(世界がそれでまとまるかを懸念しつつ)。
 興味深いという気持ちは、日本での議論状況と対比して考える、ということをしたときに生じる。
 日本では、「左翼」の少なくとも有力な一傾向は、自民党・安倍政権等を「右」、ファシズム・軍国主義勢力とみて、その際に「民主主義」を有力な旗印にすることがある。その場合に、<人類の普遍的原理>なるものを持ち出して、例えば現憲法97条を削除する自民党改憲案を批判し、<人類の普遍的原理(基本的人権・民主主義等)を守る>勢力対<これを否定する>勢力の対立として政治状況(・理論 ?状況)を描こうとすることがある。要するに<自由・民主主義と平和を守れ>というわけだ。
 しかし、そのような日本の「左翼」は、決して<反・共産主義>を明確にはしていない。<非日本共産党>はあるかもしれないが、<反日本共産党>を明確にしている者はたぶんきわめて少ない。明確に<容共>・<親共産主義>だと思われる者は、上野千鶴子を含めて、少なくない。民進党も、いっときの政治判断かもしれないが、日本共産党との「共闘」を否定しない。
 このように、<反共かつ自由・民主主義>という勢力・理念が日本の「左翼」には少ないように見える。
 一方、「保守」の側はどうか。<反共>では、強調の程度の違いはあれ、一致しているかもしれない。
 しかし、<自由と民主主義>対する立場は、秋月によれば、「保守」の中において一様ではない。すなわち、①<自由・民主主義>は欧米産のかつ上記のアメリカ民主党系論者がそうであるように<アメリカ>のイデオロギーであって、日本国家と日本人は従えない、と日本の独自性を主張する勢力・論者がいる。とともに、②近代国家の諸原理あるいは「自由・民主主義」を日本も継承しているとみて、これの擁護について、全くか殆んど疑問視しない勢力・論者がいる。
 安倍晋三首相は<自由・民主主義・法の支配>といった「価値」の擁護を明言しているが、それは、純粋に上の②であるのか、あるいはそれは、アメリカの意向や共産中国等との違いを意識したりしての「政治的・戦略的」なもので、真意または個人的には上の①なのか。
 自民党の大臣や国会議員の発言や書いたものを見聞きしていると、自民党には、そしておそらくは「保守」論壇にも、①と②が混在している。あえて違いを見出せば、自民党議員には②の方が多く、論壇(要するに「保守」系雑誌)では①の方が多い。
 自民党という「保守」政党の個々の政治家が考えていることと、「保守」論壇の論者の思考には、かなりの乖離があると、秋月には思える。
 というわけで、<反共産主義と自由(リベラル)民主主義>を全く困難なく同居させ、素朴に主張できるアメリカの知識人・論者とは(こう簡単にアメリカをまとめられないだろうが、少なくともブレジンスキーとは)日本の「左翼」・「保守」ともに相当に大きく異なる、と感じられる。
 こんなことを考えさせたのが、ブレジンスキーの書の一部だった。
 これはしかし、重要な論点ではある。
 もちろん、日本には日本の議論があってよく、アメリカでの対立軸等に拘束されることはない。だが、日本の「保守」とは何か、どう主張するのが「保守」なのか、という問題に、あえて「保守」という言葉を使えば、根幹的に関係しているはずだ。
 *参考-なお、秋月瑛二は、以下の条文は削除されるべきだと考えている。1.条文にしては、「法規範」としての意味がないか、不明。2.実質的な憲法制定者が幼児・日本人を<説教>しているようだ。3.明らかに、元来は日本とは無縁の<自然権・天賦人権>論に立脚している。
 **日本国憲法97条「この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。」

1212/東京大学文学部社会学科はなぜ上野千鶴子を東京大学教授にしたのか。

 日本の大学の人事において、とくに歴史学や社会学を含む「社会系」については、その人物の「思想」・「イデオロギー」(それらによる所属団体、それらについての指導教授の「傾向」)がかなりの影響をもっているかを、この欄で何度か触れたことがある。マイナスになることもあれば、「左翼」/マルクス主義者・親マルクス主義者/日本共産党員であることがむしろプラスに働いて、これらを大学または学界における「処世の手段」として利用している者も少なくないのではないか、等をかつて記したことがある。

 2007.07.06「大学の歴史・社会系ではまだ共産主義系が多数派!?」

 2007.07.06「<処世の手段>としての『左翼』/マルクス主義者/日本共産党員」。  2009.02.06

 2010.10.02「『共産党ではないが左翼』の社会・人文系学者たちの多さ」、など。

 長らく失念していたが、上野千鶴子の東京大学への招聘について、西尾幹二らが当時の東京大学文学部長と社会学科長に対して「公開質問状」を出していたことを思い出した。
 ネット上で、全文かどうかは不明だが見つけたので、再掲して紹介しておくことにする。なお、この質問状は西尾=八木・新・国民の油断(PHP、2005)に全文・経緯が掲載されているようだ。所持しているが、確認作業を節約させていただく。

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 「『上野千鶴子』問題については、東京大学の社会的責任を問う必要があると考えます。

 『女遊び』は、上野千鶴子氏が東京大学文学部教授会に迎え入れられる前、平安女学院短期大学教員の名で出された本で、東京大学の資格審査の際の参考文献に当然なっていたはずですから、同書と同書著者を受け入れた社会的責任が、東京大学文学部長と社会学科主任教授とにあると思います。もちろん、それに先立ち、文学部教授会全体にも社会的責任があります。

 憲法で『表現の自由』と『学問の自由』は保障されていますが、表現の『評価』は無差別ではありません。社会的影響力の大きい機関は『評価』に対し、当然、社会的責任を有しています。

 『女遊び』がどのような文献であるかは本書中で紹介したとおりで、必要なら古書でなお入手でき、再調査が可能でしょう。関係各位はご調査のうえ、判断や評価が適切であったか否かを、いまあらためてマスコミにおいて公表してほしい。

 もちろん機関としての判断決定の見直しは、いかに失敗であるとはいえ、もう時機を失しているでしょう。けれども、文学部所属の教授たち、ことに社会学科所属の関係者が上野千鶴子氏の『評価』の見直しを、己の学問的良心に照らして再度ここで行うことは可能です。私たちのこの提案に対し、開き直って彼女を礼賛するか、賛同して彼女を批判するか、いずれも自由ですが、沈黙するのは社会的無責任の表明と見なします。開き直って礼賛する人の論法は見物で、いまから楽しみにしています。

 なお、『女遊び』は学術的著作ではないので、審査対象からは外していたという見え透いた逃げ口上は慎んでいただきたい。業績の少ない若い学者の資格審査においては一般著作も参考にすべきで、それを怠ったとすれば、かえって問題です。

 まして『女遊び』は、上野氏のその後の反社会的思想と日本社会に及ぼしている悪魔的役割と切り離せない関係にあるだけに、見逃したという言い方は弁解としても成り立たないと思います。

 平成16年12月8日
  西尾幹二・八木秀次」

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 上野千鶴子は京都大学文学部・同大学院出身で上記の京都市内の女子短大や京都精華大学の教員だったが、突然に?東京大学文学部の助教授になった。
 上野の著「女遊び」とやらは読んだこともないが、上野のたった一つの学問的研究書と言えそうなのは同・家父長制と資本制-マルクス主義フェミニズムの地平-(岩波書店、1990)だろう。ここに見られるように、上野はたんなる「フェミニスト」またはフェミニズムの研究者ではない。「マルクス主義フェミニズムの地平」を目指して、ベルリンの壁崩壊・ソ連解体の頃以前に研究した文章をまとめて、1990年に、あの「岩波」から出版したのだった。<容日本共産党>の人物であることにもこの欄で言及したことがある。現在では東京大学を定年退官して優雅な「おひとりさまの老後」を過ごしているのだろうか。

 ところで、上の質問状からは不明だが、質問を受けた2004年度の東京大学文学部長ではなく、上野を採用することを決定した時点(1992年度と思われる)での東京大学文学部長は柴田翔であったと見られる。柴田翔とは、大学院学生だったとみられる1964年の芥川賞を「されどわれらが日々」で受けた人物。

 興味深いことに、西尾幹二と柴田翔(本名)はともに1935年の早生まれで(これは大江健三郎も同じ)、ともに東京大学独文学科で学んだ「学友」にあたる。そして、上野千鶴子問題を離れてさらに次のように思うのだ。

 失礼かもしれないが、西尾幹二は東京電気通信大学という理系の大学のドイツ語・ドイツ文学の教員だったのに対して、柴田翔は東京大学文学部教員として東京大学に残り、文学部長にまでなった。
 これまでの仕事・業績の全体を見ると、ドイツ関係に限ってすら、圧倒的に西尾幹二が柴田翔を凌駕しているのではないか。西尾幹二には「個人全集」すらある。柴田翔は芥川賞のおかげで世間的には著名かもしれないが、いったいいかほどのものを学界に残したのだろう。彼らの20歳代においても、東京電気通信大学と東京大学とでイメージされるような力量の差はなかったのではないかと思われる。しかるに、なぜ、柴田翔は東京大学に残り、その専任教員になれたのか。あくまで推測にはなるが、<思想傾向>がまったく無関係だったとは思われない。

 日本の大学というのは、「大学の自治」・「学問の自由」といった美名に隠れてはいるが、じつはかなり異様で奇妙な世界ではないかと感じている。

 *後記(訂正)ー西尾幹二は1935年の「早生まれ」ではなく、同年7月生まれ。なお、大江はいわゆる<一浪>をしているので、結果として西尾と同年の入学のはずだ。

1162/男女平等(対等)主義は絶対的に正しいのか。

 妊娠中絶のための処置・手術が、ある種の医院・診療所にとっての重要な収入源になっている、という話がある(その数も含めてかつて読んだが、確認できない)。多くの寺院に見られる「水子地蔵」なるものの存在や一つの寺院の中でも見られることのあるその数の多さは、いったい何を意味しているのだろうか。
 不幸な流産等もむろんあるだろうが、親たち、とくに母親女性の意図による妊娠中絶の多さは、戦後日本の「公然たる秘密」なのではないか。そもそも妊娠しても出産にまで至らないのだとしたら、出産後の育児のための保育園の数的増大や男性社員・従業員の育児休暇の取得の容易化等の政策の実現にいくら努力しても、根本的なところでの問題解決にはならないだろう。
 生まれる前の将来の子ども(・人間)の「抹殺」の多さはマスメディアによって報じられたり、検討されたりする様子はまるでないが、これは(マスコミを含む)戦後日本の偽善と欺瞞の大きな一つではないかと思われる。
 望まない妊娠の原因の一つは、妊娠に至る行為を若い男女が安易にしてしまうという「性道徳」にもあるのだろう。もちろん、そのような若い男女の「個人主義」と「自由主義」をはぐくんできた戦後日本の、家庭や学校での教育にも問題があるに違いない。
 また、妊娠し(受胎し)出産することは、男と女の中で女性にしかできない、子孫をつないでいくための不可欠の高貴な行為にほかならないだろうが、そのような妊娠・出産を、男性とは異なる女性のハンディキャップであり、男性にはない女性の労苦であると若い女性に意識させてしまうような雰囲気が戦後日本には少なからず形成されてきたかにみえる。
 家庭において、学校において、そのような女性にしかなしえない貴重な営為について、その尊さについて、十分に教えてきただろうか。教えているだろうか。そのような教育を受けない若い女性が、とりわけ「少しだけは賢い」と思っている女性が、そのような労苦を<男女差別>的に理解しはじめたとしても不思議ではない。なぜ女だけが、男はしない<面倒な>ことをしなければならないのかと、とりわけ学校教育の過程で男子と対等にまたはそれ以上に「よい成績」をあげてきた(上野千鶴子のような?)女性が感じるようになっても不思議ではない。
 晩婚・非婚の背景には種々のものがあるだろうが、戦後の<男女平等(対等)主義>が背景にはあり、そして、それこそが、今日みられる<少子化>の背景でもある、と考えられる。
 まるで疑いもなく<善>とされているかに見える<男女平等(対等)主義>は、その理解の仕方・応用の仕方によっては、社会全体にとって致命的な<害毒>を撒き散らすことがありうることを、知るべきだろう。
 こんなことを感じ、考えているのは私だけではないはずで、確かめないが、林道義・フェミニズムの害悪(草思社、1999)に書かれていたかもしれないし、タイトルを思い出せないが中川八洋の本の叙述の中にもあったように記憶する。
 日本の国家と社会にとって<少子化>が問題であり、それが日本の「衰退」の重要な原因になるだろうというのは、かなり常識化しているようでもある。そうだとすれば、その解決策は表面的な(ポストの数ほどの保育所を、といった)対応だけでは無理で、より基本的な論点に立ち戻るべきだろう。
 妊娠と出産は女性にしかできない。その点で、男女は決して対等でも平等でもない。そしてそのような違いはまさに人間の本質・本性による自然なもので、善悪の問題ではまったくない。むろん「差別」でも、非難されるべき「不平等」でもない。
 このあたりまえの(と私には思われる)ことの認識に欠けている人々や、こうした認識を妨げる言論・風潮があること自体が、戦後日本社会を奇妙なものにしてきた一因だと私には思われる。

1128/丸山真男の1950年論考と現在の「左翼」・「保守」。

 丸山真男は「自由主義者への手紙」の中で、興味深くかつ重要なことを書いている。これは月刊・世界(岩波)の1950年9月号に発表された。アメリカ、GHQが日本の敗戦後当初と異なり、反共(反ソ)へと政策転換をした後の時期だ。丸山真男全集第4巻(1995)所収、p.313以下。
 丸山がいう「君」とは誰か判然としないが、一定の思想・評論の潮流なのだろう。その「君」は自分=丸山真男に対して次のような不満・批判を吐露・提出している、とまず丸山は述べる。
 「君や僕のようなリベラルな知識人」は「思想を否定する暴力に対して左右いずれを問わず積極的に闘うことが必要」で、そのためには「ファッショに対してと同様、左の全体主義たる共産主義に対しても画然たる一線をひいて」自分の主体的立場を堅持する必要がある。にもかかわらず、「僕みたいな…マルクス主義者ではなく、性格的にはむしろコチコチの『個人主義者』」が「現代の典型的な全体主義たる共産主義に対してもっと決然と闘わない」のは何故か(p.316)。
 同旨の疑問・批判は、より簡単には、次のようにも書かれている。
 「左右いかなる狂熱主義にも本能的に反発する」はずの僕=丸山が、「共産党に対して不当に寛容であるのはおかしい」(p.333)。
 これに対する丸山真男の回答・釈明・反論はこうだ。
 「日本のような社会の、現在の情況において、共産党が社会党と並んで、民主化…に果す役割を認めるから、これを権力で弾圧し、弱体化する方向こそ実質的に全体主義化の危険を包蔵することを強く指摘したい」(p.333)。
 共産党の日本社会の「民主化」への役割を認め、それに<寛容>であることによって、共産党を「弱体化」することによる「全体主義化の危険」を防止したい、と言うのだ。
 同趣旨のことは、「政治的プラグマティズムの立場に立てばこそ」として、次のようにも語られている。
 ①「下からの集団的暴力の危険性」と②「支配層が偽善的自己欺瞞から似非民主主義による実質的抑圧機構を強化する危険性」、および①「大衆の民主的解放が『過剰になって氾濫する』危険性」と②「それが月足らずで流産する危険性」とをそれぞれ比較して、「前者よりも後者を重しとする判断を下す」(p.333)。
 つまり、上の①よりも②の危険性の方を重視して、②の危険性の方を抑止したい(そのためには日本共産党に対して<寛容>であることが必要だ)というわけだ。
 この論考の発表当時、日本共産党は衆議院に35議席を有するなど勢力を拡張していたが、1950年1月にコミンフォルムによるその「平和革命」論批判(のちに分裂につながる)や同年6月のGHQによる共産党員等の公職追放(レッド・パージ)があった。
 のちの主流派による武力闘争まで丸山真男が支持したかどうかは確認しないが、日本共産党勢力が拡大し、かつ抑圧?を受けつつあったときに、この丸山真男論考は書かれている。
 そういう時代的背景はふまえておく必要があるが、興味深いのは、丸山真男のような<進歩的文化人>のかかる<容共>姿勢というのは、少なくとも日本共産党が「平和」路線(「人民的議会主義」路線)を明確に採って以降の、日本の<左翼>に特徴的な考え方または気分だ、ということだ。
 丸山真男は「民主化」に「しかり西欧的意味での民主化」という注記を施しているが、それはともあれ、丸山は「民主主義」(民主化)対「全体主義」という対立軸を設定している。「共産主義」が「左の全体主義」・「現代の典型的な全体主義」であることを否定していないようであることも目を惹くが、これとは区別されたものとして、日本社会の「全体主義化の危険」・「支配層が偽善的自己欺瞞から似非民主主義による実質的抑圧機構を強化する危険性」を語っている。
 「民主主義」対「全体主義」という軸設定は今日ではそのままではあまりなされてはいないかもしれない。しかし、後者に代わって、「(日本)軍国主義」とか「戦前のような日本」ということが言われ(ときには「偏狭な(排他的な)ナショナリズム」)、戦前のような社会を復活させるな、「民主主義」を守り、拡充させよう、という論調はしばしば見られる。
 それが「左翼」の主張であり、「何となく左翼(サヨク)」の気分だ。
 このような主張・気分は、丸山真男の上の文章に明確に示されているように、共産主義・日本共産党に対する「寛容」さを内包している。 
 共産主義・日本共産党に完全に同調しないとしても、それよりも「軍国主義」勢力・「保守反動」勢力の拡大による<戦前のような日本>の復活・「戦争ができる」国家の復活の危険を重視し、そのためには日本共産党と闘うどころか「共闘」することすら容認するのが「左翼」・「何となく左翼」だ。
 「左翼」の中核に日本共産党はいる。その周辺に、自覚的・意識ではないにしても、幅広く厚い<容共>層がいるのが、日本の「左翼」陣営の特徴だ。
 かつて自民党政権時代に、『家父長制と資本制―マルクス主義フェミニズム』(1990)というおそらく唯一の研究書を刊行した上野千鶴子は、マルクス主義者または親マルクス主義の立場の者だから当然だろうが、日本共産党を含む野党の対自民党統一戦線の結成を主張していた。
 上野千鶴子ほど明確にではないにしても、岩波や朝日新聞系の知識人・論壇人の中には、日本共産党よりも<保守>政党(従来だと自民党)を嫌う、共産党の力を借りてでも自民党政権を倒したいと考えていた者が多かった、と思われる。
 むろん、マスコミ従事者や一般国民においても<民主主義対全体主場(=保守反動)>という何となくのイメージを持っている者が多いから(それはかつての戦争の性格を含む歴史認識・それに関する教育に深く関係するがここでは触れない)、<反自民党>気分は一気に2009年の民主党内閣の成立に結びついた。
 日本共産党を批判したこともあり、そのゆえに日本共産党から攻撃されたこともある丸山真男だが、上のように、日本共産党を「民主主義」の側に位置づけ、<全体主義・軍国主義>傾向にむしろ重要な危険性を感じるという意識・気分(論者によってはイデオロギー)は、今日でもなお強く残存している。
 丸山真男とはまさに戦後進歩的知識人の代表者であり、「戦後左翼の祖」の一人と言ってよいだろう。
 上のような対立軸をかりに設定するとしても、共産主義・日本共産党を「民主主義」の側に位置づける、という馬鹿なことをやめ(させ)なければならない。
 むしろ、共産主義・日本共産党の「反民主性」・「反自由主義性」こそを強く、いや最大の対立軸として、主張し続けなければならない。
 そのような<反共>を最大・最重要の旗印として掲げるのが、私の理解する言葉の意味での<保守>だ
 こういう意味で<保守>概念が使われないとすれば、別に言葉ごときに拘泥はせず、「平等」教・「共産」教に対する<自由>主義と表現してもよい。
 ともかく、<容共か反共か>、これが今日の最大・最重要の対立軸だ、と考えられる。この対立軸の設定は、決して時代遅れ、あるいは決着済みのものでは全くない。
 この点が明瞭ではない論者、評論家、月刊雑誌等の論壇類は、「保守」概念をめぐっても含めて、混乱するか(あるいは混乱を持ち込むか)、少なくとも現在の日本と日本国民にとって適切な方向・指針を示すことができないだろう。
 

1017/<保守>は「少子化」と闘ったか?-藤原正彦著を契機として。

 一 最近この欄で言及した二つの雑誌よりも先に読み始めていたのは藤原正彦・日本人の誇り(文春新書、2011.04)で、少なくともp.175までは読み終えた形跡がある(全249頁)。
 藤原が第一章の二つ目のゴチ見出し(節名)以降で記しているのは、現在の日本の問題点・危機だと理解できる。
 ①「対中外交はなぜ弱腰か」、②「アメリカの内政干渉を拒めない」、③「劣化する政治家の質」、④「少子化という歪み」、⑤「大人から子供まで低下するモラル」、⑥「しつけも勉強もできない」(p.11-25。番号はこの欄の筆者)。
 上のうち<保守>論壇・評論家が主として議論してきたのは①・②の中国問題・対米問題で、③の「政治家の質」とそれにかかわる国内政治や政局が加えられた程度だろう。
 つまり、上の④・⑤・⑥については、主流の<保守>論壇・評論家の議論は、きわめて少なかったと思われる(全くなかったわけではない)。
 藤原正彦とともに、「政治、経済の崩壊からはじまりモラル、教育、家族、社会の崩壊と、今、日本は全面的な崩壊に瀕しています」(p.22)という認識をもっと共有しなければならないだろう。
 二 例えばだが、<少子化>が日本崩壊傾向の有力な原因になっていること、そしてその<少子化>をもたらした原因(基本的には歪んだ戦後「個人主義」・男女平等主義にある)について、櫻井よしこは、あるいは西部邁は(ついでに中島岳志は)どのように認識し、どのように論じてきたのだろうか。
 p.175よりも後だが、藤原は、「少子化の根本原因」は「家や近隣や仲間などとのつながり」を失ったことにある、出産・子育てへのエネルギー消費よりも<自己の幸福追求>・社会への報恩よりは「自己実現」になっている、「個の尊重」・「個を大切に」と「子供の頃から吹き込まれているからすぐにそうな」る、とまことに的確に指摘している(p.241)。
 このような議論がはたして、<保守派>において十分になされてきたのか。中島岳志をはじめ?、戦後<個人主義>に染まったまま<保守>の顔をしている論者が少なくないのではなかろうか。
 <少子化>の原因の究極は歪んだ戦後「個人主義」・男女平等主義にあり、これらを称揚した<進歩的>憲法学者等々の責任は大きいと思うが、中間的にはむろん、それらによるところの晩婚化・非婚化があり、さらに<性道徳>の変化もあると考えられる。

 中川八洋・国が滅びる―教育・家族・国家の自壊―(徳間書店、1997)によると、マルクスらの共産党宣言(1848)は「共産主義者は…公然たる婦人の共有をとり入れようとする」と書いているらしく、婚姻制度・女性の貞操を是とする道徳を破壊し、「売春婦と一般婦女子の垣根」を曖昧にするのがマルクス主義の目指したものだ、という。そして、中川は、女子中高生の「援助交際」(売春)擁護論(宮台真司ら)には「過激なマルクス主義の臭気」がある、とする(p.22-)。
 また、今手元にはないが別の最近の本で中川八洋は、堕胎=人工中絶という将来の生命(日本人)の剥奪の恐るべき多さも、(当然ながら)少子化の一因だとしていた(なお、堕胎=人工中絶の多さは、<過激な性教育>をも一因とする、妊娠しても出産・子育てする気持ちのない乱れた?性行動の多さにもよるだろう)。
 私の言葉でさらに追記すれば、戦後の公教育は、「男女平等」教育という美名のもとで、
女性は(そして男ではなく女だけが)妊娠し出産することができる、という重要でかつ崇高な責務を持っている、ということを、いっさい教えてこなかったのだ。そのような教育のもとで、妊娠や出産を男に比べての<不平等・不利・ハンディ>と感じる女性が増えないはずがない。そして、<少子化>が進まないわけがない。妊娠・出産に関する男女の差異は本来的・本質的・自然的なもので、<平等>思想などによって崩されてはならないし、崩れるはずもないものだ。しかし、意識・観念の上では、戦後<個人主義>・<男女対等主義>は女性の妊娠・出産を、女性たちが<男にはない(不平等な)負担>と感じるように仕向けている。上野千鶴子や田嶋陽子は、間違いなくそう感じていただろう。

 上のような少子化、人工中絶等々について、<保守>派は正面からきちんと論じてきたのだろうか?
 これらは、マルクス主義→「個人主義」・平等思想の策略的現象と見るべきものと思われるにもかかわらず、<保守派>はきちんとこれと闘ってきたのだろうか?
 現実の少子化、そして人口減少の徴候・現象は、この戦いにすでに敗北してしまっていることを示しているように思われる。
 このことを深刻に受けとめない者は、<保守>派、<保守>主義者ではない、と考える。 

0817/月刊中央公論10月号(中央公論新社)の一部を読む。

 一 読売系とされている月刊中央公論10月号(中央公論新社)の編集後記は衆院選の結果をふまえて書かれている。
 編集長・間宮淳はこう書く。
 <自民党組織を「政党と呼ぶべきかは…疑問」だった。「一旦、五五年体制の終焉にまで漕ぎ着け」たが、「今回の選挙まで政権与党として生き残ってしまいます。/そのお陰で日本は、経済が限りなく破滅に近い状態に陥り、グローバル化にもポスト冷戦にも乗り遅れ、明らかな没落の中に。/事ここに至って、ようやく日本人は自民党を見限りました。…」>
 間宮淳は、2009年まで自民党が政権与党だった「そのお陰で」経済が破滅に近くなり、「グローバル化」や「ポスト冷戦」に「乗り遅れ」た、と言っている。
 「ポスト冷戦」と簡単に書くあたりにも、まだ「冷戦」は終わっていない東アジアに関する状況認識の薄さを感じることもできる。
 また、選挙結果を<大>歓迎していることについても、むろん異論はある。
 だが、もっと怖ろしいのは、自民党政権が原因となって「経済…破滅」があり、「グローバル化」や「ポスト冷戦」に「乗り遅れ」た、といとも簡単に原因・結果を叙述していることだ。
 字数に限界があるなどという言い訳は成立しない。「経済が限りなく破滅に近い状態に陥り、グローバル化にもポスト冷戦にも乗り遅れ、明らかな没落の中に」、ということの意味はより詳細にはどういうことなのか? それらの原因は1993年以降も自民党が「政権与党」だったことにある、とする根拠は一体どこにあるのか?。
 この人によると、リーマン・ショックも昨秋以降の経済不況も自民党政権に原因があるのだろう。この人はまともな常識・感覚・経験をもっているのか?
 こんな人が著名な?月刊雑誌の編集長である、ということにこそ、日本の「明らかな没落」の証左がある、と思われる。
 二 同誌同号の巻頭、北岡伸一=御厨貴(対談)「政権交代で始まる不可逆的な地殻変動」もひどいものだ。
 二人とも、東京大学の現役の「政治学」の教授。
 すでに指摘されてはいるが(月刊正論11月号、東谷暁「寸鉄一閃」p.160)、とくに御厨貴のひどさは、著しい。
 細かい、具体的なことを捨象して感じるのは、この二人、とくに御厨貴の視野の<狭さ>だ。
 第一に、「政治学」者ならば、個別の専門ではなくとも、政治「思想(史)」の観点からの分析・総括もあってよいと思うが、何もない。表象的な日本政治・日本人の政治意識に関する言葉だけだ。
 第二に、アメリカには若干の言及はあるが、中国・北朝鮮には何の言及もなく、民主党と<東アジア共同体>構想に関する言及もない。
 御厨貴の民主党に対するヨイショぶりは、「学者」の域を超えている。
 怖ろしいのは、こんな人物が、現役の東京大学教授だということだ。行政官僚にしろ裁判官・弁護士等の専門法曹にしろ、少なくとも教養としての「政治」を、こういう人に教えられて育っていっているのだから、日本のいわば<エスタブリッシュメント>的なものが、戦後<平和と民主主義>思考に浸されるのは当然だ、という気がする。
 三 さらに言うと、国際法の横田喜三郎、憲法の宮沢俊義、政治学(広義)の丸山真男らのDNAを継承していないと、あるいはこれらの戦後の先達たちを直接にせよ間接にせよ<批判する>ような研究を決してしない、そういう論文等を決して書かない人物ではないと、東京大学教員には残れない、又は他大学から東京大学に戻れない(招聘されない)という、牢固とした<慣習>のようなものが、東京大学(とくに)法学部にはあるのではなかろうか。
 上はたんに憶測にすぎない。憲法学者にせよ政治学者にせよ、明瞭に<戦後を疑う>、<戦後民主主義を疑う>者は(社会・人文系の)東京大学教員にはなっていないのではないか。
 東京大学(社会・人文系)がアンシャン・レジームとしての<戦後>(1947年憲法体制ともいえる)の擁護者、司祭者たちの集まりでないとよいのだが…。
 樋口陽一、上野千鶴子……。なぜ、東京大学卒業でもないこの人たちは、、東京大学教授になれたのか…?。研究「業績」以外の何かがあるような気がしてならない。

0780/7/21TBS「ニュース23」、月刊正論8月号の潮匡人による上野千鶴子論評。

 〇たぶん衆院解散の7/21の夜のTBS系「ニュース23」にTBS政治部長とかの岩田(と聞こえた)某が登場し、その日に麻生太郎首相が民主党について党大会や議員総会の会場に日本国旗を掲げない政党だと批判的に指摘したことを捉えて、<保守層に訴えたいのだろうが、国旗掲揚は(国民の)義務ではないと言っていた筈なので違和感をもった>旨の、頓珍漢な民主党擁護発言をしていた(記憶による)。
 「国家」機構以外には日本国旗掲揚の義務はないとはいえるだろうが、大会等の場所に日本国旗を掲揚しているか否かは、どのような政党かを知るための参考材料にはなる。国旗不掲揚の真偽は確認していないが、事実だとすれば、民主党の<無国籍>ぶり、あるいは反<国歌・国旗>運動をしている日教組等との「連帯」ぶり、という民主党の性格を知る上でなかなか有益だ。
 <日本国旗を掲揚できない民主党>、これは自民党等によるアンチ・キャンペーンの一つにしてよいのではないか
 それにしても、上のようなことを言って自民党・首相批判するのが、東京キー局の「政治部長」なのだ。こんな程度の人物たちがテレビの「政治」報道や「政治」関係番組を作っているのだから、日本の政治が、そして有権者の行動が歪められないわけはない、と奇妙に納得する。

 〇月刊正論8月号(産経新聞社)の潮匡人の連載「リベラルな俗物」は今回は上野千鶴子をターゲットにし、「私怨が蠢く不潔で卑猥なフェミニスト」と題する(p.188-)。
 ご苦労な文章で、なるほど上野は「私怨が蠢く不潔で卑猥な」人物なのだろうが、潮匡人の手の負えない対象でもあるようだ。
 上野千鶴子を論じるならば、その「遊び」本は除いて、上野・家父長制と資本制―マルクス主義フェミニズムの地平(岩波・1990)、上野・ナショナリズムとジェンダー(青土社、1998)あたり、とくに前者を対象にし、その<フェミニズム>の具体的内容自体を批判すべきだろう。
 上野千鶴子は、<非日本共産党系、マルクス主義的フェミニスト>だ。少なくとも、マルクス主義を利用して自らの「フェミニズム」体系?を構築しようとした人物だ。<非日本共産党系>又は<非組織系>だからこそ、マルクス主義的又は「左翼」であっても(あるいは、だからこそ)東京大学が受容したのだ。
 こうしたより本質的部分に、潮匡人の分析等は説き及んでいない。
 

 〇月刊WiLL9月号(ワック)で櫻井よしこ(「自民党に求められる覚悟」、p.60-)が「…突発的なことでもない限り、八月の選挙で民主党政権が誕生するのは避けられないだろう」とすでに書いているくらいだから(?)、八月末選挙の結果はすでにほとんど明らかなのだろう。
 自民党等政権のままで日本がよくなる保障は全くないが、民主党政権又は民主党中心政権が誕生すれば日本が<ますます悪くなる=消尽し・解体していく>のはほとんど明らかだ。当たり前のごとく、「民意・ミンイ」あるいは「民主主義」が<最善の・最も合理的な・最も正しい>選択・決定をもたらすわけではないことを指摘しておく必要がある。朝日新聞が推進し、日本共産党が容認している方向なのだから、なおさらだ。些か単純化しすぎだろうが、朝日新聞や日本共産党が主張又は容認する方向に日本が向かえば日本にロクなことはない、というのが<戦後日本の普遍的な鉄則>であることを想起する必要がある。
 多数派になるだろうと又は当選者が増加するだろうと<マスコミ>等で予想されている、そのような<空気を読んで>投票先政党を決める有権者が投票者の少なくとも5%はいそうだ(ひょっとすれば20%程度だろうか)。その5~20%によって、選挙の当落が決せられる-こんな馬鹿馬鹿しい現象はない。「民主主義」には、「国民の皆様」の判断にはとっくに幻滅しておくべきだろう。しかし、政治家もマスコミも「国民の皆様」にそんなことを公言できない。
 マニフェストの基本的項目に「防衛」の項がない政党・民主党が中心となった政権ができる……、まともな状況になるために、あと何年かかるのだろうか。取り返しがつくのならばまだよいのだが。
 日本共産党社会民主党の議席減少(ますますの「泡沫政党化」)だけが楽しみであるとは、何とつまらない選挙だろう。

0594/勢古浩爾・いやな世の中―<自分様の時代>(ベスト新書、2008)を読了。

 二夜ほどかけて一昨日(15日)に、勢古浩爾・いやな世の中―<自分様の時代>(ベスト新書、2008.04)を全読了。この人のものはたぶん初めて。
 8割程度に異論はない。あるいは、8割程度の叙述に同感する。
 <ミーイズム>と表現した者もいたが、―著者・勢古浩爾(1947年生)は明確に論じているいるわけではないものの―「戦後民主主義(個人主義)」の生み出したのは、<自分教>・<自分病>・<自分様の時代>だったと思われる。
 勢古が「権利と自由」との関係に言及しているのはおそらく次の部分だけだ。
 <「弱肉弱食」の時代になっている。「『食う』弱い者は、自分病の人間である。『食われる』弱い者はまともに暮らそうとする人間…。近代的権利と自由が、前近代的人情と和を求めるこころを食うのである。自分様はのさばり、まともな人間はうつになる…」>(p.121)。この部分は「近代」(主義)批判とも読める。
 こんな文も「あとがき」の中にある。
 「筋金入りの『自分様』たちは、信用や信頼など歯牙にもかけない。それゆえ怖いものなし…。かれらの行動原理は自分の感情の快不快とごね得と損得勘定である」(p.207)。
 かかる「自分様」たちを大量に生み出したのは、憲法学者・樋口陽一が現憲法上の最大の価値理念だとする「個人の尊重」→「個人主義」に他ならないだろう。
 繰り返しているように、樋口陽一を代表者とする戦後の「民主(主義)的」・「進歩(主義)的」憲法学者たちの<罪>はきわめて大きい。そのような憲法理念を学んだ者たちが学校教員になり児童・生徒を教育しているのだ。公務員もまた「戦後憲法学」を学んで仕事をしているのだ。マスコミ人間も同様。

 もっとも、勢古浩爾は、「自分」中心主義→「自分の家族」・「自分の会社」中心主義の「果ては『自分の国』にまで広がる」と書いているが(p.37)、最後の点は留保が必要だ。
 『自分の国』意識=ナショナリズムの希薄さこそが戦後日本の特徴だ、とも言えるからだ。
 但し、必要な国際協力をしない、<自分の国さえよければ(平和であれば)よい>という考え方の広がりも<自分病>の一種だと言えるのかもしれない。

 なお、ついでに書くと、「思い上がった」、「八ケ岳南麓」に「60m2ワンルームの生活空間」たる「仕事部屋」をもつ、単著「おひとり様の老後」で「老後の資金はまたさらに潤沢になった」、「女森永卓郎」らしき(p.78~p.83)、「自分様」上野千鶴子に対する皮肉と批判をもっと多くかつ体系的に叙述してほしかったものだ。

0462/山下悦子はよく、荷宮和子はヒドい。上野千鶴子は勿論ヒドい。

 一昨年に(少なくとも一部を)読み、感想もすでにメモしたことがあるが、この欄にも若干の修正を加えて掲載しておく。
 山下悦子・女を幸せにしない「男女共同参画社会」(洋泉社新書、2006.07)は、一章まで(~p.72)を読んだだけだが、なかなか面白かった。上野千鶴子や大沢真理等の「フェミニスト」の議論は大多数のより「ふつうの」女性の利益に反する<エリート女性シングル>のための議論だとして、強く批判しているからだ。大沢真理が関係法律(男女共同参画法)の成立に審議会委員として貢献したという知識を得たのはこの本によってが初めてだった。また、「ジェンダー・フリー」とは誤読にもとづく和製英語で、「性別にかかわりなく」という意味を本来は持っていないとされていることも初めて知った。東京大学教授の二人の英語の知識が問われている(但し、上野千鶴子が<戦略的に>作った概念だとの話もあることはいつぞや触れた)。
 上野は明確な「団塊」世代で大沢は下だがほぼ準じる。そして、上野や大沢を代表とするような女性と彼女たちのような議論を生み出したのも、戦後の-とりわけ1970年以降の?-教育を含む日本社会に他ならないだろう。
 それにしても、繰り言の反復になるが、東京大学は、正確には又は実質的には文学部及び文学研究科・社会学専攻にたぶんなるが、上野・大沢をよくも採用したものだ。
 荷宮和子・若者はなぜ怒らなくなったのか(中公新書ラクレ、2003)は「団塊と団塊ジュニアの溝」との副題が気を引いて、読んだ。だが、「あとがき」を先ず読んで、この人自身の表現を借りると、この人は「アホである」(p.245)と感じた。
 多少中身を見ても概念定義・論理構成が全く不十分だ。同・なぜフェミニズムは没落したのか(同前、2004)も既所持で第一章まで読んでいたが、この人自身の表現を借りると、やはり、この人は「アホである」(p.277)。活字文化のレベルはここまで落ちている。
 何の学問的基礎・専門知識もなく、喫茶店のダベリを少し体系化しただけのような本が出ている。そんな傾向を全否定はしないが、中公ラクレ編集部の黒田剛司は自社の名誉・伝統のためにも執筆者の再検討をした方がよい。
 2冊ともたぶん100~300円で買った古書なので大した打撃ではないが、読んだ多少の時間が惜しい。小浜逸郎・やっぱりバカが増えている(洋泉社、2003)というタイトルどおりの証左かもしれない。が、その本人が「バカがこれ以上増えませんように」(荷宮の前者最末尾)と書いてあるから、ひっくり返った。

0443/読書メモ2008年3/30(日)-その2。

 先週のいつだったか、西尾幹二・日本人は何に躓いていたのか(青春出版社、2004)の第五章・社会(p.232-266)、実質的には「ジェンダー・フリー」主義・同教育批判、だけを読んだ。
 「ジェンダー・フリー」教育のおぞましさ・異様さ、そして<男女共同参画社会>推進政策の狡猾さ、は既に知っていることなので驚きはしない(最初に知ったときは驚愕した)。
 西尾幹二は、しかし、いくつか記憶に残る言葉・文章を記している。
 ・「過激なフリーセックスは、レーニンの指導する共産主義社会で実際に行われて、既に失敗だったと結論が出て、スターリンが是正した歴史が残っています…」(p.241)。
 こんなことは知らなかった。
 ・「フランクフルト学派とか、ポストモダンとかいう思想」は、欧州では「たいてい」、「大都会の片隅の深夜の酒場にたむろするタイプの一群の特定な思想の持ち主たち」に支持されている「思想」だ(p.243)。
 なるほど。きっと反論する人がいるだろうが、イメージは湧く。
 ・(上と基本的に同旨を含む)「男女は平等」だが「別個の違う存在」なのに「意図的に混在させ、区別なしに扱うのは反自然な思想」でないか。かかる考え方は「いわゆるフランクフルト学派や、ポストモダン、とりわけ自ら同性愛者であるような思想家、ミシェル・フーコーのような人たちによって推進されました」(p.256)。
 そういえば、思い出したが、評論家?の武田徹はミシェル・フーコーの
「言説を引用」することがある、と石井英之が称賛するが如く書いていた。
 ・中川八洋の『これがジェンダーフリーの正体だ』との本によると、上野千鶴子は、名詞の性の違い(女性名詞・中性名詞・男性名詞)を示す「文法用語」にすぎなかった「ジェンダー」(性差)を「フェミニスト運動の都合にあわせて」作った(引用されている上野の原文では「…を主張するために生まれました」)と「告白」している。
 セックスとジェンダーの違いは、なんて勉強?したのはいったい何だったのだ、と言いたくなる。
 ・上野千鶴子を教員として招いたのは、「東大の判断がおかしい」。昔は別だが「今はそもそも東大というのは左翼の集団です…」(p.265-6)。
 (なお、西尾が上野千鶴子を「左翼フェミニスト」と形容していた記憶があるが、再発見できなかった。)
 東京大学という最高?学府に<左翼的な>教員・研究者が<多い>印象があるのは確かだ。東京大学所属だから目立つ面はあるのだが、-「左翼」という語の定義に立ち入らないが-憲法学の樋口陽一(前)、長谷部恭男蟻川恒正は<左翼>又は少なくとも<左翼的>だろう。さらに遡れば、小林直樹芦部信喜だって…。靖国問題(ちくま新書)を書いた高橋哲哉も東京大学(教養学部?)だ。もっと古くは、GHQに協力して一時期は<左翼的>だった横田喜三郎(のち、最高裁長官)は法学部で国際法担当、<進歩的知識人>の御大・丸山真男は法学部の政治学(政治思想史)担当、といった具合。過去および現在に、他にも気のつく人物は多い。東京大学出身の上級官僚や法曹は、こういう人たちの「教育」を受けて生まれてくる(きた)のだ…。
 この最後のテーマ(東京大学と「左翼」、そして一般社会)は別の機会にも言及する。

0388/上野千鶴子著はやはり気持ちが悪い。

 上野千鶴子・おひとりさまの老後(法研、2007)を古書で買って数十頁読んだ(古書でしか買わないのは、朝日新聞社、岩波書店、日本評論社(の法学系)発行および特定の執筆者の本についての私の決まり)。
 老後に関する参考になるところはあるだろうが(男性にとっても)、著者の、結婚して子供がいる女性に対する憎々しげな心情や反皇室感情がこもっている文章が多く、やはり気持ちが悪い。
 ベストセラーになっているようだが(そして著者は「儲けて」いるだろうが)、上野千鶴子に、東京大学教員就任前および後にどんな<(専門的)研究書>があるのか、いつかきちんと調べてみたい。いくら何でも、東京大学は政治的<活動家>・<運動家>を「飼って」、給料を払っているわけではあるまい。

0354/読売38面中段、産経1面上段、この違いは何故?

 読売新聞は、切り抜きはしていないし月日も失念しているが、最近、某著書の執筆者として上野千鶴子を写真入りで登場させて記事を書き、「男女共同参画」行政に関する評価を曖昧にしたまま、某国立?女性会館の廃止が「男女共同参画」社会の推進にとって好ましくないかのごときニュアンスをもった記事も掲載していた。
 今日12/09の朝刊、産経は一面でテレビ朝日の証言者「偽装」を取り上げていたが、読売はなんと最終面(テレビ等欄)に近い、社会面の(右上又は上部ではなく)真ん中辺りに紛れ込ませており、記事内容も産経に比べて少ない。
 今回の件のようなテレビ界での「やらせ」について、読売は一貫してかかる取扱いをしてきたのだろうか。
 ことは新聞を含むマス・メディアの「体質」に関係する重大な問題であり、ひっょっとすれば「朝日」の体質に関係するかもしれない問題だ。読売新聞の<腰の引けた>姿勢には失望と疑問を感じる。
 広い意味での同業者の、良くない事柄に関する情報だから抑えたのだろうか。あるいは、最近接近しているらしい朝日新聞社の関連会社・テレビ「朝日」だから少しは遠慮したのだろうか。かりにNHKが同様の報道の仕方をしたとして、読売はやはり社会面の途中にあまり目立たないように記事にしたのだろうか。
 疑問は尽きない。
 渡辺恒雄が個人として何をしようとも勝手だとはいえるが、同人物がまだ「読売」新聞の肩書きを付け続け、かつ老齢のこの一人の考え方の影響を紙面(政治面)も受けているようでは、読売に対する信頼は徐々に減少していくだろう。
 同紙は「日本」の来し方・行く末を問題にする企画記事を連載してきたようだが、同紙自体が「日本」の来し方・行く末に密接に関係せざるをえないこと(したこと)を改めて真摯に想起すべきだと思われる。

0266/大学の歴史・社会系ではまだ共産主義系が多数派!?

 この1年間で、いや8カ月と区切ってもいいのだが、最も印象的で、最も衝撃的な情報は、月刊諸君!2007年2月号(文藝春秋、2006.12末発売)の伊藤隆・櫻井よしこ・中西輝政・古田博司による「「冷戦」は終わっていない!」との「激論」の中の次のような文章だった。
 伊藤教え子たちがいろいろな大学に就職…聞くのですが、大学の歴史・社会科学系では実はまだまだ共産主義系の勢力が圧倒的多数なんですね
 中西近年、むしろ増えているのではないですか。現在は昭和20年代以上に、広い意味での「大学の赤化」は進んでいると思います
 伊藤「…戦後第一世代と異なるのは、そうした左翼シンパのひとりひとりはほとんど無名の存在だ…。いま大学にいるのは遠山(茂樹)井上(清)の孫弟子の世代なんです。だから誰も彼らが左派系だなんて気づかない。そんな連中が教授会の多数派をしっかりと握っている大学が多い
 中西「…石母田(正)の怨念の籠もり籠もった歴史学…。家永遠山の歴史観にも共通した特徴ですが、彼らの影響を受けた研究者たちが、いま日本の歴史学会の多数を支配している…。大学はなかなか変化しないんです」(p.50-1)。
 伊藤隆は歴史学者であり、歴史学界を主な対象として語られているようだ。だが、中西輝政は政治学・経済学界についても丸山真男大塚久雄の名を出したのち次のように言っている。
 中西研究対象を選ぶ段になると、学会での地位や就職が絡みますからナーバスに…。直接、左派知識人に批判的なことをやると、大学への就職が難しくなるという有形無形のプレッシャーはいまだにものすごく強いですからね」(p.53)
 <大学の自治>の下での<学問の自由>の現状はおそらくこうなのだろう。国家ではなく「左派」によって<学問の自由>が事実上侵害されている。そしてかかる現象は―特段の言及はないが―歴史・政治・経済学以外の法学・社会学等々にもある程度はあるものと思われる。
 「左派」すなわち共産主義・マルクス主義の影響を受けた、又はこれを「容認」する大学研究者(教員)が人文・社会系では「多数」のようだとは、私のある程度は想像する所でもあったが、こう明確に語られると、慄然とする。彼らが執筆した人文・社会系の(日本史・世界史・政治経済・現代社会等の)中学・高校の教科書で学んで、上級官僚や法曹が、そして若い国会議員が育ってきているのだ。
 上の<激論>の中で中西輝政は指導教授の高坂正堯が時々「きみたちには悪いねぇ」(早く就職させられなくて)と大学院学生たちに言っていた、「高坂先生は…七〇年代までは学界で異端視されていて、その門下生と知れると、ほとんどお呼びがかからなくなる。私たち大学院生は…「高坂門下」ということで大いに差別される」等と発言しており(諸君!2月号p.52)、中公クラシックスとなった高坂正堯の本・宰相吉田茂(中央公論新社、2006)の緒言で、中西寛(現京都大学法学部)は高坂正堯の吉田茂を肯定的に評価する論文・著書に関連して、「マルクス主義や進歩派知識人による保守政治批判が大多数だった」「当時においては、学者や知識人にとって保守政治家を批判する方が肯定的に評価するよりもよほど安全だった」と記している。
 「左翼」/マルクス主義者/日本共産党員の強い分野では、事実上の「思想統制」が(国家によってではなく)行われていたし、現在も行われている可能性があるわけだ。
 「思想統制」にはあたらず、その逆だろうが、東京大学出身者でもない樋口陽一はなぜ東北大学から東京大学(法学部)に迎えられたのか、同じく上野千鶴子はなぜ京都の某女子大から東京大学(文学部社会学科)に迎えられたのか。その<思想傾向>は、一般世間以上に、大学の世界では所属大学の変更も含む<人事>にかなりの影響を与えていそうだ。

0226/朝日新聞の「戦後」責任-「南京大虐殺は存在せず」。

 片岡正巳(1930-)・朝日新聞の「戦後」責任(展転社、1998)という本がある。タイトル通りの内容だが、16の章のうち第15章は「グロテスクな従軍慰安婦報道」で(p.287-)、「トリッキーな記事で火をつける」、「威力を発揮した「軍の関与」報道」、「「通牒案」の意味を逆立ちさせて煽る」、「詐話師の話を持ち上げた論説委員」、「政治的になされた強制の認定」、「実態を歪める偽善のキャンペーン」が各節の見出しだ。
 同書はあとがきで言う―「朝日は、戦後50有余年の歩みの中の非は非と率直に認めて、身を飾った「左翼」の古い衣を脱ぐがよい己を無謬と思い込む傲慢のプライドを捨てるがよい」。その通りだが、朝日が<ハイ、わかりました>と答える筈はないだろう。
 慰安婦問題で知られておくべき一つは、朝鮮半島出身の女性よりも日本(いわゆる内地の)女性の方が多かったのに、訴訟や運動で日本政府の責任を追及している人たちの中に日本人女性はいない、ということだ。日本人女性のした「慰安婦」の選択が政府の責任とは考えていない、と理解するのが常識的だろう。但し、秦郁彦・慰安婦と戦場の性(新潮社)p.222によると、日本人原告がいないことについて、上野千鶴子は「日本のフェミニズムの非力さの証し」と書いているらしい。
 ということは、上野さんに尋ねてみたい。韓国のフェミニズムは日本のそれより強力なのですか? 韓国は日本よりも男尊女卑だとも聞いたことがあるが?
 西尾幹二責任編集・新地球日本史2(扶桑社、2005)という本もあり、その中の第5章は東中野修道執筆の「南京大虐殺は存在せず」。20頁で簡潔にまとめられていて(前提資料もかなり新しい)、各節の見出しは順に「世界を駆けめぐった米紙の特ダネ」、「米国人特派員は目撃していなかった」、「毛沢東は「虐殺」を否定していた」、「人口と同じ人数が殺害された?」、「告発の書は中国国民党の宣伝本だった」、「極秘文書にも「虐殺」の記述はない」。
 <南京事件>の被害者数には、39万、30万、20万、10万、4万(各説又は各主張あり)等の説がある。1000人あるいは2-300人でも「虐殺」だろうが、しかし、それすらなかったのではないか、とする説も存在している。争点は秦郁彦氏の4万人説を支えていると思われるベイツ証言の信憑性、(戦闘による、又は兵士に対する殺人は合法なので)国際法上違法と言えるような「捕虜」の扱いがあったか否かだろう。例えば捕虜として連行中に逃亡しようとした者を射殺するのは適法か、といった問題に行き着くのではないか、と素人ながら感じている(兵服を脱いで一般市民に紛れ込んでも戦意がある限りは殺人も違法ではない)。とすると、一番最後の「(大)虐殺はなかった」説も十分に成り立つ可能性があるだろう。
 それに南京「事件」の決定的な原因は、蒋介石等の国民党政府(軍)首脳部が南京市に戦闘員を残したまま南京から「逃亡」したことにある、と私は理解している。全兵士に南京残留を禁止していたらこの「事件」は生じていなかった。

0147/樋口陽一の愛弟子・現東京大学教授、「痴漢」容疑で現行犯逮捕される。

 読売5/15夕刊によると某大学教員が電車内での20歳の女性に対する「痴漢」により東京都迷惑防止条違反の現行犯で新宿警察署に逮捕された。容疑者は容疑を認めており、「好みの女性だったので…」などと供述している、という。
 大学教員であってもこんなことはありうる事件なので珍しくもない、従って大した関心を持たないのだが、今回はかなりの興味をもった。
 それは、大学教員が東京大学大学院法学政治学研究科の教授で、かつ憲法学専攻らしいからだ。
 容疑者は、蟻川恒正、42歳。
 ネット情報によると、万全ではないが、さしあたり次のことが分かる。
 1.おそらくは東北大学法学部・同大学院出身で、指導教授は「護憲」派で著名な樋口陽一と思われる。(5/20訂正-樋口氏が東北大学から東京大学に移ったあとの「弟子」で、東京大学法学部卒、ただちに助手となったらしい)。
 8年前の1999年(蟻川氏は34歳か)の東北大学法学部の「研究室紹介」に次のように書かれている。
 「蟻川恒正助教授/
東京都出身。専門は憲法。東北大学名誉教授である樋口陽一先生の憲法学の正当な継承者である。その高貴な顔立ちとは裏腹に気さくな人である。意外にも落語好き。また、独身貴族でもある。
 2.東北大学(法学部)は、文科省からの特別の予算を受けられる21世紀COEプログラムとして怖ろしくも「男女共同参画社会の法と政策」なる総合研究を行っており、仙台駅前に「ジェンダー法・政策センター」なるものまで設置し、専任の研究員まで置いているようだ。このCOEの代表(拠点リーダー)はやはり憲法学者の辻村みよ子(1949-)。この人は一橋大学出身で、指導教授は杉原泰雄、2005年~2008年民主主義科学者協会法律部会理事。
 上の研究の一環として東京から上野千鶴子(2006.02.10)や大沢真理(2005.11.26)を呼んでのシンポジウム等も行っているが、少なくとも2005年度は蟻川も法学部教授として上のCOEプログラムの「事業推進担当者」の一人だった。2005年の12.19には「身体性と精神」と題して研究会報告を行っている。「アメリカ合衆国における女性の人工妊娠中絶の自由に関連する連邦最高裁の主要な裁判例を跡づけながら、自己決定権という権利概念が憲法理論上において持つ意義を探ろうとしたもの」らしい(→
http://www.law.tohoku.ac.jp/COE/jp/newslatter/vol_10.pdf)。
 3.樋口陽一=森英樹高見勝利=辻村みよ子編・国家と自由-憲法学の可能性(日本評論社、2004)という本が出版されているが、これらの編者および長谷部恭男愛敬浩二水島朝穂らとともに一論文「署名と主体」を執筆しているのが、蟻川恒正。
 編者4名や上記3名の名前を見ていると、辻村が「民科法律部会」(日本共産党系の法学者の集まりといわれる)の理事だつたことも併せて推測しても、蟻川恒正は、「左翼」的、<マルクス主義的>憲法学者だと思われる。上記のように、ジェンダーフリー・フェミニズムに特段の抵抗がないようなのも、このことの妥当さを補強するだろう。
 従って、憲法改正問題についていえば、樋口陽一らともに九条二項護持論者だろうとほぼ間違いなく断定できる。
 護憲論(又は「改悪」阻止論)者に「痴漢」がいても何ら不思議ではない(改憲派の中にもいるだろう)。ただ、東京大学の憲法学の「改悪」阻止派の教授が、しかも親フェミニズムらしき教授が「痴漢」をした、というのはニュース価値は少しは高いだろう。

0124/上野千鶴子らのフェミニズムを批判する本を読む。

 昨秋、小浜逸郎・ニッポン思想の首領たち(1994、宝島社)の上野千鶴子の部分を読んだ。詳しく感想を述べないが、第一に、小浜が酷評している上野の唯一の?研究書(1990)でマルクスが使われているということが印象的だ。マルクス主義やその概念等の悪弊が上野そしてたぶんフェミニズム全般に及んでいる。今日ではマルクス主義は学問的にも本当はほぼ無効に近い筈だ。1990年の本の執筆時点ではまだソ連もチェコスロバキアもあったのかもしれないが。
 第二は、戦後のいわば<男女平等教育>の影響だ。小浜は触れていないが、男らしさ・女らしさや男女の違いに触れない公教育の結果として、社会に出る段階で(又は大学院で)「女だから差別されている」と初めて感じる優秀な女子学生が生じることはよく分かる。フェミニズムなるものも「戦後民主主義」教育・「戦後平等」教育の不可避の所産だろう。
 さらに、渡部昇一=林道義=八木秀次・国を売る人びと(PHP、2000)を読了し、西尾幹二=八木秀次・新国民の油断(PHP、2005)を通読して、フェミニズム・ジェンダーフリー論の帰結のヒドさに愕然とした。前者で八木秀次がエンゲルスの一部を引用しており、マルクス主義とフェミニズムの直接的関係が解る。
 すなわち、エンゲルスは『家族、私有財産および国家の起源』で、家庭内で夫は支配者でブルジョアジー、近代家族は「プロレタリアート」たる妻の「家内奴隷制」で成立とまで書いていたのだ。
 なるほど、マルクス主義とフェミニズムは「個人」のために「家族」を崩壊させる理論なのだ。そして、男女平等といった表向き反対しにくいテーゼが利用されて、「家族」の解体がある程度進行してしまっていることも感じる。その結果が、親の権威の欠如( =親子対等論)等々である。つい先日の5/06の朝のテレビ番組(フジ/関西)でも、藤原正彦は、戦後の「子ども中心主義」、親が子どもに「阿(おもね)る」傾向を嘆いていた。
 さらに、「家族」の崩壊は オウム事件、悪質少年犯罪等と、さらに晩婚化・少子化とも決して無関係でないと考えられる。結局はマルクス主義の影響によってこそ、日本社会は大切なものを喪失してきたのだ。まさに「悪魔の理論」といえる。
 ずばりのタイトルの林道義・フェミニズムの害悪(草思社、1999)では、田中喜美子森陽子鈴木由美子らフェミニストの名が挙げられている。論理的に整然とした批判や反論はそれだけでも読んでいて快い。
 p.262-「フェミニズムの理論は、「働きつづける女性」たちの利害に奉仕するために真理を歪めた理論であり、客観的な根拠を少しももたない党派的なものである。「働く母親」の利益は考えるが、子どものことは考えていない理論である」。
 上にも書いたように、男らしさ・女らしさを否定し、個人を優位に置いて「家族」を崩壊させようとする考え方が、晩婚化、非婚化、小子化と無関係と思われない。また、少年によるかつてはなかったような類型の犯罪の増加はフェミニズムの影響を受けた母親(・父親)の「しつけ」・「家庭内教育」の仕方とも関係があると思える。
 近年までほとんどフェミニズムには関心がなかったが、「亡国」の理論といえなくもない。明瞭な形をとらないで、自治体等の行政施策・教育施策に影響を与えているようだ。
 男女混合名簿くらいはいいが、中学校以上での男女混合健康診断、男女混合体育教育(運動会での混合の騎馬戦等)、男女同室での着替えなどを推進する議論や実践する教師がいるらしい。「気が狂っている」のでないか。男女の区別を無視するフェミニズムは「正気を失わせる」理論だ。
 林道義・家族を蔑む人々(PHP、2005)はまた、フェミニズムの理論的基礎が共産主義にあるのみならず、フェミニズム運動が(日本)共産党等との協力関係にあることも明らかにしている。
 「クリスチャンと共産党と朝鮮勢力とフェミニストは相互にダブっており、密接に協力し合っている」(p.137)。また、フェミニズム運動の「方式」につき、「本当は価値逆転と権力転覆を狙いながら、表向きは誰もが反対できないスローガンを掲げて大衆獲得を画策するというのが、スターリニズム =コミンテルンの一貫して取ってきた戦略であった。この方式を、フェミニストはそのまま踏襲している」(p.152)。
 従って、批判は日本共産党にも向けられている。林の上の本はいう-
階級闘争史観も暴力革命路線も捨てたわけではなかったが、それを表に出さない「大衆組織」を作り上げることによって、一方では党内の原則論者をなだめつつ、他方ではソフトなイメージを前面に出して党勢拡大を図ってきた…。つまり硬軟併用作戦によって「共産党は恐ろしい」というイメージを緩和し、ダメージを少なくすることができた…。換言すれば、本心と表向きの スローガンを違えることによって国民を騙そうとした…」(p.154)。
 近年はかかる批判も新鮮に感じるほど共産党への正面からの批判は少ないが、綱領の「少年少女」読み物化は「ソフトなイメージ」作りのためのものだ。また、民青や新婦人の会等々が「大衆」団体というよりも「党員」拡大の「場」に、「党員」リクルートのための団体に実質的になっていることは広く知られているだろう-「赤旗」読者拡大よりも「党員」数拡大こそ「党勢拡大」の中心的意味なのだ。
 余談だが、宮本顕治は戦前の長年の収監に懲りて、また50年の実質分裂・武装闘争による逮捕者数の増大・党勢(国会議席数)激減に懲りて、二度と多数の逮捕者・収監者を出さない共産党づくりを目指したのではなかろうか。「敵の出方」による暴力(実力)行使の余地を語りつつも実質的にはほとんど「人民的議会主義」とやらの穏健路線をとったのだ。
 
林道義の本では、男性フェミニスト、北田暁大伊藤公雄細谷実小熊英二汐見稔幸各氏も槍玉に挙げられている。
 女性フェミニスト・菅原ますみに至っては「エセ研究」者、「研究者としては完全に落第」と厳しい。
 フェミニスト女性官僚が簡単に?大学に職を得ているのも奇妙又は不思議だが(「女性学」担当なのか)、そもそもジェンダー・フリー、性差否定の立場からすると「女子大」なるものは存在すべきでないのではないか。しかるに、菅原ますみの国立精神神経センタ精神保健研究所→お茶の水女子大、板東真理子の内閣府男女共同参画局長→埼玉県副知事→昭和女子大、橋本ヒロ子の国立婦人教育会館情報交流課長→十文字女子大、といった経歴は自らの「思想」と矛盾しているように思える。「女性学」会は学会ではなく「変革」のための運動体という指摘(p.242)もなるほどと思うし、岩波の宣伝冊子は表向きの「美辞麗句を弄んでいるだけの、空虚な言葉の羅列」との批判は日本共産党やかつての日本社会党の宣伝パンフ・政党ビラを思い出させた。
 ついでに書けば、諸君!11月号(文藝春秋)の秦郁彦「…ジェンダー女帝たちの相関図」も面白く、情報としても意味がある。秦郁彦は「歴史」だけでなく現在のフェミニストたち・「男女共同参画」論にも造詣が深いことにも感心した。
 はじめの1/3では岩男寿美子国費発行英文誌編集長)の失態とその取り繕い方が紹介されている。彼女は「皇室典範に関する有識者会議」の委員の一人だったようだが、女系天皇促進の方向の同会議の報告書は今やただの紙屑になった。三笠宮寛仁親王の発言を歪曲までして外国に伝えた岩男としては残念だったに違いない。
 秦は、上野千鶴子大沢真理猪口邦子科研費不正流用の松本和子等を話題にしつつ、「女性行政」 ?にも論及している。市によっては多数林立?している公立「女性会館(センター)」類の意味・利用のされ方を監視する必要があるが、かかる問題意識の報道は殆どないのでないか。フェミニズムは現実的成果を挙げているのだ…。
 さらについでに、自民党新総裁決定前に、上野千鶴子がjanjanという「左翼」系サイトで総裁候補・安倍晋三等について語っていた。
 それによると、1.「国家主義と家族主義を強化する…最悪の選択だ」、2.安倍政権になると「日本の進路は危うい」、3.「民主党…に期待せざるをえない」、4.「共産党を含む野党共闘」を野党各党はめざすべき。
 フェミニストたちの安倍晋三への考え方について、おおよそ推測しえたことの正しさをきちんと証明してくれていて楽しい。
 朝日新聞とともに彼女たちとも反対の方向の立場を採っていれば、相対的に日本は大丈夫だ。従って、安倍総裁は「最良の選択」だったし、浅野史郎を都知事にしなくてよかつた。
 また、上の4.のように民主党が多くの場合は?否定している「共産党を含む野党共闘」を主張していることが興味深い。やはり彼女(たち)は反・非コミュニズムではなく、つまりは親マルクス主義者なのだ。
 フェミニストたちには尋ねてみたい。「搾取」・「抑圧」をなくし人間を「解放」しようとしている筈の中国・ベトナムで(又は旧ソ連等で)女性は「解放」へ近づいている(いた)のか、と。

0114/なぜ共産主義は大量殺人に至った(至る)のか?

 ステファヌ・クルトワ等(外川継男訳)・共産主義白書<ソ連篇>(恵雅堂出版、2001)の序p.12は、「共産主義」体制による死者(銃殺・絞首等の死刑、事故や飢餓、放置による餓死、強制収容所送りの際、抵抗した際、強制労働による衰弱・病気等々によるものを含む)の数を次のように書いている。
 ソ連2000万、中国6500万、ヴェトナム100万、北朝鮮200万、カンボジア200万、東欧100万、ラテンアメリカ15万、アフリカ170万、アフガニスタン150万、国際共産主義運動・政権党でない共産党約1万。
 「殺された合計は一億人に近い」。上の数字の合計は、正確には、9436万。
 また、ナチスによる死者数は、占領国市民1500万、ユダヤ人510万、ソ連軍捕虜330万、強制移住による者110万、ジプシー数10万。これらの合計は、2450万+数十万(p.23)。
 訳者解題によると、上の本が1997年に刊行された際、一億人に近い大量殺戮を生んだ共産主義を信奉する政党(共産党)がフランスでなお活動していることに強い抗議が挙がるという反響があった、という。
 また、著者は、ナチズムが断罪されたのに共産主義の「罪」が問われることなく、なぜ共産党政権が中国やキューバになおあるのかとも問いかけているが、序の最後にある「なぜ」の問いかけはこうだ。
 「なぜレーニン、トロツキー、スターリンその他の人々は、自分たちが「敵」と判断したすべての人々を絶滅することが必要だと考えたのだろうか?
 20世紀の最大の問題はナチズム(あるいはドイツ・ファシズム)でも日本軍国主義でもなく、共産主義だった。それは21世紀に入っても続いている。
 ナチズムや日本軍国主義の分析・研究よりも共産主義の分析・研究の方が重要で、かつ現実的(現代的)意味がなおあるのではないか。
 ついでに、上の本の序から1点だけさらに抜粋しておく。ロシアで1825~1917年の92年間に、死刑判決が実際に執行されたのは3932人だが、この数は政権を握ったボルシェビキ(ロシア共産党)によって1917年11月からわずか4ケ月間に処刑された人数よりも少ない(p.22)。
 1億人(共産主義)、2500万(ナチス)という数の大きさは、第二次大戦中の日本人の軍民合わせての戦死者数が約350万とされているのと比べてもよくわかる。
 ところで、中川八洋・保守主義の哲学(PHP)p.256は、ソルジェニーツィンの収容所群島に依ってレーニン、スターリンの殺戮者数を(上の本の2000万ではなく)6600万としている。また、根拠は不明だがp.293には「二十世紀に二億人の人類を殺害した共産主義…」という叙述もある。上の本の一億人近くの2倍だ。
 かかる人殺しの思想・共産主義(マルクス主義)がどうやって生まれたのかを知ることは重要だろう。
 簡単な紹介に馴染まないが、中川八洋によると、(プラトン)→デカルト→ルソー→ヘーゲル→マルクス→レーニン→スターリン→毛沢東・金日成が最も単純な系譜になる(p.242等)。私の不十分な理解によれば、内容的には、社会を完全に合理的に認識でき、人間も含めて変革(改造)できる筈だとする傲慢な「近代合理主義」、現状不満の狂人・ルソーの夢想的「平等主義」(→資産家からの財産没収等)は少なくとも挙げられるべきものだ。
 なお、別の本で知ったのだが、フェミニズムもマルクス主義を淵源にしているようだ。エンゲルスに家族・私有財産及び国家の起源という著があるが、上野千鶴子らの研究書はこれに大いに依拠しているらしい。マルクスやエンゲルスによれば、「家族」・「私有財産」・「国家」はいずれも消滅すべき(又は消滅する筈の)ものだ。フェミニズムが当面は「家族」の解体を志向しているのも納得できる。

0054/「きっこの日記」のきっこ氏?は、石原慎太郎氏に詫びなさい。

 東京都知事に石原氏再選、とりあえずは慶賀すべきだ。
 途中で諦念の想いだったかもしれないが、上野千鶴子や佐高信の顔が見たい。上野氏は、早く東京都民でなくなった方がよろしいだろう。
 選挙の勝敗は厳密には正と邪、正しい・誤りの区別ではない。多数と少数の区別にすぎない。この点は喜んでいる側も自認しておいてよいだろう。
 ところで、週刊新潮4/12号によると、「さるさる日記」という日記サイトの中の「きっこの日記」は、石原氏について、「東京の恥であり、ニポンの恥であり、地球の恥であり、人類すべての恥である大ウツケ者の石原慎太郎が…」と書いていたようだ。
 本日の現時点の「きっこの日記」は、「東京都知事選の結果について、ものすごい勢いでメールが届いているので、ある程度したら何通か紹介しようと思うのですが、残念なことに、フリーメールアドレスやケータイのアドレスのもの、それから、デタラメなメールアドレスのものなどが多いようで、それらはすべて選別ソフトによってゴミ箱に直行しています。」、「「きっこの音楽日記」を更新しました!/イライラしてる人は、ぜひご覧ください。/きっとスッキリしますよん♪」ということしか書いていない。
 半分近くの人が石原氏以外の人に投票したのだが、その人々のすべてが、石原慎太郎氏を「東京の恥であり、ニポンの恥であり、地球の恥であり、人類すべての恥である大ウツケ者」とまで罵倒する気持ちまでは持っていなかっただろう。
 「きっこ」?氏の心性は恐らく上野千鶴子や佐高信(、筑紫哲也、吉田康彦ら)と同質で、5~20%の「少数」派に属すると思われる。この人は決して「ふつうの」市民あるいは庶民ではない。毎日6-7万人というアクセスは自然発生的なものとは思われず、何らかの「組織」的動きを推定させるものだ。
 こうした、「ふつう」の市民・庶民を装った者のサイトに対する警戒も怠ってはならない、と思う。
 追記-朝日新聞は東京都知事選で石原氏の再選阻止・その他地方選で自民党退潮と民主党躍進→参院選で自民党敗北→安倍首相退陣というシナリオを描き、東京都知事選については、具体的に「菅直人」の名前を特定してまで、さあ立候補して石原と闘え、と煽っていた。報道機関ではなく「政治運動団体」の一つであることを自ら証明していたが、そうした朝日新聞の「深謀」が最初で明確に挫折したことは、「きっこ」?氏の現在の心境がどうかよりも、はるかに重要で、まことに慶賀の至りだ。

0027/掛谷英紀・学者のウソ(2007.02)を3月半ばに読む-フェミニズム批判。

 ソフトバンク新書というのが新発行されたものの関心を惹くテーマ・執筆者のものが僅かだった。しかし、掛谷英紀・学者のウソ(2007.02)は、3月半ばに一部を読み終わっただけだが、なかなか良い本だ。読んだ順に記すと、第一に、脱税企業に関する新聞記事の量と当該新聞紙上の広告主との関係につき、仔細は省略するが、「朝日新聞についてはスポンサーへの配慮が記事にまで影響を及ぼしている可能性がきわめて高いことがわかる。一方、読売新聞にはスポンサー・非スポンサー間で有意な差は見られなかった。私は個人的には読売新聞をよく思っていないが、脱税事件の報道に限ると、同新聞の報道姿勢は評価に値する」(p.139)との結論が興味深い。朝日がスポンサーを配慮せざるを得なくなっているとすれば、それは経営的には必ずしも順調でないことを意味する、とつながれば、私にはますます好ましい情報なのだが。
 第二に、知る人ぞ知るの話かもしれないが、私は知らなかった。p.144-5によると、上野千鶴子は自閉症は母子密着が原因と主張したが生まれつきとの説が有力で、自閉症児の親たちから差別助長と抗議を受け、最初主張した本と同じ出版社の「「マザコン少年の末路」の記述をめぐって」の一部に謝罪文を掲載した。これを読んだ某「自閉症児の親の会」の会員いわく-上野からは自閉症に無知識だったのでうっかりしていた、ごめんなさいと素直に謝って貰ったらすっきりしたが、また彼女には「弱者の味方」のイメージもあり期待したが、謝罪文を読んで「「二度と自閉症にかかわるものか」という上野さんの姿勢が感じられ、その落差が激しくて…」。
 著者・掛谷は、次のように書く。「上野氏は弱者の味方のふりをするだけで、…持論を補強するために弱者を利用しているにすぎない」ことにこの母親は気づいてなかったのだろう。「上野氏がなくしたいのは、差別でも性差別でもなく、性差の存在(性の区別)そのものである」。著者は自信をもって断定している。
 上の第二で言及した「事件」はありうることだと納得できるが、第三に、つぎの諸指摘は断定的・明瞭でありすぎるために、その内容に驚きとじわりとした恐怖を感じる。掛谷いわく-フェミニストの殆どは「学歴エリート」だが、人間を男女の二つに分け、「女性全体を弱者と見立て」た上で、「弱者集団である女性への援助を名目に、女性集団の中の強者であるエリート女性のみに手厚い政策的援助が行くように誘導する」。「男女共同参画では強者の女性を援助して弱者の女性への福祉は切り捨てている」。フェミニストは専業主婦を「税金泥棒呼ばわりする」が、「現行の税・社会保障制度で一番得をするのは、…夫婦とも中・高収入を得ているエリートカップルの世帯」だ。「男女共同参画社会は、…高学歴夫婦世帯に対して集中的に福祉を施している。これでは格差がさらに拡大される」(p.155-p.160)。
 私が挟めば、フェミニスト、弱者のふりをし、「女性という人権」を振りかざして、少数の高学歴(かつとくに配偶者のいない)女性の利益のために政府にゆすり・たかりをしている圧力集団の参謀ではないか。その中の参謀長クラスが上野千鶴子だと思われる。
 第四に、少子化の原因としての妊娠・出産の減少は、女性の社会進出と無関係ではない、外での仕事が魅力的だと、又は外で働く必要があれば、女性が出産・育児を厭う場合もあれば、希望してもできない場合もあるだろう、だからある程度はやむを得ない、時代の流れなのかな、と何となく思ってきたのだが、この本を読んでかなり変わった。フェミニズムこそが少子化、人口減を招き、将来の日本を危うくしている根本的思想なのではないか、と。
 不勉強を曝すが、現在の政府の少子化対策は、働く女性の支援、つまり働きながらでも安心して子育てできる、同じことだが子育てしながらも安心して働ける環境の整備らしい。つまりはゼロ歳児から預けられる保育所も含めての、保育所の増設だ。これは、子育てしながら安心して働ける環境を整備すれば出生率は回復する、又は増加するとの「理論」又は「予想」にもとづく。そのために10年間、毎年2-3000億円の公金を厚生労働省は使った。しかるに、現実は出生率が増加していない。政策効果は出ていない。
 掛谷の本p.56以下によれば、上の「理論」・「予想」は誤りで、赤川学・信州大学教授が、同・子どもが減って何が悪い(ちくま新書)で、1.男女共同参画が進めば=女性が働きやすい環境が整備されれば出生率が上昇するとの「理論」の根拠とされるデータには「捏造」があり、OECD加盟国全27国の統計では「女性の社会進出が進むほど出生率は低下する」こと、2.28-39歳の有配偶者女性ではaフルタイム従業、b本人の収入、c都市居住、の三変数が「出生率の低下に有意に寄与している」、つまり「都市でフルタイムで働く高所得女性ほど出産しない」こと、を示した。男女共同参画は少子化を促進しても抑制することはない、ということだ。こちらの方に説得力があると、私には感覚的に思える。だが、フェミニスト又は女性学者等はなお、男女共同参画推進こそが少子化対策になると主張している、という。
 政府の少子化対策施策は昨年の猪口邦子大臣提言等で子育て家庭への経済的支援(育児手当、児童扶養手当類)の増大へと少し舵取り方向を変えるようだが、従来の男女共同参画社会論者はその見解=「男女共同参画を進めれば子どもが増える」を変えようとせず、「開き直っている」というわけだ。
 掛谷は上の赤川学の理解を支持しつつ、そのような学者ら=上野千鶴子、田嶋陽子、白波瀬佐和子、樋口美雄等を批判し、故意の、確信犯的な「学者のウソ」と断じる(p.73等)。また、女性学会とその周辺学会は「間違った情報を発信し続けて」おり、「日本女性学会のホームページをみると、…学会ではなく政治団体なのではないかと思うような情報発信が多い」としている(p.69)。
 男女平等も男女共同参画も基本的なところでは概念・理念として誤っているわけではないだろう(但し、男女平等は男女の差異の無視・否定と同義ではない)。だが、具体的な政策・施策の次元では、どうやら誤りのジェンダー・フリー論が幅を利かせ、政府の審議会類を乗っ取
ってきた気配がある。掛谷によると、フェミニストは「日本女性学会」等に巣くって政治的主張を展開しているようだ。
 p.66-67に紹介の上野千鶴子の、人口現象の原因を突き止めることは「できない」、少子化対策は「極端に言えば、やってもやらなくても同じ、とも言える」との発言は、掛谷の言葉どおり、「よく考えると、ものすごい」。関係学問の力を否定し、政策効果のなさを自認しているのだ。学問とは何かを、政策・政治との関係を考えてしまう。一般論的すぎるが、政策・政治に「悪い」影響を与える学問はなくてよい。あるいは、そのようなものは政治的主張ではなく社会系の「学問」と本当に言えるのかどうか。
 掛谷はまだ30歳代で、分かりやすい、しっかりした文章も書く。今後の活躍に期待したい学者だ。マルクス主義学者の「ウソ」に殆ど言及がないのは残念だが、年齢・世代、理系出身等からしてやむをえないだろう。それと、「学者のバカ」というタイトルは折角の好著には少し軽すぎだ。もっといい表題だったら、より売れるのでないか。

0012/石原慎太郎候補の圧勝を願う。

 東京都民ではないが、石原氏が再選してもらわないと困る。
 年齢を考えると、適当な別の候補を育てていれば、と感じなくもないが、今となってはそんなこと言っておれない。それに、健康面での問題はなさそうだ。
 浅野史郎には、思想も哲学もない。あるのは、情報公開制度の利用のさせ方も含む「行政技術」だけだ。
 それに何より、上野千鶴子、吉田康彦ら、有象無象の反体制派・所謂「左翼」が日本共産党の吉田某よりは当選可能性があるというだけで支持、応援している候補を都知事にしていいわけがない。
 確認はしていないが、佐高信・筑紫哲也・石坂啓ら週刊金曜日関係者・同読者は(都民であれば)浅野に投票するだろう。
 上野千鶴子、佐高信、筑紫哲也、石坂啓らが喜ぶ顔を想像するとぞっとする。
 千葉県知事・堂本暁子が浅野候補を応援したいというのは、同知事・堂本暁子がれっきとしたフェミニストなのだから当然だろう。
 東京都の有権者の方々は、都庁をフェミニズム、アナーキズム、残存マルクス主義、似非「市民主義」、親北朝鮮等々の牙城にしないように、断固として賢明な結果を示していただきたい。

0001/上野千鶴子は4/08後に福井県に転居するか。

 「アサノ〔浅野史郎〕と勝とう!女性勝手連」の3/18現在の呼びかけ人名簿を見た。
 上野千鶴子、木村民子(全国フェミニスト議員連盟元共同代表)、澤地久枝、白石冬美、辛淑玉、中山千夏、山崎朋子、樋口恵子、三井マリ子、新谷のり子、落合恵子、三木睦子等々。フェミフェミしているし、九条の会関係で名が出ていた人もいる。石原慎太郎でない有力候補なら、きっと誰でもよいのだろう。上野千鶴子は石原知事が居座るんだったら都民をやめる、と言っているらしい。他県へ転居するのをいずれ知りたいものだ。訴訟を起こしている福井県は如何?
 週刊新潮3/22号「「従軍慰安婦」問題のガン「河野談話」はこうして作られた」は1993年河野談話の当時の政権内部の動き・韓国の意向等をきちんとまとめており、櫻井よしこ連載コラムは、アメリカよこんな理不尽な決議をしてよいのかと(タイトルは「同盟国ゆえ、敢えて米国に問う」)最後にこれだけは言っておく、との感じ。やはり、週刊新潮はBestだ。と思うが、版元の新潮社は不破哲三の本や決して作家を追いかけないFocusを出すなど、儲ければ何でも手広く、との印象がある。出版社としては、新潮新書と文春新書を比較しても、文藝春秋の方が好きだが。
 大月隆寛という人の本は読んだことはないが、この人が産経3/14に「福島サンは弁護士ですよね?との小文(コラム)を書いて、慰安婦問題で「証言者がいるんだから事実なんですぅ」とのみ言っているのを皮肉っている。裁判ならば公開で(傍聴者がいて)、裁判官の前で、証言者は反対尋問を受ける。反対尋問(その際に裁判官も質問できる)に晒されていない証言は「証拠」にはならないのは当然のことだ。この当然のことを当面の日韓関係を優先して無視したのは河野洋平であり、政治的に無視しているのは福島瑞穂であるわけだ。
 上の週刊新潮の記事の最後-「しかし、今日の有様を見れば、むしろ日韓関係を悪化させる種を蒔いたばかりか、日本の国際的立場を貶めたと言わざるをえない。安倍首相は、河野談話を見直すべきである」」。

-0023/上野千鶴子にとって日本社会は居心地がいいはず。

 26日付朝日の続き。保阪正康は「無機質なファシズム体制」が今年8月に宿っていたとは思われたくない、「ひたすらそう叫びたい」との情緒的表現で終えているが、「無機質なファシズム体制」の説明はまるでない。解らない読者は放っておけというつもりか。編集者もこの部分を「…を憂う」と見出しに使っている。執筆者・編集者ともに、良くない方向に日本は向かってる(私たちは懸命に警告しているのに)旨をサブリミナル効果的に伝えたいのか? 訳のわからぬ概念を使うな。使うなら少しくらい説明したまえ。
 今年のいつか、喫茶店で朝日新聞をめくりながら今日は何もないなと思っていたら、後半にちゃんと?大江健三郎登場の記事があったことがあった。26日付も期待に背かない。別冊e5面の「虫食い川柳」なるクイズの一つは、「産んだ子に〇紙来ないならば産む」(〇を答えさせる)。
 月刊WiLL10月号で勝谷誠彦が朝日新聞の投書欄に言及し、同様の傾向は一般の歌壇にもあるらしいが、「築地をどり」の所作は周到にクイズにも目配りしているのだ。
 小浜逸郎・ニッポン思想の首領たち(1994、宝島社)の上野千鶴子の部分を読了。小浜の別の複数の本も含めて、関心の乏しかったフェミニズムに関する知見が増えた。
 詳しく感想を述べないが、一つは上野の唯一?の、小浜が酷評する理論書(1990)でマルクスが使われていることが印象的だ。マルクス主義(この欄ではコミュニズムとも言っている)やその概念等の悪弊が上野そしてたぶんフェミニズム全般に及んでいる。今日ではマルクス主義は学問的にもほぼ無効に近いことを悟るべきだ。
 1990年本の執筆時点ではまだソ連もチェコスロバキアもあったのかもしれないが。
 二つは戦後のいわば男女平等教育の影響だ。小浜は触れていないが、男らしさ・女らしさや男女の違いに触れない公教育の結果として、社会に出る段階で(又は大学院で)「女だから差別されている」と初めて感じる優秀な女子学生が生じることはよく分かる。
 フェミニズムなるものも「戦後民主主義」教育の不可避の所産でないか。一般人の支持は少ないだろうが、現実政治・行政への影響は残存していそうなので注意要。フェミニストたちには尋ねてみたい。「搾取」・「抑圧」をなくし人間を「解放」しようとしているはずの中国・ベトナムで(又は旧ソ連等で)女性は「解放」へ近づいている(いた)のか、と。

-0021/旅をして日本と大江健三郎を考える。

 25日夕方に旅に出た。往復の列車の車窓から見ると、山の樹々の緑は深く、まだまだ日本の自然は美しい。朝鮮戦争の際のゲリラ活動のために朝鮮半島の山は樹木が少ないと某ソウル市民からかつて聞いたことを思い出した。都市部と地方・農村部の「格差」が言われているようだが、邸宅といってよい大きな農家風住宅をしばしばみると、住宅は都市部の方が貧困、「格差」があっても中国や北朝鮮のそれとは質・レベルが大幅に異なるはず、と感じる。
  出立する直前に届いて目次を見て持参した小浜逸郎『いまどきの思想、ここが問題』(1998、PHP)を旅行中に読了した。この中の大江健三郎批判(分析)は秀逸ではないか。大江についてはこの欄で今後何かを書くだろう。上野千鶴子については、小浜が別に本格的に論じているという本を読んでからやはり(再び)何か書こう。小浜は、シタリ顔で論じ、字数を稼いでいるような箇所は別として、予想どおり<面白い>論者だ(たしか24日に、同『男という不安』(2001、PHP)も読了)。
 ただ、一番最後の国家論のうちの「ユートピア」の叙述は批判の対象になりうる。それを予期した「ユートピア」という語なのかと今ふと思ったが、「個の身体が実感しうる範囲の小さな共同体」と国家=「超越的な調整機構」の関係は、日本の戦国時代の一時期又は一地方や「くに」のない縄文式時代を想定すると一般化できないが、前者がつねに論理的に先に成立しているものではなく、後者の(機能・情念としての)「国家」があってこそ前者も平穏かつ秩序をもって成立しうるのであって、前者の存在を論理的につねに先行させるとすれば正しくないようにみえる。

-0013/塩崎外務副大臣モスクワへ。筑紫ニュースは見たくない。

 一昨日に安さと目次見出しを見て古書で買った小浜逸郎・「男」という不安(PHP新書、2001)の第三章をその日の夜に読んでいると歯切れもよく面白いので、昨日行った軍艦、イヤ船舶のような形の巨大施設内の書店で同・やっぱりバカが増えている(洋泉社新書、2003)を買い、上野千鶴子批判の全部と立花隆批判の中途まで読んだ。初めての著者だがもっと買い込む予感がする。楽しませる文章が書ける人で、「自由」そうなので歴史・社会の見方についても示唆を得られるだろう。いったい何冊を平行して読んでいるのか、と自問すると恐いが。
 TBS・某氏の番組については、出版後すみやかに読んだ中宮崇・天晴れ!筑紫哲也…(文春新書、2006.02)は超ド級に面白く(ある意味では超気持ち悪く)、一気に読み終えた。TBS・某氏のニュース23はまず観ないので、1年に1度くらい、かかるウォッチング本を貴重な歴史的記録として、文春は(でなくてもよいが)中宮崇によって(でなくてもよいが)発行してほしいものだ。全ての月刊雑誌を読めないのと同様、全てのニュース番組なんて見られないのだから。また、実際に視聴するよりもあとから本で読む方が精神衛生にはまだよさそうだ。中宮崇(でなくてもよいが)と文春さん(でなくてもよいが)、よろしく。
 靖国参拝問題でふと思う。個々の首相の個人的判断で可変的なものであってよいのか。東京裁判、「戦犯」、合祀、憲法等々の意味・関係等々を国・国家として整理し統一させておくのが本来だ。小泉首相の釈明・理由づけも完璧とは思えない。内閣法制局・外務省等々、本来なら行政官僚・外務-・法制-が首相をサポートすべきだ。一政治家・一個人のときどきの判断に重要な事項の決定が委ねられるのは好ましくなく、ときには危険だ。内閣法制局は首相靖国参拝の合憲性につき統一解釈を示せ。

-0002 /「男女共同参画社会」で日本はどうなる?

 私にとって散歩というのは、自転車による散策の場合も同様だが、書店=本屋又は/及び喫茶店に入ることをたいてい伴っている。昨日、散歩のほぼ最終地点の小さな書店で1冊だけ買った山下悦子『女を幸せにしない「男女共同参画社会」』(洋泉社新書、2006.07)は、一章まで(~p.72)を読んだだけだが、なかなか面白い。上野千鶴子や(この本で名前を憶えた)大沢真理等の「フェミニスト」の議論を大多数のより「ふつうの」女性の利益に反する<エリート女性シングル>のための議論として、強く批判しているからだ。大沢真理が関係法律の成立に審議会委員として貢献?したという知識を得たし、「ジェンダー・フリー」とは誤読にもとづく和製英語で、「性別にかかわりなく」という意味を本来は持っていないとされていることを知って苦笑してもしまった(東京大学教授の英語の知識が問われておる。上の二人はこの大学に在籍だ)。
 1970年代に結婚し、子どもを生み、育てていった者たちが多いはずのわが(若干広義の)「団塊」世代は男女平等を一つの理念とする「戦後民主主義」教育を受けていたのだったが、それは「子育て」・「しつけ」の仕方にも影響を与えただろうことはおそらく疑いなく、そして「団塊」ジュニアと呼ばれる世代の意識にも影響を与えたはずだ。上野は明確な「団塊」世代で大沢は下だがほぼ準じる。そして、上野・大沢二人を代表とするような女性と彼女たちのような議論を生み出したのも、戦後の-とりわけ1970年以降の?-教育を含む日本社会に他ならない。
 「団塊」世代に責任がないとはいえない、日本社会のとりわけ1970年以降の変化は、国民にとって、あるいは日本に住む者にとって、はたして「よかった」のかどうか。来し方を振り返り、行く末を想って、多少は懸念と憂いを感じる。
 それにしても、東京大学は、正確には又は実質的には文学部及び社会科学研究所になるが、上野・大沢をよくも採用したものだ。学問の客観的評価が困難であるのはわかるが、珍しいから・威勢がいいからでは困る(まさかとは思うが)。それに、この二人に限らず、東京大学の中に「左翼」的な教授が多いのはなぜだろう。この大学だからこそ目立っているのだろうが、京都大学の方がまだマシのようにも見える。もっとも、大学は特別な、「左翼」がヌクヌクと安住できる世界のようなので、一部の大学を除いて似たような状況かもしれない。

ギャラリー
  • 1181/ベルリン・シュタージ博物館。
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  • 1180/プラハ市民は日本共産党のようにレーニンとスターリンを区別しているか。
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  • 0840/有権者と朝日新聞が中川昭一を「殺し」、石川知裕を…。
  • 0801/鳩山由紀夫は祖父やクーデカホフ・カレルギーの如く「左の」全体主義とも闘うのか。
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  • 0800/朝日新聞社説の「東京裁判」観と日本会議国際広報委員会編・再審「南京大虐殺」(明成社、2000)。
  • 0799/民主党・鳩山由紀夫、社民党・福島瑞穂は<アメリカの核の傘>の現実を直視しているか。