秋月瑛二の「憂国」つぶやき日記

政治・社会・思想-反日本共産党・反共産主義

0004/朝日新聞の若宮啓文さん、返答できるなら返答してみなさい。

 朝日新聞のサイトの「コラム」にはまだ、恥ずかしげもなく、2006年12月25日の若宮啓文・風考計「言論の覚悟・ナショナリズムの道具ではない」が載っている。
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 教育基本法に「愛国心」が盛り込まれ、防衛庁が「省」になることも決まった日の夜だった。
 「キミには愛国心がないね」
 学校の先生にそうしかられて、落第する夢を見た。
 いわく、首相の靖国神社参拝に反対し、中国や韓国に味方したな。
 卒業式で国旗掲揚や国歌斉唱に従わなかった教職員の処分を「やりすぎ」だと言って、かばったではないか。
 政府が応援するイラク戦争に反対し続け、自衛隊派遣にも異を唱えて隊員の動揺を誘うとは何事か。
 自衛隊官舎に反戦ビラを配った者が75日間も勾留(こうりゅう)されたのだから、よからぬ記事を全国に配った罪はもっと大きいぞ、とも言われた。「そんなばかな」と声を上げて目が覚めた。
 月に一度のこのコラムを書いて3年半。41回目の今日でひとまず店じまいとしたいのだが、思えばこの間、社説ともども、小泉前首相や安倍首相らに失礼を書き連ねた。夢でよかったが、世が世なら落第どころか逮捕もされていただろう。
 「戦争絶滅受合(うけあい)法案」というのを聞いたことがあるだろうか。
 条文を要約すれば、戦争の開始から10時間以内に、国家の元首(君主か大統領かを問わない)、その親族、首相や閣僚、国会議員らを「最下級の兵卒として召集し、出来るだけ早くこれを最前線に送り、敵の砲火の下に実戦に従わしむべし」というものだ。
 いまならまずブッシュ大統領に読んでもらいたいが、長谷川如是閑(にょぜかん)がこの法案を雑誌『我等(われら)』で書いたのは1929年のこと。第1次世界大戦からしばらくたち、再び世界がキナ臭くなり始めたころである。
 デンマークの陸軍大将が起草して各国に配ったという触れ込みだったが、それはカムフラージュの作り話。「元首」と「君主」は伏せ字にしてきわどく検閲をパスした。
 それより11年前、日本のシベリア出兵や米騒動をめぐって寺内正毅内閣と激しく対決した大阪朝日新聞は、しばしば「発売禁止」の処分を受けた。さらに政府糾弾の集会を報じたところ、記事にあった「白虹(はっこう)日を貫けり」の表現が皇室の尊厳を冒すとして筆者らが起訴され、新聞は廃刊の瀬戸際に立たされた。ついに大阪朝日は村山龍平社長らが辞職して謝罪し、政府に屈することになる。
 これが「白虹事件」である。かつて「天声人語」の筆者でもあった如是閑は、このとき大阪朝日の社会部長だった。言論の敗北に無念を抱きつつ退社して『我等』を創刊したのだ。
 こんな古い話を持ち出したのも、いま「言論の自由」のありがたみをつくづく思うからにほかならない。現代の世界でも「発禁」や「ジャーナリスト殺害」のニュースが珍しくない。
 しかし、では日本の言論はいま本当に自由なのか。そこには怪しい現実も横たわる。
 靖国参拝に反対した経済人や天皇発言を報じた新聞社が、火炎ビンで脅かされる。加藤紘一氏に至っては実家が放火されてしまった。言論の封圧をねらう卑劣な脅しである。
 気に入らない言論に、一方的な非難や罵詈雑言(ばりぞうごん)を浴びせる風潮もある。それにいたたまれず、つい発言を控える人々は少なくない。この国にも言論の「不自由」は漂っている。
 私はといえば、ある「夢想」が標的になった。竹島をめぐって日韓の争いが再燃していた折、このコラムで「いっそのこと島を韓国に譲ってしまったら、と夢想する」と書いた(05年3月27日)。島を「友情島」と呼ぶこととし、日韓新時代のシンボルにできないか、と夢見てのことである。
 だが、領土を譲るなどとは夢にも口にすべきでない。一部の雑誌やインターネット、街宣車のスピーカーなどでそう言われ、「国賊」「売国」「腹を切れ」などの言葉を浴びた。
 もとより波紋は覚悟の夢想だから批判はあって当然だが、「砂の一粒まで絶対に譲れないのが領土主権というもの」などと言われると疑問がわく。では100年ほど前、力ずくで日本に併合された韓国の主権はどうなのか。小さな無人島と違い、一つの国がのみ込まれた主権の問題はどうなのか。
 実は、私の夢想には陰の意図もあった。日本とはこんな言論も許される多様性の社会だと、韓国の人々に示したかったのだ。実際、記事には国内から多くの共感や激励も寄せられ、決して非難一色ではなかった。
 韓国ではこうはいかない。論争好きなこの国も、こと独島(竹島)となると一つになって燃えるからだ。
 そう思っていたら、最近、発想の軟らかな若手学者が出てきた。東大助教授の玄大松(ヒョン・デソン)氏は『領土ナショナリズムの誕生』(ミネルヴァ書房)で竹島をめぐる韓国の過剰なナショナリズムを戒め、世宗大教授の朴裕河(パク・ユハ)氏は『和解のために』(平凡社)で竹島の「共同統治」を唱えた。
 どちらも日韓双方の主張を公平に紹介・分析しているが、これが韓国でいかに勇気のいることか。新たな言論の登場に一つの希望を見たい。
 日本でも、外国の主張に耳を傾けるだけで「どこの国の新聞か」と言われることがある。冗談ではない。いくら日本の幸せを祈ろうと、新聞が身びいきばかりになり、狭い視野で国益を考えたらどうなるか。それは、かつて競うように軍国日本への愛国心をあおった新聞の、重い教訓ではないか。
 満州へ中国へと領土的野心を広げていく日本を戒め、「一切を棄つるの覚悟」を求め続けた石橋湛山の主張(東洋経済新報の社説)は、あの時代、「どこの国の新聞か」といわれた。だが、どちらが正しかったか。 
 最近では、イラク戦争の旗を振った米国のメディアが次々に反省を迫られた。笑って見てはいられない。
 だからこそ、自国のことも外国のことも、できるだけ自由な立場で論じたい。ジャーナリズムはナショナリズムの道具ではないのだ。
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 やはり若宮啓文という人は「おかしい」。こんな人が論説主幹の朝日も「おかしい」。教育基本法改正・防衛省設置法成立の日の夜、「キミには愛国心がないね」/学校の先生にそうしかられて、落第する夢を見た。」だと。-ウソを書くな。最低限の心得だろう。
 古い話を持ち出したあと言う。「では日本の言論はいま本当に自由なのか。そこには怪しい現実も横たわる。…気に入らない言論に、一方的な非難や罵詈雑言を浴びせる風潮もある。それにいたたまれず、つい発言を控える人々は少なくない。この国にも言論の「不自由」は漂っている」。-ヌケヌケと書いているが、朝日は「気に入らない言論に、一方的な非難や罵詈雑言」を浴びせたことはないのだろうか。朝日の論調のために「つい発言を控える人々」はいなかったのだろうか。そもそも歴史の捏造をし事実の虚報を放って「言論の「不自由」」以前の状態を作り出して、例えば慰安婦問題につき政府(河野)談話まで出させてしまったのはどの新聞社だったのか。若宮さん、恥を知りなさい。
 「100年ほど前、力ずくで日本に併合された韓国の主権…」。-平気でこんなことを簡単に書けるとは呆れる。若宮さん、歴史を勉強しなさい。竹島を「いっそ…韓国に譲ってしまったら、と夢想する」と書いた有名な(いや悪名高い)050327コラムを、韓国の某氏も「共同統治」を唱えたと言い訳するが、その人は韓国の大統領・首相・外交通商相それとも大手新聞論説主幹のうちいずれに含まれる人なのか。はっきりさせて貰いたい。一若手学者にすぎないではないか。
 ほぼ最後にこう言う。「自国のことも外国のことも、できるだけ自由な立場で論じたい。ジャーナリズムはナショナリズムの道具ではないのだ」。-この文に彼の真骨頂が表れている。日本人ではない「無国籍」者であることの宣言だ。かつ、ナショナリズムに一切の限定を付けずに自分=ジャーナリストは「ナショナリズムの道具ではない」という。これは、いかなる意味においても「ナショナリズム」には反対する、との宣言だろう。若宮さんはきっと北朝鮮拉致被害者家族会に何ら共鳴しない「冷酷」な人物に違いない。このコラム欄は今回で最後らしい。朝日新聞の減紙のきっかけが少なくなって、朝日には喜ばしいのではなかろうか。
 週刊新潮1/18号(新潮社)によると、若宮啓文さんは社長を狙っており、一方現秋山社長は若宮を切ると後任がさらに左派になる怖れがあり躊躇しているのだ、とか。恐るべし、いや驚くべき朝日だ。東京大学卒かつ長年の経験で、あの程度の文章しか書けない人物が、社長を狙えるとは!!
 万が一、上の「ジャーナリズムはナショナリズムの道具ではない」との言明が適切だとしても、次のようにも語って貰いたい。「ジャーナリズムは左翼運動の道具ではないのだ」、「マルクス主義及びその亜流の道具ではないのだ」、「空想的・観念的平和主義の道具ではないのだ」、「国家を忘れた地球環境主義の道具ではないのだ」、「フェミニズム(又はジェンダー・フリー運動)の道具ではないのだ」。これらのどこに誤りがあるだろうか。若宮さんは、何故、なぜ「ナショナリズム」のみを問題にするのか。返答できるなら返答してみなさい。朝日新聞社の言論の「政治」的偏向又は極偏は、このコラムで典型的に吐露されている。

0003/フランス革命-1951年のソブール本と1987年のセディヨ本。

 中川八洋・正統の哲学/異端の思想(徳間書店、1996)は刺激的な本で、第一部第一章第一節は「ロシア革命とは「第二フランス革命」」という見出しになっており、フランス革命の残虐性・狂気性およびマルクス主義・ロシア革命の重要な淵源性を指摘し、ルソー・ロベスピエールらを厳しく批判するとともに、より穏健なイギリス名誉革命を讃え、フランス革命時のイギリスの「保守」思想家バークらを肯定的に評価する。この本はフランス革命を肯定的・好意的に描く本は日本で多く翻訳され、消極的・批判的な本は翻訳されない傾向がある、という。また、肯定的・礼賛的なものの主要な四つのうち中央公論社の世界の名著中のミシュレのものの他はいずれも岩波書店から出版されている。そのうち、ソブール・フランス革命(上・下)(岩波新書、1989年各々42刷、39刷。初版、各1953年)を古書で入手した。
 1952年の時点での著者からの「日本の読者へ」の初め2行まで読んで(見て、に殆ど等しい)、たちまちぶったまげた。曰く-「20世紀、いいかえればプロレタリア革命―われわれはそれに終局的な人間解放の希望をかけているのだが―の世紀のちょうど中葉にあたって、日本の読者に…」。いかにスターリン批判がまだの時期とはいえ、のっけから、20世紀はプロレタリア革命の世紀で、それに終局的な人間解放の希望をかけている、とは…。岩波書店がこのパリ(ソルボンヌ)大学フランス革命史講座教授の1951年の本をさっそく新書化したのも分かる。岩波書店の<思想>にぴったりの内容だからだ。
 ソブールは上の言葉で始め、イギリスやアメリカの「革命」の妥協性や特異な限界を指摘してフランス革命は「人類の歴史の中で第一級の地位」を占めると自慢し、フランス革命は自由の革命、平等の革命、統一の革命、友愛の革命だった、とする。さらにこう続けているのが興味深い。-だが、経済的自由の宣言・農奴制廃止・土地解放によって「資本主義に道をひらき、人間による人間の新しい搾取制度の創設を助けた」。だがしかし、と彼は続ける。-フランス革命は「未来の芽生え」も見せていた、即ち「バブーフは経済問題を解決し、…平等と社会主義を完全に実現する唯一の可能な方法として、生産手段の私有廃止と不可分の社会主義的デモクラシーの樹立を提案した」。
 中川八洋の著を読んで抱いた印象以上に、フランス革命賛美者はマルクス主義者であること、フランス革命→社会主義革命という連続的な歴史的発展論に立っていることが解る。岩波書店はこの新書をもう絶版にしているようだが、1991年のソ連・東欧「社会主義」諸国の崩壊の後では、さすがに恥ずかしくなったのだろうか。
 一方、1987年のルネ・セディヨの本を訳した同・フランス革命の代償(山崎耕一訳。草思社、1991)は、フランスでは「修正派」と言うらしいが、筆者まえがきで、大革命は伝説を一掃すれば実態が明らかになる、全否定はできなくとも全てを無謬ともできない、偉大な部分・崇高な面もあるが、うしろめたい部分・有害な面もあると結論を示唆し、訳者あとがきは、この書によるとフランス革命は資本主義の発展に有利に作用せず、封建制を廃棄せず、土地問題を解決していない、等々と要約している。どちらか一方のみが適切でないにせよ、後者の方がより歴史の真実に近そうだ。
 いずれにせよ、フランス、アメリカ、イギリスの諸「革命」を同質の「市民革命」(ブルジョワ民主主義革命)と理解することは誤りだ。また、日本が(かつて又は現在でもよく説かれているように)フランス革命のような典型的な「革命」を経ないで「近代」化したことについて、劣等感をもつ必要は全くない。

0002/浅野史郎は「戦後教育」の優等生だ。だからこそ共産主義の怖さを知らない。

 浅野史郎は「日本が外国人を少なくとも一部は強制的に引っ張ってきて、従軍慰安婦という形で使ったのは歴史的事実」との「歴史認識」をお持ちのようだが、おそらく、慰安婦問題も、南京「大虐殺」問題も、これに関連する「百人斬り」競争報道事件も、関連する文献を、どの立場のものであれ、きちんと読んだことは一度もないのだろう。そして、河野洋平官房長官(当時)が1993年に事実を認めて謝罪したのだから、「少なくとも一部は」事実に違いない、という程度の認識なのだろう。
 学校秀才が東京大学に入り、上級官僚になり…の過程で、かつて日本政府・軍は「悪いことをした」という中・高校生のときの教育によって、何となくであれ、形成された歴史に関する一定のイメージは、何ら変わらず維持されたものと見える。そう、戦後教育の優等生であれば、十分に「何となく左翼」になってしまうのだ。
 そのような人々にとって、中国共産党がかつてどういう陰謀を実行して日本を戦争に引きずり込み、かつ現在も直接・間接に指示・示唆して反日本の雰囲気を世界で形成しようとしているかなど、思いもつかないのだろう。
 「何となく左翼」ではない、マルクス主義的フェミニスト、観念的・教条的平和主義者等々の「明瞭な左翼」に取り囲まれてしまっては、いかに賢くて関係文献をきちんと読めば判る筈の人でも、自らの頭による判断・確認の作業を省略して、「思いこんで」しまっている可能性が高い。
 一般にも言えそうに考えている。戦後「民主主義」教育の優等生は、大江健三郎が典型的大先輩だが、「戦前の日本は悪いことをした」史観をもつようになり、同じことだが「何となく左翼」になる。そして、社会主義・共産主義(=マルクス・レーニン主義)の本当の怖さを知らない、と。

0001/上野千鶴子は4/08後に福井県に転居するか。

 「アサノ〔浅野史郎〕と勝とう!女性勝手連」の3/18現在の呼びかけ人名簿を見た。
 上野千鶴子、木村民子(全国フェミニスト議員連盟元共同代表)、澤地久枝、白石冬美、辛淑玉、中山千夏、山崎朋子、樋口恵子、三井マリ子、新谷のり子、落合恵子、三木睦子等々。フェミフェミしているし、九条の会関係で名が出ていた人もいる。石原慎太郎でない有力候補なら、きっと誰でもよいのだろう。上野千鶴子は石原知事が居座るんだったら都民をやめる、と言っているらしい。他県へ転居するのをいずれ知りたいものだ。訴訟を起こしている福井県は如何?
 週刊新潮3/22号「「従軍慰安婦」問題のガン「河野談話」はこうして作られた」は1993年河野談話の当時の政権内部の動き・韓国の意向等をきちんとまとめており、櫻井よしこ連載コラムは、アメリカよこんな理不尽な決議をしてよいのかと(タイトルは「同盟国ゆえ、敢えて米国に問う」)最後にこれだけは言っておく、との感じ。やはり、週刊新潮はBestだ。と思うが、版元の新潮社は不破哲三の本や決して作家を追いかけないFocusを出すなど、儲ければ何でも手広く、との印象がある。出版社としては、新潮新書と文春新書を比較しても、文藝春秋の方が好きだが。
 大月隆寛という人の本は読んだことはないが、この人が産経3/14に「福島サンは弁護士ですよね?との小文(コラム)を書いて、慰安婦問題で「証言者がいるんだから事実なんですぅ」とのみ言っているのを皮肉っている。裁判ならば公開で(傍聴者がいて)、裁判官の前で、証言者は反対尋問を受ける。反対尋問(その際に裁判官も質問できる)に晒されていない証言は「証拠」にはならないのは当然のことだ。この当然のことを当面の日韓関係を優先して無視したのは河野洋平であり、政治的に無視しているのは福島瑞穂であるわけだ。
 上の週刊新潮の記事の最後-「しかし、今日の有様を見れば、むしろ日韓関係を悪化させる種を蒔いたばかりか、日本の国際的立場を貶めたと言わざるをえない。安倍首相は、河野談話を見直すべきである」」。

-0062/日本のマルクス主義的学者は1989/91年以降どうなったか。

 ドイツの現首相・メルケルは旧東ドイツ地域の出身で理学系の研究者だった。彼女が社会系の学者だったら今の地位はなかっただろう。マルクス主義そのものや、マルクス主義にもとづく経済学・歴史学あるいは国家制度・法制度の研究者・教育者は、東ドイツ(「ドイツ民主共和国」)が西ドイツに併合される前後におそらく全員が職を失ったはずなのだ。
 東ドイツの共産党(社会主義統一党)書記長だったホーネッカーは有罪とされチリへ逃亡(亡命?)した。旧体制構成員そのもの又は積極的協力者として逮捕・拘禁された研究者・教育者もいたに違いない。
 ソ連と東欧での共産主義の敗北は旧体制側の人々(一般庶民もだが)の人生・生活を大きく変えたはずだ。
 しかるに、かの国々の旧体制のイデオロギーであった共産主義の理想を信じ、マルクス主義の立場で研究していた日本国内の数多くの研究者・教育者の生活・地位は、東ドイツの消滅・チェコ等の脱社会主義化によっても何ら影響を受けなかった。むろん、例えば東ドイツの労働者文学の研究者や東ドイツ「社会主義」の歴史研究者が多かれ少なかれ動揺しただろうことは想像に難くない。しかし、彼らは大学等での地位を失うことはなく、表向きは、研究のテーマは巧妙に?変えたとしても、従来どおり大学教授・助教授等でいることができた。
 彼らにとって日本とは何と自由で住みよい国だろう。しかも、経済学・歴史学・社会学や法学の一部等々では、そのような「マルクス主義」的研究者の数は決して少なくなかったと思われるのだ。
 むろん、ソ連や東欧諸国は「真」の「社会主義」国ではなかったとの日本共産党の言明に救いを見出し、なおも共産主義社会をめざすことを綱領に掲げる日本共産党の党員たる研究者も数多く残っているだろう。
 一方には現実の生活と社会的地位が激変したマルクス主義者たちがいるのに対して、影響は心理的・精神的なものにとどまった極東の国のマルクス主義者たちもいる。
 このことを私は、じつに奇妙なことだと感じている。しかし、日本の社会はほとんど問題視していないようだ。日本社会は欧州での激変・共産主義の敗北の現実があってもなお、諸思想に「寛容」で、共産主義・社会主義的考え方にも「自由」を認める。
 繰り返すが、マルクス主義者たち又はその許容者たちにとって日本とは何と自由で住みよい国だろう。しかし、そのことこそが日本の社会が蝕まれていく大きな原因になっているのではないか、とふと真剣に考える。

-0061/民主党は頑張った。しかし、「新鮮さ」はもうなく、将来は暗い。

 10月22日の衆院補選民主党は負けたが、二選挙区ともに投票者に対する得票率は昨年9月の総選挙時よりも上げており(神奈川32.7→40.3%、大阪39.7→41.7%。自民党はいずれもやや下げている)、その点では善戦で「どぶ板選挙」の効果はあったのかもしれない。
 新聞でほとんど触れられていないが、共産党は神奈川で11642票、大阪で19537票減らし、得票率も神奈川8.0→4.9%、大阪9.7→8.0%と明らかに減少させた。
 補選では党の余力を二選挙区に回せるはずなのにこの数字だ。来年7月頃の北朝鮮情勢等がどうなっているか分からないが、この党は参院選挙も経て緩やかに消滅方向に向かうのではないか(と期待している)。
 福田和也という人の本は読んだことはないし、週刊誌のコラムもとくに印象に残ったものはなかった。しかし福田は、文藝春秋11月号p.160~163でいい指摘をしている。
 福田はまず、朝日新聞の9/27記事が安倍内閣の陣容で「小沢民主党に対抗できるだけの迫力」を出せるかと疑問視したのを、民主党又は小沢への「贔屓の引き倒し」だとする。そして、小沢民主党を過大に見せようとすることに「メディアの貧困が救いようなく露呈している」と切り捨てる。
 次いで小沢や民主党の批判に移り、「昔なつかしい…何でも反対の野党ぶりを、演じている」、それは「参院選の勝利、政権奪取」のためなら「短期的には国益を犠牲にしてもかまわない、という小沢的マキャベリズム」、安倍内閣を「論功行賞内閣」というなら、民主党のネクスト内閣は「典型的な派閥均衡型」だ等々。
 そして、私も所持だけはしている小沢の13年前の書物に福田は触れて、「13年が過ぎて、みずからの理念が大方実現してしまい、時代に追い抜かれてしまったことを率直に認めるべだろう」等と締め括る。
 まことに鋭く、かつ同感だ。
 安倍自民党にとっては、民主党が小沢を戴いたまま今のような政府対応をしてくれている間に来年の参院選を迎えることは、他の新鮮な?党首の下で対北朝鮮政策についても「国益」の観点から政府に協力しもする民主党と対決するよりは楽なのではないか。
 民主党は小さな分裂も経て、将来的には大分裂するのでないか。その際、東アジア政策や「大きな政府」維持論等の共通性から、河野洋平、加藤紘一らと民主党の旧自民党勢力は、合同したらどうか。自民党が衆院で480のうち殆ど300議席を占めているのは、やや多すぎると感じなくもない。
 また、民主党内の旧社会党勢力は社民党に移るのがよい。人間関係の問題を全く知らないまま書いているのだが。


-0060/小沢一郎・鳩山由起夫・岡田克也はもともとは自民党旧田中派系。

 「戦後」に「団塊」世代が享受しえたのは間違いなく経済成長に伴う生活水準の向上であり、「自由」保障も「民主主義」も戦前に比べて多少はマシだったかもしれない。
 但し、「自由」はしばしば放恣に流れて<規律・秩序>が損なわれはしなかったかという問題はあるし、「民主主義」はそれが日本的なものにならざるをえないとしても、成熟したとはとても言えない。
 何よりも、経済的豊かさと個人的「自由」は得たとしても、家族・地域・国家という<共同体>の無視・軽視は著しいものがあったような気がするし、かつては多くの日本人のもっていた自然や人知を超えた現象に対する<宗教的>感情も相当に失われてしまった。
 日本は、日本人は、と問うとき、とても「戦後」の全面的肯定など(立花隆のように「戦後」を享受して大満足の人もいるかもしれないが)できず、そのような時代に生き、時代に加担してきたことについては私もまた少なくとも部分的には「自己否定」的感情が生じることを否定できない。
 さて、衆院補選は予想どおり、自民党二勝。私の気分で正確にいえば、民主党は勝たなかった。安倍内閣発足後の民主党の主張等を見ていると、当然の結果ともいえる。
 もともと小沢一郎は鳩山・菅・岡田の後の前原がずっこけてようやく「昔の名前」ながらも知名度があったがゆえに民主党代表となったのであり、一時的・暫定的代表にすぎず、もはや「過去」の政治家ではないか。
 また、民主党は奇妙な政党で、小沢はもともとは自民党田中派の重要人物で少なくとも一時は金丸信の愛弟子だったし、鳩山由起夫も自民党田中派出身、岡田克也は自民党竹下派出身でのちに小沢と行動を共にした人物だ。
 民主党は自民党の「田中派」的なるものを継承している人々を抱え込んでいるのだ。小沢を「安倍さんよりも右」という人もいる。
 小沢が党首討論の際に自らの見解としてでなくとも占領下制定憲法の「無効」性問題に言及したというのも不思議でないし、今回の選挙でかつての自民党のごとき「どぶ板選挙」をやったというのも分かる。
 そのような小沢のもとで旧社会党左派の某、「市民運動」出身の某とかがよく同居しているものだ。前原誠司らが周辺事態法適用問題につき小沢・鳩山・菅で合意したという適用反対論に反対しているらしいが、ひょっとしてこの党は来年の7月までに小さな分裂くらいはするのでないか。
 「政権交代」はあくまで諸政策・主張の勝利(相対的多数国民の支持の獲得)の結果であり、これだけを唱えても支持が増えるわけがない。

-0059/1945年から1950年生れを広義の「団塊」世代と呼ぶとすると。

 終戦の1945年に1925年(大正14年)生れの人は20歳で、大学に進学する極めて少数の人を除いて戦前の教育しか受けていない。三島由紀夫は1925年生。
 1930年(昭和5年)から1935年(昭和10年)生れの人は10歳から15歳で、戦前と戦後の両方の教育を受け教科書「墨ぬり」を経験したと思われる。
 1932年生れに石原慎太郎・江藤淳(・本多勝一?)等、1935年生れに西尾幹二・大江健三郎・筑紫哲也等がいる。
 これに対して1940年(昭和15年)以降生れの人は戦前生れであっても戦後教育しか受けていない(立花隆は1940年生)。1945年から1950年生れの少し広義の「団塊」世代が(占領期ではない)戦後の教育しか受けていないことは言うまでもない。
 計算しやすく1990年までを昭和としておくと、この年に上の「団塊」世代は40~45歳でまだ役所や会社の「指導」層ではなかった。かりに50~65歳を社会の指導的中心層とすると、昭和戦前のそれは明治生れの人々であり、1970年のそれは1905~1920年生れ、すなわち明治38年~大正9年生れの人々だった。昭和時代を指導したのはほとんど明治・大正生れの人たちだったのだ。
 昭和世代のうち「団塊」世代がこの指導的中心層になったのは1995年ないし2000年以降で現在に至っている。この時代はバブル崩壊後、欧州での冷戦終結後の「新しい」時代だったと言え、政治的観点からいえば1994~1996年の首相は日本社会党の村山富市だった(自社さ連立)。
 1995年には阪神淡路大震災・オウムのサリン事件も発生したのだが、この年以降頃に指導的中心層になったはずの広義の「団塊」世代は何をなしえただろう。今後何ができるだろう。首相が1954年生れの安倍に替わって広義の「団塊」はスキップされた感もあるが、菅直人・鳩山由紀夫・桝添要一・塩崎恭久・櫻井よしこ・中西輝政・関川夏央らはこの世代で、まだまだ活躍の余地はあるだろう。
 しかし、もっぱら戦後教育のみを受けた者たちが指導的中心層となってどの程度適切・的確に国家・社会を運営していけるか、心配なくもない。「戦後体制との訣別」を志向するとしても、その「戦後」に(ある人々はどっぷりと)浸って、ある意味では「うまみ」も味わっきたのがこの世代であり、「戦後体制」なるものの一部は、この世代の相当部分の人々の血肉化していると思われるからだ。
 1960年代末~70年代の言葉を用いるとすれば、この世代にとってある程度の「自己否定」を伴わないと、「戦後体制との訣別」は不可能だと思われる。

-0058/中沢新一は憲法の素人-憲法九条1項-と建築規制行政。

 憲法九条を世界遺産に(集英社新書、2006)を入手して中沢進一のあとがき的部分を見た。
 この中沢新一も、吉永小百合と同じく九条条1項を日本文としてしか読んでおらず、誤った理解に基づく間違った叙述をしている。
 異説もなくはないが、同項の「国際紛争を解決する手段として」の戦争とは国際法上の用語法の歴史的沿革から見て「侵略」戦争を意味する、と政府や学界多数説は解釈してきていることは間違いないのだ。
 1項で自衛権が放棄されていないことを前提として、2項による「戦力」不保持・「交戦権」否認のために「自衛戦力」は持てず「自衛戦争」もできない、しかし「自衛のための必要最小限度の実力」の保持まで禁止されてはおらず、現在の自衛隊はその範囲を超えていないため違憲ではない、というのが(最後の部分などは相当に苦しいが)政府の憲法解釈なのだ。
 この程度の基礎的知識もない二人の対談は、どのように新鮮・珍奇な表現・論法が言葉の上だけで用いられているとしても、建設的なものではありえず、当分読むつもりはないが、たんなる情緒・気分の発露にすぎないだろう。このような本がベストセラーになるとは、まともな国民的議論のためにはマイナスだ。
 イーホームズの藤田東吾社長の言動が話題になっている。
 建築規制行政において建築業界と自治体や国(国土交通省)の「癒着」あるいは前者の不正の「隠蔽」があれば当然に問題で(そのような可能性を私は否定しない)、また安全性を欠いたままのマンション住戸(「…大師駅前」)が販売されているとすれば由々しきことは無論で、マスコミは少なくとも同氏によって「告発」されている川崎市・国交省建築指導課等々を取材すべきだ。
 私は彼が積極的に嘘をついているとは感じないが、告発文等が「推測」の部分を含んでいることは否定できないのではないか。また彼の意図と離れて、アパ・グループが「安晋会」会員であることからこの問題を安倍や自民党と強引に?結びつけようとするのは「政治的」すぎるだろう。
 もう少し一般的にいうと、建築規制部署のみならず旧建設省でいうと旧建設経済局にあたる部署の業界との限度を超えた「癒着」も十分に考えられる。
 同様のことは都道府県の建設業法や宅建業法所管部局についてもいえる。
 適正な規制・監督を効果的にしないことにより、業界を「甘やかして」はいないか。
 マスコミ記者等は専門的知識が乏しい。したがって、彼らに任せるのはまことに心もとないが。

-0057/朝日新聞は進路とは逆の方向に光を照し続けてほしい。

 朝日新聞が退潮を防ぐために「ふつうの」新聞になることを願ってはいない。新聞自体を廃刊していただくのがベストだが、そうでなければ、日本が進べき方向とは逆の方向に光を煌々と当ててくれる、逆の意味での「導きの灯火」の役割を見事に果たし続けてほしいものだ。
 ところで、有田芳生につき、この日記の09/06で今は日本共産党とは「一定の距離を保っているようだが」と書き、09/21には「当時は党員だったかと思える」と書いたが、彼自身のサイト内を見ていて正しい推測だったことが分かった。
 彼が編集者の一人となって日本共産党「除籍」の原因になった『日本共産党への手紙』(教育史料出版会、1990) の古書が今日配達されてきたのは不思議な偶然だ。
 人の良さそうな彼はしかし、コミュニズム又は共産党幻想から完全には抜けきってはおらず、「反体制」的心情を残しているかに見える。共産党員でなくなることが例えば自民党支持者に変わることを意味するわけではないのは当然のことだ。また、上の本も正面からの共産主義批判・日本共産党批判ではなく共産党員そのもの又は共産党の強いシンパの15人が日本共産党への注文等を書いたものにすぎないので、当面は読まずに積んでおこう。
 有田は核武装検討発言の中川昭一、麻生外相を「酔っぱらいのように声高に持論を主張」すればいいものではないと批判しているが、「酔っぱらいのように声高に」という副詞には必ずしも客観的でない感情が入っていると思う。
 また、彼のかかる批判は今朝の朝日社説とも同じなのだが、朝日の「なんとも危うく、不見識な発言だ。…聞き捨てならない」との冒頭の文などは<やや>ヒステリック又は感情的な印象がある。
 一方、本日の産経社説は「核武装・もう思考停止はやめよう」と題して朝日・有田と対立する。このあたりにも国論の大きな分裂がわが国にあることを感じるが、今の危機には間に合わないとしても一般論としては産経を支持したい。
 核の抑止力が第三次大戦を防ぎ、かつ軍備拡大競争に負けたことはソ連崩壊の一因となった。核保有国・中国との将来の本格的「闘い」を想定しておく必要もある…。安倍首相が言った如く、国会議員の自由な議論を封じることはできない。ましてや、マスコミ、一般国民は何でも自由に検討し議論できる。特定のテーマについてのタブー作りは、言論の自由を自ら放棄するに等しい。

-0056/「底のない泥沼」と秋山社長も嘆く「朝日新聞の惨状」。

 今日のタイトルは週刊新潮10/26号p.32~35の記事と同じだ。
 朝日新聞紙上の週刊新潮の広告にはそのまま掲載されただろうか。これまで何度も、かかる言葉を朝日の広告面にそのまま載せるか否かで両者は「揉め」てきたのだ。
 それはともかく、同記事によれば、朝日新聞社現社長が某会合で同社の広告収入額の急激な減少を嘆き、具体的に90年に1981億円だったが05年は1413億円と500億円以上減少し今年も前年を上回ることはなさそう、と語ったという。広告収入は景況にもよるのだろうが、読者数の変化等の新聞に対する評価にも影響を受けるだろう。少なくとも、この記事は朝日新聞への評価の高まり・読者数の増加を示してはいない。そしてそれは当然だろうと感じる。
 朝日新聞の「偉業」はだいたい知っているつもりだが、次の件は知らなかった。
 1995年3/29の同紙栃木版で都知事立候補の石原信雄への同県幹部の餞別渡しを批判的に報道したが、写真まで掲載した「御餞別栃木県一同」と表に書かれた祝儀袋は同紙宇都宮支局記者自身が用意したものだった、という(3/31に朝日はお詫び記事掲載)。
 さすがに、いろいろな場所、いろいろなレベルで、なかなかやりますねぇ。
 今日買った高山正之・歪曲報道(PHP研究所、2006.10)の帯には「あなたは、まだ彼らを信じられますか? 朝日新聞、NHK、TBS…。」とあり、見事に一番目に名指しされており、当然に本文中で多くの朝日の「偉業」が言及されている。
 読了は未だだが、すでに何かで読んでいたとはいえ、2005年08/13の朝日が「つくる会」教科書採択の杉並区役所に2つの「市民団体」が押しかけて抗議した旨を報道したが、同日付の産経によると朝日のいう「市民団体」とは「過激派の中核派が支援する」某団体と「共産党と友好関係にある」某団体だった(p.110~1)、というのは面白かった。
 かかる団体を朝日は「市民団体」と書き、靖国参拝団体や「つくる会」支援団体は「右翼団体」と書いて区別する、というのはよく知られたこと。
 上の二つの事例は、国際・外交等に直接は無関係だから、まだ「かわいい」。
 最近の北朝鮮核問題に関する朝日新聞の記事は週刊文春10/26号p.127の櫻井よしこによれば「それでも米が悪い」旨書いたりしつつ「迷走」している。
 10/12の天声人語の「人類益の立場」で対処をなんて、口先だけでの抽象的なことなら何とでも言える、の好例だ。今のままでは朝日の退潮傾向は止まらないだろう。

-0055/某韓国人から金日成は3人いると1980年代に聞いてから。

 北朝鮮という国の異常さを知ったのはたぶん1992年に崔銀姫=申相玉・闇からの谺―北朝鮮の内幕―(上・下、文春文庫、1989)を読んでだ。北朝鮮の映画を「向上」させるために韓国の映画監督・女優夫妻を金正日の指令で「拉致」したというのだから、その「人間」・「個人」無視の精神には唖然とした。
 続いて、1994年頃に姜哲煥=安赫・北朝鮮脱出(上・下、文藝春秋、単行本)によって北朝鮮の印象は決定的になった。デマの可能性はあったが、これだけの全てを捏造することはできず、少なくとも大半は真実だろうと感じ、こんな国がすぐ近くに存在していることについて信じ難い思いをしたものだ。これらを出版した文藝春秋の勇気?は称えたい。
 他にも若干の本は読んでいて、平均的日本人よりは北朝鮮の実態を知っていただろう。従って、日本人拉致問題に詳しくはなかったものの、2002年9月17日に金正日自身が拉致の事実を認めたとき、驚天動地の思いではなかった。この国なら何でもする、と感じていたからだ(むしろ認めたことの方に驚いた)。
 北朝鮮の歴史の知識もすでに持っていて、種々の金日成・金正日伝説は「ウソ」らしいと知っていた。
 市井の一日本人が若干の文献から「ふつうの感覚」でそう思っていたのに、より多くの情報に接する可能性があるはずの日本社会党等々の政治家たちが北朝鮮に「騙され」、日本共産党もまた「疑惑の程度に応じた」交渉を、などと能天気なことを言っていたのはこれまた信じ難い。社会主義幻想と朝鮮総連との接触の成した業だったろうか。今でも北朝鮮にはできるだけ甘く、米国や日本政府にはできるだけ批判的又は揶揄的に、という姿勢がかいま見える人々がいるしメディアがあるのは困ったものだ。
 そうしたメディアの代表は朝日新聞だが、朝日を批判する本又は論文・記事を一部抜粋して引用していくだけでもこの日記は続けていけそうだ。
 読売論説委編・読売VS朝日・社説対決北朝鮮問題(中公新書ラクレ、2002)の中で作家・柘植久慶は言う。
 「一方の朝日新聞の社説となると、悲惨なくらい過去の主張や見通しの外れているのがよく判る。これは…空想的社会主義と共産主義諸国に対してのダブルスタンダードが、ベルリンの壁の崩壊とソ連―社会主義の終幕によって、一気に価値を喪失したから…」、「地盤沈下の著しい左翼政党―共産党や社民党と同じように、朝日もまた地盤沈下の同じ轍を踏む危険性が大きい」(同書「解説にあたって」)。

-0054/中国・南京大虐殺記念館、本多勝一に授賞。河野洋平へは?

 やや旧いが、週刊新潮10/12号p.47によると、中国「南京大虐殺記念館」が9/24に元朝日の本多勝一他1名に「特別貢献賞」を授与した、という。
 所謂東京裁判で触れられていたが70年代に「南京大虐殺」を呼び醒まして教科書に記載されるまでに至らしめたのは本多勝一だった。受賞を彼は喜んでいるだろう。だが、中国共産党の支配と「南京大虐殺記念館」は永続するだろうか。真っ当な歴史認識をもつ新政権と社会が支那に生まれれば、記念館の外観・30万受難者を刻む大きなメダル・楯を伴う今回の受賞は紛れもなく「売国」=「反日本人」の証となるのでないか。
 動きに関する多少の情報は読んだかに思うが、読売新聞の本日5/16社説によれば、米下院の一委員会が「従軍慰安婦」にかかる日本非難決議案を議決したという。外務省はいったい何をしていたのか。読売のタイトルどおり「日本政府はきちんと反論せよ」。
 この事態は、1993年05月に宮沢内閣官房長官・河野洋平(現衆院議長)がきちんとした証拠もなく「慰安婦強制連行」を実質的に肯定する談話を発したことに遡るだろう。
 江沢民の時代だったので一部で「江の傭兵」とまで言われたらしい河野は、今からでも誤りを日本国民に詫び全世界に発表すべきだ。それとも朝日新聞のように、広い意味での「強制性」はあったと誤魔化して平然と議長席に座っているのか。
 朝日新聞・日本共産党等々もそうだが、戦後日本が行き着いた現状については自民党の責任も大きい。
 1994年に自社さ連立政権が成立したことには、与党復帰という政治的願望があったにせよ、マルクス主義者・社会主義者を忌避しない河野洋平が自民党総裁だったことも与っているはずだ。こんな人を抱え込みかつ要職に就かせるのだから、かつての自民党も骨・芯がない。社会主義と戦う強い意思を持たない者が自民党内にいくらでもいたのだ。
 福岡県筑前町教育長が昨日、教師による自殺生徒への「いじめ」を明確に肯定していたのが記憶に残ったが、今日校長は「いじめ」は認めつつ自殺との間の因果関係を否定する(少なくとも肯定しない)姿勢に変更?した。
 因果関係を肯定すれば町には明らかに遺族に対する損害賠償責任が発生する。訴訟で不利となる発言を慎むようにとの法律的「助言」が誰か又はどこかの機関からあったのではないか。

-0053/北朝鮮危機-李英和・強硬には超強硬!が適切。

 鷲田の本をほぼ読了。「岩波の総合雑誌『世界』や『思想』は、すでに死に体である。朝日新聞社が次々に試みる総合誌、オピニオン誌も、ばたばたと消える」(p.186)。これが事実ならいいのだが。
 「世界」や「論座」の(「諸君」や「正論」もだが)販売実数はどうすれば分かるのだろう。朝日が出すらしい何とか「新書」も売れ行き低迷で「消え」てほしいものだ。むろん、朝日的なテーマ設定、執筆者人選が行われるに決まっているから。
 数日前に気づいていたが、朝日新聞10/12社説「ニュー安倍・君子豹変ですか」はヒドい。若宮啓文なのかどうか、こういう文を書く人の人格・品性を疑う。立ち入りたくもないが、「首相になると一転、ソフト路線で支持率を上げ、参院選を乗り切る。地金を出すのは政権が安定してから……。そんな邪推をする人」こそ社説子で、かつ「邪推」でなく、思い切り叩き罵倒するために「期待」しているのでないか。
 そういえば読売編集の社説対決・読売対朝日が中公新書ラクレで3冊出ている。朝日が自らの社説に自信があるなら、朝日の「新書」で読売又は産経の社説と比較分析して公にしたらどうか。
 朝日新聞10/13社説は「日本が先行して厳しい措置をとったことで中韓など関係国との足並みが乱れては逆効果になる。単なる国内向けのパフォーマンスと勘ぐられないためにも、関係国間の結束を第一に考え…」と安倍内閣の決定にケチをつける、「あっち」向いたことをのたまう。中韓日の足並みが揃うわけがない。バカではないか。
 読売新聞10/15社説は「日本の安全を損ねる憲法解釈」と題して、1.集団自衛権行使不可の(従前の)政府解釈や2.武器使用基準の再検討を提言している。内閣は最高裁判決の解釈には実質的又は事実上拘束されるが、1.の基礎の解釈を示した内閣法制局はたかが内閣の補佐機関で、内閣を永続的に拘束するはずがない。憲法改正は間に合いそうにないが、現行法制に事態対処のためには不備があるとすれば、当然に改正又は新法制定すべきだ。朝日よりも読売の方が適切・冷静なのは言うまでもない(読売を全面支持はしないが)。
 午後のTV番組で田嶋陽子は北朝鮮に「アメリカと話し合う」機会を与えるとの意見を示した。
 ヒトラーに対するチェンバレン(英国)の宥和政策の失敗、北朝鮮へのクリントン政権の穏和的姿勢の失敗を見ても、絶対化・一般化は無理としても、「強硬」姿勢には「超強硬」姿勢で対応・制裁すべきだろう。

-0052/「学界」外の者の発言でも正しいものはある-井沢元彦・安本美典ら。

 ○ 大学で「哲学」を講じている人の殆どは西欧の誰かの「哲学」の研究者(学者)で、「哲学学」者であっても「哲学者」ではなく自らの「哲学」を語ってはいないという印象があったが、少なくとも鷲田小彌太という人は違うようだ。
 鷲田小彌太・学者の値打ちをさらに80頁読み進む。
 西田(幾太郎)哲学は複数の異なる外国哲学の何でもありの受容(「借用」・「受け売り」)だ旨の指摘(p.23)にド胆を抜かれたが、その他、色々と考えさせられて刺激的だ。
 彼によれば、彼は25歳半ばからマルクス研究を始め40歳台でマルクス主義を「克服した」らしく、丸山真男政治学は「マルクス主義政治学の亜種」で、彼の弟子たちが学会から消えるに従い丸山の「名声」は弱まる(p.108)、等々。
 大学教授は「知識人」ではなく特定分野の「専門家」にすぎない、と思ったことがあった。
 ここでは「知識人」は社会のほとんどの諸問題に広い「教養と知識」を背景にしてマスメディアに発言する能力のある人とのイメージだった。
 これに関連して鷲田の上の本p.180は「大学教授の大半は、知識人とさえいえない」、「競争原理」が全く働かず、その「知識や技術」の「水準は問われない」からだ、と言う。つまりは私のいう「専門家」かどうかも「大半」は疑わしいというわけで、厳しい。
 アカデミズムとジャーナリズムの関係等の話も面白い(但し、立花隆の肯定的評価は承服できない。鷲田も立花・滅びゆく国家を読めば評価を変えるはず)。
 「かつてアカデミズムの権威が有効な時代があった。大新聞の論説が世論形成に与った時代があった。しかし、パソコンを媒介にしたこの社会では、個人発であるか、大学発であるか、大新聞発であるかで、情報価値に根本的差違はない」との指摘は全くそのとおり。
 知識・情報を大学・マスコミが独占しているはずがない。
 ○ しかし、妙なアカデミズムは残っているように見える。
 鷲田の本から離れるが、例えば、井沢元彦の研究・諸指摘(学界の「方法」的欠点も含む)を日本史学界はたぶん完全無視だろう。
 また、安本美典の古代史論、邪馬台国論は説得的な部分があると思うが、安本が日本史(古代史)プロパーではない(もともとは言語学、次いで心理学も)ことを理由に古代史学界はこれまた完全無視でないか。
 出自が何であれ、誰が述べようとも、正しいものは正しい。誰の問題提起でも適切ならば、適切なはずなのだ。鷲田によって「学界」の傲慢さも思い起こした。

-0051/吉永小百合様へのラブ・レター。ついでに朝日の「言葉」とは?

 「団塊」世代のマドンナ・吉永小百合様が岩波ブックレット・憲法を変えて戦争に行こうという世の中にしないための18人の発言(2005.08)の中で、こう書いている。
 「人間は『言葉』という素晴らしい道具を持っています。その道具で粘り強く話し合い、根っこの部分の相違点を解決していく――報復ではなく、半歩でも一歩でも歩み寄ることが『言葉』を持つ私たちの使命だと思います」(p.18)。
 「言葉」という「道具で粘り強く話し合い、根っこの部分の相違点を解決していく」ことができれば、それに越したことはない。「粘り強く話し合」っても何ら誠意をもって対応せず、言葉と矛盾する行動を平気で行う人や国家が存在するからこそ問題なのであり、経済的・軍事的「圧力」も必要になるのだ。
 美しい心の小百合様には、国民を餓死させ、開発凍結と言っておいて平気で核実験実施をする国家の存在を想像すらできないのだろう。
 彼女はまた、「命を大切にすることは、憲法9条を大切にすること。国際紛争を解決する手段として、武力行使は永久にしないと定めた憲法は、人間の命を尊ぶ、素晴らしいものです」と憲法九条を讃える。
 しかし、残念ながら小百合様には基礎的素養がなさそうだ。「国際紛争を解決する手段」としての武力行使の禁止は「侵略」戦争の放棄の意味であり9条1項が規定している。そしてこれは日本国憲法に限らず今日の世界においては当然のことなのだ。憲法改正に際しての焦点は、「戦力」不保持、「交戦権」否認の9条2項をどうするかにある。「戦力」不保持・「交戦権」否認の憲法があるがゆえにこそ外国からの攻撃によって日本国民の生命が奪われることを有効に防止できないとすれば、「憲法9条を大切にすること」は日本国民の「命を大切に」しないこと、を意味することになる。
 このように、小百合様の文章は美しいが、戦争反対という情緒(これ自体を悪いとか誤っているとかは言わない)が書かせたものにすぎない。
 朝日新聞社が<私たちは「言葉」の力を信じます>とかのコピーで宣伝しているが、小百合様の上の文章にヒントを得たのではなかろうか。
 それはともかく、朝日は、事実を否定し又は存在しない事実を作り出す(「捏造」)ために「言葉」を用いた、あるいは「言葉」の力によって虚報をさも真実のごとく装ったことがある。当然ながら「言葉」の力は良い方向にも逆の方向にも働きうる。それが明確でないコピーは「言葉」の力でウソを真実に変えますと言っているようで気持ちが悪い。


-0050/北朝鮮の核実験実施と鷲田小彌太・学者の値打ち(ちくま新書)。

 10月9日、北朝鮮が核実験成功と発表。安倍首相が東京に着いて航空機内から出るときの姿はさすがに相当疲れているように見えた。彼は「空気の宰相」ではなく小泉前首相と違って「論理」と「骨」があると思っており、今日の勝谷誠彦日記には賛成だ。
 この時期に「あっちむいてホイ」の「あっち」を向いた動きがあるとは、「平和ボケ」はなかなか治らないと感じる。
 鳥越俊太郎を含む人々は日本の核武装論はもちろん日本が正規軍をもつための憲法改正にも反対し続けるのだろう。もともと中国は核保有国で日本を核攻撃する能力・技術をすでに持っている。当然にこのことも意識して、対米関係に留意しつつ、これまで関心がなかった国民も含めて自国の「安全保障」のあり方を考えてみるべきだ。
 安倍内閣が河野談話・村山談話を踏襲するとしたことに、彼のかつての持論維持を期待した人たちからの批判もありうる。
 昨日の朝日新聞のたぶん3面に(記憶のみだが)本来の支持者「反発も」という見出しがあった。これは、<安倍さんはかつて述べていた持論を封印して中韓に擦り寄ってますよ、さぁ彼の「歴史認識」に期待していた支持者の皆さん、「反発」しましょう>という煽動だと理解すべきものだ。安倍がかつての持論をそのまま展開すれば中韓が反発し、それ見ろと朝日が激しく安倍批判をするのは目に見えている。朝日はいずれにせよ批判的・揶揄的スタンスを変えない。
 朝日新聞10/07社説の見出しは「安倍政権、ちょっぴり安心した」だったが、ひょっとして本音は「残念」ではなかったか。安倍を「先の大戦を『自存自衛の戦い』と位置づける。日本政府の『謝罪外交』を批判し、歴史教科書の『自虐史観』に修正を求める」「議員グループなどで中心的な役割を果たしてきた」と認識している朝日にとって、振り上げた拳を降ろせない状況になったからだ。
 昨日は古書店にも寄って鷲田小彌太・学者の値打ち(ちくま新書、2004)等10冊余り購入した。この本の類書はたぶんほとんどなく、一気に100頁過ぎまで読んでしまった。

-0049/故郷も親も完全に憎むことはできない、自分の一部だ。

 西尾幹二が何かの本で(多すぎてそのときに何かにメモしないと憶えられないが、いちいちメモしていると読めない)西洋史学者(研究者)の八割はまだマルキストだ旨を書いていた。
 世間相場と大きく違うが、日本史中心の「『9条の会』に賛同する関西歴史研究者の会」についても西洋史と同様のことがたぶん言える。
 その呼びかけ人は、以下のとおり。
 赤澤史朗(立命館大)、猪飼隆明(大阪大)、井上浩一(大阪市大)、上野輝将(神戸女学院大)、梅村喬(大阪大)、大山喬平(立命館大)、奥村弘(神戸大)、長志珠絵(神戸市外国語大)、小西瑞恵(大阪樟蔭女子大)、小林啓治(大阪府立大)、小山靖憲(元和歌山大、2005年没)、末川清(愛知学院大・元立命館大)、鈴木良(元立命館大)、曽根ひろみ(神戸大)、高久嶺之介(同志社大)、武田佐知子(大阪外国語大)、塚田孝(大阪市大)、広川禎秀(大阪市大)、薮田貫(関西大)、山尾幸久(元立命館大)、横田冬彦(京都橘大)、渡辺信一郎だ。
 京都大を除く主だった大学は全て含んでいる。これらの人々の仲間や「弟子」はきっと多いだろう。
 烏賀陽弘道・「朝日」ともあろうものが。(徳間書店、2005.10)のまえがきの中にいい文があった―「故郷も、親も、完全に愛することも、完全に憎むこともできない。それは、切り捨てることのできない「自分の一部」になってしまうのだ」。
 思い出す10/06付朝日新聞社説の一部はこうだ。
 ―「時代の制約から離れて、民主主義や人権という今の価値を踏まえるからこそ、歴史上の恐怖や抑圧の悲劇から教訓を学べるのである。ナチズムやスターリニズムの非人間性を語るのと同じ視線で、日本の植民地支配や侵略のおぞましい側面を見つめることもできる」。

-0048/サ講和条約11条の<裁判>・<判決>に意味はあるか。

 安倍首相の「歴史認識」問題よりも北朝鮮核実験問題の方が重要と思いつつも、いくつかの本で読んだ講和条約・戦犯問題が国会で現に議論されていたのはなかなか興味深かった。
 講和条約11条の解釈については、「裁判」は「諸判決」のことと反論する保守派もいるが(小林よしのりも)、この欄の08/11で述べたように、そんな「訳語」のことを問題にしない安倍の解釈が適切と思う。
 簡単に買える小さな六法(例えば有斐閣ポケット六法)にも掲載されている講和条約(日本国との平和条約、1952.04.28発効)11条第一文は次のとおり。
 「日本国は、極東国際軍事裁判所並びに日本国内及び国外の他の連合国戦争犯罪法廷の裁判を受諾し、且つ、日本国で拘禁されている日本国民にこれらの法廷が課した刑を執行するものとする」。
 全27条や11条の第二文以下との関係・位置づけから見ても、これから日本国が東京「裁判」等の事実認定・理由づけ等を細かなことも含めてすべてに同意し、将来も国自体の「歴史認識」として有し続けるなどという解釈が出てくるはずがない。
 「承諾し」という語は、第一文後段の前提として、個々の諸判決の結論(とくに拘禁刑判決)に国としては異議を唱えない(異論を述べない、従う)との意味で用いられているのだ。
 再言になるが、誰が「戦争犯罪人」かの結論はもちろん事実認定・理由づけについてもそのまま将来にわたって自らの「歴史認識」とすべき旨を東京裁判終了後に述べていたのが、朝日新聞だった。

-0047/田中真紀子の大醜態。小泉前首相による解任は大正解。

 前回のついでに書いておけば、現存「社会主義」国以外で「共産党」と称する政党が存在するのは日本の他、フランス、ポルトガルのみだ。かつ、実質的になおプロレタリアート独裁を標榜し組織論として民主集中制を残しているのは、某情報ソースによれば、日本共産党のみだという。まことに日本はユニークな国なのだ。
 国会論戦をニュースや録画も含めて見ていると、北朝鮮の核実験実施声明に言及したのは自民党・中川昭一のみで、民主党は何ら触れていないのでないか。この認識が正しければ、民主党は主として歴史認識を用いた「安倍いじめ」に関心があり、日本(国民を当然に含む)と東アジアの平和と安全に目を向けていないという致命的な失態を演じている。
 北朝鮮に関して拉致問題にのみ触れ核問題に具体的に言及しなかった田中真紀子の質問・発言は大醜態だった。安倍はなぜ一人ででも平壌に残って膝詰め談判の交渉を続けなかったのかとの質問には唖然とした。
 この人を菅直人の次に配した民主党のセンスを疑う。岡田克也の講和条約・「戦争犯罪人」に関する質問のあたりでは安倍の方が知識・思考が深いと感じた。岡田克也は一面的な知識・見解しか知らないために、安倍の答えに対して質問とほぼ同じことを反復するのみで有効に反撃できていない。もっとも、国会論戦の詳細と適切な評価が昨夜のテレビニュースや今日の新聞で紹介されているかは疑問だが。
 田中真紀子は自らが2003年10月に「拉致家族の子供は北朝鮮で生まれたから本来なら北朝鮮に返すべきじゃないですか」、「(拉致被害者の)家族の国籍は国際法上は北朝鮮籍。外務省も知っているはずで、日本帰国は難しいとはっきり言うべき」と発言し、家族会等から「田中氏はすぐに発言を取り消し、謝罪して政治家として完全に引退すべき」と抗議されたことを忘れてはいないだろう。安倍に対して何故もっと頑張らなかったのか旨をよく言えたものだ。
 それにこの人の発言には身内の講演会等であってはじめて許容されるような無意味な比喩的話が多すぎるし、「媚中」的言辞も気になる(民主党に接近しているのも解る)。
 小泉純一郎がこの人を外相にしていたとは今思えば信じ難い。明確な「論功行賞」的かつ失敗の人事だったが、大失態の発現の前に首を切っておいてよかった。

-0046/日本共産党綱領の変遷・少年少女文学全集を思い出す。

 北朝鮮が3日に核実験実施声明を出した。その核弾頭が日本に向けられる日がくる可能性があるが、「九条の会」の人々はきっと切迫感・現実感が薄いに違いない。
 日本共産党は北朝鮮批判の声明を出した。だが、1962年のソ連の核実験のあと「ソ連の核はきれいな核」と主張して日本の原水禁運動を分裂させた(共産党系は日本原水協と略される)のは同党だった。同党は北朝鮮だけは中国・ベトナム・キューバという「社会主義」国と区別しているようだ。当然といえば当然だが。
 その日本共産党の綱領は1961年綱領以降にも何度か改正され、2004年1月のものが最新のようだ。だが、内容に本質的変化があったわけではない。
 以下、4号まで揃った雑誌・幻想と批評2号の金子甫「日本共産党の新綱領」(2004.06)に主として依拠する。
 1961年には「科学的社会主義であるマルクス・レーニン主義」だったのが76年にたんに「科学的社会主義」に改められた。
 三二年テーゼの「プロレタリアートと農民の独裁」は1961年「労働者、農民を中心とする人民の民主連合独裁」、94年「労働者、農民、勤労市民を中心とする人民の民主連合」の「権力」に変わった。
 また1961年・94年の「民族民主統一戦線政府」は2004年に「統一戦線の政府・民主連合政府」と改められたが、同党は戦前に「不屈に掲げてきた方針が基本的に正しかった」としているので、これも三二年テーゼの「プロレタリアートと農民の独裁」の趣旨だろう。
 従って、1961年の「労働者階級の権力、すなわちプロレタリアート独裁の確立」が「…執権」に変えられ、この語も用いなくなった後、1994年の「労働者階級の権力」としてのみ残り、さらに2004年にこの語も削除された。しかし、三二年テーゼの「プロレタリアートと農民の独裁」という考え方が否定されたことには全くならない。
 さらに「二つの敵」に関して、2004年に「アメリカ帝国主義の対日支配」は「アメリカに対する異常なまでの従属状態」に、日本「独占資本の人民支配」は「大企業による政府に対する強い影響力」に改められた。
 こうした変更を見ていると、大人用の文学作品を子ども用に易しく書き直した少年少女世界文学全集の類を思い出してしまう(「レ・ミゼラブル」は「あゝ無情」だった)。
 マルクス・レーニン主義→科学的社会主義独占資本→「大企業」などが典型的で、かつ(少年少女世界文学全集類と同様に)本質的には何も変わっていない(はずな)のだ。

-0045/菅直人は辛光洙の北朝鮮帰国という「歴史」をどう思うか。

 菅直人が安倍晋三に国会で質問していた。安倍晋三個人、一国会議員としての安倍、安倍内閣総理大臣のそれぞれによって質問への回答は異なりうる。とりわけ歴史に関する首相としての見解表明は、政治的な、かつ近年では外交的な重要な意味を持ちうるからだ。
 録画した菅直人と安倍首相の質疑を見ていてそんな感想をまず持った。
 安倍個人は河野談話や村山談話に否定的のはずで、私も前者は誤りかつ完全な失策、後者は不正確と考えるが、しかし首相としてこれらを批判・否定できないのもよくわかる。国家行政の継続性からすると、否定すればその意味・理由が問題となり場合によっては新たな別の談話が求められるからだ。たしかに、安倍は逃げていた印象はあるが、逃げていること自体はやむをえないだろう。
 民主党を代表してこそ菅直人もじくりじくりと「安倍いじめ」的・本音誘発的質問をしていたのだろうが、「満州国をどう思いますか?」との質問へと至ってはさすがに異様な感をもった。岸信介が同国にどうかかわっていたのかの詳細は知らないが、国会の質疑で何故そんなテーマが出てくるのか。
 国会で、通州事件をどう思うか、廬溝橋事件のきっかけは何か、南京で何人死んだか等々の「論戦」を民主党はするつもりなのか、馬鹿馬鹿しい。
 そんな質問をした菅直人は民主党、少なくとも民主党執行部の「満州国をどう思うか」の回答を用意しているのだろうか。そもそも、民主党はその有力議員に限っても先の大戦にかかわる「歴史認識」を一致させているのか。社会党左派の生き残り(横路孝雄ら)と小沢一郎と菅直人と西村慎吾において共通の「歴史認識」があるとはとても思えない。
 民主党の中では菅直人は最悪の印象はない。しかし、かつて北朝鮮による日本人拉致の主犯格だった辛光洙(シン・グァンス)が85年に韓国で拘束されたあと89年に「解放」を求める韓国大統領あて署名をして日本で取り調べる機会を奪い北朝鮮に帰国させた(かの国で英雄視させた)国会議員の一人は菅直人だった、という歴史的禍根を私は忘れてはいない。
 「土井たか子さんに頼まれて軽い気持ちで…」とか本人が言っていたのを聞いたことがあるが、釈明にも何にもなっていない。
 署名した者は他に村山富市、田英夫、淵上貞雄、江田五月、千葉景子等々の当時の社会党や社民連の議員たち。拉致問題の解明が遅れている原因であることに間違いない。この署名につき、1997年10月に安倍晋三は官房副長官時代に「土井氏、菅氏はマヌケ」と正しく批判したのだった。


-0044/日本共産党・「嘘ばっかりで70年」は80年又は45年ではないか。

 東京地裁の判決は懲戒処分取消訴訟でなく、(懲戒処分を事前防止するための)通達服従義務(起立斉唱等義務)不存在確認訴訟だったようだ。
 日本共産党はネット上でさっそく支持等を表明。この判決をめぐっても、秩序―破壊、規律―混乱の基本的対立がある。日本社会が混乱すればするほど、あるいは(少し飛躍するが)日本が悪く言われれば言われるほど快感を覚える人たちが確実に存在する。後者を「自虐」派という。
 社民党は共産党と違い運営体制未整備のようで、ネット上では東京地裁判決に対する反応は不明。
 但し、2003年01月22日の「拉致事件被害者と、そのご家族の声を、もっと真正面から受け止める努力を重ねるべきでした。その取り組みは誠に不十分だったことを悔いるとともに、被害者・ご家族に対し、お詫び申し上げます」との謝罪文を初めて見た。
 まことに、土井たか子のように有本恵子さんのご両親からの相談に不誠実にしか対応しないで、よくも「人権」を語っていたものだ(この問題についての日本共産党の過去の言動に関する同党の正確な総括は知らない)。
 但し、社民党の同一文内の「日朝の国交正常化へ向けた交渉が進むことによって初めて拉致問題の真相究明と解決があると考えています」との国交正常化・拉致問題解決並行論は、北朝鮮を利するだろう。
 谷沢永一・正体見たり社会主義(PHP文庫、1998)を2/3ほど読んだ。平易な語と文章で解りやすい。この本は同・『嘘ばっかり』で七十年(講談社、1994)の文庫化で、題名どおり日本共産党批判の書だ。
 今でいうと「…八十年」になるだろう。もっとも終戦前10数年は壊滅状態だったので、1945年か、実質的に現綱領・体制になった1961年を起点にするのが適切で、そうすると「嘘ばっかり」の年数は少なくなる。
 それにしても谷沢は日本近代文学専攻なのに社会主義や共産党問題をよく知っている。戦前か50年頃に党員かシンパだったと読んだ記憶があるが、「実体験」こそがかかる書物執筆の動機・エネルギ-ではなかろうか。
 西岡力・闇に挑む(徳間文庫、1998)を入手した。
 北朝鮮による拉致等を扱うが、金正日が拉致を認める前に告発していたことに意味がある。「身の危険」もあったに違いない。
 西岡力はかつて拉致被害者家族連絡会の事務局長だったかと思うが(今は北朝鮮拉致日本人救出全国協議会常任副会長)、大学教員でかつさほど目立たっていないことに好感を覚える。

-0043/裁判官も戦後「民主主義」・「個人主義」教育を受けた。

 2006年9月21日の東京地裁判決で奇妙に思ったのは、以下。読売朝刊掲載の「要旨」による。
 1.「日の丸、君が代は明治時代以降、第二次世界大戦終了までの間、皇国思想や軍国主義思想の精神的支柱として用いられたことがあることは…歴史的事実であ」る、
 2.法律上の国旗・国家となった現在でも「価値中立的なものと認められるに至っていない」、
 という2点を、掲揚・斉唱への反対者を保護すべきとする論拠にしていることだ。
 これらは裁判官のいわば「歴史認識」を示している。
 だが、前者については、イギリス、アメリカ、スペイン、フランス等々によるかつてのアジア・アフリカ「侵略」の際に各国の国旗等が用いられたが、これら諸国の公的行事でこうした歴史のゆえに国旗等を忌避する「自由」は認められているのだろうか。
 後者は国会制定法よりも現実を優先する発想だ。
 かかる判決を見るにつけ、裁判官にも「占領軍史観」とか「東京裁判史観」とか「日教組史観」とかいわれる原告たちと同じ「史観」が入り込んでいることに気づく。裁判官たちは、戦後日本の教育のある意味では最も優秀な生徒なのだ。法律(と現実との関係)を勉強ばかりしていれば、日本の戦争・戦後史・国歌・国旗に関する知識が教科書レベルのものにとどまり、常識的感覚からは奇妙な判決も出てしまう。私的生活の範囲内なら別として、公立学校の公的行事に教育公務員の「思想・良心の自由」を認めれば場合によっては掲揚・斉唱の際に教師全員が起立しないことがあってもよいことになるが、それで生徒たちへの公教育責任を果たしたことになるのか、生徒たちに悪影響を与えないと言い切れるのか。
 みの判決は、はしなくも日本の規律と秩序の崩壊傾向、タガのはずれ進行を示す判決になった。むろん、別異に解する判決もある。
 読売は社説で判決に反対、秦郁彦・保阪正康の反対意見、マルクス主義歴史学者・大江志乃夫の賛成意見を掲載。
 産経は「これでは公教育が成り立たない」等と社説で反対。
 朝日は賛成、毎日は「解説」も併せて読むと賛成。この問題でも<国論>は分裂している。
 公立学校の入学式等での国家斉唱の際座り込んだままの入学生がいた場合に「注意」もできないのか。教員の中に起立しない者がいたとして「注意」もできないのか。義務づけと指導では拘束力の有無という差違はあるが、「内心の自由」への介入という点では同じで、「注意」すら本判決だと違憲になりうる。
 何と日本は「自由」で「個人」が尊重された国なのだろう。

-0042/鳥越俊太郎も増田都子も、少し読みにくい名前だ。

 一 週刊新潮36号(09/28号)によると、鳥越俊太郎は「2ちゃんねる」につき「人間の負の部分のはけ口…ゴミため」とテレビインタビュ-で答えたらしい。事実とすれば、元正規の?マスコミ世界にいた者の傲慢極まる認識というべきだ。
 子細は知らないが「2ちゃんねる」もいわば玉石混淆で、数の上では少なくとも「玉」はある。一般に「ゴミため」などと言うべきでない。また、ネット社会で発言し(書き込みし)不特定多数の者に自分の感情や見解を知ってもらう可能性ができたことは、かつては書物を出版できる人、新聞・テレビで発言できる人、ビラを撒ける人等に実質的には限られていた「表現の自由」の保障を何人・国民にも実質的に認めることに等しく、じつに画期的なことだ。鳥越にはネットの意義についての時代錯誤があるのでないか。
 その鳥越がOhmyNewsなるサイトを「編集」しているようだが、鳥越は憲法9条改正に反対であることを公言しておくべきだ。
 憲法改正を具体的視野に入れるとする首相が誕生しそうな今後数年、改憲は政治上の重要なイシューだろう。「マスコミ9条の会」呼びかけ人であることを隠して「編集」・運営しようとすることは欺瞞に等しい。改憲反対の立場で「記者」が選ばれているかもしれないからだ。宅建業法でいうと「重要事項説明」違反にあたるだろう。主催者・「編集者」でなければ公言の必要はないだろうし、テレビ等の直接関係のないテーマの発言の際に「私は9条維持論者ですが…」と逐一言う必要もないだろうが。いずれにせよ、OhmyNewsなるものを9条改正反対のために「利用」するな。
 二 遅れて<足立16中>事件・増田都子分限免職事件を知った。
 この元女性教諭は韓国・盧武鉉大統領に過去の日本の仕業につき謝罪の手紙を書き、釜山では自己に対する「分限免職処分」取消訴訟への「連帯」を求めたらしい。懲戒権者の適正な裁量の範囲内かという法的問題は別としても、この人の授業内容・保護者等への対応はやはり「異常」と思える。
 テレビで聞いただけだが、君が代起立斉唱に加わらなかった教員への懲戒処分を取消す地裁・一審判決が出たようだ。重すぎるという判断はありうるところだが、裁判官自身の「思想の自由、良心の自由」を押しつけている判決のごとくにも感じた。

-0041/社会主義・マルクス主義(共産党等)からの離脱は正しい。

 昨日安倍晋三が自民党新総裁に決定。社民党の福島瑞穂が今までで「戦争に一番近い人」とかコメントしていた。それ自体厳密な議論が必要な日本人の無条件の「戦争」嫌い=絶対的「平和」選好の傾向を利用して、9条の会と同様に「戦争」という言葉を使って国民を脅迫しているわけだ。
 安倍を100%支持はしないが、相対的にマシな人だろう。人物も政党もいずれが・誰が「相対的にマシ」かで判断する他はなく、「小沢一郎の」民主党よりは安倍の自民党がまだマシに思える。小沢氏には「党派性」にからむ選挙戦略だけでなく、広く国益・公益を思慮していただきたい。
 何げなく有田芳生のサイトをまた見ていたら、0919付に日本共産党の上田耕一郎の対談本を買おうとして結局やめた、という超「個人的」話があった。
 有田は共産党系雑誌・経済の編集者として上田・小田実の対談を企画して「政治的に厳しく追及された」と書いている。彼は当時は党員だったかと思える。それにしても、小柴昌俊は別として対談相手3人のうち2人が小田と鶴見俊輔ではとても(買うのは勿論)見る気になれない。
 昨日言及した本の中で林道義は「私が犯した最大の間違いは、旧ソ連・中国などの社会主義国を本当に理想を追求している国だと思い込んだことである。…20歳前後…に気づくことができた。社会主義と言われる国々は、人間性を否定する最悪の独裁国だと気づいた」と率直に書いている。
 戦後70年代くらいまでにかかる幻想をもった(思い込んだ)人々は悪びれることなく正々堂々と誤っていたことを認めるべきだし、そのことこそ讃えられるべきだ。日本には「変節」という言葉もあって、いったん社会主義・マルクス主義にシンパシ-を持った(又は共産党・社会党に接近した)人がそれらから離れることについて本人が自らを精神的に苛むことがありうる。疑問をもちつつ社会主義・マルクス主義(共産党・社民党)から離れられない人こそ、勇気・正義感がないのだと悟るべきだ。社会主義・マルクス主義は「宗教的」だから、離脱に何らかの苦痛・葛藤が伴うことはありうるが多少はやむをえない。
 勝谷誠彦の小説よりも小池真理子の「望みは何かと訊かれたら」に魅かれてサンデー毎日でなく週刊新潮を4週連続で買った。もともと最も読みがいのある週刊誌だが、この小説は70年代前半の非代々木系(反共産党系)「学生運動」を、やや遅い1952年生れの作家にしては本当らしく描写している。

-0040/若宮啓文、有田芳生はいい名前だ。

 これまた古いが朝日の「いっそ…夢想する」で有名な若宮啓文が同紙8月28日のコラムで加藤紘一自宅放火という「テロ」に対する小泉首相等の反応の遅さを詰っている。拉致という明確な国家「テロ」の問題をとりあげるのは日朝国交正常化の「障害」と明記して横田滋氏等から総スカンを食った朝日が、再述すれば、国家「テロ」問題よりも国交正常化優先すべきとの見解だった朝日が、「テロとの戦いはどうした」という見出しのコラムを掲載する資格は全くない。
 何げなく有田芳生のサイトを見ていたら0912付の最後に「安倍の改憲を含む戦後の枠組み解体路線には断固として与しない」とあった。改憲問題は別として、「戦後の枠組み」とは一体何を意味しているのかが問題だ。常識的にみて、「戦後」の全てが良かったか悪かったかという問いは、従って「解体」に一括賛成か反対かの選択は無意味だろう。むろん、「進歩」があったことを否定しないが、しかし、有田の詳しいオウム事件・サリン事件や悪質少年犯罪事件はまさに「戦後」が生み出した現象でないか。「解体」との結論にならないとしても憲法・教育も含めた「枠組み」の妥当性を疑ってみること自体は大切だろう。
 渡部昇一=林道義=八木秀次・国を売る人びと(PHP、2000)を読了し、西尾幹二=八木秀次・新国民の油断(PHP、2005)を通読した。
 フェミニズム・ジェンダーフリー論の帰結のヒドさに愕然とした。有田は後者で紹介されている「自由な」教育も「解体」しないで維持したいのか。また、後者によると、エンゲルスは『…起源』で家庭内で夫は支配者でブルジョアジ-、近代家族は「プロレタリア-ト」たる妻の「家内奴隷制」で成立とまで書いていた。なるほど、マルクス主義とフェミニズムは「個人」のために「家族」を崩壊させる理論なのだ。そして、男女平等といった表向き反対しにくいテ-ゼが利用されて、「家族」の解体がある程度進行してしまっていることも感じる。その結果が、親の権威の欠如(=親子対等論)等々であり、「家族」の崩壊はオウム事件、悪質少年犯罪等と、さらに晩婚化・少子化とも決して無関係でないと考えられる。結局はマルクス主義の影響によってこそ、日本社会は大切なものを喪失してきたのだ。まさに「悪魔の理論」といえる。

-0039/戦後教育の最優等生・「保守的」立花隆。

 古いが読売新聞9月5日25面-「8月末、米紙の中国人助手が懲役3年を宣告され、シンガポ-ル紙の香港駐在記者にも懲役5年の判決が下された」。
 本日読売3面-「自由主義社会の『有害』なサイトを遮断し、検索語句を制限しているほか、膨大な数のサイバ-警察が…不穏な動きを検索、追跡しているという」、「公安当局は今月6日から8日にかけて、…320以上の違法サイトとネットコラムを閉鎖、1万5000の『有害』情報を削除した」。
 いずれも中華人民共和国に関する報道だ。
 かかる中国の現在を日本の1960年~1964年あたりの時期に相応していると「直感」したのが、あの「大評論家」・立花隆だった。2~5歳に北京にいたとはいえ、荒唐無稽・抱腹絶倒等々と表現できるスゴい分析だ。
 立花は、小泉に対して、中・韓へのひざまずいての「ドイツ」式謝罪も要求する(同・滅びゆく国家p.204等、2006)。杜撰にも中・韓の区別もしていないが、戦後補償・「謝罪」に関する日独比較の基本文献をこの人は読んでいないのでないか。
 この人は、皇室問題では愛子様、女系・女性天皇を支持する(p.112~)。執筆時期から見て宥恕の余地はあるが、しかし、皇太子夫妻が第二・第三子を望まれるなら「高度生殖医療技術の利用に正々堂々と踏み切るべきだ」、「不妊治療に踏み切れば、対外受精で…妊娠することはほとんど約束されている」とほとんど知人夫妻にでも言うがごとく「助言」するに至っては、どこかおかしいと私は感じた。
 上のように活字で明記してしまう感覚は国家・国民統合の「象徴」に対する敬意の欠落の表れで、さらにおそらくは天皇・皇室という「非合理」なものを「国民の総意」で廃止したいというのが彼の本音だろうと推測される。
 立花は教育基本法の改正にも憲法の改正にも反対の旨を明言している。
 勝手に推測するに、「戦後民主主義」のもとで立花(橘隆志)は十分に「成功した」、今のままでよい、という「保守的」気分があるのでないか。現教育基本法の条文を抜き出してこれで何故いけないのかと問う姿勢からは、(中国には存在しない)表現の自由、「個人主義」、反体制的風潮の存在の容認といった「戦後」の恩恵を彼は十分に受けたと感じていることを示しているように思う。

-0038/朝日新聞らしさと西尾幹二。

 旅行中は朝日新聞を読む機会が多くなる。朝日「らしさ」を探して見ていると決して期待は裏切られない。正確な日付は失念したが、「9条歌人の会」の記事は他新聞にはなかっただろうし、まるで朝日の記者が書いたような、数日前までの朝日の記事にそっくりの文章も投稿欄にあった(村山談話継承を言わない安倍批判)。産経は麻原死刑確定に関して弁護士を明確に批判し弁護士会による処分まで主張していたが、朝日にはそういう弁護士批判はなかった。昨日17日の加藤紘一を登場させる記事中では安倍晋三批判も語らせているが、とくに社説の「靖国批判」はしつこい。
 それに、朝日は基本的に反米のはずなのだが、自社の主張と同じか近いとなると、恥ずかしげもなくアメリカ様の何でも利用するのだろう。
 ついでに、社説最後の「米国からの問いかけをきちんと受け止めるべきである」という主張の「きちんと受け止める」とは具体的に何を意味しているのか、きちんと書いてもらいたい。
 持参していた西尾幹二・わたしの昭和史1(新潮選書、1998)を読了し、同・同2の30頁まで進んだ。
 筆者に関しても日本の歴史に関しても興味深い。自分は個体だが「個人」ではない(p.212、p.218)との叙述には若い頃だとおそらく反発していたか、不審・不信に感じていただろう。しかし、現在の年齢になってみると、かなりの程度はわかる。
 西尾と大江健三郎は大江の一浪のため大学学部時代は同学年のはず。それは別として、ほぼ同じ時期の「教育」を受けた両氏の「精神」・「個性」の違いの原因・由来は?と関心は広がる。3以降刊行を期待。

-0037/戦後、日本はどうして「こう」なったのか。

 占領期に産まれた私の個人史はほぼ日本の戦後史と重なる。
 日本について現在不思議に思うのは何故共産党があるのか、社民党は何故安保政策では(西欧諸国のように)保守政党と一致しなかったのか、なぜ現在のように歴史認識や憲法をめぐる対立が生じてきたのか、等々だ。
 田原総一朗の下・定年を迎えた戦後民主主義(講談社、2005)は、未読に近いが、上巻とともに、上のような問いにかかわるもので興味がある。
 また、岡崎久彦・吉田茂とその時代(PHP文庫、2003)は当然に戦後日本の出発点の日々に関係する本だが、最終章だけを通読して、上のような問いへの回答があるように感じた。
 岡崎によれば、勝手に意訳すれば、占領期の研究は未だ足らず今後明らかになり書き換えられることがある、占領期にこそ今日の諸問題の萌芽がある、独特の戦後左翼の発生もその一つ、憲法九条は天皇制護持の代償、東京裁判の歴史観が未来永劫わが国の歴史観を拘束するはずがない(私によれば拘束されると考えている愚者が朝日新聞社)、歴史観の偏向の是正にはあと数十年はかかる。この人の本を読んだことはあったが、スケ-ルの大きい、マクロな視野の本も書ける。細部については学ぶしかないのかもしれないが、(大江健三郎とは全く違った意味で)真摯に過去と向かい合う人が先輩にいてくれるのは有難い。
 安倍晋三は私より年下だが、育ちににもよるのか、骨太のしっかりした国家観・歴史観を持っているようだ。テレビを見ていて、東京裁判や靖国についてけっこう細かなことを知っていると感じたこともあった。
 昨夜、安倍晋三を応援する民間団体とそのサイトがあることを知った。
 「立ち上がれ!日本」ネットワ-クで、呼びかけ人は、大原康男、中西輝政、米田建三、伊藤哲夫、水島総、工藤美代子、西岡力、八木秀次、大高未貴の9名。荒木和博、三輪和雄、加瀬英明、百地章、長谷川三千子、林道義らが「安倍新政権」に期待する文を寄せている。
 憲法改正・拉致問題への姿勢の鮮明さ・明瞭さが他の総裁・総理候補と異なるのだろう。自民党にも社民に近いかもしれぬ「リベラル」はいる。

-0036/TBS様、筑紫哲也様、「やってくれた」ようですね。

 0909の中宮崇日記によると、6日の親王ご誕生につき、筑紫哲也News23は「生まれてくる子の性別を前もっては知りたくない。…そうおっしゃっていたというのは、いわゆるお世継ぎ問題以前に人の親であろうとする心情をうかがわせるエピソ-ドでありました。ですが!ア-今日ご誕生の男子はいやおうなしに皇位継承論議の中心に利用されることになります」で始め、「めでたい」旨の語は一言も発しなかった、という。
 かつ、放映した「市民」の声は次の3つだったとか。①「皇位継承とか色々問題あるし、雅子さまもほっとされるんじゃないかな」、②「女の子だったらいいねっていってたの。あっはっは。愛子さんがかわいそうだなって」、③「男の子だったら色々悩むこともあるかと思いますけどね」。
 親王誕生については、天皇制・皇室反対の立場や無関心=「どうでもよい」派からの、「興味なし」・「特別の感想なし」旨の回答もあったのではないかと推察されるし、上の3つのような回答もありえただろう。だが、祝意又は安堵の感想を一つも紹介しないというのは「公正」たるべき放送局のニュ-ス番組とは思えない。しかも、筑紫を筆頭に誰も慶祝の意を示さないのは、憲法上の存在でもある天皇と皇族に対して疑いなく非礼だ。TBS又は筑紫は、天皇・皇室の存在そのものに反対です、と断ってから報道せよ。
 数日前の朝日新聞の1面の、本田雅和が配転?された「アスパラ…」の宣伝記事中に、随筆連載(予定)者として名が出ていたのは、加藤登紀子と筑紫哲也。朝日はさすがにこんな末端にまで目を配っている。
 筑紫といえば、岩波新書赤版の、タイトルたて書きとなった1001番以上の最初の数冊の一つに「スロ-ライフのすすめ」(未読、購入予定なし)とやらを書いたようだが、中宮崇の文春新書によるマイナスイメ-ジを岩波が少しは消去せんとしているようで、出版社間の競争?が第三者的には面白く感じた。岩波新書のヒットは某教授の「会社法入門」くらいで、残りはそこそこの低迷ではないか。
 ところで、講談社DVD-BOOK昭和ニッポン全巻、激動の昭和を見る2-4(世界文化社)、ドキュメント昭和史全巻(平凡社)、中村隆英・昭和史1・2、升味準之輔・現代政治1955以後上・下、戦後史開封(産経)なども持ってはいるので、蔵書からすると私は相当の昭和史マニアに見えるはずだ。

-0035/「九条の会」アピ-ル文の無知と大谷昭宏・有田芳生。

 憲法改正の意図は<日本を戦争をする国に変える>ことにあるとの「九条の会」の言明は、二重の意味で無知かつ欺瞞的だ。
 第一に、憲法改正>九条改正により日本が<戦争をする国>になるとは具体的にどういう意味かの説明がないが、とくに何故<戦争をする国>になるのかの論理的・理由付け的説明がない。
 第二に、既述のように「自衛戦争」をする権利を九条一項は否定していないにもかかわらず、「戦争」=悪という一般的前提に立っていると見られる。「戦争」一般を悪と見る考え方は戦後日本にのみみられる特殊な「平和教」と言ってよいものだ。
 それに、九条二項の「前項の目的を…」を生かして、同項により禁止されるのは「侵略」のための「戦力」・「交戦権」に限られる(「防衛」目的のそれらは許容される)との政府・多数学説は採用していない有力学説もあるようなのだが、アピ-ル文はそんなことに思いを巡らしていない。
 ともあれ、九条改正により日本が<戦争をする国>になるとの論証されていないウソを書き、<戦争をする>ことが自衛戦争であっても悪であるかのごとき誤ったバカな考え方を前提に書かれているのが「九条の会」アピ-ルだ。
 保守派・右派は中国等特定アジア諸国、靖国問題、皇室典範問題等に筆を割くことが多いが、憲法改正阻止に焦点を合わせて「闘い」を準備している、又は開始している左派の存在をもっと意識して反撃すべきではなかろうか。
 昨日触れたことに関連するが、中国は戦後、米等の国連軍、ソ連、ベトナムと実際に「戦争」をした国、カンボジア内戦を応援した国、日本・台湾にミサイルの照準を合わせている国であって、軍事費を増強している。そんな国に日本を「軍国主義化」などと批判する資格はない。しかるに「右旋回」、「復古調」と基本的に中国と同様の認識を示す人々が日本国内にいるのだから、嘆かわしい。
 大谷昭宏はスポ-ツ新聞に「改憲を叫ぶ男に託していいのか」と安倍晋三を批判した。
 有田芳生は立花隆への特別の敬愛心でもあるだろうか、「安倍が総理となり戦後民主主義の枠組みを破壊するために闘うというなら、わたしもまたその安倍的『思想』と闘うしかない」、を含む文の題を「安倍晋三への宣戦布告」としている。ああ、やれやれ、昔ながらの発想だ。

-0034/九条を改正すれば日本は「戦争をする国」になるか。

 映画監督・山田洋次は70年代には日本共産党のパンフ類に共産党を「支持します」と出ていたので、その後も変わらず「九条の会」のごとき会に関係しても不思議ではない(変わっていても不思議ではないが)。知人某が10年以上前、映画「男はつらいよ」のいずれかの中でさくらの夫=博の本棚に雑誌「世界」があったのを見たと言っていた。私は雑誌「前衛」でなかったか?と尋ねたが。
 鳥越俊太郎の名がある。彼は最近OhmyNewsとやらで頑張っているらしいが、はたして「中立」的ニュ-スサイトは可能かどうか。彼自身がすでに「政治」的な<色>を自らに付けているので、「中立」的又はそれと同義の宣伝をOhmyNewsについてしていれば、虚偽広告になりはしないか。
 同じくコメンテイタ-としてテレビに登場している(たぶん元朝日の)大谷昭宏の名もある。
 いかなる主張・見解も自由だが、さも中立的・客観的な見解のごとき装いをとって視聴者を欺瞞的に誘導しないでほしい。鳥越もだが。
  「九条の会」アピ-ルを検討するためには、1.国際とくに東アジア情勢の認識、2.現九条の解釈論議をふまえる必要があるのだが、アピ-ル自体がこれらをきちんと認識し勉強しているとは思えない。
 北朝鮮のノドン一発で東京は壊滅し、中国の核弾頭は何本も日本に向けられているという現実の深刻さが彼らの文からはまるで伝わらない。武力攻撃という「危険」行為の可能性があるのは北朝鮮でも中国でもなく日米の側=自衛隊か在日米軍(「アメリカとの軍事同盟」)という倒錯し誤った認識に立っているとしか思えない。
 第二次大戦から「世界の市民は、国際紛争の解決のためであっても、武力を使うことを選択肢にすべきではないという教訓」を導いたと最初の方にあるが、「国際紛争の解決のため」の戦争とは侵略戦争の意味であり、現9条1項のみからは自衛権と自衛戦争の否定は出てこない、ということは常識のはずなのに(奥平康弘がいながら)、常識的語法に無知の文だ。
 つづいて言う。「九条を中心に日本国憲法を『改正』しようとする動き」の「意図は、日本を、アメリカに従って『戦争をする国』に変えるところにあります」。
 ここに「九条の会」アピ-ルの策略と欺瞞性が象徴的に現れている。
 批判対象を批判しやすいように勝手に改めたうえで非難するという、議論の際よくみられる論法を使っている。
 さらにつづける。

-0033/左翼・平和教信者は「九条の会」に陸続と集結しつつある!

 中央公論新社の<日本の近代>は通史の8巻まで既に揃った。坂本多加雄氏による2巻は冒頭だけでも価値がある。講談社の<日本の歴史>の明治以降の通史5巻ほども。三省堂・戦後史大事典1945~2004も毎日新聞社の昭和史全記録1926~1989もある。個別テーマ関する文献も安い新書・文庫を中心にかなり買ったので、自分史叙述と憲法改正論の検討に役立てよう。
 朝日新聞(本田雅和記者等)は昨年に安倍氏の政治生命にかかわる虚報をしかつ一言の訂正・謝罪もしないで(教科書書換え、従軍慰安婦問題でも同じ)、よくも平然と安倍いじめを続けられるものだ。安倍氏はいつか内閣総理大臣として多数のテレビカメラの前で朝日を名指しにした厳しい批判をしてほしい(朝日はきっと虚報を含む何かの失態をするだろうから)。
 憲法改正の可否がいずれ日本の国論を二分し、日本の運命を決めるだろう。すでに9条改正反対で動いている「九条の会」の呼びかけ人は井上ひさし、梅原猛、大江健三郎、奥平康弘、小田実、加藤周一、澤地久枝、鶴見俊輔、三木睦子の9名(2004.06)。「昔の名前で…」という人もいて、平均年齢はたぶん70歳を超す。
 同会のサイトには「賛同者」名簿と「講師団」名簿も公表されている。共産党員とそのシンパ、社民党員とそのシンパがほとんどと見られ、結局は両党組織が動くのだろう。
 「映画人九条の会」も大澤豊、小山内美江子、黒木和雄、神山征二郎、高畑勲、高村倉太郎、羽田澄子、降旗康男、掘北昌子、山内久、山田和夫、山田洋次の12名を呼びかけ人に設立され、「マスコミ九条の会」の呼びかけ人は秋山ちえ子、新崎盛暉、飯部紀昭、石川文洋、石坂啓、池辺晋一郎、井出孫六、猪田昇、岩井善昭、内橋克人、梅田正己、大岡信、大谷昭宏、大橋巨泉、岡本厚、小沢昭一、恩地日出夫、桂敬一、鎌田慧、川崎泰資、北村肇、小中陽太郎、斎藤貴男、佐藤博文、佐野洋、ジェ-ムス三木、柴田鉄治、須藤春夫、隅井孝雄、関千枝子、せんぼんよしこ、高嶺朝一、谷口源太郎、田沼武能、俵義文、仲築間卓蔵、茶本繁正、塚本三夫、辻井喬、坪井主税、栃久保程二、鳥越俊太郎、中村梧郎、橋本進、ばばこういち、原壽雄、平岡敬、広河隆一、前泊博盛、増田れい子、箕輪登、宮崎絢子、三善晃、守屋龍一、門奈直樹、山田和夫、湯川れい子、吉田ルイ子、吉永春子、若杉光夫。
 次回は若干の人物コメント、「九条の会」アピ-ルの論評・感想の予定だ。

-0032/鷲田小弥太他二名・大江健三郎とは誰か(1995)。

 大江健三郎については鷲田小弥太他二名・大江健三郎とは誰か(三一新書、1995)という本がある。
 雑読?したが、鷲田以外は文学系の人のためか目次にある天皇制・戦後民主主義との関係等は内容が貧弱だ。同じ年刊行の昨日も言及した谷沢の本の方が大江を広く読んでいて、論評として勝れている。但し、鷲田の大江への厭味は十分に伝わり、大江が天皇制に批判的であることも明記してある(p.259)。
 それにしても鷲田によれば-私自身の経験と印象ともほぼ合致するが-大江の小説は「ある時期から特定の文学評論家や研究者以外には、読まれなくなった…。特殊のマニア以外には、買われなくなった…。難解なのか、つまらないのか。私にいわせれば、その両方である」。ノ-ベル賞で重版が続いたらしいから「売れない、というのは当たっていないだろう。しかし、売れたが、読まれなかった、読もうとしたが、冒頭…で断念した、という人がほとんどだった、といってよい」(p.261)。
 これらが事実だとしたら(そのように思えるが)、そもそも大江にノ-ベル文学賞の資格はあったのか、「文学」とは何かという疑問も生じる。ふつうの自国々民に愛読者が少なくて、何が世界の文学賞様だ、とも思える。
 司馬遼太郎や松本清張等々の方がふつうの日本国民にはるかに多く読まれ、かつ意識に大きな影響を与えたことに異論はないだろう。この二人については、生前から「全集」が刊行されていた。三島由紀夫にもある。大江作品・エッセイを網羅した個人全集はなぜかまだない。大江は実質的には将来に影響を与えない、名前だけ形式的に記憶される作家になる可能性があるのでないか。
 大江は東京大学文学部入学・卒業を「誇り」にしていただろうが、いわゆる現役ではなく一浪後の合格だったことにコンプレックスを持っていたようだ。というのは、手元に元文献はないが間違いない記憶によれば、一年めに数学(か英語、たぶん数学)ができなくて途中で放棄して不合格だったがその年は例年より数学がむつかしくそのまま最後まで受験していたら合格した可能性が十分にあった旨をクドクドと書いてあるのを何かで読み、何故こんなにこだわっているのか、何故長々と釈明するのか、自分の「弱味」意識が強く内心の翳にある、と感じたことがある。意外に、いや平均人以上に、「世間」を強く意識している自意識過剰の人物かもしれない。

-0031/親王ご誕生と大江健三郎・日本共産党・朝日新聞。

 皇太子・秋篠宮各殿下の次の世代に親王誕生。慶賀と安堵の声を伝える放送を見ていて、大江健三郎は誕生と一般市民の反応の二つをどう感じているのだろう、と余計ながら思った。
 過日に言及した谷沢栄一の大江健三郎「告発」書を数日前に読了したが、この本の引用によれば大江は1959年に「皇太子よ、…若い日本人は、すべてのものがあなたを支持しているわけではない。…天皇制という…問題についてみば、多くの日本人がそれに反対の意見をもっているのである」と書き(ここでの皇太子は現天皇)、1971年には天皇制という中心への志向を特性とするのが日本の近代の「歪み、ひずみ」だとした。
 岩波新書・あいまいな日本の私(1995)の中にも反天皇的気分の文章はある(例えばp.151-2)。
 朝日新聞が今回彼のコメントを求めたら面白かったと思う。
 大江は民主主義の徹底を「あいまい」にしたものとして天皇・皇室の存続に反対であり、可能ならば天皇関係条項を憲法から削除したいが、「情勢」を見て自説を積極的に唱えてはいない、と推察できる。9条を考える会の呼びかけ人の1人になっているのは、天皇条項廃止とは異なり9条改正阻止は可能性があると「政治的」に判断しているからだろう。
 ほぼ同じことは日本共産党についても言える。昼休みに読んだ朝日新聞の中で共産党書記長が祝意を示していたが、「民主主義革命」達成までの「当面のこと」と付言すべきだ。
 その朝日の1面左側のたしか解説委員記事中で、記憶に頼れば、皇室の「心」・見解も反映させて皇室典範改正すべきと主張していたが、昨秋以降、小泉の私的諮問機関の最終報告書(皇室典範の基本的改正案)に皇室の一部から疑義が出されたときに朝日新聞は<皇室はダマっていろ>旨を「慎む」という語を使ってかなり失礼に、恫喝的に、述べたのではなかったのか。
 日本共産党が「安定的」な皇位継承を確保するために…などと言い出したら奇妙なように、朝日がそのような目的の意見を言うのも本当は片腹痛い。「夏の甲子園」開催と同じく、存立のための「大衆」迎合のつもりなのだろう。
 朝日はかつての戦後50年村山首相談話を継承するか等と質問して「安倍いじめ」を相変わらず続けている。日本共産党の志位某は国内で横田夫妻に逢うこともなく韓国の政党関係者と逢い、彼らが喜ぶ「歴史認識」を述べている。この2団体の動きを知ると精神衛生に悪いが、未来は彼らにはないと達観し、楽観して生きていこう。


-0030/田原総一朗は立花隆よりもマシそう。

 くどいようだが、日本共産党を軽視してはならない。8月25日に機関紙読者数の減少に触れたが、それでも同資料によれば、赤旗本紙30万、日曜版138万の読者がいる(筆坂・日本共産党(新潮新書、2006)p.54によれば、合計で164万)。
 この数字は、一般の書籍が10万も売れればヘストセラ-扱いされるのを考えると、ある種、恐ろしい数字だ。
 毎週1回は100万人以上がコミュニズムを支持する政党の見解を読んでいる。
 先進資本主義国日本で共産党が存在し活動しているのは異常であり、かつそこに日本社会・日本人の意識に独特の問題点又は特徴があるといういうのが私見だ。異常であること、そして異常さをさして意識していないのも異常である、ということを強調したい。
 日本共産党の存在は日本社会党のそれとともに60年安保や70年安保頃の闘争又は国民運動をどのように総括するかともかかわる。デモに参加したことを無邪気に書き、「60年安保」をおそらくは反米民族・民主主義闘争として肯定的に評価することを疑っていないようである立花隆・滅びゆく国家(2006)に比べて、同じくデモに参加していた田原総一朗・日本の戦後―上・私たちは間違っていなかったか(講談社、2003.09)は、「あの国民運動ともいうべきエネルギ-はなんだったのか」と問うているだけでも(p.32)-全部は未読だが-立花よりも良心的だ。
 私見では、日本の軍事力の弱小さを前提とすると、対等性の向上、有事のアメリカの防衛義務の明記等を図る60年安保改訂を当時の国民は反対すべきではなかった。だが、社会主義「革命」をめざす政党と「進歩的・良心的」知識人の「煽動」があったからこそ(マスコミも当然に入る)、大「国民運動」にまでになった。
 南原繁をはじめとする「知識人」たちの責任は頗る大きい、と思う。むろん日本社会党は欧州社民主義政党と異なり容共・反米の立場だったのであり、日本社会党のブレインたちの責任は極めて大きく、歴史的に誹られても仕方がない、と考える。
 このあたりの点はさらに勉強して、いずれまた、70年安保や「全共闘」問題とともに、触れるだろう。
 どのような時代を生きてき、どう当該時代を評価するかは、今後の私の重要な、形式的には趣味としか言い様がないが、作業なのだ。
 ドイツは統一に際してナチス前の帝国の領土回復を国家としては諦念した。が、個人次元では複雑な想いをもつ人もいることが判る-今朝の読売6面を参照。

-0029/「国内の左翼の策動」。あてはまるのは朝日新聞と誰々?

 米国は1日に模擬弾道ミサイル迎撃実験をして成功し、2日に北朝鮮は自国攻撃目的等と非難した。北朝鮮が核実験に成功し日本に向けて4、5発を誤りなく発射すれば、迎撃しないかぎり、日本と日本人はなくなる。かかる情勢への関心を全く示さず、「平和ボケ」の、ありきたり議論を展開していたのが、立花隆だった。
 読売1-2面の岡崎久彦寄稿は立花や大江とは違う「リアル」な認識が背景にある。靖国「問題」は「国内の左翼反体制運動から端を発し」た、消えた問題が再燃した「発端は例外なくすべて国内の左翼の策動である」とズバリ指摘している。朝日新聞社等の、と具体例を挙げないと意味不明の読者がいるのではと心配するが、朝日新聞等の「策動」者、高橋哲哉氏等の「策動」加担者はどう読んだだろう。
 かつては新聞社は報道機関と考えていたが、安倍晋三総裁・総理阻止の明瞭な姿勢とそのための布石等々を見ても(教科書、従軍慰安婦、NHKへの政治家圧力「問題」もそうだが)、少なくとも朝日新聞だけは「策動」団体(「謀略」団体と言う人もいる)と言ってよいと思う。正面から「安倍総裁の実現に反対する」、「福田総裁の実現を希望する」とかの見出しの社説を堂々と書けばまだましだが、皮肉・あて擦り・暗示が多いのが「卑劣」でもある。言い古されたことかもしれないが。
 荷宮和子・若者はなぜ怒らなくなったのか(中公新書ラクレ、2003)は「団塊と団塊ジュニアの溝」との副題が気を引いたが、「あとがき」を先ず読んで、この人自身の表現を借りると、この人は「アホである」(p.245)

 多少中身を見ても概念定義・論理構成不十分。
 同・なぜフェミニズムは没落したのか(同前、2004)を既所持で第一章まで読んでいたが、この人自身の表現を借りると、この人は「アホである」(p.277)。活字文化のレベルはここまで落ちている。何の学問的基礎・専門知識もなく、喫茶店のダベリを少し体系化しただけのような本が出ている。
 そんな傾向を全否定はしないが、中公ラクレ編集部の黒田剛司氏は自社の名誉・伝統のためにも執筆者の再検討を。2冊ともたぶん100~300円で買った古書なので大した打撃ではないが、読んだ多少の時間が惜しい。小浜逸郎・やっぱりバカが増えている(洋泉社、2003)の証左かも。が、「バカがこれ以上増えませんように」(前者最末尾)だとさ。

-0028/視野の狭い立花隆は「曲学阿一世」ではないか。

 月刊現代を買う。立花隆「安倍晋三に告ぐ、『改憲政権』への宣戦布告」が載っていたからだ。一読して、幻滅。
 こんなのを巻頭にするとは月刊現代も落ちぶれた。全体としてもかつてはもっと賑やかで興味を惹く記事が多かった気がする。
 立花論文?は8月15日の南原繁関係の集会にかかる原稿が元にあるようで、羊頭狗肉著しい。特定の政権への「宣戦布告」とワメくためには現在の日本を取り巻く国際又は東アジアの政治環境の認識は不可欠だろうが、異常にも、アメリカも北朝鮮も中国も、言葉としてすら出てこない。そして基本は岸信介のDNAを受け継ぐ安倍を立花が精神的には「DNA」を引くと「思うくらい」の南原繁を援用しながら批判するというもの。これを読んでほとんどすべてにノ-と感じた。
 「安倍の政治的見解は、ほとんど戦後民主主義社会の根幹をなす枠組みを全否定しようとするもので、いわば南原繁が作ったものをすべてぶちこわしたがっている…」。??? 南原繁が「あの時期にあったればこそ、我が日本国はいまこのようにあることができるのだ」。??
 もっとも、「戦後の金権腐敗政治、対米追随路線」は南原のではなく、岸信介のDNAを引く人々によるというから、立花によれば、現在の日本のよい(と彼が考える)点は南原DNA、悪い点(同前)は岸信介DNAによる、とキレイに(アホらしく単純に)説明できるわけだ。
 だがそもそも、南原繁とはそれほど立派な人物だったのか。東大学長だからそれなりの見識と能力はあり「人格的」魅力もあったのだろうが、歴史的に俯瞰してみると、全面講和論は間違いだったし、60年安保闘争も決して日本国民の「成果」ではない。吉田茂の「曲学阿世」との批評は結果として適切なものだった、と考える。
 全面講和論は客観的にはコミュニズム諸国に迎合し追随するものだった。立花隆は、世間の一部におもねているという意味で言うと、「曲学阿一世」ではないか。60年安保闘争は又書くとして、当時これを「煽った」大学人・知識人たち(主観的には共産党や共産同のように「革命」への一里塚と見ていなくとも)の氏名をいつかすべて記録しておきたい。直後の総選挙で社会党等が政権を取れずかつ1/3以上の議席を得たことはその後の日本政治に決定的影響を与えた。自主憲法棚上げについても、経済至上主義選択についても。「永世中立」論の主張者・南原繁の肯定的な歴史的評価は早すぎ、かつ誤っているだろう。

-0027/防災の日。安倍晋三は憲法改正・教育改革を鮮明に?

 初めての月変わり。昨日は勤務先のあと「軍艦」、古書店と回ってまた10冊ほど増えた。
 読売朝刊、盧武鉉大統領不支持率75%と。これで交替させる制度が憲法上ないとは、5年の任期保障は長過ぎということではないか。いろいろ読むところによると「異常」な政権で、まともな韓国々民の「苦労」も思いやられる。
 安倍晋三は第一に憲法改正、第二に教育改革(教育基本法改正等)を政策にするとか。朝日・岩波や「進歩的文化人」との正面対決が予想される。長年にわたって対決を避けてきた与党(自民党等)にこそ弱腰で問題があったもいえる。だが、ひところと違って護憲派「進歩的文化人」も小粒になってきた。大江健三郎が最大の「左翼」デマゴ-グ、いや失礼-イデオロ-グと位置づけられている印象もある。同じ作家の井上ひさしも迫力はないし、奥平康弘はその分野(憲法学)では大物だとしても一般的な通用力はない。要するに「カリスマ」がいない。といっても、激しいゲリラ戦的抵抗はあるだろう。
 靖国問題(ちくま新書、2005)を書いた高橋哲哉が日本評論社から「憲法が変わっても戦争にならないと思っている人のための本」と題する本を出している。当面読むつもりはないが、何ともひどい、詐術的な題名だ。「憲法が変われば戦争になる」という(それこそ議論が必要な)命題を前提として措定しているのだから。
 著者はまともな「論理」を語れる学者なのか。日本評論社も少なくとも特定分野については歴史的に有名な「左翼」出版社で、この出版社についても今後何か書くだろう。
 渡部昇一他・日本を虐げる人々(PHP、2006)によると、保阪正康の「昭和戦争」(読売用語)観は、GHQ・東京裁判と同じらしい。なるほど、靖国神社を批判し、朝日が保阪に投稿を求めるはずだ。同・あの戦争は何だったのか(新潮新書)は未読のままだが。
 終戦後に生まれた「団塊」世代者としては占領の実態は従来よりもきちんと知っておきたいと思っていたのだが、占領(東京裁判もこの時期)を語ることは「あの戦争」の評価・理解、「戦後」史全体の評価・理解にかかわることが判ってきて、まことに重たい。朝日新聞的、かつての教科書的知識のままでいるのと比べれば、はるかに幸福ではある。

-0026/坊主憎けりゃ袈裟-。三島由紀夫が嫌いなら追悼発起人まで。

 坊主憎けりゃ袈裟まで、という語がある。祀られている者(の中の少なくとも一部の人々)は憎まれるべきだという理由で参拝者を非難するのは、この語が表現するのとよく似た現象ではないか。
 人が亡くなるととくに何がしかの業績を残した人については追悼集会・お別れの会が開かれることがあるが、そうした会の発起人たちは、故人のすべてを「讃え」、故人の全ての行動・言葉に「賛同」しているだろうか。いくら立派な人だったとしても、そういうことは通常はありえないと考えられる。
 1970年に三島由紀夫が自裁したのち、文学者・作家を中心に42名が発起人となって「三島由紀夫追悼集会」が開かれた。発起人代表は林房雄。発起人の中には倉橋由美子、桶谷繁雄、水上勉らがいた。唐突に読者は感じるだろうが、この追悼集会発起人全員の名を明記した上でこれらの人々に対して、「日本が朝鮮や中国などを侵略したこと」、「日本の侵略軍が…一般民衆を虐殺したこと」、「それらすべてが、最終的には『天皇』の名のもとに行われたこと」、これらの「事実に対して、あなた方はどう思っているのだろうか」との問いを発した人物がいた。
 上の3点と三島由紀夫の「思想」との関係もさることながら、追悼集会の発起人として名を連ねただけでかかる質問を受けるとは、発起人たちには訳がわからなかったのではないか。それが、常識的な、普通の感情だろう。追悼集会の発起人になったことが三島の「思想」・言動の全てを肯定し賛同することになるとはとても思えないからだ。
 上の問いを発したのは本多勝一(同・殺される側の論理(1982、朝日文庫)p.298-)だ。
 「名を口にするのも不快な一小説家」、「あのハラキリ小説家」と言うくらいだから余程三島由紀夫が「憎い」か「嫌い」なのだろう。だが、死後に追悼集会が開かれることに、そして42名の発起人がいたことに、なぜこんなに憤るのだろう。少なくとも私には理解不能だ。神経が違うとでもしか言いようがない。
 ところで、勝谷某が昔某女性歌手のさよならコンサートへ行ったと書いているが、10歳ほど年上の私も同じ会場にいた可能性がある。

-0025/沖縄集団自決冤罪訴訟・大江健三郎など。

 2005年10月28日に大阪地裁法廷で朗読された沖縄集団自決冤罪訴訟の訴状要旨の最後は次のとおり(徳永信一・正論2006年09月号による)。
 「以上のとおり、被告大江健三郎が著した『沖縄ノート』を含む被告岩波書店発行の書籍は、沖縄戦のさなか、慶良間列島において行われた住民の集団自決が、原告梅澤裕元少佐あるいは原告赤松秀一の兄である亡き赤松嘉次元大尉の命令によるものだという虚偽の事実を摘示することにより原告らの名誉を含む人格権を侵害したものである。よつて、原告らは、被害の回復と拡大を防止するため、それらの出版停止、謝罪広告及び慰藉料の支払いを求めるものである」。
 原告側に有利な発言をする人物も近日登場したようである。
 すでに各所で言及されているが、小泉靖国参拝にかかる世論調査報道は各紙とも賛成・よかったが反対・よくなかったを上回っていたところ、なぜか最も遅かった朝日でも前者優勢と出た。49%対37%だ。0815前には昭和天皇発言にかかる富田メモ報道もあってか反対の方が多かった、「それなのに」と朝日中枢部はガックリしているだろう。が、朝日はメゲない。「小泉首相の<8・15参拝>は<よかった>49%、<するべきではなかった>37%で肯定的な見方が多いが、次の首相の靖国参拝となると一転、反対が増える。…7月調査の60%より少ないものの引き続き多数で…」(23日)。なんと、現首相については副文・従属節の中で触れ、主文・主節で次期首相については<反対が多いんだよ>と書いて、重点を自社に不利な前者にではなく後者に置いているのだ。さすがに「築地をどり」名取りは長年の経験によって多少のことでは悲観と失望を白状しないシタタカさを会得している。
 これまた旧聞だが、8月3日に韓国民族派極左政権の韓明淑首相は、<アジアには今でも日本により強制動員された「めぐみさん」が多数いる>と日本の記者に発言。事実かどうか極めて怪しい「強制連行」と北朝鮮の拉致を同一視することに唖然とするし、こんな人が首相とは韓国政府の性格とレベルを示している。だが、日本のマスコミはこの発言を「妄言」として何故抗議し、取消すまで紙面で頑張らなかったのか。朝日新聞は自国の過去・現在の非をあげつらうなら、なぜこの韓発言にも食いつかないのか。近隣諸国条項は日本の大半のマスコミにもあるようで、情けないこと著しい。

-0024/大江健三郎は「事実」と「情念」・面子のどちらを選ぶ?

 拉致被害家族会等(増元氏等)との意見交換会を突然に中国当局が中止した。北京まで(おそらく家族会等の負担で)来させておいて、今更北朝鮮に配慮とは失礼だ。こういう国なのだが、これを伝えたNHKの午後9時からのニュースの男性アナは<日中の微妙な国家関係が影響かも>旨を最後にコメント。何を中国に遠慮しているのか。約束違反・予定背馳そのものに日本政府に責任があるのか。朝日某ほどは目立たないが、NHKも奇妙な所がある。
 春頃日付が変わった後のニュース解説をつけっ放しでPCに向かっていると、<国民投票は憲法を変えることを国民が阻止する最後の砦になる側面もある>と聞こえてきた。国民の意思で憲法改正する最終的手続たる側面、には何故言及しないのかと、そのとき不審に思ったものだ。
 大江健三郎につき、谷沢永一・こんな日本に誰がした(1995、クレスト社)があり少し読んだ。表紙にもある「戦後民主主義の代表者大江健三郎への告発状」との副題はスゴい。この本は20万部売れたらしい。
 大江は谷沢永一・悪魔の思想-「進歩的文化人」という名の国賊12人(1996、クレスト社)の対象の一人でもあるが、「悪魔の思想」とはこれまた勇気凛々のタイトルだ。類書に日本を貶める人々、日本を蝕む人々(各PHP)等もあるが、これらに比して谷沢のは鼎談でなく断片的でもない。
 大江につき今最も関心があるのは、第一審・大阪地裁段階のいわゆる沖縄自決命令訴訟の行方だ。大江と岩波が被告だが、沖縄タイムズ社の本に書いてあったから信用したというだけでは、沖縄ノート(1970、岩波新書)の記述を30年以上訂正しなかった過失を否定するのに十分ではないことは明らかだろう。ノーベル賞作家は、あるいは誰でも、原告の政治的背景をアレコレ言う(大江・朝日新聞2005.08.16)前に、真の「事実」は何だったかに関心をもつべきだ。
 曽野綾子・沖縄戦・渡嘉敷島-「集団自決」の真実(ワック、2006)も参照。上の岩波新書は持っていたはずだが所在不明で購入要かも。大江等擁護の意見も読んでみたが、事実よりも「自由主義史観」者たちに負けるなとの感情過多の印象だ。
 いわゆる百人斬り名誉毀損訴訟も気になる。稲田朋美月刊・WiLL8月号参照。南京事件、本多勝一等にも関係するが、下級審で勝てず最高裁に上告中。

-0023/上野千鶴子にとって日本社会は居心地がいいはず。

 26日付朝日の続き。保阪正康は「無機質なファシズム体制」が今年8月に宿っていたとは思われたくない、「ひたすらそう叫びたい」との情緒的表現で終えているが、「無機質なファシズム体制」の説明はまるでない。解らない読者は放っておけというつもりか。編集者もこの部分を「…を憂う」と見出しに使っている。執筆者・編集者ともに、良くない方向に日本は向かってる(私たちは懸命に警告しているのに)旨をサブリミナル効果的に伝えたいのか? 訳のわからぬ概念を使うな。使うなら少しくらい説明したまえ。
 今年のいつか、喫茶店で朝日新聞をめくりながら今日は何もないなと思っていたら、後半にちゃんと?大江健三郎登場の記事があったことがあった。26日付も期待に背かない。別冊e5面の「虫食い川柳」なるクイズの一つは、「産んだ子に〇紙来ないならば産む」(〇を答えさせる)。
 月刊WiLL10月号で勝谷誠彦が朝日新聞の投書欄に言及し、同様の傾向は一般の歌壇にもあるらしいが、「築地をどり」の所作は周到にクイズにも目配りしているのだ。
 小浜逸郎・ニッポン思想の首領たち(1994、宝島社)の上野千鶴子の部分を読了。小浜の別の複数の本も含めて、関心の乏しかったフェミニズムに関する知見が増えた。
 詳しく感想を述べないが、一つは上野の唯一?の、小浜が酷評する理論書(1990)でマルクスが使われていることが印象的だ。マルクス主義(この欄ではコミュニズムとも言っている)やその概念等の悪弊が上野そしてたぶんフェミニズム全般に及んでいる。今日ではマルクス主義は学問的にもほぼ無効に近いことを悟るべきだ。
 1990年本の執筆時点ではまだソ連もチェコスロバキアもあったのかもしれないが。
 二つは戦後のいわば男女平等教育の影響だ。小浜は触れていないが、男らしさ・女らしさや男女の違いに触れない公教育の結果として、社会に出る段階で(又は大学院で)「女だから差別されている」と初めて感じる優秀な女子学生が生じることはよく分かる。
 フェミニズムなるものも「戦後民主主義」教育の不可避の所産でないか。一般人の支持は少ないだろうが、現実政治・行政への影響は残存していそうなので注意要。フェミニストたちには尋ねてみたい。「搾取」・「抑圧」をなくし人間を「解放」しようとしているはずの中国・ベトナムで(又は旧ソ連等で)女性は「解放」へ近づいている(いた)のか、と。

-0022/あまり楽しくない話題を旅先の朝日新聞で読んでみた。

 26日朝、ホテルで朝日新聞を買ってみると、25面に「私の8月15日」という続き物らしき保阪正康の執筆文章。
 8/15の靖国参拝者は増えたようだが物見遊山派少なくないと参拝者増の意義を薄めたのち?、小泉首相靖国参拝に「反対である」と明言し、その理由として靖国神社には「旧体制の歴史観」、超国家主義思想が温存され露出しているので参拝は「こうした歴史観を追認することになる」と言う。
 初めて保阪正康の見解を知った感じだが、この理由づけはいけない。かりに靖国神社に関する説明が正確だとしても(この点も検証が必要だが)、参拝がなぜ「こうした歴史観を追認することになる」のかの説明が欠落している。また、靖国神社が「旧体制の歴史観」を温存していなければ反対しないのか、温存していないと認めるための要件・条件は何なのかには言及がない。あるいは、神社は明治以降に軍国主義のために設立されたものだからすでに反対なのか、国家神道の大元だったから反対なのか、神道の宗教施設で憲法違反だから反対なのか、要するにどのような条件・要素がなくなれば「反対しない」のかよくわからない(この紙面かぎりだとA級戦犯合祀問題とは無関係の理由づけのようだ)。
 Web上での情報によると保阪正康は雑誌「世界」でも靖国の宮司の「特異な歴史観」を批判しているらしい。「特異」とは一概にいえないことはこの欄で既述。
 首相靖国参拝を中国政府・共産党はA級戦犯合祀後数年経ってから批判し始め、江沢民は永遠に日本政府に言い続けろ旨を同文選に書いているらしい。彼国は靖国参拝問題を国際政治・外交上の一問題化しており、かつその彼国は共産党独裁「社会主義国」だ。
 この問題はすでに国際政治・外交上の「闘い」なのであり、彼国に結果として従えば別の要求・批判が続出することは目にみえている。問題は靖国神社のもつ「歴史観」の評価よりも中国の政治的言論に屈するか否かだ。この優先順位の見方が保阪と私とでは異なる。コミュニストたちが問題に絡んでいるのであり、現実には国内の「歴史観」論争では片付けられない側面が発生しているのだ。
 結果として保阪の論は朝日と中国政府・共産党を喜ばせ、彼らに武器を与える。保阪は(ひょっとして以前からなのかもしれないが)好中派・媚中派として彼国情報部にリスト・アップされたのではないか。ついでに、読売に登場していたときは「反対」の明示はなかったのだが…。

-0021/旅をして日本と大江健三郎を考える。

 25日夕方に旅に出た。往復の列車の車窓から見ると、山の樹々の緑は深く、まだまだ日本の自然は美しい。朝鮮戦争の際のゲリラ活動のために朝鮮半島の山は樹木が少ないと某ソウル市民からかつて聞いたことを思い出した。都市部と地方・農村部の「格差」が言われているようだが、邸宅といってよい大きな農家風住宅をしばしばみると、住宅は都市部の方が貧困、「格差」があっても中国や北朝鮮のそれとは質・レベルが大幅に異なるはず、と感じる。
  出立する直前に届いて目次を見て持参した小浜逸郎『いまどきの思想、ここが問題』(1998、PHP)を旅行中に読了した。この中の大江健三郎批判(分析)は秀逸ではないか。大江についてはこの欄で今後何かを書くだろう。上野千鶴子については、小浜が別に本格的に論じているという本を読んでからやはり(再び)何か書こう。小浜は、シタリ顔で論じ、字数を稼いでいるような箇所は別として、予想どおり<面白い>論者だ(たしか24日に、同『男という不安』(2001、PHP)も読了)。
 ただ、一番最後の国家論のうちの「ユートピア」の叙述は批判の対象になりうる。それを予期した「ユートピア」という語なのかと今ふと思ったが、「個の身体が実感しうる範囲の小さな共同体」と国家=「超越的な調整機構」の関係は、日本の戦国時代の一時期又は一地方や「くに」のない縄文式時代を想定すると一般化できないが、前者がつねに論理的に先に成立しているものではなく、後者の(機能・情念としての)「国家」があってこそ前者も平穏かつ秩序をもって成立しうるのであって、前者の存在を論理的につねに先行させるとすれば正しくないようにみえる。

-0020/日本共産党に睨まれると恐いが、良心と正義はこちら。

 朝日新聞や北朝鮮・中国問題については毎月の月刊誌に論文・ウォッチング記事が出るが、日本共産党(や社民党)については必ずしもそうでないとの印象がある。日本共産党を継続的に批判的にフォローする連載記事・企画をいずれかの雑誌は載せてほしいものだ。
 サイトでは、ずばり「共産党問題、社会主義問題を考える」とのタイトルの詳しいものを初めて見つけた(まだまだネット利用が足らない)。
 このサイト内の分析によると、機関紙赤旗の本紙・日曜版合計の発行部数は、1980年からの「25年間で、最高時の355万部から、187万部減り、減紙率52.7%になっている」。また、1990年からの15年では本紙は「54万部から、24万部減り、…減紙率44%」、日曜版は「232万部から、94万部減り、減紙率40.5%」、併せると、「東欧革命以降の15年間」で本紙と日曜版読者のいずれもの「ほぼ40%以上が、共産党に愛想をつかして、離れていったのである」。
 なるほど、筆坂秀世・日本共産党(新潮新書、2006.04)p.190が「共産主義社会などまったく将来への展望がないのだから…」と本音を語っているのも分かる。だが、安心?してはならない。500万票近く、投票者の7%という数字は決して小さくない。
 川上徹・査問で印象的なのは、1972年1月(と読める。いずれにせよ、査問より以前の正月)に彼が見た宮本顕治に関する叙述だ。p.21以降-「私の眼は、…大きな人影を見つけだした。その人影が放つ視線を避けながら、…人物の周囲をぼんやりと眺めた。……それまで人間の視線を恐ろしいと感じたことはなかった。背筋を冷たいものが走る、…自分が受けた感覚は、それに近いものだったろうか」。査問中に待たされて「あのときの視線を思い出していた。その視線は、周囲の浮かれた雰囲気とは異質の、じっと観察しているような、見極めているような、冷ややかな棘のようなものであった」。
 この宮本の「視線」を想像すると気味が悪い。宮本は川上が将来の自分とその仲間への障害、妨害、対立「分子」になる可能性がないかどうか、「じっと観察し」「見極めて」いたのではないか。そして、他の同様の人物とともに、「新日和見主義」なる語・内容ともに不分明な「主義」をでっちあげて早々に「危険」の芽を摘み取ろうとし、「成功」したのでないか。実質的に宮本独裁だったことを証明しもする。

-0019/「古在由重先生を偲ぶつどい」の世話役をしたら…。

 大学・学界には、顕然たる日本共産党員やその明確なシンパが他業界に比べて多そうだ。概して優秀な人が多いのにこの党の穏便・微笑路線に惑わされて「おそろしさ」を知らず、せっかくの能力とエネルギーが適切な方向に使われていないのはまことに勿体ない。
 この党の衆議院選挙得票数等を顧みると、60年代末からの「大学紛争」時代を巧妙に立ち回ったことが大きいと思うが、76年・79年の600万、580万(得票率各10.7%、議席数19と41)あたりがピークでその後減っていくが、政治改革=衆議院480議席のうち180もが比例代表選挙のおかげで96年には730万、13.1%と盛り返しつつも、その後再び低減傾向で、03年は480万、8%程度、05年は490万、7.3%で議席数は9。
 かつて「70年代の遅くない時期に民主連合政府を」は現実味が少しはあるように見えたが、今や政権獲得の現実的可能性は全くないと言いうる。だが、先進資本主義国で共産党があり500万票近くを獲っていること自体がじつに不思議なことで、日本人独特の優しさ、急激な変化を望まない気分(これは日本共産党に+に働いている)、曖昧さ(社会主義・共産主義を理解し支持してもいないのに批判票としてのみ、又は「人間」のしがらみで共産党に投票する)等々を示している。アメリカ、イギリス、ドイツ、カナダに共産党(少なくとも日本ほどの)は存在しないし、イタリアは名称変更した(フランスはどうだったかな?)。日本はこの点で欧米に比して極めて「異常な」国だ、という認識をどの程度の人が持っているだろう。
 川上徹の名も、「新日和見主義」批判なるものも聞いたことがあったが、この批判の対象に川上徹(60年安保後の再建代々木系全学連委員長、70年頃民青幹部)もなっていたことを知ったのは同・査問(筑摩書房、1997)が宣伝された時だった。
 今年になって中古の文庫本で読了したが、査問・党員権停止後も90年11月に離党届持参の際に「除籍」されるまで18年以上「党員」であり続けたことに、<イデオロギー>への囚われの怖さを感じた。18年とはこの人の32歳から50歳までの「壮年期」にあたる。党関係の要職に就けるはずはなく、生活自体が苦しかったよう。もう1点印象に残ったことは明日に。

-0018 /2008年北京五輪へ行って、お腹を毀したくない。

 読売6面の小さな記事によると、2004年以降の2年間余、中国での外国メディア記者の拘束の件数38、人数85、取材妨害は15ケ国メディアに対して72件、うち記者等への暴行10件、写真やノートの没収21件。中国の実態の一端だ。かかる状況に文句をつけると「内政干渉」、「中国の自由・民主主義を他国と同列に論じられない」とか言うのだろう。日米・欧州的基本価値を共有しない異質な「社会主義国」だのに、一衣帯水とか漢字文化に目眩ましされて、チャイナスクール卒外務省お歴々の中には「東アジア共同体」構想をめざす人もいるらしい。
 せめて中国共産党の支配が終わり毛沢東以降歴代の党書記の全ての「罪」が明らかになり、かつ北朝鮮「金」王朝が終焉してからにしてほしいものだ。ECはすべて自由主義国でかつドイツの社民党もNATOを承認しドイツへの米軍駐留を肯定するという(日本の社会党、現社会民主党と正反対の)現実的対応をとる国々で構成されている。そのような基盤は現在、東アジアにはまるでない。
 誰かがどこかに書いていたが、ドイツナチスは1936年のベルリン五輪の9年後に滅び、1980年のモスクワ五輪の9年後にベルリンの壁がなくなり、11年後にソ連が崩壊した。とすると、2008年北京五輪から9~11年後の2017~19年には大きな世界史的事件が東アジアで起きるかも。その前後の日本を巻き込んだ大暴発又は大混乱はいやだが。
 毛沢東の矛盾論・実践論をなるほどと感心しつつ読んだのは1970年頃だった。矛盾・対立には根本的なものから些細なものまであるので見極めが肝心ということはたぶん書いてあったと思う。
 優先順位の選択といってもよいが、国際政治でも国内政治でもこの見極めが大切で、日本と人類にとっての最大の矛盾・対立はコミュニズムとの間にある、コミュニズムの国と勢力に絶対に屈してはならない、が私見だ。ルーズベルト又はアメリカはコミュニズムへの認識が甘すぎた時期があったようだ。毛沢東・共産党が中国の覇権を握る可能性を真剣に予測し得ていたら、戦争中の日本への対応も違ったのでないか。ソ連と中国で計1億人以上が殺戮されたともいわれる。権力把握者から「嫌いな」主張者と感じられたとの理由だけでも。「政治犯収容所」と容赦ない殺人を伴うコミュニズムの「おそろしさ」を-日本共産党とも決して無縁でない-、昔風の「反共」で済ませず、深刻に考えておく必要がある。

-0017/不破哲三さんの本を併せて瞥見しても、面白いかも。

 党綱領のほか不破哲三さんの本を読むのも勉強になる。
 綱領は1989/91年のソ連・東欧の共産党支配の崩壊は「社会主義の失敗」ではなく、これらは「社会主義とは無縁な人間抑圧型の社会」だったので「資本主義の優位性を示すものとはならな」い、という。
 これはどう見ても<後出しジャンケン>だ。つまり、ソ連等の崩壊のあとでソ連は「覇権主義」の「歴史的巨悪」で「社会主義国」でなかった、と言い立てる。ソ連は「社会主義国」でないといつから言い始めたのか。ソ連の崩壊以降でないか。不破氏も、例えば1977年日本共産党党大会でソ連は「社会主義の生成期」と見ていて社会主義をめざす国であることを否定していなかったと明記している(不破・新日本共産党綱領を読むp.184(新日本出版社、2004))。ソ連共産党に対する自主性があるかに見えたルーマニアを社会主義志向国と見つつ同共産党の大会に出席したのはチャウシェスクが殺された2年半前ほどではなかったのか。1950年代からスターリンのソ連は社会主義と異質な国と主張していたならともかく、1992年以降になってよくもヌケヌケと自分たちを合理化する言辞を考え出せるものだ。恥ずかしいとは思わないのか。党の言うことを信頼していた党員・シンパに謝罪するつもりはないのか。
 日本共産党にとって今の希望の星は中国、ベトナム、キューバのようだ(北朝鮮は挙げていない)。不破・党綱領の理論上の突破点について(日本共産党、2005.3)p.77-は、中国の「社会主義的市場経済」を「理論」的に?擁護する。
 レーニンはロシアで実践しなかったが「市場経済を通じて社会主義」へという路線の可能性を肯定しており、「中国やベトナム」はレーニン構想の「道」に新たに挑戦している、のだとさ。不破が2005年に中国、ベトナム、キューバは「社会主義」に向かっている国である旨明記していることを我々はきちんと記憶しておこう。中国共産党の支配が崩壊したあとで、中国は「真の社会主義国」でなかった、となど言われるとシラケルから(もういい加減白けているけど)。上の本では「専門家筋の観測では、中国の経済規模がやがて日本を抜き、ついでアメリカに追いつき、さらに上回ってゆくことも時間の問題だという見通し論が、いよいよ強くなっているようです」(p.71)とも書く(立花隆も同感か)。このハシャギようは、予測が外れるとどうなるのだろう。
ギャラリー
  • 1181/ベルリン・シュタージ博物館。
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  • 1180/プラハ市民は日本共産党のようにレーニンとスターリンを区別しているか。
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  • 0840/有権者と朝日新聞が中川昭一を「殺し」、石川知裕を…。
  • 0801/鳩山由紀夫は祖父やクーデカホフ・カレルギーの如く「左の」全体主義とも闘うのか。
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  • 0800/朝日新聞社説の「東京裁判」観と日本会議国際広報委員会編・再審「南京大虐殺」(明成社、2000)。
  • 0799/民主党・鳩山由紀夫、社民党・福島瑞穂は<アメリカの核の傘>の現実を直視しているか。