秋月瑛二の「憂国」つぶやき日記

政治・社会・思想-反日本共産党・反共産主義

2009年06月

0753/朝日新聞・社民党による田母神俊雄らの表現の自由・集会の自由の抑圧を許してはいけない。

 一 ネット上の朝日新聞系ニュース(6/29午後10時37分)によると、田母神俊雄の講演会が8/06に予定されていることに対し、元社民党国会議員の広島市長・秋葉忠利は、日程を変更するよう田母神俊雄と主催者・「日本会議広島」に申し入れたという。
 秋葉の文書は、「8月6日は原爆死没者の霊を慰め、世界の恒久平和を祈念するかけがえのない日。多くの広島市民の心情にご配慮を」と求めた、という。
 何を狂っているのか。田母神俊雄の講演がなぜ、「原爆死没者の霊を慰め」たり、「世界の恒久平和を祈念」することに反することになるのか。寝言は寝てから言ってほしい。
 それに朝日新聞系ニュースのつぎの言葉もひどい。
 「田母神氏は、政府見解に反し、日本の侵略行為や植民地支配を肯定する論文を発表したとして昨年10月末に航空幕僚長を更迭された」。
 更迭された事実の指摘はよいとしても、田母神は「日本の侵略行為や植民地支配を肯定する」論文を発表したのか? ここに朝日新聞系らしいデマゴギーがある。
 上の文章に近づければ、正しくは、日本は「侵略」をしなかった、悪しき「植民地支配」をしなかった、という旨の短い論文だっただろう。
 上の旨と、「日本の侵略行為や植民地支配を肯定する」とでは大違いだ。批判又は否定しやすいように対象を歪曲しておいて、批判・否定が当然のごとき印象を与える。これは、朝日新聞ら「左翼」や日本共産党員らマルクス主義者がいろんな問題・論点で行っていることだ。
 二 追記-産経新聞系ニュースを見てみると、田母神の演題は「ヒロシマの平和を疑う~田母神俊雄氏が語る、広島発真の平和メッセージ」で、主催者は「日本が唯一の被爆国でなく、共産圏の核に日本の反核団体が寛容であることへの疑問を踏まえ、いかに核の惨禍を回避するか」という問題意識から企画した、という。
 秋葉市長の文書の中には、田母神俊雄の講演は「被爆者や遺族の悲しみを増す結果となりかねない」との旨がある、という。
 広島市長に、講演(会)が「被爆者や遺族の悲しみを増す結果となりかねない」とか、<原爆の日>の「趣旨に反する」とかと事前に判断する、いかなる権限もない。
 むろんあくまで<要望>なので、法的拘束力はない。しかし、法的拘束力がなければ何を<要望>してもよい、ということにはならない。事前にかかる<要望>(警告?)を受けたことについて、田母神俊雄らには精神的苦痛について損害賠償を請求することができ、そのような形で市長の事前<関与>を法的に問題にすることもできる。
 自分(たち)の<思想>に都合の悪そうな<表現の自由>の行使を、このように事前に(相手方の了解という形をとって)封殺しようとする。
さすがに「左翼」・社民党の元活動家やりそうなことだ。
 「左翼」あるいは日本共産党は全体主義に親近的だ。彼らは<表現>や<集会>の目的・内容いかんによって、擁護か抑圧かを決める。その結果はむろん、<全体>=ときどきの主流体制(「思想」・「思潮」界を含む)にとって都合のよい(少なくとも矛盾しない)<表現>や<集会>しか行われなくなる、ということだ。だからこそ、<全体主義>と称しうる。

0752/司馬遼太郎は嘆いていないか-司馬遼太郎賞。

 「司馬遼太郎賞」の授与は司馬遼太郎館(財団法人)の事業の一つ。
 上のこと自体に問題はない。しかし、司馬遼太郎館(財団法人)の事業に司馬遼太郎自身の意向が反映されていないことは言うまでもなく、その運営には、財団の専務理事である上村洋行(記念館長、妻・福田みどりの実弟)の意思・意向の影響が大きすぎるのではないか、との疑いを持っている。
 司馬遼太郎は「国民作家」と言われるが、明確に<反イデオロギー>、そして<反共産主義>・<反マルクス主義>の人だった。
 連載小説の多くは「龍馬がゆく」・「坂の上の雲」等を含めて産経新聞紙上等で、朝日新聞には一つも連載しなかった筈だ。朝日新聞と生前の司馬遼太郎の縁は、週刊朝日誌上の<街道をゆく>シリーズにすぎない。朝日新聞本体は、司馬遼太郎を「産経」ゆかりの作家として意識的に避けていたと推測される。週刊朝日だからこそ、まだ自由があり、冒険?もできたのだ。
 にもかかわらず、現在は朝日新聞社が週刊司馬遼太郎なる季刊雑誌?を堂々と出版しているのは何故なのだろう。遺族あるいは上記の財団や記念館の(形式的ではなく実質的な)関係者の意向によるところが大きいと推測せざるをえない。
 既に書いたことがあるが、「菜の花忌」の講演会に井上ひさしが堂々と司馬遼太郎の後継者の一人のような顔をしてときどき登場しているのにはきわめて違和感をもつ。
 不破哲三との対談本を出して日本共産党をヨイショした「左翼」(隠れ党員かもしれない)の井上ひさしは、司馬遼太郎賞の選考委員の一人でもある。5人のうちのあとの4人は、陳舜臣、ドナルド・キーン、柳田邦男、養老孟司らしい。
 選考経過の詳細は知らないし明らかにされてもいないだろうが、「左翼」(隠れ党員かもしれない)の井上ひさしの発言力が大きい可能性もある。
 第一回(1998)の受賞者が立花隆だったことにもやや首を傾げるが、近年の2回の選考結果はかなりヒドいのではないか。すなわち-。
 第11回(2008)-山室信一・憲法9条の思想水脈(朝日新聞社)
 第12回(2009)-原武史・昭和天皇(岩波新書)

 上の二人は、所謂「左翼」だ。山室信一はNHKの「JAPANデビュー」のプレ番組に現在の学者・研究者の中では唯一人だけ登場して、「左翼的」言辞を吐いた。原武史の少なくとも現在の皇室論が奇矯であることは私も感じたことがある。小林よしのりらの批判の対象になっている人物だ。
 はて、山室信一と原武史の「作品」に続けて受賞させる賞というのは、いったいどのように性格の賞なのだろう(なお、最近は当初のような人物ではなく、「作品」単位の選考らしい)。
 山室信一の上の本を一瞥してみたが、とても何らかの「賞」に値するものとは思えなかった。
 井上ひさしの推薦があったとすれば、それは当然かもしれない。井上は「九条の会」の有力メンバーだからだ。この井上以外の陳舜臣、ドナルド・キーン、柳田邦男、養老孟司はきちんと読んで、審査・評価したのだろうか。
 財団の事業の一つなので、候補の絞り込みに専務理事・上村洋行の意向が関係している可能性は大きい。

 どんな団体が誰に授賞しようと勝手だが、<司馬遼太郎>という名が冠されているとなると無関心ではおれない。
 司馬遼太郎と山室信一や原武史では<肌合い>が異なる。かつ、あとの二人は司馬遼太郎がむしろ嫌ったタイプの人間のように思われる。なぜなら、二人とも、何がしかの<イダオロギー>を、巧妙に隠そうとはしていても、持っている。
 全く余計な第三者の感想に過ぎないのだが、瞑目している司馬遼太郎は、かりに意識・「霊」があるとすれば、草葉の陰で嘆いているのではあるまいか。
 司馬遼太郎記念財団を維持・継続させるための<経営>的感覚のようなものは、司馬遼太郎が忌避したかったものに違いない。その<経営>的感覚の事業によって司馬遼太郎の本来の意思・意向・精神が継承されていればまだよいのだが、そうでは全くなくなっているとすれば、著名人の名を騙る詐欺のような<事業>になってしまうのではないか。「司馬遼太郎賞」がそうでなければよいのだが。

0751/全体主義者・高嶋伸欣-週刊金曜日6/19号、NHK番組に関して。

 週刊金曜日6/19号、p.47。
 長いタイトルの、高嶋伸欣「看過できないTV番組介入の議員連盟発足/厳しさが足りない身分を保障された者への監視姿勢」。
 高嶋伸欣は琉球大学名誉教授との肩書きで、いつぞやの日曜午後のTV番組「…言って委員会」で<左翼教条>発言をしていた。
 上の文章も面白く読ませる。嗤ってしまうのだが。
 NHK4/05の台湾統治に関する「NHKスペシャル」を契機に「公共放送のあり方に関する議員連盟」が発足したことにつき、「明らかに政治家による番組内容への介入」、「組織的にやろうというのは悪質」と批判。
 また、産経・朝日がこの議連発足をベタ記事でしか報道しなかったことにつき、「本来ならば社説で厳しく批判して当然な程の言論界の大問題」だと批判。
 さらに、読売がNHKは「政治家の介入を招くスキを自ら」作った等の識者コメントをのせたことを「NHK批判」だとし、「スキがあろうとなかろうと、政治家の介入は不当とするのが、メディアの立場だろう」と批判。
 高嶋によると、メディアは「憲法感覚から迫る姿勢を失って久し」い。そして、「違憲違法の議員連盟を客観視の名目で黙認するのか」と最後を締め括る。
 さて、第一に、古屋圭司・安倍晋三らの「公共放送のあり方に関する議員連盟」の発足のどこに<違憲・違法>性があるのか。「憲法感覚」を語るわりには、高嶋は何も解っていないのだろう。具体的にどの憲法条項違反かを高嶋は語らない。
 放送法というNHKの設立根拠法でもある法律が適正に執行されているかを監視することは、むしろ国会議員の義務・責務だ。
 第二に、高嶋の頭の中には、NHKの<表現の自由>対自民党国会議員(政治家)・<権力>の介入という構図が描かれているのかもしれない。この構図に立たないで後者を「社説」で「厳しく批判」しないのは怪しからんと怒っているわけだ。
 上の構図しか描けないことこそ「左翼教条」の高嶋らしい。<表現の自由>はNHKのみならず、国会議員・政治家にもある。特定の番組についてであれ、国会議員・政治家が批判的にコメントすれば<不当な政治家による介入>と捉えられるのだとすると、国会議員・政治家はマスメディアについて何も発言できなくなる。
 第三にそもそも、高嶋はNHKの番組の内容とそれ問題視する側の見解についてほとんど何も語っていないし(「日本の台湾支配を悪く描きすぎているとのバッシング」というだけ)、かつそれらに関する自らの見解は何も語っていない
 問題は、<表現の自由と「権力」>ではない。NHKが行使した「表現の自由」の結果・具体的内容の当否なのだ。それについて、種々の議論があることこそが、「表現の自由」の保障のもとでは当然のことなのだ。NHKが放送法等による規制を受ける、一般の民間放送会社とも異なる「公共放送」だとすれば、一方の「表現の自由」を国会議員が行使するのはますます当然のことだ。
 高嶋伸欣においては、おそらく明瞭なダブル・スタンダード=「ご都合主義」があるのだろう。
 すなわち、かりにNHKが高嶋の気にくわない<保守・反動的>番組を作り、それを例えば日本共産党(社民党でもよい)が問題視する質問を国会(・委員会)で行ったとする場合、高嶋は上の文章の如く、<政治家による不当な介入>と批判するだろうか。
 国民の代表者・国会議員は国民主権のもと、NHK(の「保守反動」性)を厳しく監視すべきだ、とでも主張するのではないか
 高嶋伸欣にとっては、自分に都合のよい(自分の思想・歴史認識・考え方と同じか近い)マスメディアの番組・報道は<表現の自由>として「憲法」上守られなければならず、自分に都合の悪い(自分の思想・歴史認識・考え方と異なるか対立する)マスメディアの番組・報道は<表現の自由>の保障に値せず、封殺されるべきものなのだ
 そういう本音を隠したまま、あるいはそういう矛盾が自らのうちにあるのを(「左翼教条」のゆえに)自覚すらしないままで、上のような文章を高嶋は書いたのだろう。
 隔週刊・サピオ7/08号(小学館)で小林よしのりは、月刊・世界6月号(岩波)で古木杜恵(男性)が結局は「小林よしのりは差別者だ!」「こんな奴に発言させるな!」とだけ主張していることを捉えて、「全体主義」と称している。
 この回のタイトルは「『世界』に暗躍する全体主義者」で(p.55)で、「左翼の本質そのものが全体主義だから、左翼は無意識のうちに全体主義の言動をとってしまう!」、「左翼の本質・本能をなめてはいけない! 彼らは言論の自由が大っ嫌いなのだ!」とも書いている(p.62)。

 週刊金曜日6/19号を読んだのが先だったが、高嶋伸欣の文章・主張に私は「(左翼)全体主義」を感じた。
 <表現の自由>どおしの闘い=議論・討論をしようとする姿勢を全く示さず(=NHKの番組の内容的評価には何も触れず)、一方の側(国会議員)の<言論の自由>(「政治活動の自由」でもあるかもしれない)を封殺しようとし、そうしようとしない新聞を批判しているからだ。
 さらに言えば、まだ<言論の自由>(「政治活動の自由」)の行使には至っていない段階かもしれない。「議員連盟」が設立されただけ、なのかもしれない。それでも、その「議員連盟」の言論・諸活動を、高嶋伸欣は事前に封殺しようとしているのだ。
 これは考え方の出発点において、「全体主義」だ。<言論>・<思想・信条>の中身いかんによって保護したり抑圧したりするのは、「全体主義」だ。
 高嶋伸欣よ。よく自覚するがよい。小林よしのりが対象としているのは別の人物だが、あなたも「全体主義」者だ。「左翼の本質そのものが全体主義だから、左翼は無意識のうちに全体主義の言動をとってしまう」のだろう。また、ここ
にも、マルクス主義の痛ましい犠牲者がいるのかもしれない。
 なお、週刊新潮7/02号(新潮社)p.163は、水島総らが上に言及のNHK番組を理由に民事の「大訴訟」を検討中と伝える。この問題関係の訴訟の法的な勝算・コストパフォーマンスには疑問全くなしとしないが、同じ週刊誌でも週刊金曜日とは大きな違いがある。

0750/週刊金曜日を読む愉しさ。

 週刊金曜日(編集人・北村肇、発行人・佐高信)をたまに読むのも精神衛生によいかもしれない。
 一 6/19号によると、現在の編集委員は、雨宮処凜・石坂啓・宇都宮健児・落合恵子・佐高信・田中優子・中島岳志・本多勝一
 このうち宇都宮健児はときにテレビに出る弁護士だったか? 他に知らないのは、田中優子。
 パール判事論争の当事者・中島岳志の名がある。
 中島岳志はこの論争の縁で西部邁=中島岳志・保守問答(講談社、2008)という対談本を出し、戦後保守思想家のビッグ2は福田恆存と西部邁だと述べ、「保守思想の原点に返って…。…保守思想そのものを理論的に考察する」のが必要とか語っていた(p.4)。
 <週刊金曜日>が「左翼」色丸出しの週刊誌?だとしても、西部邁が編集顧問であるらしい<月刊・発言者>は、中島岳志と西部邁を通じて、ひょっとして<週刊金曜日>と<姉妹誌>なのかもしれない(?)。
 二 週刊金曜日のp.43に東京経済大学「教員」との肩書きの本橋哲也による書評。前田朗・非国民がやってきた!(耕文社)を対象にしていて「私たちの日常をむしばんでいる生活保守主義と監視社会の現状を分析し…」と肯定的に紹介。 
 <生活保守主義>は「左翼」の好きな「個人主義」・「個人の尊重」の帰結でもある。
 現在の日本を「監視社会」とは。フーコーかそれともサルトルあたりの影響か。万が一監視されていても好き放題に書け、出版できる日本にいると、言葉・発言自体で逮捕され収容所等に送り込まれる国家のあることを想像もできないのだろう。
 また、<「市民的不服従」の系譜>を「…根津公子…とたどる」とも紹介。
 根津公子といえば、国歌斉唱時不起立・同呼びかけ・国旗下ろし等で懲戒処分等を受けて多数の訴訟を起している東京都下中学校の教員だ(元になったか?)。この根津が<「市民的不服従」の系譜>に位置づけられるのだから、根津が自分は<英雄>だと勘違いするのもわかる。究極的には、マルクス主義の犠牲者の一人がここにもいる、という感じ。
 本橋哲也は自分の言葉として、以下を書く。
 「オリンピックから『テロとの戦争』まで、『コクミン』の雄叫びが巷に渦巻く現在、私たちにとって今しばらくは『非国民の思想』を実践する、それ以外の選択肢はない」。
 「国家」・「国民」憎しがここまできている人が実際に存在するのを知って感激?する。「非国民」とは名誉な称号なのだ。
 ではどうなればこの人は「非国民の思想」の実践を止めるのだろうか。
 民主党中心政権の誕生時?、社民党中心政権の誕生時?、それとも日本共産党中心政権誕生時?、あるいは日本が「社会主義」国になったとき又は中国「社会主義」国の一州になったとき??

0749/毎日新聞5/02の岩見隆夫の勇気、6/22の戦後論壇史の無謀。

 〇毎日新聞、7週間以上前だが、5/02付朝刊。OBの岩見隆夫の連載「近聞遠見」は「改めて『マッカーサー憲法』」という見出し。そして、現憲法制定過程を素描して最後にこう書く。
 「現憲法は完全にマ元帥ペースで作られた。評価はともかく、占領中の<押しつけ>であることははっきりしている」。
 毎日新聞紙上にしては(?)率直な断定で、文句はない。
 <押しつけ>との指摘に護憲論者、とくに憲法九条二項護持論者は敏感なようで、①日本国憲法は鈴木安蔵ら日本人の民間研究会の案を参考にしたとか、②九条は幣原喜重郎が提案したとか、言っている。このような主張・詮索にほとんど意味はないことを知るべきだ。上の②
とおらく将来も断定できない。①は日本人の諸種の、例えばA~Hの案の中にGHQの案と類似のものが偶々あったというだけのこと。さらには、GHQの示唆によって鈴木安蔵らが行動したらしいとの事実も明らかにされている。
 もともと、かりに<押しつけ>でなくとも、憲法に不備・状況不適合な条項があれば改正するのは当たり前のことだ。
 〇毎日新聞6/22付朝刊。
 何を思ったか、今頃になって、1面で諸君!(文藝春秋)廃刊の理由につき、「保守系雑誌に扇情的な言葉が広がり」、<基本は保守だが「反論も含め幅のある議論を」>という姿勢が風潮に抗しきれなかったのも「遠因」とされる、と推測している。
 「保守」論壇側に問題があると指摘し、「保守」が自らの首を絞めたという「逆説」を語りたいようだ。
 いったい毎日新聞の社説・論説委員の「思想」は何なのか? 記者内部の噂話・雑談程度のことを活字にしないでほしい。
 14-15面で、なんと戦後論壇の概観! 図表等を入れると、2面分活字で埋まっているわけでもない。よくぞまぁ、新聞記者というのは、大胆なことができるものだ。多少の勉強や聞きかじりで、対米関係を軸にした「戦後論壇史」を書けると考えた記者がいるのだから、驚きだ。
 その中央の図表?によると、左から「共産党、新左翼」、「進歩派(リベラル)」、「現実主義」、「保守派」、「歴史見直し派」と並んでいる。
 研究論文、専門書だとそれぞれの<定義・意味>を明記しないと無意味・無謀のはずだが、そんな期待を新聞記事に期待してはいけないのだろう。
 「現実主義」という<思潮>があるとはほとんど知らなかった。その意味も問題だが、あったとして、5つうちの一つに位置づけられるのか? そこに含まれている人々を「現実主義」で一括するのはかなり無理がありそうだ。
 東京大学法学部の現役憲法学教授・長谷部恭男は、この「現実主義」の最左端あたりに位置づけられている。はて? 五百旗頭真もこの仲間?の右の方にいるからまぁいいか。
 しかし、高坂正堯あたりから始まり、岡崎久彦、田久保忠衛も、寺島実郎佐々木毅も、坂元一哉福田和也も「現実主義」派なのだから、ほとんど無意味なグループ分けではないか、との強い印象を覚える。
 さて、では毎日新聞の社説・論説委員の「思潮」はいずれに属するのか? 朝日新聞と同じだと、図表では幅狭くなってきている「進歩派(リベラル)」に違いない。

0748/大月隆寛「『論壇』は歴史的限定を超えられるか」(月刊正論7月号)と「左翼」・日本共産党。

 月刊正論7月号(産経新聞社)のp.240~、大月隆寛「『論壇』は歴史的限定を超えられるか」
 本当にメモ、引用したいのは以下の第三だが、他にもついでに触れる。
 第一に、月刊・諸君!廃刊にかかわり、実質的には(株)文藝春秋批判がある。以下のごとし。 
 (株)文藝春秋は雑誌「文学界」はなお維持する。赤字は同様で経営的視点からは同じ。「文学」畑の老舗との「意地」があるのだろうが、それは「諸君!」には何故機能しなかったのか。
 月刊WiLL(ワック)の如き編集方針でやってみる可能性もあったはず。それができないのは(株)文藝春秋の「プライド」で、「そこまではしたくない、堕ちたくはないという一線」を感じていた。
 「なりふり構わず『保守』ブランドでまだしぶとく商売」するとの<論壇馬鹿>の「心意気など、良くも悪くも初手から無縁」の会社だった。等々。
 大月の指摘のとおり、(株)文藝春秋はこの程度の会社だったと思われる。同業(同様傾向?)各誌・各社による<内輪褒め>・<楽屋褒め>に通じる月刊・諸君!廃刊への<残念>ぶりは白々しい。
 第二に、とくに「論壇」誌編集者と執筆者の<共同体>幻想への批判。
 ノンフィクション・ライターと雑誌編集者が「仲間」・「同志」という気分が感じられるのは気持ちが悪い。大手出版社の編集者ともの書きは「共闘」相手などではとっくになくなっている。
 「学生運動的な、文化祭チックな」「内輪」気分の「共同体」があるとの「勘違い」、出版・ジャーナリズムはただの商売ではない「文化」的事業との「勘違い」。そんな状況は「内側から確実に腐り始めて」いた。
 さて、第三。月刊・諸君!の廃刊とは無関係に、時代認識・時代表現として、興味深い文章が並んでいる。
 ・「ある時期以降」メディアの「左翼的」「もの言い」は、書き話す当人たちにとって「そういうものだから」というだけで「習い性としてやっている程度のこと」。
 ・「学校とその延長線上に連なる空間で、世渡りの作法としてのサヨク/リベラル系言説」は「必須」だった。「ある時期までは確実に」。
 ・「学校」や「その繋累の場であるマスコミ周辺」ではその「世渡り作法は長い間温存されて」いた。「実利があればこそ温存されていた」。「サヨク/リベラル系言説を身につけておれば、ひとまずいらぬ摩擦や軋轢を回避しながら、…超伝導のようにあらかじめ設定されたチューブの中を滑走」できたのだ。
 ・小中学校のホームルームでの「耳ざわりのいい」「もの言い」や「立ち居振る舞い」こそが、「反日マスコミ」に象徴される「サヨクぶり」・「プロ市民的もの言い」の発生地点。それは「ある意味で『優等生』の身だしなみ」。「学校」と「その延長線上の世界」、例えば「マスコミ、大学などの学者・研究者から学校の教員、そして役所に医者、弁護士…」、何のことはない、「勝ち組」とも称される「職種の多くは」、「学校民主主義の型通りが跋扈するにふさわしいものになっている」。「反日」の「身振り」はかかる「優等生」たちの「身だしなみ」で、戦後日本の「エリートカルチャー」の「あるコアの部分、でもあった」。
 ・「身だしなみ」である限りいちいち考える必要はない。「マナーとしてのサヨク、…『反日』」。「反日マスコミ」の「反省のなさ」、世間の視線についての「自覚の欠如」は、それほどまでに彼らの「反日」が「単なる習い性」で、「深く考えた上で自覚的に選択されたものではとうになくなっていることの、雄弁な証拠にすぎない」。
 ・「サヨク」は、「特に高度成長期の大衆化をくぐっていく過程」で、「ある『自由』の表象」、「『個人』であることを最も手軽にかつ効率的に身にまとうことのできるアイテムと化して」いった。「お手軽なジーンズみたいなものになった」。
 以上。このあと、「保守」は「大衆アイテム」になれなかった。だが、「少数派」だから「正義」だとの倒錯も生じた、との叙述や「田母神現象」の捉え方等への言及もあるが、省略。
 上の引用・紹介部分は、感じていたことを巧く言葉で表現してくれているようだ。
 法曹(弁護士・裁判官等)・行政官僚・大学教授等の多くが戦後教育の「優等生」である、日本国憲法の下での<平和・民主主義>教育によって彼らはほとんど自然に<何となく左翼>になっている、というような旨は、この欄で私もいく度か述べた。
 大月は「身だしなみ」・「マナー」としての「左翼」(・「反日」)という表現を用い、かつ、「世渡りの作法としてのサヨク/リベラル系言説」という表現も使っている。

 「左翼」がかなりの程度において広く「世渡りの作法」になっているという現実は事実として確認しておく必要がある。換言すると、<処世のための左翼>だ。
 だが、それ以上に、あるいは「処世」の中身として、昔風にいうと<立身出世>あるいは<著名人化>するための「左翼」、という者もいることも確認しておく必要があるだろう。
 この場合はたんに「左翼」というよりも、「確信左翼」・「組織左翼」と称してもよく、「左翼」思想ではなく、マルクス主義又は親マルクス主義という語を使った方がより理解しやすくなる。
 そして結局は<処世のため>に、そして<立身出世>・<著名人化>するために、(「綱領」をきちんと理解しているか、「マルクス主義」を本当に<正しい>と言えるかの自信は本当にはないままで)日本共産党に入党するような研究者・文化人等々もいる、ということも広く知られてよいだろう。
 「文化人」ならまだよいかもしれないが、大学に所属する研究者の場合、真の意味における「学問の自由」が彼らにある筈はない。固い枠の中で、真否の判断や発言・執筆内容に<政治的な>考慮を加える「共産党員」研究者は、(米国・英国・ドイツ等に比べると日本には)ウジャウジャと棲息していると思われる。
 少なくとも「深く考えた上で自覚的に選択されたものではとうになくなっている」、「サヨク」・「反日」の<身だしなみ>を持つ者として、NHKの日本デビューの制作者たち(浜崎憲一・島田雄介ら)及び放送総局長・日向英実や会長・福地茂雄挙をげることができよう。
 そういう「左翼」たちを生み出すことに役立っているのが、執筆者に日本共産党員も紛れもなく含まれていると推定される、実教出版の教科書、高校/政治・経済(宮本憲一・山口定・加茂利男・浦部法穂ほか執筆)でもある。
 大月隆寛の文章を読んで、こんなことまで書きたくなった。

0747/田母神俊雄・自衛隊風雲録(飛鳥新社、2009.05)より-2。

 (つづき)
 ② 以上の顛末(ここでは一部省略)につき、田母神俊雄はこうまとめる。
 「私が辞めるに至る顛末は、一切の弁明の機会を許さないという、完璧な言論封じであり、40年以上国のために汗を流してきた。三軍の一方の将に対する礼儀も作法も欠いた、極めて卑劣な策謀だったといえる」(p.254)。
 空幕長(航空幕僚長)というのは「5万」人航空自衛隊のトップだ(p.245)。
 顛末記の冒頭に次のようにも田母神俊雄は書いていた。
 「あの更迭劇は、増田好平防衛省事務次官の、私への私憤で始まったと認識している」(p.240)
 二 ほとんど感想を書く気もなくなるが心を奮い立たせて書くと…。
 「私憤」で航空自衛隊のトップ人事が左右されるとは、また上のごとき防衛大臣では、現在の防衛省・自衛隊は、<日本の安全>を守れる組織なのか、との深刻な疑問が湧く。
 増田好平は、かつてはいたはずの<サムライ>意識をもった、<武士道精神>らしきものをもった、目立たなくとも国家・国民のために奉じるような<官僚>ではなさそうだ。いじましい、小人物のようだ。そして、そのような官僚として、日本の歴史に小さな名をとどめるのだろう。
 再び、田母神俊雄いわく-増田好平は「守屋前次官と小池百合子大臣の喧嘩両成敗で、警察出身の官房長に内定していた防衛省次官の座を”棚牡丹”式に手に入れた人間だ。それに守屋前次官の”茶坊主”のような存在だったから省内の評判は決して良いとは言えない。…」
 田母神の立場からして多少は割り引いて読むとしても、こんな人物に<日本の防衛>のための枢要な事務を任せられるのか。防衛官僚(内局)すら<劣化>している。
 防衛省の事務方も(増田好平の意向を汲んでだろうが)、<記者が大勢きている、混乱するから来ないでくれ>とは何事だ。ひどいものだ。「記者」への情報提供くらい必要に応じて(利用するつもりで?)いくらでもやっているはずなのに。「混乱」=大勢の記者の参集を喜んでいる場合もあるはずなのに。何という小心者の集まりだろう。
 浜田靖一もひどく、結果として追認した麻生太郎もひどい。
 ますます、日本の将来に悲観的になる。
 以上、田母神俊雄・自衛隊風雲録(飛鳥新社、2009.05)より。

0746/田母神俊雄・自衛隊風雲録(飛鳥新社、2009.05)より-1。


 一 田母神俊雄 1.1948.07、福島県郡山市田村町大字糠塚に農家の長男として生まれる。
 1961.03、田母神小学校卒
 1964.03、二瀬中学卒。二年生のときに一度2番に落ちたが、以降は卒業するまで成績は首位。
 1967.03、県立安積高校卒。500名中60番で入学。卒業時、理系で「3番」の成績。東京大学理Ⅰ合格確率5割くらいと言われ、東京工業大学か東北大学理工学部を志望。しかし、父親に防衛大学校を薦められる。
 1967.04、防衛大学校入学。
 2.① 2008.10.31午後1時30分頃、日経新聞記者が論文最優秀賞のお祝いの言葉。15:00定例記者会見、論文関係質問なし。
 受賞・賞金300万円につき報告をと浜田靖一防衛大臣室を訪れるが不在。岸信夫防衛政務官(安倍晋三の弟)が「すごいですね。おめでとう」と祝意。
 増田好平次官を訪れて「空気が一変」。
 増田「これは届け出をしていましたか?」
 田母神「職務に関係しないし誰でも書けることだからしていない」〔要旨〕
 増田「いや、そうは言えないかもしれません」。
 自室に戻り、増田の態度に「少し引っ掛かるものを感じたが」書類の片付け等。
 30分後、斎藤隆統合幕僚長を訪れる。
 斎藤「タモちゃん、これは問題になるかもしれないぞ」
 田母神「今まで何年もずっと同じことを言っていますよ」
 再び自室に。1時間ほどして増田好平から電話。
 増田「読ませてもらいましたけど、…集団的自衛権には触れているし、憲法の話はしてるし、立派に職務に関する論文ですよ」。
 田母神「こんなこと一般的に誰でも言っていることじゃないですか。私が何か踏み込んだ発言をしていますか? もう普通に言われていることですよ」
 増田「いや、これはちょっと問題になるかもしれない」 と繰り返す。
 これが、ほぼ16:30過ぎ。記者たちが論文問題で騒いでいる空気なし。
 帰宅(官舎)し、招待客と酒肴に興じていると19:00頃に増田好平から電話。
 増田「官〔空?〕幕長、これは今夜中に決着をつけなきゃいけないかもしれません」。
 田母神「決着をつけるとはどういう意味ですか?」
 増田「辞表を書いてもらいたい!」 
 田母神「何で辞表書くの? こんなことで私は辞表なんか書きませんよ!」 電話を切ると再び増田から電話。
 増田「やはり辞表を書いてもらうことになるようだ」。
 「そうこうするうち」斎藤隆統合幕僚長から電話。
 斎藤「タモちゃん、これはもう辞表を書かないと収まらないぞ。記者たちも騒ぎ出している」。
 田母神「いや、私は辞表は書かないですよ。私は国家に対して悪事を働いたとは思っていないし、国家、国民のために、こうあらねばならないということを書いただけです。ましてや自衛隊の秘密を漏らした訳でもない。こんなことで辞表を書けといわれたら、自衛官はもう何も発言できなくなりますよ!」
 斎藤「何! お前! こんなに問題になっているのに、何言ってるんだ! バカやろう!」
 田母神「バカやろうとは何だ! たまには制服組の代表らしい行動を取ってみたらどうだ! バカやろう」。
 その後増田から2度電話。「辞表を書いてくれ」、「いや、書かない」 の反復。4回めの電話で以下。
 田母神「浜田防衛大臣も辞表を書けと言っているのか?」
 増田「大臣も書けと言っている」。「空幕長、信じられないなら大臣に直接電話して確認して下さい」。
 すぐに千葉にいる浜田靖一に電話。大臣も「婉曲に辞表を書いてもらわねばならないというような言い方」をした。田母神「いやぁ大臣もそういう意向ですか」 。
 どうせ自分をクビにする権限が最終的には増田側にあると思い、「辞表を書くのはやめようと決断」した。その旨を以下のとおり増田に伝える。
 田母神「大臣の意向も理解した〔要旨〕。しかし私は辞表を書く意思がない。従って、そちらで(勝手に)クビを切って欲しい」。
 増田、<懲戒免職>を話題にする。「辞表を書かないと懲戒免職になる可能性もある。そうなると退職金は出ない」。
 田母神「それで結構だ」。
 (おそらく増田から何度か電話がさらにあったと思われる-秋月)
 懲戒免職には「懲戒審議会」の審理手続が事前に必要。「私は懲戒審議会でも何でも開いて、私の論文が職務に関するものだったかどうか、審議してくれといった」。そうすると<言い分>を公表できるし、「時間も1カ月以上はかかる」。
 増田「懲戒審議会の審理を辞退して欲しい」(と「虫のいい」要望
 田母神「いや、それは出来ない。むしろ徹底的に審理して欲しい」。
 浜田大臣が防衛省に戻ると聞き、そこへ行こうと車に乗る。車中で「防衛省が空幕を通じて」携帯に電話。
 「記者たちが大勢集まって大変な騒ぎになっている。空幕長に来られると現場が一層混乱するので来ないで欲しい」。
 その場から浜田大臣に直接に電話すると、
 浜田「空幕長、ちょっと熱くなっているしれないけれど、一晩ゆっくり寝て考えてくれないか」。
 「少しも熱くなどなっていなかった」が、田母神「分かりました」。
 自宅(官舎)でテレビを見ていると<浜田防衛大臣が私を更迭した>とのニュース。ついさっきの「一晩ゆっくり寝て考えてくれないか」は何だったのか、「たんなる方便」かと、「正直唖然」。
 官舎に記者たちが押し掛け始めたので、23:.30頃、都内のホテルに移動。
 2008.11.01午前01:30、岩崎航空幕僚副長より携帯メール。
 岩崎「田母神空幕長は10.31付で空幕付きに。代わって私が空幕長職務代理に〔要旨〕」。
 「小さな服務事故」の報告でも1週間は要するのに「私に関しての処理はこれほど素早いのか」と「怒るよりは半ば呆然」。
 明けてのちの午前中、「空幕」とのやりとりの中で、「11月4日に定年になるそう」との情報が入る。
 ホテルに籠もり、4日に予定だろう離任式での「離任の辞」の原稿を書き進める。大臣、増田、斎藤からは「一切連絡はなかった」。
 2008.11.03の17:00、「空幕」を通しての電話に驚く。
 空幕「本日、3日付で定年退官となりました」。
 「一瞬で」、「私に離任式をやらせないための策謀だ」と理解した。
 祝日の11/03の翌日11/04かと思っていたが、退官日が11/03というのは「最初から想定されていたに違いない」。「当初、4日としていたのは、私が何らかの対応策をとるのを恐れた」からで「3日の夕方ぎりぎりになって正式の連絡をするというのはあらかじめ決められていたのだろう」。
 すでに民間人だったわけだが「退官したその日は制服を着てよい」ので「制服を着て防衛省に行こう」、「定年退職を自らの自らの口で発表する記者会見を開こう」と思って「これから登省する」と電話すると、以下。
 「今日も記者が大勢集まっている。混乱するから申し訳ないがもう来ないでくれ」。
 (つづく)

0745/「社会契約説」等、なぜ外来思想が必要なのか、等。

 一 宮本憲一・山口定・加茂利男・浦部法穂・菊本義治・成瀬龍夫・杉本昭七七名が表紙に明記されている「執筆・編修」者(全て大学教授又は名誉教授)である実教出版による高校/政治・経済〔新訂版〕(2009.01。2007.03検定済み)p.8以下は、「民主政治」のもとになる理念は「社会契約説」で、その代表的な思想家はホッブズ、ロック、ルソーだとし、「とくに市民革命による民主政治の誕生」に影響を与えたのはロックとルソーだとする。
 この「民主政治」(又は「近代民主主義」)の考え方は日本国憲法に採用され、日本にも基本的に妥当する、と考えられていると思われる。
 だが、かねて感じてきたのだが、「近代」国家にせよ、国家一般にせよ、その成り立ちを「社会契約説」によって説明するのは、日本には馴染まないのではないか。
 言語の異なる多「種族」又は「民族」がいてかつ地続きだった欧州諸国を風土的前提とする「社会契約説」は、ほぼ単一民族で方言はあってもほぼ同じ言語をもつ人々が集団で生きていた島国・日本の「国家」の成り立ちにはあてはまらないのではないか。
 さらにいうと、「社会契約説」などを説かなくとも、日本「国家」は(天皇とともに)古くから存在しており、人々にとって、「国家」の存在は、論じるまでもない所与の前提だったのではないか。
 マルクス主義も含めて、「国家」を外国・外来の<思想>で語る必要はないのではないか。

 二 高坂節三・経済人からみた日本国憲法(PHP新書、2008)には、全部を読んでいないが、興味深い指摘がある。
 1.孫引きになるが、法哲学者・長尾龍一は、日本国憲法につき、「上半身は啓蒙期自然法論、下半身は功利主義」だと表現した。<啓蒙期自然法論>の中にルソーらの社会契約論も入ってくる。
 著者・高坂節三(正顕の子、正嶤の弟)は「現在の国民感情は、上半身がぴったり収まらず、下半身が異常に発達した結果」ではないか、とする(p.224)。
 少なくとも<啓蒙期自然法論>のみで説明するのは無理がある。それを試みるのは、一種の<大嘘>か<偽善>だと思われる。
 2.孫引きになるが、岡崎久彦は某著の中で、クロムウェル時代の英蘭戦争の前の時期の<オランダは「平和主義の国」で、グロティウスを生み、画家たちも「戦争を呪い、戦争の悲惨さを訴える絵画」を描いた。「問題はオランダが、その国是ともいうべき平和主義のために戦争の危険に直面しようとせず、迫る危険に眼をつぶっていたことである」>と書いた(p.219)。
 社民党の福島瑞穂、「戦争の悲惨さを訴える」番組作りに熱心なNHKの関係者等々に読んでもらいたい。

0744/実教出版・高校/政治・経済〔新訂版〕-日本共産党・マルクス主義・「左翼」の浸透2。

 宮本憲一・山口定・加茂利男・浦部法穂・菊本義治・成瀬龍夫・杉本昭七の7名を表紙明記の「執筆・編修」者とする実教出版・高校/政治・経済〔新訂版〕(2009.01。2007.03検定済み)の一部の内容紹介のつづき。
 4.引用はほとんど省略するが、日本国憲法の称揚。とくに-「日本国憲法は、これらのいずれよりも徹底した軍備廃止を宣言している点で、まさに世界史的意義をもつ画期的なものである」(p.26)。
 5.p.33-他にも類似の文章はあるが、ここでは以下の次の如し-「日本国憲法の平和主義の理念は、まさしく人類共通の指針とされるべき…。…平和主義の理念を全世界の国民の共通財産としてひろめていくことこそが、国際社会における日本の重要な役割のはずである」。
 恥ずかしくなるような空虚な言葉の羅列。美しい「理念」が雑多な諸国に簡単に「ひろめ」られるとよいのだが。
 6.住民基本台帳ネットワークにつき、「個人情報が一元管理することで、プライバシー侵害の危険を指摘する声も強く、住基ネットに加わらない自治体もある」(p.48)。
 これでは、「住基ネットに加わらない自治体」(なお、この態度は法律違反。法律が違憲でないかぎり従うべき)を応援しているようなものだ。「…の危険を指摘」しない「声」は小さかったのか?
 7.引用はほとんど省略するが、①「直接的な住民参加」・②「活発な住民運動」・③「住民投票」制度の称揚。③につき「地域からの民主主義の新しい動きとして注目される」(p.66)。
 これらはイデオロギーとまでは言わなくとも、ありうる「見解・主張」の一つの表明。<直接>民主主義がお好きであるのは、ルソー、ロベスピエールの「人民主権」論、紙の上だけのフランス1793年憲法の影響だろうか。いつか述べたように、<代表>民主主義よりも<直接>民主主義の方が国民・住民にとって<より正しい>・<より合理的な>・<より利益となる>決定を導く保障は全くない。
 他にもまだまだ「左翼」教条的叙述はある。別の回に。
 宮本憲一・山口定・加茂利男・浦部法穂・菊本義治・成瀬龍夫・杉本昭七よ。君たちは、あなたたちは、こんな教科書を作成して成長過程の高校生に特定の「思想」あるいは少なくとも特定の「見解」を注入しようとしていることにつき、<良心の呵責>は感じないのか。広く多様な見解に言及することなく、あるいは触れてもいずれかの見解を支持して誘導することを「教科書」で行ってよいのか。マルクス主義者は「厚顔」なので、心には届かないかもしれないが。

0743/「左翼」的歴史教科書と愛国心・自国への誇り。

 西村幸祐責任編集・世界を愛した日本(撃論ムック、2009)の「中学歴史教科書2009年度版徹底比較」を読むと、自由社(・扶桑社)のものは問題もあるがおおむね合格点とされているのに対して、それ以外の教科書は厳しく批判されている。採点結果が最低なのは清水書院発行のものだ。
 前回書いたような関心からすると、出版社ではなく、執筆・編修者(の代表者)名も記してほしかった。
 上の点はともあれ、「左翼」的なひどい教科書で殆どの中学生が「歴史」を勉強していることを知り、背筋が寒くなった。
 戦後64年、現在75-70歳以下の者たちは戦後「平和と民主主義」教育を受けてきた。すでに人口又は有権者の大部分になっている。
 教科書検定にかかる<近隣諸国条項>の付いた検定基準ができたのは1982年末だった。
 いちおう1983年を基準とすると、この年に中学生になった者の多くは1970年生まれ、高校三年生になった者は1965-66年生まれで、現在それぞれ38-39歳、44-45歳になっている。従って、<近隣諸国条項>のある検定基準にもとづく教科書で教育を受けたのは、おおよそ現在40歳代前半以下の者たちだ。
 40歳代前半とはもはや<中年>に近い。そのような者たち以下の若い世代は、「団塊」世代よりもいっそう<自虐的>・<反日>的な教育を受けたようだ。
 学校教育、正確には学校教育のための教科書がこれでは、狭くは<思想>戦、甘く言っても<イメージ>戦略で、「保守」派・「愛国」派はとっくに敗北している、と言ってよいような気がする。
 成人になってから、かつて刷り込まれた<自虐>・<反日>意識を変えさせるのは(努力の意義を否定はしないが)相当に困難な作業だ。大学の「社会」系・「人文」系学部に進学することによって、ますます<自虐>・<反日>意識に磨きをかける?(=親マルクス主義的になる)者もいるに違いない(そして官界・マスコミ界・法曹界等に入っていくのだ)。
 田母神俊雄・田母神塾(双葉社、2009.03)p.188-191によると(他の本でもよく引用されていると思うが)、某調査(アンケート)では、<戦争の際に「国のために戦う」>と答えたのは、中国76%、韓国72%、米国63%、フランス52%、そして日本15%
 <自国民であることに「誇り」を感じる>と答えたのは、米国・イタリア・韓国89%、フランス84%、中国76%、そして日本57%
 日本国民の日本国家に関する「意識」は異様だ。かかる意識の形成に間違いなく、中学校や高校の教育(日本史・世界史・政治経済・現代社会等の教科書)は影響を与えている。怖ろしい。
 このままではきっと、「日本」はなくなるだろうと、半分は諦め気味だ。
 ところで、上の撃論ムック(オウク・ムック284号)では、「編集部」名による独特の「歴史認識」又は「歴史観」が展開されている部分があるように感じた。とくに<近代日本の「哀しみ」>の部分。機会・余裕があればいつか取り上げよう。

0742/日本共産党・マルクス主義・「左翼」の浸透-1。

 書き写すのは面倒だし、精神衛生にも悪いが、以下の叙述を含む本がある。
 1.「ナチスによるユダヤ人大量虐殺は、ファシズムの非人道的、反民主主義的な性質を示した惨劇であった。日本軍国主義の中国・朝鮮への侵略、南京事件での中国人虐殺や朝鮮人の強制連行なども同じような非人道的行為である」(p.18)。
 第一に、ドイツ・ナチスによる「ユダヤ人大量虐殺」=ホロコースト・ジェノサイドと、「日本軍国主義」によるとされる後段の諸行為は、いかなる意味で「同じような非人道的行為」なのか。ここにはドイツ・ファシズム(ナチズム)と「日本軍国主義」を、同様の「罪」を犯した、似たようなものだった、という印象を与えようとする<大嘘>がある。
 第二に、「日本軍国主義」による①「中国・朝鮮への侵略」、②「南京事件での中国人虐殺」、③「朝鮮人の強制連行」は事実なのか。
 ③は意味不明なところもあるし、①の「朝鮮への侵略」とはいったい何を意味しているのか。<植民地化>という表現自体にも疑問をもつが、<朝鮮侵略>とはいったい何のことか。むろん、中国「侵略」との呼称についても「南京事件での中国人虐殺」という事実についても、異論はある。上のようになぜ断定できるのか。
 2.「こんにちのテロリズムは、…世界の富が一部の国に集中して、イスラム世界やアフリカに貧困や飢餓がひろがり、文化的にも西欧的な価値観や信仰がイスラム文化に破壊的な作用をもたらしたことに対する、恨みの結果だという見方もある。だとすれば、テロを武力だけで封じ込めることはむずかしい。国際社会に寛容や信頼をとり戻すことが、最も基本的な課題だともいえる」(p.20)。
 2001年09.11のテロその他の「自爆テロ」に関係する叙述だが、第一に、テロにも<それなりの根拠>があり、「国際社会」の「寛容」さが「最も基本的」だと主張しているのだから、<テロリズム>に対する<優しさ>が甚だしく、異様だ。
 第二に、福島瑞穂(社民党)か田嶋陽子の言葉の如く、「国際社会」の「寛容と信頼」を「とり戻す」ことが重要なのだという。そのためにどうすべきかを語らないと、美辞麗句を<言うだけ>にすぎない。また、「とり戻す」までに繰り返されるテロによって失われるかもしれない多数の生命については、執筆者はどう考えているのか。
 3.A「憲法改正問題/…『改憲』論議では、憲法9条を『改正』して自衛隊の存在と活動を憲法上明確に位置づけることが一つの大きな争点とされ、また…全面改定を前提とする議論が行われている。一般に、憲法の『改正』とは現行憲法の存在を前提としてこれに部分的な変更を加えることと理解されており、憲法の基本的な原理を大きく変更するような改定や、憲法の全面改正は、『改正』ではなく、『新憲法の制定』とみなすべきとされる。こんにちの『改憲』論は、この観点からからすると、『憲法改正』論ではなく『新憲法制定』論だということになる」(p.25)。
 例を自民党憲法改正案に採ると、同案は現憲法の「全面改定」・「全面改正」案ではない。<白紙>の出発点に立って一から条文自体を変えていくことも「憲法改正」に含まれうると私は考えるが、その点はともかく、上の指摘は自民党憲法改正案にはあてはまらない。とすると、「改正」論ではなく「新憲法制定」論だとの指摘が適切であるためには、「憲法の基本的な原理を大きく変更するような改定」論・案であることを示す必要がある。しかし、例えば現憲法9条が「憲法の基本的な原理」であるとの叙述も説明も何らなされていない。かつまた、現在の憲法学の通説又は多数説において、「改正」できない「憲法の基本的な原理」として憲法9条のいわゆる「平和主義」(の具体的規定内容。当然に第二項を含む)は挙げられていない。
 上の主張は不備・不十分さを含み、かつ憲法学の通説・多数説に反する見解を前提にしていると考えられる。
 3.B(上に続けて)「新憲法の制定は、政治体制の重大な変更をもたらすことになるが、はたしていまの日本でその必要があるのか、そしてなによりも、『新憲法』によってどのような国をつくろうとするのか、といった点についての慎重な議論の積み重ねが要請されよう」(p.25)。
 「新憲法の制定」という表現の問題性は上で述べた。ここでは実質的には「改憲」反対論が明確に主張されている。
 その理由として語られるのは①「その必要があるのか」と②「どのような国をつく」るのか「慎重な議論」が必要、ということで、これでは理由になっていない。改正の「必要」性自体が改憲・護憲の争点なのだから、前者は問いに問いで答えている。
 また、改憲・護憲について(改正の内容も含めて)「慎重な議論」をすればよいのだから、後者もまた何も言っていないに等しい。
 他にも問題のある叙述があるが、別の回に移す。
 とりあえず以上の三点(A・Bを分けると四点)に限る。これらの叙述は、ふつうの何らかの本に書かれていても、とり挙げて批判したくものだ。
 だが、「ふつうの何らかの本」に書かれている叙述ではない。文科省の教科書検定に合格した高校用の「政治・経済」の教科書に書かれている。
 実教出版による高校/政治・経済〔新訂版〕(2009.01。2007.03検定済み)で、表紙に明記されている「執筆・編修」者七名(全て大学教授又は名誉教授)は次のとおり。
 宮本憲一・山口定・加茂利男・浦部法穂・菊本義治・成瀬龍夫・杉本昭七。上の三A・Bは「憲法学者」の浦部法穂(東京大学卒・名古屋大学教授)の執筆だろう。
 誰とは書かないし、書いても推測になるが、これらの中にはほぼ明らかに複数の日本共産党員がいる。そうでなくとも、日本共産党シンパの者であり、マルクス主義者又は親マルクス主義者であり、そして全員が間違いなく「左翼」だ。
 上の1.2.は一つの「イデオロギー」表明であり、3.も公正な叙述ではなく、「改憲」反対という見解の明確な表明だ。
 こうした内容を含む教科書が高校生に「教科書」として読まれている。慄然とする。中学生・高校生の段階で、「左翼」的主張・思想の注入が行われている。
 日教組(民主党系)や全教(共産党系)やこれらに属する教員の活動を問題にしてもよい。だが、より問題にすべきなのは、彼らが教育する<内容>そのものだろう。
 また、より問題にすべきなのは、日教組(民主党系)や全教(共産党系)・これらに属する教員の活動を<指導>している(指導してきた)、大学教授であることが多い<進歩的・「左翼的」>知識人だろう。大学教授たちの活動には<教科書執筆・作成・刊行>も含まれる。
 日教組・山梨県教組出身の輿石某の言動を問題にするのもよいが、より構造的には、「左翼」大学教授による教科書・「教育理論」指導→組合幹部活動家→一般活動家→一般教員という流れのあることを意識しておくべきだ(戦後ずっと基本的には変わっていないともいえる)。
 宮本憲一・山口定・加茂利男・浦部法穂・菊本義治・成瀬龍夫・杉本昭七よ。君たちは、あるいはあなたたちは、上のような叙述を含む教科書の執筆又は作成に関与して、人間として、学者として、恥ずかしくはないのか。人間として、学者としての<良心>はないのか。マルクス主義者は<厚顔>なので、こんな言葉が心に届くとは思っていないが。
 別の回にもさらに言及する。

0741/北康利・吉田茂-ポピュリズムに背を向けて(講談社、2009)の「あとがき」。

 北康利・吉田茂-ポピュリズムに背を向けて(講談社、2009.05)の「あとがき」の次の文章は、まことに適切だと思う。
 「『民主主義は多数決だ』という教育が戦後の不幸を招いた。
 数にまかせて力をふるおうとする世論は、かつての反民主主義勢力よりもはるかに暴力的でかつ強欲である。『自分たちが主役の政治』を欲しながら、同時にまた強力なリーダーシップを持った政治家を求めている。こうした贅沢で矛盾した要求を恥ずかしげもなく堂々とできるのが世論なのだ。
 国民の政治を見る目は極端に幼稚になり、『嫉妬』という人間の最も卑しい感情が社会を支配しつつある。
 議員の財産開示などという愚にもつかぬことが行われているが、国民はここからいったい何を読み取ろうとしているのか。蓄財をしておらず、浮いた話などなく、老朽化した官舎に住んで国会に電車で通う政治家が本当にこの国を幸せにしてくれるのか。重箱の隅をつついて政治家批判をする前に、国民は政策判断できる能力を身につけるべきであろう。」(p.377)
 <国民が主人公>、<生活が第一>などの国民に「媚びる」スローガンを掲げ、「国民の皆さまに…させていただく」などというような言葉遣いをする代表がいる政党(民主党)が政権をとろうとしているのだから、うんざりするし、日本はダメになる、とも思う。
 「ポピュリズム」の形成にマスメディアは重要な役割を果たしている。産経新聞社にだって、かつて<ミンイ、ミンイ>、<ミンイ(空気)を読め>としか語れない若い記者がいたのだから。
 北康利、1960~。まだ若いので、今後にも期待したい。

0740/読書メモ-小林よしのり・天皇論、西村幸祐責任編集・世界を愛した日本(オークラ出版)+辻村みよ子。

 〇今月6/05(金)~6/07(日)に、小林よしのり・天皇論(小学館、2009)を全読了。為備忘。
 〇辻村みよ子・フランス革命の憲法原理―近代憲法とジャコバン主義日本評論社、1989.07)はずっと以前に入手しているが、読むに至っていない。副題に見られるように「ジャコバン主義」=「モンターニュ派」・ロベスピエールの「主義」を中心とする研究書のはずで、(未施行の)フランス1793年憲法=「ジャコバン」憲法を主対象とする。
 出版年月の1989.07というのは微妙な年月だ。翌年のドイツ再統一(「社会主義」東独の消滅)、翌々年の「社会主義」ソ連解体のあとであれば、こんな副題をもつ研究書を<恥ずかしげもなく>刊行できたかどうか。いわゆる<フランス革命>の過程中の「ジャコバン主義」時代こそ、「人民主権」=「人民民主主義」=「プロレタリア独裁」の実験時で、<早すぎた>がゆえに失敗した、という説明もある(マルクス主義に立つ河野健二ほか)からだ。
 巻末の「主要参考文献一覧」を見て気づくことはルソーやロベスピエールの著作の原典を直接には読んでいないようであることだ。そもそもロベスピエールには知られた著書はないのかもしれないが、ルソーについても、桑原武夫他訳の岩波文庫「社会契約論」が挙げられているだけで、ルソー「人間不平等起源論」は邦訳書であっても上の「一覧」にはない。素人ながら、「ジャコバン主義」の理解に当たって、マルクスの<原始共産制>の叙述を想起させるような(「自然」=「未開」状態の叙述・理解がルソーとマルクスとで全く同様だとの趣旨ではない)「人間不平等起源論」の内容の理解は重要だと思われるのだが。
 また、「反共」主義であっても、ハイエクの著作が挙げられていないことは仕方がないとしても、ハンナ・アレントの著作が何ら挙げられていないことは気になる。
 ハンナ・アレントは「革命について」、「全体主義の起源」といった著作をすでに刊行していて、邦訳書もあった。前者に限れば、1968年(合同出版)、1975年(中央公論社)に邦訳書が出ている。
 そして、上の後者を基礎にしたアレント・革命について(ちくま学芸文庫、1995。志水速雄訳)の「解説」者・川崎修によると、この本は「アメリカ独立革命とフランス革命との比較史的研究」であり、アレントはマルクス主義によるフランス革命解釈(「逆算」)から「解放」したのではなく、マルクス主義によるフランス革命解釈=後からの「逆算」的解釈を「転倒」させただけの、「かなりの程度マルクス主義的に理解されたフランス革命への批判」をした、とある程度は批判的なコメントもある。
 アレントのフランス革命論又は川崎修のその「解釈」の当否はともあれ、フランス革命理解にとって、ハンナ・アレントの著作は1980年以前においてすでに看過できないものになっていたのではないのだろうか。
 「修正主義」への言及も冒頭にはあり、F・フュレの原著も参考文献に挙げられてはいるが、辻村みよ子の上の著は、所詮は<主流派>=マルクス主義的解釈によるフランス革命・「ジャコバン主義」論を土台にし、かつそれを支持したうえでのもののような気がしてならない。
 〇西村幸祐責任編集・世界を愛した日本(オークラ出版・撃論ムック、2009)も、「中学歴史教科書2009年度版徹底比較」(全読了)を含めてすでにある程度は読了。
 表紙に「『諸君!』さらばと言おう。」と大きくあるが、中身には、雑誌「諸君!」に関する記事・論考が一つもないのはどういうわけか。あまり遊んでもらっても困る。

0739/佐伯啓思・大転換(NTT出版、2009)におけるハイエク。

 すでに多少は触れたが、佐伯啓思・大転換(NTT出版)における、日本の「構造改革」とハイエクとの関係等についての叙述。
 ・「ハイエクの基本的考え方と、シカゴ学派のアメリカ経済学の間には、実は大きな開きがある」。
 ・たしかに「ハイエクは市場競争の重要性を説いた」。その理由は「市場は資源配分上効率的」、「消費者の満足を高める」、ではない。
 ・理由の第一は、「市場制度は…自然発生的に生成し、自生的に成長していく…。だからそれを政府が無理にコントロールしたり、造り替えたりすることはできない」ということ。市場は「自生的に成長する」ために「耐久力をもち、安全性を備えている」。この点で「市場は優れている」というのがハイエクの一つの論点だった。
 ・市場はただ人々の自己利益追求の交換場所ではなく「法や慣習といったルールに守られた制度」で、「人々が信頼できるだけの安定性」をもつ。「公正価格」・「適正価格」という「社会的・慣行的」なものも「制度」に含まれる。従って政府が市場を「意のままにコントロール」したり「急激に改変」しようとすれば背後の「制度や慣行」にまで手をつけざるをえない。それは「市場経済を不安定化」する。政府は市場への「無理な介入」をすべきではない。
 ・要するにハイエクの「市場経済擁護論」は「市場経済は長持ちのする信頼に足る制度」だとの主張で、それを「自生的秩序」と呼んだ。ハイエクのいう「市場」とは「市場競争システム」ではなく「市場秩序」だった。
 ・第二の理由は、「市場秩序」は「社会全体についての情報を必要としない」ことだ。人々は本質的に限られた情報しか持てず「社会全体や経済全体」の情報を持たないし関心もない。従っていかに「合理的」に行動しても「合理性」の程度には限界がある。
 ・市場は「自分にしか」関心がない者が集まっても「何とかうまくゆくようにできている」。「ルールや制度も含めて」「慣性的な安定性」をもち、特定の人間・グループが「市場を大きく動かす」ことはない。
 ・人々は「自分にかかわる」知識・情報をもち「非合理的に行動」してよい。「システム全体についての合理的な知識」は不要で、「多少誤ってもよい」「局所的知識」で十分だ。
 ・要するに、市場は「いささか非合理的で誤りうる人間」が活動しても「決してゆらぎはしない」。それは、「人々の情報や知識が限定」され「間違うかもしれない」との前提に立つ。これも「市場秩序」が優れている理由だ。
 ・以上がハイエクの「市場擁護論」で、フリードマンらの論と「かなり違っている」。
 ・経済学者は通常、「資源配分上、効率的」、「消費者の効用を最大限」化する、その場合人々は「合理的に行動し」「システム全体についての合理的な知識」すら持つに至る、と「市場を擁護する」。ハイエクはそうは言わない。彼にとって「市場秩序が優れている」のは信頼できる「自生的秩序」として「安定している」からだ。「自生的秩序」としての市場は、人々の誤りや非合理性からの「ゆらぎ」を「うまく吸収」してしまう「安定性」を持つ、とするのだ。
 ・だからハイエクは、「自然に歴史的に生成してきた秩序」を破壊し「新たにシステムを設計」できるとの「設計主義」(constructivism)を「痛烈に批判する」。その際にハイエクは「社会主義のような計画経済」を想定したが、「構造改革」も、ハイエクからすれば「一種の設計主義」だろう。
 ・「経済的利益追求」の背後には「広い意味でのルールの体系、…制度や法や慣行」があり、人々はじつはそれを「頼りに行動」している。これこそがハイエクにとっての「重要な点」だ。従って、既成の「制度や慣行をいきなり変更する」ことは「自生的秩序」を破壊することで、システムの合理的設計という「設計主義」と同じだ。それは「市場秩序への人々の信頼感を損なう」と、かかる「理性万能主義」をハイエクは攻撃した。
 ・とすると、「ある国の経済制度や慣行を一気に破壊して、合理的な経済システムに変更」すべきとの「構造改革」は「ハイエクの精神」と対立している。かかる「合理的な設計的態度こそ」ハイエクが嫌悪したものだ。
 ・シカゴ学派経済学とハイエクは「基本的なところでまったく違っている」。「フリードマンとハイエクを同列に置くことはできない」。
 以上、p.185-8。
 「意のままにコントロール」、「急激に改変」、「いきなり変更」、「一気に破壊」という場合の「意のままに」、「急激に」、「いきなり」又は「一気に」か否かは容易に判別できるのか、という疑問も生じるが、とりあえず、趣旨は理解できる。

0738/2005年8-9月、朝日新聞は何と書いたか-吉川元忠=関岡英之・国富消尽(PHP)による。

 吉川元忠=関岡英之・国富消尽(PHP、2006)p.121-によると、朝日新聞は、2005年総選挙前の8/12社説でこう書いた。- 「党のリーダーが最優先の公約にしている政策なら、反対派を排除してでも実現しようとするのは当然だろう」。
 8/23社説でも、こう書いた。-「一つの法案に反対した前議員を容赦なく追いつめる」のは「非情と映るやり方ではあっても、自民党を政策本位の政党に造り替える豪腕だとも評価できる」。
 9/06社説は、小泉首相の任期延長待望論すら書いた。
 9/11の投票日当日の朝日新聞社説はこうだった-「小泉首相はこれまで見たことのない型の指導者だ。…単純だが響きのいいフレーズの繰り返しは音楽のように、聴く人の気分を高揚させる」。
 選挙結果は自民党296、民主党113、公明31、共産9、社民7等で、自公合わせて2/3以上の議席(327)を占めた。
 この結果は、小泉首相を「指導者」=Fuehrer=ヒトラーのように?褒め称えた朝日新聞の論調に多分によっていると思われる。与党が2/3以上の議席を獲得したからこそ憲法改正も現実的になり、続く安倍晋三政権の強い意向で教育基本法改正、防衛省設置法、憲法改正手続法も成立したのだから、こう指摘されるのは嫌だろうが、そもそもは「狂気の首相」を冷静に問題視できなかった朝日新聞社の論調自体に、教育基本法改正、防衛省設置法、憲法改正手続法を生んだ原因があった、とも言える。
 数年経って、小泉=竹中「構造改革」路線による、世界経済不況ものちに加わっての<格差拡大・失業率増加・非正規労働者の増加と不安定等>が語られる。
 朝日新聞はこうした現象を今日の問題だと、政治が生み出した「影」の部分、<弱者>を顧みない冷たい政治の結果等だと、主張している。
 だが、バカは休み休み言い給え、と言いたい。「小泉首相はこれまで見たことのない型の指導者だ。…単純だが響きのいいフレーズの繰り返しは音楽のように、聴く人の気分を高揚させる」と小泉首相を称揚しておいて、いかなる意味でも小泉政権の政策実施の結果と考えられるものを批判できるはずがない。
 批判するならば、2005.09.11等々の社説は誤りだったと取消して謝罪してから行うべきだ。経済理論・経済政策についてまともな知見を有していない朝日新聞は、適当に、ときどきの主流派の経済「思潮」に乗っかかって紙面を作り、社説を書いているだけだ。毎日700万の発行部数をもつ新聞がこうなのだから、情けないし、日本の進路も危ない。
 世襲(二世・三世)議員批判は、いま朝日新聞が手がけている<戦略>だろう。自民党に不利だからだ。単純にかかる議員がいけないとの結論にはならない、というのが私の意見。無視した方がよい。
 鳩山弟総務大臣と日本郵政社長の問題は、来る選挙も意識して報道されていると考えておいた方がよい。引きづり落としたい政党には小さなことでも悪い事は大きくかつ執拗に、伸ばしたい政党については重要で悪いことでもごく簡単に触れるのみ。
 こうした朝日新聞らのマスコミが醸し出す<雰囲気><空気>を読んで、<勝ち馬買い>意識をも持って、いわゆる<無党派>層は投票する。それが有権者の10%にすぎなくとも、大きな力をもち、選挙結果を左右する。<新聞民主主義>・<ワイドショー民主主義>(いずれも「大衆民主主義」で、<ポピュリズム>の別表現だが)は日本において極まっていそうだ。

0737/自由社・日本人の歴史教科書(2009)を一瞥-「市民革命」・「全体主義」。

 藤岡信勝編集代表・日本人の歴史教科書(自由社、2009.05)に収録されている最新版<新しい歴史教科書>(中学校用)の近現代部分を概読して、とりあえず印象に残ったことが二つあった。
 一つは、「市民革命」に関する叙述が、従来のもの、つまり私が学習した頃と何ら異ならないようであることだ。
 上の教科書では、17世紀後半から約100年間に欧州政治に新しい動きが起こったとし、イギリス、アメリカ、フランスについて述べたあとこう書く。「これら国々の政治の動きは、王や貴族の政治独占を認めず、人々が平等な市民(国民)として活動する社会をめざし、近代国家を生み出したので、市民革命とよばれている」(p.130、太字はママ。執筆者不明)。
 ここには「フランス革命」は「革命」ではなく支配層の中での権力の移動だった等々の<修正主義>の影響はない。のちのロシア革命(暴力革命)と共産党独裁につながるような「フランス革命」の一時期の<怖さ>、「フランス革命」の<影>の部分への言及又は示唆もない(のちのロシア革命についてはある)。
 アメリカの独立と合邦との間の理念の違いへの言及もなく、アメリカ「革命」とフランス「革命」が異なる性質のものだったとの言及・示唆もない。
 「市民革命」の「市民」の意味の詳しい説明はない。また、上の三国にのみ「市民革命」は起こったのか(そうだとすれば何故か)、他の国々も「市民革命」はあったのか=普遍的なのか(そうだとすれば、例えばドイツ・イタリア・日本はいつが「市民革命」だったのか)、といった疑問に答えてくれるところはなさそうだ。
 中学生用の簡潔な叙述なので、やむをえない、と言えるのだろうか。少なくとも、イギリス、アメリカ、フランスを例として「市民革命」を語るのは、何ら「新しい」ものではなく、かつ従来のマルクス主義的歴史学による理解・叙述と何ら矛盾していない。
 もう一つは、欧州で生まれた二つの政治思想が1920~30年代に台頭して世界に広まったとし、その二つとして①「共産主義」と②「ファシズム」を挙げて、「どちらも全体主義の一種」だと明記していることだ。その部分の項の見出しは「二つの全体主義」で、左欄には「20世紀の歴史を動かした共産主義とファシズムにはどのような特徴と共通点があったのだろうか」という文章もある(p.192)。
 このように①「共産主義」と②「ファシズム」が同種のものとして明記されていることに、よい意味で驚いた。かかる理解は、必ずしも日本人の「通念」になっているとは思えないからだ。
 かつて民社党は左翼全体主義(=共産主義)・右翼全体主義(=ファシズム)という言い方をしていたと思われる。だが、日本の戦後「思想」界・「歴史学」界等々で、かかる理解は少数派ではなかったかと思われる。
 外国では、ハイエクやハンナ・アレントなど、「共産主義」と「ファシズム(とくにナチズム)」を同列のものと扱う傾向が日本におけるよりも強かっただろう。
 日本では、例えば丸山真男は(あるいは「戦後民主主義」者のほとんど全てが)「民主主義」と「ファシズム(・日本軍国主義)」を対置させたが、その際、「民主主義」の中に、「人民民主主義」という言葉が今でも残るように、「民主主義」の徹底した形態又は発展形態としての「社会主義(・共産主義)」を含めていたように解される。
 そのような日本の戦後<進歩的文化人>にとって、「社会主義(・共産主義)」と「ファシズム(・日本軍国主義)」が「どちらも全体主義の一種」などという理解は耐えられるものではなく、「全体主義」という語を使うとしても、「ファシズム(・日本軍国主義)」のみを意味させたものと思われる。
 そして、彼らにとっては、「社会主義(・共産主義)」と「ファシズム(・日本軍国主義)」は両極にあって対立しているものであった。後者の<復活の阻止>こそが最大目標だった(そして「民主主義」の擁護・徹底による日本の「社会主義(・共産主義)」化こそが<隠された>目標だった)のだ。
 丸山真男に対して、「社会主義(・共産主義)」と「ファシズム(・日本軍国主義)」のどちらを選ぶかという<究極の>選択を要求すれば、丸山真男は間違いなく後者ではなく前者を選んだと思われる。丸山には、「社会主義(・共産主義)」も「ファシズム(・日本軍国主義)」も<同じ全体主義>などという考えは、露も浮かばなかったのではないか。
 「民主主義」対「ファシズム(・日本軍国主義)」というあの戦争の把握の仕方はアメリカ・GHQのものであり、丸山真男および戦後<進歩的文化人>は占領期当初のアメリカ・GHQの「歴史認識」あるいは<パラダイム>に少なくとも客観的には<迎合>していたと考えられるが、この点は別の回でもあらためて触れる。
 ともあれ、「二つの全体主義」とかつて学習した記憶はなく、「新し」さを感じさせた。これで教科書検定を合格するのだから、決して悪い方向にばかり動いてはいない、という感もする。
 ところで、上掲書には教科書部分のほか、寛仁親王殿下のほかに、櫻井よしこ・加瀬英明・高山正之・黄文雄・西尾幹二・中西輝政・石平等々の15名の2頁ずつの文章を収載している。
 <新しい教科書をつくる会>分裂騒ぎに関する知識も大きな関心もないが、「自由社」版の他に産経新聞社グループの「扶桑社」の子会社「育鵬社」版の、殆んどか全くか同じの教科書も刊行されているらしい。
 上の15名の名前を見ていると、八木秀次、渡部昇一、岡崎久彦あたりの名前がないことに気づく。西尾幹二と八木秀次の間に確執があるのは知っているので、どうやら八木秀次らが「育鵬社」グループらしい(屋山太郎は?)。
 だが、15名の名前の連なりはなかなか重厚だ。いわゆる<保守派>というのがあるとすれば、八木秀次らのグループはその中の少数派なのではないか。そうだとすると、八木秀次と渡部昇一の二人への信頼度は私には相対的には上の15名の平均よりずっと低いので、悪い印象ではない。些末なことながら。

0736/ハイエク・隷属への道(春秋社、原著1944)へのミルトン・フリードマンの「序文」2

 ハイエク・隷属への道(春秋社、全集Ⅰ別巻。原著1944)へのミルトン・フリードマンの「序文」のつづき。
 2(1994年版)・独語版(1971)への序文の一部はもはや完全には正しくない。「マルクス主義型の集産主義に対する擁護者は、西欧諸国の諸大学に集中的に存在する小さく頑迷な集団」へと後退した。今日では「社会主義は失敗」し「資本主義が成功」したという点に「広範な意見の一致」がある。
 しかし、「インテリの共同体」のハイエク的見解への「転向」は「見かけの上」のことで、「実体を伴ってはいない」。
 「インテリの共同体の大半」は、「個人」の「大型の悪質な諸企業」からの保護、「貧困者」の救済、「環境保護」、「平等化」の推進等のためと宣伝される「政府の権力の拡大」にほとんど自動的に賛成してしまう。
 初版時(1944)、「知的風潮」は本書をはるかに「敵視」していたが、「実践の面」でははるかにハイエク説に「順応」していた。しかし、今や逆になっている。
 レーガン時代を経ても、米国の対国民所得政府部門支出は1950年の25%から1993年には45%近くになった。サッチャー首相の英国は「企業の国営化と運営の規模」を削減させたが、対国民所得政府部門支出は50%を超え、「民間部門」への「政府の介入」は1950年時よりもはるかに増えている。
 ・アメリカとイギリスは「個人主義と資本主義」を唱えながら、「実行」面では「社会主義を実践している」と言っても「必ずしも言い過ぎではない」。「ゆえに今こそが、『隷属への道』を読むのに、ふさわしい時」だ。
 以上、終わり。
 1944年、1971年、1994年。現在と同じような問題がとっくに存在していた。19世紀末から20世紀初頭でもそうだったのかもしれない。

0735/ハイエク・隷属への道(1944)の1971年独語版へのM・フリードマンの「序文」。

 フリートリヒ・A・ハイエク・隷属への道〔西山千明・訳〕(春秋社、2008.12新版、全集I別巻。原著は1944年刊)の最初にある、ミルトン・フリードマンの「序文」の中には、興味深い文章がある。これは同書1994年版(英文)への序文で、その中に1971年版(独文)への序文も含めている。以下、適当に抜粋。なお、近年の経済政策に関する「新自由主義」うんぬんの議論とは直接には無関係に関心を持ったので、とり上げる。
 ハイエクと同様に「集産主義」(collectivism)という語を用いているが、これは、社会主義(・共産主義)とナチズム(ファシズム)の他に、自由主義(資本主義)の枠内での<計画経済>志向主義も含むもののようだ。
 1(1971年版)・「個人主義」者に対して「集産主義」からどうして離脱したかを訊ねてきたが、ハイエク著・隷属への道のおかげだ、としばしば答えられた。
 ・ハイエクは「集産主義」者の特有な用語を進んで用いたが、それらは読者が慣れ親しんだものだったので、親近感を与えた。
 ・「集産主義」者の誤った主張は今日でもなされ、増加しさえしているが、直接的争点はかつてと異なり、特殊な用語の意味も異なってきている。
 例えば、「中央集権的計画」・「使用のための生産」・「意図的な管理」はほとんど耳にしない。代わっての論争点は、「都市の危機」、「環境の危機」、「消費者の危機」、「福祉ないし貧困の危機」だ。
 ・かつてと同じく、「個人主義」的諸価値も公言され、これと結びついて「集産主義」の推進が主張されている。「既存の権力組織に対する広範な異議申立て」がなされ、「参加的民主主義」のため、「各個人の個人的ライフスタイル」に沿って「各個人が思い通りする」自由への「広範な要求」が社会に出現している。「集産主義」は後退し、「個人主義」の波が再び高まっていると誤解しそうだ。
 ・しかし、ハイエクが説明したように、「個人主義的な諸価値が樹立されるためには、個人主義的な社会をまずもって築かなければならない」。この社会は「自由主義的秩序」のもとでのみ建設可能だ。そこでは、「政府の活動は…、自由に活動して良い枠組みを限定することに主として限られる」。なぜなら、「自由市場」こそが真に「参加的民主主義」を達成するための「唯一のメカニズム」だから。
 ・「個人主義的な諸目的」の大半を支持する多くの者たちが、「集産主義的手段」によることを支持しているのは、「大きな誤解」だ。「善良な人々」が権力を行使すれば全てうまくいくと信じるのは「心をそそる考え方」だが、「邪悪を生み出すのは権力の座にある『善い』人々」だ。これを理解するためには感情を理性的機能力に従属させねばならない。そうすれば、「集産主義がその実際の歴史において暴政と貧困しか生みだしてこなかった」にもかかわらず「個人主義よりも優れている」と広く考えられている「謎」も解き明かされる。「集産主義のためのどんな議論も、虚偽をこねまわした主義でなければ、きわめて単純な主張でしかない。…それは直接に感情に対して訴えるだけの議論でしかない」。
 ・「個人主義」と「集産主義」の闘いのうち、<現実の>世界では、「集産主義の徴候」は「ほんの少しばかり」だった。英・仏・米では「国による活動拡大の動き」はさほど伸びなかった。
 その要因は第一に、「中央集権的計画に対する個人主義による闘争」(ハイエクのテーマ)が明白になったこと、第二に、「集産主義」が「官僚主義的混乱とその非効率性という泥沼」にはまり込んだこと、だった。
 ・しかるに、「政府のさらなる拡大」は阻止されず、「異なった経路へと向けて転換」され、促進された。「直接に生産活動を管理運営する」のではない、「民間の諸企業に対して間接的な規制をする」ことや「所得移転という政策」に変化したのだ。「平等と貧困の根絶」のためとの名目の「社会福祉政策」は原理原則を欠き、諸補助金を「各種の特殊利益グループ」に与えているにすぎず、その結果、「政府部門によって消費される国民所得の割合は、巨大化していくばかり」だ。
 ・「個人主義」と「集産主義」の闘いのうち、<思想の世界>では、「個人主義」者にとって「幾分か劣った」にすぎず、この事態は驚くべきことだ。
 1944年以降の25年間の「現実」はハイエクの「中心的洞察を強く確証してきた」。①人々の諸活動を「中央集権的命令によって相互に整合させながら統合する道」は「隷属への道」・「貧困への道」へ、②「人々自身の自発的な協同によって、相互に調整し総合的に発展させる道」は「豊かさへの道」へと導いた。
 しかし、欧米の「知的風潮」は「自由に関する諸価値が再生する徴候」を短期に示したものの、「自由な企業体制や市場における競争や個人の財産権や限定された政府体制」に「強く敵対する」方向へと再び動き始めた。従って、ハイエクによる知識人の描写は「時代遅れ」ではなく、ハイエク理論は10年程前から「改めて世相に適切な根拠を与える
ものとして鳴り響いている。
 ・「どうして世界のいたるところで、知的階層はほとんど自動的に集産主義の側に味方するのだろうか」。「集産主義」に賛同する際に「個人主義」的スローガンを用いているのに、「どうして、資本主義を罵り、これに対する罵詈雑言をあびせかけているのだろうか」。「どうして、マス・メディアはほとんどすべての国」で、かかる見解に「支配」されているのだろうか。
 ・「集産主義に対する知的支持が増大」という事実はハイエクのこの著が「今日においても、実にふさわしい書」であることを示す。
 ・「自由のための闘いは、いくどでも勝利を重ねなければならない」。「各国の社会主義者たちは、この書によって説得されるか敗北させられなければならない」。さもなければ、われわれは「自由な人間になることができない」。
 <以上で1(1971年版)は終わり。続きは別の回に。>

0734/田母神俊雄・田母神塾(双葉社)を全読了-日本の「防衛」。

 田母神俊雄・田母神塾-これが誇りある日本の教科書だ(双葉社、2009)をようやく全読了。
 日本の政治家・国民の<軍事・防衛>に関する知識は乏しい。
 ・「専守防衛」・非核三原則・武器輸出(禁止)三原則は改めるべきだ。
 ・ニュークリア・シェアリング・システムを日本も導入すべき。以上、田母神の主張に納得。
 ・自衛隊を「軍隊」と認めないでおいて(「軍人」はいない筈なのに)<文民統制>を語るとは、そもそも笑止千万の旨の指摘も面白い(p.217)。
 かりに朝日新聞的「左翼」の見解を歴代内閣の見解に反して公にした行政公務員(とくに事務次官等の上級官僚)や自衛官がいたとし、かつそのことで<更迭>等の意に反する実質的制裁を受けたすれば、朝日新聞は、公務員にも「一市民」としての「内心の自由」・「思想・信条の自由」そして「表現の自由」があるとして、その公務員を擁護し、政府の側を徹底的に批判するのではないか。
 いわゆる田母神俊雄論文の執筆・公表は「一私人」としての行為だと昨秋に政府は認めていた(その上で、その地位にふさわしくないとした)。
 人権派(公務員の「人権」についても)のはずの朝日新聞はなぜ、公務員たる田母神俊雄については、公務員も「一市民」としては持つ「内心の自由」・「思想・信条の自由」そして「表現の自由」(それぞれ歴史認識を含む)を持ち出して、政府・防衛相を批判しなかったのだろうか。
 国歌伴奏拒否音楽教員(公務員)の方を朝日新聞は擁護し、東京都教委・校長の側の<強制>を批判したのではなかったか?
 言うまでもなく、自分たちに都合のよい<言論>しか実質的には許容しないという、都合の悪い<言論>は<言論>自体を許容しないという、<全体主義>的意識を(それは<ご都合主義にもつながる)朝日新聞が持っていることによる。
 ・①周辺に中国・北朝鮮のような危険な国のない英国・フランス・ドイツにおいて、日本と比較しての軍事費の多さは次のとおり(p.239の資料による。1ドル=129円=約0.9ユーロで計算。英・仏は核保有国でもある)。
 人口一人当たり「国防費」-日本293、英779、独318、仏603(ドル)。
 対GDP「国防費」-日本0.944、英2.4、独1.1、仏1.9(%)。
 ②A「現役総兵力」数(万人。p.238)-中国225.5、北朝鮮110.6、そして日本24.0。
 ②B「海兵力」=海兵隊・海上自衛隊員数(万人、p.239)-中国160、北朝鮮100、韓国54、台湾20、そして日本14.9。
 むろん在日米軍の存在も考慮する必要はあるが(在欧米軍もある)、日本の<安全>は心もとないのではないか。
 ・「防衛出動」には、武力攻撃事態国民安全確保法(略称。いわゆる有事立法の一つ)9条により事前に国会の承認が必要とされる。真の<有事>・<非常事態>において、これでは間に合わないだろう。またそもそも、<反戦平和>の気分の国会議員が過半数が占めていれば「承認」がなされないこともありうる。「防衛出動へのハードルをもっと下げるべき」との主張(p.212)に同感。
 ・日本へのミサイル攻撃があった、又は明白に予測されるときにその「基地をたたく」ことは「法理的には自衛の範囲に含まれ、可能」との首相答弁(1956.2.29)はまだ生きているとされる。しかし、現実には、今の自衛隊の情報等の能力では、外国の「基地をたたく」のは不可能らしい(p.215-220)。
 例えば、日本には北朝鮮の精細な地図(地下の状態等立体面を含む)等(建物の高さ・強度等の情報)がないようだ。日本の<安全>は心もとないと思われる。

0733/週刊東洋経済6/06号(東洋経済新報社)で野口悠紀雄が書くこと-経済思潮ではなく「技術」?

 週刊東洋経済6/06号(東洋経済新報社)には、野口悠紀雄の<変貌をとげた世界経済/変われなかったニッポン>との連載がある。
 1.このタイトル自体が、「世界経済」に対する「日本」の拙劣さを示唆しているようだが、それで適切なのかどうか。
 2.上の号で野口悠紀雄は、80年代、90年代につき、次のように簡単にまとめる(p.107)。
 <80年代、「経済思潮上の大きな変化」があり、イギリスでサッチャーが、アメリカでレーガンが「国営企業の民営化、規制緩和、税制改革」をし、日本でも「民営化」がなされた。「社会主義経済」が崩壊し「市場経済への道」を進んだ。『新自由主義』との考えがそれまでの「福祉国家」・「ケインズ主義」・「社会主義」等に取って代わった。
 このことが、①「90年代の繁栄の原因」であり、かつ②「いま生じている経済危機はその路線の破綻」による、とされている。
 たしかに変化の「大きな原因」になっただろうが、それだけではなく、主としてITの面で生じたもあった。
 「技術上の変化」と「経済政策の思潮上の変化」とどちらが重要だったか? 私(野口)は「技術」だと思う。但し、新しい「情報技術」は「分権」・「自由」と密接に結びつき、さらに「アメリカ社会の成り立ち」とも密接に関連している。>
 ネオリベ・ネオコンといった経済政策(・政治)上の「思潮」ではなく、野口は<IT等の「情報技術」の変化・革新>を重視している。
 はてはて、この議論はどの程度的適切なのだろうか。
 3 野口はこうも書いている。-「日本では、『進歩=マルクス主義、保守=自由主義』という枠組みが80年代にもまだ強固に残っていた」。「マルクス経済学者の力は、大学の人文系学部では圧倒的に強かったし、論壇も『進歩的文化人』に支配されていた」。「しかし、…。日本社会党が消滅し、マルクス主義者の影響力は、大学でも論壇でも顕著に低下した」(p.106)。
 野口悠紀雄が例えばいずれかの政治組織に属しているようなマルクス主義者でないことはほぼ明らかで、その野口が上のような<変化>を1980年代(末?)に求めていることに止目しておきたい。その後、つまりほぼ1990年代から今日まで、かつての<マルクス経済学者たちは何をしてきたのだろう、あるいは何をしているのだろう。

0732/月刊正論7月号(産経新聞社)とNHK。

 月刊正論7月号(産経新聞社)の特集は<NHKよ、そんなに日本が憎いのか>。
 この問題を取り上げるのはよいことに決まっているが、発売部数7万弱の月刊雑誌に、いかほどの世論形成能力があるのだろうと考えると、かなり悲観的にはなる。
 「かなり悲観的」の根拠では全くないが、ネット上でNHKの今年4/28の「理事会議事録」を見ると、NHKの「考査室」が同理事会で、「プロジェクトJAPAN NHKスペシャルシリーズ『JAPANデビュー』第1回『アジアの“一等国”』(4月5日(日)放送)は、一等国をめざした日本による台湾の植民地政策の変遷をテーマに、膨大な史料と海外の研究者による解説をもとに、日本や列強の思惑をわかりやすく読み解いていたと考えます」、と報告している。  確認しないが、NHK会長・福地茂雄は「問題ない」旨を語った、と(たぶん少なくとも産経新聞で)報道されていた。
 ネット上の<産経ニュース>5/14によると、こうある。
 「NHKの
福地茂雄会長は14日の会見で『あの番組はいいところも随分言っていると思った』と、内容に問題はないとの認識を示した。/福地会長は『(当時の)産業・インフラの芽が今の台湾の産業につながっているという気がしたし、教育でも規律正しい子供たちが映っており、一方的とは感じなかった。文献や証言に基づいているし、(取材対象の)発言の“いいとこ取り”もない』と評価した」。
 問題の番組の製作者もそうだが、
福地茂雄という人物は、台湾や日本の台湾統治に関する知識など殆ど持っていないのだろう。問題の番組の製作者は<無知>のみではなく、特定の<意図>があったと考えられるが。
 月刊正論7月号の水島総の連載記事(p.282~)によると、「NHKスペシャル『JAPANデビュー』」批判の新聞「意見広告」は産経新聞の東京版・大阪版だけだったようだ。
 広告費の問題もあるだろうが、産経新聞に載せるだけでは、朝日新聞の出版物の広告記事を<週刊金曜日>に載せるのに近いのではなかろうか。問題の所在自体を知らせるだけにでも朝日新聞にも、少なくとも(部数の面で広告費も安いと思われる)日本経済新聞くらいには掲載してほしかったものだ。
 それにしても、やはりとも思うのは、水島総によると、5/16の集会と1000名を超える人々のNHK抗議デモ(中村粲の連載記事p.163も参照)について、当日のNHKニュースは「原発プルサーマル計画に反対する十数人のデモを報道」したにもかかわらず、完全に黙殺した、ということだ。
 NHKばかりではなく、産経新聞を除く全マスメディアがそうだと思われる。
 これでは勝負にならない。田母神俊雄論文問題と同様で、田母神更迭等を政府・防衛大臣が反省しないのと同様に、<一部の批判・反対はあったが…>というだけで、NHKが反省・自己批判することは、客観的にはありえそうにない。
 だからといって、むろん、今後も批判する、あるいは批判的に番組を検討することを続けることを無意味だとは思っていない。重要だ。だが、客観的情勢を観ると、たぶんに歯痒い思いがする。
 朝日新聞(系)と読売新聞(系)とが結託していれば、同じ報道姿勢を続ければ、<世論>はほぼ決定的なのではないか。潮匡人が「リベラルな俗物たち」の一人として取り上げている(p.204-)渡辺恒雄の読売新聞(系)への影響力が完全になくなり、読売新聞(系)が(今でも問題によっては朝日・毎日対読売・産経という構図になるようだ)、より産経新聞に接近することを期待する他はない(といって、産経新聞や産経新聞社出版物を全面的に信頼しているわけではない)。
 潮匡人の巻頭の方の連載コラム(p.48-49、今回のタイトルは「続・NHKの暴走」)を読んで、いつか頭に浮かんだことを思い出した。
 NHKは「LGBT」(省略)、「いろんなセクシャリティ-のかたちや価値観」があること、に好意的で、「虹色」という語を使うサイトもあるという。
 では、と思うのだが、NHKの年末の<紅白歌合戦>は男でも女でもない、男のような女、女のような男等々の存在を無視するもので、「紅組」と「白組」の二つだけではなく中間の「ピンク(桃)組」も作るべきではないのか(「虹色」でもよいが、この色はどんな色か分かりにくい)。<紅・桃・白歌合戦>、にすべきではないのか(「こうとうはく歌合戦」。虹組だと「こうこうはく歌合戦」になる)。
 <紅白歌合戦>という(「男」と「女」に分かれた)長く続く番組の名称こそ、「いろんなセクシャリティ-のかたちや価値観」を結果として排する方向のものとして、なかなか意味がある、と感じているのだが。 

0731/田母神俊雄に関連する朝日新聞5/04記事の「バカ」くささ。

 遅いコメントだが、朝日新聞5/04付朝刊の「虚の時代4/『タモちゃん現象』を利用」と題する記事は、朝日新聞らしく、気味が悪い。
 田母神俊雄はまだ単著や対談本等を発刊し続けている。田母神を「支持する」意向をごく微小ながらも示したくもあり、できるだけ購入するようにしている。
 上の記事は、田母神俊雄本が売れ、同・講演会が盛況らしいこと(「タモちゃん現象」)に幾分かの恐怖を覚え、揶揄してやろうとの魂胆のもののようだ。
 事実だとしても田母神俊雄支持者のすべてではなくごく一部の者に違いないが、上の記事は、防衛大学校長・五百旗頭真の講演会を中止するよう「圧力」をかけた人物がいた、と書く。そして続けて、(この記事の論旨展開はかなりいい加減なのだが、)秦郁彦の田母神俊雄論文の一部を批判する発言を載せる。その後にすぐにつなげて、中島岳志(パール判事論争の当事者で、小林よしのり等の批判を受けている者)の、「タモちゃん現象」を揶揄する発言-「権威」を「抵抗勢力」に仕立て、「笑いと断言口調」で批判する、そういう「テレビ」の「司会者やタレント」と「似通っている」-を紹介する。
 上のあとすぐにつなげて最後に書く-「言論の自由は言論の中身を吟味するためにある」。「それを怠り、威勢のいい言葉に熱狂すれば、つけは市民に回ってくる」。
 このバカ記事は何を言いたいのか。田母神俊雄は、「笑いと断言口調」で人気をとるテレビ「司会者やタレント」と似ており、またその「威勢のいい言葉」に熱狂などしているとダメですよ、と「市民」に説いているのだろう。
 このように言う(新聞記事を書く)「表現の自由」はあるだろう。だが、この記事を執筆した朝日新聞記者は、この自分の文章もまた「表現の自由」によって「言論の中身を吟味」される、ということを理解しているだろうか。
 「言論の中身を吟味する」ことを「怠り、威勢のいい言葉に熱狂すれば、つけは市民に回ってくる」とヌケヌケと書いているが、この記事も朝日新聞の社説等も「中身を吟味」される(そうしないと日本国家と日本社会はますます奇妙になる、との見解もある)、ということを理解しているだろうか。
 また、朝日新聞はそもそも、「威勢のいい言葉」を使い、読者の「熱狂」を煽る、ということをしたことがないのだろうか。あるいは朝日新聞は、見出しの表現などを意図的に工夫すること等によって読者の印象・心理や意見・見解を巧妙に一定の方向に誘導することをしなかっただろうか。後者の場合も、広義には、「威勢のいい言葉」によって読者の「熱狂」を煽る、ということの中に含めうる。
 この記事が田母神俊雄について書いていることは、朝日新聞自体やこの記事の執筆者にもはねかえってくるものだ。このことを何ら自覚していないようにも見えるが、そうだとすれば、自分や朝日新聞と田母神俊雄は全く別者(別物)だという前提に立っていることになり、傲慢さも甚だしい。

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