秋月瑛二の「憂国」つぶやき日記

政治・社会・思想-反日本共産党・反共産主義

マルクス

1984/マルクスとスターリニズム①/L・コワコフスキ論考(1975)。

 L・コワコフスキに、英語とドイツ語ではそれぞれつぎのように訳されている小論考がある。The Marxist Roots of Stalinism./Marxistische Wurzern des Stalinismus.
 「スターリニズムがもつマルクス主義の根源」といった意味だろう。
 この原論考は1975年に執筆されたとされるが、つぎの文献の中に収録されている。2年後の1977年に、ドイツ語版と英語版とが出ている。
 Leszek Kolakowski, Leben trotz Geschichte (1977, Taschenbuch 1980), p.257-p.281.
 Robert C. Tucker, ed, Stalinism - Essays in Historical Interpretation (English Edition -1st Edition, 1977).
 1977年というのは、L・コワコフスキの<マルクス主義の主要潮流>のポーランド語版がパリで出版された翌年、その第一巻のドイツ語版がドイツで出版されたのと同年、全三巻分冊版の英語訳書が出版される前の年だ。
 ドイツ語版は、1977-79年に一巻ずつ刊行された。上のLeben trotz Geschichte はL・コワコフスキの大著を刊行したのと同じ出版社が、その大著の宣伝と人物紹介も兼ねて出版したようにも思える(まだ試訳していないが、この著のLeonhard Reinisch というジャーナリストによる「まえがき」は、英語諸文献には書かれていないコワコフスキの経歴・家族環境にも触れている)
 英語版はのちに、以下に収載された。
 Leszek Kolakowski, Is God Happy ? -Selected Essays (2012), p.92-.p.114.
 上の大著の中の<フランクフルト学派>等々の論述を試訳する前に、レーニン・スターリン・トロツキーに関するその論述の試訳を終えたところなので、この論考を、上の2012年の英語著によって試訳しておくことにする。
 一行ずつ改行し、段落の冒頭に原文にはない番号を付す。
 小論考とはいえ、独語版、英語版ともに、計20頁を上回る。
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 スターリニズムのマルクス主義という根源。
 第1節・設定している問題と設定していない問題。
 (1)マルクス主義のスターリニズム・イデオロギーやスターリン主義権力体制との関係を問題にするとき、大きな困難さがあるのは、問題をどのように設定し、定式化するかだ。
 この問題は多くの態様で設定することができるし、また、そうされてきた。
 結果として生じた問題設定のうちのいくつかは回答不能であるか、無意味だ。またいくつかは、答えが明確であるために、修辞的だ。
  (2)回答不能でも無意味でもある問題設定の一例は、こうだ。
 <マルクスが今日に生きて彼の思想(ideas)がソヴィエト体制で具体化されているのを見たとき、彼は何と言っただろうか?>
マルクスが生きていたとしたなら、彼はその言葉を必ずや変更しただろう。
 マルクスが何らかの奇跡で現在に蘇生したとするなら、自分の哲学の最良の実際的解釈はいずれかに関する彼の見解はたんに多数の中の一つの見解にすぎないだろう。そして、ある哲学者は自分の思想が包含する意味内容を理解するに際してつねに無謬であるとは限らない、と語ることでその見解は簡単に却下されることだろう。
 (3)答えが明瞭で議論する必要がほとんどない問題設定の一例は、こうだ。
 <スターリン主義体制は、マルクスの理論から、その因果関係として生まれたのか?>
 <我々はマルクスの文章の中に、明示的にまたは黙示的に、スターリン主義社会で設定された価値体系とは矛盾する価値判断を見出すことができるか?> 
 第一の疑問に対する回答は、明らかに「違う」だ。なぜなら、一つのイデオロギーで完全に作られ、その起源に寄与した諸思想でもって完全に説明され得るような社会は、一度なりとも存在しなかった。
 誰もが、このことを受け入れることのできるマルクス主義者だ。
 全ての社会の諸装置は、その社会はどうあるべきかに関するその構成員や設立者たちの(相互に闘い合う)思想(ideas)を反映する。しかしまた、いかなる社会も、そのような-それが存在する前の想念も含めて-思想だけでは生み出されたことがない。
 ある社会が一つの夢想郷(ユートピア)から(あるいはまさに<kakotopia>から)発生し得ると思い描くならば、人間共同体はその歴史を廃絶(do away)する権能があると信じることにまで到達するだろう。
 これは常識だ。陳腐な贅言であり、おまけに全く否定されるべきものだ。
 社会はつねに、その社会が自分自身について思考したことによって塑型されてきた。しかし、この依存関係は、決して部分的なもの以上のものではない。//
 (4)第二の疑問に対する回答は、明らかに「そのとおり」だ。しかし、我々の問題にとって、何の重要性もない。
 マルクスが自由の社会主義王国は一党による僭政支配で成るだろうという趣旨で何かを書いたことは一度もなかった、ということは簡単に確定される。
 また、マルクスは社会生活の民主主義的形態を拒絶しなかったこと、マルクスは社会主義が政治的な強制<に反対した>ではなくそれ<に加えた>経済的強制の廃棄へと至るのを期待していたこと、等々も。
 それにもかかわらず、マルクスの理論は論理的には、彼の表向きの価値判断とは両立し得ない帰結を示唆するものであるかもしれない。
 あるいは、経験上の諸事情によって他の何らかの態様で実現され得たものが妨げられた、ということなのかもしれない。
 政治的および社会的な基本政策(programs)、夢想や予見が、たんに異なる態様のではなくそれらの作成者の意図とは著しく矛盾する、そのような結果をもたらす、ということは何ら奇妙なことではない。
 従前には気づかれなかったり無視されたりした経験上の関係は、他の構成部分を放棄することなく、夢想(the utopia)の一部のみについて、実現することを不可能にしてしまうかもしれない。
 このことは、またもや常識的なことで、瑣末なことだ。
 我々が人生で学ぶことのほとんどは、矛盾なく両立するのはどの諸価値に関してなのか、どの諸価値が相互に排他的であるのか、だ。そして、たいていの夢想は、両立し得ない価値が<ある>ということを学習する力を単直に欠いている。
一度ならず以上にしばしば、この両立不可能性は経験上のもので、論理的なものではない。そして、このことは、そうした夢想が論理的観点からは必ずしも自己矛盾しておらず、世界がそうであるがゆえにたんに実践不可能だ、ということの理由だ。//
 (5)かくして私は、スターリニズムとマルクス主義の間の関係を議論する際に、つぎのような思考表明を重要ではないものとして、却下する。これらが真実であるか否かを確実に決定することができるかどうかを別として(前者についてはいくぶんか疑わしい)。
 <マルクスは墓の下で、これを嘆いているだろう>、あるいは、<マルクスは検閲に反対し、自由選挙に賛成しただろう>。
 (6)私自身が関心をもつことは、別の態様でもっとよく表現されるだろう。
 すなわち、社会の組織化に関するスターリン主義体制を正当化するために考案された特徴的スターリン主義イデオロギーは、歴史に関するマルクス主義哲学の正統(legitimate)な解釈だった(または、である)のか?
 これは、私の問題設定の穏健な範型だ。
 より強い範型は、こうだ。すなわち、マルクス主義的社会主義の全根本的諸価値を実現しようとする全ての試みは、スターリニズムという間違いなき特質を帯びる政治組織体を生みだす傾向があった(likely)のか?
 私は、上の二つの問題設定を肯定する回答を行う立場で、以下を論述する。
 但し、第一の問いに「そのとおり」と語ることは第二の問いに「そのとおり」と語ることを論理的には含んでいない、ということを認識している。
 また、スターリニズムはマルクス主義のいくつかの受容可能な変種の一つだと主張することと、マルクス主義哲学のまさにその内容は他のいずれよりもこの特有の〔スターリニズムという〕範型に対してより有利に働いたということを否定することとは、論理的には矛盾していない、ということも。//
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 第二節へとつづく。

1899/G・ステッドマン・ジョウンズ・カール・マルクス(2016)。

 ソ連解体後でも、日本の出版社およびこれに影響をもつ日本共産党員や容共「知識人」の外国の<反共産主義>文献に対するガード(つまり、自主検閲・自主規制)は堅いようだ。
 L・コワコフスキの大著、R・パイプスの二著のほかにシェイラ・フィツパトリク・ロシア革命(最新版、2017)も邦訳書はない。
 一方で例えば、江崎道朗が唯一コミンテルン関係書として付録資料のそのまた一部を利用していた邦訳書・コミンテルン史(大月書店、1998年)は、立ち入った内容紹介はこの欄でしていないが、レーニン擁護まではいかなくともレーニンになおも「甘い」ところがある。かつまた、著者の二人は20-30歳代だったと見られ、そのうち一人の現在はネット検索してもさっぱり分からない。
 また、岩波書店のシリーズものの一つ、グレイム・ギルほか=内田健二訳・スターリニズム -ヨーロッパ史入門(2004年)は、レーニンとスターリニズムとの接続関係を何とかして認めないように努めている。まだ、この欄では紹介、言及していない。
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 カール・マルクスの人生や論考全体に関する近年の研究書に、以下がある。
 ①Gareth Stedman Jones, Karl Marx :Greatness and Illusion (Cambridge、2016年)。
 ②Jonathan Sperber, Karl Marx :Nineteenth-Century Life (Liveright、2014年)。
 これらは、目も耳も早そうな池田信夫が紹介したかもしれないと思ったが、まだのようだ。
 ①のG・ステッドマン・ジョウンズ・カール・マルクス-偉大と幻想(2016)は、奇妙な読み方だろうが、そのEpilogue であるp.589-p.595 を辞書なしで何とか読んでしまった(Kindle 版ではない)。
 小川榮太郎の文章を探して確認して読むよりは、私にははるかに知的刺激になる。
 小川榮太郎によると、彼の文章の意味が分からない者は、<小川榮太郎の「文学」>を理解できない人間なのだそうだ。
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 上の①の最後の部分を試訳する余裕はないが、著者は興味深いことを書いている。たぶん、以下のようなことだ。
 ・エンゲルスはマルクスの生前の手紙類をロシアの友人、「社会主義」者のLavrov に渡したが、その内容を<資本>の第二巻・第三巻の編集に利用しなかった。
 ・プレハノフ、ストルーヴェおよびレーニンがロシアのマルクス主義は「史的唯物論対人民主義」、「西欧化対ロシア主義」の闘いだとしたとき、エンゲルスは異論を挟まなかった。このことは、農民共同体の重要性が直接的な政治的争点になった国で、マルクスの見解を忘れさせる意味をもった。
 ・エンゲルスはロシアでの農民の多さ、都市プロレタリアートの少なさを指摘はしていたが、マルクスの1883年直前のロシア・農村共同体(ミール)に関する見解は20世紀にまで(ロシア革命以前に)ロシアに伝わらなかった。〔イギリスやロシアの農村共同体に関する論及がEpilogueの最初にあるが割愛する。〕
 ・マルクス=エンゲルス全集を編纂したRyazanov はマルクスからの手紙のやりとりがあったことを想い出し、かつAkselrod文書の中にあることが判ったが、編集者はマルクスの手紙が忘れ去られた本当の理由を理解できなかった。
 ・マルクスの手紙は、「正統派マルクス主義」派の「都市に基礎をおく労働者の社会民主主義運動の構築という戦略」ではなくて、プレハノフらに、「農村共同体を支援する」ことを強く迫るものだった。
 ・〔秋月の読み方では、マルクスは後進国とされるロシアでのプロレタリアートの少なさ・弱さからして、これの支持を得ての「革命」-「プロレタリアート独裁」を想定していなった。二次的に(必ずしも理論的にではなく)「農民」の支持を求めるいわゆる<労農同盟>論は-元々は日本共産党も継承した-マルクスではなく、レーニン・ボルシェヴィキによる。〕
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 このG・ステッドマン・ジョウンズの2016年著に対する書評をさらにネット上で見つけた。
 Terence Renaud (Yale Uni. )は、マルクスの伝記はとくにIsaiah Berlin、George Lichtheim およびLeszek Kolakowski のものが「スタンダード」だとしつつ(コワコフスキを除き、邦訳書があって所持している筈だ)、この著者も青年マルクスと成年マルクスの哲学上の継続性を承認する。しかし、長くは紹介しないが、こんな紹介があって、「しろうと」には意外感を抱かせる。一部だけ。
 「ステッドマン・ジョウンズは、マルクスの政治論は1860年代に変化した、と主張する。
 イギリスに逃亡中の間に、彼は社会(的)民主主義者、そして暴力的手段を拒絶する労働組合支援者に変化した。
 マルクスは蜂起についてのジャコバン型やブランキ型を放棄し、ゆっくりとした漸進的な変化を支持した。
 多数の共産主義者たちがのちに信じたのとは反対に、マルクスは革命に関して単一の劇的な事件ではなくて長い過程だと考えた。
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 しかし、このTerence Renaud は、著者のGareth Stedman Jones (1942~、Uni. of London)は、「新左翼」-「フランス構造主義派」-<マルクス主義放棄>と立場を変えており、自己正当化のためのマルクス理解・解釈ではないか、とかなり疑問視しているように読める。
 Stedman Jones はかつてNew Left Review の編集長だったらしく(1964-1981)、これはL・コワコフスキを批判するE・トムソンの文章が別の雑誌に掲載された1970年代前半を含んでいる(その反論がこの欄に試訳を掲載したL・コワコフスキ「左翼の君へ」)。
 T. Renaud という研究者についても全く知らないのだが、Stedman Jones の主張を鵜呑みにするわけには、きっといかないのだろう。
 だが、いろいろと興味深い議論または研究ではあるようだ。
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 日本で、マルクス(やエンゲルス)あるいはレーニン等に関する、冷静な学問的研究を妨げているのは、マルクスとマルクス主義あるいは「科学的社会主義」を党是とする政治組織・政党が存在していて、その「政治的」圧力が、意識的または無意識的に、日本の人文社会分野の研究者を<拘束>しているからだと思われる。
 <身の安全を図る>ために、日本共産党が暗黙に設定している<タブー>を破って「自由な学問研究」をすることを、事実上自己抑制しているのではないか、と秋月瑛二は推測する。「自由な学問」・「大学の自治」は共産主義組織・政党によって蝕まれているのではないか。
 かつまた、「(容共)左翼」に反発している人々も、立憲民主党や朝日新聞等を批判することがあっても、なぜか正面からの<日本共産党批判>には及び腰だ。
 なぜだろうと、つねに不思議に感じている。日本の出版業界やマス・メディア業界(これらも資本主義的で自由な営利企業体だ)の独特さ、奇妙さにも一因があるに違いない。
ギャラリー
  • 1982/日本会議・「右翼」と日本・天皇の歴史05⑤。
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  • 1980/日本会議・「右翼」と日本・天皇の歴史05④。
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  • 1978/日本会議・「右翼」と日本・天皇の歴史05②。
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  • 1920/L・コワコフスキ著第三巻第四章第5節。
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  • 1916/S・フィツパトリク・ロシア革命(2017)⑳完。
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  • 1906/NYタイムズ2009.07.20の訃報-L・コワコフスキ。
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  • 1901/Leszek Kolakowski-初代クルーゲ賞受賞者。
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  • 1900/Leszek Kolakowski の写真。
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  • 1900/Leszek Kolakowski の写真。
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  • 1811/リチャード・パイプス逝去。
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  • 1809/S・フィツパトリク・ロシア革命(2017)⑧。
  • 1777/スターリン・初期から権力へ-L・コワコフスキ著3巻1章3節。
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  • 1734/独裁とトロツキー②-L・コワコフスキ著18章7節。
  • 1723/2017年秋-兵庫県西脇市/大島みち子の故郷。
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  • 1721/L・コワコフスキの「『左翼』の君へ」等。
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