原著、谷沢永一・「嘘ばっかり」で七十年(講談社、1994)
 → 谷沢永一・正体見たり社会主義(PHP文庫、1998)
 読んだ痕跡があった。傍線からすると、間違いなく半分は読み終えている。
 1990年代半ば、まだ「つくる会」発足前。
 一冊全部が、反マルクス主義、反共産主義、そして反日本共産党という書物が刊行されており、そういう書物を一人で執筆できる人がいたのだ。
 谷沢永一、1929-2011。 
 上の「嘘ばっかり」で七十年、というのは、1922年創立の日本共産党が1992年に70年めを迎えたことを指すことは間違いない。
 広く知られてよいと思うので、内容構成をそのまま紹介する。文庫本による。//
 第Ⅰ部・世紀末、政治の転換点で考える。
  第1章・社会党終焉の構図。
  第2章・共産党に見る人間性の研究。
 第Ⅱ部・共産主義に躍らされた二十世紀。
  第3章・マルクスの「情念」。
  第4章・レーニンの「独創」。
  第5章・スターリンの「特性」。
 第Ⅲ部・二十一世紀へ向けての見方・考え方。
  第6章・現実対応の実証主義の時代。
 人間性を見つめて考える。//
 この人は、関西在住で、司馬遼太郎との交友も長かった。司馬や同著に関する書物も多い。
 何よりも、マルクス主義等々について、じつによく知っている。
 産経新聞社取材部編・日本共産党の研究(2016)などは、及びもつかない。
 猪木正道らの先行研究も、読んで踏まえている。
 一般的には常識でないか、知られていない、秋月瑛二が最近に読んだリチャード・パイプスやレシェク・コワコフスキの本の一部と、まるで同じことをこの書物は書いているところがある。
 だが、「特定保守」あるいは「観念保守」あるいは「保守原理主義」の人たちは、きっと不満だろう。 
 なぜ、不満だろうか。そう、この本には<天皇>が出てこない。
 <天皇>中心主義は反共産主義と同義だと考えたら大間違いだ。
 <天皇>中心主義者は、そのいう観念・理念としての<天皇>を護持できるならば、共産主義者とも仲良くするだろうし、反共産主義の運動の先頭に立つことは決してない。
 その意味で、健全な反共産主義=私のいう「保守」への道筋を妨害している。あるいは、別の方向へと<流し込もう>としている。