〇5/03だったと思うが、NHKのニュース9は、外国の憲法改正手続の例としてアメリカ、ドイツ、韓国の三国のみを紹介していた。いずれも、現在の日本と同様かそれ以上に厳しい手続を用意している(そして、にもかかわらず頻繁に改正されている)例としての紹介だった。
 諸外国の憲法改正手続について詳しくはないのだが、アメリカとドイツは連邦国家で、各州の意向の反映方法という問題があるので、日本と直接に比較するのは適切ではない。残る韓国一国だけで、世界の趨勢などを知ることができるわけがない。
 と感じていたら、読売新聞5/11朝刊橋本五郎がこう書いていた。
 「改正条項を変えることに反対する人は、米国では両院の3分の2以上の賛成と4分の3以上の州議会の承認がなければ修正できないと強調する。フランスでは両院の過半数の賛成と国民投票で改正が可能であることを決して言わない」。
 念のために高橋和之編・新版世界憲法集(岩波文庫、2007)を見てみると、フランス1958年憲法89条2項が定める憲法改正手続は、政府・議員提案の場合の両院の議決につき2/3以上の要件を課しておらず、国民投票による承認が必要とのみ定める(どちらについても数字ないし割合の定めはなく過半数による議決と承認を意味していると解される)。なお、大統領が憲法改正議会に提案する場合には議会による3/5以上での承認が必要であり、かつこの場合は国民投票に付されない、とも定めている(89条3項)。
 要するに、基本的には、フランスでは両院議員の過半数で発議され、国民投票による過半数の承認で憲法が改正されることになっているようで、橋本五郎の言及内容は誤ってない。
 そうだとすると、なぜ大越健介らのNHKのニュース9はなぜフランスの例を紹介しなかったのだろう、という疑問が生じる。そして、答えは、NHKニュースは橋本のいう「改正条項を変えることに反対する人」によって作られている、そういう特定の立場に立っているということですでに<偏向>している、ということだ。
 くれぐれも注意する必要がある。すなわち、NHKの報道を信頼してはいけない。

 〇5/11夕方のTBS「報道特集」の憲法改正問題に関する取り扱い方は、自民党「日本国憲法改正草案」中の「表現の自由」に関する条項、より正確には現行の21条に2項として「前項の規定にかかわらず、公益及び公の秩序を害することを目的とした活動を行い、並びにそれを目的として結社をすることは認められない」を追加していることを批判することだった。
 キャスターやレポーターは次のように言って論難していた。<表現の自由の保障は大切だ、「公の秩序を害する」の意味が不明確だ、誰がそれを決めるのか>等。
 自民党の上の案が最善だとはまったく思わないが、しかし、TBS「報道特集」による上のような批判は適切ではなく、憲法についての無知をむしろさらけ出すものだ。
 わざわざ書くのも恥ずかしいようなことだが、TBS「報道特集」は、現行憲法のもとでは(自民党改憲案とは違って)「表現の自由」は無条件・無制約に保障されている人権だと思っているのだろうか。
 そんなことはない。直接に関係する21条だけではなく、包括的な「人権」規定とも言われる(従って「表現の自由」についてもあてはまる)12条・13条をきちんと読んでみたまえ。
 12条「国民は」「この憲法が国民に保障する自由及び権利」を「濫用してはならないのであって、常に公共の福祉のために利用する責任を負ふ」。13条「…幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、…国政の上で、最大の尊重を必要とする」。
 現行憲法のもとでも、「表現の自由」は「公共の福祉」による(内在的な)制約を受けていることは明らかなのだ。この点をより明確に、やや異なる表現で21条自体に追記しようとするのが、自民党案だろう。
 現行憲法21条についても<表現の自由の保障は大切だ、「公共の福祉」の意味が不明確だ、誰がそれを決めるのか>という批判はいちおうは成り立つのであり、自民党改憲案についてだけ言えることではまったくない。なお、最高裁を頂点とする司法部が最終的には法律制定その他の国家活動の合憲性を審査して「決める」ことは常識的なことで、「誰がそれを決めるのか」という疑問を発すること自体も、担当者の無知または「幼稚さ」を示している。
 要するに、TBS「報道特集」は、さすがにTBSらしく、何やら深刻ぶりつつ自民党による憲法改正の動きに対していちゃもんを付けておきたかったのだろう。かりにそれはよいとしても、もう少し憲法についてきちんとした知識・素養にもとづいて「報道」しないと嗤われるだけだ。<陰謀・謀略のTBS>は、しかし、そうした姿勢を正すことはないのだろう。
 〇6年前にこの欄に書いたことを読み返していて、憲法学者・阪本昌成の言説を次のように紹介していたことを思い出した。元の雑誌(ジュリスト1334号)で再確認することなく、もう一度掲載しておく。  平和主義」ではなく「国家の安全保障体制」と表現すべき。九条は「主義・思想」ではなく国防・安全保障体制に関する規定だからだ(p.50)。/「平和主義」という語は「結論先取りの議論を誘発」するが、「平和主義」はじつは「絶対平和主義」から「武力による平和主義」まで多様だ。
 「平和主義」という言葉を単純に使っている朝日新聞等の護憲派(九条2項削除反対派)の人々は、上の短い部分だけでもきちんと読みたまえ。
 「平和主義」の中には現九条2項も入るのかを明確にすべきだし、武力・軍隊の保持による「平和」追求もまた「平和主義」であることを知らなければならない。

 阪本昌成はまた自らの著書の中で次のようにも書いていた。「平和主義」を現憲法の三大原理の一つなどと単純に理解してはいけない。

 <阪本は、「日本国憲法の基本原則は、「国民主権・平和主義・基本的人権の尊重」といった簡単なものではな」く、次の6つの「組み合わせ」となっている、とする。/1.「代議制によって政治を行う」(代議制・間接民主主義)、2.「自由という基本的人権を尊重する」(自由権的基本権の尊重)、3.「国民主権を宣言することによって君主制をやめて象徴天皇制にする」(国民主権・象徴天皇制)、4.「憲法は最高法規であること(そのための司法審査制)を確認し、そして、「よくない意味での法律の留保」を否定する」(法律に対する憲法の優位・対法律違憲審査制)、5.「国際協調に徹する安全保障をとる」(国際協調的安全保障)、6.「権力分立制度の採用」(権力分立制)。>