井上達夫、1954~。現役の東京大学教授・法哲学
 一度だけ単直に言及して、お叱りもネット上で受けた。
 あほな人は簡単に批判できるが(櫻井よしこ、平川祐弘、倉山満ら)、この人はそうはいかないだろう。
 じっくりと読んで批判的・分析的コメントをしたい。
 まだその時機ではないが、しかし、この無名の欄だからこそ、備忘の「しおり」的に書いておこう。
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 さしあたりの直感的な疑問は、以下。
 正義論でも、「リベラリズム」論でもよい。
 井上達夫は、いったい何を対象にして、いったい誰に向かって発言しているのか?
 つまり、こういうことだ。
 世界か、欧米(とくに米・英)か、日本か、日本の<論壇>か、日本の<法哲学界>か?
 さらには、こういうことだ。
 教壇・講壇で語るに必要な、またそのために研究してきた多様な<法哲学・法思想>上の知識、精神的・観念的・理論的な素養でもって、例えば日本の憲法や政治を論ずることができるのはいったい何故か?
 井上達夫がかりに日本の憲法や政治を論じているのだとすると、その基軸・分析枠組みは、欧米に関するそれと同じなのか、同じでよいのか?
 上の問いは、逆に言うと、こうなる。
 井上達夫がもつ(とくに法哲学・法思想・政治思想等の)欧米学者の議論で欧米を見ることは、ある程度の妥当性をもっては、きっとできるだろう。むろん、種々の法哲学者、社会・歴史・思想学者等々がいるのは、秋月瑛二でも知っている。
 しかし、それは、「日本」を語る場合、いかほどに有効か。この観点・視点を欠かせたままでは、適切で合理的な日本国家・日本社会に関する発言、あるいは日本に関する「法哲学・法思想」的観点からの発言にはならないものと思われる。
 日本と自分が日本人・日本国民である、ということの自覚・意識化がどの程度に、なされているのだろうか。
 <論じることの(実践的な)意味>を、どう自覚的に意識しているのだろうか。
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 上はほとんどは、仮定の、疑問だ。むろん、一読、一瞥しての疑問だ。逆にいうと、一読、一瞥しただけを基礎にする疑問だ。だから、「仮の」と言っている。
 井上達夫・リベラルのことは嫌いでも-(毎日新聞出版、2015)。
 知的関心?は山ほどある秋月瑛二は、これを2015年には入手して、ほんの少しだけ見た。冒頭の2頁めで、さっそくずっこけた。井上達夫は書く。
 丸山真男、川島武宜、大塚久雄-「彼らは左翼ではない」。p.7。
 もともと「左翼」、「リベラル」等を人々は多様に用いているので、用語法は自由ではある。
 しかし、秋月瑛二からすると、再三に書いているように、<容共>=<左翼>だ。
 上のうち少なくとも丸山真男は、日本共産党に批判されても(なお、この遡っての批判はたしか1990年代初頭で、日本共産党が最も「知識人」の動揺を怖れていた頃だ)、<容共産主義>であって、「左翼」だ。日本の<古層>に関心があっても、「左翼」だ。
 そのつぎの頁に、井上は書く(述べる)。
 「マルクス主義が自壊した後、保守の攻撃衝動がリベラルに集中的に向けられた」。 p.8。
 これは日本に関する認識であり、その叙述のようだが、本当か?
 「マルクス主義が自壊」とはいったい、何のことだ。大まかに、かつかりに言っても、欧米限りの話ではないか。
 日本で「マルクス主義が自壊」したとは、いったい何のことだ?
 「日本会議」と全く同じことを、井上達夫も述べている。
 これは<学者の頭の中で自壊した(はずだ)」という、多少は願望も込めた、認識の叙述であるならば、何とか、理解できる。
 端的にいって、井上達夫にとって、日本共産党とは何なのだ。日本にはマルクス主義者・共産主義者あるいはこれらの組織・団体は「自壊」して消失しているのか。
 この人もまた、「日本会議」と同じ幻想を振りまいているのではないか。
 ついで、「保守の攻撃衝動がリベラルに集中的に向けられた」。p.8。
 これもどうやら日本に関する話のようなのだが、ここでの「保守」とは何だ。「リベラル」とは何だ?
 これらを何となく理解するとして、「冷戦の終了」後に、前者が後者を<集中的に攻撃した>とは、いったいいかなる事実・現象を捉えて言っているのだろうか?
 井上達夫による<捏造>・<空想>ではないか。
 「保守の攻撃衝動がリベラルに集中的に向けられた」-日本で生じたいったいどういう現象のことなのか?。
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 非・反日本共産党で非・反「特定保守」ならば、私の<仲間>でもある。
 その憲法論も、私は「理解」できるつもりでいる。私が何とか「理解」できないような議論をしてもらっては困る。
 しかし、えてして、講壇学者さまたちは、上の両派とは異なる意味でだが、<独自の観念世界・観念体系、思想イメージ・理論イメージ>を作り、それを本当は複雑な思想・思潮・論壇等、そして<現実>に適用するという嗜好・志向をもっている
 理論・論理に興味深い点が多々あっても、<現実>から浮いていてはあまり意味がない。
 といった観点から、さらに井上達夫から「勉強」させていただこう。