秋月瑛二の「自由」つぶやき日記

政治・社会・思想-反日本共産党・反共産主義

オルテガ

1597/若き日のマールブルク(Marburg)。

 フランス・パリの地下鉄の中で、母親に連れられた小学校に上がる前に見えた男の子が、<モンパルナッス>と発音した。
 何しろ初めてのパリで、仏語にも詳しくなく、北の方のモンマルトル(Montmartre)と南の方のモンパルナス(Montparnasse)の違いが(ともにモンが付くために)紛らわしかったところ、その<ナッ>のところを強く発音してくれていたおかげで、両者の区別をはっきりと意識できた。
 モンパルナッスも<リ->を強く発音するシャンゼリーゼ(Champs-Élysées 通り)も、フランスらしい地名だ。シャルル・ドゥ・ゴール(人名/広場=凱旋門広場)というのもそうだが。
 ドイツでは、フランクフルト(Frankfurt)はまだしも、デュッセルドルフ(Duesseldorf)となるとあまりドイツふうの感じが(私には)しない。
 そうした中で、マンハイム(Mannheim)はドイツらしくかつ美しい響きだ。最初にアクセント。実際にも、中心の広場周辺は魅力がある。
 旧東ドイツの都市のイェナ(Jena)という名前も、東欧的感じもしてじつに可愛い気がする。
 但し、ライプツィヒ(Leipzig)からニュルンベルクまでの電車の中から、停車駅でもあったので少し眺めただけだ。教会の尖塔も見えた。しかも、どうも、イェーナと発音するらしくもある。「イェナ」の方が(私には)好ましい響きなのだが。
 かつてから、マールブルク(Marburg)という大学都市のことは知っていた。そして、気に入った、好ましい、ドイツ的響きのある名前だと思ってきた。
 --
 まだ若かった。
 いったいどこからの寄り道だったのだろうか。ひょっとすると、ゲーテ『若きウェルテルの悩み』に由縁があるヴェツラー(Wetzler)を訪れた後だったのかもしれない。
 まだ明るいが夕方で、電車駅を下りて、山の中を渓谷沿いにマールブルクの中心部へと歩いた。
 日が暮れかかっていて、あまり時間もなかった。
 しかし、山の上の城(城塞建物)と街を一瞥はしたはずだった。その中におそらく、マールブルクの大学の建物もあったはずだ。
 当時のことで、たぶん写真も残していない。
 だが、自然(つまりは山の緑と渓谷)が近くにある、小ぢんまりとした綺麗でかつ旧い街だとの印象は残った。
 もうおそらくは、訪れることはないだろう。
 この都市と大学の名を想い出す、いくつかのことがあった。
 まず、マーティン・ハイデッガー(Martin Heidegger)が教授をしていて、この大学の女子学生だったハンナ・アレント(Hannah Arendt)と知り合い、親しくなった。
 猪木武徳・自由と秩序-競争社会の二つの顔(中央公論新社・中公文庫、2015。原書・中公叢書、2001)、という本がある。
 この本によると、ハイデッガーは9ヶ月だけナチス党員になりヒトラー支持発言もしたが(1933-34)、のちは離れたにもかかわらず、終生<ナチス協力者>との烙印がつきまとった、という。p.189。
 但し、猪木はマールブルクに触れつつも、そことハイデッガーとの関係には触れていない。
 なお、上の二人は、ドイツ南西部のフライブルク(Freiburg ibr.)の大学でも会っているはずだ(このとき、ハイデッガーは一時期に学長)。
 二つめ。『ドクトル・ジバゴ』の作者のボリス・パステルナーク(Boris Pasternak、1890-1960)が、1912年、22歳の年、<ロシア革命>の5年前に、マールブルク大学に留学している。この人の経歴を見ていて、気づいた。
 ドイツもロシアも帝国の時代、第一次大戦開始の前。
 パステルナークはずっとロシア・ソ連にいたような気もしていたが、若いときには外国やその文化も知っていた。
 この人は<亡命>をなぜしなかったのだろうとときに思ったりするのだが、よく分からない。
 最後に、上の猪木武徳の本
 ドイツに関する章の中に「マールブルクでの経験」と題する節もあり、パステルナークのほかに、大学ゆかりの人物として、ザヴィニー(Friedrich Carl von Savigny)、グリム兄弟、そしてスペインのホセ・オルテガ・イ・ガセット( José Ortega y Gasset、1983-1955)の名前を挙げている。p.179。
 1900年代にマールブルクに勉強に来たらしいこのオルテガの名前は、西部邁がよく言及するので知っているが、読んだことはない。<大衆>に関して、リチャード・パイプス(Richard Pipes)も、この人の著作に言及していた。。
 それにしても、なかなかの名前が揃っているように見える。私が知らない著名人はもっとたくさんいるだろう。
 あんな小都市の山の中に大学があり、けっこうな学者たちを一時期であれ育てているのも、ドイツらしくはある。
 たぶんイギリスとも、フランスとも異なる。
 なぜか、と議論を始めると、私であっても長くなりそうだ。
 若き日の、一日の、かつ数時間だけのマールブルク(Marburg)。
 やはり、美しい名前だ。最初にアクセントがある。

0984/ハイエク著による「民主主義」と「自由」の続き。

 〇ハイエク・自由の条件(The Constitution of Liberty)の原著初版は1960年に刊行されている。その時点でハイエクは、(この欄の前回に紹介したような)自由主義と民主主義の相違については「広く一致が見られる」と書いている(新版ハイエク全集第5巻p.104)。
 そこでの注(原注)でハイエクはオルテガの著(1937年。有名な、大衆の反逆(1932)ではない)を挙げ、オルテガの次を含む文章を引用している。

 ・「民主主義と自由主義は全く異なった二つの問題に対する二つの解答」だ。民主主義は「誰が公権力を行使すべきか」という問題に対する、自由主義は「公権力の範囲はどうあるべきか」あるいは「公権力…の限界はどうあるべきか」という問題に対する解答だ(p.227-8)。
 ハイエクは前回に引用した文章以外に、次のようにも書いている(p.106)。

 ・「民主主義の一般的擁護論がどれほど強くとも、民主主義は究極的あるいは絶対的価値ではなく、それが何を成し遂げるかによって判断されるべきものである。おそらくそれはある種の目的を達成するには最善の方法ではあろうが、目的それ自体ではない」。

 ここでの注(原注)には、次の二つの文章が引用されている。

 ・メイトランド(1911年)-「民主主義への道を自由への道と考えた人びとは、一時的な手段を究極の目的と誤解した」のだ。
 ・シュンペーター(1942年)-「民主主義は…決定に到達するためのある型の制度的装置であって、…一定の歴史的条件の下でそれが生み出すどんな決定にも関係なく、それ自体では目的となりえないもの」だ。

 民主主義にせよ「自由」にせよ、それら自体の意味についてハイエクを含めての種々の概念理解や議論があるだろうが、少なくとも前者は後者を「基本」とする、というような単純なものではないだろう。

 以上に挙げたのはすべて外国人の文章で、日本には日本的な「民主主義」や「自由」に関する議論や概念用法があってよいことを否定しないが、櫻井よしこのように簡単に記述して済むものではなかろう。
 〇注意を要するのは、戦後日本の当初において、「自由」も「平等」も「民主主義」から、または「民主主義」と関連させて説明するような、分かり易い(?)、一般国民を対象とする本が宮沢俊義や横田喜三郎によって書かれていたことだ。これらについては、すでに言及・紹介したことがある。
 (つづく)

0441/佐伯啓思・20世紀とは何だったのか-<現代文明論・下>(PHP新書、2004)全読了。

 佐伯啓思・20世紀とは何だったのか・「西欧近代」の帰結-<現代文明論・下>(PHP新書、2004)を全読了。
 最終章(第七章)は「アメリカ文明の終着点」で、筆者はアメリカ文明への「警戒」、自由主義・民主主義・グローバリズム・情報革命への「懐疑」を呼びかけ、ニヒリズムを基調とする「現代文明というものの本質」を「認識」することから始める他はない、とこの書物全体を結んでいる(p.238)。
 あまり夢の湧いてこない、建設的・積極的とは必ずしも言えない終わり方だ。もっとも、佐伯啓思は、この半年間には「義」というものについて書いたり、同・日本の愛国心(NTT出版、2008.03)を出版したりしているので、それらでは少しは「明るい」話を読めるのかもしれない。
 西部邁と佐伯啓思の2名は隔月刊の雑誌・表現者(イプシロン出版企画)の「顧問」のようで、かつこの雑誌の編集部(株・西部邁事務所)は「親米保守が分裂病…」と述べており(17号編集後記)、この雑誌は<反・親米保守>の基本的立場のようだ。
 佐伯啓思のアメリカニズム・グローバリズム批判等からして、佐伯が単純な<親米保守>でないことは分かるが、では<親中国>か<親米>かと問われるとまさか前者だとは答えないだろう。
 中国「文明」に日本が席巻・蹂躙されてはならないのと同様にアメリカ「文明」のよくできた子供になっても困る、ということならば、自信をもって支持できるのだが。
 元に戻って、佐伯啓思・現代文明論・下>は「西欧近代」の帰結の「歴史的で文明論的な見取り図」(p.5)を叙述するもので、たぶん種々の疑問・批判もあるのだろうが、「視覚」・「見通し(概観)」という点でおおいに参考になった。<現代文明論・上>と同様に、ときどき、一部でも要約的に引用・紹介したい。
 さっそくだが、「大衆民主主義」の「危うさ」と「恐ろし」さに関して、次のような文章がある(「」の引用以外は要約)。
 ・「大衆民主主義」とは「大衆の意見がそのまま政治に反映されるべき」との「政治システム」だとすると、大衆が「政治の主役」で「世界(社会)は大衆によって動かされる」ことを意味する。これは「政治を動かす者は、優れた指導者」、「知識や判断力をもったエリート層」だとした一九世紀ヨーロッパと基本的に異なる。「大衆社会は政治の基本的なあり方を変え」た。かつまた、「集団としての大衆」が「それなりの合理性や判断力とはまったく違った次元」で動くとすれば「恐ろしいことだ」。大衆の描く「世界(社会)」とは「みずからの欲望や野望や情念やら偏見やらを動員して、みずからに都合よく定義した」ものなのだ。(p.152-3)
 ・それなりの「能力や見識や、さらには時間」をもつ人でないと「政治にかかわる」のは無理だ。だが「大衆」は、「平凡で平均的な者の、平均的な感覚や思いつき」、「平凡な人間」の「凡庸な考え」が「政治を動かす」あるいは「政治の場に反映されるべき」と考えている。「政治的権利」をもつ者は「その権利に値するだけの優れた人間」との「自覚と努力」が必要だった筈だが、現今の「大衆」はそうではない。「大衆の本来のあり方」に反逆しているのであり、これ=「大衆の本質に対する反逆」こそが、オルテガのいう<大衆の反逆>だ。(p.158-161)。
 以上。

0257/再び参院議員選挙について。

 前々回に「参院選の基本的争点」などという大口を叩いた。産経6/26の正論欄では、村田晃嗣が「選挙への思惑を超えて、取り組むべき長期的な課題し山積している」として、第一に地球環境(温暖化)問題-安倍首相の「美しい星」構想、第二に集団自衛権問題を挙げている。そして、与野党ともに選挙にかまけて「日本外交にとっての長期的な戦略的課題」をなおざりにするなと結んでいる。
 異論はないが、こうした課題に関する議論は選挙の争点又はテーマのいくつかの一つにしても何ら差し支えないものだろう。
 月刊正論8月号(産経)の中西輝政「「年金」を政争の具にする愚かさ」は、政治家の事務所経費問題は「本当は小さな問題」で、これが大きくなったのは「瑣末民主主義」という「日本政治の病理の更なる昂進」の証左であり、政治とカネの問題を軽視するのは怪しからんという「小児病的正論」が歴史的に何をもたらしたのか「マスコミや世論はじっくり考え」るべき旨を述べている(p.78)。まことに正論、と私は感じる。
 中西においてはタイトルどおり、「年金」もまた「政争の具」にされてはならない。同感だ。自民党は街頭演説会等でこの問題に殆どの時間を費やすような愚かなことはしなくてよいのではないか。他の問題も含めて、安倍内閣のこれまでの成果を堂々と訴え、今後の方向を年金問題も含めてこれまた堂々と自信をもって訴えたらよいのではないか。
 中西によれば、年金記録漏れ5000万件の事実は日経が2月に報道し、民主党も認識していたが、5/23の会合で、つまり参院選の時期が近づいてから、小沢一郎・民主党代表は「年金問題を参院選の最大の争点にせよ」と檄を飛ばした、という(p.81)。国家の理念も国益も忘れてもっぱら<選挙に勝つ>ことしか考えていない小沢一郎の戦術は果たして成功するのかどうか。
 再び中西によれば、年金制度は重たい問題で、その変革は超党派で取り組むことが求められるのがスエーデン、ドイツ、イギリスなどの例であり、教訓らしい。戦前のドイツで時の与党を年金問題で攻撃して大躍進したのがヒトラー・ナチスだという。中西によれば、にもかかわらず、日本では「与野党、特に野党の側に自己抑制が働いていない」。
 中西は言う-「ポピュリズムを煽ることしか念頭にないマスコミに煽動された国民の多くはあのずさんな社保庁を放置してきた責任は「与党にある」としかとらえない。マスコミは「政争の具にしてはならない」との声を、単なるレトリックとしてしか見ない。そこにこそ年金問題の本質がある」(p.82)。
 代表者(立法議会議員)を選出する自由な投票こそが「民主主義」の根幹だが、民主主義又は民主制はもともと<衆愚政治>の意味を内包している。「衆愚」というと印象の悪い言葉なので、「大衆民主主義」には弊害又は消極的側面がある、と言った方がよいかもしれない。
 「大衆民主主義」とは現代を表現する学問上の概念だ。阪本昌成の本によると、オルテガやオークショットは「大衆民主主義の影」を気遣い、懸念した、という(同・リベラリズム/デモクラシー第二版(有信堂、2004)p.93)。
 日々の生業・生活に忙しい国民(有権者)の全てが必要な全情報を得たうえで適切かつ合理的に政治的な判断・選択ができる訳がない(これは憲法改正以外の案件に関する国民投票制度や自治体レベルでの住民投票制度の設置や利用に私が消極的で、「代議制」=間接民主主義の方が優れていると考える理由でもある。この点はまた別の機会に)。
 もともとそういう限界があるところに、現代の選挙は「マスコミ」が作るイメージにかなり左右されてしまうという面もある。
 ということもあり、年金問題がなくとも自民党は敗北する(議席減少)予定の選挙だったのだから、敗北(議席減少)はやむをえない。
 だが、安倍首相の退陣だけは是非、何としても避けたいものだ。朝日新聞と日本共産党・社会民主党がこれまでの首相に対するのと比べても安倍首相攻撃・批判を強めてきたのは、安倍が彼らと正面から闘う人物だからだ。彼らにとっては、安倍は怖いのだ。安倍退陣は朝日新聞の若宮某を含む彼らを小躍りさせて喜ばせてしまうだろう。北朝鮮が喜ぶのも目に見えている。
 そのような首相を変えてはいけない。共社両党と妥協したり朝日新聞の主張に部分的にせよ<迎合>するような首相に変われば、近年の数年間の努力は無に帰してしまう。
 保守派からの不満は残ったのだろうが、内閣総理大臣による靖国神社への参拝をともかくも復活させたのは、小泉前首相だった。
 教育基本法も改正され、憲法改正手続法も制定されて、大きな変化の時代を乗り越える準備が現に着々となされ(社保庁解体・公務員制度改革もその一つ)、たんなる準備ではない成果も挙げてきているのだ。首相在任まだ10ケ月の安倍晋三を辞めさせるのは早すぎるし、日本のためにも絶対にならない

0149/「大衆」の忘恩と小児性-「民主主義」は機能するか。

 すでに読み終えた中川八洋・保守主義の哲学だが、刺激的な言葉が随所にある。例えば、
 「日本列島は無政府状態の色を濃くしているし、レーニン/ヒットラーの全体主義を再現するかのような不気味な土壌をつくりつつある」(p.297)。
 「日本の学界・教育界は、大正デモクラシーの大波をかぶってそのままデカルト/ルソー/マルクスの住む島に流れつきそこにとじこもることすでに八十年、理性万能の狂妄から目を覚ますことがない」(p.325)。
 ところで、読みながら、失礼ながら何故か、「きっこのブログ」や「きっこの日記」のきっこ?を想起してしまったのは、第六章「平等という自由の敵」の第四節「大衆という暴君」の中の、次のような、紹介されている等の、いくつかの言葉だった(p.298-9)。
 オルテガ-「大衆人」は「生の中心がほかでもなく、いかなるモラルにも束縛されずに生きたいという願望にある」。
 中川-「道徳」とは…のことだが、「これを欠くか、ない方がよいと願う「大衆人」とは、その本性において、社会主義者・共産主義者のシンパとなりやすい特性をもっている」。
 オルテガ-「大衆人」は「倫理・道徳性の欠如」を示し、「忘恩の徒」となる。「忘恩」とは「甘やかされた子供の心理」でもあり、「今日の大衆人の心理図表に…線を引くことができる。…安楽な生存を可能にしてくれたいっさいのものに対する徹底した忘恩の線を…」。
 ホイジンガ-「ピュアリリズム(小児病)」とは「子供を大人に引き上げようとせず、逆に子供の行動にあわせてふるまう社会、このような社会の精神態度」のことだ。
 ホイジンガ-「ピュアリリズム(小児病)」の特質は「…他人の思想に寛容でないこと、褒めたり、非難するとき、途方もなく誇大化すること、自己愛や集団意識に媚びるイリュージョンに取り憑かれやすいこと」だ。
 ル=ボン-「衝動的で、昂奮しやすく、推理する力のないこと、判断力あよび批判精神を欠いていること、感情の誇張的であることなど…こういう群衆のいくつかの特徴は、野蛮人や小児のような進化程度の低い人間にもまた同様に観察される」。
 自戒の意味も込める必要があるが、きっこ?氏に限らず、日本という国家への「忘恩」、上に種々書かれている「小児」性は日本国民のかなりの部分に蔓延しているのではないだろうか。上では「大衆」という言葉が使われ、中川八洋には「大衆蔑視」的ニュアンスが全くなくはないと感じるのは気になるところだが、ほぼ「(一般)国民」と置き換えて読むべきだろう。そして、国民の「忘恩」と「小児」性は、「民主主義」は適切に機能するか、の基本的な問題でもある、とも考えるのだ。

0052/山中優・ハイエクの政治思想(勁草書房、2007.03)を少し読んで…。

 山中優・ハイエクの政治思想-市場秩序にひそむ人間の苦境(勁草書房、2007.03)は、はしがきによると、「もはや社会主義なき二十一世紀のグローバル化時代」におけるハイエクの議論の意義を探るもので、ハイエクのいう市場秩序は人々にいかに「厳しい自由の規律」を課すか、自生的市場秩序はその厳しさのゆえに政治権力のいかなる働きを必要とするか、という観点から「ハイエクの政治思想」を原理的に考察する、という。著者は今年38歳。
 第一章は社会主義を含む「全体主義批判」、第二章第一節は「社会主義批判」とされているようにハイエクは明瞭にかつ「理論的に」マルクス主義・社会主義を批判した思想家だった。
 他に、カール・ホパーの開かれた社会とその敵・第二部(未来社、1980)の相当部分はマルクス主義批判だし、オルテガやハンナ・アレントの「全体主義」批判はナチスの如きファシズム批判であるとともに社会主義批判でもあるようだ(最後の二人につきファシズム批判の面だけを見て味方だと思っている、親「社会主義」又は「左翼」の人や出版社がいる・あるようで、面白い)。
 というように、「反共」は決して「右翼的」・「国粋的」のみの感情なのではない。むろん論者によって批判点、重点は違うだろうが、きちんとした理論体系といってよいものをもつ考え方なのだ。「反共」と批判・反論して、論争もしないで勝ったと思う傲慢な「科学的社会主義」者もいるだろうが、<共産教>信者には何を言っても通じないかもしれない。
 経済学的に見ても労働価値説自体が疑問視され、すると剰余価値説も成立しなくなり、資本家階級の労働者階級の「搾取」→労働者の「窮乏化」→階級「闘争」→「革命」、といった「理論」というよりも「宗教上の予言」は、全て成立しなくなる=間違っていることとなる
 元に戻れば、ハイエク自身の本の邦訳とともに山中の本も読んで勉強することにする(上で紹介した以上には既に読んでいる)。
 もっとも、やはり気になるのは、「もはや社会主義なき21世紀」といった表現がしばしば出てくるが、本来そうでなければおかしいとは私も思うが、どっこい少なくとも日本(および東アジア)では「社会主義」はまだ十分に生きている、ということだ(ちなみに、ネパール共産党が参加した政府ができ、王制廃止を問題にしているネパールの動向も心配だ)。この点をを忘れてもらっては困るし、政治思想の専門家ならば、むしろ直視して欲しい。
 日本に限っても、「共産」と名乗り「科学的社会主義」を標榜する政党が国会内に議席をもち、むろん投票者の多くが日本の社会主義化を本当に望んでいるとはとても思わないが、民主主義の徹底→社会主義(→共産主義)をいちおうは綱領に謳う当該政党に約500万の票が投じられているのだ。
 こうした現状を無視又は軽視しては種々の新しい「現代思想」を論じることもできないのではないか。
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