秋月瑛二の「自由」つぶやき日記

政治・社会・思想-反日本共産党・反共産主義

ソブール

0525/フュレ・フランス革命を考える(岩波、1989)を少し読む-主流派はマルクス主義。

 外国人の本は、翻訳という作業を媒介とするために、読みにくい、理解し難いところがあるものだ。という思いをあらためてもちつつ、フランス革命<解釈>に関する、フランスの「修正主義」派の代表者の一人の本、フランソワ・フュレ(大津真作訳)・フランス革命を考える(岩波、1989)を少しだけ読んでみた。
 日本に比べて、フランスでは自国の歴史(の見方)についての対立は少ないのだろうという何となくの想定があったが、実際にはそうではなく、フランス革命の位置づけ・性格づけも含めてかなりの対立・議論があるようであることは興味深い。かかる一般的な感想を生じさせる部分は省略して、すでにいくつか、興味を惹く文章がある。以下の引用は、フュレの上記の本。
 ①「フランス革命の歴史家たち〔従来の主流派-秋月〕は、自分たちの一九一七年にたいする感情とか判断とかを過去にも投影し、第二の革命を予告し予示すると見なされるものを、第一の革命のなかで特権的な地位にまで高める方向に傾いた」(p.11)。
 面白い指摘だ。「一九一七年」とはロシア革命、第二の革命とは「社会主義」革命のこと。つまり、従来の主流派のフランス革命「解釈」は、フランス革命の過程の中で将来の「社会主義」革命を「予告し予示する」と見なしたものを重視した(「特権」化した)、という。そして、将来の「社会主義」革命を「予告し予示する」ものとは、まさに<ジャコバン独裁>期(ジャコバン主義が支配した「革命政府」期)に他ならない。
 「一九一七年」=ロシア革命に関する「感情とか判断」は、むろん肯定的評価を意味する。そして、そういう<感情・判断>からすると、ロシア革命のような「社会主義」革命を「予告し予示する」<ジャコバン独裁>期はとくに重視される、という意味になる。
 むろんこれは、フュレの従来の主流派に対する批判であり、皮肉だ。つぎの②も主流派的フランス革命「解釈」への批判・皮肉。
 ②「二つの革命にかんする歴史学の弁舌はおたがいにのりこみあい、汚染しあう。ボリシェヴィキはジャコバン派を先祖とし、ジャコバン派は共産主義の予想図をもった」(p.11-12)。
 フランス革命(ジャコバン派)とロシア革命(ボリシェヴィキ)の二つをこのように明確に関係づける、このようなフランス人の(邦訳された)文章を読むと、新鮮な感動すら生じる。まさに<フランス革命(ジャコバン派)がなければロシア革命(ボリシェヴィキ)もなかった>、と言えるのだ。
 ③私たち〔フュレとドゥニ・リシュ-秋月〕の本(1965-66)は「アルベール・ソブールとその門下が採用したマルクス主義的解釈のひとつに背いているとの疑いを受けている」。二人は「『ブルジョワ・イデオロギー』のために利敵行為を働いている、と非難されている」(以上、p.156)。
 つまり、従来の主流派とはフランスの<マルクス主義歴史学>(の一つ)だという旨が、これらによって明言されている。すでに、上の①や②からでも容易に明らかになることだが。
 ④従来の主流派の一人であるクロード・マゾリクは(フュレらが)「ジャコバン的拡張主義にたいして煮え切らない態度をとっている」と疑っているが、長い叙述のあげく、次のように述べて「彼の明敏さの秘密」を暴露した。「歴史家の方法は、レーニン主義的労働者党の方法と理論的には同一のものである」(p.156-7)。
 上の最後の「」はフュレではなく従来の主流派の一人(マゾリク)の文章の引用。
 このくらいにしておくが(なお、以上はすべて、1991年=ソ連解体前の文章)、以上で明らかなのは、フランス革命を典型的「ブルジョア革命」と捉え、かつ<ジャコバン独裁>期を不可欠のものとして重視する<従来の主流派>とは、<マルクス主義(歴史学)>者たちだ、ということだ。従って、単純に言って、<修正主義>派とは反・マルクス主義(=反・共産主義)者たちだ、ということになる。
 高橋幸八郎大塚久雄らが自らの立場をどのように<正直に>語っていたかは知らないが、日本の<主流派>的なフランス革命「解釈」もまた、マルクス主義又は少なくとも親マルクス主義のそれだ、と言ってよい。ということは、樋口陽一のフランス革命「解釈」もまた、それを当然に継承している、ということになる。前回又は前々回に触れたように「一九一七年」=ロシア革命に対する批判的意識・感覚が樋口陽一には欠落しているようであることも、このことを証明又は示唆しているだろう。
 今後もこのフランス革命・<ジャコバン独裁>問題に言及するが、樋口陽一一人にかかわりたいためでは勿論ない。樋口陽一のような人々、樋口陽一(のような人々)の「教育」を受けた人々、樋口陽一(のような人々)の「指導」を受けた現在の大学教授たち(例えば、直接の指導教授は樋口陽一ではなくすでに「マルクス主義」憲法学者としてこの欄で論及した杉原泰雄ではないかと思われるが、現在は東北大学教授の辻村みよ子)が多数おり、「マルクス主義」的なフランス革命「観」を日本人に撒き散らしている、と思われるからだ。

0003/フランス革命-1951年のソブール本と1987年のセディヨ本。

 中川八洋・正統の哲学/異端の思想(徳間書店、1996)は刺激的な本で、第一部第一章第一節は「ロシア革命とは「第二フランス革命」」という見出しになっており、フランス革命の残虐性・狂気性およびマルクス主義・ロシア革命の重要な淵源性を指摘し、ルソー・ロベスピエールらを厳しく批判するとともに、より穏健なイギリス名誉革命を讃え、フランス革命時のイギリスの「保守」思想家バークらを肯定的に評価する。この本はフランス革命を肯定的・好意的に描く本は日本で多く翻訳され、消極的・批判的な本は翻訳されない傾向がある、という。また、肯定的・礼賛的なものの主要な四つのうち中央公論社の世界の名著中のミシュレのものの他はいずれも岩波書店から出版されている。そのうち、ソブール・フランス革命(上・下)(岩波新書、1989年各々42刷、39刷。初版、各1953年)を古書で入手した。
 1952年の時点での著者からの「日本の読者へ」の初め2行まで読んで(見て、に殆ど等しい)、たちまちぶったまげた。曰く-「20世紀、いいかえればプロレタリア革命―われわれはそれに終局的な人間解放の希望をかけているのだが―の世紀のちょうど中葉にあたって、日本の読者に…」。いかにスターリン批判がまだの時期とはいえ、のっけから、20世紀はプロレタリア革命の世紀で、それに終局的な人間解放の希望をかけている、とは…。岩波書店がこのパリ(ソルボンヌ)大学フランス革命史講座教授の1951年の本をさっそく新書化したのも分かる。岩波書店の<思想>にぴったりの内容だからだ。
 ソブールは上の言葉で始め、イギリスやアメリカの「革命」の妥協性や特異な限界を指摘してフランス革命は「人類の歴史の中で第一級の地位」を占めると自慢し、フランス革命は自由の革命、平等の革命、統一の革命、友愛の革命だった、とする。さらにこう続けているのが興味深い。-だが、経済的自由の宣言・農奴制廃止・土地解放によって「資本主義に道をひらき、人間による人間の新しい搾取制度の創設を助けた」。だがしかし、と彼は続ける。-フランス革命は「未来の芽生え」も見せていた、即ち「バブーフは経済問題を解決し、…平等と社会主義を完全に実現する唯一の可能な方法として、生産手段の私有廃止と不可分の社会主義的デモクラシーの樹立を提案した」。
 中川八洋の著を読んで抱いた印象以上に、フランス革命賛美者はマルクス主義者であること、フランス革命→社会主義革命という連続的な歴史的発展論に立っていることが解る。岩波書店はこの新書をもう絶版にしているようだが、1991年のソ連・東欧「社会主義」諸国の崩壊の後では、さすがに恥ずかしくなったのだろうか。
 一方、1987年のルネ・セディヨの本を訳した同・フランス革命の代償(山崎耕一訳。草思社、1991)は、フランスでは「修正派」と言うらしいが、筆者まえがきで、大革命は伝説を一掃すれば実態が明らかになる、全否定はできなくとも全てを無謬ともできない、偉大な部分・崇高な面もあるが、うしろめたい部分・有害な面もあると結論を示唆し、訳者あとがきは、この書によるとフランス革命は資本主義の発展に有利に作用せず、封建制を廃棄せず、土地問題を解決していない、等々と要約している。どちらか一方のみが適切でないにせよ、後者の方がより歴史の真実に近そうだ。
 いずれにせよ、フランス、アメリカ、イギリスの諸「革命」を同質の「市民革命」(ブルジョワ民主主義革命)と理解することは誤りだ。また、日本が(かつて又は現在でもよく説かれているように)フランス革命のような典型的な「革命」を経ないで「近代」化したことについて、劣等感をもつ必要は全くない。

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