秋月瑛二の「憂国」つぶやき日記

政治・社会・思想-反日本共産党・反共産主義

評論家・作家

0863/月刊正論5月号と週刊新潮4/15号(新潮社)から。

 〇潮匡人のコラムの後半(月刊正論5月号、p.51)をあらためて読んでいて、この人が言いたいのは、次のようなことなのだろうか、とふと思った。

 <兼子仁著は、新地方自治法によって国と自治体が「対等」になったとする、つまり地方自治体も国と同様に、かつ国と対等の「権力」団体になった。とすれば、外国人に「国政」参政権が認められないならば、国と「対等」の地方自治体についても、国の場合と同様に外国人参政権は認められないのではないか。>
 これは分かり易い議論・主張のようでもある。だが、かりに潮匡人の主張の趣旨がこのようなものであるとすれば、基本的なところで、やはり無理がある。

 第一に、地方公共団体が国と同様の「統治団体」(または「権力」行使ができる)団体・法人であること、広い意味では地方公共団体もまたわが国の<統治機構>・<国家機構>の一つであること、は戦後(正確には日本国憲法施行後または独立回復後)一貫して認められてきたことであり、2000年施行の改正地方自治法によってはじめてそうなったのではない。
 第二に、地方公共団体と国の「対等」性とは、基本的にそれぞれの行政機関は上下関係には立たないということを意味し、立法権能レベルでは国の法令は地方公共団体の条例に対して優位に立つので(憲法94条参照)、そのかぎりでは決して「対等」ではない。法律自体が「地方自治の本旨」に沿うように旨の注意書き規定が2000年施行の改正地方自治法で新設されたが、合憲であるかぎりは法律の方が条例よりも「上」位にあることは、改正地方自治法の前後を通じて変わりはしない。

 第三に、国と地方自治体(地方公共団体)の「対等」性が、それぞれの議会の議員等の選挙権者の範囲を同一にすべし、という結論につながるわけでは必ずしもない。法律のもとでの「対等」性、とりわけ法的にはそれぞれの行政機関間に上下の指揮監督関係はないということ、と議会議員(や地方自治体の長)の選挙権者の範囲の問題は直結していない。

 かりに潮匡人が上の第一、第二のことを知らないとすれば、幼稚すぎる。かりに日本の地方自治制度を岩波新書(兼子仁著)あたりだけで理解しているとすれば、あまりに勉強不足だろう。
 かりに潮匡人が上の第三のように考えているとすれば、単純素朴すぎる。結論はそれでよいかもしれないが、(いつか何人かの憲法学者の議論を紹介するが)外国人地方参政権付与に賛成している論者に反駁するには弱すぎる。議論はもう少しは複雑だと思われる。

 〇期待もした、長尾一紘「外国人参政権は『明らかに違憲』」(月刊正論5月号)はかなり不満だ。しばしば言及されてきた当人の文章なので読む前には興味を惹くところがあった。しかし、最初の方だけが憲法学者らしい文章で、あとは、政治評論家の如き文章になっている。つまり、憲法研究者としての分析・検討・叙述がほとんどない。最高裁平成7年2月28日判決への言及すらない。

 憲法学者ならばそれらしく、憲法学界での「外国人選挙権」問題についての学説分布などを紹介してほしかったものだ。民主党の政策を批判するくらいは、長尾でなくともできるだろう。1942年生まれで今年に68才。もはや<現役>ではないということだろうか(だが、現在なお中央大学教授のようだ)。

 〇週刊新潮(新潮社)はもっとも頻繁に購入する週刊誌。4/15号もそうだが、また、他の週刊誌についても同様だが、まず初めにすることは、広告および渡辺淳一の連載コラム等々で表裏ともに不要と考える部分を<ちぎって破り捨てる>こと。半分程度に薄くなり軽くなったものを(主要部分を読んだあとで)保存するようにしている。

 渡辺淳一のコラムをいっさい読まず<破り捨てる>対象にし始めたのは、渡辺の田母神俊雄問題に関するコメントがヒドかった号以来。したがって、一昨年秋以降ずっと、になる。この週刊誌を買っても、それ以降は渡辺の文章はまったく読んでいない。

 田母神俊雄論文を渡辺は、<日本は侵略戦争という悪いことをした>という<教条的左翼>の立場で罵倒していた。その際に<戦争を私は知っているが…>ということを書いていた。

 なるほど私と違って、戦時中の苦しさを実感として知っているのかもしれない。だが、1933年10月生まれで敗戦時にまだ11才の少年だった渡辺に、あの戦争の<本質>の何が分かる、というのだ。この人も、占領下の<日本は悪かった>史観の教育によって左巻に染められた、かつての「小国民」だったのだろう。

 〇渡辺淳一の2頁分のコラムに比べて、昨年あたりから始まった1頁に充たない、藤原正彦の文章(巻頭の写真付き連載の「管見妄語」)の、内容も含めての美しさ、見事さ、そして(とくに皮肉の)切れ味は、ほとんどの号において素晴らしい。
 渡辺淳一と、別の週刊誌にコラムを連載している宮崎哲弥と、週刊新潮・新潮社は交代させてほしい。

 〇4/15号の櫻井よしこ連載コラムは「朝鮮高校の授業料無償化は不当だ」。

 こんなまともな意見もあるのに、朝日新聞は仕方がないとしても、読売や毎日新聞の社説は問題視していない(朝鮮高校も対象とすることに賛成している)らしいのはいったい何故なのだろう。

 これまた、<ナショナルなもの>の忌避・否定、<日本(人)だけ>という排他的?考え方をもちたくない、という現代日本の<空気>的な心情・情緒に依っているのではないだろうか。

 社民党・福島瑞穂的な<反ナショナリズム>・<平等主義>には、じつは<ナショナルな>部分をしっかりと維持している点もある、という矛盾がある、ということをいつか書く(こんな予告が最近は多い)。

 〇週刊新潮の、並みの?用紙部分の最後にある高山正之の連載コラム「変見自在」は、ときに又はしばしば、こちらの前提的な知識の不足のために、深遠な?内容が理解不十分で終わってしまうときがある。いつかも書いた気がするが、関係参照文献の掲記(頁数等を含む)がないことと、字数の制約によることも大きいと思われる。

 4/15号の「不買の勧め」は朝日新聞批判で、これはかなり(又はほとんど)よく理解できた。

0785/屋山太郎と勝谷誠彦は信用できるか。櫻井よしこも奇妙。

 屋山太郎といえば産経新聞の「正論」欄にも登場する政治評論家だが、<保守>とか<左翼>とかの言葉を用いず、当面の総選挙において自民党を支持するか、それとも民主党を支持するか、というかたちでその立場を捉えた場合、自民党ではなく民主党を支持する者のようだ。
 やや古いが、週刊ダイヤモンド7/25号(ダイアモンド社)の櫻井よしこの連載コラムで桜井は計92行の文章のうち25行を屋山太郎の言葉の引用にあてている。すべてを載せると次のとおり。
 ①<…民主党事情に詳しい屋山太郎氏は、しかし、楽観的である。>
 「大胆に安全運転、これが政権奪取時の民主党の基本でしょう。外交・安保問題についても、従来の政策から大きくはずれることはないと思います。極論に走り、国民の信を失うような選択をするはずがないのです」。
 ②<屋山氏は、民主党と自公の最大の違いは外交・安保問題ではなく、国内政策に表れると予測する。>
 「自公政権は公務員制度改革を事実上葬りましたが、民主党は本気です。国家公務員33万人、ブロック局など地方に21万人。彼らの権益擁護のために政治が歪められ、国民の利益が失われてきました。改革の意味を理解できなかった麻生太郎首相の改革案は改悪です。麻生政権の終焉で同法案が廃案になるのは、むしろ、歓迎すべきです。民主党が真っ当な改革をするでしょう」。
 ③<屋山氏はさらに強調する。>
 「教育についても、民主党政権下で日教組路線が強まると心配する声があります。輿石東参議院議員会長が山梨日教組出身だから、そう思われるのでしょう。しかし、民主党の教育基本法改正案は自民党案よりまともでした。加えて、教育では首長の影響が非常に大きい。民主党政権イコール教育のねじ曲げではないと思います」。

 上の①・③で屋山は外交・安保問題や教育問題について、民主党政権になっても<心配はない>旨を語り、②では公務員制度改革では民主党の方が「本気」で、「真っ当な改革」をする、と言う。
 これらからすると、屋山は民主党候補に投票するするようだ。自民党から離れていることは公務員制度改革の議論・動向に関する彼の従来からの自民党批判に現れていたし、渡辺喜美の自民党離党の記者会見の席で渡辺とともに前に並んでいた。
 だが、<国のかたち>や国家・行政の基本と無関係だとは言わないが、「公務員制度改革」だけが政治・行政の課題ではない。<政党選択>は総合して判断する必要がある。長々と書く気はないが、「人権」擁護法、外国人地方参政権付与、夫婦別姓民法改正等々を民主党政権が促進又は制定させそうであることを考えても、また民主党の親北・親中国姿勢から見ても、自民党を丸ごと支持しないにしても、どちらかの選択を究極的に迫られれば自民党にならざるをえない、というのが「真っ当」で良識ある者の採るべき立場ではないか。
  櫻井よしこの叙述も奇妙ではある。全体の1/4以上を屋山太郎の言葉の引用で埋めながら、屋山の言葉をそのまま支持しているようではない。「民主党の政策は本当に見えてこない」(だから7/25号の時点では「マニフェストの発表を望む」となっている)とまとめているのだから、屋山太郎を実質的には批判している又は皮肉っているようにも読める。
 だが、櫻井よしこには民主党政権誕生阻止に向けて積極的に発言する気持ちはないようだ。 
 
同じ週刊ダイヤモンドの8/1号で、櫻井よしこは、小沢一郎の「金権」ぶりを松田賢弥・小沢一郎/虚飾の支配者(講談社)を使って批判してはいるが、冒頭で「8月30日の衆議院議員選挙で、民主党政権が誕生するだろう」とあっさり書いており、もはやそれを既定の方向と見なしている。民主党に投票するなという呼びかけや民主党擁護のマスコミ批判の言葉は全くない。  

 予想は当たることになるのかもしれないが、4週間も前の段階でこうまで諦めてしまうというのも、かなり奇妙なことだと思われる。 
 結果として<より左翼的な>民主党の大勝に寄与することにならないように、<より保守的な>人々には願いたいものだ。
  
 上で屋山太郎の不思議さ?に言及したが、少なくとももう一人、不思議で、訳の分からない人物がいる。勝谷誠彦だ。
 勝谷誠彦は「師匠」・花田紀凱の影響を受けている皇室問題を除いて<愛国・保守派>のようでもあるが、小沢一郎を支持・擁護し、兵庫・尼崎から立候補して民主党の推薦も受ける田中康夫(新党日本)を支持している。田中の傍らに立って、応援演説でもしそうなシーンがテレビに写っていた。
 奇妙奇天烈。新党日本・民主党の<防衛>政策と自民党のそれを比べて、
勝谷誠彦の<防衛>論は前者に近いと彼は考えているのだろうか。こんな人物の存在・発生も、日本の末期的症状の徴しなのかもしれない。

0618/公務員制度改革基本法の具体的実施への姿勢は総選挙の最大の争点か-屋山太郎。

 一 櫻井よしこ・いまこそ国益を問う(ダイヤモンド社、2008)の本文末尾p.318は、「追記」として208.06.06に公務員制度改革基本法が国会で成立したことを書き、この「基本法の成立に関して、私は福田政権に高い評価を与えたい」と述べる。この法律の骨子は櫻井によると、①「官僚主導から政治家主導政治への立て直し」、②「縦割りの各省人事の弊害の打破」、③「キャリア制度の廃止」で(p.313)、<過去官僚>たちが成立に抵抗した、という。
 この法律の成立と着実な実施に私も反対はしない。
 だが、この法律の具体的実施への姿勢は<政権選択>の唯一の判断基準ではないだろう。
 二 屋山太郎はまるで上のようなことを書いている。
 産経新聞11/11「正論」欄の屋山太郎の文章の見出しは「公務員改革に消極的な麻生政権」。中見出しだけ挙げると「政官癒着理解しない首相」・「民主党顔負けのバラ撒き」・「無知ゆえの消費税引き上げ」の三つ。消費税問題とも絡ませて、官僚制度の刷新・無責任解消、政官利権構造の絶滅をしないと「国民は増税話に耳を傾けるわけがない。麻生氏や与謝野氏にはその自覚が全くない」と締め括っている。
 ここではとくに総選挙との関係は書かれていないが、月刊諸君!12月号(文藝春秋、2008)の屋山「目標はただひとつ。官僚支配の打破」(p.58-59)は、<任せていいのか、小沢一郎に>という特集の中の一つの論稿であり、かつまた内容的に見ても自民党(麻生政権)を批判し、民主党・小沢一郎に期待するものになっている。小沢一郎には任せられないという結論の執筆者の方が多いだけに、<保守派>(のはず)の屋山の主張はおやっと思わせる。
 要約的・断片的紹介だが、屋山はいう。・「小沢氏の行動原理は一貫している。…目標は一つ。政権交代のできる政治状況を作ること」だ。
 ・小沢は「政府委員制度の廃止と副大臣、政務官設置」に固執し、実現させた。
 ・小沢は「先の国会では公務員制度改革基本法を民主党主導で成立させた」。この法律は「明治以来の官僚内閣制にとどめをさそうというもの」だ。
 ・「二大政党による政権交代、官僚内閣制からの脱却という目標に向って小沢氏はこの二十年間、一直線に歩いてきた」。
 ・小沢は、「とにもかくにも、官僚内閣制の打破、自民党打倒の旗のもとに勢力を結集することに成功している」。「一般国民」の「期待も高まっている」。
 ・「天下分け目のこの時節に」麻生首相は奇妙なことを言っている。「麻生氏の時代になって、突如、政治は後ろ向きになった。だからこそ麻生氏は人気が上がらず選挙を打つに打てなくなった」。
 このように、小沢一郎を批判する・疑問視する部分は一つもなく(むしろ褒めることだけをして)最後に麻生首相を批判するとあっては、近い?総選挙では自民党にではなく、小沢一郎・民主党に投票しよう、と主張しているに等しい。
 ちょっと待て、と言いたい。公務員制度改革基本法の具体的実施への姿勢は<政権選択>の唯一の判断基準なのか。
 屋山は「官僚内閣制」というやや抽象度の高い概念を用いているが、かりにその実態があり弊害があるとして(そのことを一般的に否定はしない)、小沢一郎政権によって本当にそれの打破は具体的に実現されるのか。今でも<過去官僚>たちは「人事局」設置等に反対し又はその権限に制限をかけようとしている。小沢・民主党政権ならば必ずできる、と言い切れるのか。
 さらにもともと、「官僚内閣制」なるものの打破は次期選挙の、唯一の(又は最大の)争点なのか。
 三 
・「バラ撒き」政策度は、農家への「所得補償」も含めて、民主党の方がよりヒドい。一方、消費税率上げの明言はないようだ。
 ・民主党の1998年の基本政策によると「社会のあらゆる分野で男女の固定した役割分担や差別、不平等な状態の解消を促す。多様な生き方を可能にする家族法の整備、女性のからだと健康、性と生殖に関する権利(リプロダクティブ・ヘルス/ライツ)の保障、性的ないやがらせや暴力を防止する諸施策、女性政策を強化するための総合的な立法措置などによって、男女共同参画社会を実現する」とある。これは多分に<(左翼)フェミニズム>の影響を受けている。こうした影響の受け方の程度は自民党よりも民主党の方が「ヒドい」だろう。

 ・上記基本政策によると、「定住外国人の地方参政権などを早期に実現する」ともある。
 
・民主党2007年マニフェストには、<人権擁護法案>の成立をめざす旨が、「内閣府の外局」として「中央人権委員会」を設置する等と書かれてある

 ・中国・北朝鮮に対する姿勢は、民主党の方が自民党よりも<甘い>のはよく知られているとおりだ。民主党のHPには、2007年12月の(民主党・中国共産党間の)日中「交流協議機構」第2回会議(北京)の胡錦涛・小沢を含む写真が大きく載っている(多数参加のため一人一人は小さいが)。 
 ・民主党の安全保障政策に不明なところ・問題なところのあることも周知のとおり。

 以上の他にもあるだろう。公務員制度改革基本法に対する姿勢が(かりに屋山の指摘のとおりだとしても)唯一の又は最大の争点となって総選挙が行われるべきだ、とはとても思えない。
 四 自民党を100%支持しているわけでは全くない。

 西尾幹二は月刊WiLL12月号(ワック)p.101で、自民党議員の「三分の一ぐらいは福島瑞穂と同じじゃないか」と書いている。加藤紘一・河野洋平・後藤田正純ら、民主党か社民党へ出ていけ、と言いたい者もいる(河野は今期で引退)。片山さつきも大臣をした猪口某女史も「保守主義」に関する知識はあっても「保守主義」者だとはとても思えない。だが、西尾は同頁で、「民主党に至っては九割が『福島瑞穂』化している」のではないか、とも書いている。1/3も9割も感覚的な数字だろうが、親コミュニズム・親「社会主義」(あるいは「容共」)の程度において、民主党の方が高い、つまり<より左翼>であることに間違いはないものと思われる。
 近時の防衛省(航空自衛隊)高官論文<事件>との関連でいえば、そもそもが、日本社会党委員長・村山富市が首相になり、客観的とは言い難い<自虐的>談話を発表したこと自体を問題にする必要がある。社会党を政権につかせたことの弊害が、現今にも(おそらく近い将来にも)禍根を残しているわけだ。その日本社会党の「血」を最も引いているのは社民党よりもむしろ民主党だ。
 民主党系活動家は国家・地方の公務員労組のかなりの部分を支配している。そのような公務員活動家が支持する政権が出来れば、その政権はかりに上級官僚には厳しい人事政策を採っても、一般公務員にはきっと<やさしい>政府になるだろう。
 また、日教組(部分的には日本共産党系・全教?)が支持する政党が政権を担えば、再び文科省・日教組は<癒着>し、日教組が教育行政に影響を与えそうだ。
 政党の数に限りがあるかぎり、いずれが<よりまし>か、で判断せざるを得ない。民主党が<最もまし>又は<よりマシ>とは思わない。
 また、民主党に一度やらせた方が<政党再編>が早まる、という議論があるかもしれないのだが、<政党再編>が今よりましな政党状況になる保障はないし、また<政党再編>の可能性がより高くなるという根拠も何もないのではないか。
 五 以上、屋山太郎には、もっと<大局>を見ていただきたい。岩波書店の月刊雑誌・世界12月号の表紙にはたしか、大きく「政権交代選挙へ」と書かれていた。誘導・煽動以外の何物でもないだろう。岩波や朝日新聞の主張どおりに日本が動くとロクなことはない、というのはほぼ確立した歴史的教訓なのだが…。
 なお、屋山は月刊WiLL12月号(ワック)にも似たようなことをやや穏便に書いていることに気付いたが、言及は省略する。

0463/「神道」とはそもそも何なのだろうか。

 神道に関心をもつのは、一つは、日本の伝統・歴史という場合、あるいは日本(人)の「愛国」心を考える場合に、神道(・神社)を避けて通るわけにはいかない、という潜在的な直感があるからだ。
 「直感」からすでに結論めいたことを紹介するのは<飛躍>してはいるが、すでに一部は読んだ形跡のあった井沢元彦・仏教・神道・儒教集中講座(徳間書店、2005)には、こんな文章がある。
 ・「神道」とは「日本古来の神様を、日本人のやり方で祀っていく宗教」だ(p.121)。
 ・キリスト教が欧州キリスト教国の政治行動の理由になったように、「日本人独自の信仰である神道も、日本人独自の政治制度や文化、あるいは歴史に大きな影響を与えて」いる(p.143)。
 ・「神道がわかれば日本史の謎が解ける」(p.162-一節の見出し)。
 ・「神道」は「やはり我々日本人の考え方の根本にあるもので」、「日本人の生き方にさまざまな影響を与えている」(p.163)。
 ・「理性や理屈では必ずしもそうだと言い切れないものをそうだと信じること」が「信仰」だと思うが、「その国の人間の信仰を知らなければ、その国の歴史はわからないはず」だ。日本は「自分たちの信仰をないがしろにしてき」たため、「アイデンティティがわからなくなってしまっている」(p.164)。
 ・「日本人のアイデンティティ」は、しかし、「明らかに存在」しており、それは「神道」だ(p.164)。
 ・「我々日本人は、実は神道の信徒」なのだ(p.165)。
 ・日本人が本当に「無宗教」だったら、何かの宗教(例、キリスト教)にたちまちに染まっても不思議ではないが、そうなっていないということは、「日本には実はキリスト教に対抗し得る強力な原理があった」ことを意味する。「神道こそがその原理だった」(p.165-6)。
 引用はこの程度にしておく。日本人に特有の思考方法・感受性等についての具体的言及は省略するが、たぶん井沢の言うとおりだろうという気がしている。イザヤ・ベンダサン(山本七平)はたしか「日本教」という概念を使って日本人独特の心理・考え方等を論じていたかに記憶するが、「日本教」とは「神道」に相当に類似したものの表現ではないだろうか。
 現在の神社本庁は神道それ自体についてどう説明しているか。神社本庁教学研究所監修・神道いろは(神社新報社、2004)によると、こうだ(p.14-15)。
 ・「神道の起源はとても古く、日本の風土や日本人の生活習慣に基づき、自然に生じた神観念」だ。
 ・「開祖」はいないし、聖書のような「教典」もない。但し、古事記・日本書紀・風土記等から「神道の在り方や神々のこと」は窺える。
 (なお、途中で挿むが、井沢・上掲書p.137は「神道の教典と考えてもいいのではないか、というもの」は「古事記」だ、と述べている。)
 ・仏教の伝来以降に「それまでの我が国独自の慣習や信仰が…『かむながらの道(神道)』として意識される」ようになった。
 ・特色の一つは「外来の他宗教に対する寛容さ」。(この点は、井沢・上掲書も指摘している。)
 ・神道は「自然との調和」を大切にする。「多くの神が森厳なる神社の境内の中にお鎮まりに」なっている。
 ・神道は「神々を敬い祖先を大切にする(敬神崇祖)」。
 (祖先崇拝を「儒教」と結びつける説明も別の論者又は文献によってなされていることがあるが、それは神道とも矛盾せず、むしろ神道の特色の一つなのだろう。もっともアジアの宗教(あるいは古来の東アジア人の精神)に共通する心性の可能性もある。)
 要約すると、以上の程度のことしか書かれていない(これは必ずしも批判ではない。単純素朴さ、簡明さは仏教とも異なる神道の特徴だと感じている)。
 一方また、「神社本庁」に関する次の説明も、神道の理解にとって参考になる(上掲の神道いろはp.44-45)。
 ・神社を国から分離するGHQの「神道指令」後、1946年2月3日に、「全国の神社と神社関係者を統合するための宗教法人神社本庁」が設立された。
 ・設立に際して、「教義が明確化された組織(神社教)の形態」を採らず、「各神社の独立性を尊重し全国の神社が独立の組織として連盟を結成する(神社連盟)を結成する」という考え方が基本とされた。
 ・従って、「他宗教にある統一的な教義といったもの」はない
 ・しかし、次の三項目を掲げる「敬神生活の綱領」を定めてはいる。①「神の恵みと祖先の恩に感謝し、明き清きまことを以て祭祀にいそしむこと」、②「世のため人のために奉仕し、神のみこともちとして世をつくり固め成すこと」、③「大御心(おおみこころ)をいだきてむつぎ和らぎ、国の隆盛と世界の共存共栄を祈ること」。
 以上。なるほどという感じもし、新鮮な感じもする。また、この程度の「綱領」を掲げる程度では、いく度か「神」が出てくるとしても、そして形式的には各神社や神社本庁は「宗教法人」だとしても、そもそも「宗教」といえるのだろうか、という基本的な疑問も湧いてくる
 さらに、いちおう神道も<宗教>だとして進めると、戦後は<無宗教>教育だったからこそ、「明き清きまこと」・「むつぎ和らぎ」といった心持ち、「世のため人のために奉仕し」といった公共心・他者愛心が教育されなかったのではないか、という気がしてくる(「国の隆盛世界の共存共栄(…を祈る)」のうちとくに前者(「愛国心」に直接につながる)は、公教育において殆ど無視されてきただろう)。
 よく指摘されている道徳観念・規範意識の欠如の増大傾向も<宗教教育>の欠如と無関係だとは思われない。ここでの<宗教教育>はやや大袈裟な表現で、<道徳教育>、さらには単純に<情操教育>と言い換えてもよいかもしれないが。
 今回の冒頭に「一つは」と記したが、もっと関心を持って書きたかったのは別の「一つ」にかかわる。回を改める。

0428/井上ひさし-デマゴーグの一人が司馬遼太郎記念行事に関与とは呆れる。

 岩波ブックレット憲法九条、未来をひらく(2005.11)の中の井上ひさしの文章の一部に以下がある。
 <藤原彰・飢死にした英霊たち(青木書店、2001)の中に、第二次大戦での「軍人・軍属の死者二三〇万のうち、約六割の一四〇万人が餓死」だったとの記述がある。「日本の兵隊さんも実は六割までが、闘わずして、食べ物がなくて死んでいった」のだと。/「こういう時代を正しいという人がいます。こういう時代に戻そうという人がいるのです。こういう時代が素晴らしい、これこそが日本なのだという方がいる。」>(p.54)
 藤原彰とは元一橋大学教授で高名なマルクス主義日本史学者だが(故人)、藤原の記述の正否を問題にしたいのではない。怒りすら覚え、またアホらしくも思うのは/(改行)以下の井上ひさしの言葉だ。
 井上ひさしは、2004-5年にしたらしいこの文章を含む講演で、<デマ宣伝>をしている井上ひさしは正真正銘の<(左翼)デマゴーグ>だ
 井上は、今年の故司馬遼太郎の「菜の花忌」シンポでも何かしゃべったらしい。再度書くが、井上のような(左翼)デマゴーグが自分を評価して(又はそのフリをして)何かしていると知れば、司馬遼太郎は嘆くだろう。
 「菜の花忌」シンポには当然に司馬遼太郎記念財団も関係している筈だが(ずばり主催者だったかも)、その財団の事務局長格は福田みどり(司馬=福田定一の妻、理事長)の実弟の上村洋行が務めている。上村洋行は司馬遼太郎記念館の館長でもある。
 大江健三郎はむろんだが、井上ひさしなどを協力者・支援者として故司馬遼太郎関係行事を催していけば、司馬遼太郎の名を結果として汚すことになるだろうことを上記財団関係者は知ってほしい。

0379/親日本共産党作家・井上ひさしと「個人の尊重」。

 樋口陽一・憲法第三版(創文社、2007)は、憲法のどこにも明文では書かれていないことだが、「日本国憲法の基本的諸原理」を「国民主権の原理」、「平和主義の原理」、「人権の原理」の三つにきれいに分けて説明している(p.109~p.165)。憲法の専門書としてはむしろ珍しいと思われるくらいで、こうした「三原理」で説明する本が高校以下の教科書の執筆者(大学の憲法学者も含む)には影響を与えているのだろう(余計ながら、「象徴」としての天皇制度の存置は日本国憲法の「基本的諸原理」の一つではないのだろうか。専門家に尋ねてみたい)。
 ところで、今年1/12のこの欄でこう書いた-「私自身の記憶のみに頼れば、憲法学者の樋口陽一は日本国憲法上の「個人の尊重」規定を重視し(参照、第13条第一文「すべて国民は、個人として尊重される。」)、樋口と対談したことのある井上ひさし
は、<個人の尊重>または<個人の尊厳の保障>が最も大切または最も基本的なこととして印象に残った旨を何かの本に記していた」。
 この「何かの本」は、不破哲三=井上ひさし・新日本共産党宣言(光文社、1999)だった。
 この本のp.103-4で井上はこう書いている。
 高校同級生の樋口陽一から聞いた「忘れられない言葉」は次だ。…「日本国憲法のアイデンティテイ」は「一般的説明ではその三本柱(主権在民、人権尊重、平和主義)というのが正しい」が、「この三つを束ねる”遡った価値”」は「個人の尊重」だ。「条文でいうと、第一三条」。「国民主権という原理も一人ひとりの個人の生き方を大事にするということが原点でなければならない」。
 この内容は、未読だが、樋口=井上・日本国憲法を読む(講談社)によるらしい。
 上の「個人の尊重」の強調、それを憲法上最大・究極の理念だとすることに、一見問題はないかにも見える。しかし、はたしてそうだろうか。むろん、言葉としては、「一人ひとりの個人の生き方を大事にするということ」に反論し難いのだが、かかる主張の行き着くところをさらに見据えなければならないだろう。とくに憲法学者が強調する「個人主義」、そして<戦後民主主義>のもとで空気の如く蔓延している「個人主義」には胡散臭さを感じているからだ。
 この点は別の回で書こう。
 ところで(と二回目の「ところで」を使うが)、不破=井上ひさしの上の本は、微笑み合いながら並んで立つ二人の写真から始まっている。そして、「わたしにとってかけがえのない大切な一票を日本共産党に投じる」(p.101)井上ひさしが、一生懸命に日本共産党の主張・政策を勉強し?、関連する諸問題も日本共産党の主張・考え方に添って論じる、という、井上の勉強成果報告書の趣がある。
 井上は占領時の現憲法制定過程にも言及していて、鈴木安蔵らの憲法研究会の新憲法案のことも知っており、「民間憲法」がマッカーサー憲法を「先取り」していた等と述べて、「押しつけられた」憲法論を批判又は揶揄してもいる(p.191)。
 マルキスト(又は少なくとも親マルクス主義者)・鈴木安蔵らの憲法研究会の新憲法案およびこれに焦点をあてた小西豊治・憲法「押しつけ」論の幻(講談社現代新書)にはこのブログで以前とり上げたので、ここではもはや触れない。
 強調しておきたいのは、井上ひさしとはただの作家・小説家・戯曲家ではない、じつは日本共産党員であるかもしれないと思ってしまうほどの<左翼イデオローグ>だ、<左翼>活動家だ、ということだ。仔細をいちいち書かないが、不破哲三に迎合しつつ?あれこれと発言・主張している上の本を読むだけでもわかる(この本が当然に日本共産党を<宣伝する>本になっていることは言うまでもない)。
 しかるに井上は、作家等の肩書きを利用して、公正さを装った?文化人として発言しているようであり、司馬遼太郎の菜の花忌という追悼会のパネラーになったりしている。
 ひょっとして昭和・戦前に対する想いでは司馬と井上に共通するところがあるのかもしれないが、司馬遼太郎の基本的作風・基本的考え方の<継承者>のごとく振る舞われると、彼界の司馬遼太郎にとっても大迷惑だろう。司馬遼太郎の<遺産>をいわゆる<保守派>に占領されないために、井上は司馬遼太郎(又は同記念館)関係の行事等に<政策的に>関与しているのではないか、とも勘ぐってしまう。
 日本共産党系作家・文化人の活動には警戒要。大きな顔をしての跋扈を許してはならない。
 追記-最近は佐伯啓思・イデオロギー/脱イデオロギー(岩波、1995)と佐伯啓思・現代日本のイデオロギー(講談社、1998)の未読の部分を読むことが多かった。まだ、いずれも読了していない。
 1/24の夜に、赤木智弘・若者を見殺しにする国(双風舎、2007)を入手し、一気にp.117-p.286(第三~第五章)を読んだ。面白い。これとの関係で、1/25は堀井憲一郎・若者殺しの時代(講談社現代新書、2006)の一部を読んだ。
  阪本昌成の本(法の支配(勁草))の読書は、遅れている。

0350/大江健三郎-「不誠実」・「破綻した論理」。

 以下、月刊Will1月号(ワック)の藤岡信勝の文章(「完全に破綻した大江健三郎の論理」)p.103による。
 故赤松大尉の弟(原告の一人)は大江の文章を知ってどう思ったかとの質問に、こう答えた。
 「大江さんは直接取材したこともなく、渡嘉敷島に行ったこともない。それなのに兄の心の中に入り込んだ記述をしていた。人の心に立ち入って、まるではらわたを火の棒でかき回すようだと憤りを感じた」。(太字は引用者)
 続けて藤岡は書く。
 「私はこの時、被告側の弁護士たちの後ろに座っていた大江氏の表情の変化を観察した。大江氏は微動だにせず、全く表情を変えなかった」。
 以上。
 こうした文章-同誌上の原告代理人弁護士の文章もそうだが-にはちゃんと大江「氏」と付けている。こうした最低限の人間・人格に対する<礼儀>も、大江は、沖縄の離島での<集団自決命令軍人>(と思い込んだ人間)に対して無視しているのだ。
 肉親の上のような言葉・裁判所での「証言」を<微動だにせず、全く表情を変え>ずに聴ける大江健三郎の神経というのは、精神医学、神経病理の興味深い対象になるのではないか。作家=創作者=創造者=捏造者には、もともと<夢かうつつ(現)か>の区別がつかなくなる性向、精神状態の(従って<正常>・<健常>者から観ると、多分にアブ・ノーマルな)者が多いとは思ってはいるが。
 同誌p.109以下には大江健三郎の証言内容が記載されていて参考資料として役立つが、「ポイントを選んで」の再現のようで、隔靴掻痒の感もある。細かい活字でよいから、どこか(の本、出版社)で、全文を登載して広く一般に読める記録にしていただきたい。
 同誌上の原告代理人弁護士・松本藤一の文章(「大江健三郎氏と岩波書店は不誠実だ」)p.99によれば、柳美里・名誉毀損訴訟の際に大江健三郎は次の文を含む陳述書を裁判所に提出したという。-「不愉快にさせたなら、書き直すべきであり、それで傷つき苦しめられる人間を作らず、そのかわりに文学的幸福をあじわう多くの読者とあなた自身を確保されることを心から期待します」。
 今回の、いや70年代以降ずっとの大江の沖縄ノートに対する態度は、松本も指摘のとおり上の大江自身の言葉と<矛盾>している。
 矛盾していないとすれば、<日本軍国主義>を担った軍人たち、<戦後民主主義の敵>、教科書問題等での(大江にとっての)<右派>の者たちは、批判・罵倒して「不愉快にさせ」てもよいし、「傷つき苦しめ」ても構わない、と大江健三郎が確固として<信じて>いる場合、または無意識的にそう<思い込んでいる>場合(この場合は、「不愉快にさせ」ている、「傷つき苦しめ」ているという自覚もない)だろう。
 大江健三郎、岩波書店、これらの欺瞞ぶりと正体を多くの心ある国民は知るべきだ。ついでに、大江健三郎のコラムや彼の動向に関する記事をしょっちゅう載せている朝日新聞についても。
 

0348/大江健三郎は「非常識で不誠実、一片の良心も感じとれない」。

 産経のウェブ上で読める記事だが…。
 産経11/21の「正論」欄で秦郁彦は書く。11/09の大阪地裁での大江健三郎(被告)証言について。
 「…と言い張ったときには、国語の通じない『異界』の人から説話されている気がした」。「これほど非常識で不誠実、一片の良心も感じとれない長広舌に接した経験は私にはない」。
 秦郁彦のまっとうな感覚を信頼したい。
 1970年代半ば以降も岩波新書「沖縄ノート」を(訂正することなく)出版し続けたことについて、大江健三郎と岩波書店には、他の著者や出版社とは異なるのだ、というような傲慢さがあったのではなかろうか。むろん、<良心>は欠如している。
 たんに事実認識に誤りがあると見られるだけでなく(むろんこれだけで名誉毀損→不法行為となるが)、心理内容の<創作>=<想像>=<捏造>によって、<輪をかけた>名誉毀損となっていることは既に紹介のとおり。
 ノーベル賞作家・大江健三郎は日本の誇りでも何でもない。むしろ、こんな同朋・先輩が日本にいることを恥ずかしく感じる必要がある。この人物が<九条を考える会>の代表的な呼びかけ人であることも、この会を実務的に支えているのは岩波書店と見られることとともに、想起されてよい。

0337/60年安保闘争-長部日出雄の何気ない贅言は適切か。

 長部日出雄という作家が、邦画の昭和史(新潮新書、2007.07)p.33-34でいう。
 60年安保闘争については「否定論」が「圧倒的に多いだろう」が、自分は、<あの…未曾有の大衆行動の広がりと高まりが、…憲法改正と本格的な再軍備を…無理だ、という判断を日米双方の政府に固めさせ、…ベトナム戦争にわが国が直接的に介入するのを防ぎ止めた>と考える、と。
 歴史学者・政治学者ではないその意味で非専門的な「文化人」らしき者が簡単にこう書いてしまっているところにも、<戦後(民主主義)思想>の広がりと影響力を感じる。
 1.何をもって、「否定論」と<肯定論>とを分けるのか。安保改定を許したという点では、否定も肯定もなく、60年安保(改定阻止)闘争は<敗北>だったのだ。
 2.敗北でありながら<よく頑張った>というのは立花隆にも共通している。
 そして、60年安保闘争の「広がりと高まり」が自民党・政府に憲法改正を諦めさせ、経済成長・低姿勢路線を歩ませたのだとすれば、それは日本にとって歴史的に大きな厄災だった。60年代に憲法改正、正確には九条改正・自衛軍保持明記がなされていれば、今日になお問題を残すことはなかった。
 60年安保闘争の指導者たち、理論的支援者たちは、その後に日本社会党等の改憲反対勢力が国会で1/3以上の議席を占め続け、自主憲法の制定(占領体制からの基本的脱却)ができなかったことについて、歴史的に大きな責任を負うべきだ。当時の「全学連」の指導者たち(西部邁、唐牛某ら)、煽った知識人たち(清水幾太郎、丸山真男ら)も当然に入ってくる。
 (なお、当時の自由民主党幹部にも大きな責任がある。)
 長部はp.47で<あの頃、学生たちをデモに向かわせたのは、左翼思想だけでなく、戦争反対の強い危機意識だった>とも書く。
 <左翼>イデオロギーにやられている人がここにもいる。60年安保闘争の中核にいたのは、<左翼>=マルクス主義者=ソ連等社会主義国支持者=日本を社会主義国にしたい者たち、だったのだ。
 1934年生の長部もデモに参加したのだろうか。過去の自分の行動を美化・正当化したい気持ちがあるのだろう。だが、上に紹介のような認識は誤っている。左翼的=反戦平和=良きこと、というような「戦後思想」にズブズブに浸っている。

0285/日本共産党員作家・野間宏のスターリンを讃える詩。

 加賀乙彦・悪魔のささやき(集英社新書、2006.08)p.66-67によれば、野間宏は、1953年のスターリンの死の翌年、詩集・スターリン讃歌に「讃者」の一人として、つぎの詩を載せた。が、のちの彼の「全集」には収録しなかった、という。
 「
同志よ!/つきすすむ 大きなスターリンの星にみちびかれて/夕空に色をかえる雲のように
 私は数知れぬ たたかう星のなかで/かがやく自分の色をかえた。
」(/は改行)
  この頃は主権回復=再独立の翌年・翌々年で、日本共産党の一派は武装闘争を行っていた。スタ-リン批判はこののちの、1956年だ。
 野間宏(1915-1991)は1946年に「入党」したとみられる。1946年「暗い絵」、1952年「真空地帯」、1960-61年「わが塔はそこに立つ」。そして、1964年に党を除名される。
 共産党員だった時期の小説の、映画化もされた「真空地帯」がどのような<立場>からの作品かわかろうというものだ。
 「わが塔はそこに立つ」の塔は冗談ぽく言えば「党」ではなく、これは高校=三高時代の自伝的作品とされる。長篇だ。そして「塔」とは、三高の東南方向の丘陵地上にあった
真如堂という寺院の三重の塔を意味しているらしい(未読)。
 
なお、1950年代前半の学生運動に関する小説に、高橋和巳「憂鬱なる党派」(1965)がある。
 この頃に私は生まれていたが、むろん野間宏もスターリンも「知る」年齢ではまるでなかった。
ギャラリー
  • 1181/ベルリン・シュタージ博物館。
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  • 1180/プラハ市民は日本共産党のようにレーニンとスターリンを区別しているか。
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  • 0840/有権者と朝日新聞が中川昭一を「殺し」、石川知裕を…。
  • 0801/鳩山由紀夫は祖父やクーデカホフ・カレルギーの如く「左の」全体主義とも闘うのか。
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  • 0800/朝日新聞社説の「東京裁判」観と日本会議国際広報委員会編・再審「南京大虐殺」(明成社、2000)。
  • 0799/民主党・鳩山由紀夫、社民党・福島瑞穂は<アメリカの核の傘>の現実を直視しているか。
  • 0794/月刊正論9月号の長谷川三千子による朝日新聞、竹本忠雄による「厄災としてのフランス革命」論。
  • 0790/小林よしのり・世論という悪夢(小学館101新書、2009.08)を一部読んで。
  • 0785/屋山太郎と勝谷誠彦は信用できるか。櫻井よしこも奇妙。
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