ノーベル文学賞が与えられたことになっている(本人は辞退)『ドクトル・ジバゴ』(1957年。映画化1965年)の作者であるB・パステルナーク(Boris Pasternak)について、無責任にも?<なぜこの人は亡命しなかったのだろうと思うときがある。よく分からない>とこの欄にかつて書いたことがある。1910年頃に留学していたドイツ・マールブルク(Marburg)について記したときだった。
 今でもよく分からないが、L・コワコフスキの『マルクス主義の主要潮流』第三巻第二章第一節の<文化等の一般的状況>(この欄№1863/1918.11.02)の中で久しぶりにBoris Pasternak の名を見つけた。1920年代~1930年代の<作家・文筆家>の様子がある程度は分かる。
 L・コワコフスキによると、1930年代、作家(文筆家・詩人)たちは、こう分かれる。
 ①殺戮される-Babel、Pylnyak、Vesyoly。
 ②自殺する-Mayakovski、Yesenin。
 ③強制収容所で死ぬ-Mandelshtam。
 ④国外に逃亡(亡命)する-Zamyatin。
 ⑤スターリンを称賛する「物書き」になる-Fadeyev、Sholokhov、Olesha, Gorky。
 B・パステルナークはどこに入るのか。まだ、つぎがある。
 ⑥何とか「迫害と悲嘆の時代」を生き残る-Akhmatova、Pasternak。
 B・パステルナークは殺されもせず、亡命(国外移住)もせず、ロシア国内で「生き延びた」のだ。
 どのようにして? その詳細は分からない。何らかの「食って、生きる」ための仕事をし、詩作や文章書きを<隠れて>行っていた、という程度にしか分からない(もちろん、日本語本にあるこの人の評伝には正確なことが書かれているだろう)。
 それにしても、Pasternak と並んでいるAkhmatova (女性)は、第三者、とくに体制関係者に分からないように、<自分の脳内に詩作を記憶させ、蘇生させ反芻しながら、脳内で詩作を続けていた>と何かで読んだのだから、凄まじい<表現の自由>の否認状況だろう。脳内にしか、発表し、保存する媒体はないのだ。
 Boris Pasternak もまた、似たような状況にいたと思われる。
 "Doktor Zhivago" がふつうの小説ではなく、私が一読しても登場人物にかかるストーリーの現実性や連続性には疑問があり、長いものもある「詩」が何度か挿入されているのも、その作成や構成に要した時間と、取り囲んでいた「(とくに政治)環境」によるものと思われる。
  レーニン時代にせよ、スターリン時代にせよ、種々の政治的事件や制度等の歴史も重要だし(指導者、党、国政あるいは中央と地方、ロシアと他民族、外国との関係等々)、また、いかほどの数の人間が粛清やら大粛清あるいはテロルによって死んだのかも、もちろん重要な関心事だ。
 しかし、どうしても今日的には理解し把握し難い、あるいは実感し難い重要なものがあるということを意識しておかなければならないように思われる。
 それは、<イデオロギー>というものの役割、あるいはいささかどぎつい言葉を選べば「洗脳」というものはいかなるものか、だ。
 これは現在の日本人には、またほとんどの欧米人には、ほぼ理解不能なのではないか。
 そんなことを感じたのは、やはりL・コワコフスキの叙述による。
 うまく訳しきれていないが、L・コワコフスキによると(№1886/2018.12.08)、こんな状態があった。長くなるが、叙述の順序に従って、ほとんど再引用する。要約している部分もかなりある。
 ①人物や事件の評価が「修正」されたとき、人々はその「修正」の簡単な方法・経緯を知っていたが、それを公言すれば制裁を受けるので<何も語らなかった>。
 ②知っていても決して言及しない「公然の秘密」がある。
 ③人々は強制収容所についてしっかりと知っていたが、それはしかし(引用すると)、「そのような事実は存在していないというふりをお互いにしつつ、その事実に気づいていることを政府が望んでいた」からだ
 ④人々には「二重(dual)の意識」が作り出された。それは体制側の意図だった。
 ⑤人々はあちこちで「醜悪な虚偽を繰り返して語るように強いられ」、かつ同時に、「十分によく知っていることについて沈黙を守るように強いられた」。
 ⑥人々は、「党と国家が吹き込んだウソを絶え間なく反復することによって、ウソだと知りつつ発言することで、ウソについて党と国家の共犯者になった」。
 ⑦体制側の意図は、馬鹿馬鹿しい虚偽を「そのまま信じる」ことではなかった。
 ⑧「完全な服従とは、人々が現在のイデオロギーはそれ自体は何も意味していないと認識することを要求するものだった。すなわち、イデオロギーのいかなる側面も、最高指導者が意図するいかなるときでも勝手に変更したり取消したりすることができないものなのだ。そして、何も変更されておらず、イデオロギーは永遠に同一なのだ、というふりをする(pretend)ことが、全ての者の義務になる」。
 ⑨「党のイデオロギーはいつでも指導者が語った以上のものでも以下のものでもない、ということを理解するために、市民は、二重の意識を持たなければならなかった。
 すなわち、公的には、変化しない教理問答書としてのイデオロギーに忠実であると告白する
 一方、私的には、または半ばの意識では、イデオロギーは完全な融通性をもつ、党の手にある、つまりはスターリンの手にある、道具だと知っている
 市民はかくして、『信じることなくして信じる』(believe without believing)ことをしなければならなかった」。
 ⑩上の「心理(mind)状態」こそが、、党が人々の中に「作り出して維持しようとしている」ものだった。
 ⑪人々は「政府のウソを繰り返して言った」。そして考え難いことだが、その人々は「自分たちが言っていることを半分は信じていた」。
 ⑫人々は何と言うのが「正しい」のか、つまり「何と言うことが彼らに要求されているか(=正しいか)」を知っていた。そして奇妙なことだが、彼らは「真実と正しさ」とを混同していた
 この辺りのL・コワコフスキの最後の文章はつぎのとおり。
 ○「このようにして同時に二つの分離した世界で生きるという状態は、スターリニズム体制が達成した最も顕著なものの一つだった」。
 ソヴィエト体制下で生じたのは、たんなるテロル・大粛清や貧困・飢餓等だけではない。
 注目しておくべきなのは、人間の<自由で、誠実な精神>というものの破壊だっただろう。
 上の⑤⑥、⑧⑨あたりは、きわめて理解し難い「心理・精神」の状態だ。
 L・コワコフスキは二重(dual)意識と呼ぶが、G・オーウェル『1984年』には二重(double)意識という語が出てくるらしい。
 ともあれ、ソヴィエト体制下でのイデオロギー操作というのは、<ウソが真理だと信じ込ませる>ことでは全くない、と今日のわれわれも知っておくべきだろう。単純な?「洗脳」ではない。
 私にもまだ判然としないが、こういう心理・精神状態をどう理解すればよいのだろう。
 **ウソをつきつつそれが本当のことだと信じている<ふりをする>、かつまた、ウソであることを本当は知っていることも<匂わせる>。**
 何と複雑な、欺瞞に満ちた心理・精神状態だろうか。
 多くの人々が、こういう心理・精神状態の中で生きていたのではないか。
 「しろうと」ながら、ヒトラー・ナツィズム体制は、もっと大らかで率直で正直だったような気がする。唖然とする、悪辣なことを平然とかつ公然と語っていたような気がする。
 コミュニズム(共産主義)とナツィズムの違いだ。
  B・パステルナーク『ドクトル・ジバゴ』はレーニン時代を歴史的背景とする作品だ。
 1917年秋・冬から三回の冬のことを、この作品はこう叙述している(私の訳-№1548/2017/05/18)。
 「冬がやってきた。この冬はそれに続いた二つの冬ほどにはまだ悲惨ではなかったけれども、だがすでに似たようなもので、陰鬱さ、飢え、寒さ、そして全ての日常的なものの激変を、特徴としていた。存在の全ての基礎の新たな形成や、滑り去る生活に取りすがろうとする完全に非人間的な努力をだ。//
 三回の恐ろしい冬が、つぎつぎに連続した。今17年から18年の冬に起きたと記憶していることの全ても、本当はこの当時ではなく、ことによると、もっと後に起きたのだったかもしれない。この三つの冬は、一つに重なっていて、一つ一つを区別するのはむつかしい。//」
 さらに、すでに新体制=ソヴィエト・ボルシェヴィキ体制の「人間」観を疑問視するこんな発言も、主人公の友人(ラーラの正式・形式上の夫でボルシェヴィキに入党したが、最後は自殺)にこう語らせている(私の訳-№1539/2017/05/13)。
 「だが、第一に、十月〔1917年〕以来に説かれている全般的な完成化(allgemeine Vervollkommnung)の理念は、ぼくを燃え立たせない。/
 第二に、全てが実現からほど遠いのに、その理念を語るだけでも、これほどたくさんの血の海(Stroemen von Blut)が代償として必要だった。目的は手段を正当化するって、ぼくには分からない。/
 第三に、これが肝心なことだが、人間の改造(Umgestaltung des Lebens)という言葉を聞かされると、ぼくは自分をどうも抑制できなくなって、絶望へと陥ってしまう。//
 人間の改造だって! こんなことは、なるほど多くのことを体験しているが、人間とは何かを実際にはまるで知ってはいない者たちだけが、考えることができる。人間の呼吸=精神(Geist)や人間の搏動=魂(Seele)を感じたことのない者たちだけが。/
 そういう者たちにとって、人間の存在というものは、彼らがまだ触って磨き上げていない、もっと加工が必要な、原材料の塊なのだ。/
 しかしね、人間は決して、かつて一度たりとも、材料や素材ではない。/
 きみが知りたいのなら、人間は永遠に自らを作り直している原理体だ。人間は、絶えず自らを更新しており、永遠に自らを形成し、変化させているのだ。それは、きみやぼくの愚かな考えなどを際限なく超越したところにある。//」
 あくまで小説上のものだが、これはスターリン下の言葉ではない。明らかにレーニン時代のものとして語らせている。
 ***
 最後に、この時代に、ロシア(・ソ連)の将来を悲観して、あるいはブルジョアジーとか「知識人」とかの<逆差別>を受けて(レーニン政権が追求したのは決して「平等」なのではない。「階級敵」の平等視があるはずもない)、国外に脱する直前のユリイの正式の妻・トーニャの手紙の一部を再度引用しておきたい。
 あくまで、作品上のものだ。しかし、他国へ行く当時の人々によってこういう文章は実際に書かれたのではないか(私の訳。同上)。
 「さようなら。もう終わらなければいけない。
 ああ、ユーラ、ユーラ、私の愛する人、大切な夫、私の子どもの父親、どうしてこんなことになったの ?
 私たち、もう二度と、もう二度と、決して会うことがないのよ。
 あなた、こう書いたことの意味が分かる ? 理解できる ? 理解できる ?」
 ユリイの妻・トーニャの手紙から。Boris Pasternak, Doktor Shiwago〔独語版〕, p.521.