L・コワコフスキ・マルクス主義の主要潮流(1976、英訳1978、三巻合冊2008)。
 =Leszek Kolakowski, Main Currents of Marxism.
 <フランクフルト学派>に関する章の試訳のつづき。分冊版、p.383-p.387。
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 第10章・フランクフルト学派と「批判理論」。
 第6節・エーリヒ・フロム(Erich Fromm)②。
 (8)この数百年の間にヨーロッパで発展した資本主義社会は、人間存在にある巨大な創造的可能性を解き放った。しかし、強力な破壊的要素も生み出した。
 人間は、個人の威厳と責任を自覚するようになった。しかし、普遍的な競争と利害対立が支配する状況の中に置かれていることも知った。
 個人的な主導性は、生活上の決定的な要因になった。しかし、攻撃や利己的活用がますます重要になった。
 孤独と孤立の総量は、測り知れないものになった。他方で、社会的諸条件によって人々は、お互いを人間としてではなく事物だと見なすようになった。
 孤立しないようにする幻惑的で危険な対処法の一つは、ファシズムのような、非理性的で権威的なシステムに保護を求めることだった。//
 (9)フロムの見解では、彼のフロイト主義からの激しい離反には、マルクス主義の様相があった。なぜなら、人間関係を防衛的機構や本能的衝動ではなく歴史の用語で説明し、また、マルクスの思想と調和する価値判断を基礎にしているからだ。
 フロムによれば、〔マルクスの〕1844年草稿はマルクスの教理を基礎的に表示するものだった、
 彼は、その著作と<資本論>との間には本質的差違はない、と強く主張する(この点で、Daniel Bell と論争した)。しかし、のちの諸作では初期の文章の<精神(élan)>がいくぶんか失われた、と考える。
 フロムは強く主張する。主要な問題は疎外であって、それは人間の束縛、孤立、不幸および不運の全てを示している、と。
 全体主義的教理と共産主義体制は、彼によれば、マルクスの人間主義的見方と何の関係もない。マルクスの見方の主要な価値は、自発的な連帯、人間の創造力の拡張、束縛と非理性的権威からの自由、にある。//
 (10)マルクスの思想は、男女が人間性を喪失して商品に転化する、そのような条件に対する対抗だ。また、人間がかつてそうだったものに再び戻る能力、貧困からの自由だけではなくて創造力をも発展させる自由を獲得する能力、をもつことを強く信じていることを楽観的に表明したものだ。
 マルクスの歴史的唯物論を人間はつねに物質的利益によって行動することを意味すると解釈するのは、馬鹿げている。
 反対に、マルクスが考えたのは、たんにそのような利益を好むように環境が人間に強いるときには、人間はその本性を喪失する、ということだった。
 マルクスにとっての主要な問題は、どのようにして、依存という拘束から個々人を自由にし、もう一度友好的に一緒に生きていくのを可能にさせるか、だった。
 マルクスは、人間は永遠にその支配の及ばない非理性的諸力の玩弄物でなければならないとは考えなかった。
 反対に、自分の運命の主人になることができる、と主張した。
 かりに実際に人間の労働の疎外された産物が反人間的力に転化するとすれば、かりに人間が虚偽の意識と虚偽の必要性の虜になるならば、かりに(フロイトとマルクスは同じように考えたのだが)人間が自分自身の真の動機(motives)を理解しないならば、これらは全て、自然が永遠にそのように支配しているからでは全くない。
 反対に、競争、孤立、搾取および害意が支配する社会は、人間の本性とは矛盾している。人間の本性は-ヘーゲルやゲーテ(Goethe)と同じようにマルクスも考えたのだが-攻撃や受動的な適応にではなく、創造的な仕事と友愛のうちに真の満足を見出すのだ。
 マルクスは、人間が自然とのかつ人間相互間の統合を回復し、そうして主体と客体との懸隔を埋めることを望んだ。
 フロムはこの主題を1844年草稿からとくに強調し、マルクスはこの点で、ドイツの人間主義の全伝統や禅仏教と一致している、と観察する。
 マルクスはもちろん、貧困がなくなることを望んだ。しかし、消費が際限なく増大することを望みはしなかった。
 彼は人間の尊厳と自由に関心があったのだ。
 彼の社会主義は、人間が物質的要求を満足させるという問題ではなく、自分たちの個性が実現されて自然や相互間の調和が達成される、そのような諸条件を生み出す、という事柄だった。
 マルクスの主題は労働の疎外、労働過程での意味の喪失、人間存在の商品への変形だった。
 彼の見方では、資本主義の根本的な悪は、物品の不公正な配分ではなく、人類の頽廃、人間性の「本質」の破壊にあった。
 この退廃は労働者だけではなくて誰にも影響を与えており、従って、マルクスの人間解放の主張は普遍的なものであって、プロレタリアートだけに適用されるのではない。
 マルクスは、人間は自分たち自身の本性を理性的に理解することができ、そうすることでその本性と対立する虚偽の要求から自由になることができる、と考えた。
 人間は、歴史過程の範囲内で、超歴史的な淵源からの助力なくして、そのことを自分たちで行うことができる、と。
 マルクスは、こう主張して、ルネサンスや啓蒙主義のユートピア的思想家たちばかりではなく、千年王国的(chiliastic)宗派、ヘブライの予言者と、そしてトーマス〔・アキナス〕主義者とすらも、一致していた、とフロムは考える。//
 (11)フロムの見解によれば、人間解放の全ての問題は、「愛」という言葉で要約される。「愛」という語は、他者を手段ではなく目的だと見なすことを意味する。
 それはまた、個々人はそれ自身の創造性を放棄したり、他者の個性のうちに自分自身を喪失したりするということはないということも、意味する。
 攻撃性と受動性は、同じ退廃現象の両側面だ。そして、いずれも、順応意識のない仲間感情と攻撃性のない創造性にもとづく関係のシステムに置き代えられなければならない。//
 (12)この要約が示すように、フロムがマルクスを称賛するのは、マルクスの人間主義的見方に関する真の解釈に依拠している。しかし、にもかかわらず、それはきわめて選択的だ。
 フロムは、疎外の積極的な機能あるいは歴史上の悪の役割を考察しない。彼にとって、フォイエルバハにとってと同じく、疎外は単純に悪いものなのだ。
 さらに加えて、フロムがマルクスから採用するのは、「人間存在の全体」という基本的な思想、自然との再統合というユートピア、および個人の創造性によって助けられて妨げられることのない、人類間の完璧な連帯だ。
 彼はこのユートピアを称賛するが、それを生み出す方法を我々に教えるマルクスの教理の全ての部分を無視する。-つまり、国家、プロレタリアートおよび革命に関するマルクスの理論を。
 そうすることでフロムは、マルクス主義のうちの最も受容しやすくて最も対立が少ない諸点を選択した。なぜならば、誰もが全て、人間が良好な条件のもとで生きるべきでお互いの喉を切り裂き合ってはならないということ、そして窒息して抑圧されるよりも自由で創造的であることを好むということ、に合意するだろうからだ。
 要するに、フロムにとってのマルクス主義は、ありふれた一連の願望とほとんど変わらなかった。
 彼の分析からは、どのようにして人間は悪と疎外に支配されるに至ったのかが明瞭でなく、また、健全な傾向が結局は破壊的なそれを覆ってしまうという希望のどこに根拠があるのかも、明瞭ではない。
 フロムに見られる曖昧さは、ユートピア思想一般に典型的なものだ。
 他方で彼は、現にある人間の本性から彼の理想を導き出すことを宣明する。しかし、その本性は現在のところは実現されていない。-換言すると、他者と調和しながら生きて自分の個性を発展させることこそが人間の本当の運命なのだ。
 しかし他方で、「人間の本性」は規範的な観念であることにも彼は気づいている。
 明らかに、疎外(または人間の非人間化)という観念や虚偽の意識と本当の必要との間の区別は、かりにそれがたんなる恣意的な規範として表現されているのだとすれば、我々がたとえ「発展途上の」国家であっても経験から知る人間の本性に関する何らかの理論にもとづいていなければならない。
 しかし、フロムは、我々はどのようにして人間の本性が必要としているものを、例えばより多い連帯意識やより少ない攻撃性を、知るのか、について説明しはしない。
 人々が実際に連帯、愛、友情および自己犠牲の能力をもつというのは、正しい。しかし、そのことから、これらの諸性質を提示する者が対立者よりも「人間的」だという帰結が導かれるわけではない。
 人間の本性に関するフロムの説明は、かくして、記述的(descriptive)な観念と規範的(normative)な観念を曖昧に混合したものであることを示している。このことは、マルクスとその多数の支持者たちに同様に特徴的なものだ。//
 (13)フロムは、人間主義者としてのマルクスの思想を民衆に広げるべく多くのことを行った。そして、疑いなく正しく、人間の動機の「唯物論」理論と僭政主義への短絡という粗雑で原始的な解釈をマルクス主義について行うことに対抗した。
 しかし、彼は、マルクス主義と現代共産主義の関係について議論しなかった。たんに、共産主義的全体主義は1844年草稿と一致していない、と語っただけだった。
 かくして、フロムの描くマルクスの像はほとんど一面的で、彼が批判するマルクス主義をスターリニズムの青写真だとする見方と同様に単純だった。
 マルクス主義と禅仏教の間の先に定立されていた調和に関しては、自然との統合への回帰に関する草稿上の数少ない文章にのみもとづいていた。
 それは疑いなく、初期のマルクスの、全てのものの他の全てのものとの間の全体的かつ絶対的な調和とい黙示録的(apocalyptic)思想と合致していた。しかし、それをマルクス主義の諸教理の核心部分だと考えてしまうのは、行き過ぎだ。
 フロムが実際に保持するのは、彼がルソー(Rousseau)と共通していると考えるマルクスの教理の一部にすぎない。//
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 第7節の表題は、<批判理論(つづき)。ユルゲン・ハーバマス。>