Violin の曲をたくさん聴きたくてItzhak Perlman(イツァーク・パールマン、1945-)の箱ものを入手した。素人の感想ながら、さすがに著名な演奏家らしくソツなくふつうに力強く弾いている。そして途中までは特に惹かれることもなかったのだが、CD番号が後半に入って、(私には)思わぬ<掘り出しもの>を見つけた。
 Traditional Jewish Melodies と冠されているうちの曲のいくつかだ。
 無知だったが、Perlman はイスラエル出身でユダヤ系の人のようだ。Israel PO(Dov Seltzer指揮)を背後に弾くKlezmer(東欧等に残るユダヤ人民謡のジャンルらしい)の諸曲・旋律は、この人個人の情感もかなり込められているようで、かなり心惹かれる。
 表題にした‘A Jewish Mother’('A Yuddishe Momma' )はとくにそうだ。
 <ユダヤの母親>は「教育ママ」という隠意を持つこともあるようだ。そんなこととは関係なく、母親を想い出しているような、哀切感溢れる旋律と弾き方になっている。
 毎日のように何度か聴いているうちに、この旋律は、どこかで聴いたことがあるような気がしてきた。懐かしいとすら思えるのは、何故だろうか。
 そして、ふと「横浜の港から」という歌詞が出てきた。
 正しくは「横浜の波止場から」で、またこれは二番の初めだった。
 その曲は、童謡・唱歌の<赤い靴>だ。4x2 の計8小節しかなく、下を一番の歌詞とする短い歌だ。丸数字は歌詞ではない。
 「①赤い靴はいてた ②女の子 ③異人さんに連れられて ④行っちゃった」 
 ‘A Jewish Mother’は、ただちにひらめいたのでは全くないものの、この唱歌を思い出させる。一部がとてもよく似ている。
 ①部分の後半・第二小節の「はいてた」はEEFDE--(相対音階)で、ユダヤ民謡での前奏後の主題部分と全く同じ。その前の①部分の前半・第一小節は、日本のではABCDE--で、ユダヤ民謡のその部分は、(前小節の最後の音符のEから始まる—こういう始まり方を専門用語では何と言うのだろう—)細かく区切ってAABBCCDDだ。よく似ていて、①の第一・第二小節を合わせると、ほぼ同じという感がある。 
 ‘A Jewish Mother’ には上の②の高く上がる部分はないようだ。しかし、③〜④によく似た旋律が、少し後にやはりある(但し、最後の音は、Aに下がって終わるのではなく、Eに上がってつづいていく)。
 ‘A Jewish Mother’は8小節どころではない長い曲で、複雑とも見える伴奏をオーケストラ(イスラエル交響楽団)が奏でている。
 しかし、上の冒頭・前半部分に限って言うと、<赤い靴>とよく似ている。
 <赤い靴>は1921年の野口雨情の詩に、1922年に本居長世が曲を付けて発表された。私に遠い記憶があるくらいだから、戦後も歌われ続けたに違いない。
 1921年は(広義の)ロシアで<新経済政策(ネップ)>導入共産党大会があり、不作と飢饉が継続した年。1922年に日本共産党(コミンテルン日本支部)が設立された。 
 本居長世は音楽大学の学生だったこともあるようだ。
 そこで、思い切り空想・妄想が広がる。
 伝統的旋律というからには、ユダヤ民謡は19世紀中には発生・成立していたのではないか。
 そして、盗作・剽窃とは言わないが、本居は何かでこのユダヤ民謡を知っていて、そこから「ひらめき」・インスピレーションを得たのではないか。そう思いたいほど、部分的にはよく似ている。
 付け加えると、同じCDに収録されている曲はみな同様に切ない、郷愁を誘うような旋律を多く持っていて、とくに、Rozhinkes mit Mandelen、Vi ahin soll ich geyn? などは、日本の大正時代あたりの<唱歌>の雰囲気を持っている。
 ユダヤ民族歌謡と日本のかつての唱歌・童謡曲、どうしてこんなに似ているのだろう。不思議だ。
 併せて、<音楽>の今日に至るまでの<伝搬>の仕方にも関心がつながる。<言葉>の分野とは異なる。明治改元より前にすでに今にいうClassicの世界があり(Mendelssohn も江戸時代の人)、また例えばGustav Mahler は<おぞましい ロシア革命>を知ることなく亡くなっている。この(時期的な)古さには驚く。筒美京平(1940年生〜2020年没)は<洋楽>を参照しつつ、日本の歌謡曲またはJ.Pops を作曲したらしい。
 なお、この欄では元々は、ヒト・人間にほとんど一定の聴細胞・聴覚から現在の「音響工学」(または音楽とAI・人工知能)まで、JBpress に書いている伊東乾のような専門家ではない全くの素人として、新鮮に感じ、考えたことを記すつもりだった。たんなる楽曲感想文の列挙にするつもりはないのだが…。
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