内田樹は「卑しい街の騎士」と題する2005年の文章の中で、1995年の高橋哲哉の文章に言及している。
高橋哲哉は1995年に簡単にはこう(も)書いたらしい。
・<自国の「汚れた死者」(日本人戦死者)の哀悼よりも(アジア諸国への)「汚辱の記憶」を引き受けることが優先されるべき。
・「侵略者である自国の死者」への責任とは「哀悼や弔い」でもましてや彼らを「かばう」ことではなく、「彼らとともにまた彼らに代わって」、被侵略者への償い=「謝罪や補償を実行する」ことだ。
内田樹は、高橋の「理路は正しい」、しかし思想とは「こんなに、鳥肌の立つようなものなのか」とコメントしている。
「鳥肌の立つような」とは、感動したときにも用いられる、好意的・賛同的な意味での表現でもありうるが、内田によると、「…高橋自身が日々ゆっくりと近づいている『結論』に私の身体が拒否の反応をした」ということを意味するようだ。つまり、拒否的・消極的な反応の表現として使っている。
つづけて、内田は高橋哲哉・靖国問題(ちくま新書、2005)に言及する。高橋のこの本は読まないままでどこかに置いているのだが、高橋は、この書の結論部でこう書いているらしい。
・国家によるそのために死んだ者(戦死者)の「追悼」は、つねに「尊い犠牲」・「感謝と敬意」のレトリックが作動して、「顕彰」にならざるをえない。
・国家は「戦没者を顕彰する儀礼装置をもち、…戦死の悲哀を名誉に換え、国家を新たな戦争や武力行使に動員していく」 。
内田樹は次のようにコメントする。
・高橋の主張は「正しい」が「正しすぎる」。すなわち、これは「現存するすべての国民国家」等に適用されねばならない。つまり、「靖国神社を非とする以上、世界の共同体における慰霊の儀式の廃絶を論理の経済は要求する」。
・だが、中国も韓国もイスラム過激派もアメリカも欧州諸国民も受容しないだろう。それは「倫理的に十分に開明」的でないためかもしれないが、「世界中の全員を倫理的に見下すような立場に孤立」することが政治への実効的なコミットだとは思えない。
・「高橋哲哉の論理はそのまま極限までつきつめると、いかなるナショナリズムも認めないところまで行きつく」し、すべての民族等の否定にまで行きつく。例えば、①アジア諸国への日本の謝罪もそれを「外交的得点」とすることをアジア諸国政府に禁じる必要がある。それらの国の「ナショナリズムを亢進」させるから。②謝罪等をすることにより「倫理的に高められた国民主体を立ち上げた」という意識を日本人がもつことも禁じる必要がある。「ナショナルな優越感の表現」に他ならないから。
高橋哲哉の原文を読んではいないが、なかなか鋭い分析と批判だ。
だが、むろん、高橋哲哉の見解・主張の「理路は正しい」のか、「正しすぎる」のか、高い<倫理>性をもつものかは、本当にそうなのか、レトリックだけの表現なのか、という疑問が湧く。
それに、そもそも、上の一部だけ問題にするが、高橋哲哉は本当に「いかなるナショナリズムも認めない」のか否かは検討されてよいだろう。論理的にはそうならそざるをえない、という指摘は重要だが、高橋哲哉がそのことを意識しているかどうかは別問題だとも思われる。
すなわち、高橋哲哉は、日本国家についてのみ「ナショナリズム」の否定を要求しているのではないか。日本国家についてのみ、戦没者「慰霊」施設の廃絶を要求しているのではないか。それが高橋の本音ではないか(そして朝日新聞の若宮啓文も同様ではないか)。
その意味で高橋はきわめてご都合主義的であり、きわめて<政治的>なのではないか。さらにいうと、論理・理論の世界に生きているようでいて、じつは(日本とその国家に対する)何らかの怨念・憤懣を基礎にして言論活動をしているのではないか(さらにいえば、それは日本「戦後」のインテリたちの基底にある心情ではないか)。
以上は、内田樹批判ではない。内田は次のように文章をまとめている。
「高橋哲哉の説く透明な理説」が一基軸として存在しえ、「思想的には重要」であることは認めるが、「私はこの『案内人』にはついてゆくことができない」。
前段部分は褒めすぎのように思えるが、内田が結論的に高橋哲哉の議論を支持していないことは明らかだろう。
内田樹の上記の題の文章は、加藤典洋・敗戦後論(ちくま文庫、2005)の「(文庫)解説」として書かれたもの(p.353-362)。
内田は、加藤典洋は「熟練の案内人」、「正しい案内人」として肯定的に評価している。そして、高橋哲哉という「『案内人』にはついてゆくことができない」と結んでいるわけだ。
加藤典洋の書の本体も読みたいものだが、はたして閑があるかどうか。
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