秋月瑛二の「憂国」つぶやき日記

政治・社会・思想-反日本共産党・反共産主義

1283/「保守原理主義」者の暗愚2-兵頭二十八・日本国憲法「廃棄」論。

 兵頭二十八が日本国憲法<無効>論者であることは早くから知っていたが、おそらく一回だけこの欄で触れただけで、無視してきた。その間も、月刊正論(産経)は冒頭の連載コラム(?)の執筆者として、けっこう長い間、兵頭を重用してきたはずだ。
 兵頭二十八・「日本国憲法」廃棄論(草思社文庫、2014)はそのタイトルとおりの主張をする書物だが、同時に憲法「改正」に反対する旨をも明確に語っている。
 ・「偽憲法〔日本国憲法〕を『改正』などしてはなりません。改正は、国民史にとって、とりかえしのつかない、自殺的な誤りです。偽憲法は、まず廃棄するのでなければなりません」。
 ・「改憲」〔=憲法改正〕は、1946年に日本人が天皇を守れなかった「歴史を意思的に固定する行為」で、それをすれば、かつての「全面敗北」の再現という「どす黒い期待」を外国人に抱かせてしまう。(以上p.11-13)
 ・「『改憲』〔=憲法改正〕しようと動きまわっている国会議員たちのお仲間は、じぶんたちが国家叛逆者であるという自覚がない」。
 ・主権在民原理に反する憲法・詔勅等の禁止を宣言する前文をもつ「偽憲法など、もう捨てるほかにない」。「改憲」によりそんな宣言を「有効にしようと謀るのは、ストレートに国家叛逆」だ。
 ・「…偽憲法に対するわたしたちの態度は、破棄であり、廃用であり、消去でなくてはなりません」。(以上、p.46-47)。
 ・有権者国民の「国防の義務」を定めない日本国憲法は「西洋近代憲法の共通合意」を否定するもので、「そもそも、最初から『違憲』なんです」。
 ・そんな「偽憲法の規定などを墨守して『改憲』を目指そうとしている一派は、囚人がじぶんの引っ越し先の新牢舎を建設しているだけだという己が姿に、じぶんの頭では気がつけないのでしょう」。(以上、p.276)
 このように憲法改正論者・同運動を強烈に?批判しているから、日本共産党や朝日新聞等々の憲法改正(とくに九条2項削除等)を阻止しようとしている「左翼」たちは、小躍りして?喜ぶに違いない。
 また、憲法<改正>によって「美しい日本の憲法」あるいは「自主憲法」を作ろうとしている「一派」?である櫻井よしこ・田久保忠衛・中西輝政・百地章等々や平沼赳夫等は、「改憲」を目指す政党である自民党の安倍晋三等々とともに、「国家叛逆者」であり、「じぶんの引っ越し先の新牢舎を建設している」「囚人」だと、罵倒されることになる。
 では、「改正」ではなく「廃棄」あるいは「破棄・廃用・消去」(以下、「廃棄」とする)を主張する兵頭は、「廃棄」ということの法的意味・法的効果をどのように理解しているのだろうか、また、どのようにして(誰がどのような手続をとって)「廃棄」すべき(又は「廃棄」できる)と考えているのだろうか。
 この問題についての兵頭の論及は、はなはだ少ない。上の書物の大部分は日本国憲法の制定過程の叙述だからだ。そして、「廃棄」ということの厳密な法的意味について明確に説明する部分はないと見られる。しかし、「廃棄」の方法または手続については、おそらく唯一、つぎのように述べている。
 「『そもそも不成立』であったことの国会決議が望ましい」。(p.47。なお、p.273でも「国会」での「不成立確認決議」なるものを語っている)。
 不成立であるがゆえに効力がない(無効である)ということと、成立はしているが瑕疵・欠陥があるために成立時から効力がない(無効である)ということは、厳密には同じではない。しかし、この点はともあれ、おそらく「廃棄」を<不存在>の確認または<無効>の確認(または宣言)と理解しているのだろう。
 しかし、驚くべきであるのは、その確認または(確認の)決議の主体を「国会」と、平然と記していることだ。
 この議論が成り立たないことは、日本国憲法「無効」確認・決議を国会がすべし(できる)とする日本国憲法「無効」論に対する批判として、すでに何度か、この欄で述べてきた。倉山満ですら?、この議論は採用できないとしている。
 繰り返せば、兵頭が戻れとする大日本帝国憲法のもとでは「国会」なるものはない。帝国議会は衆議院と貴族院によって構成されたのであり、「参議院」を両院の一つとする「国会」などはなかった。また、帝国議会議員と「主権在民」下での有権者一般の選挙によって選出される日本国憲法下の国会議員とでは、選出方法・手続自体も異なっている。
 兵頭が「帝国議会」ではなく「国会」という場合のそれが日本国憲法下のものであるとすれば、論理矛盾・自己撞着に陥っていることは明らかだろう。
 兵頭が毛嫌いしている「主権在民」原理のもとで成立している参議院を含む日本国憲法下の「国会」が、なぜ日本国憲法、兵頭のいう「偽憲法」を「廃棄」できるのか? 論理的にはひょっとすれば、「廃棄」と同時に自ら(国会)も消滅するということになるのかもしれないが、自らの親である憲法を子どもが否定することは、自らを否定することに他ならず、そのようなことはそもそもできない(絶対的に不能である)とするのが、素直でかつ論理的な考え方だろう。
 それにまた、「…が望ましい」とはいったいいかなるニュアンスを含ませているのだろうか。他にも、望ましくはないけれども「廃棄」できる方法または主体はあるとでも考えているのだろうか。
 このような、容易に疑問視できる兵頭の思考の欠陥(暗愚さ)は、つぎのような叙述において、さらに際立っている。
 ・「最高裁判所」は長沼ナイキ訴訟において「憲法九条の二項(の少なくとも後半部分)は無効である」と判断すべきだった。
 ・「日本国政府」の側から、「長沼ナイキ訴訟」のような裁判を起こし、「最高裁判所に」、「九条二項の文言は、…国際法、および自然法の条理に反し、制定時に遡って無効である」との「判断」を求めるべきだ。(以上、p.293)
 兵頭は上の部分の直前に、国家の自衛権という自然権を禁じる憲法は「最初から『違憲』に決まっている」と書いている。この点について立ち寄れば、集団的自衛権も含めて現憲法は禁止しておらず行使もすることも可能という憲法解釈が現内閣によって採られたことは周知のことで、その意味で現憲法は「自然権を禁じる」という理解は正確ではないだろう。
 が、しかし、重要なのは、日本国憲法は不成立とか当初から「無効」だとか兵頭は言っておきながら、平然と?、日本国憲法下のもとでその定めに従って成立している「日本国政府」とか「最高裁判所」の行動・役割を語っていることだ。唖然とするほかはない。
 兵頭は、日本国憲法は「無効」で「廃棄」すべしとしつつ大日本国憲法の復活とその改正を主張している(p.273-4)。一方で「日本国政府」や「最高裁判所」を語る部分は、日本国憲法の成立とその有効性を前提としていると理解する他はない。明治憲法下では「最高裁判所」なる司法機関はない(「大審院」があった。またその権能は現憲法下の最高裁判所と同じではない)。この概念矛盾又は論理矛盾に気づいていないとすれば、相当に暗愚であって、<保守原理主義>という<主義>を私が語るのも恥ずかしいレベルにあると思われる。
 さらに言えば、長沼ナイキ訴訟やその「ような裁判」について語る部分は、現憲法下の現在の訴訟制度を前提にするかぎり、まったく成立しえない、<空虚な>議論だと思われる。
 第一に、現在の最高裁判所は法律等の違憲審査権をいちおうは持つが、現憲法・その条項の一部が(国連憲章等に違反して?)「無効」だとの判断を示す権限を持たない。憲法は「最高法規」とされている。
 第二に、政府が最高裁判所に現憲法・その条項の一部の「無効」判断を求める訴訟などそもそもありえない。
 高校生に説くようなことだが、森林伐採を認める具体的行為を争う中で目的としてのナイキ基地建設が憲法九条に違反すると長沼ナイキ訴訟の原告たちは主張し、第一審判決はその憲法問題に立ち入ったのだった。憲法九条自体が何らかの上位法に違反して「無効」であると被告・国側は主張したのではなかった。従って、同様の裁判を「今度は政府側から起こす」などという発想自体が幼稚なもので、誤っている。
 ついでにいえば、具体的事件を離れて、政府が法律や個別的行為の合憲性又は違憲性の確認を最高裁判所に求めることのできる訴訟制度などは現行法制上存在していない。ましてや、現憲法・その条項の一部の「無効」の確認を求める訴訟制度が存在しているはずがない。そもそもが、「政府」自体が現憲法の有効性を前提にして成立していることはすでに述べた。
 このように、日本国憲法制定過程に関する叙述には興味深いものがあるとしても、現実の問題解決方法に関する兵頭の上記書物の考え方はまったく採用できないものだ。このような議論を「左翼」憲法学者が読めば、一読して大笑いしてしまうに違いない。それもやむをえないほどに、その論理・主張内容は幼稚で問題が多い(最近に言及した渡部昇一のそれも同様だ)。
 Japanism21号(青林堂、2014.10)の中の「左翼アカデミズムを研究する会」名義の文章の中に、以下のようなものがある。
 ・「大学における左派インテリの学術的業績の高さは、保守系知識人が束になってもかなわないレベルにあるといっても過言ではない」(p.119)。
 同様の感想を、残念ながら憲法に関する議論について持たざるをえないところがある。<保守派>論者・知識人は、「左翼」学者たちと同等以上にわたりあえる主張と議論をしなければならない。隙だらけの粗っぽい議論をしていれば、(身内が読むだけならばそれでよいかもしれないが)「左翼」が大嗤いして喜ぶだけだ。
 やや唐突だが、百地章、西修、八木秀次らの<保守>派憲法学者は(八木は憲法学者を廃業したのだろうか?)は、兵頭二十八、渡部昇一、あるいは倉山満らの日本国憲法<廃棄>論が理論的・概念的にも現実的にも成立し難いことを、月刊正論(産経)等においてきっぱりとかつ明確に述べておくべきだ。渡部昇一らに対する「自由」がないとすれば、もはや学問従事者ではありえないだろう。

1282/日本人・日本国民は憲法改正「すら」できないのか。

 4/08夜にチャンネルを変えていたら、たまたま某BS局で西尾幹二小林よしのりが対談しているのに気づいた。ややのちに思いついて録画ボタンを押したのだったが、間に合わず録画していないときに、日本国憲法改正にも言及があった。
 もっぱら記憶に頼るしかないが、小林が憲法改正もアメリカの意向の範囲内だというようなことを言ったのに対して、西尾が<その改正すらできないのか、ということなんですよ>とか述べていた(正確ではないかもしれない)。両人の発言の趣旨は必ずしも同じではないように思われた。そのあとは、この問題への論及は続かなかったと思われる。
 西尾が「改正すら」という言葉を発したのはおそらく確かで、印象に残った。
 さて、池田信夫が国会改革をしないような憲法改正はほとんど無意味というようなことを彼のブログサイトに書いていたが、なるほど九条2項の削除・「軍」設置の明記も現状を根本的に変えるようなものではないかもしれない。
 渡部昇一は憲法九条(2項)は現憲法前文から「導かれる必然的な話」、「当然の帰結」だとして、「前文の見直し」から始めるべきだとする(月刊正論5月号p.63(産経))。しかし、前文の法規範的意味から考えると、前文のみを対象とした「改正」の発議・国民投票は想定されるのだろうかという疑問を持っている。また、現在の前文のままでも集団的自衛権の行使を容認する政府解釈が採られたのであり、現在の前文を何ら変えないままでの憲法九条2項の削除・「軍」設置の明記も可能であるように考えられる。前文中の「平和を愛する諸国民の公正と信義を信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」という部分は保守派論者によってしばしば非難と嫌悪・唾棄の対象とされるところだが、そして私もこれを残すことに積極的に賛成するわけではないが、しかし、この部分と「軍その他の戦力」の不保持は論理的に不可分のものとは思われない。つまり、もともと現前文は厳密な法規範ではなく、緻密な法解釈が要求されるされるものではなく、基本的な方向性または「理念」を抽象的に叙述したものと理解すれば、現前文のもとで集団的自衛権行使容認の解釈をすることも(これはすでになされた)、「軍」設置を憲法典に明記することも、まったく不可能ではないと思われる。
 民主党の参院議員・小西洋之は集団的自衛権行使容認の解釈が現在の前文と九条に違反すると、前文と九条はセットのものだとする(前者の必然的な帰結が九条であるという旨の)理解に立って主張している(小西のウェブサイト参照)。むろん憲法制定時にはあるいは憲法制定者においては前文と九条の間の密接な論理的関係が意識されていたのしれないのだが、保守派は「左翼」の憲法解釈と同じ前提に立つ必要はないのではないか。繰り返せば、現前文と改正後の「軍」設置の明記とは矛盾するとただちに理解してしまう必要はなく、両者は併存しうると憲法解釈することは十分に可能だと思われる。現在の前文のもとでも日本国家の「自衛権」が否定されるのではないと解釈されてきた(昨年にはその一部である「集団的自衛権」の行使は可能と解釈されるに至った)。そうだとすれば、「自衛権」行使のための実力組織を「軍」と称することがただちに現在の前文(とくに上記の部分)と矛盾するとはとても言い難いと考えられる。
 現在の自衛隊は日本国憲法上は「軍隊」ではないが国際法上は「軍隊」であるらしい(最近の政府答弁書)。そうだとすると、日本国憲法を改正して、現在の自衛隊にあたる組織等を「軍隊」と称することができるようにしても、実態にさほどの大きな変更は生じないとも言えそうだ。
 ここで、冒頭で記したことに戻る。現在における諸議論のテーマのうち最重要なものは憲法改正問題ではないという含意が西尾の言葉の中には含まれていたように感じられる。対アメリカ(あるいは対中国)姿勢はどうあるべきかがより基本的な問題かもしれない。あるいは、「左翼」等との対立軸の最大のものは憲法改正問題ではないかもしれない。
 そして、あらためて感じさせられる。日本人は、日本国民は、主権が実質的にはなかった時期に制定された、内容的にも少なくとも決して日本人・日本国民だけで決定したとはいえない日本国憲法・現憲法の<改正>「すら」できないのか、と。
 近年に何やら<本格的な保守派らしき>雰囲気をばら撒いている倉山満は現憲法の「改正」は、1/3以上の護憲勢力がつねにいるのだから不可能だと断じている。あきらめてしまっているのだが、では倉山はどうすれば新しい「自主」憲法を作ることができるかについてはほとんど何も語っていないに等しい。大日本帝国憲法に戻れ、そこから出発せよ、と言葉だけで言ったところで、そのための方法・戦略・手続等が具体的に示されていないと、たんなる「喚き」にすぎない。
 「改正」ではなく「廃止(廃止)」をとか「無効」宣言をとか言ったところで、そのための方法・権限主体・手続等を適切に明らかにすることができなければ、とても現実に通用する主張・議論にはならない。現憲法を「廃止」はするが当面は「効力は維持する」という渡部昇一の主張・議論に至っては、奇妙奇天烈な意味不明のもので、「左翼」が容易にかつ喜んで批判・攻撃できるようなものだ。
 石原慎太郎が現憲法「破棄」論を唱えていたことから次世代の党という政党はこのような主張を採用しているのかもしれないという印象もあったが、同党の代表・平沼赳夫は次のように述べて、その立場ではないことを明らかにしている。
 「思想的には現行憲法は無効だという『無効論』の立場に私は立ってい」る、「しかし、…現実論としては難しい」。「現実の政治の場では改正手続を経ながら自主憲法を制定するやり方が妥当だと考え」る(月刊正論2015年4月号p.116(産経))。
 同じ政党の議員・中山恭子は安倍晋三に対して<憲法全体の一括改正>もありうるのではないかという旨を国会・委員会で質問し、安倍は<世論の動向を見極めつつ優先順位を考えていきたい>という旨の、噛み合っていない回答をしていたが(先月)、かりに全体の「一括」改正であっても(それは不可能だと予想しているが、それはともかく)、<改正>であることには変わりはない。そして、「改正」とは対象となる条項の効力を失わせることおよび同時にその代わりに新しい規範的な意味内容の条項を設けること(別の定めに法的効力を持たせること)を当然に意味することを知っておく必要がある。
 ともあれ、次世代の党もまた憲法改正(による自主憲法制定)を目指すのだとすると、渡部昇一の主張は論外として、日本国憲法「廃止」・「無効」論に立ってそれらの宣言・確認をいずれかの国家機関が行なうべきだとする主張をしている政党はおそらくゼロであるはずだ。国会議員や地方議会議員の、多く見積もっても1%ほども、日本国憲法「廃止」・「無効」論を支持してはいないだろう。
 このような現実の政治状況のもとで、日本国憲法「廃止」・「無効」論者は、いったいどのようにして自分たちの主張を現実化するつもりなのだろうか。
 もともと日本国憲法は「無効」であるとは、制定時においてすでに効力がなかった(無効であった)ことを意味し、それを現実化するためには日本国憲法のもとでだからこそ生じたすべての法的行為・法現象の効力を否認することを意味する。そんなことは遅くともサ条約の批准・発効、再「独立」の時点以降は不可能になったというべきだ。
 選挙無効訴訟において選挙制度の憲法違反(違憲)判断が裁判所により示されることがあるが、そうであっても問題とされた選挙を「無効」とした判決はいっさい出ていない。違憲・違法=無効、ではまったくない。そして、裁判官たちは、かりに無効とすれば、問題とされた選挙の「やり直し」をしなければらならないこと、いったんは選出されたはずの国会議員が関与して制定・改正した法律もまた「無効」になるのか等の<後始末>の問題が生じざるをえないこと、を考慮して、分かりやすくはない判決を下しているのだ。
 そのような苦慮を(本来の意味での)「廃止・無効」論者はしているのだろうか。
 現実の政治状況を見ても理論的・概念的問題を考慮しても、現憲法を「廃止」はするが当面は「効力は維持する」という渡部昇一の主張・議論はもちろんだが、日本国憲法「廃止」・「無効」論を採ることはできない。あるいはかりにこうした議論の影響を受けて行動・運動すれば、憲法改正はそれだけ遅れる。
 倉山満とは違い、憲法改正が不可能であるとは考えない。自民党内においてどの条項から(今のところ「前文」は含まれていないようだ)改正を始めるべきかの議論がなされ、形だけでも国会内に憲法問題の審査会が発足していることは、一〇年ほど前と比べても、2009-12年の民主党政権下と比べても、大きな変化だ。
 ひょっとすれば思っているほどには、また「左翼」が不安を煽っているほどには、改正の実質的意味は少ないかもしれないのだが、現憲法九条2項の改正くらい「自主的に」行うことが、日本人・日本国民はできないのだろうか。日本人・日本国民は現憲法の改正「すら」できないのだろうか。
 この程度ができないのでは、日本国憲法全体の「廃止」・「無効」宣言ができるわけがないのは自明のことだ。
 日本国憲法「廃止」・「無効」論者は、<護憲・左翼>陣営を客観的には応援することとなるようなことをしてはいけない。

1281/「保守原理主義」者の暗愚1-渡部昇一・月刊正論2015年5月号の日本国憲法「廃止」論。

 渡部昇一の主張・議論のすべてではないが、その日本国憲法「廃止」論については、「保守原理主義」らしきものを感じ、「暗愚」はおそらく言い過ぎだろうが、間違いなく「意味不明」な議論だと感じる。
 南出某ら等々の日本国憲法「無効」論・「廃止」論にはこの欄ですでに論及しているので、参照していただきたい。以下は、渡部昇一「反日との我が闘い」月刊正論5月号p.60-63の叙述に対する批判的コメントだ。渡部のこのような叙述が月刊正論(産経)の実質的な「巻頭」を飾っているのだから、戦慄を覚えないではない。
 渡部昇一は、敢えて「憲法改正」とは言わないようにしてきた、それは「憲法改正」は「今の憲法を承認したうえで、それを改正する」ことを意味するからで、「占領統治基本法」である、「嘘に塗り固められ、国家の恥に満ちた」日本国憲法という認識にもとづけば、「今の憲法はまず廃止されるべき」である、とする(p.62)。
 このあたりは、これまで読んできた日本国憲法「廃止」論(・「無効」論)とほとんど変わりはなく、渡部の主張としてとくに目新しいものではない。また、最初の小見出しになっている「日本国憲法は憲法ではないという認識を」(p.61)も、<日本国憲法はまともな憲法ではないという認識を>というふうに改めていただければ、賛同することができる。問題は、p.63上段の半ば以降の叙述にある。
 渡部昇一は、「とにかく、まず一度、明治憲法に戻って今の憲法を廃止し、皆がつくった憲法を廃止する」、これが「筋の通ったやり方だ」とする。ここにもすでにその意味内容が分かりにくいところがあるが、決定的には、つぎの文章には唖然としてしまった。
 渡部はいう。日本国憲法を「廃止」すれば「大混乱に陥る」という反論があるかもしれないが、「新憲法のもとで一つ一つを変えていくまでは、現行憲法が効力を維持するとすればいいのです」。
 「現行憲法が効力を維持する」とはいったいいかなることを意味するのか。渡部は、新憲法のもとでの「法改正」が一つ一つできるまでは、「今までどおりでOKとすれば、何の混乱も生じない」とも書く。
 これまで、日本国憲法「無効」論は同「廃止(廃棄)」論と基本的趣旨は同じだと理解して、「無効」・「廃止」の宣言・確認の主体や手続に関する主張は非現実的だ、論理矛盾がある、等と指摘してきた。
 上の渡部昇一の主張からすると(渡部の諸文献での主張をここで網羅的に参照することはできないので、上記部分に限る)、この人の主張は日本国憲法「廃止」論であっても「無効」論ではない。なぜなら、「廃止」後の一定の時期までは日本国憲法は「効力を維持する」と明瞭に述べているからだ。
 小児に語るようなことだが、「効力を維持する」とは<無効ではない>、<有効である>ということを意味する。「有効」であるとは「効力をもつこと」、「効力を維持」していることを意味する。「効力を維持する」とは、「無効」とはしない、ということを意味しているのは明らかなことだ。
 では、渡部のいう日本国憲法の「廃止」とはいったい何のことなのか。
 通常、法律等の成文法の「廃止」とは、<効力を否定する>こと、<効力を失わせる(=失効させる)>こと、つまりは<効力がないことにする>=<無効とする>ことを意味するはずだ。
 日本国憲法を「廃止」はしても同憲法は「効力を維持する」とは、いったい何のことなのか? いったい、何が言いたいのか? これが唖然としてしまった点だ。渡部において、効力の有無とは無関係なものとして語られている「廃止」とは、いったい日本国憲法に対するいかなる働きかけのことを意味しているのだろうか。
 なるほど、違憲な法律、違憲の行為であっても効力は維持する、つまり無効ではない、とすることはありうる。国会議員選挙の違憲・無効訴訟の諸判決の中にも、このような論法を示すものがある。
 では、日本国憲法を<無効とする(無効を確認する)>のではないが、<廃止>する、とはいったいどういう論法なのだろうか。問題は法律や具体的行為の<合憲性・無効性>ではなく、日本国憲法を<廃止>するということの意味だ。
 明治憲法に違反すること、あるいは国際法(?)に違反することを「確認」することを意味するのだろうか。
 しかし、成文法の「廃止」とは上述のとおり<無効とする>=<効力を維持させない>ことを意味させるのが通常であるはずなので、渡部昇一における「廃止」は、新奇な意味をもたされていると理解するほかはない。そして、その意味はほとんど理解不可能だ。
 渡部昇一においても、概念の混乱・不明瞭さがある。「無効」を、制定時にさかのぼってではなく、<将来にむかってのみ>効力をなくするという意味で用いている「無効」論者にも、通常の意味での「無効」とは異なる「無効」概念の誤用があると思われるが、渡部は、日本国憲法が将来において「効力を維持する」ことを一定時期までは認めつつ、「廃止」を語っている。上の意味での「無効」論以上に意味不明だと言わざるをえない。
 先に留保したところだが、p.63の半ばでは、国会の承認を得ての「憲法草案」策定→政府による明治憲法に「帰る」ことの宣言=日本国憲法の「廃止」→新憲法の発布、という手続・過程が想定されている。
 この辺りもよく分からないことが多い。①「政府」とは何か、それが「内閣」のことだとすれば、日本国憲法の規定にもとづいて同憲法下の国会によって指名された内閣総理大臣とそれの任命した大臣によって構成される「内閣」=政府に、自らの生誕の母体ともいえる日本国憲法を「廃止」する権限・権能がそもそもあるのか、②明治憲法に「帰る」べきと主張しながら、天皇に何ら論及がないのはなぜか、新憲法を「発布」する権限は政府にあるかのごとき書き方だが(①のような問題がすでにあるが)、天皇陛下の少なくとも何らかの関与を明示的には認めていないのはなぜか、という疑問が容易に生じる。
 p.61-62あたりの叙述にも首を傾げる部分があるが、省略する。
 厳密にはとても採用できそうもない議論がごく少数の論者によってなされているならば、無視しておいてよいかもしれない。しかし、月刊正論の冒頭に置かれている渡部の論稿の少なくとも一部は、倉山満の日本国憲法「改正」=<恥の上塗り>論等とも共鳴しつつ、憲法「改正」運動を批判するもので、客観的には妨害する可能性がある。
 「保守」派意識の旺盛な人が、現憲法の制定過程の不正常さを知るのはよいが、そのことで(知ったかぶりをして?)<現憲法は無効>あるいは<現憲法はいったん廃止>と簡単に言ってしまうことがあるのを知っている。無駄な手続を要求することによって、またあえて<廃止>論や<無効>論を主張することによって、憲法「改正」を遅らせることがあってはならないだろう。現在の憲法「改正」運動の主軸は自民党内にあると見るほかなく、「美しい日本の憲法をつくる会」にあるのではない。そしてまだ決戦の火蓋は切られていない。自民党の船田元、保岡興治、磯崎陽輔
らは渡部昇一らの「観念的・原理的」議論の影響を受けていないようであることは、安心できることだ。

1280/倉山満は「憲法改正」を「恥の上塗り」等と批判する。

 〇 渡部昇一が日本国憲法無効論者であることはすでに触れてきたし、彼が依拠している書物のいくつかにもすでにこの欄で言及して批判してきた。
 あらためて、渡部の主張を、渡部・「戦後」混迷の時代に-日本の歴史7・戦後篇(ワック、2010)から引用して、確認しておこう。
 ・「…帝国憲法の改正を裁可し、ここにこれを公布せしめる」との昭和天皇の上諭は、連合国軍総司令部長官に「嘘を言わされた」ものだ(p.118)。
 ・日本政府は独立時に「日本国憲法を失効とし、普通の憲法の制定か、明治憲法に復帰を宣言し、それと同時に、その手続に基づき明治憲法の改正をしなければならなかった」。
 ・「…日本国憲法をずるずると崇め、またそれを改正していくということをすべきではないのである」。
 ・新憲法の中身は日本国憲法と同じでもいいが、「今の憲法は一度失効させなければならない」(以上、p.119)。
 ・日本国憲法96条の「改正条項だけで日本をあげて何年も議論している」のは「滑稽極まりない」(p.119-120)。
  <失効>させる方法(手続)・権限機関への言及は上にはない。ともあれ、渡部昇一が憲法「改正」反対論者であることは間違いない。彼が、美しい日本の憲法をつくる国民の会の「代表発起人」等の役員になっていないのは、上のような見解・主張からして当然のことだろう。
 〇 最近に名前を知った倉山満は、いかなる見解のもち主なのか。先月に、田久保忠衛が起草委員会委員長だった産経新聞社案「国民の憲法」に対するコメントをする中で、日本国憲法無効論の影響をうけているのではないかという疑問を記し、倉山満の考え方をつぎのように紹介した。勝谷誠彦=倉山満・がんばれ!瀕死の朝日新聞(アスペクト、2014)の中で語られている。
 「日本国憲法の廃止」を「本当にできるなら」それが一番よい。そして、それをするのは「天皇陛下」のみだ。議会には廃止権限はない。憲法を廃止するとすれば「一度天皇陛下に大政奉還するしかない」、「本来はそれが筋」。日本国憲法改正手続によって「帝国憲法を復活」することは「論理的には可能」だ。
 「論理的には」とか「本来は」とかの条件又は限定が付いていたし、その他の倉山の著を読んでいなかったので最終的なコメントは省略していたのだが、彼の見解をほぼ知ることができたと思うので、以下に紹介しつつ批判しておく。
 まず、上ですでに語られている「天皇陛下」による日本国憲法の「廃止」は、「政府」あるいは「国会」による<無効>・<失効>・<廃止>決議・宣言を主張する考え方に比べて目新しいし、少しはましなようにも思われる。しかし、残念ながら論理的にも現実的にも成立せず、かつ現実的にも可能であるとは言えない。
 倉山が「天皇陛下」という場合の天皇とは、日本国憲法を「公布せしめ」た、日本国憲法制定時(・明治憲法「改正」時)の昭和天皇であられるはずだ。自らの名において御璽とともに現憲法を「裁可」されたのは昭和天皇に他ならない。そして、その当時の「天皇陛下」である昭和天皇が、渡部昇一の言うように「嘘を言わされた」ものでご本意ではなかったとして、主権回復時に<無効>・<失効>・<廃止>の旨を宣言されることは論理的にはありえないわけではなかったと思われる。しかし、昭和天皇は薨去され、今上陛下が天皇位に就いておられる。今上陛下が(血統のゆえに?)昭和天皇とまったく同じ権能・立場を有しておられるかについては議論が必要だろう。また、今上天皇は天皇就位の際、明らかに「日本国憲法にのっとり」と明言されている(「日本国憲法に基づき」だったかもしれないが、意味は同じだ)。天皇位はたんに憲法上のものではない、憲法や法律とは無関係の歴史的・伝統的なものだという議論は十分に理解できる。しかし、今上天皇に、現憲法を<無効・失効・廃止>と宣言されるご意向はまったくない、と拝察される。渡部昇一は、あるいは倉山満も、今上天皇も<騙された>ままなのだ、と主張するのだろうか。
 さて、日本国憲法<無効>論者によると、現憲法に対する姿勢は、<無効>と見なすか、<有効>であることを前提とするかによって、まず大きく二分される。こちらの方が大きな対立だと見なされる。ついで、<有効>論の中に「改正」=改憲論と「改正反対」=護憲論の二つがあることになる。後者の二つは<有効>論の中での<内部対立>にすぎないことになる。倉山満は、どの立場なのか?
 倉山満・間違いだらけの憲法改正論議(イースト新書、2013.10)は、以下のように述べている。
 ・安倍晋三内閣の政治を支持するが、「憲法論だけは絶対に反対」だ。自民党の改憲案は「しょせんは日本国憲法の焼き直しにすぎない」のだから「戦後レジームそのもの」だ(p.239)。
 ・日本国憲法「無効」論は、「法理論的には、間違いなく…正しい」。これによると、日本国憲法を「唯々諾々と押し戴いていることが恥なら、その条文を改正することは恥の上塗り」だ(p.244)。
 ・講和条約発効時に「無効宣言をしておけば、なんの問題もなかった」のだが、:現在の国会議員や裁判官は現憲法のもとで選出されているので、(これらが)「いまさら無効を宣言しようにも自己否定になるだけ」だ(p.244-5)。
 ・「天皇陛下が王政復古の大号令を起こす」か、「国民が暴力革命」を起こして現憲法を「否定するしかなくなる」が、いずれも「現実的」ではない(p.245)。
 このように「法理論」と「現実」の狭間で揺れつつ?、倉山はつぎのように問題設定する。
 「本来なら無効の当用憲法〔日本国憲法〕を合法的に改正するにはどのような手続きが妥当なのか」。
 論の運びからするとしごくもっともな問題をこのように設定したのち、倉山は「本書での回答は、もう少しあと」で述べる、としている(p.245)。
 だが、「どのような手続きが妥当なのか」という問題に答えている部分は、いくら探しても見つからない。
 むしろ、「憲法改正」は現実には不可能だ旨の、つぎの叙述が目を惹く。
 ・護憲勢力が一定以上存在するので、「憲法改正は戦争や革命でも起こらないかぎり、不可能」だ。いまの状況で「憲法の条文だけ変えても、余計に悪くなるだけでしょう」。「死ぬまでに…憲法改正を見たい」と「実現不可能な夢を見ても労力のムダ」だ(p.259)。
 そして、つぎの三点を「憲法典の条文を変える」ために不可欠の重要なこと、憲法の条文より大事なこと、として指摘してこの書を終えている(p.260-2)。これらは「手続」というよりも、憲法についての<ものの見方>あるいは<重要論点>だ。すなわち、「憲法観の合意」、「憲法附属法」(の内容の整備-「憲法典の条文だけ変えても無意味」だ)、「憲法習律」(運用・憲法慣行)。
 上の三つは、第一のものを除けば憲法改正に直接の関係はない。むしろ、憲法改正をしないでよりマシな法状態を形成するための論点の提示にとどまると思われる。
 つぎに、倉山満・保守の心得(扶桑社新書、2014.03)は上の書よりも新しいもので、倉山が日本国憲法の「改正」を批判し、それを揶揄する立場にあることを明確に述べている。以下のとおりだ。
 ・「自民党案も産経新聞案も、戦後の敗戦体制をよしとするならばよくできた案」だが、「戦後七十年間の歴史・文化・伝統しか見ていない」という問題点をもつ(p.179)。
 ・「日本の歴史・文化・伝統に正しく則っているのは、日本国憲法ではなく大日本帝国憲法」だ。
 ・「私の立場」は、「改憲するならば、日本国憲法ではなく帝国憲法をベースにすべきだ」にある。
 ・「少なくとも、…〔日本国憲法という〕ゲテモノの手直しなど、何の意味があるのでしょうか」。「恥の上塗り」だ(以上、p.180)。
 上掲の2013年の書では「無効」論に立てば現憲法改正は「恥の上塗り」だとしていたが、ここでは明確に自らの見解として同旨のことを述べている。
 上のあと、「実際に生きた憲法を作る」ために必要なものと表現を変えて、先の著でも触れていた「憲法観の合意」・「憲法習律」・「憲法附属法」の三つを挙げて、前著よりは詳しく説明している。
 憲法改正との関係では、「憲法観の合意」のところで次のように主張しているのが注目される。
 ・「まず、日本国憲法を改正するという発想を捨てる」。「もう一度、帝国憲法がいかに成立したかを問い直す」。「これが出発点」だ。
 ・「強硬派は日本国憲法を破棄せよとか、無効宣言をしろという論者もいますが、実現不可能にして自己満足の言論」だ。
 ・護憲派が衆参両院のいずれかにつねに1/3以上いたが、「今後、それを変えられる可能性がどれくらいあるの」か。「マッカーサーの落書きを手直ししたようなものを作ったところで、何かいいことがあるの」か。
 ・「日本という国を考えて」制定されたのは「帝国憲法」だ。「なぜ国益を損なう日本国憲法をご丁寧に改正する必要があるの」か(以上、p.182-6)。
 以上で、倉山満という人物の考え方はほぼ明らかだろう。とはいえ、先に示した分類でいうと、この人の立場はいったいどこにあるのかという疑問が当然に生じる。
 上記の紹介・引用のとおり、単純な日本国憲法「無効」論ではない。では憲法改正を主張しているかと言うとそうではなく、「恥の上塗り」等として批判し、(客観的には)<揶揄・罵倒>している。そして、憲法改正は現実には不可能だとの諦念すら示す。かといって、現憲法護持派に立っているわけでもない。
 じつに奇妙な<ヌエ>的な見解だ。
 「強硬な」<無効・破棄>論は「実現不可能にして自己満足の言論」だと倉山は言っているが、では倉山のいう「憲法観の合意」は容易に達成できるのだろうか。日本国憲法の改正ではなく明治憲法の改正という発想から出発すべきだという主張は、それこそ「実現不可能にして自己満足」の議論ではないか。
 また、憲法改正は現実には不可能だと想定しているのは、憲法改正運動に水をかける<敗北主義>に陥っていると言わざるをえない。この人物は、この点でも、地道な「憲法改正」の努力をしたくないのであり、現在の最も重要だとも考えられる戦線から、最初から逃亡しているのだ。
 倉山満とは、護憲派が「左翼」から憲法改正運動に抵抗しているのに対して、「右翼」からそれを妨害しようとしている人物だ、といって過言ではない。
 読んでいないが、倉山は産経新聞の「正論」欄にも登場したことがあるらしい。そこで、上に紹介したような見解・主張を明確にはしていないとすれば、原稿依頼者の意向に添うことを意識した<二枚舌>のもち主だろう。
 むろん、倉山満の<気分>を理解できる部分は多々ある。しかし、その主張の現実的な役割・機能を考えると等閑視するわけにはいかない。<保守派>らしい、ということだけで、警戒を怠ることがあってはならない、と断言しておく。

1279/<左翼>愛好の「国家のゆらぎ」論を萱野稔人が批判。

 Think global, Act local というスローガンかモットーのようなものを読んだことがある。<グローバルに考え、ローカルに行動せよ(しよう)>ということだ。
 この二つにあえて反対する必要はないようにも見えるが、当然ながら、重大なことに気づく。
 グローバル・「世界」・「国際」・「地球」とローカル・「地域」との間の、<国家>がすっぱりと抜け落ちているのだ。
 上記は、ナショナルに考え、行動することは絶対にしたくないという、<左翼>の標語なのだろう。
 「国家」、そして「ナショナルなもの」をできるだけ無視したい、想起しないようにしたいというのは、遠い将来の<国家の死滅>を予言し最終目標とするコミュニズム・「共産主義」に親近的な者たちの考え方でもある。
 エンゲルスの著-家族・私有財産および国家の起源-は、コミュニストたちが廃棄したい三つのものを明確に記していた(この著の前にルソーは「家族」について実践していたが)。
 そういう人々は近年、<国家のゆらぎ>ということを語りたがる。それは一つは、単一の近代国家が統合へと向かう兆しによって生じており、EU(欧州連合)はその好例だとされる。日本近辺については、<東アジア共同体>なるものを目指すことを肯定的に語る者もいる。
 いま一つは、単一の国家内部で、「国家」と社会または民間の境が曖昧になりつつある現象として表れているとされる。国家の事務の範囲・役割が不明確になっていることを前提とする、公共事務の<民営化>も、そうした傾向の重要な一つだとされる。
 だが、<国家のゆらぎ>を積極的・肯定的に語りたがる者は、 「国家」・「ナショナルなもの」をできるだけ無視したい、想起しないようにしたい、<左翼>の学者や評論家たちだと思われる。
 萱野稔人は<保守派>だとは見なされていないようだが、「日本のリベラル派の言論人は国家のゆらぎということをすぐに論じたがるが…」という一文を含む文章を朝日新聞の2015.01.18朝刊に書いていて、その内容は納得できるものだ。
 萱野稔人は、「国家のゆらぎ? ゆらいでいるのは米の覇権」と題し、昨年のクリミヤ半島ロシア編入、「イスラム国」、スコットランド独立住民投票に言及したあと、「これまでの国家の枠組みをゆるがすようなできごとが相次いだ」が、「これらの動きを主権国家そのものの衰退ととらえることには無理がある」と断じる。そして、ウクライナ・イスラム世界での出来事は「国家そのもののゆらぎではなくて、米国の覇権のゆらぎである」とする。
 そのあと、さらに次のように述べる。
 「国家のゆらぎについてはこれまでも、グローバリゼーションによって国境の壁は低くなり、国家は衰退していくのではないか、ということがとりわけ日本では盛んにいわれた」。しかし、サッセンの近著はそうした見方を「表面的で稚拙な見方だと批判」し、「グローバリゼーションによって国家の主権は消滅するのではなく、新たな役割を担うだけだ」としており、ドゥルーズ=ガタリの近著も「資本主義と国家の関係を理論的に考察」しつつ「(資本が国家を)超えるとは、国家なしですませるという意味では決してない」ととしている。
 最後に、つぎの一文でまとめられる。
 「日本のリベラル派の言論人は国家のゆらぎということをすぐに論じたがるが、国家を正面から考えるためには、そもそもそういった発想自体が問い直されなくてはならない」。
 <国家のゆらぎ>を語りたがる日本の<左翼>学者等は、「表面的で稚拙な見方」を改め、その「発想自体」を問い直す必要がある。
 ところで、「日本のリベラル派の言論人」の言説を多数掲載してきたのは朝日新聞で、そのような者の書物を多く刊行しているのも朝日新聞出版だ。上の萱野の文章における批判的指摘は、朝日新聞に対しても向けられていると見るべきだろう。だが、朝日新聞は<事前検閲>をして掲載中止を求めることはしなかった(又はできなかった)。この寄稿の担当者は、どういう気分で読んだのだろうか。

1278/毛利透(京都大学)の憲法制定過程の日独の差異を無視する妄言。

 毛利透(京都大学・憲法専攻)が、昨年7月半ばに、共同か時事に配信された憲法改正に関する文章を、地域新聞に載せている(先に読売新聞と記したのは誤り)。そこに、つぎの、デタラメな文章がある。
 「ドイツ基本法も占領下で制定されたが、与野党が支持しており、『自主憲法でない』などと主張すると極右扱いされる」。
 この一文は、ドイツを模範として?、同じ占領下に制定された憲法であるにもかかわらず日本国憲法を「自主憲法でない」、「おしつけ憲法」だと(与党が?)主張するのはとんでもない「極右」だ、という意味を込めている、ということは間違いない、とみられる。
 上の一文のうち「占領下で制定された」という点で西ドイツ憲法(いわゆるボン基本法)と日本国憲法には共通性があるという指摘のみは誤っていないが、あとは、ドイツと日本の各新憲法の制定過程や位置づけの差異を全く無視したもので、こんな一文をもって日本の改憲派・憲法改正の主張を揶揄したいという、卑劣で下司な心情・意識にもとづいている、と断じてよい。
 第一。日本国憲法は<ほぼ押しつけ(られた)憲法>だと先日にも書いたが、西ドイツ憲法(現在は統一ドイツの憲法)は<ほぼ自主憲法>だ、と言える。この違いを毛利は無視している。
 毛利と同じく憲法護持派の「活動家」学者・水島朝穂は自らのウェブサイト上で、以下のように記している(本日現在で読める)。長いが、できるだけそのまま引用する。
 「連邦道9号線沿いにあるこの建物〔アレクサンダー王博物館〕で、1948年9月1日、基本法制定会議(議会評議会)が開会された。その2週間前、バイエルン州の景勝地ヘレンキームゼー城で専門家の会議が開かれ、憲法草案がまとめられた。そこでは、先行するドイツの諸憲法(とくにフランクフルト憲法とヴァイマール憲法)のほか、諸外国の憲法、とくに米英仏とスイスの憲法が参考にされた。たとえば、基本権関係では、外国憲法だけでなく、国連の世界人権宣言草案も影響を与えた(とくに前文、婚姻や家族、一般的行為の自由、人身の自由)。また、集会の自由はスイス憲法がモデル。連邦憲法裁判所はアメリカ最高裁が参考にされた。ただ、全体として、特定の憲法がモデルになるということはなかった(〔文献略-秋月〕)。特筆されるべきは、ドイツを分割占領した米英仏占領軍の影響である。3カ国軍政長官は、3本のメモランダムや個々の声明などを通じて直接・間接に制定過程に介入。たとえば、48年11月22日の「メモランダム」は、二院制の採用、執行権(とくに緊急権限)の制限、官吏の脱政治化など、内容に踏み込む細かな指示を8点にもわたって行っていた。その干渉ぶりは、米占領地区軍政長官クレイ大将に対して、米国務省はもっと柔軟に対応すべきだとクレームをつけるほどだった。/約8カ月の審議を経て基本法が可決されたのは、49年5月8日。日曜日にもかかわらず、この日午後3時16分に会議は開始された。賛成53、反対12(共産党と地方政党)で可決されたのは午後11時55分。日付が変わるわずか5分前だった。〔一文略-秋月〕 5月12日、3カ国の軍政長官たちは、基本法制定会議の代表団と州首相に対して、基本法を承認する文書を手渡したが、この段階に至ってもなお、個々の条文を列挙して条件を付けた。5月21日までに、基本法はすべての州議会で審議され、バイエルン州を除くすべての州で承認された。このような状況下で制定された基本法を『押しつけ憲法』と見るか。当初はそういう議論もあったが、50年の歴史のなかで『押しつけ』といった議論はほとんどない。実際、軍政長官の影響は、財政制度、競合的立法権限、ベルリンの地位などに絞られ、全体として基本法制定会議で自主的に決定されたと評価されている。占領下の厳しい状況のなかでアデナウアーらは、占領軍の顔をたてつつ、したたかに実をとっていくギリギリの努力をした。その結果生まれた基本法は、その後の世界の憲法に重要な影響を与えるとともに、憲法学の分野で必ず参照される重要憲法の一つとなった」。
 以上のとおり、水島の叙述を信頼するかぎりは、その制定過程において米英仏占領軍・同軍政長官の介入・関与はあったようだが、「全体として基本法制定会議で自主的に決定されたと評価されている」。「自主憲法でない」という見解がもともとごく少数派なのであり、日本と同一でない。
 なぜ「自主憲法でない」という見解がもともとごく少数派なのか。それは、ドイツ憲法の制定過程が日本国憲法のそれに比べれば、はるかに<自主的>だからだ。
 上の水島の文章でも触れられているが、名雪健二・ドイツ憲法入門(八千代出版、2008)および初宿正典「ドイツ連邦共和国基本法/解説」初宿・辻村みよ子編・新/解説世界憲法集-第3版(三省堂、2014)によって、あらためて記述しておこう。
 ・ソ連占領区域を除く英米仏占領地域(西ドイツ)について憲法制定をすることを三国が合意したのが、1948.06.07のロンドン協定。
 ・当時の上の地域の各州(ラント)の首相は主権未回復の状況では正規の「憲法制定会議」設立は適切でないと判断して、各ラントの代表者から成る「議会評議会(・基本法制定会議)」をボンで開催することを決定。これが、1948.07.08-10のコブレンツ会議。
 ・各ラント議会によって「基本法制定会議」議員が選挙されたのが、上につづく1948.08。
 ・各ラントの首相により「専門委員会」が設立され(むろん全員ドイツ人)、これがオーストリア国境に近い湖上の島・キーム・ゼー内のヘレン島で「基本法」(憲法)の草案を議論して起草。1948.08.10-23だ。これが<ヘレンキームゼー草案>とも呼ばれて、のちのボンの「基本法制定会議」の審議の基礎になった。
 ・「基本法制定会議」は70人(むろんドイツ人)の各ラント代表者によって1948.09.01から討議を開始。議長はコンラッド・アデナウワー。
 ・1949.05.08に53対12で「基本法制定会議」が「基本法」(憲法)を採択。さらに1949.05.22までにバイエルンを除く各ラント議会の採択により成立。翌05.23に公布。その翌日、1949.05.24に施行。
 上の経緯のうち、2週間のドイツ人専門家から成る<ヘレンキームゼー草案>の審議が基礎となって「基本法」(憲法)が採択され、公布・施行されたということが重要だろう。なお、基本法(憲法)施行後の1949.08.14に新憲法上の国家機関である連邦議会の議員選挙、09.07に連邦議会と連邦参議院発足、09.12に初代大統領ホイスを選出、09.15に初代首相アデナウワー選出、09.20に同内閣発足。
 日本国憲法の制定過程にはここでは立ち入らない(すでに何度か言及したことがある)。GHQによって条文から成る草案そのものが政府に手交されたのであり、上に見たドイツとは大きく異なる、と言ってよい。また、<憲法制定議会>と称してもよいかもしれない、<明治憲法改正>のための衆議院の議員選挙に際してGHQの改憲案は正確には知られておらず(民意は反映されておらず)、かつ<GHQの圧力>のもとでの衆議院の<改正>の議論は決して<全体として自主的に>になされたとは言い難い、と考えられる。
 第二。上でもすでに触れているが、西ドイツ憲法(基本法)の施行は同時に西ドイツ・ドイツ連邦共和国という新しい国家の成立・発足をも意味している。西ドイツ発足は1949.05.23とされるが、それは西ドイツ憲法(基本法)の公布日であり、同法は1949.05.24の午前0時0分の施行だった。
 この点でも、日本国憲法と大きく異なる。日本国憲法施行後も占領は継続し、新憲法上は禁止されているはずの「検閲」がGHQにより行われるなど、<超憲法>的権力が日本にはなお存続した。
 このような大きな違いがあるにもかかわらず、たんに「同じ占領下に制定された憲法」というだけで、西ドイツ憲法に関するドイツでの議論が日本にもあてはまるかのごとき毛利透の言説は、きわめて悪質だ、毛利透(京都大学)は恥ずかしいと思わないか? 詳細を知らない新聞読者に対して、日本の改憲派の主張の一部にある「押しつけ憲法」論がさも異様であるかのごときデタラメを書くな、と言いたい。

1277/山際澄夫が産経新聞に注文-月刊WiLL3月号。

 〇 山際澄夫が産経新聞を批判している、または産経新聞に注文をつけている。月刊WiLL3月号(ワック)の山際「朝日と産経"角度"のつけ方」だ(p.98-)。第一次的には朝日批判の文章の中で、山際は次のように産経にも論及する。
 ・「産経新聞にも朝日新聞に劣らず角度のついた記事が多い」。産経新聞のOBで産経を購読していない者が言うには、「読まなくても何を書いているのか分かる」、「民主党を叩くのはいいのだが、記者の思いが前面に出過ぎてニュースなのか、記者の主張なのかが分からないこともある」。
 ・産経新聞を称賛して余りあるが、「報道が単色」との批判もある。例えば、「安倍政権について批判的なニュースはほとんどない」。
 ・自民党は選挙公約から竹島の日式典政府主催等を削り、安倍首相は一昨年末以降靖国参拝をせず、村山談話・河野談話を継承するとしている。これらに自民「党内や支持層に動揺や批判はないのだろうか。批判がないとしたらそれはなぜなのか」。産経新聞にはこうした疑問に答える記事がほとんどない。
 ・「安倍政権を支持することとキチンと批判することは、別なはずだ」。
 ・産経新聞の経営体質は「古くて弱い」。フジテレビの支援が不可欠らしいし、幹部が政治部出身者で固められているのも「どうかと思う」。誤報についての責任のとり方も、威張れたものではないことがある。
 山際澄夫のような<保守派>論客が<保守派>産経新聞について上のように書くのは、けっこう勇気のいることだと推察される。但し、その内容には同感する点が多い。私自身、2007年参議院選挙前に朝日新聞等による内閣打倒・安倍バッシングのキャンペーンが始まるまでは、アメリカでの「慰安婦」決議等々に対する第一次安倍内閣の姿勢・不作為について、この欄で疑問を書いたことがある。
 私も安倍政権を支持し、久しぶりに宰相らしい首相が日本にも出てきたと感じているが、山際の言うように「安倍政権を支持することとキチンと批判することは、別なはずだ」。安倍政権のしていることを100%支持し賛同しないと<保守派>ではない、とでもいうような<教条主義>に陥ってはいけない。<反共>は当然に「自由」を尊重する。個々の「自由」を圧殺するような雰囲気を作ることは<反共>(=「自由封殺」の<共産主義>に断固として反対すること)の考え方とは相容れないものだ。
 〇 上に指摘されているような、「安倍政権について批判的」な記事がほとんどないこと、安倍政権擁護ぶりは、産経新聞社刊の月刊正論にもあると見られる。例えば、月刊正論1月号(産経)の末尾には、次のような読者の「編集者へ」の意見と編集部の「編集者から」と題する回答?(コメント)がある(p.366-7)。
 ・読者の意見-産経新聞を読んで安倍政権が河野談話を撤回しないのはアメリカに遠慮しているためだと分かった。米国への遠慮は「歴史修正主義」と受け止められることを怖れてのことらしい。それでも、疑問が残る。撤回はなぜ「歴史修正」なのか。さらに、「歴史修正主義」と見られないように取り繕うことは正しい姿勢か。「歴史修正主義」でないように装うことは「戦後レジームからの脱却」の大義を放擲することで、安倍政権の自己否定ではないか。
 これは編集部に回答を求める性質のものではないとも思われるが、編集部はあえて次のように書いて「説得」?している。編集部の誰が書いているかは不明だが、編集長・小島新一は了承しているのだろう。
 ・編集部の見解-歴史観の修正の必要はそのとおりだが、欧米各国から「歴史修正主義者」と見なされることは「避けなければならないということは強調させて下さい」。「歴史修正主義者」とはたんに歴史の修正意図者ではなく「ナチスやその種の思想や行動を肯定しようとする者という語感を持つ言葉だそうです」。日本の指導者がそのような者だと受取れられれば日本は国際社会から敵視され孤立する。「国際社会が欧米中心の秩序で成り立っている限り」、その中でどう誤解を解くのかを考えざるを得ない。以上。
 あらためて書けば、上の読者の意見はもっともだ。これに対して、まるで安倍内閣を代表して、いや「代わって」回答しているかのごとき編集部の文章の方に疑問が多い。
 まず、「歴史修正主義」なるものの意味について、読者-「先の大戦を『ファシズムと民主主義の戦い』ととらえ、大戦の責任を全て日本に負わせ、日韓合邦も朝鮮への不当な支配とみなす歴史認識」、編集部-「ナチスやその種の思想や行動を肯定しようとする者という語感を持つ言葉」、という違いがある。この語の意味をまともに考えたことはないが、編集部が「だそうです」などと曖昧に述べているかなり狭い意味での捉え方よりも、読者の理解の方が的確だと思われる。後者<前者、という関係になるだろう。また、フランス革命を従来のように美化せず、問題も多かったことを認める考え方がそのフランスでも出てきていて「歴史修正主義」というらしいと何かで読んだが、そこでの「歴史修正主義」はナチスとはむろん関係がない。基本的に言って、これまでの通説的または支配的な<欧米近代>を起点・中心とする歴史観を疑うのが「歴史修正主義」で、どちらが適切かは今後数十年後か100年後には変化している可能性がある、と思う。月刊正論編集部は、安倍政権を擁護したいあまり、不正確な、又は狭すぎる「歴史修正主義」の理解を持ち出しているのではないか。
 編集部の最後の文章は、その卑屈さに驚く。「国際社会が欧米中心の秩序で成り立っている」ので、じっと我慢せよ、と言いたいかの如くだ。
 争点は、河野談話を撤回すべきか否かだ。産経新聞をきちんと読んではいないが、上記のようなやりとりがあることからすると、産経新聞は河野談話を撤回せよ、と主張してはいないようだ。月刊正論編集部によれば、それは安倍内閣が「歴史修正主義」に立っていないことを示すためのようだが、さほどに大袈裟な問題ではないだろう。言うまでもなく「慰安婦」問題に関する談話なのであり、先の大戦全体の認識・評価に直接は関係がない。すなわち、「歴史修正主義」に立たなくとも、河野談話を否定・撤回することができる(そうはいかず、深刻なのは村山談話だ)。
 具体的な問題は、とくにアメリカとの関係で(韓国や中国とも関係はするが)どのような<外交>戦術をとるべきか、だ。ここで、中西輝政の言う<保守原理主義>か<戦略的現実主義>のいずれを、この案件について、とるべきか、の問題が生じるのかもしれない。この観点から、後者に立って安倍政権を擁護するならばまだよいが、「歴史修正主義」や「欧米中心の秩序」を持ち出して擁護するのは、安倍晋三首相の本意ともおそらくは違っているように考えられる。
 <保守派>の代表らしき月刊雑誌の編集者が(いや、代表は月刊WiLLに変わっただろうか)上のようなことを書いて、それ自体はまともだと考えられる読者の意見を<切り捨て>、<説教>しているのは、多少は情けなく感じてしまう。

1276/田久保忠衛・憲法改正最後のチャンス(並木)を読む-4。

 〇 現憲法九条について、その1項と2項とを分けて論じることは、決して「左翼」憲法学者の解釈ではない。彼らはむしろ、1項によって自衛(防衛)戦争を含むすべての戦争が「放棄」されていると読みたいかもしれない。学者ではなく、吉永小百合を含む「左翼」一般国民は、九条1項ですべての戦争が放棄され、2項はそれを前提にして確認的に具体化した規定であると漠然と理解している可能性が高い。
 <保守派>憲法学者である百地章は、2013年参院選直前の産経新聞7/19の「正論」欄で「『憲法改正』託せる人物を選ぼう」と題して、次のように述べていた(この欄の2013.07.20で既述)。
 「9条2項の改正だが、新聞やテレビのほとんどの世論調査では、『9条の改正』に賛成か反対かを尋ねており、『9条1項の平和主義は維持したうえで2項を改正し軍隊を保持すること』の是非を聞こうとはしない。なぜこれを問わないのか。」 
 このとおり、<9条1項の平和主義は維持したうえで2項を改正し軍隊を保持すること>を提言することは、<保守>派の者であっても何ら奇異なことではない。産経新聞社案「国民の憲法」とその解説は、むしろ異質で少数派に属するかもしれない。
 ここで再び不思議なことに気づく。百地章は田久保忠衛とともに産経新聞案「国民の憲法」の起草委員の一人なのだが、何と前回に言及した「美しい日本の憲法をつくる国民の会」の<幹事長>でもあるのだ(ウェブサイト、本日現在で同じ)。
 ということは、「美しい日本の憲法をつくる国民の会」の共同代表の一人と幹事長は、産経新聞社案起草の際は現九条1項を含めて九条を全面的に改めることに同意していたが、「美しい日本の憲法をつくる国民の会」の共同代表と幹事長としては、九条1項の「平和主義」は堅持する考えであることになる。きわめて奇妙で不思議だ。
 合理的に考えられるのは、産経新聞社案起草の際と上記の「国民の会」設立の際とでは考え方を変えた、ということだろうが、憲法改正論上の重要な論点についてこのように簡単に?基本的考え方を変えてよいのか、そして、そのような方々を信頼してよいのか、とすら感じてしまう。田久保忠衛は2014年10月30日刊行(奥付による)の本でも産経新聞社案と同じ考え方であることをその理由も挙げて積極的に記している。「美しい日本の憲法をつくる国民の会」の設立は、2014年10月01日だ。はて??
 なお、憲法学者の西修(駒沢大名誉教授)も、5人の産経新聞案「国民の憲法」の起草委員の一人であるとともに、上記「国民の会」の<代表発起人>だ。
 〇 上の問題はこのくらいにして、「前文」に移る。既述のように、田久保忠衛はその著で憲法の具体的内容については、前文・天皇条項・九条にしか触れていない。国会についても、衆議院と内閣の関係についての衆議院「解散権」の所在・要件についても、「地方自治」等々々についても、むろん「人権」または国民の権利・義務条項についても論じられるべき点は多いにもかかわらず、上の三論点あたりに関心を集中させてきたのが<保守派>の憲法改正論の特徴だ。田久保が触れていない問題については、別のテーマとして扱ってみたい。
 さて、田久保は縷々述べたのちに、現在の前文を産経新聞社案「国民の憲法」のそれに「一日も早く…差し替えたい」としている(p.107)。
 感想の第一は、そもそも憲法の前文とはいかなる法的性質をもつのか、に関する議論が必要だ、ということだ。産経新聞社・国民の憲法(産経)を見ないままで書くが、現日本国憲法のような長い前文をもつ憲法は世界でもむしろ少ないように思われる。あっても、制定の経緯のほかは基本的原理・理念をごく簡単に述べているにとどまるようだ。
 現憲法前文が日本の「国柄」に合わないこと、これを改めてしっかりと日本の「国柄」を書き込みたいという気持ちは理解できるし、あえて反対はしない。しかし、もともと前文とは本文(の個々の条文)のような法規範的意味は持たず、個々の条項の解釈に際して「参照」または「(間接的に)援用」されるものにすぎないと考えられる。
 したがって、過大なエネルギーを割くほどのものではないし、文章内容について激しい議論・対立が生じるようであれば、いっそ現在のものを削除して、新しい前文は改正(「新」憲法の制定でもよい)の経緯を記録として残す程度にして、内容的なものはいっさい省略する、というのも一つの考えだと思われる。
 むろん、日本の「国柄」を示す10ほどの文からなる文章について、容易に合意が成立し、過半数国民も理解し、納得できるならばそれでもよい。あえて反対はしないし、する必要もない。
 第二の感想は、田久保が「差し替えたい」と望んでいる新前文の内容について、上のような合意・納得が得られるのだろうかという疑問が生じる、ということだ。
 例えば、「国家の目標として独立自存の道義国家を目指す」というが、「道義国家」とは何か。ほとんど聴いた又は読んだことがない「国家」概念だ。むろん、「道義」をもつ国家であろうとすることに反対はしないが、「国家の目標」として憲法前文に書き込むほどのことなのだろうか。
 上のことよりも、より疑問をもち、問題を感じたのは、「道義国家」文の一つ前の「日本国は自由主義、民主主義に立脚して基本的人権を尊重し…」というくだりだ。
 櫻井よしこの週刊新潮1/29号の連載コラムには最後に、「自由、民主主義、法治という人類普遍の価値観」を肯定的に語っている文章がある。
 安倍晋三首相も同じまたは類似の発言をしばしばし行っていて、本心で又は心底からそう思ってなのか、対中国(・北朝鮮等)を意識して欧米(かつての西側)むけに<戦略的に>言っているのか、と訝しく思っている。
 「日本国は自由主義、民主主に義に立脚」するという場合の「自由主義、民主主義」とはいったい何を意味しているのだろうか。櫻井よしこが言うように「人類普遍の価値観」なのだろうか。アフリカ・イスラム圏を含む「人類普遍の価値観」だとは到底思えない。これらは近代西欧に由来する<イデオロギー>で、日本ではそのままでは採用できず、そのままでは定着することはない、と考えている。こんなに簡単に前文の中に取り込むためには、その意味等々について相当の議論が必要だと思われる。
 とくに「民主主義」は、日本共産党を含む「左翼」の標語であり、そのうちに(人民民主主義・プロレタリア民主主義という「独裁」の一形態を経ての)「社会主義」・「共産主義」というイデオロギーを胚胎している、と私は理解している。
 私どころか、有力な<保守派>論客も、「民主主義」の危険性を説いてきた。
 長谷川三千子・民主主義とは何なのか(文春新書、2001)のある長谷川は、最近の長谷川=倉山満・本当は怖ろしい日本国憲法(ビジネス社、2013)の中でも、民主主義・「国民主権」の<怖ろしさ>を語っており(p.34-48など)、倉山満は、「長谷川先生は『平和主義』『人権主義』『民主主義』というのは、そもそも怖いものだということを力説しています」とまとめてもいる(p.155)。
 長谷川三千子は産経新聞社憲法案とは無関係のようだが、上記、「美しい日本の憲法をつくる国民の会」の「代表発起人」の一人ではある。長谷川が上記の「日本国は自由主義、民主主義に立脚して基本的人権を尊重し…」という部分に容易に賛同するとは考え難い。
 自民党憲法改正草案はいわゆる<天賦人権論>に立つと言ってよい現憲法97条を削除することとしており、産経新聞社案も同様のはずなのだが、そこでなおも語られる「人権」・「権利」ではない<基本的人権>とは何のことなのか、近代西欧的<天賦人権論>が付着した、それと無関係に語ることはできないものなのではないか、という問題もある。
 田久保忠衛の推奨する産経新聞社案の前文が<保守派>のそれだとすれば、私はきっと<超保守的>であるに違いない。<戦略的に>?「自由主義、民主主義」等を語ることも考えられるが、真意ではない文章を掲げるくらいならば、いっさい省略してしまう方がよい、と思う。
 というようなわけで、田久保のせっかくの長い叙述にかかわらず、「国柄」を書く文章はむつかしい、と感じざるをえない。
 フランスのように自由・平等・博愛(友愛)をなおも理念として前文に書いたり(1958年第五共和国憲法)、ドイツ憲法(ボン基本法)のように「ドイツ連邦共和国は民主主義的かつ社会的な連邦国家である」という明文条項をもつ国家はうらやましいものだ。「国柄」をどう表現するかについて、過半の日本国民に一致はあるのだろうか、合意は得られるのだろうか。

1275/田久保忠衛・憲法改正最後のチャンス(並木)を読む-3。

 田久保忠衛・憲法改正、最後のチャンスを逃すな!(並木書房、2014.10)は、筆者の、「体系的」憲法論ではなく、「体感的な」憲法論だとされているので(p.252)、国際政治が専門らしい田久保に専門的な憲法論を期待するのは無理かもしれない。しかし、表紙裏の経歴には「産経新聞『国民の憲法』起草委員会委員長」と明記されているのだから、産経新聞案「国民の憲法」に関する(委員長個人としてであれ)、産経新聞社の本にはない説明または解説がある程度詳しくはあるものと期待しても不思議ではないだろう。
 また、今年に入って気づいたことだが、田久保忠衛は「美しい日本の憲法をつくる国民の会」の共同代表の一人(あとの二人は櫻井よしこ、三好達)だ。この団体は2014.10.01に設立されたようで、同日に設立宣言を発表している(同会のウェブサイトによる)。そして、たんにこういう名称の会の設立だけだと、さっそく「美しい日本の憲法」の具体的内容は何かと問いたくなるが、同会はQ&Aのかたちで、条文案ではないものの、目指す憲法の骨子を7点に整理しまとめたものを公表している。
 そうすると、時期的には田久保の上掲書は上の会の設立前に書かれてはいるが、一年も前ではない直前の時期に書かれていると推測されるので、同著は「美しい日本の憲法をつくる国民の会」の代表(の一人)が書いたものだ、という<権威>をもってしかるべきことになるだろう。
 だが、期待しもした産経新聞社案「国民の憲法」のより詳しい説明はほとんどないし、「美しい日本の憲法をつくる国民の会」が公表している7つの骨子の過半についてはまったく触れるところがない。
 しかも、一方では起草委員会の委員長を、片方では共同代表を努めながら、両者が提言する憲法案の具体的内容には<一致していない>、<矛盾する>部分がある。これはきわめて奇異なことだ。
 矛盾しているとほぼ明らかに言えそうなのは、九条についてだ。産経新聞案「国民の憲法」と田久保の上掲書は矛盾してはいないが、田久保の上掲書の九条(およびその改正案)に関する叙述と「美しい日本の憲法をつくる国民の会」公表の改正案骨子は矛盾している。
 先に「美しい日本の憲法」案の方から紹介すると、第三の柱として「九条…平和条項とともに自衛隊の規定を明記しよう」との見出しが掲げられ、その第三文では、こう書かれている(ウェブサイトのそれとまったく同一文ではない同会のパンフレットによる。ウェブ上では以下の「軍隊」は「国軍」になっている)。
 9条1項の平和主義を堅持するとともに、9条2項を改正して、自衛隊の軍隊としての位置づけを明確にします」。
 すでに書いたことだが、このような文章の考え方にもとづく改正案づくりと憲法改正(おそらくは1項の基本的な維持と現2項の削除、そして自衛隊を正規に「軍隊」と位置づける条項の新設)に私は賛同する。
 だが、田久保忠衛が起草委員会委員長だった産経新聞社案「国民の憲法」は、このような考え方に立っていないことはすでに記したとおりだ。
 自民党草案も読売新聞社試案も現9条1項は基本的に維持することとしているのだが(また、北岡伸一も、1項の平和主義は維持し2項の戦力不保持は改正しようとする意見を無視して、朝日新聞は一括して改憲論>九条改正論=「平和」主義・「平和憲法」否定というデマを撒き散らしている旨を述べて朝日新聞を批判していたが)、くり返せば、産経新聞社・国民の憲法(産経、2013)は、自民党草案について、つぎのように書いていた。
 <自民党草案は1項に「自衛権の発動を妨げるものではない」を追記して「工夫を重ねている」が、「主権の行使に制限を課している条文をそのままにしている意味では不徹底で不完全だ」>(p.140)。
 そして、現9条1項の断片のみを残した「平和」希求と国際紛争の「平和的解決」を志向する新たな条文を作り、別の条文で、「軍を保持する」ことを明記することとしている(同案15条・16条)。
 「美しい日本の憲法」案が「9条1項の平和主義を堅持する」と記しているのは現1項の条文を基本的に維持するとの趣旨ではなく、この産経新聞案「国民の憲法」のような書きぶりでも「平和主義」の堅持にあたる、という可能性がないではない。
 しかし、「美しい日本の憲法」案の文章が続けて「9条2項を改正して、自衛隊の軍隊としての位置づけを明確にします」と書いていることからすると、9条1項は(基本的に)改正しないという趣旨だと解釈するのが自然で、やはり、、「美しい日本の憲法」案と産経新聞社案「国民の憲法」は異なる、と理解することができるものと思われる。
 そして、田久保忠衛の上掲書は、現9条1項は基本的にであれ維持することはしないという考え方を明確に語っている。つぎのとおりだ(p.172-5)。
 <当初は九条1項はそのまま残す説に賛成だったが、森本敏の次の指摘(森本ら・国防軍とは何か(幻冬舎ネネッサンス新書)に「まったく同感」して、産経新聞社案では「現行憲法第九条第一項を含めて全面的に改める」ことした。>
 森本の指摘とは、①第一項があると、「国連決議にもとづく集団安全保障に参加できなくなる」、②第一項があると、「多国籍軍」に入っているアメリカ軍が攻撃された場合に「集団的自衛権の行使」ができなくなる、をいう。
 要約したし、もとの森本の発言内容を読んではいない。また、私自身の知識と勉強の不足かもしれないが、これらの理由が当たっているのかは理解困難だ。だが、<集団的自衛権>の行使は現憲法のままでも行使可能と閣議決定されたところであるし、「国連決議にもとづく集団安全保障」措置への参加の許容性については現憲法は何も語ってはいないのではないのだろうか。また、正規に認知された軍ができたとすれぱ直ちに「国連決議にもとづく集団安全保障」措置に参加できるというものではなく、法律(+条約?)による正当化が必要だろう。
 この問題には立ち入らない。ともかくも、現九条1項も「改め」る見解である旨を田久保忠衛は上掲書で明確に述べている。しかるに、共同代表を務める会の「美しい日本の憲法」案はどうも現九条1項は「堅持」するつもりのようだ。
 これは明らかに矛盾で、田久保は上掲書の考え方に立つのであれば、「美しい日本の憲法」案の内容に反対するのが論理的な筋のはずだ。にもかかわらず、「美しい日本の憲法をつくる国民の会」による公表後に、それと異なる見解を明らかにしている書物を公にしているのは、奇異・奇妙だと言う他はない。
 もともと、p.110以下の叙述を読んでいても、現九条に関する田久保の理解の仕方には疑問が生じるところである。例えば、「芦田修正案は政府の見解ではない」という理解はそのとおりだが、「戦力」ではない「必要最小限度の実力の行使」による相手国兵力の殺傷及び破壊等を行うことは「交戦権の行使」としてのそれとは「別の観念」という政府答弁は「何を意味するのかよくわからない」と書いている(p.113-4)。しかし、私にはよく分かる。現憲法の政府解釈によるかぎりは、自衛権はあり、そのための実力行使は「交戦」ではない(実力行使組織=自衛隊は「軍その他の戦力」ではない)、ということになる。
 憲法学上の「多数説」に従って私は記してきているのだが(最近にあらためて憲法学文献で確かめておいた)、諸説が成り立つものの、1項は自衛権を否定するものではなく<自衛のための軍>設置・「自衛戦争」を否定するものでもない。しかし、2項が一般に「軍その他の戦力」の保持等を否認している結果として、「自衛」目的であれ「軍」は保持できず「戦争」もできない。但し、「自衛」のための「必要最小限度の実力の行使」は可能であり、そのための組織の保持も許容される。このような、政府解釈も基本的に拠っていると思われる(むろん、但し以降は相当に苦しい)論理構造くらいは、民間団体とはいえ、憲法改正案起草委員会の委員長や新憲法制定運動団体の共同代表の方には、理解しておいていただきたいものだ。

1274/田久保忠衛・憲法改正最後のチャンス(並木)を読む-2。

 〇 田久保忠衛・憲法改正、最後のチャンスを逃すな!(並木書房)は、憲法改正の具体的内容については、①前文、②天皇条項、③九条に触れているにとどまる。また、これらに限っても、起草委員会委員長を務めた産経新聞社案「国民の憲法」はいかなる理由で自民党草案と異なっているのかについての詳しい説明があるわけではない。
 つぎに、改正の優先順位は、上の三点を優先的に考えているのだろうとは推測できるが、その中での順位・重要性の程度に言及してはいない。
 また、いかにして国会内に「憲法改正」発議に必要な勢力を作るか、有権者国民の過半数の支持を得るにはどうすればよいか、についての戦略・戦術についても、言及するところがない。
 したがって、田久保忠衛を<改憲派>の代表的論者だと見るかぎりは、先日1/05に述べた<憲法改正に関する保守派の怠惰>という感想を変更する必要はなさそうだ。このような感想を書いてしまったがゆえに、もっと正確に田久保忠衛の主張を知っておこうと上掲書を読んだのだったが、印象は変わらない。
 〇 「憲法改正」に関する議論のあり方については、2013年につぎの三つの文章をこの欄で肯定的に引用した(その前にもあるかもしれないが、自らの投稿ながら、探索を省略する)。
 2013.08.11-中西輝政「いっさいの抵抗を排して憲法九条の改正に邁進することである。…もし九条改正の妨げとなるならば、『歴史認識』問題をも当面、棚上げにする勇気をもたなければならない。」(中西「憲法改正で歴史問題を終結させよ-アジアの勢力均衡と平和を取り戻す最後の時が来た」(月刊ボイス2013年7月号(PHP))。
 2013.08.12-遠藤浩一「多くの人が憲法改正(ないし自主憲法制定)の大事さを説きますが、現実の政治プロセスの中でそれを実現するにはどうすればいいのか、どうすべきかについてはあまり語りません。多数派の形成なくして戦後体制を打ち破ることはできないという冷厳なる事実を直視すること、そして現実の前で身を竦ませるのではなく、それを乗り越える戦略が必要だと思います」(遠藤発言・撃論シリ-ズ/大手メディアが報じない参議院選挙の真相(2013.08、オ-クラ出版))。
 2013.10.11-中西輝政「これまでの日本の保守陣営が、原理主義ではなく、戦略的現実主義に基づいてもっと賢明に対処していれば、ここまで事態は悪くならなかった」。「原理主義」によって「妥協するならお前は異端だ」という「神学論争的な色彩を帯びてしまったのが、日本の保守の悲劇」だ。「一歩でも前進することの大切さ」を知ることが「いま日本の保守陣営に求められている」。「玉と砕け散ることが一番美しい」という「古い破滅主義的美学に酔いしれることから早く脱」するべきだ(中西「情報戦/勝利の方程式」歴史通2013年11月号(ワック))。
 ここでは、中西輝政の、上の二つの文章、すなわち併せて読めば、<憲法九条の改正のためには「歴史認識」問題も棚上げすべきで、保守「原理主義」ではなく、「戦略的現実主義」に立つべきだ>ということになると考えられる見解に注目したい。
 いわゆる「慰安婦」問題、南京「大虐殺」事件問題、「百人斬り競争」問題、沖縄「集団自決」命令問題等々、<歴史戦>とも産経新聞が呼んでいる<歴史認識>問題がある。またそもそもより基本的には、先の戦争をどう認識し評価するかという問題もある。この、先の大戦・戦争の認識・評価の問題について、田久保忠衛は一定の叙述をしているので、別の機会に触れる。その他、占領期のアメリカをどう評価するかや、「日本国憲法」の制定過程の認識とその評価もまた、<歴史認識>の問題に他ならない。だが、個々人のこれらについての「歴史認識」がどうであろうと、それが「憲法改正」の問題につながりはしないし、また、つなげてしまうと「憲法改正」は不可能になるだろう。
 「憲法改正」運動のためには、「日本国憲法」の制定過程の実際を広く知らしめることは必要だ。例えば、①GHQによって100%「押しつけ」られたのではなく、二院制の採用・参議院の設置などの日本側の意見・希望が採用された部分もあるが、基本的な部分については又は全体としてはほぼ「押しつけ憲法」と評価してよいと見られること、九条二項は幣原喜重郎、つまり日本側が提案したとの理解は疑わしく、鈴木安蔵ら日本人の憲法案もあったことは、ほぼ「押しつけられた憲法」との評価を変える理由にならないこと、②1946年の総選挙で選出された衆議院議員により憲法改正案は審議されたので国民の意思が反映されているはずだという憲法学者の文章を最近に読んだが(氏名と媒体は忘れた)、その衆議院選挙前に新憲法案の全文が知られていたわけではまったくなく(したがって、新憲法案の当否は選挙の争点にほとんどならず)、また「公職追放」の危険性もある中でGHQ草案をもとにした政府案を議員たちが「自由」に審議できたはずはないこと、などを現在の国民はもっと知っておいてよいと思われる。
 しかし、上の意味で現憲法を<占領憲法>と略称するのはかりによいとしても、現憲法を「占領基本法」と称するのがよいかどうかは別の議論が必要だ。そして、この「占領基本法」なる言葉の意味を、現在の有権者国民は容易にはまたは的確には理解できないように思われる。
 田久保忠衛はむろん、現憲法の改正に賛成する者はそれを「占領基本法」だと認識・評価すべきだとか、現憲法を「占領基本法」と認識・評価できない者は改憲に賛成するな、と言っているわけではない。しかし、何気なくであれ、現憲法は「占領基本法」だと一般国民が読む可能性のある書物で書き、その意味もきちんと説明していない、というのが、前回に問題にしたことだ。
 上に記したような<歴史認識>の問題に比べれば、些細な問題であるとは言える。だが、もともと<保守派>の中においてすら完全な一致があるとはいえない用語法だとは思うが、<仲間うち>だけで通用するような概念・用語を一般国民が読む可能性のある書物で用いるべきではないだろう。そこに私は、中西輝政のいう「保守原理主義」の匂いを感じてしまった。
 「保守原理主義」で突っ走って勝利するのであれば、それでもよいだろう。しかし、「憲法改正」をめぐる戦いは、<正しいことを主張しました。しかし、力及ばず負けました>では済ますことが絶対にできないものだ。
 有権者国民の過半数が理解でき、かつ賛同できるような議論・主張・運動をしなければならない。産経新聞の読者だけが、あるいは仏教寺院関係者ではなく神道政治連盟に属する神社関係者だけは、理解でき、賛同できるような議論・主張・運動であってはならないだろう。
 〇田久保忠衛の上掲書の内容については、奇異に感じた部分もある。初めに記した改正の三論点に関する議論、田久保の先の戦争についての評価とともに、近いうちに論及するだろう。

1273/田久保忠衛・憲法改正最後のチャンス(並木書房)を読む1。

 2014衆院選で与党圧勝とは言うが、自民党は定数減を考慮してほとんど橫バイで、議席数を増やしたわけではない。大阪府下の小選挙区で維新の党から奪い返した議席が10ほどあるから、それ以外では10議席ほどマイナスだった。産経新聞などの300議席超えが確実という旨の予測と比べると、むしろ後退の印象がある。
 その他の衆院選結果で印象的なことは次世代の党とみんなの党の大幅減または壊滅だ。その分を増やしたのが民主党と日本共産党だから、全体としても<保守派>は後退した、というのが客観的な把握だろう。
 維新の党が何とか「踏みとどまった」のに対する次世代の党の壊滅状態は、<保守化>とか<右傾化>の現象があるわけでは全くないことを意味していると思われる。
 田母神俊雄には当選してほしかったし、山田宏・中田宏という<反共>・<反・反日>の明確な人物が比例復活もならなかったのは残念だ。とくに中田宏はまだ若いのだから、再起を期して、将来は橋下徹らとともに新しい風の担い手になってほしい。
 大阪維新の会と立ち上がれ日本→太陽の党が合流して石原慎太郎・橋下徹共同代表による日本維新の会ができたのち、旧立ち上がれ日本グループは橋下徹に対する違和感を隠さなかった印象があったが、2012年総選挙で日本維新の会は議席を伸ばし、旧立ち上がれ日本グループ(石原グループ)もかなり当選した。石原グループの議員たちの多くは自分たちの「保守」の力で当選したと思ったかもしれないが、石原・橋下コンビの清新さへの期待もかなり大きかっただろう。その後も橋下徹批判を平気で続ける者もいたが、自分の当選に橋下徹人気も寄与していることを忘れているのではないか、と感じたことだった。
 橋下徹グループと別れて、旧立ち上がれ日本グループ=次世代の党は二名しか当選させることができなかった。維新の党の松野某らは何とか比例復活したにもかかわらず、比例復活させるほどの票をまんべんなく集めることはできなかった。
 次世代の党という名前自体、自分たちはすでに旧世代の年寄りたちだという自覚の表れのようで、魅力を感じさせないものだった。それに、彼らは、<保守化>について、何らかの「錯覚」をしていたのではないか。安倍晋三政権が比較的に安定して支持され続けたことが自信を生じさせたのかもしれないが、有権者国民は、自民党よりも「右」の<保守>政党に期待することが少なかったわけだ。
 江田憲司は、石原慎太郎らの「自主憲法」制定という主張に「憲法破棄」論を感じるとして、石原らまたは次世代の党とは組めないとか言っていたが、「自主憲法」制定という語をそこまで穿って理解することはないだろうと思われた。だが、次世代の党の正確な公約または政策提言は承知していないものの、また正式に表明しているかどうかは別として、石原慎太郎も含めて、日本国憲法「破棄」論や同「無効」論の主張者・支持者が同党には多いだろうという印象はある。日本国憲法「無効」論は現として存在しているが、2009年や2012年の総選挙でそれを明示的に主張した政党は(維新政党・新風も含めて)なかったように思われる。そしてまた、次世代の党が醸し出している?日本国憲法「破棄」論・同「無効」論は、今回の選挙でも、支持されなかった、と言ってよい、と思われる。
 日本国憲法「無効」論が決して微々たる存在ではないことは、勝谷誠彦=倉山満・がんばれ!瀕死の朝日新聞(アスペクト、2014)に、「日本国憲法は日本の憲法ですらない」と題する章の中に「日本国憲法の改正では意味がない」と題する節があることでも分かる(p.122-)。そこでは、二人のこんな会話がある。
 勝谷/僕の意見は「廃憲」・「今の日本国憲法の廃止」。倉山/「本当にできるなら」それが一番よい。そして、それをするのは「天皇陛下」のみ。議会には廃止権限はない。憲法を廃止するとすれば「一度天皇陛下に大政奉還するしかない」、「本来はそれが筋」。日本国憲法改正手続によって「帝国憲法を復活」することは「論理的には可能」。
 こうした議論は、日本国憲法は「本来は無効」という考え方を前提としているとみられる。上の天皇陛下による憲法廃止論にも、倉山が上のあとで述べている、「改憲派すら」日本国憲法の「条文をどうやって変えようかという議論しかしていない」(p.126)という批判にも、反論することができる。但し、別の本、倉山満・間違いだらけの憲法改正論議(イースト新書、2013)はニュアンスの異なることを書いているので(上でも「論理的には」と述べている)、別の機会に譲って、ここではこの問題には立ち入らない。
 ともあれ、日本国憲法「無効」論はあり、それを<保守派>論者の中で明確に述べてきたのは渡部昇一で、渡部は、日本国憲法を「占領基本法」とも称してきた。
 さて、田久保忠衛・憲法改正、最後のチャンスを逃すな!(並木書房、2014)には、現日本国憲法は「占領基本法だ」、との旨を書いている部分が、少なくとも2カ所ある。
 ①集団的自衛権容認に対する反対論には「…国際情勢の中で占領基本法だった現憲法がいかに旧式になってしまったかという説明は皆無だった」(p.212)。
 ②「日本を危機にさらすのは占領基本法を死守しようとする護憲派だ」(p.249)。
 <保守派>の重鎮?・渡部昇一の使っている表現を<保守派>の慣用句?のごとく無意識に使っているのかもしれず、「占領基本法」なるものの意味は説明されてはいない。
 しかし、将来に「国民投票」に参加するかもしれない有権者国民の感覚で質問するが、「占領基本法」とはいったい何のことか。
 日本国憲法が本来の、まっとうな憲法ではないという意味をもっていることは何となく分かるが、それ以上に何を意味しているのか? この語を用いることにいかなる意味・効用があるのか? また、この概念の前提には日本国憲法「無効」論があると見られるが、田久保は明確にその立場に立っているのだろうか?
 少し踏み込んで言えば、憲法ではなく占領基本「法」だとすれば、憲法でも法律でもない「法」は(不文法を除けば)存在しないので、占領基本「法」は法律の一種になるのだろうが、それでは昭和天皇の<憲法改正の詔勅>とはいったい何なのか。、法律の一種だとすると後法優先・特別法優先が働いて、事後の法律によっていかようにも特則・例外を作れることになるが、法律の「憲法」適合性を審査する規範・基準として現日本国憲法は機能して、最高裁によって<違憲>とされた法律(の条項)もすでにいくつかあることをどう理解すればよいのか。
 <保守派>の常套句のつもりで簡単に用いているのかもしれないが、もともと渡部昇一の議論は、サ条約上のJudgementsは「裁判」ではなく「諸判決」だと、鬼の首を取ったように主張していることも含めて(この点はすでにこの欄で言及している)、信用することができない。
 有権者国民から質問されて適切には回答することができないような術語を、そしてまた憲法改正のためには不可欠でもない用語を、用いない方がよい、と思われる。
 周辺部分の、やや些細なことから始めてしまったが、少しずつ、上掲の本によって、田久保忠衛の<憲法論>についてコメントする予定だ。

1272/「憲法改正」の事項的「単位」と産経新聞社案「国民の憲法」。

 1/06に、次のように書いた。-「憲法改正とは、現憲法の全体を一挙に廃棄・廃止して、新しい憲法を一括して創出する、というものではない」。「憶測にはなるが、ひょっとすれば産経新聞『国民の憲法』案は、渡部昇一らの現憲法『無効』論や石原慎太郎の現憲法『破棄』論の影響も受けて、現憲法の全体に新しい『自主』憲法がとって代わる、というイメージで作成されたのではないか、という疑問が生じなくはない」。「現憲法と『新』憲法案のどちらがよいと思うか、というかたちで一括して憲法改正の発議と国民投票が行われるはずがない。確認しないが、憲法改正手続法もまた、そのようなことを想定していないはずだ」。
 この問題は、「憲法改正」の発議および「国民投票」の仕方、より正確には、発議や賛否投票の<対象>または<単位>の問題だ。先には憲法改正手続法と書いたが、この問題、とくに発議の<対象>・<単位>についての関係既定は、(改正された)国会法にある。以下、憲法制度研究会・ポイント解説Q&A/憲法改正手続法-憲法改正手続と統治構造改革ガイド(ぎょうせい、2008)に依って説明しておく、なお、憲法制度研究会が編者だが編集代表は川崎政司だ。この人は地方自治法・行政法の書物もあり、慶応大学法科大学院の客員教授だが、もともとは参議院法制局の職員・官僚(いわば立法・法制官僚)である人、またはそうだった人で、<とんでもない左翼>の人物ではない。叙述内容も、できるだけ客観的になるように努められている、という印象がある。
 上の本はやや古いが、言及されている関係条項は現在でも変わっていない(総務省・現行法令データベースによる)。国会法6章の2の表題は「日本国憲法の改正の発議」。その中の、現行規定でもある、国会法68条の3は次のように定める。
 「第六十八条の三  前条の憲法改正原案の発議に当たつては、内容において関連する事項ごとに区分して行うものとする。
 上掲書は、つぎのように「解説」する(p.30-31)。
 ・例えば九条改正と環境権の創設という別々の事項が一括して投票に付されると、一方には賛成だが別の一方には反対である、という国民はその意思を適切に投票に反映できない、そこで、「内容において関連する事項ごとに区分して」発議することとされた。
 ・問題は、何が「内容において関連する事項」に当たるか、だ。憲法改正手続法の国会審議では上の例の場合に一括発議・一括国民投票は「好ましくない」という点で一致したが、自衛軍の設置とその海外活動は一括できるか、自衛軍と軍事裁判所の設置は一括できるか、などについては「明確な判断は示されてい」ない。
 ・結局、個別の案ごとに国民の意思を問う要請と「相互に矛盾のない憲法体系を構築する」要請から決定されるべきもので、「個別具体的事例については、国会が発議するに当たって、しかるべき判断を行うことにならざるを得ない」ようだ。
 ・この点について、参議院では「発議に当たり、内容に関する関連性の判断は、その判断事項を明らかにするととともに、外部有識者の意見も踏まえ、適切かつ慎重に行うこと」との付帯決議がなされた。
 ・この条文により「全部改正」が不可能になったのかも問題になったが、「すべて相互に密接不可分である、つまり内容の上で分かち難いというものであれば一括して発議がなされるという場合も論理的にないことはない」とのむ答弁が提案者からなされている。
 ・国民投票のイメージとしては、個別の事項の案ごとに投票用紙を受け取り、投票(投函)を済ませてから次のブースに移り、そこで次の別の事項に関する投票をする形が間違いないという見解、その場合10も20もブースを作ることは困難で、3~5問程度が限度だとの見解も提案者から示されていた。
 以上のとおりだが、はたして、産経新聞社「国民の憲法」案は、このような国会法等の規定も十分に意識して作成されたのだろうか。
 なるほど、「すべて相互に密接不可分である、つまり内容の上で分かち難いというものであれば一括して発議がなされるという場合も論理的にないことはない」ということに「論理的には」なるのだろう。しかし、同社案は「すべて相互に密接不可分である」ものとして作成されたのだろうか。そのように主張する起草委員および産経新聞関係者も存在する可能性はある。だが、「基本的人権」または「国民の権利義務」の章の個別の条項の書きぶりはさらにいくつかに区分することが可能であると見られるし、いかに「産経憲法観」?によっているとしても、例えば「財政」や「地方自治」の章の具体的内容までが前文や「国防」の章(の案)と「密接不可分である」とまでは言えないように考えられる。
 ともあれ、産経新聞社「国民の憲法」案が、「憲法改正」運動のためには、形式面において「使いづらい」ところがあることは否定できない、と思われる。
 「憲法改正」発議の仕方、発議の対象となる<単位>には少なくともある程度の、「内容において関連する事項ごとに」、という限定があることもふまえて、「憲法改正」は議論されなければならない。そして、だからこそ、どの条項から優先して「改正」していくか、という問題があり、その問題に関する議論もしなければならないわけである。

1271/コミュニストにより作られたハル・ノート-櫻井よしこ・週刊誌連載。に関連して2。

 櫻井よしこ週刊新潮1/22号(新潮社)で、アメリカ・ルーズベルト政権は日本が呑めないことを見越して「日本に事実上の最後通牒であるハルノートを突きつけ」、開戦に追い込んだ、という旨を記していたが、中川八洋の理解は大きく異なるようだ。
 中川八洋・近衛文麿とルーズヴェルト-大東亜戦争の真実(PHP、1995)p.39によれば、「米国側からの最後通牒『ハル・ノート』の故に、日本は敗戦を覚悟してやむなく窮鼠猫をかむ決断を強いられた、という俗説」が是正されなく今も通用しているのは「歴史の歪曲」、少なくとも「歴史の真実に対する怠慢」だ。
 中川八洋は「大東亜戦争…とは、…東アジア全体の共産化のための戦争であった」(p.34)、「大東亜戦争=日本とアジアの社会主義化」というのが「歴史の真実」だ(p.276)と捉えているので、出発点あるいは逆の結論自体が櫻井よしこらとは基本的に異なっているように見える。
 そして、同書の第二章「『ハル・ノート』とロシアの『積極工作』-財務次官補H・D・ホワイトとルーズヴェルト」でも、上のような「俗説」なるものとは異なる叙述を行っている(p.36-57)。以下、ハル・ノートやそれと日本の関係に限っての要約・抜粋的紹介。
 ・1941.07.28の日本軍の南部仏領進駐(ベトナム・サイゴン入場)は日本の英米蘭に対する実質的な開戦で、ハル・ノートが日米戦争の引き金ではない。同09.06の午前会議で10月上旬の開戦の想定(帝国国策遂行要領)が決定され、さらに11.05には12月上旬に定め直され、11.26午前には南雲中将らの機動部隊は真珠湾に出撃していた。ハル・ノート(のちに述べる最終案)が手交されたのは11.26午後で、日本の真珠湾攻撃はハル・ノートに対する反発によるものではない。日本の対米開戦は同年7月以降の既定路線だった。
 ・といって、ハル・ノートに重大性がないわけではない。ハル・ノートにはハルがまとめた「ハル試案」=暫定案と、時期的にはのちのホワイトが執筆してハルの名で手交されたより強硬な「ホワイト試案」=最終案とがあった。前者であれば日米講和の可能性があり、これによって敗戦・降伏していれば、ソ連の対日開戦はなく、満州の悲劇も千島の領土喪失もなかった。「強硬姿勢一本槍」の「ホワイト試案」=最終的なハル・ノートは日本の関係者すべてを憤激させ、日本を徹底抗戦へと誘導した。そして戦後には、ハル・ノートは日本国民の対米怨念形成の劇薬になり、戦後の日米関係に対して致命的悪影響をもたらした。なお、<最終案>・「最終的なハル・ノート」という語は、秋月が作った。 
 ・「ホワイト試案」=最終的なハル・ノートは、アメリカ内部で、どのようにして採択されたのか。暫定案→最終案への変化は1941.11.17-11.25の間に生じた。財務次官補・ホワイトは試案を11.17に財務長官・モーゲンソーに渡し、その翌日にモーゲンソーはルーズヴェルト大統領とハル国務長官に送付した。ハルは自らの暫定案に固執し続けたが、ルーズヴェルトはホワイト試案を気に入ったようで、11.25にそれの採用をハルに命じた。
 ・ルーズヴェルトが「ホワイト試案」を支持したのは、ソ連擁護のために対ドイツ開戦をしたくて、ドイツと同盟関係にある日本に対米開戦を決行させることにあっただろう。日本の対米開戦はドイツの対米開戦と見なしてよかった。ルーズヴェルトは「100%の確率で受諾拒否となる」「最後通牒」をどうしても日本に手交したかった。
 ・H・D・ホワイトとは何者か。彼の「別の顔」はKGBの前身組織の在米責任者バイコフ大佐指揮下の「ソ連工作員の一人」。のち1953年にブラウネル司法長官は、ホワイトを名指しして「ソ連のスパイであり、米国の機密文書を…他の秘密工作員に渡していた」と言明した。1948年にバイコフ機関に関する証言のために召喚されたホワイトは、喚問三日後の08.16に心臓麻痺で死亡し、ハル・ノートをめぐる歴史の謎は闇の奥にしまわれた。しかし、ハル・ノート(最終案)が「共産主義者」である「ソ連のスパイ」により執筆された、という事実は等閑視できない。「共産主義の心底には破壊主義」が強く潜み、ホワイトはソ連防衛のみならず、日米戦争による「日本の破壊」の目標も秘めていたただろう。
 以上に続いてルーズヴェルト政権内のホワイト以外の「共産主義者」である「ソ連のスパイ」についての叙述があるが省略する。
 中川八洋は「最後通牒」性を否定しているが、かりにハル・ノートが日本に対する「最後通牒」との<俗説>が正しいものであったとしても、そのハル・ノートを実質的に作成したのはソ連・コミンテルンのスバイだった、という指摘はすこぶる大きな意味があるはずだ。
 櫻井よしこはどの程度の知見を持っているのかは知らないが、少なくとも週刊誌上の簡単な叙述だけでは不十分であることは明らかだろう。
 それにしても、先の戦争、大東亜戦争、八年戦争、昭和の戦争(の時代)についての歴史「認識」は同じ<保守派>であっても決して一様ではないことに驚かされるところがある。中川八洋を<保守派>論者でない、と評する者はいないだろう。近く田久保忠衛の戦争(の時代)についての歴史「認識」にも触れる予定だが、<真正保守>の歴史観というものがあるのかは疑わしい。また、自ら<真正保守>と任じている者の歴史把握が<真正>なものである保障は決してない、ということも心得ておいてよいと感じられる。

1270/<保守>派の情報戦略-櫻井よしこ・週刊新潮連載コラムを読んで1。

 櫻井よしこ週刊新潮1/22号(新潮社)の連載コラム639回で「外交も戦争も全て情報戦が決める」と題して、「情報戦」の重要性を説いている。そのことにむろん異論はないが、書かれてあることには、不満が残る。
 櫻井はビーアド・ルーズベルトの責任/日米戦争はなぜ始まったか(開米淳監訳、藤原書店)を読んで、先の戦争時におけるルーズベルトや同政権の認識・言動等をおそらくは抜粋して紹介している。しかし、対ドイツ関係のグリアー事件(1941年)に関することを除いて、すでに何かで読んで知っていたようなことだ。
 また、ビーアドの書物がどこまで立ち入って書いているのかを知らないが、櫻井よしこがここで紹介しているかぎりでは、なおも突っ込みが足りないと感じる。まさかとは思うが、櫻井よしこはビアードのこの本によってここで書いてるようなことを知ったのではないだろう。そして、ビーアドの叙述による事実・現象のさらにその奥・背景が(も)重要なのだと思われる。
 例えば、ビーアドによると、大多数のアメリカ人には対日戦ではなく対ドイツ・ヒトラー戦争こそが重要だったにもかかわらず、ルーズベルトは1941年7月に「在米日本資産を凍結し、通商を停止し、日本を追い込みつつ」対日戦争を準備していた、ということのようだが、「在米日本資産を凍結し、通商を停止し、日本を追い込」んだ原因・背景がアメリカにも日本にもあったはずで、ルーズベルトの個人的な意思のみを問題にしても不十分だろう。
 また、「日本に事実上の最後通牒であるハルノートを突きつけ」ながらも、日本政府がこれを受諾しないで開戦してくるという確信をルーズベルトは隠していた、という旨も書き、さらに、春日井邦夫・情報と戦略(国書刊行会)によりつつ、ルーズベルトはハル・ノートの手交当日にも戦争準備をしており、日本の真珠湾攻撃を「待ち望んでいた」「口実」として対日戦争・参戦を始めた、という旨も書いている。
 何で読んだかは忘れたが、上のようなことは私はおおむねすでに知っていたことだ。
 問題は、ハル・ノートの作成・手交や開戦前の日米交渉において、ルーズベルトだけではなく、同政権内部の誰々がどのような役割を果たしたか、同様に同時期の日本政府は、具体的には誰々が、どのように判断してどのように行動決定したかの詳細を明らかにすることだろう。別の機会に関係コメントは譲るが、コミンテルン(・ソ連)およびその工作員・スパイの役割に論及する必要があると思われる。櫻井は、コミンテルンにもコミュニズム(共産主義)にも何ら触れていない。
 最後に櫻井は、「情報戦の凄まじさ、恐ろしさを実感する。いま、日本は中国の情報戦略で深傷(ふかで)を負わされつつある」と書いて、「情報戦」を戦う強い意思を示している。このことに反対しないが、しかし、揚げ足取りまたはないものねだり的指摘になるかもしれないが、<情報戦略>をもって日本に対応・対抗しているのは、中国だけではない。アメリカも韓国も北朝鮮も、その他の諸国も、多かれ少なかれ、日本に対する<情報戦>を行っている。そして、それに応えるような、日本を謀略に自ら陥らせるような「報道」の仕方をするメディアが、それに巣くう日本人が、日本国内には存在する。
 「情報戦」は、朝日新聞等々の、日本国内の<左翼>・<容共>勢力との間でも断固として行わなければならない。歴史認識、「憲法改正」等々、戦線はいくらでもある。朝日新聞のいわばオウン・ゴール?で少しは助かっているようにも見えるが、日本国内の<左翼>・<容共>勢力の「情報戦略」は決して侮ってはいけないレベルにある。
 私が懸念しているのは、<保守>・<自由>・<反共>陣営にはどのような「情報戦略」があるのか、だ。

1269/安倍首相は大阪都構想に好意的で、橋下徹は改憲のため「何でもする」。

 安倍晋三首相は昨年10/06の衆議院予算委員会で、維新の党の「大阪都構想」について「二重行政の解消と住民自治拡充を図ろうとするものだ。その目的は重要だ」と述べていた。
 昨日の1/14の大阪・関西テレビでの生発言でも、「二重行政をなくし住民自治を拡充していく意義はある。住民投票で賛成多数となれば必要な手続きを粛々と行いたい」と述べたらしい。
 これは重要なニュースだ。
 第一に、大阪市・府の自民党議員団は(したがって大阪府本部も)「大阪都構想」に反対で、住民投票にも反対している。公明党は住民投票実施には賛成に(なぜか?)回ったので、大阪の自民党は公明党よりも<反・橋下>姿勢が強固なのだ。にもかかわらず、公明党の姿勢が変化し、大阪・自民党は従来のままである中で、首相であり自民党総裁でもある安倍晋三が上記のごとく、「大阪都構想」には「意義」があるとし、「住民投票で賛成多数となれば必要な手続きを粛々と…」と語ったのだから、かりに一般論であり、かつ仮定形の発言だったとしても、ふつうであれば、驚くべきことだ。
 安倍首相は昨年10月には大阪府連の姿勢について質問されて「地方自治のことなので、そこまで私が『ああせよ、こうせよ』ということは差し控える」とだけ述べたようだが、大阪の自民党とは真っ向から異なる見解を明らかにしているに等しいだろう。
 安倍首相には、自民党大阪府連を困らせてもかまわない、という大局的判断があるものと思われる。そしてまた、この欄ですでに記したように、大阪の自民党は、橋下徹・維新の党よりも民主党や共産党と<仲良く>するような愚行をいま以上続けるな、と言いたい。大阪の自民党は<保守政党>の支部なのか、それとも<容共>の「左翼」的支部なのか。あるいは、そんなことはどうでもよい、面子と自分の選挙当選にのみ関心を持って周囲を見渡している<日和見>者たちの集団なのか。
 第二に、安倍首相の親維新・親橋下徹の姿勢だ。橋下徹は1/15に「ありがたい。僕はうれしくてしょうがない」と述べて喜び、憲法改正について、「絶対に必要で、〔安倍〕総理にしかできない。何かできることがあれば何でもする」と語ったらしい。
 安倍首相が出演したと思われる関西テレビの夕方の番組の水曜のゲスト・コメンテイターの青山繁晴はいつぞや、安倍から直接に<橋下徹をどう思うか>と尋ねられたことがあり、安倍は橋下徹に期待をもっているようだ、という旨を語っていた。
 安倍首相の、橋下徹に期待し、少なくとも<反・橋下>姿勢を示さない、という感覚、政治的センスは優れていて、1/14の発言も、大局的かつ戦略的な判断にもとづいている、と思われる。すなわち<保守>勢力を糾合し、拡大し、ひいては憲法改正を成就するためには、橋下徹あるいは現維新の党の協力が必要だ、少なくとも<敵に回す>ようなことをしていいけない、と判断しているものと思われる。地方議会議員を中心とする、自民党大阪府連の面々とは、考えていることの次元・レベルがまるで異なる。
 産経新聞社・月刊正論1月号p.377の「編集者から」はかなり露骨な安倍晋三政権擁護の回答をしており、質問者・意見者である読者を斬って捨てている観があり、気になる。この点はあらためて触れるとして、ここにも見られるように、月刊正論編集部は親・安倍晋三、親安倍自民党姿勢を採っているように見える。
 しかるに、前編集長の桑原聡は橋下徹を「危険な政治家」だ、日本を「解体」しようとしている、と明言した。そして、「今週のバカ」を某週刊誌(週刊文春)に書いて<毎週のバカ>ぶりを示し、安倍+橋下徹による憲法改正には反対だと明言した適菜収に<反・橋下徹>論考を巻頭に書かせ、さらには適菜を「賢者」の一人として扱っていさえした。
 このかつての編集長の文章は取消しされていないし、むろん謝罪の言葉があるはずもない。むろん政治家等について月刊雑誌またはその編集長がどのような評価をしようと自由なのだが、自由に評価したその結果は誤っていることを認め、自覚しておくくらいはしておいてもらいたいものだ。
 なぜなら、むろん、簡単に言って、安倍晋三擁護・支持と橋下徹批判・悪罵が両立することはありえない。安倍晋三の橋下徹に対する姿勢だけは誤っている、という見解もありうるが、そうならば、そのような趣旨を含む文章を掲載すればよいだろう。
 月刊正論の出版母体・産経新聞社は橋下徹に対して決して暖かくないし(例、1/15社説)、松本浩司のように皮肉まじりの文章を書いている者もいる。
 産経新聞社、そして月刊正論には、<堅い>読者層の支持と購読さえ得られればよい、<そこそこに>収益が出ればよい、といった程度の気構えで仕事をしてほしくない、と思っている。できるならば、<憲法改正>のための情報センターのような役割を果たすことを期待して、産経新聞には厳しいことも書いているのだが、月刊正論の執筆者に見られると感じられる偏りや(おそらくは産経新聞が想定していない定期購読者だろう)橋下徹のような人物まで<取り込む>姿勢がないように見られることは、残念なことだ。
 ついでながら、上に<憲法改正>という語を何度か使っているが、それでは本来はいけないことは別に述べる。また、産経新聞社「国民の憲法」案の地方自治条項について、橋下徹は<これではダメだ>と言い放ったが、これは橋下徹の感想の方が適切だ。いずれも、別の機会に触れる。
 安倍首相と橋下徹の関係から、産経新聞社に論点が移ってしまった。
 さらについでに、私自身は維新の「大阪都構想」に双手を上げて賛同しているわけではない。
 大都市制度がどうあるべきかは、現地方自治法制定時にも、基本的には都道府県のもとにある一市とする、どの都道府県にも属さない「特別市」とする、の二案があったところ、妥協・折衷の結果として、<政令指定市>制度ができた。近時にも、名称・細かい制度設計は違うが、似たような議論・政策提言があった。そして、砂原庸介・大阪-大都市は国家を越えるか(中公新書、2012)p.223-が述べるように、「仮に彼〔橋下徹〕がはじめから大阪市長になっていれば、現在とは異なるかたちで特別市構想が復活していたかもしれない」、と言える。橋下徹は最初に府知事になったからこそ、政令指定市・大阪市域について知事の権限が及ばない部分があることに疑問を持ったのだと推測される。最初に市長になっていれば、府知事が大阪市に関与・介入できる余地を削減し又はゼロにする運動すらしたかもしれない、とも思われる。
 「大阪都構想」の是非は、イデオロギーの問題ではなく、日本における大都市制度のあり方という、法制度・行政制度の設計にかかわる、すぐれて政策的・技術的な問題だ。それに、「大阪都構想」の具体的な制度内容はまだ詳細には詰められていないように見える。それでも、「ファシスト」であり安倍首相とも親しい憲法改正派だというだけで、橋下徹・維新提案の「大阪都構想」に絶対反対の姿勢をとる日本共産党などもいるに違いない。大阪の自民党が親橋下か反橋下かだけで態度を決めるとすれば、愚かしいことだ。

1268/先の戦争へのコミュニズムの影響。

 〇 栗田健男中将はなぜレイテ海戦の際に「反転」したのか、といった戦記ものあるいは個々の戦術ものには、ほとんど関心を持たないできた。それは戦後生まれのものにとって敗戦は既定の事実で今さら敗戦の戦術的・技術的原因を探ることがほとんど無意味と思われたことや、占領期についてでも複雑なのに、もっと複雑そうな戦時中の細かな歴史について勉強しておくことの時間的な余裕はないと感じられたことによる。
 但し、1930年代には日本共産党はとっくに壊滅していて一部の者が獄中で念仏のごとく「反戦」を唱えていたかもしれないこと程度で、戦争は日本共産党とは対極にある<右翼的・反共的>グループが継続したというイメージが強かったところ、日本国家あるいは日本の軍部・政治家等に対するコミュニズムやコミンテルンの影響やアメリカのルーズベルト政権自体の<容共左翼>性の指摘があることを知って、にわかに先の戦争と「共産主義(コミュニズム)」の関係についての関心が高まってきた、という経緯が私にはある。
 それは、アトランダムに言えば、先の戦争は<民主主義対全体主義・ファシズム>の戦争だったなどと単純には言えないだろうこと、ソ連や大戦の結果生まれた中国共産党主導の新中国は「民主主義」陣営であるはずはなく<左翼全体主義>の国家ではないか、なぜアメリカはそのようなソ連と手を組んだのか、アメリカは<共産中国>を新たに生み出す結果をもたらした(そしてそれは今日でも大きな悪い影響・問題を生じさせている)戦争をなぜしたのか、なぜアメリカは(中国ではなく)日本を執拗に敵視したのか、といった認識や疑問と関係してくる。
 〇 隔月刊・歴史通2015年1月号(ワック)のいくつかに少しばかり言及する。
 藤岡信勝「戦後レジームの自壊が始まった」の中で藤岡が1995年の「自由主義史観研究会」立ち上げの頃は「私も日本が満州から北支に進出したことは咎められるべきだと思っていました」と率直に「告白」しているのが興味深い(p.41)。その時期からまだ20年ほどしか経っていない。藤岡は、しかしもちろん?、「中国側の絶え間ない挑発に日本は対応していたに過ぎず、侵略行為とは言い難い」、「日本は挑発行為に乗せられて戦争の道に走っていったと見るべき」だ等の今日の認識を示している(同上)。
 「中国側の絶え間ない挑発」は日本の<南侵>を誘導する中国共産党、その背後のコミンテルンの戦略をおそらく意味しているのだろう。
 岡部伸「近代日本を暗黒に染めた黒幕」はカナダ人のハーバート・ノーマンを扱うもので、「日本を貶めた最大の敵ではなかったか」との基本的主張・認識があり、戦前の日本を「封建的要素が残った、いびつな近代社会」と理解する、講座派的な日本「暗黒史観」の持ち主で、戦後当初には日本共産党を「民主主義」勢力とみなした、等々を叙述している(p.70-)。ハーバート・ノーマンを自殺に追い込んだ?アメリカの戦後のマッカーシズムの評価やノーマンと都留重人、尾崎秀実やゾルゲとの関係など、すでにある程度は知っているが、もっと詳細かつ明確な研究成果を読みたいものだ(この最後の部分は岡部の一文を批判するものではない)。
 中西輝政と北村稔の対談「日米・日中/戦争の真犯人」も興味深い(p.94-)。
 北村稔は彼の「学生時代、日本史研究と東洋史研究の分野ではマルクス主義の影響がものすごく強かった」と述べているが(p.103)、とくに日本近現代史の分野では、今日までその現象は続いているのではないだろうか(従って、私は、高校教育における「日本史」必修化には、教科書の書き手からするその内容と、教える教師の、推測される「左翼」=親マルクス主義的傾向のゆえに、現時点では簡単に賛成はできない)。
 中西輝政は例のごとく?、真珠湾攻撃に関するルーズヴェルト陰謀説に近い議論は「日本の国際政治や歴史の学会ではほとんど相手に」されなかったと、<左翼アカデミズム>の支配の一端を語っている(p.104)。
 中西はまた、今後の研究・検証が必要なテーマをいくつか挙げている。例えば、①永田鉄山らの「華北分離」・<南侵>路線の背景-背後にコミンテルンの工作か。②「国民政府を相手にせず」声明(第一次近衛声明)の背景-尾崎秀実が糸を引いていたか等。③海軍の戦争推進・拡大方針の批判的検証。④近衛の「東亜新秩序建設」声明(第二次声明)の背景。
 〇 上に最後に述べた諸点とコミンテルンまたはそのスパイ(・エージェント)の関係はまだ明確には分かっていない、ということなのだろう。
 もっとも、精読したわけではまだないが、すでにある程度の自信をもって確言している論者もいる。
 中川八洋・近衛文麿とルーズベルト―大東亜戦争の真実(PHP、1995)、同・近衛文麿の戦争責任―大東亜戦争のたった一つの真実(PHP、2010)だ。ハル・ノート(日本に開戦させるための強硬な最後通牒?)についても、<保守派>あるいは「自由主義史観」では通説的かもしれない理解とは異なる評価を下しているようだ。
 かなり飛躍するかもしれないが、憲法改正論の具体的内容と同様に、<保守派>あるいは<産経史観>?の論者においても、先の大戦の具体的な認識や評価は一様ではないと見られる。簡単には表現し難いが、欧米「帝国主義」からアジアを解放するための戦争だったという評価と、共産主義者・コミンテルンに誘引されてずるずると嵌まり、拡大してしまった戦争という評価では、大きく異なると感じざるをえない。
 西尾幹二が続けている、戦後にGHQにより「焚書」された戦前・戦中の日本人の諸文献の研究・解明によって、上のような論点はどの程度明らかになるのだろうか(すべて所持しているが、わずかしか熟読していない)。
 戦前・戦中に共産主義者・コミンテルン(・工作員等々)が日本に対してはたした役割、行った悪業にだけは関心をもって、諸文献・論考等を読んでいくことにする。 

1267/丸山真男と現憲法九条・「軍事的国防力を持たない国家」論。

 〇 竹内洋・丸山真男の時代(中公新書、2005)は丸山真男に対して批判的であり、竹内・革新幻想の戦後史(中央公論社、2011)も同様だ。竹内の上の前者によると、1996年8月に丸山真男が逝去したのち朝日新聞はある一面のすべてを「丸山の業績と人をしのぶ」座談会で埋めたが、産経新聞は元慶応大学・中村勝範の「丸山政治学は思想的に日本人を混乱させた元凶でした。過去の分析も戦後の状況判断も完全に誤っていた」とのコメントも掲載した。
 水谷三公・丸山真男-ある時代の肖像(ちくま新書、2004)を、私は丸山真男(の思想)に対する訣別の書として読んだ。だが、長谷川宏・丸山真男をどう読むか(講談社現代新書、2001)のような、丸山真男を称揚する書物は今日でも新たに刊行され続けている。
 戦後「左翼」のなお強固な残存の源流の一つは、丸山真男にあるだろう。
 〇 ジャパニズム21号(青林堂、2014.10)によって気づかされたのだが、丸山真男は、亡くなる一年前以内の雑誌・世界(岩波)の1995年11月号に、「サンフランシスコ講和・朝鮮戦争・60年安保」と題する回顧談的文章を載せている。その中に、つぎの文章がある。丸山真男全集第15巻(岩波、1996)から直接に引用する(p.326)。
 平和問題談話会の法政部会で憲法第九条の問題を論じたときは、民法専攻の磯田〔進〕君のような左派は、『軍備のない国家はない。軍備がないというのはおかしい』と批判しました。正統左派ではない大内〔兵衛〕先生も、『国家である以上は、完全非武装というのはありえない』というのが、このときのお考えでした。そこで僕は、こうなったら国家観念自体を変革する以外にない、今日の言葉でいえば、…『普通の国家』論でいえば、軍備のない国家はないんだけれども、憲法第九条というものが契機の一つになって一つの新しい国家概念、つまり軍事的国防力を持たない国家ができた、ということも考え得るんじゃないかといって、磯田君と議論した。(ジャパニズム上掲p.118と引用の部分・仕方が少しだけ異なる)。
 ジャパニズム上掲号の「左翼アカデミズムを研究する会」という実質的には無署名の書き手は、上の文章から、大内兵衛ですら武装肯定の時代にすでに<非武装中立>を信念としていた、というまとめ方をしているが、私には、丸山真男が現憲法九条を「国家観念自体」の「変革」、「新しい国家概念」提示の契機と理解しようとしていた、ということが興味深い。
 いずれにしても、「丸山という知の権威がつくりあげた憲法九条イデオロギーは、さまざまな形で、今日の左翼アカデミズムに大きな影響を及ぼしている」(同上p.118)のはおそらく間違いない。ここにいう「憲法九条イデオロギー」は、たんに<反戦・平和>の気分に支えられているのではなく、「左翼」が夢想したい「新しい国家概念」の展望によっても基礎づけられているかに見える。
 憲法九条2項改正(・削除)論・論者に対する強固で執拗な、あるいは脊髄反射的な反発は、現実的・具体的な議論によって成り立つているというよりも、まさに「イデオロギー」に依拠するものだろうと考えられる。
 そうだとすると、やはり、それを打ち砕いておくために、憲法九条2項の改正(・削除)は日本にとって絶対になすべき課題だ、と感じられる。
 池田信夫はそのブログ2014.12.25付で「憲法改正は『大改革』ではない」と題して、憲法>「第九条を改正しても、自衛隊の名前を『国防軍』と変える以外の変化はほとんどない。大事なのは一院制にするとか衆議院の優越を明確化するなどの国会改革だが、自民党の改正案は参議院にまったく手をつけない。これでは改正する意味がない」
等と書いている。
 後段の指摘には賛同したい部分があるが、九条改正による「変化はほとんどない」、したがってその改正に大きな意味はないというかのごとき主張には、賛同し難い。九条2項を「改正(・削除)」しなくとも、すでに自民党中心の政権による憲法解釈によれば合憲とされている自衛隊によって、かなりのことが可能になっていることは確かであり、改憲反対派・憲法九条2項護持派によるデマ宣伝が言うほどには実態は大きくは変わらず、これまでの変化・実態の蓄積の延長線上にあるものにすぎないかもしれない。その意味では「質的」・「革命的」変化を生じさせるものではないかもしれない。
 しかし、「軍その他の戦力」の保持が明確に禁止されているにもかかわらず自衛隊を合憲視するのは相当に苦しい解釈ではあり、その「おとなのウソ」を解消する必要はやはりある、正規に「軍」と認知することによって日本の安全保障に一層寄与する、という点をかりにさしおいても、丸山真男のいう「軍事的国防力を持たない国家」という「新しい国家」観を、そして「憲法九条イデオロギー」を、きちんと打ち砕いておく課題と必要はある、と考えられる。問題は安全保障に関する現実だけではなく、<精神>・<国家観>にもあるのだ。
 〇 なお、丸山真男の、上の1995年の文章は「平和問題談話会から憲法問題研究会へ」という副題をもっている。
 前者の「平和問題談話会」については戦後<進歩的文化人>生成の重要な場であるという関心からそのメンバーの探索・確定や、安倍能成らの「オールド・リベラリスト」の排除による<純化>の過程の叙述を、たぶん竹内洋等々の文献を手がかりに、この欄でメモしていったことがある。そこでも触れたことがあるような経緯・構成員の一端を当事者の一人だった丸山も語っていて興味深い。また、後者についても、宮沢俊義(憲法学者)、我妻榮(民法学者)が政府系の憲法調査会ではなく、「憲法問題研究会」に入会したことは社会的に、また東京大学法学部内部でも大きな話題になった、等が語られていて興味深い。機会(・余裕)があれば、また言及しよう。

1266/神社・仏閣めぐり-護国神社巡拝はいかが?

 神社仏閣・社寺(寺社)と一括りにいうが、寺院については四国遍路88をはじめ西国33・坂東33・秩父34の札所めぐり(四国遍路以外はいずれも観世音菩薩=観音信仰による観音菩薩を本尊とする寺院巡拝だ)等々があるのに対して、神社についてはきわめて少ない。
 もともとは「ご朱印」というのは納経の証明書のごときもので仏教に由来するものだと思われ、神道・神社にはなじみがなかったものかもしれない。それでも、いつ頃からなのだろう、神社でも、たいていは、「ご朱印」がいただけるようになっている。なお、神社も寺院も全国一律に300円の「ご志納」が代金になっていることは興味深く、これは安いだろう(あらかじめ印刷されていて捺印と参拝日付だけの記入にとどまる場合は200円であることもある)。500円出しておつりは要らないつもりでも必ず返金があることも興味深い(但し、例外はあるし、賽銭の追加のつもりでと言えば受領してもらえることもある)。
 寺院については上記の観音霊場めぐりの他に、薬師霊場巡拝、不動尊聖跡巡礼等々が各地方(おおむねプロック単位)でかなり多く存在している。北海道についてはよく知らない。
 神社についても、例えば「東京十社めぐり」という元准勅祭社巡拝もあり、専用の御朱印帳もある。個人的なことを書くと、亀戸天神社の一つだけを除いて、あとの九社はお参りをして、ご朱印もいただいている。他に、京都市内に限っての、京都五社、京都八社などもある。他にも、比較的狭い地域での神社めぐりがセット(?)されていることはあるものと思われる。
 四国、関西、関東といった広い地域での神社めぐりのコースはないようなのだが、より広く「全国一の宮めぐり」というものがある。これにはB5版の比較的大きい専用の御朱印帳が用意されており(購入でき)、「新一の宮」を加えて、沖縄・那覇、対馬、壱岐、隠岐、佐渡、会津から札幌まで、地域は日本全国に広がる。これだけの広さのある仏教寺院めぐりはないだろう。「新一の宮」を含む「全国一の宮」の数は長野県の諏訪大社四社や京都の下鴨・上賀茂の二社をどう数えるか、若狭姫神社を含めるか等の問題がありむつかしいが、御朱印帳の一頁に別々に記載されている神社数は108のはずだ(薩摩国には二、紀伊国には三、安房国には二など複数ある場合が少なくないので、旧国数や現在の都道府県数よりも多い)。
 神社についてはこれくらいのもので、あとは個人的に全国の護国神社めぐりをすることが考えられ、ガイドブックも近年になって発売されている。それによると、全国に52の護国神社がある(靖国神社は含まない)。原則として各府県に一つあるが、北海道には三つ(札幌・旭川・函館)、兵庫県には二つ(神戸・姫路)、広島県にも二つ(広島・福山)あり、なぜか神奈川県には(靖国のある東京都にも)ない。但し、残念ながら、専用の御朱印帳は発売・販売されていない。ついでに書くと、釧路護国神社があることも知っているが(但し、ご朱印はいただけなかった)、公式には?ガイドブックに掲載されていない。
 したがって、唯一専用の朱印帳がある、広い地域での神社巡拝セットは「全国一の宮めぐり」だけなのかもしれない。集客?のためといっては失礼だが、いろいろなアイデアが工夫されてよいかもしれない。
 なお、関西(三重県を除く)には神仏霊場巡拝といって、90の寺院・60の神社、計150の社寺がそれぞれの(札所のごとき)番号をもち、ぶ厚い専用の御朱印帳もあるものがある。これは寺院と神社の両方を巡るもので、かなりユニークな(そして私にはよいと感じられる)ものだ。
 ここで思い出したが、神社についても、後醍醐天皇ゆかりの神社(吉野神社、神戸の湊川神社など)については専用の御朱印帳がある。また、氷川神社、津島神社、各地の八坂神社などの素戔嗚尊を祭神とする神社は「全国清々会」という団体を作っているようで、専用の御朱印帳(但し、個別の神社名の記載はない)もある。
 以上のようなことを書いてるのも、ロクに仕事をしないで、全国の寺院・神社を、ふつうの?人に比べればたくさん訪れていると思っているからだ。その経験から、日本の宗教や日本の歴史や日本人の心情・精神等々について、いろいろと感じることが少なくない。いずれ、おりにふれて、より具体的なことをこの欄に記していってみよう。

1265/産経新聞社案「国民の憲法」について2-天皇条項の一部。

 現憲法一条は「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」、と定める。
 「象徴」ではなく「元首」化をという議論についてはさておき、後段は、とくに「主権の存する」は、いわゆる「国民主権」(昔風には主権在民)を憲法上明記するために、やや無理して挿入された、とも説明されてきた。この条文以外に、<国民主権>を規定する明文は現憲法にはない。
 この「象徴」天皇制度の規定をふまえて、現憲法二条が「皇位は、世襲のものであ」ると明記していることは、占領期の憲法という特殊性を考慮すれば、刮目すべき重要なことだったと言える。なぜなら、日本の敗戦という結果にもかかわらず、日本の長い伝統に近い<世襲天皇>制度を明記して容認しているからだ。竹田恒泰がどこかで言っていたように、天皇制度が廃止されて<共和制>になっていたことを想像すると、それよりは優れた選択を現憲法はしている(GHQもそれを認めた)ことになる。連合国のうちかつてのソビエト連邦が戦後日本の憲法を企図したとすれば、あるいは原案作成に強く関与していれば、このような条項は採用されなかっただろう。
 さて、<世襲による象徴天皇制度>は憲法上のものであり、かつそれは「主権の存する日本国民の総意に基く」ととくに規定されているのだから、制定時の理解・解釈はさておき、それとは独自に成立しうる憲法解釈として、現一条(+二条)は現憲法上の重要な<原理>として、憲法改正の限界を画す、つまり、憲法改正によっても変更・削除することはできない、と理解することも不可能ではないと考えられる。このように解釈すれば、憲法改正によって、<世襲による象徴天皇制度>を廃止することはできない。もし廃止しようとすれば、それは法的には非連続の一種の<革命>になる。
 だが、以上は成り立ちうる解釈だとは思うが、戦後の憲法解釈学において、現一条(+二条)は憲法改正の対象にできない、という議論はまったくなかったように見える。それよりも、逆に、天皇の地位は「主権の存する日本国民の総意に基く」のだから、「主権の存する日本国民の総意」によって変更する、そして廃止することもできる、と解釈されてきた。この点を意識または強調して、将来の天皇制度廃止を展望する論者は、明言しないにせよ、現在の憲法学界には多いのではないか、と推測される。
 しかし、そのような解釈しか成り立たないのではないことは上記のとおりだ。<憲法制定権者である憲法制定時の国民の総意>にもとづくと明記されているのだから、将来の国民もこれに拘束される(改正・廃止はできない)と解釈することが、さほど荒唐無稽なものだとは思われない。一条の上記部分の通例のまたは多数の解釈は、<政治的>色彩をやはり帯びているように考えられる。
 ところで、産経新聞社・国民の憲法(2013)のうち、同社案「国民の憲法」と自民党改正案の違いを記した部分には、天皇条項について、つぎのような叙述がある(p.139)。
 自民党案には「この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」という部分が残ったままで、これは「あたかも国会の議決で天皇の地位を自在に改変できるかのような誤解を招きかねない」。そして、この条文を使って「天皇制廃止」を「堂々と主張する憲法学者もいる」ので、「このような誤解を生み出す記述は削除し」た。以上、抜粋引用。
 この文章・論理は奇妙だ。少なくとも二人の憲法学者が起草委員会には加わっていたはずなのだが、このような叙述をお二人とも了解しているのだろうか。
 根本的に言って、「主権の存する日本国民の総意」=「国会の議決」ではありえない、ということはほとんど自明なことで、ほとんど誤解を生じさせない、と考えられる。誤解する一部の者には誤解だと説明すれば足りる。それに、この条文を使っての「天皇制廃止」論は憲法改正によるそれを展望していると容易に想定できるのであり、国会の議決=(ほとんどが)法律、による「天皇制廃止」を主張する憲法学者など皆無なのではないか。そのような議論・主張を読んだことは一度もない。
 以上のとおりで、憲法(改正)レベルの問題と法律(改正)レベルの問題の混淆が、上の叙述にはある、と見られる。
 ひょっとすれば、明言はしていないが、「主権の存する日本国民」という理解に対する反発・懸念が産経新聞社「国民の憲法」立案者にはあるのかもしれない。たしかに「主権」概念の法的意味と効用は議論されてよいものの、そのまま残しておいてさしたる弊害は生じないものと私は考える。むしろ、これを残すことによって、<世襲による天皇制度>は憲法改正の対象にはできないという解釈を導くことが不可能ではないことは、上述のとおりだ。なお、読売試案2004年は「その地位は、国民の総意に基づく」、として「主権の存する」との部分を削除しているが、産経新聞社案に比べれば、はるかに現行の上記条文を残す自民党案に近い。この点でも、産経新聞社案は異質だ。
 さらにいうと、産経新聞社案「国民の憲法」によれば、「天皇制廃止」の主張は排撃され、、「天皇制廃止」は不可能になるのだろうか。そんなことはない。同案によれば(117条)、各議院の過半数議員の賛成による国民への提案にもとづく国民投票での国民の過半数の賛成でもって憲法改正が可能である。産経新聞社案「国民の憲法」上の天皇条項は、なんと現憲法によるよりも容易に改正される(廃止される)ことになっている(「憲法改正の限界」に関する明文はないようだ)。「天皇制廃止」を「堂々と主張する憲法学者もいる」ので上記部分を削除したというが、削除したところで、憲法改正による「天皇制廃止」を「堂々と主張する」ことを封じることはできないのだ。
 以上、二回めの、産経新聞社案「国民の憲法」についての感想とする。
 なお、産経新聞社・国民の憲法(2013)の奥付の前の頁には、産経新聞社の名のもとに小さく、「近藤豊和、石川水穂、湯浅博、石井聡、安藤慶太、榊原智、小島新一、溝上健良、田中靖人、内藤慎二」と記載されている。この人たちが(おそらくは起草委員会メンバーではなく)この本を執筆・編集しているのだろう。したがって、完全に産経新聞社の名のもとに隠されているわけではない。だが、今回に言及した部分も含めて、個々の部分の文章作成の(内部的な)責任者の個人名は明らかでない。

1264/産経新聞社案「国民の憲法」について。

 田久保忠衛の名も出しつつ、<憲法を改正しよう>と主張するだけでは意味がない、と前回に書いた。
 これに対して、田久保忠衛は、改正の優先順位も政治的な戦略・戦術にも触れていないが、産経新聞社の「国民の憲法」起草委員会の委員長として、改正の具体的内容は検討・議論して、公表している、と反論するかもしれない。
 そのとおりで、産経新聞は「国民の憲法」(憲法改正要綱)を公表している。そして、産経新聞社・国民の憲法(2013.07、産経新聞社)の中には、自民党改正草案との違いを(わずか3頁だが)叙述している部分もある(p.138-140)。従って、かりにその部分を田久保が執筆しているか、または了解しているのだとすると、田久保が産経新聞社案と自民党案との違いをまったく説明していないというわけではない。
 以上のかぎりで田久保に対する批判的コメントは一部取消させていただく。もっとも、上記書物は「国民の憲法」の個々の条項に即して自民党案を採用しなかった理由を述べてはいない。上の3頁の中で触れられているのは、のちに触れる基本的スタンスの他は、天皇条項・現九条・前文のみだ。
 それに、あらためて上記書物を手がかりに産経新聞「国民の憲法」要綱を見てみると、基本的なよく分からない点があり、また奇妙に感じる点もある。
 まず第一に、この産経新聞「国民の憲法」案の発表主体はいったい誰なのか。どうやら、上記委員会ではなく、産経新聞社という会社法人(新聞会社)そのもののようだ。上記書物の「はじめに」の執筆者(署名)は「産経新聞社」になっている。そして、この書物は「起草委員会の議論をもとに…編集」したものだとされているが、「国民の憲法」案を最終的に完結的に作成したのは田久保を委員長とする起草委員会なのか、それとも起草委員会の議論の過程に産経新聞社の社員・記者たちがすでに関与したのか、も分かりにくい。起草委員会なるものの性格・位置づけにかかわるが、おそらくは上の後者で、起草委員会の「事務局」としての社員・記者たちがすでにかなり関与したように推測される。そして、その産経新聞の社員・記者たちの固有名詞・人名が「産経新聞社」の名の中に隠されていることも特徴の一つだろう。
 このような曖昧さは、読売新聞社の<読売試案2004年>の作成過程とはかなり異なっている。
 読売新聞社編・憲法改正-読売試案2004(2004.08、中央公論社)によると、この試案が読売新聞社の名によるものであることが明らかだが、この書物の「はじめに」は同社の「調査研究本部長」が執筆し、「おわりに」は同社「調査研究本部」員が執筆して、それぞれ固有名詞(個人名)まで明らかにしている。また、読売試案の作成には(社外の専門家の助言等を得たかもしれないが)「起草委員会」なるものがかかわっているわけではない。
 つぎに第二に、時期的に私が産経新聞を定期購読しなくなって以降のことだったことに原因がある勉強不足のためかもしれないが(もっともネット上で改正案作成の動きや結論の公表があったことは知っていた)、あらためて産経新聞「国民の憲法」案を見て、大きな違和感を抱いたことがある。
 それは、自民党案との違いとして記述されていることでもあるが、「現行憲法をゼロベースで見直して」いて、自民党案や、さらに読売試案とも違って、現憲法の条項との関係がはなはだ分かりにくいことだ。現憲法の△条を改めて「…」とする、という書き方をしておらず、現憲法の「構成」や各条項とは無関係に、一体として、「新」憲法案が提示されていることだ。
 この点について、上記書物p.138は、自民党案は現憲法を「下敷き」にしているので「現行憲法の抱えるさまざまな欠陥をそのまま引き継い」でいる、と述べている。論理的に見て、「下敷き」にしていれば必ず「欠陥を引き継ぐ」ことにはならないとは思うが、それは別としても、現実の憲法改正(の発議と国民投票)のためには、産経新聞「国民の憲法」案ははなはだ使いづらい。
 なぜならば、憲法改正とは、現憲法の全体を一挙に廃棄・廃止して、新しい憲法を一括して創出する、というものではないからだ。
 ここで、憶測にはなるが、ひょっとすれば産経新聞「国民の憲法」案は、渡部昇一らの現憲法「無効」論や石原慎太郎の現憲法「破棄」論の影響も受けて、現憲法の全体に新しい「自主」憲法がとって代わる、というイメージで作成されたのではないか、という疑問が生じなくはない。
 総選挙における<次世代の党>の衰退とも関連させて、現憲法「無効」論・現憲法「破棄」論についてはあらためて触れる予定だ。ともあれ、現憲法と「新」憲法案のどちらがよいと思うか、というかたちで一括して憲法改正の発議と国民投票が行われるはずがない。確認しないが、憲法改正手続法もまた、そのようなことを想定していないはずだ。
 より具体的に、あるいは個々の条項に即して、例えば(自民党案によれば)現九条2項を削除して九条の二(国防軍の設置)を新設することに賛成か反対かで、あるいは(読売試案2004年によれば)①現九条1項を一部修正する、②現九条2項を削除して、別内容の条文に代える、③新たに別の条を追加して「自衛のための軍隊」保持可能等を明記する、のそれぞれについて、またはこれらだけを一括して賛成か反対かで、国民投票は行われるはずだ。
 産経新聞「国民の憲法」案の個々の条項を見て、かつ優先順位さえ決定すれば、上のような技術的?問題は解消できる、というのが産経新聞社案の意図なのかもしれない。しかし、現憲法との比較対照表を作れない(作っていない)案は、かなり分かりにくいし、上記のような(革命的?な一挙の)一括的「改正」をイメージしているのではないか、との疑問が生じなくはない(そうした気分がまったく理解できないわけではないが、非現実的で、却って「改正」を遅らせる)。
 さらに第三に、ここで書いてしまっておけば、産経新聞社の上記書物における現憲法九条1項の理解はいぜんとして奇妙だ。すなわち、p.140は、現九条1項は「主権の行使に制限を課している」、「不徹底で不完全」なものだ、と記している。
 しかし、自民党改正案も読売試案2004年も、基本的には現在の現九条1項の条文をそのまま残すこととしている。
 歴史的由来のある「国権の発動たる戦争」等の意味が理解しやすいものではなく、大きな誤解も招くことになっているのは確かで、<侵略戦争>の否定の趣旨を書き直すことは考えられてもよい(そうした趣旨の規定に対する、<侵略戦争>否定は「主権の行使に制限を課す」不適切なものだ、との批判はあたらないだろう)。
 しかし、産経新聞「国民の憲法」案よりもより長い時間と議論を経て作成されたとみられる自民党の最新改正案や読売試案2004年が現九条1項を基本的にはそのまま維持しているのと比較すると、同じく<保守派>の中では異質な案になっていることを、田久保忠衛や産経新聞関係者は意識・自覚しておいてよいと思われる。
 なお、産経新聞社の上記書物は、自民党案は「戦争放棄の規定(9条)をほぼ踏襲している」と書いて疑問視している(p.139)。しかし、(侵略)戦争放棄の規定は「9条」ではなく、同条1項だ。法学者ではない北岡伸一でもしているような理解を、どうやら産経新聞関係者および上記起草委員会は採用していないようだ。不思議で仕方がない。
 とりあえず、憲法改正の仕方・内容に関して若干のことを述べた。最優先されるべきは、現九条2項の廃止(削除)と実質的に自衛隊を正規の「軍」と認めることとなる条項の新設だ(法律改正により名称等々の変更が必要だが)、と考えている。「自衛軍」でも「国軍」でもよいが、「国防軍」で差し支えないのではないか。
 憲法の専門家ではない者が書いていることだが、憲法改正にむけての議論に小さな渦でも生じさせることがあれば、幸い。

1263/具体的・建設的で戦略も意識した議論を-憲法改正をめぐる保守派の怠惰。

 月刊正論1月号(産経新聞社)に、田久保忠衛「衆院選で忘れてはならぬ/憲法改正のラスト・チャンス」がある(p.158-)。産経新聞の憲法改正案起草委員会の一員だった人物(かつ国家基本問題研究所の幹部)が憲法改正の必要性を説き、衆院選の重要な争点とすべき旨を主張してるのだが、これを概読して、2010年11月03日の産経新聞「正論」に掲載された、やはり田久保忠衛の「憲法改正の狼煙上げる秋がきた」を読んで感じたのと似たようなことを感じた。
 当時感じたことは、この欄の2013.08.12投稿でも繰り返されている-「問題は、いかにして、望ましい憲法改正を実現できる勢力をまずは国会内に作るかだ。/この問題に触れないで、ただ憲法改正を!とだけ訴えても、空しいだけだ」。
 当時は民主党政権下だったので現在とはやや状況は異なるが、発議自体に各議院議員の2/3以上の賛成が必要であることに変わりはなく、これが達成されている状況にあるとは、衆議院に限っても明確には言い難い。
 また、国会議員の構成は民主党政権下に比べれば改憲のためにより有利にはなっているだろうが、そもそも憲法「改正」の具体的内容は改憲派(あるいは「保守派」)において明確になっているのか、という根本的問題がある。
 田久保は月刊正論1月号で現前文・現九条の改正と緊急事態対処条項の三つに少なくとも触れているようだが、田久保には尋ねてみたいことがある。
 まず、産経新聞社「国民の憲法」草案起草委員の一人として、すでに公表されていた自民党の憲法改正案を知っていたはずだが、産経「国民の憲法」案・要綱と自民党改憲案はまったく同じではないはずのところ、なぜ両者には違いがあるのか?、自民党の改憲案をそのまま採用しなかった具体的理由は何なのか?
 これくらいのことを明らかにしてくれていないと憲法改正のための具体的な議論はできないのではないか。
 また、憲法改正は-いずれまた触れるだろうように、明治憲法を全体としてそのまま復活させるという主張を採用しないかぎり-現憲法全体に対して改正案全体を提示して、全体について一括して支持するか否かを国民投票によって決する、というのではない。一箇条(の改正または新設)のみについて一回の記載か、複数の条項についての改正案(新設を含む)に即して複数回の(賛否の)記載を国民に問うのか、というやや技術的な(とはいえ現実には重要な)問題もあるが、いずれにせよ、改正が優先されるべき個々の条項について改正(・新設)の賛否を国民に問うことになるはずだ。
 しかして、田久保はいったい現憲法のどの条項から改正を始めるべきだと考えているのか。この点も明らかにしてくれていないと、憲法改正についての具体的な議論はできない。
 田久保忠衛に限らない。月刊正論2月号(産経新聞社)に、八木秀次「見え始める憲法改正への道筋」という魅力的なタイトルの論考があるが(p.58-)、総選挙結果の政治評論家的分析が3/4を占め、憲法改正に関する、上のような疑問に答えるところはない。ただ一つ、「憲法改正を政治日程に載せるためには1年半後の参議院選挙で改憲派の議席を確保しなければならない」等の、率直に言って改憲派ならば誰でも書けるようなことを書いているにすぎない。
 たまたま田久保忠衛と八木秀次の名を出したが、①両議院に2/3の改憲派を生み出し、国民投票でも国民・有権者の過半数の支持を得るための戦略・戦術、②すでにある改正案もふまえて、具体的にどのような内容の条文にするかのより突っ込んだ検討(ちなみに、櫻井よしこは「国防軍」ではなく「国軍」でよいと、どこかに書いていた)、③そもそもどういう順番で、改正案を国民に提示していくのか、についてのきちんとした検討、はいずれも、改憲派(「保守派))において、決定的に遅れているか、まったくなされていない。
 実に悲観的(・悲惨的)で危機的な状況にある、とすら言える。改憲派の論者たちは、本当に、真剣に、現憲法を変えたい、「自主憲法」を制定したい、と考えているのだろうか。
 このような状況では、安倍晋三首相が、憲法改正について具体的なことを語ることができないのも、当然だ。適当に何かを論じ、書いていれば済む立場に、安倍首相はいるわけではない。発議に必要な要件を彼は痛いほど理解しているだろうし(96条改正問題にもかかわる)、また、具体的な改憲条文を示した上で国民投票にかける必要があることも、どの条項から始めるべきかという問題があることも、当然に強く意識しているはずだ。
 にもかかわらず、安倍首相の問題意識・問題関心に応え、具体的にサポートする議論を改憲派(「保守派))が行ってきているとは思えない。
 優先順位にしても、公明党の「加憲」論に配慮して、安倍首相は緊急事態対処条項から始めたいのでは、という憶測記事を新聞で読んだことがあるが(何新聞だったかは忘れた)、かかる程度の<優先順位>論すら、改憲派(「保守派))は何もしていないのではないか。現九条か、前文か、緊急事態条項か、それとも「環境権」か?
 改憲派(「保守派」)の怠惰だ。
 もともと自民党は安倍晋三が言うとおり、「自主憲法の制定」を悲願としてきたのだから、改憲派(「保守派」)が、たんに、<憲法を改正しよう>と主張しても、訴えても、ほとんど意味はない。いいかげんに、それだけの主張や議論はやめるべきだ。
 ついでに言うと、周知のとおり、憲法改正反対(とくに現九条2項護持)の政党・運動団体があり、憲法学者の大半は<護憲派>とみられるところ、現96条改正や現九条改正に反対する憲法学者等の主張・議論に、改憲派(「保守派」)は適確に反駁してきているだろうか。
 例えば、昨2014年に、東京大学の現役教授・石川健治は朝日新聞に「乾坤一擲」の長い文章を載せ、京都大学の現役教授・毛利透は読売新聞紙上で護憲の立場で論考(・インタビュー回答)を載せていたが、これらに、迅速に改憲派(「保守派」)は反応し、これらを批判したのだろうか。
 <憲法改正を>だけ叫ぶのはいいかげんにしてほしい。具体的かつ建設的で戦略も意識した議論が、そして<護憲派>に対する執拗といってよいほどの批判が、必要だ。

1262/憲法九条2項改正と北岡伸一による朝日新聞の批判的分析。

 一 自民党の憲法改正案において、現憲法九条の全体が削除または改正されるのではなく、現1項はそのまま残されて新9条の全体になるとともに、新たに九条の二を設けて「国防軍」の設置が明記されることになっている。
 現在の第二次案ではなく「自衛軍」としていた第一次案の時期のものだが、自民党本部の担当者だった者による、田村重信・新憲法はこうなる(2006.11、講談社)p.120-1は現1項の趣旨をイタリア・ドイツ等の憲法(・基本法)も有し、「国権の発動たる戦争」とは1928年パリ不戦条約に由来する表現で<侵略戦争>を意味し、それを放棄・禁止するものであっても「自衛権に基づく戦争」を放棄・禁止するものではない、と明確に説明している。
 上の趣旨を理解していないかに思えた産経新聞社説があったので上の点を(そのときは上の田村著を知らなかったが)この欄で指摘し、かつ<「九条を考える会」という呼称はゴマカシだ、正確に<九条2項を考える(護持する)会>と名乗るべきだ>という旨を書いたことがある(2012.03.15)。
 前回にやや厳しい感想を述べた柳本卓治の文章も、上の点を明確に意識して書かれてはおらず、現九条=日本的「平和主義」について、<左翼>がふりまいているデマ宣伝に部分的には屈している印象がある。
 現九条の2項のみの削除・改正を主張しているにもかかわらず九条全体を削除・改正しようとしていると<すりかえ>をして改憲派を反平和主義者・好戦論者のごとく批判するのは、悪質なデマゴギーに他ならない。
 二 12/23に朝日新聞の<慰安婦報道検証・第三者委員会報告書>が公表された。その一部を成すと思われる各委員の個別意見において、北岡伸一は以下のように、適切に朝日新聞を批判している。日本共産党・「九条の会」のみならず、朝日新聞もまた、上のようなデマ宣伝を展開してきたからだ。
 朝日新聞には「言い抜け、すり替えが少なくない。/たとえば憲法9条について、改正論者の多数は、憲法9条1項の戦争放棄は支持するが、2項の戦力不保持は改正すべきだという人である。朝日新聞は、繰り返し、こうした人々に、『戦争を放棄した9条を改正しようとしている』とレッテルを貼ってきた。9条2項改正論を、9条全体の改正論と誇張してきたのである。要するに、他者の言説を歪曲ないし貶める傾向である」。
 北岡は、読売新聞12/26のインタビュー記事でも、「憲法9条についても、1項の『戦争放棄』は支持するが、2項の『戦力不保持』は改正すべきだという人に対し、戦争放棄を改めようとしているとレッテルを貼って批判する」と述べている。
 このような北岡伸一の朝日新聞批判は適切であり、こうして活字になった九条1項と2項をきちんと分けての議論を初めて読んだような気がする。
 <九条を世界遺産に>という運動があった(ある)ようだが、その運動者・活動家はおそらく九条2項を念頭に置いているのだろう。ちなみに、潮匡人・憲法九条は諸悪の根源(2007.04、PHP)という書物があるが(読了)、正確な趣旨は、「憲法九条2項は諸悪の根源」なのではないか。憲法学者・百地章もかつては憲法九条改正という言い方をしていたかにも見えるが、近年では正確に九条2項改正と記述していることを、この欄でコメントしたことがある。
 三 ところで、北岡伸一の上記朝日新聞紙上の文章は朝日新聞の問題のある傾向の第6点「論点のすりかえ」の例として書かれている。それ以外は、第一・「粗雑な事実の把握」、第二・「キャンペーン体質の過剰」、第三・「物事をもっぱら政府対人民の図式で考える傾向」、第四・「過剰な正義の追求」、第五・「現実的な解決策の提示の欠如」、である。
 北岡に対しては<保守>派からの批判もあるようだが、朝日新聞批判の著・文章は数多くあると見られるところ、北岡の上のような、決して長くはない文章における体系的・総合的な?整理・分析は、的確で、なかなか優れていると感じられる。以上の諸点はすべて、かつての<進歩的文化人>と同様に社会主義・共産主義への憧憬を残した、目的のためならば歪曲・虚報も許されるという心情の「記者」たちによって構成された<政治団体>だからこそ生じている傾向・問題点であるかもしれないが。

1261/月刊正論1月号・柳本卓治論考を読む。

 月刊正論(産経新聞社)2015年1月号に柳本卓治「世界最古の『憲法の国』日本の使命」がある(p.168-)。
 自民党議員で参議院の憲法審査会会長に就任したという人物が書いているもので、共感するところもむろんあるが、大いに気になることもある。
 この論考は大きく五つの柱を立てているが、その二は「国家や国民という歴史と文化・伝統を縦軸に、国民主権・基本的人権・平和主義の三大原理を横軸に据えた憲法を」だ。「国民主権・基本的人権・平和主義の三大原理」を基軸の一つにする、と言うのだが、より詳しくは次のように語られている(p.170)。
 「現行の日本国憲法は、占領下の翻訳憲法ではあるが、その根幹には、国民主権、基本的人権、そして平和主義(戦争の放棄)という三大原理が謳われてい」る。「国民主権(主権在民)も基本的人権も、自由と民主主義に立脚する近代国家には、普遍的な原理」だ。「また、戦争放棄と平和主義も、人類国家として実現していかなければならない理想でもあ」る。
 これはいけない。第一。すでにこの欄で述べたことがあるが、まず、現憲法が「国民主権・基本的人権・平和主義」を「三大原理」とするというのは、多くの高校までの教科書には採用されている説明かもしれないが、<左翼>憲法学者たちが説いてる一つの解釈または理解の仕方にすぎない。阪本昌成のように七つの<後日訂正-六つの>原理を挙げる憲法学者もあり、大学レベルでの憲法教科書類が一致して説いているわけでは全くない。少なくとも、権力分立原理と「象徴」天皇制度の維持・採用も、現憲法の重要な原理だろう。前者には、司法権により立憲主義を維持・確保しようとしていること(立法を含む国家行為の憲法適合性の審査)も含めてよい。
 ともあれ、素朴で、幼稚ともいえる「三大原理」の持ち出し方は、適切であるとは思えない。
 つぎに、その「三大原理」を「自由と民主主義に立脚する近代国家」に「普遍的な原理」だと語るのは、まさに<左翼>的な戦後教育の影響を受けすぎており、とても<保守>派の政党・論者が語るものとは思えない。そもそも、日本において、アメリカの独立革命やフランス革命とそれらが生んだ憲法をモデルとして「近代憲法」を語ることの意味が問われなければならないだろう。西欧+アメリカの「近代」原理を日本も現憲法で採用し、それは「普遍的原理」だ、というのは、典型的な<左翼>の主張であり、理解である、と考えられる。
 欧米を「普遍的」原理を提供しているモデルと見るのではなく、日本的な国政あるいは国家統治の原理を創出しなければならず、「自由と民主主義」といっても、それは日本的な「自由と民主主義」でなければならない。
 柳本のような論調だと、欧米的「近代」・「普遍的な原理」によって、「国家や国民という歴史と文化・伝統」は害され、決して両者は調整・調和されないことになるのではないか。
 柳本の教養・素養の基礎は経歴によると経済学にあるようだが、上のようなことを書く人が参議院憲法審査会会長であるというのは、かなり怖ろしい。
 さらにいえば、柳本・参議院憲法審査会会長は、「戦争の放棄」とか「平和主義」をどのような意味で用いているのだろうか。いっさいの「戦争の放棄」をしてはならず、正しい又は正義の戦争=自衛戦争はある、と私は考える。
 また、<左翼>が「平和憲法」などと称して主張する場合の「平和主義」とは、決して戦後および現在の世界諸国において一般的・普遍的なものではなく、「戦力の保持」をしないで他国を信頼して「平和」を確保しようとする、きわめて非常識かつ異常な「平和主義」に他ならない。
 にもかかわらず、柳本は次のように書く-「いま最も大切なことは、この憲法9条の精神を今後も高々と掲げると共に、同時に、…独立国としての自衛権と、自衛のための自衛軍の整備をきちんと明文化すること」だ。
 ここには現9条の1項と2項の規範内容の違いへの言及がまるでないし、「憲法9条の精神を今後も高々と掲げる」という部分は、実質的に日本共産党の別働団体になっている「九条の会」の主張と何ら異ならない。せめて、9条1項の精神、とでも書いてほしいところだ。
 柳本は「憲法9条とは、先の大戦を通して、国民が流し続けた血と涙の池に咲いた、大輪のハスの花である」とまで言い切る。憲法9条は、その2項も含めて全体として、このように美化されるべきものでは全くない、と私は考える。このような言い方も「九条の会」と何ら異ならない。
 繰り返すが、現憲法の文言から素直に読み取れる「平和主義」とは、「軍その他の戦力」の不保持・「交戦権」の否認を前提とする、それを重要な構成要素とする<世界でも稀な、異様な>「平和主義」だ。その点を強調しないままで、現9条は「大輪のハスの花」だとか、「戦争放棄と平和主義」は「人類国家として実現していかなければならない理想」だ、などと自民党かつ参議院の要職者に語られたのでは、げんなりするし、憲法改正・自主憲法制定への熱意も薄れそうだ。
 第二。五つめの柱の「日本人は世界初の『憲法の民』」も、そのまま同感はしかねるし、また議論のために不可欠の論点だとは思われない。
 柳本は、聖徳太子の「十七条の憲法」を持ち出して、「近代国家の憲法とは、一律には比較でき」ないと断りつつも、「日本人は、世界初の『憲法の民』なの」だ、という(p.175)。
 日本と日本人が<世界初>・<世界で一つ>のものを有することを否定はしない。しかし、日本の明治期に欧米の近代「憲法」の原語(Constitution, Verfassung)がなぜ「憲法」と訳されたのかという歴史問題にもかかわるが、柳本も留保を付けているように、日本が世界初の「憲法」を持った、というのはいささか牽強付会の感を否めない。これはむろん「憲法」という概念・用語をどう理解するかによる。今後の憲法改正にあたっては、この点の指摘または強調はほとんど不要だろう。
 憲法改正に向けての多少の戦術的な議論の仕方を一切否定しようとするつもりはないが、柳本の基本的論調はあまりに<左翼>の影響を受けた、あるいは、表現を変えると<左翼>に媚びたものではないか。稲田朋美ならば、このような文章にならないのではないか。
 問題は、現憲法の諸条項を、どのように、どのような順序で改正するか(新設も含む)、そのための勢力を国会両議院内および国民・有権者内でどのように構築していくか、にある。

1260/朝日新聞12/15夕刊「素粒子」の錯乱等。

 朝日新聞12/15夕刊のコラム「素粒子」はつぎのように書く。
 1.「信を問われても耳を貸さない半数近い人々。得られた民意の薄い地盤に、建てられる国家像の不釣り合いな重さ」。
 衆議院議員選挙における安倍政権・与党の<圧勝>を投票率の低さから見ての「得られた民意の薄い」等々と述べて揶揄し、本当に信任されたわけではないぞ、と言いたいわけだ。
 投票率の低さをもたらした原因の一つは、この選挙には「大義がない」と早々に断言した朝日新聞やそれに近いメディアにもあるのではないか。「大義がない」選挙であれば、投票しなくてもよい、と考えてしまう有権者が生じても不思議ではない。
 もともと、解散・総選挙は、与党の多数議席を減らし、あわよくば半数以下にさせたい野党が要求するはずのものであり、朝日新聞のような、反安倍・反自民党のメディアが2012年総選挙の結果を変えるために主張しても不思議ではないものだった。にもかかわらず、せっかくの総選挙の機会を「大義がない」と評してしまったのだから、投票率の減少や与野党の議席占有率がほとんど変わらなかったことの責任の一端は、朝日新聞自体にもあったことを自覚すべきだろう。安倍首相は朝日の「大義がない」という反応を見て<勝った>と思った、と某評論家がテレビで語っていたが、さもありなん、という気がする。まして、この時期に解散・総選挙をしてよいかとうかを争点にしようとか、総選挙には700億円かかるといった朝日新聞等の報道姿勢こそが、奇妙なものだった。
 もっとも、上に述べた皮肉・批判を、<狂った>朝日新聞のコラムや論説の執筆者たちは理解できないかもしれない。
 2.「意思がはっきり浮かんだ沖縄」。
 沖縄県の4小選挙区では自民党候補が敗北したことを<喜んで>上のように述べているのだが、これには笑って(嗤って)しまった。
 同じ一面にある今回総選挙の投票率によると、沖縄県のそれは52.36%で、全国平均の52.66%よりも0.3%低い。後者から沖縄県を除外すれば、もっと低くなる。
 この数字を見ると、沖縄県での「得られた民意」もまた「薄い地盤」に支えられたものではないか。にもかかわらず、全国平均よりも低い投票率の沖縄では「意思がはっきり浮かんだ」と評するのは、いったいどういう感覚のゆえなのだろう。
 自分たち=朝日新聞にとっての好ましくない結果は「得られた民意の薄い」と論定し、好ましい結果が出た沖縄については「意思がはっきり浮かんだ」と書く。この神経はまっとうなものではなく、<狂って>いる。
 朝日新聞がダブル・スタンダードをもった、<ご都合主義>者の集まりであることはよく知られている。12/15夕刊の「素粒子」もまた、そのことをあらためて明らかにしている。
 もつとも、上に述べた皮肉・批判を、<狂った>朝日新聞のコラムや論説の執筆者たちは理解できないかもしれない。
 朝日新聞12/15の朝刊「社説」は、つぎのように主張している。
 総選挙の結果によって安倍政権は「決して『何でもできる』力を得たことにはならない。憲法に基づく民主主義は、選挙の勝利によって生まれた政権に全権を委任するものではない」。
 これ自体は異議を挿ませないものかもしれないが、しかし、問いたい。2009年8月末総選挙における民主党勝利=政権交代必至の結果を受けて、朝日新聞「社説」は、民主党政権に<白紙委任をしたわけではない>旨を書いたのか?
 朝日新聞はダブル・スタンダードをもった、<ご都合主義>者の集まりであり、それは事実(ファクト)よりも価値(スタンス)を優先する報道機関まがいの政治団体であることによって生じている。朝日新聞が何と釈明しようと、この本質を変えることはないだろう。 

1259/「危険な思想家」発想がなお残る今日の知的世界。

 ・前回言及の竹山道雄の文章は、朝日新聞が日本の継続性肯定の<明治100年>か敗戦による新たな<戦後20年か>という対立があるとして両側の諸論者の文章を掲載したものの一つで、前者の論者は平川祐弘によると竹山道雄・林健太郎・江藤淳・林房雄、後者のそれは野間宏・遠山繁樹・小田実・加藤周一、のそれぞれ4名だ。作家・野間宏は少なくとも戦後の一時期は日本共産党員だった者、日本史学者・遠山茂樹は日本共産党だったと推測される者、あとの後者の二人は非日本共産党「左翼」だろう。そして、平川の言に俟つまでもなく、朝日新聞は後者の立場を支持することをを少なくとも示唆した特集だったと思われる。
 ところで、平川祐弘によると、同じ1965年に山田宗睦が「危険な思想家」というタイトルのカッパ・ブックスを出していて、上の前者の4名は山田のいう「危険な思想家」だったらしい。平川によればほかに安倍能成が明記されているが、三島由紀夫や石原慎太郎もまた当然に?「危険な思想家」だったようだ。平川によると、この山田の著に朝日新聞が「飛びつい」て、上に言及の特集になったらしい。
 この論争に立ち入るつもりはないが、上の両派?のいずれの立場が日本国家と日本国民にとって本当は「危険な」ものだったかは、今日ではほとんど明らかだと思われる。
 だが、60-80年代くらいまでかなり広く<保守・反動>という言葉でレッテリ貼りされた考え方・歴史の見方を今日でもやはり「危険」と感じている者は今日でも少なくないし、憲法学界では前回に言及した某憲法学者も含めて圧倒的多数派を占めているという印象がある。
 「危険な」の反対は「安全な」だが、いわゆる<進歩>派あるいは「左翼」こそが、憲法学界では「安全な」立場・立ち位置なのだ。したがって、学界や各大学・各学部の多数派=「安全な」立場に属していることが、就職・昇格やその他の人間関係上<有利>であると感覚的に判断する者は、深く考えることなく、無自覚に「左翼」になってしまう憲法学者も出てくることになる(別に憲法分野に限りはしないが)。あるいはまた、<右・左>、<保守・左翼>のいずれかの立場を鮮明にしない方が「安全」だと感じる大学や学部にいる間は<温和しく>しているが、「左翼」性を明確にしても「安全」だと感じる大学・学部に移れば、例えば平気で「九条(2項)を考える会」に属して報告をしたり、特定秘密保護法や集団的自衛権容認に反対する声明に堂々と名を連ねたりすることになる。
 ・憲法学界を例にしての以上のことが決して的外れではないことは、月刊WiLL1月号(ワック)冒頭の座談会で、政治学の中西輝政が語っていることでも明らかだろう。<保守派>であることは大学院生がどこかの大学に就職する(採用される)ために不利だったことは指導教師だった高坂正堯の言葉を紹介しながら中西輝政がすでに述べていた(この欄でも触れた)。
 上の座談会の中で中西輝政は、「いまでも特殊な知識人の世界」では「朝日的であること」が「知的権威そのもの」だ、「朝日に対する信仰」は「いまでもテレビ界の報道関係では、NHKも含め…根強く残っていて、一般の社会と大きくズレている」と述べたりしつつ(p.37)、つぎのようにも語っている。
 「学会ではいままでずっと地雷原を歩いているようなものでした(笑)」。大学では「最も大変な時期は、校門をくぐった瞬間から一瞬たりとも警戒心を解くことができ」なかった。メディアで「靖国参拝に賛成」と言ったら「授業を暴力で潰しに来かねない状況で、教員たちも露骨に反発して私一人、全く孤立無援」だった。大学の校門を出た方が安全で、「むしろ大学に入ると『学問の自由』は保障されてい」なかった。
 学生の反応はともかくとしても、「教員仲間」から「そもそも中西さんの言動に問題がある」として「取り合ってもらえなかった」(以上、p.40)という、学部または教員たちの雰囲気に関する発言の方が重要だし、興味深い。
 もっとも、具体的にいかなる時期のどの大学(京都大学?)のことを述べているのかは明確ではない。余計ながら、中西輝政が退職した大学・学部には佐伯啓思も同僚としていたはずだ。
 上の最後の些細な点は別として、「学問の自由」といいながら、人文・社会系の大学に所属する研究者たちは、テーマ設定や研究内容について、本当に自分の頭で「自由」に考え、結論を出しているのだろうか、という疑問をあらためてもたざるをえない。それは「靖国参拝」や「慰安婦」についての彼らの意見や認識についても言える。それぞれの学界・学会の<空気>を読みながら、「黒い羊」と目されないように、多数派に属するように、あるいは「安全」であるように、取捨選択しているのではあるまいか。無意識にそのように行動させるシステムができ上がっているとすれば、もはや大学でも「学問」でも「自由な」研究者でもないだろう。ややテーマがそれたかもしれない。

1258/月刊正論を最近は毎号きちんと読んでいる。

 ・前編集長時代とは異なり、交替後の月刊正論(産経新聞社)は「メディア裏通信簿」も含めて、なかなか面白い。何よりも、くだらない、又は反発を覚えるような論考や記事がほとんどなくなった。
 とは言っても、なぜか、日本共産党、社民党、生活の党(小澤一郎は見事に?変身した)という「左翼」政党、とりわけ日本共産党の現状の紹介や批判的検討が全くと言ってよいほどないことは相変わらずで、中国(中国共産党)を熱心にかつ批判的に分析しても、なぜ日本の月刊雑誌は日本の「共産党」を、あるいは日本のコミュニズムを正面から扱わないのだろうというもどかしさは依然として残る。
 ・月刊正論1月号もおそらく90%以上読み終えた。最近と同様に、かつてほどに逐一言及する余裕はない。
 門田隆将の文章も小浜逸郎(この人は一時期は信用していなかったのだが)の文章も、印象に残ったが、平川祐弘が紹介している、竹山道雄の、朝日新聞1965.04.05号の文章の一部が目を惹いた。
 「私には戦後の進歩主義がほんものの平和と民主主義であるとは思われない。それはむしろ、人々の平和と民主主義をねがう気持ちにつけこんで、別なものが進歩主義を利用して浸透する手段としたのだった」。(p.347)
 ビルマの竪琴という小説の作家としてしかほとんど知らない竹山道雄だが(もっとも、同・昭和の精神史は所持していていずれ読みたいと思っているし、著作集も半分以上所持している)、60歳をすぎた時期に朝日新聞紙上でこんな文章等でもって論争しているとは、相当な人物だったに違いない。
 「人々の平和と民主主義をねがう気持ちにつけこんで、…進歩主義を利用して浸透する手段」としている「別なもの」は現在も厳然として存在するし、「別なもの」に「平和と民主主義をねがう気持ちにつけこ」まれていることを知らずに、戦争と<全体主義・ファシズム>の復活?を許さず「平和と民主主義」の理想を追求していると自らを評価しているものも厳然として多数存在している。
 すでに「別なもの」になっているのかどうかは知らないが、個人的に知る某憲法研究者は、<日本の自衛隊(軍事組織)は信用できない。正式に軍として認知すれば何をしでかすか分からない>という旨を<公言>していた。
 日本軍国主義=日本のかつての軍部は<悪>でありかつ<拙劣>であったので、そのDNAを継承している自衛隊、そして日本人そのものが<正規の軍として位置づけられるものを保持するとアブない>というわけだ。
 かかる戦後・占領期の<時代精神>を、日本の憲法学者の多くはなおも有し続けているのだろう。
 開いた口がふさがらないし、そのような感覚を平然と語るれっきとした<おとな>らしき人物などとは、もはやとっくに、「口をきく気にもなれなくなっている」のだが。
 

1257/田中英道の新著と佐伯啓思の「天皇制」論。

 田中英道・戦後日本を狂わせた左翼思想の正体(展転社、2014.10)の中に、2013年に皇太子退位・皇位継承を論じた山折哲雄と山折論考は「たいへんに大事な問題を提出しようとしている」と受けとめた佐伯啓思論考(新潮45、1913年4月号)への簡単な論及がある(p.209-210)。
 田中は、山折や佐伯の議論は<「近代」主義者の見解>、あるいは<社会主義者ではなく「近代」主義の立場に立った近代リベラル立場のものだ>とほぼ断定している。田中によると、ここで「近代リベラル」とは「権力や権威から自由な立場に立とうとする、相対的な態度」のことらしい。

 八木秀次が憲法学者・佐藤幸治を「近代主義」者と称していた又は評していた記憶はあるが、私自身はこの「近代主義」なるものの意味はよく分からない。<近代リベラル>も同様だ。大まかには、社会主義者・マルクス主義者(明確なシンパを含む)ではないが、<明確な?>「保守主義」者でもない、という意味なのだろうか。
 上の点はともかく、佐伯啓思については、「日本」や「愛国」を論じながら、「天皇」や「神道」あるいは日本化された仏教への言及がはなはだ少ない、という感想をもち、その旨この欄で記したこともある(但し、正確な内容は思い出せない)。戦前の浪漫主義・西田幾多郎哲学等よりも、日本に固有の天皇や神道(・日本化された仏教)に、その歴史も含めて立ち入らないことには「日本」も「愛国」も語り得ないのではないか、という考えは今でも変わりはない。
 あらためて佐伯啓思の新潮45昨年4月号の論考を瞥見してみると、田中英道が問題視しているごとくであるように、<国民の意思によって天皇制を廃止することも可能だ>旨の指摘・叙述が複数回あって、強調されている。また、「天皇制」という概念用法はともかく、天皇位が「世襲」のものであることは、いわば<世襲の象徴天皇制>は憲法で定められており、国民の意思により変更可能であっても憲法改正によらざるをえないこと、その他の皇位継承のあり方を含む諸論点は国民代表議会による法律で改廃が可能であることが明瞭には区別されず、ともに「国民の意思」による改廃可能性が語られていることも気になる。
 もっとも、憲法1条は皇位が「主権の存する日本国民の総意に基づく」と明記しているので、現憲法を無視しないかぎりは(無効とみない限りは)、佐伯啓思の理解が誤っているわけではない。憲法学者もおそらくすべてがそう解釈しているだろうし、かつ親コミュニズムの学者たちは(日本共産党のように現時点において明確に主張しないものの)将来における天皇制度廃止(憲法14条違反??)を展望しているだろうし、立花隆もまた憲法改正による「天皇制」廃止の可能性を憲法1条を根拠として強調していた。

 佐伯啓思は日本の「天皇制」という政治制度は「おそらく世界に例をみない」と述べつつ、だからといって素晴らしいとも廃止すべきだと言うのではなく、この独自性をわれわれは知っておく必要がある」とのみ述べる(前掲p.332)。この辺りも、佐伯自身の中には「天皇制」尊重主義?はなく、距離を置いた、<相対>主義?だとの印象を与える原因があるかもしれない。
 もっとも、田中英道のように簡単に切って捨ててしまうのも問題があるだろう。佐伯啓思は、日本の天皇制度の特質の三つ、第一に、世襲制、第二、政治権力からの距離(祭祀執行者)、第三、「聖性」のうち、戦後は第三の、「聖性」を公式には喪失している、とする。佐伯による日本の天皇制度の歴史の理解は戦後の歴史教科書による、ひょっとすれば、陳腐で<左翼>的に誤っている可能性がなくはないとも感じるのだが、専門的知識の乏しい私はさておくとして、上の指摘はほぼ妥当なものではないだろうか。<祭祀執行>(むろん神道による)についても戦後憲法のもとでは天皇(又は天皇家)の「私的」行為としてしか位置づけられていないという問題点があることも、そのままではないが佐伯は触れている。
 そして、結論的には佐伯は、国民が<祭祀王としての天皇をフィクションとして承認する>か否かに天皇制度の将来はかかっている旨述べる。「王」という語の使い方は別として、この主張も、私には違和感がない。
 上のことを国民が承認するとすれば、現在の憲法上の天皇条項の内容や政教分離に関する条項の改正、すなわち、佐伯は明言していないが、憲法改正が必要になる。そして、そのようにすべきだと-神道祭祀を公的に位置づけ、政教分離原則の明瞭な例外(またはこの原則がそもそも妥当しないこと)を認めるべきだと-私は考える。
 元に戻れば、少しすでに触れたように、田中英道のように簡単に切って捨ててしまうのはいかがなものか、という気がする。すべてではないにせよ、<保守派>の議論には憲法・法律・行政制度等々についての知識・素養を欠く、もっぱら原理的・精神的な(あるいは文学論的な?)が議論もある(それらだけでは現実的には役に立たない)と感じることもあるところであり、田中英道の本が-まだ一部しか読んでいない-そのような欠点をもつものでないことを願っている。

1256/詐話師・吉田清治とは何者なのか。

 一 慰安婦問題について、詐話師・吉田清治の虚言癖はすでに広く知れ渡ったようだが(朝日新聞のそれを信じた「狂」者ぶりも含めて)、この吉田清治がどのような人物で、なぜ平気でウソをつき、なぜ韓国で土下座する等のパフォーマンスをしたのかについては、納得できる報道・記事を見ない。
 8月からの報道等のうちほとんど唯一関心を惹いたのは、吉田清治は1947年頃、下関市議選に日本共産党から立候補した、ということだ。つまり、その時点で、日本共産党の党員だったことはほとんど疑いを容れない。
 その後1980年代までずっと同党に所属していたかは明らかではないし、日本共産党自体にも、47年から60年頃までの間に混乱と「変化」があった。
 しかし、戦後の一時期とはいえ、「共産主義」を夢想していた人物であることは明らかだと思われ、このことはのちの「虚言」と無関係ではないと考えられる。すなわち、そのような<左翼>だからこそ、日本と日本人の名誉と誇りを大きく傷つけるほどに戦時中の日本・日本軍を悪く言ってもかまわない、という精神構造をもっていたかに見える。
 彼にとっては、「日本軍国主義」は悪を為したはずなのであり、過去の日本国家を悪し様に言うことは、いかにそれが「ウソ」であっても、日本国家を傷つけるという目的のために正当化されるものだったのだろうと考えられる。
 共産主義者あるいは「左翼」とは怖ろしいものだ。目的のためにはウソを吐くことくらい、あるいは土下座をしてみせることくらい、何ともないことなのだ。
 そのような精神構造の人物であることを見抜けなかった朝日新聞の関係者もまた、同様の精神構造にあったと言ってよい。
 二 ところで、サクラムック・この国に「朝日新聞」は何をしたのか(2014、笠倉出版社)という初めて見るムック名と出版社名の雑誌によると、「従軍慰安婦」という言葉を最初に用いたのは千田夏光(元毎日新聞記者)であるらしい(さすがに岩波書店というべきだろう、吉見義明はこの言葉をそのままタイトルに用いた岩波新書を出している)。そして、同書によると、千田夏光は、「日本共産党の不破哲三元委員長の『後援会長』」だった(p.17)。
 ここにも日本共産党が顔を出している。作家・元毎日記者という「文化人」であるなら、党籍を隠したまま「後援会長」になっても不思議ではない。すなわち、千田夏光もまた日本共産党員だった可能性がかなり高いだろう。
 日本共産党員だった人物だからこそ平然と「ウソ」をつき、あるいは「意図的な曲解」(同上p.15)をしたのではないか。
 朝日新聞の中の吉田清治持ち上げ記事に関与した記者たちの個人名を明らかにさせての責任追及もなされてよいが、吉田清治や千田夏光についても、その経歴等々について詳細な情報を知りたいものだ。故人にも保護されるべきプライバシーはあるだろうが、現存者よりは狭いと考えられるし、日本の国益・公益に関係する問題でもある。

1255/元朝日新聞幹部の山田厚史・早野透に見る「朝日新聞的なるもの」。

 朝日新聞の記事の一部の同新聞による否定や社長謝罪会見(第一次的には福島原発・吉田「調書」問題)等に合わせて、朝日新聞社記者OBの発言もいくつか見られるが、興味深いのは、最近問題とされた又は朝日新聞か認めたミスをいちおうは批判しつつも、なおも「朝日新聞」的意識・心情を吐露していることだ。二つ例を挙げておく。
 宝島11月号(宝島社)における、元編集委員・山田厚史
 山田厚史は、<朝日は反日>は「陳腐な非難」とか、朝日の上層部には他新聞と同じく「政権とプイプ」があるとか発言しつつ、つぎのように何気なく発言する。
 「野党が弱体化しているいま、政治の暴走を食い止める防波堤は世論です」(上掲p.8)。
 これはいったい何だろう。正確には「政治の暴走」とはいったい何のことだろ。おそらく、特定秘密保護法(12/10施行の旨の政令が2日ほど前に決定)の成立や集団的自衛権行使合憲との内閣解釈決定等を指すのだろうが、これらを「政治の暴走」と感じるのはまさに朝日新聞的な見方によるものであり、決して一般的なものではないとの自覚すらないように見える。
 また、次のようにも言う。①政権には世論が壁になりうるので「リベラルと言われる朝日新聞の信用が失墜すれば政権は楽になるということはある 」、「だからといって政権が朝日に何かしているということではないですよ」、②この20年「中国、韓国に対し、日本が劣後してきた、…ことに対する苛立ちが日本人の中にある。そうした時代状況のなかで傷ついた自尊心がナショナリズムを煽り、朝日新聞が逆風を受けている状況はあると想います」(p.8-9)。
 安倍政権による謀略的朝日新聞攻撃だったらよいのに、とも理解できなくはない①は無視して、②はなかなか面白い。第一に、「中国、韓国に対し、日本が劣後してきた」という時代認識は正しいだろうか。たしかにかつてと比べれば中国や韓国は大きな経済力をもつに至った。しかし、一人あたりGNPも含めて、日本が中国・韓国よりも劣るに至ったというのは、元朝日新聞・山田の願望かもしれないが、事実ではないだろう。こんなふうに何げなく、簡単に表現してしまえる感覚というのは怖ろしい。
 第二に、「苛立ち」を肯定的に評価していない、同じことだが、中国や韓国に対する(何についてかは省略するが)反発を正当なものとは見ていない。まさに朝日新聞的だ。
 第三に、「ナショナリズム」を、偏狭なとも排他的とも限定しないまま、<悪>と見なしている。かつてこの欄で問題にした、山田よりも先輩の若宮敬文の文章と同じだ。<ナショナリズムを煽る>=悪、というのは、まさに朝日新聞の感覚に他ならない。
 第四、そのようなナショナリズムの増大によって、「朝日新聞が逆風を受けている」という認識、あるいは状況把握では、適切な朝日新聞への助言などできるはずはないだろう。近時の朝日新聞批判は日本の<右傾化>を背景・原因とする、という、他にも読んだことがある朝日新聞擁護・弁明論を、山田もまた述べているわけだ。
 つぎに、中央公論11月号(中央公論社)における早野透。 
 単独の論考の中で早野は、詐話師(とはここで秋月が使っているのだが)・吉田清治の証言を訂正するのは1997年が限度だった等とも書きつつ、つぎのように述べる。
 ①「朝日新聞は戦後民主主義とリベラルを自らの信念としてきた」、「右派ジャーナリズムは、…戦後日本の基本的価値観に疑問を呈し、朝日新聞こそその攻撃だった」。かかる「右派ジャーナリズムの隆盛は、ナショナリズムの復活の流れにある」(上掲p.52)。
 まさに朝日新聞の「心情」がかつての編集委員・コラム執筆者によって堂々と披瀝されており、愉快なほどだ。
 やはりナショナリズム=悪であることにはもう言及しないが、「朝日新聞は戦後民主主義とリベラルを自らの信念としてきた」とは、元朝日文筆人・幹部自自身が語っていて、説得力?がある。たしか丸山真男は「戦後民主主義の虚妄に賭ける」とか書いたのだったが、早野透は、「戦後民主主義」をより厳密にはいったいどう理解しているのだろうか、そしてそれとGHQの日本占領方針等との関係はどう理解しているのだろうか。
 なお、「右派ジャーナリズム」=「あっち」=敵、朝日新聞=「こっち」という、日本共産党にも共通する対立・矛盾の認識がうかがわれるのも面白い。この点は、他の朝日新聞関係者の文章で明らかなので、別の機会に-余裕があり、文献を探し出せれば-触れる。
 ②「反日」「売国」「国賊」といった言葉が飛び交うのは「知性の劣化」。「朝日新聞が反日のはずがない。日本の悪かった部分を直視し、反省していくことはむしろ『愛国』だろう」(p.52)。
 こうした叙述からは反論・開き直りの姿勢がうかがえ、朝日新聞(のOB)が反省を何もしていないことがうかがえる。②「反日」「売国」「国賊」といった批判はある程度は効いているのかもしれない。そして、朝日新聞の捏造を含む記事によって日本と日本人の名誉・誇りが世界的に傷つけられたのは客観的に明らかなことだから、朝日新聞をウソ記事を書く「反日」、「売国」の新聞、「国賊」たる新聞と評するのはまったく正しいことだ。
 上の最後の一文は、なぜ次のような文章を含まないのだろうか。-「日本の良かった部分をきちんと指摘し、誇りをもち続けることは、『愛国』だろう」。
 朝日新聞は、あえて「日本の悪かった部分を直視し、反省していく」というスタンス、姿勢を基本に据えて、その基本にそうように<ファクト>を歪曲したり、捏造したりしたのではないか。自国を批判するのも愛国だ、などという、それ自体は一見誤りではないような言辞を吐いて、朝日新聞の本質をごまかすな、逃げるな、と強く言いたい。
 ところで、この早野透は、現在、桜美林大学教授らしい。いかなる著書・論文でもって教授に任用されたのだろう。きっと、桜美林大学とは、いいかげんな大学だ。

1254/朝日新聞社説8/29が示す朝日の戦後史観。

 朝日新聞今年-2014年-8/29の社説はつぎのようなものだ。
 「「私人としてのメッセージ」で済む話ではないだろう。/安倍首相が今年4月、A級、BC級戦犯として処刑された元日本軍人の追悼法要に、自民党総裁名で哀悼メッセージを書面で送っていた。
 「今日の平和と繁栄のため、自らの魂を賭して祖国の礎となられた昭和殉職者の御霊に謹んで哀悼の誠を捧げる」
 送付先は、高野山真言宗の奥の院(和歌山県)にある「昭和殉難者法務死追悼碑」の法要。碑は、連合国による戦犯処罰を「歴史上世界に例を見ない過酷で報復的裁判」とし、戦犯の名誉回復と追悼を目的に20年前に建立された。名前を刻まれている人の中には、東条英機元首相らA級戦犯14人が含まれている。首相は昨年と04年の年次法要にも、自民党総裁、幹事長の役職名で書面を送付していた。
 菅官房長官は会見で、内閣総理大臣としてではなく、私人としての行為との認識を示した。その上で、「A級戦犯については、極東国際軍事裁判所(東京裁判)において、被告人が平和に対する罪を犯したとして有罪判決を受けたことは事実」 「我が国はサンフランシスコ平和(講和)条約で同裁判所の裁判を受諾している」と述べた。
 戦後69年。このような端的な歴史的事実を、いまだに繰り返し国内外に向けて表明しなければならないとは情けない。
 日本は、東京裁判の判決を受け入れることによって主権を回復し、国際社会に復帰した。同時に、国内的には、戦争責任を戦争指導者たるA級戦犯に負わせる形で戦後の歩みを始めた。
 連合国による裁判を「報復」と位置づけ、戦犯として処刑された全員を「昭和殉難者」とする法要にメッセージを送る首相の行為は、国際社会との約束をないがしろにしようとしていると受け取られても仕方ない。いや、何よりも、戦争指導者を「殉難者」とすることは、日本人として受け入れがたい。戦後日本が地道に積み上げてきたものを、いかに深く傷つけているか。自覚すべきである。
 首相の口からぜひ聞きたい。/多大なる犠牲を生み出し、日本を破滅へと導いた戦争指導者が「祖国の礎」であるとは、いったいいかなる意味なのか。あの戦争の責任は、誰がどう取るべきだったと考えているのか。
「英霊」「御霊」などの言葉遣いでものごとをあいまいにするのはやめ、「私人」といった使い分けを排して、「魂を賭して」堂々と、自らの歴史観を語ってほしい。/首相には、その責任がある。」

 8月初旬の慰安婦記事検証記事と9月初旬の原発記事(を第一義とする)社長謝罪会見の間にこんな社説を掲載しているのだから、朝日新聞が決してその<左翼・反日>性を捨てることがないことは明らかだろう。
 安倍晋三憎し=安倍の葬式はウチで出す、という気分の表れでもあるだろう。
 加えて、上の文章における単純な歴史認識・歴史観には呆然とせざるをえない。
 よく読めば、たんにいわゆる「A級戦犯」とされた者のみを念頭に置いているのではない。「A級、BC級戦犯として処刑された元日本軍人の追悼法要」への安倍晋三の哀悼文送付を批判しているのであり、丁寧でも三審制にもとづいてでもなく戦地近くの「裁判」で死刑判決を受け、処刑されたいわゆる「BC級戦犯」者に対する哀惜の念の欠片もない、じつに冷酷な文章だ。
 この社説の執筆者は、藤田まこと主演の映画「明日への遺言」(2007)を観たのだろうか、もっと前のフランキー堺主演のドラマ「私は貝になりたい」の物語を知っているのだろうか。
 この社説は「日本は、東京裁判の判決を受け入れることによって主権を回復し、国際社会に復帰した。同時に、国内的には、戦争責任を戦争指導者たるA級戦犯に負わせる形で戦後の歩みを始めた」と書く。
 日本国家が「戦争責任を戦争指導者たるA級戦犯に負わせる形で」戦後を出発した、とは誤認だろう。日本又は日本人が積極的にそうしたのではない。死刑者以外の「戦犯」の刑の執行するという意味で東京裁判の「遵守」をサ条約でもって約束しなければならなかったのは事実だが、主権回復のためのやむをえざる判断だったと考えられるし、むろん広田弘毅を含む死刑者を選別したのは日本・日本人ではない。
 朝日新聞の社説のように言うならば、死刑者と終身刑者とではもともと微妙な差異しかなかったと見られるところ、サ条約にもとづく関係諸国と同意を得て死刑者(無念ながら元には戻せない)以外の受刑者を解放し、終身刑者の中には賀屋興宣というのちの法務大臣もいたことはどのように説明するのか。
 いわゆる東京裁判史観に立ちそれを絶対視するならば、それによって有罪とされた者の釈放など認めてはならなかったはずだが、朝日新聞は当時それに反対したのか?
 さらに、周知のように1953年には国会で受刑者を犯罪者とは扱わない旨の決議がなされているが、当時、朝日新聞はこれに反対したのか。
 朝日新聞社説は、戦後の歴史の一部、一端だけを取り出して、安倍晋三の<歴史認識>批判という目的のために使っているにすぎない。朝日新聞のような単純素朴な歴史観でもって実際の歴史を認識したり総括することはできない。
 何がクォリティ・ペイパーだ。戦後当初にGHQが植え付けようとした単純な<日本が悪かった>史観をいまだに引き継いでいるだけではないか。むろん、朝日新聞の慰安婦問題捏造記事の根源もここにある。日本軍・日本国家は悪いことをしたはずなのであり、していなければならなかったのだ、朝日新聞にとっては。客観的な報道をするつもりでも、そのような「思い込み」があると、記事は歪み、えてして<捏造>記事になってしまう。このようなおそれが今後の朝日新聞にあるのは、8/29の社説でも明らかだ。

1253/月刊WiLL10月号と週刊現代9/06号。

 月刊will10月号は背表紙「朝日『従軍慰安婦』大誤報」、表表紙に大きく「朝日新聞の『従軍慰安婦』は史上最悪の大誤報だった!/総力大特集120ページ」と朝日問題に大集中。もっとも、朝日がしたのは大きな「誤報」にすぎないのか?、日本国家と先輩同胞を貶めたいがゆえの意図的な(真実性が多少はあれば真実だと確信しての)<虚報>、<捏造>ではないのか、という問題は残る。
 ともあれ、朝日慰安婦検証報道に対する姿勢によって諸雑誌等のメディアの<性格>もかなり明らかになりそうだ。NHKは、この朝日新聞の一部訂正記事を放送したのだっただろうか。2000年に「女性戦犯法廷」での天皇有罪判決というパフォーマンスを一番組にしたのは長井某というNHKの「左翼」ディレクターだったが。
 週刊現代9/06号は「『慰安婦報道』で韓国を増長させた朝日新聞の罪と罰」と題して特集。例のごとく表紙からする印象に比べれば短いが、「識者30名」のアンケート結果は面白い。面白い、というのは、「識者」の中での<左翼>の存在が明確になっているからだ。
 アンケートは①朝日の検証記事は「納得のいく内容」だったか、②朝日「誤報」は「日韓関係悪化の一因」か、③朝日は「誤報の説明責任を果たした」か、の三つで、それぞれについて、いいえ、はい、どちらでもないの回答が用意されているようだ。そして、「識者30名」の選抜の仕方が適切かどうかという問題はさておくとして、30名中21名が、それぞれについて「いいえ、はい、いいえ」と回答している。この回答がふつうの、まともな感覚の持ち主の反応の仕方だと思うが、9名の回答はそうではない。上のいいえではなくはい、及びいいえではなくはいをいずれも-2、どちらでもないを-1としてマイナスを計算すると、次の結果になる。
 ①前田哲男-6、①岡留安則-6、①北原みのり-6、④青木理-5、⑤香山リカ-4、⑥斉藤貴男-2、⑥江川紹子-2、⑥小倉紀蔵-2、⑨服部孝章-1。前田哲男は近年、集団的自衛権や沖縄等、近年に軍事に強いらしき「左翼」としてよく名前を見る。マイナスは少ないが、江川紹子は少なくとももともとは親日本共産党の新聞記者だった。
 これらは明確な「左翼」だろうが、この順位では1位ではない青木理は、週刊誌本文によると、朝日新聞による検証記事の掲載は「歴史修正主義の風潮がかつてなく蔓延」して「反日」的動きに対するバッシングが強くなった状況に「耐え切れず」に「追い込まれた」もので、「日本社会が大きく変質していることを象徴的に示す」「事件」だ、と述べている。簡単には、<右派からの攻撃に耐えきれなかった、という右派増長という時代・社会の反映だ>と考えているようだ。これを読んで、青木理の頭の中の<倒錯>ぶりに(あらためて?)感心せざるをえない。
 かりに朝日新聞の報道が客観的事実を内容とするものだったとすれば、あるいはそのことに自信があれば、<右派からの攻撃に耐えきれない>というほどにナイーヴな神経を朝日新聞(の記者たち)がもっているはずはないだろう。こういうふうに青木理という<倒錯>者は朝日新聞を擁護するのだ。転嫁・曲解・相殺・無視という論法(湯浅博「潔さに欠け、往生際が悪すぎる」、月刊Will10月号p.64以下)による「検証」の仕方にみられる朝日新聞の神経のずぶとさ、厚顔無恥ぶりは何ら変わっておらず、朝日新聞が理由なく<右派からの攻撃に耐えきれず>屈服するはずがない。
 -1にすぎないが、服部孝章も、朝日報道が日韓関係悪化の一因になったことは認めつつ、朝日新聞よりも、「加害責任を明示しない安倍政権サポーターや商業主義に傾いてムードを煽るマスコミ」の方が責任は重い、とコメントしている(週刊現代p.45)。これまた、「商業主義に傾いてムードを煽る」<保守・右派>マスコミに責任を転嫁している(又は朝日よりも重い責任があるとする)ようで、不思議な議論だ。立教大学にはなかなか立派な「教授」がいる。
 今後の、9月上旬あたりまでに刊行される雑誌類の朝日新聞<慰安婦検証記事>への対応にさらに注目したい。すでに多くは明らかになっているのだが、「左翼」論者があぶりだされ、雑誌編集者の「左翼」度=親朝日新聞度が試されるだろう。

1252/朝日新聞を読むとバカになるのではなく「狂う」。

 一 桑原聡ではなく上島嘉郎が編集代表者である別冊正論Extra20(2013.12)は<NHKよ、そんなに日本が憎いのか>と背表紙にも大書する特集を組んでいた。月刊WiLL(ワック)の最新号・9月号の背表紙には<朝日を読むとバカになる>とかかれている。
 こうした、日本国内の「左翼」を批判する特集があるのはよいことだ。月刊正論にせよ、月刊Willにせよ、国内「左翼」批判よりも、中国や韓国を批判する特集を組むことが多かったように見えるからだ。中国や韓国なら安心して?批判できるが、国内「左翼」への批判は反論やクレームがありうるので産経新聞やワック(とくに月刊WiLLの花田紀凱)は中国・韓国批判よりもやや弱腰になっているのではないか、との印象もあるからだ。昔の月刊WiLLを見ていると、2005年11月号の総力特集は<朝日は腐っている!>で、2008年9月号のそれは<朝日新聞の大罪>なので、朝日新聞批判の特集を組んでいないわけではないが、しかし、中国等の特定の<外国>批判よりは取り上げ方が弱いという印象は否定できないように思われる。
 それに、「本丸」と言ってもよい日本共産党については批判的検討の対象とする特集など見たことがないようだ。日本共産党批判は、同党による執拗な反論・反批判や同党員も巻き込んだ<いやがらせ>的抗議を生じさせかねないこともあって、<天下の公党>の一つを取り上げにくいのかもしれない。しかし、中国共産党を問題にするならば、現在の中国共産党と日本共産党の関係はどうなっているのか、日本共産党は北朝鮮(・同労働党)をどう評価しているのかくらいはきちんと報道されてよいのではないか。しかるに、上記の月刊雑誌はもちろん、産経新聞や読売新聞でも十分には取り上げていないはずだ。
 特定の「外国」だけを批判していて、日本国内「左翼」を減少または弱体化できるはずがない。むろん報道機関、一般月刊雑誌の範疇にあるとの意識は日本共産党批判を躊躇させるのかもしれないが、1989年以降のソ連崩壊・解体によって、欧州の各国民には明瞭だった<コミュニズムの敗北>や<社会主義・共産主義の誤り>の現実的例証という指摘が日本ではきわめて少なく、その後も日本共産党がぬくぬくと生き続けているのも、非「左翼」的マスメディアの、明確にコミュニズムを敵視しない「優しい」姿勢と無関係ではないように見える。
 二 さて、<朝日を読むとバカになる>だろうが、「バカになる」だけならば、まだよい。あくまで例だが、月刊WiLL9月号の潮匡人論考のタイトルは「集団的自衛権、朝日の狂信的偏向」であり、月刊正論9月号の佐瀬昌盛の「朝日新聞、『自衛権』報道の惨状」と題する論考の中には、朝日新聞の集団的自衛権関係報道について「企画立案段階で本社編集陣そのものが狂っていた」のではないか、との文章もある。すなわち、「バカ」になるだけではなく、本当の狂人には失礼だが、朝日新聞は<狂って>おり、<朝日を読むと狂う>のだと思われる。昨年末の特定秘密保護法をめぐる報道の仕方、春以降の集団的自衛権に関する報道の仕方は、2007年の<消えた年金>報道を思い起こさせる、またはそれ以上の、反安倍晋三、安倍内閣打倒のための<狂い咲き>としか言いようがない。
 むろんいろいろな政治的主張・見解はあってよいのだが、種々指摘されているように、「集団的自衛権」の理解そのものを誤り、国連憲章にもとづく「集団(的)安全保障」の仕組みとの違いも理解していないようでは、不勉強というよりも、安倍内閣打倒のための意識的な「誤解」に他ならないと考えられる。
 一般読者または一般国民の理解が十分ではない、又はそもそも理解困難なテーマであることを利用して、誤ったイメージをバラまくことに朝日新聞は執心してきた。本当は読者・国民をバカにしているとも言えるのだが、集団的自衛権を認めると「戦争になる」?、「戦争に巻き込まれる」?、あるいは「徴兵制が採られる」?。これらこそ、マスコミの、国民をバカにし狂わせる「狂った」報道の仕方に他ならない。
 長谷部恭男が朝日新聞紙上でも述べたらしい、<立憲主義に反する>という批判も、意味がさっぱり分からない。長谷部論考を読んではいないのだが、立憲主義の基礎になる「憲法」規範の意味内容が明確ではないからこそ「解釈」が必要になるのであり、かつその解釈はいったん採用した特定の内容をいっさい変更してはいけない、というものではない。そもそも、1954年に設立された自衛隊を合憲視する政府解釈そのものも、現憲法施行時点の政府解釈とは異なるものだった。「解釈改憲」として批判するなら、月刊正論9月号の中西輝政論考も指摘しているように、多くの「左翼」が理解しているはずの「自衛隊」は違憲という主張を、一貫して展開すべきなのだ。
 安倍首相が一度言っているのをテレビで観たが、行政権は「行政」を実施するために必要な「憲法解釈」をする権利があるし、義務もある(内閣のそれを補助することを任務の一つとするのが内閣法制局だ)、むろん、憲法上、「行政権」の憲法解釈よりも「司法権」の憲法解釈が優先するが、最高裁を頂点とする「司法権」が示す憲法解釈に違反していなければ、あるいはそれが欠如していれば、何らかの憲法解釈をするのは「行政権」の責務であり義務でもあるだろう。
 1981年の政府解釈が「慣行」として通用してきたにもかかわらず、それを変更するのが立憲主義違反だというのだろうか、一般論としてはかつての解釈が誤っていれば、あるいは国際政治状況の変化等があれば、「変更」もありうる。最高裁の長く通用した「判例」もまた永遠に絶対的なものではなく、大法廷による変更はありうるし、実際にもなされている。それにもともと、1981年の政府解釈(国会答弁書)自体がそれまでの政府解釈を変更したものだったにもかかわらず、朝日新聞はこの点におそらくまったく触れていない。
 三 そもそも論をすれば、「戦争になる」、「戦争に巻き込まれる」、「徴兵制が採られる」あるいは安倍内閣に対する「戦争準備内閣」という<煽動>そのものが、じつは奇妙なのだ。日本国民の、先の大戦経験と伝承により生じた素朴な<反戦争>意識・心情を利用した<デマゴギー>に他ならないと思われる。
 なぜなら、一般論として「戦争」=悪とは言えないからだ。<侵略>戦争を起こされて、つまりは日本の国家と国民の「安全」が危殆な瀕しているという場合に、<自衛戦争>をすることは正当なことで、あるいは抽象的には国民に対する国家の義務とても言えることで、決して「悪」ではない。宮崎哲弥がしばしば指摘しているように<正しい戦争>はあるし、樋口陽一も言うように、結局は<正しい戦争>の可能性を承認するかが分岐点になるのだ。むろん現九条⒉項の存在を考えると、自衛「戦争」ではなく、「軍その他の戦力」ではない実力組織としての自衛隊による「自衛」のための実力措置になるのかもしれないが。
 朝日新聞やその他の「左翼」論者の顕著な特徴は、「軍国主義」国家に他ならない中国や北朝鮮が近くに存在する、そして日本と日本国民の「安全」が脅かされる現実的可能性があるという「現実」に触れないこと、見ようとしないことだ、それが親コミュニズムによるのだとすれば、コミュニズム(社会主義・共産主義)はやはり、人間を<狂わせる>。
 四 率直に言って、「狂」の者とまともな会話・議論が成り立つはずがない。政府は国民の理解が十分になるよう努力しているかという世論調査をして消極的な回答が多いとの報道をしつつ、じつは国民の正確な理解を助ける報道をしていないのが、朝日新聞等であり、NHKだ。表向きは丁重に扱いつつ、実際には「狂」の者の言い分など徹底的に無視する、内心ではそのくらいの姿勢で、安倍内閣は朝日新聞らに対処すべきだろう。
 朝日新聞が「狂」の集団であることは、今月に入ってからの自らの<従軍慰安婦問題検証>報道でも明らかになっている。

1251/NHK・大越健介いわく「人間のすることではない」。

 8/21のニュース9で大越健介は冒頭に「人間のすることではない」と言った。そののち家族(遺族)の映像の箇所では「人間の所業ではない」というテロップが下部に出た。「イスラム国」戦闘員によるアメリカ人殺害のニュースに関してだ。
 このように報道することを批判しないが、しかし、気になることがある。
 北朝鮮の有力者だった趙成沢は、「粛清」された。裁判などいう手続を経たに値しない、思想又は政策又は些細な都合による「処刑」として殺害されたのだが、複数の処刑者(軍人)による銃殺で、かつ身体のどの部分か分からなくなるほどの<肉体をバラバラにする>殺害だったとされる。
 この趙成沢「粛清」=殺害の仕方からは、「人間の所業ではない」という感覚が生じる。しかも、「イスラム国」とは異なり国連に加盟しているれっきとした一国家の首脳者=金正恩による、おばの配偶者の<殺害>だ。北朝鮮という国家および独裁者は、「人間のすることではない」ことをしているのではないか。
 大越健介は、あるいはNHKは、趙成沢「処刑」をどう報道したのか。冒頭のアメリカ人殺害が「人間のすることではない」とすれば、趙成沢「処刑」(の仕方)もまた「人間のすることではない」と感じるのが、まともな「人間」の感覚ではないのか。大越健介およびニュース9制作者に問いたい。貴方たちは、まともな「人間」の(公平な)感覚をもっているのか。
 北朝鮮に限らず、中国でも「人間の所業ではない」ことが行われていることは明らかだ。中国や北朝鮮に「優しい」のはいいかげんにしろ、と大越健介やNHKには言いたい。

1250/資料・史料/安全保障法制整備・閣議決定-2014.07.01。

 資料・史料
------------------------
 国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障法制の整備について

 平成26年07月01日 国家安全保障会議決定 閣議決定


 我が国は、戦後一貫して日本国憲法の下で平和国家として歩んできた。専守防衛に徹し、他国に脅威を与えるような軍事大国とはならず、非核三原則を守るとの基本方針を堅持しつつ、国民の営々とした努力により経済大国として栄え、安定して豊かな国民生活を築いてきた。また、我が国は、平和国家としての立場から、国際連合憲章を遵守しながら、国際社会や国際連合を始めとする国際機関と連携し、それらの活動に積極的に寄与している。こうした我が国の平和国家としての歩みは、国際社会において高い評価と尊敬を勝ち得てきており、これをより確固たるものにしなければならない。
 一方、日本国憲法の施行から67年となる今日までの間に、我が国を取り巻く安全保障環境は根本的に変容するとともに、更に変化し続け、我が国は複雑かつ重大な国家安全保障上の課題に直面している。国際連合憲章が理想として掲げたいわゆる正規の「国連軍」は実現のめどが立っていないことに加え、冷戦終結後の四半世紀だけをとっても、グローバルなパワーバランスの変化、技術革新の急速な進展、大量破壊兵器や弾道ミサイルの開発及び拡散、国際テロなどの脅威により、アジア太平洋地域において問題や緊張が生み出されるとともに、脅威が世界のどの地域において発生しても、我が国の安全保障に直接的な影響を及ぼし得る状況になっている。さらに、近年では、海洋、宇宙空間、サイバー空間に対する自由なアクセス及びその活用を妨げるリスクが拡散し深刻化している。もはや、どの国も一国のみで平和を守ることはできず、国際社会もまた、我が国がその国力にふさわしい形で一層積極的な役割を果たすことを期待している。
 政府の最も重要な責務は、我が国の平和と安全を維持し、その存立を全うするとともに、国民の命を守ることである。我が国を取り巻く安全保障環境の変化に対応し、政府としての責務を果たすためには、まず、十分な体制をもって力強い外交を推進することにより、安定しかつ見通しがつきやすい国際環境を創出し、脅威の出現を未然に防ぐとともに、国際法にのっとって行動し、法の支配を重視することにより、紛争の平和的な解決を図らなければならない。
 さらに、我が国自身の防衛力を適切に整備、維持、運用し、同盟国である米国との相互協力を強化するとともに、域内外のパートナーとの信頼及び協力関係を深めることが重要である。特に、我が国の安全及びアジア太平洋地域の平和と安定のために、日米安全保障体制の実効性を一層高め、日米同盟の抑止力を向上させることにより、武力紛争を未然に回避し、我が国に脅威が及ぶことを防止することが必要不可欠である。その上で、いかなる事態においても国民の命と平和な暮らしを断固として守り抜くとともに、国際協調主義に基づく「積極的平和主義」の下、国際社会の平和と安定にこれまで以上に積極的に貢献するためには、切れ目のない対応を可能とする国内法制を整備しなければならない。
 5月15日に「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」から報告書が提出され、同日に安倍内閣総理大臣が記者会見で表明した基本的方向性に基づき、これまで与党において協議を重ね、政府としても検討を進めてきた。今般、与党協議の結果に基づき、政府として、以下の基本方針に従って、国民の命と平和な暮らしを守り抜くために必要な国内法制を速やかに整備することとする。
 1.武力攻撃に至らない侵害への対処
 (1)我が国を取り巻く安全保障環境が厳しさを増していることを考慮すれば、純然たる平時でも有事でもない事態が生じやすく、これにより更に重大な事態に至りかねないリスクを有している。こうした武力攻撃に至らない侵害に際し、警察機関と自衛隊を含む関係機関が基本的な役割分担を前提として、より緊密に協力し、いかなる不法行為に対しても切れ目のない十分な対応を確保するための態勢を整備することが一層重要な課題となっている。
 (2)具体的には、こうした様々な不法行為に対処するため、警察や海上保安庁などの関係機関が、それぞれの任務と権限に応じて緊密に協力して対応するとの基本方針の下、各々の対応能力を向上させ、情報共有を含む連携を強化し、具体的な対応要領の検討や整備を行い、命令発出手続を迅速化するとともに、各種の演習や訓練を充実させるなど、各般の分野における必要な取組を一層強化することとする。
 (3)このうち、手続の迅速化については、離島の周辺地域等において外部から武力攻撃に至らない侵害が発生し、近傍に警察力が存在しない場合や警察機関が直ちに対応できない場合(武装集団の所持する武器等のために対応できない場合を含む。)の対応において、治安出動や海上における警備行動を発令するための関連規定の適用関係についてあらかじめ十分に検討し、関係機関において共通の認識を確立しておくとともに、手続を経ている間に、不法行為による被害が拡大することがないよう、状況に応じた早期の下令や手続の迅速化のための方策について具体的に検討することとする。
 (4)さらに、我が国の防衛に資する活動に現に従事する米軍部隊に対して攻撃が発生し、それが状況によっては武力攻撃にまで拡大していくような事態においても、自衛隊と米軍が緊密に連携して切れ目のない対応をすることが、我が国の安全の確保にとっても重要である。自衛隊と米軍部隊が連携して行う平素からの各種活動に際して、米軍部隊に対して武力攻撃に至らない侵害が発生した場合を想定し、自衛隊法第95条による武器等防護のための「武器の使用」の考え方を参考にしつつ、自衛隊と連携して我が国の防衛に資する活動(共同訓練を含む。)に現に従事している米軍部隊の武器等であれば、米国の要請又は同意があることを前提に、当該武器等を防護するための自衛隊法第95条によるものと同様の極めて受動的かつ限定的な必要最小限の「武器の使用」を自衛隊が行うことができるよう、法整備をすることとする。

 2.国際社会の平和と安定への一層の貢献
 (1)いわゆる後方支援と「武力の行使との一体化」
 ア いわゆる後方支援と言われる支援活動それ自体は、「武力の行使」に当たらない活動である。例えば、国際の平和及び安全が脅かされ、国際社会が国際連合安全保障理事会決議に基づいて一致団結して対応するようなときに、我が国が当該決議に基づき正当な「武力の行使」を行う他国軍隊に対してこうした支援活動を行うことが必要な場合がある。一方、憲法第9条との関係で、我が国による支援活動については、他国の「武力の行使と一体化」することにより、我が国自身が憲法の下で認められない「武力の行使」を行ったとの法的評価を受けることがないよう、これまでの法律においては、活動の地域を「後方地域」や、いわゆる「非戦闘地域」に限定するなどの法律上の枠組みを設定し、「武力の行使との一体化」の問題が生じないようにしてきた。
 イ こうした法律上の枠組みの下でも、自衛隊は、各種の支援活動を着実に積み重ね、我が国に対する期待と信頼は高まっている。安全保障環境が更に大きく変化する中で、国際協調主義に基づく「積極的平和主義」の立場から、国際社会の平和と安定のために、自衛隊が幅広い支援活動で十分に役割を果たすことができるようにすることが必要である。また、このような活動をこれまで以上に支障なくできるようにすることは、我が国の平和及び安全の確保の観点からも極めて重要である。
 ウ 政府としては、いわゆる「武力の行使との一体化」論それ自体は前提とした上で、その議論の積み重ねを踏まえつつ、これまでの自衛隊の活動の実経験、国際連合の集団安全保障措置の実態等を勘案して、従来の「後方地域」あるいはいわゆる「非戦闘地域」といった自衛隊が活動する範囲をおよそ一体化の問題が生じない地域に一律に区切る枠組みではなく、他国が「現に戦闘行為を行っている現場」ではない場所で実施する補給、輸送などの我が国の支援活動については、当該他国の「武力の行使と一体化」するものではないという認識を基本とした以下の考え方に立って、我が国の安全の確保や国際社会の平和と安定のために活動する他国軍隊に対して、必要な支援活動を実施できるようにするための法整備を進めることとする。
 (ア)我が国の支援対象となる他国軍隊が「現に戦闘行為を行っている現場」では、支援活動は実施しない。
 (イ)仮に、状況変化により、我が国が支援活動を実施している場所が「現に戦闘行為を行っている現場」となる場合には、直ちにそこで実施している支援活動を休止又は中断する。
 (2)国際的な平和協力活動に伴う武器使用
 ア 我が国は、これまで必要な法整備を行い、過去20年以上にわたり、国際的な平和協力活動を実施してきた。その中で、いわゆる「駆け付け警護」に伴う武器使用や「任務遂行のための武器使用」については、これを「国家又は国家に準ずる組織」に対して行った場合には、憲法第9条が禁ずる「武力の行使」に該当するおそれがあることから、国際的な平和協力活動に従事する自衛官の武器使用権限はいわゆる自己保存型と武器等防護に限定してきた。
 イ 我が国としては、国際協調主義に基づく「積極的平和主義」の立場から、国際社会の平和と安定のために一層取り組んでいく必要があり、そのために、国際連合平和維持活動(PKO)などの国際的な平和協力活動に十分かつ積極的に参加できることが重要である。また、自国領域内に所在する外国人の保護は、国際法上、当該領域国の義務であるが、多くの日本人が海外で活躍し、テロなどの緊急事態に巻き込まれる可能性がある中で、当該領域国の受入れ同意がある場合には、武器使用を伴う在外邦人の救出についても対応できるようにする必要がある。
 ウ 以上を踏まえ、我が国として、「国家又は国家に準ずる組織」が敵対するものとして登場しないことを確保した上で、国際連合平和維持活動などの「武力の行使」を伴わない国際的な平和協力活動におけるいわゆる「駆け付け警護」に伴う武器使用及び「任務遂行のための武器使用」のほか、領域国の同意に基づく邦人救出などの「武力の行使」を伴わない警察的な活動ができるよう、以下の考え方を基本として、法整備を進めることとする。
 (ア)国際連合平和維持活動等については、PKO参加5原則の枠組みの下で、「当該活動が行われる地域の属する国の同意」及び「紛争当事者の当該活動が行われることについての同意」が必要とされており、受入れ同意をしている紛争当事者以外の「国家に準ずる組織」が敵対するものとして登場することは基本的にないと考えられる。このことは、過去20年以上にわたる我が国の国際連合平和維持活動等の経験からも裏付けられる。近年の国際連合平和維持活動において重要な任務と位置付けられている住民保護などの治安の維持を任務とする場合を含め、任務の遂行に際して、自己保存及び武器等防護を超える武器使用が見込まれる場合には、特に、その活動の性格上、紛争当事者の受入れ同意が安定的に維持されていることが必要である。
 (イ)自衛隊の部隊が、領域国政府の同意に基づき、当該領域国における邦人救出などの「武力の行使」を伴わない警察的な活動を行う場合には、領域国政府の同意が及ぶ範囲、すなわち、その領域において権力が維持されている範囲で活動することは当然であり、これは、その範囲においては「国家に準ずる組織」は存在していないということを意味する。
 (ウ)受入れ同意が安定的に維持されているかや領域国政府の同意が及ぶ範囲等については、国家安全保障会議における審議等に基づき、内閣として判断する。
 (エ)なお、これらの活動における武器使用については、警察比例の原則に類似した厳格な比例原則が働くという内在的制約がある。

 3.憲法第9条の下で許容される自衛の措置
 (1)我が国を取り巻く安全保障環境の変化に対応し、いかなる事態においても国民の命と平和な暮らしを守り抜くためには、これまでの憲法解釈のままでは必ずしも十分な対応ができないおそれがあることから、いかなる解釈が適切か検討してきた。その際、政府の憲法解釈には論理的整合性と法的安定性が求められる。したがって、従来の政府見解における憲法第9条の解釈の基本的な論理の枠内で、国民の命と平和な暮らしを守り抜くための論理的な帰結を導く必要がある。
 (2)憲法第9条はその文言からすると、国際関係における「武力の行使」を一切禁じているように見えるが、憲法前文で確認している「国民の平和的生存権」や憲法第13条が「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利」は国政の上で最大の尊重を必要とする旨定めている趣旨を踏まえて考えると、憲法第9条が、我が国が自国の平和と安全を維持し、その存立を全うするために必要な自衛の措置を採ることを禁じているとは到底解されない。一方、この自衛の措置は、あくまで外国の武力攻撃によって国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆されるという急迫、不正の事態に対処し、国民のこれらの権利を守るためのやむを得ない措置として初めて容認されるものであり、そのための必要最小限度の「武力の行使」は許容される。これが、憲法第9条の下で例外的に許容される「武力の行使」について、従来から政府が一貫して表明してきた見解の根幹、いわば基本的な論理であり、昭和47年10月14日に参議院決算委員会に対し政府から提出された資料「集団的自衛権と憲法との関係」に明確に示されているところである。この基本的な論理は、憲法第9条の下では今後とも維持されなければならない。
 (3)これまで政府は、この基本的な論理の下、「武力の行使」が許容されるのは、我が国に対する武力攻撃が発生した場合に限られると考えてきた。しかし、冒頭で述べたように、パワーバランスの変化や技術革新の急速な進展、大量破壊兵器などの脅威等により我が国を取り巻く安全保障環境が根本的に変容し、変化し続けている状況を踏まえれば、今後他国に対して発生する武力攻撃であったとしても、その目的、規模、態様等によっては、我が国の存立を脅かすことも現実に起こり得る。我が国としては、紛争が生じた場合にはこれを平和的に解決するために最大限の外交努力を尽くすとともに、これまでの憲法解釈に基づいて整備されてきた既存の国内法令による対応や当該憲法解釈の枠内で可能な法整備などあらゆる必要な対応を採ることは当然であるが、それでもなお我が国の存立を全うし、国民を守るために万全を期す必要がある。こうした問題意識の下に、現在の安全保障環境に照らして慎重に検討した結果、我が国に対する武力攻撃が発生した場合のみならず、我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合において、これを排除し、我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないときに、必要最小限度の実力を行使することは、従来の政府見解の基本的な論理に基づく自衛のための措置として、憲法上許容されると考えるべきであると判断するに至った。
 (4)我が国による「武力の行使」が国際法を遵守して行われることは当然であるが、国際法上の根拠と憲法解釈は区別して理解する必要がある。憲法上許容される上記の「武力の行使」は、国際法上は、集団的自衛権が根拠となる場合がある。この「武力の行使」には、他国に対する武力攻撃が発生した場合を契機とするものが含まれるが、憲法上は、あくまでも我が国の存立を全うし、国民を守るため、すなわち、我が国を防衛するためのやむを得ない自衛の措置として初めて許容されるものである。
 (5)また、憲法上「武力の行使」が許容されるとしても、それが国民の命と平和な暮らしを守るためのものである以上、民主的統制の確保が求められることは当然である。政府としては、我が国ではなく他国に対して武力攻撃が発生した場合に、憲法上許容される「武力の行使」を行うために自衛隊に出動を命ずるに際しては、現行法令に規定する防衛出動に関する手続と同様、原則として事前に国会の承認を求めることを法案に明記することとする。

 4.今後の国内法整備の進め方
 これらの活動を自衛隊が実施するに当たっては、国家安全保障会議における審議等に基づき、内閣として決定を行うこととする。こうした手続を含めて、実際に自衛隊が活動を実施できるようにするためには、根拠となる国内法が必要となる。政府として、以上述べた基本方針の下、国民の命と平和な暮らしを守り抜くために、あらゆる事態に切れ目のない対応を可能とする法案の作成作業を開始することとし、十分な検討を行い、準備ができ次第、国会に提出し、国会における御審議を頂くこととする。

1249/NHK・ニュース9又は大越健介は訂正して詫びるのか。

 NHK会長が交代して、ニュース9のキャスター・大越健介も交代かと期待していたのだが、そうはならなかった。個別の人事にまで経営委員会は容喙できないようだ。
 そのNHKニュース9と大越健介だが、もともと午後7時からのNHKニュースよりも<偏向・倒錯>度が高いと思っていたところ(7時半からの国谷某女性の番組は午後7時からのNHKニュースには入らない)、7月17日放送の大越健介のセリフを聞いて、<またやってしまった>と思った。
 すでに、週刊新潮7/31号p.38-39、月刊WiLL9月号p.29-30(西村幸祐)が取り上げている。また、朝日新聞の百田尚樹批判を批判する中で産経新聞7/26の「産経抄」も論及している。これだけあると、記憶に頼らなくとも引用ができる。週刊新潮上掲によるカッコ付きの大越健介の発言は、以下のとおりだった。いわゆる「在日」の人々の結婚観の変化をテーマとする特集?の中で述べた。
 「在日一世のコリアン一世の方たちというのは、韓国併合後に強制的に連れてこられたり、職を求めて移り住んだきた人たちで、大変な苦労を重ねて生活の基盤を築いてきた経緯があります」。
 後段の「在日」の「方たち」に対する優しさも気にならないではない。「大変な苦労を重ねて生活の基盤を築いてきた」のはおおむねは事実なのかもしれないが、かりにそうだったとしても、それは「祖国」とくに韓国へは戦後に帰国できたにもかかわらず、自由な意思によって日本在住を選択した結果でもあろう。安易に偽善的な優しさを示してもらっても困る。
 むろん重大なのは、「在日一世のコリアン一世の方たちというのは、韓国併合後に強制的に連れてこられたり…」という部分にある。大越健介又は原稿を書いたディレクター若しくは記者の理解によると、現在の「在日」の人々の半分は日本国家によって「強制的に連れてこられた」者たちの子孫であることになる。この部分を先に述べていることからすると、「職を求めて移り住んだきた人たち」よりも多い印象を与える言葉にもなっており、 「在日一世のコリアン一世の方たち」のうち「韓国併合後に強制的に連れてこられた」のは50-55%にはなる、という理解に基づいているようでもある。
 週刊新潮の記事で鄭大均が、月刊WiLL9月号で西村幸祐が批判しているので、大越らNHKニュース9制作者の「歴史認識」の誤謬をここではもはやくり返さない。私自身は大越の言葉を耳にしたあと放任できないと思い、NHKに対する意見の窓口、0570-066-066又は050-3786-5000にクレームの電話を当番組の時間内にかけた者の一人だった。
 さて、ニュース9又は大越健介は、この問題をどう処理するつもりなのだろうか。歴史的に事実ではない報道をすれば、訂正し、正確な情報に改め、かつ詫びる=謝罪するのが、まっとうな社会あるいは会社・団体のあり方だろう。
 その後、大越健介は7/17の報道(新聞で言えば「記事」の一部になる)の誤りを訂正し、謝罪したのか?
 まさか、<ネトウヨ>が騒いでいるだけと頬かむりしたままを続けるつもりではないだろう。
 かりに、そんな気分で訂正も謝罪もしないとすれば、「国民運動」を起こしてでも、ニュース9の当該部分の担当者と大越健介を更迭しなければならない。
 もともと、ニュース9と大越健介には、<保守>からの批判よりも<左翼・リベラル>からの批判を避けたいという気分をうかがうことができた。例えば、半年以上前、特定秘密保護法をめぐる<街の声>について、午後7時からのニュースでは賛成意見2名を先に、反対意見2名をその後で紹介していたが、 同じ日のニュース9では反対意見2名、賛成意見1名(順番は今では忘れた)を紹介する、という違いがあった。「政治部記者」の大越健介の<イデオロギー>又は個性にもよるのだろうが、番組担当のディレクターのそれの方が大きいのかもしれない。
 ところで、さらに近日中に知ったのだが、経営委員の百田尚樹が7/17の大越発言を7/22の経営委員会で批判したらしい。これを朝日新聞が「百田尚樹氏、大越キャスター発言」という見出しの記事でとり挙げて、<放送への介入>と言いたいらしき批判をしたらしい。
 朝日新聞は放送法32条違反だと言いたいようだが(例のごとく断定はしていない)。同条は「①委員は、この法律又はこの法律に基づく命令に別段の定めがある場合を除き、個別の放送番組の編集その他の協会の業務を執行することができない。②委員は、個別の放送番組の編集について、第三条の規定に抵触する行為をしてはならない」と定め、同法3条は「放送番組は、法律に定める権限に基づく場合でなければ、何人からも干渉され、又は規律されることがない」と定める。
 放送法に関する定着した解釈らしきものがあるのかどうかは知らないが、委員会での委員の(番組放送後の)発言が個別の番組の「編集」その他の「実行」にあたるはずはない。また、委員会での委員の特定の番組又はその内容に関する発言が「放送番組」への「干渉」に当たるのだとすれば(文理上は該当すると解釈できる可能性があることは否定しないが)、そのように解釈してしまうと、かりに「経営」にも重大な影響そうな個別の番組についてであっても委員は一言も質問や発言をできなくなってしまう。もともと、経営委員会の発言内容が朝日新聞にだけは漏れているようであるのも奇妙なのだが、朝日新聞が大きくは問題視しない(騒がない)意向のようであるのも、上の形式的な解釈を採るつもりはないのかもしれない。
 上記の「産経抄」 は、「経営委員会は、経営の基本方針を決める機関だが、受信料の徴収率に直結する番組について質問をするのは不思議でも何でもない。『放送番組は何人からも干渉されない』と規定する放送法に抵触する、とはヤクザのいいがかりに近い」と述べた。最後の比喩は厳しいが、内容的には穏当なところではないか。
 そのことよりも、朝日新聞の記事(7/26)の問題は、大越健介の発言内容の当否ついては、全く言及していないことだ。「在日」の由来に関する自らの、又は自社の見解を示して初めて、百田発言を問題にできるのではないか。
 一般論としていうと、内容・中身について世論を説得できない、多数派を形成できない場合には、<手続>又は<形式>に重点を変えて批判の対象にする、というのは「左翼」、そして朝日新聞がこれまで戦後ずっととり続けてきた論法でもある。今回は立ち入らないが、集団的自衛権閣議決定の翌朝の社説の最初の文章は「民主主義」破壊という観点からの批判であったことには訳が分からず、かつ呆れた。
 ついでに書けば、上記「産経抄」子は「大越氏の発言は、視聴者に「強制連行」を印象付けたといってもよく、東大出のニュースキャスターの歴史認識がこの程度では、百田氏ならずとも心配になってしまう」、と述べている。
 「東大出のニュースキャスターの歴史認識」を心配してもよいが、問題はもっと深刻だと思われる。その深刻さへの感度が少し鈍いように感じる。公共放送と言われるNHKの代表的なニュース番組において、キャスターが、「在日一世のコリアン一世の方たち」の少なくとも半分は日本国家が「韓国併合後に(朝鮮半島から)強制的に連れて」きた、という歴史「認識」を示したのだ。こんな誤ったイメージ操作を許してはならないだろう。
 ニュース9又は大越健介は訂正して詫びるのか。詫びるべきだ。ついでにいうと、産経新聞は、そういう論調に立つべきだ。

1248/オリンピックを<ナショナリズム発揚>と忌避する「左翼」。

 月刊正論(産経新聞社)は編集長・編集部が変わってかなりマシになってきたようだ。
 部員として安藤慶太・上島嘉郎という、信用の措けそうなベテランが入っていることも大きいのかもしれない。
 そろそろ数ヶ月遅れて中古本を読むのはやめようか、という気にもなってきた。
 月刊正論7月号で目に付くのは、元週刊朝日編集長・川村二郎の朝日への「決別」文だ。だが、読んで見るとほとんど朝日新聞社グループ内のもめ事の程度のようだ。すなわち、川村二郎は、朝日新聞社の「左翼」性あるいは「容共」性を日本国家・日本国民の立場から批判しているのでは全くない。せいぜいのところ、論説委員等の文章力への嘆きとか自分に対する処遇のうらみごと程度では、まったく迫力がない。
 それよりも、朝日新聞を毎日読むという精神衛生に良くない習慣のないところ、朝日新聞の昨年10/13付けの曽我豪(当時、政治部長)のコラムが一部引用されていて。その内容に興味を持った。川村によると、2020年東京五輪について曽我はこう書いた、という。
 「国民の和合の礎となる」よう「昇華していけるのか、国威発揚の道具に偏して無用な対立や混沌を生むのか」、これがこの7年の「日本の政治の課題なのだろう」。
 川村の批判に含まれているかもしれないように、二つの選択肢を挙げて、どちらを主張することもなく、「日本の政治の課題」だと言うのは、日本語文としても厳密には奇妙だ。「無用な対立や混沌」なるものの意味もよく分からない。
 そのことよりも、朝日新聞の政治部長がオリンピックについて「国威発揚の道具に偏して無用な対立や混沌を生む」可能性に言及していることが興味深い。明確に書くことなく(例のごとく?)曖昧にはしているが、オリンピックを「国威発揚の道具」に少なくともなりうるものとして批判的に捉える、という朝日新聞らしい感覚が見てとれる。
 オリンピックは、あるいはサッカー・ワールドカップは、客観的には「国威発揚」の場となり、国民「統合」の方向に働くことは否定できないと思われる。いちいち述べないが、やはりかなりの程度は、オリンピックでの成績(メダル数等)は<国力>に比例していることを否定できないと思われる。スポーツをできる余裕のある国民の数やスポーツに財政的にも援助できる金額等々は、国(国家)によって異なり、<格差>のあることはほとんど歴然としていると思われる。
 だが、そのことをもって「国威発揚の道具」視するのは、何についても平等でなければならず、<競争>の嫌いな、従ってまた<国家間の競争>についても批判的・諧謔的に捉えようとする「左翼」のイデオロギーに毒されている、と感じざるをえない。
 国家間の武力衝突・戦争に比べれば、平和的でルールに則った、可愛い「競争」ではないか。
 だが、「日本」代表とかいうように、個別「国家」を意識させざるをえないことが、朝日新聞的「左翼」には不快であるに違いない。
 先日言及した、<共産主義への憧れをやはり持っている>と吐露した人物は、<国威発揚の場となるようなオリンピックはやらない方がよい>と言い切った。あとで、オリンピック一般ではなく「国威発揚のために使われる」それに反対だと言い直していたのだが、趣旨はほとんど変わらないだろう。上述のように、客観的に見て、オリンピック等の「国家」を背負ったスボーツ大会は「国威発揚の場」にもならざるをえないからだ。
 何年かに一度、「日本」代表選手又は選手団の勝敗や成績に関心をもち、応援して一喜一憂する国民が多くいることは悪いことではないと思う。
 「地球」や「世界」ではなく個別の「国家」を意識させざるをえないオリンピック等に朝日新聞的「左翼」はもともと警戒的なのだ。彼ら「左翼」は、むろん日本国民の中にもいる「左翼」は、サッカー・ワールドカップのパプリック・ビューイングとやらに何万人、何千人もの人々が集まることに批判的、警戒的であるかもしれず、あるいは<ナショナリズムを煽られた>現象だと理解するのかもしれない。
 だが、そのように感じる意識こそが、どこか<倒錯>しているのだ。「国家」を意識したくなく、(本来のコミュニストはそうだが)「国家」を否定したい、というのは<異常な>感覚なのだ。「日本」代表を応援するのが<ナショナリズム>だとすれば、それは何ら批判されるものではないし、批判的に見る<反・ナショナリズム>の方がフツーではない。しかし、一部にはそういう者もいて、<大衆は…>などと批判していそうなのだから、異様で、怖ろしい。

1247/日本評論社・法律時報という「容共」・「護憲」雑誌。

 現物を手にしていないが、別の某雑誌に載っている広告によると、日本評論社という出版社発行の専門分野の雑誌らしき「法律時報」の編集部は、法律時報編集部編・「憲法改正論」を論じる(法律時報増刊)という書物(又は雑誌の特別号)を刊行している。そして、広告に謳われた惹き文章は次のとおりだ。
 安倍政権下で進行している『憲法改正』論に警鐘を鳴らし、理論的な対抗軸を示す。憲法学はもとより、隣接領域や諸外国からの知見をも盛り込む」。
 この日本評論社がかつて1970年代に<マルクス主義法学講座>という講座もの、たぶん全8巻程度、を刊行していたことはこの欄ですでに何度か触れた。その際に触れたかどうかは忘れたが、そのときの同講座の編集担当者だった林克行は、のちに同社の社長になった。「左翼」性の明らかな浦部法穂および辻村みよ子の憲法(学)教科書は日本評論社から発行されている。上記の法律時報編集部編・「憲法改正論」を論じるを含む広告欄の隣に掲載されている同社刊行の書物のタイトルは、家永三郎生誕一〇〇年で、誕生100年記念実行委員会編だから、家永三郎に批判的な本であるはずはない。
 日本評論社には、少なくともかつて、家永三郎の子息も勤務していた。
 家永三郎に関する書物の隣で広告されているのは、樋口陽一・森英樹・辻村みよ子ら編の国家・自由・再論、だ。
 したがって、この出版社発行の雑誌編集部が「『憲法改正』論に警鐘を鳴らし、理論的な対抗軸を示す」ことを図ることは当然かもしれないし、そのことをここで批判するつもりもない。改憲派の雑誌もあるし、護憲(又は憲法改悪阻止)派の雑誌もある。
 だが、朝日新聞社や岩波書店以外に、明確に憲法改正反対の方針をもつ法学関係の雑誌、そして出版社があることは広く知られておいてよいと思われる。いつか触れたが、日本共産党系又は親日本共産党の(当然に日本共産党員学者を含む)「民主主義科学協会法律部会」(民科・みんか)という学会の機関誌を発行しているのも、この日本評論社だ。
 関西系のテレビで夕方に「反安倍」の立場でコメントしていて今春頃に降りた(その理由は知らない)森田実は東京大学学生時代に日本共産党→ブントの活動家だったはずだ。
 森田実は、ネット情報によると2007年5月の自著出版記念会で、こう挨拶している。「来る7月22日の参院選を、日本国民が過去を反省し、国民の多数が誤った政治を支持してきたという過去の過ちを正し、再出発する日にしたい」、「そのためには、日本国民が安倍自公連立政権の側に立つ政治家を拒否すること、安倍自公連立政権の対極に立つ野党(民主党、社民党、国民新党)の候補者を当選させることが必要である」。
 そして、この会に出版社社長の中でただ一人メッセージを寄せたのは、日本評論社社長・林克行だった。
 どうやら、森田実は、少なくとも一時期、日本評論社で働いていたようだ。
 このような「政治的」立場の明確な出版社であることを知ってこの社から本を出している者もいるだろうし、また法学界には、日本評論社的な<親共、反・反共>の者が多いのかもしれない。
 だがもちろん、このような立場・考え方が<親中国・親北朝鮮>のそれでもあることを、とくに定見もなくこの出版社から本を出したり、この社の雑誌に執筆している(脳天気な)者たちは知らなければならない。

1246/稲田朋美が語る日本の法曹界の「左翼」性。

 稲田朋美が、伝統と革新(たちばな出版)という雑誌の2013年秋号(9号)で、「自主憲法制定の大切さ」と題して、この雑誌の編集責任者である四宮正貴によるインタビューに答えている。この中で、わが国の法曹界について語っている部分には全面的に同意したい気分なので、以下引用しておく。
 ・<大学の法学部での憲法教育には>「非常に問題がある」、「現行憲法の…根本的な問題点、つまり押し付けられたものであるとか、主権が制限されているときにできたものであって正統性に疑義があるというようなことは、まったく教えないです」。
 ・「しかも、憲法は絶対に正しいものとして、…、また絶対に守らなくてはいけないものだというところから出発して学びます。法曹界が非常に左派なのは、”憲法教”という新興宗教が蔓延っているからだ…。法曹界は一般社会以上に、非常に左派、左翼的な人が多いようにも思います。それは、そうした憲法を大学時代に一所懸命に勉強して、正しいと思い込んで、そうして難しいと言われている司法試験に合格した人の集まりだから…」(p.54)
 日本共産党・社会民主党等の支持を得て今年の東京都知事選挙に立候補した宇都宮健児は、何と正式に日本の弁護士たちによって選挙で選出された日本弁護士連合会(日弁連)の元会長であったことは、記憶に新しい。個別弁護士会や日弁連の執行部にいる「活動家」の中には日本共産党員もいると思われるが、そうでなくとも親日本共産党であること、または少なくとも反日本共産党(反共)ではないこと、は容易に推測できる。
 現在の司法試験に合格するためには、日本になぜ<天皇制度>が長く続いてきたか等の日本に固有の歴史問題や日本を他国から防衛するためにはどうすればよいか等の国防・安全保障問題などに関する知識はゼロであってもかまわない。従って、象徴天皇制度についてすら、「世襲」制は平等原則と矛盾して合理的でないと潜在的には意識しているような暗黙の<共和制>支持者の方が、法曹界には多いように見える。
 なぜ、そうなったのか。稲田朋美も指摘しているように、大学における憲法教育に大きな原因があるのだろう。その憲法教育は大学の憲法担当の教授たち(憲法学者)が担っていて、かつ彼らが例えば高校の日本国憲法に関する記述を含む現代社会や政治経済の教科書を書いているのだから、日本国憲法を真面目に学べば学ぶほど高校生も大学生(法学部生)も<左傾>していくことになっている。あまり真面目に勉強しない方がよいかもしれないとすら思える。司法試験に合格するような優等生こそが、真面目に勉強して<左翼>として巣立っていくのだ。
 そうした影響は、じつは法曹界に限らず、外務省を含む上級国家公務員についてもある程度は言えるかもしれない。マスコミに入社する法学部生たちは、彼らほど法学を勉強していないが(官僚バッシングはある程度は<コンプレックス>によるのではないかと思っている)、日本国憲法についての、稲田朋美が上に簡単に述べているような程度のイメージは持っているはずだ。朝日新聞社説は何と<憲法は国家を縛り、法律は国民を縛る、ベクトルが違う>という珍論を吐いたのだったが、単純素朴な(立憲主義なるものについての)憲法観・法律観も、法学部出身者であるならば、大学における憲法・法学教育の(日本国憲法の制定経緯・背景をまるで教えないような)影響を受けているのだろう。
 憲法改正をめぐって護憲派として登場して有力な論者の一人になっている、司法試験予備校?も経営している弁護士・伊藤真もいる。護憲・「左翼」の憲法学者には、青井三帆や木村草太などの社会的にも名前を出してきた若手もいる。。法曹界が<まとも>になるのは、いつになるのだろう。憂うべきことの一つだ。

1245/「共産主義への憧れ」を語る者が現存するごとく共産主義思想は死んでいない。

 三〇歳前後の男が、「共産主義への憧れはもっていますね」と明確に言うのをじかに聴いたことがある。少しは酒が入ってはいたが、それはこのつぶやきの真実性又は本音ぶりをむしろ増すものだろう。
 ところで、渡辺利夫・国家覚醒-身捨つるほどの祖国はありや(海竜社、2013)のはしがきの中には「冷戦崩壊後」という言葉があり、この渡辺だったか別の人の著書だったか、「共産主義(マルクス主義)の敗北が明らかになった後も…」という文章をごく最近に読んだことがある。
 中西輝政もまた、月刊正論4月号で「冷戦」について、「世界的にはソ連が消滅する一九九一年まで続いた」と語っている(p.56)。
 ソ連崩壊が重要な出来事であり世界史的画期だったことを否定しないが、東アジアでは「冷戦」は終わらなかった、中国や北朝鮮等の残存が証左である、等のことをこれまでこの欄で強調してもきた。さらに追加すれば、共産主義社会を究極的には志向する日本共産党という「共産主義」政党、中国共産党をかつてとは違って<友党>のごとく扱っている政党の存在こそが、日本内部においてすら<冷戦構造>が残っていることを明らかにしているようにみえる。特定の論者にとっては「共産主義(マルクス主義)の敗北が明らかになった」のかもしれないが、日本社会全体、日本人全体にとっては客観的には決してそうではない、と思える。
 自由主義対共産主義という対立は終わっておらず、<反共>か<容共>かが、現下の、石原慎太郎がしばしば引き合いに出す毛沢東の書物にいう、<最大の矛盾>点であり、最大の対立軸である、と考えている。
 日本共産党は当然だが、朝日新聞や岩波書店あるいは諸「左翼」論者がどちらの立場に客観的には立っているかが最重要な問題として意識されなければならない。
 中国や北朝鮮の現実にはいっさい又はほとんど言及せず、ときに<反米>的言辞を織り交ぜながら、安倍晋三内閣を「戦争準備政権」等々と称して、とにもかくにも安倍内閣がしようとしていることに反対し、あるいはいちゃもんをつけている輩は、客観的には中国(中国共産党)や北朝鮮(同労働党)を利する、<容共>の者たちであることをしかと確認しておかなければならない。
 冒頭に登場させた人物のごとく、ひょっとすれば「左翼的な」高校までの教育を受け、大学でさらにその「左翼」性を(主観的にはまるで自然・当然の<正当な>考え方を持っていると意識するようになるまでに)増した結果として、「共産主義への憧れ」を公然と語る日本人が現に存在することを忘れてはいけない。
 日本共産党へ投票する者の中にはさまざまな人がおり、単純に反自民党又は反「保守」気分だけの者もいるかもしれないが、まじめな?日本共産党員も含めて、「共産主義に憧れている」日本人はまだ!少なからず存在しているのだ。
 中西輝政はどこかで社会主義・共産主義あるいはマルクス主義を正面から主張しずらくなった「冷戦崩壊」以降、日本の「左翼」は<反日>を正面に掲げた、というような趣旨を書いていたが、<反日>の背後で社会主義・共産主義あるいはマルクス主義を決して捨てていないこと、あるいは<容共>・<親共>主義にとどまっていること(これはまた中国・同共産党をまったくかほとんど批判しない、という、あるいは中国・同共産党を刺激するような<ナショナリズム>的言動を日本はすべきではないなどと主張する、朝日新聞的「親中」主義でもあること)を看過してはいけない。
 むろん中西輝政はさすがに、上記の月刊正論4月号の中で、「共産主義と冷戦」の責任を対外的にもむ対内的にも追及しなかった「冷戦崩壊」以降の風潮を鋭く批判している。「ロシア革命以来の共産政権を生み出した国々こそ、『平和に対する罪』『人道に対する罪』が適用されるべき『人類史上の大罪を犯した侵略国家』として裁かれるべき」なのだ(p.57)。
 1990年頃以降、日本の政界・論壇等々はいったい何をしてきたのか。日本共産党の<ソ連は社会主義国家ではなかった>などという奇妙な反論?に納得したわけでもあるまいが、日本共産党や日本内部にいる(ソ連崩壊までソ連等の「社会主義」国に米国よりも親近感・期待感をもって議論してきた)「左翼」マスコミ、「左翼」論者等々の<責任>をいかほどきちんと追及したのか?
 1990年代に反自民細川政権、日本社会党首班の自社さ連立政権を成立させるとは、日本人全体又は多くが<狂って>いたとしか思えない。
 何度も書いたが、米国にもポルトガルを除く欧州諸国にもコミュニスト政党は存在しない(ドイツでは結成自体が法的に禁止されている)。日本は特異であり、異様なのだ。これまた、日本人特有の「お人好し」、外来思想をある程度は取り込むことに長けた日本人の特性に由来するのだろうか。困ったことだ。
 中川八洋はルソーを称揚すればマルクスは何度でもよみがえる、と書いていた。ルソーにまで遡らなくとも、日本共産党を批判しかつ同党から批判されながらも、明らかに「反共」ではなく「容共」論者であった丸山真男を称揚する書物は今日でも新たに発行されている。丸山真男を称揚しておけば、「左翼」=<容共>主義は何度でも蘇り、維持されるだろう。怖ろしいことだ。
 

 

1244/鳥居民評論集・昭和史を読み解く(2013.11)の一部。

 鳥居民評論集・昭和史を読み解く(草思社、2013.11)は著者の逝去後に編まれたようで、未公開だったものも含んでいる。
 その一部、p.110以下のうち、さらに一部のみをメモしておきたい。
 ・矢部貞治・近衛文磨は近衛の時代の不可欠の文献だが、「都留、ノーマンの記述は一行もない」。この本の刊行時、「ノーマンが近衛を戦争犯罪人だと告発した意見書」をGHQに「提出していたという事実は明らかにされていなかったから」だ。そして「ノーマンの協力者が都留であったという事実にも目は向けられることがなかった」。
 ・工藤美代子・われ巣鴨に出頭せずは「ノーマンと都留重人の役割を指摘していて画期的」だ。
 ・私(鳥居)は著書・近衛文磨黙して死すで、「近衛の死は都留重人とノーマンを利用して木戸が仕掛けたものだと論じた」。
 ・吉田茂は知っていたにもかかわらず、近衛を擁護しなかった。その理由は「天皇が近衛を嫌ったからだ」。「なぜ、天皇は近衛を嫌ったのか、内大臣の木戸が近衛を悪く言ったからだ」。/以上
 終戦・敗戦前のことに大きな関心は持たないのだが、共産主義勢力・コミンテルンが日本を戦争に巻き込み、拡大させた、アメリカ政府内にもコミュニストが根を張っていた等の話は当然に関心を持っている。上にいう「木戸」とは、当然に木戸孝允の孫・木戸幸一。
 鳥居民の所論も、今のところ得心している。
 そして、戦前にアメリカに留学してコミュニズム、アメリカ共産党の影響を受けた都留重人が、戦後は一橋大学の学長にまでなり、1960-70年代の論壇を代表する<進歩的文化人>であったこと、そして、日本国憲法を含む「戦後体制」の確立・維持を図った重要な人物であったことに、今さらながら戦慄を覚えざるをえない。
ギャラリー
  • 1181/ベルリン・シュタージ博物館。
  • 1181/ベルリン・シュタージ博物館。
  • 1180/プラハ市民は日本共産党のようにレーニンとスターリンを区別しているか。
  • 1180/プラハ市民は日本共産党のようにレーニンとスターリンを区別しているか。
  • 0840/有権者と朝日新聞が中川昭一を「殺し」、石川知裕を…。
  • 0801/鳩山由紀夫は祖父やクーデカホフ・カレルギーの如く「左の」全体主義とも闘うのか。
  • 0801/鳩山由紀夫は祖父やクーデカホフ・カレルギーの如く「左の」全体主義とも闘うのか。
  • 0800/朝日新聞社説の「東京裁判」観と日本会議国際広報委員会編・再審「南京大虐殺」(明成社、2000)。
  • 0799/民主党・鳩山由紀夫、社民党・福島瑞穂は<アメリカの核の傘>の現実を直視しているか。
アクセスカウンター