秋月瑛二の「憂国」つぶやき日記

政治・社会・思想-反日本共産党・反共産主義

つくる会

1550/「つくる会」は小池百合子、「日本会議」は増田寛也を支持した。

 ○ もう一年近く前になるが、桝添要一辞任後の東京都知事選挙で、「新しい歴史教科書をつくる会」は小池百合子を支持し、「日本会議」は増田寛也を支持した
 前者が印象に残り、こうして今まで憶えている。
 有力三候補のうち、政権与党および東京都の支部の支援を受けたのは増田寛也だった。有力政党で小池支持はなかったかと思われる。
 選挙の結果が「正しい」とは限らない。あるいは、「正しい」か「誤り」かという問題設定をすること自体に問題があると、最近は感じている。<現実>はそれなりの必然性あるいは「やむをえなさ」によって生じたと<合理的に>推認したい人たちも多いのかもしれないが、それは過ちだ。
 ともあれしかし、都知事となるという<現実>を手にしたのは小池百合子で、増田ではなかった。増田寛也には何の個人的な好悪の情はないし、小池についても全く同じ。
 しかし、やはり興味深いのは、自民党等が公式に(都連も含めて)支持・推薦した候補が圧倒的に敗れたことで、これは、好ましい<選択肢>が自民党等(の候補)以外にもう一つあれば有権者のかなりの部分が、 「自民党」の名前とか機関決定に関係なく、もう一つの「選択肢」に投票する可能性があることだ。立ち入らないが、似たことは最新の大阪府知事・大阪市長の選挙でも起きた(反自民・反民主の<維新の会>候補の圧勝だった)。
 自民党と安倍晋三内閣は、国政レベルでは「もう一つの選択肢」の欠如のゆえにこそ、支持率をまだ高く維持しているようであることを知らなければならないだろう。
 もう一つ興味深いのは、略称「つくる会」の、結果としては<現実>と同じになった小池支持の判断(役員決定だろう)だ。小池の方が増田よりも「歴史認識」が近い、または「つくる会」の活動に理解をより示してきた、というのが根拠だったかと思われる。
 これに対して、<現実>にはまたは結果としては無様(ぶざま)な判断だったことになったのは「日本会議」だ。おそらくこの団体・組織は、自民党が支持・推薦する候補を支持・推薦する、というほとんどルーティン的な思考と決定をしたものと思われる。
 そのかぎりでは、はるかに「つくる会」の方が<自由な>あるいは<柔軟な>思考ができていたわけだ。
 ○ 2007年3月に正規にこの欄を立ち上げたとき、「新しい歴史教科書をつくる会」という団体があるのを知っていたが、<分裂>等々に関する知識はほとんどなかった。
 但し、一度だけ、西尾幹二・国家と謝罪(徳間書店、2007)の中の、とくに手厳しい、全人格的な(または学者・研究者ないし<保守>活動家全面についての)八木秀次批判についてこの欄で言及したことはある。
 今では、例えば、以下の書物を持っているし、たぶんとっくに熟読し終わっている。
 したがって、種々の経緯については、その頃よりもはるかに詳しい。
 小林よしのり責任編集/新しい歴史教科書をつくる会編・新しい歴史教科書を「つくる会」という運動がある(扶桑社、1998)。
 鈴木敏明・保守知識人を断罪す-「つくる会」苦闘の歴史(総和社、2013)。
 小林よしのり・ゴーマニズム戦歴(ベスト新書、2016)の関係部分。
 西尾幹二・藤岡信勝らの書物等は除く。
 こうした「歴史」を知ると、いろいろなことが分かる。
 例えば、なぜ、八木秀次は、産経新聞または月刊正論で継続的に「重用」され続けているのか。
 10年ほど前に西尾幹二が感じていたことと、私は基本的に同感で、八木秀次は「信用できない」。
 また、ついでに記せば、天皇・皇室敬慕を謳っているにもかかわらず、譲位問題についての今上天皇に対する<きわめて個人的な嫌悪感>を示す、最近の文章部分に喫驚したこともある。
 また、渡部昇一がいわば初期または第一次の(西尾幹二理事長時代の)「つくる会」には何ら関与しておらず、西尾幹二の退任後に関係をもち始めたことも、私には興味深い。
 屋山太郎がどうやら反西尾・反藤岡側で、産経新聞社・扶桑社側に立って<政治的>活動をしたのも、なるほどと思わせる。この人は、八木秀次とともに「教育再生会議」に関与していたはずだ(屋山太郎批判はさんざんこの欄でした。国家基本問題研究所の立派な「理事」の一人だ)。
 櫻井よしこは、「つくる会」の運動とは関係がなかった。さらに言及したいが、2000年刊行の憲法とは何か(小学館)は自衛隊違憲論のほかにも「左翼的」議論がある(政教分離という基本問題への言及が全くないことには既に触れた)。
 この人は、今のごとき<保守派のラウド・スピーカー>(某左翼論者-名前を忘れた-)ではなかった。
 また、櫻井よしこが2015年夏の安倍内閣・戦後70年談話の評価を、のちにまとめた本の当該部分の「追記」で実質的に反対方向に変えるという<信じがたい荒業>をしていることをこの欄で指摘したが、その際に支持するとして明記したのは、「中西輝政、伊藤隆」の月刊正論上等の論考による安倍談話の「歴史認識」批判だった。
 それを記載しているときにも感じたのだが、中西輝政はともかく、安倍70年談話の「歴史認識」批判者としては、少なくともその次に「西尾幹二」の名を明記してよかっただろう。
 しかし、おそらくあえて、櫻井よしこは意識的に西尾幹二を除外している
 <保守>的論壇の人間関係など私が知る由もないが、おそらく、西尾幹二と櫻井よしこの間の人間関係は、良くはないようだ。
 もちろん、このように二者択一的に提示されれば、私は西尾幹二の側に立つし、西尾幹二により近い。
 しかし、西尾幹二には語ってみたいこともある。いや、もう少し、「つくる会」について書いてからにしよう。

1294/日本共産党のデマ-安倍首相らは「ネオナチ」か。

 デマゴギーとは、政治的目的をもって、または政治的効果を狙って、意図的に発信・流布する虚偽の情報のことらしい。略して、デマ。これを行なう者をデマゴーグという。
 日本で歴史上も現在でも最大の、手のこんだデマゴギー流布団体は、日本共産党だ。
 マルクス(・レーニン)主義自体が、古代史家の安本美典が適切に、端的に語るように、<大ホラの体系>だろう。これを「科学的社会主義」と言い換えていること自体、「科学」を愚弄するデマゴギーだと言える。
 日本共産党・不破哲三が前衛2015年3月号で、安倍晋三首相らを「日本版『ネオナチ』そのものだ」と言っている(p.135)。あるいは、「安倍内閣-…日本版『ネオナチ』勢力」という見出しをつけている(p.131)。
 このように断定する論拠は何か。つぎのような論旨の展開がある。
 ①河野談話や細川護煕首相の1993.08の「侵略戦争」発言に危機感をもった自民党内「戦争礼賛」派が同月に党内に「歴史・検討委員会」を作った。当選1回生の安倍晋三も参加した。
 ②上の委員会は1995.08に検討結果を著書・大東亜戦争の総括(展転社)でまとめた。この戦争の呼称自体が戦争を「美化」するもので、同書は、「アジア解放と日本の自存・自衛の戦争、正義の戦争」だったとし、南京事件も慰安婦問題も「すべてでっち上げ」だとした。
 ③かかる「戦争礼賛」論を教育に持ち込むために「礼賛」派を集めてその戦での歴史教科書づくりを始めた。新しい歴史教科書をつくる会発足が1996.02。
 ④上の運動を「応援」する国会議員団〔名称省略〕を1997.02を発足させ、事務局長に安倍晋三がなった。2001.01に「戦争美化」のつくる会教科書が文部省の検定に合格した。
 ⑤このように、安倍晋三は「戦争礼賛」の教科書づくりの「張本人」。要職を経て、「大東亜戦争」肯定論という「異様な潮流の真っただ中で育成され、先輩たちからその使命を叩き込まれて」、2006年に首相になった。
 ⑥政権と自民党を安倍晋三を先頭とする「戦争礼賛」の「異様な潮流」が「乗っ取った」状態にあるのが現在。
 ⑦上の潮流に属する「ウルトラ右翼の団体」のうち、「最も注目」されるのは、「日本会議」と「神道政治連盟」。それぞれ国会議員懇談会をもち、安倍晋三は首相就任後も前者の特別顧問、後者の会長だ。また、第二次安倍内閣の閣僚は全員かほとんどが上のいずれかに属しており、内閣は「ウルトラ右翼」性をもち、「侵略戦争の美化・礼賛一色の内閣」だ。
 ⑧「ネオナチ」とは要するに「ヒトラーの戦争は正しかった」というもの。
 ⑨安倍首相中心の日本の政治潮流は「ヒトラーと腕を組んでやった日本の侵略戦争」を「あの戦争は正しかった」と言っているのであり、「主張と行動そのもの」が「ネオナチ」と「同質・同根」。あの戦争を「礼賛」する「安倍首相率いるこの異質な潮流こそ、日本版『ネオナチ』そのものだ」。
 さて、間にいくつかのことを挿んでいるが(新しい歴史教科書をつくる会を結成させたのは自民党(の一潮流)という書き方だが、事実に即しているのだろうか。それはともかく)、安倍首相らは「ネオナチ」だとするその論旨は、A/安倍らはあの戦争を「美化」・「礼賛」している。B/あの戦争は「ヒトラー〔ナチス〕と腕を組んでやった」ものだ。C/したがって、安倍らは「ネオナチ」だ、という、じつに単純な構造を取っている。
 不破哲三とはもう少しは概念や論理が緻密な人物かと思っていたが、上の論理展開はヒドいだろう。政治的目的をもって、政治的効果を狙って、あえて虚偽のことを述べている、と思われる。
 まず、上のAは適切なのか。物事を、あるいは歴史を、単純に把握してはいけないことは、別の問題については、日本共産党はしきりと強調している。戦争の「美化」・「礼賛」とだけまとめるのは、単純化がヒドすぎる。
 大東亜戦争の総括(展転社)を読む機会を持ってはいないが、安倍首相らの<歴史認識>がこれほどに簡単で単純なものとは到底考えられない。たしかに、日本共産党のような?GHQ史観または東京裁判史観にそのまま立ってはいないだろうが、もう少し複雑にあるいは総合的に、あるいは諸局面・諸要素ごとに判断しているように思われる。
 また、例えば、より具体的には、安倍首相らの「潮流」に属する団体としてとくに「日本会議」が挙げられているが、田久保忠衛は同会の代表役員であるところ、田久保・憲法改正最後のチャンス!(2014、並木書房)を読んでも、-この点は別の機会にも触れるが-田久保があの戦争を全体として「美化」・「礼賛」しているとは到底感じられない。長谷川三千子も同じく代表役員だが、GHQ史観・東京裁判史観に批判的だったとしても、あの戦争を単純に「美化」・「礼賛」しているわけではないだろう。
 さらに、今手元にはないが、初期のいわゆるつくる会の歴史教科書を読んだことのある記憶からしても、まだ十分に<自虐的>だと感じたほどであり、あの戦争の「美化」・「礼賛」一色で叙述されていたとは到底思えない。そのような教科書であれば、そもそも、検定には合格しなかったのではないか。
 いずれにせよ、安倍首相らを批判し、悪罵を投げつけたいがための、事実認識の単純化という誤り(虚偽)があると考えられる。批判しやすいように対象や事実を単純化して把握することによって、じつは、存在しない異なる対象や事実を批判しているにすぎなくなる、というのはデマ宣伝にしばしば見られることだ。
 つぎに、ドイツ(・ナチス)と<腕を組んだ>戦争という、あの戦争の理解は適切なのか。なるほど、日独伊三国同盟というものがあった。しかし、日本とドイツは共同しての戦闘は行っていないし、その同盟の意味は時期によって異なる。ドイツ(・ナチス)と「社会主義」ソ連が「腕を組んだ」時期もあったのだ。また、政府ではないにしても、南京事件に関してドイツ人の中には<反・日本>で行動した者もあったことはさておくとしても、<保守派>の中には、ドイツと同盟したことを批判的に理解する者もいる。「日本会議」や「神道政治連盟」の役員の中にも、そういう論者はいるだろう。
 詳しくは歴史あるいは日独関係の専門家に任せるとして、<ドイツ・ナチスと手を組んだ戦争を「礼賛」しているから「ネオナチ」だ>というのは、子供だましのような幼稚で杜撰な論理だ。安倍首相らを批判し、悪罵を投げつけたいがための、論理展開の単純化という誤り(虚偽)があると考えられる。
 このような論法を日本共産党について採用したらどうなるのだろうか。上の論理よりももっと容易に、「ネオ」大粛清組織、「ネオ」大量殺戮組織、「ネオ」人さらい組織、「ネオ」侵略戦争支持組織、等々と批判することができる。
 「ソ連型社会主義」とか称して、誤りはあるものの(生成途上の)「社会主義」国だと見なしていたはずのソ連を、1991年末にソ連が崩壊した後では平然と<社会主義国ではなかった>と言い繕えることができるように、「ウソ、ウソ、ウソ」を得意とするコミュニスト集団・日本共産党のことだから、別に驚きはしない。言ったところで無駄だろうが、いちおう言っておきたい。党員と熱心なシンパにだけ通用するような、幼稚で単純なデマを撒き散らすな。 

0590/西尾幹二・国家と謝罪(徳間書店、2007.07)を読む-つづき。

 一 西尾幹二・国家と謝罪-対日戦争の跫音が聞こえる(徳間書店、2007.07)は「つくる会」問題でのみ八木秀次を批判しているわけではなく、安倍内閣の「教育再生会議」に対応した民間版応援団体?「教育再生機構」の理事長に八木秀次が就いたことについても、政治(家)と民間人(ブレイン)の関係等に注意を促し、「八木氏は知識人や言論人であるには余りに矜持がなさすぎ、独自性がなさすぎ、羞恥心がなさすぎる」(p.150)などと批判したりしている。
 そういえば、福田内閣になり<教育>が大きな政治的争点でなくなった後、この「日本教育再生機構」はいったい何をしているのだろう。
 月刊正論9月号(産経新聞社)によると、「日本教育再生機構」は某シンポの主催団体「教科書改善の会」の「事務局」を担当しているらしい(p.272の八木発言)。「教科書改善の会」という団体の「事務局」が「日本教育再生機構」という団体だというのは、わかりにくい。組織関係はどのように<透明>になっているのだろうか(ついでに、このシンポは、あの竹田恒泰とあの中西輝政・八木秀次が同席して「日本文明のこころとかたち」を仲よく?語っているのでそれだけでも興味深い)。
 二 西尾幹二対八木秀次等という問題よりも本質的で重要なのは、西尾が「あとがき」の副題としている「保守論壇は二つに割れた」ということだろう。
 何を争点・対立軸にして「割れた」かというと、小泉内閣が進めて安倍内閣も継承した<構造改革>の評価にあるようだ。これはむろん、アメリカの世界(経済)戦略をどう評価し、日本の経済政策をどう舵とるべきか、という問題と同じだ。この点で、小泉内閣等に対して厳しく、アメリカに批判的だったのが西尾幹二で、小泉内閣・安倍内閣、とくに後者にくっつき?、そのかぎりで<より親米的>でもあったのが八木秀次等だ、ということになる。
 西尾幹二と八木秀次はどうやら、西尾が小泉純一郎についての『「狂気の首相」で日本は大丈夫か』を出版した頃から折り合いが悪くなったようだ(上掲書p.82-83)。
 西尾によると八木秀次は「権力筋に近いことをなにかと匂わせることの好きなタイプの知識人」で、八木は、安倍晋三が後継者として有力になっていた時期での小泉批判を気に食わなかった(戦略的に拙いと思った?)らしく思われる。
 個人的な対立はともあれ、上記の問題に関する議論は重要だ。「保守論壇は二つに割れ」て、<保守>派支持の一般国民が迷い、方向性を失いかけるのも当然だろう。
 八木秀次は<より親米>の筈なのだが、中西輝政との対談本では中西輝政の<反米>論に適当に相槌を打っている。もともと、佐伯啓思が論じてきたような<アメリカニズム>あるいは<グローバリズム>についての問題意識自体が、おそらくはきわめて乏しかった、と思われる(法学者とはそんなものだ)。
 今日の混迷、見通しの悪さも上記の問題について「保守論壇」に一致がないことを一因としている。はたして「保守」とは何か。あるいは<より適切な保守>とは、現実の政策判断(とくに経済・社会政策)について、<アメリカ>とどう向き合うべきなのか? 日本の<自主性・国益(ナショナリズム)>と対米同盟(友好)関係の維持(反中国・反北朝鮮というナショナリズムのためにも必要)はどのように調整されるべきなのか。

0589/西尾幹二の2007年の本による八木秀次批判。ついでに新田均。

 一 憲法学者・樋口陽一はしばしば元ドイツ大統領のワ(ヴァ)イツゼッカーの<有名な>演説に言及している。ドイツはきちんと謝罪している、それに比べて日本は、という文脈で語られることが多い。これもまた<デマ>であることを確認的にいつかメモしておこうと思うが、西尾幹二・国家と謝罪-対日戦争の跫音が聞こえる(徳間書店、2007.07)を手にしたのも、題名からして<謝罪>問題をテーマとする本だろうと思ったからだった。
 実際に見てみると、全く無関係ではないが、発刊日近く(「あとがき」は2007年6月下旬)以前の西尾幹二の雑誌掲載諸論稿をまとめたものだった。
 二 新しい教科書をつくる会の組織問題については西尾のプログで何か読んだ記憶はあったが、安倍晋三内閣をめぐる動きの方に関心が強く、また同問題は自分とほとんど(あるいは全く)関係がないと思っていた。
 現在でもほとんど(あるいは全く)関係がないのだが、西尾幹二による、上掲本の中の八木秀次批判はスゴい。p.73~p.165は「つくる会」問題で八木秀次批判が中心になっている(他の箇所にも八木秀次(ら)批判の文章はある)。
 混乱を大きくする意図はないが(いや、一般論として、かりに意図はあったとしてもこんなブログメモにそんな実際の力はない)、若干の引用メモを残しておこう。
 ・(2005年)11月半ばからの八木秀次の「会長としての職務放棄、指導力不足は意識的なサボタージュで、彼によってすでに会は…分裂していた」。
 ・八木は自分で2副会長(工藤美代子、福田逸)を指名した。この二人と遠藤浩一(つまり5人中、西尾幹二と藤岡信勝以外)に「背中を向け、電話もしな」かった。5人の副会長の中で「孤立した」のではなく、「自らの意志で離れて」別のグループに擦り寄った。だが、何の説明もなかったので3副会長(遠藤、工藤、福田)は「怒って辞表を出した」。
 ・それでも八木は「蛙の面に水」。「都合が悪くなると情報を閉ざし、口を緘するのが彼の常」だ。
 ・「彼は黙っている。語りかける率直さと気魄がない」。
 ・「自分がしっかりしていないことを棚に上げて、誰かを抑圧者にするのはひ弱な人間のものの言い方の常である」。
 ・要するに八木は「思想的にはどっちつかずで、孤立を恐れずに断固自分を主張する強いものがそもそもない人」だ。(以上、p.79-p.80)
 ・八木秀次は某の日本共産党在籍歴というガセ情報を流して「反藤岡多数派工作と産経記者籠絡」に利用した。また、八木の周辺者(又は八木本人)から奇怪なファクスが送られてきた。
 ・八木の「藤岡排除」の「執念には驚くべきものがあった」。(以上、p.81-82、p.84)
 ・「他人に対しまだ平生の挨拶がきちんと出来ない幼さ、カッコ良がっているだけで真の意味の『言論力の不在』、表現力は一見してあるように見えるが、心眼が欠けている。/…言葉を超えて、そこにいるその人間がしかと何かを伝えている確かな存在感、この人にはそれがまるでない」。
 ・「そういう人だから簡単に怪文書、怪メールに手を出す。今度の件で保守言論運動を薄汚くした彼〔八木秀次〕の罪はきわめて大きい」。
 ・そうした八木をかついで「日本教育再生機構」を立ち上げる人々がいるらしいが、「世の人々の度量の宏さには、ただ感嘆措く能わざるものがある」。(以上、p.89-90)
 とりあえず今回はこの程度にしておく。八木秀次はこうした西尾による批判に対して反論又は釈明をきちんとしたのだろうか。こうまで書かれるとはタダゴトではない(と常識的には感じる)。
 西尾幹二をこの問題で全面的に支持するつもりはないし(判断材料が私にはたぶん欠けている)、西尾「思想」の全面的賛同者でもないのだが、西尾による八木秀次評、すなわち、「言葉を超えて、そこにいるその人間がしかと何かを伝えている確かな存在感、この人にはそれがまるでない」という文章には同感するところが大きい。
 八木秀次の本も文章もいくつかは読んでいるし、月刊正論中のコラムも読んでいるが、「確かな存在感」はない。また、ハッとするような論理の鋭さも、広くかつ深い思想的造詣も感じることはできない。
 すでに書いたことだが、その八木秀次が中西輝政との対談本『保守はいま何をなすべきか』(PHP、2008)で<保守の戦略>を語ろうとしたり、<保守思想の体系化>をしたい旨を語っているのを読んで、とてもこの人の力量でできることではないと思った(そして、内心では嗤ってしまった)。また、八木秀次の問題性にはこのブログで何回かつづけて触れた(「言挙げしたくはないが-八木秀次とは何者か」というタイトルだったと思う)。
 そのような意味との関係でも、上の西尾幹二の八木秀次に関する文章も興味深く読んだ。
 三 ところで、最近の月刊正論9月号(産経新聞社)誌上の論稿に言及した新田均に対しても、西尾幹二は上掲の本で批判している(p.89)。そして、「つくる会」問題にかかわっても、新田均はどうやら八木秀次を支持する、そして西尾幹二に反対する立場にあったようだ(p.86)。ということは、今回の皇室・皇太子妃問題よりも以前から、西尾幹二と新田均は対立していたようだ。 
 それはそれでもよいのだが、だとすると、新田均は、皇室・皇太子妃問題にかかわって西尾幹二のみを批判するのは公平ではない。大仰に言えば<党派>的だ。何回か言及したように、八木秀次も(中西輝政も)「君臣の分限」をわきまえないような、西尾幹二と類似の主張をしているのだから。

-0056/「底のない泥沼」と秋山社長も嘆く「朝日新聞の惨状」。

 今日のタイトルは週刊新潮10/26号p.32~35の記事と同じだ。
 朝日新聞紙上の週刊新潮の広告にはそのまま掲載されただろうか。これまで何度も、かかる言葉を朝日の広告面にそのまま載せるか否かで両者は「揉め」てきたのだ。
 それはともかく、同記事によれば、朝日新聞社現社長が某会合で同社の広告収入額の急激な減少を嘆き、具体的に90年に1981億円だったが05年は1413億円と500億円以上減少し今年も前年を上回ることはなさそう、と語ったという。広告収入は景況にもよるのだろうが、読者数の変化等の新聞に対する評価にも影響を受けるだろう。少なくとも、この記事は朝日新聞への評価の高まり・読者数の増加を示してはいない。そしてそれは当然だろうと感じる。
 朝日新聞の「偉業」はだいたい知っているつもりだが、次の件は知らなかった。
 1995年3/29の同紙栃木版で都知事立候補の石原信雄への同県幹部の餞別渡しを批判的に報道したが、写真まで掲載した「御餞別栃木県一同」と表に書かれた祝儀袋は同紙宇都宮支局記者自身が用意したものだった、という(3/31に朝日はお詫び記事掲載)。
 さすがに、いろいろな場所、いろいろなレベルで、なかなかやりますねぇ。
 今日買った高山正之・歪曲報道(PHP研究所、2006.10)の帯には「あなたは、まだ彼らを信じられますか? 朝日新聞、NHK、TBS…。」とあり、見事に一番目に名指しされており、当然に本文中で多くの朝日の「偉業」が言及されている。
 読了は未だだが、すでに何かで読んでいたとはいえ、2005年08/13の朝日が「つくる会」教科書採択の杉並区役所に2つの「市民団体」が押しかけて抗議した旨を報道したが、同日付の産経によると朝日のいう「市民団体」とは「過激派の中核派が支援する」某団体と「共産党と友好関係にある」某団体だった(p.110~1)、というのは面白かった。
 かかる団体を朝日は「市民団体」と書き、靖国参拝団体や「つくる会」支援団体は「右翼団体」と書いて区別する、というのはよく知られたこと。
 上の二つの事例は、国際・外交等に直接は無関係だから、まだ「かわいい」。
 最近の北朝鮮核問題に関する朝日新聞の記事は週刊文春10/26号p.127の櫻井よしこによれば「それでも米が悪い」旨書いたりしつつ「迷走」している。
 10/12の天声人語の「人類益の立場」で対処をなんて、口先だけでの抽象的なことなら何とでも言える、の好例だ。今のままでは朝日の退潮傾向は止まらないだろう。
ギャラリー
  • 1181/ベルリン・シュタージ博物館。
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  • 1180/プラハ市民は日本共産党のようにレーニンとスターリンを区別しているか。
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  • 0840/有権者と朝日新聞が中川昭一を「殺し」、石川知裕を…。
  • 0801/鳩山由紀夫は祖父やクーデカホフ・カレルギーの如く「左の」全体主義とも闘うのか。
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  • 0800/朝日新聞社説の「東京裁判」観と日本会議国際広報委員会編・再審「南京大虐殺」(明成社、2000)。
  • 0799/民主党・鳩山由紀夫、社民党・福島瑞穂は<アメリカの核の傘>の現実を直視しているか。