秋月瑛二の「憂国」つぶやき日記

政治・社会・思想-反日本共産党・反共産主義

たちあがれ日本

1147/橋下徹、石原慎太郎、安倍晋三、佐伯啓思、中島岳志。

 一 <左翼>は間違いなく橋下徹・維新の会を危険視・警戒視してきた。社民党も共産党も勿論だ。
 最近の某週刊誌に東京都知事選で宇都宮某を「市民派」・「リベラル」等だとして支持することを明記していた者に森永卓郎、池田理代子、香山リカ、雨宮処凜がいたが、社共両党が支持するこの元日本弁護士会会長を支持する者たちもまた、橋下徹に対しては批判的であるに違いない(すでに明確に批判している者もいる)。
 一方、<保守>の中では橋下徹・維新の会に対する評価が分かれたし、現在でも分かれたままであることは興味深いことだ。
 その橋下徹を石原慎太郎は義経に、自分を義経を支え保護する武蔵坊弁慶になぞらえ、橋下を義経ではなく頼朝にしたいとか発言していた。そして、石原新党は橋下徹・日本維新の会に合流した。
 安倍晋三も橋下徹に対して決して警戒的・批判的ではなく、将来における「闘いの同志」と言っていたこともあるし、衆議院解散後も「お互いに切磋琢磨して‥」などと言っていた。
 <保守>派論者はおおむね又はほとんど石原慎太郎・安倍晋三を支持しているか好意的だと思われるが、この二人には好感を持ち、かつ橋下徹は「きわめて危険な政治家」だとか「保守ではない」とか言って批判していた者たちは、近時の石原や安倍の橋下徹に対する態度をどう観ており、どのような感想を持っているのだろうか。
 石原慎太郎や安倍晋三は橋下徹の本質、その危険性を見抜いていないとして苦々しく思っているのだろうか、そして、この二人に諫言または忠告でもしたい気分だろうか。それとも、橋下徹に対する評価を少しは改めたのだろうか。
 二  佐伯啓思は産経新聞11/22の「正論」で、新日本維新の会について次のように述べている。
  「石原新党が合流した日本維新の会は、ただ『統治機構改革』すなわち中央官僚組織をぶっこわし、既成政党をぶっこわす、という一点で政権奪取をうたっている」。
 そのあと「橋下徹氏の唖然とするばかりの露骨なマキャベリアンぶりを特に難じようとは思わない」としつつ、かなりの国民が維新の会を支持しているとすれば、「われわれは民主党の失敗から何を学んだことになるのだろうか」と結んでいる。
 この後半部分はどうぞご自由に論評を、と言いたいが、その前提となっている、「ただ『統治機構改革』すなわち中央官僚組織をぶっこわし、既成政党をぶっこわす、という一点で政権奪取をうたっている」という認識は、学者らしくなく、あるいはある意味では学者らしく、あまりに単純すぎる。
 日本維新の会はもっといろいろなことを主張しているのであり、とりわけ「自主憲法の制定」の方向を明確にしていることを看過する論評は、大きな欠陥があるだろう。とても、緻密な?佐伯啓思の文章だとは思えない。
 三 「左翼」だと思われるが、自称「保守」または「保守リベラル」でもあるらしい中島岳志は、宇都宮健児・雨宮処凜・佐高信・本多勝一らとともに編集委員をしている週刊金曜日の11/16号の、朝日新聞にある欄の名称とよく似た「風速計」という欄に、「第三極のデタラメ」と題する文章を書いている。それによると、以下のごとし。
 橋下徹代表の日本維新の会とみんなの党は「リスクの個人化」を志向し、「小さな政府」に傾斜しているのに対して、「たちあがれ日本」は「リスクの社会化」を志向している。また、日本維新の会
と「たちあがれ日本」は「タカ派的主張」を中核にしているが、みんなの党は「消極的リベラルの立場」だ。
 こうして実質的にはこれら三者の合流は困難だと、のちに聞かれた「野合」論を先走るような叙述をしている。
 各党の個々の評価には立ち入らない。興味深いのは、学者らしく、あるいは厳密にはしっかりした研究者らしくなく、「リスクの個人化」か「リスクの社会化」か、「タカ派」か「リベラル」か、という単純な対比によって各党を評価しようとしていることだ。
 実際は、もっと複雑だと思われる。学者の、レッテル貼りにもとづく単純な議論はあまり参考にしない方がよいだろう。
 ところで、中島岳志は、橋下徹代表時の日本維新の会と「たちあがれ日本」の主張を「タカ派的」と称している。このような称し方は「左翼」論者や「左翼」マスコミと変わりはしない。まともな<保守>派論者ならば、改憲の主張を「タカ派」などと呼びはしないだろう。
 中島岳志の「左翼」ぶりは、今回の総選挙に際しての「緊急の課題」を次のように述べていることでも明瞭になっている。すなわち-。
 「保守・中道リベラルと社民リベラルが手を結び、新自由主義・ネオコン路線と対峙すること」。以上、上掲誌p.9。
 「新自由主義・ネオコン路線」という一時期の<左翼>の好んだ語がまだ使われていることも目を引くが、中島が「社民リベラル」に好意的であることを明瞭にしていることの方が面白い。
 中島岳志が<保守>であるはずがない。この中島を同好の者のごとく同じ月刊雑誌(「表現者」)に登場させている西部邁や佐伯啓思の<保守>派性すら疑わせる人物だ。

1033/菅直人と「法治国家や議院内閣制」等々。

 一 昨年の参議院選挙の前に「たちあがれ日本」という政党のそれこそ立ち上げに石原慎太郎が尽力または協力していたようで、当時、石原慎太郎は都知事を辞めて国政選挙に出て参議院議員となり、<最後のご奉公>をするつもりではないか、と感じたことがあった。また、そうであれば、この政党は石原の知名度の助けもあってかなりの議席を取れるのではないか、とも予測した。
 石原慎太郎の議員立候補とはたぶん無関係に、櫻井よしこらをはじめ、<真の>保守政党に少なくとも自民党よりは近いらしいこの政党に期待する向きも(保守論客の中には)多かったようだが、選挙結果は芳しくなかった(なお、山田宏らの「創新党」は議席一つすら獲得できなかった)。
 今でも、石原慎太郎が今年の都知事選挙に結局は立候補するくらいならば、昨年の国政選挙に出てもらいたかったと思うのだが、このあたりの話題は雑誌・週刊紙類でほとんど読んだことがない。
 二 「たちあがれ日本」には、平沼赳夫の他に片山虎之助がいるようだ。
 この片山のウェブサイトによると、片山虎之助は、7/22に参議院予算委員会で次のように発言した。このサイト内の「メールマガジン」によると、最後の第五点は次のようだ。
 ⑤「首相の『脱原発依存』の記者会見は、まさか個人の意見表明ではなかった筈で、言いっ放しでなく、本当の政策転換につなげて行く努力が求められる。しかし、首相には法治国家や議院内閣制についての認識が乏しいような気がしてならない」。

 最後の指摘の根拠はこれだけでは必ずしもよく分からないが、第二次補正予算案の6割近く(復旧・復興予備費)についての、「使途を決めない、政府に白紙一任するような8千億円の予算は、国会軽視で問題だ」という指摘(②)は根拠の一つなのだろう。
 阿比留瑠比の産経7/31の文章によると、片山は「菅直人首相は法治国家や議院内閣制に正しい理解があるのかなと思う。自分だけで独裁者であったら、この国は回りませんよ」と述べたらしい。こちらの方が、上のメールマガジンの文章よりは臨場感がある。
 そして、阿比留も指摘しているように、菅直人の答弁が「従来の長い自民党のやり方は、ほとんどの決定を官僚任せにしてきたのを見てきたので…」というものだったとすると、まことに菅直人は「法治国家や議院内閣制」について何も理解していないように思える。
 ところで日本国憲法66条第三項には、こうある-「内閣は、行政権の行使について、国会に対し連帯して責任を負ふ」。
 この条項を現菅直人内閣はきちんと履行しているだろうか。今さら指摘するようなことでもないが、首相と経産大臣の意思疎通のなさ、後者の涙ぐみ答弁、「忍」との手文字等々は、内閣不一致も著しく、とても<連帯して>国会=国民の代表機関に対して責任を負っている、とは思えない。これだけでも十分に内閣不信任に値するとすら感じるが。
 三 菅直人は憲法を松下圭一から学んだとか書いたか発言したはずだ。岩波新書に「市民自治の憲法理論」等々を書いている「左翼」出版社お墨付きの学者・松下圭一は、しかし、憲法学者ではなく、政治学者。「憲法の専門家」がどの程度信頼できるかという問題はあるが、そもそも松下は憲法の専門家ですらないのだ。
 菅直人はまた国際政治を永井陽之助に学んだ、とかも書いているか発言したはずだ。
 松下圭一の名をとくに出すことも含めて、このような菅直人の学者名の列挙は、むしろ憲法・政治・国際政治等々に関する基礎的な学識のなさを窺わせる。なぜなら、これらをきちんと勉強していれば、それぞれの分野で一人ずつくらいの名前しか挙げられないはずはなく、首相たる者は、問われてあえて挙げるとすれば誰にするか、困るというほどでなければならないはずだ。そして、通常は、名指しできない人物に失礼にあたるので、影響を受けた学者の特定の氏名などを、首相が簡単に挙げたりはしないものだろう。
 しかるに、菅直人の<軽さ>=無知蒙昧さはここでも極まっている。社会系の学者の名を挙げて、理系出身の自分でもきちんと勉強して知っていますよ、と言いたいのかもしれないが、叙上のような特定の数人の専門書(らしきもの)しか読んだことはないのではなかろうか。そして、菅直人の脳内に蓄積されているのは、<市民活動>の中でてっとり早く読んできた、諸団体の機関紙類の断片的で煽動的な(学問性の乏しい)、かつ「自民党政治」を批判する目的のものを中心にした、論理や概念なのではなかろうか。
 鳩山由紀夫に続いて、菅直人もダメだ。ひどいレベルにある。「たらい回し」されるかもしれない民主党の三番目の人物ははたして大丈夫なのか?? 

1005/資料・資料-2011.06.01菅内閣不信任決議案理由全文。

 2011年6月1日
 自民党・公明党・たちあがれ日本共同提出/菅内閣不信任決議案提案理由全文

 「菅内閣は、国難のときにあって明確な指針を示せないまま迷走を続け、わが国の復興と再生に対して大きな障害となっている。
 とりわけ東日本大震災をめぐる対応については、初動の遅れを招いた判断、曖昧で場当たり的な指揮命令など、その迷走ぶりがさらなる混乱を招き、取り返しのつかない状況を生み出してきた。被災者や関係者への配慮を欠く発言、マニフェストにこだわりバラマキ政策を財源に充てようとしない姿勢、意志決定が複雑を極める対策本部の乱立、唐突な連立政権呼びかけなど、未熟で軽率な行動に寄せられる厳しい非難は、菅総理が政権を担当する資格と能力に著しく欠けている実態委を明確に示している。
 また、被災地の再生に道筋をつけようともせず、今国会の会期や二次補正予算の提出につき明言を避け続ける不誠実な対応は、危機感や現場感覚を持たず、震災よりも内閣の延命を優先する無責任極まりないものである。
 昨年の通常国会において、菅政権に対する内閣不信任決議案が提出された。それは、民意によらない「正当性なき内閣」、「不作為内閣」、国民の選択肢を奪う「政策隠し内閣」、政治とカネの問題に背を向ける「疑惑隠し内閣」、自覚に欠け努力を怠る「責任放棄内閣」、国民の期待にそむく「国民愚弄内閣」との理由からである。今日、その状況はますます悪化し、菅内閣は明らかに機能不全の様相を呈している。
 未曽有の災害を前に、われわれは危機克服と復旧に猶予がないものとして政府与党に協力し、菅内閣の継続を黙認してきたが、もはや容認することはできない。菅総理に指導者としての資質がない以上、難局にあたって、菅内閣とともに新たな政策体系を積み上げていくことは到底できないからである。国民の不安を払拭し、国家を挙げて被災地の復興と被災者の生活再建を実現していくためにも、菅総理は一刻も早く退陣すべきである。」

0980/自民党は「民族系・容共ナショナリズム」-中川八洋・民主党大不況(2010)から③。

 中川八洋・民主党大不況(清流出版、2010)p.300以下の適宜の紹介。逐一のコメントは省く。

 ・細川・村山「左翼」政権は二年半にすぎず、自民党が「保守への回帰」をしておけば「自由社会・日本」の正常路線に戻ることは可能だった。だが、自民党は村山「左翼」路線を継承し、「日本の左傾化・左翼化」は不可逆点を超えた。2009年8月の自民党転落(民主党政権誕生)は、自民党が主導した「日本国民の左傾化」による、同党を支える「保守基盤」の溶解による。「マスメディアの煽動や情報操作も大きい」が、橋本以降の自民党政権自体こそが決定的だった(p.300-1)
 ・自民党内の「真・保守政策研究会」(2007.12設立)には①~⑦〔前回のこの欄に紹介〕の知識がない。①の「マルクス・レーニン主義」すら「非マルクス用語に転換」しているので、知識がなければ見抜けず、民主党が「革命イデオロギーの革命政党」であることの認識すらない(p.312)。
 ・彼ら(同上)が理解できるのは、①外国人参政権、②人権保護法、③夫婦別姓がやっとで、1.①「男女共同参画社会」、②「少子化社会対策」、③「次世代育成」、④「子育て支援」が共産主義(「共産党」)用語であることを知らない。2.「貧困」・「派遣村」キャンペーンの自民党つぶしの「革命」運動性を理解できず、3.過剰なCO2削減規制が、日本の大企業つぶし・その「国有化」狙いであることも理解できず、4.「地方分権」が「日本解体・日本廃絶の革命運動」であることも理解できない(p.312-3)。

 ・彼ら、「民族系自民党議員」は正確には「容共ナショナリスト」で、チャーチル、レーガンらの「反共愛国者」・「保守主義者」とは「一五〇度ほど相違」する。自民党が英国のサッチャー保守党のごとき「真正の保守政党になる日は決してこない」。それは自民党ではなく「日本の悲劇」だ(p.313)。

 今回は以上。西部邁の言葉を借りれば、日本について「ほとんど絶望的になる」。

 中川八洋によれば、安倍晋三の「極左係数」は「98%」で(p.295)、明言はないが、平沼赳夫も「真正保守」ではなく「民族系」に分類されるはずだ。安倍晋三についての評価は厳しすぎるように感じるが、平沼赳夫の-そして「たちあがれ日本」の-主張・見解がけっこう<リベラル>で、<反共>が鮮明でないことを、最近に若干の文献を読んで感じてもいる。

 ナショナリズム(あるいは「ナショナル」なものの強調)だけでは「保守」とは言えない。反共産主義(=反コミュニズム)こそが「保守」主義の神髄であり、第一の基軸だ、という点では中川八洋に共感する。
 さらに、機会をみて、中川八洋の本の紹介等は、続ける。

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