秋月瑛二の「憂国」つぶやき日記

政治・社会・思想-反日本共産党・反共産主義

2007年12月

0370/読売新聞記者は渡邉恒雄を自社の恥と感じないか。

 産経新聞12/27、12/28は、次のように伝えている。
 1 昨年(2006年)2月16日、渡辺恒雄読売本社代表取締役会長は自ら主宰の研究会に福田康夫を招き、自民党「総裁選出馬を強く後押し」。福田は見送ったが、その後も加藤紘一らと「接触を続け」、「安倍包囲網」構築を続けた。
 2 今年(2007年)、参院選2日後の7月31日<安倍は首相続投を表明し、自民党全体もそれを支持していた、はずの時期だが>、渡辺恒雄氏家斉一郎・日テレ取締役会議長が「招集」して、山崎拓、加藤紘一、古賀誠、津島雄二の計6人が「ひそかに集結」し、「早々に安倍を退陣させ、次期総裁に福田康夫を擁立する方針を確認した」。
 3 安倍の退陣表明後の9月13日、渡辺恒雄が日本テレビに、山崎拓、古賀誠、青木幹雄らを「招集」して「極秘会議」を行い、遅れて出席した森喜朗に(後継は)「福田で固まった。あとはあんたのとこだけ」と言い、森は福田康夫も含めて「根回しを進め」、その日の夜までに麻生派を除く8派が福田支持でまとまった。(総裁選投開票は9月23日。福田330対麻生197。)
 渡辺恒雄、および同グループの氏家斉一郎は
、(安倍退陣と)福田擁立に深く関係していたことが明らかだ。
 この産経記事を前提にすると、読売新聞12/29「安倍首相退陣・空気読めず「強気」一転」たる見出しの記事の<白々しさ>はいったい何だろう。
 自社のトップが前年から安倍ではなく福田支持で動いていたこと、自社のトップ自身が参院選直後に「安倍首相退陣」→福田後継の流れを作っていたこと、等々には全く触れることなく、安倍の「読み」の甘さや体調のみを話題にしている。
 この記事を書いた読売の政治部(?)記者は恥ずかしくないのだろうか。
 
渡辺恒雄批判はすでに多いが、例えば櫻井よしこは、週刊新潮1/03・1/10合併号p.79で「渡邉さんはもはや、言論人の範疇を不公平な形で超えた」と言い切っている。
 一方で、一企業グループの幹部という一私人にすぎないはずの渡辺恒雄に唯々諾々と従っているかにみえる自民党の「大?」政治家たちの面々もだらしがない。最もみっともないのは、今年8月以降の少なくとも一時期、安倍首相に面従腹背をしていた政治家たちだろう。
 一企業グループの幹部にすぎない渡辺恒雄がかかる大きな力を事実上もちえるのは、この人個人の力量よりも発売1000万部という読売新聞の力(世論への影響力)によるところが大きいと思われる。渡邉は、自らの政治力発揮のために読売新聞というマスメディアの(潜在的)力を利用しているのだ。
 読売新聞は、朝日新聞に接近して、マスメディアを二分して巧く<棲み分ける>ことを狙っているように推測される。それは、渡邉の意図なのかもしれない。
 読売は、社説をきちんと読むと真っ当なことが多いにもかかわらず、全体として迫力がなく、スジが鮮明でなく、むろん朝日新聞の論調と「闘う」という姿勢を(かつてとは違って?)感じ取れることもなく、平板でつまらない新聞に変質しているような気がする。来月末の契約期限後には、読売新聞の購読を安心して打ち切れそうだ。

0369/保阪正康は何故、諸君!に書けるのだろう。

 過去に書いたことの繰り返しがほとんどになるが、保阪正康について。
 保阪は首相の靖国参拝反対論者だ。朝日新聞の昨年8/26に登場してその旨を述べ、<靖国神社には「旧体制の歴史観」、超国家主義思想が温存され露出しているので参拝は「こうした歴史観を追認することになる」>と理由づけた。そして、この朝日上の一文を<「無機質なファシズム体制」が今年〔今から見ると昨年〕8月に宿っていたとは思われたくない、「ひたすらそう叫びたい」>との(趣旨不明の)情緒的表現で終えていた。
 また、保阪は文藝春秋の昨年9月号にも原稿を書いて、<講和条約までは戦闘中でそのさ中の東京裁判による処刑者は戦場の戦死者と同じ、と自らが紹介している松平永芳靖国神社宮司の見方を、占領軍の車にはねられて死んでも靖国に祀られるのか、「かなり倒錯した歴史観」だ>、と「かなり エキセントリックな」言葉遣いで批判していた。
 10/02に書いたように、今年の諸君!11月号(10月初旬発売)の一文はひどいものだった。呆れてほとんど引用しなかったのだが、いま少しは詳しく紹介してみよう。
 まずタイトルが「『安倍政権の歴史観』ここが間違っていた」で、「安倍政権の歴史観」なるものを俎上に上げて批判しようとする。そして、逐一の長い引用は避けるが、例えばつぎのような文章・表現で安倍内閣または安倍首相を批判していた。
 ①「丁寧に論じれば論じるほど、安倍首相が社会的現実や歴史的事実の一面しか見ていないことを世間に知らしめてしまったのだ。/とくに歴史観や歴史認識で、それが露骨にあらわれていた。」(p.58)
 ②「このような言葉の軽さは、安倍首相が社会的現実や歴史的事実を俯瞰する目をもっていないことを示している。そうした歴史を語るときの言葉の軽さが、国民に信頼されないという結果につながったのだ。」(p.59)
 ③「『政治とカネ』や『年金問題』、さらに『都市と地方の格差』といった生活に直結する問題だけで敗れたというより、安倍首相のもっている歴史認識、それにもとづいての言語感覚そのものが国民の信頼を勝ち〔ママ〕得なかったと分析する論の方が説得力を持っている。」(p.60)
 ④「つまり、安倍首相の言説はきわめてご都合主義の論であり、歴史的事実の側面だけをつぎはぎしただけの、あまりにも軽い歴史認識ということになってしまう。」(p.61)
 ⑤「安倍首相の片面しか見ない、いわば都合の悪い事実には目をつぶる、あるいは自らが酔う言語を口にし、それを他者に押しつけるという性格は、…」(p.61)
 ⑥「安倍首相は、現代社会の首相としての資質に欠けていただけでなく、その歴史認識そのものが歪みを伴っていたのである。にもかかわらず首相になれたところに、現代日本社会が内包しているブラックホールがある」(p.61~62)
 ⑦「だが安倍首相のように、常にある一面だけしか見つめず、そこからしか論を引き出せないとするなら、せめて…などといった大仰なスローガンを口走るべきではない。」(p.62)。
 ⑧「安倍首相には非礼な言い方」だが、「独裁者的な独りよがりの体質、そして反時代な言語感覚が世間にには受け容れられないことを証拠だてたという意味で、日本社会はある健全さを示したというのが、私の実感」だ。(p.62)
 上の⑧は最末尾の文章で、7月参院選の自民党敗北を喜んでいることを示している。
 さて、第一に、上の③は7月参院選・自民党敗北の原因分析だが、こんな分析をしていた新聞・論壇・評論家はいた(あった)のだろうか。そもそも「安倍首相の歴史認識(>それにもとづく言語感覚)」は、どの程度、選挙の争点になっていた、というのか。
 保阪は、自分が得意とする<歴史認識>・<歴史的事実>の分野で議論をしたいという目的のためにのみ、不得意な社保庁・年金問題、経済的「格差」問題等を避けて、上の③のようなことを言っているにすぎないのではないか。
 この人にかかると、「歴史」を語る又は「歴史」に関連する行動をするおそらくすべての首相が、小泉もそうだったように、<歴史認識>不十分・不正確とかの理由で批判されるのだろう。そんな自信をもてるほど、自分は<現実・将来を見据えての歴史的知識・歴史認識をもっている>と、保阪は鼻高々に言えるのだろうか。
 第二に、上以外に保阪が言っているアレコレも全然説得力がないのは何故だろうか。
 「社会的現実や歴史的事実の一面しか見ていない」、「社会的現実や歴史的事実を俯瞰する目をもっていない」、「きわめてご都合主義の論」・「歴史的事実の側面だけをつぎはぎしただけの、あまりにも軽い歴史認識」、「片面しか見ない、いわば都合の悪い事実には目をつぶる、あるいは自らが酔う言語を口にし、それを他者に押しつける」、「歴史認識そのものが歪みを伴っていた」、「常にある一面だけしか見つめず、そこからしか論を引き出せない」、「独裁者的な独りよがりの体質、そして反時代な言語感覚」。これらは当時の現役首相に向けられたものだが、言葉だけが浮いている感じがあり、少なくとも私の腑には全く落ちない。
 何故だろうと考えるに、要するに説明が足りない、あるいは、具体的・実証的な根拠・理由を説得的に示すことができていないからだ。
 例えば、詳細に論じるのは阿呆らしいので簡潔にするが、④の前には「戦後レジームからの脱却」という語を問題にする部分がある。だが、この言葉・概念の意味について<保守派>に一致がないだろうことは認めるとしても、保阪は特定の意味に理解して、自分が批判しやすいように対象を措定しておいてから「ご都合主義」等と批判する、という論理を採用している。
 これ以外の部分にはまるで又はほとんど、理由・根拠の提示が欠けている。少なくとも私には、いかなる理由・根拠が示されているとも読めない。
 この人は一定の結論を予めもって、歴史家又は歴史評論家らしくもなく、実証的・具体的・詳細な事実の提示を省略したまま、<政治評論家>ぶった文章を書いている。
 ついでながら、批判対象が安倍首相(当時)でなかったら、つまり、歴史・政治等に関する学者・研究者・評論家個人を批判する原稿であれば、保阪はこんな一面的で、実証性を欠く、杜撰な文章を書いただろうか。安倍が反論などしてこないだろうことに甘えて、適当に、感情混じりで、字数を埋めたとしか思えない。
 この保阪正康は諸君!に毎号昭和史に関する連載をしているようなのだが、新聞広告によると、現在発売中の諸君!では、それとは別の原稿をまた書いているらしい(「昭和天皇、秘められし『言語空間』」)。
 佐藤優、竹内洋、秦郁彦ら、読みたい人々の文章が多々あるようだ。しかし、保阪正康の文を掲載しているという一点で、諸君!2月号(文藝春秋、発行人・内田博人)を購入することを逡巡している(タダなら喜んで頂くが)。
 追記-アクセス数は12/27の木曜日に累計19万を超えた。14日間で10000余増えたことになる。

0368/中西輝政の自民党下野・政界再編論は妥当か。

 ほとんど毎日何かの「政治的」意見・感想を書いていた時期と違って、最近の書き込みは、対象とする素材の選択に時機遅れが生じうる。今回もそうかもしれない。
 中西輝政は、信頼に足りる論者の一人だと評価している。
 但し、諸君!1月号(現在発売中は2月号)の中西輝政「”最後の将軍”福田康夫の哀しき『公武合体』工作」の結論めいた部分(p.37)は俄かには賛同することができない。
 この箇所で中西は、政界再編のためには大連立よりも政権交替の方が近道だ、自民党が民主党に政権を渡し、民主党の醜態によるリスクを覚悟のうえで「本来の政界再編への道」を着実に進むへきだ、そうでないと「重大な世界の転機」に「日本は未来永劫に未来を切り拓く力を得ることができない」、と説く(p.37)。
 「保守新党」の求心力は「利権」でなく「理念」だ、「農協、建設業界」といった層に基盤を置いたのでは新しい時代を生き抜けない、という、そのあとの指摘には同感したい。
 だが、将来に「保守新党」が誕生すること自体に反対はしないが、現時点で政界再編のために<政権交替>すべし、と主張する必要があるのだろうか、あるいは、現時点でのそのような主張は妥当だろうか。
 中西は明確に自民党の下野と民主党政権の誕生を展望しているが、日本共産党の小選挙区票が民主党に流れること等によって前回総選挙時よりも民主党に有利な客観的状況にあることはたしかだとしても、<民主党政権>誕生の「リスク」はやはり大きく、自民党敗北・下野を前提とするような議論をする必要は<まだ>ないのではないか。
 <民主党政権>誕生によって、仮の表現を使えば、自・民派社・民派にキレイに議員が分かれて、「理念」の差による<政界再編>がなされればそれはそれでよいとは思うが、その可能性、すなわち<民主党政権>誕生→政界再編の可能性はどの程度あるのだろうか。
 民主党の中にも、前原誠司(京都大学のある地域が選挙区)、枝野幸男、渡辺周、長島昭久等々がいる、と中西はいう。だが、1993年の細川・反自民連立政権(社会党が政権入り)・その翌年以降の自社さ連立政権(再び社会党が政権入り)の経験からいうと、政権を担っているかぎりは民主党は分裂せず、政界再編の可能性はむしろ少ないのではないだろうか。
 民主党政権の失政(→政権崩壊)による政界混乱→政界再編はありうるだろうが、民主党政権の失政・「保守新党」の政権奪取までの政治・行政の「リスク」、簡単に言うと、社会民主主義的、大衆迎合的、容コミュニズム的な政策運営(「組合」の意見が法律になってしまうような事態)は、日本を現在以上に危殆に瀕せしめるように思われる。
 自民党敗北・下野を中西は確実視しており、その前提で議論しているのかもしれない。だが、それほどに確実なことなのだろうか。自民党が2/3を獲得できなくとも、民主党らの野党が過半数をとる可能性もまた絶対的あるいは確実とはいえず、<ねじれ>が続いたままの事態(これは7月参院選以降の「民意」だ)の継続もありうるのではないか。
 というわけで、<俄かには賛同できない>。民主党中心政権誕生の「リスク」は、私には<こわい>。それよりは、あくまで相対的・比較的にはだが、福田政権でも<よりマシ>だ(トップだけ変わってどれだけ差がでるかという問題はあるが、麻生太郎政権の方がさらに<よりマシ>だ)と感じている。

0367/朝日新聞の諸「悪行」の一つ。

 江藤淳・国家とはなにか(文藝春秋、1997.10)に収載されている「日本人の『正義』と『戦後民主主義』」(初出、1997.06)によると、第一に、同・閉ざされた言語空間(1989)を彼は13新聞社等に私信添付のうえ送付したが、すみやかに紙上で反応があったのは産経、東京、毎日の三紙で、読売は1997年の3月の社説でようやく占領期のGHQによる検閲の存在を認め、その検閲時代の存在が現今までの言論状況を歪めていることを指摘した、という(p.9~p.11)。
 興味を惹いたのは、上に書かなかったこと(江藤著に書かれていないこと)、すなわち、朝日新聞江藤閉ざされた言語空間に、(少なくとも1997.08までは)一切何の反応も示さなかった、ということだ。
 第二に、次のことも知らなかった。知っていたのは、あるいは読んだ記憶があるのは、日高六郎が理事長の神奈川県人権センターが三浦商工会議所に申し入れたことによって、後者の団体が当初予定していた櫻井よしこの講演会を、当該団体が取り止めた、という<事件>だった(1989年のできごとらしい)。<左翼>団体による、櫻井よしこに対する言論妨害、いやがらせ、だ。
 江藤は、この事件のとき、日本文藝家協会なる団体の理事長だったらしい。そして、柳美里のサイン会への暴力行使予告によるその中止<事件>と二つを対象にして、「深刻な憂慮を表明する」声明を同協会は発したらしい(3月6日付)。
 興味深いのは、この声明を「一社を除くすべての報道機関」が報道したが、例外の一社とは朝日新聞(社)だった、ということだ。これは知らなかった。
 朝日新聞は、柳美里に対する<右翼>からの攻撃については詳しく扱い、厳しく批判したようだ。
 当事者だったのだから、江藤が虚偽を書いている筈もない。朝日新聞は<右翼>からの言論(人)への攻撃にはすばやく反応する一方で、<左翼>からの言論(人)への攻撃は無視するか又は緩慢な反応しかしなかったようだ(完全無視だったのだろうか? 日高六郎を批判することにならないようにとの配慮を優先させれば、その可能性もある。江藤著はそこまで立ち入ってはいない)。
 かかる行動・思考様式の基礎にあるものを<二重基準>(ダブル・スタンダード)という。
 朝日新聞にとって、言論の自由(出版・表現の自由)は自分と自分の仲間たちだけに保障されておればよく、<右翼>・<保守派>の言論(人)はその(保護されるべき)価値がないのだろう。怖ろしい発想だ。全体主義に連なる怖ろしい考え方だ。
 自分を敵として批判する者・勢力に対してはいかなる手段を弄しても、マスコミ倫理を逸脱しても、人としての常識を逸脱しても、(言論の自由の名のもとに)徹底的に批判・糾弾する……、安倍内閣に対するそれは典型的だった。<日本の癌>だ、とあらためて思う。
 私の知らなかった上のことへの言及は、時期が古すぎるのだろう、山際澄夫・これでも朝日新聞を読みますか?にはないと思われる。
 いつかも書いたことがあるが、どなたか、又はいずれかの出版社か、朝日新聞の<戦後>の諸<業績>のすべてを、いや諸<悪行>のすべてを体系的に網羅した、詳細な資料集を編纂・出版してほしいものだ。

0366/週刊新潮12/20(先々週発売)号、斜め読み。

 週刊新潮の、現在発売中(先週発売)ではない、先々週発売の12/20号。思いつくままにメモ。
 一 後藤田正純・衆議院議員(自民党)というと、<今の憲法のどこが悪い>とほざいた(発言した)という報道記事の記憶がある。自民党議員だからといって、<保守主義>の人ばかりではなく、党是も理解していない、<戦後民主主義の子>、政権与党というだけで、たまたま自民党に所属した者もいるのだ。
 この人が日本共産党系集会に参加して、それとは「知りませんでした」らしいが、共産党・小池某、社民党・福島某等とともに挨拶をして「参加者に大ウケ…」だったらしい。p.52-53。これを読んで、上のことを思い出した。
 二 養老孟司・養老訓という新潮社の本の広告が1頁ぶんある(p.81)。この本の見出しの一つに、「仕方がないで片付けよう」とある。
 たしかに、「仕方がないで片付け」られれば、<養老>でき、<健康長寿>(p.117参照)を享受できるかも。だが、この世の中、「仕方がないで片付け」られないことがいっぱいある。厄介なことに。
 行きずり殺人の被害者の遺族、鉄道事故の死亡者の遺族、薬害の被害者自身又は死亡者の遺族等々。「仕方がない」では、きっと済ませられないだろう。
 国家・社会の<歴史>だって、「仕方がないで片付け」られれば、現実をつねに肯定的に理解せざるをえず、過去のことをアレコレ言えなくなる。それでいいとも思えない。もはや過ぎ去った事態を変更できなくとも、何らかの教訓を得るために、今後の方向性の指針を得るためにも、ふりかえって議論してみる価値がある(少なくとも、その価値がある場合がある)。
 養老孟司がどんなことを本の中で書いているのか知らないけれど、「仕方がないで片付けよう」、という言葉は、けっこう刺激的、思考誘発的だ。
 三 日本在住の中国人・李某が映画『靖国』というのを作ったが、この映画、「反日メッセージ」が「露骨なまでに強烈」らしい。しかるに、この映画製作に対して、文科省所管の日本芸術振興会(独立行政法人)から2006年度助成金として750万円が出ているらしい。p.147。
 同振興会は「専門委員会で、助成対象作品として採択され、完成確認でも疑義があったわけではない」等と釈明、又は<開き直り>とのこと。同頁による。
 所謂<審議会の先生方>(専門委員会)にかなりの程度は責任を預けて、振興会職員自身は<逃げて>いる感がする。
 本当に上のような類の映画だったのだとしたら、「助成対象作品として採択」した「専門委員会」のメンバー・委員は誰々だったのかを、きちんと明らかにすべきだし、明らかにしてほしい。
 週刊新潮編集部は、この点をさらに<追っかける>つもりはないか?

0365/日本評論社・マルクス主義法学講座第6巻。

 日本評論社という出版社からマルクス主義法学講座なる全8巻の書物が刊行されたのは、1976~80年だった。
(同社は現在でも、法律時報・法学セミナー等の法学系雑誌や法学系書物を出版している。)
 この時期は、1967年に東京都(美濃部亮吉)、71年に大阪府(黒田了一)、75年に神奈川県(長州一二)で社共連合の候補が知事に当選していた頃、そして日本共産党が衆院で38(1972年)、39(1979年)、参院で20(1974年)という議席を獲得し、同党が<70年代の遅くない時期に民主連合政府を!>というスローガンを掲げていた頃にほぼ符合する。
 編者は天野和夫(立命館大/法哲学、1923-2000)、片岡曻(京都大/労働法)、長谷川正安(名古屋大/憲法、1923-)、藤田勇(東京大/ソビエト法、1925?-)、渡辺洋三(東京大/民法・法社会学、1921-2006)<所属大学名は当時>の5名で、全員が日本共産党員であるか同党の強いシンパと見られること(当然に「マルクス主義法学」者だとの自己宣明を躊躇していない者たちであること)は既に述べ、この講座の第一巻、第五巻、第三巻(紹介順)の執筆者(「マルクス主義法学」者たち)および簡単な内容の紹介をすでに行った。
 第一巻→ 2007.06.10
 第五巻→ 2007.07.05
 第三巻→ 2007.07.12
 以下では、第六巻・現代日本法分析(1976年10月刊)について紹介し、記録にとどめておく。目次的内容と執筆者は次のとおり。
 第一章・総論-憲法体系と安保法体系(長谷川正安/名古屋大)
 第二章・現代日本法と国際関係(松井芳郎/名古屋大)
 第三章・現代日本の立法機関とその作用(森英樹/名古屋大)
 第四章・現代日本の行政機関とその作用(室井力/名古屋大)
 第五章・現代日本の司法機関とその作用(庭山英雄/中京大)
 第六章・現代日本の地方自治(永良系二/龍谷大)
 第七章・現代日本の基本的人権(長谷川正安/名古屋大)
 第八章・現代日本における政策と法
  第一節・概説(片岡曻/京都大)
  第二節・防衛政策と法(吉岡幹夫/静岡大)
  第三節・経済政策と法(宮坂富之助/早稲田大)
  第四節・土地政策と法(安武敏夫/静岡大)
  補論・農業政策と法(渡辺洋三/東京大学)
  第五節・労働政策と法(前田達男/金沢大学)
  第六節・社会保障政策と法(小川政亮/日本社会事業大)
  第七節・公害・環境問題と法(甲斐道太郎/大阪市立大)
  第八節・教育政策と法(永井憲一/立正大+小島喜孝/総合労働研)
  第九節・治安政策と法(前野育三/関西学院大)
 以上。
 日本共産党員法学者のうちの、各法分野の最有力者・第一人者が執筆しているようだ(厳密には「全員が日本共産党員であるか同党の強いシンパと見られる」としか語れないのだが、上記の人々、<マルクス主義法学講座>に<公然と>執筆している人々、は日本共産党員だろうと私は推測している)。
 ところで、すでに触れた第五巻の「あとがき」を何げなく見ていて気づいたのだが、第五巻の刊行(1980.08)で全八巻の刊行は終了しており、編者たちが、「小林社長や担当の林克行、山本雄をはじめとする日本評論社のみなさん」に謝辞を記している(p.359)。
 このうち、林克行は現在、日本評論社の社長になっている。同社のHPのトップページには、同社刊の「憲法が変わっても戦争にならないと思っている人ための本」のためだけのアイコン文字? が堂々と存在する。
 (なお、ネット情報によると、今年5月3日の森田実著『アメリカに使い捨てられる日本』(日本文芸社刊)出版記念会に彼は、《『アメリカに使い捨てられる日本』のご出版おめでとうございます。マスコミがこの国の形、行方について必ずしも真実を伝えない時代、本書の救国、愛国の志に感銘を受けました。本書の普及と今後のご健筆を心より祈念申し上げます。》とのメッセージを寄せている。日本評論社は森田実の本も多数出版しているようだ。)
 さて、林克行は1970年代にむろん社の仕事として関与したのだろうが、編集者または出版関係人として、<マルクス主義法学講座>なるものの当時および現在の存在意義、それを出版したことの意味をどう理解し、どう回顧しているのだろう。少しは恥ずかしい思いを抱かないかと、あるいは時代・歴史の進展を見誤っていたとは思わないかと、一度、直接に訊ねてみたいものだ。

 

0364/久しぶりにフランス革命について。

 フランス革命という「市民(ブルジョア)革命」やルソーについてはこれまでも、関心を持ってきた。
 そして、フランス革命がなければマルクス主義もロシア革命もなく、「社会主義」国内での1億人以上の(?)の自国民の大量殺戮もなかった、あるいは、ルソー(ルソー主義)がいなければマルクス(マルクス主義)も生まれず、(マルクス=レーニン主義による)レーニンの「革命」もなかった、という結論めいたことを示してもきた。
 その際、阪本昌成・「近代」立憲主義を読み直す-<フランス革命の神話>(成文堂、2000)にかなり依拠したし、<化石>のごとき杉原泰雄の本、<化石部分をまだ残している>ごとき辻村みよ子の論述にも触れた。
 10回以上に及んでいると思うが、例えば、2007.07.04、2007.06.27、2007.03.20。
 伊藤哲夫・憲法かく論ずべし-国のかたち・憲法の思想(日本政策研究センター・高木書房発売、2000)の第三章「市民革命神話を疑う」(p.124~p.157)は、フランス革命について書いている。
 研究書でないため詳細でもないし、ルソーらとの関係についても詳細な叙述はない。しかし、フランス革命の経緯の実際-その<残虐な実態>-については、初めて知るところが多かった。
 逐一の引用・紹介はしない。実態ではない理論・思想問題についての叙述の引用・紹介も省略するが、三箇所だけ、例外としておこう。
 ①「革命の過程で生まれる『人民主権』といった観念こそが、実は『全体主義の母胎』なのであり、例えば民主主義の父・ルソーは、いわば『一般意思』と『人民主権』の概念を提唱したことによってかかる全体主義の父ともなった、と彼は告発しもする」(p.138)。
 ここでの「彼」とは、サイモン・シャーマ(栩木泰・訳)・フランス革命の主役たちの著者だ。
 ②「今日なおこの大革命『聖化』の大合唱に余念がないのが、わが国の知識人たちであり憲法学者たちだといえる」(p.140)。なお、冒頭には、樋口陽一、杉原泰雄という二人の憲法学者の名と叙述が紹介されている。
 ③フランス革命が「わが社会の目指すべきモデルだと、永らく説き続けてきたのがわが国の知識人でもあった。/…国民は、こうしたマインド・コントロールされた<痴呆状況>から解放されるべき」だ(p.157)。
 さらにフランス革命について知りたいという関心が湧いてくる。サイモン・シャーマの上記の本の他、フランソワ・フュレフランス革命を考えるや、二〇世紀を問う、という本などを、伊藤は使っているようだ。
 残念ながら詳細な参考文献リストはない。これらの本が容易にかつ低廉に入手できればよいのだが。

0363/呉智英は他人に「バッカじゃなかろか」と言えるか。

 呉智英という評論家が日本国憲法九条擁護派(改正反対派)だということを知って唖然とし、一文を二度に分けて認(したた)めたことがことがあった。
 その呉智英が、産経新聞12/22付の小さなコラムで、つぎのような「妙な」ことを書いている。
 「宮本〔顕治〕の死後、保守系の論壇誌は、彼の関わった戦前のスパイ嫌疑者査問致死事件を一斉に書き立て、その『非人間性』を非難した。バッカじゃなかろか」。戦前に非合法だった共産党が「革命軍の中に潜入した敵のスパイを摘発殺害して何の不思議があろう」。「近頃、保守派までが革新派と同じようにブリッコ化・幼児化していないか」。等々。
 第一に、宮本顕治逝去後、「保守系の論壇誌」が宮本の関わった「戦前のスパイ嫌疑者査問致死事件を一斉に書き立て」た、というのは事実なのかどうか。そして、「その『非人間性』を非難した」というのも事実なのかどうか。
 短いコラムなので実証的根拠・資料を示せなくても当然かもしれないが、上の二つは、私には事実とは思えない。
 そもそも「保守系の論壇誌」とはいったいどれどれのことか。正論(産経)、諸君!(文藝春秋)、ヴォイス(PHP)あたりは入るのだろうか。こんな詮索は別としても、私が全てを読んだわけではないが、上のような事実の印象はない。宮本に関する記事の中に「戦前のスパイ嫌疑者査問致死事件」への言及があっても、それは当然のことだろう。しかし、そのことは、「一斉に書き立て」て、「その『非人間性』を非難した」ということを全く意味してはいない。
 なお、記憶のかぎりでは、産経新聞は、宮本を「マニュアル人間」だったとする、ユニークな見方を示していた。
 呉智英は、実在しない亡霊に向かって吠えたてているのではないか。
 第二に、「スパイ嫌疑者査問致死」は「敵のスパイ」の「摘発殺害」で、戦前では「何の不思議があろう」というが、かかる議論・主張を日本共産党自体、宮本顕治自身が何らしてこなかったことを、呉智英はどう評価しているのか。この問題については、彼は一言も述べていない。
 上の「何の不思議があろう」という見方は当然にありうるだろう(但し、すでに言い古されたことで、新鮮では全くない)。だが、日本共産党も宮本顕治も、懸命になって、「殺人」ではない(監禁・傷害致死ですらない偶発的事故だ)、と強く、一貫して主張してきている(いた)のだ。袴田里見(元副委員長)は、このような主張を維持するための犠牲になって除名されたのだ。
 呉智英は「現在の価値観から過去を裁断してはならないとは、保守派…の口癖」だとし、「その通りだ」とも言っている。呉智英の立場からだと、上のような日本共産党の主張こそが、「現在の価値観から」のもので、当時(戦前)の共産党・革命をめぐる状況・環境を前提としていない、ということになるのではないか。そして、(かりに上記の事実があったとしても)「保守派」とともに日本共産党もまた「バッカじゃなかろか」と批判しなければいけないのではないか。
 (ひょっとして日本共産党の上のごとき主張を知らないのだとすれば、この人に「評論家」の資格は全くない。)
 呉智英の論は、上の如く、重要又は基礎的な事実誤認がある可能性があり、かりに事実誤認がなかったとしても、批判の対象に日本共産党を加えていないという重大な欠陥をもつものだ。
 この人はそもそも「保守派」なのか「革新派」なのか。産経新聞に登場しているからといって「保守派」であるとは限らないということを、某評論家=武田徹の登場によって鮮明に知った。
 そんな右・左もどうでもよい。せめて、事実をきちんと認識したうえで、かつ単純化・一般化しすぎないで(「一斉に書き立て」などという表現は一定の主観混じりの単純化によって目が曇っていることの証左ではないか)、さらに論理性の一貫した内容の文章を書いてもらいたい。
 「幼児化」(あるいは痴呆的老人化?)しているのは、呉智英その人ではないのか。「バッカじゃなかろか」との言葉を簡単に使っていることにも、感情過多・論理性衰弱が窺えるように思われるのだが…。

0362/朝日新聞-日本共産党とともに陰鬱にさせる最たるもの。

 朝日新聞若宮啓文が<ジャーナリズムはナショナリズムの道具じゃないんだ>との奇妙な叫び声を紙上に載せたのはほぼ一年前だった(2006年の12/25)。
 これについて、全文を紹介をしつつすでにコメントしたことがある。
 自分の文ながら、一部を引用すると、「日本人ではない「無国籍」者であることの宣言だ」。この「言明が適切だとしても、次のようにも語って貰いたい。『ジャーナリズムは左翼運動の道具ではないのだ』、『マルクス主義及びその亜流の道具ではないのだ』、『空想的・観念的平和主義の道具ではないのだ』、『国家を忘れた地球環境主義の道具ではないのだ』、『フェミニズム(又はジェンダー・フリー運動)の道具ではないのだ』。これらのどこに誤りがあるだろうか。若宮さんは、何故、なぜ「ナショナリズム」のみを問題にするのか。返答できるなら返答してみなさい」。
 むろん返答はなく、若宮啓文らはその後、安倍「右派」政権打倒のために狂奔した。
 さて、山際澄夫・これでも朝日新聞を読みますか?(ワック、2007.12)。
 読了はしていないが、たぶんほとんどのことは知っており、かつほとんどの指摘・主張に異論はないだろう。
 まえがきp.2にこうある。
 「全面講和論の主張に始まって、非武装中立、日米安保反対、毛沢東の文化大革命礼賛、湾岸戦争時への後方支援妨害、自衛隊のPKO派遣反対、教科書改ざん協力、靖国参拝の政治問題化、北朝鮮拉致の無視――等々、戦後のマスメディアの誤謬を一社で代表してきた観さえある」。
 月刊Will2008年2月号(2007.12発売)の本郷美則による朝日ウォッチの連載記事にはこうある(p.141)。
 「…「ねじれ国会」によって国際公約を頓挫させ、国会に機能不全をもたらした」のは、戦後「レジームの恩恵を貪って、数多の利権をほしいままにしてきた新聞界と役人集団」、そして「国外では、日本の弱体化をしつこく画策している『ネオコミンテルン』の勢力」だ。
 「人権を顧みぬ全体主義と、独裁が支えの『革命』を夢見続けて、特定の国際勢力に呼応し、読者を誤らせてきた朝日『社説』の罪は極めて重い」。
 そして、朝日新聞なるものが何故まだ存在しているのかと訝る気分はむろん強いが、こう書いていても空しい。
 こんな文章に影響をうける人は読者の中にはおらず、それでも朝日新聞を読みます、という人が世の中には数多(あまた)いるだろうことを考えると、歯がゆいというよりも、げんなりとなり、陰鬱になる。大江健三郎、佐高信、本多勝一、福島瑞穂、自民党の加藤某等々々々、熱心な朝日の読者はたくさんいるのだろう。こういう人たちが、今さら、山際澄夫や本郷美則等の言論の影響を受けるはずがない。
 日本国内に、したがって日本人の間に、大きな「国論」の対立、基本的考え方の違い、があることは歴然としている。この対立の中で、いずれかが勝利し、<安定>することは近い将来にあるのだろうか。
 朝日新聞が代表する「戦後民主主義」勢力の決定的勝利は、「日本」という国家を消失させる可能性がある。それは「日本」という独特の意味とも無関係に、主権を失って某国日本省に変わるという形で、「日本」国家を文字通り消滅させる可能性すらあるだろう(その場合、公用語は日本語ではなくなるだろう。あるいは、少なくとも別の言語が第一の公用語になるだろう)。
 このような戦慄すべき事態を想定しなくとも、大きな「国論」の対立・分裂が国家を弱体化させることがあることは、近代のアジアの某国を見ても明らかだ。
 対立も闘いもむろん必要な場合があるのだが、無駄な混乱と対立を通過する必要もない。一方の極に立って、空想的観念論によって国家・国政に、国民の間に、不毛な対立を持ち込んでいる(だ)のは、朝日新聞・とくにこの新聞社の歴代の政治記者たちではない(なかった)か。朝日新聞の言論、この新聞社の政治記者の動きこそ、日本を弱体化し外国の一部<不純>勢力を喜ばせることに(少なくとも客観的には)つながっていることに、もっと多数の人が気づく必要があるのだが……。

0361/本多勝一、洞富雄、東史郎、松岡環。

 週刊新潮12/27号(12/20発売)によると、「南京大虐殺記念館」の一部に「南京事件」の「史学研究」に貢献した者11名の関係資料等が展示されており、その11名のうち、4名は日本人。すなわち、本多勝一、洞富雄、東史郎、松岡環(女性、元小学校教諭、被害の「聞き取り調査」をして「…の証言」との著書刊行)。
 かりに万が一、億万分の一の真実が含まれていたとしても、私なら、自分が生まれ育った国の先輩同朋を残虐者扱いすることに貢献した者として外国(中国)によって顕彰されることには、とても耐えられない。まだ生きている本多勝一、松岡環はよくも耐えられるものだ。どういう精神構造・神経をしているのだろう。不思議でならない。

0360/佐伯啓思は西部邁に教えられ、「蛮勇」を付与された。

 昨日書き損じたことだが、佐伯啓思は、こうも語っている(産経12/18)。西部邁によって「精神の空洞化というニヒリズムに対抗するには『保守の思想』しかない」ことを教えられ、「保守思想」を武器にして「荒野のような現代社会」への思想的批判をする「蛮勇を与えられた、と。
 こう特定されるほど、西部邁が佐伯啓思に影響を与えているとは知らなかった。そういえば、アメリカに対する見方が西部と佐伯には類似性があるかなと思ったりする。
 かつての<左翼闘士>という偏見が私にはあるのだろう、西部邁を積極的には読もうとしなかったが、最近このブログで取り上げたように、西部邁はなかなかに鋭いし、論理秀逸、語彙豊富だ。
 西部邁の本・論文ももっと読むことにしよう。知的に刺激的な文章・内容を書ける人はたいして多くはないのだから。
 以上、前回の追記。

0359/佐伯啓思、正論大賞受賞。

 佐伯啓思、正論大賞受賞。以下、産経12/18による、彼の言葉。
 「保守思想」とは「その国の精神的伝統を救い出し、ニヒリズムに浸される現代社会と戦うための精神の態度」。
 「保守」を名乗ること自体がアカデミズムの異端者となることであり、無視されるか批判されるかを覚悟することでした。しかし、社会主義の崩壊…の中で真に求められるのは、その国のありように即した「保守思想」しかない、ということは明白になって」きた。
 異論はない。政治的<ニヒリズム>あるいは一種のアナーキー的雰囲気が日本に漂っていることは私も感じる。ただ、日本の「精神的伝統」、あるいは日本という「国のありよう」とは、具体的には何か、という問題は――これを佐伯が意識していないとは無論考えていないが―残る。日本の歴史的伝統・文化というものも漠然とは理解できるが(「天皇」制度も関係する)、はたして、多くの「保守」思想・主義への賛同者に一致があるのかどうか。
 繰り返すが、<「保守」を名乗ること自体がアカデミズムの異端者となることであり、無視されるか批判されるかを覚悟することでした>。
 こういう事態・学問的風土が戦後ずっと存在し、形成されてきた、というのは怖ろしい、戦慄すべきことだ。
 少なくとも政治学、歴史学、教育学、法学(とくに憲法学)といった学問分野は今でも、かかる異様な状態にあるのだろう。そのような<恐怖体制>を敷いてきた、戦後の学者たち(中心はマルクス主義者=コミュニストだったことは疑いえない)を、各分野について、個々の個人名を明示しつつ、総括的に糾弾する時期が早晩くることを強く期待している。
 佐伯はまた書く。「私は、ほとんど学者や研究者とのつきあいはありませんが…」。
 <群れる>ことが好きな学者連中も多いと思われるのに、珍しいタイプだ。たしかに、佐伯は、他の<保守>論壇の人に比べて、何らかの会・団体、あるいは何らかの「運動」に参加又は関与することは少ないか全くない、という印象はある。
 これも善し悪しは一概に言えず、あるいは個性によることで、積極的に参加又は関与することを批判することもできない。
 いずれにせよ、佐伯が、個性的な、独特の論理・視覚・思考型をもった優れた論客の一人であることに、私も反対しない。1949年生まれのこの方の、今後の一層の活躍を期待する。
 ところで、産経正論大賞受賞者となると、「正論」欄執筆者でもすでにそうなのだろうが、「産経文化人」とのレッテルを貼られそうだ。どのようにレッテルづけされようと本人たちは気にしなくてよいし、気にもしていないだろうが、このブログサイト上で「産経文化人」を<右から>批判するグループ又は人々がいることに初めて気づいた。
 後者の人々は、憲法学者の中の異端的<右派>の八木秀次、百地章らも<さらに右からの>攻撃の対象としているようだ。
 そのような「産経文化人」攻撃、「保守的」憲法学者攻撃をして生きて「楽しいですか?」と、いつかもっと詳しく書いてみたい。
 以上、佐伯受賞に関しての若干の感想程度。
 (一時期以降、すべて「氏」等の敬称を省略することとした。「氏」と付けたい(付けるべき)人、付けたくない人、両方が存在し、かつどちらにしようか迷ったりすることもあったので、簡明さ・単純さを優先することにした。他意はない。)

0358/全国「市民」による、橋下徹いじめ。

 産経12/18の小さな記事によると、光市の事件について被告人弁護士たちに対する懲戒請求を呼びかけたことにつき、「全国の市民ら約340人」が橋下徹に対して、大阪弁護士会に懲戒請求。
 誰でもできることなので、請求自体が違法ではない。しかし、記事は詳細でないが、橋下が大阪府知事選で自公に担がれそうになっている状況下での、<反自・公>側の、サヨク又は「進歩的」な団体・グループに属する「市民」の<政治運動>の一つとしての、橋下に対するいやがらせに他ならないだろう。橋下は、テレビでの発言によれば、どちらかとあえて言えば、左でなく右、「保守」の人物のようだ。340人(これは多い!)の<身元>を洗えば、その<反・保守>性格が明らかになると思われる。「ふつうの」市民が今の時期に「無邪気に」こんな制度を利用する筈がない。
 ところで、産経までが「全国の市民ら」と書くのはいかがなものか。全国の「国民」、全国各地に所在(居住)する「国民」でなぜいけないのだろう。「市民」に、悪しきイメージをもちすぎているのかもしれないが。

0357/西部邁・正論10月号を読む-つづき。

 前回の西部邁論文に関する私なりの整理・引用のつづき。
 〇マスメディアは3つのM、すなわち各「瞬間」(モメント)で目立つ「気分」(ムード)の「運動」(ムーブメント)の大衆心理における形態を見抜いているものだが、本来の「説得」の政治では「物事の根本前提を国民の根本的な歴史的感情」から導出すべきところ、その導出作業は3つのMに任せることはできない困難なもので、「説得」の際には「結論を導く過程を、状況に照らし合わせしつつ、論理化」するという厄介事をする必要がある。しかし、「大衆」はそんな困難や厄介には「聞く耳持たぬと構える」。p.54-55.
 〇したがって、「政治家や情報屋」は前提・論理のうち「最も刺激的で最も流通しやすい」側面のみを取り上げる。彼ら「専門人」は大衆の「代表者」ではなく「代理人」に成り下がっており、「民衆の生活が直面している多面多層の厄介事にけっして触れることがない」。「みかけの多弁」にかかわらず「失語症」に陥っている。p.55
 〇上の如き「群盲象を撫でる」専門人は、「民衆政治(=デモクラシー)につきものの民衆扇動(=デマゴギー)の走狗」になる。p.55
 〇民衆の欲望の真偽、善悪、美醜を区別する基準は、「歴史の良識」としての「伝統の精神」、「良き慣習」としての「道徳の体系」を現下の状況に適用するために必要な「説得における会話法」の中にあるだろうが、その「言葉における歴史の叡智」を破壊してきたのが、「個人主義派と社会主義派の両左翼」、一口でいうと「近代主義」だ。p.56
 〇民主主義はアリストクラシー=「最優等者の政治」では全くなく、カキストクラシー=「最劣等者の政治」になる可能性が大きい、と認めておく必要がある。そう認めることのできる民衆による政治=デモクラシーこそ「唯一健全な政治」かもしれず、「安倍晋三氏は、ひょっとしてアリストスでありすぎたのではないか」。p.56-57.
 〇目指されるべき価値規範は、「自由」と「秩序」間の平衡としての「活力」、「平等」と「格差」間の平衡としての「公正」だろう。この活力と公正の具体的意味はしかし、「歴史的英知」が指示するものなので、自らの「国柄が何か」を理解できないと、政治の価値規範を論じることはできない。p.57.
 〇「歴史的英知」は過去の種々の状況での試行錯誤の蓄えなので、現在への具体化に際しては状況適合的な「説得と決断」が必要であり、「議論の作法」・「言語活動のルール」が不可欠となる。この作法・ルールに照らすと、「博愛」理想と「競合」現実の間の平衡としての「節度」と、「合理」と「懐疑」の間の平衡としての「常識」が必要だと判る。
 〇「活力・公正・節度・常識」こそ、「大人の政治の要諦」だ。これらの総合点を見ると、「安倍晋三…はたぶん最高位にある」。「この相対的に勝れた資質を見抜く能力や真剣さ」、いわんや「この人物を激励したり育成したりする余裕」は「今のマスメディア関係者にも選挙民にも、みじんもなさそうだ」。p.58
 〇「何と醜い政治であることか」。国内状況については、「格差それ自体」よりも、「家族・学校、地域・職場」、「歴史・自然」といった「国柄」にまつわる「共同体的なるもの」の「破壊が進んでいることを正視」すべきだ。p.58.
 とりあえず、ここで終えておこう。
 西部邁の本は少ししか読んだことがない。ただし、<保守主義>がこの論文にも出ていると思うし、何よりも言葉・語彙の豊富さ(それは複合的・多面的な知識と思索の結果として得られるものなのだろう)に感心する。
 全面的に支持しているわけではなく、理解できないところもある。しかし、私が言いたいことをズバリと書いてくれている(と思える)部分が明確に存在する。

0356/「民主主義」の喜劇。西部邁・正論10月号。

 民意を尊重すること、これが民主主義の要諦だ。
 こういう文章があったとする。妥当なようだが、どこかおかしくないだろうか。すなわち、一般的理解によれば、民意を尊重することが民主主義の意味のはずなのであり、上の文は、民主主義は民主主義だ、民意を尊重すべきだから民意を尊重すべきだ、というアホらしいことを言っているのにすぎないのではないか。
 むろん民意の尊重の具体的仕方についての議論はありうる。だが、民意を尊重すべきことを民主主義でもって基礎づけたところで、上記の如く循環論証または同義反復に陥るだけではないか。
 多少とも「民主政治」に関係するマスメディアの中に、上のようなことを平然と書ける人間がいるとすれば、驚天動地だ。即刻クビになっても不思議ではない。
 というようなことを枕詞にして、月刊正論10月号(産経〕の西部邁「民主喜劇の大舞台と化した日本列島」から、その「民主主義」に関係する、私の納得できる叙述をメモ書き的にまとめておこう。
 〇デモクラシー=民衆政治とは「多数参加の多数決制」が客観的に存在していることをいうが、<戦後民主主義>はこれを民衆の「主権主義」という主観的当為にまで高めた。かかる指摘をすべき言論勢力等も、「民主主義の前に深々と跪いている」。p.46.
 〇七月参院選は、かの「マドンナ選挙」をはるかに超えて、「大衆喜劇ぶりを底知れず俗悪化」した。p.50.
 〇かつて自己責任論と「小さな政府」論でもって自民党を破壊せんとした小沢一郎の民主党が「生活が第一」と掲げたのは「度外れに醜く映った」が、かつての小沢の論を「忘れることのできるのは、痴呆化したデーモス(民衆)、つまりオクロス(衆愚)のみ」だろう。p.51.
 〇「朝日新聞などの左翼系メディア」が安倍政権のスキャンダル暴露に「大活躍したのは周知の事実」だが、(テレビ)メディアは「醜聞で騒ぐのが商売柄」なので、「左翼流に便乗しただけのこと」だ。p.52.
 〇安倍政権の憲法改正等の主張に「真っ向から抵抗せず」に「スキャンダル暴露の作戦」に出たのは、「アメリカ製の揺り籠のなかで相も変わらず泣きわめいていたいから」だ。左翼を含む日本人の大半は、憲法論に見られるように、アメリカへの「諾否」同時存在という「精神の病気にとらわれて」いる。p.52.
 〇平成デモクラシーの過程で、「大衆〔=マス〕の進撃」と「公衆の絶滅」という一事が明瞭になった。「国柄の保守」を貫き「国柄に公心の拠り所を見出そうとする」「公衆」の「正気」の「ほとんど最後の一片に至るまでもが吹き飛ばされ」、「大衆の勝利」が生じ、それを祝うべく「大衆の民主喜劇」が盛大に演じられている。大衆は公衆であることを忌避しており、「社会のあらゆる部署の権力が大衆の代理人によって掌握された」。p.53.
 〇「大衆喜劇」の舞台のマスメディアは第四どころか「第一権力」で、「大衆の弄ぶ流行の気分」=「世論」に立法・行政・司法が「追随」している。第一権力は議会や首相官邸にではなく「お茶の間ワイドショー」に帰属している。だからこそ、「政治家も学者も弁護士も、三流テレビ芸人の膝下に、陸続と馳せ参じている」。p.54.
 〇第一権力は「匿名の独裁者」としての「人気」=ポピュラリティだ。もともと「民衆の欲望を無視する」政治は長続きせず、「政治の根底は時代を超えて民衆制」なのだが、その「民衆制が独裁者や寡頭者たちを生み出すだけ」のことで、今や「人気者というお化けめいた者が、民衆の茶の間のど真ん中で、大衆政治のどたばた劇」を一日中取り仕切っている。p.54.
 以上。今回はここまでとする。 

0355/水谷三公・丸山真男(ちくま新書)を読了。

 いつから読み始めたのかは記録していないが、一昨日に、水谷三公・丸山真男―ある時代の肖像(ちくま新書、2004.08)を面白く読了した。
 丸山真男(1914~1996)については、竹内洋・丸山真男の時代―大学・知識人・ジャーナリズム(中公新書、2005.11)もたぶん昨年中に読了していて、今はどの箇所だったか確認できないが(ひょっとして竹内洋の別の本だっただろうか?)、丸山真男の名はいずれ東京大学の当該分野(政治思想史)の専攻者あたりにのみ記憶されるようになるだろう(つまり世間一般・論壇一般には忘れ去られるだろう)という旨の叙述が、そのとおりだろうな、という感覚を伴って、印象に残った。
 竹内の上掲書を再び手に持って中を見てみると、とりあえず、第一に、丸山真男逝去後の記事の数は、朝日8、毎日6、読売4、日経2、産経2だったというのはなかなか興味深いし(p.10-11)、第二に、丸山は大学教授というよりも東大教授という「特権」(または他の大学教授・一般大衆とは違うという)意識を持っていた、との指摘(p.297)も興味深い。
 さて、水谷三公・丸山真男(ちくま新書)は、竹内著に比べれば、丸山真男「理論」又は「思索」を内在的に論じたものだ。これは竹内と違って水谷三公には丸山真男の「謦咳に接した」経験があり、「丸山先生」と書く箇所もあるように、丸山から指導をうける立場にあったことによるところが大きいだろう。
 そして、水谷は「脱線と愚痴のごった煮」(p.61、p.309)と謙遜?し、たびたび「パリサイの徒」(と批判される)かも知れぬが、と挿入してもいる。
 だが、表面的にはともかく、この水谷の本は「丸山も誤った」ことを前提にして、「何について誤ったのか、なぜそうなったのか、いつそれに気づき、どう考えたのか」(p.17)を内在的に丸山真男の著書・対談等を素材に考察したもので、私の見方によれば、丸山真男全面批判の書だ。そして、水谷は大仰には書いてはいないが、丸山真男に対する<勝利宣言>の書だ、凱歌を奏でる書だ、と私は感じた。
 逐一の紹介、丁寧な引用はしないが、水谷には朝鮮戦争に関して北朝鮮に批判的発言をして「反動」扱いされた等の、丸山真男を取り巻く「進歩的」研究者から批判又は蔑視されたような体験があるらしい。
 そのような<原体験>からすると、<正しかったのはどっちだったのだ!>と言いたくなる気分もよく分かる(このように露骨に書いているわけではない)。
 ともあれ、丸山真男は簡単に言えば、戦後も生じるかもしれない日本「ファシズム」よりもコミュニズムを選択(選好)した大学人・知識人だった。<反・反共主義>だ。
 彼は日本共産党からのちに批判されたように(党員グループによる批判書もある-土井洋彦・足立正恒らの共著(新日本出版社))、日本共産党員ではなくマルクス主義者とも言えなかったかもしれないが、しかし、戦後の自民党が代表するような(と彼には見えた)軍国主義・ファシズム的あるいは保守・反動的傾向よりは、まだ社会主義・共産主義の方がマシだ、と考えていた人物だ。
 このコミュニズムに対する「甘さ」。丸山真男に限らないが、これこそ丸山真男の致命的欠点であり、有名ではあっても歴史的には「悪名」としてその名を残すことになるだろうと私は考える原因だ。
 日本共産党員あるいは明瞭なマルクス主義者でなかったことは、却って一般国民あるいは論壇の読者を安心させ、彼が政治的には支持していた(に違いない)日本社会党(統一前は左派)等の「左翼」・「進歩」勢力の増大化のために貢献する、という役割を果たしたと思われる。
 水谷によれば、丸山真男は晩年も「社会主義」選好を捨ててはおらず、ソ連崩壊とマルクス主義敗北を同一視するような日本の世論?に対して憤っていた、という。崩壊後になってソ連は「真の」社会主義国ではなかったとする日本共産党の考え方とまるで同じだ。
 だが、丸山真男は本当に歴史が「社会主義」の方向に「発展」していくことを死ぬまで信じていた、あるいは期待していたのだろうか。
 推測するに、いつかの時点で、あゝ自分が若いときに考えていたこと、「見通し」は誤っていた、と深刻に感じ入ったときがあったのではなかろうか
 理由らしきものをあえて挙げれば、1970年前後の丸山真男の発言の少なさだ。
 この当時(私は大学生だったが)、丸山真男はもはや「過去の人」だった。社会党はどちらかというと全共闘系学生を支持していたように見えたが、丸山は全共闘系を支持する文章を書かなかったはずだし、当時の時代状況のもとでの政治的発言をほとんどしなかったのではないか。なぜだろう。
 70年代には、丸山真男はかつての自分の認識・理解・予想・「見通し」が誤っていたことに気づいていたのではないか。
 丸山真男の全集はかなり揃えたので、彼の時代ごとの政治的論稿を容易に読める。いずれ、この欄でも紹介して、この「戦後民主主義」者の幼稚さ、短絡さ、<思い込み>の例を指摘することにしよう。
 水谷は丸山真男の全集・対談集・書簡集を素材にしているが、これらを出版しているのは岩波書店。さすが、と言うべきか、やはり、と言うべきか。
 こんな人の全集等を出版しておく意味はない、と私には思える。だが、昭和戦後の一時期の<進歩的文化人・知識人>がどんな主張をしていたのかを容易に知る(そして嗤い飛ばせる)ことができる、という意味においては、出版物としてまとめておく歴史的意義があるだろう。 

0354/読売38面中段、産経1面上段、この違いは何故?

 読売新聞は、切り抜きはしていないし月日も失念しているが、最近、某著書の執筆者として上野千鶴子を写真入りで登場させて記事を書き、「男女共同参画」行政に関する評価を曖昧にしたまま、某国立?女性会館の廃止が「男女共同参画」社会の推進にとって好ましくないかのごときニュアンスをもった記事も掲載していた。
 今日12/09の朝刊、産経は一面でテレビ朝日の証言者「偽装」を取り上げていたが、読売はなんと最終面(テレビ等欄)に近い、社会面の(右上又は上部ではなく)真ん中辺りに紛れ込ませており、記事内容も産経に比べて少ない。
 今回の件のようなテレビ界での「やらせ」について、読売は一貫してかかる取扱いをしてきたのだろうか。
 ことは新聞を含むマス・メディアの「体質」に関係する重大な問題であり、ひっょっとすれば「朝日」の体質に関係するかもしれない問題だ。読売新聞の<腰の引けた>姿勢には失望と疑問を感じる。
 広い意味での同業者の、良くない事柄に関する情報だから抑えたのだろうか。あるいは、最近接近しているらしい朝日新聞社の関連会社・テレビ「朝日」だから少しは遠慮したのだろうか。かりにNHKが同様の報道の仕方をしたとして、読売はやはり社会面の途中にあまり目立たないように記事にしたのだろうか。
 疑問は尽きない。
 渡辺恒雄が個人として何をしようとも勝手だとはいえるが、同人物がまだ「読売」新聞の肩書きを付け続け、かつ老齢のこの一人の考え方の影響を紙面(政治面)も受けているようでは、読売に対する信頼は徐々に減少していくだろう。
 同紙は「日本」の来し方・行く末を問題にする企画記事を連載してきたようだが、同紙自体が「日本」の来し方・行く末に密接に関係せざるをえないこと(したこと)を改めて真摯に想起すべきだと思われる。

0353/本多勝一・貧困なる精神A集の一部を一瞥して。

 本多勝一・貧困なる精神(A集)-愛国者と売国奴(朝日新聞社)は1988年12月の刊行だ。
 その中に「南京大虐殺否定派の歴史的完全敗北」と題する文章が収載されていて(p.147以下)、「反動側がこれほど完全に敗北した例は珍しいのではないか」等と書いている。
 1988年段階でなおも「反動」という言葉を簡単に、読者にとって所与の明瞭な概念であるかの如く用いていることにも驚かされる。この人にとって、<保守反動>と<進歩(革新)>の対立は自明の、説明も論証も必要がない、思考枠組みになっているのだろう(「幼稚な頭の硬さ」と表現しうる)。
 また、言うまでもなく、はたして「南京大虐殺否定派」は「歴史的完全敗北」を喫したのだろうか、という疑問が湧く。この人が考える(1988年時点で考えていた)ようには歴史の真実の解明は進んではおらず、むしろ逆ではないのか。
 この人によると、洞富雄が代表の「南京事件調査研究会」が「南京大虐殺否定派を完敗せしめる」にあたって「中心的役割を果たした」そうだ。そして、同研究会々員の著書(1984~1987、近刊予定含む)が10冊列挙されている(p.149)。
 逐一ここに記さないが、関心を惹いたのは、その10冊の出版社の名前だ。内訳は以下のとおり。
 青木書店4、朝日新聞社3、岩波書店2、日本図書センター1。
 最後の1を除くと、錚錚たる「左翼」書店・出版社によって発行されている。
 青木書店は、日本共産党系の、または日本共産党員または同シンパが常時執筆している「左翼」以上に「マルクス主義」的な出版社。そして、朝日新聞社、岩波書店は広く知られているとおり。
 本多勝一のこの本自体が朝日新聞社から出版されているのだが、このことも含めて、朝日新聞社を、<ふつうの>新聞社・新聞発行中心の会社と理解してはならないことは明らかだ。
 朝日新聞とは、朝日新聞社という「左翼的」・「親マルクス主義的」または「容共的」な社会運動団体の報道(または新聞発行)部門が発行している「新聞」という名の「機関紙」といってよいだろう。
 「左翼的」・「親マルクス主義的」・「容共的」性格が露骨に一般大衆には分からないように工夫はしているし、このような性格でない<無色>または<中立>的な本等も混ぜてはいるが、本質的性格を糊塗するための飾り又は<ひっかけ>に他ならないだろう。<カモフラージュ>との語の方が適切かもしれない。
 ところで、本多勝一は1932年生まれ上掲書による。本人の著書自体によって異説もある)、2007年には75歳になった。朝日新聞社は1988年末時点でこの人の本を朝日文庫として19冊も発行している(上掲書末尾による。現在はおそらくもっと多いのだろう)。
 社会・政治に関する基礎的素養すらなかった理系人間が書いたものの果たしている(果たした)「売国」的な社会的・政治的な役割を、いずれ近い将来の歴史は、明瞭に厳しく断罪するに違いない(発行元の朝日新聞社についても同様だ)。本多勝一は、安穏として老後を過ごしているのだとすれば、神経がない(=無神経)か、よほど太い神経の持ち主なのだろう。

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  • 1181/ベルリン・シュタージ博物館。
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  • 0801/鳩山由紀夫は祖父やクーデカホフ・カレルギーの如く「左の」全体主義とも闘うのか。
  • 0800/朝日新聞社説の「東京裁判」観と日本会議国際広報委員会編・再審「南京大虐殺」(明成社、2000)。
  • 0799/民主党・鳩山由紀夫、社民党・福島瑞穂は<アメリカの核の傘>の現実を直視しているか。
  • 0794/月刊正論9月号の長谷川三千子による朝日新聞、竹本忠雄による「厄災としてのフランス革命」論。
  • 0790/小林よしのり・世論という悪夢(小学館101新書、2009.08)を一部読んで。
  • 0785/屋山太郎と勝谷誠彦は信用できるか。櫻井よしこも奇妙。
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