一 東谷暁について、一般的な嫌悪感はない。
 だが、月刊正論11月号(産経新聞社)の論壇時評「寸鉄一閃」(p.172-)の4頁にわたる小林よしのり批判は少しおかしい。
 おかしい、というのは内容それ自体ではなく、むしろテーマの取り上げ方だ。
 小林よしのりがパール真論(小学館)を出版する一方で、西部邁=中島岳志の対談本が二つ出たりして、東京裁判・パール判事の少数意見書の理解の仕方について論争が生じている(又は続いている)。
 月刊正論10月号で小林よしのりも執筆して、西部邁らを批判していた。
 そもそもの最大の争点はパール意見書の正確な内容・趣旨の理解だ。そして、基本は、「あの」戦争をどう理解するかにある(はずだ)。
 この観点から見ると、①日本<国家>「無罪」論かA級戦犯<個人>「無罪」論か、②判決意見書(<法的>文書)か<政治>文書か、という議論はさほど重要だとは思われない(とくに後者の論争?は、この議論の意義自体が判りにくい)。全く無意味だとは思わないし、多少の差異はもたらすのだろうが、これらは本質的な問題ではないだろう。
 ましてや、西部邁・中島岳志がパール意見書を読む(理解する)際に又はその結果として用いた、かつまた小林よしのりが読み方を誤っていると上記論文(サピオにも書いてあったか?)で西部邁らを批判した、ケルゼンの「純粋法学」や「法実証主義」の理解につつき、両陣営?のどちらが正確かどうかなどという問題は、基本的な問題からすると末端の、瑣末な問題だ。
 ケルゼンの所論の理解の仕方が現代日本にとって、あるいは直接には東京裁判やパール意見書に関する論争にとっていかほどの重要性をもつのか。
 東谷暁はしかるに、4頁にわたって小林よしのりのケルゼン理解は誤っていると指弾している。
 たしかに小林によるケルゼンの「根本規範」(Grundnorm)の理解は、「聖徳太子の十七条憲法」に論及するなど奇妙に思うところがないではない。
 だが、もともとケルゼンを持ち出して議論を始めたのは西部邁・中島岳志(たぶん西部邁が先)だった。だとすると、西部邁・中島岳志によるケルゼン理解が適切かどうかにも論及しないと、「論壇時評」としてはアンフェアなのではないか。
 東谷暁は、だが、西部邁・中島岳志によるケルゼン理解については一言も触れていない。小林よしのりのケルゼン理解を誤りと批判することが西部邁・中島岳志によるケルゼン理解の正しさ・適切さを論証することになるわけではないし、そのような趣旨を東谷暁は書いているわけではない。小林よしのりのケルゼン理解を誤りと批判することはいったい何を目的としているのか?
 純粋にケルゼン理解の問題なら、ケルゼンに関する専門家に委ねるがよい。東谷はケルゼンの書物の一部をいくつか引いているが、小林よしのりがそうであるように、また西部邁・中島岳志もそうであるように、ケルゼンに関する「専門的」研究者ではないだろう。
 「専門的」研究者を一般的に尊重するつもりは全くないが、純粋にケルゼン理解の問題なら、ケルゼンに関する専門家に委ねた方がよい。
 だが、今日(論壇?の一部で)議論されているのは、純粋にケルゼン理解の問題なのではない。東京裁判・パール判事意見書、そして「あの」戦争に関する歴史認識、なのだ。これらに全く触れずして、小林よしのりのケルゼン理解を誤りと批判し、その「知的不誠実さ」を指摘することによって、東谷は何を意欲しているのか? 西部邁・中島岳志を支持し応援するつもりなのか、というと、そうでもなさそうだ(一切こちら側には言及していない)。
 首を傾げたくなる「時評」類は多いが、最近よく目にする名前の東谷暁の文章であることもあり、久しぶりにこの欄に書く気になった。
 二 この数ヶ月に限っても読んだ本、雑誌・新聞記事は数多いし、それぞれ何らかの感想・印象をもったが、いちいちこの欄に書いてはいないし、その気もない。
 三 この機会についでに一言触れておこう。
 月刊正論11月号には牛村圭「小林よしのり氏に答える-やはり『パール判決』は『日本無罪論』ではない」も掲載されている。
 この議論に立ち入るつもりはないし、その余裕もない(たぶん能力・資格も乏しいだろう)。
 だが、一部に限定するが、牛村圭が最後のp.117で、パールの(私人としての)1966年の「日本は道徳的責任はあっても、法律的には責任はないという結論に達しました」という発言を有力な(またはこの論文では最大の)論拠として、「『パール判決』は『日本無罪論』ではない」と主張又は理解しているのは奇妙だ。
 パールの原文(英語?)を知らないで書くが、「日本は道徳的責任はあっても」という日本語の唯一の意味は、日本には<道徳的責任がある>ということではない。その意味である可能性もなくはないだろうが、通常の読み方からすると、<かりに(万が一)日本に道徳的責任があったとしても>という意味で、<道徳的責任がある>か否かを断定・論定していない、とも理解できるはずだ。
 牛村はこの発言をパールは「日本の道義的有罪論」だったとする根拠としている(としか読めない)。
 問題はそもそものテキストの読み方だ。<かりにA的責任はあってもB的責任はない>というテキストは、論理的に見て、<A的責任はある>という意味を絶対的に含んでいるのか? 私の日本語理解だと、そのように<絶対的>には読めないのだが。