秋月瑛二の「自由」つぶやき日記

政治・社会・思想-反日本共産党・反共産主義

朝日新聞

0793/朝日新聞を批判した2007.07の古森義久ブログ。

 2007年7月の参院選の際の朝日新聞の報道ぶりは異常で、産経新聞は<何たる選挙戦!>と銘打つ連載をしていたし、古森義久の2007.07.11のブログのタイトルは「朝日新聞の倒閣キャンペーンの異様さ」だった。
 古森義久は2007.07.13のブログでは、「朝日新聞の倒閣キャンペーン社説ーー『前のめり』症候を診る」と題して、本欄で前回に引用・掲載した朝日新聞2007.07.12社説を、かなり詳しく批判的に分析していた。それをそのまま再掲してみよう
 なお、たんなる懐古趣味で二年前を思い出しているのではない。朝日新聞らが誘導した2007参院選での自民党大敗北こそが国会に「ねじれ」をもたらし、与党の政権運営を難しくしてきた。そして、今日がある。
 <四年間に四人もの首相>と批判的に述べられもするが、交替せざるを得なかった大きな背景は参院では野党が多数派だったことにある。また、明瞭に語られることは何故か少ないが、衆議院で与党が有していた2/3以上の多数を利用して再議決しないと、参議院で法律案が否決されてしまえば、いかなる法律も成立せず、法律制定によって政治・行政を行っていくことが困難だった。そしてまた、このことは、衆院2/3以上多数の放棄をほぼ意味する「衆院解散」を歴代首相、とくに麻生太郎首相が躊躇した大きな一因だった、と思われる。
 そして、現在、朝日新聞ら「左翼」が目論んだ<政権交代>が眼前にあるらしい。朝日新聞に二年前ほどの<異様さ>がないかもしれないのは、安倍・福田・麻生内閣時代にずっと、つねに与党を批判する方向で記事を書いてきたからだろう。<政権交代>にとって有利な情報は大きく、それにとって不利な情報は小さく、取り上げてきたのだ。むろん100%の有権者が朝日新聞の報道ぶりに影響を受けることはないが、5~20%の人々の投票行動を一定の方向に誘導することは十分にありうる。10%の票でも当落を決する力がある。
 世論調査の結果や選挙結果が、マスコミの大勢の論調の誘導力をあとで証明するだけ、になるとすれば、何と嘆かわしい現象だろう。
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 古森義久2007.07.13ブログ(全文、/は元来は改行)
 //「朝日新聞の倒閣キャンペーン社説ーー『前のめり』症候を診る
 朝日新聞を続けて論じるのも芸がないとは思うのですが、最新の社説一本を一読しただけで、自分がつい2日前に書いたことが裏づけられる思いに鼓舞されたから、と申しましょうか。/それほど偏向が顕著なのだともいえます。「安倍憎し」の私怨が暴走すれば、その前のめりは方向感覚を失い、閉塞だけが強まり、均衡をなくして、よろよろ、論理さえも薄れていく、ということでしょうか。/情から始まる一点集中傾向は、論理や事実に基づくはずの文章を書く人間の頭脳さえも痺れさせる。もって自戒ともしたい現象です。
 さて論題とする朝日新聞の社説は7月12日付、「参院選告示」「『安倍政治』への審判だ」という見出しでした。
 まず最大の特徴をいえば、看板に偽りあり、「安倍政治」への言及がほとんどないのです。あるのは反安倍勢力が取り上げるトラブル現象ばかりです。/まあ、順番に論評しましょう。社説の全文を紹介するわけにもいかないので、主要部分を順に引用しながら、コメントしていきます。
 <<「宙に浮いたり、消えたり」の年金不信、閣僚に相次いて発覚した「政治とカネ」のスキャンダル、無神経な失言の連発、いわば「逆風3点セット」にきりきり舞いの状態が続くなかで、選挙戦に突入することになった。/首相にとって、この選挙は小泉前首相の時代とは違う「安倍カラー」を前面に掲げ、有権者に問う場になるはずだった。そのためにこそ、国民投票法など対決色の強い法律を、採決強行を連発しながらどんどん通していった。/教育再生や集団的自衛権の解釈などでいくつもの有識者会議をつくり、提言を急がせたりもしている。/首相はテレビ局などを行脚して「この9か月の実績を評価してほしい」と訴えている。だが、逆風3点セットに直撃され、「年金記録信任選挙」(民主党の小沢代表)の様相を呈しているのはさぞかし不本意なことだろう。/むろん、年金の問題などはこの選挙の大きな争点だ。国民の不信や怒りにどう応え、安心できる制度、組織をつくるかを論じる必要がある。>>
 さあ、以上がこの社説の前半のほとんどです。/この部分での主眼はこの参院選挙を「年金選挙」あるいは「逆風3点セット選挙」と特徴づけている点です。見出しでは「安倍政治」全体への審判であるかのようにうたいながら、実際には安倍政権の政策自体からは外れたミスやスキャンダルに重点を置き、そのうえで小沢一郎氏の言をそのまま使って、「年金記録信任選挙」であるべきだという主張を述べているに等しいのです。
 一方、かんじんの「安倍政治」については、この社説は正面からはなにも触れていません。憲法改正という重大なテーマさえも、「国民投票法など対決色の強い法律」という一言ですませるのです。
 「安倍政治」を語るならば、当然、教育基本法の改正、憲法改正を目指しての国民投票法の成立、天下りを規制する公務員制度改革法の成立、防衛庁の省昇格、そして中国や韓国との関係改善、さらにはNATOとの初の首相レベルでの接触、インドやオーストラリアとの「民主主義の共通価値観」に基づく新連携などなどが、少なくとも言及されるべきでしょう。
 ところが、この朝日社説はこれら重要案件のほんの一部の、しかもその末端だけをとらえて、「負」の情緒いっぱいの主観的な表現でけなすだけです。
 「対決色の強い法律を」「採決強行を連発しながら、どんどん」「提言を急がせたり」という表現がそれです。
 そもそも安倍首相が主導した一連の重要法案成立を単に「安倍カラー」という皮相な描写でしか言及していないのも、なんとも情緒的に映ります。その背後に感じさせられる黒い影は、なんとか安倍政権を倒したい、という情念でしょうか。
 だからこの社説は結局は、今回の参院選は「安倍政治」の審判ではなく、「年金」や「逆風3点セット」への審判であり、そうであるべきだ、と主張していることになります。見出しから連想させられる重要政策案件の議論はまったくないのです。だから私は「看板に偽りあり」と評したわけです。
 さてこの社説はちょうど真ん中あたりで、さすがに気が引けたのか、あるいは欠陥に気づいたのか、安倍政権の政策面にも、あらためて触れてみせます。以下のような記述です。
 <<だが同時に、この9か月に安倍政治がやったこと、やらなかったことを、その手法も含めて有権者がしっかりと評価するのが、この選挙の重要な目的であることを忘れてはならない。>>
 さあ、こういう記述が出てくれば、当然、後に続くのは、その「安倍政治」の検証だと思わされます。
 ところがこの社説はそれが皆無なのです。安倍政権の政策の検証どころか、また論題は「逆風3点セット」にもどってしまうのです。/だから一つの「論説」としては構造的に支離滅裂、安倍叩きに没入するあまり、「論」の構成さえもヘナヘナ、朝日新聞が自分たちの気に入らない相手の言動を描写するときに愛用する表現でいえば、まさに「前のめり」のあまり、視力も知力も麻痺したとさえ、思わされます。
 この社説の結び近くでは、安倍政権の政策論に替わって、また以下のような記述が出てきます。読者に対し選挙への態度を呼びかける記述です。
 <<年金をはじめ、赤城農水相の事務所経費で再燃した「政治とカネ」の問題などの3点セットは、どれも大事なテーマである。>>
 やはりこの選挙では「安倍政治」ではなく、「逆風3点セット」をみよ、というアピールだともいえましょう。
 しかし同社説はここでまた気が引けたのか、その直後にいかにも体裁に以下のことを書いています。
 <<そして、これからの日本の政治のあり方をめぐって重要な選択が問われていることを心にとめておこう。>>
 これまた「日本の政治のあり方」や「重要な選択」についてはなんの説明もありません。/そして社説は次のような奇妙な記述で終わっています。
 <<安倍政治がめざす「戦後レジームからの脱却」か、小沢民主党がめざす政権交代可能な二大政党制か--。投票日までの18日間、しっかりと目を凝らしたい。>>
 同社説がここでやっと「戦後レジームからの脱却」をあげたことは評価しましょう。これこそ「安倍政治」の特徴だからです。しかし社説では前述のように、その内容の議論が皆無です。議論は「逆風3点セット」だけなのです。
 しかもこの結びは、「戦後レジームからの脱却」に替わる選択肢として、「政権交代可能な二大政党制」を記しています。この点が奇妙なのです。
 「戦後レジームからの脱却」が一つの選択肢ならば、他の選択肢はまずは「戦後レジームの保持」となるでしょう。そうでなくても、「戦後レジームからの脱却」以外の政策が示されるのが普通です。それがここでは一気に政策の論議や比較をすっ飛ばして、「政権交代」となります。/「政権交代可能な二大政党制」はすでに存在するではないですか。政権交代は衆院選挙で野党が勝てば、いつでも、いくらでも可能なのです。そのための二大政党制の政治メカンズムはすでに存在するのです。
 やはり朝日新聞にとってはこの参議院選挙は「政権交代」こそが目標なのだ、という本音が結びのこんな記述の構成にもあらわれている、と感じた次第でした。// 

0792/資料・史料-2007.07.12「参院選公示」朝日新聞社説。

 資料・史料-2007.07.12「参院選公示」朝日新聞社説
 
平成19年7月12日

 //朝日新聞社説
 「
参院選公示―「安倍政治」への審判だ

 きょう、参院選挙が公示される。昨年9月に就任した安倍首相にとって、初めて迎える大型国政選挙である。
 9カ月ほど前、自民党総裁選で大勝したころは、これほど厳しい逆風の下で初の審判を受けることになろうとは、予想もしなかっただろう。
 「宙に浮いたり、消えたり」の年金不信、閣僚に相次いで発覚した「政治とカネ」のスキャンダル、無神経な失言の連発。いわば「逆風3点セット」にきりきり舞いの状態が続くなかで、選挙戦に突入することになった。
 首相にとって、この選挙は小泉前首相の時代とは違う「安倍カラー」を前面に掲げ、有権者に問う場になるはずだった。そのためにこそ、国民投票法など対決色の強い法律を、採決強行を連発しながらどんどん通していった。
 教育再生や集団的自衛権の解釈などでいくつもの有識者会議をつくり、提言を急がせたりもしている。
 首相はテレビ局などを行脚して「この9カ月の実績を評価してほしい」と訴えている。だが、逆風3点セットに直撃され、「年金記録信任選挙」(民主党の小沢代表)の様相を呈しているのはさぞかし不本意なことだろう。
 むろん、年金の問題はこの選挙の大きな争点だ。国民の不信や怒りにどう応え、安心できる制度、組織をつくるかを論じる必要がある。
 だが同時に、この9カ月に安倍政治がやったこと、やらなかったことを、その手法も含めて有権者がしっかりと評価するのが、この選挙の重要な目的であることを忘れてはならない。
 小沢民主党にとっても、この参院選がもつ意味は極めて重い。2年前の郵政総選挙での屈辱的な大敗を帳消しにする絶好のチャンスだからだ。
 かりに参院で野党が過半数を押さえれば、政府・与党の法案を否決したり、審議の進め方を決めたりできる。いくら衆院で与党が多数を占めていても、与党主導の政治運営はできなくなる。
 参院選の結果で、すぐに自民党から民主党へ政権が移ることはないけれど、衆院解散・総選挙に追い込めれば、政権交代の大きな足がかりになりうる。政界再編という別の展開もあるかもしれない。
 小沢氏が「ここで負ければ政界引退」と退路を断ってみせたのも、長年追い求めてきた政権交代可能な二大政党制への天王山と思えばこそだろう。
 年金をはじめ、赤城農水相の事務所経費で再燃した「政治とカネ」の問題などの3点セットは、どれも大事なテーマである。公明や共産、社民も含め、論戦に注目しよう。そして、これからの日本の政治のあり方をめぐって重要な選択が問われていることを心にとめておこう。
 安倍政治がめざす「戦後レジームからの脱却」か、小沢民主党がめざす政権交代可能な二大政党制か――。投票日までの18日間、しっかりと目を凝らしたい。//

 *一言・二言コメント-社説だからこそこの程度の「安倍政治」批判で済ませていた。2007参院選民主党勝利→<ねじれ国会>→「衆院解散・総選挙」→「政権交代」という道筋をこの当時から想定(・目標設定)していたことが分かる。

0791/資料・史料-2007.05.20朝日新聞社説「安倍内閣批判」。

 資料・史料-2007.05.20「安倍内閣批判」朝日新聞社説
 平成19年5月20日

 //朝日新聞社説
 価値観議連―「安倍応援団」の危うさ
 安倍首相を支持する自民党の中堅・若手議員ら43人が「価値観外交を推進する議員の会」を発足させた。
 会長には拉致議連などの活動を通じて首相と親しい古屋圭司氏、顧問には先輩格の中川昭一党政調会長が就いた。
 メンバーには、いわゆる従軍慰安婦問題への旧日本軍の関与について、強制連行はなかったと主張する「日本の前途と歴史教育を考える議員の会」の顔ぶれがずらりと並ぶ。
 97年にこの会が発足した当時は、中川氏が会長、古屋氏は副幹事長、首相は事務局長だった。新たに設立された価値観議連は、そうした首相の仲間たちが結集した「安倍応援団」である。
 議員の有志が集って政策を練り、行動すること自体に異論はないが、この議連と首相との関係には首をかしげざるを得ない。
 「価値観外交」とは耳慣れないが、趣意書によると、自由・民主・人権・法の支配という普遍的価値を高く掲げ、これを共有する国々や人々と連携していくのが目的だという。そもそもこれは首相の持論であり、それを後押ししようということだろう。
 では、価値観を共有しない国はどこか。古屋氏は初会合でこう述べた。「首相の日中首脳会談には大きな成果があった。しかし一方では、軍事費増大など覇権拡張の疑念は払拭(ふっ・しょく)できない。中国は共通の価値観を持つ国ではない」
 同じ会合で講演した中川政調会長もこう述べた。「中国は我々に一番近くて脅威の国だ。我々が中国の一つの省になることは絶対に避けないといけない」。
 日中外交がようやく軌道に乗り始めているときに、何とも刺激的な中国警戒論ではないか。
 古屋氏は「人権擁護法案、皇室典範、靖国参拝、国民投票法、民法772条(嫡出の推定)の問題はいずれも思想信条に直結する。同じ方向をめざす同志を糾合し、速やかに行動できるグループとして機能を果たしたい」とも述べた。
 言い換えると、列挙したのは女系女帝の反対論など、とりわけ右派の熱心なテーマばかりだ。これがめざす「真の保守主義」なのだというが、「自由・民主・人権」というより、復古的な価値観に近いのではないか。
 政権についた安倍氏が、靖国参拝や慰安婦問題での主張の修正を迫られたことに、右派は不満を募らせている。ならば「建前」しか語れない安倍氏に代わって、議連が「本音」を語り、右派の理念のエンジン役になろうということか。
 議連には、首相の側近である下村博文官房副長官、山谷えり子首相補佐官が名を連ねた。彼らがわざわざ創設に加わったところに、首相と議連との距離の近さが表れている。
 ことは外交である。あたかも首相に二つの口があるかのような印象を与えていては、世界の信用は得られまい。//

 *ふたことコメント-2007年7月参院選前の朝日新聞による安倍内閣への集中批判・攻撃・皮肉の一つ。①中川昭一の「我々が中国の一つの省になることは絶対に避けないといけない」との発言にこの朝日新聞社説は「何とも刺激的な中国警戒論ではないか」と反応している。②人権擁護法案反対、皇室典範改正(女系女帝容認)反対、靖国参拝、改憲国民投票法、民法772条改正(嫡出の推定)反対を「右派の熱心なテーマ」と断じ、「復古的な価値観に近いのではないか」として、自らの「左派」性とその「価値観」の一端を暴露している。

0789/朝日新聞系出版社と「共闘」する月刊WiLL・花田紀凱。週刊文春8/13・20号の友納尚子は違う。

 週刊文春8/13・20号(文藝春秋)に友納尚子「『離婚・別居・廃太子』論・皇太子と雅子さまは何を思われたのか」という文章がある(p.168-171)。
 これで初めて知ったが、橋本明は月刊WiLL9月号(ワック)で初めて<廃太子>論を述べたのではなく、橋本明・平成皇室論-次の御代にむけて(朝日新聞出版、2009)という本を出している。月刊WiLLの彼の文章はこの本のいわば要約・反復あるいは<ついで>の作品だったようだ。
 友納はこの橋本明の議論を批判している。すべてに言及しないが、例えば、①「根本的にいえる」のは橋本には「精神疾患に対する知識と理解が足りないのではないか」、②橋本は天皇・皇后<一体>論(この名称は私による)を説くが、それならば、皇太子ご夫妻は「多くの場合おひとりで公務にのぞまれた昭和天皇と、香淳皇后のあり方を否定したというのだろうか」。
 そしてタイトルに見られるように、皇太子・同妃両殿下に対して友納は同情的だ。西尾幹二も述べなかった(西尾は基本的には<離婚>論だろう)<廃太子>論を含む議論を明言する著書が出版されていること、そしてその内容を両殿下が全くお知りにならないとは考え難い。こんな本と議論の存在を知って、両殿下、そして今上天皇・皇后両陛下のご心情はいかばかりか。
 ついでに書いておくと、昨年に八木秀次が述べた(少なくとも示唆した)のは現皇太子の皇位継承不適格論で、直接の(現時点での)<廃太子>論とは少し異なる。中西輝政が述べたのは現皇太子妃殿下の皇后就位疑問論で、やはり現皇太子についての<廃太子>論とは同一ではない。
 だが、月刊WiLL(ワック)の編集長・花田紀凱は当然にこの友納尚子記事に不満なようで、産経新聞8/08の週一連載「週刊誌ウォッチング」を利用して「雅子妃べったりが目に余る」と述べる。そして、問題意識や結論が彼と同じらしい週刊新潮8/13・20号(新潮社)の記事については紹介するだけで、批判的コメントはない。
 「細かいことだが」として、花田紀凱はこう結ぶ。「橋本氏は『別居、離婚、廃太子』と言っている。『文春』が『離婚・別居・廃太子』と順番を変えたのは何か意図があるのか」。
 以下は上の点よりは細かいこととは思えないので、指摘しておこう。花田の述べるとおり「橋本氏は『別居、離婚、廃太子』と言っている」のだとすれば、花田紀凱が編集長の月刊WiLL9月号(ワック)の橋本明の文章のタイトルは、いったいなぜ、「『廃太子』を国民的議論に」になっているのか。この点に編集長・花田の意向が全く働いていないとは言い難いように思われる。内容的にも橋本は「別居、離婚、廃太子」に触れているが、なぜタイトルは「『廃太子』を国民的議論に」なのか
 花田紀凱によるこの簡略化には「何か意図があるのか」。
 ところで最後に、橋本明の上の本の出版元は掲記のとおり朝日新聞出版。これは元は朝日新聞社の一部(出版関係)だったものが別会社になったもので、週刊朝日アエラは現在は朝日新聞社ではなく朝日新聞出版によって刊行されている。また、<朝日新書>シリーズも朝日新聞社ではなく、この朝日新聞出版が発行元だ。
 本多勝一・中国の旅(朝日文庫)等々の明瞭な「左翼・反日」本も、現在はこの朝日新聞出版が発行しつづけている。
 ついでに書くと、朝日新聞出版のウェブサイトのトップには朝日新書等の執筆者だからだろう、「保阪正康さんサイン会」、「姜尚中サイン会」の案内へのリンクもある。
 上でほとんど明らかなように朝日新聞出版とは実質的に朝日新聞社と同一で、かつ明瞭な「左翼」出版社だ。新潮社や(株)文藝春秋が「左翼」から「保守」までかなり幅広く出版しているのとは異なる。
 そんな出版社が刊行・発売する本を書いた者に月刊WiLLは同様の内容の原稿執筆を依頼した。<反雅子妃殿下>において、少なくとも皇室に混乱をもち込む又は混乱を過大にする目的において、月刊WiLL・花田紀凱と朝日新聞社は<共闘>していると評してよい。
 月刊WiLLと朝日新聞系出版社発行の本の一つは同じ論調だ-この指摘を花田紀凱は否定できないだろう。正しい又は妥当な内容であれば<朝日新聞>出版の本の執筆者でも<利用>する、と釈明する他はないものと思われる。
 ともあれ、奇妙な構図だ。  

0788/資料・史料-2006.12.25朝日新聞・若宮啓文<風考計>コラム。

 資料・史料-2006.12.25朝日新聞・若宮啓文<風考計>コラム
 平成18年12月25日

 
//言論の覚悟 ナショナリズムの道具ではない
 教育基本法に「愛国心」が盛り込まれ、防衛庁が「省」になることも決まった日の夜だった。
 「キミには愛国心がないね」学校の先生にそうしかられて、落第する夢を見た。
 いわく、首相の靖国神社参拝に反対し、中国や韓国に味方したな。
 卒業式で国旗掲揚や国歌斉唱に従わなかった教職員の処分を「やりすぎ」だと言って、かばったではないか。
 政府が応援するイラク戦争に反対し続け、自衛隊派遣にも異を唱えて隊員の動揺を誘うとは何事か。
 自衛隊官舎に反戦ビラを配った者が75日間も勾留(こうりゅう)されたのだから、よからぬ記事を全国に配った罪はもっと大きいぞ、とも言われた。「そんなばかな」と声を上げて目が覚めた。
 月に一度のこのコラムを書いて3年半。41回目の今日でひとまず店じまいとしたいのだが、思えばこの間、社説ともども、小泉前首相や安倍首相らに失礼を書き連ねた。夢でよかったが、世が世なら落第どころか逮捕もされていただろう。
    ◇
 「戦争絶滅受合(うけあい)法案」というのを聞いたことがあるだろうか。
 条文を要約すれば、戦争の開始から10時間以内に、国家の元首(君主か大統領かを問わない)、その親族、首相や閣僚、国会議員らを「最下級の兵卒として召集し、出来るだけ早くこれを最前線に送り、敵の砲火の下に実戦に従わしむべし」というものだ。
 いまならまずブッシュ大統領に読んでもらいたいが、長谷川如是閑(にょぜかん)がこの法案を雑誌『我等(われら)』で書いたのは1929年のこと。第1次世界大戦からしばらくたち、再び世界がキナ臭くなり始めたころである。
 デンマークの陸軍大将が起草して各国に配ったという触れ込みだったが、それはカムフラージュの作り話。「元首」と「君主」は伏せ字にしてきわどく検閲をパスした。
 それより11年前、日本のシベリア出兵や米騒動をめぐって寺内正毅内閣と激しく対決した大阪朝日新聞は、しばしば「発売禁止」の処分を受けた。さらに政府糾弾の集会を報じたところ、記事にあった「白虹(はっこう)日を貫けり」の表現が皇室の尊厳を冒すとして筆者らが起訴され、新聞は廃刊の瀬戸際に立たされた。ついに大阪朝日は村山龍平社長らが辞職して謝罪し、政府に屈することになる。
 これが「白虹事件」である。かつて「天声人語」の筆者でもあった如是閑は、このとき大阪朝日の社会部長だった。言論の敗北に無念を抱きつつ退社して『我等』を創刊したのだ。
    ◇
 こんな古い話を持ち出したのも、いま「言論の自由」のありがたみをつくづく思うからにほかならない。現代の世界でも「発禁」や「ジャーナリスト殺害」のニュースが珍しくない。
 しかし、では日本の言論はいま本当に自由なのか。そこには怪しい現実も横たわる。
 靖国参拝に反対した経済人や天皇発言を報じた新聞社が、火炎ビンで脅かされる。加藤紘一氏に至っては実家が放火されてしまった。言論の封圧をねらう卑劣な脅しである。
 気に入らない言論に、一方的な非難や罵詈雑言(ばりぞうごん)を浴びせる風潮もある。それにいたたまれず、つい発言を控える人々は少なくない。この国にも言論の「不自由」は漂っている。
 私はといえば、ある「夢想」が標的になった。竹島をめぐって日韓の争いが再燃していた折、このコラムで「いっそのこと島を韓国に譲ってしまったら、と夢想する」と書いた(05年3月27日)。島を「友情島」と呼ぶこととし、日韓新時代のシンボルにできないか、と夢見てのことである。
 だが、領土を譲るなどとは夢にも口にすべきでない。一部の雑誌やインターネット、街宣車のスピーカーなどでそう言われ、「国賊」「売国」「腹を切れ」などの言葉を浴びた。
 もとより波紋は覚悟の夢想だから批判はあって当然だが、「砂の一粒まで絶対に譲れないのが領土主権というもの」などと言われると疑問がわく。では100年ほど前、力ずくで日本に併合された韓国の主権はどうなのか。小さな無人島と違い、一つの国がのみ込まれた主権の問題はどうなのか。
    ◇
 実は、私の夢想には陰の意図もあった。日本とはこんな言論も許される多様性の社会だと、韓国の人々に示したかったのだ。実際、記事には国内から多くの共感や激励も寄せられ、決して非難一色ではなかった。
 韓国ではこうはいかない。論争好きなこの国も、こと独島(竹島)となると一つになって燃えるからだ。
 そう思っていたら、最近、発想の軟らかな若手学者が出てきた。東大助教授の玄大松(ヒョン・デソン)氏は『領土ナショナリズムの誕生』(ミネルヴァ書房)で竹島をめぐる韓国の過剰なナショナリズムを戒め、世宗大教授の朴裕河(パク・ユハ)氏は『和解のために』(平凡社)で竹島の「共同統治」を唱えた。
 どちらも日韓双方の主張を公平に紹介・分析しているが、これが韓国でいかに勇気のいることか。新たな言論の登場に一つの希望を見たい。
 日本でも、外国の主張に耳を傾けるだけで「どこの国の新聞か」と言われることがある。冗談ではない。いくら日本の幸せを祈ろうと、新聞が身びいきばかりになり、狭い視野で国益を考えたらどうなるか。それは、かつて競うように軍国日本への愛国心をあおった新聞の、重い教訓ではないか。
 満州へ中国へと領土的野心を広げていく日本を戒め、「一切を棄つるの覚悟」を求め続けた石橋湛山の主張(東洋経済新報の社説)は、あの時代、「どこの国の新聞か」といわれた。だが、どちらが正しかったか。
 最近では、イラク戦争の旗を振った米国のメディアが次々に反省を迫られた。笑って見てはいられない。
 だからこそ、自国のことも外国のことも、できるだけ自由な立場で論じたい。ジャーナリズムはナショナリズムの道具ではないのだ。//

 *ひとことコメント-いわゆる村山談話は「独善的なナショナリズム」を排すべきと述べるが、この若宮コラムでは「ナショナリズム」にそのような限定すらない。

0783/資料・史料-2008.11.01「田母神論文」朝日新聞社説。

 資料・史料-2008.11.01「田母神論文」朝日新聞社説

 平成20年11月1日
//朝日新聞社説
 「空幕長更迭―ぞっとする自衛官の暴走
 こんなゆがんだ考えの持ち主が、こともあろうに自衛隊組織のトップにいたとは。驚き、あきれ、そして心胆が寒くなるような事件である。
 田母神(たもがみ)俊雄・航空幕僚長が日本の植民地支配や侵略行為を正当化し、旧軍を美化する趣旨の論文を書き、民間企業の懸賞に応募していた。
 論文はこんな内容だ。
 「我が国は蒋介石により日中戦争に引きずり込まれた被害者」「我が国は極めて穏当な植民地統治をした」「日本はルーズベルト(米大統領)の仕掛けた罠(わな)にはまり、真珠湾攻撃を決行した」「我が国が侵略国家だったというのはまさに濡(ぬ)れ衣(ぎぬ)である」――。
 一部の右派言論人らが好んで使う、実証的データの乏しい歴史解釈や身勝手な主張がこれでもかと並ぶ。
 空幕長は5万人の航空自衛隊のトップである。陸上、海上の幕僚長とともに制服の自衛官を統括し、防衛相を補佐する。軍事専門家としての能力はむろんのこと、高い人格や識見、バランスのとれた判断力が求められる。
 その立場で懸賞論文に応募すること自体、職務に対する自覚の欠如を物語っているが、田母神氏の奇矯な言動は今回に限ったことではない。
 4月には航空自衛隊のイラクでの輸送活動を違憲だとした名古屋高裁の判決について「そんなの関係ねえ」と記者会見でちゃかして問題になった。自衛隊の部隊や教育組織での発言で、田母神氏の歴史認識などが偏っていることは以前から知られていた。
 防衛省内では要注意人物だと広く認識されていたのだ。なのに歴代の防衛首脳は田母神氏の言動を放置し、トップにまで上り詰めさせた。その人物が政府の基本方針を堂々と無視して振る舞い、それをだれも止められない。
 これはもう「文民統制」の危機というべきだ。浜田防衛相は田母神氏を更迭したが、この過ちの重大さはそれですまされるものではない。
 制服組の人事については、政治家や内局の背広組幹部も関与しないのが慣習だった。この仕組みを抜本的に改めない限り、組織の健全さは保てないことを、今回の事件ははっきり示している。防衛大学校での教育や幹部養成課程なども見直す必要がある。
 国際関係への影響も深刻だ。自衛隊には、中国や韓国など近隣国が神経をとがらせてきた。長年の努力で少しずつ信頼を積み重ねてきたのに、その成果が大きく損なわれかねない。米国も開いた口がふさがるまい。
 多くの自衛官もとんだ迷惑だろう。日本の国益は深く傷ついた。
 麻生首相は今回の論文を「不適切」と語ったが、そんな認識ではまったく不十分だ。まず、この事態を生んだ組織や制度の欠陥を徹底的に調べ、その結果と改善策を国会に報告すべきだ。//

0782/資料・史料-2006.08.13「戦争責任」朝日新聞社説。

 資料・史料-2006.08.13「戦争責任」朝日新聞社説

 平成18年8月13日
//朝日新聞社説
  「「侵略」と「責任」見据えて 親子で戦争を考える
 「日本は侵略戦争をしたの?」「A級戦犯って、なあに?」「首相が靖国神社に参拝すると、なぜ問題になるの?」
 子供に問われ、困っているお父さん、お母さんも多いことだろう。
 戦後61年の夏。今や親も子も戦争を直接には知らない。しかし、戦争の体験がないからこそ、わだかまりなく歴史を見つめることもできる。
 日本の敗戦で終わった、あの戦争は何だったのか。その責任は、だれにあるのか。いろいろな本を手がかりに、親子で語り合ってみてはどうか。

 ●満州事変から泥沼へ
 最近は、左右のイデオロギーにとらわれずに戦争を直視する本が目につく。
 たとえば、評論家の松本健一さんの「日本の失敗」(岩波現代文庫)という本がある。1945年の敗戦に至るいきさつを豊富な資料で追っている。
 日本は明治維新の後、日清、日露の戦争に勝つ。朝鮮半島を植民地にし、中国に進出していく。
 15年近くも続く泥沼の戦争の始まりになったのは、日本軍が仕掛けた31年の満州事変だ。日本は現在の中国東北部にあたる満州を占領し、満州国を建てる。37年からは中国と全面戦争に入った。
 松本さんは、日本が第1次大戦中に中国への野心をむきだしにした「21カ条の要求」が転機だったと見る。米国との対立も深まり、41年に日本は「自存自衛」と「アジア解放」を掲げて、米英などとの「大東亜戦争」に踏み切った。これが戦後、「太平洋戦争」と呼ばれる。
 日本のアジアへの侵略だったのか、自衛の戦争だったのか。今も論争が続いているところだ。
 朝日新聞の4月の世論調査で、あの戦争の性格を聞いたところ、「侵略戦争」という答えが31%、「自衛戦争」が7%、「両方の面がある」が45%だった。両面性があるにせよ、侵略性を重視する人が多いということだろう。
 「大東亜戦争」は、中国への侵略戦争の延長・拡大だった。そうとらえる松本さんは「満州事変が世界戦争の序曲の役割を果たしたのは、それがまぎれもなく『侵略』であったからだ」と書く。
 私たちも同感だ。あの戦争で日本人は300万人、アジアで2千万人が亡くなったといわれる。日本の侵略を認め、それがもたらした惨状を見つめるところからしか、「戦後」は始まらない。

 ●大きかった戦争への憎悪
 こうした侵略戦争の罪を問うたのが、極東国際軍事裁判(東京裁判)だった。A級戦犯のうち、太平洋戦争を始めた東条英機元首相ら7人が絞首刑になった。
 東京裁判は、勝者の一方的な裁きだった。東条元首相らが問われた「平和に対する罪」は、終戦直前に戦勝国が定めたものだ。そうした問題はいくつもある。これをどう考えるか。
 作家の保阪正康さんは「昭和の戦争を読み解く」(中公文庫)で「勝者が裁くとはこういうことか、なるほど西洋文明とはこういう形の裁きを行うのか、と私たちは冷徹に見ればいい」と書いた。その上で、「六十年を経て改めて、あの時代と関わった国民一人一人が政治・軍事の裁判を行ってみたらどうだろうかと提言したいほどである」とつづる。
 もし日本人が自ら終戦直後に裁判をやっていたら、どうなっていたか。ベストセラーになった「昭和史」に続く「昭和史 戦後篇」(平凡社)で、作家の半藤一利さんはそう自問し、「もっとずっと多くの死刑判決が出たでしょう」と答えている。それほど戦争に対する悲惨な思いや憎悪が大きかったというのである。
 いま戦争責任を改めて問えば、どうなるだろうか。
 まず、罪の軽重はともかく、A級戦犯になった人たちの責任は免れまい。軍人や政治家として、中国を侵略し、その延長上に、無謀な太平洋戦争を進めた。その結果がおびただしい犠牲である。
 軍人ではほかに責任を問われるべき人もたくさんいるだろう。たとえば、満州事変を起こした中心人物だった石原莞爾元参謀らである。
 政治家では、軍人以外でただ一人死刑になった広田弘毅元首相よりも、日中戦争を始めた時の近衛文麿首相の方が、責任が重いのではないか。2度も首相を務め、戦争の拡大を防がなかった。戦犯容疑者になって服毒自殺したため、本人の貴重な言葉が法廷で語られなかったのは残念なことだった。

 ●天皇や新聞の責任
 実質的な権限はともあれ、昭和天皇は陸海軍を統帥し、「皇軍」の兵士を戦場に送り出した。終戦直後、何らかの責任を問う声があったのは当然だが、東京裁判には出廷さえ求められなかった。その権威が戦後の統治に必要だと米国が考えたからである。
 だからこそ、天皇は戦後の新憲法のもと、平和国家の象徴として生きることを重い任務として自らに課したのだろう。
 新聞も戦争をあおった責任を忘れてはいけない。失敗を再び繰り返さないことで罪を償うしかないと考えている。
 過去の歴史を素直に学べば、おのずと答えは出てくるはずだ。そんな共同作業を現代の親子に勧めたい。//

 *ひとくちコメント-「朝日新聞の4月の世論調査で、あの戦争の性格を聞いたところ、『侵略戦争』という答えが31%、『自衛戦争』が7%、『両方の面がある』が45%だった」とする。この叙述(・数字)はいわゆる<村山談話>が示す「(あの)戦争」観を国民の過半数が支持していないことを実質的には意味すると考えられるが、この社説より二年余り後、田母神俊雄論文の内容につき、朝日新聞社説は「ゆがんだ考え」と断定し、そんな考えの持ち主が「自衛隊組織のトップにいたとは。驚き、あきれ、そして心胆が寒くなる…」と書いた(次回に掲載)。

0781/資料・史料-2006.08.04「首相靖国参拝」朝日新聞社説。

 資料・史料-2006.08.04「首相靖国参拝」朝日新聞社説

 平成18年8月4日//朝日新聞社説
 
靖国参拝 嘆かわしい首相の論法
 靖国神社参拝にこだわり続けた5年間の、小泉首相なりの最終答案ということなのか。それにしては、なんともお粗末と言うほかない。
 3日付で配信された小泉内閣メールマガジンで、首相は年に1度の参拝に改めて意欲を示した。
 そのなかで「私の靖国参拝を批判しているマスコミや有識者、一部の国」に、こう反論している。「戦没者に対して、敬意と感謝の気持ちを表すことはよいことなのか、悪いことなのか」
 悪いなどとは言っていない。私たちを含め、首相の靖国参拝に反対、あるいは慎重な考えを持つ人々を、あたかも戦没者の追悼そのものに反対するかのようにすり替えるのはやめてもらいたい。
 首相はこうも述べている。「私を批判するマスコミや識者の意見を突き詰めていくと、中国が反対しているから靖国参拝はやめた方がいい、中国の嫌がることはしない方がいいということになる」
 これもはなはだしい曲解である。
 日本がかつて侵略し、植民地支配した中国や韓国がA級戦犯を合祀(ごうし)した靖国神社への首相の参拝に反発している。その思いにどう応えるかは、靖国問題を考えるうえで欠かすことのできない視点だ。
 ただ、それは私たちが参拝に反対する理由のひとつに過ぎない。首相の論法はそれを無理やり中国に限定し、「中国なにするものぞ」という人々の気分と結びつけようとする。偏狭なナショナリズムをあおるかのような言動は、一国の首相として何よりも避けるべきことだ。
 その半面、首相が語ろうとしないことがある。あの戦争を計画・実行し、多くの日本国民を死なせ、アジアの人々に多大な犠牲を強いた指導者を祀(まつ)る神社に、首相が参拝することの意味である。
 戦争の過ちと責任を認め、その過去と決別することが、戦後日本の再出発の原点だ。国を代表する首相の靖国参拝は、その原点を揺るがせてしまう。だから、私たちは反対しているのである。
 昭和天皇がA級戦犯の合祀に不快感を抱き、それが原因で参拝をやめたという側近の記録が明らかになった。国民統合の象徴として、自らの行動の重みを考えてのことだったのだろう。もとより中国などが反発する前の決断だった。
 国政の最高責任者である首相には、さらに慎重な判断が求められる。
 憲法に関する首相の強引な解釈もいただけない。憲法20条の政教分離原則は素通りして、19条の思想・良心の自由を引き合いに、こう主張した。「どのようなかたちで哀悼の誠を捧(ささ)げるのか、これは個人の自由だと思う」
 19条の規定は、国家権力からの個人の自由を保障するためのものだ。国家権力をもつ首相が何をやろうと自由、ということを定めた規定ではない。
 こんなずさんな論法で、6度目の参拝に踏み切ろうというのだろうか。15日の終戦記念日に行くとも取りざたされるが、私たちはもちろん反対である。//

 *ひとことコメント-「憲法20条の政教分離原則」を持ち出すならば、歴代首相の正月の<伊勢神宮参拝>をも批判しないと論旨一貫しないのでは。

0753/朝日新聞・社民党による田母神俊雄らの表現の自由・集会の自由の抑圧を許してはいけない。

 一 ネット上の朝日新聞系ニュース(6/29午後10時37分)によると、田母神俊雄の講演会が8/06に予定されていることに対し、元社民党国会議員の広島市長・秋葉忠利は、日程を変更するよう田母神俊雄と主催者・「日本会議広島」に申し入れたという。
 秋葉の文書は、「8月6日は原爆死没者の霊を慰め、世界の恒久平和を祈念するかけがえのない日。多くの広島市民の心情にご配慮を」と求めた、という。
 何を狂っているのか。田母神俊雄の講演がなぜ、「原爆死没者の霊を慰め」たり、「世界の恒久平和を祈念」することに反することになるのか。寝言は寝てから言ってほしい。
 それに朝日新聞系ニュースのつぎの言葉もひどい。
 「田母神氏は、政府見解に反し、日本の侵略行為や植民地支配を肯定する論文を発表したとして昨年10月末に航空幕僚長を更迭された」。
 更迭された事実の指摘はよいとしても、田母神は「日本の侵略行為や植民地支配を肯定する」論文を発表したのか? ここに朝日新聞系らしいデマゴギーがある。
 上の文章に近づければ、正しくは、日本は「侵略」をしなかった、悪しき「植民地支配」をしなかった、という旨の短い論文だっただろう。
 上の旨と、「日本の侵略行為や植民地支配を肯定する」とでは大違いだ。批判又は否定しやすいように対象を歪曲しておいて、批判・否定が当然のごとき印象を与える。これは、朝日新聞ら「左翼」や日本共産党員らマルクス主義者がいろんな問題・論点で行っていることだ。
 二 追記-産経新聞系ニュースを見てみると、田母神の演題は「ヒロシマの平和を疑う~田母神俊雄氏が語る、広島発真の平和メッセージ」で、主催者は「日本が唯一の被爆国でなく、共産圏の核に日本の反核団体が寛容であることへの疑問を踏まえ、いかに核の惨禍を回避するか」という問題意識から企画した、という。
 秋葉市長の文書の中には、田母神俊雄の講演は「被爆者や遺族の悲しみを増す結果となりかねない」との旨がある、という。
 広島市長に、講演(会)が「被爆者や遺族の悲しみを増す結果となりかねない」とか、<原爆の日>の「趣旨に反する」とかと事前に判断する、いかなる権限もない。
 むろんあくまで<要望>なので、法的拘束力はない。しかし、法的拘束力がなければ何を<要望>してもよい、ということにはならない。事前にかかる<要望>(警告?)を受けたことについて、田母神俊雄らには精神的苦痛について損害賠償を請求することができ、そのような形で市長の事前<関与>を法的に問題にすることもできる。
 自分(たち)の<思想>に都合の悪そうな<表現の自由>の行使を、このように事前に(相手方の了解という形をとって)封殺しようとする。
さすがに「左翼」・社民党の元活動家やりそうなことだ。
 「左翼」あるいは日本共産党は全体主義に親近的だ。彼らは<表現>や<集会>の目的・内容いかんによって、擁護か抑圧かを決める。その結果はむろん、<全体>=ときどきの主流体制(「思想」・「思潮」界を含む)にとって都合のよい(少なくとも矛盾しない)<表現>や<集会>しか行われなくなる、ということだ。だからこそ、<全体主義>と称しうる。

0738/2005年8-9月、朝日新聞は何と書いたか-吉川元忠=関岡英之・国富消尽(PHP)による。

 吉川元忠=関岡英之・国富消尽(PHP、2006)p.121-によると、朝日新聞は、2005年総選挙前の8/12社説でこう書いた。- 「党のリーダーが最優先の公約にしている政策なら、反対派を排除してでも実現しようとするのは当然だろう」。
 8/23社説でも、こう書いた。-「一つの法案に反対した前議員を容赦なく追いつめる」のは「非情と映るやり方ではあっても、自民党を政策本位の政党に造り替える豪腕だとも評価できる」。
 9/06社説は、小泉首相の任期延長待望論すら書いた。
 9/11の投票日当日の朝日新聞社説はこうだった-「小泉首相はこれまで見たことのない型の指導者だ。…単純だが響きのいいフレーズの繰り返しは音楽のように、聴く人の気分を高揚させる」。
 選挙結果は自民党296、民主党113、公明31、共産9、社民7等で、自公合わせて2/3以上の議席(327)を占めた。
 この結果は、小泉首相を「指導者」=Fuehrer=ヒトラーのように?褒め称えた朝日新聞の論調に多分によっていると思われる。与党が2/3以上の議席を獲得したからこそ憲法改正も現実的になり、続く安倍晋三政権の強い意向で教育基本法改正、防衛省設置法、憲法改正手続法も成立したのだから、こう指摘されるのは嫌だろうが、そもそもは「狂気の首相」を冷静に問題視できなかった朝日新聞社の論調自体に、教育基本法改正、防衛省設置法、憲法改正手続法を生んだ原因があった、とも言える。
 数年経って、小泉=竹中「構造改革」路線による、世界経済不況ものちに加わっての<格差拡大・失業率増加・非正規労働者の増加と不安定等>が語られる。
 朝日新聞はこうした現象を今日の問題だと、政治が生み出した「影」の部分、<弱者>を顧みない冷たい政治の結果等だと、主張している。
 だが、バカは休み休み言い給え、と言いたい。「小泉首相はこれまで見たことのない型の指導者だ。…単純だが響きのいいフレーズの繰り返しは音楽のように、聴く人の気分を高揚させる」と小泉首相を称揚しておいて、いかなる意味でも小泉政権の政策実施の結果と考えられるものを批判できるはずがない。
 批判するならば、2005.09.11等々の社説は誤りだったと取消して謝罪してから行うべきだ。経済理論・経済政策についてまともな知見を有していない朝日新聞は、適当に、ときどきの主流派の経済「思潮」に乗っかかって紙面を作り、社説を書いているだけだ。毎日700万の発行部数をもつ新聞がこうなのだから、情けないし、日本の進路も危ない。
 世襲(二世・三世)議員批判は、いま朝日新聞が手がけている<戦略>だろう。自民党に不利だからだ。単純にかかる議員がいけないとの結論にはならない、というのが私の意見。無視した方がよい。
 鳩山弟総務大臣と日本郵政社長の問題は、来る選挙も意識して報道されていると考えておいた方がよい。引きづり落としたい政党には小さなことでも悪い事は大きくかつ執拗に、伸ばしたい政党については重要で悪いことでもごく簡単に触れるのみ。
 こうした朝日新聞らのマスコミが醸し出す<雰囲気><空気>を読んで、<勝ち馬買い>意識をも持って、いわゆる<無党派>層は投票する。それが有権者の10%にすぎなくとも、大きな力をもち、選挙結果を左右する。<新聞民主主義>・<ワイドショー民主主義>(いずれも「大衆民主主義」で、<ポピュリズム>の別表現だが)は日本において極まっていそうだ。

0734/田母神俊雄・田母神塾(双葉社)を全読了-日本の「防衛」。

 田母神俊雄・田母神塾-これが誇りある日本の教科書だ(双葉社、2009)をようやく全読了。
 日本の政治家・国民の<軍事・防衛>に関する知識は乏しい。
 ・「専守防衛」・非核三原則・武器輸出(禁止)三原則は改めるべきだ。
 ・ニュークリア・シェアリング・システムを日本も導入すべき。以上、田母神の主張に納得。
 ・自衛隊を「軍隊」と認めないでおいて(「軍人」はいない筈なのに)<文民統制>を語るとは、そもそも笑止千万の旨の指摘も面白い(p.217)。
 かりに朝日新聞的「左翼」の見解を歴代内閣の見解に反して公にした行政公務員(とくに事務次官等の上級官僚)や自衛官がいたとし、かつそのことで<更迭>等の意に反する実質的制裁を受けたすれば、朝日新聞は、公務員にも「一市民」としての「内心の自由」・「思想・信条の自由」そして「表現の自由」があるとして、その公務員を擁護し、政府の側を徹底的に批判するのではないか。
 いわゆる田母神俊雄論文の執筆・公表は「一私人」としての行為だと昨秋に政府は認めていた(その上で、その地位にふさわしくないとした)。
 人権派(公務員の「人権」についても)のはずの朝日新聞はなぜ、公務員たる田母神俊雄については、公務員も「一市民」としては持つ「内心の自由」・「思想・信条の自由」そして「表現の自由」(それぞれ歴史認識を含む)を持ち出して、政府・防衛相を批判しなかったのだろうか。
 国歌伴奏拒否音楽教員(公務員)の方を朝日新聞は擁護し、東京都教委・校長の側の<強制>を批判したのではなかったか?
 言うまでもなく、自分たちに都合のよい<言論>しか実質的には許容しないという、都合の悪い<言論>は<言論>自体を許容しないという、<全体主義>的意識を(それは<ご都合主義にもつながる)朝日新聞が持っていることによる。
 ・①周辺に中国・北朝鮮のような危険な国のない英国・フランス・ドイツにおいて、日本と比較しての軍事費の多さは次のとおり(p.239の資料による。1ドル=129円=約0.9ユーロで計算。英・仏は核保有国でもある)。
 人口一人当たり「国防費」-日本293、英779、独318、仏603(ドル)。
 対GDP「国防費」-日本0.944、英2.4、独1.1、仏1.9(%)。
 ②A「現役総兵力」数(万人。p.238)-中国225.5、北朝鮮110.6、そして日本24.0。
 ②B「海兵力」=海兵隊・海上自衛隊員数(万人、p.239)-中国160、北朝鮮100、韓国54、台湾20、そして日本14.9。
 むろん在日米軍の存在も考慮する必要はあるが(在欧米軍もある)、日本の<安全>は心もとないのではないか。
 ・「防衛出動」には、武力攻撃事態国民安全確保法(略称。いわゆる有事立法の一つ)9条により事前に国会の承認が必要とされる。真の<有事>・<非常事態>において、これでは間に合わないだろう。またそもそも、<反戦平和>の気分の国会議員が過半数が占めていれば「承認」がなされないこともありうる。「防衛出動へのハードルをもっと下げるべき」との主張(p.212)に同感。
 ・日本へのミサイル攻撃があった、又は明白に予測されるときにその「基地をたたく」ことは「法理的には自衛の範囲に含まれ、可能」との首相答弁(1956.2.29)はまだ生きているとされる。しかし、現実には、今の自衛隊の情報等の能力では、外国の「基地をたたく」のは不可能らしい(p.215-220)。
 例えば、日本には北朝鮮の精細な地図(地下の状態等立体面を含む)等(建物の高さ・強度等の情報)がないようだ。日本の<安全>は心もとないと思われる。

0731/田母神俊雄に関連する朝日新聞5/04記事の「バカ」くささ。

 遅いコメントだが、朝日新聞5/04付朝刊の「虚の時代4/『タモちゃん現象』を利用」と題する記事は、朝日新聞らしく、気味が悪い。
 田母神俊雄はまだ単著や対談本等を発刊し続けている。田母神を「支持する」意向をごく微小ながらも示したくもあり、できるだけ購入するようにしている。
 上の記事は、田母神俊雄本が売れ、同・講演会が盛況らしいこと(「タモちゃん現象」)に幾分かの恐怖を覚え、揶揄してやろうとの魂胆のもののようだ。
 事実だとしても田母神俊雄支持者のすべてではなくごく一部の者に違いないが、上の記事は、防衛大学校長・五百旗頭真の講演会を中止するよう「圧力」をかけた人物がいた、と書く。そして続けて、(この記事の論旨展開はかなりいい加減なのだが、)秦郁彦の田母神俊雄論文の一部を批判する発言を載せる。その後にすぐにつなげて、中島岳志(パール判事論争の当事者で、小林よしのり等の批判を受けている者)の、「タモちゃん現象」を揶揄する発言-「権威」を「抵抗勢力」に仕立て、「笑いと断言口調」で批判する、そういう「テレビ」の「司会者やタレント」と「似通っている」-を紹介する。
 上のあとすぐにつなげて最後に書く-「言論の自由は言論の中身を吟味するためにある」。「それを怠り、威勢のいい言葉に熱狂すれば、つけは市民に回ってくる」。
 このバカ記事は何を言いたいのか。田母神俊雄は、「笑いと断言口調」で人気をとるテレビ「司会者やタレント」と似ており、またその「威勢のいい言葉」に熱狂などしているとダメですよ、と「市民」に説いているのだろう。
 このように言う(新聞記事を書く)「表現の自由」はあるだろう。だが、この記事を執筆した朝日新聞記者は、この自分の文章もまた「表現の自由」によって「言論の中身を吟味」される、ということを理解しているだろうか。
 「言論の中身を吟味する」ことを「怠り、威勢のいい言葉に熱狂すれば、つけは市民に回ってくる」とヌケヌケと書いているが、この記事も朝日新聞の社説等も「中身を吟味」される(そうしないと日本国家と日本社会はますます奇妙になる、との見解もある)、ということを理解しているだろうか。
 また、朝日新聞はそもそも、「威勢のいい言葉」を使い、読者の「熱狂」を煽る、ということをしたことがないのだろうか。あるいは朝日新聞は、見出しの表現などを意図的に工夫すること等によって読者の印象・心理や意見・見解を巧妙に一定の方向に誘導することをしなかっただろうか。後者の場合も、広義には、「威勢のいい言葉」によって読者の「熱狂」を煽る、ということの中に含めうる。
 この記事が田母神俊雄について書いていることは、朝日新聞自体やこの記事の執筆者にもはねかえってくるものだ。このことを何ら自覚していないようにも見えるが、そうだとすれば、自分や朝日新聞と田母神俊雄は全く別者(別物)だという前提に立っていることになり、傲慢さも甚だしい。

0726/そろそろ「謀略」を仕掛ける朝日新聞と<週刊昭和>。

 〇総選挙告示まで三ヶ月を切った、とも言われる。
 2007年7月末投票の参院選の場合、マスコミ、とくに朝日新聞および同グループが<年金が消えた>キャンペーンを本格的に始めだしたのは、同年5月くらいからではなかったか。今はどのマスコミも全くとり挙げなくなった政治家の事務所経費問題(最初は日本共産党の指摘がきっかけだった。そして、一人の現職大臣が生命を絶った)を取り上げ始めたのも5月頃ではなかったか。そしてそれは、下らないことに、別の後継大臣の顔のバンソウコーまで行き着いたのだった。
 朝日新聞(+同グループ)は、そろそろ何かを仕掛けてくるだろう。もともと民主党支持の方向で、民主党を叱咤激励する立場での社説を書き、報道してきた。
 週刊朝日の5/12号(朝日新聞出版)の表紙の文字は「民主党・鳩山新代表誕生!」で鳩山由紀夫の顔が大きく出ている。昨年秋の月刊世界(岩波)の「政権交代選挙へ!」という露骨な見出しとともに、この週刊朝日も、朝日新聞グループ挙げての<策略>(あるいはよく言っても<世論誘導>)の始まりの一つかと思われる。
 こんな週刊誌に西尾幹二は寄稿していたのだ。もっとも、民主党・自民党いずれも「(真の)保守」ではなく、似たようなもの、同類、五十歩百歩と西尾は見ているのかもしれないが。
 マスコミ(とくに大新聞・テレビ)の主張や報道ぶりあるいはそれらが行う世論調査に国民の多くが大きな影響を受けるわけではない。しかし、有権者の10%でも、投票率を考えれば6%でも、投票先政党を逆にすれば、かりに前回選挙又は現状が3対2だったとしても、同程度の1対1になりうることは既に書いたとおりだ。
 マスコミ(とくに大新聞・テレビ)の影響力を無視できない。それが<大衆民主主義>の時代であり、とくに近年は目立つ<ポピュリズム>の手段になっている。
 〇朝日新聞主筆(!)・船橋洋一の<左翼>かつ<(第三者的)評論家>ぶりは、依然として維持されている。週刊昭和№24・1947年の号の巻頭では、この年に施行された日本国憲法につき、<押しつけ>論を批判・揶揄するかと思ったらそうではなく、「憲法改正は戦後、ついぞ成功しなかった」等と書いたのちこうまとめる。
 マッカーサーの占領期の改革の中で「憲法はもっとも生命力のある改革理念であり続けた」。T・ジェファーソンは<各世代は「自らの憲法を選ぶべきだ。死者が生者をとらえる理由はない」>と「喝破した」が、「日本の戦後世代は、…死者の思いを背負って生きてきたのであろう。憲法は日本の戦後の骨格そのものだった」。
 これが朝日新聞の社是たる現憲法護持の観点から書かれているだろうことは言うまでもない。「日本の戦後の骨格」を否定又はそれから離反するような、<戦後レジームからの脱却>論を、朝日新聞と船橋洋一は断乎として許すことができないのだ。
 それにしても、改憲論者に有利に援用されそうなT・ジェファーソンの言葉を使うとは勇気がある。
 船橋洋一によると、戦後に生きた日本人は「死者の思いを背負って」きたのだ。この「死者」が日本人同朋・先輩のみだったらまだよいかもしれない。
 だが、1945~1946年の当時のアメリカ(・GHQ)の政策という「死者」が今も日本人を拘束しているとすれば、それは<異様・異常>だとは、船橋は少しも感じないのだろうか。
 ジェファーソンの言葉どおり、「それぞれの世代は自らの憲法を選ぶべきだ」。かりに万が一制定過程に問題はないとしても、内容の面だけでも、既にその時期に来ている。
 週刊昭和№25・1945年の号の「竹馬依存」と題する巻頭で船橋は最後に書く。-「しかし、日本はその後も長い間、米国市場と米国の安保という二本足の竹馬に乗り続けたのである」。
 ①日本国憲法を「骨格」とし、②「米国市場と米国の安保という二本足の竹馬に乗り続けた」、というのが、船橋洋一の日本戦後史の基本的な認識のようだ。
 問題は、①は肯定的に見ているようであるのに対して、②をどう評価しているのか不明確なことだ。
 もともと「左翼」は日米安保条約に批判的で、日本社会党等の「革新」勢力は<安保廃棄>の立場だったはずだ。だとすると、朝日新聞も「米国の安保」を批判的に見ていなければおかしい。そうではないとすれば、A・日本の(とくに軍事の)対米自立に反対するために、それを制約してくれる米軍駐留を伴う日米安保条約支持へと態度を変更したか、B・この点を曖昧にして、<(第三者的・ヤジ馬的)評論家>の立場に逃げている、のいずれかだろう。
 上の②の点をアメリカに対する批判的視点を全く含めないままで、もっぱら日本(歴代政府)の対米<従属性>を批判するために使っているとすれば、まさしく<自虐的>だ。
 いつも感じるのだが、船橋洋一や朝日新聞の社説等には、日本人又は日本国内にいる者の立場ではなく、東シナ海の中空上に浮かんで日本を見ているような、国籍不明の(むしろ場合によって中国やアメリカへとなびく)視点があるのではないか。
 朝日新聞好みの研究者・大学教授も依然として育っており、あるいは健在なようだ。
 1947年の号で、大内裕和(松山大学、教育社会学。1967~)はこの年に制定された教育基本法を高く評価し、「教育における国家管理や中央集権支配が強化されるのは、1950年代以降のことである」等と書く(p.6-7)。この人は『教育基本法改正批判』との著があるらしいが、安倍晋三内閣のそれに反対したのだろう。
 40歳代前半の者が、もはや<化石>のような<左翼教条>文章を今だに書いて公にしているのだから、怖ろしい。日教組(民主党系)や全教(日本共産党系)の学校教師たちが、1950年代の「革新」思想をそのまま維持しているのだとすれば、現実にはもっと怖ろしいことだ。
 同号にはまた、雨宮昭一(獨協大学、日本近現代政治史。1944~)の日本国憲法関係の文章もある(p.24-25)。雨宮は日本国憲法は「自由民権運動以来、日本で芽吹いた民主主義の内容も入った産物」だとし、あるいは「内容は決して押しつけではないが…」と書いて、<押しつけ>論を批判又は回避している。この論点にはここでは触れない。再び論及することがあるだろう。
 問題は、日本国憲法についての次の叙述だ。-「(決して押しつけではないが、)いずれにしても国内外の諸力の複合した産物であり、制度は多かれ少なかれそうして作られる」。
 この文章はあまりにも、日本と日本国民自身が作るべきだった基本的「制度」(日本国憲法)の意味を看過している。「制度は多かれ少なかれ」、「国内外の諸力の複合した産物」だなどと言って正当化できるのならば、憲法を含む国内の諸制度がいかに「外国」による内政干渉的介入によって創出・変更されたとしても批判できなくなる。日本人の一部によく見られる、一種の<奴隷>根性が書かせた文章だろう。
 また、上の文章は日本国憲法制定過程の日本の「自主性」に疑問があるからこそ敢えて書かれているのであり、別の問題だと、雨宮はこのようには書かない可能性もある。そうだとすれば、この大学教授もまた、<左翼・ご都合主義>者なのだ。
 ともあれ、前にも一度触れたように、朝日新聞社系の週刊昭和(週刊ムックの一つ)には、巻頭コラムとともに、<左翼>が色濃く滲んでいる。

0719/「朝日新聞」の、中野正志・万世一系のまぼろし(朝日新書、2007)。

 おそらくは今年2月に概読だけをして済ませた、中野正志・万世一系のまぼろし(朝日新書、2007)も、さすがに朝日新聞社の出版物らしい書物だ。
 「まえがき」にあたる「序章」では、①小泉首相私的諮問機関「皇室典範に関する有識者会議」は「国際経験も豊富でバランス感覚豊かな人たちが多かったから、人選に問題があるとは思わなかった」(p.4-5)、②「現在、女性天皇や女系を認めてよいとみなす世論が多数を占めるまでになっている」(p.6)、等と書いている。
 些細なことだが、①につき、<皇室典範>改正に関する議論に「国際経験」の豊富さはいったいどう役立つ(役立った)のだろう。
 さらに、③旧皇族の皇室復帰により将来の天皇を選ぶとしても「恣意性は逃れえまい」、④その場合、「天皇制について懐疑的な憲法学者は少なくないから、様々な違憲訴訟が起こされ、混乱に見舞われるに違わない」とも書く(p.7)。
 上の③についていうと、皇族の拡大によっても、天皇家との血の近さ、長幼によって、論理的には特定の人物を指名できる(現在も語られているように、継承資格順位を明確にできる)と思われる。
 もっとも、皇族拡大論(旧宮家復活論)の先頭に立っているかもしれない中川八洋の議論には、皇位継承者の順序・特定に関して「恣意性」がまぎれこんでいる、と思われる。そのかぎりで私は中川に批判的な所があるので、別の回に言及する。
 上の④は、脅迫、恫喝だ。皇族の範囲を拡大すると、大変ですよ、という嚇かしだ。「天皇制について懐疑的な憲法学者は少なくない…」という部分は正確だろう。さすがに日本の現在の「憲法学者」の傾向くらいは知っているようだ。
 但し、脅迫・恫喝のつもりなのだろうが、「様々な違憲訴訟が起こされ、混乱…」という部分には、法学(憲法学、訴訟法学)に関する無知が見られる。皇族の範囲拡大(皇室典範=法律によるだろう)を「違憲」と主張する訴訟がどのようにすれば(適法に)成立するかは困難な問題で、ほとんど不可能ではないかと思われる。また中身の問題としても、法律による皇族の範囲拡大がなぜ「違憲」なのかは論理構成が相当に困難でもあるだろう。
 以上のような感想がすでに生じてくるが、この本自体のテーマは書名のとおり「万世一系(の天皇制)」説は「まぼろし」だ、ということにあるようだ。
 という前提で読み進めたが、そもそもよく分からないのは、この中野正志が「万世一系」をどのように理解し定義しているのか、だ。
 天皇が父と子(とりわけ長男)の「一系」ではないことくらい、天皇制度に批判的ではない者たちにとっても、当たり前の知識だろう。しかるに、中野は継体天皇から今上天皇までの皇位継承のうち父と男子間の継承は「44例と半数を切っている」、南北朝の「両統迭立」の時代もあった等と述べたあとで、「いまだになぜ、『万世一系説』が唱えられているのか」、と問題設定する(p.18)。
 これによると、長い<父子継承>こそが<万世一系>の意味だと理解しているように読めるが、そんなことが「まぼろし」であることは、論じるまでもないのではないか。
 つぎに、中野によると、皇位継承についての男系論者は、1.神武天皇を実在として初代としての即位を史実をとする、2.記紀(古事記・日本書紀)を「大筋では間違いないととらえる」のいずれかである、という。
 はたしてそうだろうか。2.の「大筋では間違いない」ということの厳密な意味の問題でもあろうが、皇位継承・男系論者のすべてが必ずしも古事記・日本書紀の記述を「大筋では間違いない」と理解しているかはどうかは怪しいと私は理解している。記紀自体が「神代」という概念を使っているのであり、初期の諸天皇については(現実を何らかのかたちで反映した)「神話」=物語だと理解している皇位継承・男系論者も少なくないのではないか(私は安本美典の影響を受けて、生没年の記載は虚偽(創作)であっても、各天皇(そして天照大神等)にあたる人物は存在したのではないか、それくらいの<記憶>・<伝承>は八世紀まで残ったのではないかとも思っているが、これはこの回の主題ではない)。
 中野の本は、そのあと、上の1.2.が「成立しうるのか」と問うて、途中まで日本の古代史の叙述をしている(p.20-71)。そもそも皇位継承・男系論者のすべて又は多くが必ずしも1か.2.の理解に立っていないとすれば、全く無駄な作業だ。
 また、そもそも、古事記・日本書紀の記述を史実か「大筋では間違いない」と理解するとかりにしても、これらの文献自体が、父から子(とくに長男)への継承という意味での「万世一系」を否定している。弟や配偶者等への皇位継承も記紀はちゃんと記載している。
 中野正志の論旨は、「万世一系」が上のような意味であるとすれば、この点でもとっくに破綻しているのではないか。
 その後は明治憲法・皇室典範等に話題を変えるが、依然として、「万世一系」の定義はない。
 細かな検討は省略するが、なるほど、明治憲法第一条は「大日本帝国は万世一系の天皇之を統治す」と定めている。だがそもそも、当時においてすら、「万世一系」とは<父子継承>の連続のことだと理解されていたのかどうか。
 中野によると、伊藤博文・憲法義解は「我が日本帝国は一系の皇統と相依て終始し…」と書いているらしいが(p.128)、伊藤が「一系の皇統」と書いたとき、<父子継承>の連続を意味させていたのだろうか。
 ほぼ間違いなく、このようには理解されていなかった。要するに、「万世一系」とは、神話=物語性のある部分を厳密には(学問的には)含むことを暗には容認しつつも、明治時代でいえば2500年以上も、①同一の血統(天皇としては神武天皇が起点だが、それ以前に天照大神、さらにそれ以前の「神」たちもいる)の者が代々の天皇位に就いてきた、かつ②少なくとも「有史」以降のいずれか(遅くとも継体天皇?)以降についてこのことを証明できる文献がきちんと残っていること(天皇家の系図のうちいずれかの古代の天皇以降は真実だと考えられること)を意味した、のではないか、と考えられる。
 今日では<紀元2600何年>ということを<保守派・右翼>でも理解・主張していないだろう。そのかぎりで、明治憲法下の理解とは異なるかもしれない。しかし、かりに「万世一系」という語を用いるとすれば、「古代」のいずれかの時点以降は上の①・②の要素が充たされている、というのが、その意味するところだろう。
 中野は明瞭には自らの「万世一系」の意味の定義を示さないまま、これが明治になって生み出された<イデオロギー>にすぎない、と主張したいようだ。
 だが、天皇と皇室はその「血」のゆえに尊い(あるいは畏怖されるべき存在だ)という意識は、「古代」から江戸時代までも、日本人(少なくとも政治「権力」関与者および各時代の「知識人」)にとって、連綿とつづいたのだろうと思われる。そうでないと、「天皇制度」が今日まで続いているわけがない。(井沢元彦がよく書いていることだが、)天皇家が廃絶されなかったこと、天皇家に代わる一族による「王朝交替」のなかったこと、は日本とその歴史の大きな特徴なのだ。
 中野正志は、どうもそうは理解したくないらしい。あるいは勉強不足で、そもそも知識がないのだろう。
 定義・基礎的概念や論旨の展開の筋が分かりにくいと感じて途中で読むのを止めつつ、「左翼」であることは間違いない、さすがに「朝日新書」で「朝日的」だと思って、奥付を見ると、中野正志(1946-)は2006年まで、朝日新聞社の社員で論説委員の経歴もある。「朝日的」どころか、「朝日新聞」そのものの人物なのだった。<アカデミズム>の世界の人々を一般的により信頼しているわけでは全くないが、元来の研究者・学者とは異なり、新聞記者上がりの人の書く本や文章には(「ジャーナリスティック」でも?)、体系性・論理性・概念定義の厳密さに欠けている、と感じることがしばしばある。この本も、その代表であり、かつ「左翼」丸出しの本だ。
 なお、(確認の労を厭うが、たしか)立花隆が最近(昨年)の月刊現代(講談社)で、誰でも親がいて祖父母もいて…なのだから、誰でも<万世一系>だと書いて、おそらくは<万世一系>論を批判・揶揄していた。
 たしかに、例えば私にも「古代」まで続く「血」のつながりがある筈だ。誰にとってもそうだ。しかし、天皇(家)との決定的な違いは、上に挙げた②だろう。すなわち、天皇(家)については「古代」以降、名・血族関係・(おそらくは)生没年等々が文献にきちんと記録され(例外的に、天武天皇の生年は書かれていない)、<不詳>などということはなく、個別的・具体的に祖先をたどれるのだ。立花隆の祖先は、そうではないのではないか。その意味では、立花隆は<万世一系>の家系の末裔ではない、というべきだ、余計ながら。

0718/朝日新聞出版の「週刊昭和」なる毎週刊のシリーズ。

 朝日新聞出版が「週刊昭和」なる「週刊朝日百科」シリーズを毎週刊行している。
 一 №10の1965年の号では、和田春樹なる、北朝鮮問題で赤っ恥をかいてとっくに<化石>となっていたかと思っていた人物に、日韓基本条約締結について書かせている(p.22-23)。
 長年朝日新聞に貢献した「左翼」学者は、70歳を過ぎても(和田は1938.01生)原稿を書かせてもらえるのだ。
 「植民地支配に対する無反省」との見出しで始まる部分の中で和田春樹は、当初の「私たち」歴史家たちの反対理由の力点は「過去の日本帝国主義の朝鮮支配を肯定している」ことにあったとし、その後の反対運動の高まりの中での反対理由は、第一に「米日韓反共軍事同盟」が生まれること、第二に韓国を唯一の合法政府として北朝鮮を否認したこと、にあった、という。
 和田と朝日新聞に問いたいものだ。「米日韓反共軍事同盟」が生まれて、何故いけないのか。1965年時点で韓国を「唯一の合法政府」と見なして何故いけないのか。
 和田は国会での「強行採決」を傍聴していたらしい大江健三郎の文章を引用して、自らの文章を終えている。その大江の文章は次のとおり(一部。週刊朝日1965年11/26号らしい。)。
 日本という「怪物の進路」を「日本の市民」が「いくらかでも修正」できるとすれば、「北朝鮮および北京との関係を改善するため」の努力を、「強大な政府・与党に対して主張しつづけることのほかにない」。
 この当時から40年以上が過ぎた。2009年に公表される文章の中に、「北朝鮮および北京との関係を改善…」という元来は大江健三郎の語句をあえて引用するとは、いったいどういう神経をしているのだろう。和田春樹の精神世界の中では「ソ連」はまだ存在し、北京=中国と北朝鮮は<立派な>社会主義国としてますます発展しているのではないだろうか。一度取り憑いた魔物は恐ろしいものだ。
 上の大江健三郎の(和田によれば「名高い」)文章の見出しは「恐ろしきもの走る」というものだったらしい。
 大江健三郎、和田春樹ともに、「恐ろしきもの、まだ残る」と表現してあげたい。
 二 朝日新聞の船橋洋一は若宮啓文よりも文章が巧く、多少はより立体的・総合的思考をしているように見える。だが、「週刊昭和」毎号の巻頭の船橋の文章を読んでいると、<あゝ朝日新聞>と嘆息をついてしまう。
 第一に、ウソが一部にある。
 1960年に関する№13には、60年安保に関して「ついこの間まで戦犯として巣鴨にぶちこまれていた出っ歯の男が…」。
 これは岸信介のことだ。岸は「巣鴨」に勾留はされていても「戦犯」では全くない。せいぜい<戦犯容疑者>であり、かつ起訴されなかったのだ。かつての首相を「…ぶちこまれていた出っ歯の男」と形容する神経も<朝日新聞主筆>としてなかなか上品だと思うが、まずは最低限、ウソを書いてはいけない。
 1955年に関する№11には、バンドン会議(AA会議)における日本の評判・評価について、詳しくは立ち入らないが、ウソがある。
 船橋によると、フランスのジャーナリストは日本は「誰にも知られていない、知らないお客のように見えた」と書いたらしいが、船橋自身の文章として、「日本の存在は小さかった。戦争でアジアの人々に多大の苦痛を与えた。…。大きな顔はできない」等とも書く。日本にとっての<よい>こと、<嬉しい>ことは何も書かない。
 日本にとっての<よい>こと、<嬉しい>ことは何も書かない、というのは、船橋洋一の、そして朝日新聞のメンタリティとして深く、同社の<空気>あるいは<骨髄>になっていると考えられる。これ以上の具体的内容は紹介しないが、上の二つの文章にもそうした基調は確固としてあることを感じる。
 日本の過去と現在をできるだけ<悪く>見て、将来も<悲観的に>描くのが朝日新聞の<空気>であり<骨髄>である、と換言してもよい。しかも、そのことを自社や自分自身とは直接には関係のない他人の現象であるかのごとく、第三者的に(そのかぎりで「客観的」に)叙述するのも、船橋洋一、そして朝日新聞の特徴だ。
 上のことからは当然に<一面的で「偏向した」>叙述も出てくる。自虐、距離を置いた高みからの評論(「言うだけ」)、一面性こそ、「左翼」朝日新聞の、また朝日新聞系評論家の特徴だろう。
 ①1972年に関する№08の「沖縄問題」、②1973年に関する№21の「ひ弱な花、日本」、③1968年に関する№18の「暗殺―民主主義の圧殺」、④1971年に関する№20の「ニクソン・ショック」などにおいて、上に述べたことは明瞭に感じられる。
 船橋は、上の③で、「40年後、…。その日本もまた、非寛容と排他的民族主義が一部、噴き出しつつある」と書いている。
 ジャーナリズムは「ナショナリズムの道具じゃない」と喚いたのは若宮啓文だったが、船橋洋一においても「非寛容」な「排他的民族主義」はまず第一に闘うべき「主義」らしい。
 上の④では、35年以上後の「2008年秋」に言及して、「日本国内には」「自公政権に対する世論の苛立ちと不満は高まった」と断じる。
 三 こうした<昭和史(戦後史)>ものの影響力を無視してはいけないだろう。岩波や朝日新聞刊の必ずしも一般的には読まれない「左翼」学者たちの文献よりも、ヴィジュアルな毎週刊の<昭和史(戦後史)>は多数読まれているように推察される。そして、写真をめくったあとで文章を探すと、巻頭には現在にまで筆を及ぼす「左翼」・船橋洋一の長くない文章が堂々と付いているのだ(中ほどに、和田春樹の文章があったりすることもあることは上にも述べた)。
 全てを逐一、詳細に見たわけではない。だが、朝日新聞はしぶとく、執拗に、「左翼」の空気を撒き散らすものだとあらためて思う。

0711/朝日新聞4/23社説の<ご都合主義>-政教分離原則と靖国神社・伊勢神宮。

 一 新聞(一部?)報道によると、麻生太郎首相は、「集団的自衛権」に関する従来の政府解釈を改め、「集団的自衛権」の行使を肯定する方向の意向を明言した、という(この麻生発言以前の執筆と見られるが、この問題につき、月刊WiLL6月号の岡崎久彦「集団的自衛権を行使できるこれだけの理由」(p.50-)も参照)。
 結構なことだ。他にも、<非核三原則>、<武器輸出禁止三原則>などの、内閣法制局見解(解釈)に依拠したのかもしれない、政策方針が首相談話(国会での答弁)又は閣議決定(?)等で語られてきている。こんな基本的問題について国会による法律制定も議決もなく、内閣総理大臣の「一存」的なものを継続してきているのは奇妙だとは思うが、その点はとりあえず別として、そもそも憲法から導かれ出されないとも十分に考えられる上のような<-原則>の変更を思い切って行うべきだ。内閣法制局官僚が戦後当初又は占領期の「精神状態」・メンタリティでもってこうした基本的問題についての政策方針を左右しているとすれば(仮定形)、これも改めるべきだ。
 二 新聞・テレビ報道によると、麻生太郎首相は、靖国神社の春季例大祭に「真榊(まさかき)」を奉納した(私費を使って、かつ内閣総理大臣の肩書きを明記して)。
 参拝してもよいとは思うが、真榊奉納もまた結構なことだ。
 麻生首相・同内閣は、支持を高めたいならば、本来の「保守」層又は「ナショナリスト」(愛国派・国益重視派)による支持の拡大をこそ目指すべきだろう。
 三 麻生首相は今年初め、伊勢神宮を参拝した。前年は福田首相もそうしたし、その前年は安倍晋三もそうした。それ以前の首相も含めて、歴代の首相にとっての慣例にすでになっているように見える。今年正月の記憶はないが、昨年正月には、首相とは一日違いで、民主党・小沢一郎代表も伊勢神宮を参拝した、との報道があった。
 政党(野党)党首と内閣総理大臣とでは性格は異なる。
 重要なことは、あるいはここで言いたいのは、内閣総理大臣(首相)による伊勢神宮参拝について、憲法上の<政教分離>の観点からこれを疑問視したり批判するような論調は(一部の?憲法学者はともかくとして)マスコミには見られない、ということだ。少なくとも、マスコミの大勢が首相の伊勢神宮参拝を<政教分離>原則との関係で批判・疑問視することは全くなかった、と言ってよいだろう。
 朝日新聞が上のような批判・疑問視をしたという知識はないし、同社の記者が伊勢神宮参拝は「公人としてか、私人としてか」という質問を首相に対して発したという記憶はない(そういう報道はなされていないと思われる)。
 以上のことは、首相の伊勢神宮参拝を憲法(政教分離条項)との関係でも問題視しない雰囲気・論調が、朝日新聞も含む日本のマスコミにはある、ということを示している。
 四 上のことの論理的帰結は、内閣総理大臣の靖国神社参拝を、朝日新聞を含む日本のマスコミは、<政教分離>原則違反(又はその疑い)という理由では批判できない、ということの筈だ。
 伊勢神宮も靖国神社も、同じ神道の宗教施設だからだ。(厳密には、天皇家の「宗教」でもある神社神道が憲法20条で禁止される「宗教活動」という場合の「宗教」に当たるかという論点はある筈だと考えているが、今回は立ち入らない)
 前者の参拝は憲法20条(政教分離)に違反せず、後者は違反する(又は適合性は疑問だとする)、などと主張することは、論理一貫性を欠く、<ご都合主義>そのものだろう。
 ところが、朝日新聞の今年4/23社説は、麻生首相の真榊奉納は総選挙を意識した「ご都合主義」ではないかとの皮肉で結びつつ(最後部分の引用-「近づく総選挙を意識してのことなのだろうか。自ら参拝するつもりはないけれど、参拝推進派の有権者にそっぽを向かれるのは困る。せめて供え物でメッセージを送れないか。そんなご都合主義のようにも見えるのだが」)、上述の<ご都合主義>をまさしくさらけ出している
 朝日新聞の上の社説は、その一部で明確にこう書く。
 「いくら私費でも、首相の肩書での真榊奉納が政治色を帯びるのは避けられない。憲法の政教分離の原則に照らしても疑問はぬぐえない
 麻生首相はじめ歴代の首相はおそらくは私費を使ってであっても「首相」として伊勢神宮に参拝しているのだと思われる(具体的な奉納物等については知らないが、少なくとも「お賽銭」に該当するものは納めているはずだ)。
 そうだとすると、朝日新聞は、首相の伊勢神宮参拝についても、「憲法の政教分離の原則に照らしても疑問はぬぐえない」と書き、社説等で論陣を張るべきではないのか? こうした批判を、首相の伊勢神宮参拝について朝日新聞はしているのか!?
 朝日新聞の首相伊勢神宮参拝に関する全紙面を見ているわけではないので仮定形にしておくが、首相の伊勢神宮参拝を「憲法の政教分離の原則」に照らして疑問視していないとすれば、靖国神社についても同じ姿勢を貫くべきであり、靖国神社参拝・奉納についてのみ「憲法の政教分離の原則に照らしても疑問はぬぐえない」と社説(!)で書くのは、まさに<ご都合主義>そのものではないか?
 心ある者が、あるいはまともな神経・精神をもつ者が朝日新聞(社)の中にいるならば、上の疑問に答えてほしい。
 4/23社説の執筆者も含めて誰も答えられないとすれば、朝日新聞の<社説>などもう廃止したらどうか。あるいは、<政教分離>に関する記事を書く又は報道をする資格は
朝日新聞にはないことを自覚すべきではないか。
 朝日新聞がまともな・ふつうの新聞ではないことを改めて確認させてくれた4/23社説だった。こと靖国神社に関することとなると朝日新聞はますます頭がおかしくなって、論理・見解の首尾一貫性などはどうでもよくなるのだろう。
 五 なお、朝日新聞による首相靖国参拝・奉納批判の主な根拠は、4/23社説によると、「戦前、陸海軍が所管した靖国神社は、軍国主義の象徴的な存在であり、日本の大陸侵略や植民地支配の歴史と密接に重なる」ということにある。
 古いが朝日新聞2006年8/04社説はもう少し詳しく、あるいは中国・韓国関係をより強調して、「日本がかつて侵略し、植民地支配した中国や韓国がA級戦犯を合祀した靖国神社への首相の参拝に反発している。その思いにどう応えるかは、靖国問題を考えるうえで欠かすことのできない視点だ」、「あの戦争を計画・実行し、多くの日本国民を死なせ、アジアの人々に多大な犠牲を強いた指導者を祀る神社に、首相が参拝することの意味である。/戦争の過ちと責任を認め、その過去と決別することが、戦後日本の再出発の原点だ。国を代表する首相の靖国参拝は、その原点を揺るがせてしまう。だから、私たちは反対しているのである」と書いていた。
 このあたりの(朝日新聞が行うように上のように単純に判断できる問題とは断じて思えない)論点は一回では書ききれないし、多くの人がすでに議論していることなのでここでは立ち入らない。
 六 ついでに、この3年近く前の社説でも、「憲法に関する首相の強引な解釈もいただけない。憲法20条の政教分離原則は素通りして、…」と書いてもいて、やはり<政教分離>原則の関係で(靖国神社については)疑問視していることも明らかにしている。
 もう一度書くが、では首相の伊勢神宮参拝はどうなのか? その他の神社への「内閣総理大臣」の参拝・奉納等はどうなのか?
 さらについでに。今年4/23社説では「先の大戦の責任を負うべきA級戦犯を合祀したことで、天皇の参拝も75年を最後に止まった」と、2006年8/04社説では「昭和天皇がA級戦犯の合祀に不快感を抱き、それが原因で参拝をやめたという側近の記録が明らかになった」と書いて、<いわゆるA級戦犯合祀>が天皇陛下のご親拝中断の原因だと断定する書き方をしている。しかし、これはまだ100%明確になっていることではない、と私は理解している。
 また、先帝陛下も今上天皇も「ご親拝」はされなくとも、春秋の例大祭等の際に何らかの「奉納」(という言葉は正式には適切ではないかもしれない)はなされているのであり、それは<いわゆるA級戦犯合祀>後も続いている。天皇(皇室)と靖国神社の関係が<A級戦犯合祀>によって途絶えた、と誤解しているとすれば、又はそういう誤解を意識的に読者に広めようとしてしているのだとすれば、それは誤りであるか、一種の悪辣な<誘導>に他ならない、と付記しておかねばならない。

0703/朝日新聞にエラそうに語る資格があるのか(週刊新潮問題)+辻村みよ子・ロベスピエール追記。

 〇 某新聞の4/17付社説の一部。週刊新潮「事件」に関するもの。
 「一般に大手出版社は、社内の週刊誌編集部の独立性を尊重しつつも、法務など別のセクションと日常的に意見交換して、問題記事が出るのを防ぐ工夫をしている。
 だが、新潮社では編集部に取材や記事づくりほぼすべてを任せていると同社は説明している。それほどの権限があるのであれば、編集部にはなおのこと厳しい自己点検が必要だ。
 報道機関も間違いを報じることはある。だが、そうした事態には取材の過程や報道内容を検証し、訂正やおわびをためらわないのがあるべき姿だ。事実に対して常に謙虚で誠実であろうと努力をすること以外に、読者に信頼してもらう道はないからだ。
 今回の週刊新潮と新潮社の態度からは、そうした誠実さが伝わってこない。この対応に他の出版社や書き手たちから強い批判の声があがっているのは、雑誌ジャーナリズム全体への信頼が傷ついたことへの危機感からである」。
 某新聞とは朝日新聞。呆れている。 
 1.この引用の冒頭に「大手出版社」とあるが<大手全国(新聞)紙>では、各部(政治部・社会部等)や「編集部の独立性を尊重しつつも、法務など別のセクションと日常的に意見交換して、問題記事が出るのを防ぐ工夫をしている」のか、自社のことも述べてほしいものだ。記事を書いた記者・その属する部(政治部・社会部等)と最終的に掲載するかどうかを判断する(権限があるとすれば)<編集>部との関係も知りたい。ついでに、2005年1月の際の本田雅和らの記事はどのように社内を「通過」したのかも具体的に。
 2.「報道機関も間違いを報じることはある。だが、そうした事態には取材の過程や報道内容を検証し、訂正やおわびをためらわないのがあるべき姿だ。事実に対して常に謙虚で誠実であろうと努力をすること以外に、読者に信頼してもらう道はないからだ」-よくぞこう言えたものだ。
 朝日新聞はこれまで、何度「間違い」を犯し、そのうち何度、「ためらわない」態度で「訂正やおわび」をしてきたのか??
 北朝鮮祖国帰還運動をどれほど煽ったのか。警察・公安当局は北朝鮮によるとの「疑問」を明確に表明していたにもかかわらず、そして「疑い」を当局は示したといくらでも<客観報道>できたにもかかわらず、全くといいほど言及・報道しなかったのは何故か。教科書検定による「侵略」→「進出」への書き換えという誤報について「訂正やおわび」をしたのか。特定政治家によるNHKに対する政治的「圧力」という「間違い」の捏造記事について「訂正やおわび」をしたのか。
 <天に唾する>あるいは<厚顔無恥>あるいは<どの面下げて>とは、上のような文章を言うのではないか。
 〇 前回紹介の辻村みよ子の記述についてコメントを補足。
 ロベスピエールに言及する日本国憲法の教科書・概説書も珍しいとは思うが、「財産権」のところで、それを「社会的制度」として把握した者として(のみ)登場させるのは一種の<偏向>だろう。
 すでに平民の階級になっていた旧国王夫妻がコンコルド広場で処刑(ギロチンによる斬首)された後に、<ジャコバン独裁>とか<恐怖政治>とか称される時代を築き、思想信条の差異を理由として同胞国民(・「市民」)を数万人(数十万人?)も殺戮し、のちのスターリン、毛沢東、金日成、ポル・ポトらの<さきがけ>となった人物こそロベスピエールではないか。
 ロベスピエールは<生命>(<「個人」)の尊さの箇所で、あるいは「思想・信条の自由」の箇所で(その侵害者として)登場させる方が適切だろう。
 あるいは、やや専門的かもしれないが、<宗教・信教の自由>の箇所はどうだろう。キリスト教式ではない「理性の祭典」=「最高存在の祭典」の挙行は、キリスト教に対抗した「理性」を一種の神とする新<宗教>の樹立をしようとしたものとして、<宗教活動(の自由)>を考察する場合でも興味深い素材ではないか。
 いずれにせよ、辻村みよ子はロベスピエールに<肯定的>文脈において言及する(ルソーについても全く同様)。それはいったい何故か。ルソー(・フランス革命)を呼び覚ませば、マルクスは何度でもよみがえる、との旨の中川八洋の言葉は聞くべきところがある。
 ルソー→ロベスピエール→バブーフ/サン・シモンやフーリエ→マルクス、という思想系譜が一つの流れとしてはある。その後、マルクス→レーニン→スターリン・毛沢東・金日成(・宮本顕治)らと続く。この怖ろしい、<共産主義>そして<全体主義>の系譜にロベスピエールも位置するということを(少なくともこのような理解もあるということを)知った上で、教科書・概説書は慎重に書かれるべきだ(特定のイデオロギーを宣伝したいならば別だが)。

0701/週刊新潮4/23号におけるNHK4/05番組批判と「お詫び」。

 〇4/05のNHK番組「JAPANデビュー・第1回」につき、「少なくとも<一面的>」と前回に評した。週刊新潮4/23号(新潮社)によると、やはりその程度では済まないようだ。
 上の番組を「歴史歪曲と『台湾人』も激怒したNHK『超偏向』番組」と評する同号の巻頭記事によると、「人間動物園」との表現、台湾での「改姓名」、「宗教弾圧」につき、誤り又は歪曲等がある、という。また、番組に登場した台湾人・某氏はNHKの取材に対して日本の台湾統治は「プラスが50%、マイナスが50%」というスタンスで答えたが、放送を観たら「悪口ばかり使われているので、大変驚きました」との感想を述べた、という。以下は省くが、これらによると、「一面的」は柔らかすぎる表現で、むしろ<捏造>に近いのではないか。
 上の某氏はNHKのこの番組の背後には「日台の関係を引き裂こうとする中共の意向があるのではないか」とも「邪推」しているというが、「邪推」ではないかもしれない。
 NHKは<戦時性犯罪国際女性法廷>とやらの番組で少しはコリたかと思っていたが、確信犯的な「左翼」制作者グループがまだ残っているようだ。
 なお、同誌同号の高山正之連載コラムも結果としては全体を、上のNHK番組批判にあてており、番組制作者として、「田辺雅泰」の名前のみを出している(p.142)。
 〇週刊新潮上掲号には、朝日新聞阪神支局事件に関する同誌掲載手記が「誤報であったことを率直に認め、お詫びする…」編集長名の長い文章も載っている(p.130-)。
 これに関係して不思議に思うことがある。すなわち、2005年1月頃以降に話題になった、上でも言及した<戦時性犯罪国際女性法廷>とやらの番組放送に対する政治家(自民党)の圧力問題に関していうと、今回の週刊新潮記事(編集部)にあたるのが朝日新聞・本田雅和ら二人の記者であり、今回の件の島村征憲にあたるのが、自分自身が直接に接触をした(を受けた)わけでもないのに上司・幹部が<安倍晋三・中川昭一から「圧力」を受けた>ために改編を迫られた旨を記者会見して(涙ながらに)述べた長井暁(チーフディレクター)なのではないのだろうか。長井暁は(少なくとも中核部分では)「嘘」を述べたにもかかわらず、それを信じて取材を十分にしないまま記事にしてしまったのが朝日新聞・本田雅和らではないのだろうか。
 そうだとすると、朝日新聞は誤りを認め謝罪するべきだったと思われるが、<取材不十分>を外部委員会に指摘させただけで、訂正も「詫び」もしていない。この<開き直り>と比べれば、新潮社の方がまだマシだ。
 亡くなられた朝日新聞記者にはやや気の毒かもしれないが、彼に関する事件と自民党による<政治圧力>問題は、少なくとも同等の又は後者の方がより大きな重要度をもっていたと思われる。やや別言すれば、今回の週刊新潮には特段の<政治的>意図はなかったと見られるのに対して、朝日新聞・本田雅和には、特定の(反朝日スタンスの)政治家を貶める方向へと世論を誘導しようとする明確な<政治的>意図があったと思われる。朝日新聞はなぜ、<取材が不十分でした>程度で済ますことができたのだろう(まともな・ふつうの新聞社ではないからだ)。
 最近、某芸能人・タレントがラジオで「不適切」発言をして番組が終了し、出演停止措置が執られたとか報道されている。
 このタレントは経済的な制裁も結果として受けるわけだが、朝日新聞のとくに本田雅和、NHKの長井暁はいずれも「不適切」な仕事をした(記事を書き、あるいは「異常な」番組作成しかつ虚偽の記者会見をした)にもかかわらず、それぞれ朝日新聞とNHKを辞める又は辞めさせられることもなくのうのうと給料を貰いつづけた。これはどう考えても、不衡平・不均衡ではないか。新潮社は週刊新潮編集長を交代させるようだが、朝日新聞とNHKはそれぞれ、本田雅和と長井暁に対して、「不適切」な仕事との関係が明確に判る形でのいかなる人事的措置を行ったのか。
 朝日新聞やNHKについては、どうも腑に落ちないことが多すぎる。

0636/佐伯啓思・国家についての考察(2001)を読む-「朝日新聞」の「大きな欺瞞」。

 一 佐伯啓思・国家についての考察(飛鳥新社、2001)p.76以下は「『他国への配慮』と国益」との節名で、前回紹介したようなことを、再述又は別論している(この本全部は、12/15に読了した)。
 7 ①「国益」観念が背後にない「他国への配慮」・「国際的友好」は無意味だ。そして「国益」が意義あるためにはその国の「正義」あるいは「共有価値」で支えられている必要がある。「正義」・「共有価値」は「生活上の習慣や文化的様式の中に暗黙のうちに表出」されるものだろう。
 しかし、「今日の日本」のように「暗黙裡」のものであれ「正義」あるいは「共有価値」の「存在そのものが怪しくなっている」場合には、「ナショナル・アデンティティ」の名のもとに「日本という国家を構成する精神的基盤について論議するのは当然のこと」だ(p.76)。
 ②「他国への配慮」・「国際的友好」を唱える者たちもかかるナショナリズムを前提としている筈だが、この「進歩主義的立場に立つ国際主義者」は「反国家主義」を標榜し「インターナショナリズムをナショナリズムと対立させる」ために自らの「インターナショナリズム」を骨抜きにしている。「国益」・「ナショナル・アデンティティ」を排除した「国際主義」は「ただ空疎な美辞麗句」にすぎない。
 彼らの「国際主義」は「反ナショナリズム」から発しているがゆえに、その「国際主義」自体が「『自己陶酔的で排他的な』ナショナリズムの単なる裏返し」となり、「『自己卑下的で追従的な』インターナショナリズムへと転化」している。その対中国姿勢、対国旗・国歌法姿勢等こそ、「まさに『自己陶酔的で排他的』なナショナリズムをただ裏返しただけに過ぎない」(p.76-77)。
 ③彼らの「友好」・「配慮」は「きわめて独善的」で「一国主義的」でもある。「ナショナル・アデンティティ」を排除した「国際主義」は「真の意味での国際主義=国家間主義(インターナショナリズム)とはなりえない」。「友好」・「配慮」は、「奇妙なことに『自己卑下的で追従的な』国際主義を『排他的で自己陶酔的に』追求するという結果となりかねない」(p.77)。
 ④「朝日新聞」社説が「ナショナリズム」や「ナショナル・アデンティティ」を「根本から否定」しているとは思わないが、それを語ることを「躊躇」しているために、五輪ナショナリズムはよいが「現実のナショナリズムは危険」だなどという「トンチンカン」な論説を展開している。「過激なナショナリズムを高揚させるほどの国家への切迫した思いも一体感も現代の日本人は持ってはいない」。五輪ナショナリズムは過激だが「国家意識は低調」ということは「通常は考えにくい」(p.78)。
 ⑤既述のように「朝日新聞」社説の「反ナショナリズム」は「裏返された」ナショナリズムで「隠された」ナショナリズムを背後にもつ。ナショナリズムあるいは「国家という『主体』」なくして「他国への配慮」・「国際的友好」を語り得ないのは自明のことで、朝日新聞」社説も「戦後進歩主義者」もこれを前提とせざるをえない筈だ(p.78-79)。
 ⑥しかし、「今日の日本」ではこの「国家という『主体』」という「自明性が見えなくなってしまっている」。小林よしのりの本も新しい教科書の会の運動も「戦前復古ではなく、現在の『主体』をいかに構成するかという関心」に導かれていると考える。
 「朝日新聞」社説もかかる「主体」の必要性を前提とする筈だが、しかし、「この『主体』がほとんど崩壊、もしくは溶解しつつあるとき、その主体の構成を図るための議論をナショナリズムと規定して排斥するのは一体なぜなのか?
 「ナショナリズムを隠蔽した反ナショナリズム」、「反ナショナリズムの内に潜むナショナリズム」、「この奇妙な二重構造」・「顕揚と隠蔽」あるいは「無意識の検閲」、「ここに大きな欺瞞があるのではないか?」 そしてそれこそが「『戦後的なもの』を内側から溶解させてしまった根本」要因ではないか?(p.79-80)。
 ⑦この「二重性」・「無意識の検閲」は後述もするが、そもそも「反ナショナリズムの思想的拠点は何」なのか。次にこれを扱う(p.80)。
 二 以上でp.57-80のメモは終わり。この部分は、この著の序章「なぜ『国家』を論じるのか」の次の第一章「現代日本の国家意識」の1「『戦後的なもの』の溶解」の後半ほぼ3/4にあたる。
 このあと、2「『世界市民主義』とは何か」、3「逆立ちした国家意識」とつづき、第二章「『二重言説』の戦後日本」以降へと移っていく。いずれも<朝日新聞>と無関係ではないが、覚書的紹介はとりあえずここでやめる。
 のちに丸山真男宮沢俊義(・日本国憲法)に触れるところや佐伯自身の「国家」観・論の展開が見られるところがあるので、別の機会にこの欄で言及したい。
 三 それにしても、朝日新聞、そして若宮啓文は、上のような朝日新聞的「反ナショナリズム」批判(又は批判的分析)にどう反応する(又は反応した)のだろうか。若宮啓文が佐伯啓思のこの著を一顧だにすることなく単純な「ナショナリズム」批判をしている(した)ことは明瞭だ。彼らがしていることは本能的・感覚的な「ナショナリズム」嫌悪感の表明にすぎないだろう。朝日新聞の社説執筆者やその一人だった若宮啓文の思考の<驚くべき底浅さ>は、佐伯啓思の丁寧な(そしてこの人にしては珍しく朝日新聞と明示しての大胆な?批判を含む)論述と比べると、きわめてよく分かる。
 若宮啓文はもう遅いかもしれないが、より若い世代の「戦後進歩主義者」は、佐伯啓思の上掲書を一度きちんと読んでみたらどうか。

0635/佐伯啓思・国家についての考察(2001)を読む-朝日新聞批判・その4。

 一 11月の半ば以降だったのだろうか、佐伯啓思・国家についての考察(2001、飛鳥新社)を再び読み出して、計320頁のうち、300頁を読み了えた。もう少しだ。
 先週金曜日あたりからの数日間で、竹内洋・学問の下流化(中央公論新社、2008.10)をほぼ2/3のp.196まで読んでしまった。小論を集めてまとめたもので読みやすいが、読後感の<軽さ>は、この人の他の本にも見られるわかりやすい文章のためだろうか。それとも、この人の思考・思想自体の<軽さ>によるのだろうか。けっこう面白い本であることは確かだが。
 二 さて、佐伯啓思の上掲書のメモのつづき。全体についての紹介的覚書を記すつもりはないが、佐伯が<朝日新聞>という名を明示して所謂<進歩派>を批判又は分析するのは珍しいと思われるので、もう少し続ける。
 朝日新聞らの<反ナショナリズム>の分析は前回までにも紹介した。佐伯は「『国益』とは何か」と節名を変えて、朝日新聞らの<反ナショナリズム>または<ナショナリズム批判>を、「他国への配慮」という点に着目して次のように批判する。
 6 ①<反ナショナリズム>に「裏返され、萎縮し、隠されたナショナリズムを見る思いがする」。
 国際関係は基本的には「国益」をめぐる対立の場だ。この対立は常に「力」のそれや「紛争」になりはしないが、1.「他国への配慮」は「国益の追求」のためにも不可欠で、前者は後者の「手段の一つ」となる、2.諸国家の利害調整のために国際ルール・国際機関が形成され、かかる「制約条件」のもとで「相互に国益を追求する複数国家のシステム」こそが「国際秩序」というものだ(p.71-72)。
 ②「国益」とは次の「二つの側面の適切な結合」だ。1.「国民生活の豊かさの追求や安定の確保という…物質的側面」、2.「比較的長期に」「歴史性に根ざし」て「共有している文化的価値を実現してゆくという…精神的次元にかかわる側面」。「国民の統合」を前提とする「近代国家」は何らかの「価値の共有」を必要とし、その「価値を実現」する「条件を作り出す」ことが「長期的な『国益』」になる。
 「国益」は「共有する価値の裏づけとその実現」という「理念的・精神的支え」を必要とする。しかもその価値は「歴史性」と「普遍性」をもつ必要がある。「国益」とは「少々おおげさ」には「その国の『正義』」、「他国に対する自国の正当な言い分」だ。「正義」なき「利益」追求は他国に正当化されないし、「利益」と結合しない「正義」は「宙に浮いた」もので国民に支持されない。要するに、「国益とは、国民の幸福や生活の向上という功利的な『利益』と、国際的に主張しうる自国の立場や価値という『正義』の結合」に他ならない(p.72-73)。
 ③従って、「国益」を議論するにはその国の「価値」・「正義」の議論が必要で、これは「広い意味でのナショナル・アイデンティティ」に関する議論となる。しかし、この議論が「今日の日本」では「きわめて困難」だ。その理由は、この議論が「戦後を疑う」ことから
出発せざるをえないことにある。「戦後を疑う」のは「否定する」と同義ではないにしても、「戦後の価値観の中で否定され隠されたものを再び明るみに出し、…日本にとっての『正義』とは何かを改めて問い直す作業」だ。これは「『戦後的なもの』の中でタブー視された価値をいったんはすべて解放する」という「困難な作業」を伴う(p.73-74)。
 ④「ナショナル・アイデンティティ」は「作り出された」ものだとしても、かかる「フィクション」を想定できないと「国益」観念は定義できず、国際社会での「確かな立場」は取れない。そうなれば、憲法前文にいう「国際社会で名誉ある地位を占める」ことも、そもそも「他国への配慮」とか「国際的に友好的」という観念さえも無意味になる(p.74)。
 ⑤「戦後的なもの」の擁護者は「自由主義、民主主義、平和主義、人権主義など」を「正義」とし、この点に「議論の余地はない」と考えるが、本当にそれが「国民の正義」で実際に「共有された価値」ならば「ナショナリズムの復興」を怖れる必要はない。
 「ナショナリズム」とは「国民の共有された価値の実現を図ろうとする運動」だ。「国民の共有された価値」が「自由主義、民主主義、平和主義、人権主義など」ならば、これらの実現を図る「国民運動」になる。
 にもかかわらず、「朝日新聞」社説等の「戦後的なもの」の擁護者は、「明らかにナショナリズムの高揚に恐怖し、それを復古主義だと唱える」。それは、「戦後的なもの」が「国民の正義」、「共有された価値」になっていないからだ。「彼ら自身がそれを認めている」。
 「ナショナル・アイデンティティ」、「正義」、「価値」に関する議論の余地は存在している。それは「戦後的なもの」という「枠を解除した」議論である必要がある(p.74-75)。
 ⑥「戦後的なもの」の擁護者-「戦後進歩主義者」-は「ナショナル・アイデンティティ」・「日本の国益」といった観念は「政治的に構成されたフィクションにすぎない」と言うかもしれない。「その通り」だが、「民主主義や人権主義という観念」も、「平和主義」も、同じく「政治的に構成されたフィクション」だろう(p.75)。<次の節へとつづく>

0634/佐伯啓思・国家についての考察(2001)による「朝日新聞」的<反ナショナリズム>の分析。

 佐伯啓思・国家についての考察(2001)のつづき。
 「他国」とりわけ「アジア諸国」への「配慮」の障害となるのは「危険なナショナリズム」だと言うときに、「実際に隠蔽されるものは何か」。佐伯は節名を「『戦後的なもの』の崩壊」と変えて、さらに論述を展開していく。
 5 ①「実際に隠蔽される」のは「戦後の歴史の『歪み』そのもの」だ。この「歪み」は後述するが、若干言い換えると、「排除され隠蔽され」ているのは、「今日のナショナリズム」が置かれている、「戦後日本」という<文脈>、さらに言えば「近代日本」の、「『日本』という歴史性を持った」「文脈」だ。この「文脈」の中で「『国家』をいかに理解するか」が「排除され隠蔽され」ている(p.68)。
 ②日本に限らず、ナショナリズムはその国の「独特の歴史的特性や文化的固有性」と関連があり、「ナショナリズムが歴史や文化を強調するのは当然」だ。「自己陶酔的」では全くない(p.68)。
 ③だが、日本は「戦後の歴史と戦前のそれ」との間に「大きな断層」があり、それが「文化の次元まで及ぶ」という、「いささか特異な立場」にある。「断層」は主として「ものの考え方、価値観、文化なるものの表現」にかかわり、「端的」には「戦後の、自由主義、民主主義、平和主義などという価値によって、それ以前の価値や文化的な様式はほとんど全体的に否定された、という特異な時代経験」を指す。この「断層」によって否定されたものの上に「戦後日本」という「特徴的な世界」が成立したのだ(p.68-69)。
 ④したがって、日本の「歴史意識」はこの「断層」を不可避的に問題にする。ここに、「今日の日本のナショナリズム」が「断層」を意識して「戦後を疑う」という「表現形態」をとらざるをえない「理由」がある。それは「回顧的」・「復古的」ではなく、「『断層』によって何が隠されたのか、その上に成立した『戦後』とは何か」と問うことは現代日本の「ナショナリズムの当然の姿勢」だ
 「断層」によって「見えなく」されたものは「葬り去られ」てはおらず、「今なお…ここにある」。だから、それを「掘り出す作業は歴史的『文脈』を追う」。ナショナリズムが依拠する「ナショナル・アイデンティティの意識」は「歴史的継続性と文化的共有性」(という「文脈」)の「再発見」・「再定義」によって形成される、ということが「重要」だ。だとすれば、「戦後を疑う」という表現形態は不思議ではなく「戦前への回帰」ではない。「まさに今日的な営み」だ。
 「進歩主義者たちのナショナリズムへの過敏なまでの拒絶反応」は、ナショナリズムが「時代はずれ」の「復古」ではなく「まさに今日的問題」であることを「本当は気づいているからであろう」。たんなる「時代はずれ」の「復古」ならば、「放っておけば自然に忘れ去られるはず」だ(p.69-70)。
 以上もかなり引用の密度が高いが、この部分のまとめ的な次の段落は、ほとんど引用ばかりになる。
 ⑤「『朝日新聞』社説に示されるナショナリズム批判は、今日のナショナリズムの根幹を封じようとしている」。「頑として封印」しようとするのは、「『戦後を疑う』という姿勢そのもの」だ。「『戦後を疑う』という姿勢」を許せば、「ナショナリズムはその芽を吹くことになる」。なぜなら、「戦後を疑う」ことは、敗戦・連合軍の占領以降の「自らの文化的アイデンティティの破壊、勝者が押しつけた価値のもとでの被抑圧感情、こうしたルサンチマン的感情」を「すべて表面に解き放ってしまいかねないから」。
 「朝日新聞」や「『朝日新聞』的なもの」が「その上に自らの立場を築き、地歩を確保してきた『戦後的なもの』」を彼らは「死守しなければならない」のだろう。そのためには「ナショナリズムの一切の芽を摘むことが必要不可欠となる」(「戦後的なもの」を「保守」せんとする「ナショナリズム批判者の言説が、ナショナリズムを戦前回帰として片づけようとすることは当然だ」が、それは「見当はずれ」だ)(p.70)。
 以上で今回の紹介は終わり。「戦後的なもの」の「死守」を図る朝日新聞(や意識的「左翼」)が、「ナショナリズム」言説に過敏に反応しそれを抑圧・封印しようとする背景が説得的に語られている。若宮啓文もまた<本能的・感覚的に>そうした抑圧・封印の意識を形成して(形成し終えて)いると思われる。
 こうした過敏で、本質的な問題を素通りして決めつける、<(左翼)ファシズム>的反応は、最近の田母神論文に関しても顕著に見られたことだ。田母神はまさに「戦後を疑う」、「戦後」の通念に矛盾する、「ナショナリズム」的文章を発表したのだった。今日の言論空間・「知的」空間の<主軸>または「構造」を、なおも簡潔にだが、佐伯啓思は語っていると考えられる。なおも続ける。

0633/佐伯啓思・国家についての考察(2001)を読む-朝日新聞批判・その2。

 朝日新聞社説が前回の3④で示すこと(複数)が何故「荒っぽいナショナリズム」の動向なのか、近時(2008.12上旬)の中国の領海侵犯にしても、それへの「感情的反発」は「健全」そのものではないか、と思うが、さておく。
 佐伯啓思・国家についての考察(飛鳥新社、2001)に関する前回のつづき。
 3 ⑤「ある場合には」ナショナリズムは「自己陶酔と他者の排除」を伴う「荒っぽい」ものに先鋭化しうる。それは日本だけの問題ではない。ナショナリズムは、アメリカ、中国、台湾、フランス、イギリス、クロアチア、セルビア、イスラエル、アイルランドではより強い。これらの国々のナショナリズムは「健全」なのか「危険」なのか。中国、フランス、アイルランド、ロシアのそれはどちらか、朝日新聞の「社説はどう答えるのだろうか」。外国のナショナリズムは「健全」で日本のそれは「危険」だとでも言うのか(p.63-64)。
 ⑥ どの国にもナショナリズムはあり、それが「自己陶酔と他者の排除」となるか否かは「あくまで状況の中で」決まることで予め「健全」なそれと「危険」なそれとが存在するわけではない。
 「現実政治と結びついたナショナリズムが常に陶酔的で排他的となると考える」のは「あまりに短絡すぎる」。この「短絡」は、「ナショナリズム」を常に「インターナショナリズム(国際協調)」と対立させて理解する思考だ(p.64-65)。
 つぎに節名が「なぜ議論を深めようとしないのか」へと移る。これまでに増して、引用部分を多くする。
 4 ①朝日新聞社説が挙げる「荒っぽいナショナリズム」の台頭の事例は私(佐伯)にはそう思えないが、それはともかく、朝日新聞社説には「特徴的な思考パターン」がある。それは、「日本における『荒っぽいナショナリズム』の台頭の危険というテーゼが、より本質的な議論を一切回避したまま提起されている」ことだ(p.65)。
 ②1.「中国への感情的批判を危険視する前に」、「なぜ中国がこのような挑発的行動に出るかを論じないのか?」
 2.「日米安保体制への批判を危険視する前に」、「なぜ安保体制という特異な関係性のもとに日本が置かれてきた歴史を検討しないのか?」
 3.小林よしのり・戦争論を「無条件で危険視する前に、なぜ小林よしのりが…を書くに至ったのかを問題にしないのか?」
 4.「『国旗・国歌法案』を批判する前に」、「国旗や国歌とは何かをなぜ論じようとしないのか?」
 5.森首相の「教育勅語評価発言や『神の国』発言を論難する前に、なぜ彼がそのような発言を行ったのか」、なぜ「教育勅語」や「神の国」が「今頃になって想起されるに至ったのかを論じようとしないのか?」。さらにいえば、「教育勅語の内容の何が一体問題なのか、日本はどのような意味で『神の国』ではないのか」に関する議論をなぜ深めようとしないのか(p.65-66)。
 ③問題は社説のスペースの広さではなく「その姿勢」だ。ここに、朝日新聞に限らない「今日の日本のナショナリズム批判の大きな問題」がある。朝日新聞社説が典型を示す「議論の布置、問題の設定の仕方」、そこに「今日の日本の(反)ナショナリズム論の貧困」を見る。
 「ナショナリズムの復興を批判することが戦後体制を守る基本的な課題」だとすると「進歩主義的サヨク」のかかる立論は当然かも。だが、「それでは問題の所在にはいつまでたっても踏み込めないし、不毛な議論が続くだけ」だ。なぜ小林よしのりが支持されるか、なぜ「神の国」発言が出たか、なぜ教育改革・教育基本法見直しが課題となったか、「そこにどういう事情と時代的意味があるのか」、これを論じないと「単なるイデオロギー批判が続くだけ」だ(p.66-67)。
 ④朝日新聞社説は「根本にかかわる問いを一切封印した上で、ナショナリズムの危険性を説く」。「端的にいえば、自国の歴史や固有のあり方にこだわることは他国への配慮を怠ることになる」と言わんばかり。これが「ナショナリズム批判」が「露呈」しているものだ。どの事例にせよ、「しばしば提出されるのは、それが『他国への配慮』、とりわけ『アジア諸国への配慮』をないがしろにするという批判」だ。
 1.中国の領海侵犯は不問に。「問題は、…批判が中国に対する友好的配慮を崩してしまうこと」だ。
 2.「新しい教科書」が国民の関心を呼んでいることは不問に。「問題は、それが中国や韓国を刺激すること」だ。等々。
 「要するに現下の状況のもとで他国へ配慮すること、それこそが彼らの考えるインターナショナリズムであり、この配慮に対する障害は『危険なナショナリズム』とされる」(p.67)。
 なかなかの論旨又は分析ではないか。つづきは、次回に。

0632/佐伯啓思・国家についての考察(2001)を読む-朝日新聞批判・その1。

 「市民革命」はあるが「国民革命」は聞いたことがないことを「市民」概念を愛好する理由の一つとするような朝日新聞・若宮啓文の本と文章に触れたのは、朝日新聞を批判する、あるいは朝日新聞をはじめとする<進歩的>マスコミの論調を批判的に分析する佐伯啓思・国家についての考察(飛鳥新社、2001)のとりあえずは一部を紹介的にメモしておきたいためだった。
 佐伯啓思の論旨は前の論述を前提に後に累々と続いていくので途中から紹介的引用をするのでは正確に理解したことにはならない。だが、最初から言及するのはやめてあえて中途からにする。「今日のナショナリズムの『歪み』」との節名のp.57以降だ。次のように論じられる。
 1 ①「本来性」というフィクションの大地に根ざした「国家意識」が必要だ。しかし、日本の現今のそれは「ほど遠い」もので、「国家」をめぐる言説は「奇妙にねじ曲げられている」(p.57)。
 ②いくつかの運動や議論が日本の「ナショナリズム」の代表として「しばしば進歩派の攻撃にさらされる」が、私(佐伯)には攻撃される「ナショナリズム」は理解しやすい。「全面的に賛同」はしないが、言いたいことはよく分かる。それは「決して復古的意図やまして戦争賛美」ではなく、「戦後の、そして現在の日本を問題視し批判」している。それは端的には、今日に「支配的な影響」をもつ「進歩主義的言説に対する強い疑念」だ。その意味で、彼らの「ナショナリズム」は分かりやすく「歪んでいない」(p.57-58)。
 ③問題は、明言されない「伏在したナショナリズム」の方にある。今日の「ナショナリズム」の問題は、一見「反ナショナリズム」・「反国家」心情にもとづく言説の形をとる、「国家意識」の「歪み」にこそある(p.58)。
 ④なぜ「歪み」が生じているかに、「戦後日本の言説空間の特異性」がある。この「特異性の構造」を分析することは、現代日本の「国家意識」の「歪み」・「ねじれ」を理解するためには重要だ(p.58)。
 ⑤90年代の日本の全般的「失調」のもとは、「きわめて不透明で歪んだ国家意識」に求められるのでないか(p.58)。
 ⑥90年代の日本の「危機」は「グローバル化や情報化」に対応できなかった日本の「守旧的体質」に原因があるというのが「定説」だが、「問題の根ははるかに深い」。究極的には「戦後の歪んだ国家意識にこそ今日の「危機」の源泉があった。「国家意識」の「歪み」をいくつかの局面で見てみる(p.58-59)。
 次に、節名が「オリンピック・ナショナリズム」に変わる。
 2 ①シドニー五輪を前に2000.09.14朝日新聞社説は、「国家」意識に縛られずに「あなた」自身のために参加せよと説いた。だがここ十数年、日本選手が「過剰な」期待を背負っているとの印象はなく、むしろ選手の「私」意識の強さ、「国の代表」意識の希薄さが論議されたくらいだった(p.59-60)。
 ②五輪は「形を変えた国家間競争」で、「国家や地域」の威信がかけられていることを前提に「国家間協調」が謳われる。「個人間の競争と同時に国家間のルール化された競争」があるのであり、「国家間協調」が可能になるのも、そもそも個人が「少なくとも部分的には」「国家を背負っている」からだ(p.60)。
 ③上を書いたのは「ナショナリズム」と「国際協調(インターナショナリズム)」とは「決して対立するものではない」ことを確認するためだ(p.61)。
 ④にもかかわらず、「個人の競争」・「インターナショナリズム」はよいが(「善」だが)、「国家間競争」・「ナショナリズム」は「危険」だという「二者択一」の議論がある。朝日新聞の社説にも「その傾きが見て取れる」(p.61)。
 次に、「『荒っぽい』ナショナリズム」との節名に変わって、引き続いて朝日新聞社説への論及がなされる。
 3 ①朝日新聞2000.09.24社説は再び「ナショナリズム」を取り上げ、自国の選手が勝利して「君が代が流れ、日の丸が上が」るのを見て誇らしいのは「ごく自然な感情の発露というべきだ」と書いた(p.62)。
 ②先の論調からの後退とも見えるが、同社説はこう続ける。「抑制のきいた健全なナショナリズム」はよいが、「居丈高な自己主張」の「ナショナリズム」ほど「危なっかしい」ものはない、と。つまり、「健全なナショナリズム」と「危なっかしいナショナリズム」の区別がある、という(p.62-63)。
 ③上に続けて朝日新聞上記社説は、日本が「危なっかしい」又は「荒っぽい」「ナショナリズム」に席巻されようとしているとの危惧を示す。五輪で示されるようないわば「遊びごと」の「ナショナリズム」はよいが、「本物の(現実の)ナショナリズム」は危険とする。「何とも妙な、そして煮えきらない主張」だ(p.63)。
 ④「荒っぽいナショナリズム」として具体的には、1.中国の調査船・軍艦の日本水域への侵入への「感情的な反発」、2.日米安保にかかる「思いやり予算の削減要求」、3.小林よしのり・戦争論への「若者の共感」、4.「国旗・国歌法」の制定、5.森喜朗首相(当時)の教育勅語評価、5.石原慎太郎都知事の「三国人」発言、等が挙げられている。そして、これらの動向は「固有の伝統への回帰」を訴えるあまり、「自己陶酔と他者の排除」を伴うから危険だ、とする(p.63)。
 3の途中だがここで区切る。朝日新聞・若宮啓文はこの佐伯啓思の著をまったく知らずに(手にとって読んだこともなく)、「ジャーナリズムはナショナリズムの道具ではないのだ」と幼稚に宣言したものと思われる。
 このあと、朝日新聞の論調に対する批判または批判的分析がつづく。たぶん、次回に。

0631/若宮啓文-「市民」概念愛好に理論的根拠なし、<左から>の東京裁判批判。

 一 若宮啓文(朝日新聞)という人は、元論説主幹とかで何やらエラそうに見えるが、いかほどの見識をもち思考の鍛錬を積んだ人なのか。
 馬脚を現わす、という表現がある。これにピッタリの次のような文章が2003.11.30に書かれている。若宮啓文・右手に君が代左手に憲法(朝日新聞、2007)による。
 「市民と国民はどう違うのか」。「市民運動と国民運動」を比べると分かり易い。前者は「国家や行政への対抗心がにじむ」のに対して、後者は「政府のきもいりなのが普通」。「市民革命はあっても国民革命」はほとんど聞かない。一方、「地球市民の連帯」という言葉ができるのは、「市民」が、「職業ばかりか国家や民族を超える概念だから」だろう(p.28)。
 「市民と国民はどう違うのか」、この問題設定はよい。だが、すぐさま感じる。この人はアホ、失礼、馬鹿ではないか。
 「市民」や「国民」という概念・議論にかかわる幾ばくかの文献に目を通したことが一度もなさそうだ。
 国家等への「対抗心」が滲む「市民運動」概念に対して、「政府きもいりが普通」の「国民運動」概念。「市民」概念は(「国民」と違い)<職業・国家・民族>を超えている。
 こうした<感覚的>理由で、この人と朝日新聞は「市民」がお好きなのだ。なるほど「市民運動」は朝日新聞と若宮にとってたいてい<左翼>運動であり、朝日新聞と若宮が嫌いな「国家」を避けたい、「国家」を意識から外したいためにこそ、「地球市民」という言葉を愛好しているのだ。
 もう一度、馬鹿ではないか、と言いたい。しかも、「市民革命はあっても国民革命とはほとんど聞かない」などと書いて、まるで<歴史(近代史)>又は「市民革命」という概念の(「左翼」が理解する)意味を理解できていないアホさ、いや無知かげんを暴露している。
 上のことから若宮は(この当時)民主党は「市民政党」から「国民政党」になっていると不満を呈し(p.26-27)、「市民派感覚を生かすことは大事」で、菅直人は「市民派首相」を目指すべきだ、という(p.29)。
 この「市民(派)」へのこだわりは、「反・国家」意識、「反・日本(国家)」意識がすこぶる強い、ということだろう。この「国家」嫌いの若宮は、自分が日本「国民」であるという意識がないのではないか、あるいは自分がそうだということを当然に知ってはいても、日本「国民」意識を嫌悪しているのではないか。お気の毒に。
 二 全部を読む気はもともとないが、若宮啓文・戦後保守のアジア観(朝日新聞社、1995)の前半を通読して感じる一つは、東京裁判(通称)の①A級戦犯容疑者全員がきちんと裁かれなかったこと、②A級戦犯のうち被処刑死者以外の者がのちに「釈放」され政界復帰等をしたことに対する、若宮啓文の<悔しさ>だ。
 上の①の代表者は岸信介。②は、賀屋興宣・重光葵ら。そして、①の免責や②の「釈放」は<冷戦構造>・<東西対立>の発生による米国の方針変換による旨を何度か書いて(p.48など)、明示はしていないが、A級戦犯者が「戦犯」でなくなったわけではないこと、罪状は消えるのではない旨を強く示唆している。また、明言はしていないが、岸信介も訴追されるべきだった旨の感情が背景にあることも窺える。
 そしてまた、東京裁判の罪状の中心は対米戦争開戦の責任で「アジア侵略の責任」ではなかった等々と書いて(p.92など。この部分の見出しは「東京裁判の欠陥」)、いわば<左から>、東京裁判を批判している、又はその限界を指摘している。
 若宮啓文によれば、東京裁判それ自体は何ら法的にも問題はなく、被告人の選定や訴追事由に問題があった、つまりもっと多くの「戦争責任者」を裁くべきであり、「アジア侵略」の観点も重視して被告人を選定すべきであった、ということになるのだろう。また、生存「A級戦犯」者を刑期どおりにきちんと拘禁し続けるべきであり、簡単に?(といっても日本社会党議員を含む、「戦犯」者の「釈放」運動があったのだが)一般社会に「釈放」すべきではなかった、ということになるのだろう。
 なかなか面白い東京裁判論だ。もっときちんと拡大して被告人を選定し裁いておいてくれたら、そして刑(死刑を除く拘禁刑)の執行を判決どおりに行っていれば、戦後の「保守」は実際よりも弱体になっていたのに、というような感情が見え隠れしている。
 さすがに、<左翼>・<自虐>だ。米国の助けを借りてでも、<悪いことをした日本の要人(軍人・官僚・政治家)>を徹底的に裁き、排除しておきたかった、というわけだ。
 若宮啓文の文章はあまり読みたくない。精神衛生にはよくない。だが、また読むことがあるだろう。

0630/朝日新聞・若宮啓文の<反日・反国家>、<親中・親東アジア>、「左翼」意識

 日本共産党の不破哲三や朝日新聞の若宮啓文の本を読むことを躊躇しないし怖れもしない。しかし、どこか感覚・神経が<異常>と思われる人の文章を長く読むことは一種の苦痛であり、あるいはまた、ときどき気持ちが悪くなり、心理的には嘔吐が出そうになることがある。
 若宮啓文の「反日」・「反国家」意識、そしてアジアの隣国(中国等)への配慮優先意識、「左翼(サヨク)」意識は徹底している。同・右手に君が代左手に憲法(朝日新聞社、2007)は、あくまで若干の例にすぎないが、以下の如く書く。
 ①80年代に比べて90年代には「首相の配慮」があったとして肯定的に評価する。そして、「例えば宮沢政権は…1992年秋、右派の反対を押し切って天皇陛下の訪中を実現させた。過去に大きな区切りをつける旅」だった、と書く(p.12)。
 宮沢や河野洋平・加藤紘一らを自民党の中では評価する、<親中・屈中>。
 ②「外国では…『靖国』が軍国主義の象徴として伝えられる。だからこそ、首相の参拝があれほど問題にされるのだ」(p.37)。ここでの首相は小泉。
 米国・英国の大統領・首相らはこれまで何回か靖国参拝を希望したがむしろ日本政府側が固辞したと伝えられる。そうだとすると、上の「外国」はたぶん中国と韓国の二国だけではないか(北朝鮮もだろうが、金正日が訪日する可能性はほぼない)。
 それに、「『靖国』が軍国主義の象徴として伝えられる」ことに若宮啓文は何ら疑問を呈さず、当然視しており、誤解を解こうとする又は誤解を解くべきだとする主張はどこにもない。
 ③2004.02に書く-「それにしても、である。ハト派のいきおいが弱すぎはしないか」、「ハト派に春は来るのだろうか」(p.40-41)。
 ④「町の家々からだんだん日の丸が消えたのは、世代交代や戦後教育と無関係ではあるまい」。まして君が代に「抵抗感や違和感をもつ人が増えたのは仕方がないことだった」(p.43)。
 法制化された国歌・国旗に関する若宮の文章だ。一つに、「町の家々」から「日の丸」を「消え」させたのは、そして君が代への「抵抗感」等を煽ったのは、自分自身が属する朝日新聞を筆頭とする戦後「左翼」ではないか。客観的な事実として他人事のように書くな、と言いたい。
 二つに、若宮は日の丸・君が代には「戦争当時の暗いイメージが潜んでいる…」と書く(p.42)。この人自身がもつイメージなのだろう。戦後の「反戦・民主主義」教育をきちんと受容した(-に洗脳された)真面目な?学校優等生だったかと思われる。
 ⑤2004年の元反戦自衛官等自衛隊宿舎反自衛隊ビラ投函事件につき、2004.12の東京地裁(八王子支部)の刑事判決が「無罪」としたのは朗報」だった(p.80)。ここにも<反自衛隊>意識・<反軍(軍事)>意識。
 この前に、若宮自身はこの事件を、「市民団体の3人が防衛庁官舎の郵便受けに自衛隊イラク派遣反対のビラを入れただけで逮捕され、75日も勾留された」一件と記し、「あきれた事件」の一つに挙げている。
 この刑事事件は、本の出版時点で若宮が追記しているように、控訴審で逆転有罪となった(住居侵入罪)。最高裁は今年、上告棄却した(有罪維持)。
 若宮は高裁判決後の追記中に「…確かに行き過ぎだったのだろう。だが、黙秘したとはいえ身元の分かった相手を75日も勾留することはないだろう。そういう非常識がまかり通るのが恐ろしい」と書いている(p.81)。
 こんな若宮の「非常識」こそ「恐ろしい」。<勾留>するか否かは<身元が判明していないか否か>に単純に対応しているのか? 他の要素も当然に考慮されて判断される。
 ⑥ブラントの所作(ポーランドでの跪き)、ワイツゼッカーの(演説中の)フレーズを讃え、「ナチスの断罪を徹底してきたドイツ」の作法はうまかったが、「日本の〔かつての軍国主義・「侵略」に関する-秋月〕それはあまりに下手だった」と書く(p.96)。
 ドイツ・ナチスの「ホロコースト」のような犯罪を日本人・日本軍・日本政府は行っていない。<左翼>にありがちな主張なのだろうが、ドイツと日本の戦前の「罪」を同類のものとして理解する、という大きな過ちに朝日新聞・若宮啓文も(そのことを知りつつ結果としては)陥っているようだ。
 つづけて次のように書く。
 ⑦「隣国のナショナリズムは日本よりも強烈だ」。「しかし、だからこそ…相手の気持ちをどうほぐすか、そこは日本の知恵と度胸が問われているのではないか」(p.96)。
 日本の「ナショナリズム」は強く警戒し批判する一方で、「日本よりも強烈」だという「隣国のナショナリズム」に対して(上の「…」の部分で「言うべきことは言いつつ」といちおう書くが)何と優しい言葉だろう。隣国(中国・韓国)ではなく、まずは日本政府を非難・攻撃する、又は注文をつける、という姿勢で朝日新聞と若宮啓文は一貫していると言ってよい。
 ⑧中国の「反日デモ」と小泉「靖国参拝」を相殺し、次のように提言する。南京事件につき「日本側は規模がどうあれ、市民や捕虜の虐殺という非道の事実を重く受け止める」、小泉首相は「謙譲の精神で靖国参拝をとりやめる」(中国側への提言は省略、p.101)。
 「市民」に紛れこんだ便衣兵は「市民」ではなく、抵抗や脱走をする「捕虜」は捕虜ではなく「兵士」。これらを攻撃することは合法的な戦闘行為で「非道」ではない、という論点があることを天下の朝日新聞・若宮啓文が知らない筈はないと思うが。
 また、若宮啓文はなぜ首相靖国参拝を批判するのか。「A級戦犯」合祀が理由かと思われるが(p.104以降の別の項参照)、ではB級戦犯・C戦犯の合祀はどうなのか、と同趣旨の見解をもち、主張をする人々に対してとともに、若宮にも訊ねてみたい。
 ⑨「勝者は決して非を認めない」。広島への原爆投下につき英国軍幹部は「広島市が受けた懲罰」は「日本全体への報復の一部」と語ったが、原爆投下には種々の問題がある。しかし、「非道の責任を米国にだけ求めるのはフェアでない」。沖縄では日本軍に島民が「集団自決を求められた」等々があったりした。「民間への無差別攻撃を非難する資格が果たして日本政府にあっただろうか」(p.109-110)。
 ここまでくるといよいよ<気味が悪い>。
 ここでは米国を擁護し、旧日本軍をむしろ責める。<反日>・<自虐>そのもの。
 日本の「資格」を問題にするなら、日本軍による「民間への無差別攻撃」の実例を挙げるべきではないのか。また、かりにその実例があったとして、日本は「反省し」、米国にも「反省」を求める、日本は自己批判すべきとしかつ米国も「批判する」ならば分かるが、どうして<米国だけを責めるな、その資格は日本はない>という主張のみになるのか、きわめて不思議だ。
 まず第一に、<日本が悪かった>。この一線から若宮啓文は全く抜け出すことができない。見事に(単純に)、一貫している。こんな人が論説主幹だったのだから、朝日新聞は見事で(単純で)、恐ろしい。
 もう少し記録しておきたいことがあるので、たぶん次回に。

0629/慶賀し、羨望しもする朝日新聞・若宮啓文の書物二つ。

 一 失礼ながら、だいぶ遅れて気づいた。若宮啓文・右手に君が代左手に憲法-漂流する日本政治(朝日新聞社)が2007.03に刊行されている。
 竹島は「いっそのこと…譲ってしまったら、と夢想する」(p.92)とか「ジャーナリズムはナショナリズムの道具ではないのだ」(p.180)等々の若宮の<歴史的>な文章や名言?を含むコラム「風考計」等がこうして書物の一部としてまとめられ、後世に容易に伝えられることは、慶賀に堪えない。
 上の前者の発言を本人も気にしたようで、後者を含む最後のコラムの中で、「国賊」・「反日」等と批判されたとしつつ、①かつての韓国(大韓帝国)併合が「力ずく」ではなく(条約という)「合意」のうえだったと(保守派は)言うのならば「外交交渉」で「領土」を譲ってもよいのではないか、②「共同統治」を唱える韓国人研究者も出現した、などと反論又は釈明している(p.179-180)。
 上の②の論拠についてはすでに触れたことがある。①が論拠・理由にならないことは論を俟たない。
 もともと若宮は竹島の帰属について「歴史の複雑さを考えれば、日本の主張だけが正しいとも言えなかろう」と書き(p.93)、別の何かで韓国(朝鮮)帰属説につながる史料か論文の存在を喜々として?紹介していたような人物だ。
 若宮啓文が羨ましい。「国賊」的、「反日本」的主張をした日本国籍新聞人として、末永くその名をとどめるだろうから。
 あらためてこの本を見てみると(入手-朝日新聞社・若宮の経済的利益にならないように古書で-したのはかなり前だった)、「君が代」を「右」の、日本国「憲法」を「左」の象徴として書名にしているのが面白い。
 「憲法」は「左翼」のシンボルなのだ(そのとおりだ)。
 だが、次の文章は正確ではない-日本国憲法は「自由や民主主義、人権といった近代の普遍的価値をうたい、とくに平和が売り物だ」(p.8)。
 「自由」・「民主主義」・「人権」・「平和」という朝日新聞が選好する<戦後民主主義>的価値が挙げられているのは当然としても、これら(あるいは「平和」以外)を「近代の普遍的価値」と理解するのは間違っている。あくまで、せいぜい欧米「近代」に普遍的なもので、アジア・イスラム世界にまで「普遍的」ではないし、「普遍化」すべきだとも単純には言えない。そもそも「近代」とは何か、も問われる。また、欧米内部においても、これらの価値・主義の評価は国により論者により多様でありうる。
 戦後60年を過ぎてなお上のように簡単に書いてしまえるところに、GHQ史観・東京裁判史観、そして米国により唱導され、見方によれば米国によって押し付けられた「民主主義」観、の強い影響を看取できる。
 若宮は「ただ左手のみを信奉するというものでもない」と書くが(p.8)、本人の主観的な理解のみで「左」か「右」か「まん中」かを評価できないことは言うまでもない。
 二 敬意を表して、若宮啓文・戦後保守のアジア観(朝日新聞社、1995)も-古書で-入手している。
 この本の最初の文章(Ⅰ章)を読んでみる。
 ①「『侵略』を『進出』と書かせるなどしてきた高校教科書の検定事件(一九八二年)」と、これが朝日新聞によるガセ=虚報だったことを無視して、事実だったかのように書いている(p.17)。
 ②戦後50年の国会決議につき「推進」派に肯定的・好意的に言及し、1995年6月に「国会決議」がなされた意味を「軽くはみたくない」としつつ、これには「大きな限界」もあったとする。
 ここでの「国会決議」とは1995.06.09の衆議院の決議のことだが(参議院決議はない)、若宮は意識的にだろうが、「国会決議」と言い換えている。正確ではない。
 「大きな限界」もあった、とするのは、a 欧米の責任も含まれうる文章になっていること、b「侵略」ではなく「侵略的行為」とやや曖昧になったこと、c 「歴史観の相違」があることを前提とするかの文章が含まれていること、を指す(p.9参照)。
 ③1995.08.15の「村山談話」を、かつての「侵略」・「植民地支配」を「国策の誤り」だったと「心からのおわび」を表明した(②の限界を超えた)ものとして、高く評価する。当時の自民党総裁・河野洋平(外務大臣)も「積極的に支持した」と記すことも忘れていない(p.25)。
 この1章は発行年と同じ1995年に書かれている。
 朝日新聞が「村山談話」の基礎にある歴史認識・歴史観をそのまま維持したうえで、13年を経た近時の田母神俊雄論文を感情的に批判したことは明らかだ。
 また、若宮は1995年の段階で、「反省」・「おわび」・「陳謝」等の言葉が明瞭であればあるほどよい旨も述べていた(p.24)。
 若宮啓文と朝日新聞が、「村山談話」の基礎にある歴史認識・歴史観、つまりはGHQ・米国が戦後日本人に刷り込んだ、日本(「軍国主義」・「天皇制ファシズム」)はアジアに対して(道義的・道徳的に)悪いことをした、という単純素朴な歴史認識に立ち続け、国民一般に「左翼ファシズム」の空気を発し続けたことをあらためて確認して、いささかの感慨と寒気を覚える。
 多分に<文学的>でほとんど無意味な叙述だろうが、若宮は東シナ海か対馬の北の海峡上の中空にいて、日本と東アジアのことを考えているような人だと思う。日本の土のうえにきちんと立っているとは思われない。
 なお、かくのごとく、朝日新聞、同関係者、日本共産党、同関係者の本や文章を読むことを私は全く遠慮しないし、嫌がりもしない。これら(の者たち)に<洗脳>されない自信が十分にあるので。 

0625/<左翼ファシズム>の司祭者兼先兵の朝日新聞による田母神前幕僚長の<思想>狩り。

 一 田母神論文「事件」について書こうと思っていたら、月刊正論1月号(2008.12発売)に、百地章「思想信条をめぐる朝日新聞の恐るべきダブルスタンダード」(p.84~)が載っていた。言いたいことを、100%ではないが、代弁してくれている。
 百地論文を参考にしつつ全面的には依らないで書くが、そもそも田母神論文(の公表)の一体何が問題とされたのか。何を理由として「更迭」され「事実上の罷免」(形式的には自発的辞職・退職だったか?)をされたのだったのか。
 考えられる第一は、公務員、とくに防衛省職員、とくに自衛隊幹部が<政治的>発言をした(<政治的>論文を結果として公表した)ことだ。
 先日の日曜日ではなく数回前のTV番組「~何でも言って委員会」で、映画監督らしい崔洋一は(余計ながらこの人は帰化日本人なのか外国籍在日者なのか、後者ならば日本国籍者と全く同等に「日本国」の問題を語る資格はないと思われる)は、公務員なのだから<法律違反では。政治的発言・行動を禁止する法律があるんでしょ?>とかの発言をしていた。
 日本国民にもありがちな無知だ。国家公務員に対する懲戒処分の対象となる「政治的」行為は具体的には人事院規則14-7が定める特定の政治的「目的」をもつ特定の態様の政治的「行為」に限られている。自衛隊員は「特別職」であるため国家公務員法・人事院規則の直接適用はないが、自衛隊法・同法施行令(政令)が同様の定めを設けている(法律61条1項・政令87条)。
 日本のかつての歴史につき一定の認識・見解を示し発表することなどは、広義には<政治的>意味をもちうるとしても、自衛隊法・同法施行令が定める、制裁対象の一つ(自衛隊法46条3項)としての「政治的行為」では全くない。従って、防衛大臣が懲戒処分をすることができなかったのは(かりにその気があっても)、至極当然のことだ。
 第二は、現在の内閣も継承しているとされる<村山談話>に抵触する(かもしれない)見解を航空幕僚長の肩書で公表したことだ。
 この点については種々の見解があるものと思われる。百地章は、田母神論文は「私的なもの」だが「航空幕僚長の肩書で政府見解に抵触する恐れのある論文を公表したのは慎重さに欠けていた」、と言う(上掲誌p.84)。<保守>派でもかかる感想・意見は多いかもしれない。
 (だが、例えば安倍晋三内閣の憲法改正路線にどこかの省の事務次官又は局長クラスが抽象的にせよ異を唱える論文を何かに発表した場合をかりに想定すると、朝日新聞は決して当該事務次官・局長を批判せず、公務員にも「表現の自由」あり、内閣の脚元から反旗、などと書いて行政公務員の側を擁護しさらに煽り立てたのではないか、と思われる、ということを考慮すると、私見は留保しておきたくなるが…)。
 上掲誌p.170~の石川水穂「マスコミ走査線」を参照すると、後述の朝日新聞との対比では、読売新聞と日経新聞の最初の関係社説は、この第二点を問題にして、田母神俊雄(論文)を批判している、と位置づけられると思われる。また、麻生太郎総理をはじめとする政府当局の立場はこの第二だろう。
 第三は、<日本が侵略国家だったというのは濡れ衣だ(=日本は「侵略」国家ではなかった)>等という論文の基本的内容自体だ。

 朝日新聞は11/02社説で、田母神俊雄を「ゆがんだ考え」の持ち主と断じて、自衛隊のトップにいたことに「驚き、あきれ、そして心胆が寒くなる…」と感情を露わにして書き、また、「一部の右派言論人らが好んで使う、実証的データの乏しい歴史解釈や身勝手な主張」が「これでもかと並ぶ」、等々と弾劾した。この朝日新聞の主張は、上の第二点を問題にしているのではなく、「考え」・「主張」自体を「歪んだ」ものとして批判・糾弾している。
 毎日新聞同日社説も「トップがゆがんだ歴史観とは」とのタイトルになっており、政府見解(村山談話)との間の齟齬も問題にしているが、ほぼ朝日新聞と同じスタンスだ。
 以下、かなり百地論文を参考にするが、朝日新聞等の「考え」・「主張」=「思想」(+その表現)批判は、百地が指摘するように「恐るべきダブルスタンダード」(=「ご都合主義」)だ。
 すなわち朝日新聞は、同じ行政公務員の「思想」やその表現行為であっても、朝日新聞社の社是(?)とは異質な「思想」(+その表現)は厳しく批判し、同質の「思想」(+その表現)については何ら問題にせず、問題視しようする主張に対しては「思想(内心)の自由を守れ」・「表現の自由を守れ」(公務員にも思想・表現の自由を!)と主張して、批判者をむしろ自由抑圧者として批判する、という態度を採ってきている。
 百地は国歌(斉唱)・国旗(掲揚)に関する例を挙げている。百地の指摘するように、朝日新聞は、「私は」を主語とする内閣総理大臣(村山)談話(但し、閣議了解あり)以上に法的意味は重い形式、つまり法律でもって「君が代」と所謂「日の丸」が国歌・国旗と定められているにもかかわらず、そして公務員ならばその(違憲ではない)法律の趣旨を尊重して当然であり、また国歌・国旗としての決定には当然に起立斉唱と掲揚の要請が付随すると解するのが自然であるにもかかわらず、国旗掲揚や国歌(君が代)斉唱に反対する公立学校教員(公務員)を、「思想(内心)の自由」を侵害するな、<強制>するな、と主張して擁護してきたのではなかったのか。
 田母神論文は過去の日本についての「歴史認識」・「歴史観」を吐露したにすぎない。かつ、実質的には個人的な首相談話に抵触する可能性が高いにすぎない。一方、君が代斉唱反対教員たちは、現在にある問題につき、かつ法律で定められた(文部省の学習指導要領にも書かれた)事項について、これと矛盾する言動をしている。さらに、たんに「考え」・「主張」を表明しているのみならず、生徒等を誘導(事実上の「強制」も中にはあるだろう)したり、自ら起立しない、歌わない等の具体的な<行動>までしている。
 国家>国会>内閣総理大臣の意向と抵触している程度は、田母神俊雄と君が代斉唱等反対教員たちとで、いったいどちらが大きいのか。
 しかるに、朝日新聞は田母神の「思想」を糾弾し、君が代斉唱等反対教員たちについては公務員にも「思想(内心)の自由」はある(そして特定の行動へと「強制」するな)、と主張している。
 これを「恐るべきダブルスタンダード」(=「ご都合主義」)だと表現せずしていかなる形容句があるだろうか。
 もっとも、各新聞社(や社説執筆者)にも「思想の自由」・「表現の自由」はあるので、「思想」の具体的中身によって評価を変える、ということは十分にありうることだ。そのこと自体を批判するつもりはない。
 だが、特定の「考え」・「主張」についてのみ「思想(内心)の自由」・「表現の自由」を持ち出して擁護することを許してはならない。かかる姿勢こそを、<ダブル・スタンダード>・<ご都合主義>と呼ぶ。
 「思想(内心)の自由」・「表現の自由」は基本的には(憲法上の内在的制約があるとすればその範囲内で)いかなる内容を持つものであっても擁護され保護されなければならないのではないか。
 上の点を全く意識せず、自社の社是?に合致する「思想」のみを擁護し、そうではない「思想」は糾弾し封殺しようとするのは、<ファシスト>のやることだ。
 朝日新聞は<左翼ファシズム>の司祭者であり先頭に立つ担い手になっている。
 朝日新聞の11月初めの社説は「更迭」では済まされない「重大」な「過ち」だとも書いている。
 「更迭」以上の制裁を要求しているのであり、これは一種の<思想狩り>を要求している、と言える。自分たちの気に食わない「歴史認識」・「歴史観」の存在自体が許されないのだ。これまた、<ファシスト>の感覚だろう。
 二 朝日新聞は11/12社説では「『言論の自由』のはき違え」と題して、「自衛隊員にも言論の自由はある」が、「相応の制約が課されるのは当然」で、政府見解等と異なる「歴史認識を公然と発表」する等の「『自由』があろうはずがない」と主張している。
 田母神俊雄の「言論の自由」に少しは配慮した書きぶりになっているが、石川水穂も指摘するように(上掲誌p.172)、ここにも「ダブルスタンダード」がある。
 公立(国立を含む)学校教員(教育公務員)にも「言論(←思想・内心)の自由はある」が、青少年たちの公教育を担う重要な職務をもつ教育公務員に「相応の制約が課されるのは当然」で、国民代表議会=国会が定めた法律に「公然」と反する<言動>を行う「『自由』があろうはずがない」のではないのか。
 三 この問題については多数のコメント等が「論壇」誌に出ている。立花隆田原総一朗等も月刊現代(講談社)の廃刊前最終号(1月号)で朝日新聞と同じことを語っていて、唖然とする。長くなったので、別の機会に言及する。

0608/岩田温・チベット大虐殺と朝日新聞(オークラ出版)ほか。

 一 いつになるときちんと読めるのか分からないが、岩田温・チベット大虐殺と朝日新聞(オークラ出版、2008.09)を入手。
 帯にある目次(内容見出し)を見るだけでもなかなかにスゴい。以下、丸うつし。
 「はじめに-朝日新聞の呪縛から自由になるために
 第1部 朝日新聞のチベット報道
 第1章 豹変する朝日新聞(1945~1956)
 第2章 無神論集団・朝日新聞の暴走(1956~1959)
 第3章 口をついて出る朝日新聞の「嘘」の数々(1960~1980)
 第4章 中立を装う悪質な偽善集団・朝日新聞(1980~2008)
 第2部 朝日新聞が伝えないチベット問題の真実
 第5章 朝日新聞が報道しないチベット侵略の歴史
 第6章 中華思想という侵略イデオロギー
 第7章 中国に媚び諂う恥ずべき政治家の面々
 第8章 日本が赤旗に侵略される日~長野「聖火リレー」レポート~」
 帯にはまた、「1945年からの朝日新聞のチベット報道約6000件を徹底検証」ともある。
 著者は今年、25歳。
 二 朝日新聞といえば、月刊雑誌・論座は10月号で休刊した。同号の表紙には「進化を続ける『論座』的空間」とあるが、「『論座』的空間」が「進化を続け」ていれば月刊雑誌・論座が休刊(廃刊)する筈もなく、この雑誌の最後の<大ウソ>。
 要するに、売れなかった、購読者が少なかったのだ。
 週刊朝日、アエラ、そして朝日新聞本体も、「休刊」していただきたい。そして朝日新書も。いずれは朝日新聞社自体の消滅を。そうなれば、将来の日本に期待が持てる。

0588/安本美典『「邪馬台国畿内説」徹底批判』を全読了。ここにも朝日新聞が。

 安本美典・「邪馬台国畿内説」徹底批判―その学説は「科学的」なのか(勉誠出版、2008.04)は数週間前に全読了している。
 「邪馬台国畿内説」が成立し難いことは安本によってすでに以前から既得の知識になっている。だが、あらためて<学問>というもの、及び朝日新聞のヒドさを考えさせる本だ。
 厳しい批判の対象になっているのは、まず、白石太一郎
 濃尾平野に古墳が出たことをもって邪馬台国の「南」(畿内説だと「東」と読み替える)にあったという狗奴国と関連づけたのは白石太一郎。この白石にも依りつつ、朝日新聞の2004年2月17日~19日の3回連載は白石らの「邪馬台国畿内説」(濃尾地方狗奴説)を大きく取り上げた、という。
 旧石器捏造事件に言及して安本はいう-「考古学とは『自浄作用のまったくない学問』の別名なのか」(p.84)。
 白石太一郎の文章を長く引用して安本はいう。
 ・「乱暴かつ粗雑きわまる議論というほかはない」(p.87)。
 ・「…などの断言も、まったく信用できない。…そもそも異論を承知の上で、『疑いない』などと断言をする権威主義的な人の議論は、信用しない方がよい」(p.91-92)。
 ・「要するに、白石太一郎氏の議論は、検証や論拠を欠いた議論のオンパレードなのである」(p.92)。
 なお、朝日新聞は、1992年11/06、2001年2/02にも「邪馬台国畿内説」に大きく傾いた記事を出している(p.93-97、後者の執筆は、編集委員・天野幸弘)。
 また別の箇所で、安本はいう-「白石氏の議論は、検証可能な方法、事実をたしかめる方法、あるいは科学的な方法によっていない。/みずからの観念、あるいは、思い込みを優先するものである。…、白石氏のような、ことばだけの議論が許されるのなら、どんな議論でも成立する」(p.147)。
 第二の大きな批判対象になっているのは、樋口隆康
 安本によると、樋口隆康は、いくつかの古墳の発掘結果を「キッカケとし、あるいは材料として、すべてを『邪馬台国畿内説』の立場から解釈し、結びつけ、マスコミを通じての大々的な宣伝をくりかえすという挙に」出ている。結果の発表内容は、「事実についての解釈の相違という範囲をはるかにこえている。無根の事実をまじえるものとなっている」(p.155)。
 また言う-「誤りが指摘されていようと、くわしい批判が行われていようと反論は行われない。一切無視し、旧説を墨守して、みずからに都合のよいと思われることは、マスコミなどで何度でもくりかえしてPRする。…樋口隆康氏は、この種の非実証的・非科学的・空想的な議論を、くりかえして」いる(p.166)。
 かかる類の文章の引用はまだ多いが避ける。だが、次の指摘は、<学問風土>にかかわって、興味を惹く。
 「京都大学は近畿に」あり、「地の利」があって、「京大勢がリーダーになりやすい。現在、京大を中心とする考古学者たちは、どんなに論理的に無理があろうと、『三角縁神獣鏡=卑弥呼の鏡説』〔=邪馬台国畿内説〕に固執してやまない。強力な刷り込みが行われると、そうなるのであろう」。
 邪馬台国北九州説=東京大学、畿内(大和)説=京都大学というバカバカしい対立がある(あった)と随分前から読んでいたが、少なくとも京都大学については現在でも続いているようだ(アホらしい)。考古学では京都大学所属の小林行雄の存在が大きかった、立命館大学にいた古代史学者(邪馬台国畿内説)・山尾幸久も京都大学出身、というのもすでに持っている知識の断片だ。
 もっとも、安本美典自体が京都大学文学部出身だが(但し、歴史・考古学専攻ではなかった)、同大学出身で伝来的アカデミズムから自由な(毎日新聞→大学教授)岡本健一は、京大国史出身の原秀三郎から「京大の連中はオウム真理教だよ。秀才…が入ってきて、そこで三角縁神獣鏡を見せられ、小林イズムを徹底的にたたき込まれれば、おのずからああいうふうになってしまう」と聞いた、という(p.186)。
 元に戻って、三角縁神獣鏡(卑弥呼が魏から貰った鏡と畿内説論者は主張している)の成分調査(結果は畿内説に有利とも解釈できた)に関して、読売新聞2005年3/25夕刊が「ずさんな成分調査」との見出しで批判的記事を書いたが、朝日新聞は「完全な誤り」説をいっさい紹介しなかった、という(p.203-204)。
 この問題でも樋口隆康は「ご都合主義」を発揮したのだったが、安本美典の批判は朝日新聞にも向けられている。
 「この種の疑問を、これまでにもしばしば指摘されている樋口隆康氏などの発表を、なんのチェック機能もはたらかせず、部数数百万部といわれる新聞の一面で報じ、その後、何のフォローもしない、『朝日新聞』の姿勢などは、どんなものであろう。/私は『季刊邪馬台国』誌上に『朝日新聞社への公開質問状』をのせたが、かえってきたのは、きわめて不まじめな、木で鼻をくくったような回答であった。/情報を売る会社は、欠陥のある情報を、製造・販売しても、なんの責任も、とらなくてよいのか」。
 一部の「学問」関係者と一部の(朝日新聞等の)マスメディア関係者との間の<結託>が、古代史・邪馬台国をめぐっても存在するようだ。
 問題は、古代史・邪馬台国に限られない。近現代史についても、朝日新聞はれっきとした独自の<歴史観>をもち、学者を<選別>していることが想起されてよい。
 いつぞやマルクス主義又は親マルクス主義ではないと、少なくとも<反・反共>でないと政治学系の大学院学生の大学への就職は困難である旨を中西輝政が月刊諸君!上で率直に語っていて印象に残ったことを書いたことがある。似たようなことは、少なくとも関西での「考古学」分野でもあるようだ。安本美典は、以下のように書く。
 「はじめに邪馬台国畿内説ありき」。何故かというと、「そのように教育されたから」。何故「そのような教育が行われたのか」というと「京都大学を中心にして、…そのような教育システムができあがっているから」。「その教育システムからはずれれば、就職も生活も出世も不利となる可能性がある」(p.330)。
 また言う-「関西を中心とする考古学関係の新聞記者なども、『邪馬台国畿内説』の立場から教育をうけており、そこから発信される情報が全国紙にのる傾向をもつ」(p.331)。
 「全国紙」に、あるいは「全国」版に載せてもらうためには、理論的・学問的にはどうであれ、近畿地方での古墳発掘結果等の報道記事は<邪馬台国>問題と関連づけて書かれる必要があり、そのためには、それに有利なコメントをしてくれる学者・調査関係者が必要になる……。
 新聞記者、ジャーナリストも<堕落>したものだ。むろん、調査の補助金等を獲得するために<政治的>に動いている面があることを否定できないと思われる学者・(国立)橿原考古学研究所関係者も<堕落>している。
 南京事件、「百人斬り」競争、慰安婦「強制」連行、住民集団自決「命令」、東京裁判等々、<学者・研究者>と<マスメディア>の関係は、ある部分ではきわめて緊密だ。
 古代史・邪馬台国問題でも似たような状況にあるようで、ここにも陰鬱な気分にさせる原因の一つがある。いちいち気にしていると、生きていけないが。

0581/戒能通孝と朝日新聞・本多勝一-日本無罪論と南京「大虐殺」否定論にかかわって。

 小林よしのり・パール真論(小学館、2008)は読み終えていない。だが、すでにいろいろと知らなかったことを書いてくれている。
 1 日本の被占領が終わった日・1952年4月28日に、バール判事・田中正明編・日本無罪論-真理の裁き-が出版されたが、翌5月28日の読売新聞紙上の書評欄で、戒能通孝は、この出版を「誠に奇怪とし、遺憾とする」、「この題名」では「絶対に通用させたくない」と書き、さらに「本書のようなインチキな題名」の本が一掃されるのを「心から切望したい」とまで述べた(p.190)。
 「この題名」とは<日本無罪論>というタイトルを指す。
 小林は、この題名がパールの意向に添ったものであったことを論証的に叙述している。
 あの戦争についての<日本有罪>論が当時の知識人をいかに強く取り憑いていたかの証拠の一つでもあろう。
 戒能通孝は、記憶のかぎりでは(あの)岩波新書で入会権について書いていた。
 ちなみに、戒能通厚(1939~。東京大学→名古屋大学→早稲田大学)は通孝の実子で、この人は元民主主義科学者協会法律部会々長(理事長?)だったらしい。親子そろっての日本共産党員かと思われる。
 2 朝日新聞の(あの)本多勝一は、1972年に、既連載の「中国の旅」を単行本化した。同年に田中正明は、「日本無罪」を題名の一部とする、編書を含めて三冊目の本を出版した。小林よしのりによると、「日本人が自ら東京裁判史観を再強化」しようとする本多勝一の本のキャンペーンを「黙視するに忍びなかったからに違いない」(p.205-6)。
 メモしておきたいのは以下。
 田中正明は1985年に、『松井石根大将の陣中日誌』を出版した。小林によると、陣中日誌を公表して南京「大虐殺」の虚妄を示す決定的な史料にしたかったようだ。
 この田中書に対して、板倉由明が『歴史と人物』という雑誌上で一部の「改竄」を指摘した。不注意(誤読)の他に、主観的には善意の、意図的「改竄」(原文の修正)もあったらしい。
 板倉由明は田中正明個人に対しては「悪意も敵意もなかった」。歴史家としての客観的で正当な指摘も多かったのだろうと思われる。
 ところが、この板倉由明論文が載る雑誌の発売日の前日11/24に、朝日新聞は、「『南京虐殺』史料に改ざん」という見出しの「8段抜きの大々的な記事」を載せ、翌11/25には「『南京虐殺』ひたすら隠す」という見出しの「7段の大きな記事」を載せた。執筆した記者は、本多勝一。南京「大虐殺」否定論に立つ田中正明の本を徹底的に叩くものだった。
 小林よしのりは言う-「朝日新聞が2日連続でこれだけ多くのスペースを割いて、たった一冊の本を批判した例など前代未聞」だった(p.209)。
 朝日新聞および本多勝一は田中正明の基本的な主張に反論できず、板倉由明論文を利用して「田中個人の信頼性をなくそうという意趣返し」をやった(p.209)。
 小林よしのりのこれ以上の叙述の引用等は省略するが、朝日新聞はこの当時とっくに異様な<左翼謀略政治団体>だったわけだ。
 <売国奴>という言葉は好きではない。だが、一人だけ、本多勝一にだけは使ってもよい、と思っている。

0573/祝・朝日新聞社『論座』休刊-週刊文春7/10号・宮崎哲弥による。

 週刊文春7/10号p.117、宮崎哲弥のコラム「仏頂面日記93」によると、こうある。
 「朝日新聞社のオピニオン雑誌『論座』の「休刊」が決まったらしい。十月号がファイナル・イシューになるらしい」。
 宮崎は残念そうな言葉も漏らしているが、<左翼政治謀略団体>朝日新聞社の出版物が減ることは、日本の国民と国家にとってよいことだ。「休刊」とは実際は「廃刊」を意味するはずで、<左翼政治謀略団体>発行の月刊論壇誌が消えるとは喜ばしい(別の名前で再登場の可能性はある)。とても気持ちの良いニューースだ。宮崎哲弥の情報の信憑性が高いことを強く期待する。

0549/相変わらず<異様な>朝日新聞6/13社説-バウネット期待権・最高裁判決。

 被取材者の「期待権」の有無等を争点とする最高裁判決が6/12に出て、当該権利の侵害を主張してNHKに損害賠償を請求していた団体側が敗訴した(確定)。
 産経新聞6/13社説は言う-「この問題では、訴訟とは別に、朝日新聞とNHKの報道のあり方が問われた。/問題の番組は平成13年1月30日にNHK教育テレビで放送され、昭和天皇を『強姦と性奴隷制』の責任で弁護人なしに裁いた民間法廷を取り上げた内容だった。〔二段落省略〕/朝日は記事の真実性を立証できず、「取材不足」を認めたが、訂正・謝罪をしていない。/NHKも、番組の内容が公共放送の教育番組として適切だったか否かの検証を行っていない。/朝日とNHKは最高裁判決を機に、もう一度、自らの記事・番組を謙虚に振り返るべきだ」。
 しごく当然の指摘で、朝日新聞をもっと批判してもよいし、北朝鮮の組織員が検事役を務めていた等の「民間法廷」の実態をもっと記述してもよかっただろう。配分された紙幅・字数に余裕がなかったのだろうが。
 一方の朝日新聞の6/13社説。相変わらずヒドい、かつ<卑劣な>ものだ。
 第一に、原告のことを「取材に協力した市民団体」とだけしか記していない。正確には「『戦争と女性への暴力』日本ネットワ-ク」で、略称「バウネット」。第一審提訴時点での代表は松井やより(耶依)で、元朝日新聞記者(故人)。この団体主催の集会に関する番組を放送したNHKに対して安倍晋三と中川昭一が<圧力>をかけたとして、4年も経ってから政治家批判記事を朝日新聞に書いた二人のうち一人は本田雅和で、この松井やよりを尊敬していたらしく、松井の個人的なことも紙面に載せたりしていた。「訴訟とは別に」問われた朝日新聞の「報道のあり方」の重要な一つは、この記者と取材対象(団体代表者)の間の<距離>の異常な近さだった。
 第二に、原告ら主催の集会の内容について、朝日新聞は直接には説明しておらず、「旧日本軍の慰安婦問題を取り上げたNHK教育テレビの番組」と、番組内容に触れる中で間接的に触れるにすぎない。昭和天皇を「性奴隷」の犯罪者として裁こうとする(そして「有罪」とした)異常な(むしろ「狂った」)集会だったのだ。
 上の二点のように、朝日新聞は自分に都合が悪くなりそうな部分を意識的に省略している。
 第三に、「勝訴したからといって、NHKは手放しで喜ぶわけにはいくまい」と書いて、広くはない紙面の中で異様に長くかつての高裁判決に言及して(「安倍晋三」の名も出している)、「政治家」の影響に注意せよとの旨を述べている。
 「勝訴したからといって、NHKは手放しで喜ぶわけにはいくまい」というのはそのとおりだと思うが、NHKが反省すべきなのは、北朝鮮も関与した<左翼>団体による<昭和天皇有罪・女性国際法廷>の集会の内容をほとんどそのまま放映するような番組製作とそれを促進したディレクターを放映直前まで放置してしまったことだ。朝日新聞社説は全く見当違いのことを主張している。
 第四。朝日社説は最後にNHKについてこう書いた。-「NHKは予算案の承認権を国会に握られており、政治家から圧力を受けやすい。そうであるからこそ、NHKは常に政治から距離を置き、圧力をはねかえす覚悟が求められている。/裁判が決着したのを機に、NHKは政治との距離の取り方について検証し、視聴者に示してはどうか。/『どのような放送をするかは放送局の自律的判断』という最高裁判決はNHKに重い宿題を負わせたといえる」。
 よくぞまぁ他人事のようにヌケヌケと語れるものだ。自社について、次のように書いてもらいたい。
 <朝日新聞(社)は幹部・論説委員等を<旧マルクス主義者又は左翼>に握られており、<左翼>から圧力を受けやすく、また自らが<左翼>団体そのものになる可能性がつねにある。そうであるからこそ、朝日新聞(社)は常に<左翼>的「市民団体」から距離を置き、圧力をはねかえす覚悟が求められている。/裁判が決着したのを機に、朝日新聞(社)は<左翼>的「市民団体」を含む<左翼>との距離の取り方について検証し、読者に示してはどうか。/『どのような報道をするかは報道機関の自律的判断』という旨の最高裁判決は朝日新聞(社)に重い宿題を負わせたといえる。
 以上、とくに珍しくもない、相変わらず<異様な>朝日新聞社説について。

0538/高山正之の単行本を一部読む-朝日新聞は<逆らう者を容赦しない>。

 高山正之・変見自在/スーチー女史は善人か(新潮社、2008.02)は、週刊新潮の連載コラム・2005.03~2006.05の分を一冊にまとめたもの。
 アンサン・スーチーとは軍部独裁政権に抵抗している立派な人物というイメージを日本のマスメディアを通じて抱いてしまっていたが、高山正之によると、ビルマ人の努力をぶち壊し、植民地時代の支配階級や現不満分子を糾合して政権奪取を狙い、英国はうしろで「舌なめずり」をしている、らしい(p.41-42)。いささか驚いた。たしかに悪辣な政権だったら、堂々と正規の手続を経て、又は事実上の秘密工作によって、彼女一人の生命くらいは何とでもしていただろう、とは思う。
 朝日新聞の記事の日付の明記や内容の引用が字数のためもあってか殆どないのは残念だが、朝日新聞に対する批判は鋭い(たぶん読んだことのあったものもあるだろう)。
 「はじめに」によると、1966年の全日空・ボーイング722羽田沖墜落事故につき、人為ミスではなく機体欠陥説を採ったのが朝日新聞で、事故後10余年後に機体欠陥説を疑問視した某全日空機長を総合面トップ記事で徹底的に批判したのだ、とか。一方、ボーイング722は高性能機としてその後も売れ続け、機体欠陥等を窺わせる事故は一件もなかった…。だが、全日空は朝日新聞の記事の影響を受けて、当該機長を「懲戒処分」にした。高山正之は次のように書く。
 「朝日新聞の権威に逆らう者に朝日は容赦しない。紙面を使って糾弾し、世間もそれにひれ付させ、朝日を怒らせた者の処罰を強いる。朝日は神の如く無謬というわけだ」。
 上杉隆・官邸崩壊(新潮社、2007)を読んで、上杉は安倍晋三を含む内閣や関係政治家を坦々と批判しており、当たっている部分もあるとは思った。しかし、2007参院選で安倍・自民党を敗北に追い込んだマスメディア、とくに朝日新聞に対する批判的言及が全くないこと、というよりも、マスコミ側の問題点には一切言及しようとせず、安倍・自民党側の問題点のみを縷々指摘・叙述していたことが印象的だった。
 そして思ったものだった。この、ジャーナリストとして世にに出たい上杉隆は、安倍晋三・政府・自民党などよりもはるかに、マスコミ、ジャーナリズム業界、とくに朝日新聞社を敵に回したくないのではないか、と。ジャーナリズムの世界で生きていくためには、政権・与党を批判することは簡単だが、同業者、とくに実質的「権力」と執拗さとを持ち合わせている朝日新聞を批判することは(生活のためにも)容易ではないのではないか、そのように感じている独立の(大学等の組織に所属していない)文筆業者(=売文業者)は多いのではないか、と。
 朝日新聞の社論と調子を合わせない者を「容赦しない」、「紙面を使って糾弾」しすらする、という高山の指摘はそのとおりだろう。2007年の最大の攻撃対象は安倍晋三だったわけだ。
 やや逸れたが、そのような朝日新聞の犠牲となり「ある時点で消えた」人物として、高山は「はじめに」の中で、竹山道雄(『ビルマの竪琴』の著者)を挙げている。「身内の平川祐弘・東大教授」は、竹山が朝日新聞の意図に沿って原子力空母エンタープライズ「寄港反対を言わなかった」ために、「紙面で執拗に因縁をつけ続け」られ、「社会的に抹殺」された、と何かに書いた、という。
 そのような朝日新聞にとって都合のよいコメントを発してくれる大学教授(学者)は愛用される。だが、都合が悪くなると「使い捨て」られる。高山正之は若干の具体例を挙げている。紹介して、記録に残しておく。
 ・天児慧(早稲田大学)中国を盟主にした<東アジア共同体>構想に賛同して、朝日新聞のご機嫌をよろしくした。しかし、2005年の4月に「新しい歴史教科書」の検定合格があり、批判をこの天児慧に「やらせた」ところ、天児自身が検定合格に関与した、検定を委嘱されていた者の一人だったことがのちに判明した。朝日は「多分、ばれないから大丈夫」とか説得したのかもしれないが、「この非常識はあっさり露見し、彼は世間の非難を浴び、魂を売った学者と指弾された」(p.49-52、初出2005/05.19号)。
 ・荒井信一(駿大名誉教授)戸塚悦郎(龍谷大学)-1900年代の韓国「保護国化」交渉会場を隣接の米公使館から見ていた公使の報告書を荒井信一が発見したとし、「脅迫されて…サインした」という雰囲気を伝える記事を書き、戸塚悦郎が「強制があったことを示す第一級資料」と評価するコメントをした。この記事は二人の教授の「新たな朝日のお抱え教授になったお披露目のつもり」だっただろうが、当の公使が属するアメリカは保護国化を見越して公使館閉鎖をすでに決定しており、当該公使は「最後の」駐韓公使だった、韓国は公使館閉鎖に再考を求めたが韓国には「統治能力も自衛能力もない」と訴えを斥けた…(p.143-5、初出2005/11.24号)。要するに、当時のアメリカは日本の対韓国行動を何ら非難・批判していなかったわけで、公使の報告書も対日本批判の意味は全くない、ということのようだ。そして、高山は書く。
 「米公使の言葉尻を捉えて朝日の気に入る自虐史観の捏造に協力していると、あまりいい将来は期待できない」(p.146)。
 こういう新しい?「お抱え学者」=「朝日御用学者」の登場には、藤原彰・一橋大学教授の死去、北朝鮮の拉致を否定し続けた吉田康彦(元埼玉大等)の実質的退場、後藤乾一(早稲田大学)の日本軍が東ティモールで4万人殺戮とのウソの発覚、倉沢愛子(慶応大)の日本軍がスマトラで3000人虐殺とのウソの発覚、古田元夫(元東京大)の日本軍がベトナムで200万人餓死させたとのウソの発覚、等が背景にある、と高山正之は指摘している(p.51、p.144)。
 だが、朝日新聞の紙面に登場しなくとも、<インテリは朝日>とでも根拠なく<思い込んで>、同じことだが、そのような観念に<とり憑かれて>、朝日新聞のみを毎日読んで、自然に<左翼>になっている多数の大学教授がいることにも留意しておく必要があろう。むろん、<左翼>だからこそ、朝日新聞一紙のみを講読している者も少なくないに違いない。

0514/大原康男の本を読み続ける。戦争と「朝日新聞」らの世論、「十五年戦争」。

 一 大原康男・天皇-その論の変遷と皇室制度(展転社、1988)をさらに読み続けて、p.188まで。
 1 戦前は天皇・皇室自体に固有の財産があったようだが、戦後は三種の神器・宮中三殿・微少の有価証券類を除いて、皇居・御用邸・陵墓等は国有財産となった。国有財産のうちの行政財産のうちの皇室用財産だ〔他に公共用財産・公用財産等の種別がある〕。大原・上掲書の「戦後の皇室の民主化を問う」によると、昭和62年(1987年)の「内廷費」総額は約2億5700万円(p.154)。この費用で一般の「祭祀」は行われるが、「仄聞するところによれば、祭祀費のやりくりも決して楽ではないとのこと」(p.155)。英国・エリザベス女王の財産は7600億円、チャールズ皇太子のそれは770億円で、別途国家からの王室費も計上されているとか(p.154)。
 2 上の本のうち「昭和史の教訓―政治と軍事と」によると、杉森久英はエッセイ集(『昭和史見たまま』)の中で、昭和10年代の「軍国主義全盛」は「第一次大戦後の戦争反対、軍事否定、軍人蔑視の風潮がみずから招いたものだといえなくもないだろう」と書いた。第一次大戦後の欧州を席巻した戦争嫌悪・平和主義の気分が日本にも及び、「軍縮」が「世論の圧倒的支持の下」で断行された(p.175)。
 軍人だった武藤章は、第一次大戦の中頃からの世界での「軍国主義打破、平和主義の横行、デモクラシー謳歌」を「日本国民」は「日本軍人」に対して向けた。軍人に「嫌悪の眼をむけ」、ときには「露骨に電車や道路上で罵倒した」とのちに書いた(p.176)。
 また、杉森久英は満州事変以降は「冬の時代」の「屈辱と怨念」を晴らす「軍人の復讐」だと書いた、という(p.177)。
 <大正デモクラシー>の中にあった「ゆき過ぎた反軍感情」等を大原は問題にしている。そして、「滔々たる平和主義・厭戦思想・反軍感情の奔流」を前に、軍の立場は弱くなり、かつ政党も政治家も「政治と軍事との関係、国務と統帥との関係、政略と戦略との関係」を根本的に見直すことを怠った、旨を述べている。
 <天皇論>からある程度離れるが(「統帥権」問題では関係する)、上のようなことは戦後日本の「平和主義・厭戦思想・反軍感情」(の「滔々たる」「奔流」?)についてもある程度は示唆的だ。すなわち、軍事を知らずして、軍事を忘れて(=軍事・軍人をバカにして)、平和を語れるのか?、平和を維持できるのか?、ということだ。
 二 ところで、第一次大戦後の日本の「世論」は<戦争嫌悪・平和主義の気分>で、「軍縮」も圧倒的に支持したようだが、北岡伸一・政党から軍部へ/日本の近代5(中央公論新社、1999)によると、1931年の満州事変勃発後のある時点では「世論の方が前に出つつあり」、関東軍はそれをうまく利用した(p.162)。また、より一般的に「『大阪朝日新聞』に代表される進歩的と目される新聞まで、一斉に事変を支持」していた。
 反対にせよ賛成(支持)にせよ、「世論」とそれを形成する新聞等のマスコミの影響力は怖ろしいものだ。かつての満州事変以降の事変や戦争につき、朝日新聞他人事のように断罪し、政府・軍部要人の<責任>を糾弾しているが、かつての自らも<戦時体制>の中にいたことを忘れてもらっては困る。
 三 さらに離れるが、マルクス主義的歴史学者を中心に、満州事変開始(1931.09.18)から1945年の八・一五の敗戦詔勅(又は9月の降伏調印?)までを「十五年戦争」と呼ぶことがある。実際には14年間足らずしかないのだが。
 もっとも「十五年戦争」という語は一般化してはおらず、上の北岡伸一著は使っていない(索引にもない)し、有馬学・帝国の昭和/日本の歴史23(講談社、2002)も同様だ。また、あの?岩波書店による岩波新書の加藤陽子・満州事変から日中戦争へ/日本近現代史⑤(2007)ですら、「十五年戦争」という語は使っておらず、索引事項にもない(但し、私は「支那事変」のことを「日華事変」と習った世代だが、今は1936年以降は「日中戦争」と称することが多いようだ)。
 しかるに、先日言及した、デアゴスティーニの昭和タイムズの昭和6年号(第30号、2008/5/13号)は、満州事変について「15年戦争の発端となった関東軍の一大策略」との大きな文字の見出しで記述している。
 デアゴスティーニのこの雑誌(冊子?)は、いったいどういう傾向の歴史専門家が文章を書き、特定の概念を使っているのだろうか? 歴史専門家が書いているのではないとすれば、記述者はいったいどんな書物を読んで文章をまとめ、見出しをつけているのだろうか。
 大原の皇室論からだいぶ離れたが、<左翼>は気味が悪く、怖ろしい。映画にも本にも冊子にも(むろん新聞にもテレビにも)何食わぬ顔をして棲息している。

0490/「政治謀略」新聞・朝日と現憲法九条二項。

 朝日新聞(社)が<政治運動>団体であるのは明瞭だが、読売新聞や産経新聞もまた<政治的>主張をしており、その<政治>性だけでは、他の新聞社と区別し難い。そこで、<謀略を使った政治活動をする新聞>という意味で、朝日新聞のことを、今後、「政治謀略」新聞・朝日と称することにする。
 ごく最近でも、映画「靖国」に対して自民党国会議員・稲田朋美が「圧力」を加えたがために上映中止映画館が出てきたとのイメージをばら撒く「政治謀略」報道をした。また、5年前には、そもそもが自社の本田雅和と民間<市民>団体(とくにその役員・朝日出身の松井やより)との「距離の近さ」をこそ問題にすべきだった事例にもかかわらず、安倍晋三・中川昭一という政治家がNHKに「圧力」を加えたとの捏造報道をし、それが断定し難くなるや、政治家とNHKの「距離の近さ」に問題をすり替えたりして、結局は、安倍晋三・中川昭一が何か圧力的行為をして<関与>したらしいというイメージをばら撒く「政治謀略」も行った。
 そういう新聞社が行う世論調査の数字がいかほど正確なのかは疑問だが(いかようにでも操作できるし、朝日なら操作するだろう)、5/03朝刊は憲法九条改正反対が66%との大きな見出しを打った(少し読めば憲法全体について改憲か現在のままかでいうと改憲派の数字の方が多い)。朝日新聞だから<誇らしげ>でもある。
 この数字や「政治謀略」新聞・朝日の記事を見ていて思ったのは、では、現在ある自衛隊と憲法九条との関係を国民は、そして朝日新聞はどう理解しているのだろうか、ということだった。<現在の自衛隊は憲法九条(二項)に違反すると思いますか思いませんか>という問いを発して回答を得ないと、憲法九条(二項)問題についての世論調査は完結したものにならないだろう(他に日米安保条約・米軍駐留の合憲性という問題もあるが、以下では触れない)。
 憲法九条二項は「…、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」と明記する。自衛隊は、素直に又は常識的に判断して、「陸海空軍その他の戦力」ではないのか? だとすると、現在の自衛隊は違憲の存在で、<九条を実現する>ためには、自衛隊を廃止するか、合憲の範囲内のものへとその「武力」を削減しなければならない。自衛隊の存在自体が違憲なら、それのイラクへの派遣が違憲であることは論じるまでもなくなる。
 しかるに、朝日新聞はこの点を曖昧にしたままだ。自衛隊は違憲と判断しているなら、なぜ、その廃止又は縮減を堂々と主張しないのか? 「日本国憲法―現実を変える手段として」という見出しの5/03社説を書くのなら、「現実を変える」ために、自衛隊の廃止・縮減をなぜ主張しないのか? それとも、現在の自衛隊は合憲だ(=「陸海空軍その他の戦力」ではない)と判断しているのか? これを曖昧にしたまま、九条二項の条文だけは改正させない、というのが朝日新聞の主張ならば、それは<謀略性>を隠した幼稚なものだ。
 東京大学元教授の樋口陽一は、<現実を変えないという発想が現在では「現実的」>旨の驚くべき(九条)護持論を述べ、東京大学現教授の長谷部恭男は<解釈改憲ですでに済んでいるのにあえて条文改正する必要はない>旨のこれまた驚くべき主張をしている。
 「政治謀略」新聞・朝日は、これらの呆れた九条護持論に乗っかっているのだろうか。
 このような、現在の自衛隊は合憲と判断した上での(呆れた)九条護持論に立っているのだとすると、九条(とくに二項)が改正されれば(二項が廃止されて自衛隊が自衛軍・国軍だと正式に認知されれば)戦争になる、というのはとんでもないマヤカシの議論だということが明確になる。<九条が改正されても戦争にならないと思っている人へ>などとの一般国民の無知・知識不足につけ込んだ謀略的宣伝が犯罪的なデマであることが明瞭になる。
 自衛隊は実質的にはすでに「…その他の戦力」なので、それを自衛軍・防衛軍・国軍等と何と称しようと、その本質が変わるわけではない、と考えられる。集団的自衛権の問題には立ち入らないが、<自衛・防衛>のためにのみ戦争又は交戦できることに変わりはない(そのような「正しい」戦争はある)。また、九条二項が改正されなくとも実質的には「戦争」は発生しうるのであり、現在まで直接に自衛隊と日本国家が「戦争」に巻き込まれていないのは九条二項があるためでは全くない。核兵器をもつ米国軍が日本に駐留していて、他国が日本に対する<侵略>戦争を仕掛けられないためだ。
 九条二項を改正して、自衛隊を正規の自衛軍・防衛軍・国軍と認知すべきだ。<大ウソ>をつき続けるのはいい加減に止めなくてはならない。自衛隊を正確に軍隊と位置づければ戦争の危険が増大するなどというのは、とんでもない妄言で、<日本には「軍隊」はない>という<大ウソ>に満足して現実をリアルに認識しようとしない観念主義者、「軍隊」はないのだから「戦争」も起こりえないと考える<言霊>主義者だろう。
 日本に<自衛>・<防衛>のための正規軍を持たせず、有事の際には個々の国民の(竹槍でも持った?)ゲリラ的抵抗に委ねる、などという発想は、それこそ国民の「平和に生存する」権利・「安全」権を国家が保障することを妨げるものだ(日本「軍」は<侵略>しかしないと考えるような反日本主義者・自虐者とは、議論がそもそも成立しない)。
 朝日5/03の記事の中で辻井喬(作家、西武グループの経営者)が「徴兵制、海外派兵」等(もう一つは「侵略戦争」だったか?)の三つの禁止を明記することも考えられるとか語っていた。この発言は現二項を前提とする(改正しないままの)ものだろうか、それとも自衛隊の「軍」としての認知を前提とする発言なのだろうか。たぶん前者なのだろう(辻井喬は九条の会賛同者の一人だ)。だが、「徴兵制、海外派兵」(「侵略戦争」も?)のように「兵」(「戦争」も?)という言葉を使っており、これは自衛隊が少なくとも実質的には「軍隊」であることを肯定している用語法だと考えられる。
 九条二項の改正によって自衛隊の自衛・防衛「軍」として正式に認知することには反対しつつ、一方では自衛隊が「軍」であることを前提とするが如き「徴兵制、海外派兵」等の概念を用いることは自家撞着だと、(言葉には繊細なはずの)辻井喬は感じないのだろうか。
 同じことは、朝日新聞にも、九条(二項)改正に反対しつつ、現在の自衛隊は合憲だと考えている人々にも言える。
 戦後の<大ウソ>(の重要な一つ)を改めないといけない。政府や大マスコミが<大ウソ>をつき続けて、子どもたちに<ウソをついてはいけない>と教育できる筈がない。
 それにしても、「政治謀略」新聞・朝日の、憲法九条をめぐる観念遊戯・言葉遊びぶりは顕著だ。5/03社説の最後に「一本調子の改憲論、とりわけ自衛隊を軍にすべきだといった主張」という表現をして批判しているが、「自衛隊を軍に」することによって、いかなる<悪い>変化が生じると考えているのか、具体的にきちんと述べるべきだろう。現在の自衛隊が合憲と考えているなら、「自衛隊を軍に」しても実質的・本質的には変わりはない(集団自衛権、国際協力については別に論ずべき点があるだろうが、基本的には異ならない)。少なくとも<悪い>方向に変わることはありえない(「軍」としての法的整備をすればイージス艦衝突事故は避けられ、海外で被害を受ける日本国民の「武力」救出等も可能になるとすればむしろ<よい>方向への変化が生じる)。一方、朝日が現在の自衛隊は違憲と考えているなら、上記のとおり、その廃止・縮減を堂々と主張すべきだ。
 朝日新聞は、重要なポイントを意識的に誤魔化しているように思われる。意識的にではないとすれば、言葉・観念の世界に酔っている<アホ>だ
 現憲法の条項のままだと、現在のような<ねじれ国会>のもとでは(与野党の調整・協議が功を奏さず、対立したままであるかぎり)一部以外の法律は全く成立しない(国会が立法できない)、という異様な状況が現出する。この問題に触れて、読売新聞5/03紙上の座談会では2人が、衆議院による再可決の要件を2/3から1/2に改正すべきとの発言をしている。このような、現実的な議論は朝日新聞紙上には見られなかったようだ(むしろ衆議院の地位を高めることに反対の世論の方が多いと報道していたが、現状をきちんと把握したうえで質問し回答しているのか極めて疑わしい)。
 「政治謀略」新聞・朝日<言葉・観念遊戯>新聞・朝日、がある程度の影響力をもち続けるかぎり、日本の将来は暗い。朝日新聞だけを読んでいる国民は現実を正しく又は適切に把握することができない。この旨を、今後も何度でも繰り返すだろう。

0487/朝日新聞の最近の社説-親中国・二重基準、鉄面皮の「政治」集団。

 朝日新聞の最近の社説を読む。
 1.朝日新聞4/25社説「北京五輪―いよいよ、聖火が走る」。
 「混乱をできるだけ抑え」て、何とか無事に日本(長野)での聖火リレーが終わってほしいとの気分に溢れている。
 それに、「聖火リレーに対する暴力ざたや大きな混乱が長野で起きれば、複雑な過去を持つ日中関係だけに、中国人のナショナリズムに火をつけかねない」とはいったい何を寝ぼけたことを言っているのか。
 第一に、「中国人のナショナリズム」に限っては、<火をつける>方が悪い、という言い方だ。そんなことが一般論としても言えるわけがない。
 第二に、「中国人のナショナリズム」のそれも過激で排外的なそれは、フランス等ですでに<火がついてる>ではないか。日本に至るまでの聖火リレーの状況をこの社説子は全く知らないかの如くだ。
 <できるだけ中国には優しく>という社是は、この社説にも表れている、と思う。
 2.朝日新聞4/26社説「高齢者医療―このままでは台無しだ」。
 山口県で朝日がどの程度読まれているか知らないが、翌日の衆院補欠選挙を意識し、最も手軽に?有権者の<実感>をくすぐって民主党に有利にするために選んだテーマだろう。
 朝日新聞に限らず、マスメディアの大半は<高齢者医療制度>の分かりにくさや後期高齢者の負担増等を書き立てている。
 だが、この制度は数年前に国民を代表する国会で法律によって導入されたもので、施行がたまたま今年4月だった。不思議に思うのだが、この制度が理解しにくいのであれば(政府・厚労省は勿論だが)マスメディアもまた分かりやすくなるように読者に対して詳細かつ丁寧に報道すべきだったのではないか?
 また、問題があるというなら、今年3月くらいになってからでは遅いのであり、それこそ根拠法律案の審議中に又は法律の成立後に(つまり施行前に)マスメディアは大きな声を上げて問題点を指摘し批判して、法律案反対、法律改正又は少なくとも施行の延期を主張すべきではなかったのか? いったいどのマスコミがそのような報道・コメントの姿勢を示したのだろうか?
 自分たちはほとんど何もしないでおいて(成立法律の名前だけ小さく掲載する程度で済ませておいて?)、施行され現実化するとなるとたちまち文句を言い出すというのは、一般国民ならばともかく、マスメディアに許せることではない。
 野党も奇妙だ。法律が成立しており施行された以上、行政部としてはそれを執行しなければならないのは立法-行政の関係からしても当然のことだ。にもかかわらず、<制度の廃止を>とはいったいどういう了見なのだろう。正確には、問題があると主張している後期高齢者医療保険制度を定めている法律自体を廃止するか改正するかの法律案を、立法府の一員として国会に自ら提出すべきなのだ。それもせず、文句だけを言い、国民の不安・政府に対する不満だけを(政略的に)煽るつもりなのか。朝日新聞は、こうした野党(とくに民主党)のお役に立ちたいのに違いない。なお、何らかの法案を既に提出している又はその予定の可能性はあるが、きちんと報道されてはいない。
 なお、朝日新聞4/19日社説「山口2区―日本中が見つめている」は、民主党の菅直人が述べた二つの争点、①ガソリン代値上げ問題、②高齢者医療制度問題、をそのまま争点として採用することを前提とする文章だった。
 3.朝日新聞4/27社説「偽装請負判決―進まぬ正社員化に、喝」。
 正社員化しない、「偽装請負」を批判し、「大企業はまず先頭を切って、正社員を増やす努力を加速すべきだ」と結んでいる。であるならば、まず率先して、朝日新聞社が請負や派遣社員などをいっさい止めて、「正社員を増やす努力」をすべきことは当然のことだ。朝日新聞は、自社の現状と<努力>状況、そして<改善>状況を、定期的に紙面で報告すべきだ。大きな口を叩くなら、自社の姿勢からまず正すべきだ。まさか、朝日新聞社は上にいう「大企業」のうちに入らない、という詭弁を弄することはないだろう。
 4.朝日新聞4/28社説「自民敗北―『再可決』への冷たい風」。
 民主党の中でも<最左翼>に位置する平岡秀夫が当選するという朝日新聞が期待した結果が出たあと。「補選はあくまで補選」では困る、という趣旨を最後に述べている。
 だが、朝日新聞の気にくわない結果であれば、そのようなことを書くだろうか。<補選はたかだか一地域のこと、日本全体にとって大切なことは……>ととくとくと説教を垂れそうなのが朝日新聞だ。この新聞ご都合主義・ダブルスタンダードは切りがない。
 やや古いが、イラク特別措置法による航空自衛隊の派遣を一部違憲とする名古屋高裁判決が出たあと、朝日新聞4/18社説「イラク判決―違憲とされた自衛隊派遣」は、最高裁ではないが、「それでも、高裁の司法判断は重い」と書き、勝訴者・国が上告できないためにこの件で最高裁の審査があるはずもないのに、「憲法の番人であるはずの最高裁は重く受け止めるべきだ」と記した。
 自社に都合の悪い判決(違憲としない判決、そもそも合憲性に触れないで結論を出した判決)だったとしたら、朝日は「それでも、高裁の司法判断は重い」と社説で書いただろうか?
 裁判・判決も、一部運動団体にとってと同様に、朝日新聞にとっては自らの<政治>活動の世界の一部だ。これからもご都合主義・ダブルスタンダードの社説が続くだろう。恥ずかしさも自覚しない、鉄面皮の新聞、朝日新聞。  

0483/映画「靖国」と稲田朋美・朝日新聞・産経新聞・山田洋次ら。

 映画「靖国・Yasukuni」問題は、論点がほとんど明らかになった。
 第一は、この映画製作に対して文科省所管の日本芸術振興会(独立行政法人)から2006年度助成金として750万円が支出されているが、この支出が「公金」支出として、あるいは上記振興会の「助成金」交付基準に照らして適切(妥当)かどうか、だ。
 これについて週刊新潮昨年12/20号が批判的な記事を載せていたので、私は12/26に書いたことは、今でも主張できることだと思っている。
  「日本在住の中国人・李某が映画『靖国』というのを作ったが、この映画、「反日メッセージ」が「露骨なまでに強烈」らしい。しかるに、この映画製作に対して、文科省所管の日本芸術振興会(独立行政法人)から2006年度助成金として750万円が出ているらしい。p.147。
 同振興会は「専門委員会で、助成対象作品として採択され、完成確認でも疑義があったわけではない」等と釈明、又は<開き直り>とのこと。同頁による。
 所謂<審議会の先生方>(専門委員会)にかなりの程度は責任を預けて、振興会職員自身は<逃げて>いる感がする。
 本当に上のような類の映画だったのだとしたら、「助成対象作品として採択」した「専門委員会」のメンバー・委員は誰々だったのかを、きちんと明らかにすべきだし、明らかにしてほしい。/週刊新潮編集部は、この点をさらに<追っかける>つもりはないか?」<引用終わり>
 その後、国会議員等への<試写>、助成対象としたことへの疑問、上映中止<騒ぎ>、国会議員による<表現の自由への圧力>との一部マスコミによる批判、上映中止の取り止め(一部?)等の動きがあった。
 上の<「専門委員会」のメンバー・委員は誰々だったのか>を明らかにした報道はその後あったのだろうか。また、上に書いてはいないが、「専門委員会」のメンバー・委員は、それなりの専門家ならば、助成対象にした理由・根拠を(内部基準の具体的適用のそれも含めて)自ら積極的に語るべきだと思われるが、そのようなことは、あるいはマスコミが積極的に彼らを取材する(そして上のことを質問する)ことはあったのだろうか。文科省や上記振興会だけの取材は楽だろうが、それらだけで十分とは思えない。
 さて、
上にいう国会議員とは主として稲田朋美(自民党)。この人を批判した一部マスコミ(の代表?)はむろん朝日新聞
 月刊WiLL6月号(ワック)には相変わらず言及・紹介したい論稿が多くあるが、稲田朋美「映画『靖国』騒動/朝日新聞のダブル・スタンダード」(p.102~)をまず話題にしてみる。
 これの全体を紹介はしない。とくに印象に残ったのは(全てが初めて知ることでもないが)次の二点だ。
 ① 朝日新聞の石川智也(記者)が書いたと見られる3/09及び3/29の記事の一部には「虚報」=「捏造」があると思われるが(その根拠は稲田朋美の方を信頼して間違いないだろうと思っているから)、朝日新聞は4/11に稲田あて書面で「記事内容に訂正すべき誤りはないと判断しております」と返答した、ということ。
 朝日新聞の厚顔・腐敗ぶりを示す一例がまた増えた、と考えられる。稲田朋美(弁護士でもある)は、時間的余裕があるなら、朝日新聞に名誉毀損・損害賠償請求訴訟を起こしたらどうだろう。
 ② 朝日新聞の記事をきっかけに、稲田の表現によれば「萬犬虚にほえる」状態になったこと。稲田によれば、朝日新聞(等?)の「歪曲」報道・論調を信じての?稲田を「名指しした」抗議文・声明等が多数送られてきた。列挙されている、悪い意味で錚錚たる団体名の多さに驚いた(()は委員長名)。以下のとおりだが、一つだけ省略している。
 映画演劇労働組合連合会(高橋邦夫)、映画人九条の会、日本マスコミ文化情報労働会議、日本ジャーナリスト会議、日本新聞労働組合連合(嵯峨仁朗)、日本民間放送労働組合連合会(碓氷和哉)、日本出版労働組合連合会(津田清)、日本共産党福井県委員会
 これだけの団体から抗議文・声明を送られると、当然に心理的<圧力>になる。「表現の自由の名をかりて、私の政治活動の自由、言論活動の自由を制約しようとしているとしか思えない」と稲田が書くのもよく解る。
 それにしても、<映画演劇・映画人・マスコミ・ジャーナリスト・新聞・民間放送・出版>という名をそれぞれ冠した労働組合(連合会)等は、朝日新聞の記事のあとおそらくはすみやかに朝日新聞の記事を鵜呑みにしておそらくは類似の内容の抗議文を送ってきたのだろう。これら<表現・マスコミ>等の労働組合等が完全に「左翼」に牛耳られてしまっていることが、この列挙でもよく判る。そして、何とも怖ろしい状況だと思う。こうした組織に属している者たちが、映画・テレビ番組・新聞等を作成・製作しているのだ。唖然とし、恐怖に駆られる。
 なお、「映画人九条の会」は労働組合ではない。九条護持論者はこういう問題にも口を出してきているのだ、と教えられた。この会については、昨年6/12の以下を参照→ http://akiz-e.iza.ne.jp/blog/entry/194586/  
 呼びかけ人のうち私の知っている(又はたぶん聞いたことのある)名前は、山田洋次、小山内美江子、黒木和雄、山内久ら。
 映画「靖国・Yasukuni」問題の第二の論点は、この映画自体の作品としての評価だ。産経新聞4/25の上坂冬子「正論」欄や月刊WiLL6月号の水島総「映画『靖国』の巧妙なマスメディア利用」(p.134~9)等々によっておおよそのことは(自分が)観なくても分かる。製作過程・作り方自体にも看過できない問題があったようだが、評価は主観的でありうるので、この問題にはとりあえず立ち入らないでおこう。
 なお、稲田朋美自身の産経「正論」欄への寄稿、産経のこの問題の社説等々、産経新聞によってこの映画問題のおおよそはフォローしている(逐一この欄で取り上げては来なかったが)。もっとも、中国人も絡んで、精神衛生に悪い、溜め息をつきたくなる、本当は触れたくない話題だ。また、月刊WiLL6月号の本郷美則「今月の朝日新聞」によると、上に登場してきた日本新聞労働組合連合(「新聞労連」)は、朝日新聞の「新聞と戦争」シリーズと沖縄タイムス・琉球新報の「集団自決」関係「教科書報道」に<ジャーナリスト大賞>を贈った、とか(p.143)。上記の水島総の論稿の中に写真掲載されている朝日新聞紙上の映画「靖国」の全面広告(p.137)とともに、全くうんざりするね。

0478/朝日新聞・若宮啓文の駄文、産経新聞・武田徹の「サヨク」・反日文。

 (2008年)4月の何日かは特定できないが、朝日新聞紙上で若宮啓文が「風考計」コラムを再開させて、何やら書いている(日付を特定できないのは、切り抜きのコピーでそこには日付が含まれていないため)。
 社説2つ分(従って一日の社説欄)以上の字数を使っていると思うが、「アジアの頼れる受け皿に/地図に見る日本」との大文字のあるこの文章で、若宮啓文はいったい何が言いたいのだろう。趣旨不明のこんな文を月に一つ二つだけ(?)書いて多額の収入が得られるのなら、結構なご身分だ。
 真面目に印象を書いているが、本当に趣旨がつかめない。アジアの地図を逆に見ると日本が「ふた」のようだが、改めて正しく見ると「アジアを支える」「お皿」のようだ、というのがタイトルの由来?らしい。だが、そもそも<アジアの受け皿>とは何の意味か? いちおうは何やら書いてはいるが、言葉又は観念の遊びの文章の羅列だ。
 むしろ、かつて「アジア支配に野望を燃やした」、「台湾や朝鮮を植民地とし」などと簡単に書いているのが若宮らしいし、何となく、日本が「四方に後遺症を抱えた国」であるために現在の周辺諸国との間の懸案もうまく解決できない(つまり今日の諸問題の責任は日本にある)のだ、と言いたいようにも読める。
 「やれやれ…である」、「悩ましき外交である」等とだけ書いて、具体的かつ現実的な解決方途を展開しているわけではない。こんな駄文を頻繁に読まされる朝日新聞の読者は気の毒だ。
 唖然とするのは、産経新聞4/24の「ジャーナリスト」武田徹のコラム(「複眼鏡」)も同様だ。但し、こちらは若宮コラムと違って、趣旨は比較的によく解る。問題は、この、<哲学的新左翼>で<フーコーの言説を引用できる>らしい武田徹の書く内容だ。
 重要ポイントの全文を引用したいし、すべきかもしれないが、二点を要約させていただくと、次のとおりだ。
 1.<「チベット問題の遠因は、実は日本にあるという説」がある。それによると、日清戦争での日本勝利→清国での「国民国家的統一を目指せ」との「ナショナリズム」発生→蒋介石・中華民国や毛沢東・共産中国への継承→「チベット同化政策」という連関があり、最後のものは結局(日本が火をつけた)「ナショナリズムの産物」だ。>
 これは風が吹けば…の類の妄言だろう。そもそも「説がある」とだけ書いて誰の説かも明らかにしていないが、その説に武田は同調的だ。
 疑問はただちに、いくつも出てくる。すなわち、「国民国家的統一」の範囲・対象に民族・宗教・文化等の異なるチベットを何故含めなければならないのか? あったのは「統一」ではなく、<膨張>であり<侵略>ではなかったのか?  かりに日清戦争で日本が敗北していたら、現在のチベットは中国の一部になっていなかったのか? 現在もネパールで<間接侵略>をしているが、ベトナムやインドと戦争を実際にしたりして領土拡張志向を示したのは、日清戦争とは無関係に、1949年に政権を奪取した中国共産党の方針そのものではないか?。
 2.<「今でも親日家の多い台湾は、日本の植民地経営が珍しくうまくいっていた」と評価されることがあるが、それは、「『精神の征服』まで果たされた結果だったのかもしれない」。
 まさに<そこまで言うか>という感想が生じる内容だ。「植民地」(という概念自体に疑問をもつが便宜的に使う)の経営がうまくいかなかったとすればそれはそれで批判し、うまくいけば「精神の征服」まで果たした、とこれまた自虐的に日本を批判しているのだ。台湾の人々はこの文章を読んでどう感じるだろうか。李登輝元総統は、日本に「精神の征服」をされた代表的人物なのだろう、武田から見ると。
 以上のようなことを書きつつ、最後に武田はこういう。-「チベット問題は…だろう。だが、その一方で、翻って自分の『国』がどのように作られてきたか、周辺諸国にどのように働きかけてきたか、この機会にそれを省みることにも意味がある」。
 武田徹は中国(「共産中国」)に対する批判を一切しない。逆に、チベット問題の遠因は日本にあるとの「説」に実質的に同調し、「この機会に」自国=日本の行動を「省みる」ことに意味がある、と主張している。
 このような、何かに「精神の征服」をされたとしか思われない内容は、上に偶々取り上げた若宮啓文のコラムとも通底する所があるようであり、朝日新聞に掲載されていたら、奇妙に思わないかもしれない。
 だが、なぜ、こんな<親中国的・反日的・自虐的>な内容の文章が産経新聞に載っているのだろうか。産経は「この機会に」じっくりと「省みて」=反省していただきたい。
 なお、武田徹のコラムに言及したものとして、以下も参照。→ http://akiz-e.iza.ne.jp/blog/entry/370928/ 

0464/菅直人と北朝鮮工作員・辛光洙、そして祖父を理由に孫を貶めようとする朝日・若宮啓文。

 一年半前の2006年10月に書いたものだが、本欄にはまだ掲載していないようだ。時機遅れの感はあるが、前ゝ回と同様に多少は修正して載せておく。
 録画した菅直人と安倍首相との国会質疑を観た。
 安倍個人は河野談話や村山談話に否定的のはずで、私も前者は誤りかつ完全な失策、後者は不正確と考えるが、しかし首相としてこれらを批判・否定できないのもよくわかる。国家行政の継続性からすると、否定すればその意味・理由が問題となり場合によっては新たな別の談話が求められるからだ。たしかに、安倍は逃げていた印象はあるが、やむをえないと思う。民主党を代表してこそ菅直人もじくりじくりと「安倍いじめ」的・本音誘発的質問をしていたのだろうが、「満州国をどう思いますか?」との質問へと至ってはさすがに異様な感をもった。岸信介が同国にどうかかわっていたのかの詳細は知らないが、国会の質疑で何故そんなテーマが出てくるのか。国会で、通州事件をどう思うか、廬溝橋事件のきっかけは何か、南京で何人死んだか等々の「論戦」を民主党はするつもりなのか、馬鹿馬鹿しい。
 そんな質問をした菅直人は民主党、少なくとも民主党執行部の「満州国をどう思うか」の回答を用意しているのだろうか。そもそも、民主党はその有力議員に限っても先の大戦にかかわる「歴史認識」を一致させているのか。社会党左派の生き残り(横路孝弘ら)と小沢一郎と菅と西村慎吾において共通の「歴史認識」があるとは思えない。
 民主党の中では菅直人は印象の悪い方ではない。しかし、かつて北朝鮮による日本人拉致の主犯格だった辛光洙(シン・グァンス)が85年に韓国で拘束されたあと89年に「解放」を求める韓国大統領あて署名をして日本で取り調べる機会を奪い北朝鮮に帰国させた(かの国で英雄視させた)国会議員の一人は菅直人だった、という歴史的禍根を私は忘れてはいない。「土井たか子さんに頼まれて軽い気持ちで…」とか本人が言っていたのを聞いたことがあるが、釈明にも何にもなっていない。署名した者は他に村山富市、田英夫、淵上貞雄、江田五月、千葉景子等々の当時の社会党や社民連の議員たち。拉致問題の解明が遅れている原因であることに間違いない。この署名につき、97年10月に安倍晋三は官房副長官時代に「土井氏、菅氏はマヌケ」と正しく批判したのだった。
 ところで、上で触れた菅直人質問が朝日新聞の情報と煽りを背景の一つにしていることは疑いえない。朝日新聞の若宮啓文2006年9月25日のコラム欄に、安倍の著書(美しい日本)に出てこないこととして敢えて、(岸信介が)「日本の傀儡国家「満州国」の高官として力を振るったことも、東条内閣の商工相として太平洋戦争開戦の詔勅に署名したことも、戦後にA級戦犯の容疑で捕らえられ、巣鴨プリズンで3年の収監生活を送ったことも…」、と書いている(この3点のうち2点に菅直人質問は触れていた)。
 「いまそれを蒸し返そうというのではない」と若宮自身が言いつつ敢えて書いた理由は何だろうか。安倍の祖父・岸信介を「悪人」に仕立て、その「悪人」さを認めようとしない(あるいは戦争に関する見解を明瞭に述べない)孫の安倍晋三を「批判してやろう」、「いじめてやろう」という魂胆は明らかでないか。かなり複雑な論法をとるのは朝日新聞の特徴なのだ。
 だが、かかる魂胆はかなりの問題を含む。まず、岸が「戦後にA級戦犯の容疑で捕らえられ、巣鴨プリズンで3年の収監生活を送った」のはGHQによることで、かつ東京裁判で(起訴もされず)有罪判決を受けたわけでもないのに岸を「悪人」=非難ざるべき人物の如く描くのは、―GHQのA級戦犯容疑者選定や東京裁判自体の問題に立ち入らないが―朝日新聞がGHQ政策べったり、東京裁判全面支持(屈服)を前提としているからであり、一般的通用力を持たない。
 また、一般論として、万が一祖父が「悪人」又は「犯罪者」だったとしても、敢えてそれを孫に語らせる・認めさせようとするのは「人権」侵害になりうることくらいは若宮とて解るだろう(北朝鮮ならは別だが祖父の罪が孫に及ぶはずもない)。若宮啓文は類似のことを岸・安倍について試みているのだ。朝日新聞・若宮啓文は心の中に「後ろめたく」感じるところはないのか、真っ当な人間ならば

0458/朝日新聞の<親中国>・<反チベット>は昔から。花田紀凱と週刊新潮。

 産経新聞4/12花田紀凱「週刊誌ウォッチング」を読んであらためて、そこで言及されている週刊新潮4/17号の朝日新聞批判記事をじっくりと読んでみた。
 朝日新聞が<親中国>であることは言い古されたことなので、とくに新鮮味を感じる必要はないと思っていたが、週刊新潮が書き花田紀凱が一部を引用する朝日新聞のかつての社説はやはり、極めてひどく、<親中国>だ。
 さらに要約して紹介すると、1987年秋のチベット騒乱(徹底的弾圧の指揮者が胡錦涛)の頃の朝日新聞1987.10.14社説-<ダライ・ラマや関係者は「中国の一部としての現実に冷静な目」を。…「無謀な挑発」があってはなるまい。>
 ダライ・ラマがノーベル平和賞受賞後の朝日新聞1989.10.07社説-<「平和賞があまりに政治的になり違和感を持つ人も多い。この賞が「チベットの緊張を高めるおそれ」さえある。そうなれば「『平和賞』の名が泣こう」。>
 朝日新聞はかつてチベット騒乱(暴動)・中国の対応(弾圧)の際、明瞭に中国政府側に立ち、ダライ・ラマのノーベル平和賞受賞に明瞭に批判的だった
 朝日新聞が<親中国>であることは知識として十分にあったが、こう具体例が示されると、生々しい現実感がある。
 そして何回書いてもキリがないが、なぜ、こんな新聞が700万も購売され、数千万人の目に留まっているのだろう、と思う。<これでも朝日新聞を読みますか?>と、ゴマメの歯軋り的にでも書いていく他は、私にはとる術(すべ)はないか…。
 ところで、週刊新潮の記事は無署名だが、①1980年代の朝日新聞の社説の内容をも容易に読める、かつ②朝日新聞・中国等に知識・見識のある人が書いているに違いない。①については羨ましいと思うし(新潮社には充実した資料室があるのだろうか)、②についてはひょっとして、別の雑誌等で中国又は朝日新聞関係の記事又はコラムを書いている、けっこう名の知られた人ではないか、と思ったりする。わずか3頁の「特集」とはいえ、凡人には書けない内容であり、文章だ。

0453/テレビ局(ワイドショー)関係者はなぜ朝日新聞を好むのか?

 高山正之週刊新潮に毎号1頁もののコラムを連載している。面白いが、出典や正確な月日の記載がないことが多く、資料としては使いにくいところがあるのが難点だ(と私は感じている)。
 以上は前振りで以下が本文。高山は昨年12月までは毎号、月刊Voice(PHP)にも連載記事を執筆していたようだ(「メディア閻魔帳」)。その後も巻頭の方で写真付きの短い文章を書いている。
 別の何かで誰かが同旨のことを書いていたような気がするが、高山正之は上掲誌昨年(2007年)12月号で、朝日新聞に関してこんなことを書いている(この号のタイトルは「基地と市民と『朝日新聞』」。以下は朝日新聞に関する高山の記述のすべての内容ではない)。
 <安倍晋三退場へと「追い込んだ」のは「紛れもなく」朝日新聞の「飽くことのない非常識な個人攻撃」だ。一新聞が「常識をかなぐり捨てると首相の首も飛ばせる」という事態は怖い。朝日新聞紙上で若宮啓文と筑紫哲也が「馬鹿な大衆」(オルテガ)を「どう踊らせるか」を「堂々と語り合っている」。>
 関心を惹いたのは、むしろ以下だった。
 <「いまのテレビのワイドショー」は種々の職業の者が「コメンテーターとして社会や政治を語る。当然無理があるから、最低限、これは読んでくださいと事前に渡すのが、『朝日新聞』の記事や社説なのだ」。私(高山)も一年コメンテーターをしたが「どこのテレビ局も『朝日新聞』を教則本に使っていることを知った」。テレビ界はまだ「牢固とした『戦後レジーム』のなかにある」。>
 国民または有権者に対する「テレビのワイドショー」の影響力の大きさはしばしば語られている。よく分からないのは、高山の上の指摘が誤っていないとして、そうした番組のの製作担当者は何故、<朝日新聞>を最も権威あるニュース(・見解)ソースと考えているのか、だ。
 憶測はできる。番組製作に実際に中心的に携わっている(25~45歳の)世代でのマスコミ(>テレビ放送局)入社者は平均的な日本人に比べて、かなり<変わっている>。世代には関係ないかもしれないが、テレビを含むマスコミは当然に反権威・反権力・反政府の立場を採るべきだとの感覚に浸っているのかもしれない。あるいはまた、マスコミ(テレビ放送局)入社者は自分を平均的日本人よりも<賢く>かつ<進歩的>だと思っている、つまりは<インテリ>だと無意識にでも自己規定しているので、最も<インテリ>好みの、最も<インテリ>臭漂う(と言われることのある)朝日新聞に自然に親近的になるのかもしれない。
 理由が何であれ、高山の上の指摘が事実だとすると恐ろしいことだ。テレビ視聴者・一般国民は、朝日新聞の読者でなくとも、自然に、何となく<朝日新聞的な>意見または感覚をもってしまう可能性が十分にある。
 かつて1993年に非自民の細川護煕連立政権が誕生した後、民間放送連盟の会合でテレビ朝日の報道局長・椿貞良が選挙前に自民党政権存続阻止、反自民連立政権成立>の助けになる報道姿勢をとることで局内を一致させた旨を述べたことが問題になり、国会による椿の証人喚問、郵政省によるテレビ朝日に対する<行政指導>にまで発展したことがあった。
 テレビ朝日(朝日放送)系だけならまだよい。他のキー局まで、何故「朝日新聞」なのか。不思議であり、空恐ろしくもある。
 <インテリ>(これの定義・意味および存否は厳密には問題になる)は朝日新聞を読む、などという迷信?は、とっくに無くなっていると思っていたが…。

0450/大阪府・門真市立第三中学校「国歌」集団不斉唱事件。

 週刊新潮4/10号(新潮社)のp.42~p.43が「たった一人の『君が代斉唱』-門真市立中学の『異様な卒業式』」を取り上げている。
 この記事による、同中学の「教頭」は、「君が代は天皇を称える歌で思想的に問題があるという考え方を教えると同時に…」うんぬんと答えたらしい。「どちらか一方だけということはありません」と結んで、<公平中立な>教育をしています(してきました)と言っている如くだが、、「君が代は天皇を称える歌で思想的に問題があるという考え方を教える」ということ自体(そういう考え方「も」ある、ということであっても)、公立(あるいは日本の)中学校の教育として適切なことなのだろうか。
 日本国と国民の統合である世襲の(以上すべて日本国憲法)天皇を称える歌」がなぜ「思想的に問題がある」のか、この<教頭>先生には答えてほしいものだが、それよりも、法律によって国歌と定められた歌について、かかる「批判」があることを教えること自体が、すでに異様であり、適切ではなく、あまり使いたくない言葉だが<偏向>しているのではないか。組合・教員運動が強いと言われる大阪府、その<空気>の中でこの<教頭>も棲息しているようだ。
 上の記事でも言及されてはいるが、産経新聞4/02は、明確に、門真市立第三中学校の卒業学年(昨年度の三年生)の担任全員(5人)が「君たちには内心の自由がある。君が代を歌わなくてもいい」などと「指導」したと認めている、と報道している。その結果が、出席卒業生160人のうち着席したままで不斉唱159人、起立斉唱が1人だったわけだ。
 異様な事態だ。担任たちは「指導」の<成果>を誇っているかもしれないが。
 さて、「内心の自由がある。君が代を歌わなくてもいい」という「指導」は適切か。「起立や斉唱をしない自由もあるといっただけで、強要はしていない」などという担任たちの<釈明>は適切か。
 いずれれも適切とは思えない。
 「内心の自由」が持ち出されると憲法上の思想・信条の自由の問題になるので簡単には論じ切れない。教育委員会(・教育長)又は校長からの職務命令を受けた教員と生徒・児童とは区別されなければならない。ただ、一点だけ述べると、それは、「指導」される相手は<まだ中学生>だ、ということだ。(公立)小学校でも君が代(国歌)は歌われているのだろうが、6~7歳の子どもの「内心の自由」とは何かが問題になるのと同様に15歳くらいの中学生の「内心の自由」なるものの意味が問題にされなければならない。要するに、成人した、一人前の大人と同様の「内心の自由」を語ってはならない、ということだ。彼ら中学生はまだ、「心」も含めて、<教育>される過程にあるのではないのか。
 担任たちは「強要はしていない」、<不起立は指導してない>などと言っているらしいが、その「指導」の効果・結果は上記のとおり。
 上のうち、<不斉唱でもいい(歌わない自由もある)と言っただけで、不起立は指導してない>というのはヘリクツであり、詭弁だ。不斉唱でもいいと「指導」したのなら、斉唱が起立して行われるかぎり、<起立しなくてもよい(不起立の自由もある)>と「指導」したのと同じことだ。
 つぎに、担任たちが主観的には「強要」ではない、と思っていても、生徒たちがどのように受けとるかはまた別の問題だ。この件での今回の「指導」は、状況関係的に把握すると、明らかに、<歌わなくてよい>という<誘導>的効果をもっている。そして、その<誘導>的効果は、「強要」(あるいは「強制」)の効果に相当に近いものになりうる。
 朝日新聞は「広義の強制」という概念を使うのが得意だった。また、「関与」という概念も、そうだった。
 こうした朝日新聞の論法・概念用法を採用すれば、今回の担任たちの「指導」は<広義の>又は<事実上の>「強制」ではないのか。そして生徒たちの不起立・不斉唱に、担任たちの「指導」は(先日の朝日新聞社説の一文章を真似れば)「深くかかわっていた」のではないのか
 かかる<広義の強制>性あるいは<関与>を、論理的には、朝日新聞記者も、朝日新聞を講読しているかもしれない今回の事件の学級担任たちも、素直に肯定すべきだと思われる。
 そして、<広義の強制>性あるいは<関与>が認められるとすれば、それは同時に、生徒たちの「内心の自由」を侵害していることを強調しておきたい。
 すなわち、<左派>教員たちが「内心の自由」でもって自分たちの主張を貫徹し又は自分たちを防御しようとしていることをふまえて、「内心の自由」を持ち出してあえて言えば、生徒たちには歌おうという意思を形成する「内心の自由」もあった筈なのに、担任たちの「指導」は、「歌いたい」・「歌おう」という「内心」を形成することを妨害しており、「内心の自由」を侵害している、と考える。
 「内心の自由」については、別に考える機会をなお持ちたい。

0447/朝日新聞社説と「愛国心」教育と佐伯啓思の新著。

 月刊正論5月号(産経新聞社)の石川水穂「マスコミ照魔鏡」によると、朝日新聞は新学習指導要領発表翌日の2/16社説で、「道徳心を子どもに教えることは必要だが、特定の価値観を画一的に押しつけるようになっては困る」と書いたらしい(p.188)。毎日新聞も同旨だったようだ。
 この問題はむろん、改正教育基本法が「我が国と郷土を愛する」態度の涵養を教育目標として掲げたことに関係している。
 朝日新聞社説は、やはりおかしい。というのは、簡単にいって<愛国心>教育を「特定の価値観」というのなら、朝日新聞もそれに反対する<特定の価値観>をもっている筈だろう。何度も言及するが、先日までの論説主幹・若宮啓文は<ナショナリズムに反対>という<特定の価値観>をもっていることを公言していたのだ。
 自らは「特定の価値観」をもち、それに基づいて社説や記事等を書きながら、「特定の価値観」(の「画一的…押しつけ」)に反対するのは論理一貫しているだろうか。何らかの「特定の価値観」に反対しているだけで、自らが支持する「特定の価値観」についてならば、<積極的に教育することが大切だ>などと平然とのたまうのが朝日新聞ではないか(「ご都合主義」、ダブル・スタンダード)。
 上の点を、前回に言及した、佐伯啓思・日本の愛国心(NTT出版、2008)は明瞭かつ見事に述べて、「愛国心教育」を批判する「左翼・進歩派」の論拠のなさを衝いている。以下のとおり。
 「左翼・進歩派」の批判の主眼(第一)は<「心」を教育できないし、すべきでもない>ということにあるが、この批判は「あまり意味がない」。①「改正基本法が唱えている」のは<「心」の教育>ではなく、<「国や郷土を思う心の大切さ」を教えること>だ。②<「左翼・進歩派」も「自由や民主主義の精神」の涵養は教育の役割と主張してきた。まさに「自由や民主主義を大切に思う心」を教育せよ、と言ってきたのだ。「…心」は教育できない、というのでは「筋が通らない」。(p.112-3)
 「左翼・進歩派」の主張の第二は<「愛国心を上から押し付ける」のは間違い、ということだ。だが、彼らも「自由・民主主義・平和主義といった普遍的価値の押し付け」は「正しい」と考えてきたのではないか。だとすると「愛国心という価値の押し付け」間違い論が成立するのは「それほど容易ではない」。(p.114-5) 
 上の朝日新聞社説でも「特定の価値観を画一的に押しつけるようにな」ることに反対していた。上の二点はいずれも、この社説に対する批判・反駁にもなっているだろう。
 こんな論理的な分析も、朝日新聞の社説執筆者は理解できないのかもしれない。「国家」というものを無視したい、又は悪者視したい彼らにとって、「愛国心」やその教育に対して、理屈抜きで、感覚的に嫌悪を覚えているだけの可能性もある。<論理的思考の停止>状態にあるのだ。
 あるいは、「自由・民主主義・平和主義」と「愛国(または愛郷)主義」とは異質で同列に論じられない、とでも主張するだろうか。だが、「愛国(または愛郷)主義」を異質だと感じるその感覚こそが、「特定の価値観」にもとづいていることを知らなければならない。

0445/朝日新聞3/31付社説を読んで。

 朝日新聞3/31付社説を読んでの感想。
 1.連載ものの如き社説なので継続して読んでいないからかもしれないが、「希望社会」とか「わいわい共同体」とか、訳の分からない造語を用いた、言葉遊び・観念遊戯の文章だ。
 2.「日本を希望社会に変えるには、地域へ主権を移すしかない」、あるいは「地域に主権を移して各地の文化を発信すれば日本像も大きく変わるだろう」という。
 多少とも概念の厳格さにこだわる人間ならば、「主権」概念をこんなに安易に使いはしない。また、<地方分権>がよい方向であるかの如き認識が前提になっているようだが、なおも、行政分野ごとの、現行の国・自治体関係の実態をふまえた検討が必要と思われ、ムードでのみ<地方分権>を前提にしてもらっては困る
 3.「韓国や中国には、かつての侵略国、日本への反感が根強い。」
 なるほど、朝日新聞はこういうふうに、日本はかつて中国と韓国を(同じように?)「侵略」した、という動かそうとしない<歴史>観に立っているのだ。
 4.最大の感想は以下だ。
 この社説は全体として、「デジカメやビデオで撮った映像をインターネットで送」り、「住民ディレクター」が「インターネットやケーブルテレビで流す」ような、地域による、地域ごとの<多様な>情報発信への期待を述べている。「3年後には地上波テレビもすべてデジタルへ移る。その特徴を生かして地域文化の発信を競い合う。そんな時代にしたい」、「デジタル時代を…元気な地域連帯型の日本に変えていく。そして、東アジア地域の連帯社会化もめざす。/この方向に徹すれば、おのずと希望社会に突入することができるだろう」、というわけだ。
 「東アジア地域の連帯社会化」との言葉も朝日新聞らしいし(アサヒい?)、「おのずと希望社会に突入する…」とは何とも能天気なことだ。これらよりも何より、それほど地域ごとの多様な情報発信を主張したいなら、デジタルあるいは放送・通信に限らず、紙媒体の新聞事業もまた、地域ごとに<多様化>すること、つまり、朝日新聞のような全国紙はすべて廃止し、地域・街ごとのミニコミ紙・タウン紙を活性化することも説くべきではないか
 <地方分権>(地域主権?)が大切というなら、朝日新聞が率先して、その紙面自体を<地方分権>(地域主権?)にふさわしく地域・地方ごとに多様化したらどうか。あるいはさらに、全国紙としての朝日新聞自体を廃止し各地域・各地方ごとの「主権」をもった多数の朝日新聞に分解したらいかがか。
 「地域文化を発信して『連帯型社会』をつくる」(3/31社説見出し)などと偉そうな(?)ことを主張したいのならば、朝日新聞(社)自身がその方向に動いて、「地域文化を発信」する体勢に大きく改革したらどうか。そのような気もないくせに、放送・通信だけを取り上げて、偉そうな口を叩くな、と言いたい。

0444/朝日新聞3/29の社説執筆者は「全くの無能者」か「狂人」。

 朝日新聞3/29の社説執筆者は全くの無能者か「狂って」いるのではないか。
 朝日新聞が沖縄集団自決「命令」訴訟にかかる前日3/28の大阪地裁判決について結論を支持する社説を書くだろうことは予測できたことだが、あまりのヒドさに驚いた。
 こういう社説は司法(裁判)担当の社説担当者が書くのが通常だろうが、政治(+歴史認識)担当の執筆者が書いたかに見える。
 精神衛生にも悪いので、できるだけ簡単におさえる。
 1.冒頭の第一文-「慶良間諸島」で「起きた『集団自決』は日本軍の命令によるものだ。/そう指摘した岩波新書『沖縄ノート』は誤りだとして、…元守備隊長らが慰謝料などを求めた裁判…」。
 さっそく間違いがある。大江健三郎は抽象的に「日本軍の命令による」と書いたわけではない。「日本軍の…」ではなく<特定され得る元軍人の命令>なのだ。
 2.関連して、第七段の第一文-「『沖縄ノート』には座間味島で起きた集団自決の具体的な記述はほとんどなく、元隊長が自決命令を出したとは書かれていない」。
 後段は、よくもまぁ社説で、という感想だ。氏名を明示していなくたって、簡単に他の情報と結合して特定できれば同じこと。こんな単純な常識もこの執筆者は持ち合わせていないらしい。
 また、前段は、だからどうなのだ、と言いたい。大江健三郎は、「元守備隊長ら」が「命令」を発した<悪人>だ、ということを前提として、沖縄を再訪する当該元軍人の「心理」を小説家らしく勝手に捏造した(創作した)のだ。「集団自決の具体的な記述はほとんどなく」て、何ら不思議ではない。
 3.最後の段の二文-「教科書検定は最終的には『軍の関与』を認めた。そこへ今回の判決である。集団自決に日本軍が深くかかわったという事実はもはや動かしようがない。」
 これで社説を締め括るとは<狂気の沙汰>だ。
 既に書いたが「軍の関与」の有無はこの訴訟の争点ではない。にもかかわらず「集団自決に日本軍が深くかかわったという事実はもはや動かしようがない」とまとめて、安心し、判決によっても裏付けられた、と思っているなら、アホとしか言いようがない。
 「集団自決に日本軍が深くかかわった」か否かという問題設定ならば、私とて、何らかの意味での、何らかの程度での、「集団自決」と「日本軍」の関係を否定はできない。すなわち、端的にいって、戦争中のこと、<敵軍>が眼前に上陸してきたときのこと、なのであって、「集団自決」が戦争・戦時中のことであれば、日本軍と全く無関係だ、とは言えないだろうからだ。
 だが、そのことと、特定の旧日本軍人が特定の住民(島民)に対して集団自決「命令」を発したかどうかは全く別の問題だ。
 上のことを朝日新聞の社説執筆者は理解できていない。全くの無能者に思える。あるいは理解できてもそのことを記したくないのだとすれば、何らかの<怨念>に囚われた<狂人>ではないだろうか。
 もちろん、そのような<無能者>か<狂人>の執筆者は、判決が「自決命令それ自体まで認定することには躊躇を禁じ得ない」、「自決命令を発したことを直ちに真実であると断定できない(としても…)」と述べていることに、全く言及していない。判決理由文(<要旨>であっても)を読めない(理解できない)馬鹿=<無能者>であるか、読んでいても意識的に(自分たちに都合の悪いことは)無視してしまうという、<倒錯した変人>であるに違いない。
 4.第八段-提訴の「背景には、著名な大江さんを標的に据えることで、日本軍が集団自決を強いたという従来の見方をひっくり返したいという狙いがあったのだろう。一部の学者らが原告の支援に回ったのも、この提訴を機に集団自決についての歴史認識を変えようという思惑があったからに違いない。」
 もっともらしいこの文章に、朝日新聞の<体質>も表れているだろう。社説にこんな<推測>を書くこと自体いかがかと思うが、法的問題あるいは歴史的事実の問題を<政治的>にしか捉えることができないのだ。最も<うす気味悪く>感じたのは、この部分だった。むろん、<正しい>「歴史認識」の確認(<誤った>「歴史認識」の是正)を「一部の学者ら」が追求するのは、一般論としても何ら非難されるべきことではない。
 こんな社説が数千万人に読まれ、何がしかの<空気>を作っていることを想像すると、日本の現状と将来に諦念にも似た<空恐ろしさ>を感じる。
 なお、この判決に関する読売新聞の社説はしごく「まっとう」だった。読売は、社説だけはまだしっかりしている。

0436/月刊WiLL5月号(ワック)に見る最近の朝日新聞。

 月刊WiLL5月号(ワック)には、朝日新聞を主対象とする記事(論稿)が三つもある。
 1.海上自衛隊イージス艦漁船衝突事故について、さぞや朝日新聞は大きくかつ自衛隊に厳しく報道しているだろうと思っていたが、山際澄夫「イージス艦事故があぶりだす朝日と福田は似たもの同士」(p.208)によると、想像以上だ。
 すなわち、事故発生を伝えた2/19夕刊から27日頃まで「数日を除いて連日のように朝夕刊トップという、それこそ洪水のような」報道を続けた、という(p.210)。もとより初めから自衛隊側を「悪者」扱いで、日本共産党・志位和夫と同じく「自衛隊を悪魔視して国民と対立」させようとしている(p.212)。
 想像以上だが、朝日新聞のことだから分からなくはない。よく分からないのは、紹介・引用されている2/22社説の一部だ-「海上自衛隊が目の前の漁船すらよけられないのなら、どうやって日本を守るのか」(p.211)。
 朝日新聞(社)は本当に自衛隊に「日本を守る」ことを期待しているのだろうか(このことを前提として上の文がある筈だが)。それにしては、山際によると、自衛隊に対する「敬意」がない文章表現で、むしろ「嘲弄」の感がある(p.211-212)。

 こんな文章を綴っていると精神衛生に悪い。朝日新聞のような新聞のない地域・国へ行きたくなる。
 2.本郷美則「今月の朝日新聞・第14回」(p.140-)は、若宮啓文論説主幹が4/01付で退任、同社コラムニストになるということから、若宮の社内での<出世街道>?の経緯を中心に書いている。
 「朝日新聞社コラムニスト」とは何のことやらよくは解らないが、定年後も朝日の紙面に登場し、朝日新聞社から金を貰い続けるわけだ。本郷は若宮の<有名な>記事をいくつか取り上げている。本欄でいく度か言及した、<ジャーナリズムはナショナリズムの道具じゃないんだ>(コラム・風考計)もけっこう重要な名?文なので、紹介してほしかった。
 ところで、本郷によると、キャノン・御手洗富士夫と朝日新聞が1年半”冷戦”状態で、キャノンは朝日新聞への広告出稿を絞ったらしい(全面広告が2006年は36本、2007年は7本、2008年は若宮退任報道後に最初の1本)。
 恥ずかしくも、”冷戦”の原因も含めて知らなかったのだが、キャノンは勇気がある。立派だ(関係ないが、わがプリンタは歴代、キャノンだ)。「1本数千万円」の広告減収をもたらすのだから、朝日新聞を気嫌う経営者たちは、朝日新聞に広告を出すな、と呼びかけたいものだ。同じことは、朝日新聞系のテレビ放送局や(毎日系の)TBSへの広告フィルム(CF)の掲出についても言える。
 テレビ朝日にせよTBSにせよ、あれだけヒドい報道ぶりをしたり、ときどきは目立った<事件>も起こしているのに、何故に所謂コマーシャルが減らないのだろうか、と不思議に思っている。言葉による精神的・理念的な批判よりも、経営基盤自体にかかわる広告取り止めの方を(広告収入に大きく依存している)マスメディアは実際には懼れているはずなのだが…。
 3.創刊号から連載の勝谷誠彦「あっぱれ!築地をどり」(p.130-)は、イージス艦事故によって朝日新聞が「盆と正月が一度に来たような大騒ぎ」、「築地をどり」は「大臨時興行」、「いやもうはしゃぐことはしゃぐこと」と皮肉っている。
 また、勝谷によると、朝日新聞内の「天声人語」子と「素粒子」子は「宿命のライバル」で、上の事故に関して俳人<所作>や「駄洒落の所作」を競い合っているらしい。
 勝谷誠彦は、この程度の短い文章(2頁程度)だと、なかなか冴える。
 再度いうが、朝日新聞に関して何か書くのは、なぜか鬱陶しい。しかし、ときどきは触れないわけにはいかない。

0422/吉田司の日経3/16書評におけるポル・ポトとフランス革命。

 日経新聞3/16の書評欄の一つを読んで、驚いた。というか、やはり、なるほど、との思いも半分以上はした。
 吉田司フィリップ・ショート著・ポル・ポト(白水社、山形浩生訳)を紹介・論評しているのだが、まず、「私たちは」1970年代後半にポル・ポトの「赤色革命を”社会主義の実験”として高く評価した」という最初の文自体が奇妙だ。
 「私たち」とは誰々なのか知らないが、ポル・ポト支配のカンボジアを「高く評価した」のは、社会主義幻想をまだ持っていた一部の者たちに他ならないだろう。吉田司もその奇矯な人々の中に含まれるのかもしれない。
 (奇矯な者のうち著名なのは、朝日新聞記者で、一時はテレビ朝日の夜のニュース番組で久米宏の隣に座っていた和田俊という人物だった。彼は、朝日新聞1975年4/19でこう書いた-「カンボジア解放勢力」は「敵を遇するうえで、極めてアジア的な優しさにあふれているように見える。解放勢力指導者のこうした態度とカンボジア人が天性持っている楽天性を考えると、新生カンボジアは、いわば『明るい社会主義国』として、人々の期待に応えるかもしれない」。「民族運動戦線(赤いクメール)を中心とする指導者たちは、徐々に社会主義の道を歩むであろう。しかし、カンボジア人の融通自在の行動様式から見て、革命の後につきものの陰険な粛清は起こらないのではあるまいか」。)

 驚き、かつ納得もしたというのは、上のことではなく-原本ではなくあくまで吉田司の文章によるのだが-パリへの国費留学生だったポル・ポトたちはマルクス主義文献を読解できないほど無能で、「結局、ポル・ポトが社会主義革命を理解したお手本は無政府主義のクロポトキンが書いた『フランス大革命』だったという」との部分だ。吉田の文を続ければ、フランス革命とは「…血みどろな生首が飛ぶあのジャコバン党の恐怖政治=ギロチン革命のことである」、ポル・ポトたちは「十八世紀フランスを夢見ていた」。
 フランス革命とマルクス・レーニン主義→ロシア革命の関係にはすでに何度か触れたことがあり、フランス革命がなければロシア革命も(そして総計一億人以上の「大虐殺」も)なかった、との旨を記したことがある。さらにはフランス革命を準備したルソーらの「啓蒙思想家」(遡ればデカルトらの「理性主義者」)を「近代」を切り拓いた<大偉人(大思想家)>の如く理解すべきではない(むしろ<狂人>の一種だ)旨を記したこともあった。
 そのような指摘が誤りではないことを、ポル・ポトに関するフィリップ・ショートの本は確認させてくれるようだ。
 フランス革命がなければ、クメール・ルージュの<大量虐殺>もなかった。フランス人は、あるいは一八世紀の「変革」を導いた<進歩的な>思想をばら撒いた一部の者たちは、後世に対して何と罪作りなことをしたものだろう。
 あらためてフランス革命やロシア革命後の、さらには北朝鮮や中国で<自国政権によって虐殺された人々>を哀悼したくなる。また、「近代」への画期としてフランス革命を理解・賛美し、そのような「イデオロギー」に染まって一般国民又は一般大衆を<指導>してきた日本の<進歩的知識人>たちの責任を問いたくなる(桑原武夫を含む。樋口陽一もその後裔ではないか)。
 ところで、フランス革命→ロシア革命という繋がりが見えてしまうと、ポル・ポトらがフランス革命を「社会主義革命」の「お手本」(吉田)にしたのは不思議でも何ではなく、吉田司が「なんという時代錯誤のファンタジー、革命のファルス(笑劇)だ!」と大仰に書くほどのことではないだろう。書評文の「70年代に仏革命めざした悲劇」という見出し自体がミス・リーディングの可能性すらある。通説的・通俗的なフランス革命観を持っている、吉田の蒙昧さを垣間見る思いもするのだが…。

0419/イージス艦衝突事故、毒入り餃子事件。

 最近の<事件>の一つはイージス艦と漁船の衝突事故。マスメディアのほとんどは、3/13のNHKの「クローズアップ」(午後7時30分~)も含めて、海上自衛隊の側に<責任>があるとの姿勢で一貫して報道している。
 強く大きい船体と組織対弱く小さい漁船で、しかも漁船(民間側)にのみ被害者が出たとあっては、防衛省・海上自衛隊を批判する格好の材料になるのだろう。
 しかし、冷静に考えれば、<事故>の責任の所在、過失の割合・程度については<権威ある>又は<(とりあえず)正式の>決定又は報告は殆どなされておらず。今のところはほとんどが推測にすぎないのではないのだろうか。
 上の旨を産経新聞3/05湯浅博の「世界読解」は述べており、その隣には、「海上自衛隊は、理性的に評価されるべきだ。原因が完全にはまだ分からないのだから」で終える米国元軍人(ジム・アワー)の寄稿が載っている。
 むろん自衛隊側に100%の責任(・過失)があった可能性はあるのだろうが、早々の<防衛省・海上自衛隊バッシング>は戦後日本を-マスメディアも重要部分として-覆う<反国家主義>・<反軍事主義>を背景としているように思われる。
 産経新聞2/29の「正論」欄で西尾幹二は「軍艦側の横暴だときめつけ、非難のことばを浴びせかけるのは、悪いのは何ごともすべて軍だという戦後マスコミの体質がまたまた露呈しただけのこと」と言い切っている。この指摘には共感を覚える。
 それにしても、西尾も言及しているように海上自衛隊のイージス艦(西尾は「軍艦」と明記)が法的には-海上衝突予防法等だと思われる-「一般の船舶」と同じ扱いを受けるというのは、<有事>の場合は別の法制がおそらく適用されるのだとしても-確認していない-、奇妙なことだ。日本防衛の重要な役割を与えるのだとすれば、<有事>の場合に限らず、その役割にふさわしい法的処遇を与えるべきではないのか。
 前後するが、<福田首相が行方不明者の家族を訪問するのが遅すぎた>とか騒いで報道していたテレビ放送局は、まともな報道機関なのか。
 毒入りギョーザ事件については、月刊WiLL4月号(ワック)の山際澄夫「毒餃子、朝日は中国メディアか」が有益だった。朝日新聞の定期購読者でないので、この問題(事件)についても朝日新聞が徹底的に<親中国>であることがよく分かる。
 いちいち書くほどのことではないし、この欄でも殆ど具体的には触れていないが、中国と北朝鮮はまともな理屈や常識が通用するような国ではない。
 産経新聞3/13櫻井よしこ「福田首相に申す」(月一連載)は、中国を「実に言葉の正しい意味で、異形の国家」と形容している。<異形>・<異常>・<異様>・…、他にも同旨の言葉はあるだろう。
 その中国は昨年5月に米国に対して、太平洋の東西をハワイを基点に米中で「分割管理」することを打診したとか(産経新聞3/13)。日本周辺の海域は当然に中国の<管理>とする案だ。
 最近書いたように、東アジアではいわゆる<自由主義国>といわゆる<社会主義国>の<冷戦>は続いている、と認識しておくべきだ。この冷戦に米国がどの程度コミットするか、できるかも日本の将来とむろん無関係ではない。
 佐伯啓思や樋口陽一等の本のみを読んで、現実の<世相>を知らないわけでは全くない。いちいち言及するのが煩わしいし時間的余裕の問題もある。だが、むろん、今後もできるだけ論及して、自分自身による記録ともしておきたい。

0414/「ナショナリズム」に関する佐伯啓思の短い叙述。

 佐伯啓思・現代日本のイデオロギー(講談社)を読んでいる。掲載してメモ化しておきたい整理が一点出てきたが、その前に、「ナショナリズム」に関する論述を要約して記す。
 朝日新聞・若宮啓文は<ジャーナリズムはナショナリズムの道具じゃないんだ>と言い放った。「ナショナリズム」の箇所に「左翼リベラリズム」・「進歩主義」・「地球市民主義」等のいずれを挿入してもよい筈なのだが、彼はなぜか、「ナショナリズム」だけを持ち出して、その<道具じゃないんだ>と書いたのだ。この若宮啓文は佐伯著をじっくりと読むがよい。
 佐伯は上の本のp.275-6で、次のように述べる。
 1.「国家」とは「ひとつの主権をもつ政治社会」という一つの事実をいう。「ナショナリズム」と呼ばれるものは(「国家主義」ではなく)「国民主義」で、「国民形成についてのイデオロギーや神話を含み」もつ。国民は「言語、文化、価値観を共有した集団」だというのは「神話」で、ルナンが言う如く、「国民」を作り上げるのは「国民であろうとする」「日々の国民投票」だ。それ以上の「国民」観念はフィクションだが、「国民国家」成立のためには何らかのフィクションが必要だった。
 2.「国民」は自生的には形成されず、「主権国家」の形成とともに又はその後で作られたフィクションだ。だが、どのようにしてこのフィクションが作られるかは「国と歴史状況によって」大きく異なる。「同質性」と「多様性」のいずれを強調するかも「状況によって異なっている」。だから、「かりに『国民』というフィクションを固定化したものとして強調するナショナリズムが危険かどうかも、実は、状況によって異なっている」。「ナショナリズム一般が常に危険極まりないなどということは言えないはず」だ。
 前段に少しわかりにくい箇所はあるが、「ナショナリズム」に関する至極常識的な論述ではないか。
 朝日新聞・若宮啓文は、「ナショナリズム」に「国家」の蔭を見て、「戦後日本の知識人の良心と見なされた」「反国家主義」(p.258)の立場又は「隠された」イデオロギーにもとづいて上のような反「ナショナリズム」の言辞を吐いたのだろう。佐伯啓思が指摘するとおり、「反国家主義」・「反権力主義」は<戦後民主主義>思潮の重要な内容だった。

0401/朝日2/22社説-韓国・盧武鉉は「左派」ではなく「庶民派」か。

 朝日新聞2/22社説が、韓国・盧武鉉大統領退任に関して触れている。
 「日韓ともに指導者がナショナリズムをあおることの愚かしさを思い知らせてもくれた」などという部分は、さすがに<朝日らしい>(虚報・捏造のみならず、こういう場合にも<アサヒる>という言葉は使ってよいのではないか)。
 上の部分への詮索はもうしないが、見出しにはやはり驚く。
 「盧大統領―庶民派の寂しい幕引き」が見出しで、なんと盧武鉉(政権)を「庶民派」と形容しているのだ。
 産経新聞の最近の社説を確認しないが、同日2/22の黒田勝弘の記事は「親北・左派救済の5年…」という見出しで、本文中には「左派勢力に支えられた政権…」、「親北・左派勢力は盧武鉉政権下で…好きなようにやった…」などの表現もある。
 何をもって<右・左>を分かつかは厳密には議論の余地がむろんあるが、「社会主義」を(も)標榜している北朝鮮に融和的だった政権又は大統領を<左派>と形容して不思議ではないし、むしろ当然だろう。
 朝日新聞は安倍前首相の退陣表明のあと、何という見出しを付けた社説を載せたのだったか? 「安倍内閣に幕―右派政権の成果と挫折」(昨年9月)だった。
 自国の政権について、必ずしも一般化していたわけではないのに、「右派」と正面からレッテルを貼り、他国(韓国)のそれについては「左派」としないで「庶民派」とは!?
 朝日新聞は何と日本に厳しく、他の東アジアの国には何と<優しい>ことだろう。今に始まったことではないが。

ギャラリー
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  • 2222/L・Engelstein, Russia in Flames(2018)第6部第2章第1節。
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  • 2203/レフとスヴェトラーナ12-第3章④。
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  • 2179/R・パイプス・ロシア革命第12章第1節。
  • 2152/新谷尚紀・神様に秘められた日本史の謎(2015)と櫻井よしこ。
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  • 2118/宝篋印塔・浅井氏三代の墓。
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  • 2101/日本会議・「右翼」と日本・天皇の歴史10。
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  • 2098/日本会議・「右翼」と日本・天皇の歴史08。
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  • 2096/日本会議・「右翼」と日本・天皇の歴史07②。
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  • 2095/西尾幹二の境地・歴史通11月号②。
  • 2092/佐伯智広・中世の皇位継承(2019)-女性天皇。
  • 2085/平川祐弘・新潮45/2017年8月号②。
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  • 2083/団まりな「生きているとはどういうことか」(2013年)。
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  • 2081/A・ダマシオ・デカルトの誤り(1994, 2005)②。
  • 2080/宇宙とヒトと「男系」-理系・自然科学系と<神話>系。
  • 2066/J・グレイ・わらの犬「序」(2003)②。
  • 2047/茂木健一郎・脳とクオリア(1997)②。
  • 2013/L・コワコフスキ著第三巻第10章第3節①。
  • 1982/日本会議・「右翼」と日本・天皇の歴史05⑤。
  • 1982/日本会議・「右翼」と日本・天皇の歴史05⑤。
  • 1982/日本会議・「右翼」と日本・天皇の歴史05⑤。
  • 1982/日本会議・「右翼」と日本・天皇の歴史05⑤。
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  • 1980/日本会議・「右翼」と日本・天皇の歴史05④。
  • 1980/日本会議・「右翼」と日本・天皇の歴史05④。
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  • 1978/日本会議・「右翼」と日本・天皇の歴史05②。
  • 1978/日本会議・「右翼」と日本・天皇の歴史05②。
  • 1978/日本会議・「右翼」と日本・天皇の歴史05②。
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  • 1920/L・コワコフスキ著第三巻第四章第5節。
  • 1920/L・コワコフスキ著第三巻第四章第5節。
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