秋月瑛二の「憂国」つぶやき日記

政治・社会・思想-反日本共産党・反共産主義

ロールズ

1131/阪本昌成・憲法理論Ⅰ(成文堂)を少し読む。

 〇「ハイエキアン」と自称し、「マルクス主義憲法学者」は反省すべきだ、と指摘したことのある稀有の(現役の)憲法学者が、阪本昌成(1945-)だ。
 政治的・現実的な運動に関与することに積極的ではない人物なのだろうが、このような人を取り込み、論者の一人のできないところに、現在のわが国の<保守>論壇の非力・限界を見る思いがする。
 阪本の憲法理論Ⅰ・Ⅱ(前者の第二版は1997、後者は1993が各第一刷)は、多くの憲法学概説書と異なっているので司法試験受験者は読まないのだろうが、憲法学・法学を超えて、広く読まれてよい文献だろう。
 Ⅰ(第一版)の「序」で阪本昌成は次のようにも書く-「なかでも、H・ハートの法体系理論、F・ハイエクの自由と法の見方、L・ウィトゲンシュタインのルールの見方は、わたしに決定的な知的影響を与えた。本書の知的基盤となっているのは、彼らの思考である」。
 Ⅱの「序」では、こうも書いている-「F・ハイエクは、人びとの嫉妬心を『社会的正義』の名のもとで正当化し、かきたてる学問を嫌ったという。本書の執筆にあたっての基本姿勢は、ハイエクに学んだつもりである」。
 阪本昌成・憲法理論Ⅰ〔第二版〕(成文堂、1997)の特徴の一つは、ふつうの憲法学者・研究者がどのように考え、説明しているのかが明瞭ではないと思われる「国家」そのものへの言及が見られることだ。
 この書の第一部は「国家と憲法の基礎理論」で、その第一章は「国家とその法的把握」、第二章は「国家と法の理論」だ。こういう部分は、ほとんどの憲法学者による書物において見られないものだと思われる。
 〇上の第一章のうち、「第四節・国家の正当化論(なにゆえ各人が国家を承認し、国家に服従するのか)」(p.21-)から、さらに、「国家の正当化を問う理論」に関する部分のみを、要約的に紹介しておく(p.23-26)。
 歴史上、「国家正当化論」として、以下の諸説があった。  ①「宗教的・神学的基礎づけ」 (典型的には王権神授説)。  ②「実力説」。近くは国家を「本質的に被抑圧階級、被搾取階級を抑圧するための機関」と見るマルクスやエンゲルスの論に典型が見られ、G・イェリネックは、この説の実際的帰結は国家の基礎づけではなく、国家の破壊だと批判的に言及した。  ③「家父長説」。G・ヘーゲルが理想とした「人倫国家」論はこれにあたるが、絶対君主制を正当化する特殊な目的をもつものだった。
 ④「契約説」。国家形成への各人の「合意」のゆえに「その国家は正当」だとする「意思中心の理論」。ブラトンにも見られ、ホッブズははじめて「原子論的個人」を「国家」と対峙させた。これ以降の契約論は、「個々人の自由意思による合理的国家の成立」を説明すべく登場した。
 J・ロックは「意思の一致」→契約は遵守されるべき(規範)→「正当な服従義務」という公式を援用したが、曖昧さがあった。
 J・ルソーの「社会契約論」は、「政治的統一体の一般意思に各人の意思が含まれるがゆえに正当であり、各人は自己を強制するだけ」、「一般意思を脅威と感じる必要もない」、とする「楽観論」でもあり、「集団意思中心主義の理論」でもある。
 ルソーの議論は「正当な国家の成立」・「自由保障の必然性」を見事に説いたかのごとくだが、この「社会契約」は「服従契約」でもあった、すなわち市民(個人)は、「契約によって、共同体意思に参加するものの、同時に、臣民として共同体意思に服従する」。ルソーはこれをディレンマとは考えなかった。現実の統治は「一般意思」にではなく「多数」者によって決せられるが、彼は、個々の個人のそれと異なる見解の勝利につき、「わたしが一般意思と思っていたものが、実はそうではなかった、ということを、証明しているにすぎない」と答えるだけ(p.25)。実体のない「集団的意思」・「集団精神」の類の概念の使用は避けるべきなのだ。
 以上の諸説のうち今日まで影響力を持つのは「社会契約論」。この論は「合理的な国家のあり方」を説いた。  しかし、「一度の同意でなぜ人々を恒久的に拘束できるのか、という決定的な疑問が残されている」。  といった欠陥・疑問はあるが、「契約の主体が、主体であることをやめないで、さらに自らを客体となる、と説く」一見、見事な論理で、法思想史上の大きな貢献をした。「契約説は、新しい国民主権論と密接に結合することによって、国家存在の正当化理由、統治権限の淵源、その統治権限を制約する自然権等を、一つの仮説体系のなかで明らかにした」(p.26)。  これはノージックやロールズにも深い影響を与えている。「社会契約論」的思考は、「方法的個人主義」に依りつつ「個々人の意思を超えるルールや秩序」の生成淵源を解明しようとする。
 但し、これまでの「国家正当化論」は「抽象的形而上学的思索の産物」で、これによってしては「現実に存在する、または歴史的に存在してきた国家を全面的に正当化することは不可能である」。現実の国家が果たす「目的」によってのみ国家の存在は正当化される。かくして、「国家目的論」へと考察対象は移行する(p.26)。
 以下の叙述には機会があれば言及する。ともあれ、ルソー(らの)「社会契約論」によって(のみでは)「国家」成立・形成・存在を正当化しようとしていないことは間違いない。
 〇翻って考えるに、日本「国家」は、何ゆえに、何を根拠として、そもそもいつの時点で、形成されたのか?
 かりに大戦後に新しい日本「国家」が形成されたとして(いわゆる「非連続説」に立つとして)、そこにいかなる「社会契約」があったのか? この問題に1947年日本国憲法はどう関係してくるのか?
 外国(とくに欧米)産の種々の「理論」のみを参照して、日本に固有の問題の解決または説明を行うことはできないだろう、という至極当然と思われる感慨に再びたどり着く。

0411/佐伯啓思における「自由」又は「現代のリベラリズム」の三本柱。

 佐伯啓思・自由とは何か(講談社現代新書)には、論理の展開が知的刺激を与えるというよりも、論理展開の途中で又は結果として、頭の整理に便利な叙述も含まれている。確認的に記しておく。
 二つ記したいが、まず、「自由」が依って立つ「基本的な柱」は彼によると次の三点だ(p.151以下)。
 第一は、「価値についての主観主義」あるいは「価値の相対主義」。これは近代「合理主義」の帰結。すなわち、論理整合性・事実との符合によって「合理的に判断」できる命題とかかる「検証」のできない命題に分ける、その上で、「実証的に検討できる客観的な事実命題」とそれができない「価値命題」を峻別する。そして、「価値」判断は人により異なる「主観的」なもので、「客観的で普遍的な」ものは存在しない(←「実証主義」)、という考え方。
 ロールズにおける「正義」は、「価値」あるいは「善」の内実いかんにではなく、いかなる「価値」・「善」を選択する「自由」は保障されるべき、ということにある(「善に対する正義の優位」、「善に対する権利の優位」)。
 第二は、「中立的国家」。つまり「価値の領域に対しては国家は介入しない」ということ。自由・民主主義等の近代的「価値」を掲げ、人々の「生命・財産の尊重」を決定的価値とする「近代国家」が「価値中立的」ではあり得ないが、「正義」(>「自由への平等な権利」)ではなく多様な「善」について国家は「中立的」とされる。さらに、種々の「政策」選択をする国家は決して「価値中立的」ではないが、「政策」決定の最終的判断者は「国民」であり、国家は特定の「政策」=「価値」=「善」を予め想定して掲げたりはしない、ということを意味するとされる。
 第三は、「自発的交換」。つまり、「個人の社会的活動は、基本的に個人と個人の間の自発的な相互作用としてなされるべき」、という考え方(秋月注-「自発的」とは、個人の「自由意思」にもとづく、と換言してよいだろう)。これを典型的に実現するのが「市場経済」だ(秋月注-ある個人と他の個人との間の「自由意思」の合致=契約にもとづく相互の権利・義務の形成・変動、と言っても大きくは離れていないだろう)。
 以上、要点のみ。佐伯は、これら三点が、やや表現を変えて、「現代のリベラリズム」の「柱」だ、とも述べ、次のようにまとめている(p.159-160)。
 「現代のリベラリズムの立場は、基本的に個人の価値の多様性を認め、それを尊重する、そのためには、『自由への平等な権利』という正義の原則がまずは確立していなければならない、そのもとで、国家は中立性を守るべきであり、また諸個人の主要な社会的行為は個人の自発的な交換としてなされるべきだというのである」。
 もう一つは次回に。
ギャラリー
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  • 1920/L・コワコフスキ著第三巻第四章第5節。
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  • 1916/S・フィツパトリク・ロシア革命(2017)⑳完。
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  • 1906/NYタイムズ2009.07.20の訃報-L・コワコフスキ。
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  • 1734/独裁とトロツキー②-L・コワコフスキ著18章7節。
  • 1723/2017年秋-兵庫県西脇市/大島みち子の故郷。
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