秋月瑛二の「憂国」つぶやき日記

政治・社会・思想-反日本共産党・反共産主義

ミル

0141/中川八洋は一切の「福祉」施策を非難するのだろうか。

 中川八洋・保守主義の哲学を読んでいて、そのままでは従(つ)いて行けないと感じたのは本の最後の残り1/5の中にある。すでにその一つを書いたが、もう一つは「社会的正義」の扱いだ。
 中川は、ケインズ経済学を「自由否定/道徳否定のベンサムの狂気から生まれた」、「ベンサム功利主義を継承するものの一派」で、マルクス経済学と「祖先が同じ血のつながった親類」だとし、日本では「マルクスだけでなく、ケインズからも自らを解放することが急務」だとする(p.338-345)。
 このあたりで既に私には理解が殆ど不能になるのだが、その後中川は、法や法律と「自由」の関係を論じたりしつつ、ハイエクの著・社会正義の亡霊(1976年)に依って、こう書いている。
 <ハイエクの「社会的正義という概念が空虚であり無意味である」との説は正しい。>(p.361)
 <社会正義との概念はJ・S・ミルの本(功利主義、1863)が初出で、「英国のマルクス」で「レーニンと寸分も変わらぬ冷酷で残忍な性格」のミルは「すべての制度も、すべての道徳的な市民の努力も、できるかぎりこのものさし」、すなわち「社会的正義と分配の正義の最高の抽象的ものさし」を「目標にしたものであるべきである」と書いたのだが、ミル・自由論をよく読むと「道徳の放棄と、伝統・慣習を破壊するよう呼びかける」以上の何物でもなく、さらにはミルは「個人の幸福追求を社会全体のために犠牲にすることを目論んでいた」。>(p.362-4)
 <ハイエクの言うとおり、「「社会的正義」の大義名分の下での「所得の再分配」」は「異なった人びとにたいするある種の差別と不平等なあつかいとを必要とするもので、自由社会とは両立しない。…福祉国家の目的の一部は、自由を害する方法によってのみ達成しうる」。>(p.365)
 これはすでに殆ど一種の経済政策論だと思うが、次のようにも書く。
 <「「社会正義」という”亡霊”が迷信の信仰のごとく狂信されている状況のひどさは、そもそも所得の格差が正義に適うとか正義に悖るとかいえないのに、また正義に適うとか正義に悖るとかは人間の道徳的な個人行動に関する用語であるのに、国家(社会)の行政上の権力行使(命令)にそれを期待し要求することでもわかる」。>(p.366)
 「正義」とは「道徳的な個人行動」関係概念で、「所得の格差」とは無関係だ、というわけだ。
 このあと「社会的正義」という語への(中川ではなく)ハイエクによる侮蔑の表現が並んでいる。
 「デマゴギーであり、三文ジャーナリズムであり、責任ある思想家が使用するに恥ずかしい用語」。
 社会的正義に「訴えているのは、その要求が実際には何らの道徳的正当性をもたないのに、道徳的なものだと承認してもらおうとの一種の誘惑行為」。
 社会的正義という「福音は、はるかに野卑な劣情に基づいている場合が多い。…自分より豊かな暮しをしている人々への嫌悪であり、あるいは単なる嫉妬である」。
 これらの主張が全く理解できないのではない。たしかに「「社会的正義」は「平等主義」の母胎から誕生した子どもの一人」だろう。今日の最も重たい問題にかかわる叙述だとも思う。問題又は疑問は「所得の格差」を多少とも是正するための立法者そして行政府による「所得の再分配」政策を一切否定しているのだろうか、ということだ。
 だとすれば、「福祉国家」も現憲法25条の理念も一切が排斥されることになってしまう。
 「社会的正義」という名分によってそれがなされるのを厳しく批判しているのだろうか。このあたりはハイエクそのものを読まないと解らないかもしれない。
 ところで、上のような考え方を知ると、中川も指摘のとおり、規制緩和・民間活用とか言われて「自由」=自己責任の領域が拡大しているかにもみえるが、日本の現状とはまだまだ相当な懸隔がある。「格差」が大きな話題になり、自民党系の候補者までが「格差是正のために~をします」とか演説していることがあるのを先月聞いたところだ。
 中川からすれば恐らく、自民党もまた「福祉」を重視した、半分は「社会民主主義」政党であるような気がする。同党は田中角栄等々によって「ばらまき」もしてきた。決してハイエク的「自由主義」の政党でないことは間違いないだろう。まして、社民党、共産党をや。
 予定どおり、次の読書のベースは、自称ハイエキアンの憲法学者・阪本昌成のリベラリズム/デモクラシー(勁草書房)になる。

0083/カール・ポパーの本の扉裏-「コミュニストの犠牲になった、無数の男女に捧ぐ」。

 中川八洋・正統の哲学/異端の思想(1996)の次の読書のベースは、同・保守主義の哲学(PHP、2004)だ。すでに1月末に100頁以上読んでいたが、96年の上掲書を入手したので、年代的に古いその方に途中から切り替えて、前者は過日読み終えた。
 後者の保守主義の哲学は読了しておらず、全読了してから何かを書こうと思っていたのだが、引用・紹介したい部分が出てきた。
 カール・ポパーという人の名を、またこの人が反共産主義・保守主義の(中川によれば「バークとハイエクに次ぐ、偉大な功績を遺した」)思想家であることを、いかほどの日本人が知っているだろうか。
 科学方法論の分野でむしろ著名らしいが、中川によると1.(ヘーゲルの)弁証法批判、2.歴史(法則)主義批判、3.「全体主義」批判>共産主義批判の3点こそが、中核だ、という。
 ポパーはヘーゲル、コント、ミルそしてマルクスの思惟方法をhistoricism(「歴史(法則)主義」)と呼んで、『歴史(法則)主義の貧困』という本を1944年に刊行した。この本は翌1945年の『開かれた社会とその敵』および1958年の講演録「西洋は何を信じるか」とともに、代表作とされる。
 なぜか不思議にも卒然と引用・紹介したくなったのは、この本の次の「献詞」だ。
 「歴史的命運という峻厳な法則を信じたファシストやコミュニストの犠牲になった、あらゆる信条、国籍、民族に属する無数の男女への追憶に献ぐ。」(中川著p.236。「献ぐ」は「捧げる」と同じ意味だろう。)
 「犠牲になった」とは意図的にであれ結果的にであれ「殺戮」されたということを意味するのだろう。そうした「無数の男女」を想って、彼らのためにこの本を書いた、というのだ。
 1944年であれば、毛沢東の中国共産党の「犠牲」者はまだ少なかっただろう。それよりも、レーニン・スターリンのソ連「社会主義」への幻想がまだ強く存在していただろう。そういう時期に反ファシズムとともに反共産主義の立場を明確にしていたわけだ。
 そのことの偉大さもあるが、引用したくなったのは、「
コミュニストの犠牲になった、あらゆる信条、国籍、民族に属する無数の男女に想いを馳せたからに違いない
 
コミュニズム(共産主義、マルクス主義)のために、いったいなぜ多数の人々が生命を奪われなければならなかったのか。現在も某国や某国では続いているのだが、なぜこんな「悪魔の思想」のために貴重な生命が無為に奪われなければならないのか。
 死に至らなくとも、そして主観的には「幸福」で、主観的には「敵(=資本家階級・独占資本・帝国主義・反動勢力等)と闘った(闘っている)」と思っている人々も、客観的に見れば、無駄な、無為なエネルギーを、彼らのいう「闘い」や「運動」に注ぎ込んでいることは間違いない。一度しかない人生を、宗教の如き「ホラの大系」、宗教の如き「夢想的予言」を信じて送らなくてもよいではないか。
 本当は、日本共産党員をはじめとする共産主義「信奉」者全員に、早く今の「闘い」や「運動」から離れて、「組織」からも離れて、まっとうな、いや「ふつうの」生活をし人生を全うしてほしい、と呼びかけたい。ここでこんなこと書いても殆ど役に立たないことは解っているのだが…。
 繰り返せば、たった一度しかない、それも数十年間しかない人生を、「悪魔の思想」に取り憑かれて過ごしている人々は(日本にはまだまだたくさんいる)、残酷な言い方だろうが、本当に気の毒だ。やや感傷的にすらなってしまう。

ギャラリー
  • 2013/L・コワコフスキ著第三巻第10章第3節①。
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  • 1980/日本会議・「右翼」と日本・天皇の歴史05④。
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  • 1920/L・コワコフスキ著第三巻第四章第5節。
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  • 1916/S・フィツパトリク・ロシア革命(2017)⑳完。
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  • 1906/NYタイムズ2009.07.20の訃報-L・コワコフスキ。
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  • 1901/Leszek Kolakowski-初代クルーゲ賞受賞者。
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  • 1900/Leszek Kolakowski の写真。
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  • 1811/リチャード・パイプス逝去。
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  • 1809/S・フィツパトリク・ロシア革命(2017)⑧。
  • 1777/スターリン・初期から権力へ-L・コワコフスキ著3巻1章3節。
  • 1767/三全体主義の共通性⑥-R・パイプス別著5章5節。
  • 1734/独裁とトロツキー②-L・コワコフスキ著18章7節。
  • 1723/2017年秋-兵庫県西脇市/大島みち子の故郷。
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