与那覇潤・知性は死なない(文春e-book、2018)。
 与那覇批判が目的ではない。全部に賛同するのではないが、具体的内容については、どちらかというと好意的だ。
 知識・知性・「教養」のあり方という観点から取り上げる。
 但し、まともに読んだのは、「はじめに」と第1章・第4章・第5章だけだ。
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  池田信夫も茂木健一郎も、日本の危機、衰退傾向を語っているようだ。そして、打開策を何とか探ろうとしているように見える。しかし、具体的展望は(誰にも)描けていない。
 この危機意識がどのように日本の政治家・「学者」・国民に共有されているかは疑わしい。危機あるいは、良くない(と感じられる)兆しはいつの時代でも多少はあるだろうし、世界の「諸国」の中で日本はどの程度に「危うく」なっているのかは、秋月には断言し難い。また、そういうことを論じること自体が相当におこがましいことだとも思っている。
 たしかに、政治・行政・メディア(とくに新聞・地上波テレビ・政治系出版)・教育等々、よくなってはいないとは明瞭に感じられる。秋月も、頻繁にげんなり、うんざりしている。
 逐一この欄で記さないのは、全く楽しくはないことだからだ。また、もともとこの欄の「つぶやき」に(2017年前半にしきりに書いたように、大海の底にうごめく小さな貝の呼吸が作るほんの僅かな水流の揺れでよいと思っているので)、「拡散して」そのような現状を変える力などない、と観念しているからだ。
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  与那覇は上の著の冒頭で、つぎの「戦後日本の特徴」が平成時代に限界に達し、又は批判にさらされた、又は自明のものでなくなった、という(簡略化する)。
 ①海外派兵禁止の平和憲法の理想、②自民党一党支配、③経済成長、④日本型雇用慣行、⑤アジアの最先進国との自負。
 そのあと、「敗北した平成の学者たち」という見出しを立てて、「大学教員をはじめとする多くの知識人」を俎上に上げる。
 「多くの知識人」は危機を感じて、分析し、具体的行動に出たが、「その結果は、死屍累々です」。
 憲法学者、政治学者、経済学者(の一部、別の)、教育学者、…。
 単純化の弊やその他の分野への言及欠如を問題にしないことにしよう。
 要するに、与那覇からすると、「活動する知識人」の時代=平成は「終焉をむかえようとしている」。欧米も含めて、「知識人の退潮」は明らかになりつつある。
 そして、つぎの問題設定がなされる。
 「知識人の好機ともみられていた…時代に、どうして『知性』は社会を変えられず、むしろないがしろにされ敗北していったのか」。
 「知性は死なない」という立場から、「知性の退潮」を分析する…。
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  以上は、「はじめに」。
 ずいぶんと真面目で、真剣な本だ。ほとんど「自分の(興味がある)こと」で精一杯の私には、こんな主題を正面から考えたことはない。
 秋月瑛二は「知識人」なるものをこれほど意識しなかったし、また期待もしなかった。「知識人」であることを標榜して、または無意識にでもそれを前提として<論壇>等で名前を出していた人々はいたのだろうが、ある程度は羨望しつつも、しかし、「知識人」が現実を変えることなどほとんどできないだろうと感じていた。
 なお、大学の教員=知識人、ではない。大学教員はいちおうは各特定分野の「専門家」でかりにあっても、「知識人」ではないし、大学教員でなくとも「知識人」はいる。アカデミズム・学界に帰属しない「知識人」はいる。
 さて、上につづけると、「知識人」業界というものがあって(業界とは主として出版印刷業)、「知識人」というのはその業界の中で有名になり、何となく現実社会のために奮闘しているという(つまり現実の変化に役立っているという)印象または「幻想」・「思い込み」を自分たち自身が抱いて、幸福に生きている人たちだろう、という感じがあつた(だから羨望しもする)。
 しかし、「知識人の黄昏」を明記する点では、大いに賛同する。そんな「知識人」はとっくに時代遅れとなり、世の中の現実にほとんど従いていけていない。大いに指摘し、明記すればよい。
 一方で、「知性は死なない」のか否かは、「知性」という語の理解の仕方による。
 ヒト・人間は何らかの意味で「知性」を育ててきたし、今後も有していくだろう。しかし、この著がイメージしているだろうような「知識人」または<学界>は、崩壊して何ら差し支えない。
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  秋月が何をつぶやいても社会的には無意味だと思うが、知識・教養・「大学」(・学界)の再構成・再編成が必要だ。
 しかし、<大学(・学歴)>重視意識が減少しているようには見えない。
 予備校、塾は依然として活況なのではないか。親たちは、一体大学の各学部でどんな科目の講義があるのかを全くかほとんど知らないで、自分の子弟が、ともかくも「大学」に入り、無事に「卒業」することを願っている。そして、同一学年の何と2人に1人ほどが「大学生」・「〜大学卒」と称されることになった。
 ついでに書くと、司法試験は日本で最もむつかしい試験だなどと言われながら、ほとんど誰も、どんな試験科目があるかを知らない(「憲法」が必修であっても、第9条(戦争・軍事)や第1条以下(天皇)に関する出題があったことはないので、これらに関して受験生には深い知識・教養はまるでない)。また、国家公務員になるための(とくに総合職・上級)試験の科目も(種々に分かれているが)、多くの人は全く知らない。そんなことに関係なく、<大学(またはその名前)>入学・卒業、国家公務員試験合格という表面だけに多くの人は関心をもつ。内実に関心が向かわない。
 人々はなぜ(あるいは日本人は、戦後ずっと、または戦前のあるときからずっと)、「大学」信仰あるいは「学歴」信仰や『試験」信仰を持ちつづけるのだろうか。大正末期からすでに100年、戦後に限ってもすでに75年。
 1979年生まれだというこの著者も、「知識人」を論じる際に、たぶん、戦後の「大学」制度をほぼ当然の前提にしている。
 これ自体を何とかしないと、またはそれが伴わないと、日本の大きなBreakthrough はないように思われる。—とここで言っても何の意味もないだろう。
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 中途になったので、この書には、別にさらに触れる。
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