秋月瑛二の「憂国」つぶやき日記

政治・社会・思想-反日本共産党・反共産主義

2011年08月

1042/昭和ヒトケタ世代・「少国民」世代ー再論。

 井沢元彦・日本史再検討(世界文化社、1995)p.110は、こう書いていた。
 「実は、私は日本のある世代に『偏見』を持っている。それは『昭和ヒトケタ』世代である。(昭和一〇年から一二年あたりの生まれの人々もこれに含む)この人たちは戦前の『超国家主義教育』の最大の犠牲者である。『お国のため』『天皇陛下のため』『死ぬのが正義』だと、年端もいかない頃に叩き込まれ、その気持ちが固まった頃に敗戦となり、今までの教育は一切まちがいだったと言われた。……お気の毒だとは思う。/しかし、この人たちのいう『歴史』や『民主主義』には、私はうなづけない点が多い。小さい頃に受けた『心の傷』が、一種の『ゆがみ』になってていて、本物ではない気がするのだ。……」。
 小林よしのりの近年の論調は奇妙なところがあり、日本の歴代の天皇の大多数が男性だったのは、中国(・儒教)の影響を受けた「女性蔑視」思想による、などという叙述には、大いに笑い、かつ悲しい気分にもなった(だいぶ前に読んだので、文献を特定できないが)。いわゆる「男系絶対」論者に対する侮蔑的言葉による罵倒にも従いていけない。本当に「ゴーマン」なところのある人物だとも思う。但し、<英霊の言之葉>を読んで涙した(同編・国民の遺書)という心情には共感できるところがある。
 また、月刊WiLL10月号(ワック、2011.08)のp.186あたりの以下の叙述に限って、同感する。朝日新聞へのある投書を紹介したあと、こう書く。
 「この投書は、まさに『少国民世代』の典型である。ここまで空気がこわばり、直立不動で君が代を歌わされた時代は、小学校が『国民学校』、児童が『少国民』と改称されていた昭和16年から20年までの間にほぼ限られる。日本の歴史上、例外的な現象なのである。……/しかも、自分の異常な体験を普遍化させてしまった『少国民』世代がマスコミや教育を通し、国旗・国歌・天皇は危険なものだとあまりに長きにわたって唱え続けたため、その認識は、正しいか否かに関係なく、『一般常識』として世代を越えて受け継がれてしまっている。……」。
 これらと同趣旨のことはこれまでに何度かこの欄に書いた。
 井沢のいう「昭和ヒトケタ」+昭和12年までは、1925年~1937年生まれで、終戦時に8歳~20歳。 
 小林のいう、昭和16年から20年までの間に小学生(国民学校生=「少国民」)だった者は、国民学校を6年制だとみなして少しだけ複雑な計算をすると、昭和4年(1929)~昭和13年(1938)生まれになる。井沢のいう、「1925年~1937年生まれ」と、大きくは異なっていない。
 むろん例外はあるが、傾向的にはこの世代は、良くなく苦しかった戦時中から戦後は明るく豊かになり、良い時代に変わった、自民党の一部に残る古い・軍国主義的雰囲気の復活を許してはならないと、これは戦後「進歩的文化人」が説いたのとほとんど同じなのだが、漠然と考えていて、そう考えていた者のほとんどは、民主党による(自民党政治から離反した)「新しい」政治を期待して、2009年には、民主党に投票したのではなかろうか。
 自らが特殊な世代だという自己認識はなく、自分たちが新しく戦後に形成した(と思っているがなおも伝統的な部分も基底には残している)「意識・道徳観」を後続の世代も共有しているはずだ、などというとんでもない誤解をしている可能性がある。
 この世代が人数の多い(鳩山由紀夫や菅直人を含む)
いわゆる「団塊」世代の兄貴分的または若い父親的役割を果たして、後者を指導・教育し「煽動」したことを忘れてはならない。

1041/「政権交代可能な政治体制」(二大政党制)は良いものか?

 〇産経新聞8/22付で高橋昌之が8/16付朝日新聞社説を批判している。
 高橋から引用すれば、この朝日社説は今回の民主党代表選に関して、次の疑問を書いているらしい。①「新代表が首相になる。毎年のように首相が代わったあげく、今度は3カ月でお払い箱か。こんなに短命政権続きで日本は大丈夫か」、②「菅氏は先の参院選で敗北しても首相を辞めなかったのに、なぜ一政党内の手続きにすぎない投票の結果次第で首相を辞めなければならないのか」。
 朝日は8/22社説でも「なぜ続く短命政権―……また首相が退陣する」と題打ち、「参院による倒閣」可能な制度・現状を問題視している。
 そもそも、「短命政権」ではなくするためにはどうすればよいか、が目下の最大の検討・考察テーマでは全くない。朝日新聞は、皮相的な、非本質的問題になぜか拘泥している。
 民主党政権を支持・擁護したのは朝日新聞で、だからこそ「短命」で終わらざるをえなかったのが残念なのかもしれないが、「短命」で終わるだけの政策的・人間的等の理由があったはずだ。そちらを朝日は解明してみたらどうか。
 また、かつての自民党政権を「短命」で終わらせようとしてきたのは朝日新聞そのものではないか。短命政権の連続の原因が問責決議等をする参議院の存在にあるなどというのはとんだお笑い草的な分析でアホらしいが、2007年参議院選挙後に安倍晋三首相を辞任させようと「運動」する紙面つくりをしたのは、朝日新聞そのものではないか。犯罪的な健忘症集団だ。
 先の②も誤っているが、わざわざ批判する気にもなれない。
 〇上の論調は、<政権交代可能な>政治が是であることを前提として、その長短を問題にしている。
 あえて目くじらを立てるほどではないかもしれないが、産経新聞8/19の近藤真史の「from Editor/首相の使い捨ては続くか」は少し気になる。
 「首相の使い捨て」=短命政権の連続を問題視しているのは朝日と同じで、かつ次のような一文がある-「今はまだ、『政権交代可能な政治体制』確立に向けた過渡期なのだろう。……」。
 これは「政権交代可能な政治体制」がよいものだということを前提としている。この前提は適切なのか。国や歴史や政党の事情等を抜きにして、こんなことを当然の前提としてよいのか?
 〇「政治改革」の名のもとに衆院での小選挙区制を中心とした選挙制度に改められたのは細川護煕内閣のときで、野党・自民党の総裁は河野洋平だった。形式的にはこの二人の合意に始まるその後の日本の政治状況は、選挙制度改革に矮小化された「政治改革」が決して成功していないことを示している。
 それどころか、中西輝政・強い日本をめざす道(PHP、2011)の表現を借りれば、2009年の「政権交代」・「それ以降以後の民主党政権の歩み」は、「『改革の泥沼』の極みともいうべき惨状を呈している」(p.122-3)。
 中西も書いていることだが、1994年の上の二党首の合意による小選挙制への移行は、「政権交代可能な」二大政党制の形成(自民党一党支配の継続による「派閥」政治・「金権」政治の打破)のための手段として位置づけられていたように解されるが、そもそもこのような理解に誤りがあったのだろう、と考えられる。
 典拠を示さないままにしておくが、中川八洋は、1994年の「政治改革」は<左翼>の策略で、自民党はその危険性を看取できなかった旨を指摘している。
 1994年当時、自民党に代わるような多数議員を擁する政党はなかった。細川政権は非自民八党派連立政権だった。にもかかわらず、なぜにこの当時にすでに<二大政党制>あるいは政権交代可能な政治制度なるものが理想として語られたのだろうか。
 今にして思えばだが、中川が指摘するように、また中西輝政も憲法改正可能な2/3以上の議席獲得が容易になるかもしれないと考えて保守派も(自らも?)油断した旨をどこかで書いていたが、<二大政党制>という目標設定は、自民党政権を終わらせ、「左翼」=「容共」の血の混じった政権を誕生させるための策略だったかに思える。
 アメリカ、イギリス、ドイツのように、比較的大きな二つの政党がある国々において、「左」に位置するとされる政党ですら、決して「容共」ではなく、コミュニズム(共産主義)とは一線を画している。そして、軍事・安全保障政策については基本的には一致がある。
 このような二大政党制ではなく、片方に「容共」政党をもつような二大政党制ならば、ない方が、作らない方がマシだ。
 いい加減に、「政権交代可能な」二大政党制という幻想からは、日本の現状を見れば、離れるべきだろう。

1040/朝日新聞・「政治活動家」集団について久しぶりに。

 〇朝日新聞社の存在を意識すると、この国に住みたくなくなる気分が生じるほどだ。
 こんな社の作る新聞が700万部も発行され、2000万人程度には読まれ、評論家類は必ず目を通し、マスコミ関係者も参照してテレビでもワイドショー類を通じて拡散されていく。恐ろしい現実だ。
 その「左翼・売国」ぶりは相変わらずで、「野田佳彦財務相が、靖国神社に合祀されているA級戦犯について、戦争犯罪人ではないとの見解を示した」ことについて、8/18付朝日新聞社説はさっそくいちゃもんをつけている。そして、「首相になれば過去の歴史を背負い、日本国を代表して発言しなければならない。行動を慎み、言葉を選ぶのが当然だ」などと説教を垂れている。さすがに、「歴史認識」問題に関して、中国・韓国(政府・マスコミ)に対して「ご注進」してきた新聞社だ。
 〇3.11あるいは6.02以降、「政治」的話題に事欠かなかった。
 震災対応への不手際や内閣不信任頓挫等の事象・事件は、自民党(中心)内閣下のものであれば、朝日新聞はもっと大きくとり上げて騒いでいただろう。大震災への「政治」の誤った作為・不作為を問う姿勢に乏しく(むしろ原子力政策を推進したのは自民党内閣だったという自民党への批判が記事作りにも感じられた)、政府にむしろ暖かかったのではないか(他紙に比べて)。
 また、民主党出身議長による菅直人首相への辞職要求発言は客観的には大きな話題とされてよいとてつもない「事件」の筈なのだが、朝日新聞は大きくとり上げた気配がない(他紙も問題の大きさのわりには、話題を大きくしなかった。菅直人の不人気ぶりが極まっていたので、それに埋没した感もある)。
 震災への対応、不信任頓挫事件、参院議長発言等々、これが自民党(中心)内閣下のものであったなら、朝日新聞はまったく異なる報道ぶり・紙面づくりをしていたと思われる。なぜなら、この新聞社は「政治活動家」団体であり、自民党内閣打倒のためならば、いかなる誇張もデマ宣伝まがいのことも平気でしてきた新聞社だからだ。
 〇安倍晋三内閣のもとでの2007年参議院選挙の前後の朝日新聞や「週刊朝日」の報道ぶり・誌面や記事作りは、産経新聞が「何たる選挙戦」との連載記事に含めたほどのヒドい、悪辣なものだった。
 と思いつつ最近の「週刊朝日」の表紙のタイトルを見ていると、面白いことに気づく。3/11以降、一号(6/17号)だけを除き、08/19号の「菅直人が3.11以後のすべてを語る」まで、すべて「政治」性を直接には感じさせないテーマ・タイトルが選ばれている。以下のとおり。
 110812 プロ13人が注目する31銘柄
 110805 あの店の肉は大丈夫?
 110729 社長の年収
 110722 食品から解毒法まで・放射能の疑問に答える
 110715 忍び寄る放射能から家族を守れ!
 110708 放射能・震災からペットを守る!
 110701 食べてはいけない!夏の食材・見分け方
 110624 あなたの街の放射能汚染
 110617 今度の総理はだ~あれ?
 110610 放射能汚染・食べてはいけない見分け方
 110603 放射能から身を守れ!
 110527 浜岡原発停止はフクシマの「罪滅ぼし」
 110520 ビンラディン射殺作戦の全貌
 110506・13 東電が公表しない放射線量データ
 110429 響け!負けないで
 110422 復興への祈り(両陛下)
 110415 福島原発のデス・ロード
 110408 東北振興で始まるニッポン復活のへの道
 110401 日本は必ず復興する!
 110325 東北関東大震災・奇跡の生還
 110318 元「暴」系タニマチが豪語・前原は総理になる<震災以前の発行と思われる>
 2007年の安倍晋三内閣時代との違いは大きい。
 本来は「政治」が好みの朝日新聞が、上のごとく「政治」的話題をできるだけ避けていることは明白だ。「政治」状況が、「歴史的な政権交代」をなしとげた民主党には不利で、それに輪をかけるような報道・記事作りをしたくなかった、というのが本音だろう。
 さすがに、「政治活動家」組織の朝日新聞社だ。この新聞社が消滅するか大きく弱体化しないと、「戦後」は終わらないし、終わらせることもできないだろう。

1039/櫻井よしこの政治感覚は研ぎ澄まされているだろうか。

 一 月刊正論9月号(産経新聞社)の巻頭、櫻井よしこ「国家は誰のものか」(談)は主として菅直人批判に費しつつ、谷垣自民党批判と一定の議員グループへの期待をも語っている。
 7/15の民主党議員グループの行動に流れの変化を感じるとしつつ、櫻井は続ける。-「一方、不甲斐ないのは自民党現執行部」で、菅直人が延命できるのは「現在の自民党執行部の責任でも」ある。谷垣禎一を次期首相にとの世論が少ない「理由は明らか」で、「相も変わらず、元々の自民党の理念を掲げていないから」だ。「憲法改正、教育改革、国家の自立など」の点について、「民主党の菅、鳩山政権と大差のない政策しか提示し得ていない…」(p.60-61)。
 このような叙述には、首を傾げざるをえない。
 自民党(谷垣自民党でもよい)の「憲法改正、教育改革、国家の自立など」の「政策」は「民主党の菅、鳩山政権と大差のない」、という認識または評価は、いったいどこから、どのような実証的根拠をもって、出てくるのだろうか。谷垣「リベラル」自民党との距離感をずっと以前にも示していた櫻井よしこだが、櫻井もまた「相も変わらず」何らかの固定観念にとらわれてしまっているのではないか。
 自民党のしていることを無条件に擁護するわけではないが、親中・「左翼」の「菅、鳩山政権と大差のない」などと論評されたのでは(しかも上記のような基本的論点について)、さすがの自民党「現執行部」も文句の一つでも櫻井に言いたくなるだろう。
 この冷たい?自民党に対する態度は、2009年総選挙の前後にも櫻井よしこに見られたところだった。
 櫻井よしこが上の部分の後に書いているところによれば、彼女が期待するのは「谷垣自民党」ではなく、6/07に初会合があった憲法96条改正議員連盟に賛同しているような、「既成政党の枠を超えた」議員グループのようだ。
 櫻井よしこは、この議員連盟こそが「真に日本再生に向けた地殻変動の起爆剤になる」ことを期待し、「彼らの議論から党を超えた連帯意識が生まれ、真の意味で政界再編の機運が高まる」ことを願っている。その際、「民主党、自民党、そのほかどの政党に身を置」いていようと関係がない(p.61)。
 櫻井よしこが現自民党に対して<冷たい>のはこういう代替的選択肢を自らのうちに用意しているからだろう。
 しかし、思うのだが、かかる期待や願望を全面的に批判する気はないが、櫻井は見方が少し甘いのではないだろうか。
 2009年の時点でも、明言はなかったようでもあるが、自民党よりも<真の保守>に近いと感じていたのだろう、櫻井よしこには自民党ではなく「たちあがれ日本」や「創新党」に期待するような口吻があった。しかして、その結果はいったいどうだったのか?。
 反復にもなるが、当時に自民党への積極的な支持を明言しなかった保守論客は、客観的・結果的には、民主党への「政権交代」に手を貸している。現時点ではより鮮明になっただろう、民主党政権の誕生を断固として阻止すべきだったのだ。保守派は2009年に敗北したのだ。この二年前の教訓は、今年中にでも衆議院解散・総選挙がなされる可能性のある現時点で、生かされなければならないだろう。
 党派を超えた動き、それによる「真の政界再編」を夢見るのは結構だが、それらは次期総選挙までに間に合うのか??
 櫻井よしこは、とりあえずにでも現執行部の自民党を中心とした政権が成立するのがお好きではないようだ。そんな態度をとり続けていると、民主党「たらい回し」政権があと二年間も延々と(!)続いてしまうのではないか。
 二 櫻井よしこの週刊新潮8/25号の叙述の一部にも気になるところがある。
 民主党あるいは鳩山・菅政権の「政治主導」が失敗し、むしろ消極的で悪い効果をもたらしたことは、多言しないが、明らかだ、と思われる。政治主導あるいは官僚排除の姿勢によって、政治・行政運営に「行政官僚」をうまく活用することができなかったのだ。
 ところが、そういうより広い観点からではなく、櫻井よしこは「政治主導の確立と官僚主導の排除」を「公務員制度改革」の問題に矮小化し、「以前と比較にならない官僚の勝手を許す結果に陥った」と菅政権を総括している(p.139)。
 行政官僚をうまく使いこなせなかったことではなく、櫻井によると、<以前よりも官僚が強くなった(以前よりも「勝手を許」した)>のが問題だ、というのだ。
 このような事態の認識は、全体を見失っている。そして、このような認識と評価は、政官関係について「相も変わらず」屋山太郎から情報と意見を入手していることに原因があるようだ。
 「天下り禁止」の有名無実化を批判するのはとりあえず結構だが(なお、古賀利明の本にいつか言及する)、この問題に焦点を当てているようでは、議論の対象が「ちんまい」。問題把握のレベルが小さすぎ、視野狭窄があり、優先順位の序列化の誤りもある。
 すぐれた政治感覚と政治・行政実務に関するしっかりした知識をもった、信頼できる<保守>論客はいないものだろうか。憂うこと頻りだ。    

1038/中西輝政・ボイス9月号論考を読む-「左翼」の蠢動。

 やや遅れて、月刊ボイス9月号(PHP)の中西輝政「”脱原発”総理の仮面を剥ぐ」を読む。
 ・テレビに加藤登紀子と辻元清美がともに映っていたので気味が悪かったのだが、「そんなに私の顔を見たくなかったら」と菅直人が何回も繰り返したのは6/15で、上の中西論考によると、議員会館内の「再生可能エネルギー促進法成立!緊急集会」でのことで、出席者には孫正義と上の二人のほか、以下がいた。
 宮台真司、小林武史、松田美由紀、福島瑞穂。
 また、この集会自体が、多くの「左翼」団体共催のものだったらしい。中西輝政は次のように書く。
 「『反原発左翼』は死んでいない。古色蒼然たる護憲派左翼などとはまったく違い、…。…〔こんな〕集会に、総理大臣が喜色満面で出席して大熱弁を振るうこと自体が」異様なものだった。
 ・知らなかったが、民主党・菅直人政権の落日ぶりに「左翼」は落胆し右往左往しているとでも楽観的に思っていたところ(?)、中西輝政によると、以下の事態が進んでいるらしい。
 上と同じ6/15に「『さようなら原発』一千万人署名市民の会」の結成が呼びかけられた。呼びかけ人は以下。
 鎌田慧、坂本龍一、内橋克人、大江健三郎、澤地久枝、瀬戸内寂聴、落合恵子、辻井喬、鶴見俊輔「ら」。
 <九条の会>と見紛うばかりの「左翼」だ。そして、中西は書く。
 「多くの心ある人びと」は「左派が組織的に動き出している。左の巨大なマシーンがうなりを上げている」と「直感」するはずだ(以上、p.82)。
 ・中西輝政の上の論考は最後の節の冒頭でこう書いている。
 「すでに『戻ってきた左派』の陣営が整いはじめている可能性があるにもかかわらず、危機感という意味で、日本の良識派はあまりにも出遅れている」(p.87)。
 そのあと、「反原発」保守とされる竹田恒泰・西尾幹二への批判的言及もあるが、その具体的論点はともかくとしても、一般論として、組織・戦略・理論、いずれの分野をとってみても、保守派は「左翼」に負けているのではないか、というのは、かねて私が感じてているところでもある。
 (歴史認識諸論点も含めて)あらゆる論点について「左翼」は執拗に発言し、出版活動を続けているが、誰か<大きな戦略>を立てている中心グループがどこかに数人かいそうな気さえする。その人物たちのほとんどは(隠れ)日本共産党員で、有力な出版社または新聞社の編集者または編集委員あたりにいそうな気がする。彼らは、このテーマなら誰がよいかと調査・情報収集したりして、新書を執筆・刊行させたり新聞随筆欄に執筆させたりしているのではないか。それに較べて保守派は……。佐伯啓思は思想家で「運動」に大きな関心はなさそうだし、中西輝政はより<政治的>に動ける人物だろうが、一大学教授では限界がある。産経新聞社の何人かが、上のような<戦略中枢>にいるとはとても感じられない。日本会議とかでは<大衆>性または知名度に欠ける(この点、岩波書店や朝日新聞の名前は威力が大きいだろう)。国家基本問題研究所なるものは、櫻井よしこがいかに好人物だとしても、屋山太郎が理事の一人だという一点だけをとっても、まるであてにならない。相変わらず、私は日本の将来に悲観的だ。

1037/「戦後」は終わった(御厨貴)のか?

 再述になるが、新保祐司の産経7/05「正論」欄は、「戦後体制」または「戦後民主主義」を「A」と略記して簡潔にいえば、大震災を機に①Aは終わった、②Aはまだ続いている、③Aは終わるだろう(終わるのは「間違いない」)、④Aを終わらせるべきだ、ということを同時に書いている。レトリックの問題だなどと釈明することはできない、「論理」・「論旨」の破綻を看取すべきだ(私は看取する)。
 上の点はともあれ、東日本大震災発生によって「戦後」は終わり、「災後」が始まった、ということを最初に述べたのは、菅直人に嫌われてはいない、東京大学教授・御厨貴だったようだ(月刊文藝春秋?)。
 たしかに「災後」ではあるが、「戦後」はまだ終わってはいない、というのが私の認識だ。
 井上寿一は産経8/03の「正論」欄の中で、「『8月15日』から始まった戦後日本の歴史のサイクルは『3月11日』に終わった」という一文を挿入している。「戦後日本の歴史のサイクル」という表現の意味が必ずしもよく判らないので断定できないが、3/11を戦後日本の最大の画期の如く(御厨貴と同様に?)理解しているとすれば、支持することはできない。
 今年の3/11を語るならば、1993年の細川護煕を首相とする非自民連立内閣の成立も、その翌年94年の村山富市を首相とする自社さ連立政権の成立も、大きな歴史の画期だった。これらよりも重要な画期は、2009年総選挙後の民主党「左翼・売国」政権の誕生だったかもしれない。これらの内閣の変遷から視野を外しても、1995年のオウム事件・サリン事件は、戦後「民主主義と自由主義(個人主義)」の行き着いたところを示した、とも言いうる(当時にそんな論評はたくさんあったのではないか)。
 誰でも自分が経験した目下の事象を(たんなる個人的にではない)社会的・歴史的に重要に意味を持つものと理解したがる傾向にあるかもしれないが、今年の3/11をもって「戦後」が終わったなどと論じるのは(あるいはそういう時代認識を示すのは)、「戦後」はまだ続いている、ということを糊塗・隠蔽する機能をもつ、犯罪的な言論だと考える。
 1947年日本国憲法はまだ存続している。自衛隊の憲法上の位置づけに関する議論に画期的な変化が生じたわけではない。日米安全保障条約もそのままだ。なぜ、「戦後の終焉」を語ることができるのか。
 3/11を機会に、「戦後レジーム」の終焉へと、あるいは憲法改正へとさらに奮闘すべきだ、という議論ならば分かる。
 だが、「なすべき」次元の目標と客観的な現実とを混同してはならない。
 根拠論考が(今の時点で)定かでないので引用し難いが、佐伯啓思は、この度の大震災を「戦後」の終わりを超えた、<近代>または(原発に象徴される)<近代文明>の終焉を示すもの(それの限界・欠陥を示すもの)と理解しているように見える(とりあえずは関係文献を参照要求できないが)。
 かりに上のことがあたっているとすれば、反論は可能だ。
 専門家ではないが、ニーチェ、キェルケゴールらは「近代」の限界・欠陥を強く意識したとされる。それは19世紀末だ。グスタフ・クリムトらの<世紀末>芸術運動も時期的には重なっている。何よりも、その後の第一次「世界」大戦こそがすでに、「近代」の終わりの象徴だったのではないか。第二次大戦の勃発も同様かもしれないが、その戦争の最後に「核兵器」が使われて十万人以上が一瞬にして生命を剥奪された、ということはまさしく「近代」(文明)の終わりそのものではなかったのだろうか。もう少し後にずらしても、1989年以降のソビエト解体・東欧「社会主義」諸国の終焉もまた、「近代」の終焉の徴表と理解することが不可能ではない。
 「近代(文明)」の終わりなるものは、もう100年にわたって続いているのではないか? ついでながら、アンドロイド・スマートフォンとやらを含む近年のIT技術の深化・変容は、どのように歴史的に(文明史的に)位置づけられるのだろうか。
 といったわけで、佐伯啓思のいくつかの文章をまじめに(?)読んではいるが(産経新聞、月刊正論、雑誌「表現者」内のものであれば必ず読む。ウェッジを買ったときまたは東海道新幹線のグリーン・カーを利用したときも読む(但し、連載は最終回を迎えた))、全面的に賛同しているわけではない。
 余計ながら、最近のサピオ(小学館)で小林よしのりが、佐伯啓思の産経新聞6/20の佐伯「日の蔭りの中で/原発事故の意味するもの」を、佐伯啓思が<反原発>に立つものとして「さすが」と高く評価している。そのように<反原発>論者に理解されて、佐伯は不満を感じないのだろうか。

1036/8・15-追悼・参拝・松井石根。

 〇ちょうど一年前の8/15、佐伯啓思は産経新聞「正論」欄につぎのような文章を書いていた。悪くない文章なので、勝手に一部のみを再掲して紹介。
 「死者たちに思いを致すということは、別の言い方をすれば記憶するということである。そして記憶することは難しい。もっと正確にいえば、記憶したと思われるものを思いだすことは難しい。まして、戦後生まれの者にとっては、戦死者さえも想像裏のものでしかないのだから、〔…〕想像でしかないものを『うまく』思いだすことはたいへんに難しい。だから、思いだすことは、『うまく』想像することでもあるのだ。/私にとっては、あの戦争を象徴するものは、その多くが志願して死地へ赴いた若者の特攻である。〔……〕無数の若者がいる。地獄のごとき見知らぬ密林や海原に命を散らした無数の魂がある。/その魂の思いを想像することこそが、あの場違いな時間である黙祷が暗示しているものであった。特攻は、私にとっては、そのもっとも先鋭に想像力をかきたてる表出だった」。
 「あれから六十数年が経過して、戦後日本という時間と空間を眺めるとき、多くの者が、この『戦後』なるものに戸惑い、ある大きな違和感を覚えるのではなかろうか。〔……〕と報道される国が平和国家であるなどという欺瞞はもう通用しない。/基本になっていることは、戦後日本には、われわれの精神をささえる基本的な倫理観が失われてしまった、ということなのである。〔中略〕私には、もしも戦後日本において倫理の基盤があるとすれば、それは、あの戦死者たちへ思いをはせることだけであろうと思う。それは、特攻を美化するなどという批判とは無関係なことであり、また、靖国問題とも次元の異なったことである」。
 〇今年2011年の元旦の産経新聞は菅直人の動向につき、こんな記事を載せていた。
 「菅直人首相は31日深夜、東京都府中市の大国魂神社を訪れた。首相は午後10時20分に公邸を出発。同神社に到着するとスーツから、かみしも姿に着替えて、本殿に昇ると参拝した。/その後、元日午前0時になると、本殿前で太鼓を3回叩く『初太鼓打初式』に参加して、真剣な表情で太鼓を3回叩いた」。
 確認しないが、その後たぶん1/04あたりに伊勢神宮参拝もしたはずだ。
 ところで、社民党の福島瑞穂がこんなことを言うのをテレビで見聞きしたことがある。
 靖国神社への首相・閣僚の参拝は「政教分離の観点からも、好ましくない」。
 憲法上の「政教分離の観点から」(も)靖国神社首相参拝を批判するのならば、菅直人首相による府中市・大国魂神社参拝も伊勢神宮参拝も社民党・福島瑞穂は批判すべきだろう。
 靖国神社は他の神社とは違うと言うならば「政教分離」を持ち出すべきではなく、正面から<A級戦犯合祀>を堂々と批判すべきだ。
 しかして、<A級戦犯合祀>の神社だからダメだというならば、B級・C級「戦犯」としての刑死者を祀る神社もまたダメだ、ということになるはずだ(各地にある護国神社等を含む)。そのような、<B級・C級戦犯>問題に触れない靖国参拝批判論には、どこかに明らかな誤魔化しがある。
 〇早坂隆・松井石根と南京事件の真実(文春新書、2011)によると、松井石根にゆかりのある寺社等は以下のとおり(見落としがあるかもしれない)。
 ①金沢市・宗林寺(・聖徳堂)、②知立市・知立神社(・千人燈)、③熱海市・伊豆山興亜観音+「七士の碑」、④名古屋市中村区・椿神社、⑤名古屋市・日置神社、⑥愛知県三ケ根山々頂・「殉国七士廟」、⑦御殿場市・板妻駐屯地「資料館」(民営)、⑧愛知県・長福寺、⑨(⑧付近の)桶狭間古戦場公園「石碑」。

1035/国民保護法の適用は可能か?-佐々淳行著(幻冬舎)を1/3読む②等。

 〇「その損害が異常に巨大な天災地変又は社会的動乱によつて生じたものであるとき」は免責する旨を定原子力損害賠償法〔原子力損害の賠償に関する法律〕3条第一項但書に関する政府の解釈もマスメディアの議論も不明瞭なままではないか旨を先日8/02に記した。
 産経新聞の「主張」=社説をさかのぼって見ていると、「原子力賠償法案/『国の責任』はっきり示せ」と題する7/29付のそれで、次のように論及されていた。他紙は調べていない。
 「損害賠償をめぐる議論には、最初からボタンの掛け違いがあった。原子力事故の際の補償を定めた原子力損害賠償法では、異常に巨大な『天災地変』の場合、電力会社は賠償を免責され、国が責任を負うと定めている。/しかし、菅直人政権は初めから、この条項の適用の可否を議論することなく、東電の『無限責任』を前提にしてきた。そこにそもそもの根本問題がある」。
 菅内閣はやはり上の法律の解釈問題にほとんど立ち入らず、事業者の「無限責任」を前提にしているようだ。ここにも法律または法令の順守=誠実な執行ではなく「政治」・「政策」=国民の人気取りの方を優先しようとする菅直人内閣(・民主党内閣)の本質の一端が見られるように思われる。
 〇さて、佐々淳行・ほんとに彼らが日本を滅ぼす(幻冬舎、2011)への言及をつづける。
 一 第二章「危機管理の検証」の既読の最初あたりまでは、佐々は、安全保障会議設置法と国民保護法の適用を主張し、それをしなかった菅内閣を難詰している。
 国民保護法の問題は別に扱うが、前者による安全保障会議の招集・開催については(その要件も充足しており)それをすべきだっただろう旨は私もこの欄で既に書いた。
 興味深く、かつなるほどと思わせるのは、佐々淳行が推測する、菅直人が上の諸法律を適用しなかった理由だ。
 佐々は次のように言っている。
 ・自衛隊・警察という「力のあるもの」には「生理的に体質的に拒否反応」があり、できるだけ「平和的に、事勿れの楽観論」をとるという「左翼特有の基本姿勢」があったからではないか(p.77)。
 ・「市民運動家の感覚で生理的に…実力部隊の国家的掌握を嫌い」、「地方分権、非権力主義的権力分散の発想」で今回の大震災に取り組んだ。都道府県・市町村を中心主体とする災害対策基本法を使い、「なるべく自衛隊や警察機動隊を使わないですまそうとしたにちがいない」(p.78)。
 ・上の二つの法律の適用を拒否したのは、これらの法制の淵源が「有事法制の研究」にあり、菅直人は昔から「有事法制」に反対だったからだ(p.82)。
 安全保障会議についてこの指摘があたっているとすると、震災・原発事故後の政府の対応(不作為を含む)は人災・<政治災害>であり、「菅災」である可能性が高い。「左翼」政権であったがために、適切な対応ができなかったのだ。何という悲劇か。
 二 一方、国民保護法(武力攻撃事態等における国民の保護のための措置に関する法律)の適用可能性を前提とする、佐々淳行の主張については、にわかには賛成しかねる。
 佐々は、次のように言う。-緊急的な「国民の保護のための措置」は「武力攻撃事態等」になされうるのであり、「災害」を含むとは明記されていなくとも、「武力攻撃事態等」の「等」に中に含めることができる(実質的にも東北被災地は武力攻撃を受けたに等しい惨状だ)。「列挙」には「限定列挙」と「例示列挙」があるが、国民保護法は「例示列挙」で、「必要に応じて同種同類のものは高度の政治行政の有権解釈で拡大解釈や準用が許される」(p.85-86)。
 「列挙」に関する説明は一般論としてはその通りだろう。問題は、国民保護法についてそれがあてはまるかだ。
 佐々淳行は立ち入っていないが、法律の名称にいう「武力攻撃事態等」とは何を意味するかを、当該法律自体がどう定義しているか等を明らかにすることを試みる(そのために条文を調べてみる)ことがまず必要かと思われる。
 国民保護法(上記のとおりで略称)2条第一項は次のように規定する。
 「この法律において『武力攻撃事態等』、『武力攻撃』、『武力攻撃事態』、『指定行政機関』、『指定地方行政機関』、『指定公共機関』、『対処基本方針』、『対策本部』及び『対策本部長』の意義は、それぞれ事態対処法第一条、第二条第一号から第六号まで(第三号を除く。)、第九条第一項、第十条第一項及び第十一条第一項に規定する当該用語の意義による。 」
 ここにいう「事態対処法」という略称は、国民保護法1条の中で明記されてように
、「武力攻撃事態等における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律」を意味する(平15法律79)。この事態対処法(略称)で「武力攻撃事態等」等の意味は定められている、というわけだ。
 従って、事態対処法(略称)をつぎに見てみる。
 この法律の1条の冒頭にまずこうある-「
この法律は、武力攻撃事態等(武力攻撃事態及び武力攻撃予測事態をいう。以下同じ。)への対処について、基本理念、国、地方公共団体等の責務、国民の協力その他の基本となる事項を定めることにより、……」。
 「武力攻撃事態」とは「武力攻撃事態及び武力攻撃予測事態」のことをいうのであり、それは国民保護法(略称)についても同じなのだ。これらの中に地震・津波災害や原発災害は含まれるのか?
 事態対処法(略称)2条は、「武力攻撃」・「武力攻撃事態」・「武力攻撃予測事態」を、さらに、次のように定義している。

   武力攻撃 我が国に対する外部からの武力攻撃をいう。
   武力攻撃事態 武力攻撃が発生した事態又は武力攻撃が発生する明白な危険が切迫していると認められるに至った事態をいう。
   武力攻撃予測事態 武力攻撃事態には至っていないが、事態が緊迫し、武力攻撃が予測されるに至った事態をいう」。  

 いかに大規模で深刻なものであっても、地震・津波災害や原発災害は「武力攻撃事態及び武力攻撃予測事態」の中には含まれないとするのがおそらくは適切な法解釈だろう。
 なお、「武力攻撃事態等」=「武力攻撃事態及び武力攻撃予測事態」なので、前者の「等」は、「武力攻撃予測事態」を意味することになるが、これは佐々の用語にいう「限定列挙」にあたる。「武力攻撃予測事態『等』」ではない。
 というわけで、すでに<有事立法>に簡単に触れる中で自然災害・原発災害は含まない旨を記したことがあるが、それは正しく、いわゆる国民保護法を今時の大震災・原発災害に適用することは、いかに高度の政治的判断をもってしても、「法的には」無理ではないか、と思われる。
 佐々淳行の本は最後まで読み続ける価値があると思っているが、全く瑕瑾のない書物だとは、残念ながら言えそうにないように見える。

1034/佐々淳行・ほんとに彼らが日本を滅ぼす(幻冬舎)を1/3読む①。

 佐々淳行・ほんとに彼らが日本を滅ぼす(幻冬舎、2011.07)を一気に1/3ほどまで読む(計245のところp.86まで)。以下、まずは順を追ってメモしておく。
 ・佐々によると、「菅氏は冥府魔界から人間界に這い出してきた魑魅魍魎の地底人の妖怪の類だ。ウソをいい、人を裏切り、人を欺し、自己愛と総理の椅子に一日でも長くしがみつくこと自体が(略)目的のエゴイストで、国家観も社会正義観もない。日本人の道徳律〔略〕のすべてを欠く。その人格は論評のしようもない程低劣、妖怪としかいいようのない恥知らずである」(序章p.11)。
 こうまで罵倒される首相も珍しいだろう。8/10にようやく明確な近日中の辞任を表明した。かかる人物を首相にならしめた契機になった2009総選挙に際しての、民主党への投票者は、どの程度反省し、後悔しているだろうか。数千万分の一票にすぎず、何の反省も後悔もないのかもしれない。むろん第一の主犯は、そのような投票行動を誘発した朝日新聞等の「左翼」マスメディアにあると思われるが。
 ・日々の新聞・テレビ報道等は断片的で非本質的なものを多く含むため、佐々のこの著によるこの間の経緯の叙述は、資料的にも、わずか5カ月のことだが歴史回顧的にも、大いに役立つ。 
 例えば、原子力対策特別措置法にもとづく「原子力緊急事態宣言」は3/11の午後7時3分に発令された、とされる(p.27)。
 政府(・枝野内閣官房長官)が当初、直接の危険はないが「万全を期すため」と称して規制・指導を行ったこと、最初の塔屋爆発後の政府・東電の混乱や情報提供の不備等々も、具体的に叙述されている。
 ・3/25の福島第一原発付近住民への<自主的な避難の要請>が、原子力災害対策特別措置法による正規の避難「指示」・「勧告」だと「放射性物質による汚染拡大を正式に認定することになり、周辺住民の不安に拍車をかけかねない」(下記新聞)という理由での、中途半端かつ人任せの無責任な措置だったことも、毎日新聞3/26記事を引用しながら指摘している(p.52-53)。
 ・他にも、「菅直人という人間の宿痾ともいうべき『責任逃れ』」、「専門家への丸投げ」、会議・本部の「二〇以上の組織」の乱造、「惨憺たる」東電・原子力安全保安院等の「広報体制」等が言及されている。
 ・佐々によると、原子力安全委員会委員長・斑目春樹は、3/12の首相現地視察に同行して(塔屋爆発前に)「原発は大丈夫です。構造上爆発しません」と進言したらしい(p.59)。
 ・ 4/04に東電は第一原発の汚染水の海中放出を始めた。これは原子炉等規制法64条による(緊急)措置らしい。このように、法学部出身警察・危機管理官僚だった人物らしく、根拠法令(・条項)やその有無にも配慮された叙述がなされているのが、一般新聞・テレビ報道などとは異なる。
 もっとも、この緊急措置の実施は、関係自治体や諸外国への事前連絡・根回しがなかったために混乱や批判も生じた(p.63-64)。
 ・佐々は、5/06の、菅直人首相による浜岡電発運転停止要請に対しても批判的だ。
 理由をあえて整理すれば一つは「法的根拠」のないこと、二つは「人気取り」の側面が大きく、「電力需要への責任など、菅総理は毛頭感じていない」のだろうということ、両者に関連して「政府での検討過程も明らかにされていない」こと、が挙げられている。
 かつてこの欄で、法的根拠がなくとも行政指導ならばできるだろう旨を書いたことがある。厳密な法的理屈はそのとおりだと今でも思うが、重要な政策決定についてはいかに「要請」ではあっても、少なくとも「閣議決定(了解)」くらいは得ておくべきだ、内閣総理大臣かぎりでの行政指導・「要請」権限は濫用されてはならない、ということは今の時点で追記しておきたい。

 ・東電が第一原発一号機は津波襲来から16時間後に「メルトダウン」していたことを認めたのは、5/12だった(p.72)。確認まで二ヶ月以上も要する(p.72)ものなのか、東電は隠してはいなかったのか、疑問は残るだろう。
 
・「言った、言わない」の「水掛け論は、菅内閣の特徴にして看過できない悪弊」だとして具体例も挙げられている(p.73-74)。佐々は第一原発所長・吉田昌郎の継続注入の判断を「称賛に値する」としているが、海水注入延期問題も斑目春樹の「言った、言わない」水掛け論的だった(p.72-73参照)。
 ・第一章は、「菅内閣は危機管理以前に、組織としての体を成していない。/…この人は組織というものがわかっていない」、「保身に走り、言い訳を繰り返す姿は醜い」等と、まとめられている(p.74)。
 本来書きたかったことは、次の国民保護法に関する叙述についてだ。次回以降にする。

1033/菅直人と「法治国家や議院内閣制」等々。

 一 昨年の参議院選挙の前に「たちあがれ日本」という政党のそれこそ立ち上げに石原慎太郎が尽力または協力していたようで、当時、石原慎太郎は都知事を辞めて国政選挙に出て参議院議員となり、<最後のご奉公>をするつもりではないか、と感じたことがあった。また、そうであれば、この政党は石原の知名度の助けもあってかなりの議席を取れるのではないか、とも予測した。
 石原慎太郎の議員立候補とはたぶん無関係に、櫻井よしこらをはじめ、<真の>保守政党に少なくとも自民党よりは近いらしいこの政党に期待する向きも(保守論客の中には)多かったようだが、選挙結果は芳しくなかった(なお、山田宏らの「創新党」は議席一つすら獲得できなかった)。
 今でも、石原慎太郎が今年の都知事選挙に結局は立候補するくらいならば、昨年の国政選挙に出てもらいたかったと思うのだが、このあたりの話題は雑誌・週刊紙類でほとんど読んだことがない。
 二 「たちあがれ日本」には、平沼赳夫の他に片山虎之助がいるようだ。
 この片山のウェブサイトによると、片山虎之助は、7/22に参議院予算委員会で次のように発言した。このサイト内の「メールマガジン」によると、最後の第五点は次のようだ。
 ⑤「首相の『脱原発依存』の記者会見は、まさか個人の意見表明ではなかった筈で、言いっ放しでなく、本当の政策転換につなげて行く努力が求められる。しかし、首相には法治国家や議院内閣制についての認識が乏しいような気がしてならない」。

 最後の指摘の根拠はこれだけでは必ずしもよく分からないが、第二次補正予算案の6割近く(復旧・復興予備費)についての、「使途を決めない、政府に白紙一任するような8千億円の予算は、国会軽視で問題だ」という指摘(②)は根拠の一つなのだろう。
 阿比留瑠比の産経7/31の文章によると、片山は「菅直人首相は法治国家や議院内閣制に正しい理解があるのかなと思う。自分だけで独裁者であったら、この国は回りませんよ」と述べたらしい。こちらの方が、上のメールマガジンの文章よりは臨場感がある。
 そして、阿比留も指摘しているように、菅直人の答弁が「従来の長い自民党のやり方は、ほとんどの決定を官僚任せにしてきたのを見てきたので…」というものだったとすると、まことに菅直人は「法治国家や議院内閣制」について何も理解していないように思える。
 ところで日本国憲法66条第三項には、こうある-「内閣は、行政権の行使について、国会に対し連帯して責任を負ふ」。
 この条項を現菅直人内閣はきちんと履行しているだろうか。今さら指摘するようなことでもないが、首相と経産大臣の意思疎通のなさ、後者の涙ぐみ答弁、「忍」との手文字等々は、内閣不一致も著しく、とても<連帯して>国会=国民の代表機関に対して責任を負っている、とは思えない。これだけでも十分に内閣不信任に値するとすら感じるが。
 三 菅直人は憲法を松下圭一から学んだとか書いたか発言したはずだ。岩波新書に「市民自治の憲法理論」等々を書いている「左翼」出版社お墨付きの学者・松下圭一は、しかし、憲法学者ではなく、政治学者。「憲法の専門家」がどの程度信頼できるかという問題はあるが、そもそも松下は憲法の専門家ですらないのだ。
 菅直人はまた国際政治を永井陽之助に学んだ、とかも書いているか発言したはずだ。
 松下圭一の名をとくに出すことも含めて、このような菅直人の学者名の列挙は、むしろ憲法・政治・国際政治等々に関する基礎的な学識のなさを窺わせる。なぜなら、これらをきちんと勉強していれば、それぞれの分野で一人ずつくらいの名前しか挙げられないはずはなく、首相たる者は、問われてあえて挙げるとすれば誰にするか、困るというほどでなければならないはずだ。そして、通常は、名指しできない人物に失礼にあたるので、影響を受けた学者の特定の氏名などを、首相が簡単に挙げたりはしないものだろう。
 しかるに、菅直人の<軽さ>=無知蒙昧さはここでも極まっている。社会系の学者の名を挙げて、理系出身の自分でもきちんと勉強して知っていますよ、と言いたいのかもしれないが、叙上のような特定の数人の専門書(らしきもの)しか読んだことはないのではなかろうか。そして、菅直人の脳内に蓄積されているのは、<市民活動>の中でてっとり早く読んできた、諸団体の機関紙類の断片的で煽動的な(学問性の乏しい)、かつ「自民党政治」を批判する目的のものを中心にした、論理や概念なのではなかろうか。
 鳩山由紀夫に続いて、菅直人もダメだ。ひどいレベルにある。「たらい回し」されるかもしれない民主党の三番目の人物ははたして大丈夫なのか?? 

1032/新保祐司の産経7/05「正論」-文芸評論家は文章に「厳密」か?

 産経新聞7/05の「正論」欄の、新保祐司の論考。「文芸批評家」等の肩書きで、文学部畑だろう。少なくとも、法学部出身者ではないだろう。
 「決起」と天皇との関係に関する三島由紀夫と福田恆存の対談内容の一部についても感じたことだが、「法的」思考の残る三島と<勝ってしまえば法的理屈など後からどうにでもつく>旨を語っていた福田とを較べれば、やはり法学部出身者でもあった三島由紀夫の思考方法になじみがある。三島由紀夫は<法的連続性>あるいは<法的正当性>というものを意識していたと思われる。
 以上は以下に書くことと直接の関係はない。ただ、「文芸」評論家なるものにあまり信頼を置いていない、という日頃の感想を記しただけだ。さらに贅言すれば、石原慎太郎は小説も書き文芸評論のようなこともしているが、法学部出身で、かつ国会議員でもあったし、さらには東京都知事という<行政実務>すら経験し、熟知している。たんなる文芸評論家や大学教授の言よりは、総じていって、石原慎太郎の発言の方に信を寄せたい(と書きつつも、あまりこの欄で取り上げていないが)。
 さて、上記の新保祐司論考についてだが、違和感があるし、また文章・「論理」も相当に奇妙なのではないか。
 ①新保によると、3月大震災以降の「今日」・「現在」において、日本人の生き方の根本的見直しが必要になっているが、それは、「戦後的な国家観や人間観は、破綻したからである」。
 また、新保によると、「東日本大震災は、まさに時代を画するものであり、『戦後民主主義』の息の根を止める威力を持つものであった」。
 以上は、(自らが客観的な事実だとするところの)客観的な「認識」の叙述のはずだ。つまり、新保において、「戦後的な国家観や人間観」は「破綻」し、「戦後民主主義」は「息の根を止め」られた、と認識されているのだ(直接引用のとおりで、そう理解して誤っていないはずだ)。
 ②しかるに、新保はこうも書く。「戦後民主主義」に対する批判あったし、「戦後レジームからの脱却」を唱えた政治家もいたが、「『戦後民主主義』というものはなかなかしぶとく、結局、今日まで慣性の法則で惰性的に続いている」。
 あれれ? 「戦後的な国家観」等は「破綻」し、「戦後民主主義」は息の根を止められたのではなかったのか? ①とは矛盾する「認識」が叙述されている。
 ③さらに、新保はこういう書き方もする-大震災が「結果として『戦後民主主義』を終わらせることになるのは間違いない」。
 これは、主観的要素を含まざるをえないと通常は考えられる、<将来予測>だ。
 ④つぎを読んで、ますます(少なくとも私は)混乱する。新保はこうも書く-「この非常時には、それを支えてきた現行憲法や戦後的な諸制度が虚妄であることが暴露された……。だから、『戦後民主主義』はできる限り早急に退場すべきである」。
 これは<将来予測>でもなく、現時点での<べき>論を語っている。新保の主観において、「戦後民主主義」を「退場」させるべく、彼や読者(国民)は努力あるいは運動す「べき」なのだ(そう理解して、大きく誤っているとは思えない)。
 何となく感じられる言いたいだろうことの当否は別として、上のような、「論理」の次元の異なる、率直に言って<矛盾した>文章を読まされると、とてもついていけない。
 「文芸評論家」だから許される、というものではないはずだ。むしろ「評論家」を名乗るからには、一体何を言っているのかを、曖昧にして言外に覚らせるようなことをすることなく(これにも失敗しているが)、明確にすべきだ。
 A客観的な現在の事実・事態の「認識」と、B将来の事実の「予測」とC現在から将来にかけてこう「あるべき」・「すべき」という論とは、それぞれ別のものであり、明確に区別すべきだ。
 これらの混淆した文章を一流の?新聞で読まされたのでは、たまったものではない。
 かつて習ったものだ。Sein (存在)と Sollen(当為) の区別を知らなければならない。二つのいずれを語っているかを理解しなければならず、自ら語る(叙述する)場合には、二つのいずれの次元の問題を扱っているかを明瞭にしておかねばならない。
 「戦後体制」・「戦後民主主義」は終焉しておらず、なおも続いている。その点では、大震災自体が画期になるものではない。かかる「認識」にかかわって他に言及したいこともあったが、長くなったのでやめる。
  

1031/片山杜秀「ヒトラーの命がけの遊び」新潮45/8月号と菅直人。

 産経新聞7/24の稲垣真澄「論壇時評」は、新潮45の2011年8月号の、片山杜秀「国の死に方2/ヒトラーの命がけの遊び」にほとんどを費やして注目し.要約的な紹介もしている。
 この書評記事を読む前に上記の片山杜秀の新潮45論考を読んで感心していたので、あらためて印象に残った。
 稲垣真澄の文章から離れて(それに依拠しないで)片山の文章の一部を紹介してみるが、菅直人・菅内閣という言葉はどこにもないにもかかわらず、つまりヒトラーに関する文章であるにもかかわらず、菅直人・菅内閣を強く想起させるものになっている。以下、一部の要約的紹介。
 ・ナチス時代のドイツは無統制的で責任の所在不明確で役割分担が曖昧だった。平時にも非常時にも徹しきれず、中途半端。ヒトラーは何か失敗したのか。いや、すべてが計算づくだった。「ヒトラーは意図的に国家を麻痺させていった」。ハンナ・アレントはこれを(のちに)「無秩序の計画的創出」と呼んだ(p.83-84)。
 ・なぜそんなことをしたのか。「ヒトラーは一日でも長くドイツ国家の頂点に居座りたかっただけ」だ。しかも、自らの権力を単なる調整ではない実のあるものにしておきたかった。それには、「ワイマール共和国の作り上げたいかにも近代国家らしい複雑精緻で能率的な機構」が邪魔だった。政治・経済・文化・科学の専門組織がきちんと機能すれば、各分野の専門家が実権を握る=「官僚等が幅を利かせる」。独裁者・権力者も調整役に甘んじ、専門家たちを統制できず、権力の上層は空洞化する(p.84)。
 ・いやならば専門組織を機能させなければよいが、「いきなり壊しては国家が即死する」だけなので、近代国家の「精密なメカニズムを怪奇なポンコツへとわざとゆっくり時間をかけて」変貌させる。党と政府の組織をすべて「二重化」し、党と政府の中に「似た役割の機関を増殖させる」(p.84)。
 ・その果ては「国家の死」だが、ヒトラーにはそれでよかったのだろう。彼は中下層の実務家に降りていた権力を上へと回収し、裁量権を拡大した。「法律の裏付けも実現可能な根拠もない思いつきの命令」を「唐突に」発しても、組織が多すぎて批判すべき部署が分からなくなり、「権力の暴走」を止められなくなった(p.84)。
 ・ここに「ヒトラーの政治の肝腎かなめ」がある。古代ローマの「一時的独裁」とはまるで異なる「ファシズム」なのだ。軍国主義・戦争を連想するように、平時にはファシズムは成立し難い。しかし、非常時は戦争に限らず、軍隊が登場しなくてもよい。「経済危機でも大災害でも電力不足」でもヒトラーの掲げた「共産主義の恐怖」でも何でもよい。そうした「非常事態に対処するためと称して、社会の見通しを悪くし、人々から合理的な判断の基盤を失わせ、世の中が刹那的な気分で運ばれてゆく」ようになれば、もう「立派なファシズム」だ(p.85)。
 ・ヒトラーは「命がけの遊び」を続けた。「日々に新しい組織を仕立て、次々と非常事態的新事態を引き起こした」。何が根本的問題でどう解決すべきなのか、彼はナチス党員にも国民にもゆっくり考える暇を与えなかった。そして、「目先の混乱状況をエスカレートさせては、それだけでいつも人々の頭を一杯にさせた。そうやって一日一日と綱渡りで延命した」(p.85)。
 以上、どう考えても、どう読んでも、菅直人(・民主党内閣)が念頭に置かれていないはずはない文章だ。
 例えば、大災害・原発不安等々の「非常事態に対処するためと称して、社会の見通しを悪くし、人々から合理的な判断の基盤を失わせ」ているのは菅直人そのものであり、ほとんどのマスメディアも本質的なことは報道しないで、ヒトラー、いや菅直人のお先棒を担いでいるだけではないのだろうか。
 思えば、ナチス党の正式名称は「国家(民族)社会主義労働者党」なのだった。ナチスあるいはファシズム=「右翼」と多くの人々は理解している(感じている)のかもしれないが、「社会主義」・「労働者」を冠した、立派な<左翼>政党だったとも言える。
 もともとハイエクやハンナ・アレントが指摘したように、あるいは旧民社党が「左右両極の全体主義を排し…」などと言っていたように、コミュニズム(共産主義)とナチズムは「全体主義」という点で共通性がある。
 「左翼」・菅直人がヒトラーによる「ファシズム」的政治・行政手法を採っていても、何の不思議もない。

1030/原子力損害賠償法・エネルギー政策基本法と菅直人・マスメディア。

 〇原子力損害賠償法〔原子力損害の賠償に関する法律〕3条第一項は、次のように定める。
 
「原子炉の運転等の際、当該原子炉の運転等により原子力損害を与えたときは、当該原子炉の運転等に係る原子力事業者がその損害を賠償する責めに任ずる。ただし、その損害が異常に巨大な天災地変又は社会的動乱によつて生じたものであるときは、この限りでない」。
 ここでいう「原子力事業者」とは原子炉等規制法〔核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律〕23条・23条の2・13条第一項・43条の4第一項・44条第一項・51条の2第一項・52条第一項のいずれかの「許可」を受けた者をいうので(同法2条第三項)、福島第一原発等の事故にかかる事業者は東京電力となる。
 さて、この規定は、損害賠償につき一般的・原則的な過失責任主義を採っていない(=無過失責任主義を採る)ことを明らかにしている、とされる。但し、完全な無過失・結果責任を要求しているわけでもなく、上記のとおり、「異常に巨大な天災地変又は社会的動乱によつて生じたものであるとき」は免責されるものと定めている。
 かねて不思議に思ってきたのは、この規定の解釈が政治・行政界でまともに議論されたことはなく、マスメディアにおいて話題にされたこともほとんどないと見られることだ。
 むしろ、おそらくは上にいう免責される場合にはあたらないことを当然に前提として、早々に、原子力損害賠償法自体にもとづく「原子力損害賠償紛争審査会」が発足し、議論を始めている。
 上の免責規定には該当しない、すなわち、「異常に巨大な天災地変又は社会的動乱によつて生じたもの」ではない、ということを内閣も各政党も、そしてマスメディアも十分に納得したうえで、損害賠償に関する細かな議論は進めてほしかったものだ。
 たぶん4月中の毎日新聞だっただろう、与謝野馨が上の免責条項に該当するので東電は免責される旨を言ったら、枝野幸男がそんな解釈には法律改正が必要ですよ(=今の法律のままだと東電は免責されない)と反論した、というような記事を読んだ。見出しになってもおらず、記事本文中の一部だったが、じつに基本的・根本的な問題に触れていたのだ。
 結論としてはどちらでもよい、と言えば語弊はあるし、最終的な決定権者は裁判所なのだが、政府として、上の法律の重要な関係条項をどのように解釈して損害賠償関係事務を遂行していくかは、きちんと明確にして国民(・マスコミ)に対して公表しておくべきだっただろう。
 ひょっとすれば、それはなされていたのかもしれない。そうだとすると、この点について重要な報道対象としなかった日本のマスメディアは、いったいいかなる「法的」感覚をもっているのかと、恐怖に近いほどの感想をもたざるをえない。
 東京電力を擁護する意図はないが、「異常に巨大な天災地変
」による損害か否かは、議論するに足りる論点だったと思われる。
 また、この法律の裏付けをもって被害者が権利として要求(請求)できる損害賠償(金銭による償いの一つ)と、東電や国等が<見舞金>的に行う、被災者=弱者救済という目的も含めての、政策的な金銭給付とは、論理的にはきちんと区別されなければならない。
 これらは、「法的」議論のイロハなのではないか?
 こうしたことが曖昧にされたまま?何となく事態が進行するのは、<法的秩序感覚>を不快な方向に動揺させる。
 〇産経新聞7/30付社説は、以下のことを述べている。
 菅直人内閣の「エネルギー・環境会議」が「原発への依存度を下げていく」ことを目指し、2050年までに原発を減らす工程表を作る方針を打ち出したが、「そもそも、首相は本来あるべき手続きを無視している。エネルギー政策は『エネルギー政策基本法』に基づき策定され、変更する場合、エネルギー基本計画を変えなければならない。策定者は経済産業相と決まっている。だが、首相は原発を推進してきた経産省の影響力排除を狙い、国家戦略室による見直しにこだわっている。その結果が今回の中間整理である」。
 菅直人とその内閣が<法律を誠実に執行>しているのか疑問を呈したところだが、阿比留瑠比の産経新聞7/30付「日曜日に書く/順法精神見あたらぬ菅首相」とともに、産経新聞だけは(?)、「本来あるべき手続」等の表現でもって、菅直人・同内閣の政治・行政スタイルの異様さを指摘し始めた(?)ようだ。
 上の産経社説が指摘している例は、<法律を誠実に執行>していないどころか、明らかに<違法な法令執行>をしているのではないか。左であれ右であれ、(現行の)法律に従っていない内閣・行政権は、それだけで厳しく糾弾・指弾されるべきではないのか??
 阿比留瑠比の文章の中に出てくる片山虎之助(たちあがれ日本)の発言を探してみたりしたのだが、長くなったので、次回以降に委ねる。

1029/水間政憲・中・高生にもわかる東大教授のバカ言論(2005)と大江健三郎。

 一 水間政憲・世界の金言・日本人の妄言/中・高生にもわかる東大教授のバカ言論(日新報道、2005)によると、まず、「占領下に大量発生した進歩的文化人の第一号」は、宮田繁雄(画家、1945.10.14朝日新聞紙上で藤田嗣治(のちにフランスに帰化)を批判、p.33・p.39)。
 つぎに、「日本弱体化計画を推進した東大三教授」は、横田喜三郎、大内兵衛、丸山真男(p.41~)。
 法学・経済学・政治学のそれぞれ代表者が一人ずつだ。丸山真男は今日の政治学界にもなお影響力をもっているようだ。いつか、元日本共産党員・名古屋大学名誉教授(法学部、のち立命館大学政策学部教授)の田口富久治の本に言及する。
 第三に、「日本弱体化計画に貢献した言論人」として、以下が挙げられる。
 向坂逸郎、大塚久雄、久野収、竹内好、加藤周一、鶴見俊輔、坂本義和、安江良介(岩波「世界」編集長)、浅田彰
 存命の者もいる、「左翼」の代表者たち。浅田彰は読んだことがない、「ニュー・アカ」とやら。
 第四に、「進歩的文化人」を「代表する小説家」として、以下の二名のみがが挙げられる。その「代表」性は著しいようだ。
 大江健三郎、井上ひさし
 二 水間の上の本は、孫引きしても直接の引用にもなるように、出典等を明確にして、「」つきで叙述・発言を紹介してくれている。以下の、大江健三郎の言葉はよく言及されるが、出典等がついた直接引用なので、役立ちそうだ。
 ・大江健三郎・毎日新聞1958.06.25夕刊「女優と防衛大生」
 「ぼくは、防衛大学生をぼくらの世代の若い日本人の一つの弱み、一つの恥辱だと思っている。そして、ぼくは、防衛大学の志願者がすっかりなくなる方向へ働きかけたいと考えている」。
 ・大江健三郎・週刊朝日1959.01.04号~02.22号
 「皇太子よ、考えていただきたい。若い日本人はつねに微笑しているわけではない。若い日本人は、すべてのものがあなたを支持しているわけではない。そして天皇制という、いくぶんなりとも抽象化された問題についてみれば、多くの日本人がそれに反対の意見をもっているのである」。
 ・大江健三郎・群像1961.03号「わがテレビ体験」〔…は原文ママ〕
 「結婚式をあげて深夜に戻ってきた、そしてテレビ装置をなにげなく気にとめた、スウィッチを入れる、画像があらわれる。そして三十分後、ぼくは新婦をほうっておいて、感動のあまり涙を流していた。それは東山千栄子氏の主演する北鮮送還のものがたりだった、ある日ふいに老いた美しい朝鮮の婦人が白い朝鮮服にみをかためてしまう、そして息子の家族に自分だけ朝鮮にかえることを申し出る……。このときぼくは、ああ、なんと酷い話だ、と思ったり、自分には帰るべき朝鮮がない、なぜなら日本人だから、というようなとりとめのないことを考えるうちに感情の平衡をうしなったのであった」。
 ・大江健三郎・厳粛な綱渡り(文藝春秋、1965)「二十歳の日本人」〔…は原文ママ〕
 「北朝鮮に帰国した青年が金日成首相と握手している写真があった。……それにしてもあの写真は感動的であり、ぼくはそこに希望にみちて自分および自分の民族の未来にかかわった生きかたを始めようとしている青年をはっきり見た」。
 ・大江健三郎・産経新聞1995.04.30「ワシントンでの講演録」〔…は原文ママ〕
 「日本のいまの自衛隊は軍隊であり、憲法に違反しているから、全廃しなければならない。私たち日本人は憲法順守という方向へ向けての新たな国づくりをしま始めなければならず、その過程で自衛隊を完全になくさねばならない……。日本の保守派にはこの憲法が米国から押しつけられたものだから改正する必要があるという意見があるが、米国の民主主義を愛する人たちが作った憲法なのだからあくまで擁護すべきだ」。
 かつて小林よしのりが大江健三郎をこう評したことがあった-「もはや日本人ではないところの何ものかになっている…」。
 

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