秋月瑛二の「憂国」つぶやき日記

政治・社会・思想-反日本共産党・反共産主義

憲法学界

1327/憲法学者のあり方を大石眞(京都大学)が読売で語っていた。

 かなり遅いが、昨年・2015年8月2日付読売新聞で、大石真(京都大学)は、憲法(九条を含む)解釈の変更はありうること、「憲法学者は、政権へのスタンスでものを言ってはいけない」こと等を以下のように語っていた。
 森英樹・浦田一郎等々の日本共産党員憲法学者に直接の影響はかりに受けなくとも、かつての指導教授や同窓学者たち、現在所属機関の先輩・同僚、あるいはその大学・学部自体の意見や雰囲気等に影響されて自分自身の学問・研究の「自由」を失っているような得体の知れない憲法学者が多い中で、まともな憲法学者もいるものだ。
 以下に述べられていることにほぼ異論はない。後世の学界と日本のためにも、記録し記憶しておく必要があるだろう。
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 ――安全保障関連法案の国会論戦では、「合憲か違憲か」がいまだに議論の中心だ。
 中身の議論が深まっていないのは残念だ。野党は法案の印象ばかりを批判している。「戦争法案」というネーミングはデマゴギー(民衆扇動)で、国民の代表である国会議員が使うべき言葉ではない。野党代表が、世論調査を基に「国民の多くが憲法違反だと感じている」と訴えるのも違和感がある。国会議員が自ら判断を放棄しているようなものだからだ。
 政府が既存の法律10本の改正案を平和安全法制整備法案として束ねたのも、議論を分かりにくくしている。一括法案を否定するわけではないが、切り分ければ、野党が反対しない部分もあっただろう。政府は丁寧に切り分けて説明しないといけない。安倍首相のヤジは品性にかかわる。控えてほしい。
 ――憲法9条と安保法制の関係をどう考えるか。
 憲法が作られた時、集団的自衛権を行使する事態なんて、誰も予想していなかったはずだ。人定法は、過去の事象に対する判断や評価から、条文ができている。想定していなかった事態に対し、憲法をつくった人がどう考えていたかを想像するなんておかしい。改正手続きが定められているのは、「憲法がすべてお見通し」ではないからだ。
 もちろん、憲法が侵略的な武力行使の放棄を定めているのは疑いようがない。憲法解釈も安定している方が望ましい。しかし、国際情勢は絶えず動いている。安全保障政策は、国際情勢を考慮して、解釈変更の余地を残し、憲法の規範と整合性を取っていくべきだろう。
 例えば、ヘイトスピーチを取り締まるためにも、憲法解釈の変更が必要だ。今の解釈では、憲法21条の「集会、結社、表現の自由」が尊重され、取り締まることができない。だから、日本は、ヘイトスピーチを規制する法整備を求めた国連の人種差別撤廃条約の第4条を留保している。9条の解釈変更に反対する人たちは、ヘイトスピーチを取り締まるための解釈変更にも反対するのだろうか。憲法解釈は、政策的な要素に左右され得ることを認めた方がいい。
 野党は憲法解釈変更を「立憲主義を覆す」と批判しているが、そもそも憲法の役割は、正しい形で政治家に権力を与えることだ。「権力を抑制しなければならない」という主張は、政治家には存在価値がない、と自ら言っているようなものだ。国民が選挙で投票するのも、権力を作り、議院内閣制を確立するためなのだから、立憲主義の議論は不毛だ。
  〔見出し〕 野党の「立憲主義」議論 不毛
 ――衆院憲法審査会での違憲論争をきっかけに、憲法学者が注目を浴びるようになった。
 我々憲法学者は、政権へのスタンスでものを言ってはいけない。そこを誤れば、学者や研究者の範囲を踏み外してしまう。時代とともに変わる規範を、きちんと現実の出来事にあてはめることが責任ある解釈者の姿勢だと思う。内閣や国会の法制局はそうした役割を担っている。最高裁も、法文を大事にしながら、起きた出来事にいかに妥当な解決策を見いだすかに腐心している。憲法学者にも、そういう姿勢が求められるのではないか。
 (聞き手 橋本潤也)
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 以上 

1317/資料・史料-2015.06.05安保関連法案反対憲法研究者声明。

 日本の歴史の特定一時期における「憲法研究者」なるものの異常な実態を記録にとどめておく必要がある。
 なお、「法案の内容が憲法9条その他に反する〕と言いつつ、法案における「憲法9条違反の疑いがとりわけ強い主要な3点について示す」という表現を使って縷々述べていることは興味深い。
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 安保関連法案に反対し、そのすみやかな廃案を求める憲法研究者の声明
   2015.06.05

 安倍晋三内閣は、2015年5月14日、多くの人々の反対の声を押し切って、自衛隊法など既存10法を一括して改正する「平和安全法制整備法案」と新設の「国際平和支援法案」を閣議決定し、15日に国会に提出した。
 この二つの法案は、これまで政府が憲法9条の下では違憲としてきた集団的自衛権の行使を可能とし、米国などの軍隊による様々な場合での武力行使に、自衛隊が地理的限定なく緊密に協力するなど、憲法9条が定めた戦争放棄・戦力不保持・交戦権否認の体制を根底からくつがえすものである。巷間でこれが「戦争法案」と呼ばれていることには、十分な根拠がある。
 私たち憲法研究者は、以下の理由から、現在、国会で審議が進められているこの法案に反対し、そのすみやかな廃案を求めるものである。
 1.法案策定までの手続が立憲主義、国民主権、議会制民主主義に反すること
 昨年7月1日の閣議決定は、「集団的自衛権の行使は憲法違反」という60年以上にわたって積み重ねられてきた政府解釈を、国会での審議にもかけずに、また国民的議論にも付さずに、一内閣の判断でくつがえしてしまう暴挙であった。日米両政府は、本年4月27日に、現行安保条約の枠組みさえも超える「グローバルな日米同盟」をうたうものへと「日米防衛協力のための指針」(ガイドライン)を改定し、さらに4月29日には、安倍首相が、米国上下両院議員の前での演説の中で、法案の「この夏までの成立」に言及した。こうした一連の政治手法は、国民主権を踏みにじり、「国権の最高機関」たる国会の審議をないがしろにするものであり、憲法に基づく政治、立憲主義の意義をわきまえないものと言わざるを得ない。
 2.法案の内容が憲法9条その他に反すること 以下では、法案における憲法9条違反の疑いがとりわけ強い主要な3点について示す。
 (1)歯止めのない「存立危機事態」における集団的自衛権行使
 自衛隊法と武力攻撃事態法の改正は、「存立危機事態」において自衛隊による武力の行使を規定するが、そのなかでの「我が国と密接な関係にある他国」、「存立危機武力攻撃」、この攻撃を「排除するために必要な自衛隊が実施する武力の行使」などの概念は極めて漠然としておりその範囲は不明確である。この点は、従来の「自衛権発動の3要件」と比較すると明白である。法案における「存立危機事態」対処は、歯止めのない集団的自衛権行使につながりかねず、憲法9条に反するものである。
その際の対処措置を、国だけでなく地方公共団体や指定公共機関にも行わせることも重大な問題をはらんでいる。
 (2)地球のどこででも米軍等に対し「後方支援」で一体的に戦争協力
 重要影響事態法案における「後方支援活動」と国際平和支援法案における「協力支援活動」は、いずれも他国軍隊に対する自衛隊の支援活動であるが、これらは、活動領域について地理的な限定がなく、「現に戦闘行為が行われている現場」以外のどこでも行われ、従来の周辺事態法やテロ特措法、イラク特措法などでは禁じられていた「弾薬の提供」も可能にするなど、自衛隊が戦闘現場近くで外国の軍隊に緊密に協力して支援活動を行うことが想定されている。これは、もはや「外国の武力行使とは一体化しない」といういわゆる「一体化」論がおよそ成立しないことを意味するものであり、そこでの自衛隊の支援活動は「武力の行使」に該当し憲法9条1項に違反する。このような違憲かつ危険な活動に自衛隊を送り出すことは、政治の責任の放棄のそしりを免れない。
国際平和支援法案の支援活動は、与党協議の結果、「例外なき国会事前承認」が求められることとなったが、その歯止めとしての実効性は、国会での審議期間の短さなどから大いに疑問である。また、重要影響事態法案は、「日本の平和と安全に重要な影響を与える事態」というきわめてあいまいな要件で国連決議等の有無に関わりなく米軍等への支援活動が可能となることから国際法上違法な武力行使に加担する危険性をはらみ、かつ国会による事後承認も許されるという点で大きな問題がある。
 (3)「武器等防護」で平時から米軍等と「同盟軍」的関係を構築
 自衛隊法改正案は、「自衛隊と連携して我が国の防衛に資する活動に現に従事している」米軍等の武器等防護のために自衛隊に武器の使用を認める規定を盛り込んでいるが、こうした規定は、自衛隊が米軍等と警戒監視活動や軍事演習などで平時から事実上の「同盟軍」的な行動をとることを想定していると言わざるを得ない。このような活動は、周辺諸国との軍事的緊張を高め、偶発的な武力紛争を誘発しかねず、武力の行使にまでエスカレートする危険をはらむものである。そこでの武器の使用を現場の判断に任せることもまた、政治の責任の放棄といわざるをえない。
領域をめぐる紛争や海洋の安全の確保は、本来平和的な外交交渉や警察的活動で対応すべきものである。それこそが、憲法9条の平和主義の志向と合致するものである。
 以上のような憲法上多くの問題点をはらむ安保関連法案を、国会はすみやかに廃案にするべきである。政府は、この法案の前提となっている昨年7月1日の閣議決定と、日米ガイドラインをただちに撤回すべきである。そして、憲法に基づく政治を担う国家機関としての最低限の責務として、国会にはこのような重大な問題をはらむ法案の拙速な審議と採決を断じて行わぬよう求める。
 2015年6月3日

 呼びかけ人
 愛敬浩二(名古屋大学大学院法学研究科教授) 青井未帆(学習院大学大学院法務研究科教授) 麻生多聞(鳴門教育大学大学院学校教育研究科准教授) 飯島滋明(名古屋学院大学准教授) *石川裕一郎(聖学院大学教授) 石村修(専修大学教授) 植野妙実子(中央大学教授) 植松健一(立命館大学教授) 浦田一郎(明治大学教授) 大久保史郎(立命館大学名誉教授) 大津浩(成城大学教授) 奥野恒久(龍谷大学教授) *小沢隆一(東京慈恵医科大学教授) 上脇博之(神戸学院大学教授) 河上暁弘(広島市立大学平和研究所准教授) 君島東彦(立命館大学教授) 清末愛砂(室蘭工業大学准教授) 小林武(沖縄大学客員教授) 小松浩(立命館大学教授) 小山剛(慶應大学教授) 斉藤小百合(恵泉女学園大学) *清水雅彦(日本体育大学教授) 隅野隆徳(専修大学名誉教授) 高良鉄美(琉球大学教授) 只野雅人(一橋大学教授) 常岡(乗本)せつ子(フェリス女学院大学) *徳永貴志(和光大学准教授) 仲地博(沖縄大学教授) 長峯信彦(愛知大学法学部教授) *永山茂樹(東海大学教授) 西原博史(早稲田大学教授) 水島朝穂(早稲田大学教授) 三宅裕一郎(三重短期大学教授) 本秀紀(名古屋大学教授) 森英樹(名古屋大学名誉教授) 山内敏弘(一橋大学名誉教授) 和田進(神戸大学名誉教授) 渡辺治(一橋大学名誉教授) 以上38名  *は事務局
 賛同人
 鮎京正訓(名古屋大学名誉教授)  青木宏治(関東学院大学法科大学院教授)  青野篤(大分大学経済学部准教授) 赤坂正浩(立教大学法学部教授) 穐山守夫(明治大学)  阿久戸光晴(聖学院大学教授)  浅川千尋(天理大学人間学部教授)  浅野宜之(関西大学政策創造学部教授)  足立英郎(大阪電気通信大学教授)  阿部純子(宮崎産業経営大学准教授)  新井信之(香川大学教授) 淡路智典(東北文化学園大学講師)  飯尾滋明(松山東雲短期大学教授) 飯野賢一 (愛知学院大学法学部教授)  井口秀作(愛媛大学法文学部総合政策学科) 池田哲之(鹿児島女子短期大学教授) 池端忠司(神奈川大学法学部教授)  石川多加子(金沢大学) 石埼学(龍谷大学)  石塚迅(山梨大学)  石村善治(福岡大学名誉教授) 井田洋子(長崎大学)  市川正人(立命館大学教授) 伊藤雅康(札幌学院大学教授)  稲正樹(国際基督教大学客員教授)  稲葉実香(金沢大学法務研究科) 猪股弘貴(明治大学教授) 井端正幸(沖縄国際大学教授)  今関源成(早稲田大学法学部教授)  岩井和由(鳥取短期大学教授)  岩本一郎(北星学園大学経済学部教授)  植木淳(北九州市立大学) 上田勝美(龍谷大学名誉教授)  植村勝慶(國學院大学法学部教授)  右崎正博(獨協大学教授)  浦田賢治(早稲田大学名誉教授) 浦部法穂(神戸大学名誉教授) 江藤英樹(明治大学准教授)  榎澤幸広(名古屋学院大学准教授) 榎透(専修大学教授)  榎本弘行(東京農工大学教員)  江原勝行(岩手大学准教授)  蛯原健介(明治学院大学教授) 遠藤美奈(早稲田大学教授)  大内憲昭(関東学院大学国際文化学部)  大河内美紀(名古屋大学大学院法学研究科教授)  大田肇(津山工業高等専門学校教授)  大野拓哉(弘前学院大学社会福祉学部教授) 大野友也(鹿児島大学准教授)  大藤紀子(獨協大学) 小笠原正(環太平洋大学名誉教授)  岡田健一郎(高知大学准教授) 岡田信弘(北海道大学特任教授)  緒方章宏(日本体育大学名誉教授)  岡本篤尚(神戸学院大学法学部教授)  岡本寛(島根県立大学講師)  奥田喜道(跡見学園女子大学助教)  小栗実(鹿児島大学法科大学院教員)  押久保倫夫(東海大学)  片山等(国士舘大学法学部教授) 加藤一彦(東京経済大学教授)  金井光生(福島大学行政政策学類准教授)  金子勝(立正大学名誉教授)  柏﨑敏義(東京理科大学教授) 彼谷環(富山国際大学) 河合正雄(弘前大学講師)  川内劦(広島修道大学教授)  川岸令和(早稲田大学)  川崎和代(大阪夕陽丘学園短期大学教授)  川畑博昭(愛知県立大学准教授)  菊地洋(岩手大学准教授)  北川善英(横浜国立大学名誉教授)  木下智史(関西大学教授)  清田雄治(愛知教育大学教育学部地域社会システム講座教授)  久保田穣(東京農工大学名誉教授)  倉田原志(立命館大教授) 倉田玲(立命館大学法学部教授)  倉持孝司(南山大学教授)  小竹聡(拓殖大学教授) 後藤光男(早稲田大学) 木幡洋子(愛知県立大学名誉教授)  小林直樹(姫路獨協大学法学部) 小林直三(高知県立大学文化学部教授)  小原清信(久留米大学)  近藤敦(名城大学)  今野健一(山形大学)  齋藤和夫(明星大学)  斉藤一久(東京学芸大学) 齊藤芳浩(西南学院大学教授) 榊原秀訓(南山大学教授) 阪口正二郎(一橋大学大学院法学研究科教授) 佐々木弘通(東北大学) 笹沼弘志(静岡大学教授)  佐藤修一郞(東洋大学)佐藤信行(中央大学)  佐藤潤一(大阪産業大学教養部教授)  澤野義一(大阪経済法科大学教授) 志田陽子(武蔵野美術大学造形学部教授)  實原隆志(長崎県立大学准教授)  嶋崎健太郎(青山学院大学教授)  神陽子(九州国際大学)  菅原真(南山大学法学部)  杉原泰雄(一橋大学名誉教授) 鈴木眞澄(龍谷大学教授) 鈴田渉(憲法学者) 妹尾克敏(松山大学法学部教授) 芹沢斉(憲法研究者) 高佐智美(青山学院大学) 高作正博(関西大学法学部)  高橋利安(広島修道大学教授) 高橋洋(愛知学院大学教授)  高橋雅人(拓殖大学准教授) 高良沙哉(沖縄大学人文学部准教授)  瀧澤信彦(北九州市立大学名誉教授)  竹内俊子(広島修道大学教授) 武川眞固(南山大学)  武永淳(滋賀大学准教授) 竹森正孝(岐阜大学名誉教授)  田島泰彦(上智大学教授)  多田一路(立命館大学教授) 建石真公子(法政大学教授) 館田晶子(北海学園大学法学部)  玉蟲由樹(日本大学教授)  田村理(専修大学法学部教授) 千國亮介(岩手県立大学講師) 長利一(東邦大学教授) 塚田哲之(神戸学院大学教授)  寺川史朗(龍谷大学教授)  徳永達哉(熊本大学大学院法曹養成研究所准教授) 内藤光博(専修大学教授)  仲哲生(愛知学院大学法学部)  長岡徹(関西学院大学法学部教授)  中川律(埼玉大学教育学部准教授) 中里見博(徳島大学准教授)  中島茂樹(立命館大学教授)  中島徹(早稲田大学)  中島宏(山形大学准教授) 中谷実(南山大学名誉教授) 永井憲一(法政大学名誉教授) 永田秀樹(関西学院大学教授) 中富公一(岡山大学教授) 中村安菜(日本女子体育大学)  中村英樹(北九州市立大学法学部法律学科准教授)  成澤孝人(信州大学教授)  成嶋隆(獨協大学) 西土彰一郞(成城大学教授)  西嶋法友(久留米大学) 丹羽徹(龍谷大学教授)  二瓶由美子(聖母学園大学教授) 糠塚康江(東北大学)  根本猛(静岡大学教授)  根森健(埼玉大学名誉教授)  畑尻剛(中央大学法学部教授)  濵口晶子(龍谷大学法学部)  樋口陽一(憲法学者)  廣田全男(横浜市立大学教授)  福岡英明(國學院大学教授) 福嶋敏明(神戸学院大学法学部准教授)  藤井正希(群馬大学社会情報学部准教授)  藤井康博(大東文化大学准教授) 藤田達朗(島根大学) 藤野美都子(福島県立医科大学教員) 船木正文(大東文化大学教員)  古川純(専修大学名誉教授)  前田聡(流通経済大学法学部准教授)  前原清隆(日本福祉大学教授)  牧本公明(松山大学法学部准教授)  又坂常人(信州大学特任教授) 松井幸夫(関西学院大学教授) 松田浩(成城大学教授)  松原幸恵(山口大学准教授)  宮井清暢(富山大学) 宮地基(明治学院大学法学部教授)  宮本栄三(宇都宮大学名誉教授) 村上博(広島修道大学教授) 村田尚紀 (関西大学教授)  毛利透 (京都大学教授)  元山健(龍谷大学名誉教授) 守谷賢輔(福岡大学法学部准教授)  諸根貞夫(龍谷大学教授)  門田孝(広島大学大学院法務研究科) 柳井健一(関西学院大学法学部教授)  山崎栄一(関西大学社会安全学部教授)  山崎英寿(都留文科大学)  山田健吾(広島修道大学法務研究科教授)  結城洋一郎(小樽商科大学名誉教授) 横尾日出雄(中京大学)  横田力(都留文科大学)  横田守弘(西南学院大学教授) 横藤田誠(広島大学教授)  吉川和宏(東海大学)  吉田栄司(関西大学法学部教授)  吉田仁美(関東学院大学法学部教授)  吉田稔(姫路獨協大学法学部特別教授) 若尾典子 佛教大学教授)  脇田吉隆(神戸学院大学総合リハビリテーション学部准教授)  渡邊弘(活水女子大学文学部准教授)  渡辺洋(神戸学院大学教授)
  以上197名 (2015年6月29日15時現在) 

1316/憲法学者の安保法案「違憲」論は正しくない-4。

 一 つまみ食いになるが、西尾幹二・同全集第11巻-自由の悲劇(国書刊行会、2015.06)の「後記」で、西尾は「立花隆、加藤典洋、姜尚中、内田樹、藤原帰一、中島岳志、加藤陽子、保阪正康、香山リカ」の名を挙げ、「いわゆる『リベラル派』と称せられる一群の勢力」の者たちについて、つぎのように語っている(p.747)。
 「彼らは専門知に長け、世界を詳しく知っているが、現実の判断となるとウラ目に出る」。
 「彼らには学問上の知識はあるが、判断力はなく、知能は高いが、知性のない人たちなのだ」。
 もともとは外国人移民問題に関する西尾の論敵およびその「後続部隊」の者たちについての文章なのだが、<リベラル派>憲法学者・長谷部恭男に対する指摘としても読めなくはない。
 戦後教育の優等生としての長谷部恭男は、「専門知に長け」、「学問上の知識はあるが」、「現実の判断」・「判断力」はじつに乏しいのではないだろうか。安倍内閣による憲法解釈の変更の背後にある「現実」=安全保障環境の変化については別に扱う。
 二 日本共産党機関誌・前衛2015年7月号に、安保法案を批判する日本共産党・志位和夫の最近のテレビ発言類が資料として掲載されている。それによると、志位はいわゆる新三要件の第一の<存立危機事態>の認定について、こう述べて批判している。
 「明白な危険」かどうかを「判断するのは政府なんです」、「政府の一存で広がっていくわけですね」(p.54)。
 これがなぜ批判となるのか、さっぱり分からない。<存立危機事態>に該当するかを認定するのは「政府」であってなぜいけないのだろうか。最高裁(長官)であれば、あるいは国会(・両院議長?)であればよいとでも日本共産党は主張しているのだろうか。まずは「政府」が判断・認定せざるをえないのは当たり前のことだろう。
 にもかかわらず日本共産党が問題視しているのは、「政府」として安倍政権のような自民党中心内閣を想定しているからに他ならないだろう。そして、安倍政権は適切にこの具体的「判断」を行なわず、濫用するに違いない、という予断と偏見を持っているのだ。このような、思い込み・予断を前提にしているかぎり、まともな批判になるはずがない。もっとも、日本共産党からすれば、安倍晋三を首班とする内閣は、アメリカとともに「二つの敵」である日本の大企業(独占資本)の利益に奉仕する内閣なので、日本共産党の基本方針(綱領)自体が歪んでおり、まともなものではないことに由来することではあるが。
 このような、「時の政府」の恣意的判断によることとなるという批判は、日弁連会長・村越進の昨年の抗議声明にも見られる。いわく-「…等の文言で集団的自衛権の行使を限定するものとされているが、これらの文言は極めて幅の広い不確定概念であり、時の政府の判断によって恣意的な解釈がされる危険性が極めて大きい」。
 そしてまた、前回に述べたように、長谷部恭男の批判の仕方とも同じだと言える。長谷部が読売オンライン上の一文で最も強く表明していたのは、「現在の政府」あるいは「時々の政府」に対する不信だった。
 日本共産党(・党員憲法学者)のような教条的議論はせず、共産党中央からの<指示>とも無関係だろう長谷部恭男の<非共産党・リベラル>意識は尊敬しなければならないかもしれないが(?)、しかし、一見アカデミックな装いをもって語られる内容は、上のように日本共産党の<政治的>主張と同一だ。民主党や共産党の「政府」ならば信じられるかと問いたくなるような感情的な批判の仕方は「学問」とは言い難いだろう。
 なお、この欄に掲載しているが、2015.06.09政府見解は、新三要件は「いかなる事態においても、我が国と国民を守ることができるように備えておくとの要請に応えるという事柄の性質上、ある程度抽象的な表現が用いられることは避けられないところである」と述べたうえで、具体的「判断」について、さらにつぎのように述べている。
 「ある事態が新三要件に該当するか否かについては、実際に他国に対する武力攻撃が発生した場合において、事態の個別具体的な状況に即して、主に、攻撃国の意思・能力、事態の発生場所、その規模、態様、推移などの要素を総合的に考慮し、我が国に戦禍が及ぶ蓋然性、国民が被ることとなる犠牲の深刻性、重大性などから客観的、合理的に判断する必要があり、あらかじめ具体的、詳細に示すことは困難であって、このことは、従来の自衛権行使の三要件の第一要件である「我が国に対する武力攻撃」に当たる事例について、『あらかじめ定型的、類型的にお答えすることは困難である』とお答えしてきたところと同じである」。
 三 長谷部恭男は憲法審査会で参考人として、今次の安保法案が拠る憲法解釈は①従来のそれとの<論理的整合性を欠く>、②<立憲主義を害する>、と述べたらしい。
 この①についてはすでに触れた。1972年政府答弁書が示した「基本的な論理」は維持されており、批判はあたらない。
 上の②は、長谷部が述べたという<法的安定性を害する>という批判と、まったくかほとんど同じだと見られる。
 結局のところ、長谷部恭男の頭の中では<集団的自衛権行使否認>=憲法九条の規範的意味、という観念がこびりついてしまっているので、<集団的自衛権行使容認>の解釈に変更することは憲法違反=立憲主義違反であり、したがって<法的安定性を欠く>ということになる、というだけのことだ。
 長谷部恭男が1972年以降の数多くの政府答弁・内閣法制局見解を丁寧に読んで堅く信じてきた(?)憲法九条の規範的意味、自衛権にかかる憲法適合的解釈、が崩されたがゆえに立腹し、長谷部の内心での「法的安定性」が揺らいでいる、のだと思われる。
 すでに書いたようなことだが、<よい子の僕ちゃんは政府が40年以上も集団的自衛権行使は違憲と言ってきたのでギリギリそうだろうと信頼しそう解釈してきたにもかかわらず、急にそれを変更してよい子の僕ちゃんの『憲法』の意味を変えるなんて、勝手なルール破りで、よい子の僕ちゃんの内心の(精神的)安定性をひどく害する>と喚いているようなものだ、と表現できる。<信じた私が悪いのよ>という類ではないか。
 政府の憲法解釈は変更しうる。産経新聞記者の中では信頼度の高い阿比留瑠比は産経新聞6/18付の紙面で、民主党・枝野幸男は2010年6月に朝日新聞のインタビューに答えて「行政における憲法の解釈は恣意的に変わってはいけないが、間違った解釈を是正することはあり得る」と語った、と記している。また、菅直人内閣官房長官・仙谷由人は当時に「憲法解釈は政治性を帯びざるを得ない。その時点で内閣が責任を持った憲法解釈を国民、国会に提示することが最も妥当な道だ」と語ったらしい。憲法解釈が一般に「政治性」を帯びるとは断じ難いだろうが、枝野、仙谷発言の基本的趣旨は、妥当なところだ。こうした<憲法解釈観>が奇妙であるならば、民主党内閣時代に憲法学者たちは批判の声を大きく上げるべきだった(そこで阿比留瑠比の文章のタイトルは「民主政権に甘かった憲法学者」となっている)。
 ところが、朝日新聞6/12によると、憲法学者・駒村圭吾(慶応大学)は、「1972年の政府見解はすでに『憲法の重み』を持っている」と発言している(聞き手・二階堂友紀)。これには驚いてしまった。こうまでただの政府見解の法的意味が高められては、その政府見解にとっては有難迷惑だろう。
 この駒村という憲法学者はおそらく、今次の法案を批判するために政治的・戦略的に1972年政府見解は「憲法の重み」をもつと言っているのだろう。そして、この政府見解を変更するためには、何と「憲法改正」が必要だとまで述べているのだ。
 一般論として、古い政府見解は新しい政府見解にもとづく法律の制定・変更によって、当然に変更される。政府見解よりも国会の憲法解釈の方が優位する。憲法改正を待つまでもない。
 朝日新聞に登場するのだから(朝日新聞が登場させるのだから)当然なのかもしれないが、この駒村圭吾がまともな憲法学者だとはとても思えない。かつての内閣の憲法解釈がなぜ「憲法の重み」を持つのだ。馬鹿馬鹿しいほどだ。 
 さらに続ける。  

1315/憲法学者の安保法案「違憲」論は正しくない-3。

 一 何とも奇妙で異様な事態が生じているようだ。池田信夫によると「空気の読めない」人物・長谷部恭男の安保法案「違憲」発言によって法案審議が原点に戻ったと言う者もいる。
 前々回に書いたように、今次の法案やその基礎となった憲法解釈(の変更)が合憲か否かという問題に、簡単に明確な結論など出せるはずがない。6/15に長谷部恭男は外国特派員協会の記者会見であらためて「明らかに違憲」だと述べたようだが、このように断定的に述べていること自体にすでに信用できないところがある。今後もこの問題について断定的に又は明確に述べる憲法学者や弁護士が登場してくるかもしれないが、すべて信用し難いと感じなければならない。
 そもそも集団的自衛権行使容認(や今次法案)が憲法違反、憲法九条に抵触するものと断定できるならば、昨年2014.07.01の閣議決定に対する反対・抗議の声明において、その旨を最初から述べておくべきだっただろう。まず冒頭に集団的自衛権行使容認の解釈は<憲法違反>と断じておくべきだっただろう。
 しかるに、この欄で紹介・言及した昨年の日本共産党系憲法学者たちの声明は、「憲法解釈変更の閣議決定」は従来の政府解釈を「国会での審議にもかけずに、また国民的議論にも付さずに、一内閣の判断で覆してしまう暴挙であり、断じて容認できない」という一文から始めている。同様にこの欄で触れた日本共産党員憲法学者・森英樹の前衛6月号の文章も、憲法九条違反だと断定することから始めているわけではない。
 長谷部恭男は上の声明に関与しておらず日本共産党員でもないので、この違いは当然だと反論?するむきもあるかもしれないが、そうであるとすれば、上の声明参加者や日本共産党は、今さら長谷部と同様に<違憲>だなどと騒ぎ立てない方がよい。その方が論旨一貫している。
 なお、上の声明は途中で「徹底した平和外交の推進を政府に求めている憲法9条の根本的変質」だと批判し、森英樹は途中で「壊憲」という言葉を用いて批判してもいるが、憲法九条の解釈に明確に違反する解釈を安倍内閣が採用しているのだとすれば、その旨を冒頭に明確に述べれば、簡単なかつ明確な政府解釈批判、政府解釈の法案化阻止のための論理・理屈を示したことになったはずなのだ。そうは述べなかったこと自体に、長谷部恭男とは違って、じつはかなり多くの憲法学者は、明確に違憲と断じることを躊躇していたかに思える。
 にもかかわらず、長谷部恭男発言が報じられるや、違憲だと明言し始める学者が増えているように見えるのは奇妙なことだ。恥ずかしいのは民主党の岡田克也や辻元清美らで、「学者発言」を政治的に利用して違憲だと言い始めている。代表・岡田克也は、この法案にかかる最初の党首討論で、一言でもこの法案自体が憲法違反だと断言・明言したのか?
 もともと、政府解釈よりも国会・法律制定者による憲法の解釈の方が上位にある。内閣提出の法律案の成立を、違憲性を理由として国会は拒否することができる。そのような国会の構成員であるならば、学者の意見うんぬんを利用したりすることなく、自分たちの(安倍内閣とは異なる)詳細な憲法解釈を示すべきだろう。
 正確な知識はないが、自衛隊の設置法や周辺事態法等々のこれまでの安全保障立法がすでに違憲だ(だった)と主張しているのならば、日本共産党等は、これらの諸法律の廃止をまずは主張すべきなのだ。
 そうではなく、個別的自衛権行使は合憲で、限定つきの今次の集団的自衛権行使が違憲だと言うのならば、憲法の文言・条文等の総合解釈(?)に照らして、なぜ限定つき集団的自衛権行使からは違憲となるのかという憲法解釈論を詳細に示すべきだろう。
 二 前回に、今回の法案がその行使を認めようとする集団的自衛権は国際法または国連憲章上のそれではなく、いわゆる新三要件の第一によって限定されたものだとの記した。<外国に対する武力攻撃>の発生が<同時に>、「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合」であることが要求されている。<同時に>というのは、ここで挿入した字句だ。
 この点を捉えて、今次の法案が認めようとしているのは集団的自衛権ではなく個別的自衛権の範疇に入る、と理解する論者もいるらしい(なお、森英樹・前衛6月号p.48あたりも参照)。最終的には面白い(?)議論をして違憲論に立つ木村草太(首都大学。上の声明に加わっていない)は、個別的自衛権説のようだ。
 しかし、「自国が直接攻撃されていない」場合の自衛権の行使なのだから、いかに上のような限定が付いても、個別的自衛権の行使ではない、と理解するほかはないと思われる。この理解を変えるためには、<個別的自衛権>概念とその意味自体に関する議論が必要だろう。
 三 さて、長谷部恭男は、読売オンライン上で、集団的自衛権行使に「条件」が付いているから合憲だとする説明があるとしてこれを厳しく(?)批判している。
 「必要最小限のものであること等」等は当然のことで「条件」に値しない、という主張はいちおう是認できる。
 しかし、第一に、「違憲であるはずのものを合憲にする論拠にはなりません」という批判は、集団的自衛権行使否定こそが合憲解釈だという強い<思い込み>を前提にするもので、つまり行使容認は「違憲であるはずのもの」という前提的認識そのものが正しくないもので、到底賛同できない。
 第二に、「集団的自衛権の行使に日本独自の条件を付けるとしても、それは憲法が要求する歯止めにはなりません」とも言っている。ここにいう「日本独自の条件」が、又は少なくともその重要要素が、いわゆる新三要件の第一のものだと解される。そして、次のように説明している。
 「条件」とされるものは「現在の政府の政策的判断に基づく条件にすぎず、政府の判断で簡単に外すことができるということになります。これで歯止めになるはずがありません」。憲法解釈を「その時々の政府の判断で変えられるという人たち」に、「国民の生死にかかわる問題についての判断を無限定なまま委ねてよいのか、そこまでこの人たちを信用できるのか。それが問われています」。
 ここで述べられていることは、法律家の、あるいは憲法学者の「学問」的作業の結果ではない。いわゆる新三要件該当性の判断は「現在の政府の政策的判断」、「その時々の政府の判断」に委ねられる、そして従来の憲法解釈を変更するような「人たち」の判断は「信用」できない、と語っているが、これは法律論・法学専門家の緻密な議論ではまったくない。いかに厳しそうな限定又は条件があっても、それに該当するかどうかを個別に判断する「現在の政府」の「人たち」は「信用」できない、と述べているだけのことだ。これは<政治論・政策論>であって憲法学者の「学問的」議論ではない。
 長谷部恭男に問いたいものだ。では「時々の政府」が現在とは違って、民主党内閣であればよいのか?、日本共産党も閣僚に入っている政権ならば「信用」できるのか?
 憲法解釈というのは、あるいは一定の憲法解釈にもとづく合憲論・違憲論というのは、問題になっている当該解釈のの主張者が誰であろうと、同じ内容で成り立つ、また同じように論評されるものでなければならないのではないか。これは<法律学のイロハ>ではないのか。
 四 長谷部恭男の発言がどの程度の影響を与えているのかは知らないが、最近の世論調査で安倍内閣支持率は数%下がり、不支持率は数%上がって、場合によっては両者が拮抗しているとの数字を発表している調査媒体もある。それが少しでも、「憲法学者」の<専門的知見>にもとづく綿密な見解(?)を知って、安倍内閣に対する不信感が増したということの表れであるとすれば、怖ろしいことだ。
 もともと専門家であっても明確に断定できるような問題ではないと上述してきたところだが、長谷部恭男の主張・議論は、じつはきわめて<政治的>なもので、とても「学者」が行なった「学問」の結果ではない。
 長谷部恭男らがいう、<立憲主義>違反という主張等々については、さらに別に扱う。
 安倍晋三首相は、今次の法案の「正当性、合法性については完全に確信を持っている」(6/17の対民主党・党首討論)と、堂々と主張し続けてよい。堂々と主張し続けなければならない。

1314/安保法案「違憲」論は憲法学者の「学問」か-2。

 一 今次の平和安保法案は<集団的自衛権の行使>を容認する憲法解釈に立つものだとされる。
 その場合に前提とされる<集団的自衛権>とは何か。そこでいかなるものが想定されているのか。
 産経新聞6/10の「正論」欄の中西輝政「安保法案は日本存立の切り札だ」は「護憲派」長谷部恭男にも言及のあるタイミングのよい論考だが、そこには1960年「3月に当時の岸信介首相が…答弁しているように」、「一切の集団的自衛権を(憲法上)持たないというのは言い過ぎ」で、「現憲法の枠内での限定的な集団的自衛権の成立する余地」を(日本政府は)認めてきた、という一文がある。
 この岸首相答弁を私は確認することができなかった。但し、1960年3月に当時の林修三内閣法制局長官は、憲法と<集団的自衛権>について、以下のことを述べている。すなわち、①「…外国が武力攻撃を受けた場合に、それを守るために、たとえば外国へまで行ってそれを防衛する」こと、これが「集団的自衛権の内容として特に強く理解されている」が、これは憲法は認めていない。②「現在の安保条約」で「米国に対して施設区域を提供…」、あるいは米国が他国から侵略された場合の「経済的な援助」、こういうことを「集団的自衛権」という言葉で理解すれば、これを憲法が「否定しておるとは考えません」。いずれも、1960.03.31参議院予算委員会答弁。
 また、3月ではなく4月の20日に、岸首相は衆議院安保委員会で、上の①と②と同旨のことを述べている。
 ①「自分の締約国…友好国であるという国が侵略された場合に、そこに出かけていって、そこを防衛する」、これは憲法は認めていない。②「ただ、集団的自衛権というようなことが、そういうことだけに限るのか」。「基地を貸すとか、あるいは経済的な援助をするとか」、それらを内容とするものは、「日本の憲法の上から」いってできる、「それを集団的自衛権という言葉で説明するならばしてもよい」。
 但し、今次に問題になっている<集団的自衛権(の行使)>とは、1960年の時点で政府(岸信介首相ら)が憲法も容認しているとも語っていた基地提供や経済的援助の類を含むものではなく、やはり何らかの<実力の行使>を意味すると考えられる。
 二 近時の国会等での議論では必ずしも表立っては言及されていないように見えるが、<政府解釈>は、以下のような意味での<集団的自衛権(の行使)>は憲法上容認されていないとしてきており、かつそのような解釈は今次の安保法案、およびそれの前提の重要な一つになっている「集団的自衛権行使容認」解釈によっても変更されていない、と解される。否定されていることに変わらない<集団的自衛権(の行使)>とは、次のようなものだ。そして、昨年の閣議決定により<政府解釈>を変更して、容認することとなったそれは、以下のものに<限定>を加えたもので、同一ではない、と解される。
 1.「国際法上、国家は、集団的自衛権、すなわち、自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていないにもかかわらず、実力をもって阻止する権利を有しているものとされている」。しかし、「集団的自衛権を行使することは、…憲法上許されない」(1981.05.29政府答弁)。
 2.「集団的自衛権とは、国際法上、自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていないにもかかわらず、実力をもって阻止することが正当化される権利と解されて」いる。「これは、我が国に対する武力攻撃」への対処ではなく「他国に加えられた武力攻撃を実力でもって阻止することを内容とする」ので、「その行使は憲法上許されないと解してきた」(2004.06.18政府答弁書)。
 自国に対する(直接の)武力攻撃に対処するのが「個別的自衛権」の行使、密接な関係にある外国に対する武力攻撃に対処するのが「集団的自衛権」の行使、と相当に単純にまたは簡単に理解されてきた、と見られる。
 このような理解を前提として、いわゆる<新三要件>にもいっさい論及することなく、<集団的自衛権行使容認>に対する反対声明を出したのが、何と、日弁連会長・村越進だった。
 三 また、今回、政府が「論理的整合性」があるとし、<政府解釈>変更に際して前提にしている1972.10.14の参議院決算委員会提出文書のうち、行使が否定されるとする<集団的自衛権>について語っている部分は、以下のとおりだ。
 ①憲法九条は一定の場合に「自衛の措置」をとること禁じてはいない。②「しかしながら、…無制限に認めているとは解されない」。「あくまで外国の武力攻撃によって国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底からくつがえされるという急迫、不正の事態に対処し、国民のこれらの権利を守るための止むを得ない措置としてはじめて容認される」のだから、「その措置は、右の事態を排除するためにとられるべき必要最小限度の範囲にとどまるべきものである」。③そうだとすれば、「わが憲法の下で武力行使を行うことが許されるのは、わが国に対する急迫、不正の侵害に対処する場合に限られる」。④「したがつて、他国に加えられた武力攻撃を阻止することをその内容とするいわゆる集団的自衛権の行使は、憲法上許されないといわざるを得ない」。
 結論的に言って、2014.07.01閣議決定による<政府解釈>の変更は、上の①・②・③の「基本的な論理」は維持していると見られる。この閣議決定が、(①はもう省略するが)上の②・③についての次の部分は「従来から政府が一貫して表明してきた見解の根幹、いわば基本的な論理」であると、述べているとおりだ。すなわち、「この自衛の措置は、あくまで外国の武力攻撃によって国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆されるという急迫、不正の事態に対処し、国民のこれらの権利を守るためのやむを得ない措置として初めて容認されるものであり、そのための必要最小限度の『武力の行使』は許容される」。
 だが、閣議決定および今次の法案は、上の④の具体的な適用または結論を<限定または修正>したものと解される。どのように「変更」したのか。2014.07.01閣議決定文書は、次のように述べている。
 「これまで政府は、…『武力の行使』が許容されるのは、我が国に対する武力攻撃が発生した場合に限られると考えてきた。しかし、…わが国を取り巻く安全保障環境が根本的に変容し、変化し続けている状況を踏まえれば、今後他国に対して発生する武力攻撃であったとしても、その目的、規模、態様等によっては、我が国の存立を脅かすことも現実に起こり得る。…。こうした問題意識の下に、現在の安全保障環境に照らして慎重に検討した結果、我が国に対する武力攻撃が発生した場合のみならず、我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合において、これを排除し、我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないときに、必要最小限度の実力を行使することは、従来の政府見解の基本的な論理に基づく自衛のための措置として、憲法上許容されると考えるべきであると判断するに至った」。
 つまり、1.「我が国に対する武力攻撃が発生した場合」に<自衛>権行使を限っていたのを、この場合に限らず、「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合」にも認める、というわけだ。かつ、2.その場合でも実際の行使は「我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないとき」に限るとされ、3.その態様は「必要最小限度の実力」だとされた。この2.3.は従来の解釈で語られてきたのとほとんど同旨であるので、重要なのは1.ということになる。
 四 上に二で言及したような意味での<集団的自衛権>の行使が容認されたわけではないことは明らかだ、と考えられる。<外国に対する武力攻撃>の発生という要件だけではなく、「これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合」という要件(新三要件の第一)もまた加えられている。その意味で、国際法上のまたは国連憲章が想定する<集団的自衛権>そのものの行使ではないことに注意しなければならない。
 五 長谷部恭男は憲法審査会で、今次の法案(<解釈変更>)は(従来の政府解釈と)「論理的整合性を欠く」と発言したらしい。
 結論が同じではないのだから、まったく「整合性」がとれているわけではないことは当たり前のことだ。この批判は、要するに、<解釈変更は許されない>、<解釈変更自体が違憲だ>と主張していることに究極的にはなるのかもしれない。しかし、そのような批判は成り立たない。
 また、政府側は「自衛措置」をとることの合憲性・違憲性について最も詳しく語っていると見られる1972年の答弁文書をふまえて、そこでの「自衛」権の行使に関する基本的な考え方・論理を維持しようとしている、とは言えるだろう。この点について、安倍内閣を、あるいは自民党中心政府を、批判したい者たち、あるいはアメリカとともに安倍内閣・自民党中心政権を「敵」と見なしている者たちは、何とでも言うだろう。疑うつもりならば、批判したいならば、最初からそういう立場に立てば、何とでも言える。
 もっとも、長谷部恭男は、前回に触れた読売オンライン上の論考では、「論理的整合性」の問題には明示的には触れていない。むしろ、1972年政府答弁文書等々による<集団的自衛権行使否認>解釈を変更すること自体への嫌悪、あるいは安倍内閣に対する不信・悪罵の感情の表明が目立つようだ。さらに続ける。
 

1313/安保法案「違憲」論は憲法学者の「学問」か-1。

 しばらく、安保法制整備法案に対する<違憲論>について、それに対する批判的コメントを続けてみよう。
 池田信夫がいうように非専門家または一般国民からすれば「神学」的な、魑魅魍魎の?議論かもしれないが、一部憲法学者さまたちの「違憲」論が一種の<政局>的現象を生じさせているとあっては、無視するわけにはいかない。
 一 まず、そもそも現憲法九条の条文・文言と現在提出されている、「集団的自衛権行使容認憲法解釈」を前提とするという今次の安保法制整備法案とを比較対照させて、簡単にあるいは断定的に<違憲>だと言えるのだろうか、という疑問がわく。一般国民的感覚からすれば、そのことこそが奇妙に感じられる。憲法学者というのは、条文・文言の背後にある規範的意味内容をさほどに明確に取り出せる魔術を持ち、トリックを使える者なのか。
 現憲法は「自衛(権)」という語を用いず、そのための実力行使・それを行なう組織についての言及もしていない。そのことから、いかなる(日本の主権、国土と国民の安全を守るための)「自衛」措置も、「自衛」組織の設立も違憲だと断じるのならば、問題は簡単だ。今次の法案は「自衛」権、そして「自衛隊」の存在を前提としているがゆえに、ただちに違憲となる。
 しかし、言うまでもなく、長谷部恭男たちや昨年07月の「集団的自衛権行使容認閣議決定」への抗議声明に参加した(そして今次の法案にも反対している)憲法学者たちは、上のような立論をしているわけではない。
 とすれば、そしてこの学者たちが憲法解釈上も日本国家に固有の(自然の)「自衛権」を否認していないとすれば、その「自衛権」の行使の程度・範囲・態様等々について、どこまでが合憲で、どこからが違憲なのか、という線引きをしていなければならなくなる。
 長谷部恭男、小林節、笹田榮司および森英樹、樋口陽一らの憲法学者たちは、上の問題についての自らの憲法解釈およびその適用の具体例を、憲法学者ならば積極的に示すべきだろう。そのことをしていないとすれば、学者の怠慢なのではないか。
 二 もちろん、憲法学者のかなり多くが、もともとは自衛隊設置(法律)から始まって、いわゆる有事立法・周辺事態法、自衛隊イラク派遣法等々に反対してきており、その際に当然ながら憲法九条との抵触を指摘してきたことを知っている。つまり自分たちの上の点についての憲法解釈・適用を積極的に示すというよりも、自民党を中心とする(自衛隊設置はそれ以前の<保守>諸政党だが)政権側の諸法律案に反対する・制定に抵抗することに力を注いできたことは分かる。その際に、今次にも見られるように、いわば防戦的に、言葉・概念にかかわる細かな指摘・主張をするとともに、<時の政権の恣意的な解釈を許す>、<「戦争」に巻き込まれるおそれがある>等々と憲法学者たちも述べてきたのだった。
 自衛隊も、有事立法等々も、もちもと「左翼」憲法学者たちにとっては違憲だったのではないか? また、これらの諸法律は、何らかの内閣による<憲法解釈>=「政府解釈」を前提として、その「政府解釈」を立法府・国会による<憲法解釈>にしてきたものだった。もはやたんなる「政府解釈」ではなくなっている。国会も行なったいわば「国会解釈」になっている(これを覆すことができるのは裁判所、とくに最高裁判所だけだ)。
 上の二点はとりあえずさておき、再び論及するだろう。
 三 北側一雄(公明党副代表)が6/11の衆院憲法審査会で語ったらしいように、自衛隊そのものや安保条約ではなく「憲法9条と自衛措置の限界について突き詰めた議論」が憲法学界・憲法学者たちの間でなされてきた、とはとても思えない。上述のように、<「自衛権」の行使の程度・範囲・態様等々について、どこまでが合憲で、どこからが違憲なのか>という問題に積極的に回答することを憲法学者たちはしてこなかった、と思われる。そして、たんに自民党・政府側の動き・法案は憲法九条(・その精神)に反して違憲だとか、違憲の疑いがある、とか言ってきたわけだ。
 この機会に、この欄に引用・掲載している日本共産党系憲法学者たちの2014.07声明にも言及するが、この声明をあらためて読むと、「集団的自衛権行使容認」は憲法九条違反だとは明確には、または断定的には述べていないことに気づく。
 長年にわたって継続した政府解釈を変更するのは「国民的議論」を欠いた「暴挙」だとか、「従来の政府見解から明白に逸脱」だとか言って批判しているが、とくに後者について言えば、政府解釈を<変更>すると安倍内閣は明言しているのだから、従来の政府解釈から「逸脱」するところがあるのは当然で、何ら批判になっていない(原文作成者は頭が悪いのではないか)。
 そして、「憲法9条の根本的変質」に他ならないとも言っている。ここで憲法九条が登場するが、この表現は、現憲法九条に違反する、と明言するものではなく、それよりも弱い表現だ。要するに、この声明ですら、集団的自衛権行使容認は憲法九条違反とは明言・断定していないとも解される。
 では、長谷部恭男らは、今次の、上の解釈にのっとった(そして従前から予定されていた)安保法案は<違憲だ>となぜ、明言・断定できるのか。
 ここで、いわゆる個別的自衛権と集団的自衛権の区別の問題が出てくる。
 四 長谷部恭男は6/04の憲法審査会での発言ののち、6/09の<読売オンライン>上の「国民の生死”をこの政権に委ねるのか?/集団的自衛権―憲法解釈変更の問題点」で、自らの見解を記している。
 かかる論考を掲載する読売新聞はさすがに太っ腹で(?)、例えば「憲法学者が見た審査会」という小特集で、長谷部を擁護する憲法学者のみを二人登場させて、そのインタビュー内容を掲載している6/12の朝日新聞とは大違いだ。
 上のことはさておき、長谷部恭男は上の中で「タバコ」吸引のことを例に挙げたあとで、集団的自衛権行使否認という従来の憲法解釈の変更は「立憲主義を覆す」ものだ、とまで述べている。こういう批判の仕方は上記の日本共産党系学者たちの声明の中には明記されていないようだが、しばしば見られる。また、長谷部恭男は、憲法審査会で、<法的安定性を害する>とも語ったようだ。
 「タバコ」吸引のことを例にとれば、長谷部恭男の言っていることは、次のような、「僕ちゃんよい子」のダダッ子の言葉のようだ。
 <長い間、タバコ喫煙は20歳にならないと許されないと執拗にかつ厳しく言われて、そのとおりだと納得してじっと我慢してきたのに、急に18歳から喫煙可能だと言うなんて、僕が従ってきたルールを勝手に破るもので、僕の内心の(精神的)安定性をひどく害するものだ。
 もちろん、もっと説明が必要だ。次回に行なう。

 
 

1305/長谷部恭男は九条改正反対論者、「人選ミス」では済まない。

 「人選ミス」では済まないだろう。
 6/04の衆院憲法審査会で、与党等(自民党・公明党・次世代の党)の推薦で参考人となった長谷部恭男は、安保法制整備法案について、「憲法違反」だと言い切った。
 産経新聞社のネット情報によると長谷部を選んだのはまずは衆院法制局のようだが、もちろん自民党等の委員、船田元や北側一雄(公明党)らが了解しないと参考人になれるはずがない。
 長谷部恭男はひっょとして、依頼を受けて驚くとともにほくそ笑んだのではなかろうか。
 長谷部は特定秘密保護法案には反対を明言しなかったようだが、憲法九条の改正については、<志は低い>とはいえ、明確な<護憲>つまり改憲反対論者だ。このことは、この欄でも紹介してきた。
 また、2005年の<NHKに対する安倍晋三ら政治家による圧力>という朝日新聞の記事が問題視されたあとの第三者的検証委員会のメンバーとして朝日新聞には<優しい>報告書作成に関与し、今年2015年4月にはNHK「クローズアップ現代」の<やらせ>問題でも調査委員会の一員となってNHKには<優しい>報告書をまとめた。もともとは、民主党が推薦したらしい小林節の方が<より保守的>であり、長谷部は小林節よりも<左>の人物なのだ(東京大学→早稲田大法という履歴でもすでにある程度は分かってしまう)。
 このような人物が、今次の安保法案は合憲ですと発言してくれると思っていたのだろうか。信じ難い。
 長谷部恭男は昨2014年夏の、日本共産党系「左翼」憲法学者たちの集団的自衛権行使容認閣議決定に対する反対声明に参加してはいない。純粋な日本共産党的な(教条的な?)「左翼」ではない。だが、そのような「左翼」学者もまた多いのであって、この声明に加わっていないことが集団的自衛権行使容認解釈は合憲と理解していることの保障には全くならないことは自明のことだろう。木村草太(首都大学)もまた、非共産党系「左翼」憲法学者のようだ。
 船田元は「ちょっと予想を超えた」と言ったらしいが、マヌケにもほどがある。憲法学者の中にまともな人物が少ないのは残念なことだが、それでも、自民党内で憲法改正を扱う中心的な人物の一人であるならば、憲法学界の状況、どういう学者・大学関係者が憲法改正、とくに九条2項改正に明確に賛成しているのかぐらい、きちんと把握しておくべきだろう。
 維新の党が安保法制についてどういう立場なのかは知らないし、同党の人選結果についての反応も知らない。だが、同党が推薦したらしい笹田栄司(現早稲田大)についても、長谷部恭男についてとほぼ同様なことが言えそうだ。
 どうやら、国会議員の方が、現実の憲法学界の動向・雰囲気を知らないという<浮き世離れ>した世界に生きているようだ。それはひょっとすれば、<保守>派・<改憲>派の人々にもあてはまるのではないか。

1287/左翼人士-集団的自衛権行使容認反対の憲法学者たち。

 2014年夏に同年7月1日の集団的自衛権行使容認閣議決定に対して憲法学者160名ほどが抗議声明を発表している。ひと月ほどでこれだけの数の人間の名前を集めるだけの組織力・運動力があるわけだ。
 ここに出てくる氏名は前年の特定秘密保護法への反対声明に名を連ねたものとかなり重なっているだろうし、また、2015年5月15日のいわゆる安保法案(閣議決定にもとづく)国会提出に対しても、同様の者たちが再び声明類を出すだろうことは想像に難くない(いや、2015年に入って以降にすでに何らかの声明類を出しているかもしれない)。
 以下は、その内容と声明者の一覧。
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 資料だけのつもりだが、ついでに、この人たちに、いや学者さまたちに、とりあえず、以下の簡単な質問を発しておこう。
 ①現憲法九条の規範的意味内容について自信があるのなら、上の閣議決定は憲法違反、違憲だとなぜ断定しないのか。
 ②裁判所・司法部による確定的な判断・解釈が示されていない事項・問題について、「行政権」を担う内閣がその任務・責務を全うするために「政府解釈」として憲法の解釈を示していけないのか。
 ③閣議決定による憲法解釈の変更は今回が初めてではではないが、今回のそれだけを問題視するのだとすれば、それはなぜなのか。関連して、「従来の政府見解」あるいは1981年6月2日の「政府の答弁書」(の解釈)であるならば、あなたたちは憲法学者として賛成するのか。
 ④個別的自衛権の行使=「必要最小限度の範囲」内、集団的自衛権の行使=「必要最小限度の範囲」を超える、と単純に区別できるのか。できるとすれば、それはなぜか。
 ⑤現在の(法律にもとづき設置され法律により授権かつ制約された)自衛隊は、憲法違反の組織なのか、憲法に違反していない組織なのか。いずれにせよ、それぞれの憲法解釈上の論拠は何か。
 ⑥人によって違うかとは思うが、閣議決定による<あなたにとって都合の良い>憲法解釈の変更であっても、反対するのか、それともその場合には何ら問題視しないのか。
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 集団的自衛権行使容認の閣議決定に抗議し、その撤回を求める憲法研究者の声明
 安倍晋三内閣は、7月1日、多くの国民の反対の声を押し切って、集団的自衛権の行使を容認する憲法解釈変更の閣議決定を強行した。これは、「集団的自衛権の行使は憲法違反」という60年以上にわたって積み重ねられてきた政府解釈を、国会での審議にもかけずに、また国民的議論にも付さずに、一内閣の判断で覆してしまう暴挙であり、断じて容認できない。
 閣議決定は、従来の政府憲法解釈からの変更部分について次のように述べている。
  「我が国に対する武力攻撃が発生した場合のみならず、我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合において、これを排除し、我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないときに、必要最小限度の実力を行使することは、従来の政府見解の基本的な論理に基づく自衛のための措置として、憲法上許されると考えるべきであると判断するに至った」。
 しかし、この新解釈では、どのような「他国に対する武力攻撃」の場合に、いかなる方法で「これを排除し」、それがどのような意味で「我が国の存立を全う」することになるのか、またその際の我が国による実力の行使がどの程度であれば「必要最小限度」となるのか、全く明らかでない。その点では、次のように述べた1981年6月2日の稲葉誠一衆議院議員の質問主意書に対する政府の答弁書から完全に矛盾するものである。
 「憲法9条の下において許容されている自衛権の行使は、我が国を防衛するため必要最小限度の範囲にとどまるべきものであると解しており、集団的自衛権を行使することは、その範囲を超えるものであって、憲法上許されない」。
 結局、今回の閣議決定は、どのように言い繕ってみても、日本が武力攻撃されていないのに他国の紛争に参加して武力行使に踏み切るという点においては、従来の政府見解から明白に逸脱するものである。
 また、閣議決定は、公明党に配慮してか集団安全保障措置への武力行使を含めた参加についてはふれていないが、国連決議にもとづく軍事行動も、「憲法9条の下で許容される自衛の措置」の条件を満たせば可能であることは否定されていない。
 加えて、米軍などとの軍事協力の強化は、閣議決定の中で、「我が国の防衛に資する活動に現に従事する米軍部隊」に対する攻撃の際の、自衛隊による「武器等防護」名目の武器使用や、国連安保理決議に基づく他国の軍隊の武力行使への自衛隊の支援という形で画策されている。
 以上の点をふまえれば、今回の閣議決定は、海外で武力行使はしないという従来の自衛隊からの決定的変貌であり、「戦争をしない、そのために軍隊をもたない」と定め、徹底した平和外交の推進を政府に求めている憲法9条の根本的変質にほかならない。
 私たち憲法研究者は、こうした憲法9条とそれに基づく戦後の平和・安全保障政策の完全なる転換ないし逸脱を意味する今回の閣議決定に対して、断固として抗議するとともに、その速やかな撤回を強く求めるものである。
 さらに、政府は、この閣議決定を踏まえて、自衛隊法、周辺事態法、武力攻撃事態法、PKO協力法などの法律「改正」による国内法の整備を画策している。このことは、今回の問題が、7月1日の閣議決定で終了したのではなく、その始まりであり、長く続くことを意味している。私たち憲法研究者は、今後提案されてくるであろう、関連諸法律の「改正」や新法の制定の動きに対して、今回の閣議決定を断固として認めないという立場から、これらを厳しく検討し、時宜に応じて見解を表明することを宣するものである。/ 2014年7月18日
 <呼びかけ人>/ 青井未帆(学習院大学教授) *飯島滋明(名古屋学院大学准教授) 石村修(専修大学教授) 稲正樹(国際基督教大学教授) 井端正幸(沖縄国際大学教授) 植野妙実子(中央大学教授) 浦田一郎(明治大学教授) 大久保史郎(立命館大学教授) 大津浩(成城大学教授) 奥平康弘(憲法研究者) *小沢隆一(東京慈恵会医科大学教授) 上脇博之(神戸学院大学教授) 小林武(沖縄大学客員教授) 小松浩(立命館大学教授) 小山剛(慶応大学法学部教授) *清水雅彦(日本体育大学教授) 杉原泰雄(一橋大学名誉教授) 隅野隆徳(専修大学名誉教授) 芹沢斉(青山学院大学教授) *徳永貴志(和光大学准教授) *永山茂樹(東海大学教授) 西原博史(早稲田大学教授) 水島朝穂(早稲田大学教授) 本秀紀(名古屋大学教授) 森英樹(名古屋大学名誉教授) 山内敏弘(一橋大学名誉教授) 渡辺治(一橋大学名誉教授) 和田進(神戸大学名誉教授)/ 以上28名/*は事務局
 <賛同人>/ 愛敬浩二(名古屋大学教授) 青木宏治(関東学院大学法科大学院教授) 青野篤(大分大学経済学部准教授) 穐山守夫(明治大学兼任講師) 浅川千尋(天理大学教授) 浅野宜之(大阪大谷大学教授) 麻生多聞(鳴門教育大学准教授) 足立英郎(大阪電気通信大学教授) 新井信之(香川大学教授) 井口秀作(愛媛大学教授) 石川多加子(金沢大学准教授) 石川裕一郎(聖学院大学) 石埼学(龍谷大学法科大学院教授) 石塚迅(山梨大学准教授) 井田洋子(長崎大学教授) 市川正人(立命館大学教授) 伊藤雅康(札幌学院大学法学部教授) 猪股弘貴(明治大学教授) 今関源成(早稲田大学教授) 岩本一郎(北星学園大学教授) 植木淳(北九州市立大学) 上田勝美(龍谷大学名誉教授) 植松健一(立命館大学教授) 植村勝慶(國學院大學教授) 右崎正博(獨協大学教授) 浦田賢治(早稲田大学名誉教授) 榎澤幸広(名古屋学院大学講師) 江藤英樹(明治大学准教授) 榎透(専修大学准教授) 榎本弘行(東京農工大学専任講師) 江原勝行(岩手大学准教授) 大隈義和(京都女子大学教授) 大河内美紀(名古屋大学教授) 太田一男(酪農学園大学名誉教授) 大田肇(津山工業高等専門学校教授) 太田裕之(同志社大学法学部准教授) 大野友也(鹿児島大学准教授) 大藤紀子(獨協大学教授) 岡田健一郎(高知大学教員) 岡田信弘(北海道大学法学研究科教授) 岡本篤尚(神戸学院大学教授) 奥野恒久(龍谷大学政策学部教授) 小栗実(鹿児島大学法科大学院教員) 押久保倫夫(東海大学教授) 加藤一彦(東京経済大学教授) 金子勝(立正大学名誉教授) 彼谷環(富山国際大学准教授) 河合正雄(弘前大学講師) 河上暁弘(広島市立大学広島平和研究所准教授) 川畑博昭(愛知県立大学准教授) 菊地洋(岩手大学准教授) 北川善英(横浜国立大学名誉教授)  木下智史(関西大学教授) 君島東彦(立命館大学教授) 清末愛砂(室蘭工業大学准教授)清田雄治(愛知教育大学教授) 久保田穣(東京農工大学名誉教授) 倉田原志(立命館大学教授) 倉持孝司(南山大学) 小竹聡(拓殖大学教授) 後藤光男(早稲田大学教授) 木幡洋子(愛知県立大学名誉教授) 小原清信(久留米大学教授) 小林直三(高知短期大学教授)  近藤敦(名城大学教授) 今野健一(山形大学人文学部教授) 齊藤一久(東京学芸大学准教授) 斉藤小百合(恵泉女学園大学教員) 阪口正二郎(一橋大学) 笹川紀勝(国際基督教大学名誉教授) 笹沼弘志(静岡大学教授) 佐藤潤一(大阪産業大学教養部教授) 佐藤信行(中央大学法科大学院教授) 澤野義一(大阪経済法科大学教授) 菅原真(名古屋市立大学准教授) 鈴木眞澄(龍谷大学教授) 高佐智美(青山学院大学教授) 高橋利安(広島修道大学教授) 高橋洋(愛知学院大学大学院法務研究科教授) 竹内俊子(広島修道大学教授) 武永淳(滋賀大学) 竹森正孝(岐阜市立女子短期大学) 田島泰彦(上智大学教授) 多田一路(立命館大学教授) 只野雅人(一橋大学教授) 玉蟲由樹(福岡大学法学部) 塚田哲之(神戸学院大学教授) 寺川史朗(龍谷大学教授) 内藤光博(専修大学法学部教授) 長岡徹(関西学院大学法学部教授) 中川律(埼玉大学准教授) 中島宏(山形大学准教授) 中島茂樹(立命館大学教授) 永田秀樹(関西学院大学教授) 中富公一(岡山大学教授) 長峯信彦(愛知大学法学部教授) 西嶋法友(久留米大学教授) 成澤孝人(信州大学教授) 成嶋隆(獨協大学教授) 西土彰一郎(成城大学教授) 丹羽徹(大阪経済法科大学教授) 根森健(新潟大学教授) 野中俊彦(法政大学名誉教授) 濵口晶子(龍谷大学准教授) 樋口陽一(憲法学者) 廣田全男(横浜市立大学教授) 深瀬忠一(北海道大学名誉教授) 福岡英明(國學院大學教授) 福嶋敏明(神戸学院大学准教授) 藤井正希(群馬大学准教授) 藤野美都子(福島県立医科大学教員) 前原清隆(日本福祉大学教授) 松井幸夫(関西学院大学教授) 松田浩(成城大学教授) 松原幸恵(山口大学准教授) 三宅裕一郎(三重短期大学教授) 宮地基(明治学院大学法学部教授) 三輪隆(元埼玉大学教員) 村田尚紀(関西大学教授) 元山健(龍谷大学名誉教授) 諸根貞夫(龍谷大学教授) 山崎英壽(都留文科大学非常勤講師) 柳井健一(関西学院大学教授) 結城洋一郎(小樽商科大学名誉教授) 横尾日出雄(中京大学教授) 横田力(都留文科大学教授) 吉田栄司(関西大学教授) 若尾典子(佛教大学) 脇田吉隆(神戸学院大学准教授) 渡辺賢(大阪市立大学大学院法学研究科教授) 渡邊弘(活水女子大学准教授) 渡辺洋(神戸学院大学教授)/以上132 名(2014 年8 月5 日11 時分現在)

1285/民主党政権・朝日新聞には甘く自民党には厳しい「左翼」法学者たち。

 古い話題だが、現在と関係がないとは思われない。
 2010.09.07にいわゆる尖閣諸島中国漁船衝突事件が起きた。そのときのビデオが存在することが話題になっていたが政府は公開せず、同年11.01に国会の予算委員会関係委員30名に対してのみ7分弱に短く編集したものが視聴用に供された。その後11.04、<sengoku38>によって計44分のビデオがネット上にアップロードされた。
 これを受け、11.06のA新聞社説は「こんな不正常な形で一般の目にさらされたこと」は残念だ、「政府または国会の判断で、もっと早く一般公開すべきだった」等と書いた。同日のB新聞社説は「最大の問題は」、政権が、国民の「知る権利」を無視して「衝突事件のビデオ映像を一部の国会議員だけに、しかも編集済みのわずか6分50秒の映像しか公開しなかった点にある」等と書いた。
 一方、同日のC新聞の<尖閣ビデオ流出―冷徹、慎重に対処せよ>と題する社説はつぎのように書いて公開の点では政府側を擁護し、むしろ情報管理に問題があるとした。
  「政府の情報管理は、たががはずれているのではないか」。「流出したビデオを単なる捜査資料と考えるのは誤りだ。その取り扱いは、日中外交や内政の行方を左右しかねない高度に政治的な案件である。/それが政府の意に反し、誰でも容易に視聴できる形でネットに流れたことには、驚くほかない」。
 「もとより政府が持つ情報は国民共有の財産であり、できる限り公開されるべきものである。政府が隠しておきたい情報もネットを通じて世界中に暴露されることが相次ぐ時代でもある。/ただ、外交や防衛、事件捜査など特定分野では、当面秘匿することがやむをえない情報がある」。「政府は漏洩ルートを徹底解明し、再発防止のため情報管理の態勢を早急に立て直さなければいけない」。
 「流出により、もはやビデオを非公開にしておく意味はないとして、全面公開を求める声が強まる気配もある」。/「しかし、政府の意思としてビデオを公開することは、意に反する流出とはまったく異なる意味合いを帯びる。短絡的な判断は慎まなければならない」。「ビデオの扱いは、外交上の得失を冷徹に吟味し、慎重に判断すべきだ」。
 慎重に対処・判断せよという主張の仕方が、ビデオを積極的に公開しなくてもよい、という意味であることはほとんど明らかだった。その論拠としてこの社説は「日中外交や内政の行方」に影響を与えないかねないことも挙げつつ、より一般的には、「政府が持つ情報は…できる限り公開されるべき」だが、「外交や防衛、事件捜査など特定分野では、当面秘匿することがやむをえない情報がある」、ということを述べていた。
 さて、時は移って2013年秋以降に特定秘密保護法案に反対する運動が起きた。反対の理由としてつねに挙げら競れた理由の一つは、<国民の知る権利>を著しく制限する、というものだった。
 そうだとすれば、この法案に反対し、その後の同法の成立を苦々しく思っている者たちは、2010年秋の上記のC新聞の社説にはそのままでは納得できず、むしろ批判的に読んだ(はずだ)と思われる。
 そのような者たちとして、すでにこの欄に当時に転載したのだが、つぎのような大学教授たち等がいる。大学名だけ残し学部等以下は省略して再掲しておく。
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 秘密保護法の制定に反対する憲法・メディア法研究者の声明 2013.10.11
 よびかけ人/愛敬浩二(名古屋大学)、青井未帆(学習院大学)、石村善治(福岡大)、市川正人(立命館大学)、今関源成(早稲田大学)、上田勝美(龍谷大学)、右崎正博(獨協大学)、浦田賢治(早稲田大学)、浦田一郎(明治大学)、浦部法穂(神戸大学)、奥平康弘(憲法研究者)、小沢隆一(東京慈恵会医科大学)、阪口正二郎(一橋大学授)、清水雅彦(日本体育大学)、杉原泰雄(一橋大学)、田島泰彦(上智大学)、服部孝章(立教大学)、水島朝穂(早稲田大学)、本秀紀(名古屋大学)、森英樹(名古屋大学)、山内敏弘(一橋大学)、吉田栄司(関西大学)、渡辺治(一橋大学)、和田進(神戸大学)
 賛同者/青木宏治(関東学院大学)、浅川千尋(天理大学)、梓澤和幸(山梨学院大学・弁護士)、足立英郎(大阪電気通信大学)、荒牧重人(山梨学院大学)、飯島滋明(名古屋学院大学)、池端忠司(神奈川大学)、井口秀作(愛媛大学)、石川裕一郎(聖学院大学)、石塚迅(山梨大学)、石村修(専修大学)、井田洋子(長崎大学)、伊藤雅康(札幌学院大学)、稲正樹(国際基督教大学)、井端正幸(沖縄国際大学)、浮田哲(羽衣国際大学)、植野妙実子(中央大学)、植松健一(立命館大学)、植村勝慶(國學院大學)、江原勝行(岩手大学)、榎透(専修大学)、榎澤幸広(名古屋学院大学)、大石泰彦(青山学院大学)、大久保史郎(立命館大学)、太田一男(酪農学園大学)、大津浩(成城大学)、大塚一美(山梨学院大学等)、大藤紀子(獨協大学)、大野友也(鹿児島大学)、岡田健一郎(高知大学)、岡田信弘(北海道大学)、緒方章宏(日本体育大学)、奥田喜道(跡見学園女子大学)、奥野恒久(龍谷大学)、小栗実(鹿児島大学)、柏崎敏義(東京理科大学)、加藤一彦(東京経済大学)、金澤孝(早稲田大学)、金子匡良(神奈川大学)、上脇博之(神戸学院大学)、彼谷環(富山国際大学)、河合正雄(弘前大学)、河上暁弘(広島市立大学)、川岸令和(早稲田大学)、菊地洋(岩手大学)、北川善英(横浜国立大学)、木下智史(関西大学)、君島東彦(立命館大学)、清田雄治(愛知教育大学)、倉田原志(立命館大学)、古関彰一(獨協大学)、越路正巳(大東文化大学)、小竹聡(拓殖大学)、後藤登(大阪学院大学)、小林武(沖縄大学)、小林直樹(東京大学)、小松浩(立命館大学)、笹川紀勝(国際基督教大学)、佐々木弘通(東北大学)、笹沼弘志(静岡大学)、佐藤潤一(大阪産業大学)、佐藤信行(中央大学)、澤野義一(大阪経済法科大学)、志田陽子(武蔵野美術大学)、清水睦(中央大学)、城野一憲(早稲田大学)、鈴木眞澄(龍谷大学)、隅野隆徳(専修大学)、芹沢斉(青山学院大学)、高作正博(関西大学)、高橋利安(広島修道大学)、高橋洋(愛知学院大学)、高見勝利(上智大学)、高良鉄美(琉球大学)、田北康成(立教大学)、竹森正孝、多田一路(立命館大学)、只野雅人(一橋大学)、館田晶子(専修大学)、田中祥貴(信州大学)、塚田哲之(神戸学院大学)、寺川史朗(龍谷大学)、戸波江二(早稲田大学)、内藤光博(専修大学)、永井憲一(法政大学)、中川律(宮崎大学)、中里見博(徳島大学)、中島茂樹(立命館大学)、永田秀樹(関西学院大学教授)、仲地博(沖縄大学教授)、中村睦男(北海道大学)、長峯信彦(愛知大学法学部教授)、永山茂樹(東海大学教授)、成澤孝人(信州大学)、成嶋隆(獨協大学)、西原博史(早稲田大学)、丹羽徹(大阪経済法科大学)、根本博愛(四国学院大学)、根森健(新潟大学)、野中俊彦(法政大学)、濵口晶子(龍谷大学)、韓永學(北海学園大学)、樋口陽一(憲法研究者)、廣田全男(横浜市立大学)、深瀬忠一(北海道大学)、福島敏明(神戸学院大学)、福島力洋(関西大学)、藤野美都子(福島県立医科大学)、船木正文(大東文化大学)、古川純(専修大学)、前原清隆(日本福祉大学)、松田浩(成城大学)、松原幸恵(山口大学)、丸山重威(前関東学院大学)、宮井清暢(富山大学)、三宅裕一郎(三重短期大学)、三輪隆(埼玉大学)、村田尚紀(関西大学)、元山健(龍谷大学)、諸根貞夫(龍谷大学)、森正(名古屋市立大学)、山崎英壽(都留文科大学)、山元一(慶応義塾大学)、横田耕一(九州大学)、横田力(都留文科大学)、吉田稔(姫路獨協大学)、横山宏章(北九州市立大学)、吉田善明(明治大学)、脇田吉隆(神戸学院大学)、渡辺賢(大阪市立大学)、渡辺洋(神戸学院大学)
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 これら多くの法学者たち等に、暖簾に腕押しだろう日本共産党員である者や樋口陽一等々を除いて、真面目に尋ねたいものだ。
 2010年の秋に、尖閣衝突事件に関する情報の国民への積極的な開示を求めたのかどうか。かりに上のように<声明>は出さなくとも、各人において政府における情報開示の消極的姿勢を批判する旨を書いたり語ったりしたのか?。そうしたことをしなかったとすれば、なぜ、自民党等提出の特定秘密保護法案には「国民の知る権利」等を持ち出して反対することができたのか?。
 言うまでもなく(?)、上記のC新聞は読売(A)でも産経(B)でもなく、朝日新聞。当時は民主党・菅直人内閣だった。
 政権が民主党か自民党(中心)か、内閣首班が菅直人か安倍晋三か、これらによって<国民の知る権利>に関する具体的判断も「外交や防衛、事件捜査など特定分野」では国益・公共的利益の方を優先させざるをえないのかどうかの具体的判断も異なるというのであれば、それはいったい何故か。答えられないようであれば、貴方たちは「学問の自由」を享受できるだけの<良心>を持っているのか?
 このような問いかけは、集団的自衛権行使容認(閣議決定等)に反対する声明に参加している憲法学者等に対しても続けていきたい。

1284/日本共産党員学者・森英樹の癒らない妄言ぶり。

 日本共産党であることがほとんど明瞭な森英樹(名古屋大名誉教授、憲法学)が、日本共産党機関誌(正確に書くともっと長いのだろうが割愛する)・前衛の2015年6月号の巻頭近くで何やら縷々語っている。
 ・いわゆる安保法制についての今年3月20日の与党合意に関して、オウムという「狂信的カルト集団」に「引きつけて」、安倍晋三または安倍政権について、次のように「おぞましい印象」を語る。
  「狂信的な憲法嫌悪の首相とその一味(安倍一族!)が、いよいよその本性をむき出しにして大量殺戮の道をひた走り始めた」(p.30)。
 現在の政権・政府について、「大量殺戮の道をひた走り…」とは尋常ではない。さすがに大学名誉教授ともなると、創造力が平均人以上に豊かであるらしい。
 ・論理が逆ではないかと疑わせる、次のような叙述もある。
  「日本が、日本人が丸ごとどこかの国や武装勢力の敵になってしまう集団的自衛権行使容認」には国民的な批判が寄せられた(p.47)。
 「集団的自衛権行使容認」が「どこかの国や武装勢力」の行動の原因になるかのごとき書きぶりだが、それこそ頭の中が<倒錯>しているのではないか。しかし、森英樹が日本・日本人を敵とする「どこかの国や武装勢力」なるものを想定しているらしいことだけは興味深い。
 ・昨年7月1日の閣議決定による集団的自衛権行使容認がかつて(1985年)の政府解釈・内閣法制局答弁を変更する<解釈改憲>だ(立憲主義違反だ?)との批判があるが、森は正しく<解釈改憲>は初めてではなく警察予備隊・保安隊・自衛隊の設置の過程でも行われた(「元祖・解釈改憲」)と指摘している(p.42)。したがって、森英樹はそれ以上に深くは立ち入っていないが、今回の憲法解釈変更のみを取り出して<解釈改憲>だと騒ぐのは、憲法施行後の、とくに九条に関連する度重なる政府解釈の変化の歴史を無視した、又は敢えて見ようとはしていない議論だということを知る必要がある。
 ・上の点はまあよいのだが、森が最後に次のように言うのは、何を寝ぼけたことを、という感じがする。
 森によれば、中国・北朝鮮等の脅威から日本を<何とか守ろう>とする立場と>、「戦争・武力行使・武力による威嚇と軍事力を根底から否認する」立場
があるのだ、という。そして、集団的自衛権行使容認を支える前者ではなく、後者の立場に立つ、それが「原点からの批判をぶれることなく維持・展開する」ことになるのだ、という(p.51)。
 よくもこうヌケヌケと語れるものだと思う。
 日本共産党の「原点」は「戦争・武力行使・武力による威嚇と軍事力を根底から否認する」立場だったのか。この政党も(?)日本国憲法に対する立場をいつからか(いずれ確認したいものだ)変えていることはほぼ周知のことだ。
 日本国憲法制定時に現九条に反対して反対票を投じた政党は日本共産党だけだった。野坂参三は1946年6月28日にこう述べたとされる-「…侵略された国が自国を護るための戦争は…正しい戦争といってさしつかえない」、「戦争一般抛棄」ではなく「侵略戦争の抛棄、こうするのがもっと的確ではないか」。
  <自衛戦争>という戦争を容認し、そのための武力行使も容認するのが、この時点での日本共産党の立場だった。これこそが日本共産党の「原点」ではないのか。一般論としても、日本共産党幹部・党員たちば、現実性はほぼ皆無だとしても、日本共産党単独又は中心の政権ができれば、そのときになお存在しているだろう「自由主義」(資本主義)国家からの圧力・干渉・武力介入を抑止するために、<軍隊>(国防軍)を設置・活用しようと考えるのではないのか?
 二枚舌は使わない方がよい。それとも、100歳を超えてから除名したかつての日本共産党幹部・野坂参三のかつての発言などは現在の同党とは無関係だ、とでも主張しているのだろうか。 

1278/毛利透(京都大学)の憲法制定過程の日独の差異を無視する妄言。

 毛利透(京都大学・憲法専攻)が、昨年7月半ばに、共同か時事に配信された憲法改正に関する文章を、地域新聞に載せている(先に読売新聞と記したのは誤り)。そこに、つぎの、デタラメな文章がある。
 「ドイツ基本法も占領下で制定されたが、与野党が支持しており、『自主憲法でない』などと主張すると極右扱いされる」。
 この一文は、ドイツを模範として?、同じ占領下に制定された憲法であるにもかかわらず日本国憲法を「自主憲法でない」、「おしつけ憲法」だと(与党が?)主張するのはとんでもない「極右」だ、という意味を込めている、ということは間違いない、とみられる。
 上の一文のうち「占領下で制定された」という点で西ドイツ憲法(いわゆるボン基本法)と日本国憲法には共通性があるという指摘のみは誤っていないが、あとは、ドイツと日本の各新憲法の制定過程や位置づけの差異を全く無視したもので、こんな一文をもって日本の改憲派・憲法改正の主張を揶揄したいという、卑劣で下司な心情・意識にもとづいている、と断じてよい。
 第一。日本国憲法は<ほぼ押しつけ(られた)憲法>だと先日にも書いたが、西ドイツ憲法(現在は統一ドイツの憲法)は<ほぼ自主憲法>だ、と言える。この違いを毛利は無視している。
 毛利と同じく憲法護持派の「活動家」学者・水島朝穂は自らのウェブサイト上で、以下のように記している(本日現在で読める)。長いが、できるだけそのまま引用する。
 「連邦道9号線沿いにあるこの建物〔アレクサンダー王博物館〕で、1948年9月1日、基本法制定会議(議会評議会)が開会された。その2週間前、バイエルン州の景勝地ヘレンキームゼー城で専門家の会議が開かれ、憲法草案がまとめられた。そこでは、先行するドイツの諸憲法(とくにフランクフルト憲法とヴァイマール憲法)のほか、諸外国の憲法、とくに米英仏とスイスの憲法が参考にされた。たとえば、基本権関係では、外国憲法だけでなく、国連の世界人権宣言草案も影響を与えた(とくに前文、婚姻や家族、一般的行為の自由、人身の自由)。また、集会の自由はスイス憲法がモデル。連邦憲法裁判所はアメリカ最高裁が参考にされた。ただ、全体として、特定の憲法がモデルになるということはなかった(〔文献略-秋月〕)。特筆されるべきは、ドイツを分割占領した米英仏占領軍の影響である。3カ国軍政長官は、3本のメモランダムや個々の声明などを通じて直接・間接に制定過程に介入。たとえば、48年11月22日の「メモランダム」は、二院制の採用、執行権(とくに緊急権限)の制限、官吏の脱政治化など、内容に踏み込む細かな指示を8点にもわたって行っていた。その干渉ぶりは、米占領地区軍政長官クレイ大将に対して、米国務省はもっと柔軟に対応すべきだとクレームをつけるほどだった。/約8カ月の審議を経て基本法が可決されたのは、49年5月8日。日曜日にもかかわらず、この日午後3時16分に会議は開始された。賛成53、反対12(共産党と地方政党)で可決されたのは午後11時55分。日付が変わるわずか5分前だった。〔一文略-秋月〕 5月12日、3カ国の軍政長官たちは、基本法制定会議の代表団と州首相に対して、基本法を承認する文書を手渡したが、この段階に至ってもなお、個々の条文を列挙して条件を付けた。5月21日までに、基本法はすべての州議会で審議され、バイエルン州を除くすべての州で承認された。このような状況下で制定された基本法を『押しつけ憲法』と見るか。当初はそういう議論もあったが、50年の歴史のなかで『押しつけ』といった議論はほとんどない。実際、軍政長官の影響は、財政制度、競合的立法権限、ベルリンの地位などに絞られ、全体として基本法制定会議で自主的に決定されたと評価されている。占領下の厳しい状況のなかでアデナウアーらは、占領軍の顔をたてつつ、したたかに実をとっていくギリギリの努力をした。その結果生まれた基本法は、その後の世界の憲法に重要な影響を与えるとともに、憲法学の分野で必ず参照される重要憲法の一つとなった」。
 以上のとおり、水島の叙述を信頼するかぎりは、その制定過程において米英仏占領軍・同軍政長官の介入・関与はあったようだが、「全体として基本法制定会議で自主的に決定されたと評価されている」。「自主憲法でない」という見解がもともとごく少数派なのであり、日本と同一でない。
 なぜ「自主憲法でない」という見解がもともとごく少数派なのか。それは、ドイツ憲法の制定過程が日本国憲法のそれに比べれば、はるかに<自主的>だからだ。
 上の水島の文章でも触れられているが、名雪健二・ドイツ憲法入門(八千代出版、2008)および初宿正典「ドイツ連邦共和国基本法/解説」初宿・辻村みよ子編・新/解説世界憲法集-第3版(三省堂、2014)によって、あらためて記述しておこう。
 ・ソ連占領区域を除く英米仏占領地域(西ドイツ)について憲法制定をすることを三国が合意したのが、1948.06.07のロンドン協定。
 ・当時の上の地域の各州(ラント)の首相は主権未回復の状況では正規の「憲法制定会議」設立は適切でないと判断して、各ラントの代表者から成る「議会評議会(・基本法制定会議)」をボンで開催することを決定。これが、1948.07.08-10のコブレンツ会議。
 ・各ラント議会によって「基本法制定会議」議員が選挙されたのが、上につづく1948.08。
 ・各ラントの首相により「専門委員会」が設立され(むろん全員ドイツ人)、これがオーストリア国境に近い湖上の島・キーム・ゼー内のヘレン島で「基本法」(憲法)の草案を議論して起草。1948.08.10-23だ。これが<ヘレンキームゼー草案>とも呼ばれて、のちのボンの「基本法制定会議」の審議の基礎になった。
 ・「基本法制定会議」は70人(むろんドイツ人)の各ラント代表者によって1948.09.01から討議を開始。議長はコンラッド・アデナウワー。
 ・1949.05.08に53対12で「基本法制定会議」が「基本法」(憲法)を採択。さらに1949.05.22までにバイエルンを除く各ラント議会の採択により成立。翌05.23に公布。その翌日、1949.05.24に施行。
 上の経緯のうち、2週間のドイツ人専門家から成る<ヘレンキームゼー草案>の審議が基礎となって「基本法」(憲法)が採択され、公布・施行されたということが重要だろう。なお、基本法(憲法)施行後の1949.08.14に新憲法上の国家機関である連邦議会の議員選挙、09.07に連邦議会と連邦参議院発足、09.12に初代大統領ホイスを選出、09.15に初代首相アデナウワー選出、09.20に同内閣発足。
 日本国憲法の制定過程にはここでは立ち入らない(すでに何度か言及したことがある)。GHQによって条文から成る草案そのものが政府に手交されたのであり、上に見たドイツとは大きく異なる、と言ってよい。また、<憲法制定議会>と称してもよいかもしれない、<明治憲法改正>のための衆議院の議員選挙に際してGHQの改憲案は正確には知られておらず(民意は反映されておらず)、かつ<GHQの圧力>のもとでの衆議院の<改正>の議論は決して<全体として自主的に>になされたとは言い難い、と考えられる。
 第二。上でもすでに触れているが、西ドイツ憲法(基本法)の施行は同時に西ドイツ・ドイツ連邦共和国という新しい国家の成立・発足をも意味している。西ドイツ発足は1949.05.23とされるが、それは西ドイツ憲法(基本法)の公布日であり、同法は1949.05.24の午前0時0分の施行だった。
 この点でも、日本国憲法と大きく異なる。日本国憲法施行後も占領は継続し、新憲法上は禁止されているはずの「検閲」がGHQにより行われるなど、<超憲法>的権力が日本にはなお存続した。
 このような大きな違いがあるにもかかわらず、たんに「同じ占領下に制定された憲法」というだけで、西ドイツ憲法に関するドイツでの議論が日本にもあてはまるかのごとき毛利透の言説は、きわめて悪質だ、毛利透(京都大学)は恥ずかしいと思わないか? 詳細を知らない新聞読者に対して、日本の改憲派の主張の一部にある「押しつけ憲法」論がさも異様であるかのごときデタラメを書くな、と言いたい。

1276/田久保忠衛・憲法改正最後のチャンス(並木)を読む-4。

 〇 現憲法九条について、その1項と2項とを分けて論じることは、決して「左翼」憲法学者の解釈ではない。彼らはむしろ、1項によって自衛(防衛)戦争を含むすべての戦争が「放棄」されていると読みたいかもしれない。学者ではなく、吉永小百合を含む「左翼」一般国民は、九条1項ですべての戦争が放棄され、2項はそれを前提にして確認的に具体化した規定であると漠然と理解している可能性が高い。
 <保守派>憲法学者である百地章は、2013年参院選直前の産経新聞7/19の「正論」欄で「『憲法改正』託せる人物を選ぼう」と題して、次のように述べていた(この欄の2013.07.20で既述)。
 「9条2項の改正だが、新聞やテレビのほとんどの世論調査では、『9条の改正』に賛成か反対かを尋ねており、『9条1項の平和主義は維持したうえで2項を改正し軍隊を保持すること』の是非を聞こうとはしない。なぜこれを問わないのか。」 
 このとおり、<9条1項の平和主義は維持したうえで2項を改正し軍隊を保持すること>を提言することは、<保守>派の者であっても何ら奇異なことではない。産経新聞社案「国民の憲法」とその解説は、むしろ異質で少数派に属するかもしれない。
 ここで再び不思議なことに気づく。百地章は田久保忠衛とともに産経新聞案「国民の憲法」の起草委員の一人なのだが、何と前回に言及した「美しい日本の憲法をつくる国民の会」の<幹事長>でもあるのだ(ウェブサイト、本日現在で同じ)。
 ということは、「美しい日本の憲法をつくる国民の会」の共同代表の一人と幹事長は、産経新聞社案起草の際は現九条1項を含めて九条を全面的に改めることに同意していたが、「美しい日本の憲法をつくる国民の会」の共同代表と幹事長としては、九条1項の「平和主義」は堅持する考えであることになる。きわめて奇妙で不思議だ。
 合理的に考えられるのは、産経新聞社案起草の際と上記の「国民の会」設立の際とでは考え方を変えた、ということだろうが、憲法改正論上の重要な論点についてこのように簡単に?基本的考え方を変えてよいのか、そして、そのような方々を信頼してよいのか、とすら感じてしまう。田久保忠衛は2014年10月30日刊行(奥付による)の本でも産経新聞社案と同じ考え方であることをその理由も挙げて積極的に記している。「美しい日本の憲法をつくる国民の会」の設立は、2014年10月01日だ。はて??
 なお、憲法学者の西修(駒沢大名誉教授)も、5人の産経新聞案「国民の憲法」の起草委員の一人であるとともに、上記「国民の会」の<代表発起人>だ。
 〇 上の問題はこのくらいにして、「前文」に移る。既述のように、田久保忠衛はその著で憲法の具体的内容については、前文・天皇条項・九条にしか触れていない。国会についても、衆議院と内閣の関係についての衆議院「解散権」の所在・要件についても、「地方自治」等々々についても、むろん「人権」または国民の権利・義務条項についても論じられるべき点は多いにもかかわらず、上の三論点あたりに関心を集中させてきたのが<保守派>の憲法改正論の特徴だ。田久保が触れていない問題については、別のテーマとして扱ってみたい。
 さて、田久保は縷々述べたのちに、現在の前文を産経新聞社案「国民の憲法」のそれに「一日も早く…差し替えたい」としている(p.107)。
 感想の第一は、そもそも憲法の前文とはいかなる法的性質をもつのか、に関する議論が必要だ、ということだ。産経新聞社・国民の憲法(産経)を見ないままで書くが、現日本国憲法のような長い前文をもつ憲法は世界でもむしろ少ないように思われる。あっても、制定の経緯のほかは基本的原理・理念をごく簡単に述べているにとどまるようだ。
 現憲法前文が日本の「国柄」に合わないこと、これを改めてしっかりと日本の「国柄」を書き込みたいという気持ちは理解できるし、あえて反対はしない。しかし、もともと前文とは本文(の個々の条文)のような法規範的意味は持たず、個々の条項の解釈に際して「参照」または「(間接的に)援用」されるものにすぎないと考えられる。
 したがって、過大なエネルギーを割くほどのものではないし、文章内容について激しい議論・対立が生じるようであれば、いっそ現在のものを削除して、新しい前文は改正(「新」憲法の制定でもよい)の経緯を記録として残す程度にして、内容的なものはいっさい省略する、というのも一つの考えだと思われる。
 むろん、日本の「国柄」を示す10ほどの文からなる文章について、容易に合意が成立し、過半数国民も理解し、納得できるならばそれでもよい。あえて反対はしないし、する必要もない。
 第二の感想は、田久保が「差し替えたい」と望んでいる新前文の内容について、上のような合意・納得が得られるのだろうかという疑問が生じる、ということだ。
 例えば、「国家の目標として独立自存の道義国家を目指す」というが、「道義国家」とは何か。ほとんど聴いた又は読んだことがない「国家」概念だ。むろん、「道義」をもつ国家であろうとすることに反対はしないが、「国家の目標」として憲法前文に書き込むほどのことなのだろうか。
 上のことよりも、より疑問をもち、問題を感じたのは、「道義国家」文の一つ前の「日本国は自由主義、民主主義に立脚して基本的人権を尊重し…」というくだりだ。
 櫻井よしこの週刊新潮1/29号の連載コラムには最後に、「自由、民主主義、法治という人類普遍の価値観」を肯定的に語っている文章がある。
 安倍晋三首相も同じまたは類似の発言をしばしばし行っていて、本心で又は心底からそう思ってなのか、対中国(・北朝鮮等)を意識して欧米(かつての西側)むけに<戦略的に>言っているのか、と訝しく思っている。
 「日本国は自由主義、民主主に義に立脚」するという場合の「自由主義、民主主義」とはいったい何を意味しているのだろうか。櫻井よしこが言うように「人類普遍の価値観」なのだろうか。アフリカ・イスラム圏を含む「人類普遍の価値観」だとは到底思えない。これらは近代西欧に由来する<イデオロギー>で、日本ではそのままでは採用できず、そのままでは定着することはない、と考えている。こんなに簡単に前文の中に取り込むためには、その意味等々について相当の議論が必要だと思われる。
 とくに「民主主義」は、日本共産党を含む「左翼」の標語であり、そのうちに(人民民主主義・プロレタリア民主主義という「独裁」の一形態を経ての)「社会主義」・「共産主義」というイデオロギーを胚胎している、と私は理解している。
 私どころか、有力な<保守派>論客も、「民主主義」の危険性を説いてきた。
 長谷川三千子・民主主義とは何なのか(文春新書、2001)のある長谷川は、最近の長谷川=倉山満・本当は怖ろしい日本国憲法(ビジネス社、2013)の中でも、民主主義・「国民主権」の<怖ろしさ>を語っており(p.34-48など)、倉山満は、「長谷川先生は『平和主義』『人権主義』『民主主義』というのは、そもそも怖いものだということを力説しています」とまとめてもいる(p.155)。
 長谷川三千子は産経新聞社憲法案とは無関係のようだが、上記、「美しい日本の憲法をつくる国民の会」の「代表発起人」の一人ではある。長谷川が上記の「日本国は自由主義、民主主義に立脚して基本的人権を尊重し…」という部分に容易に賛同するとは考え難い。
 自民党憲法改正草案はいわゆる<天賦人権論>に立つと言ってよい現憲法97条を削除することとしており、産経新聞社案も同様のはずなのだが、そこでなおも語られる「人権」・「権利」ではない<基本的人権>とは何のことなのか、近代西欧的<天賦人権論>が付着した、それと無関係に語ることはできないものなのではないか、という問題もある。
 田久保忠衛の推奨する産経新聞社案の前文が<保守派>のそれだとすれば、私はきっと<超保守的>であるに違いない。<戦略的に>?「自由主義、民主主義」等を語ることも考えられるが、真意ではない文章を掲げるくらいならば、いっさい省略してしまう方がよい、と思う。
 というようなわけで、田久保のせっかくの長い叙述にかかわらず、「国柄」を書く文章はむつかしい、と感じざるをえない。
 フランスのように自由・平等・博愛(友愛)をなおも理念として前文に書いたり(1958年第五共和国憲法)、ドイツ憲法(ボン基本法)のように「ドイツ連邦共和国は民主主義的かつ社会的な連邦国家である」という明文条項をもつ国家はうらやましいものだ。「国柄」をどう表現するかについて、過半の日本国民に一致はあるのだろうか、合意は得られるのだろうか。

1259/「危険な思想家」発想がなお残る今日の知的世界。

 ・前回言及の竹山道雄の文章は、朝日新聞が日本の継続性肯定の<明治100年>か敗戦による新たな<戦後20年か>という対立があるとして両側の諸論者の文章を掲載したものの一つで、前者の論者は平川祐弘によると竹山道雄・林健太郎・江藤淳・林房雄、後者のそれは野間宏・遠山繁樹・小田実・加藤周一、のそれぞれ4名だ。作家・野間宏は少なくとも戦後の一時期は日本共産党員だった者、日本史学者・遠山茂樹は日本共産党だったと推測される者、あとの後者の二人は非日本共産党「左翼」だろう。そして、平川の言に俟つまでもなく、朝日新聞は後者の立場を支持することをを少なくとも示唆した特集だったと思われる。
 ところで、平川祐弘によると、同じ1965年に山田宗睦が「危険な思想家」というタイトルのカッパ・ブックスを出していて、上の前者の4名は山田のいう「危険な思想家」だったらしい。平川によればほかに安倍能成が明記されているが、三島由紀夫や石原慎太郎もまた当然に?「危険な思想家」だったようだ。平川によると、この山田の著に朝日新聞が「飛びつい」て、上に言及の特集になったらしい。
 この論争に立ち入るつもりはないが、上の両派?のいずれの立場が日本国家と日本国民にとって本当は「危険な」ものだったかは、今日ではほとんど明らかだと思われる。
 だが、60-80年代くらいまでかなり広く<保守・反動>という言葉でレッテリ貼りされた考え方・歴史の見方を今日でもやはり「危険」と感じている者は今日でも少なくないし、憲法学界では前回に言及した某憲法学者も含めて圧倒的多数派を占めているという印象がある。
 「危険な」の反対は「安全な」だが、いわゆる<進歩>派あるいは「左翼」こそが、憲法学界では「安全な」立場・立ち位置なのだ。したがって、学界や各大学・各学部の多数派=「安全な」立場に属していることが、就職・昇格やその他の人間関係上<有利>であると感覚的に判断する者は、深く考えることなく、無自覚に「左翼」になってしまう憲法学者も出てくることになる(別に憲法分野に限りはしないが)。あるいはまた、<右・左>、<保守・左翼>のいずれかの立場を鮮明にしない方が「安全」だと感じる大学や学部にいる間は<温和しく>しているが、「左翼」性を明確にしても「安全」だと感じる大学・学部に移れば、例えば平気で「九条(2項)を考える会」に属して報告をしたり、特定秘密保護法や集団的自衛権容認に反対する声明に堂々と名を連ねたりすることになる。
 ・憲法学界を例にしての以上のことが決して的外れではないことは、月刊WiLL1月号(ワック)冒頭の座談会で、政治学の中西輝政が語っていることでも明らかだろう。<保守派>であることは大学院生がどこかの大学に就職する(採用される)ために不利だったことは指導教師だった高坂正堯の言葉を紹介しながら中西輝政がすでに述べていた(この欄でも触れた)。
 上の座談会の中で中西輝政は、「いまでも特殊な知識人の世界」では「朝日的であること」が「知的権威そのもの」だ、「朝日に対する信仰」は「いまでもテレビ界の報道関係では、NHKも含め…根強く残っていて、一般の社会と大きくズレている」と述べたりしつつ(p.37)、つぎのようにも語っている。
 「学会ではいままでずっと地雷原を歩いているようなものでした(笑)」。大学では「最も大変な時期は、校門をくぐった瞬間から一瞬たりとも警戒心を解くことができ」なかった。メディアで「靖国参拝に賛成」と言ったら「授業を暴力で潰しに来かねない状況で、教員たちも露骨に反発して私一人、全く孤立無援」だった。大学の校門を出た方が安全で、「むしろ大学に入ると『学問の自由』は保障されてい」なかった。
 学生の反応はともかくとしても、「教員仲間」から「そもそも中西さんの言動に問題がある」として「取り合ってもらえなかった」(以上、p.40)という、学部または教員たちの雰囲気に関する発言の方が重要だし、興味深い。
 もっとも、具体的にいかなる時期のどの大学(京都大学?)のことを述べているのかは明確ではない。余計ながら、中西輝政が退職した大学・学部には佐伯啓思も同僚としていたはずだ。
 上の最後の些細な点は別として、「学問の自由」といいながら、人文・社会系の大学に所属する研究者たちは、テーマ設定や研究内容について、本当に自分の頭で「自由」に考え、結論を出しているのだろうか、という疑問をあらためてもたざるをえない。それは「靖国参拝」や「慰安婦」についての彼らの意見や認識についても言える。それぞれの学界・学会の<空気>を読みながら、「黒い羊」と目されないように、多数派に属するように、あるいは「安全」であるように、取捨選択しているのではあるまいか。無意識にそのように行動させるシステムができ上がっているとすれば、もはや大学でも「学問」でも「自由な」研究者でもないだろう。ややテーマがそれたかもしれない。

1258/月刊正論を最近は毎号きちんと読んでいる。

 ・前編集長時代とは異なり、交替後の月刊正論(産経新聞社)は「メディア裏通信簿」も含めて、なかなか面白い。何よりも、くだらない、又は反発を覚えるような論考や記事がほとんどなくなった。
 とは言っても、なぜか、日本共産党、社民党、生活の党(小澤一郎は見事に?変身した)という「左翼」政党、とりわけ日本共産党の現状の紹介や批判的検討が全くと言ってよいほどないことは相変わらずで、中国(中国共産党)を熱心にかつ批判的に分析しても、なぜ日本の月刊雑誌は日本の「共産党」を、あるいは日本のコミュニズムを正面から扱わないのだろうというもどかしさは依然として残る。
 ・月刊正論1月号もおそらく90%以上読み終えた。最近と同様に、かつてほどに逐一言及する余裕はない。
 門田隆将の文章も小浜逸郎(この人は一時期は信用していなかったのだが)の文章も、印象に残ったが、平川祐弘が紹介している、竹山道雄の、朝日新聞1965.04.05号の文章の一部が目を惹いた。
 「私には戦後の進歩主義がほんものの平和と民主主義であるとは思われない。それはむしろ、人々の平和と民主主義をねがう気持ちにつけこんで、別なものが進歩主義を利用して浸透する手段としたのだった」。(p.347)
 ビルマの竪琴という小説の作家としてしかほとんど知らない竹山道雄だが(もっとも、同・昭和の精神史は所持していていずれ読みたいと思っているし、著作集も半分以上所持している)、60歳をすぎた時期に朝日新聞紙上でこんな文章等でもって論争しているとは、相当な人物だったに違いない。
 「人々の平和と民主主義をねがう気持ちにつけこんで、…進歩主義を利用して浸透する手段」としている「別なもの」は現在も厳然として存在するし、「別なもの」に「平和と民主主義をねがう気持ちにつけこ」まれていることを知らずに、戦争と<全体主義・ファシズム>の復活?を許さず「平和と民主主義」の理想を追求していると自らを評価しているものも厳然として多数存在している。
 すでに「別なもの」になっているのかどうかは知らないが、個人的に知る某憲法研究者は、<日本の自衛隊(軍事組織)は信用できない。正式に軍として認知すれば何をしでかすか分からない>という旨を<公言>していた。
 日本軍国主義=日本のかつての軍部は<悪>でありかつ<拙劣>であったので、そのDNAを継承している自衛隊、そして日本人そのものが<正規の軍として位置づけられるものを保持するとアブない>というわけだ。
 かかる戦後・占領期の<時代精神>を、日本の憲法学者の多くはなおも有し続けているのだろう。
 開いた口がふさがらないし、そのような感覚を平然と語るれっきとした<おとな>らしき人物などとは、もはやとっくに、「口をきく気にもなれなくなっている」のだが。
 

1231/秘密保護法反対の「憲法・メディア法」研究者の声明。

 一 潮匡人・憲法九条は諸悪の根源(PHP、2007)p.250には「前頭葉を左翼イデオロギーに汚染された『進歩派』学者の巣窟というべき日本の憲法学界」という日本の憲法学界についての評価が示されている。
 その憲法学界に属するが少数派と見られる阪本昌成は、主流派憲法学者たちがマルクス主義または親マルクス主義の立場に立っている(中にはそのように自覚していないものもいるだろうが)立っていることをおそらくは想定して、2004年刊行の本の中で、マルクス主義はもはや「論敵」ではないとしつつ、次のように書いていた。「マルクス主義憲法学を唱えてきた人びと、そして、それに同調してきた人びとの知的責任は重い。彼らが救済の甘い夢を人びとに売ってきた責任は、彼らがはっきりととるべきだ」と明記していた。
 だが、2013年の今日においても、「左翼イデオロギーに汚染された」、少なくともマルクス主義を敵視しない(警戒しない)憲法学者はまだきわめて多いようだ。以下に、2013年10月11日付の「秘密保護法の制定に反対する憲法・メディア法研究者の声明」の内容と呼びかけ人・賛同人の氏名リストを掲載しておく(出所-ウェブサイト)。コメントは別の機会に行うが、これまでこの欄で言及してきた、水島朝穂(早稲田大学教授)、浦部法穂(神戸大学名誉教授)、奥平康弘(九条の会呼びかけ人)、愛敬浩二(名古屋大学教授)、杉原泰雄(一橋大学名誉教授)、浦田一郎(民科法律部会現理事長、明治大学法学部教授)らが「呼びかけ人」になっており、先日に反対声明を紹介した「刑事法」学者たちと同様に、日本共産党系または少なくとも日本共産党に反対しない<容共>の学者たちであると思われることだけさしあたり記しておく。「賛同人」の中には、樋口陽一や<反天皇制>論者として言及したことのある横田耕一らの名もある。
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 秘密保護法の制定に反対する憲法・メディア法研究者の声明
 安倍政権は、9月26日、かねて準備を進めてきた 「特定秘密の保護に関する法律案」を示し、臨時国会への提出を目指している。しかしながら、この法案には憲法の基本原理に照らして看過しがたい重大な問題点があると考えるので、私たちは同法案の制定に強く反対する。
 1 取材・報道の自由、国民の知る権利などさまざまな人権を侵害する
 取材・報道の自由は、国民が国政に関与することにつき重要な判断の資料を提供し、国民の知る権利に奉仕するものであって、憲法21条が保障する表現の自由の保護が及ぶものであることは言うまでもない(博多駅事件最高裁大法廷決定など)。ところが、本法案は、防衛・外交・特定有害活動の防止・テロリズム防止の4分野の情報のうち特に秘匿が必要なものを行政機関の長が「特定秘密」として指定し、その漏えいに対して懲役10年以下の厳罰でもって禁止するだけでなく、特定秘密保有者の管理を害する行為により取得した場合も同様の処罰の対象とし、さらに漏えいや取得についての共謀・教唆・扇動にも罰則を科し、過失や未遂への処罰規定も置いている。
 以上のような仕組みが導入されてしまうと、まずなによりも、重要で広範な国の情報が行政機関の一存で特定秘密とされることにより、国民の知る権利が制約される危険が生じる。また、特定秘密を業務上取り扱う公務員や民間の契約業者の職員が萎縮することにより情報提供が狭められるのに加えて、漏えいへの教唆や取得なども犯罪として処罰されることにより、ジャーナリストの取材活動や市民の調査活動そのものが厳しく制限され、ひいては報道の自由や市民の知る権利が不当に侵害されかねない。なお、法案には、「報道の自由に十分配慮する」との規定も置かれているが(20条)、この種の配慮規定により、法案そのものの危険性を本質的に取り除くことはできない。
 このほか、本法案は、特定秘密を漏らすおそれがないよう秘密を取り扱う者に対する適性評価制度を導入し、評価対象者の家族関係や犯罪歴、病歴、経済的状態などを詳細に調査しようとしているが、これは個人のプライバシーを広範囲に侵害するものであり、不当な選別、差別を助長し、内部告発の抑止にもつながりかねない。また、秘密とされる範囲は広範囲に及び、かつ、漏えい等が禁止される事項も抽象的に書かれており、漠然としていて処罰の範囲も不明確であり、憲法31条が要求する適正手続の保障に反する疑いも強い。さらに、本法案が実現すると、秘密の中身が明らかにされにくく公開裁判が形骸化するおそれがあり、憲法37条が保障する公平な裁判所による迅速な公開裁判を受ける権利が脅かされかねない。
 2 憲法の国民主権の原理に反する
 憲法の国民主権の原理は、主権者である国民の意思に基づいて国政のあり方を決定していく政治のあり方を指しているが、これが十分に機能するためには、一人ひとりの国民が国政に関する事項について十分な情報にアクセスでき、その提供を受けられ、自由な表現・報道活動が行われ、これらによって主権者の意思が形成されることが前提である。
 ところが、本法案が提示しているのは、そのような国民主権の前提に反して、1にも記したとおり、防衛、外交、有害活動防止やテロ防止など国民が大きな影響を受ける重要な情報について、その入手、取材、伝達、報道、意見交換がさまざまな形で制限される仕組みとなっている。これでは、国民主権が拠って立つ基盤そのものが失われてしまうことになろう。
 そもそも、本法案の準備過程そのものが秘密の闇に包まれ国民に明らかにされないまま進められてきた経緯がある(NPO法人「情報公開市民センター」が、情報公開法によって本法案に関する情報の公開を請求したところ、内閣情報調査室は、「国民の間に不当に混乱を生じさせる」との理由で公開を拒否したと報告されている)。また、本法案が制定されることになれば、国会議員の調査活動や議院の国政調査権なども制限を受ける可能性が高く、国民主権の原理はますます形骸化されてしまいかねない。現に法案では、秘密の委員会や調査会に特定秘密が提供された場合、それを知りえた議員も漏洩等の処罰対象とされているからである。
 3 憲法の平和主義の原理に反する
 憲法は、戦争の放棄と戦力の不保持、平和的生存権を定める平和主義を宣言している。これからすれば、軍事や防衛についての情報は国家の正当な秘密として必ずしも自明なものではなく、むしろこうした情報は憲法の平和主義原則の観点から厳しく吟味し、精査されなければならないはずである。
本法案は、防衛に関する事項を別表で広く詳細に列記し、関連の特定有害活動やテロ防止活動に関する事項も含め、これらの情報を広く国民の目から遠ざけてしまうことになる。秘密の指定は行政機関の一存で決められ、指定の妥当性や適正さを検証する仕組みは何も用意されていない。しかも、本法案により、現在の自衛隊法により指定されている「防衛秘密」はそのまま「特定秘密」に指定されたものと見做され、懲役も倍化されるという乱暴なやり方が取られている。本法案のような広範な防衛秘密保護の法制化は憲法の平和主義に反し、許されないと言わなければならない。むしろ、防衛や安全保障に関する情報であっても、秘密を強めるのではなく、公開を広げることこそが現代民主国家の要請である。
 政府は、安全保障政策の司令塔の役割を担う日本版NSC(国家安全保障会議)の設置法案とともに本法案の制定を図ろうとしている。また自民党は先に「日本国憲法改正草案」を公表し、「国防軍」を創設するとともに、機密保持のための法律の制定をうたい、さらに、先に公表された「国家安全保障基本法案」では、集団的自衛権の行使を認めるとともに、秘密保護法の制定を示したが、本法案は、想定される武力の行使を見越して秘密保護をはかろうとするもので、憲法改正草案、国家安全保障基本法案と一体のものと見る必要がある。その背後には、GSOMIA(軍事情報包括保護協定)締結にも示されるように、日米の情報共有の進展を踏まえた秘密保護強化の要請がある。
 以上のように、本法案は基本的人権の保障、国民主権、平和主義という憲法の基本原理をことごとく踏みにじり、傷つける危険性の高い提案に他ならないので、私たちは重ねてその制定に強く反対する。
            2013年10月11日

 [呼びかけ人] (24人)
愛敬浩二(名古屋大学教授)、青井未帆(学習院大学法務研究科教授)、石村善治(福岡大学名誉教授)、市川正人(立命館大学教授)、今関源成(早稲田大学法学学術院教授)、上田勝美(龍谷大学名誉教授)、*右崎正博(獨協大学教授)、浦田賢治(早稲田大学名誉教授)、浦田一郎(明治大学法学部教授)、浦部法穂(神戸大学名誉教授)、奥平康弘(憲法研究者)、小沢隆一(東京慈恵会医科大学教授)、阪口正二郎(一橋大学大学院法学研究科教授)、*清水雅彦(日本体育大学准教授)、杉原泰雄(一橋大学名誉教授)、*田島泰彦(上智大学教授)、服部孝章(立教大学教授)、水島朝穂(早稲田大学教授)、本秀紀(名古屋大学教授)、森英樹(名古屋大学名誉教授)、*山内敏弘(一橋大学名誉教授)、吉田栄司(関西大学法学部教授)、渡辺治(一橋大学名誉教授)、和田進(神戸大学名誉教授)
(*印は世話人)
 [賛同人](2013年11月5日現在、131人)
<現役と見られる国公立大学(法人)教員のみ太字化しておく-掲載者>
 青木宏治(関東学院大学法科大学院教授)、浅川千尋(天理大学人間学部教授)、梓澤和幸(山梨学院大学法科大学院教授・弁護士)、足立英郎(大阪電気通信大学工学部人間科学研究センター)、荒牧重人(山梨学院大学)、飯島滋明(名古屋学院大学准教授)、池端忠司(神奈川大学法学部教授)、井口秀作(愛媛大学法文学部教授)、石川裕一郎(聖学院大学准教授)、石塚迅(山梨大学生命環境学部准教授)、石村修(専修大学法科大学院教授)、井田洋子(長崎大学教授)、伊藤雅康(札幌学院大学法学部教授)、稲正樹(国際基督教大学教授)、井端正幸(沖縄国際大学法学部教授)、浮田哲(羽衣国際大学現代社会学部教授)、植野妙実子(中央大学教授)、植松健一(立命館大学教授)、植村勝慶(國學院大學法学部教授)、江原勝行(岩手大学准教授)、榎透(専修大学准教授)、榎澤幸広(名古屋学院大学講師)、大石泰彦(青山学院大学教授)、大久保史郎(立命館大学教授)、太田一男(酪農学園大学名誉教授)、大津浩(成城大学法学部教授)、大塚一美(山梨学院大学等非常勤講師)、大藤紀子(獨協大学教授)、大野友也(鹿児島大学准教授)、岡田健一郎(高知大学講師)、岡田信弘(北海道大学法学研究科教授)、緒方章宏(日本体育大学名誉教授)、奥田喜道(跡見学園女子大学マネジメント学部助教)、奥野恒久(龍谷大学政策学部)、小栗実(鹿児島大学教員)、柏崎敏義(東京理科大学教授)、加藤一彦(東京経済大学教授)、金澤孝(早稲田大学法学部准教授)、金子匡良(神奈川大学法学部准教授)、上脇博之(神戸学院大学大学院実務法学研究科教授)、彼谷環(富山国際大学准教授)、河合正雄(弘前大学講師)、河上暁弘(広島市立大学広島平和研究所講師)、川岸令和(早稲田大学教授)、菊地洋(岩手大学准教授)、北川善英(横浜国立大学教授)、木下智史(関西大学教授)、君島東彦(立命館大学教授)、清田雄治(愛知教育大学教育学部教授)、倉田原志(立命館大学教授)、古関彰一(獨協大学教授)、越路正巳(大東文化大学名誉教授)、小竹聡(拓殖大学教授)、後藤登(大阪学院大学教授)、小林武(沖縄大学客員教授)、小林直樹(東京大学名誉教授)、小松浩(立命館大学法学部教授)、笹川紀勝(国際基督教大学名誉教授)、佐々木弘通(東北大学教授)、笹沼弘志(静岡大学)、佐藤潤一(大阪産業大学教養部)、佐藤信行(中央大学教授)、澤野義一(大阪経済法科大学教授)、志田陽子(武蔵野美術大学教授)、清水睦(中央大学名誉教授)、城野一憲(早稲田大学法学学術院助手)、鈴木眞澄(龍谷大学法学部教授)、隅野隆徳(専修大学名誉教授)、芹沢斉(青山学院大学教授)、高作正博(関西大学教授)、高橋利安(広島修道大学教授)、高橋洋(愛知学院大学大学院法務研究科)、高見勝利(上智大学法科大学院教授)、高良鉄美(琉球大学教授)、田北康成(立教大学社会学部助教)、竹森正孝(大学教員)、多田一路(立命館大学教授)、只野雅人(一橋大学教授)、館田晶子(専修大学准教授)、田中祥貴(信州大学准教授)、塚田哲之(神戸学院大学教授)、寺川史朗(龍谷大学教授)、戸波江二(早稲田大学)、内藤光博(専修大学教授)、永井憲一(法政大学名誉教授)、中川律(宮崎大学教育文化学部講師)、中里見博(徳島大学総合科学部准教授)、中島茂樹(立命館大学法学部教授)、永田秀樹(関西学院大学教授)、仲地博(沖縄大学教授)、中村睦男(北海道大学名誉教授)、長峯信彦(愛知大学法学部教授)、永山茂樹(東海大学教授)、成澤孝人(信州大学教授)、成嶋隆(獨協大学法学部教授)、西原博史(早稲田大学教授)、丹羽徹(大阪経済法科大学)、根本博愛(四国学院大学名誉教授)、根森健(新潟大学法務研究科教授)、野中俊彦(法政大学名誉教授)、濵口晶子(龍谷大学法学部准教授)、韓永學(北海学園大学法学部教授)、樋口陽一(憲法研究者)、廣田全男(横浜市立大学都市社会文化研究科教授)、深瀬忠一(北海道大学名誉教授)、福島敏明(神戸学院大学法学部准教授)、福島力洋(関西大学総合情報学部准教授)、藤野美都子(福島県立医科大学教授)、船木正文(大東文化大学教員)、古川純(専修大学名誉教授)、前原清隆(日本福祉大学教授)、松田浩(成城大学准教授)、松原幸恵(山口大学准教授)、丸山重威(前関東学院大学教授)、宮井清暢(富山大学経済学部経営法学科教授)、三宅裕一郎(三重短期大学)、三輪隆(埼玉大学特別教員・名誉教授)、村田尚紀(関西大学法科大学院教授)、元山健(龍谷大学法学部)、諸根貞夫(龍谷大学教授)、森正(名古屋市立大学名誉教授)、山崎英壽(都留文科大学非常勤講師)、山元一(慶応義塾大学教授)、横田耕一(九州大学名誉教授)、横田力(都留文科大学)、吉田稔(姫路獨協大学法学部教授)、横山宏章(北九州市立大学大学院社会システム研究科教授)、吉田善明(明治大学名誉教授)、脇田吉隆(神戸学院大学総合リハビリテーション学部准教授)、渡辺賢(大阪市立大学大学院法学研究科教授)、渡辺洋(神戸学院大学教授)

1217/撃論による「トンデモ憲法学者」-奥平康弘・樋口陽一・木村草太・長谷部恭男。

 撃論シリーズ・日本国憲法の正体(オークラ出版、2013)がその名のとおり、憲法改正問題を取りあげている。
 その中に「法学研究家」との奇妙な、初めて見る肩書きの人物による松葉洋隆「トンデモ憲法学者-その珍説の数々」がある(p.104-109)。
 そこで対象とされている「トンデモ憲法学者」は奥平康弘、樋口陽一、木村草太(首都大学)、長谷部恭男でいずれも東京大学関係者(所属または出身)だが、いかんせん字数が少なすぎる。とても「珍説の数々」を紹介した(かつ批判した)ものにはなっていない。松葉洋隆とはたぶんペンネイムだろうが、わざわざそうするほどでもないような文章だ。
 樋口陽一と長谷部恭男に限れば、秋月がこの欄で紹介しコメントしてきたものの方が、はるかに詳しいだろう。
 産経新聞や月刊正論とは違って、特定の現存の「トンデモ憲法学者」を対象にして批判しておくことは重要なことで、編集意図は立派だが、内容はそれに伴っていないようだ。
 上の4名のほかにも、愛敬浩二(名古屋大学)、水島朝穂(早稲田大学)、辻村みよ子(東北大学)、石川健治(東京大学)等々、有力な憲法改正反対論者は数多いし、青井三帆(学習院大学)等々のより若い「左翼」護憲学者が大学教員の地位を占めるに至っている。
 憲法改正の必要性を説き、一般的に護憲派を批判する論考や記事は多いかもしれないが、朝日新聞等の社説等ではなく、「九条の会」の呼びかけに賛同している大学所属の憲法学者の護憲の「理屈」を批判する雑誌論文等は少ないだろう。
 現在のマスコミ従事者や行政官僚(司法官僚=裁判官を除外する趣旨ではないが)等々の「日本国憲法」観を形成したのは圧倒的に樋口陽一らの「護憲」学者に他ならないから、理想的には、憲法改正を目指す者たちや団体は、そのような学者の論考を個別に検討し批判しなければならない。
 今の憲法学界の雰囲気を考慮すると、西修や百地章らにだけそのような仕事を負わせることは無理かもしれない、と想像はするけれども。

1179/憲法改正に関するTBS・NHKの「デマ」報道-2013年5月。

 〇5/03だったと思うが、NHKのニュース9は、外国の憲法改正手続の例としてアメリカ、ドイツ、韓国の三国のみを紹介していた。いずれも、現在の日本と同様かそれ以上に厳しい手続を用意している(そして、にもかかわらず頻繁に改正されている)例としての紹介だった。
 諸外国の憲法改正手続について詳しくはないのだが、アメリカとドイツは連邦国家で、各州の意向の反映方法という問題があるので、日本と直接に比較するのは適切ではない。残る韓国一国だけで、世界の趨勢などを知ることができるわけがない。
 と感じていたら、読売新聞5/11朝刊橋本五郎がこう書いていた。
 「改正条項を変えることに反対する人は、米国では両院の3分の2以上の賛成と4分の3以上の州議会の承認がなければ修正できないと強調する。フランスでは両院の過半数の賛成と国民投票で改正が可能であることを決して言わない」。
 念のために高橋和之編・新版世界憲法集(岩波文庫、2007)を見てみると、フランス1958年憲法89条2項が定める憲法改正手続は、政府・議員提案の場合の両院の議決につき2/3以上の要件を課しておらず、国民投票による承認が必要とのみ定める(どちらについても数字ないし割合の定めはなく過半数による議決と承認を意味していると解される)。なお、大統領が憲法改正議会に提案する場合には議会による3/5以上での承認が必要であり、かつこの場合は国民投票に付されない、とも定めている(89条3項)。
 要するに、基本的には、フランスでは両院議員の過半数で発議され、国民投票による過半数の承認で憲法が改正されることになっているようで、橋本五郎の言及内容は誤ってない。
 そうだとすると、なぜ大越健介らのNHKのニュース9はなぜフランスの例を紹介しなかったのだろう、という疑問が生じる。そして、答えは、NHKニュースは橋本のいう「改正条項を変えることに反対する人」によって作られている、そういう特定の立場に立っているということですでに<偏向>している、ということだ。
 くれぐれも注意する必要がある。すなわち、NHKの報道を信頼してはいけない。

 〇5/11夕方のTBS「報道特集」の憲法改正問題に関する取り扱い方は、自民党「日本国憲法改正草案」中の「表現の自由」に関する条項、より正確には現行の21条に2項として「前項の規定にかかわらず、公益及び公の秩序を害することを目的とした活動を行い、並びにそれを目的として結社をすることは認められない」を追加していることを批判することだった。
 キャスターやレポーターは次のように言って論難していた。<表現の自由の保障は大切だ、「公の秩序を害する」の意味が不明確だ、誰がそれを決めるのか>等。
 自民党の上の案が最善だとはまったく思わないが、しかし、TBS「報道特集」による上のような批判は適切ではなく、憲法についての無知をむしろさらけ出すものだ。
 わざわざ書くのも恥ずかしいようなことだが、TBS「報道特集」は、現行憲法のもとでは(自民党改憲案とは違って)「表現の自由」は無条件・無制約に保障されている人権だと思っているのだろうか。
 そんなことはない。直接に関係する21条だけではなく、包括的な「人権」規定とも言われる(従って「表現の自由」についてもあてはまる)12条・13条をきちんと読んでみたまえ。
 12条「国民は」「この憲法が国民に保障する自由及び権利」を「濫用してはならないのであって、常に公共の福祉のために利用する責任を負ふ」。13条「…幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、…国政の上で、最大の尊重を必要とする」。
 現行憲法のもとでも、「表現の自由」は「公共の福祉」による(内在的な)制約を受けていることは明らかなのだ。この点をより明確に、やや異なる表現で21条自体に追記しようとするのが、自民党案だろう。
 現行憲法21条についても<表現の自由の保障は大切だ、「公共の福祉」の意味が不明確だ、誰がそれを決めるのか>という批判はいちおうは成り立つのであり、自民党改憲案についてだけ言えることではまったくない。なお、最高裁を頂点とする司法部が最終的には法律制定その他の国家活動の合憲性を審査して「決める」ことは常識的なことで、「誰がそれを決めるのか」という疑問を発すること自体も、担当者の無知または「幼稚さ」を示している。
 要するに、TBS「報道特集」は、さすがにTBSらしく、何やら深刻ぶりつつ自民党による憲法改正の動きに対していちゃもんを付けておきたかったのだろう。かりにそれはよいとしても、もう少し憲法についてきちんとした知識・素養にもとづいて「報道」しないと嗤われるだけだ。<陰謀・謀略のTBS>は、しかし、そうした姿勢を正すことはないのだろう。
 〇6年前にこの欄に書いたことを読み返していて、憲法学者・阪本昌成の言説を次のように紹介していたことを思い出した。元の雑誌(ジュリスト1334号)で再確認することなく、もう一度掲載しておく。  平和主義」ではなく「国家の安全保障体制」と表現すべき。九条は「主義・思想」ではなく国防・安全保障体制に関する規定だからだ(p.50)。/「平和主義」という語は「結論先取りの議論を誘発」するが、「平和主義」はじつは「絶対平和主義」から「武力による平和主義」まで多様だ。
 「平和主義」という言葉を単純に使っている朝日新聞等の護憲派(九条2項削除反対派)の人々は、上の短い部分だけでもきちんと読みたまえ。
 「平和主義」の中には現九条2項も入るのかを明確にすべきだし、武力・軍隊の保持による「平和」追求もまた「平和主義」であることを知らなければならない。

 阪本昌成はまた自らの著書の中で次のようにも書いていた。「平和主義」を現憲法の三大原理の一つなどと単純に理解してはいけない。

 <阪本は、「日本国憲法の基本原則は、「国民主権・平和主義・基本的人権の尊重」といった簡単なものではな」く、次の6つの「組み合わせ」となっている、とする。/1.「代議制によって政治を行う」(代議制・間接民主主義)、2.「自由という基本的人権を尊重する」(自由権的基本権の尊重)、3.「国民主権を宣言することによって君主制をやめて象徴天皇制にする」(国民主権・象徴天皇制)、4.「憲法は最高法規であること(そのための司法審査制)を確認し、そして、「よくない意味での法律の留保」を否定する」(法律に対する憲法の優位・対法律違憲審査制)、5.「国際協調に徹する安全保障をとる」(国際協調的安全保障)、6.「権力分立制度の採用」(権力分立制)。> 

1171/<憲法は国民が国家を縛るもの>考。

 〇現憲法9条の「アクロバット」な解釈(読売4/17)を用いて、政府により自衛隊は「軍その他の戦力」に該当しない合憲の存在とされ、「自衛戦争」はできないが(国際法上または国家の自然権として認められる)「自衛権の行使」は(集団的自衛権のそれでなければ)許される、そのための核兵器の保有も禁止されていない、とされた。
 この常識的には苦しい解釈を政府が採ってこざるをえなかった大きな理由の一つは、正規の憲法改正・9条2項の改定が、国会内の1/3以上の「護憲」=少なくともかつては明確な親コミュニズム・親社会主義勢力の存在によってずっと不可能だったことによる。

 〇さて、<憲法は国民が国家を縛るもの>という正しそうな命題を肝心のわが日本国憲法にあてはめると、まずは、「国民」がこの憲法を制定したのか、という問題にぶちあたる。そして制定時の衆議院・貴族院は当時の国民を代表していたのか、前者の衆議院に限っても、実際には「制憲議会」となった衆議院議員選挙において国民や議員立候補者は「新憲法」案の内容をいかほどに知っており、いかほどの知識にもとづいて選挙運動や投票行動をしたのか等の疑問が生じる。結果として支持され、定着した、というだけでは、国民または国民代表が憲法を制定したことにはならないはずだ。
 現憲法が明治憲法(大日本帝国憲法)の改正手続にのっとり、新憲法施行と同時に廃止された貴族院での議論も経て、天皇(昭和天皇)により公布されたこと、そのかぎりで天皇が旧憲法を「改正」したといっても決して誤りではないことをどう見るか、という問題もある。
 日本国民でも昭和天皇でもなく、GHQが作った、という理解が、実態には最も近いように見える。たしかに一院制から参議院を含む二院制への変更など日本側の意見も採用されてはいるが、より基本的なところは<マッカ-サ-が1週間で作った>、憲法には素人のベア-テ・シロタや、法学部を出ていても憲法の専門家では決してないGHQの軍人たちが、応急的かつ大胆な原案を作ってそれが基本的にそのまま維持された、と言ってよいだろう。
 <憲法は国民が国家を縛るもの>というとき、日本国憲法のかかる出自に関する疑念・問題意識が湧かないようでは困る。
 上の諸論点には立ち入らない。「八月革命説」によるとその八月から新憲法施行までの期間はいかなる法状態だったのか、旧憲法は生きていたのか、少なくとも「非民主的」部分は失効していたのか等々の問題が生じる。学界では多数説になったらしいこの説の主唱者だった東京帝国大学教授・宮沢俊義は、この問題等々をじつに巧妙に説明または回避しているのだが、それの紹介も別の機会に譲る。
 そもそも「国民」は現憲法制定時に存在したのか、という大きな問題が、悲しくも、わが現憲法には付着している。
 つぎに、<国民が国家を縛る>というときの「国民」とは、上記の諸問題を一切捨象していうと、制定・施行時の「国民」に他ならない。日本についていうと、かつての、60年以上前に存在した国民が現在の国家を縛っていることになる。
 現在の「国家」のうち、最も意識されなければならないのは国民代表議会である国会だ。そうすると、憲法は国家を縛るとは、60年以上前の国民が現在(まで)の国会を拘束している、ということであり、国会が制定する法律を縛っている、ということを意味する。
 上のことは、憲法の決定的に重要な機能が、そのときどきの国民によって選出される議員によって構成される国会が制定する法律を「縛る」ことであることを意味している。要するに、法律は憲法に違反してはいけない、そのときどきの主権者国民の代表者でも超えられない、違反できない、枠あるいは基本的基準を憲法を定めている、ということだ。これをたんなる理念・理論で終わらせないために、司法部に法律に対する違憲審査権が与えられている(仕組みは憲法裁判所をもつドイツや韓国もあるなど種々だが、中国等とは異なる自由主義・三権分立国家では法律の合憲性が審査される)。
 ということは、さらにいえば、60年以上前の国民の意思が現在までの国民(および国民代表議会)を拘束してきたことになる、といえる。
 実際にも、法律を違憲とした(一部規定を無効とした)最高裁判決がいくつかある。

 <憲法は国民が国家を縛るもの>とは、平たくいえば、制定時の国民の意思がその後の国民(代表議会)の意思決定を制約するということだ。そして、前回書いたように、憲法を遵守している法律は、行政部や司法部を拘束する。そのようにして憲法は「国家」各部門を縛っていることになる。
 一般論としていうと上のとおりだが、問題ははたして60年以上前の国民の意思(とされているもの)がその後、そしてとくに現在においても絶対的なものなのか、だ。絶対的・永久的な拘束ではないことは、現憲法が(諸外国憲法と同様に)「憲法改正」に関する条項をもつことでも明らかだ。
 憲法改正は実際上困難だったが(96条の要件)、しかしつねに<よりマシな、よりよい憲法>を追求する姿勢を失ってはならなかった。だが、しかし、日本の憲法学の学者もマスメディアもほとんどと言ってよいほど、それを怠ってきた。まことに恥ずかしいことだ。

 いいかげんに目を覚まして、まともでふつうの国民に、あるいはまともでふつうの憲法学者やマスコミ等にならなければならない。
 以上、2013年4月時点での述懐。

1131/阪本昌成・憲法理論Ⅰ(成文堂)を少し読む。

 〇「ハイエキアン」と自称し、「マルクス主義憲法学者」は反省すべきだ、と指摘したことのある稀有の(現役の)憲法学者が、阪本昌成(1945-)だ。
 政治的・現実的な運動に関与することに積極的ではない人物なのだろうが、このような人を取り込み、論者の一人のできないところに、現在のわが国の<保守>論壇の非力・限界を見る思いがする。
 阪本の憲法理論Ⅰ・Ⅱ(前者の第二版は1997、後者は1993が各第一刷)は、多くの憲法学概説書と異なっているので司法試験受験者は読まないのだろうが、憲法学・法学を超えて、広く読まれてよい文献だろう。
 Ⅰ(第一版)の「序」で阪本昌成は次のようにも書く-「なかでも、H・ハートの法体系理論、F・ハイエクの自由と法の見方、L・ウィトゲンシュタインのルールの見方は、わたしに決定的な知的影響を与えた。本書の知的基盤となっているのは、彼らの思考である」。
 Ⅱの「序」では、こうも書いている-「F・ハイエクは、人びとの嫉妬心を『社会的正義』の名のもとで正当化し、かきたてる学問を嫌ったという。本書の執筆にあたっての基本姿勢は、ハイエクに学んだつもりである」。
 阪本昌成・憲法理論Ⅰ〔第二版〕(成文堂、1997)の特徴の一つは、ふつうの憲法学者・研究者がどのように考え、説明しているのかが明瞭ではないと思われる「国家」そのものへの言及が見られることだ。
 この書の第一部は「国家と憲法の基礎理論」で、その第一章は「国家とその法的把握」、第二章は「国家と法の理論」だ。こういう部分は、ほとんどの憲法学者による書物において見られないものだと思われる。
 〇上の第一章のうち、「第四節・国家の正当化論(なにゆえ各人が国家を承認し、国家に服従するのか)」(p.21-)から、さらに、「国家の正当化を問う理論」に関する部分のみを、要約的に紹介しておく(p.23-26)。
 歴史上、「国家正当化論」として、以下の諸説があった。  ①「宗教的・神学的基礎づけ」 (典型的には王権神授説)。  ②「実力説」。近くは国家を「本質的に被抑圧階級、被搾取階級を抑圧するための機関」と見るマルクスやエンゲルスの論に典型が見られ、G・イェリネックは、この説の実際的帰結は国家の基礎づけではなく、国家の破壊だと批判的に言及した。  ③「家父長説」。G・ヘーゲルが理想とした「人倫国家」論はこれにあたるが、絶対君主制を正当化する特殊な目的をもつものだった。
 ④「契約説」。国家形成への各人の「合意」のゆえに「その国家は正当」だとする「意思中心の理論」。ブラトンにも見られ、ホッブズははじめて「原子論的個人」を「国家」と対峙させた。これ以降の契約論は、「個々人の自由意思による合理的国家の成立」を説明すべく登場した。
 J・ロックは「意思の一致」→契約は遵守されるべき(規範)→「正当な服従義務」という公式を援用したが、曖昧さがあった。
 J・ルソーの「社会契約論」は、「政治的統一体の一般意思に各人の意思が含まれるがゆえに正当であり、各人は自己を強制するだけ」、「一般意思を脅威と感じる必要もない」、とする「楽観論」でもあり、「集団意思中心主義の理論」でもある。
 ルソーの議論は「正当な国家の成立」・「自由保障の必然性」を見事に説いたかのごとくだが、この「社会契約」は「服従契約」でもあった、すなわち市民(個人)は、「契約によって、共同体意思に参加するものの、同時に、臣民として共同体意思に服従する」。ルソーはこれをディレンマとは考えなかった。現実の統治は「一般意思」にではなく「多数」者によって決せられるが、彼は、個々の個人のそれと異なる見解の勝利につき、「わたしが一般意思と思っていたものが、実はそうではなかった、ということを、証明しているにすぎない」と答えるだけ(p.25)。実体のない「集団的意思」・「集団精神」の類の概念の使用は避けるべきなのだ。
 以上の諸説のうち今日まで影響力を持つのは「社会契約論」。この論は「合理的な国家のあり方」を説いた。  しかし、「一度の同意でなぜ人々を恒久的に拘束できるのか、という決定的な疑問が残されている」。  といった欠陥・疑問はあるが、「契約の主体が、主体であることをやめないで、さらに自らを客体となる、と説く」一見、見事な論理で、法思想史上の大きな貢献をした。「契約説は、新しい国民主権論と密接に結合することによって、国家存在の正当化理由、統治権限の淵源、その統治権限を制約する自然権等を、一つの仮説体系のなかで明らかにした」(p.26)。  これはノージックやロールズにも深い影響を与えている。「社会契約論」的思考は、「方法的個人主義」に依りつつ「個々人の意思を超えるルールや秩序」の生成淵源を解明しようとする。
 但し、これまでの「国家正当化論」は「抽象的形而上学的思索の産物」で、これによってしては「現実に存在する、または歴史的に存在してきた国家を全面的に正当化することは不可能である」。現実の国家が果たす「目的」によってのみ国家の存在は正当化される。かくして、「国家目的論」へと考察対象は移行する(p.26)。
 以下の叙述には機会があれば言及する。ともあれ、ルソー(らの)「社会契約論」によって(のみでは)「国家」成立・形成・存在を正当化しようとしていないことは間違いない。
 〇翻って考えるに、日本「国家」は、何ゆえに、何を根拠として、そもそもいつの時点で、形成されたのか?
 かりに大戦後に新しい日本「国家」が形成されたとして(いわゆる「非連続説」に立つとして)、そこにいかなる「社会契約」があったのか? この問題に1947年日本国憲法はどう関係してくるのか?
 外国(とくに欧米)産の種々の「理論」のみを参照して、日本に固有の問題の解決または説明を行うことはできないだろう、という至極当然と思われる感慨に再びたどり着く。

1111/日本国憲法「無効・破棄」論について②。

 今年2月下旬に石原慎太郎が現憲法無効・破棄論を述べたと伝えられたとき、無茶・無謀と感じつつ、ここでは採り上げないつもりでいた。佐伯啓思が<本来は無効>と書いたのを知っても、同様だっただろう。
 だが、再び論及したくなったのは、月刊正論5月号(産経新聞社)が、「ハイ/正論調査室」という欄の中で、<憲法破棄>の可能性を問う一読者の質問に対する別の二人の読者の回答を紹介し、かつ二人の回答はいずれも<(論理的には)不可能ではない>という点では共通していた、ということによる。
 わざわざ2頁余を、この問題に費やした産経新聞・月刊正論編集部(桑原聡編集長)の意図はわからないが、こういうかたちで議論が広がり、混乱・錯綜が生じることは<憲法改正(=新憲法制定)>のためにはよくないだろう。
 さて、石原慎太郎の「憲法破棄」論(憲法破棄可能が前提)は、現憲法は「無効」との論を前提としていると思われ、そして、憲法「破棄」とは「無効宣言」または「無効確認(決議・決定)」を意味している、後者と同意義のものだと理解して差し支えないだろう。
 そして、石原慎太郎発言を受けて、日本国憲法無効論者のブログサイトは勢いづいて?いるようでもある。
 しかし、この日本国憲法「無効論」は、①「破棄」または「無効宣言」という手続を一つ加えるために、<憲法改正(=新憲法制定)>を却って遅らせるものだ、②「無効宣言」・「破棄」の権限主体に法的問題もあり、かつ現実的にはそれが行われる可能性はゼロに近い、(したがって賛同できない)というのが私の結論だった(あくまでも要点の要約だが)。
 すでに、この欄の以下で、日本国憲法「無効論」については何度か論及してきた。詳しくは、以下を(有効の論拠については大石眞の著に言及したものを)参照していただきたい(このテーマ以外のものを含むものもある)。
 ①「「日本国憲法無効」論に接して―小山常実氏の一文を読む。」2007/04/23。  ②「渡部昇一は日本国憲法改正に反対している!」2007/04/26。  ③「立花隆の現憲法論(つづき)と国民投票法反対姿勢。」2007/04/28。  ④「日本国憲法無効論はどう扱われてきたか(たぶん、その1)。」2007/04/29。  ⑤「潮匡人・憲法九条は諸悪の根源(PHP、2007)の渡部昇一氏による書評。」2007/04/29。  ⑥「小山常実・憲法無効論とは何か(展転社、2006)を少し読む。」2007/05/04。  ⑦「別冊宝島・日本国憲法特集号の「奇怪」と……」2007/05/10。  ⑧「小山常実氏の日本国憲法無効論に寄せて-その2。」2007/05/23。  ⑨「日本国憲法「無効」論とはいかなる議論か-たぶんその3。」2007/05/24。  ⑩「1956年3月衆議院内閣委員会での神川彦松公述人と石橋政嗣委員の質疑。」2007/05/28。  ⑪「大石眞・憲法講義Ⅰ(有斐閣、2004)の一部を読む-日本国憲法はなぜ有効な憲法か。」2008/12/26。  ⑫「竹田恒泰は安易に「真正保守」と語ることなかれ」。2009/10/05。  ⑬「もはや解散・総選挙以外にない+渡部昇一の妄論。」2011/03/03。  ⑭「西尾幹二は渡部昇一『昭和史』を批判する。」2011/07/07。  既述のように、日本国憲法「無効論」の影響を受けて、これを支持している者に、渡部昇一、兵藤二十八、秦奈津子らがいる。
 この人たちの文章を読むことはあるが、この欄で言及することがそのわりには少ないのは、渡部昇一らが安易に「無効論」に依りかかっている(がゆえに信頼性が低い)と感じているのが理由だ。
 月刊正論5月号での読者回答文や石原慎太郎の発言内容について言及するために、もう一回だけ、別の機会にこの欄でこのテーマを採り上げることにする。

1019/西尾幹二による樋口陽一批判②。

 前回のつづき。西尾幹二は、「ルソー=ジャコバン型モデルの意義を、そのもたらす痛みとともに追体験することの方が重要」という部分を含む樋口陽一の文章を20行近く引用したあと次のように批判する。
 ・「まずフランスを上位に据えて、ドイツ、日本の順に上から序列づける図式的思考の典型例」が認められる。「後進国」ドイツ・日本の「劣等感」に根拠があるかのようだった「革命待望の時代にだけ有効な立論」だ。革命は社会の進歩に逆行するという実例は、ロシア・中国で繰り返されたのだ(p.73-74)。
 ・中間団体・共同体を破壊して「個人を…裸の無防備の状態」にしたのが革命の成果だと樋口陽一は考えているが、中間団体・共同体の中には教会も含まれる。そして、王制だけではなく「カトリック教会」をも敵視した「ルソー=ジャコバン型」国家は西欧での「一般的な歴史展開」ではなく、フランスに「独自の展開、一つの特殊で、例外的な現象」だ。イエ・家族を中間団体として敵視するフランス的近代立憲主義は「日本の伝統文化と…不一致」だ(p.74-75)。
 ・日本では「現に樋口陽一氏のようなフランス一辺倒の硬直した頭脳が、国の大元をなす憲法学の中心に座を占め、若い人を動かしつづけている」。「樋口氏の弟子たちが裁判官になり、法制局に入り、…などなどと考えると、…背筋が寒くなる思いがする」(p.75)。
 ・オウム真理教の出現した戦後50年めの椿事は、「『個人』だの『自由』だのに対し無警戒だった戦後文化の行き着いた到達点」で、「解放」を過激に求めつづけた「進歩的憲法学者に煽動の責任がまったくなかったとは言いきれまい」。「解放と自由」は異なる。何ものかへの「帰依」なくして「自我」は成立せず、「信従」なくして「個性」も芽生えない。「共同体」をいっさい壊せば、人間は「贋物の共同体に支配される」(p.75)。
 ・「樋口氏の著作」を読んでいると、「社会を徹底的に『個人』に分解し、アトム化し、その意志をどこまでも追求していく結果、従来の価値規範や秩序と矛盾対立の関係が生じた場合に、『個人』の意志に抑制を求めるのではなく、逆に従来の価値規範や秩序の側に変革を求めるという方向性」が明確だ。「分解され、アトムと化した『個人』の意志をどこまでも絶対視する」結果、「『個人』はさらに分解され、ばらばらのエゴの不毛な集積体と化する」(p.75-76)。
 ・「『個人』の無限の解放は一転して全体主義に変わりかねない。それが現代である。ロベスピエールは現代ではスターリンになる可能性の方が高い」。実際とは異なり「概念操作だけはフランス的で…『個人』を無理やり演出させられていく」ならば、東北アジア人としての「実際の生き方の後ろめたさが陰にこもり、実際が正しければ正しいほど矛盾が大きくなる」、というのが日本の現実のようだ(p.76)。
 以上。法学部出身者または法学者ではない<保守>論客が、特定の「進歩的」憲法学者の議論(の一部)を正面から批判した、珍しいと思われる例として、紹介した。  樋口陽一らの説く「個人主義」こそが、個々の日本人を「ばらばらのエゴの不毛な集積体」にしつつある(またはほんどそうなっている)のではないか。
 本来は、このような批判的分析・検討は、樋口陽一に対してのみならず、古くは宮沢俊義や、新しくは辻村みよ子・浦部法穂や長谷部恭男らの憲法学者の議論・主張に対して、八木秀次・西修・百地章らの憲法学者によってこそ詳細になされるべきものだ。「国の大元をなす憲法学の中心」が<左翼>によって占められ続けているという現実を(そしてむろんその影響はたんに憲法アカデミズム内に限られはしないことを)、そして有効かつ適切な対抗が十分にはできていないことを、少数派に属する<保守>は深刻に受けとめなければならない。

1018/西尾幹二による樋口陽一批判①。

 一 フランス革命やフランス1793年憲法(・ロベスピエール)、さらにはルソーについてはすでに何度か触れた。また、フランスの「ルソー=ジャコバン主義」を称揚して「一九八九年の日本社会にとっては、二世紀前に、中間団体をしつこいまでに敵視しながらいわば力ずくで『個人』をつかみ出したルソー=ジャコバン型個人主義の意義を、そのもたらす痛みとともに追体験することの方が、重要なのではないだろうか」(自由と国家p.170)とまで主張する樋口陽一(前東京大学・憲法学)の著書を複数読んで、2008年に、この欄で批判的にとり上げたこともある。以下は、その一部だ。
 ・「憲法学者・樋口陽一はデマゴーグ・たぶんその1」
 ・「樋口陽一のデマ2+……」

 ・「憲法デマゴーグ・樋口陽一-その3・個人主義と『家族解体』論」
 ・「樋口陽一のデマ4-『社会主義』は『必要不可欠の貢献』をした」
 ・「憲法学者・樋口陽一の究極のデマ-その6・思想としての『個人』・『個人主義』・『個人の自由』」
 二 西尾幹二全集が今秋から刊行されるらしい。たぶん全巻購入するだろう。
 西尾『皇太子さまへのご忠言』以外はできるだけ西尾の本を購入していたが、西尾幹二『自由の恐怖―宗教から全体主義へ』(文藝春秋、1995)は今年になってから入手した。
 上の本のⅠの二つ目の論考(初出、諸君!1995年10月号)の中に、ほぼ7頁にわたって、樋口陽一批判があることに気づいた(既読だったとすれば、思い出した)。西尾は樋口陽一の『自由と国家』・『憲法』・『近代国民国家の憲法構造』を明記したうえで、以下のように批判している。ほとんど全く異論のないものだ。以下、要約的引用。
 ・「善かれ悪しかれ日本は西欧化されていて、国の基本をきめる憲法は…西欧産、というより西欧のなにかの模造品」だ。法学部学生は「西欧の法学を理想として学んだ教授に学んで、…日本人の生き方の西欧に照らしての不足や欠陥を今でもしきりに教えこまれている。……西欧人に比べて日本人の『個』はまだ不十分で…たち遅れている、といった三十年前に死滅したはずの進歩派の童話を繰り返し、繰り返しリフレインのように耳に注ぎこまれている」(p.70)。
 ・「例えば憲法学者樋口陽一氏にみられる…偏光レンズが『信教の自由』の憲法解釈…などに影響を及ぼすことなしとしないと予想し、私は憂慮する」(同上)。
 ・「樋口氏の文章は難解で読みにくく…符丁や隠語を散りばめた閉鎖的世界で、いくつかの未証明の独断のうえに成り立っている。それでも私は……など〔上記3著-秋月〕、氏の著作を理解しよう」とし、「いくつかの独断の存在に気がついた」(p.71)。
 ・「『日本はまだ市民革命が済んでいない』がその一つ」だ。樋口によると、「日本では『個人』がまだ十分に析出されていない」。「近代立憲主義を確立していくうえで、日本は『個人』の成立を阻むイエとか小家族とか会社とか…があって、今日でもまだ立ち遅れの著しい第一段階にある」。一方、「フランス革命が切り拓いたジャコバン主義的観念は『個人』の成立を妨げるあらゆる中間団体・共同体を否定して、個人と国家の二極のみから成る『ルソー=ジャコバン型』国家を生み出す基礎となった」。近代立憲主義の前提にはかかる「徹底した個人主義」があり、それを革命が示した点に「近代史における『フランスの典型性』」がある。―というようなことを大筋で述べているが、「もとよりこれも未証明の独断である。というより、マルクス主義の退潮以後すっかり信憑性を失った革命観の一つだと思う」(同上)。
 ・フランス本国で「ルソー=ジャコバン型」国家なる概念をどの程度フランス人が理想としているか、「私にははなはだ疑わしい」。「ジャコバン党は敬愛されていない。ロベスピエールの子孫の一族が一族の名を隠して生きたという国だ」。ロベスピエールはスターリンの「先駆」だとする歴史学説も「あると聞く」。それに「市民革命」経ずして「個人」析出不能だとすれば、「革命」を経た数カ国以外に永遠に「個人」が析出される国は出ないだろう。「樋口氏の期待するような革命は二度と起こらないからである」。「市民革命を夢みる時代は終わったのだ」(p.71-72)。
 ・樋口陽一の専門的議論に付き合うつもりはない。だが、「どんな専門的文章にも素人が読んで直覚的に分ることがある。氏の立論は…今述べた二、三の独断のうえに成り立っていて」、その前提を信頼しないで取り払ってしまえば、「立論全体が総崩れになるような性格のもの」だ(p.72)。
 ・樋口陽一「氏を支えているのは学問ではなく、フランス革命に対する単なる信仰である」(同上)。
 まだあるが、長くなったので、別の回に続ける。  

1009/国民主権=ナシオン主権と人民主権=プープル主権、高橋彦博著。

 高橋彦博・左翼知識人の理論責任(窓社、1993)の著者自身は<左翼>のようだ。だが、左翼内部での批判(とくに対日本共産党?)を含んでいるようで、興味がわく。
 この本のp.151以下の「『国民主権(人民主権)』論」によると、日本共産党の見解と見てよい新日本出版社刊行の『社会科学辞典』の中の「国民主権」の説明はつぎのように変化した、という。
 ①1967年版-「主権は資本家階級や大地主、独占資本家をふくむ国民全体にあるとされるが、事実上の権力は特権的支配層によってにぎられている」。
 ②1978年版-日本国憲法の国民主権規定は「不徹底な面をのこしている」が、「人民が主権を直接に行使するという意味の人民主権の実現の可能性を排除していない」。
 ③1989年版-「主権は国民にあるとされるが、国家権力は支配層によってにぎられている」。
 その後、④1992年版では、国民主権概念に対する「批判的視点が払拭」された、という。そして、人民主権は国民主権と同義とされ、日本共産党は「国民主権の戦前からの担い手」だったと主張されるに至っている、とされる。
 このような変化を、高橋は批判的に見ている。そして次のように書く。
 「国民主権をナシオン主権とし、人民主権をプープル主権として、両者の違いを強調する」のが「従来のマルクス主義憲法学の力点」で、この両者の峻別こ「戦術的護憲」論の「立脚点」があったはずではないか(p.155)。
 上の指摘自体もじつに興味深いのだが、国民主権=ナシオン主権と人民主権=プープル主権といえば、憲法学者・辻村みよ子(東北大学)がフランス憲法(思想)史に依拠しつつ日本国憲法における両者の採用の仕方に着目した研究をしていたことを思い出す。樋口陽一(前東京大学)や杉原泰雄(前一橋大学)もこの議論に加わっていたはずだ。

 ブルジョア民主主義憲法は「国民主権」で、「プロレタリアート独裁権力の樹立を目指す」(高橋上掲書p.153)のが「人民主権」論だとの基本的なところでは合致しつつ、日本国憲法がどの程度において(どの条項に)「人民主権=プープル主権」的要素を包含しているのかが、おそらく論争点だったのだろう(過去ではなく現在でも少しは議論されているのかもしれない)。
 辻村みよ子は七〇年代に上の区別に着目して研究を開始し、八〇年代末に著書としてまとめて刊行したが、それはソ連崩壊の直前だった。日本共産党との組織的関係は不明だが、せっかくの峻別も、上の高橋によると、政治党派(政治運動)レベルでは厳密には生かされていないようだ。

 それとともに感じるのは、辻村みよ子、樋口陽一、杉原泰雄のいずれも、現憲法解釈論には違いがあったかもしれないが、<人民主権=プープル主権>の方向に向かうべきだ、との実践的意欲をもっていたにもかかわらず、それを隠してきた、ということだ。高橋は「従来のマルクス主義憲法学」という表現を簡単に使っているが、辻村みよ子らは自分たちが「マルクス主義」に立つ「マルクス主義憲法学」者であることを、決して公言はしなかっただろう。
 ソ連崩壊=有力または最大の「社会主義」国家の解体の後に、辻村みよ子は「人民主権」ではなく(むろん「国民主権」ではない)「市民主権」ということを言い始め、男女共同参画やジェンダー・フリー(憲法学)へと表向きの関心を変えているようだ。

 こうした一人の(少なくとも従来の)マルクス主義者または「左翼」(学者・知識人)の動向は、中西輝政・強い日本をめざす道―世界の一極として立て(PHP、2011)p.150以下の、「粧いを新たにした」左翼の「見えない逆襲」に関する叙述に、完全に符合している。
 中西輝政のこの本には別の機会に言及する。なぜ、マルクス主義者を中核とする<左翼>は生き延び、日本の多数派を形成してしまっているのか?

0953/辻村みよ子・フランス革命の憲法原理(1989)は「社会主義」の失敗・死滅を予想していたか。

 一 ブレジンスキーはアメリカ中心の歴史観・時代観に立っているだろうし、共産主義に対する「民主主義」の勝利という書き方をしているのも、欧米的「民主主義」に万全の信頼を置かないかぎり、全面的には賛同できないところがある。

 だが、1989年の前半の時点で<共産主義の死滅>を明瞭に予測した書物(伊藤憲一訳・大いなる失敗、計366頁)を執筆しえたことは、やはり記憶にとどめられてよいものと思われる。

 二 ところで、既に言及している辻村みよ子・フランス革命の憲法原理―近代憲法とジャコバン主義(日本評論社)は、1989年7月に刊行されている。

 この書は序章によると、「人民主権」原理による男子普通選挙制・人民投票制等の「民主的な内容」をもったためにフランスで「最も民主的な憲法」等と評価されてもいる1793年憲法、パリ・コミューンや第二次大戦後の「左翼共同政府綱領」等々においていわば「反体制のシンボル」たる役割を果たしてきた1793年憲法、について、「その特質とブルジョワ憲法としての限界を明らかにしよう」とするもので、同時に、①「ブルジョワ革命期憲法」=「近代市民憲法」の「本質と限界」等にもアプローチし、②「近代市民憲法の嫡流である日本国憲法の諸原理との比較研究」も行う(p.3-6)。

 フランス革命の簡単な通史である河野健二・フランス革命小史(岩波新書、1959)は、むろん辻村著のごとく1793年憲法に詳細に立ち入っていないが、「ルソーの問題意識と理論の継承者」だったとするモンターニュ派=ジャコバン派の支配したフランス革命の一時期と1793年憲法について、次のように書いていた。

 ・1793年憲法は「ルソー的民主主義を基調」とし、「『人民』主権」を採り、議員は選挙民に「拘束」された。この最後の点は「『一般意思』は議員によって代表されないというルソーの理論の適用」だった(p.148)。のちの「民主主義者たち」や「二月革命期の共和派左翼」は「福音書」扱いし、「革命の最大の成果をこの憲法のなかにみた」(p.148-9)。

 ・ロベスピエールとともに公安委員会委員だったサン=ジュストは「反革命容疑者の財産を没収」し「貧しい愛国者たちに無償で分配」することを定める法令を提案し制定した。「ルソーが望んだように『圧制も搾取もない』平等社会を実現」することを企図したものだが、「資本主義が本格的にはじまろう」という時期に「すべての人間を財産所有者にかえようとする」ことは「しょせん『巨大な錯覚』(マルクス)でしかなかった」(p.157)。
 ・経済的には「ブルジョア革命」は1793年5月に終わっていたので、その後に「ロベスピエールが小ブルジョア的な精神主義」に陥ったときに「危機が急速度にやってきた」。しかし、「ロベスピエール派」の「政治的実践」は「すべて無効」ではない。国王処刑と独裁は「一切の古い機構、しきたり、思想を一挙に粉砕し、…政治を完全に人民のものにすることができた」。「この『
フランス
革命の巨大な箒』(マルクス)があったからこそ、人々は自由で民主的な人間関係をはじめて自分のものとすることができた」(p.166-7)。
 ・この時期に「私有財産にたいする攻撃、財産の共有制への要求があらわれた」。とくにロベスピエールは、「すべての人間を小ブルジョア的勤労者たらしめる『平等の共和国』」を樹立しようとしたが、この意図は「輪郭がえがかれたままで挫折した」(p.190)。
 ・「資本主義がまさに出発」しようとしているとき、「すべての人間を小ブルジョアとして育成し、固定させようとすることは、歴史の法則への挑戦であった」。「悲壮な挫折は不可避」だった(p.190)。

 この河野健二著は、ジャコバン独裁期と1793年憲法の「特質と限界」を、すでに簡潔に述べていた、と言えるだろう。

 河野によれば、大まかにいって、ジャコバン独裁期と1793年憲法は、「民衆」とともに(「民衆」のための)急進的平等主義を目指したがゆえに「歴史の法則」に反し、そのゆえに不可避的に「悲壮な挫折」をした。

 辻村みよ子もまた、より複雑に叙述しているとはいえ、河野健二と似たようなことを書いている。例えば、総括的な章の中に、1793年憲法が「民主的・急進的な憲法原理」を持っていたことを認めたうえでの、次のような文章がある。

 ・1793年憲法の「不完全な」「人民主権」原理でさえ、ロベスピエールらは「あくまで(議会)ブルジョアジー」で「民衆」とは一線を画し、「民衆の利益を共有することは本来的に不可能」だったために、「危機」がなくとも実施されなかっただろう。

 ・「一方、主権者としての民衆も、この民主的な憲法を実施するには、あまりにも未熟」だった(p.376)。

 河野はロベスピエールは「民衆の力を基礎として資本の支配に断乎たるたたかいを挑み、一時的にせよ、それを成功させた最初の人間」だと評するのに対して、辻村はロベスピエールらは「民衆」とは社会基盤を異にする「議会ブルジョアジー」だったとする。このような、あるレベルでは重要かもしれない違いはあるが、<「民衆」を基礎にしたさらなる(徹底的な)変革を現実に行うには、時代的・時期的な限界があった>という点では共通の理解があるものと思われる。

 興味があるのは、1989年に書物を刊行したとき、辻村みよ子は、いかなる時代状況、あるいはいかなる「歴史の発展」方向にかかる意識・認識をもっていたのか、だ。

 ほぼ同時期に、「共産主義(・社会主義)」の死滅を予見するブレジンスキーの本が出ていたし、すでにソ連や東欧等の<激変>の兆しは表れていた。

 にもかかわらず、やはりこの人は、絶対王政→近代市民(ブルジョア)革命→社会主義革命という<見通し>をなおも有していたのではないか。

 辻村自身が、1793年憲法はパリ・コミューンやバブーフ等々によって参照されかつ支持されてきたことを述べている。バブーフについて、こう書く。

 「私有財産を廃止による徹底的な平等と人民主権の実現をめざしていたバブーフも、一九七三年憲法を高く評価していた」(p.377)。「バブーフの平等主義」は1793憲法の諸原理を「超える」ものだったが、1795年憲法に対抗して「民衆や反政府的共和主義者」の力を結集するためには、彼らが尊重すべき「民衆的・民主的伝統の源泉」だった1793年憲法は「必要かつ最も適切な道具」でもあった(p.378)。

 しかし、辻村は、注意深く(?)、1793年憲法あるいはジャコバン独裁(ロベスピエールら)とマルクスやレーニン(・ロシア革命)との関係に言及することを避けている。おそらくは意図的にだ。

 これについては河野健二の著が、すでに紹介した中にマルクスの言葉が使われていたように、率直に語っている。
 ・レーニンは1915年に、「マルクス主義者」は「偉大なブルジョア革命家に、最も深い尊敬の念をよせ」る、と書いたが、その際、「彼はロベスピエールの名前をあげることを忘れなかった」。

 ・「ロシア革命の一歩一歩は、フランス革命におけるジャコバンのたたかいと、公安委員会とパリ・コミューンの経験を貴重な先例として学びつつ進められた」(p.193)。
 そもそもが、辻村が「ブルジョアジー」と区別して用いている「民衆」とは、いったい何を指しているのだろうか。何を意味させているのだろうか。この人が頻繁に使う「民主的」とかの概念とともに、じつは明瞭には説明・定義されていない。

 だが、おそらくは、のちには(のちのロシア革命では)革命の「主体」となった「民衆」、すなわちマルクス主義用語にいう「プロレタリアート」(労働者大衆)を意味させているのだろう。「ブルジョアジー」と区別して対比させられる範疇としては、これしか考えられない。

 辻村みよ子はおそらく、早すぎたがゆえに挫折した「社会主義革命」の試みまたはその萌芽をジャコバン独裁と1793憲法のうちに見て、今日でも、「近代市民憲法の嫡流である日本国憲法」の解釈論等に1793年憲法の諸原理を生かそうとしているとしているのだろう(具体例として、外国人参政権肯定がある)。

 このような辻村にとって、1989年の時点で、ロシア革命により成立したソビエト連邦等が崩壊することなど、微塵も想定できないことだったに違いない。

 現在では、社会主義への「発展」については多少は自信(?)を無くしているかもしれない。だが、日本国憲法を「近代市民憲法の嫡流」とあっさりと書いた辻村は、今日でもなお、佐伯啓思のいう「マルクス主義だの戦後進歩主義だの」という思潮の影響を受けた者の「思い込み」、すなわち「西欧近代は、中世・封建制を打倒して、人間の普遍的な自由を打ち出したという歴史観…。そして、日本は、…明治に西欧的近代を導入し、…戦後に改めて自由と民主主義を確立した」という「思い込み」(12/13エントリー参照)だけには少なくとも強く浸ったままだろう。

0938/三島由紀夫の「憲法」理解の対極にあった憲法学界の<親社会主義>。

 一 三島由紀夫は1970年11月に、「生命尊重以上の価値」をもつ「われわれの愛する歴史と伝統の国、日本」を「骨抜きにしてしまった憲法」と、1947年憲法(日本国憲法)を評した。そこで念頭に置かれているのはとくに、国家の軍隊の存在を否定する九条2項であることは明らかだ。自衛隊が存在しながらこれを正規の「軍その他の戦力」と位置づけない憲法解釈は、あるいは憲法改正によってそれを明瞭にしない<憲法護持>論は、三島にとって、姑息で欺瞞に満ちたものだった。

 こういう三島のような理解は、しかし、当時の政治家・国民の多数派のものではなかったし、ましてや憲法学者の大勢の理解でもなかった。

 当時はもちろん、今日でも、上の三島由紀夫のような理解は日本の憲法学界においてほとんど支持されていないと見られる。

 なぜか。端的に言って、戦後の憲法学者の圧倒的多数には、<社会主義幻想>がはびこっていたからだと思われる。資本主義→社会主義という<歴史の発展法則>に添うような憲法解釈をしようとすれば、日本が<社会主義>国になるためには、日本は(資本主義国たる日本を守るための)正規の「軍隊」などを保持してはならない、ということになる。その帰結は、①自衛隊を「違憲」の存在と見て廃止または縮小を求めるか、②自衛隊は正規の「軍その他の戦力」ではないために「合憲」であるという一種の強弁に、じつは詭弁・虚言に、少なくとも表向きはしがみつくか、のいずれかだった。

 <社会主義幻想>の内容の一つは、社会主義国は<平和愛好>的で資本主義国は<侵略的>とのデマだった。

 社会主義国ならばともかく、資本主義陣営の日本国家に、<侵略>性を有する軍隊などを保持させてはならなかった。かかる観点から憲法9条2項の解釈と自衛隊へのその適用も論じられたのだ。

 二 日本の憲法学・公法学が、表面的にはともかく、<体制選択>に関する特定の判断を前提として議論を展開させてきたことは、現役憲法学者・阪本昌成(広島大学→立教大学)の次の叙述により、明確だ。

 阪本昌成・法の支配(2006.06、勁草書房)p.1-2は、次のように一著の冒頭に書いている。時期的には、安倍晋三内閣が成立する直前にあたるだろう。

 「公法学における体制選択  20世紀は資本主義と社会主義との偉大な闘争の時代だった。経済思想史においても、政治思想史上においても、この闘争は人類史上の最大の論争点だったといっても過言ではない。この論争は公法学にも当然影を落とした。/

 過去半世紀を超えて、わが国の公法学者は、資本主義か社会主義かという体制選択問題を常に意識しながらも、あからさまなイデオロギー論争を巧みに避けて、個別的な場面での『解釈』や『政策提言』に各自の思想傾向を忍ばせてきた。イデオロギーを異にしながら、多様な『解釈』や『政策提言』を示してきた公法学者にも、奇妙な共通項があった。それは、経済市場と国家の役割への見方である。通常は、国家のもつ強制力に警戒的である論者も、こと経済市場の動きに対しては、国家介入に寛容となる。いくつか例を挙げれば、国家による市場秩序の人為的設計(かたや大企業への警戒感、かたや弱者としての中小企業や労働者の救済策)、社会保障プログラムの拡大・充実(市場における経済的弱者への思い入れ)、環境保護政策の推進(公害問題の発生因を市場経済に求める着想)等の姿勢である。/

 体制選択のひとつの候補が社会主義だった。この言葉には、”人々が程良い豊かさと自由を享受する正しい社会”という響きがどこかにあった。そのため、自由経済体制(「資本主義体制」)の社会主義体制に対する優越を公然と口にする公法学者には『右派・保守』というスティグマが与えられがちだった。ところが、社会主義国家の自己崩壊後、『社会主義』という言葉に輝きも快い響きもない。……」

 上でこの欄での文脈上とくに重要なのは、「自由経済体制(「資本主義体制」)の社会主義体制に対する優越を公然と口にする公法学者には『右派・保守』というスティグマ〔焼き印・刻印〕が与えられがちだった」、という部分だ。

 反社会主義的(または反共産主義的=反共的)言辞・発言には、<右派・保守>というレッテルが貼られがちだった、というのだ。それが少なくとも「社会主義国家の自己崩壊」までは続いた、と阪本昌成は言う。三島の死から約20年経っても、<反共>的言辞は<右派・保守>として異端視されていたのだ。

 社会主義国家はじつはすべて「崩壊」してはおらず、「体制選択」の問題は、日本では、そして日本の公法学界では、「あからさま」ではないにしても残っているように思われる。この点では、「自由経済体制」=「資本主義」の勝利とまだ決定的には断じられないところがある、と私は感じている。

 上のことには留意が必要だが、しかし、憲法学界等の公法学界の雰囲気が<親社会主義>的だったことは、おそらくは上の阪本昌成の文章でも示されているとおりだろう。

 そのような<親社会主義>的姿勢が、九条を始めとする憲法「解釈」や「政策提言」に影響を与えないはずがない

 辻村みよ子・フランス革命の憲法原理―近代憲法とジャコバン主義―(日本評論社、1989.07)は、ルソーの影響を受けたロベスピエールらの「ジャコバン主義」者、彼らの(未施行の)1793憲法の研究書だが、これらへの共感に満ち、これらを称揚しつつ、日本国憲法の「(国民)主権」論等の「原理」に関する示唆を得ようとするものだ。

 この本は東西ベルリンを隔てる「壁」の崩壊直前に執筆されたと見られる。そして、「あからさま」にはイデオロギー表明はしていないものの、(河野健二・岩波新書によると)早すぎた「社会主義」革命だったがゆえに失敗したとされる<ジャコバン独裁>を肯定的に把握しようとするもので、「あからさま」ではないが<社会主義幻想>に依拠して書かれている、と想定して間違いない。
 こうした人々にとって、三島由紀夫などは<右翼・反動>の極致の人物だっただろう。そして、こういう人々こそが(世代は上の杉原泰雄樋口陽一らも含めて)憲法学界・公法学会の主流派だったと見られる。今日に至って、少しは変化しているのだろうか

 ともあれ、日本の憲法学(学界)の大勢は、三島由紀夫の対極に位置していた、ということだけを、少なくとも確認しておきたい

 三 なお、第一に、阪本昌成が学界の「奇妙な共通項」として上に指摘するようなことは、日本国憲法もしっかりと(?)勉強して司法試験に合格した戦後教育の優等生である、福島みずほや仙石由人等を見ていると、なるほどと頷けるところがあるだろう。

 第二に、阪本昌成の上の本は、この欄でメモしながら読みつなぐことを意図したが、二年前にp.21くらいまで進んだだけで終わってしまった。

 上の引用は、最後の部分を除いて全文だが、かつて、次のように要約していた。

 <前世紀は資本主義と社会主義の対立の世紀で、この対立・論争は「公法学」にも影を落とした。日本の公法学者はこの体制選択問題を「常に意識し」つつも「あからさまなイデオロギー論争を巧みに避け」て、個別の解釈論や政策提言に「各自の思想傾向を忍ばせ」てきたが、「経済市場と国家の役割への見方」には奇妙な一致があった。すなわち、通常は国家の強制力を警戒する一方で、経済市場への国家介入には寛容だった。
 体制選択の一候補は社会主義で、快い響きをもっていたため、自由主義経済体制(資本主義)の優越を「公然と口にする公法学者」には「右派・保守」とのレッテルが貼られた。だが、社会主義国家が自己崩壊し体制選択問題が消失した今では、「リベラリズムの意義、自由な国家の正当な役割、市場の役割」を問い直すべきだ。その際のキーワードは、「政治哲学」上の「自由」、「法学」上の「法の支配」>。 

0933/佐藤幸治の紹介する「戦略的護憲論」と井尻千男の唱える「憲法改正是非国民投票」。

 〇佐藤幸治・憲法とその”物語”性(2003、有斐閣)は、日本国憲法についての改憲論、護憲論にはそれぞれ二種ある旨を述べている。

 前者・改憲論には①根本理念を否定的に評価する「全面的改憲論」と、②全体としては「受け入れ」つつ「九条」の改正を主張する「部分的改憲論」(p.62)。

 記憶に頼るが、櫻井よしこは国民の権利義務の章についても疑問を呈しているので、上の①。八木秀次は人権条項等には間違っていないものもある旨を書いていたことがあるので(この点はこの欄で触れているが、自分の文章ながらも検索しない)、上の②に近いだろうか。

 いわゆる改憲論者は、自分が上のどちらに属するのか、明確な自己確認をしておいてよいだろう。私は理論的には、あるいは望ましい改正の姿からすれば、①の「全面的改憲論」に立つ。

 自民党の改憲案は現行憲法を前提として一部に削除・追加等をするもので、②に近いものと考えられる。

 本来は、自民党案のような<継ぎ接ぎ(つぎはぎ)改正>ではなく、条項名も内容も一新した全面改正が望ましいと考えられる。それによってこそ、日本と日本人は<自立>できるだろう。

 だが、現実的には、九条2項削除(+新設規定)による国防軍(自衛軍)の正式認知が可能ならば、そして法技術的観点等も含めてその方がより容易ならば、<継ぎ接ぎ改正>という<妥協・譲歩>もやむをえない、と考えている。

 元に戻る。佐藤幸治によると、後者・護憲論には、①「全面的擁護論」と、②「別種の理想社会への過渡的措置としてだけ評価する」いわば「戦略的護憲論」とがある。なお、①も「自由主義」から「社会民主主義」までの「多様な立場を包摂」する、とされる(p.62)。

 興味深いのは、佐藤幸治が、②「別種の理想社会への過渡的措置としてだけ評価する」いわば「戦略的護憲論」なるものの存在をきちんと認知し、かつどちらかといえば消極的評価のニュンスを匂わせていることだ。

 まさしく、②「別種の理想社会への過渡的措置としてだけ評価する」「戦略的護憲論」はある。日本共産党の護憲論、日本共産党員の護憲論、日本共産党員憲法学者の護憲論はこれにあたる。

 日本共産党のみが現行憲法制定(旧憲法「改正」)時に「反対」投票をしたことはよく知られている。それも、固有の自衛権の行使のための「戦力」保持を禁止する九条2項を当時の日本共産党は問題視したのだ。

 それが近年では<九条の会>運動の担い手になっているのだから、笑わせる。

 吉永小百合もそうだし、その他の空想的・理念的<平和主義>者もそうだが、日本共産党の<戦略>としての護憲論(いやこの党は<憲法改悪阻止>と表現しているかもしれない)に騙されてはいけない。社会主義・共産主義社会という「別種の理想社会」への「過渡的措置を実現」するための<戦略>としての護憲論に騙されて、<ともに闘う仲間だ>などという甘い考えを持ってはいけない。

 〇月刊日本11月号(K&Kプレス)に井尻千男「今こそ憲法改正の好機だ」(インタビュー回答)が掲載されている(p.28-)。尖閣事件を契機とするもので、最近に言及した産経新聞11/03の田久保忠衛「正論」と似たようなものだ。

 しかし、上の中で井尻千男がこう言っているのには目を剥いた。
 <民主党だ自民党だと争っている場合ではない。与野党を超えて一致団結すべきだ。そこから「政界再編」もありうるが、「憲法改正の是非を問う国民投票をまず実施するべきだ」。>(p.31)。

 現時点で憲法改正に向けて「与野党」が一致できるかという現実認識の当否は別としておくが、「憲法改正の是非を問う国民投票をまず実施」すべきだ、とは、この人は何を寝ぼけたことを言っているのだろう。

 憲法改正を論じながら、現憲法上の「改正」手続に関する諸条項の内容すら知識としてもっていないようだ。他にどんなことを言っても、三島由紀夫が1970年に述べた「果たしえていない約束」を果たすべきだ等と言ったところで、上の部分で、ズッコケる。

 「憲法改正の是非を問う国民投票」などが「まず」必要になるのではない(むしろ不要だ)。最近書いたように、そんな思いつき(?)よりも、内閣を変えること、そのために総選挙をして国会議員の構成を変えること、の方がはるかに「憲法改正」に近づける。じつに常識的なことを書いているつもりなのだが。

0932/朝日新聞の二枚舌、大阪大学・鈴木秀美の奇怪な識者コメント。

 〇朝日新聞11/06社説をあらためて読むと、「非公開の方針に批判的な捜査機関の何者かが流出させたのだとしたら、政府や国会の意思に反する行為であり、許されない」と書いている。
 奇妙で滑稽でもあるのは、ここでは「政府や国会の意思に反する行為」だから、ということが理由とされている、ということだ。「国会」というのは、正確には民主党が多数を占める衆議院のことだ。

 はて、自民党(中心)内閣・自民党多数国会だったら、朝日新聞はこんなふうに主張しただろうか。
 自民党(中心)内閣・自民党多数国会が「全面公開しない」=非公開を決定したところで、その方針が気にくわなければ(場合にもよるが朝日新聞だとそういうスタンスを採ることが多かっただろう)、「非公開の方針に批判的な」行政官僚(・「捜査機関」)をむしろ持ち上げ、勇気あるものとして称揚するのではないか。

 そもそも政府の「意思」または与党が実質的に決定した国会の「意思」に反するから「許されない」とは、一般論としても、断じて言えない。政府・与党支配の国会の判断よりも優先されるべきものがある。それこそ、朝日新聞がお好きなはずの日本国憲法が示す諸価値・諸人権であり、そうした理念や<新しい人権>の中に、「透明で開かれた行政」や「(国民の)知る権利」が含まれていたのではなかったのか?

 今回に限らないが、朝日新聞の<ご都合主義>=<ダブル・スタンダード>はひどすぎる。
 この社説は「もとより政府が持つ情報は国民共有の財産であり、できる限り公開されるべきものである」と白々しくも書くが、そのあと続けて、「ただ、外交や防衛、事件捜査など特定分野では、当面秘匿することがやむをえない情報がある」と言う。

 一般論としてはもっともに見えるこの主張を、朝日新聞は自民党(中心)内閣・自民党多数国会時代に貫いてきたのか。あるいは、民主党に変わって、<より保守的な(または朝日の嫌いな「右派」)>政党が国会多数派を占め、<より保守的(「右派」)>政権ができた場合にも、上のようなことを断乎として主張しつづけることができるのか。

 朝日新聞は、そういう政権・国会の場合は、「外交や防衛」についての透明性・情報公開を強く(限度以上に)要求することはほぼ間違いないだろう。

 このいいかげんさ、<ご都合主義>=<ダブル・スタンダード>を、朝日新聞記者たちは自覚しているだろうか。

 幹部「左翼」活動家たち(論説委員の中にも当然にいる)は自覚している可能性はある。自分の新聞社が<左翼政治団体>に他ならないことを知っているからだ。

 以上、朝日社説がなぜかくも簡単に情報流出者を「許せない」と詰る(なじる)ことができるのか、不思議に思って書いた。

 国家公務員法「形式的」違反がただちに刑罰可(有罪)や懲戒処分相当という結論にはつながらない、という論点には、<形式秘>・<実質秘>の区別も含めてここでは立ち入らない。

 ひとことだけ追記すると、「起訴便宜主義」を持ち出して那覇地検の<処分保留・釈放>を「諒」とした仙石由人健忘(?)長官が、尖閣ビデオ流出以降は「流出者」を犯罪者(有罪者)のごとく断定的な言い方をしているのも、大笑いの<ご都合主義・ダブルスタンダード>だ。

 〇毎日新聞11/10朝刊に面白い識者コメントが掲載されている。

 弁護士・阪口徳雄は(本来は「左翼」的と見られる人物だが)、今回の情報流出行為は「公益通報者保護法」の保護の対象外であるとしつつ、「この程度の映像なら秘密にする必要はなかったのでは」と追加発言をしている。なお、NHK等によると、<情報法(学)>の第一人者と見られているかもしれない堀部政男(前一橋大学)は、<国会でも一部公開されているので国家機密=「実質秘」にあたるか疑問。最初から全面公開して国民の議論の対象にした方がよかった>旨を述べているようだ。

 毎日新聞の記事で<面白く>感じたのは、次の鈴木秀美(大阪大学教授・憲法)の「話」だ。以下、記事中の全文引用。

 「不祥事など政府による明らかな違法行為があったり、沖縄密約のように政府が国民に隠し続けた事実を暴くケースとでは情報の質が異なる。政府の高度な政治的判断で非公開としたものを、不満だからと一職員が流したのだとすれば、正当行為だとするのは難しい」。

 こういう場合のコメント(発言)は記者による要約・簡略化が入っているだろうから、このままそっくりを鈴木秀美なる憲法学者が喋ったのではないかもしれないが、「話」の要点だけはおそらく伝えているだろう。そのことを前提として、以下に続ける。

 この鈴木の「話」はどこやら朝日新聞11/06社説の上記部分に似ているところがある。つまり「政府」が「非公開」と決定した情報を「一職員が流した」のだとすれば「正当行為」ではない、と言う。

 本当に憲法学者がこんな趣旨を述べたのか疑いたくなるほどに、憲法感覚のないコメントだ。

 第一に、「政府」の決定に反すれば、なぜ「正当行為」でなくなるのか??

 「高度な政治的判断で」決定したかどうかは問題と関係がない。政府の「高度な政治的判断」の方が誤っている可能性があるからだ。

 第二に、鈴木秀美によると、「沖縄密約のように政府が国民に隠し続けた事実を暴く」のは、許される「正当行為」らしい。

 ここで質問したいものだ。「沖縄密約」なるものは「政府の高度な政治的判断」によって交わされ、「政府の高度な政治的判断」によって<非公開>とされてきたのではなかったのだろうか??

 こちらを「暴く」のは許され、尖閣ビデオという「政府が国民に隠し続けた」情報をオープンにする(「暴く」)のは許されない、とするのはいったい何故なのか。いかなる根拠・基準によるのか。

 鈴木秀美にも、朝日新聞と同様に<ご都合主義>=<ダブル・スタンダード>があることは明らかだ。

 この人にとって見ればおそらく間違いなく、民主党政府に<楯突く>ことは許されず、自民党政府に<楯突く>ことは許される、のだ。そうではないか?? 鈴木秀美よ、答えてみるがよい。

 鈴木秀美という憲法学者らしき者には、民主党政権を何とか擁護したいという心情があることが透けて見えるようだ。そうした心情を<左翼>または<何となく左翼>と称する。

 個人的にどのような心情・信条を持とうと自由だが、憲法学教授という肩書きで、<政治的心情(信条?)>を語るな、と言いたい。
 もっとも、鈴木に限らず、日本の(大学所属の)憲法学者の圧倒的多数が<左翼>または少なくとも<何となく左翼>という異様な状況にあるようなので、特別の驚きはない。自己の政治心情・信条を憲法学的(憲法解釈論的)言語を使って表明している者の何と多いことか。日本国民は、日本の憲法学界の大部分は、<世間的常識・良識>・<まともな論理>をもって生きているわけではないこと(+論文を書いたり講義したりしているわけではないこと)を、あらためて想起しておいてよいだろう。 

0928/黒宮一太の「国民」と辻村みよ子の「市民」(外国人参政権付与論)。

 「法的側面からみれば」と限定して言っているが、<ふつうは>、黒宮一太の言うとおり、「国民」とは「国籍保持者」のことを指す。黒宮がより厳密に示す、「国民」とは「近代国家の統治に参与して主権を構成する集団、または主権者によって統治される集団」という説明も、下記の辻村みよ子からすれば「主権」概念の厳密さが問われうる(なぜなら上の説明では「国民」は「主権者」であるとともに「主権者」による被統治者でもあることになる。おかしくはないか? もう少し説明が要るのではないか?)が、大まかにはそのとおりだろう。以上、佐伯啓思=柴山桂太編・現代社会論のキーワード(ナカニシヤ出版、2009)p.91。

 上のことよりも、黒宮の以下の叙述は、よく分かる。

 ・「誰に国籍が付与されるか」を考えると、「多くの場合、諸国家の歴史的・文化的条件が加味されている」。「国民」を「純粋に法的・政治的側面からのみ規定することはできない」。それは「歴史性や文化的特質をともなった共属意識をもつもの」と考えておくべきだ。(上掲書p.91)

 「多くの場合」との限定つきだが、このような「国民」概念に付着しているはずの「諸国家の歴史的・文化的条件」や意識の「歴史性や文化的特質」を無視して、あるいは正確にはそのゆえにこそそれを嫌って、「市民」概念を使い、「国民主権」ではない「市民主権」の可能性を探り、主張しているのが、辻村みよ子・市民主権の可能性―21世紀の憲法・デモクラシー・ジェンダー(有信堂、2002。索引等を除き全295頁)だ。

 東北大学教授の辻村は、上の著のかなりの部分を<外国人参政権>問題にあて、いわゆる「許容」説をも超えた「要請」説を主張する。そして、外国人への地方(この人にとっては国もだが)参政権付与の憲法解釈論的根拠をかなり詳細に述べている。

 民主党あるいは社民党の中に多数いると思われる<付与>積極論者の理論的支柱になっているのではないかと思われる。福島みずほや千葉景子等の女性弁護士たち等々の、とくに<女性活動家>たちは、おそらくはこの本を所持して、おそらくは熟読しているだろう。

 辻村みよ子の論旨の特徴は、一口でいって、「国家」という概念が使われていても、<日本>の「歴史的・文化的条件」はまったく無視されていることだ。見事に欠落している。怖ろしいほどだ。

 「日本」の特性あるいはその「歴史的・文化的条件」を考慮することは<ナショナリズム>に傾斜することで、回避しなければならない、という強い<思い込み>(一種の<信仰>に他ならない)があるとしか思えない。

 辻村の憲法解釈によると、日本国憲法15条の「国民」は<国籍保持者>を意味しない。これは一例だが、外国人参政権付与に反対の論者たちは、この辻村みよ子の「理論」または「憲法解釈論」をも、<理屈>の上であるいは「説得の仕方」のレベルで、克服しなければならないだろう。少なくともこの本の議論を凌がないと、外国人参政権付与論は消失しないだろうと思われる。十分に止目しておくべき(危険な)書物だ。

 なお、先だって遠藤浩一の2001の本に依拠して紹介した菅直人の(「国家」観および)「市民」観と辻村みよ子のそれはかなり親近性・近似性がある。

 菅直人は「天皇」は尊敬はするが「ぼくのイメージの中の国家とはまったく別だ」と言い放っていた。「天皇」を無視して日本の歴史・文化を、そして日本「国家」を語りうるのだろうか? また、いわば自然発生的(土着的?)な「日本」への帰属意識とは離れた「思考タイプ」を持つものこそが「市民」だとも言っていた(10/26のエントリー参照)。

 政治学者・松下圭一に限らず、コミュニズムに親近的な、または結局はそれを容認することにつながる「左翼」論者は、しっかりと学界の中に多数いて、社民党や民主党内「左翼」を支え、指導していることを忘れてはならない。

0915/「物語」としての歴史、そして「憲法」?

 歴史は「私たちの社会や国家についての物語的な問題解決や課題達成の願望を引きうけ、それを一つの『筋』のなかに表現する物語となって示される」と書き、歴史の「物語」性を書物の冒頭で宣明したのは、坂本多加雄だった。
 そして坂本は、「マルクス主義の歴史観」を批判し、マルクス主義、とりわけ日本の講座派のそれは世界最初に「社会主義革命」を実現したソ連の「世界革命本部であるコミンテルン」の見解に依っていたのでかつては「知的権威」を持ったが、「資本主義社会から社会主義社会へという歴史発展の展望は……もはや現実性を持たないものとなった」と述べつつ、「過去についてのある特定の物語を絶対化して、それをもとに、特定の未来像に拘束されるといった隘路に陥る」べきではない、等とする。

 以上、坂本多加雄・日本の近代2-明治国家の建設(1999、中央公論社)の「プロローグ」p.9-15。

 同旨のことは西尾幹二・国民の歴史(1999、産経新聞社)でも語られていたと思うが、再確認はしない。

 このような主張にもかかわらず、日本の歴史学界(=アカデミズムの世界)、とりわけ近現代史のそれは、なお圧倒的にマルクス主義、親講座派(日本共産党系)の学者たちに支配されているように見える。なおもマルクス主義史観を<「社会科学」としての歴史(学)>と妄信している気の毒な人たちが多そうだ。

 その点はともかく、「憲法の<物語>性」を語る憲法学者もいるようで、興味深い。

 佐藤幸治(1937~、前京都大学教授)は上に挙げた二著よりも早い1990年(初出)に、次のように書く。

 われわれが要求されているのは、「憲法と日常の具体的生活との深いかかわり合いを自覚せしめる”物語”(Narrative)を構築し、”善き社会”の形成に向けて努力するための筋道を提供する基盤とすることではないか」、「と痛切に思う」。「戦後改革」としての新憲法は「ある種の役割を果たし終えた」かもしれない、「しかし、日本国憲法は、新たな”物語”性の上に再生しなければならない」(下記p.63)。

 以上は、佐藤幸治・憲法とその”物語”性(2003、有斐閣)による。
 「新たな”物語”性」の具体的意味・内容は明瞭ではない。だが、教条的な<左翼>憲法学者の議論とは異なるようなので、機会を見つけて、再び上の佐藤著に言及しよう。

0902/中川剛・日本国憲法への質問状(PHP、1986)①。

 中川剛・日本国憲法への質問状(PHP、1986)から一部抜粋して紹介する。
 中川剛-京都大学法学部卒、広島大学法学部教授。専攻-憲法・行政法・行政学(上掲書による。1986年時点)。
 憲法の素人ではなく、専門家・憲法研究者の一人だ。
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 一 プロローグ
 ・「その限りで」日本国民が新憲法を受け入れたのも当然だが「問題がなかったわけではない」。第一に「基本法である憲法が、継受法である点では〔大日本帝国憲法と〕少しも変わらない」。範が「ヨーロッパの周辺からアメリカの周辺に変転しただけ」で、「日本の固有の法感覚が発展するにはいたっていない」。さらに、「法典自体の問題としては、戦勝国の価値観と都合が色濃く反映されている」。それが妨げになって「日本人固有の知性・感性が発揮されにくくなっている」(p.9)。
 ・「欧米が普遍的な尺度とならなくなった現在では、もはや継受法から固有法への長い歩みのなかで憲法をとらえる視点が不可欠」ではないか(p.10)。
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 まだほんの一部。だが、依然として「欧米」を「普遍的な尺度」としているかに見える現在の日本の憲法学界からすると、中川剛は、相当に勇気のある、独自の見解の主張者ではないか。  

0877/外国人参政権問題-あらためてその6・憲法学界⑤。

 大石眞・憲法講義Ⅰ(有斐閣、2004)p.64は「いわゆる定住外国人の参政権」という項を立てて、次のように書く。
 <「国政参加の基礎を国籍に求めることは各国共通の理解」でもあり、「不当」ではない。外国人参政権を認めれば「国民の自己決定の原則に反することにもなるという原理的な問題を抱え込む」だろう。>
 このあと、選挙権・被選挙権者を国民に限る公職選挙法が違憲だとは考え難い旨を述べ、地方参政権に関する最高裁平成07.02.28判決等を参照要求している。
 「国民の自己決定の原則」に言及していることが関心を惹く。また、上の後半からは、いわゆる<要請説>を支持していないことが明らかで、辻村みよ子浦部法穂とは異なる。但し、<許容説>をどう評価しているかは明瞭でない(上の本の新版があるのかもしれないが、所持していない)。
 大石眞(京都大学、58歳)は読売新聞5/3付の「憲法記念日座談会」で、対談者三名の一人として「外国人参政権」問題については、こう発言している。 
 ・最高裁平成07.02.28判決の「傍論では消極的言及にとどま」る。「そこが一つの根拠になって物事が進むのは、あまり良くない」。「国籍問題を軽く考える」のにも「違和感を持つ」。「帰化という正当な道があるのだから、正論で行くべきだ」。憲法95条は外国人地方参政権肯定との議論に直結しない。現在は「地方の権限を強める方向でもあり、そこに国籍を持たない者が大勢参加することになっていいのか、根本的な疑問がある」。
 所謂<許容説>に対する理論的(憲法解釈論的)立場は明確ではなおないと言えるが、少なくとも立法政策論(法律レベルでの政策的議論)としては外国人地方参政権付与に否定的であることは明らかだ。読売紙上で、こう明確に断じている現役の憲法学者がいることは大いなる救いで、少しは憲法学界の現況に安心しもする。
 大石眞は、上の論点以外に次のようなことも言っている。
 ・「日本国憲法は1920年代のモデルで、色々なところに限界がきている…」。
 ・9条は「個別的自衛権のことを規定」している。「集団的自衛権」は国連憲章・日米安保条約という、現行憲法とは「違う位相」で、「観念ができている」。政府が「個別的自衛権」を持ち出して「集団的自衛権」を否定するのは「議論にはズレがある」。また、「集団的自衛権を認めることとそれを行使するかは別問題」で、「本当に行使するべきかどうかは政治判断そのもの」なので「内閣、国会で大いに議論すればよい」。
 他にもあるが省略。
 日本共産党および同党シンパ憲法学者は、九条をめぐる問題のうち、文言・条文の改正問題よりも焦眉の課題は<集団的自衛権肯定>への解釈変更を阻止することだと考えているようでもあるので、上の大石眞発言はそれに対抗するものでもあり、この人が日本共産党シンパでないことはおそらく歴然としている。少しは憲法学界の現況に安心しもする。

0875/齊藤笑美子という「左翼」・「反天皇」憲法学者と福島みずほ(瑞穂)少子化担当相。

 齊藤笑美子、1975~。一橋大学法学部卒、現在(2008~)茨城大学人文学部准教授。専攻、「憲法・ジェンダー法学」。
 この齊藤が「暮らしにひそむ天皇制」を特集テーマとする週刊金曜日4/30=5/07合併号に登場し、「24条が届かない1章-個人の尊厳・両性の平等と天皇制」と題する文章を寄せている。
 これに見られる憲法解釈方法の逸脱の甚だしさには別の機会にも触れる。この点にも関係せざるをえないが、齊藤が「一憲法学徒として」言いたいこと二つのうち一つは「リプロダクティブ・ライツ(性と生殖に関する権利)」=「子を持つか持たないかを決める自由」の問題らしい。そして、次のように言う。
 <皇位継承資格者の妻になった女性たちには、かかる自由は実質的にはない。「リプロダクティブ・ライツの欠如」は、憲法上の天皇の世襲制の「必然的帰結」で、「女系天皇」を認めても大きな変化はない。「天皇家の人々の権利の制約」はこれらの人々が最初から「市民的な権利保障体系の外部」にあることの「帰結」だ。>
 この人はいったい何を言いたいのか。世襲の(象徴)天皇制度の存在を憲法が明記して肯定しているかぎり、<世襲>制によって、天皇または皇族を一般的「市民」と同列に(平等に)扱うことができないのは、当然のことではないか。
 上のように指摘したあとで齊藤は、だから、という論法で天皇制廃止の憲法改正等を主張する。こうまで明記するとは現時点ではなかなか勇気のいる、だがいかにも「左翼」らしい見解だ。
 それはさておき、皇室の女性は「リプロダクティブ・ライツ(性と生殖に関する権利)」を実質的には持たないと問題視していることから窺われるのは、<一般>国民たる女性はそのような権利(・自由)を当然に持っている、持つべきだ、という見解に齊藤が立っている、ということだ。
 「リプロダクティブ・ライツ(性と生殖に関する権利)」なるものを(男性についても)一概にまたは一般的に否定する気はない。
 だが、この権利・自由を意識し、強く主張し続けることの帰結はいったい何だろうか。出産につながる妊娠をするかしないかを決する権利・自由の段階ならばまだよい。
 だが、妊娠した女性について「子を持つか持たないかを決める自由」を語ることは、どういう結果をもたらすだろうか。
 妊娠した女性の「個人の尊厳」と<自己決定権>を尊び、「子を持つか持たないかを決める自由」があると説くことは、中絶・堕胎を勧めることとなる可能性があるというべきだろう。むろん、やむをえない事由でそうしなければならない女性(・その配偶者等)もいるだろうが、上の権利・自由の強調は、妊娠中絶・堕胎を増加させることになる、と推測するのが自然だろう。
 民主党のウェブサイトの中の「男女共同参画政策」のページの中に、次のような恐ろしいデータが掲載されている(データの典拠は不明)。
 「2005年度の統計では、15歳~19歳の女子の中絶率は、人口千人につき9.4となっています。これは、性交経験の有無に限らず約106人に1人が一年間に中絶を経験していることを意味します。なお、年齢別にみると、19歳の女性の58人に1人、18歳女性の80人に1人の割合で人工妊娠中絶を経験していることになります。」
 民主党「男女共同参画局」のメンバーには局長・太田和美(福島2区)、事務局長・永江孝子(愛媛1区)以下、<小沢ガールズ>が勢揃いしているようだ。この人たちは、自らの党のサイトが示している上のようなデータとなっている原因・背景について、まともに頭を巡らしたことがあるだろうか?
 (男性についても似たようなものだが)女性についての<個人主義>の行き過ぎ、というのが基礎的だろうが、そこから派生する、とくに女性憲法学者や<ジェンダー・フリー>論者の説く、「リプロダクティブ・ライツ(性と生殖に関する権利)」=「子を持つか持たないかを決める自由」もまた、上のような実態の背景・原因になっていると思われる。
 <少子化>社会への変化の背景・原因の一つであることも疑いえないだろう。
 <少子化>とは、戦後の女性が、「リプロダクティブ・ライツ(性と生殖に関する権利)」=「子を持つか持たないかを決める自由」を積極的に行使したことの結果でもあるまいか。

 そうだとすれば、一国の衰亡の一徴表であるかに見える<少子化>は、<ジェンダー・フリー>学者・論者(「女性法学」なるものを含む)あるいは「左翼」フェミニストの、戦後における<勝利>の象徴であるはずだ。
 福島みずほ(瑞穂)は「少子化担当相」と称されている。真剣に適切な「対策」を考えているかは大いに疑問で、この人物は、本当は<少子化推進担当大臣>なのではないか。

0869/外国人参政権問題-あらためてその5・憲法学界④

 ⅠとⅡの二冊で憲法全体をかなり詳しく叙述する野中俊彦=中村睦男=高橋和之=高見勝利・憲法Ⅰ〔第四版〕(有斐閣、2006)の第5章「人権総論」は中村睦男が単独執筆している。

 中村睦男は刊行当時は北海道大学学長(!)。なお、高橋和之は刊行当時は明治大学教授とされているが、芦部信喜の指導を受けたと見られる、前東京大学法学部(法学研究科)教授。

 中村は上の章の「第三節・人権の享有主体」の「三・外国人」のうち、「(2)保障される人権の範囲」、そして②の「参政権」の項で、次のように叙述する(p.221-2)。

 ・「国政レベルでの参政権」につき、これは一定の外国人にも保障されるべきとする説(=浦部法穂)もあるが、日本国憲法の「国民主権原理は伝統的な国民主権原理を維持している」と解されるので、「日本国民に限られる」。

 ・「地方公共団体レベルの参政権」については、「禁止説」・「要請説」・「許容説」がある。

 ・上の「禁止説」は憲法93条2項の「住民」は同15条1項の「国民」を前提とすると理由づける。「しかしながら、外交、国防、幣制などを担当する国政と住民の日常生活に密接な関連を有する公共的事務を担当する地方公共団体の政治・行政とでは、国民主権の原理とのかかわりに程度に差異があること」を考えると、「選挙権を一定の居住要件の下で外国人に認めることは立法政策に委ねられているものと解される」。

 このあとで中村は、「最高裁も」として平成7年判決を挙げて、「許容説の立場に立っている」と書いている。

 平成7年最高裁判決や芦部信喜説の影響もあるかもしれないが、中村睦男は明確に外国人地方参政(選挙)権についての<許容説>だ。そして、最高裁平成7年判決の関係部分について、「傍論だが…」と書いていないし、ましてや<傍論だから無視してもよい>とは書いていない。最高裁判例としての意味があるものとして、所謂「傍論」部分を援用していると思われる。

 この中村の叙述内容は、中村が参照要求している浦部法穂や明示はないがこの欄ですでに言及した辻村みよ子の説に比べると、穏当なものだ。国政については明確に「禁止説」で、浦部法穂や辻村みよ子とは異なる。

 しかし、外国人地方選挙権については明瞭に「許容説」だ。したがって、外国人の範囲にもよるが、「一定の居住要件」を充たす外国人に地方選挙権を付与する法律案を支持する、少なくともそれを違憲視することはない、ということになるだろう。

 辻村みよ子が「禁止説」よりも「許容説」が「有力となった」と書いていることはすでに紹介した(同・憲法〔第三版〕p.148)。おそらくそのとおりで、上の中村睦男のような考え方が、芦部信喜のそれも含めて、近時の日本の憲法学界の<主流>ではないか、と思われる。

 <地方>にとりあえず限るが、日本の憲法学界は、外国人の選挙権に<優しい>のだ。こんなこともあらためて知っておいてよいだろう。

 ついでに、国の政治・行政も「住民の日常生活に密接な関連を有する公共的事務を担当」しているし、地方公共団体の政治・行政も例えば「国防」に関係する仕事を担当することがある、国と地方公共団体(の政治・行政)は中村が想定または想像している以上に複雑で複合的な関係にある、とだけ中村の叙述を批判しておこう。

0867/外国人参政権問題-あらためてその4・憲法学界③。

 1.辻村みよ子・憲法〔第三版〕(日本評論社、2008。前回までにいうA)p.149は、(地方・国家を問わず)「選挙権者」の範囲の問題=「定住外国人を含めるか否か」には、「選挙権者」に該当する「具体的な『市民』概念を介在させることも理論上は有効」だとし、そのような「市民」概念を伴った例として、①フランスの1793年憲法、②EUの「欧州市民権」論を挙げる。

 ①についてはすでにコメントした。もう少し語れば、第一に、日本国憲法にかかわる議論になぜフランスの憲法上の議論・理論が「有効」なのか、一般的な(ふつうの)日本人にはほとんど分からないだろう。フランスやアメリカの憲法(理論)上の概念・理論を日本国憲法は継受している、ということを、この人は当然の前提にしているのだ。「選挙権者」の範囲という具体的問題について、はたしてそう言えるのか? また、かりにそうだとしても、欧米憲法(<近代>憲法)は「選挙権」者を「国民」に限っていないと一般的に言えるのか?
 第二に、なぜ、1793年憲法という、200年以上前!の外国の憲法(理論)が「理論上は有効」なのか、これまたさっぱり分からないだろう。

 第三に、フランス1793年憲法とは、成立はしたが施行されなかった、つまり現実に<生きた>憲法ではなかった憲法だ。それでも、その基礎にあった「理論」・考え方は参照に値すると辻村は言うのだろうが、施行されてはいないという事実を一切隠したままでこの憲法に論及するのは、いささか卑劣ではないだろうか。

 繰り返しておこう。200年以上前に成立だけした外国(フランス)の憲法の「理論」・考え方は今日の日本の選挙権の範囲の問題解決に「理論上は有効」だと、辻村は書く。これはいささか常軌を逸しているのではないか。日本の(立派な?)憲法学界内部ならばともかく、多くの日本人にとって説得的な議論の仕方ではないだろう。

 2.つぎに、上の②も奇妙だ。EUでの議論が「理論上は有効」であるためには、現在の日本もまた、EUと同様の法的状況にあることが前提として必要のはずだ。しかるに、今日の日本のどこに、EUと共通する要素があるのか。

 EUの「欧州市民権」論を持ち出すならば、日本を含む東アジア(またはアジア)がEU=欧州連合・欧州共同体のようになっている必要がある。

 鳩山由紀夫が<理想>としている「東アジア共同体」なるものが形成されてから、またはまさに形成されようとしている時期になってから、上のようなことを言ってもらいたい。そして<東アジア(に共通の)市民権>について論じていただきたい。

 現実・実態の違う欧州(EU)を現在の時点で持ち出しても、何の参考にもならないし、むろん「理論上は有効」であるはずがない。

 このように、辻村みよ子の叙述・議論の内容は相当に問題がある。だが、憲法教科書として<あの>日本評論社から刊行されて活字になっており、こんな叙述を読みながら、憲法学・日本国憲法を勉強している学生たちもいるわけだ。
 地方・国政を問わず、一定の外国人(定住外国人)には憲法上、法律によって選挙権を付与することが<要請>されている、とする辻村みよ子の主張(憲法解釈論・憲法学説)自体を問題視する必要がむろんあるが、その根拠・議論の仕方にも大いに疑問視してよいところがある、と言うべきだ。

 3.民主党は世界ですでに30~40カ国は一定の外国人に地方参政権を付与しており、決して<少なくない>と言っているらしい(正確な資料参照を省略する)。また、美辞麗句、君子豹変、八方美人の「言葉の軽い」鳩山由紀夫現内閣総理大臣は、外国人地方参政権問題は「友愛」の問題だと述べたらしい(同)。

 だが、別冊宝島・緊急出版/外国人参政権で日本がなくなる日(宝島社)p.77の、百地章の注記付きの表によると、一定の外国人に地方参政権を付与している国のほとんどは、①欧州(EU)内の国で他のEU諸国の国民(「EU市民」)にのみ付与しているか、②イギリス連邦の構成国(ニュージーランド、カナダ、オーストラリアなど)の国民に二重国籍を認めたうえで英国の選挙権を付与している、というものだ。①・②につき、百地章はいずれも正確な意味での「外国人」参政権付与の例ではない、としている。

 イギリスには特有の歴史的事情があるだろう。また、欧州では、EUという従来とは異なる新しい「国家」の形成の模索中なのだ。不正確だろうが、EU加盟国の国民は半分(?)程度はすでにEUという新しい国家の「国民」だとも見なしうるのだ(だからこそ、上述のとおり、辻村みよ子のように簡単には日本に適用できないのだ。EUには議会すらある。大統領または首相にあたる者、つまり執行権の代表者の一般選挙すら論議されている)。

 このように見ると、世界ですでに30~40カ国という<少なくない>国々が一定の外国人に地方参政権を付与している、という旨の民主党(その他社民党・共産党?)の主張は明らかに<デマ>というべきだ。<世界の趨勢>などという虚偽宣伝に騙されてはいけない。言わずもがなかもしれないが、念のために。 

0866/外国人参政権問題-あらためてその3・憲法学界②。

 辻村みよ子・憲法〔第一版〕(日本評論社、2000=B)は、平成7年最高裁判決を紹介したあと、以下のようにも批判している。

 ①「傍論」での「地方自治制度の趣旨」を根拠にした判示は、「本論」での憲法「九三条解釈にも反映されなければならなかったのではないか」(p.166)。
 これは前回紹介の後藤光男の論と同じく、「傍論」を支持する(少なくとも積極的に反対しない)立場から、簡単には、「本論」をこそ「傍論」に合わせるべき旨を言っているわけで、百地章とは真逆の立場からの「矛盾」の指摘だと理解することもできる。

 辻村みよ子は次のようにも書く。

 ②上記判決の「傍論」が「永住者等」を「国民に準じて考えるべき存在」としているとすれば、この「永住者等」は「地方公共団体と密接な関係をもっているだけではなく、すでに日本の国政にも十分密接な関係と関心をもつ者であり、国政レベルでの参政権についても許容説を導くことができるかどうかが問題となる」。

 語尾は曖昧になっているが、国政レベルでの選挙権付与「要請説」論者だからこそ、このように書けるのだろう。

 辻村の叙述で注目されるのは(A・B同じ)、<永住市民権説>というものに立ち(これは近藤敦も同旨だとされている。Ap.149)、その論拠の一つをフランスの1793年憲法に求めていることだ。

 このフランスの憲法はジャコバン独裁時の、ロベスピエールらによる<人民(プープル)主権>を採用した憲法だが、辻村みよ子は、よほどこの<社会主義を先取りしたような、そして「先取り」したがゆえにこそ施行もされず失敗したとされる>憲法がお好きらしい。

 辻村の文章は次のようなもの。
 「…選挙権者の範囲に定住外国人を含めるか否かの議論の際には、欧州連合条約における『欧州市民』権(…)や…フランスの『人民(プープル)主権』論に基づく1793年憲法(主権主体である人民を構成する市民が選挙権者となる)のように、選挙権者に該当する具体的な『市民』概念を介在させることも理論上は有効である。このような『新しい市民』概念の確立による選挙権者の拡大を図ることが望ましいと考えられる」。

 国籍保持者以外への<選挙権者の拡大>が望ましい=「善」または<進歩的>という発想自体にすでに従えないのだが、ここには、「左翼」の中に多い、そして鳩山由紀夫も影響を受けているようである、(「国民」とは区別された)独特の「市民」概念・「市民」論があるのは明らかだ。

 こういう、既に凝り固まった人を善導?するのはもはや困難かもしれない。
 別冊宝島・緊急出版/外国人参政権で日本はなくなる(宝島社、2010)によると、民主党・自民党・公明党・社民党・国民新党・みんなの党のすべてが「外国人国政選挙権」の付与に反対している(民主党は川上義博の個人見解とされる)(p.80以下)。日本共産党は「積極的な反対でないため回答を保留」したらしい(p.91)。

 平成7年最高裁判決およびこうした諸政党の態度を見ると、「外国人国政選挙権」についての(憲法による)「(付与)要請説」は、きわめて少数の、異様な(?)学説のはずだ。日本共産党よりもはるかに<付与>の方向に傾いた説なのだ。

 だがしかし、この説は、日本の立派な?憲法学界では、決して珍奇でも稀少でもなさそうだ。

 誇ってよいのか、嘆くべきなのか。日本の憲法学界、つまりは百地章等を除く圧倒的多数の憲法学者たちは、親コミュニズムのゆえか、外国の「左翼」的・「進歩的」文献にかぶれているゆえか、健全で常識的な感覚を失っているのだはないか。すでに「日本人」では意識の上ではなくなっており、かつそのことを恥じることもなく、むしろ<誇り>に感じているのではないか。異様な世界だ。
 <法学(憲法学)>の世界にあまり詳しくはない方々には、上のようなことを知っておいていただきたい。東北大学、名古屋大学、早稲田大学といった<有力な>大学の教授たちの学説であることも含めて。

0865/外国人(地方)参政権問題-あらためて、その2・憲法学界。

 1.外国人(地方)参政権問題に関して不思議に思っていることの一つは、すぐれて憲法問題で(も)あるにもかかわらず、現在の日本の憲法学者(研究者)による発言等が雑誌や新聞上でほとんど報道されないことだ。

 産経新聞紙上では、百地章・長尾一紘と近藤敦(名城大学)くらいで、保守系論壇ではほとんど百地章が一手に引き受けて憲法学者としての反対論(外国人参政権否定論)を述べているようだ。

 かかる状況は、憲法学界または憲法学者の対社会影響力、世論形成力の弱さを示しているとも感じられ、果たしてよいことなのかどうか、気になるところだ。

 また、マスメディア(新聞を含む)に従事する人々の<法学>オンチ、または苦手意識からする<法学(・法律)・何となく嫌い>気分が表れているようでもある。

 産経新聞紙上で少なくとも二度は目にした近藤敦(名城大学)は、賛成論者として登場している。

 この問題についての学説はさまざまな観点から分類できるが、被選挙権を含まず、かつ「地方」参政権に限って、長尾一紘は月刊正論5月号(産経)p.55で、3分類(禁止説・要請説・許容説)を示している。

 このうち「要請説」とは、憲法は法律で付与することを「許容」しているのみならず付与を「要請」しているとするもので、厳密にはさらに、①この要請に違反すれば憲法違反になるとする説(付与していない現行法律=公選法は違憲になる)と②立法者=法律制定者に付与するよう努力義務(政治的義務・責務)を課しているだけで、この違反はただちに憲法違反にならないとする説に分けられる。

 長尾は上の①の意味のものを「要請説」と称している。

 2.辻村みよ子(東北大学)、近藤敦(名城大学)の見解はより正確にはどのようなものなのか。その一端だけを、辻村みよ子・憲法〔第三版〕(日本評論社、2008=A)、同・同〔第一版〕(日本評論社、2000=B)によって、見ておく。

 辻村A・Bによると、「学説は、外国人参政権を一切認めない従来の禁止説から脱して、しだいに地方参政権を認める見解(許容説)が有力になった」とされる(Ap.148、Bp.167)。

 辻村Bによると、国政選挙ではなく、地方選挙に限ると、a「禁止(否定)説」、b「積極的肯定説」、c「消極的肯定説(許容説)」に分けられる。ここでのb「積極的肯定説」は「要請説」とほぼ同義のようであり、上記の①の、違憲判断を導く「要請・違憲説」と、上記の②の、ただちに違憲とはしない「要請・政治的義務説」とに分けられている。

 辻村自身の説はいずれか。辻村A・Bによると、「要請説」だ。その中のいずれか、というと、辻村Bは、<「政治的義務説」(ないし「違憲説」)>だという書き方をしている(Bp.167-8)。この部分は、辻村Aにはない。

 ともあれ、辻村みよ子説は、「禁止説」でも<有力な>「許容説」でもなく、「要請説」だ。

 現在の代表的な「左翼」憲法学者の一人・辻村みよ子は、平成7年最高裁判決の「傍論」以上に、一定の外国人の地方参政権付与に積極的であることに、とりあえず注目しておく必要がある。

 なお、「要請・政治的義務説」か「要請・違憲説」かは不明だが、「要請説」であるかぎりで、近藤敦も同じのようだ(辻村著の文献参照による)。

 かかる見解の持ち主だと、民主党(中心)政権は今のところは国会提出を見送っているようだが、一定の外国人への地方参政権付与法案を歓迎しているだろう。

 3.興味深いのは、一定の外国人の「国政」参政権についての辻村等の見解だ。辻村は(上のAでもBでも)「要請説」に立っている。そして辻村Bでは、「地方」の場合と同様に<「政治的義務説」(ないし「違憲説」)>という書き方をしている(Bp.168)。

 「国政」参政権について、「禁止(否定)説」ではない。さらに「許容説」でもなく、それを超えた「要請説」を採っているのだ。辻村著によると、近藤敦も同じ。

 さすがに、「左翼」憲法学者の面目躍如というところだろう。外国人「国政」参政権を法律で付与することが「要請」されるという考え方(憲法解釈?)なのだ。

 「地方」はともあれ平成7年最高裁判決のように「国政」参政権を憲法上否定するのが(「禁止(否定)説」が)憲法学界でも一般的だ、と即断してはいけない。

 上に地方参政権について「許容説」が「有力」との辻村の認識を紹介したが、「国政」参政権についてもかなりあてはまりそうだ。

 辻村著によると、「国政」についての「許容説」論者に、九条の会呼びかけ人の一人・奥平康弘(元東京大学)がおり、「国政」についての「要請説」論者に、辻村・近藤のほかに、浦部法穂(神戸大学→名古屋大学)、後藤光男(早稲田大学)がいる。

 4.後藤光男は、ロ-スクールを含む学生(・同業者?)向けと思われるジュリスト増刊・憲法の争点(有斐閣、2008)の「外国人の人権」の項の中で、以下のように述べる。

 平成7年最高裁判決は「外国人は国政レベルの参政権は有しない」という前提に立っているが「なぜ外国人には地方参政権だけしか認められないのか、…疑問が生じる」。この見解は「住民自治」と「国民主権」を「別個の原理」と見ていて「妥当ではない」。「民主主義」=「共同体の自治」と考えれば「生活の本拠をもつ住民」を「単位」とすることの方が「当然」。「基本的」なのは「共同体の一員」であるか否かであり、「国籍」の有無は「それに付随した技術的なものである」(p.74)。

 何とも見事な、反国家・<ナショナルなもの否定>、そして「左翼」の文章だ。

 百地章は平成7年最高裁判決の「本論」の「禁止説」と「傍論」での地方参政権についての「許容説」を、前者の立場で一貫させよ、という観点から「論理的に矛盾」等と批判していた。一方、後藤光男は、<地方>につき「許容説」を採るならばなぜ<国政>でも採れないのか、と矛盾(?)を指摘しているわけだ。

 後藤と似たようなことを、辻村みよ子も書いていた。(*次回へと続く*)

0861/潮匡人が月刊正論5月号で外国人地方参政権問題に論及するが…。

 外国人(地方)参政権問題につき、最高裁平成7年2月28日判決の「傍論」が述べた、法律で付与することも<できる>(付与しても、しなくとも違憲ではない)という所謂<許容説>は、元東京大学法学部教授の芦部信喜(故人)の説の影響が大きいと言われることもある。

 一度は芦部信喜の本(教科書)を見て確認しておかねば、と思っていたら、月刊正論5月号(産経)の潮匡人の連載コラム(この号は「リベラル派の二枚舌」との題)が芦部信喜『憲法』(岩波書店)の関係部分をそのまま引用してくれていた(何版、何年刊かは不明)。2頁のコラム中に全文引用できるほどに短く、簡単だ。
 「参政権は、国民が自己の属する国の政治に参加する権利であり、その性質上、当該国家の国民にのみ認められる権利である。したがって、狭義の参政権は外国人には及ばない。しかし、地方自治体、とくに市町村という住民の生活に最も密着した地方自治体のレベルにおける選挙権は、永住資格を有する定住外国人に認めることもできる、と解すべきであろう」。
 このあと、「判例も」として、「傍論」と注記をすることなく、上記の最高裁判決の所謂「傍論」部分を紹介しているらしい。
 以上の紹介は有益だ。もっとも、芦部信喜の代表的教科書は有斐閣版だったかとも思うので、あらためて調べて(=探して)みよう。
 しかし、潮匡人が兼子仁・新地方自治法(岩波新書)を挙げて、同著が改正地方自治法(2000年施行)は国・自治体の「『対等』原則を定め、まさに地方自治法制を一新したと言える」等と書いているとし、芦部信喜と兼子仁の二つの著は同じ岩波書店刊なのに、両者の「リベラル」な部分だけを援用する学者らは「二枚舌」だと述べているのは、いかなる意味・趣旨なのか理解に苦しむ。
 両人ともにたしかに<リベラル>で、その「左翼」性は兼子仁の方が高いというイメージ・印象はある。だが、芦部信喜もまた、東京大学の憲法学教授として(?)、<左翼・リベラル>だったと思われるので、潮匡人は<日本を惑わすリベラル教徒たち>の続編には是非、芦部信喜も対象としていただきたいものだ。また、「経済的自由」と「精神的自由」の保障の所謂「二重の基準」に言及するなどして潮匡人は憲法学(理論)にも造詣が深いようだから、新憲法制定時に東京大学の憲法学教授だった宮沢俊義の<思想>もまた、「リベラル教徒」批判の観点からでも、分析・検討していただきたいものだ。
 脱線しかけたが、かつての地方自治法のもとでは、都道府県や市町村の機関(知事や市町村長など)は当該都道府県・市町村自体の仕事ではなく「国」の仕事もかなりしていた。都道府県(の機関)で半分以上、市町村(の機関)で1/3程度とも、言われてきた。これを「機関委任事務」と称した。
 この時代には、知事や市町村長を選挙することは、「国」の仕事も相当程度に任されていた、「国」の下級行政機関を選任することでもあった。したがって、地方参政権は(とくに知事・市町村長選挙の選挙権は)、「国政」と直接に関係する、と言い易かった。あるいは、そのように簡単に断定できた。
 しかし、兼子仁のいう「『対等』原則」を定めた新地方自治法によって、「機関委任事務」は廃止され、都道府県や市町村(の行政機関)の仕事には「国」のものはなくなった。それぞれの仕事は「自治事務」と「法定受託事務」に分けられ、後者は少数だが「国」(の行政部)の仕事ではなく、あくまで地方公共団体の事務であることに変わりはなくなった(以上、改正地方自治法2条参照)。
 それでもなお、地方公共団体の仕事と「国政」との密接な関係を語ることができる。別の機会にこの論考にはもっと言及するが、月刊正論5月号(産経)所載の長尾一紘「外国人参政権は『明らかに違憲』」のp.55-57はそのような例を示している。
 だが、「機関委任事務」を廃止した「新地方自治法」は法的タテマエとしては法律のもとでの国・地方自治体の「対等」を定め、従来の「機関委任事務」の実施に際してのように国の行政機関(要するに中央省庁)の指示・指揮に地方自治体の知事や市町村長等が<法的に>拘束されることはなくなったのは確かなので、兼子仁の叙述は客観性を欠く、<リベラルに偏向>したもの、では全くないと思われる。
 新地方自治法によって<地方分権>が従来よりも進められたのは確かな事実なので(これの評価は多様でありうるとしても)、岩波刊の芦部信喜著と並べて兼子仁の著(の潮匡人の引用部分)に論及する意味は全くわからない。
 潮匡人の文章をもう一度読み直すと、兼子仁著が述べるように新地方自治法による国・自治体の「『対等』原則」の定め、「地方自治法制」の「一新」があったので、「芦部の生きていた時代はともかく」、参政権付与が「自治体レベルなら許される」というのは、「現在では成り立たない見解」だ、ということのようだ(こうしか読めない)。

 しかして、上の叙述の趣旨はやはり???だ。どうしてこんな論理(?)になるのか? 何らかの勘違いがあるとしか思えない。あるいは、叙述ないし説明不足か?
 嫌いではない潮匡人のコラムなので、「程度の軽い瑕疵」(p.51末尾参照)だと見なしておくことにしようか。

 外国人地方参政権問題および関係最高裁判決について、より書きたかったことは別にある。別の機会にする。

0846/佐伯啓思「幸福追求という強迫観念」と日本国憲法13条。

 一 産経新聞3/15の佐伯啓思「幸福追求という強迫観念」を読んで、深い感慨に耽らざるをえなかった。
 二 鳩山由紀夫が「幸福度指数」なるものを持ち出していることに刺激を受けてだろう、佐伯は次のように言う。
 A<アメリカ独立宣言は「幸福追求の権利」等を「普遍的価値」と謳ったが、「自由」とともに「幸福追求の権利」はイギリスに対する「抵抗」の思想だったにもかかわらず、それが忘れられ、「誰もが幸福でなければならない、という一種の強迫観念」を生んだ。これに浸かってしまい、「他人が幸福であれば自分も幸福でなければ面白くない。不幸だと感じた途端、自分の人生は失敗だった」と感じてしまう。この強迫観念に捉えられれば「人は決して幸福になれない。それどころか…人をますます不幸にする」。>
 B<日本にはもともとは「かくも利己的で強迫的な幸福追求の理念」はなかっただろう。①「仏教的な無常観」、②「武士的な義務感」、③「儒教的な『分』の思想」、④「神道的な晴明心」、のいずれを持ち出し、いずれに依拠するにせよ、これらはすべて「個人的な幸福追求に背馳する境地をよし」とするものだ。ここに「日本人の死生観や自然観や美意識」が生まれた。「病と死と別離から逃れえないかぎり、人の生は、本質的に不幸」だ。「幸福」の指標などと言う前に「日本人の背負ってきた死生観や自然観を学び直す」必要がある。>
 このような佐伯啓思の見解・主張を私はほとんど違和感なく受け容れることができる。「病と死と別離から逃れえないかぎり、人の生は、本質的に不幸」だ、との部分も、論争的であるとしても(議論の対象になりうるとしても)、結論的にはそういう他はない、と感じている。
 三 佐伯の一文を読んで深い感慨を覚えた、というのは、佐伯啓思の見解・主張を私個人は十分に納得できるものの、しかし、現在の日本人の多数はむしろ理解できず、あるいは反発するのではないか、という、うんざりとするような気分も同時に湧いたからだ。
 なぜなら、佐伯も言及するアメリカ独立宣言が謳う「自由」や「幸福追求の権利」は現日本国憲法において、まさしく実定法化され(=明文で憲法典にまで書かれており)、少なくとも成文法としては日本国憲法は「最高法規」とされ、それにもとづいて行われた戦後の公教育のための、疑いをもつことが許されないほどの<理念>としてすらされてきた。
 あらためて、現日本国憲法13条を引用しよう。
 「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」
 第一文でいう「個人の尊厳」(の保障)が樋口陽一をはじめとする<左翼>(かつおそらくは圧倒的に多数の)憲法学者において、現憲法の最重要の基本理念とされていることは、すでにニュアンスを変えつつ、この欄でも何度も言及した。
 この<個人の尊厳(の保障)>=「個人の尊重」とともに「(自由および)幸福追求に対する権利は…国政上最大の尊重を必要とする」と現憲法は謳っているのであり、かかる憲法規定を知り、学んだほとんどの(かつての、も含む)少年・青年たちには、とりわけ、狭く言えば大学の法学部で憲法を勉強した者たちには、さらには司法試験に合格し専門法曹になったような者たちには、<個人が尊重され>、個人がそれぞれ<幸福を追求する権利をもつ>ことは、疑問を微塵も生じさせないだろうような、しごく常識的で、当然のことになってしまっている、と思われるのだ。
 この13条の淵源はアメリカに、ひいては西欧(欧米)の法(人権・)思想にある。そして、佐伯啓思も指摘するように、必ずしも日本人本来の「人間」観・「人生」観とは合致していない、と思われる。
 だが、そのような問題があることを全くかほとんど意識することなく、<個人の尊厳>と<幸福追求権>の保障が存在することを、現在の日本人の多くは当然視しているのではないか。
 佐伯啓思の一文の内容を諒解しつつ、怖ろしいと感じるのは、上のことにある。
 佐伯啓思の考えていることと、日本国憲法に明示されていることにもよる、多数日本人の意識の間の、この大きな乖離。ここに怖ろしく感じる原因はある。
 それぞれの個人が(自由に)<幸福を追求>することができる、ということ自体は当然のようにも思えるが、佐伯も指摘又は示唆するように、個人は<平等に>「自由」・<幸福追求権>をもつと考えられていることから、他人との間の比較意識、<格差>を嫌う、<そねみ・ねたみ>の意識は容易に生じる。もともと日本人にとっての「自由」とは(他人に害悪を及ぼさない限度での)<気まま>・<放恣>・<何でもアリ>の気分に転化してしまっていること(これはほとんど<多様な個性の尊重>という通念に等しいこと)は、あえて長々と書かなくてよいだろう。
 こうした「自由」・<幸福追求権>を支えるかのごとき<個人の尊重(「個人の尊厳」保障)>の理念も元来は欧米に由来するものであることは、代表的な憲法学者だったらしい樋口陽一が、フランス革命期の<ジャコバン型個人主義>を日本人も(もっと?)体験すべき、と主張していることからも明らかだ。そして簡潔に書くが、丸山真男・樋口陽一(・辻村みよ子)らの日本の「左翼」知識人たちは、日本人は(欧米人のように?)自己を確立した<強い個人になれ>と戦後ほぼ一貫して(戦前から?)主張してきたのだ(そこでは自分は欧米的な「個人」として自立しているが日本の
「大衆」はまだ<遅れている>という暗黙の前提があった)。
 このような欧米的思想を継受した日本国憲法のもとで培養された現代日本「国民」の意識は必ずしも佐伯啓思のそれと同じではないと思われる。佐伯を批判しているのではなく、はがゆい思いで、事実の認識として書いている。
 そして、ここにもまた、日本「国民」の間の<国論の分裂>の根っこを感じ取らざるをえない。
 (「家族」に関する規定のない)日本国憲法も描く<自立した強い個人>の<自由(勝手)>な<幸福追求>活動の保障というイメージは、佐伯啓思の指摘するとおり、やはり日本と日本人の本来の意識とは合致しない、合致するはずがないのではないか。
 「日本人の背負ってきた死生観や自然観」に依拠して日本国憲法をも含めて見直すのか、それともかかる「日本人」意識あるいは<ナショナルなもの>は捨てて<普遍的な>「国際人」(地球市民?)になることを目指すのか、人についても国家についても、基本的なところで<国論の分裂>があり、あちこちで火花を散らしている。
 以上、内容としてはじつに幼稚な、新味のない文章になった。 

0770/阪本昌成・新・立憲主義を読み直す(2008)におけるフランス革命-7。

 阪本昌成・新・立憲主義を読み直す(2008)-7。
 第Ⅱ部・第6章
 〔2〕「近代の鬼子? 
フランス革命
 E(p.197~199)
 マルクスは「市民社会」=「ブルジョア社会」とし、「人間の労働」は不可避的に「プロレタリアート」階級を生み出すとした。マルクス主義の影響を受けて、フランス革命の未来に「第三身分」の解放に続く「第四階級」(プロレタリアート)のそれを予想する者もいた。「人権と民主主義」は「階級対立のない、万人が自由で平等な、同質の社会」で初めて実現される、それはフランス革命の「やり残したこと」だ、とも考えられた。
 しかし、フランス革命は「恐怖政治」をもたらした。R・ニスベット(邦訳書1990年)はフランス革命のしたことは「平等の名による均一化」、「自由の名によるニヒリズム」、「人民の名による絶対的で全面的な権力の樹立」だったと書いた。「恐怖政治」を「過渡的現象」で「不可避」とする能天気な論者は、「歴史に対して鈍感すぎる」か「政治的に極端なバイアス」を持っている。ここには「ブルジョア」による統治は「寡頭的」で「農民と民衆」による統治は「民主的」だとの「決めつけ」がある。
 「均質化された大衆の権力ほど、自由にとって危険なものはない」。「実体のない国民が人民として実体化され、ひとつの声をもつかのように論じられるとき、全体主義が産まれ出」る。「自由主義と民主主義」は両立し難いとの指摘はこの点を衝いている。フランス革命の過中で現れた「一般意思、人民主権、人権思想(自由と平等…)は合理主義的啓蒙思想の産み落とした鬼子だ」と割り切った方が「全体主義」の危険に陥らないだろう。
 日本の憲法教科書での「近代立憲主義の流れ」は、①イギリスの動向、②アメリカ諸邦の憲法、③アメリカ独立宣言、④同憲法、⑤フランス人権宣言(とくに16条)、⑥フランス第一共和国憲法(立憲君主制憲法)の順で叙述されることがあるが、「一連の流れ」ではなく「断絶の歴史だった」と言うべきだ。ロックとルソー、フランス革命とアメリカ革命を「同列に並べて論ずる」のは「論外」だ。
 イギリスの立憲主義は自然発生的な「地方分権」・「国民経済の発展」を基礎にして「徐々に形成」された。これが「近代立憲主義のモデル」だとしても不思議ではない。しかし、マルクス主義の強い日本ではイギリスは「資本主義誕生の国家」だったので、それを「乗り越えようとした」フランスが「近代立憲主義のモデル」として期待されたのではないか。
 〔3〕「アメリカ革命と独立宣言
 (前款最後の「アメリカはモデルになる」か?に続けて、この〔3〕が始まる。以下、フランス革命に言及する部分のみを引用又は抜粋する。〕
 ・アメリカ独立革命は「革命」性を持たず、「独立宣言」の「革命」性も強調すべきでない。「アメリカ革命と独立宣言」は「フランス革命と人権宣言」とは別種のものだ。
 ・アメリカ革命の「独立宣言」は「個別的事実の確認」。一方、フランス革命の「人権宣言」は「普遍的原理の表明」。
 ・フランス革命はなるほど「絶対主義からの解放の成功例」だったが、革命「直後」はそうであっても、「何らかの固定した組織機構」を作らず、「別の形の絶対主義を産み出し」た。追求された「公的自由」は世界初の「徴兵制をもった中央集権的国家」をもたらし、さらに何度も述べたように「恐怖政治とナポレオン」をも生んだ。(以上、p.204)
 ・L・ハーツ(邦訳文庫1994)はこう言う。-アメリカの場合、「成文憲法の制定は、…具体化された多くの機構的工夫を含めて、…一連の歴史的経験の集積の産物」で、「政治的伝統主義の真髄」だった。欧州の場合、「その逆が真実」、つまり「成文憲法の概念は、合理主義者の恋人であり、活動しつつある解放された精神の象徴」だった。(p.205)
 ・アメリカ(の英国からの)「独立」後の<建国・統一>期の指導者は「社会契約」と「憲法制定」が別物であることを明確に認識していた。「人民主権(popular sovereignty)」の「人民(popular)」は「実在」しても「多元的存在であること」、「主権(sovereignty)」は「正当性の契機にととまるべきこと」を知っていた。
 ・アメリカの「穏健的指導者たち」は「過去の歴史」のよい点を取り入れないと「新しい国のかたち」は実現不可能であることを知っていて、「憲法制定会議は、過去と未来を結びつけるための堅実な作業に従事した」。「フランスでみられた抽象的理論は意図的に避けられ」た」。(以上、p.206)
 〔以上で、とりあえず、第Ⅱ部・第6章の(とくにフランス革命論に着目した)紹介を終える。
 「実体のない国民が…、ひとつの声をもつかのように論じられるとき、全体主義が産まれ出」る、とは、今日の日本にも当てはまる警句だろう。  <国民が主人公>、<国民の皆様…>、<国民の声>等の、政党の他にマスコミもしばしば用いる標語等は笑わせるとともに、怖ろしい。〕

0769/阪本昌成・新・立憲主義を読み直す(2008)におけるフランス革命-6。

 阪本昌成・新・立憲主義を読み直す(2008)-6。
 第Ⅱ部・第6章
 〔2〕「近代の鬼子? 
フランス革命
 D(つづき、p.195~)
 フランス革命を、「ブルジョア対ブロレタリアート」、「前期資本主義における産業資本」等の経済史概念を用いて分析すべきではない。「人民主権原理が徹底されるほど、民主的で望ましい政体だ」と断定すべきでもない。まして、「歴史法則」・「民主化の程度」を対照して、ある憲法の「望ましさ」を判断すべきではない
 「自由」よりも「本質的平等」を謳う人権宣言の方が「進歩的」だとか、「人民に対して同情的な人権保障」が「進歩的で望ましい」とか決めつけるのは短絡だ。<人権は誰にも貴重だ>との前提と<民衆・弱者にとって有利か不利か>という命題との間には両立し難い溝がある。
 G・ヘーゲルはフランス革命が初めて「市民社会」を作出したと論じたが、そこでの「市民社会」は「自分自身と家族の利害を自分自身の目的としている私人」を指し、「公共善を目的として活動する」「シトワイエン」〔フランス語の「市民」〕ではなかった。
 だが、後世の社会経済史学者はフランス革命を「王党派対ジャコバン派」、「貴族対ブルジョアジー」、「伝統対革新」という「二項対立図式」で捉えた。主流派(「アナール派」)はかかる「構造的」把握によって、「旧体制からの非連続性」を強調したかったのだ。連続性を見た例外はA・トクヴィルで、ルフェーブルの著『一七八九年…』(岩波文庫、1975)は却って「修正主義」を勢いづかせた。
 (D、おわり。Eにつづく)

0767/阪本昌成・新・立憲主義を読み直す(2008)におけるフランス革命-5。

  阪本昌成・新・立憲主義を読み直す(2008)-5。
 第Ⅱ部・第6章
 
〔2〕「近代の鬼子? フランス革命
 D(p.194~)
 私(阪本)のフランス革命の見方は、辻村みよ子らのフランス憲法専門家等から以下の如き批判を受けるだろう。
 ①フランス革命のいつの時期・どの要素を捉えているのか。91年までの過程重視派と93年の過程重視派があるはず。
 ②近代立憲主義のモデル探索の目的にとって、91年憲法重視か93年憲法重視かは決定的に重要だ。
 ③91年派と93年派が対立していても、「近代市民社会と憲法」という基礎観念を生んだ1789年が重要ということにはコンセンサスがあるはず。
 全面的論争のつもりはないが、以下が素人的「感想」。
 1.フランス「人権宣言」(89年)が最重要との前提で91年憲法か93年憲法かを論じるのは、「枠組み自体が狭すぎる」。フランス革命の成否は、より「長期的なタイム・スパン」で評価されるべき。振り返ってみて、「1789年以降の諸憲法がどれほどの自由を人びとにもたらした」というのか?

 2.既述の如く、フランス「人権宣言」は体系性ある法文書ではなく「政治的なPR文書」だ。
 3.91年憲法も93年憲法も「人為的作文」(法学者が「頭の中で考えたデッサン」)だ。ナシオン主権かプープル主権かというフランス憲法史でお馴染みの論争はその典型で、前者=間接民主制、後者=直接民主制とのロジックは、「それらのタームの中に結論を誘導する仕掛けを用意しているからこそ成立」するにすぎない。
 4.「一度も施行されなかった93年憲法は、どのようにでも語りうる」。

 
 <91年憲法か93年憲法か>という論争は「統治がどれほど民主化されているか」にかかかわるようだが、評価基準は「ある憲法が、実際、どれだけの自由保障に貢献したか」に置かれるべきだ。
 (Dがさらにつづく)

0765/阪本昌成・新・立憲主義を読み直す(成文堂、2008)におけるフランス革命-4。

  阪本昌成・新・立憲主義を読み直す(2008)-4。
 第Ⅱ部・第6章
 〔2〕「近代の鬼子? 
フランス革命
 C(p.191~)
 高橋幸八郎を代表とする日本の歴史学者の定説はフランス革命を<民衆の支持を得たブルジョア革命>と見た。それは「ジャコバン主義的な革命解釈」で、「一貫した構造的展開」があったとする「歴史主義的な理解」でもある。
 私(阪本)のような素人には「構造的展開」があったとは思えない。①急いで起草され一貫性のない「人権宣言」という思弁的文書、②その後の一貫性のない多数の成文憲法、③「ジャコバン独裁」、④サン=キュロット運動、⑤「テルミドールの反乱」、⑥ナポレオン、そして⑦王政復古-こうした経緯のどこに「構造的展開」があるのか。「フランス革命は民主主義革命でもなければ、下部構造の変化に対応する社会法則」の「体現」でもない。
 フランス革命が後世に教示したのは、「自由と平等、自由と民主主義とを同時に達成しようとする政治体制の苛酷さ」だ。ヘーゲルはこれを見抜いていた。
 革命時の「憲法制定権力」概念も「独裁=苛酷な政治体制を正当化するための論拠」だった。とくに「プープルという公民の総体が主権者」だとする「人民(プープル)主権論」こそが、「代表制民主主義」を欠落させたために、「全体主義の母胎となった」。
 <1791年体制は93年体制により完成したか>との論議には加わらない。1793年〔ジャコバン独裁の開始〕がフランス革命の「深化」と「逸脱」のいずれであれ、1789年以降の「全体のプロセス」は「立憲主義のモデル」とは言えない、と指摘したいだけ。
 フランス革命の全過程は「個人・国家の二極構造のもとで中央集権国家」を構築するもの。この二極構造を強調する政治理論はつねに「独裁」につながり、フランス革命もその例だった。<個人の解放>と<個人による自由獲得>とは同義ではなかった。この点をハンナ・アレントも見事に指摘している(『革命について』ちくま学芸文庫・志水速雄訳、p.211)。トクヴィルも言う-フランス革命は「自由に反する多くの制度・理念・修正を破壊した」が、他方では「自由のためにどうしても必要な多くのものも廃止した」等々(『アンシャン・レジームと革命』既出、p.367)。
 (Cは終わり。Dにつづく)
 

0763/阪本昌成・新・立憲主義を読み直す(成文堂、2008)におけるフランス革命-3。

 阪本昌成・新・立憲主義を読み直す(成文堂、2008)。
 第Ⅱ部・第6章
 〔2〕「近代の鬼子? 

 A(つづき、p.188~)
 フランス革命は「脱宗教的な形をとった文化大革命という政治的革命」で、「共同体にとっての汚染物を浄化する運動」だった。「『プープル』〔人民〕という言葉も、政治的には人民の敵を排除するための」、「経済的には富豪を排除し、倫理的には公民にふさわしくない人びとを排除するための」ものだった。だからこそフランス革命は「長期にわたっ」た。
 しかし、この「文化大革命」によって「人間を改造することはでき」なかった。「最善の国制を人為的に作り出そうとする政治革命は、失敗せざるをえ」なかった。「精神的史的大転換を表現する政治的大転回」は「偉大な痙攣」に終わった。
 B フランス革命を「古い時代の終焉」とともに「新しい時代の幕開け」だと「過大評価」してはならない。フランス革命は紆余曲折しつつ「人権」=「自由と平等」を、とくに「人の本質的平等」を「ブープル」に保障する「理想社会」を約束しようとした。それは「差別を認めない平等で均質な社会」の樹立を理想とした。しかし、「結局、中央集権国家をもたらしただけで失敗」した。「高く掲げられた理想は、革命的プロパガンダにすぎなかった」。
 「人権宣言」は法文書ではなく「政治的プロパガンダ」ではないかと疑うべきだ。立憲主義のための重要な視点は、「人権宣言」にではなく、「徐々に獲得されてきた国制と自由」にある。
 トクヴィルは冷静にこう観察した。-「民主主義革命」を有効にするための「法律や理念や慣習は変化をうけなかった」。フランス人は「民主主義」をもったが、「その悪徳の緩和やその本来の美点の伸張」は無視された。旧制度から目を離すと、「裡に権威と勢力のすべてをのみこんでまとめあげている巨大な中央権力」が見える。こんな「中央権力」はかつて出現したことがなく、革命が創造したものだ。「否、…この新権力は革命がつくった廃墟から、ひとりでに出てきたようなもの」だ(『アンシャン・レジームと革命』講談社学術文庫・井伊玄太郎訳、p.110-1)
 (Bは終わり。Cにつづく)

0762/阪本昌成におけるフランス革命-2。

 阪本昌成・新・立憲主義を読み直す(成文堂、2008)。
 第Ⅱ部・第6章
 〔2〕「近代の鬼子? フランス革命」(p.186~)
 A 近代立憲主義の流れもいくつかあり、「人間の合理性を前面に出した」のがフランス革命だった。
 フランス革命の狙いは以下。①王権神授説の破壊・理性自然法の議会による実定化、②「民主主義」実現、そのための中間団体の克服、③君主の意思が主権の源泉との見方の克服、④個人が「自律的存在」として生存できる条件の保障。これらのために、1789.08に「封建制廃止」による国民的統一。「人権宣言」による「国民主権」原理樹立。
 しかるに、「その後の国制は、数10年にわたって変動を繰り返すばかり」。これでは「近代の典型」でも「近代立憲主義の典型」でもない。「法学者が…歴史と伝統を無視して、サイズの合わない国制を縫製しては寸直しする作業を繰り返しただけ」。
 なぜフランス革命が「特定の政治機構があらわれると、ただちに自由がそれに異を唱える」(トクヴィル)「不安定な事態」を生んだのか。
 私(阪本)のフランス革命の見方はこうだ。
 フランス革命はあくまで「政治現象」、正確には「国制改造計画」と捉えられるべき。「下部経済構造変化」に還元して解剖すべきでない。「宗教的対立または心因」との軸によって解明すべきでもない。
 <フランス革命は、法と政治を通じて、優れた道徳的人間となるための人間改造運動だった>(すでにトクヴィルも)。そのために「脱カトリシズム運動」たる反宗教的様相を帯びたが、「宗教的革命」ではなく、「18世紀版文化大革命」だった。
 その証拠は以下。革命直後の「友愛」という道徳的要素の重要視、1790年・聖職者への国家忠誠義務の強制、1792年・「理性の礼拝」運動、1794年・ロベスピエールによる「最高存在の祭典」挙行。
 (Aがまだつづく)

0761/阪本昌成におけるフランス革命-1。



 阪本昌成・新・近代立憲主義を読み直す(成文堂、2008)において、フランス革命はどう語られるか。旧版に即してすでに言及した可能性があり、また多くの箇所でフランス革命には論及があるが、第Ⅱ部第6章「立憲主義のモデル」を抜粋的・要約的に紹介する。
 マルクス主義憲法学を明確に批判し、ハイエキアンであることを公然と語る、きわめて珍しい憲法学者だ。
 現役の憲法学者の中にこんな人物がいることは奇跡的にすら感じる(広島大学→九州大学→立教大学)。影響を受けた者もいるだろうから、憲法学者全体がマルクス主義者に、少なくとも「左翼」に支配されているわけではないことに、微小ながらも望みをつなぎたい。
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 第Ⅱ部第6章〔1〕「フランス革命の典型性?」(p.182~)
 A 近代憲法史にとっての「フランスの典型性」を樋口陽一らは語り、それを論証するように、<権利保障・権力分立がなければ憲法ではない>旨のフランス人権宣言16条が言及される。
 このフレーズは誤った思考に導きうる。16条の「権利」の中には「安全」への権利も含まれているが、これが立憲主義の要素として語られることは今日では稀。また、「自由と権利における平等」と「平等な生存」の並列はいかにも羅列的だし、「所有権」まで自然権と割り切っていることも奇妙だ。
 「自由、平等、財産権」の差異に無頓着ならば、フランス人権宣言はアメリカ独立宣言と同じく立憲主義の一要素に見事に言及している。しかし、アメリカとフランスでは「自由・平等」のニュアンスは異なる。「自由」の捉え方が決定的に異なる。
 B 革命期のフランスにおいて人民主権・国家権力の民主化を語れば「一般意思」の下に行政・司法を置くので、モンテスキューの権力分立論とは大いにずれる。<一般意思を表明する議会>とは権力分立の亜種ですらなく、「ルソー主義」。
 アメリカ建国期の権力分立論は「人間と『人民』に対する不信感、権力への懐疑心、民主政治への危険性等々、いわゆる『保守』と位置づけられる人びとの構想」だった〔青字部分は原文では太字強調〕。
 立憲主義に必要なのは、国家権力の分散・制限理論ではなく、国家にとっての憲法の不可欠性=「国家の内的構成要素」としての憲法、との考え方だろう。これが「法の支配」だ。立憲主義とは「法の支配」の別称だ。
 <立憲民主主義>樹立が近代国家の目標との言明は避けるべき。「民主的な権力」であれ「専制的なそれ」であれ、その発現形式に歯止めをかけるのが「立憲主義」なのだ。
 近代萌芽期では「立憲主義」と「民主主義」は矛盾しないように見えた。だが、今日では、「民主主義という統治の体制」を統制する「思想体系」が必要だ。(つづく)

0702/辻村みよ子・憲法/第三版(日本評論社、2008)を読む・その4。

 〇 しばらくぶりに、辻村みよ子・憲法/第三版(日本評論社、2008)。
 事項索引に依ってフランス1793年憲法に言及する部分を(この欄で数回に分けて)読んでみた。実質的にこれに関係する「国民主権」の部分は別の機会に委ねて、事項索引中に「ロベスピエール」が一箇所示されているので、紹介してみよう。自由権/経済的自由権/「財産権」の最初の「一・意義」のところで、次のようにロベスピエールに言及している(p.264-5)。
 ・1789年フランス人権宣言、アメリカ憲法第5修正は「所有」を「自然権」又は「神聖かつ不可侵の権利」として掲げた。かかる所有権絶対視の「近代的人権」思想は「ブルジョアジー」の経済活動の正当化・自由確保をして、「資本主義経済を推進するために重要な歴史的意義」を担った。
 ・その後「資本主義の弊害による社会・経済的不平等」の発生により所有権の公的制限の必要が生じ、ドイツ・ワイマール憲法は153条で「絶対不可侵性」を否定して、「所有権は義務を伴う」と謳った。かかる考え方は、フランス革命時の、所有権を「社会的制度」と捉えたロベスピエールや、「財産の共有から私的所有の禁止」へと到達したバブーフにも思想的淵源をもつ。
 ・上記のことの先駆的な意義は第二次大戦後に明らかになり、イタリア等も含めて「社会国家」思想のもとでの「現代型の財産権論」が定着した。日本国憲法29条1項もこの系譜に連なる。
 ・この29条1項につき、「通説・判例」は、個人の財産権を保障するとともに「私有財産制」をも保障するものと解釈する。この説によると、この条項による「制度保障」の核心は「生産手段の私有制」であり、「社会主義へ移行するためには憲法改正が必要」である。
 ・一方、「議会を通じて一定の社会化を達成する」ことは憲法改正を必要としないとする学説もあった(今村成和)。
 ・「資本主義と社会主義の要件」が「変容」し、「区別の基準が不明確になっている」今日では、従来の「多数説を維持することは困難」だ。そこで「個人の自律的な生活を保障することを目的とする制度的保障の理解」が求められている。
 以上。
 上に出てくる「社会国家」とは「社会主義国家」の意味ではなく、英米的には「福祉国家」にほぼあたるものと思われる。また、今村成和説らしい「一定の社会化」可能論は、辻村の叙述だと誤解を与えうるが、<社会主義化>可能論とは異なるものだろう。これらの点はともかく、興味深いのは次の三点だ。
 第一に、戦後又は「現代」の財産権(所有権)制限思想の淵源として、ロベスピエールとアナーキスト(=無政府主義者)のバブーフの二人をあえて挙げていることだ。アナーキズム(無政府主義)もマルクス主義につながる「思想」の一つだった。私的所有廃止・国家不要(死滅)論はマルクス主義と異ならない。
 第二に、「社会主義」の存在意義自体が問われる今日においてなお、「社会主義へ移行するためには憲法改正が必要」=現憲法のままでは日本は「社会主義」国家になれない、と解釈するのが「通説・判例」だと、わざわざ述べていることだ。推測にすぎないが、きっとこの人はかつて、日本国憲法のもとでの日本の「社会主義国家」化の可能性を関心をもって思い巡らしただろう。
 第三に、辻村は、今日では「資本主義と社会主義の要件」が「変容」し、「区別の基準が不明確になっている」と断定的に明記している。
 はたしてそうなのだろうか。中国・北朝鮮・キューバ等を日本等とは基本的<体制>の異なる「社会主義」国家(又はそれを志向している国家)と理解するのは「今日」では誤り又は不適切なのだろうか。概念用法の問題は多少はあるかもしれないが、かかる基本的<体制>の区別は、なおも基本的レベルで重要な意味がある、と考えられる。辻村の書いていることは、ソ連「社会主義」国家解体後の、<資本主義と社会主義の相対化論>と軌を一にしているように思われる。
 以上の三点はいずれも、「ブルジョアジー」という語を平然と使っていることも含めて、辻村みよ子の<思想>の「左翼」(おそらく、ほぼマルクス主義)性をほぼ明瞭に示しているだろう。
 ついでに、「個人の自律的な生活を保障することを目的とする制度的保障の理解」なるものはほとんど意味不明だ。二つほどこの考え方らしき文献が参照要求されているが、観念的・空想的作文の類の議論ではあるまいか。
 〇 NHKについて関心を少し増やしたことの結果として、池田信夫・電波利権(新潮新書、2006)を昨日か一昨日、一気に読了。この分野でもアメリカの政策が日本の政府・産業界に多大の影響を与えていること等をあらためて知る。

0693/フランス1793年憲法・ロベスピエール独裁と辻村みよ子-3。

 一 辻村みよ子・憲法/第3版(日本評論社、2008)がフランス1793年憲法に触れる箇所のつづき。
 ④ 日本国憲法14条にかかわり、平等「原則」と平等「権」との関係等の冒頭で以下のように述べる。
 ・アメリカ独立宣言以来、平等原則は自由と一体のものとして「確立」されてき、フランスでも1789年人権宣言が保障し、「『自由の第4年、平等元年』として民衆による実質的平等の要求が強まった1793年には、平等自体が権利であると主張されるようになり、1793年憲法冒頭の人権宣言では、平等は自然権の筆頭に掲げられた」(p.183)。
 このように、平等「権」保障の重要な画期として1793年憲法を位置づけている。
 ⑤ 統治機構に関する叙述の初めに、統治機構・権力分立と「主権」論の関係についてこう述べる。
 ・フランス1791年憲法では狭義の「国民(ナシオン)主権」のもとで権力分立原則が採用されたが、1793年憲法は「人民(プープル)主権」を標榜し、権力分立よりも「立法権を中心とする権力集中が原則」とされ、そのうえで「権限の分散と人民拒否等の『半直接制』の手続が採用された」。このように、「主権原理」と「権力分立」は「理論的な関係」があり、「立法権を重視する『人民(プープル)主権』原理では三権を均等に捉える権力分立原則とは背反する構造をもつといえる」(p.355)。
 「人民(プープル)主権」原理が所謂<三権分立>と背反する「立法権」への「権力集中」原則と親近的であることを肯定している(そして問題視はしていない)ことに留意しておいてよい。
 ⑥ 「人民主権」→「市民主権」論を再論する中で、再び外国人参政権問題に次のように触れている。
 ・欧州の最近の議論でも「フランス革命期の1793年憲法が『人民(プープル)主権』の立場を前提に外国人を主権者としての市民(選挙権者)として認めていたのと同様の論法を用いて外国人参政権を承認しようとする立論が強まっている」。「近代国民国家を前提とする国民主権原理を採用した憲法下でも外国人の主権行使を認める理論的枠組みが示され、国民国家とデモクラシーのジレンマを克服する道が開かれたことは、…日本の議論にきわめて有効な糧を与えるものといえよう」。
 このあと、まずは「永住資格をもつ外国人」についての「地方参政権」を認める法律の整備が必要だ旨を明言している(p.369)。「欧州連合」のある欧州諸国での議論がそのようなものを構想すらし難い日本にどのように「糧」となるのかは大きな疑問だが、立ち入らないでおこう。
 以上が、「事項索引」を手がかりにした6カ所。
 さしあたり、すべて好意的・肯定的に言及していること、この憲法制定後の「独裁」や数十万を殺戮したとされる「テルール(テロ)」・<恐怖政治>には一切言及がないことを確認しておきたい。
 以上の6カ所以外にも、重要な「国民主権」の箇所でフランス1793年憲法に(つまりは「プープル主権」に)言及している。また、ルソーやロベスピエールに触れる箇所もある。なおも、辻村みよ子・憲法(日本評論社)を一瞥してみよう。
 二 ところで、中川八洋によれば、マルクス主義もルソーの思想も「悪魔の思想」。フランス革命(当然に1793年「憲法」を含む)も(アメリカ独立・建国と異なり)消極的に評価される。憲法に関連させて、中川八洋・悠仁天皇と皇室典範(清流出版、2007)はこう書く。
 ・フランス「革命勃発から1791年9月までの二年間は、人権宣言はあるが、憲法はなかった。”憲法の空位”がフランス革命の出発であった。/1792年8月に(1791年9月生まれの)最初の憲法を暴力で『殺害』した後、1795年のフランス第二憲法までの、丸三年間も、憲法はふたたび不在であった。フランス革命こそは、憲法破壊と憲法不在の九十年間をつくりあげた、その元凶であった」(p.166)。
 上の文章では、未施行の1793年憲法などは、「憲法」の一種とすらされていない。
 上の中川の本にはこんな文章もある。
 ・「ルソー原理主義(もしくはフランス革命原理主義)の共産主義」は「表面的には」、「マルクス・レーニン主義の共産主義」ではない。このことから「過激な暴力革命」ではないとして「危険視されることが少ない」。「ルソー原理主義系の憲法学が、日本の戦後に絶大な影響を与えることになった理由の一つである」。
 なるほど。
 辻村みよ子が「ルソー原理主義」者もしくは「フランス革命原理主義」者であることは疑いえないと思われる。そしておそらく、「マルクス・レーニン主義の共産主義」者としても、資本主義→社会主義という<歴史的発展法則>を信じた(ことがある)のだろうと推察される。次回以降に、この点には触れることがある。
 なお、先だって中川八洋・悠仁天皇と皇室典範に言及したあとで、この本は全読了。確認してみると、皇室問題三部作の二冊目の、中川・女性天皇は皇室断絶(徳間書店、2006)も「ほぼ」読了していた。

0692/フランス1793年憲法・ロベスピエール独裁と辻村みよ子-2。

 辻村みよ子・憲法/第3版(日本評論社、2008)がフランス1793年憲法に触れる第三番目は以下。
 ③辻村によると、外国人の参政権(選挙権・被選挙権)につき、国政・地方の別、憲法による要請・許容の別によって、学説は以下のように6つに分類される。
 ①全面(国政・地方)禁止説、②全面(国政・地方)許容説、③全面(国政・地方)要請説、④国政禁止・地方許容説、⑤国政禁止・地方要請説、⑥国政許容・地方要請説。そして、④「国政禁止・地方許容説」が「最近の有力説」で、奥平康弘は②「全面(国政・地方)許容説」、浦部法穂は③「全面(国政・地方)要請説」で、自らもこの③説に含める(p.148-9。さすがに「左翼」憲法学者こそが外国人への参政権付与の論を張り、運動を支えている)。なお、「許容」説とは、憲法が参政権付与を要求・要請していないが、立法政策によって(法律レベルで)付与することも憲法は許容している(従って参政権付与は違憲ではない)と解釈する説のこと。
 上の議論にかかわって、辻村みよ子は「国民」・「住民」概念は未成年者も含む観念的集合概念なので、欧州連合条約上の「欧州市民権」論や「フランスの『人民(プープル)主権』論にもとづく1793年憲法(主権主体である人民を構成する市民が選挙権者となる)のように、選挙権者に該当する具体的な『市民』の観念を介在させることも理論上は有効である」。
 フランス1793年憲法がフランス国籍を有しない者の「参政権」をどう扱っていたかは知らない。辻村みよ子も曖昧にしたままだ。
 が、いずれにせよ、辻村は、現下の日本国憲法の解釈の一問題につき、200年以上前の特定の外国(フランス)の(施行されなかった)憲法の、<主権主体である人民を構成する市民が選挙権者>という基本的理念らしきものを参考にする(「介在させる」)ことが有効と述べているわけだ。

0691/フランス1793年憲法・ロベスビエール独裁と辻村みよ子。

 一 「フランス・ジャコバン独裁と1793年憲法再論-河野健二と樋口陽一・杉原泰雄」とのタイトルで簡単にまとめたことがあった(2008/11/02)。
 河野健二・フランス革命小史(岩波新書、1959。1975年に19刷)は、これまでの「体制派」=「進歩派」=「左翼」のフランス革命史・フランス革命観を叙述していると見られる。重複部分があるが、フランス1793年憲法・ジャコバン(=ロベースピエール)独裁については、以下のごとし。
 「ロベスピエール派」の「政治的実践」は失敗したが、「すべて無効」ではなかった。「モンターニュ派」による国王処刑・独裁強化は「一切の古い機構、しきたり、思想を一挙に粉砕し、…政治を完全に人民のものにすることができた」。「この『フランス革命の巨大な箒』(マルクス)があったからこそ、人々は自由で民主的な人間関係をはじめて自分のものとすることができた」(p.166-7)。/「モンターニュ派」独裁の中で、「私有財産にたいする攻撃、財産の共有制への要求があらわれた」。とくにロベスピエールは、「すべての人間を小ブルジョア的勤労者たらしめる『平等の共和国』」を樹立しようとした。しかし、戦争勝利とともに「ロベスピエール派」は没落し、上の意図は「輪郭がえがかれたままで挫折した」(p.190)。/「資本主義がまさに出発」しようとしているとき、「すべての人間を小ブルジョアとして育成し、固定させようとすることは、歴史の法則への挑戦であった」。「悲壮な挫折は不可避であった」(p.190)。/ロベスピエールが「独裁者」・「吸血鬼」と怖れられているのは彼にとって「むしろ名誉」ではないか。彼こそ、「民衆の力を基礎として資本の支配に断乎たるたたかいを挑み、一時的にせよ、それを成功させた最初の人間だから」だ(p.191)。
 ロベスビエールは失敗したが、しかし、それは時代を先取りしすぎていたからで、彼らが指し示した歴史的展望は不滅のものだ、とでもいいたげだ。マルクス主義者又は親マルクス主義者にとって、ロベスピエール独裁とは、<ブルジョア(市民)革命>に続く、<社会主義革命>(プロレタリア独裁?)の萌芽に他ならなかった。
 かかる「ジャコバン(モンターニュ)独裁」観に、樋口陽一も立っていたといってよい。樋口は同・自由と国家(岩波新書、1989=ソ連解体前)p.170で、日本人はフランスの1793年の時期を、「ルソー=ジャコバン型個人主義」を「そのもたらす痛みとともに追体験」せよ、と主張していた。
 二 日本国憲法の教科書・概説書の中に、索引によると、フランス1973年憲法に6カ所で言及しているものがある。
 辻村みよ子・憲法/第3版(日本評論社、2008)だ。なお、日本評論社から憲法(日本)の教科書・概説書を出版しているのは、この辻村みよ子と、浦部法穂の二人かと思われる。日本評論社の<法学>系出版物の「左翼」傾向はこの点でも例証されていると考えられる。
 以下、辻村みよ子の上の著がフランス1973年憲法をどう記述しているかをメモしておく。
 ①「ブルジョアジー」が狭義の「国民主権」を定めた1791年憲法に対して、「王権停止後に初の共和制憲法として成立した1793年憲法は、平等権や社会権の保障のほか、市民の総体としての人民を主体とする『人民(プープル)主権』原理に基づく直接民主主義的な統治原理を採用した。しかし、この急進的な憲法は施行されず、1795年憲法が制定されて、…<以下、略>」(p.22)。
 この部分は諸外国における「近代憲法の成立」の説明の中にある。諸外国とはイギリス、アメリカ、フランスで、ドイツに関する記述はない。
 ②日本の「私擬憲法草案」の中では、植木枝盛起草の『東洋大日本国国憲按』(1881)には、「フランス1789年人権宣言のほか、急進的な1793年憲法の人権宣言の抵抗権や蜂起権の影響が認められる」(p.34)。
 この部分は、明治憲法の制定過程に関する叙述の中にある。
 くり返しておくが、フランス1793年憲法とは、現実には<施行されなかった>憲法だ。つづく。

0690/中川八洋・悠仁天皇と皇室典範(清流出版、2007)による日本の憲法学界批判。

 中川八洋・悠仁天皇と皇室典範(清流出版、2007.01)は、中川の皇室問題三部作の三冊め。ほぼ読了した。
 皇室問題・皇室典範の改正の方向に関する議論もさることながら、現憲法の天皇条項に関する園部逸夫・宮沢俊義の解釈批判に関連して多く語られている、現在の憲法学界に対する「怨嗟」とでもいうべき批判の仕方はすさまじい。
 例えば、p.110-「共産党であることを隠し続けた(憲法ではなく行政法だが)園部逸夫タイプも多いが、杉原泰雄長谷川正安奥平康弘横田耕一辻村みよ子…などのように、自分が共産党であることを隠そうとしないものもいる」。「後者の一群の中でも、いっさいのアカデミズムをかなぐり捨てて、フランス革命期の革命家気取りは、何といっても、横田と辻村の右に出るものはいない。自分を『ルソーの高弟』とか『ヴォルテールの愛弟子』と妄想しているのが横田耕一。自分を”大量殺人鬼”ロベスピエールの革命を助けている『ロベスピエールの愛人』だと毎夜夢想し恍惚に耽るのが辻村みよ子」。
 組織(日本共産党)所属問題は俄には信頼できないが(長谷川正安のように間違いないと見られる者もいるが)、舌鋒の激しさ、鋭さはスゴい。
 批判のための表現・言葉の問題は別としても、中川八洋は重要な問題提起をしていることは疑いえない。とりあえず挙げれば、例えば-。
 ①<国民主権>原理は(イスラム圏については知らないが)普遍的にどの国でも現在では憲法上採用されているように思ってしまっているが、そうではない、米国憲法は<国民主権>を意識的に排斥した、とする。宮沢俊義がアメリカ独立宣言やその当時の諸州の憲法が「国民主権主義」を明文で定めたと書いている(1955)のは「嘘宣伝(プロパガンダ)」だという(p.208)。また、英国もこの原理を採用していないとされる。
 「国民が主人公」とやらの日本の民主党のかつての?スローガンは<国民主権>の言い換えのつもりなのだろうが、日本国憲法における「国民主権」の厳密な意味は「民主主義」(・「民意」)とともにあらためて問われる必要がある(「国民主権」か「人民主権」かという辻村みよ子の好きな論点以前の問題として)。むろんこれは、<天皇制度>にもかかわる。
 ②「法の支配」の意味の正確な理解。中川によると「正しく知る」ものが「日本に一人でも存在するか」疑問だ(p.248)。中川は前東京大学教授(憲法)・高橋和之の<法の支配>に関する叙述の一部を引用して、「中学生レベルの抱腹絶倒の珍説で、論評する気が失せる」とまで述べる(p.253)。
 中川によれば、(ボッブズやロックではなく)英国のコウク卿(英国法提要・判例集)、ブラックストーン(イギリス法釈義)の流れの「法の支配」を採用しているのがアメリカ憲法で、「デモクラシーの暴走を、未然に防」ぐことにその基本的要素の一つがある。
 ③「立憲主義」の意味(「国民主権」との関係)。中川によると、「立憲主義」と「国民主権」とは両立しない。<憲法>が全ての機関・人間を拘束するのが<立憲主義>なので、「最高の権力」の意味での「主権」概念は(「国民主権」も含めて)当然に否定される(p.288)。
 「日本の憲法学は、本心では、確信犯的に、”立憲主義”を否定・排除するイデオロギーに立脚している。…フランス革命から生まれた革命スローガン『国民主権』と『憲法制定権力』を全否定しない説は、”立憲主義を殺す”反憲法の教理である。日本の憲法学は、恐ろしいことに、この反憲法の教理に基づいている。/『国民主権』や『憲法制定権力』を神格化して、”立憲主義を殺す”反憲法学の極みとなった、逆立ちする日本の憲法学は、『憲法=立法者の絶対命令』とする、異様な命令法学に畸形化している」(p.289)。
 「命令法学」の意味に立ち入らない。何とも挑発的で刺激的な本だ。もっとも、憲法学アカデミズム以外の者による批判として、日本の憲法学者たちは、かりに中川のこの本とその内容を知っても、おそらく完全に無視し続けるのだろう

ギャラリー
  • 1181/ベルリン・シュタージ博物館。
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