秋月瑛二の「憂国」つぶやき日記

政治・社会・思想-反日本共産党・反共産主義

ちくま新書

2149/西尾幹二・あなたは自由か(2018)⑥。

 西尾幹二・あなたは自由か(ちくま新書、2018)。
 西尾幹二に、<あなたは自由か>と問う資格があるのだろうか。
 西尾には、<あなたの「自由」とはどういう意味か>、と問う必要がある。気の毒だ。
 ①p.81-「幼くして親元を離れて上野駅に集まった『金の卵』の労働者たち」は、「一人前の大人」・「社会人」となるよう徹底的に叩き込まれた。「生きて、働いて、成功しなければならなかったのです。/彼らこそほかでもない、最も自由な人たちでした。」
 ②p.205-「完全な自由などというものは空虚で危険な概念です。素っ裸の自由はあり得ない。私は生涯かけてそう言いつづけてきました。」
 ③同上-「藤田幽谷は天皇を背にして幕府と戦いました。あの時代にして最大級の『自由』の発現でした。」
 ④同上すぐ後-「私たちもまた天皇を背にして、<中略>…グローバリズムに、怯むことなく立ち向かうことが『自由』の発現であるように生きることをためらう理由があるでしょうか。」
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2134/猪木武徳・自由の思想史(2016)①。

  猪木武徳・自由の思想史-市場とデモクラシーは擁護できるか(新潮選書、2016)。
 オビに「自由は本当に『善きもの』か?/ギリシア哲学から現代の経済思想まで」等とある。
 西尾幹二・あなたは自由か(ちくま新書、2018)と比べて読むのも、面白いだろう。
 前者は「選書」、後者は「新書」だが、前者計p.239まで、後者計p.396で、活字の大きさも後者が小さいので、文章・文字の総量は後者がはるかに上回る。
 内容や質は? 以下に書く。
 猪木著の「まえがき」で、こんなことが書かれる。
 ***
 <太った奴隷よりも飢えて自由の方がよい>旨のイソップ寓話がある。
 しかし、「隷従し」、「拘束を受けても」、「十分食べたい」という欲望が人間にはあるのではないか。
 「精神的な欲求としての自由を、いかなる価値よりも優先させるべき理由、そして人間の本性と両立しうる原理の根拠をどこに求めればよいのだろうか」。
 自由の実現には苦痛も伴う。「人間は、自由と不自由のコストとベネフィットを考慮することがあるのではないか」。
 「精神的な欲求としてだけではなく、『制度としての自由』には、さらに本質的な問いが潜んでいる」。
 以下、省略。
 ***
 すでに、勝負あり、だ。その背景は世代・年齢差(10年)にあるのではなく、基本的には、<文学・思想>分野か<経済・思想>分野かという、素養・「教養」の由来にあるだろう。
 西尾幹二は、「精神的な自由」、「ひとつひとつの瞬間の心の決定の自由」を最重視しているかのごとくだ。人間も生物であることを完全に無視している。
 猪木武徳においては、まず「精神的自由」は最重要の価値なのかと問題設定される。
 「十分食べたい」という欲求は人間の本性(nature)に合致している。これを無視することは、少なくとも一切無視することは、絶対にしてはならないだろう。
 西尾幹二はすでに「人間」ではなくなっているのかもしれない。あるいは生物・動物であることを忘却している、そのふりをしているのかもしれない。
 猪木は第3章の冒頭(p.77)で、アダム・スミスに言及しつつ、「自殺」=「自由意思による死」の問題を彼は論じている、という。西尾はこれに論及していないはずだ。
 しかし、これも、「自由」の、しかも難解な「自由」に関する問題だ。<自殺>・<自由意思>一般の問題には立ち入らないが、ここで想起するのは、ジョン・グレイ(John Gray)が言及していた、ソ連の強制収容所体験者の回想記・<北極コルィマ物語>のことだ。紹介部分の一部を、省略しないで、そのまま引用する。
 J・グレイ/池中耿訳・わらの犬(みすず書房、2009)、p.104。
 「意味と名のつく一切を奪われた収容者に、生きつづける理由はなかった。
 しかし、多くは、時にみずからの選択で命を絶つ機会が訪れても、その機会を捉えて行動するだけの気力、体力を残していなかった
 『死ぬ気が萎えないうちに急がなければならない場合もあった』。」
 旧ソ連のでも、ナツィスのユダヤ人強制収容所でもよいのだが、被収容者の「ひとつひとつの瞬間の心の決定の自由」とはいったい何だろうか。
 「死ぬ自由」すら選択できない、その「気力、体力」すら残っていない、という人々にとっての「精神的な自由」とは、いったい何だろうか。
 安全な場所に身を置いて、優雅に「精神・こころ」の大切さを説く高慢と偽善を許してはいけない。

2104/西尾幹二・あなたは自由か(ちくま新書,2018)⑤。

 西尾幹二・あなたは自由か(ちくま新書、2018)の検討のつづき。<二つの自由>問題。この書の出版・編集担当者は、湯原法史。
  仲正昌樹・今こそアーレントを読み直す(講談社現代新書、2009)。
 この書の第三章第2節の表題は「二つの自由」で、概略、こんなことが書かれている。
 ・アレントは「外的障害物」の除去で人々は「自然な状態へと自然に回帰する>という考えを内包する「解放」=liberation の思想の拡大を警戒する。
 ・彼女には、外的抑圧がなく物質が欠乏していないことは「自由な活動」の前提条件として重要だが、解放=自由(freedom)ではなく、「自由」とは、古代ポリスの市民たちによるような、「物質的制約」に囚われず「公的領域」で「活動」している「状態」のことだ。
 ・暴力による抑圧から「解放」されても、政治的共同体の「共通善」の探究を忘れれば「自由」ではなく、そのための討論の中に人間の「自由」が現れる。
 ・アレントには「自由」は「活動」と不可分で、アトム化し「動物化」している個人にとっての「自由」は無意味だ。私的生活に満足し「公的事柄に関心」をもたない者は「本来の自由」、「公的空間での自由」から訴外されている。
 ・私的生活への沈潜が「自由」だとするのは経済が支配する資本主義社会の「幻想」だ。経済的利益の追求は「本来的自由」につながらないとの考えは、F・ハイエクとは相容れない。
 ・アレントは、左派運動でも「政治討論」への参加の契機となり「公共性」を生み出すのであれば積極的に評価する。「政治的評議会」のごときものによる「自治」は望ましい。問題は、「革命的評議会」的なものが「いったん権力を握って硬直化し、単一の世界観・価値観で社会を統一的に支配しようとする」ことだ。
 ・彼女にとって、人々の間の「価値観の多元性」は公的「活動」の成果だ。「共通善」がナチズムやスターリン主義のごとき「特定の世界観・価値観」へとと実体化して人々を拘束すると奇妙なことになる。
 個人の孤立的生活と画一的な集団主義のいずれにも偏しない、「共通善」をめぐって「活動」する人々の「間」に「自由の空間」を設定することが肝要なのだ。
 以上のかぎりでは、フランス革命はliberty を、アメリカ革命はfreedom を目指したという趣旨は明らかではない。別の項も含めての、深い読解が必要なのだろう。
 同じことは、Liberty とFreedom の両語とフランスやアメリカが出てくる辺りを、H. Arendt の原書も参照しながら一部を引用・紹介してみても言えるだろう。
 邦訳書と原書の両方を折衷するが、フランス革命、アメリカ革命が直接的・明示的にあるいは簡潔に短い範囲で語られているわけでもなさそうだ。
 ハンナ・アレント/志水速雄訳・革命について(ちくま学芸文庫、1995)、p.221以下(第4章/創設(1)-「自由の構成」)。
 ・「公共的な自由(public freedom)を夢見た人々が古い世界に存在したこと、<中略>は、結局のところ、復古の運動、すなわち古い権利と自由(liberties)の回復する運動を、大西洋の両側で、一つの革命へと発展させた事実だった」。
 ・「革命の究極的目標が自由を構成すること(constitution of freedom)、<中略>であることに、アメリカ人はやはりロベスピエールに同意していただろう」。邦訳書、p.221。
 ・「というよりもむしろ逆で、ロベスピエールが『革命的政府の原理』を定式化したとき、アメリカ革命の行路に影響されていた」。
 ・アメリカでは、「解放(liberation)の戦争、つまり自由(freedom)の条件である独立ための闘争と新しい国家の構成との間に、ほとんど息抜きする間がなかった」。以上、邦訳書p.221-2。
 ・「反乱の目的は解放(liberation)であり、一方で革命の目的は自由の創設(foundation of freedom)だということを銘記すれば、政治学者は少なくとも、反乱と解放という激烈な第一段階<中略>に重点を置き、革命と構成の静かな第二段階を軽視する傾向にある、歴史家たちの陥穽に嵌まるのを避ける方法を知るだろう」。
 ・「基本的な誤解は、解放(liberation)と自由(freedom)の違いを明確に区別することが出来ていないことにある。
 新しく獲得された自由(freedom)の構成を伴わないとすれば、反乱や解放(liberation)ほど無益なものはない。」 以上、p.223-4。
 ・「革命を自由(freedom)の創設ではなく解放(liberation)のための闘争と同一視する誘惑に抵抗したとしてすら、<中略>もっと重大な困難が残っている。新しい革命的憲法にの形式または内容に、革命的なものはもとより、新しいものすらほとんど存在しないからだ。」
 ・「立憲的統治(constitutional government)という観念は、<中略>決して革命的なものではない。それは、法によって制限された政府や憲法上の保障を通じての市民的自由(civil liberties)の保護を多少とも意味しているにすぎない。」
 ・「市民的自由(civil liberties)は私的福利とともに制限された政府の領域にあり、それらの保護は政府の形態に依存してはいない。」
 ・「僭主政のみが<中略>立憲的な、つまり法による統治を行わない。しかしながら、立憲的統治の諸法が保障する自由(liberties)は、まったく消極的(negative)なものだ」。この中には投票権も含まれるが、「これらの自由(liberties)は、それ自体で力なのではなく、権力の濫用からの免除にすぎない」。
 ・「革命で問題にされたのが立憲主義のみだったとすれば、その革命は、『古代の』自由(liberties)を回復する試みだとなおも理解され得る、穏健な最初の段階に忠実にとどまっていたかのごとくだっただろう。
 しかし、実際はそうではなかった。」以上、p.224-5。
 ・19-20世紀の大激動を見ると、二者択一のうちの第一の選択は「ロシアと中国の革命」で、「自由(freedom)の創設」を達成しない「終わりなき永続革命」であり、第二の選択はほとんどのヨーロッパ諸国と旧植民地で、「たんに制限された統治」にすぎない「新しい『立憲的』政府の樹立」だった。p.226。
 ・19-20世紀の憲法作成者たちと18世紀アメリカの先駆者たちには「権力それ自体に対する不信」という共通性があったが、この「不信」はアメリカの方が強かった。アメリカにとっては「制限された政府という意味での立憲的統治」は決定的ではなく、「政府の大きすぎる権力に対してもつ創立者たちの怖れは、社会内部で発生してくるだろう市民の権利と自由(liberties)がもつ甚大な危険性を強く意識することで抑制されていた」。
 ・ヨーロッパの憲法学者たちは、「一方で、共和国創設の巨大かつ圧倒的な重要性を、他方で、アメリカ憲法の実際の内容は決して市民的自由(civil liberties)の保護にあるのではなく全く新しい権力システムの樹立にあるということを、理解することができなかった」。以上、p.229-p.230。
 ・アメリカ創設者の心を占めたのは「制限された」法による統治の意味での「立憲主義」ではなかった。主要な問題は権力をどう制限するかではなく、どう樹立するかだった。
フランス革命での「人権宣言」によってもこの辺りは混乱させられている。諸人権は「全ての法による政府の制限」を意味せず、諸権利の「創設」自体を指すと理解された。
 ・<万人の平等>は封建世界では「真実革命的に意味」をもったが、新世界ではそうでなく、「誰であれ、どこの住民であれ」「万人の権利」だと宣告された。
 もともとは「イングランド人の権利」の獲得だったが、アイルランド人・ドイツ人等を含む「万人」が享受すること、つまりは「万人」が制限された立憲政府のもとで生活すべきであることを意味した。
 ・一方でフランスでは、「まさに文字通りに」「各人は生まれたことによって一定の権利の所有者となっている」ことを意味した。以上、p.331-p.332。
   かくのごとく、なかなか難解で、アメリカではfreedom 、フランスではliberty という単純な叙述がなされているわけではなさそうだ。
 それでもしかし、liberty-liberation よりもfrredom に重きを置いているらしいことは何となく分かる。
 かつまた、西尾幹二の「二つの自由論」とは質的に異なっていることも明確だ。むろん、ハンナ・アレントの語法、概念理解が欧米世界で一般的であることの保障はどこにもないのではあるが。
  以上のことよりも、仲正昌樹の上掲書は「二つの自由」の語の基礎的な淵源に言及している、その内容に注目される。それによると、こうだ。
 ①英語のFreedom はゲルマン語系の単語。free、freedom はドイツ語の、frei(フライ)、Freiheit (フライハイト)に対応する。
 ②英語のLiberty はフランス語を介したラテン語系の単語。そのフランス語はliberté だ(リベルテ、自由)。これに直接に対応する英語の形容詞はなく、liberal は「自由主義的な」という意味だ。
 なお、秋月が追記すれば、フランス語でのliberté に対する形容詞はlibre (リーブル、自由な)だ。
 かくして、西尾幹二がこう書いたことのアホらしさも、相当程度に明らかになるだろう。 「二つの自由を区別するうえで、英語は最も用意周到な言語です。
 すなわち前者をliberty と呼び、後者をfreedom と名づけております。
 フランス語やドイツ語には、この便利で、明確な区別がありません。

 この記述は、おそらく間違っている。
 英語はフランス語やドイツ語よりも融通無碍な言語で、いろいろな系統の言葉が入り込んでいる。あるいは紛れ込んでいる。ゲルマン・ドイツ系のfrei, Freiheit も、ラテン・フランス系のliberté もそうだ。それらからfreedom やliberty が生じたとしても、元々あったかもしれないFreiheit とliberté の違いを明確に意識したまま継受したとはとても思えず、また両語にあったかもしれない微妙な?違いが探究されることはなかったのではないか、と思われる。
 決して英語は、「最も用意周到な言語」ではない。多数のよく似た言葉・単語があって、おそらくは人々はそれぞれに自由に使い分けているのだろう。かりに人によってfreedom やliberty の意味が違うとしても、英語を用いる全てまたはほとんどの欧米人にとって、その違いが一定である、とは言い難いように考えられる。
 それを無理矢理、西尾幹二のように、例えばF・ハイエクともH・アレントとも異なる意味で理解してしまうのは、日本人の一人の<幼稚さ>・<単純さ>によるかと思われる。
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 ところで西尾幹二は、すでに紹介はしたのだが、こんなことを書く。p.37。
 「経済学のような条件づくりの学問、一般に社会科学的知性では扱うことができない領域」がある。それは「各自における、ひとつひとつの瞬間の心の決定の自由という問題」だ。
 なかなか意味深長かもしれないが、西尾幹二という人間の<無知>を端的に示してていると考えられる。よほどに、「各自」という中の「(西尾)個人の」、「ひとつひとつの瞬間の心の決定の自由」を守りたい、大切にしたいのかもしれない。それは「社会科学的知性」では扱うことができず、<文学・哲学のメンタリティ>があって可能になる、と言うのだろう。
 率直に言って、間違っている。気の毒だほどに悲惨だ。別に扱う機会をもちたい。

2091/西尾幹二・あなたは自由か(ちくま新書,2018)④。

 西尾幹二は、もしかすると(vielleicht)、自身を「思想家」だと考えている(または考えてきた)のかもしれない。
 というのは、つぎの書のオビか何かの宣伝文に、自分の名で、<新しい思想家出現!>とか書いていたからだ。
 福井義高・日本人が知らない最先端の世界史(祥伝社、2016)。
 少なくとも<民主主義対ファシズム>史観の虚妄性・偽善性については秋月よりもはるかによく知っていて、英・独・仏・ロシア各言語を読めるというのだから優れた人であることは認めるが、「新しい思想家」とまで称賛されたのでは、福井もさすがにいい迷惑・有難い迷惑だと思ったのではなかろうか。
 そして、「新しい思想家」が出てきた、というからには、西尾幹二自身が「古い」、現在の「思想家」だと自認しているのではないか、と感じたものだ。
 上の疑問が当たっているかどうかは別として、西尾幹二は、哲学・思想分野に詳しいようでみえて、実のところどの程度の素養・蓄積があるかは疑わしいと思っている。
 哲学・思想にも法哲学(・法思想)、経済哲学(・経済思想)、政治哲学(・政治思想)等と様々ある。講座・政治哲学(岩波書店)も刊行されたことがある。
 これらの夾雑物?を含まない「純哲」=「純粋の哲学」という学問分野もあるらしく、哲学(または思想)分野のアカデミズム(学界)もある。
 この欄で既に触れたように、岩波講座/哲学〔全10巻〕(2008-2009)新・岩波講座/哲学〔全16巻〕(1985-1986年)が、各時代の哲学(哲学学)アカデミズムの総力挙げて?刊行されている。
 アカデミズム一般を無視するとか、岩波書店だから嫌悪するとかの理由があるかのかどうかは知らない。だが、西尾幹二の書の長い<主な参考文献>の中には<世界の名著>(中央公論社)<人類の知的遺産>(講談社)のいくつかは挙げられているにもかかわらず、上のいずれも挙げられず(個別論文を含む)、本文の中でも言及されていないようであるのは、不思議で奇妙だ。哲学(・思想)にとって、「自由」(と必然)は古来からの重要主題であり続けているにもかかわらず。
 上の<講座・哲学>類には「自由」に関係する論考も少なくない。
 また、この欄で既述のように、<岩波講座・哲学/第5巻-心/脳の哲学>(2008)は、デカルト以来の「身脳(心身)二元論」の現在的段階と将来にかかわるもので、当然に人間・ヒトの「自由」や「自由意思」に関係する。
 西尾幹二が「自然科学」を拒否して「哲学・思想」という「精神」を最も尊いものとし、哲学は「万学の女王の玉座」(上の講座本の「はしがき」冒頭)に位置していると考えているとすれば、100年くらい、少なくとも40年ほどは時代遅れだろう。
 また、「物質」を対象とする「自然科学」ではない「哲学・思想」という「精神」を人間・個性にとって最も尊いと考えているとすれば、そのわりには、多様な「哲学・思想」分野にさほど通暁しているわけではないことは、日本の哲学(哲学学)アカデミズムの状況をほとんど知らないようであることからも分かる。
 いまや、フッサールの某著を引き合いに出すまでもなく、学問分野としての「哲学そのものの存立基盤が脅かされている」、とされている(上記「はしがき」ⅶ)のだが。
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 西尾幹二・あなたは自由か(ちくま新書、2018)。
 もう一度、第1章後半の、Freedom とLiberty の違い問題に言及する。
 西尾は、こう書いている。あらためて抜粋的に引用する。p.34-p.56。A・スミス言及部分にはもうほとんど触れない。
 p.34。/「世には二つの『自由』があります」。
 p.35。/「ヒトラーが奪うことのできた自由は『公民の権利』という意味での自由であり、奪うことのできなかった自由は『個人の属性』としての自由です。
 『市民的権利』としての自由と『個人的精神』としての自由の概念上の区別だというふうにいえば、もっと分かりやすいかもしれません。」
 「ヒトラー独裁体制」の下での「ドイツ国防軍の内部」の動き等は「まだ、『公民の権利』『市民的権利』の回復のための戦いであり、どこまでも前者の自由の概念」に入る。
 「強制収容所の苛酷な条件においても冒すことのできない人間の内的自由」があった、という場合の「自由の概念は『個人の属性』としての、あるいは『個人的精神』としての自由の概念を指しています」。
 「この二つの自由を区別するうえで、英語は最も用意周到な言語です
 すなわち、前者をliberty とよび、後者をfreedom と名づけております。
 フランス語やドイツ語には、この便利で、明確な区別がありません。
 フランス語のliberté には、内面的道徳的自由をぴったり言い表す一義性は存在しません。」
 liberté は「邪魔されないこと、制限されないことを言い表す以上のもの」ではありません。
 p.36-。/逆に、「ドイツ語のFreiheit には、二つの自由概念の両義性を含んではいますが、やはりどうしても後者の自由概念、内面的道徳的自由のほうに比重がかかりがちです」。
 人間が住居を快適にまたは立派に整えたり、子どもの成長を妨げる悪い条件をなくすのは「liberty の問題」で、「真の生活」が行われることや子どもが「成長」することは「freedom の問題」で、これら「二つの概念上の区別をしっかりと意識しておく必要があるでしょう」。
 「ところで、私の友人の話によると、アダム・スミスは、『自由』という日本語に訳されていることばにliberty だけを用いているそうです。
 それはそうでしょう。経済学とはそういう学問です。」
 「住居をいかに快適に整えるか、子供の教育環境をいかによくするか、が経済学の課題と等質です」。ここから先は、快い住居での「真の生活」やよい環境での「子供の成長」は、「経済学のような条件づくりの学問、一般に社会科学的知性では扱うことのできない領域」に入ってくる。「ひとつひとつの瞬間の心の決定の自由という問題です」。
 p.37。/「サイバーテロなどコンピュータ社会に特有の不安」からいかに免れるかは「所詮liberty の自由概念の範囲です。」
 「liberty の領域が広がるか、制限されるのかの問題」ではなく、「まったくそれと異なる自由概念、精神の自由の問題をここであらためて示唆していることを強調しておきたいと思います」。
 p.43-。/〔p.38-p.42で長々と引用した〕エピクテトスが論じたのは「アダム・スミスのような経済学者がまったく予想もしなかった自由の概念ではないでしょうか。freedom の極言形式といってもいいでしょう」。 
 p.44-/「ヒトラーやスターリンの20世紀型テロ国家」は社会の全成員から「liberty (公共の自由)を全面的に奪い取って」、「freedom (精神の自由)も死滅してしまうのでないか」。21世紀でもなお、これら国家と同質の「全体主義的強権体制は中国、北朝鮮その他」ではまだ克服されていない。
 ハンナ・アーレントの「全体主義」。ナチス、ソ連、毛沢東、…。
 p.45-。/「敵の内容が移動していくことが全体主義が終わりの知らない運動であることの証明で、…体制の敵に何ら咎め立てられる『個人の罪』が存在しないことが特徴です。
 ここでは敵視されない人々はliberty を保障されます」。
 p.56。/一方、V・E・フランクル・夜と霧(邦訳書1956年〕〔p.47-p.55に長い紹介・引用あり〕から言えることは、「人間はliberty をことごとく失っても、freedom の意識をまで失うものではないということ」です。
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 紹介、終わり。
 こうぬけぬけとかつ長々とliberty とfreedom の違いを語られると、思わず納得していまう人もいるかもしれない。しかし、西尾幹二の<思い込み>にすぎない。
 どのようにすれば、このように自信をもって、傲慢に書けるのだろうか。
 既述のように、このように両者を単純に理解することはできない。A・スミスもF・ハイエクも、liberty とfreedom を西尾の理解のように単純に対比させて用いたのではないと見られることは、すでに記した。
 また、西尾のいう二種の「自由」以外に、種々に分類・体系化される「自由」が日本国憲法上保障されるとされていることもすでに示した。
 話題を移せば、そこでの諸「自由」は西尾に従えばどのように、liberty とfreedom に分けられるのだろうか。
 精神・内心の自由はfreedom で、それ以外はliberty なのか? いや、宗教の自由や学問の自由も「内面的道徳的自由」であり、その他全ての「自由」はこれを基礎にしたfreedom だとも言えそうだ。そうすると日本国憲法上の「自由」はすべてfreedom だ、ということになる。
 そして、西尾のように公共生活条件の整備がlibertyという自由概念の問題だとするのは、相当に違和感の残る概念用法だ。freedom 享有の基盤づくりを、再び「自由」=liberty いう必要はないし、そのような用法は日本にはない。また、freedom 享有の基盤づくりに際して問題になるのがliberty の概念だというのも、きわめて難解で、こうした用法は避けた方がよいだろう。
 要するに西尾の概念用法をある程度は「理解」することができるが、しかし、了解・納得できるものではない。西尾幹二の<思い込み>にすぎない。
 なお、平川祐弘と同様に、「文学」系知識人らしきものによる「経済学のような条件づくりの学問、一般に社会科学的知性」に対する侮蔑意識が明記されているのは、まことに興味深いことだ。
 物質・生活条件整備ではなく「心」・「精神」・「内面的道徳性」が、こうした人たちにとっては尊いのだ。ある意味で、この人たちは物質・身体と心・精神を峻別する16-17世紀のデカルト的意識状態にまだいるのではないだろうか。
 人間、日本人の生活条件よりも、自分の「精神」・自分の「独自性」こそがおそらく尊いとされるべきなのだろう。なぜならば、自分たちは、衣食住に関係する多数の仕事を行っている「庶民」ではなく、水・エネルギー供給・交通手段等々の利益を享受しているとしても、それに感謝することもなく、高見で「きみは自由かね」と問う資格のある「知識人」だと自負しているのだろう。そのような「文学」畑の人間が、建設的な政策論議をろくに行うことができないで、「教養」と「精神論」だけしか示すことができずに、情報・出版産業界での非正規文章執筆自営業者となり、その数と影響力によって日本を悪くしてきた。
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 さて、この問題に再度触れようと思ったのは、西尾が第1章の参考文献としてハンナ・アレントのものを挙げていることに気づいたからだ。
 さらにそのきっかけは、池田信夫blog/2009年5月19日で、つぎの書を紹介し、論及していたことだった。
 仲正昌樹・今こそアーレントを読み直す(講談社現代新書、2009)。
 池田によって紹介される、仲正のH・アレント・<革命について>の理解はこうだ。
 アレントはフランス革命を否定しアメリカ独立革命を肯定したが、「彼女はliberty とfreedom を区別し、前者をフランス革命の、後者をアメリカ独立革命の理念とした」。
 「Liberty は抑圧された状態から人間を解放した結果として実現する絶対的な自然権だが、Freedom は法的に構成される人為的な概念で、いかなる意味でも自然な権利ではない」。
 すでに、西尾幹二の両語の理解と質的に異なることは明らかだろう。
 仲正昌樹の上掲著の<二つの自由>以降は難解だが、おおよそは池田の紹介のようなことが書かれている。
 ハンナ・アレント/志水速雄訳・革命について(ちくま学芸文庫、1995/原邦訳書1975)にさらに、原書、Hannah. Arendt, On Revolution(1963)も参照しつつ、立ち入ってみよう。
 (つづく)

2090/西尾幹二・あなたは自由か(ちくま新書,2018)③。

 このテーマでの前回②で憲法概説書として「あくまで一例」を示したつもりだが、岩波書店刊行のものであることを気にする人がいるかもしれないので、(日本国憲法に即しての)憲法学における「自由」の分類・体系化の試みの例を、もう一つ示しておこう。
 佐藤幸治・日本国憲法論(成文堂、2011)。佐藤は英米系の憲法論に詳しいはずだが、消極・積極・能動といった分類はドイツの学者のそれを思い起こさせる。一種の「美学」・「アート」だから、「自由」の分類・体系化に絶対的なものはない。
 目次構成から見ると、つぎのとおりだ。一部につき省略や簡略化をする。
 第二編・国民の基本的人権の保障。
  第1章・基本的人権総論。
  第2章・包括的基本的人権。
   第1節/生命、自由および幸福追求権。
   第2節/法の下の平等。
  第3章・消極的権利。
   第1節/精神活動の自由。p.216~。
    1/思想・良心の自由。
    2/信教の自由。
    3/学問の自由。
    4/表現の自由。
    5/集会・結社の自由。
    6/結社・移転の自由。
    7/外国移住・国籍離脱の自由。
   第2節/経済活動の自由。p.299~。
    1/職業選択の自由
    2/財産権
   第3節/私的生活の不可侵。p.320~。
    1/通信の秘密
    2/住居などの不可侵
   第4節/人身の自由および刑事裁判手続上の保障
    1/奴隷的拘束・苦役からの自由
    2~6/<略>。
  第4章・積極的権利。〔生存権、等々〕
  第5章・能動的権利。〔参政権、等〕
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 西尾幹二・あなたは自由か(ちくま新書、2018)。
 この書が、「自由」として「個人の属性」・「個人的精神」にかかわる<精神的自由>に限ろうとしているようであることを、特段批判するつもりはない。<精神的自由>・<精神活動の自由>といっても、上記も示すように、決して同一内容ではないのではあるが。
 従って、猪木武徳・自由と秩序-競争社会の二つの顔(中公文庫、2015/叢書2001)のような経済学者による、<自由>を冠する書物を無視していても、問題視できないだろう。
 但し、「自由」論は、Liberty 系列かもしれないが、「リベラリズム」とか「リバタリアニズム」に関係しており、例えば以下の<新書>・<文庫>を秋月の広大な?書庫から見つけ出すことができる。
 森村進・自由はどこまで可能か-リバタリアニズム入門(講談社現代新書、2001)。
 仲正昌樹・「不自由」論-何でも「自己決定」の限界(ちくま新書、2003)。
 井上達夫・自由の秩序-リベラリズムの法哲学講義(岩波現代文庫、2017/双書2008)。
 こうした現代的?議論に西尾幹二は関心がないのかもしれない。それに、上の三つは、法学部出身者か、法学部に在職している人たちの書物だ。このことも、とくに疑問視することはしない、
 もちろん、以下の書物にも関心はないのだろう。
 ジョン・グレイ/松野弘監訳・自由主義の二つの顔-価値多元主義と共生の政治哲学(ミネルヴァ書房、2006)。
 =John Gray, Two Faces of Liberalism (2000).
 そして、巻末の計14頁に及ぶ「主な参考文献」から見ると、<歴史>、<思想・哲学>分野の文献が多い。
 但し、疑問をもつのは、<思想・哲学>での「自由」を表題の一部とする著名かもしれないものを欠落させている、ということだ。邦訳書があって所持しているものに限る。
 H・ベルクソン=中村文郎訳・時間と自由(岩波文庫、2001)。
 このベルクソンの書は、自由意思の存否を検討する中で茂木健一郎も触れていた。
 また、L・コワコフスキの大著は、このフランスの哲学者は、スターリン体制の中で「ブルジョアア」哲学者で「観念論」の代表者として扱われた、とかなり長く言及していた。
 また、L・コワコフスキがフランクフルト学派に関する叙述の中で言及していた中には、つぎの書もあった。
 エーリヒ・フロム=日高六郎訳・自由からの逃走(東京創元社、1952)。
 西尾は第2章の中で「自由が豊富に与えられることは自由をもたらしません。人間は大きな自由に耐えられない存在なのです」と書く(p.76)。L・コワコフスキは1978年(英訳)の書でこのE・フロムの著にも言及し、彼の考え方をこう簡単に叙述している。
 「我々は自由を欲するが、自由を恐れもする。なぜならば、自由とは、責任と安全不在を意味しているからだ。従って、人間は権威や閉ざされたシステムに従順になって、自由の重みから逃亡する。これは、生まれつきの性癖だ。破壊的なもので、孤立から自己諦念への、偽りの逃亡だけれども。」-本欄№2027/2019年8月16日参照。
 タイトルに用いているかだけが重要なのではないとしても、上のベルクソンとE・フロムのニ著は、「自由」に(も)関係するほとんど必須の哲学文献ではないのだろうか。   
 リベラリズムやリバタリアニズムを扱うべきだったとは思わないが、<時間と自由>、<自由からの逃亡>くらいは参照しいほしかったものだ。これは、「ないものねだり」だとは思われない。
 ともあれ、西尾幹二が挙げる「主な参考文献」が本当にきちんと吸収され、この書に利用されているのかを疑うとともに、よくは分からないが、重要な文献が参照されていないのではないかと思える。
 西尾は第1章関係文献として、H・アレント〔アーレント〕の全体主義論・全三巻の邦訳書を挙げている。西尾のこの書に関してまだ第1章にとどまって、ハンナ・アレントにも次回では言及する。

2076/西尾幹二・あなたは自由か(ちくま新書,2018)②。

 西尾幹二・あなたは自由か(ちくま新書、2018)。
 この本の、筑摩書房の出版・編集担当者は湯原法史。
 上の書・第一章のいわば第二節の表題は、「Liberty とFreedom の違いについて」。p.29。
 著者は、<あなたは自由か>と高飛車に発問するためには、英語に「Liberty とFreedom」の両語があることに触れざるをえないと考えたのかもしれないし、あるいはこの両者の「違い」を手がかりにして、何らかのことを語りかったのかもしれない。
 しかし、この節には、看過できない過ちがある、と見ざるをえない。
 ***
 冒頭でアダム・スミスのいう「見えざる手」によって「自由が広がるのではなく、私たちの市民的権利が知らぬままに脅かされ、不自由にいつのまにか覆われてしまう現代のもう一つの別の側面」があり、それは「コンピュータ社会」での「秩序の喪失、異常の出現」と軌を一にするのではないか、という旨の問題意識が示される。p.30。
 ここでは、前回でも触れた、「アメリカを先頭とする」資本主義・「自由主義経済」あるいは現代に発展する<科学技術>に対する不信・不快感・不安感がやはり示されているのだろう。
 しかし、現代の科学技術または「自然科学」を敵として戦おうしても無意味だ、技術、自然科学それ自体が一般に「悪」なのではない、ということは秋月のコメントとしてすでに記した。
 さて、アダム・スミスに論及する中で西尾はA・スミスにおける「自由」の原語に関心を示し、表題にしているここでのテーマについて、つぎの結論を見出す。p.35。
 ・ヒトラーが奪った「自由」は「公民の権利」という意味でのそれで、奪えなかった「自由」は「個人の属性」または「個人的精神」としてのそれだ
 ・英語は用意周到な言葉で、「前者をliberty とよび、後者をfreedom と名づけております」。
 ヒトラーうんぬんは別として、このような両語に関する結論的理解は誤りだろう。
 西尾幹二によると、A・スミスにおける「自由」は前者なのだそうだ。
 その根拠として明記されているのは、つぎの一文だけだ。
 友人・星野彰男がA・スミスの「見えざる手」に関する専門書を送ってくれたのだが、「アダム・スミスは、私の友人の話によると、『自由』という日本語に訳されていることばにliberty だけを用いているそうです」。
 そして、高名な?日本のいわゆる保守派知識人の西尾幹二は、つづけてこう書く。
 「それはそうでしょう。経済学とはそういう学問です」。
 この部分は、相当に恥ずかしい(はずだ)。
 友人の、いかなる態様かは不明な「話」を根拠にして、A・スミスの邦訳書も原書も紐解くことなく、こんなに簡単に言い切ってしまっている。そりゃそうだ、「経済学」なのだから、「個人の属性」または「個人的精神」の意味でのfreedom を用いているはずがない、というわけだ。
 しかし、秋月でも簡単に目にすることができる原著(英文)には、つぎの語が多数出てくる。
 freedom of trade
 これは、Adam Smith, The Wealth of Nations =An Inquiry into the Nature and the Causes of The Wealth of Nations. から探したもので、「取引の自由」と訳されると思われる。「trade」に「取引」以外の日本語をあてるとしても、「freedom」は「自由」としか訳しようがないだろう。
 その他、上の著には、こんな英語もある。他にもあるかもしれない。
 freedom of commerce、freedom of the corn change、freedom of exportation
 A・アダムスはスコットランド人だったかもしれないが、本来はスコットランド語ではLiberty に当たる言葉を英語に訳して?Freedom に変えた、ということはないだろう。
 というわけで、「個人の属性」・「個人的精神」に関係しなくてもfreedom は使われている。
 西尾自体の文章の中に「経済市場の自由競争」という言葉が出て来る。p.33。
 ここでの「自由競争」は、英訳すると、liberty が選ばれなければならないのか?
 ***
 西尾幹二は懸命に?つぎのように、言う。
 既述のサイバー・テロもコンピュータ社会も「所詮はliberty の自由概念の範囲」の問題だ。ここでは「まったく異なる自由概念、精神の自由の問題」を示唆していることを「強調しておきたい」。p.37。
 そうであるならばなぜ、この書物を第一章第一節の表題である「サイバーテロの時代にどんな自由があり得るか」で始めるのか、という感想・疑問が生じる。
 この書はときどきの随筆を何とか一つの主題をもつように集めたものであるかもしれない。
 「あなたは自由か」と上から目線で問いながら、そこでの「自由」概念自体が、微妙に揺れ動いている。
 秋月によれば、「Liberty とFreedom の違い」に立ち入って両者を異質のものと判断するから奇妙になっている。
「自由主義」(経済学)者といえばF・ハイエクの名を思い浮かべる人が多いだろう。
 この人はウィーン生まれだが(<オーストリア学派>とも呼ばれる)、邦訳されている著作のほとんどは英語で執筆しているのではないか、と思われる。
 瞥見したのみだが、F・ハイエクにおける、「Liberty とFreedom」の使い方には、つぎの例がある。
 F・ハイエク・自由の条件Ⅰ~Ⅲ/西山千秋=矢島釣次監修(春秋社、新版2007)。
 =F. A. Hayek, The Constitution of Liberty(1960).
 第一部/自由の価値。=Part Ⅰ/The Value of Freedom.
 第二部/自由と法。=Part Ⅱ/Freedom and the Law.
 第三部/福祉国家における自由。=Part Ⅲ/Freedom in the Welfare State.
 F・ハイエク・法と立法と自由Ⅰ~Ⅲ/西山千秋=矢島釣次監修(春秋社、新版2007)。
 =F. A. Hayek, Law, Legislation and Liberty(1960).
 第一部(PartⅠ)第三章第2節〔表題〕/自由は原理に従うことによってのみ維持でき、便宜主義に従うと破壊される。=Freedom Can Be Preserved Only By ….
第一部(PartⅠ)第五章/ノモス-自由の法。=Nomos: The Law of Liberty.
 これの第6節の中の文章(邦訳書Ⅰp.108.)-「各個人の『生命、自由および所有地』をも含めた…財産は、個人の自由を対立の欠如と妥協させるという問題にたいして、これまで人間が見出した唯一の解である」。=Property, in which --- not only --- but the 'life, liberty and estate' of every individual, is the only solution men have yet discovered to the problem of reconciling individual freedom with absence of conflict.
 西尾幹二が主張?するような、「Liberty とFreedom の違い」の理解の仕方を採用することができないことは明らかだろう。経済活動の「自由」と個人の精神的「自由」に両者が対応しているのでは全くない。
 秋月瑛二の幼稚な理解でも、liberty とfreedom は異質なものではない。L・コワコフスキ著の試訳をしていると両者が出てきて後者の方が多いが、異質の「自由」として語られているのではない、と解される。
 たしかに西尾が示唆するようにliberty は「市民(権)的自由」というニュアンスがあり、freedom は<一般的>であるのに対して、liberty は国家・市民社会の対比を前提とした、「国家」に対する(との関係での)「自由」という意味合いをもつようにも感じる。だが、後者は前者を含む、または基礎にしている、ということは否定できないのではないか。
 しかし、これも断定はできない。なお、<公民的(市民的)自由>には、civic freedom や civic rights という語が使われていることもある。civic でなく、civil —もある。
 ***
 なお、西尾は「自由」として経済活動の「自由」と個人的精神的「自由」の二つしか想定していないようにも見えるが、前回に私見の分類を示した中に簡単に書いたように、「自由」はそんなに単純に分類できるものではない。
 日本の憲法学の教科書・概説書類は、日本国憲法を念頭に置きつつ、「自由」を種々に分類・体系化していて、定説はない、と見られる(むろん、条文別の形式的分類は-改正がなければ-動かないだろう)。
 あくまで一例にすぎず、私が書いた「行動の自由」というのもないが、つぎの教科書・概説書は、つぎのように「自由」を分類・体系化している(同「目次」による)。
 芦部信喜=高橋和之補訂・憲法/第五版(岩波書店、2011)。
 A/精神的自由権(1)-内心の自由。
  1/思想・良心の自由。
  2/信教の自由。
  3/学問の自由。
 B/精神的自由権(2)-表現の自由。
  1~3/表現の自由の意味・内容・限界。
  4/集会・結社の自由、通信の秘密。
 C/経済的自由権。
  1/職業選択の自由。
  2/居住・移転の自由。
  3/財産権の保障。
 D/人身の自由。
  1/基本原則。
  2/被疑者の権利。
  3/被告人の権利。
 以上。
 他にも、9条から「平和に生きる自由」、13条から「プライバシー(私事)の自由」や「自己決定」の自由などが導かれ得るかもしれない(これは秋月の勝手な叙述)。
 西尾幹二は、このように多岐にわたる「自由」が論じられ得ることを知っているのだろうか。
 この人が関心を持つのは、「精神的自由」のうちの「思想・良心の自由」、それにもとづく「表現の自由」に限られているのかもしれない。
 そして、意識・気分を「不快」・「不安定」にする<科学技術の進展への不安>から免れるいう意味での「自由」、自分には知識がない「自然科学」なるものに脅かされているという<不安>から免れるいう意味での「自由」であるのかもしれない。
 しかし、<信仰・宗教の自由>も、<集会・結社の自由>も、<職業選択の自由>も、<人身の自由>もある。これらはむろん、「個人的精神」と密接な関係がある。
 ***
 ともあれ、西尾幹二が所持していても不思議ではないA・スミスの原著で確かめることなく、知人の「話」を聞いてA・スミスの(invisible hand に関連する)「自由」はliberty だとして、これをfreedom と区別し、かつ後者を「個人の属性」・「個人的精神」にかかわる「自由」だということから出発しているようでは、この書物に大きくは期待することができない。
 あれこれと揺れ動きながら随筆をとりまとめたような書物を、それでも現時点でさらに読んでしまった。
 今回の記述には、なおも追記したいことがある。

2045/西尾幹二・あなたは自由か(ちくま新書, 2018)①。

 「自由」について最近に最も考えるのは、「意思は自由か」または「自由な意思はあるか」だ。この問題はもちろん、「意思」とは何で、その他の精神的行為または精神的態様とどう区別されるものなのか、に関係する。
 ヒト・人間の脳内の諸作業・態様の中に、「こころ」あるいは「感情」はどこにあるのか、どうやって成立しているのか、と類似の問題だ。
 「自由」か否かを論じること自体がヒト・人間として<生きている>ことの証左であり、さらに、たんなる覚醒状態・意識の存在だけではなく、より高次の「思考」を必要とするものだ。
 というわけで、たんなる覚醒状態・意識の存在とは次元が質的に異なるが、「自由」か否かを論じること自体が、<生きている>ことを前提にしていることは変わらない。
 上のことはつまり、<死者>には「意識」はなく、自分は「自由」か否かを考えたり、思い巡らしたりすることはできない、ということだ。
 「自由」か否かを論じるのは、<生者>の贅沢な遊びだ、ということにもなる。
 上に述べていることは、ヒト・人間には、<死から逃れる自由>=<死からの自由>は存在しない、という冷厳たる事実を前提にしている。
 さらに言おう。ヒト・人間は、生まれ落ちるときまでに自己の体内に宿していた<遺伝子>から自由なのか。直接には両親から受け継いだ、個性がある程度はある<生物体>としての存在から、ヒト・人間は「自由」なのか。否。
 さらに言えば、ヒト・人間は、生後の社会・環境から<無意識にでも>与えられる影響から、完全に「自由」でおれるのか? 否。
 「あなたは自由か」とずいぶんと<上から目線>の発問をして、書物の表題にまでしている西尾幹二には、まず上のようなことから論じ始めて欲しかったものだ。
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 西尾幹二・あなたは自由か(ちくま新書、2018)。
 この本の、筑摩書房の出版・編集担当者は湯原法史
 上の書は、空気中の酸素を取り込んで炭水化物等を分解してエネルギーにしなければならない人間、酸素を多分に含む血液を脳を含む全身に送る心臓というポンプを必要とする人間、酸素を含む空気を体内に吸い込むための肺臓の存在を必要とする人間、といったものを全く意識させない、<文学的>、<精神主義的>ないし<教養主義的>自由論のようだ。人文(ないし人文・歴史)関係評論家の、典型的な作品かもしれない。
 もっとも、いちおうは精読したのは、全380頁以上のうちの57頁まで(第一章だけ)。
 しかし、上の範囲に限っても、注文を付けたい、または誤りを指摘しておきたい点がある。
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 その前に、さらに私の「自由」論の序説らしきものを、上記に加えて綴ってみよう。
 組織(・団体)や国家の「自由」(これらを主体とする「自由」)は度外視する。
 第一。①何からの「自由」か。英語ではしばしば、free from ~という二語が併せて用いられる。<from ~>の~は重要なことだ。
 ②何についての自由か。
 ア/内心・政治信条・宗教(信仰)・思想等。
 イ/行動。この行動の「自由」を剥奪または制限するのが、刑法上の<自由刑>だ。
 ウ/経済活動。つまり、商品の生産・販売・取引等々。商品には物品のみならず「サービス」を含む。
 これらは、帰属する共同社会または国家により、法的・制度的な<制約>が異なる。
 第二。冒頭に「自由な意思」の存否の問題に言及したが、<身分から契約へ>を標語としたかもしれない「近代」国家・社会は、「個人の自由」について語るときに「個人の自由な意思」の存在を前提としている(正確には、あくまで原則または理念として)。
 <個人の自由意思>の存在を想定することなくして、法秩序は、そして社会秩序は、成立しない(またはきわめて成立し難い)ことになっている。
 以下は、典型的な法条だ。説明は省略する。あくまで一部だ。
 A/刑法38条「①罪を犯す意思がない行為は、罰しない。ただし、法律に特別の規定がある場合は、この限りでない。
 ②重い罪に当たるべき行為をしたのに、行為の時にその重い罪に当たることとなる事実を知らなかった者は、その重い罪によって処断することはできない。
 ③法律を知らなかったとしても、そのことによって、罪を犯す意思がなかったとすることはできない。ただし、情状により、その刑を減軽することができる。」
 同39条「①心神喪失者の行為は、罰しない。
 ②心神耗弱者の行為は、その刑を減軽する。」
 B/民法91条「法律行為の当事者が法令中の公の秩序に関しない規定と異なる意思を表示したときは、その意思に従う」。
 同93条「意思表示は、表意者がその真意ではないことを知ってしたときであっても、そのためにその効力を妨げられない。ただし、相手方が表意者の真意を知り、又は知ることができたときは、その意思表示は、無効とする。
 同95条「意思表示は、法律行為の要素に錯誤があったときは、無効とする。ただし、表意者に重大な過失があったときは、表意者は、自らその無効を主張することができない」。
 こうした基本的な?法条に、西尾幹二の上掲著は言及していないようだ。きっと関心もないのだろう。
 茂木健一郎・脳とクオリア(日経サイエンス社、1997)、p.282。
 茂木は上の箇所で、「自由意思」の存在が「犯罪者を処罰する」根拠になっている、等と述べて、「自由意志」論(第10章<私は「自由」なのか?>)への導入文章の一つにしている。
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 さて、西尾幹二・上掲書の短い読了部分(第一章)には、大きく二つの論点がある。
 紹介・引用しつつ、感想・コメントを記す。
 全体としてもそうなのだろうが、部分的な論及はあるとしても、そもそも「自由」をどう理解するのか、「自由」をどう定義しておくのか、が叙述されていない。
 たんなる身辺雑記以上の「随筆」でもない、少なくとも人文・歴史関係評論家の作品?としては、これは困ったことだ。基本的概念の意味がほとんど分からないまま、<賢い>西尾幹二が読んだ多数の文献が挿入されながら、あれこれと、あちこちに論点を少しは変えながら記述される長い文章を読んでいくのは、なかなかの苦痛でもある。
 それはともかく、先ずは、<いわゆる保守>評論家には見たことがない指摘または「怖れ」が(第一章)前半に叙述されているのが、気を惹いた。
 その最初は、カー・ナビやサイバー・テロに触れたあとのつぎの文章だ。p.10。
 ・「生活はほとんど便利になりますが、なんだか背筋の寒くなる、不気味な時代が始まりつつあるように思えました」。
 アメリカのエシュロンや「情報戦争」に触れたあとでは、こう書く。p.19。
 ・「私たちは今、これまでに知られていない、新しい不気味な一つの大きな檻の中に閉じ籠められているような異様な生活感覚の中で生き始めているように思えてなりません」。
 こうした部分はどうやら、この著の基本的なテーマらしい。
 つまり、そういうふうに変わってきているのに<あなたはあなたが自由でないことに気がついているか>(オレは気づいているぞ)ということが、書名も含めて、主張したいことらしい。同様のことは、「あとがき」でも述べられている。
 西尾が「不気味」だと感じるのは、「敵の正体が見えない」ことだ。「サイバーテロ」は誰がいつ襲うか、分からない。
 ここで西尾は旧東独の「秘密警察」(STASI)へと話題を広げる。
 「敵」が誰か分からず、スパイは家族や友人たちの中にもいた、という「かつての全体主義社会」の実例は、「いつ襲ってくるのか分からない敵の正体の見えにくさ、自由の不透明さ」において、現代へのヒントになる、と言う。p.20。
 それはそれとして参考になるかもしれないが、つぎの文章に刮目すべきだろう。このように「展開」させていくのだ。p.24。
 ・「旧共産主義体制のことを私はことさらに論(あげつら)っているのではありません。
 西側のコンピュータ社会が旧東側の、"少年少女スパイ育成社会"にある面では似てきているという新しい発見に、私が戦いているということを申し上げておきたい」。
 同じ趣旨は、つぎの文章ではさらに明確になり、強調されている。p.26。
 ・「世界の先端を行くアメリカのコンピュータ社会は、全体主義体制にある面で似てきているということの現れではないでしょうか」。
 ・「…倒錯心理、常識の喪失において、両者はどことなく共通し始めております」。 
 アメリカの<コンピュータ社会>は、「ある面では」、「どことなく」、共産主義諸国と「似てきて」いるのだ。
 この点が、西尾がこの辺りで指摘して強調したい点に他ならないと思われる。
 そして、日本社会もまた同じだと明記されている。
 端的には、こう書かれる。p.28。
 ・「新旧の共産主義体制にも、現代のアメリカ社会にも、そして日本の社会にもどことなく共通している秩序の喪失、異常の出現」がある。
 最後の締めくくりの文章はこうだ。p.28。
 ・「私たちの生きている今の世界は、どこか今までとは異なった異質な歪みを時間とともにますます肥大化させているように思えてなりません」。
 ***
 こうした西尾幹二のこの部分での叙述の特質は、以下の二点の指摘・表明だろう。
 ①<科学技術>の進展に対する不信感や恐怖。
 ②「現代」社会の欠陥・問題は<共産主義諸国>でもアメリカ・日本でも共通している。
 西尾の用いる「ある面では」とか「どことなく」という表現の意味こそが決定的に重要だと思われるが、そこにこの人は立ち入らない。
 あくまで<文学的>、<感覚的>だ。
 翻って西尾のこうした叙述を読むと、つぎの感想が生じる。
 第一に、<いわゆる保守>か「容共・左翼」かという対立には関係がなさそうだ、ということだ。<現代>批判では「左翼」的かもしれないし、アメリカを先頭に立つ「敵」と見立てているようであるのは「ナショナリズム・右翼」的かもしれないが。
 第二に、<科学技術>の進展に対する疑問や恐怖は、外国も含めてすでに多数の哲学者・歴史研究者等が議論してきたことだと思われる。
 ある者たちはそれを「資本主義」の行き着く先と見なし、(疎外労働によって?)「人間」を「非人間」に変えていく、と考えた。フランスの戦後の哲学者には、こんな主張もあっただろう。
 だが、<科学技術>の進展それ自体に<諸悪>の根源を見る、ということはできない。
 <科学技術の進展と人間の「自由」>というのは、より論じられるべき問題だ。
 結局は一つに収斂するかもしれないが、一方にはIT・AI(人工知能)等の言葉で示されるコンピュータ関連技術の発展があり、一方には脳科学・脳神経生理学等の発展が明らかにしつつあるヒト・人間の「本性」の研究がある。
 これらと社会・国家・人間の関係をもっと論じるべきなのだろう。
 しかし、西尾幹二は<怯えて><憂いて>いるだけで、処方箋を提示しない。それは<文学>系の自分の仕事ではない、と考えているのかもしれない。
 L・コワコフスキがフランクフルト学派の一人に放った厳しい一言を思い出す。記憶にだけ頼り、少しは修正する。
 <現代的科学技術の進化に戦き、かつて「知識人」としての特権を味わうことができた古い時代へのノスタルジー(郷愁)を表明しているだけ>だ。
 第三に、アメリカ・日本が「共産主義」・「全体主義」体制と「似て」きた、「共通して」きた、という指摘にも、十分な根拠が提示されていない。そもそもが、西尾幹二は「共産主義」をどう理解しているのだろう。
 このようにして東西陣営の「共通」性・「類似」性を指摘するのは、ソ連解体時に「容共・左翼」論者も行ったことだった(ソ連にもアメリカにも「現代」特有の病弊がある、と)。
 西尾において特段に意識的ではないのかもしれないが、アメリカを中心ないし先頭とする「現代」文明を批判するのは、中国・北朝鮮等の現代「共産主義」諸国を免罪することとなる可能性がある。
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 一回では済まなくなった。もともとは、<茂木著②>の前書きのつもりだったのだが。

2020/篠田英朗・ほんとうの憲法(ちくま新書、2017)②。

 篠田英朗・ほんとうの憲法(ちくま新書、2017)
 大日本帝国憲法のもとに1889年以降の日本があったとすれば、「1889年憲法体制」という語が将来に使われるかもしれない(これの終期には議論がありうる)。
 現在は、同様の表現をすれば、「1947年憲法体制」のもとにある。
 前者は長くとも58年しか続かなかったが、後者は現在で何と72年も続いている(年単位で計算している)。日本国憲法であり、「戦後憲法」だ。その「粘り」あるいは「定着」性はある意味では驚くべきばかりだ。
 こう第三者的に、評論家的に評するのは、本当は問題がある。なぜなら、今生きている日本人のほとんどが、評論家ふうの者ももちろん、日本国憲法、「1947年憲法体制」に<どっぷりと浸かって>生きているからだ。
 以上は本題と直接の関係はない、前フリだ。
 ***
 篠田英朗の表題の新書は、とりあえず①を2017年の7月か8月に投稿したあと、同年11月か12月に全部を熟読しようと「正座した」気分で最初から読み出したのだったが、途中の18頁で早々に、つまり「はじめに」だけを読んで、やめた
 きちんと読んでおこうと感じていたのは、「戦後日本憲法学批判」と副題で明記され、「オビ」には「なぜ日本の憲法学はガラパゴス化したのか」と、興味をそそる言葉があって、これらには共感するところがあったからだ。
 しかし、これではダメだ。この本の叙述では「戦後日本憲法学」、「日本の憲法学」全体の批判にはまるでならないだろう、とすぐさまに感じた。
 大半を読んではいないのだが、イギリス・アメリカ、フランス・ドイツ、あるいはロック・ケルゼン・ルソー等々が出てきているようだ。
 篠田説として読めばよいのだろうが、日本国憲法が背景とする憲法理念・憲法思想等々については相当の論点についてすでに多数の文献があるので、こうした新書レベルの短い書物で簡単に論じきれるものではない、と思われる。
 しかしともあれ、「はじめに」にコメントしよう。
 ①一部の憲法学者(長谷部恭男、木村草太)が、自分または自分たちの「憲法解釈」が唯一「正しい」と主張しているとすれば、それ自体が当然に「正しくない」主張なので、無視しておけば足りる。
 ②この書の基本は「国際協調主義」をより重視して憲法(とくに現憲法九条)を「解釈」せよ、ということのようだ。p.13、p.15、p.17、p.18。
 その趣旨は理解できるとしても、しかし、「国際協調主義」のような大原理・大目的または抽象的な原理・原則が具体的な憲法の条文解釈に直接に影響を与える、ということはほとんどない(別の同種のものでも同じ)。憲法解釈にどのような影響を具体的に与えるかが問題で、筆者が成功しているとは思えない。
 先走って書けば、「国際協調主義」から憲法(解釈)に対する国連憲章の「優先」が当然に出てくるわけでもない。
 また、国連憲章51条は一定の場合における「国際連合加盟国」の「個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない」と定める。
 条約と憲法の関係、国際法と憲法の関係という問題のそもそも前に、この国連憲章51条の条文は、一定の場合の「集団的自衛の固有の権利」の<行使>を加盟国に義務づけているわけではない。
 「*を行使することができる(=*を行使してもよい)」と「*を行使しなければならない」とではまるで意味が異なる。
 国連憲章51条(その思想史的背景を含めて)を考慮し、尊重するとしても、「集団的自衛の固有の権利」の<行使>するか否かやその要件は加盟国の憲法(解釈を含む)や法律で主体的に定めることができるものと解される。
 (つまり、集団的自衛権の行使を国連憲章が許容していたとしても、その国際法上許容された権利の行使を主権国家として行使しない、または抑制する、というのは何ら国際協調主義に違反するものではない。あるいは、そのいう日本国憲法上の「国際協調主義」と一致しない、というわけではない。)
 まさかとは思うが、この解釈を否定するために、あるいは逆に「国際協調主義」・国連憲章尊重からしてこの解釈が当然に否定されるものとして、篠田がこの新書を書いたのだとすると、大いなる勘違いがあるだろう。
 くどいが、国連憲章51条を援用して決着がつくのであれば、2017年当時、政府も自民党もしつこくこれを引き合いに出していたはずなのだ。これでは決定的な手がかりには少なくともならない、ということを当時の論者たちも、前提にしていたと思われる。
 ③これではダメだと最初に感じたのはとくに、p.16あたりだ。
 「立憲主義」の基礎は「法の支配」の旨は、まあよしとしよう。しかし、以下のことが筆者=篠田も疑いなく支持するものとして叙述されていることには違和感をもった。
 「個人の自然権を絶対的なものとみなし、その権利を守る。それが出発点となって、社会構成員による社会設立のための社会契約、政府と人民の間の統治契約が説明されていく」。(p.16.)
 端的に言って、ここでの「自然権」とか「社会契約」・「統治契約」自体の意味・論理構造自体を問題にしないと、「戦後憲法学」を批判できないだろう。
 基本的に同じことは、自説として整理される、一つの「原理」、三つの「目的」、「制維持道徳の法則」としての「国際協調主義」、にも言える。
 つまり、これらは全て既存の<憲法解釈学>の範囲内に収まるもので、換言すれば戦後憲法学と何ら矛盾しないでむしろ適合しているもので、外在的な批判では全くない。
 なるほどよくあるかもしれない「説明」・「論理」だが、専門の憲法学者の中にすら、こう簡単に叙述しない者がいるに違いない(阪本昌成ならばどうだろうか)。
 また、以上はあくまで「憲法学的」、「法学的」説明であり叙述なので、社会科学または人文社会科学一般に通用するかどうかは別の問題だ。
 さらに「自然権」という語自体が「天賦人権」から「造物主」という西欧的「神」につながってくるのであって、「人類普遍性」を語れるのかどうかは、秋月瑛二のようになおも「日本」独自性・「日本」的学問と論理の展開を期待する者にとっては、きわめて違和感をもつ。
 結局のところもこの篠田も、一定の憲法学者や特定の大学法学部を批判してはいても、やはり<戦後教育の優等生>の一人なのではないか、との感想が生じる。
 大陸的なものに対してイギリス・アメリカ的なものの参照を強く要求しているとしても、それは、高校教育までに培った<近代世界>あるいは<憲法>観の中での、内輪的な議論だろう。
 憲法学批判、法学批判ならば、まだ十分に読んでいないが、森下敏男「マルクス主義法学の終焉」の方が有益だと、私には思える。
 「はじめに」以降も、篠田は憲法「前文」に執着し?、現憲法の原理等々に、歴史や外国にまで触れて言及しているが、上にも書いたように、ほぼ戦後<法学>の範囲内・枠内のものであり、いろいろと議論されているよね、いろいろとよく勉強したよね、という感想しか持てない(これら自体に強い関心を持っていないことにもよるので、現在の私の問題の一部ではあるが)。
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 以上、もともとアホらしくて、あるいは当たり前すぎて、投稿を遠慮していた半年ほど前の文章だ(冒頭を含む)。無駄にするのも惜しくなったので、恥ずかしながら公にしておく。
 2017年平和安全法制は違憲だとする長谷部恭男らの「解釈」に私は決して同調しないが、だからと言って、当然のことながら、篠田英朗のこの本での主張・「解釈」に従っているわけでは全くない。

1697/篠田英朗・ほんとうの憲法(ちくま新書、2017)①。

 篠田英朗の「もし…明確化する」ならばという加憲条項案も問題が多い。
 篠田英朗・ほんとうの憲法(ちくま新書、2017)。
 「おわりに-9条改正に向けて」の最終行=「あとがき」の直前。
 「前二項の規定は、本条の目的にそった軍隊を含む組織の活動を禁止しない」。
 これが、著者・篠田英朗の、「かりに」九条三項を創設するとすればの案だ。おかしい。
 第一に、これでは、篠田のいう「自衛隊の合憲性を明確にするのであれば」という前提目的を達することができない。
 なぜならば、現在の・いまの自衛隊が「本条の目的にそった軍隊を含む組織」でありその活動が上にいう「…活動」であることの確証は何もない。
 むろん、篠田英朗によれば、現在の・いまの自衛隊はそのようなものなのだろう。私もまた、そうだと<解釈>する(但し、「軍隊を含む」との部分には大きな留保がつく)。
 しかし、そのように認識または<憲法解釈>をしない人たち・活動家・政治家等々がいるからこそ、問題なのだ。
 つまり、彼らは、現在の・いまの自衛隊は、「本条の目的にそった軍隊を含む組織」であるとは(おそらく絶対に)主張しない、容認しないのだ。
 かりにだが、上の条文案で本当に「加憲」されたとする場合、日本共産党や同党員憲法学者たちは、現在の・いまの自衛隊とその活動は「本条の目的にそった…組織」・「活動」ではないと、主張するに違いない。
 そもそもが、<九条の目的>の理解・認識・<憲法解釈>が異なるのだから、上のような条項ができたからといって、現在の・いまの自衛隊の合憲・違憲の問題が解消されるはずはないのだ。
 「自衛隊」という語・概念を用いないのは優れている?のかもしれないが、せっかくの篠田英朗の案は、現状を解決することには絶対にならない
 <憲法解釈>上の(かつ政治的な)論争を、さらに複雑にするだけだ。「戦力」不保持の明文条項を残したままでの、現在の・いまの自衛隊の合憲化という試みは、三浦瑠璃の言葉によれば、却って、<頓珍漢な議論を温存>することになる。
 全体として、篠田英朗の叙述、主張に反対しているのではない。
 現憲法の現状のままでの自衛隊合憲論、かつ九条二項削除論は、十分に読むに値するのだろうと思われる。そのかぎりで、勉強にもなるし、多くの人が読めばよいとも思われる。
 しかし、たまたま出版が5月安倍晋三発言の直後(しかもまだ校正中で追記可能?)だったためかもしれないが、上の案は、採用できない。
 他にも、「軍」概念をめぐって等々、憲法解釈論の観点からすれば、大いに疑問もある。第二以下を、さらに別に記す。

1092/佐伯啓思は「的確な処方箋を提示」しているか。

 隔月刊・表現者39号(ジョルダン、2011.11)に、佐伯啓思・現代文明論講義(ちくま新書)の書評が載っている。
 この本を概読したかもしれないが、きちんと憶えていない(憶えられるはずがない)。それはともかく、先崎彰容という1975年生まれの人物は書評の冒頭で、佐伯啓思の「作品の魅力」を次の二つにまとめている。
 一つに「『近代文明』が抱える問題を、その根本にまで遡り解明しようとすること」、二つに「その原理的・根本的な問題意識を携え、現代日本の政治・経済・文化にたいして的確な処方箋を提示しようとする姿勢」(p.175)。
 上の第一点にはほとんど異論はない。そのとおりで、「近代(文明)」を懐疑して、批判的に分析した諸業績(「反西洋」かつ「反左翼」の主張を含んでいるはずだ)は大いに参考になると思われる。
 だが、上の第二は「仲間褒め」の類で、いかに年配者への敬老?精神によるとしても、とても納得できない。
 なるほど「提示しようとする姿勢」が全くないとは言えないが、「現代日本の政治・経済・文化にたいして的確な処方箋を提示」してきたとはとても思えない。
 佐伯啓思は所詮は(といっても侮蔑しているわけではない)「思想家」なのであり、多様な「現代日本の政治・経済・文化」の諸問題を論じているわけではないし、ごく一部を除いて、「的確な処方箋を提示」などはしていない、と思われる。
 憲法改正の方向を論じたことはないだろうし、そもそもが現在の改憲論議に言及することさえほとんどないだろう。<少子化問題>への処方箋を示してはいないし、これと無関係とは思われない<フェミニズム>に論及したことも、ほとんどなかったと思われる。
 「現代日本の政治・経済・文化にたいして的確な処方箋を提示しようとする姿勢」がそもそもあるのかどうか自体を、私は疑問視している。そして、お得意の経済(政策・思想)問題を除けば、佐伯啓思が「現代」について「的確な処方箋を提示」しているとは言えないのではなかろうか。橋下徹警戒論もその一つだ。
 一人の人間にできることには限界がある。怜悧な「思想家」に多様な現代問題を的確に論じることは期待しない方がよいだろう。
 但し、「思想家」としての佐伯啓思に完全に満足し、その主張内容にすべて納得しているわけではない。別の回に、いずれ書くだろう。

0897/内田樹は高橋哲哉にはついていかない。

 内田樹は「卑しい街の騎士」と題する2005年の文章の中で、1995年の高橋哲哉の文章に言及している。
 高橋哲哉は1995年に簡単にはこう(も)書いたらしい。
 ・<自国の「汚れた死者」(日本人戦死者)の哀悼よりも(アジア諸国への)「汚辱の記憶」を引き受けることが優先されるべき。
 ・「侵略者である自国の死者」への責任とは「哀悼や弔い」でもましてや彼らを「かばう」ことではなく、「彼らとともにまた彼らに代わって」、被侵略者への償い=「謝罪や補償を実行する」ことだ。
 内田樹は、高橋の「理路は正しい」、しかし思想とは「こんなに、鳥肌の立つようなものなのか」とコメントしている。
 「鳥肌の立つような」とは、感動したときにも用いられる、好意的・賛同的な意味での表現でもありうるが、内田によると、「…高橋自身が日々ゆっくりと近づいている『結論』に私の身体が拒否の反応をした」ということを意味するようだ。つまり、拒否的・消極的な反応の表現として使っている。
 つづけて、内田は高橋哲哉・靖国問題(ちくま新書、2005
)に言及する。高橋のこの本は読まないままでどこかに置いているのだが、高橋は、この書の結論部でこう書いているらしい。
 ・国家によるそのために死んだ者(戦死者)の「追悼」は、つねに「尊い犠牲」・「感謝と敬意」のレトリックが作動して、「顕彰」にならざるをえない。
 ・国家は「戦没者を顕彰する儀礼装置をもち、…戦死の悲哀を名誉に換え、国家を新たな戦争や武力行使に動員していく」 。
 内田樹は次のようにコメントする。
 ・高橋の主張は「正しい」が「正しすぎる」。すなわち、これは「現存するすべての国民国家」等に適用されねばならない。つまり、「靖国神社を非とする以上、世界の共同体における慰霊の儀式の廃絶を論理の経済は要求する」。
 ・だが、中国も韓国もイスラム過激派もアメリカも欧州諸国民も受容しないだろう。それは「倫理的に十分に開明」的でないためかもしれないが、「世界中の全員を倫理的に見下すような立場に孤立」することが政治への実効的なコミットだとは思えない。
 ・「高橋哲哉の論理はそのまま極限までつきつめると、いかなるナショナリズムも認めないところまで行きつく」し、すべての民族等の否定にまで行きつく。例えば、①アジア諸国への日本の謝罪もそれを「外交的得点」とすることをアジア諸国政府に禁じる必要がある。それらの国の「ナショナリズムを亢進」させるから。②謝罪等をすることにより「倫理的に高められた国民主体を立ち上げた」という意識を日本人がもつことも禁じる必要がある。「ナショナルな優越感の表現」に他ならないから。
 高橋哲哉の原文を読んではいないが、なかなか鋭い分析と批判だ。
 だが、むろん、高橋哲哉の見解・主張の「理路は正しい」のか、「正しすぎる」のか、高い<倫理>性をもつものかは、本当にそうなのか、レトリックだけの表現なのか、という疑問が湧く。
 それに、そもそも、上の一部だけ問題にするが、高橋哲哉は本当に「いかなるナショナリズムも認めない」のか否かは検討されてよいだろう。論理的にはそうならそざるをえない、という指摘は重要だが、高橋哲哉がそのことを意識しているかどうかは別問題だとも思われる。
 すなわち、高橋哲哉は、日本国家についてのみ「ナショナリズム」の否定を要求しているのではないか。日本国家についてのみ、戦没者「慰霊」施設の廃絶を要求しているのではないか。それが高橋の本音ではないか(そして朝日新聞の若宮啓文も同様ではないか)。
 その意味で高橋はきわめてご都合主義的であり、きわめて<政治的>なのではないか。さらにいうと、論理・理論の世界に生きているようでいて、じつは(日本とその国家に対する)何らかの怨念・憤懣を基礎にして言論活動をしているのではないか(さらにいえば、それは日本「戦後」のインテリたちの基底にある心情ではないか)。
 以上は、内田樹批判ではない。内田は次のように文章をまとめている。
 「高橋哲哉の説く透明な理説」が一基軸として存在しえ、「思想的には重要」であることは認めるが、「私はこの『案内人』にはついてゆくことができない」。
 前段部分は褒めすぎのように思えるが、内田が結論的に高橋哲哉の議論を支持していないことは明らかだろう。
 内田樹の上記の題の文章は、加藤典洋・敗戦後論(ちくま文庫、2005)の「(文庫)解説」として書かれたもの(p.353-362)。
 内田は、加藤典洋は「熟練の案内人」、「正しい案内人」として肯定的に評価している。そして、高橋哲哉という「『案内人』にはついてゆくことができない」と結んでいるわけだ。
 加藤典洋の書の本体も読みたいものだが、はたして閑があるかどうか。

0853/山内昌之・歴史学の名著30(ちくま新書)を機縁に皇位継承問題にほんの少し触れる。

 山内昌之・歴史学の名著30(ちくま新書、2007)は「付録」を含めて32のうちに15の和書・漢書を挙げていて、欧米中心でないことにまずは好感をもつ。コミュニスト又は親コミニズムの学者ならば当然に鎮座させるだろう、マルクス=エンゲルス・空想から科学へ、などのマルクス主義文献がないようであることも興味深い(但し、トロツキー・ロシア革命史を挙げているが、山内がマルクス主義者またはトロツキストではないことはすぐ分かる)。
 挙げられる一つに、北畠親房・神皇正統記(14世紀)がある。
 山内昌之によると、この書は「皇室男系相続の将来性がかまびすしく議論される」現在において「改めて読まれるべき古典としての価値」がある、という(p.115)。
 この書を私は(もちろん)未読で、後醍醐天皇・南朝側に立ってその正当性を論じたものくらいの知識しかなかった。だが、山内によると、後醍醐天皇の「新政」の失敗の原因を批判的・反省的に述べてもいるらしい。つまりは、南朝・後醍醐天皇の正当性が「血」にあるとかりにしても、「御運」のよしあし(p.114)はそれだけでは決まらない、ということをも述べているらしい。
 今日の皇位継承に関する議論に関係させた山内の叙述はないが、示唆的な書ではあるようだ。
 <血>なのか、「結果責任」(p.114)を生じさせうる<徳>または<人格>なのか。
 道鏡に譲位しようとして和気清麻呂による御神託によって阻まれた称徳天皇(48代。46代・孝謙の重祚)の例があり、そして皇位は天武天皇の血を引かない天智天皇系の光仁天皇(桓武天皇の父)に移ったという歴史的経緯を振り返っても、やはり基礎的には「血」なのだろう。皇室と血縁のない道鏡への「王朝交代」は許されなかったのだ(なお、天皇・皇后陛下が最近ご訪問された京都のいわゆる「御寺」・泉涌寺に祀られている諸天皇の位牌の中には、称徳・聖武等の天武系の天皇のものはないらしい)。
 少なくとも継体天皇以降は、どの血縁者かについては議論や争いがあったこともあったが、「血」縁者であることが条件になること自体は、結果としては疑われなかった、と言えよう。
 だが、北畠親房すらもかつて少なくとも示唆していたようだが、正当とされる天皇およびひいては皇族のすべてが「有徳」者・「人格」者であったわけではない。「お考え」あるいは諸政策がつねに適切だったわけではない。
 また、かりに「有徳」者・「人格」者だったとしても、ときの世俗的権力者(またはそれを奪おうとする者)によって少なくとも実質的には殺害されたと見られる天皇もいた。崇峻天皇、安徳天皇だ。
 皇位は、純粋に天皇・皇族の内部で決せられたのでは必ずしもなく、また天皇・皇族は純粋に俗世間とは無関係に生活しそれらの地位が相続されてきたのではなく、時代、あるいはときどきの世俗権力者・政治の影響を受けながら、ある意味では「流動」しつつ、長々と今日まで続いてきた、と言えよう。そのような<天皇>位をもつ国家が、世界で唯一か稀少であるという、日本の(文化・政治の)独自性を維持しようとすることに、小林よしのりと見解の違いはない、と思われる。
 だが、前回までに書いたのは、要するに、皇位(天皇)および皇位継承者を含むはずの皇族にとって、「血」と「徳」のどちらが大切なのか、小林よしのりにおいてその点が曖昧であるか、または矛盾した叙述があるのではないか、ということだ。

0660/長尾龍一・憲法問題入門(ちくま新書)と横田喜三郎の1951年本(河出)における「民主主義」。

 一 長尾龍一・憲法問題入門(ちくま新書、1997)のp.39~p.41にこんな文章がある。
 ・民主主義=Democracy とは「デーモス(民衆)の支配」の意味で、「デーモス」は下層・中層自由民を意味した。
 「民衆のための支配」という標語は、「何が民衆のためか」の認定権を少数者が持てば、「独裁制の正当化」になる可能性がある。
 十分で正確な情報にもとづかない「デーモス」の決定は「極めて不合理」になりうることは容易に想像がつく。従って当時は、無条件に Democracy を賛美する者など存在せず、有識者の多くは「反民主主義者」だった。この時代、民主主義は「価値判断ぬき」の「一つの制度」で、その長短を冷静に議論できた。
 民主主義=正義、非民主性=悪となったのは一九世紀以降の「価値観」で、そうすると「民主主義」というスローガンの奪い合いになる。この混乱を、(とくにロシア革命後の)マルクス主義は助長した。マルクス主義によれば、「封建的・ブルジョア的」意識をもつ民衆の教育・支配・強制が「真の民主主義」だ。未来世代の幸福のための、現在世代を犠牲にする「支配」なのだが、「未来社会」が「幻想」ならば、その支配は「幻想を信じる狂信者」による「抑圧」であり、これが「人民民主主義」と称されたものの「正体」だ。
 ・民主主義が「民衆による支配」 だとすると、「支配」からの自由と対立する。「民衆」が全てを決定すると「自由な余地」はなくなる。レーニンやムッソリーニは、「民衆代表」と称する者による「徹底的な自由抑圧」を「徹底した民主主義」として正当化した。
 一方、、「支配からの自由」を徹底すれば「民衆による支配」もなくなり、「アナーキー」になる。以下省略。
 長尾龍一は1938~。東京大学法学部卒だが、同学部・大学院ではなく、東京大学大学院総合文化研究科教授(上の本の著者紹介による)。
 二 横田喜三郎・民主主義の広い理解のために(河出書房・市民文庫、1951第一版)はGHQ占領下の時期のものだ。
 既に紹介のとおり、宮沢俊義もまた、<何でも民主主義>とでも言うべき、自由・平等・個人主義等をすべて「民主主義」から、又はそれとの関連のもとで説明する文章を書いていたが(「民主主義=(何でも出てくる)玉手箱」論とでも言おうか)、この横田の本も似ているところがある。
 p.11にはこんな文章がある。
 ・「民主主義」とは、「精神的な、思想的な」方面では、「すべての人にひとしく人格を認め、これを尊重し、すべての人の利益と意見を同様に尊重するという精神・心持・態度を意味する」。
 ・「民主主義」とは、「社会的な」面では、「すべての人に平等な機会を与え、平等なものとして扱う社会制度を、すべての人に広い言論や思想の自由を認める社会組織を」意味する。
 ・「民主主義」は、「政治的な」分野でも同様で、「人民主権」や「人民参政」の政治形態を意味する。もっとも、「人民主権」・「人民参政」は「結局においては、すべての人が平等だという思想」にもとづく。「人民主権」は「君主主権」と対立する。
 以上の横田喜三郎の文章において、「民主主義」と「平等」とは、あるいは「民主主義」と「自由」や「個人主義」は(関係するところがあるかもしれないとしても)明瞭に別の観念として説明されているだろうか。ここにも、<何でも民主主義>論、「民主主義=(何でも出てくる)玉手箱」論が見られるようだ(なお、別の箇所では民主主義=自由主義ではないこと等を論じてはいる)。
 このようなことを、「市民」向けにであれ書いていた人が当時東京大学の国際法担当教授であり、のちに最高裁判所長官になったのだから、日本の戦後の出発は、あるいは「戦後民主主義」の始まりは、「民主主義」についての、ヒドい誤りを含んだままの、冷静な理解を欠く状態でなされた、と感じざるをえない。
 ポツダム宣言は、「軍国主義」と「民主主義」とを対置して、「民主主義」的傾向に対する障碍の除去を謳っていた。また、あの戦争は<民主主義対ファシズム>の闘いだったとの「歴史認識」も、GHQのそれを基礎にして宣伝され、教育された。
 宮沢俊義や横田喜三郎の「広い民主主義」観又は「民主主義」概念の「広い」用法は、このポツダム宣言やGHQの「歴史認識」に影響を受けたものだ、あるいはこれらに<追慫>したものだ、というのが成り立ちうる一つの仮説だと考えられる。

0595/井沢元彦・逆説の日本史15-近世改革編(小学館、2008)を読了。

 読書の記録として遅れて書いておく。八月中に、井沢元彦・逆説の日本史15・近世改革編-官僚政治と吉宗の謎(小学館、2008.08)を一気に全読了。
 井沢元彦のこのシリーズものの単行本は、刊行され次第、すみやかに手にして一気に読み終えることにしている。
 例によって、叙述が現代・現在に跳んでいる箇所がある。中国・同共産党を批判するp.119-120、米・薩摩芋に関するp.149-156、「平和憲法」に関するp.313-316。このような指摘はこの書物批判ではない。
 上のことよりも、上の本全体のユニークさは、徳川吉宗の享保の改革よりも徳川(尾張)宗春の施政が、松平定信の寛政の改革よりも田沼意次の施政が「よい」政治・行政だったという、教科書的評価とは異なる評価をしていることだ。
 天保も含めて三つの「改革」を必要な又は「よい」ものだったとする見方は、井沢元彦によると、徳川家側による江戸時代に関する「正史」に依るもので、じつは、幕藩体制の崩壊を早めた「悪政」だった、という。
 田沼意次が収賄・「ワイロ」の政治家だったとのイメージは定着しているようで、余計ながら、映画「闇の狩人」(1979年、監督・五社英雄、出演・仲代達矢ら、田沼意次役は丹波哲郎)も明らかにそうしたイメージをつけた時代を背景にしている。
 小島毅・靖国史観―幕末維新という深淵(ちくま新書、2007)も、東京大学出身・現役東京大学教員の著者が日本史の教養のない下々(しもじも)の者に教えてあげる、という感じで次のように書いている。
 <享保の改革後に社会・文化は爛熟・頽廃の時代を迎え、「おりから悪名高き田沼意次のワイロ政治が長く続いた」。人心は改革を望み、松平定信が登場し寛政の改革を断行した。>(p.30)。
 小島毅は日本史(・近世=江戸時代史)が専門でもないのによくぞ(エラそうに)断定的に書けるものだ、と(井沢元彦の本を読んだ後では)思ってしまう。
 やや脱線したが、一般論として、「改革」=「善」というのは思い込み又は誤解だ。歴史的評価は(田沼意次についても)数百年経っても定まらないことがある。…といったことを感じさせる。
 明治以降あるいは昭和戦前の歴史もまた、とくに後者は(主流としては)<勝者>アメリカ・GHQの史観によって現在まで語られてきているので、数百年後には全く異なる評価がなされている可能性は十分にあるに違いない。
 再び現代に関する叙述に目を移す。井沢元彦は言う。
 ・マスコミは2007参院選での「民意」を強調するが、では、憲法「改悪」阻止を強調した社民党・共産党の「大敗北」はどう捉えるのか。(p.276)
 ・中国の共産主義は「儒教的共産主義」で、典型例が「毛沢東思想」。同思想は文化大革命で「数千万人(2000万人、一説に7000万人とも…)の同胞」を
殺した。「自国民をこれだけ虐殺したのは…共産主義者だけ」。「毛イズム」を輸入したカンボジアではポル・ポトにより「人口八百万人の国で二百万人(一説に400万人)が殺された」。(p.278)
 ・「北朝鮮でも金日成・正日の体制下で二百万人の同胞が死に追いやられたと言われている」。(p.279)
 知る人はとっくに知っていることだが、こんなことが書かれてあったりするので(?)、井沢元彦の「日本史」の本は面白く、タメになる。
 なお、光格天皇につき、宮中祭祀の活発化(・復活)、直系又はそれに近い皇位継承ではなかったこと、以外のことも井沢は書いているが、省略。

0569/古田博司・新しい神の国(ちくま新書、2007)等々を読む。

 〇小林よしのり・パール真論(小学館、2008)p.235まで読了。あとはパール判決書解題と最終章だけなので、殆ど終わったと言えるだろう。
 〇安本美典・「邪馬台国畿内説」徹底批判(勉誠出版、2008)のp.213まで読了。
 上の二つは、後者の問題には考古学等という介在要素が増えるが、何が事実だったか、という問題を論じている点では共通性がある。そして、それぞれの知的な論理的作業は興味深い。
 いま一つの共通点は、どちらの問題についても、朝日新聞という<左翼政治(謀略)団体>が関係していて、それぞれ<悪質な>ことをしている、又は<悪質な>影響を与えている、ということだ。具体的に書き出すと長くなるので、別の回に時間があれば書く。朝日新聞(社)は至るところで害悪をもたらしていて、嘔吐が出る。
 〇大原康男・象徴天皇考(展転社、1989)はp.149まで読了。今後さらに調べてみたいテーマはこの本に最も近いかもしれない。
 〇古田博司・新しい神の国(ちくま新書、2007)はp.166までとほぼ3/4を読了。単発短篇の寄せ集めでまとまりは悪いが、区切りがつけやすいのは却って読みやすい。
 1.著者・古田は1953年生。もっと上の世代の論者の中に、60年安保世代(「全学連」世代)と「全共闘」世代(70年安保世代)を混同して、あるいは一括して論評しているのを読んだことがあるが、さすがに私より若い人で、両世代の差違に言及する部分がある。以下、古田による(p.36以下)。
 全学連世代は戦争を知っておりナショナリズムの残滓をまだ抱えていたため「体制否定」まで進まなかったが、「全共闘」にはこの「防波堤がない」。「全共闘」の克服すべき対象は資本主義の成長により消失しつつあったのに、「革命の可能性と資本主義の終焉を信じ切り」、「暴力革命」を実践し始めた。「貧困」はなくなりつつあったのに学費値上げ反対等の闘争をした。さらに、「ナショナリズムが希薄」なため、全学連世代がもった「対東アジア侮蔑観」も薄く、「中国や北朝鮮からの悪宣伝にやすやすと踊らされ」、「悪漢日本を自分たちが懲らす」との「正義の闘争」を始めた。……
 この「全共闘」観は、「全共闘」運動の中での相当に職業的な<革命>運動党派を念頭に置いているようで、異論・違和感をもつ人びとも多いかもしれない。だが、非日本共産党・ノンセクト「左翼」学生たち(こうなると「ベ平連」学生にすら接近する)に焦点を当てた「全共闘」論よりは、私には感覚的に共感するところがある。<ナショナリズム>や「対東アジア侮蔑観」の有無・濃淡も、完全に同意又は理解はできないが、興味深くなくはない。
 2.古田によると、日本のインテリの「愛国しない心」には「三つの歴史的な層」があり、最後のものの「上に」いくつかの「派」が広がっている(p.56-57)。
 第一は、明治以来の対西洋劣等感。「劣った日本」ではなく「舶来」ものに飛びつくのがインテリの本分と心得る。
 第二は、スターリン(コミンテルン)の32年テーゼ(「日本共産主義者への下賜物」)の影響で、天皇制度は「絶対的に遅れた」「後進性の象徴」と思い込んだこと。「愛国するならソ連とか、社会主義国にしなさい」。
 第三は、「マルクスの残留思念」としての「カルチュラル・スタディーズ、ポスト・コロニアリズム」の層で、「国家なんか権力者の造りだした幻想」だ、「愛国心」は権力者が都合よく利用しようとするものだ、と考える。
 この上に、次のような「さまざまな雑念がアナーキーな広がりを見せている」。
 一つは、「地球市民派」-自分は「自由な市民だから国家なんか嫌いだ」。
 二つは、「反パラサイト派」-「アメリカの寄生国家なんか愛せない」。
 三つは、「似非個人主義派」-自分という「個人に圧力を加えるから愛国心なんか厭だ」。
 なるほど、なるほど。

0568/古田博司・新しい神の国(ちくま新書、2007)より-マルクス主義と戦後「左翼」インテリ。

 古田博司・新しい神の国(ちくま新書、2007.10)の最初の方からの一部引用。
 ①「要は反体制ならばハイカラで格好良いという軽薄さは、今日の左翼インテリまで脈々と繋がっており、ソビエトが解体し、中国が転向し、北朝鮮が没落してもなお、資本主義国家に対抗することこそがインテリの本分だと解している向きが跡を絶たない。/『天皇制』を絶対王政に比すの論はさすがに影を潜めているが、『天皇制打倒』の心性はいまだに引き継がれており、日本の左翼人士は『天皇制』が日本の後進性であり、日本人の主体的な自立を妨げてきたのではないかという議論をずっと続けてきた」(p.35)。
 ②1.2000年以降「マルクス主義に対する信仰」は着実に壊れた。大学の科目から「マルクス経済学」に関するものは次第になくなり「日本のインテリ層が徐々に呪縛から解き放たれていった」。
 2.「しかし何という壮大なる洗脳機構だったのだろうか 。価値・史観・階級の論を柱とし、それらが複雑に絡み合うさまは天上の大神殿を思わせた」。
 3.「今日ではすべて塵と化した大社会科学者たちの生涯の業績は、ひたすらその祭司たらんとする献身の理想に満ちあふれていた。だが、その神殿の柱は今やぶざまにも折れ、廃墟の荒涼を白日の下に曝しているではないか。なぜこのような無駄をし、屑のごとき書物を図書館に積み上げていったのだろうか。日本のインテりは一体何をやっていたのだろうか。結局、慨嘆が残っただけではなかったのか」(p.40)。
 ③韓国人や中国人は日韓基本条約・日中友好条約のときに「日本からの援助が欲しかっただけ」で、当時は「嫉妬も押し隠して笑顔を向けた」が、その「微笑みが本物でないことは、やがて露わになっていった」。/「そして戦後からずっと、『東アジアの人々は良い人ばかりで話し合えばわかる』といい続けたのは、実は共産主義者であり、社会民主主義者であり、進歩的文化人であり、良心的な知識人たちであった。伝統的なことには、右も左もない。日本では『伝統的な善人』や『国際的な正義派』がいつも国を過つのである」(p.45)。
 以上。上の②2.の「祭司」たらんとした者は、歴史学、経済学、法学等々の分野に雲霞のごとく存在した。非日本共産党系研究者でも、大塚久雄、井上清は入るし、丸山真男も立派な「祭司」だった。法学分野では日本共産党系の渡辺洋三、長谷川正安を挙げうる。だが、こうした者たちが築いた「神殿の柱は今やぶざまにも折れ、廃墟の荒涼を白日の下に曝しているではないか。なぜこのような無駄をし、屑のごとき書物を図書館に積み上げていったのだろうか。…結局、慨嘆が残っただけではなかったのか」。
 だがなお、マルクス主義の影響を受けた<左翼>インテリは数多い。例えば、樋口陽一よ、かつては「献身の理想に満ちあふれて」仕事をしていたかもしれないが、フランス革命が「理想」・「範型」ではなくなり、社会主義(・共産主義)社会への展望が見出せなくなった現在、かつての仕事は「廃墟の荒涼を白日の下に曝」している筈なのに、(ソビエト「社会主義」崩壊の理論的影響が出にくい法学界であるがゆえに)巧妙にシラを切って、惰性的に似たようなことを反復しているだけではないのか。そういう者たちを指導者として、さらに若い世代に<左翼>インテリが性懲りもなく再生産されていく。壮大な社会的無駄だし、害悪でもある。個人的に見ても、一度しかない人生なのに、せっかくの相対的には優れた基礎的能力をもちながら、気の毒に…。

0507/桑原武夫編・日本の名著((中公新書、1962)と佐々木毅・政治学の名著30(ちくま新書、2007)

 一年以上前に桑原武夫編・日本の名著-近代の思想(中公新書、1962)に言及した。
→ 
http://akiz-e.iza.ne.jp/blog/entry/154432/
そして、アナーキスト・マルクス主義者・親マルクス主義者等の本が15程度は取り上げられていて多すぎる、1960年代初頭の時代的雰囲気を感じる、とか述べた。あらためて見てみると、桑原武夫の「なぜこの五〇の本を読まねばならぬか」との命令的・脅迫的なタイトルのまえがきの中には、「わたしたちは過去に不可避的であった錯誤のつぐないにあたるべき時期にきている」という、「過去」を「錯誤」とのみ切り捨てて<贖罪>意識を示す言葉もあった。
 また、あらためて50の本の著者全員をメモしておくと、つぎのとおり(1年余前にはかかるリストアップはしていない)。
 福沢諭吉・田口卯吉・中江兆民・北村透谷・山路愛山・内村鑑三・志賀重昂・陸奥宗光・竹越与三郎・幸徳秋水・宮崎滔天・岡倉天心・河口慧海・福田英子・北一輝・夏目漱石・石川啄木・西田幾太郎・南方熊楠・津田左右吉・原勝郎・河上肇・長谷川如是閑・左右田喜一郎・美濃部達吉・大杉栄・内藤虎次郎・狩野亮吉・中野重治・折口信夫・九鬼周造・中井正一・野呂栄太郎・羽仁五郎・戸坂潤・山田盛太郎・小林秀雄・和辻哲郎・タカクラ=テル・尾高朝雄・矢内原忠雄・大塚久雄・波多野精一・小倉金之助・今西錦司・坂口安吾・湯川秀樹・鈴木大拙・柳田国男・丸山真男
 名前すら知らない者も一部いるのだが、それはともかく、これらのうち、幸徳秋水や大杉栄は「読まねばならぬ」ものだったのだろうか。日本共産党員だった野呂栄太郎(山田盛太郎も?)、一時期はそうだった中野重治(他にもいるだろう)、マルクス主義者の羽仁五郎も「読まねばならぬ」ものだったのか。
 すでに被占領期を脱して出版・表現規制はなくなっているはずだが、「右派」と言われる者の本は意図的にかなり除外されているように見える。<日本浪漫派>とも言われた保田與重郎はない。「武士道」の新渡戸稲造もない。「共産主義的人間」(1951)の林達夫は勿論ない。「共産主義批判の常識」(1949)の小泉信三もない(小林秀雄はあるが、福田恆存江藤淳はまだ若かったこともあってか、ない)。
 上のうち秋水、河上、野呂、山田、羽仁、大塚の項を担当して何ら批判的な所のない記述をしているのは河野健二。  桑原武夫と河野健二はいずれもフランス革命研究者だが(中公・世界の名著のミシュレ・フランス革命史の共訳者ではなかったか?)、当時の主流派的フランス革命解釈を採用し、かついずれも親マルクス主義又は少なくとも「容」マルクス主義者だったとすれば、以上のような選択と記述内容になるのも無理はないのかもしれない。
 日本かつ近代に限定した上の本と単純に比較できないが、佐々木毅・政治学の名著30(ちくま新書、2007)という本もある。世界に広げかつ「政治学」関係に絞っている。そして、(良く言えば)バランスのとれた?佐々木毅による本のためかもしれないが、桑原武夫が1960年代に選択したとかりにしたものと比べると、ある程度は変わってきていると考えられる。
 すなわち、30の全部をメモしないが(日本人は福沢諭吉・丸山真男のみ)、ルソー、マルクス、へーゲルらの本とともに、バーク・フランス革命についての省察、ハミルトンら・ザ・フェデラリスト、トクヴィル・アメリカにおけるデモクラシー、ハイエク・隷従への道、ハンナ・アレント・全体主義の起源という、<保守主義>又は<反・左翼>の本も堂々と?登場させている。40年ほど経過して、<時代が(少しは)変わってきた>ことの(小さな?)証拠又は痕跡ではあるだろう。

0503/松本健一・丸山真男八・一五革命伝説(河出書房新社)は丸山真男批判、等。

 〇記していなかったが、たぶん3月から松本健一・丸山真男八・一五革命伝説(河出書房新社、2003)を読んでいて、5/11夜に少し増えてp.125まで、半分強を読了した。この本の帯には「…研究者の軌跡!」とか「丸山真男の軌跡!」とか(売らんがために?)書いているが、この本は、丸山真男批判の書物だ。
 丸山真男を<進歩的文化人>として尊敬している、又は<幻想>を持っている<左翼的>な人々は、この本や、たぶん既述の、竹内洋・丸山真男の時代(中公新書、2005)、水谷三公・丸山真男―ある時代の肖像(ちくま新書、1999)あたりを読むとよい。
 〇飯田経夫・日本の反省(PHP新書、1996)の第六章「『飽食のハードル』への挑戦」、第七章「真の『豊かさ』とは何か」(と「あとがき」)を5/11に読んだ。第三章と合わせて全体の1/3くらいを読了か。著者の意図はともかく、あまり元気が出てくる、将来展望が湧き出てくる話ではない。1996年の本だが、脈絡を無視して引用すれば、こんな言葉がある。
 ・「要するに人びとは、現状に満足し、『これでいい』と言っているのである。そして、現状を変更したくはないのではないか」(p.170)。
 ・「ある社会がピークに到達し、それを通りすぎた後には、『社会のレベル』の低下が、万人の予想を裏切るほどだという事実が、どうやらある…」(p.176)。
 ・「まさに戦争に敗れたという事実そのものが、日本人から魂を抜き去り、…私たちを腑抜けにしてしまったのかもしれない」(p.185-6)。
 以下は、「個人の解放」(個人の尊重)が<究極の価値>だと明言していた憲法学者・樋口陽一に読んでもらいたい。
 ・「それ〔日本的経営の人間関係〕は、…個人主義ではない。だが、はたして個人ないし『個』が、それほど絶対の存在であろうか。それを絶対と信じるアメリカ人は、はたして『よき社会』をつくることに成功しただろうか。また、はたして個人のひとりひとりが、とくに幸せであろうか」(p.179)。
 樋口陽一に限らず、殆どの憲法学者がいう「個人主義」・「個人的自由」は、戦前の<国家主義>又は「個人的自由」の制限に対する反省又は反発を、過度にかつ時代錯誤的に<引き摺り>すぎている、と思う。
 〇佐伯啓思・学問の力(NTT出版)はたぶん5/10にp.260まで読んで、あとわずか20頁ほどになった。この本についても、感想は多い。
 〇他に、まだ読みかけの本や、月刊雑誌を買ったが読んでいない収載論考があるはずだが、ただちに思い出せない。今、浅羽通明・昭和三十年代主義―もう成長しない日本(幻冬舎、2008)を思い出した。少しは頁数を延ばしている。
 阪本昌成・法の支配-オーストリア学派の自由論と国家論(勁草書房、2006)と佐伯啓思・隠された思考―市場経済のメタフィジックス(筑摩書房、1985)は、途中で止まったきりだ……。

0355/水谷三公・丸山真男(ちくま新書)を読了。

 いつから読み始めたのかは記録していないが、一昨日に、水谷三公・丸山真男―ある時代の肖像(ちくま新書、2004.08)を面白く読了した。
 丸山真男(1914~1996)については、竹内洋・丸山真男の時代―大学・知識人・ジャーナリズム(中公新書、2005.11)もたぶん昨年中に読了していて、今はどの箇所だったか確認できないが(ひょっとして竹内洋の別の本だっただろうか?)、丸山真男の名はいずれ東京大学の当該分野(政治思想史)の専攻者あたりにのみ記憶されるようになるだろう(つまり世間一般・論壇一般には忘れ去られるだろう)という旨の叙述が、そのとおりだろうな、という感覚を伴って、印象に残った。
 竹内の上掲書を再び手に持って中を見てみると、とりあえず、第一に、丸山真男逝去後の記事の数は、朝日8、毎日6、読売4、日経2、産経2だったというのはなかなか興味深いし(p.10-11)、第二に、丸山は大学教授というよりも東大教授という「特権」(または他の大学教授・一般大衆とは違うという)意識を持っていた、との指摘(p.297)も興味深い。
 さて、水谷三公・丸山真男(ちくま新書)は、竹内著に比べれば、丸山真男「理論」又は「思索」を内在的に論じたものだ。これは竹内と違って水谷三公には丸山真男の「謦咳に接した」経験があり、「丸山先生」と書く箇所もあるように、丸山から指導をうける立場にあったことによるところが大きいだろう。
 そして、水谷は「脱線と愚痴のごった煮」(p.61、p.309)と謙遜?し、たびたび「パリサイの徒」(と批判される)かも知れぬが、と挿入してもいる。
 だが、表面的にはともかく、この水谷の本は「丸山も誤った」ことを前提にして、「何について誤ったのか、なぜそうなったのか、いつそれに気づき、どう考えたのか」(p.17)を内在的に丸山真男の著書・対談等を素材に考察したもので、私の見方によれば、丸山真男全面批判の書だ。そして、水谷は大仰には書いてはいないが、丸山真男に対する<勝利宣言>の書だ、凱歌を奏でる書だ、と私は感じた。
 逐一の紹介、丁寧な引用はしないが、水谷には朝鮮戦争に関して北朝鮮に批判的発言をして「反動」扱いされた等の、丸山真男を取り巻く「進歩的」研究者から批判又は蔑視されたような体験があるらしい。
 そのような<原体験>からすると、<正しかったのはどっちだったのだ!>と言いたくなる気分もよく分かる(このように露骨に書いているわけではない)。
 ともあれ、丸山真男は簡単に言えば、戦後も生じるかもしれない日本「ファシズム」よりもコミュニズムを選択(選好)した大学人・知識人だった。<反・反共主義>だ。
 彼は日本共産党からのちに批判されたように(党員グループによる批判書もある-土井洋彦・足立正恒らの共著(新日本出版社))、日本共産党員ではなくマルクス主義者とも言えなかったかもしれないが、しかし、戦後の自民党が代表するような(と彼には見えた)軍国主義・ファシズム的あるいは保守・反動的傾向よりは、まだ社会主義・共産主義の方がマシだ、と考えていた人物だ。
 このコミュニズムに対する「甘さ」。丸山真男に限らないが、これこそ丸山真男の致命的欠点であり、有名ではあっても歴史的には「悪名」としてその名を残すことになるだろうと私は考える原因だ。
 日本共産党員あるいは明瞭なマルクス主義者でなかったことは、却って一般国民あるいは論壇の読者を安心させ、彼が政治的には支持していた(に違いない)日本社会党(統一前は左派)等の「左翼」・「進歩」勢力の増大化のために貢献する、という役割を果たしたと思われる。
 水谷によれば、丸山真男は晩年も「社会主義」選好を捨ててはおらず、ソ連崩壊とマルクス主義敗北を同一視するような日本の世論?に対して憤っていた、という。崩壊後になってソ連は「真の」社会主義国ではなかったとする日本共産党の考え方とまるで同じだ。
 だが、丸山真男は本当に歴史が「社会主義」の方向に「発展」していくことを死ぬまで信じていた、あるいは期待していたのだろうか。
 推測するに、いつかの時点で、あゝ自分が若いときに考えていたこと、「見通し」は誤っていた、と深刻に感じ入ったときがあったのではなかろうか
 理由らしきものをあえて挙げれば、1970年前後の丸山真男の発言の少なさだ。
 この当時(私は大学生だったが)、丸山真男はもはや「過去の人」だった。社会党はどちらかというと全共闘系学生を支持していたように見えたが、丸山は全共闘系を支持する文章を書かなかったはずだし、当時の時代状況のもとでの政治的発言をほとんどしなかったのではないか。なぜだろう。
 70年代には、丸山真男はかつての自分の認識・理解・予想・「見通し」が誤っていたことに気づいていたのではないか。
 丸山真男の全集はかなり揃えたので、彼の時代ごとの政治的論稿を容易に読める。いずれ、この欄でも紹介して、この「戦後民主主義」者の幼稚さ、短絡さ、<思い込み>の例を指摘することにしよう。
 水谷は丸山真男の全集・対談集・書簡集を素材にしているが、これらを出版しているのは岩波書店。さすが、と言うべきか、やはり、と言うべきか。
 こんな人の全集等を出版しておく意味はない、と私には思える。だが、昭和戦後の一時期の<進歩的文化人・知識人>がどんな主張をしていたのかを容易に知る(そして嗤い飛ばせる)ことができる、という意味においては、出版物としてまとめておく歴史的意義があるだろう。 

0335/愛敬浩二・改憲問題(ちくま新書)。

 愛敬浩二・改憲問題(ちくま新書)につき、宮崎哲弥は言う。
 同・1冊で1000冊(新潮社、2006.11)p.282-3→「現行憲法の制定時の日本に言論の自由があったって? 改憲はいままでタブー視されたことがなかったって? 九条改定で日本が「普通でない国家」になるだって? もう、突っ込みどころ満載」。
 同・新書365冊(朝日新書(古書)、2006.10)p.344-5→「左翼リベラル派の「癒し」路線を狙って失敗」、「頭が悪く見える『護憲』本の代表。現行憲法の制定時の日本に言論の自由があっただの、改憲がいままでタブー視されたことがなかっただの、九条を改定すると日本が「普通でない国家」になるだの、とても真っ当な学者の書とは思えない世迷い言のオンパレード」。
 宮崎がこうまで書いていると、所持していても愛敬のこの本を読む気はなくなる。
 日本共産党員又はそのシンパが日本共産党とその支持者にわかる論理と概念を使った<仲間うち>のための本を書いても、全社会的には通用しないことの見本なのではないか。
 愛敬は「とても真っ当な学者の書とは思えない世迷い言のオンパレード」と自書を批判されて、今度は朝日新書あたりで再挑戦する勇気と能力がある人物なのかどうか。

-0027/防災の日。安倍晋三は憲法改正・教育改革を鮮明に?

 初めての月変わり。昨日は勤務先のあと「軍艦」、古書店と回ってまた10冊ほど増えた。
 読売朝刊、盧武鉉大統領不支持率75%と。これで交替させる制度が憲法上ないとは、5年の任期保障は長過ぎということではないか。いろいろ読むところによると「異常」な政権で、まともな韓国々民の「苦労」も思いやられる。
 安倍晋三は第一に憲法改正、第二に教育改革(教育基本法改正等)を政策にするとか。朝日・岩波や「進歩的文化人」との正面対決が予想される。長年にわたって対決を避けてきた与党(自民党等)にこそ弱腰で問題があったもいえる。だが、ひところと違って護憲派「進歩的文化人」も小粒になってきた。大江健三郎が最大の「左翼」デマゴ-グ、いや失礼-イデオロ-グと位置づけられている印象もある。同じ作家の井上ひさしも迫力はないし、奥平康弘はその分野(憲法学)では大物だとしても一般的な通用力はない。要するに「カリスマ」がいない。といっても、激しいゲリラ戦的抵抗はあるだろう。
 靖国問題(ちくま新書、2005)を書いた高橋哲哉が日本評論社から「憲法が変わっても戦争にならないと思っている人のための本」と題する本を出している。当面読むつもりはないが、何ともひどい、詐術的な題名だ。「憲法が変われば戦争になる」という(それこそ議論が必要な)命題を前提として措定しているのだから。
 著者はまともな「論理」を語れる学者なのか。日本評論社も少なくとも特定分野については歴史的に有名な「左翼」出版社で、この出版社についても今後何か書くだろう。
 渡部昇一他・日本を虐げる人々(PHP、2006)によると、保阪正康の「昭和戦争」(読売用語)観は、GHQ・東京裁判と同じらしい。なるほど、靖国神社を批判し、朝日が保阪に投稿を求めるはずだ。同・あの戦争は何だったのか(新潮新書)は未読のままだが。
 終戦後に生まれた「団塊」世代者としては占領の実態は従来よりもきちんと知っておきたいと思っていたのだが、占領(東京裁判もこの時期)を語ることは「あの戦争」の評価・理解、「戦後」史全体の評価・理解にかかわることが判ってきて、まことに重たい。朝日新聞的、かつての教科書的知識のままでいるのと比べれば、はるかに幸福ではある。
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