秋月瑛二の「憂国」つぶやき日記

政治・社会・思想-反日本共産党・反共産主義

フランス共産党

1384/試訳-共産主義とファシズム・「敵対的近接」03。

  F・フュレ=E・ノルテ・<敵対的近接>-20世紀の共産主義(=コミュニズム)とファシズム/交換書簡(1998)の試訳03
 Francoir Furet=Ernst Nolte, "Feindliche Naehe " Kommunismus und Faschismus im 20. Jahrhundert - Ein Briefwechsel(Herbig, Muenchen, 1998)の「試訳」の3回目。
 この往復書簡には、英語版もある。Francoir Furet = Ernst Nolte, Fascism & Communism (Uni. of Nebraska Press、2004/Katherine Golsan 英訳)だ。
 この英語訳書は計8通の二人の書簡を収載している点ではドイツ語版と同じだが、Tzvetan Todorovによる序言(「英語版へのPreface」)および雑誌Commentaire編集者によるはしがき(Foreword)が付いていること、および「ノルテのファシズム解釈について」と題するフュレの文章が第1節にあること(したがって、書簡を含めて第9節までの数字が振られている)で異なる。但し、この第1節のフュレの文章は、フュレの大著〔幻想の終わり-〕の中のノルテに関する「長い注釈」の前に1頁余りを追加したものだ。雑誌編集者による上記は、フュレの突然の死についても触れている。
 また、英語訳書には、ドイツ語版とは違って、各節に表題と中見出しがある。
 番号数字すらなく素っ気ないドイツ語版と比べて分かりやすいとは言えるが、そうした表題をつけて手紙は書かれたわけではないと思われるので、ドイツ語版のシンプルさも捨て難い。だが、せっかくの表題、中見出しなので、以下では、その部分だけは英語版から和訳しておく。
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p.17-p.25.
 イデオロギーの障壁を超えて
 エルンスト・ノルテ <第一信> 1996年02月20日  
 敬愛する同僚氏へ
 貴方の著書、Le passe d'une illusion につい若干の感想をお伝えしたい。ピエール・ノラの申し出により雑誌 Debate で述べた意見よりも個人的で、かつ詳細ではありませんが。
 この本のことを、私はほぼ一年前にフランクフルト・アルゲマイネ新聞の記事で知りました。その記事は貴著の意義を述べているほか、貴方が私の本に論及していた195-6頁の長い注釈にもはっきりと言及していました。ふつうの〔健康〕状態であれば、もっと早く気づいていたでしょう。 
 私は貴方の本のすべてを、一行、一行と、強い関心と、さらには魅惑される愉しみとともに、読みました。
 貴方の本は二つの障害または妨害から自由だ、とすぐに分かりました。
 この障害または妨害によって、ドイツの〔歴史家の〕20世紀に関するすべての考察は狭い空間に閉じ込められており、個々には優れた業績はあっても無力です。
 ドイツではこの20世紀に関する考察は、最初からもっぱら国家社会主義に向けられました。また、その破滅的な結末は明白でしたので、思索の代わりをしたのは、「妄想」、「ドイツの特別の途」あるいは「犯罪国民」のごとき公式的言辞でした。
 ドイツの歴史を概観する、二つの思考方法がありました。
 一つは、全体主義理論です。これは、1960年代半ば以降、すべての「進歩主義者」にとっては旧くなっているか、あるいは冷戦を闘うための手段だと考えられました。
 もう一つは、マルクス主義思考方法です。これの結論は、第三帝国は、偉大でかつそのゆえに罪責ある全体のたんなる一部だ、例えば西洋帝国主義あるいは資本主義的世界市場経済の一部だ、というものでした。
 ドイツとフランスの左翼
ドイツの左翼は、彼ら自身の歴史についての一義的に明白な観点を持ちませんでした。その歴史自体が一義的ではなかったのですから。ナポレオン・フランスに対する自由主義戦争は「反動的な」動機を持ったとされ、1848年の革命は「挫折」でしたから、彼らが何らの留保を付けることなく自らを一体化できるような事象は存在しなかったのです。
 ドイツ左翼の小さな一派のみは、ロシア革命と自らを一体化したでしょう。大部分の左翼は、つまり多数派の社会民主主義者は、実際にも理論的にも〔ロシア革命を〕ドイツへと拡張する試みに断固として反対しました。
 左翼内部の狂熱と忠誠心を定量化できるとすれば、ドイツ共産党は十分に過半に達していたでしょう。なぜなら、社会民主主義者は、いわば「拙劣な社会主義者の確信」でもって共産主義者と闘い、国家社会主義者が大きな敗北を喫した1932年10月の選挙においてすら、ドイツ共産党は選挙のたびに勢力を増大させていたドイツでの唯一の政党でした。
 しかし、1970年代の初期のネオ・マルクス主義においてすら、1932-33年での共産主義者の勝利は可能だったと考えたり、社会民主主義者を「裏切り者」と非難したりする見解は、さほど多数ではありませんでした。
 反対意見もありましたが、まさにこのような見解が、「右派」反共産主義のテーゼ、すなわち、共産主義は現実的危険であり、「そのゆえにこそ」国家社会主義は多数派を獲得したのだ、というテーゼだったのです。
 だが、1945年以降にボンで再興された「ヴァイマール民主主義」の諸大政党にとっても、このような見解は誤りでありかつ危険であると思えたに違いありません。なぜなら、その見解は「ボルシェヴィズムからドイツを救う」という国家社会主義のテーゼときわめて似ていましたので。また、アメリカ合衆国との同盟によって「全体主義的スターリニズム」や東ベルリンにいるそのドイツ人支持者による攻撃を排斥する、というつもりでしたので。
 全体主義理論はたしかに、「全体的」反共産主義と区別される「民主主義的」反共産主義を際立たせる逃げ道を示しました。
 しかし、全体主義理論が優勢だった時期は長くは続かず、のちには右から左まで、かつ出版界から学界まで、ほとんど全ての発言者はつぎの点で一致しました。
 すなわち、注目のすべてを国家社会主義(ナツィス)に集中させなければならない。「スターリニズム」については副次的に言及するので足り、かつ決して「国際共産主義運動」について語ってはならない。
 まさにこの点にこそ、私が先に語った二つの「障壁」があったのです。
 貴方は著書において、「共産主義という理想」から出発し、それに今世紀の最大のイデオロギー的現実を見ています。急速に実際上の外交政策にとって重要になったロシアに限定しないで、フランスでもかつそこでこそ多くの知識人を熱狂させた「10月革命の普遍的な魅力(charme universal d'Octobre)」を語っています。
 貴方がそれをできるのは、ドイツの相手方[私=ノルテ]とは違って、フランス左翼の出身だからです。フランスの左翼は、つねに参照される大きな事象、すなわちフランス革命を国民の歴史としてもっています。フランスの左翼はさらに、ロシア革命を徹底したものおよび相応したものと理解することができ、つねに熱狂的に同一視することなく、ロシア革命に、何らのやましさなく少なくとも共感を覚えることができるからです。
 したがって、つぎのことは全くの偶然ではありませんでした。社会党のほとんどが1920年のトゥールズでの党大会で第三インターナショナルに移行したこと、Aulard やMathies のようなフランス革命についての著名な歴史家がこの世界運動に共感を示し、支持者にすらなったこと。
 貴方が特記している他の人たち、 Pierre Pascal、Boris Souvarine、あるいはGeorge Lukas のような人たちもまた、狂信者であり確信者でした。そして、貴方自身も明らかに、この熱狂に対する関心と共感を否定していません。
 歴史の現実はたしかに、Pierre Pascal、Boris Souvarine およびその他の多くの人々の信仰を打ち砕きました。貴方自身もこの離宗の流れに従っています。しかし、距離を置いたにもかかわらず、貴方は依然として、20世紀の基礎的な政治事象を、ロシア10月革命およびその世界中への拡張に見ています。
 貴方はこの拡張を検証し、それが多様な現実との格闘に消耗して内的な力を喪失し、ついには最初からユートピアたる性格をもつもの、つまり「幻想」であったことが今や決定的になるまでを、追跡しています。
 私から見ると重要でなくはないさらなる一歩を、貴方は進みました。
 今世紀の基礎的事象が結局は幻想だったことが判明してしまったとすれば、それが惹起した好戦的な反応は全く理解できませんし、完全に歴史的な正当性を欠いたものでしょう。また、「犯罪にすぎないものとしてのみ今世紀のもう一つの魅惑的な力」を認識するのは、共産主義者の見解の不当な残滓でなければなりません。
 「今世紀のもう一つの大きな神話」、すなわちファシズムという神話をこのように評価することによって、貴方はフランスですら多くの異論に出くわすでしょう。今日のドイツでは、すぐに「人でなし」になってしまうでしょう。
 しかしながら、私の意見では、貴方は完全に正しい。共産主義思想とファシズムという抵抗思想の対立は、1917年から1989-91年までの今世紀の歴史の「唯一の」内容だった、そして「その」ファシズムは、歴史的現実と共産主義運動の現実とを決定した雑多な差違や前提条件を無視して言えば、一種のプラトン思想だと考えられるべきだ、という貴方の考察を、誰も合理的には疑問視することができないのですから。
 私は貴方とは全く別の途を通って、先の二つの「障壁」を乗り越え、イデオロギーの世界内戦という(概略はずっと以前にあった)考え方に辿り着きました。
 若きムッソリーニ、彼の社会主義思想に対するマルクスやニーチェの影響に偶然の事情によって遭遇していなかったならば、国家社会主義やその「ドイツ的根源」に集中する思考は、私にも付着したままだったでしょう。
 そのゆえにこそ、「ファシズム」は私の1963年の本の対象になりえたのであり、反マルクス主義の好戦的な形態だとする一般的なファシズムの規定や、「過激なファシズム」だとする国家社会主義の特殊な定義は、私がそれ以降に思考し記述したすべてのものを潜在的に含んでいます。
 貴方の出発点である「共産主義思想」は、私には長い間顕在化していない背景のようなものでした。しかし、その状況は、1983年の「マルクス主義と産業革命」によって初めて、1987年の「1917-1945の欧州内戦」でもって顕著に、変わりました。
 全体主義の発生学的・歴史的範型
 そうして我々は、私に誤解がなければ、異なる出発点と異なる途を経て、同じ考え方に到達しています。それは、全体主義理論の歴史・発生学的範型(Version)と私が名づけたもので、ハンナ・アレントやカール・F・フリートリヒの政治・構造的範型とは、マルクス主義・共産主義理論と区別されるのとほとんど同じように区別されます。
 我々の間にはきわめて重大な違いがあるかのように見える可能性があります。貴方は上記の注釈で、私が解釈をおし進めすぎてヒトラーの「反ユダヤ人パラノイア」に「一種の理性的な根拠」を与えたのは遺憾だ、と書いています。
 つぎのことを貴方に強調する必要はないでしょう。すなわち、「ユダヤ人問題の最終解決」としてなされた大量虐殺の個別事象に、ドイツ人〔の歴史家〕が国家社会主義に集中した重大な理由があります。
 歴史において個別性は「絶対性」ではなく、そのように論じられてはならないことに、貴方もきっと同意するでしょう。
 付記します。個別の大量犯罪は、それに理性的で理解可能な根拠を与えうるということでもって悪質でなくなったり非難すべきものでなくなったりはしません。むしろ、逆です。
 貴方は1978年の論文でフランス左翼によるほとんど素朴なシオニズムの解釈を批判し、現象の本質はユダヤ人のメシア主義〔救世主信仰〕と分離されるべきではないと述べた、ということを思い出して下さい。貴方は引用記号を用いていません。そして、当然に、「ロシア的」とか「シーア派メシア主義的」とかと述べることができることをよく知っているにもかかわらず、そのような用語法を正当なものと見なしています。
 「ユダヤ人のメシア主義」なるもの自体への言及なくして、またアドルフ・ヒトラーや少なくはない彼の支持者たちが作り上げた観念にもとづいては、「最終解決」なるものも、-「了解できる(verstaendlich)」とは異なる意味で-理解できる(verstehbar)ものにはならない、と考えます。
 したがって、我々の間にある差違は除去できないものではない、と思います。むろん、引用された、フランスに出自をもつドイツの作家、テオドア・フォンターニュの言葉によれば、「広い畑」があります。
 適切な方法で耕すためには、多くの言葉と熟慮が必要でしょう。
 推測するに、ドイツでは、私が貴方の書物の出版について祝辞を述べると言えば、蔑視されるか、あるいは犯罪視すらされるでしょう。だが、貴方の国は、予断や神経過敏症の程度が、私の国よりも大きくない、と信じます。
  エルンスト・ノルテ
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1323/日本共産党こそ主敵-10人に1人以上が投票する「左翼」の総本山。

 日本共産党と同党員こそが主敵だというのは、むろん、中国・同共産党や「左翼」的アメリカ(あるいはアメリカの「左翼」)が味方であるという意味ではない。これらは十分に「敵」だ。だがしかし、日本国内にいる同類の組織や人間たちを批判しないでおいて、反中国や反米国だけをいくら説いてもほとんど空しいように思える。
 政権に加担したことがない日本共産党くらいを批判し、攻撃し、そして弱体化させることができないで、どうして中国・同共産党や「左翼」的アメリカ(あるいはアメリカの「左翼」)に勝てるのだろうか。
 中国や中国共産党を批判するまたは批判的に分析する(日本人による)書物・論考は少ないとは言えないだろうが、なぜそうした書物・論考はほとんど、日本共産党にも批判の眼を向けていないのだろう。
 無視してよいくらい、日本の共産党は微少な政党なのだろうか。
 2014年12月の総選挙(衆議院議員)における得票数・率を、日本共産党と自由民主党のみについて、小選挙区・比例区の順に比べる。数は1万以下を、率は1%以下を四捨五入。
 小選挙区  日本共産党  704万 13%
         自由民主党 2546万 48%
 比例区  日本共産党  606万 11%
         自由民主党 1766万 33%
 保守派の人々、論壇人あるいは「保守」系のつもりの出版社・新聞社は、 日本共産党が自民党と比較して比例区ではほぼちょうど1/3の、小選挙区では27%の得票を得ていることを意識しているだろうか。
 日本共産党は選挙で自民党のせいぜい10%・一割程度しか得票していない、と思っているとすれば大間違いだ。
 また、投票有権者の10人に1人以上は日本共産党の候補者の名をまたは日本共産党という党名を書いている、という現実を無視できないことは、当たり前だろう。
 日本共産党がこの程度は力を持っているからこそ、朝日新聞・岩波書店内やABC・TBS内の「左翼」は(党員がいることも間違いない)、あるいは非共産党系の論壇人・評論家・学者研究者類は、「安心して」、日本共産党と全く同じ又は同工異曲の 「左翼」的言辞を吐けるのだ。
 イタリアにはもはや共産党は存在せず、かつて社会党と共闘してミッテラン大統領を生み出したフランス共産党も今日ではわずか数%の得票率しか得ていない。
 その他のサミット構成国でいうと、アメリカ、イギリス、カナダ、ドイツにはもともと(大戦後は)、少なくとも合法的には共産主義・社会主義を目指すことを目標として明記する政党(共産党)は存在しない。
 八百万の神の国のためなのだろうか、日本人らしい鷹揚さ・寛容さのためもあるのだろうか。社会全体が、そしてまたいわゆる「保守」あるいは<自由主義>の陣営もまた、自民党ももちろん含めて、少しは異様だ、と感じなければならないと思う。

0989/「リベラル=寛容=容共」という日本独特?の用法。

 〇欧米を旅していて感じることの一つは、日本ほどに<共産主義>勢力が強くない、ということだ。そのことで、日本にいるときとは違う安堵感、少なくともその点にかぎってはよりまともな環境の中にいるという感覚を味わえる。

 米国、英国、ドイツには共産党または「共産主義者」政党はない(確認しないがカナダ等々にも)。イタリアにはあったが党名変更し、実質も変わった。フランス共産党はかつて社会党とともにミッテラン大統領を誕生させた時代のような力をもたない(当時は、かかる社共共闘を日本の目標だと感じる者もいた)。世界でレーニン型組織原理をもつ共産党で残存しているのは、現存社会主義国家の共産党(労働党等)を除けば、日本とポルトガルだけだと言われている。

 いかに当面の目標は「民主主義」革命、「民主主義」の徹底であってもその先に明確に「社会主義(・共産主義)」を目指すことを謳う政党(日本共産党)が日本にあり、選挙で数百万の票を獲得して国会にも議席を有することは、<欧米基準>からするときわめて異常、異例であることを、日本人はどれほど知っているのだろうか。漠然とした意味であれ<欧米>をモデルにしたい人々は、皮肉っぽくいえば、(日本)共産党の廃絶も目指すべき方向の一つであることを自覚すべきだろう。

 歴史通3月号(ワック)の森口朗=桜井裕子「日教組をゾンビにした真犯人」(p.87-)での森口朗の諸発言は、全面的に賛同・納得はしないが、鋭い指摘を多く含んでいる。以下のような発言だ。

 ・(自民党は「日本型リベラル」だが)民主党・社民党・共産党は「もっと左」で、「座標軸がひどく左に偏っている」。民主党より「左」は、「世界標準からするとすでに破綻したものを信奉している」(p.93)。
 ・自民党よりもっと「右」の<保守政党>があり、それとリベラルな自民党による「二大政党」ならば世界標準に近い。

 ・日本に「共産主義」幻想がまだ残るのは、支える「利権」があるからだ。「知的といわれる学界やメディアが守旧化しているからだ」。「共産主義の間違い」を研究すれば「存在すら」できなくなる(p.94)。

 ・一方、残存する「共産主義」者・容共主義者は対外的に「共産主義者」だと公言できないので「共産主義に極めて寛容なリベラリズムを標榜せざるを得ない」。「共産主義に寛容であることがリベラルだ」という「日本独特のスタンス」が生じている(p.94)。

 この程度にしておく。現在の自民党=「リベラル」論には、「リベラル」の意味も含めて同感しているわけではない。

 「リベラル」には、米国流の主に「社会民主主義」志向という(米国民主党に近い)意味と、「自由主義」志向を強調する欧州的な意味があるともいわれる。英・独だと保守党やキリスト教民主同盟(CDU)の方が労働党や社民党よりも「リベラル」だということになるらしい。

 それはともかく、日本にはアメリカ流「リベラル」概念を輸入し、かつそれに<寛容>(思想の左右にこだわらない)という意味を与える傾向が強いように思われることはたしかだ。そして、自分は「リベラル」だということに誇りを持っているアカデミカー(学者・研究者)やマスメディア人(出版人・編集者を含む)も多いはずだが、その場合の「寛容」は「共産主義」・共産党に対しても「寛容」であること、つまりは結果としては<容共>になっていることを、自覚しておくべきだ。また、周囲の者は、「リベラル」を良い意味で使いたがる人々は「共産主義」者か「容共主義」者であることをきちんと見抜く必要があるだろう。森口の「共産主義に寛容であることがリベラルだ」という「日本独特のスタンス」がある、という指摘はまさにそのとおりだと感じる。

 何度か自己確認したように、読書備忘録という基本的スタンスで、まだしばらくは続けてみよう。

 西尾幹二・西尾幹二のブログ論壇(総和社、2010)を今月に入ってかなり読んだ。渡部昇一・知的余生の方法(新潮新書、2010)は先日に夜と翌朝で全読了。いずれもコメントしたいことはあるが、ここに記入する時間的余裕がない。但し、前者にだけは、いつか言及したい。佐伯啓思、中川八洋の本についての言及が中途であることは意識している。

0484/フーコー、狂人と言わなくとも「奇矯な」<左翼>思想家、と桜井哲夫。

 桜井哲夫・フーコー―知と権力/現代思想の冒険者たちSelect(講談社、2003)のある程度の範囲を概読した(学習するが如く熟読するつもりはない)。
 フーコー(1926~1984)は勿論のこと「現代思想」に詳しいとは自分を思っていないので当然に専門家に伍した議論はできないだろうが、それでもフーコー(の「思想」)の概略は把握できる。
 別の回でも言及する可能性があるので記しておくが、この本には、Aフーコーの言説をそのまま(又はほとんどそのまま)直訳又は引用している部分、B著者(桜井)がフーコーの言説を要約してまとめて紹介している部分、C引用・紹介ではなく、著者(桜井)自身のフーコーの分析・論評が書かれている部分がある。そして、BとCは区別がつきにくいと感じる場合もないではない。
 さて、 フーコーは「かつて共産党に所属」していた(フーコー自身の言葉、p.181)。
 「フーコーの師のひとり」のアルチュセールはフランス共産党の党員で(まえがき、p.214)、アルチュセールの某論文を「骨格」とした本をフーコーは著した。桜井によると前者の「国家のイデオロギー装置」はフーコーの「真理の志というシステム」のことだ(p.214-5)。
 フーコーと「二十数年にわたって同居」したダニエル・ドゥフェール(男性)は「元毛沢東派活動家」だった(p.16-17、p.214)。
 フーコーはサルトルを批判しもしたが、1969年の騒乱?後のソルボンヌ大学学生の退学や起訴に対してサルトルと並んで抗議のデモ行進をした(p.199-200)。
 以上のことからでも、フーコーが(精神的に)馴染んでいた「空気」を推察することはできる。党派的にいうと、フランス<左翼>思想家と位置づけられることは間違いないだろう。最終的にはフランス共産党か社会党かはよく分からないが、そのどちらでもなく、日本の1960年代末以降1970年代半ばくらいまでに頻繁に言われた「新左翼」なるものに最も近いのかもしれない。
 教条的又はスターリニスト的マルクス信奉者ではなかったようだが、マルクスからの「解放」のあとのマルクスの「読み直し」や「よみがえり」もフーコーについて桜井は言及しており(仔細省略、p.146-、p.162-、p.188-等々)、マルクスに起源をもつ<マルクス主義の変種>の思想家と評しても大きくは誤っていないものと思われる。
 フーコーの性的嗜好や死の原因(桜井は断定的書き方をしている)にはあえて触れないでおくが、「性」や「肉体」にかなりの関心を向けていたフーコーの本は、<多様なライフスタイルが選択できるように>などとも主張している日本のフェミニスト、少なくとも「左派」フェミニストに好んで読まれている可能性がある。桜井によると、「フーコーは『ジェンダー』についてフェミニストの研究者たちがおこなった業績を、『性』に関して打ち立てたのだといえるだろう」(p.287)。桜井は「ジェンダー」概念がまともなものではないことを知らないかの如き書き方をしているが、立ち入らない。
  「思想」(・哲学)について著書をものにし多数に読まれた思想家(・哲学者)は誰でも<偉大>だ、と評価することはむろんできない。何やらむつかしそうな、凡人には理解出来そうにないことを書いていることが<尊敬>の対象になるわけでもない。むろん人(主体としてであれ対象としてであれ)によって評価は分かれるのだが、社会・人間・歴史に対して<悪い>影響を与えた・与えている(と評価されるべき)思想家(・哲学者)もいることは当然のことだ。
 読み囓りではあるが、そして別途フーコーの本の邦訳書も所持しているので、私もまた武田徹と同様に「フーコーの言説を引用」できる状態にはあるのだが(面倒くさいのでここには引用しない)、フーコーは、狂人とは言わないが、<奇矯な>思想家だ、というのが、最も簡潔な印象だ。
 桜井哲夫(1949~)が、専門というタコ壺に入りきらないフーコーに接して感動したというのは解らなくはないし、「一人一人の内面の探求からこそ」いかなる学問研究も始まるのだと大言壮語する(p.298)のも<気分>としては理解できそうだ。
 しかし、「フーコーの道具箱」を「さらに有効な分析装置に改変」して、「日本の現実」を分析したり「日本の歴史」を「従来のイデオロギーの呪縛から解き放って書き換える」べく「知的努力」を傾ける(のが「われわれに必要」だ)(p.298)などと言わない方がよい。いくら「フーコーの道具箱」を「さらに有効な分析装置に改変」しても適切な結果をもたらすとは思えない。桜井が自ら上の如き「知的努力」を傾けて、日本の現実や歴史を実際に「分析」する又は「書き換え」る作業をしてみたらどうか(自分の言葉には自分で責任をとれ、と言いたい)。
 そのような桜井哲夫が書く「まえがき」自体に、素人の私でも容易に指摘できる奇妙さが含まれている。桜井は述べる。
 ・「フーコーの仕事は、つねに新しいといわざるをえない」。「つねに既存の枠組みへの挑戦であり続けたから」。
 ・「新しい」とは「時代に迎合」せず、「時代に」「『否』を突きつける営為」で、そうした「知的努力」こそが「世界に新たな可能性を生み出してきた」。
 ・「フーコーの仕事を吟味すること」は、「新しい知的可能性を生み出す第一歩でなくてはならない」。
 自らの仕事の積極的な意味・意義を何とか見出したいという<気持ち>は解るとしても、以上の叙述は奇妙だ。
 すなわち、「新しい」ものであれば、あるいは時代に「否」を突きつける行為であれば、なぜそれらすべてが肯定的に評価されるのか?「世界に新たな可能性」とか「新しい知的可能性」とか言っているが、その<新しい可能性>が、人間・社会・歴史にとって<よい>ものである保障はどこにあるのか? たんに「時代」・「世界」・「知」を掻き混ぜて混乱させるだけのものもあるだろうし、決定的に<悪い>方向へと(「新しく」)導く「知的努力」又は「営為」もあるのだ(余計ながらマルクスもレーニンも毛沢東も金日成も、それぞれに独特の「新しさ」をもっていた)。
 「新しけりゃよい」なんてものではないことは、<伝来的なもの>(伝統的・歴史的に今日まで継承されている事物・精神)の中にも大切なものはありうる、と考えるだけでも分かる。
 こんなことくらい大学教授、社会学者、近現代歴史・社会・文化評論家(著者紹介による)ならば容易に理解できる筈だと思われる。フーコーは「つねに新しい」、ということは(それが正しい理解だとしても)、彼を積極的に「吟味」することの意味・必要性を肯定する根拠には全くならない。
 <新奇>あるいは<珍奇>な言説や思想らしきものは絶えず生じてくる。それらの中から、貴重な<宝石>を発見し吟味する必要はあるだろう。フーコーがそれである(あった)とは、とても思えない。

0249/日本共産党員<嶋1971>氏が何か言っているようだ。

 頻繁にではなく、ときに、「秋月瑛二」のウェブ上での扱いに関心をもって検索してみることがある。
 
すると、私が6/11に書いた「嶋1971・たしかな野党を応援し続ける勇気を!というブログ」に対する<嶋1971>氏の6/16付の反論らしきものを見つけた。
 個別のブロガー?相互のやりとりはこうして公にするものではないかもしれないが、私自身が蒔いたタネなのでやむをえない。さらに反応しておくことにする。
 嶋?氏の文は同氏のブログ中にではなく、なぜか2チャンネル上でなされている。発表媒体の問題はともかく、同氏の文は正確には反論文ではない。
 私は「嶋1971・たしかな野党を応援し続ける勇気を!」というブログの運営者が「日本共産党の支持者」とか「私は支持者とはいえ日本共産党の主張・政策に共感を持つ時も持たない時もある…」とか<ブロフィール>で書いていることについて、「大ウソ」であり、日本共産党員だとほぼ間違いなく言えるとしてその理由も書いた。
 これについて嶋氏は<私は絶対に日本共産党員でない>と主張してくるなら反論だろうが、同氏は「私は秋月瑛二氏について、私のブログへのリンクを無断で貼ってこない事を理由に「紳士」と感じていたが撤回する事にした。/彼は自身のブログで私の事を「自己紹介でウソをついている。」などと書いたためだ」としか反応していない。要するに、批判してきたから「紳士」との印象を撤回する、というだけのことだ。このことは、嶋氏が自分が日本共産党員であることを認めたに等しい、と私は理解する。
 なお、次のような抗議・不服らしい文も付いている。→「一般ブロガーの自己紹介に対しては「はあ、そうですか」程度に受け止めるのが普通だと思う。
 ここでの「一般ブロガー」の意味は私には解りにくいが、それは別として、はたして、上のように「自己紹介に対しては「はあ、そうですか」程度に受け止めるのが普通」なのだろうか。
 むろん殆どの場合、
「はあ、そうですか
という程度で受けとめるしかない。ブロガーの自己紹介の真否をいちいち確かめる方法などありはしないからだ。また、いちいち真偽につき質問をしまくるヒマな人もいないだろう。
 だが私は、いちおう、「反共産主義」を一つの柱にしたブログを書いてきている。そして、ネット上には所謂ネットウヨのみならず、九条護憲派や日本共産党員のブログ(ネットサヨ?)が意外に多いことに気づいているのだが、そうした関心を元来もつ者が、ほとんど明瞭に共産党員であることが確実な経歴を書き本文も書いているブロガーが、自己紹介欄で
「日本共産党の支持者」・「「代々木レッズ」のサポーター」などと書いているのを知るに至った場合、「ウソ」をつくな、と感じ、その旨を自分のブログ・エントリーで書いても、いかなる非難の対象にもならないと考える(個別のブログを対象にしてよかったかという<政策的判断レベルの>問題は私も感じているが、それを禁止するルールはない筈だ。そうでないとコメント等もできなくなる)。
 嶋氏は私を「卑怯」だともいう→秋月氏は「自分のブログが私のブログよりも「週間IN」の数が多いのをいい事に、私の名誉を傷付ける事を書くのだとしたら卑怯だと思う。/私の秋月…氏への評価は「卑怯」とする。
 ご自由にご判断を、という所だが、私は「
自分のブログが私のブログよりも「週間IN」の数が多いのをいい事に」
嶋氏の自己紹介ぶりを批判したわけでは全くない。嶋氏のブログが上位にあっても同じことをしただろう。従って、「だとしたら」という前提条件が間違っているので、「評価は「卑怯」とする。」と断定的文も取消ししておいて欲しいものだ(どうでもいいが)。
 同じ前提に立って、秋月氏は「自分のブログよりも「週間IN」が少ないブロガーしかたたく事が出来ないほど肝っ玉が小さいんだろう」とも書いている。ここまで来ると、気の毒としかいいようがない。
 なぜ自分が批判の対象になったのかについて、プロフィールに「ウソ」を書いたのが原因であることを忘れたくて、自分のブログの方が(特定のランキングサイトの)人気順位が下だから批判されたのだ、と別の理由によることにしたいのだ(こういうのを心理学的に何て言うのだろう?)。
 繰り返しておくが、「ウソ」を明瞭に感じたからこそ取り上げたのだ。考え方が違うからといって、日本共産党員と堂々と名乗っている者のブログの内容を個別的に批判するつもりは(少なくとも現時点では)ない。ましてや、ランキングが偶々下位のブログだから批判したのだろうと想像するのは、哄笑に値するほどの、<げすの勘ぐり>だ。
 いま一つ、秋月氏も「記事捏造の記者と同じじゃないかと思う」と書いている。これは意味不明だ。嶋氏に関して、捏造をした覚えはない。すべて嶋氏が公にしている情報をもとに書いた。謂われなき誹謗中傷とは、きっと、こういうのを言うのだろう。そして「科学的社会主義」の政党の党員も、こういう事実無根の誹謗を平気で書いているわけだ。
 以上だが、2チャンネル上の他の人の情報だと、「嶋1971」氏は男性らしく、しかも本名まで書かれていた(真偽は知らない)。じつは私は文章の感じから、女性かと思っていた。
 ついでに、きわめて例外的だが、ブログの内容について、この人のものに関してのみ2件コメントしておく。
 「君が代」斉唱時不起立教員解雇訴訟東京地裁判決(東京都側勝訴)が出たあと嶋?氏の上記ブログ6/21は書く-「「君が代」の歌唱や伴奏なんてやりたい人だけにやらせればいいじゃない、と思います」。
 さすが、日本共産党員。いや、何という単純・幼稚さ。
 6/24にいわく-「私は今後9年以内2016年までに、日本共産党が国政で政権入りすると予想しています」。根拠は定かでなく、米国の通告による日米安保の廃棄が前提になっているようだ。
 私、秋月の予想では、現状並みか、それ以下の「泡沫政党」化している(=「諸派」の一つとなっている)。そして消滅(=解党)への途を順調に歩んでいる
 日本共産党の勢力が伸張する根拠・条件など、どこにもない。かりに万が一一時的に議員数が増えることがあっても与党や他党の失策に対する批判票の受け皿になるだけのことで、積極的な日本共産党支持者が増えたわけではなく、ましてや社会主義(・共産主義)の理想が浸透してきた、などというような冗談話は全くありえない。 
 日本共産党とその追随勢力に未来はない。
 日本共産党は1922年にコミンテルン(国際共産党)日本支部としてロシア(ソ連)共産党の理論的・財政的援助のもとで、マルクス・レーニン主義という外国産の「悪魔の思想」に依拠して設立された。
 マルクス・レーニン主義を基礎とするという点で、共通の祖先を持つものに、旧ロシア(ソ連)共産党のほか、中国共産党、北朝鮮労働党(金日成父子)、カンボジア・旧ポルポト派、東欧の旧ルーマニア共産党(チャウシェスク)、旧東独社会主義統一党(ホーネッカー)等々、日本のかつてのブンド(共産主義者同盟)、日本赤軍、現在の(革共同)革マル派・中核派等々がある。
 同じ「親戚」のフランス共産党は今年6月の下院議員選挙で22→15と議席数を減少させた(第一回投票後は9~13の範囲内で半減の予想だったので、それに比べればまだ「善戦」した)。かつて1980年代、仏社会党とともにミッテラン大統領を支えた頃に比べると、見る影もない。イギリス、ドイツにはもともと(戦後~)、イタリアには今や、「共産党」と称する政党は存在していない。

0203/日本共産党とその追随者に未来はない。フランス共産党にも。

 産経6/05の、時事通信配信の小さな記事に視線が止まった。
 3日付の仏紙ルモンドによると、「党勢衰退で深刻な財政難に陥ったフランス共産党糊口をしのぐため、所蔵するピカソの絵画作品などの売却まで検討している」らしい。
 どの程度確かな情報かは分からないが、仏共産党が衰退から消滅へと近づいているとすれば、不思議ではない。そして、所蔵している元党員だったピカソの絵が高価で売れるとなると…。
 わが日本共産党には、そういう財政難は-表向きは-なさそうだ。代々木の一等地?にあるらしい同党本部の建物を売りに出す日がいつか必ずくる、と予想している。<いつか>がいつ頃かが問題だ。
 日本共産党の大きな収入源が赤旗(本紙と日曜版)の売り上げであることはよく知られている。
 日本共産党を支持しているわけでもないのに、友人又は知人に頼まれて、<義理で>又は<つきあい>で日曜版くらいなら、と講読している人びともいるかもしれない。そういう人に是非言いたいが、まともに日曜版を読まず、日本共産党の影響は受けなくとも、しかし、赤旗日曜版の代金を日本共産党に支払うことによって、同党を支援し、協力し、同党の存続に手を貸していることに変わりはない。できるだけ早く、できるならば穏便に、赤旗講読を中止すべきだ。
 日本共産党とその追随者に未来はない。

0185/フランス共産党の衰退ぶり。

 宮地健一のHPからさらにリンクして、「フランス共産党の党勢の推移について」との資料が掲載されているサイトへ。→
 そのサイトは九条改憲反対の立場のようだが、「最近、偶然、ル・モンド紙のデーターベースで資料を発見した」というデータが真っ赤なウソではないだろう。
 それによると、次のとおり。
 「     1981年   2006年
  地方議員 28,000  13,000
  上院議員 23      23                        
  下院議員 44       22                        
 人口3万以上市の市長 72 30
  欧州議会議員 19     2                  
  党員   710,000 134,000

 以下は、大統領選挙第1回投票の得票率(%)
 「1981-15.48、1988-6.86、1995-8.73、2002-3.37」 2007-2%未満
 最後に下院選得票率(%)
 「1981-16.13、1986-9.69、1988-11.15、1995-9.14、1997-9.84、2002-4.76
 フランス社会党のミッテランが大統領になったのは1981年だった(第一次)。上のとおり当時は仏共産党は第1回投票で16%の支持があり、同党は第二回投票ではミッテランを支持したので、同政権はまさに社・共連立の政権だった。日本共産党が全国平均で15-16%の投票を獲得したことはない。当時は(1980年代前半は)ユーロ・コミュニズムとか言って、英国や(西)ドイツは別だが、フランスとイタリアの共産党には勢いがあり、現実の国内政治への影響力もあった。
 だが、イタリア共産党はソ連崩壊とともに崩壊して「左翼民主党」とかに名称変更した。また、名前だけは同じのフランス共産党の衰退ぶりは、上のように疑うべくもない。日本共産党の全国平均獲得投票率をも下回り、5%以下になっている。大統領選第1回投票での得票率が
2%未満(上の緑字)だったということは、このブログで既に書いたが、今年の大統領選後の読売の記事の中の何気ない、しかし明確な情報にもとづく。
 この25年間で上院議員数だけは変わっていないようだが、地方議員数・下院議員数は半減し、欧州議会議員数は19→2となり、党員数は71万→日本共産党党員数よりも少ない13.4万だ。
 この趨勢が続くと、フランス共産党は日本共産党よりも早く解体・消滅するのではないか
 大統領選得票率がソ連崩壊後に少し上がっているのは不思議だが、全体としてはおそらく、ソ連・東欧「共産党」体制の崩壊の影響が大きかったものと思われる。何しろ、パリとモスクワ、フランスとソ連(ロシア)は地続きで、日本とモスクワ間よりも近いし、広義の欧州人、もともとは広義のキリスト教国という点では共通性があったのだ。
 それに比べて、わが日本は、とまた書きたくなる。ソ連・東欧「共産党」体制崩壊の影響はイタリアやフランスに対するほどには全く及んでいない。相変わらずのマルクス主義者もいる。欧州では<冷戦>は終わったかもしれないが、東アジアでは続いている。
 共産党やそれに客観的には追随している新聞社などが存在しない国で生活したいものだ。いや、日本をそういう国にしなければ、日本に将来はないだろう。

0128/フランス共産党の得票率は1%台。

 読売新聞5/09朝刊の「フランスの針路・中」にこういう一文があった。
 <かつて「ユーロ・コミュニズム」の旗手だった共産党の場合は、同党の候補の得票は2%にも及ばず、4位にも食い込めなかった。
 フランスの新聞や雑誌を購読しているフランス通なら知っていたことかもしれないが、フランス共産党に関する情報は一般的には入手し難い。
 上によると、仏大統領選挙の第一回投票に仏共産党も候補者を立てていたが得票率は2%以下、つまり1%台だった、というわけだ。
 かつてミッテラン(社会党)が大統領になった頃は社共連合政権とか言われ、共産党の政権への影響力がどれ程になるかが話題になったものだが、昔日の感がある。1%台というのは、政治への現実的影響力はない、見てよいだろう。
 それに比べて、とまた似たようなことを書いてしまうが、日本共産党は5~10%の票を獲得する(地域によっては約20%もある)。
 同じ先進資本主義国で何故、と再び思うのだが(米・英・独には共産党はなく、類似の政党があっても1%未満の得票率だろう)、やはり、共産党そのもの又は共産党系とはいえないが、しかし明確に反共産主義でもない、朝日新聞社や岩波書店等の出版社、某や某等々のテレビ・キャスター、(「かくれ」であっても)親マルクス主義の大学教員たち(彼らは「教え子」を生み出す)などが日本共産党の回りをとり囲んで、同党を防御しているからだ、と思われる。
 上のような<とりまき>が一斉に親マルクス主義を捨て、反共産主義の立場を明確にして共産主義と「闘う」に至れば、日本でもあっという間に、日本共産党は0~1%台の得票率の政党になってしまうだろう。
 これも、すっぱりと過去と断絶できない<日本的>現象というべきか、日本の<変化>は欧州・フランスと比べると随分遅い。

0074/日本共産党・2007県議選等分析、民青同盟員数72年比で1/10、等。

 直接に宮地健一氏のHPに入っていただければ済むことだが、同HPに「2007年県議選・政令市議選の結果と評価」が掲載された。日本共産党に関心はもつが前衛も赤旗も読まない者にとっては貴重な情報源で、分析も成る程と思わせる。
 政令市議選を先に片付ければ、2007年は新潟市・浜松市・堺市の3つ増えたため単純比較できないが、この3市を除いて比較すると、「124-19=105議席」で2003年は104だったので「1議席増えた」。「議席占有率は、2003年12.5%→2007年12.6%と、0.1%増えた」。宮地氏によれば、「共産党は、県議選における立候補削減への方針転換にたいして、政令市議選で、全選挙区に立候補させるという従来からの方針を採った」。この議席結果は、県議選と比較すると、「微増と言える」。
 私には不本意だが、政令市議選については、日本共産党はしぶとく頑張ったわけだ。
 だが、44府県議選の結果と分析は、楽しい。
 「1999年と2003年との比較で、議席・得票数・得票率の選挙結果3指標とも減った」。
 1999年・2003年・2007年の変化はこうだ。議席数、152→107→100。得票数、4,263,692→3,207,067→2,857,027、得票率、10.50%→8.63%→7.49%
 2003年から「県議選で全選挙区に立候補させるという従来からの方針を取り止め、重点選挙区だけの立候補作戦に転換した」ようだが、それでも、低落・退潮の傾向は明瞭だろう。
 宮地氏は書く。-「44道府県県議選データは、全国規模選挙として、参院選との関連性が強い。その結果は、参院選の行方を直接占うデータともなる」。ところが、共産党は2003年と比べて「議席-7・得票数-350040票・得票率-1.18%と、3指標とも全面敗北・連続後退した。となると、参院選においても、3指標とも全面敗北になる確率が高まったと推定できる」。
 なかなか好ましい推定ではないか。国会(両院)レベルでの劇的な議席数減少(各院・2~0へ)があれば、解体・崩壊、そして解党への途を「夢想」するくらいはできるようになるだろう。
 このような結果にもかかわらず、宮地氏によれば、「4月9日共産党常任幹部会声明は、3指標の増減に関する全体評価を一言も言わず、避けている」、「基本評価は敗北である。敗北を認めず、それを取り繕うような声明は見苦しいだけでなく、参院選に向けた選挙活動にもマイナス影響をもたらす」。
 以上のほか、興味深い日本共産党関係情報も知ることができる。以下、宮地氏の同じファイルによる。
 1.「共産党」という名の政党があるのは、「ヨーロッパでは、ポルトガル共産党、フランス共産党のみ」。このうち「ポルトガル共産党はプロレタリア独裁理論の放棄を宣言している。フランス共産党も、党大会で正式に、(1)プロレタリア独裁理論と、(2)民主主義的中央集権制という2原則を放棄した。よって、2党とも、その内実は、もはやレーニン型共産党ではなくなっている」。
 イギリス、ドイツ、イタリア、スペイン等にはとっくに「共産党」自体が存在しない。しかるに、極東の日本には、言葉こそ変えても上の(1)(2)を維持した「レーニン型共産党」があるのだ。私には、不思議で、奇妙で、仕様がないのだが。
 2.民青同盟は1972年には「20万人の巨大組織に達していた」。だが、「2007年現在、民青同盟員は、約2万人」だ(同盟費納入率は約40%なので、実働は約8000人程度)。「青年学生の党組織・民青班の崩壊」を示している。
 私の記憶する1970年代前半と比べて、隔世の感がある。今の20歳代の若い世代の共産党支持率が低いようであるのも、民青同盟員数と無関係ではあるまい。
 かかる減少の原因は、「新日和見主義分派」事件、「宮本顕治の対民青クーデター=党中央忠誠派に民青中央を総入れ替えしようとした日本共産党史上最大規模の冤罪・粛清事件」に遡る。この「600人査問・100人処分という党内犯罪の共同正犯は3人」で、「クーデターの主犯宮本顕治、600人査問統括検事役下司順吉、思想検事役上田耕一郎」。
 過日言及した、川上徹氏もこの「クーデター」の犠牲者だったと思われる。
 3.私も見たことがあるが「さざ波通信」という珍しいHPがあって、日本共産党の党員らしき者が種々の意見・主張を述べていた。今訪問したらまだ存在していて、アクセス数は1620974だった。「党員用討論欄」もあるが、最終投稿の日付は2006.12.15だ。このHPを日本共産党中央は問題にしたらしい。
 「第22回大会〔2000.09-秋月〕前後、HPさざ波通信掲示板への批判キャンペーンを大々的に展開した。そこへの投稿者にたいして、摘発・査問・除籍活動を全党的に展開した。インターネット社会において、HP内容によって、批判者を摘発・排除している政党は、世界の政党の中で、中国共産党と日本共産党の2党だけ」。「日本共産党は、査問(=調査)内容が具体的に判明している者3人、査問事実判明10数人を、インターネット掲示板を捜査して、摘発した。未判明摘発者は数十人いると思われる。批判者にたいする粛清体質をそのまま堅持している」。
 
「批判者にたいする粛清体質をそのまま堅持」という部分には、やはり日本共産党は共産党だ、という奇妙な表現を使いたくなる。
 それにしても、宮地氏の経験・蓄積をふまえたデータ収集・提供と分析を、このように宮地氏の目的とは異なる目的で使用し、紹介するのは、多少は気が引けるところがある。だが、インターネット上に公開された情報であるかぎりは、どのような目的で利用・伝達されようとも、それを(技術的には勿論、法的・行政的にも)遮る・阻止することはできない、と理解しているのだが。

ギャラリー
  • 1181/ベルリン・シュタージ博物館。
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  • 1180/プラハ市民は日本共産党のようにレーニンとスターリンを区別しているか。
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  • 0801/鳩山由紀夫は祖父やクーデカホフ・カレルギーの如く「左の」全体主義とも闘うのか。
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  • 0800/朝日新聞社説の「東京裁判」観と日本会議国際広報委員会編・再審「南京大虐殺」(明成社、2000)。
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