秋月瑛二の「憂国」つぶやき日記

政治・社会・思想-反日本共産党・反共産主義

0160/ジュリスト1334号巻頭座談会を読む-蟻川恒正に学者の資格はない。

 5/18の午前中に自分で予告したことに拘束される謂われはないのだが、面倒と思いつつも、ジュリスト1334号・特集日本国憲法60年(有斐閣)の冒頭の、佐藤幸治・高橋和之・棟居快行・蟻川恒正の座談会記事を読み終えた。
 「憲法60年」を実質的に1990年代以降に限っても結構だが、「憲法」の「現状と課題」ではなく、(1990年代以降の)「憲法学」の「現状と課題」を話題にしてほしかったものだ。その観点からは、きわめて物足りない。
 また、私自身がよく分からず退屈を感じるところもあるのだが、「憲法」の「現状と課題」というテーマであるとしても、まとまりが悪い。
 せっかく佐藤や高橋が<批判のみならず構築も>という話をしているのに、蟻川が佐藤の説に関連して刑事・裁判員制度への疑問というスジ違いと思われる発言をしたり、高橋和之の主張らしい「国民内閣制」の議論への疑問をやはり蟻川が述べたりして論点を拡散させており、前半のまとまりの悪さは主として蟻川恒正の責任だろう。
 また、佐藤幸治(元京都大学)は橋本内閣の行政改革会議や小泉内閣の司法制度改革審議会の委員の経験があるのに対して他の3名はもっぱら書斎派?のようで、「迫力」又は「格」で見劣りがする(但し、佐藤も自らの経験を語りすぎているきらいがある)。
 そして、<構築>も大切とする高橋和之の「国民内閣制」論はたんなる批判ではないと自負されており、他の者もそれを否定していないようだが、もともとその議論の内容を私が知らないためか、いかほどに現実に影響を与えたかはさっぱり解らない(結局は学者が何か言っただけ、に終わっているのではないか)。
 高橋和之はなおかつ、最後にこうも言う。-「批判が出発点だと思います。批判という問題意識がなければ何もない…」。(p.36)
 私はこの発言をやや奇異に感じた。批判の対象は実際の「憲法状況」(憲法現実)なのだろう。そして、憲法学者・研究者が「憲法現実」との間に緊張関係を持っているべきだ、との程度なら理解できなくはない。しかし、社会系の学者・研究者の姿勢は一般に現実への<批判が出発点>なのかどうか。<批判が出発点>という考え方自体がすでに一つの<政治的>立場なのではないか。つまり、むろん個々の憲法状況・憲法現実によって異なりうるのだが、「現実」の動向を<支持し又は促進>しようとするのも、すでにそれも一つの<政治的>立場あるとしても、一般論としてはとってよい学者・研究者の姿勢なのではないか。
 何げなく語られる、この前東京大学教授の言葉に、影響力が強い筈のこの人を含む憲法学界の雰囲気の一端を感じた。
 この高橋は芦部信喜・憲法(岩波書店)の補訂者として名を出しているので、故芦部信喜が指導教授だったものと思われる。芦部信喜のこの概説書の憲法制定過程や九条に関する叙述を見ると、少なくとも体制側・政府側・権力者側には「批判的」だ。これらの側が作りだした(作りだしている)「憲法現実」に対して、高橋が「批判が出発点だと思います。批判という問題意識がなければ何もない…」と言うのも、芦部「門下生」ならば当然だと納得しはする(賛成はしない)。
 もっとも、芦部や高橋が旧ソ連等の社会主義体制の「憲法現実」(そしてマルクス主義)に「批判」的だったかどうかは分からないが。
 すでに、樋口陽一を指導教授とする蟻川恒正が「護憲」派で親フェミニストらしいことは記したが、この推測(とくに前者)が当たっていることを、蟻川の次の発言は明瞭に示している。
 「安保と9条を共存させ続けていく」のは「すっきりしない態度」に見えるが、「すっきりしない曖昧さをどちらかに振り切ってしまうのではなく、すっきりしないけれども複雑なものを抱えて、時にはその曖昧さに耐えなければならないのが、専門家としての法律家ではないか」。「曖昧さに耐えることができる者としての法律家が、今の時代、ますます必要なのではないか」。
 東京大学の長谷部恭男の説との類似性を感じさせるこの発言の背景には、憲法九条は「軍隊その他の戦力」の保持を禁止しているが軍隊もどきの自衛隊が現実にはあり、れっきとした軍隊(外国の)が日本国内に駐留しているという現実を容認したまま、かつ憲法九条の改正にも反対するという<苦衷>があるようにも見える。
 かりにそうならば、同情に値するが?、しかし、「時にはその曖昧さに耐えなければならないのが、専門家としての法律家」だとはよく言ったものだ。同じことだが、「曖昧さに耐えることができる者としての法律家」
がますます必要とは、よく言ったものだ。
 私に言わせれば、この蟻川恒正は法律家「失格」だ。一般的に言っても複雑な事案から「曖昧さ」を抜き取り、法的に「すっきり
」させるのが、専門家としての法律家の仕事ではないのか。あるいは、複雑な込み入った種々の議論を論文等によって整理・分析して「曖昧さ」をなくして論点・争点を(場合によっては結論も)「すっきり」させるのが、法律に関する学者・研究者の仕事ではないのか。この人は何と<寝呆けた>ことを言っているのだろう。これで現役の東京大学教授とは、驚き、呆れる(先日の事件で東京大学法学部又は法学研究科がどういう処置をしたかは知らない)。
 この座談会は今年2/06に行われたようで、東京都国家伴奏拒否音楽教師事件の最高裁判決(2/27)の前なのだが、蟻川恒正は、日教組等の主張と同様に、通達・職務命令による学校教師に対する国歌の起立斉唱の「強制」(反対教師の処分)にも反対する発言もしている(引用しない。p.26-27)。
 その際に、「命令し制裁する権力から、調査し評価する権力へ、という形で、権力の在り方の変質を指摘できるのではないか」と、ひょっとして自分自身はシャレたことを言ったつもりかもしれないことを、述べている。
 こんな変質論は当たっていない。一般論として見ても、「権力」はとっくに、「命令し制裁」しもするし、「調査し評価」もしてきている。あるいはどちらの「権力」の契機又は要素もとっくに見出すことができる。この人は、1990年代以降の「教育」行政に関してのみしか知識がないのだろうか。
 というわけで、全体として面白く有意義な座談会では全くない。4名の責任だけでもないだろうが、日本の憲法学界の貧困さを改めて感じる。
 但し、4名のうち、棟居快行の発言はなかなか面白い。90年代以降の時代の変化の「認識」は、この人が最も鋭いと思われる。佐藤・高橋の「時代認識」はよく聞く、かなりありきたりのもので、蟻川となると、年齢が若いためか「時代認識」すらないようだ。
 それに、棟居快行は、私の問題関心に応えるような、次の発言もしている。
 「どうも近代立憲主義の憲法学の武器庫はかなり空になりつつある。あるいは残りをこの10年で使い切ってしまっている可能性もある」。
 これは重要な指摘で、よく分からないが、憲法学界全体が「危機感」を持つ必要があるのではないか。
 また、じつは私にはさっぱり意味が判らないのだが、棟居(むねすえ)にはこんな発言もある。
 議会重視・強化論は既に破綻した構想でないかとの高橋和之発言を受けて<一度もしていないので破綻もしていないのでないか>旨述べたあとで、こう言う。
 「むしろルソー的なものに対する憲法学全体のアレルギーがあるわけで、ルソー的なるものをシュミット的なものにすぐにつなげてしまって、それに対して我々の一種の恐怖心のようなものがあって封印している。そのぐらいなら護送船団的、調整的、多元的なケルゼン的というのか、そちらの方が安全牌だということでしょう」。
 ???で憲法学界は本当に「ルソー的なもの」への「アレルギー」があるのだろうか、カール・シュミットやケルゼンについての上のような言及の仕方は適切なのだろうかと思うのだが、しかし、阪本昌成と同様に(どう「同様」かは分からないが)憲法に関連する基本的「思想」・「主義」に関心をもち、知識もある憲法研究者がここにもいる、と知って喜ばしく思った。棟居快行(1955-)はネット情報によると、東京大学出身、神戸大学→成城大学→北海道大学→現在は大阪大学と、神戸大学時代にすでに「教授」であった後、渡り歩いて?いる。
 蟻川恒正の<素性>を確認できたことのほか、この棟居を発見?したのが、今回の読書の成果だった、と言っておこう。

0159/阪本昌成の憲法九条論の一端-ジュリスト1334号。

 ジュリスト1334号(有斐閣)における阪本昌成の「武力行使違法視原則のなかの九条論」を要約又は抜粋するのは論文の性質上困難だが、最後に結論ふうに述べられているのは、つぎのようなことだ。
 すなわち、<「1.国家として「自衛権」をもつこと、そして、2.国際紛争の緊急時・異常時には、当面、国家として「自衛の措置」を採り得ること」の二つは、法理論的かつ実践的にも「直結し得る命題」で、「確立された国際法規」にもなっている。これら二つと「3.異常時・緊急時に備えて、国家としてどの程度の戦力または実力部隊をもつべきか」の「政治的決断」は「各主権国家の憲法及び法律によって定められるべき事項」で、1.や2.と「論理必然の関係にはない」。
 しかるに、3.に関する「憲法解釈」が1.2.と「関連付けられてきた」、例えば、「国際法上の法理が、国内法における戦力または実力部隊の在り方を左右する」かの如く説くのは問題だ
 「”自衛隊は、国際法上主権国に法認されている自衛のための実力であって、戦力ではない”というロジック」は、「国際法」上の合法性を基準に「憲法」上の限界を説く強弁だ
。>(p.58)
 
必ずしも理解しやすい内容ではないが、九条をめぐる従来の通例の?議論の仕方を批判すること、つまり国際法上の問題と日本国家の問題である「憲法」上の議論とを単純に結合させるな、という趣旨だろうと思われる。
 とすると、憲法のみならず国連憲章等の国際法に関する標準的な知識と素養が必要なわけで、課題がまた増えたような気がしてやや鬱陶しい。
 それはともかく、上の結論ふうの部分からは阪本の現九条についての評価を窺えないが、次のような部分は多少は関係しているだろう。理解しやすい二部分のみを抜粋的に紹介して、終えておく。
 1.<
「平和主義」ではなく「国家の安全保障体制」と表現すべき。九条は「主義・思想」ではなく国防・安全保障体制に関する規定だからだ(p.50)。
 「平和主義」という語は「結論先取りの議論を誘発」するが、「平和主義」はじつは「絶対平和主義」から「武力による平和主義」まで多様だ。

 ここで阪本昌成は「非武装による平和主義」を自分は「9条ロマンティシズム」と呼んでいると注記している。これは、「非武装による平和主義」に対する皮肉だと思われる。吉永小百合様や「日本国憲法2.0開発部」には心して読んでいただきたい。
 2.<九条は私人(国民)が何をなすべきか、なし得るかを何ら定めておらず、「自衛権」の行使につき「私人の抵抗活動」まで含める解釈は「無謀」だ。なぜなら、国際法は自衛権の行使主体として私人を想定しておらず、私人の主体性を認めれば私人(一般国民)を他国による「攻撃対象」としてよいことを承認することに等しく、また、私人に「ゲリラ戦や郡民蜂起」を要請又は期待することは「過酷」で国家として無責任だ。
 ここで阪本はカール・シュミットの次の文章等を注で引用して「絶対平和主義者」を実質的には批判している。
 <「個々の国民が、全世界に友好宣言」し又は「武装解除」することで「友・敵区別を除去」できると考えるのは「誤り」。「無防備の国民には友だけがいると考えるのは、馬鹿げた」ことで、「無抵抗」が敵の「心を動か」すと考えるのは「ずさんきわまる胸算用」だ。
 カール・シュミットという人の議論を一般的に信用してよいかという問題はあると思うが、上の部分は適切だろう。吉永小百合様、「日本国憲法2.0開発部」、そして社会民主党の皆様には心して読んでいただきたい。

0158/「マスコミ九条の会」呼びかけ人ー史料として。

 周知のように、九条の会とは、九条を考える会の呼びかけに応えて、各地域・各職場・各業界等々に結成され、6000ほどすでにあるとされ、日本共産党が強力に結成又は参加を呼びかけている組織であり、現憲法九条の護持(改正に反対)を明瞭に主張している団体だ。
 マスコミ九条の会というのも、遅くとも2006年には結成されているようだ。そのサイトによると、呼びかけ人は次のとおり。知らない人もいるが、全員を()もそのままにして、記載しておく。
 「秋山ちえ子(評論家)、新崎盛暉(評論家)、飯部紀昭(道都大学教授)、石川文洋(報道写真家)、石坂啓(漫画家)、池辺晋一郎(作曲家)、井出孫六(作家)、猪田昇(日本ジャーナリスト会議北海道会員)、岩井善昭(日本ジャーナリスト会議北海道運営委員)、内橋克人(経済評論家)、梅田正己(日本ジャーナリスト会議出版部会代表)、大岡信(日本現代詩人会)、大谷昭宏(ジャーナリスト)、大橋巨泉(著述業)、岡本厚(岩波書店「世界」編集長)、小沢昭一(俳優)、恩地日出夫(映画監督)、桂敬一(立正大学文学部教授)、鎌田慧(ジャーナリスト)、川崎泰資(椙山女学園大学教授)、北村肇(「週刊金曜日」編集長)、小中陽太郎(作家)、斎藤貴男(ジャーナリスト)、佐藤博文(弁護士)、佐野洋(作家)、ジェームス三木(脚本家)、柴田鉄治(国際基督教大学客員教授)、須藤春夫(法政大学教授)、隅井孝雄(京都学園大学教授)、関千枝子(女性ニュース)、せんぼんよしこ(演出家)、高嶺朝一(琉球新報社)、谷口源太郎(スポーツジャーナリスト)、田沼武能(写真家)、俵義文(子どもと教科書全国ネット21事務局長)、仲築間卓蔵(日本ジャーナリスト会議放送部会代表)、茶本繁正(ジャーナリスト)、塚本三夫(中央大学法学部教授)、辻井喬(詩人・作家)、坪井主税(札幌学院大学教授)、栃久保程二(日本ジャーナリスト会議北海道代表委員)、鳥越俊太郎(ジャーナリスト)、中村梧郎(フォト・ジャーナリスト)、橋本進(ジャーナリスト)、ばばこういち(放送ジャーナリスト)、原壽雄(ジャーナリスト)、平岡敬(中国・地域づくり交流会)、広河隆一(写真家、デイズジャパン発行・編集人)、前泊博盛(琉球新報社論説委員)、増田れい子(エッセイスト)、箕輪登(元衆議院議員)、宮崎絢子(日本ジャーナリスト会議代表委員)、三善晃(作曲家・芸術院会員)、守屋龍一(日本ジャーナリスト会議事務局長)、門奈直樹(立教大学教授)、山田和夫(映画評論家)、湯川れい子(音楽評論家)、吉田ルイ子(フォト・ジャーナリスト)、吉永春子(ジャーナリスト)、若杉光夫(映画監督・演出家) ※五十音順
 私には著名で、かつ露出度が高そうな人を太字にしておいた。
 石坂啓は女性漫画家で売っているようだが、既述のように、「週刊金曜日」編集人の一人で、本田勝一や佐高信の仲間。鎌田慧の「左翼」ぶりは顕著だが、冷静そうに見せている
内橋克人もれっきとした「左翼」。辻井喬は朝日新聞社から(も)小説を刊行している。佐野洋はすでに70年代に日本共産党の支持者として名を出していた。平岡敬は元広島市長。
 鳥越俊太郎はオーマイニュースをその後どうしたのかの詳細は知らないが、呼びかけ人として名を出すように、九条護持派であることを明らかにしている。市民の「中立的」なニュースサイトを運営できるわけがない。
 他にも呼びかけ人等の氏名が公表されていれば、この欄にも転写又は記載していく。九条改正絶対反対という日本共産党・社民党の姿勢と通底していることを隠して、「一般」人あるいはノンポリふうに装っている人もいるので、注意と警戒が必要だ。

0157/立花隆は「厚顔無恥」にも詫び・訂正を明示せず<こっそり>修正した。

 これまた些か古い話題だが、私にはきわめて興味深かったことなので、記録に残しておきたい。立花隆という人物がいかほどの人物なのかを、ある程度は示しているように思う。
 昨年の11/23のことだが、日経BPのサイト内の立花隆のエッセイ連載記事に入ってみると、「踏みにじられた教育基本法審議」という11/17付のコラムが掲載されていた。
 残念ながら保存しなかったが、そこには、明らかに、<教育基本法改正案につき衆院で与党が単独採決したのは参院が審議・議決しなくても30日経てば(衆院議決のままで)自然成立するのを待つためだ>、との旨が書いてあった。
 この記述内容の中核、すなわち、<参院が審議・議決しなくても(衆議院議決から)30日経てば衆院議決のままで法律は自然成立する>、というのは、明確な誤りだ。憲法59条~61条を見て確認すれば、すぐに分かる。
 おそらく立花隆には、60年安保の際の記憶が鮮明すぎて、条約と法律の区別がついておらず、衆議院が議決すれば条約は参議院がなくとも衆議院議決後30日経てば批准される、という条約の場合と混同していたのだ。
 cf.「61条 条約の締結に必要な国会の承認については、前条第二項の規定を準用する。」
 「60条第二項 予算について、参議院で衆議院と異なつた議決をした場合に、法律の定めるところにより、両議院の協議会を開いても意見が一致しないとき、又は参議院が、衆議院の可決した予算を受け取つた後、国会休会中の期間を除いて三十日以内に、議決しないときは、衆議院の議決を国会の議決とする。」
 さすがに、日経BPの編集部は誤りに気づいていたようで、「編集部注」として正しい内容が11/23の時点で記されてあった。
 cf.「59条第二項 衆議院で可決し、参議院でこれと異なつた議決をした法律案は、衆議院で出席議員の三分の二以上の多数で再び可決したときは、法律となる。」
 ところが何と、11/25に再び同じ立花隆の同じエッセイ欄を見てみたら、「よく知られているように、…参院の審議内容がどうあれ、それが審議時間切れで衆院に戻されても、法案は再び衆院の3分の2以上の賛成があれば可決してしまうからである」と、本人の訂正の言葉は一片もなく、日付を変えることもなく、憲法規定の正しい内容通りに実質的に修正されていた。
 細かな憲法規定の知識に関することだが、上のような訂正を<こっそり?>としておいて、「よく知られているように」とはよく書けたものだ、と思った。「よく知って」いなかったのは、立花隆自身ではないか。これが他人の場合なら、立花隆は、<厚顔無恥>という批判の言葉を浴びせかけたのではないか。

0156/宮崎哲弥の適確な「核論議」論と朝日新聞批判。

 些か古い話題だが、宮崎哲弥の主張は適確と考えられるので、記録として残しておく。彼は、週刊プレイボーイ2006年12/04号の時評でこう書いた。
 「近頃中川自民党政調会長や麻生外務大臣が核兵器の保有の是非を議論すること自体は別に悪くないんじゃないかという趣旨の発言を繰り返し野党やマスメディアからはその責任を追及されている。…批判する勢力は一体何を守ろうとしているのか。
 しつこいようだが、核保有是非論争を再論する。何度もいうが、私には議論もいけないという立場がさっぱり理解できない。もし閣僚や与党幹部が議論を禁じるべしと主張すれば憲法上の大問題となるが、議論を容認するならば全く差し支えない。むしろ、議論の封殺を企図するがごとき野党幹部の態度の方がよほど不審である。いやしくも国会議員やマスメディアがこんなバカげた論争で政治資源を濫費している国が日本以外のどこに存在するだろうか。
 「世界の目」とは次のようなものだ。<核兵器は偏在こそが怖い。広島、長崎の悲劇は米国だけが核を持っていたからで、米ソ冷戦期には使われなかった。…中東が不安定なのはイスラエルだけに核があるからで、東アジアも中国だけでは安定しない。日本も持てばいい>。
 これは、ゴリゴリのタカ派の発言ではない。朝日新聞10月30日付朝刊に掲載されたフランスの左翼リベラル派を代表する著名な知識人、エマニャエル・トッド氏のインタビュー記事の一節だ。さすがに朝日新聞の社論とは全く異なる見解なので、そのままではマズイと判断したのか、記事には「刺激的な議論になった」だの「頭の体操だと思ってお読みいただきたい」だのと、トッド氏には随分失礼な断り書きが入れられている。
 こういう蛇足を見ると、朝日新聞って本当に読者を信頼していないのだな、と痛感する。いや、もっと言えば、<世界の常識>が日本の各層に知れ渡り、市民が目覚めてしまうことを恐れているのだろう。
 朝日新聞の11月11日社説に本音がにじみ出ている。<世界の先頭に立って核不拡散条約(NPT)の重要性を訴えてきた日本が核保有へと急変すれば、国際社会での信用は地に落ちる。…米国には日米安保条約への不信の表明と受け止められる>。まず、核兵器保有論議是非論が核保有容認論にすり替わっていることに注意。ここの争点のすり替えも実に姑息だが今は措くとしよう。核保有なんぞしようするものなら<国際的に孤立するぞ><アメリカが懸念するぞ>といった他律的姿勢が露わになっている。
 
たしかに、日本が核を保有すれば北東アジアの軍事バランスは一変する。覇権国や周辺国がこれを警戒するのは当然だ。が、核保有とはそういう状況の醸成を目的として行なうものではないのだろうか。つまり、朝日新聞社説などに指摘されずとも、日本が核武装に踏み切る場合とは、そういう利害得失を勘案してもなお国益に資するという結論に至った時に決まっている。そうした議論をもう一度詰めてみようというのが中川氏や麻生氏の見解だが、それを批判する社説の中に議論の<結論>めいたものが混入しているのはいかなるわけか。典型的な<論点先取りの虚偽>ではないか。
 ちなみに日本テレビの最新の世論調査によれば、核について具体的な議論があってもよいという人の割合は実に72%に上っている。もはや市民の覚醒は止められなさそうだ
」。

 

0155/週刊文春5/24-「おかしな記事」を書いても「いきり立」たないでという<甘え>。

 週刊文春5/24号(文藝春秋)の「週刊朝日vs安倍晋三/どっちもどっち/「落ちた犬」を訴えた首相の「品格」」(p.150-1)はミョウなことを書いている。さすがの文藝春秋も、同業週刊誌となれば朝日新聞社発行のものについても「仲間うち」意識が働くのだろうか。
 安倍事務所の現・元の秘書3人が朝日新聞社、週刊朝日編集長山口一臣らを被告として損害賠償請求等の訴訟を提起したことにつき、最後にこう締め括っている。
 「おかしな記事にまともにいきり立っているようでは、…狭量な政治家に見られてしまいますよ」。
 この文は、当然に、次のような意味と解される。<「おかしな記事にまともにいきり立」つ「政治家」は「狭量」だ>。あるいは、<「狭量」ではない「政治家」は、「
おかしな記事」を書かれても「まともにいきり立」つべきではない。
 こうした認識は、誤っている。
 <週刊誌がおかしな記事」を書いても(記事の関係者であっても「まともにいきり立」たないで下さいよ>という、<甘え>が丸見えの認識とそれにもとづく言明だ
こんな<甘え>で「週刊文春」全体が成り立っているならば、マスコミ又はジャーナリズムを名乗る資格は「週刊文春」にはない。こんな文章を容認した、文藝春秋社員・週刊文春編集人の鈴木洋嗣、同発行・松井清人の見識を疑う。
 むろん「どっちもどっち」などという見出しも問題で、週刊文春のこの記事は「歪んで」いる。「おかしな記事」(正確には、「おかしな」どころではなく名誉毀損の記事だ)を書くこととそれに対して
「まともにいきり立」つことの、一体どこが「どっちもどっち」なのか?
 以上でほぼ十分だが、なおも続ける。
 
この記事は、週刊朝日の記事が「お粗末だった」ことを認めている。しかし、「言論によるテロ」や「政治運動ではない」、とする。また、服部隆章・立教大学教授や田中辰巳・危機管理コンサルタントとやらを登場させて、前者に安倍首相側の行動こそが「政治行動」だ、後者に「大人げない」と語らせている。
 朝日新聞シンパかもしれないこの二人の氏名を記憶しておくが、相手が朝日新聞社だから安倍首相側が過敏に反応したのだとかりにしても、また「全国紙政治部デスク」が語っている「総理の”朝日”憎し」が事実だとしても、それには相当の根拠・背景が厳然としてある。
 そのことを、雑誌諸君!や月刊・文藝春秋を刊行している会社の週刊誌部門の者が知らない筈はないだろう。
 朝日新聞社は安倍首相(および中川昭一)が当選ホヤホヤの議員だった頃から警戒すべき「右派」と看做したと思われ、安倍らが<保守派>的とされる若手議員の会だった「日本の前途と歴史教育を考える議員の会」の要職(事務局長・会長は中川昭一)についた頃からは明確に批判の対象にしてきた。そして、2005年1月の本田雅和らの記事が、その4年前の安倍・中川による<NHKへの圧力>を捏造することによってこの二人の政治的地位又は影響力を大きく損なおうとしたものであることは明らかだと思われる。
 朝日新聞は特定の政治家をターゲットにして政治的な失墜を狙ったのであり、その限りで、<(政治)運動団体>に他ならない。
 他にもきっとあるだろうが、上のような体験をもつ安倍晋三が、朝日新聞社の出版物の記事の内容に他社のそれに対するよりも過敏になり、<またか>と感じても当然のことだ。
 問題は、安倍首相が「朝日には厳しい」(某政府関係者)ことが批判されるべきことなのか否か、だ。私は、安倍首相が「朝日には厳しい」ことは当然のことだ、と考えている。
 週刊文春のこの記事の書き手は、上のような安倍vs朝日の歴史についての認識・評価が私とは違うのかもしれない。それならある程度は仕方がないとも言えるが、認識自体がない、すなわち「無知」にもとづいているのだとすれば、週刊誌の記者としては完全に<失格>だ。また、服部隆章や田中辰巳なる人物も、朝日新聞の<本質>を知らないお人好しに違いない。
 上述のことからしても、「きっこのブログ」5/11が書く<「週刊朝日」だけを訴えて「週刊ポスト」を訴えないということは、「週刊ポスト」に書いてある内容は「事実無根」ではないのでしょうか?>なんていう疑問には何の根拠もない。
 さらにまた、次の、山崎行太郎
という文芸評論家の5/10のブログの文章はまさしく書き手こそが<狂気>の持ち主(すなわち、-<キ--->という言葉を私は使うのに慣れていないので-<狂人>)であることを明瞭に示している。
 <「キチガイに刃物」という言葉があるが、この言葉から「安倍に言論弾圧」という言葉を連想する…。総理総裁に就任後も、相変わらずマスメディアの情報に敏感に反応し、新聞記事や放送内容を細かくチェックして、脅迫と恫喝を繰り返している様は、誠に情けないというか、なんというか、馬鹿丸出し…。女性戦犯法廷番組で、NHK幹部を官邸に呼びつけ、その某番組の内容の修正を、間接的に(笑)…、無言の圧力を加えつつ迫ったのもこの人であり、その官邸による放送弾圧、言論弾圧という事実を暴露した朝日新聞記者を恫喝したのもこの人だ。「ボクは言論弾圧なんかやってないよ…」と言うが、「やった」に決まっている。…安倍は、…政治権力をバックに、脅迫と恫喝を繰り返してきたわけだが、そのことの喜劇性と非常識をまったく自覚できていないという時点で、政治家失格というより、人間失格である。これぞまさしく「キチガイに刃物」である。
 こんな文章を書く者が、そして一国の総理大臣を「馬鹿丸出し」、「人間失格」、「キ---」という言葉を使って平気で罵る者が、かつまた、訴訟の提起それ自体を「言論弾圧」だと理解してしまう知能の低そうな者「文芸評論家」でかつ「哲学者」とも名乗っているとは驚いた。
 この人がもっと有名人でかつより広く多数人に読まれる機会がある文章なら、間違いなく名誉毀損等で訴訟を起こされ、謝罪の文章を新聞に掲載すべきことになろう。また相手が首相でなければ、刑法犯として立件される(逮捕され取り調べられる)可能性がある。
 cf.「刑法230条1項(名誉毀損罪) 公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、三年以下の懲役若しくは禁錮又は五十万円以下の罰金に処する。
 「刑法230条の2第1項(特例) 前条第一項の行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあったと認める場合には、事実の真否を判断し、真実であることの証明があったときは、これを罰しない。
 「刑法231条(侮辱罪) 事実を摘示しなくても、公然と人を侮辱した者は、拘留又は科料に処する。
 日本の現在と将来に、それこそ薄ら寒い恐怖を覚える。こんな感覚の持ち主(「きっこ」?を含む)が多数派を占めてしまったら、それこそ「日本」はおしまいだ。

0154/ジュリスト最新号(有斐閣)に見る日本の憲法学界。

 5/12の22時台のブログでその日の読売朝刊の橋本五郎による記事によって憲法学界の状況にコメントした。
 そこで言及されていたジュリスト最新号=1334号(5/1=5/15合併号、有斐閣)を購入した(2200円もする)。たしかに橋本が紹介したようなことを佐藤幸治、高橋和之両教授は発言しているのだが、驚いた又は目を惹いたことが二、三ある。
 一つは、自称「ラディカルなリベラリスト」の阪本昌成が、「武力行使違法化原則のなかの九条論」というタイトルで憲法九条に関する論稿を寄せていることだ。既に読んだが、ありきたりの九条論でなくて面白い。別に紹介する。
 二つは、先日、護憲派・親フェミニズムとみられる東京大学の憲法学教授が「痴漢」、の旨で取り上げた蟻川恒正が、巻頭の「座談会」に4名の中の1名として登場していることだ(顔写真付き)。高橋和之は定年のため東京大学教授でなくなったこともあって、4名のうち東京大学の現役教授は彼一人。こういう特集号での巻頭の座談会は重要な位置づけがあると思われ、そこに出席しているのだから、憲法学界又は同誌編集部としては<重要な>人物と彼を看做したのだろう。その彼が、雑誌刊行直後に逮捕されるとは…。
 三つは、特集名は「日本国憲法60年」で「日本国憲法の改正」又は「憲法改正」ではないことだ。後者のような特集名で改正反対=護憲論が多数登場することもありうるのだが、安倍内閣発足以来、<憲法改正>はしばしばマスコミを賑やかしている言葉であり、それに向けての現実的動きがあるのに、「日本国憲法60年」という、たんに施行後60年経ったというだけの特集名になっている。ジュリスト編集部(有斐閣)および憲法学界の雰囲気をこの一点でも、象徴的に知ることができそうな気がする。
 それにこの雑誌が編集されている頃は、憲法改正手続法(国民投票法)の国会での審議が続いていた頃で、その成立の可能性もあった筈だが、この雑誌のこの号には憲法改正手続法〔国民投票法)に関する論稿はなく、論及している執筆者もないように思われる。
 学界・学問の世界と政治の世界は別だから、政治情勢に合わせて学問研究をしろとは全く思わない。
 だが、読売や産経は5/3以降頃に<憲法改正が具体的政治日程に、問題は具体的改正内容だ>とかの論調を示していたのと見ると、この雑誌の特集の仕方はあまりに「現実」からかけ離れている(座談会では切実な発言があるかもしれないが、一部を除き未読。いずれ紹介する)。
 また、憲法改正手続法(国民投票法)については百地章、小林節が産経に、大石真(京都大学)が別の新聞に何か書かれていた(発言されていた)と思うが、結局のところ、ごく数人の憲法学者しか対社会的には発言しないまま憲法改正手続法(国民投票法)は成立してしまったようだ。
 国民投票を憲法改正に限るのか、その他の国政上重要な問題にも広げるのか(私は後者は決して「進歩的」でなく、憲法の精神でもないと思う)という問題や最低投票率を設定すべきか(私は反対だ)という問題は、重要な憲法問題でもあり、全ての憲法研究者が何らかの自説を何らかの形で公にしてもよかったのではないか。
 しかるに、改正手続法制定の過程で、殆どの憲法学者は「寝ていた」。将来になって日本の憲法学界史をたどるとき(そういうものがあるとしてだが)、この事実をもはや消すことはできない。
 全ての憲法学者(だと思っている者)は覚醒して、憲法に関する「憲法政策」的議論、憲法に関する「制度設計」論を展開すべきだ。そうでないと、近い将来、憲法改正についてもほとんど「寝ていた」という事態が生じかねない(すでに両院の憲法調査会等で「参考人」として知見・見解を述べている者はいるとは思われる)。
 改正に反対でも賛成でもよい、具体的な問題についての議論でもよい、全ての憲法学者が何らかの形で「参加」すべきだろう。多くの憲法学者は、憲法が改正されれば、それを所与の前提として再びその「解釈」に埋没するつもりなのか、あるいは日本の憲法など無関係に諸外国の憲法問題又は憲法判例を紹介したりして「やり過ごす」つもりなのか。情けないことだ。

0153/やはり「哀れ」を誘う、中村政則・戦後史(岩波新書)。

 戦後史に関する概説書はいくつか読んだ。中村政則・戦後史(岩波新書、2005)もその一つだ。
 この本は、1.「戦争」に着目した「貫戦史」との方法をとるというが、それにしては朝鮮戦争、アフガン戦争の扱いは小さく、ベトナム戦争、湾岸戦争の扱いは大きい。
 2.何よりも、周辺事態法制=有事法制を「まさに戦争目的のための」ものと躊躇なく断言し(p.260)、「いま」日本は「戦争の道」か「平和の道」かという対立・選択を迫られている、「戦後最大の岐路に立っている」と締めくくりにかかるに至っては(p.289)、ヤレヤレ40年前の本かと思ってしまう。
 さすがに岩波が起用した執筆者だ。日本人はいったい何度「戦争の道」ではなく「平和の道」を選ぶように「煽られて」きたことだろう。
 3.戦後史を語る以上、ソ連・東欧「社会主義」体制の崩壊への言及は避けられないが、十分に詳細ではなく(p.185-等)、かつ日本の戦後史の見方そのものを変更させる可能性を多分にもつ、インパクトの大きさを感じ取ることはできない。
 思うに、執筆時点で70歳くらいだったこの元一橋大学教授は、コミュニズム、マルクス主義の敗北の影響を(p.233あたりに触れられてはいるが)、大きいものとは見ていない、又はそう見たくはない、あるいは少なくとも自らの歴史学の見方・方法を変えなければならないほどのものとは見ていないのだろう。にもかかわらず、ソ連解体等に触れないわけにはいかず、筆者の筆致には率直な感想として何やら痛々しさすら感じてしまう
 「戦争の道」と「平和の道」という対立は、かつてはアメリカ等の資本主義又は「帝国主義」国とソ連等の「社会主義」国の対立を意味したはずだった。後者がほぼ消滅した現時点で、この二つの道の「選択」・「岐路」を強調する筆者は、いったいいかなる対立を想定しているのだろうか。熱意を感じさせるが如き文章がじつは空疎に感じる原因も、このあたりにあると思われる。
 悪しき日本と気の毒な「アジア」という対立図式なのか? むしろ「戦争の道」を進んでいるのは北朝鮮等と見るのが素直と思えるが、北朝鮮や中国の異常さ・危険性にほとんど言及しない中村政則老人はそうは考えておらず、日本国内にいるらしい「戦争」勢力への警戒を強調したいのだろう。
 なお、4.ソ連崩壊の90年前後で「戦後は終わった」と書きつつ(p.283)、その後も2000年までを「戦後」と位置づけているのは、子細に読めば矛盾していないかもしれないが、やや解りにくい。
 それにしても2005年にこんな本がまだ刊行されるとは。著者は表現・学問の自由を、岩波書店は出版の自由を享受すればいいが、こうした本の影響で誤った歴史観・歴史の見通しをもってしまう「純朴な」人々への責任は誰がきちんと負うのか。

0152/朝鮮戦争に関するマルクス主義歴史家の「哀れ」。

 朝鮮戦争は南北どちらが先に攻撃を仕掛けて開始したかという問題につき、松本清張・日本の黒い霧「謀略朝鮮戦争」(松本清張全集30のp.386以下、初出、1962?)は曖昧にしつつ、南による北侵説の余地を多分に残している。
 だが、中国共産党の影響を受けている可能性を否定できない、朱建栄・毛沢東の朝鮮戦争(原著1991、岩波現代文庫、2004.07)すら、p.22で、朝鮮戦争は「北朝鮮が発動したことについて、もはや疑問を挟む余地はなくなった。そして金日成が スターリンの支持を取り付けて、その軍事的援助を得て、…開戦計画を練っていたことも明らかになった」と記すに至っている。
 また、児島襄・朝鮮戦争1(文春文庫、1984。初出1977)は明瞭に「北」による「南侵」説だったが、元赤旗平壌特派員で2005年に共産党を除籍された萩原遼・朝鮮戦争(1993、文藝春秋)刊行の頃までには、この戦争が、朱建栄の言うように、米国・韓国軍の北侵によってでなくスターリンと毛沢東の了解のもとで北朝鮮軍の南侵により始まったことは関係史料から明らかになっていたと思われる。
 しかるに、第一に、マルクス主義歴史学者の井上清・昭和の50年 -新書日本史8(講談社現代新書、1976.09)p.139-140は、「米軍が、日本を基地として朝鮮戦争をおこした」、「6月25日、李承晩軍は38度線で北側を攻撃し、北は大反撃に出た。こうして朝鮮戦争がはじまった」と述べ、著者と講談社は1992.12の第9刷になってもこれをそのまま発売している(私の所持している範囲で指摘する)。
 第二に、亀井勝一郎との間で<昭和史論争>を引き起こした遠山茂樹=今井浩一=藤原彰・昭和史(新版、岩波新書、1959)の56刷は1995.05に出ているのだが、同p.276も「6月22日」アメリカは「極東において積極的行動に出ることを決定した」、「25日、北朝鮮軍が攻撃してきたという理由で、韓国軍は38度線をこえて進撃を開始した」と記述している。
 上述のように、1990年代初頭には(旧ソ連の関係史料が公開されたことにより)朝鮮戦争は<北朝鮮による侵略>により始まったことは明らかになっていたのに、上の二つの本の著者たちと講談社、岩波書店という日本有数の?出版社は、歴史の真実を歪曲した、端的には「ウソ」を書いている歴史本を90年代の前半以降も販売し続けたのだ(ひょっとして2007年の現在でも?)。執筆者は勿論だが、出版社にも「良心」又は(大多数の研究者等が承認する又は史料により疑いがなくなった)歴史的事実への「謙虚さ」が必要だろう。名誉毀損等の具体的な被害者はいないとしても、歴史の「偽造」は、長期的には、又は国家的観点からは、遙かに<罪深い>ものだ、と考えられる。
 ところで、出版元や内容から日本共産党員だろうと推測される鈴木正四・戦後日本の史的分析(青木書店、1969)を古書で持っているが、その「まえがき」は「もっとも全面的な、もっとも客観的な学問の立場であり方法であると思うから」、「労働者階級の立場、マルクス主義の方法と観点にもとづいて書かれている」と勇ましく宣言している。そして、p.114で朝鮮戦争について次のように言う。-「絶対」と言いたいところを学問的な表現で「少なくともいわば1万中の9999まで、アメリカが戦争をおこした疑いがきわめてこいという結論にたっした」。
 同じく古書で買った、藤原彰・日本帝国主義(1968、日本評論社)も結論は同じだ。
 出版された時期、当時は旧ソ連の史料を知ることは困難だったことを考慮しても、今から見るとこれらマルクス主義歴史家の叙述は、何やら<哀れ>を誘う。<取り憑かれ>とは怖ろしいものだ。

0151/小林よしのり・新ゴーマニズム宣言スペシャル/脱正義論(1996)。

 じつは(と大袈裟に言うことでもないが)、小林よしのりゴーマニズム宣言は旧・新を含めて、(古書もあるが)全部所持し、読んでいる(と思う)。内容の記憶はほとんど朧げになっているが、雰囲気・イメージの記憶は残っている。
 そのスペシャル版もたぶん全て所持し、読んでいる。そのうち、新ゴーマニズム宣言スペシャル・脱正義論(幻冬舎、1996)は、小林が1994年に「HIV訴訟を支える会」の代表となり、弁護士等と運動の仕方等について軋轢を生じさせながら活動し、1996年03.29に加害企業と「和解」が成立して、彼の影響も受けて「支える会」会員となった者たちを含む若者(学生)たちに、<さぁ日常に戻ろう>と呼びかけたところ、「支える会」の支部等の「代表も事務局長も会計もすべて左翼系団体の同盟員というところもある。民青が仕切ってたりするところもあるらしい」(p.70)ことを知って愕然として原告患者青年の川田龍平に伝えたところ、彼は「知ってますよ」とニヤリと笑って答えた(p.78)、なんていうことが生々しく描写されていて、とても印象的だ(とても長い一つの文だ)。
 「HIV訴訟を支える会」の実際がどうだったのかの知識はないが、純粋な善意で始まった「市民」運動も、いつの間にか政党等の「色のついた」(多くの場合は「左翼系」の)運動に変質していくことは、十分に考えられる。この本が描くように「支える会」を日本共産党・民青同盟系の者たちが実質支配したのだとかりにすれば、さすがに「大衆団体」を党・民青等近接団体の<下請け>化することに手慣れていて、巧いものだ。また、こうした訴訟の場合、手がける弁護士たち自体がとっくに日本共産党員又は同党シンパであることも十分にありうるだろう。
 「政治」と何らかの関係のある問題についての、多数の「個」の純粋な「連帯」は、小林が正義感をもって当初想定したよりはやはり相当に困難なのが現実だろう。
 その他、書き残しておきたいことが二つある。
 1.「あとがきにかえて」に、「もっと腹が立つのは佐高信ら、『絶対の正義』と薬害エイズが世間に認定された後に近寄ってきて自分の言い分にこれを利用しようとするハイエナみたいな言論人」とある(p.256)。
 なるほど、佐高信は、自分たちの「運動」に利用しようとして小林又は「支える会」にも接近してきたのだ。
 佐高信は、巧妙に隠しているものの「週刊金曜日」共同編集人でテレビ・コメンテイターをしている石坂啓もそうだと思うが、決して<評論家>ではなく、<(社会)運動家>だ。「ハイエナみたい」と表現されているのも、ずばり適切で、よく分かる。
 「週刊金曜日」編集人たちは、選挙に候補者を立てないから政治資金規正法上の「政治団体」ではないだけで、昨秋に反皇室演劇つきの集会を行うなど実態は「政治団体」に他ならず、「週刊金曜日」はその機関誌だと思われる。
 2.川田龍平は7月参院選に東京選挙区から立候補するらしい。日本共産党・民青そのものには加入しなかったようだが、訴訟等の運動の中で「左翼的」活動家に成長したのだろう。
 小林の上の本の中に、「支える会」の若者の間でカール・ヴォルフレンの本がよく読まれているという話が挿入されていたが、彼の日本・権力構造の謎(上・下)(早川書房、2000)は日本の国家・社会を欧米的観点から「異常視」する、偏見に満ちた本で、なるほど(反発がありうる)モロの共産党・民青の本よりは、外国人が書いた(客観的ふうの)日本の「権力構造」批判の本として、読者を「反体制」化・「左翼」化するのに役立ったに違いない。

0150/阪本昌成・リベラリズム/デモクラシー(第二版)「まえがき」。

 4/30午前0時台のエントリーで紹介したように、阪本昌成・リベラリズム/デモクラシー(第二版/有信堂、2004)は「マルクス主義憲法学」批判を鮮明にしている。そのときに紹介しなかったマルクス主義批判の文に、次のようなものもある。
 「正義は、人間の知性によって積極的に作り上げうるものではなく、また、人間の情念を度外視して語れるものではない。二〇世紀最大の人類的規模の実験が失敗に終わった理由は、ここにある」(p.23)。
 デカルト以降の「理性」信仰(私流に言えば、人は、人間や社会を「合理的」に認識・説明でき、改革できる筈だとの、人知の及ばない領域があることを無視した「近代」の傲慢さ)への批判が上の文にも含められているだろう。
 5/13のやはり午前0時台のエントリーで述べたように、中川著の後の読書のベースは阪本昌成の上の本で、50頁くらいまでは進んだ。基礎概念の意味と論旨展開は重要なので、メモ書き代わりにここに記していこう。
 阪本にとってマルクス主義はもはや「論敵」ではないとされ(p.22)、既述程度の文章しかないのだが、マルクス主義批判の文のあとには「福祉国家」が「警戒すべき実験」として語られる(p.23)。
 先走ったが、阪本も自称ハイエキアンであり、ハイエクを(きわめて)肯定的・積極的に評価する中川八洋と同様の論調である所があるだろうことは容易に想像がつく。
 さて、最初から出発しよう。「まえがき」によれば、「リベラリスト」とは「統治の正当性・限界を、人びとの合意に求めることを避けて、すべての人に保護領域が与えられるべきことに求めようとする立場の人」だ(「保護領域」とはさしあたり「自由に行動できる生活空間」で十分)。
 一方、「デモクラット」とは「統治の正当性・限界、すなわち立憲主義の源泉は人びとの合意にある、と強調する人」だ(p.1)。
 書名でも明らかなのだが、リベラリズムとデモクラシーは矛盾しあう・対立しあうということが著者の議論の前提だ。あえて日本語を使えば、自由主義と民主主義自由と民主の差違・関係が阪本の関心事であり、かつこの問題が(マルクス主義うんぬんよりも)今日的・現実的な意味をもつ、と考えられているものと思われる。
 そして、阪本は自分は「ラディカル・リベララリスト」だと既に結論的に宣言している(p.2)。となると、未読の部分の方が多いが、デモクラシー(民主主義・民主政治)への批判が多いだろうと想像できる。
 つぎに言う。「リベラル」や「リベラリスト」は米国では「社会民主主義(者)」を指すため、「真のリベラリズム」のために「リバターリアニズム(リバターリアン)」という言葉が作られ、後者は、ア.個人主義徹底、イ.国家の強制力は反道徳的、ウ.国家・公共の利益に懐疑的、という態度だ。だが、阪本は「リバターリアニズム」と共通性があるかもしれないとしつつ、リベラル/リバターリアルの区別の論議に入らず、「リベラリズム」を次の共通性をもつものの意味で用いるとする。
 1.「自由を消極的に捉えること」(秋月注-「消極的」とは「否定的」の意ではない)、
 2.「ルールの源泉を人間の意思に求めないこと」、
 3.「ルールは社会のなかで自己増殖的にできあがり、そのルールは一定の属性をもつに至ると承認すること」等。
 但し、「リベラリズム」は社会民主主義を含む曖昧さを持つので、上の意味でのリベラリズムを「古典的リベラリズム」、「社会民主主義的な自由観」を「修正的リベラリズム」と称することもある、という(p.2)。
 その後、若干の主張が(結論示唆的に?)なされる。
 「法学でいう自由」とは「個人の人格的規律や意思の不可侵性」といった「個人の内面領域」ではなく「政治・統治の領域」での概念で、リベラリストは、「私たちの日常的な利害対立の調整または解決を政治過程にできるだけのせないことが望ましい」と考える。
 リベラリストはこう考える傾向にある。1.「個人の内心の自由」は「政治的自由」の「根源的な位置」にあるものではなく、「歴史的にみて最初のものでもない」。
 2.個人の「内面的自由は「政治的自由」を否定された人びとが「内面への退却」をしたときに気づかれたもので、「内面的自由は人間の尊厳にとって固有の領域」だとの「誇張された主張」は、自由の問題を「人格的自律や意思の不可侵性」を問う議論へと「再び誘導する」だろう。しかし、この筋道を避けて、「人と人との交わりのなかで世俗的な利害の調整のあり方に賢慮を」めぐらすべきだ。
 3.「「法の支配」を真剣に受けとめる」。「法の支配」とは「私たちの消極的自由を保障するための思想であり、制度だ」。一冊の本が必要なところを「あえて簡単にいえば」、「国家が法律を制定するにあたって、私たちを匿名の存在として扱うルールに従うこと」だ。(p.3-p.4)
 「まえがき」の僅か4頁のためにこれだけ費やしたとは先が思いやられる。
 だが、何らかの共通了解があって語られているようにも見える「自由」も「民主」も(そして「立憲主義」も「法の支配」も)じつは簡単に語りえない複雑な側面をもち、両者は単純な関係には立たない(ようだ)。
 若い頃から近年までの勉強不足、思考不足を嘆きつつ、読み終えてみよう(計230頁程度)。
 ところで、中川八洋の本を読んでおいたことはよかった。阪本著で外国人の名とその「思想」が出てきても殆ど全く、驚きはしないからだ。

0149/「大衆」の忘恩と小児性-「民主主義」は機能するか。

 すでに読み終えた中川八洋・保守主義の哲学だが、刺激的な言葉が随所にある。例えば、
 「日本列島は無政府状態の色を濃くしているし、レーニン/ヒットラーの全体主義を再現するかのような不気味な土壌をつくりつつある」(p.297)。
 「日本の学界・教育界は、大正デモクラシーの大波をかぶってそのままデカルト/ルソー/マルクスの住む島に流れつきそこにとじこもることすでに八十年、理性万能の狂妄から目を覚ますことがない」(p.325)。
 ところで、読みながら、失礼ながら何故か、「きっこのブログ」や「きっこの日記」のきっこ?を想起してしまったのは、第六章「平等という自由の敵」の第四節「大衆という暴君」の中の、次のような、紹介されている等の、いくつかの言葉だった(p.298-9)。
 オルテガ-「大衆人」は「生の中心がほかでもなく、いかなるモラルにも束縛されずに生きたいという願望にある」。
 中川-「道徳」とは…のことだが、「これを欠くか、ない方がよいと願う「大衆人」とは、その本性において、社会主義者・共産主義者のシンパとなりやすい特性をもっている」。
 オルテガ-「大衆人」は「倫理・道徳性の欠如」を示し、「忘恩の徒」となる。「忘恩」とは「甘やかされた子供の心理」でもあり、「今日の大衆人の心理図表に…線を引くことができる。…安楽な生存を可能にしてくれたいっさいのものに対する徹底した忘恩の線を…」。
 ホイジンガ-「ピュアリリズム(小児病)」とは「子供を大人に引き上げようとせず、逆に子供の行動にあわせてふるまう社会、このような社会の精神態度」のことだ。
 ホイジンガ-「ピュアリリズム(小児病)」の特質は「…他人の思想に寛容でないこと、褒めたり、非難するとき、途方もなく誇大化すること、自己愛や集団意識に媚びるイリュージョンに取り憑かれやすいこと」だ。
 ル=ボン-「衝動的で、昂奮しやすく、推理する力のないこと、判断力あよび批判精神を欠いていること、感情の誇張的であることなど…こういう群衆のいくつかの特徴は、野蛮人や小児のような進化程度の低い人間にもまた同様に観察される」。
 自戒の意味も込める必要があるが、きっこ?氏に限らず、日本という国家への「忘恩」、上に種々書かれている「小児」性は日本国民のかなりの部分に蔓延しているのではないだろうか。上では「大衆」という言葉が使われ、中川八洋には「大衆蔑視」的ニュアンスが全くなくはないと感じるのは気になるところだが、ほぼ「(一般)国民」と置き換えて読むべきだろう。そして、国民の「忘恩」と「小児」性は、「民主主義」は適切に機能するか、の基本的な問題でもある、とも考えるのだ。

0148/産経5/15・志方俊之「護憲派の不思議な論理を笑う」。

 産経5/15の志方俊之「正論/護憲派の不思議な論理を笑う」は、ほとんど異論なく読める。
 「護憲派」の奇妙な意識につき、例えば、こう指摘している。
 1.「護憲派の多くは日米防衛協力に反対で、米国離れの自主的な日本をと主張しているのだが、自主憲法を唱えることだけは御法度だというのだから笑止千万」だ。
 2.「護憲派の多くは、自主を標榜しながら、米国の核の傘を万全と信ずる不思議な思考の持ち主」だ。
 3.「護憲派の多くは核の問題となると核廃絶を唱えて現実から逃避するのが常である」。
 要するに、「護憲派の多く」は自分たちを含む日本国民の「安全」と東アジアの「平和」が、米国の<核の傘>付きの日米同盟によって辛うじて守られているという現実を知らないか、知ろうとしていないのだ。
 そして、志方の言うとおり、「米国の核の傘を否定するならば、残る選択肢は(1)核には目を瞑(つむ)って国民を無防備の危険に曝(さら)しておく(2)中国かロシアの核の傘に入る(3)独自の核を持つ-の3つで、いずれも非現実的だ」、ということになるものと思われる。
 志方はこれまでの自民党も批判しており、正当だ。
 「与党だった自民党も怠慢に過ぎた。自民党は改憲の遅れを説明するのに、まず「時機が熟さない」といい、次に「解釈で実は得ている」といい、党を挙げて憲法改正の機を熟させる努力をしてこなかった」。「自民党は憲法には交戦権を有しないとしてあるから「自衛隊は軍隊ではない」と言ってきた」。
 そして、つぎの言葉は、憲法(九条二項)改正の必要性をずばり衝くものだ。-「国民の目にも近隣諸国民の目にも、誰が見ても自衛隊は軍隊そのものではないのか。軍隊が軍隊であることが悪いのではない。悪いのは軍隊を軍隊ではないと言いくるめることであって、国際社会はそんな変な国を国連安保理の常任理事国に推すとは到底思えない」。
 志方は米国を無条件に信頼することの不可、日本の自主的な防衛努力の必要性も指摘している。
 「日米同盟は「かけがえがない」といっても、米国が自国の国益を最優先に考えて幾つかの戦略的・戦術的な対応を取ることは、当然で何の不思議もない。/
わが国が米国の国益を守るために諸肌を脱がないのと同じだ。国益がほぼ合致したときにのみ同盟は力を発揮するのであって、それが同盟の限界であり国際政治の現実だ」。
 「わが国は…自らは何ら核に対する備えを行ってこなかった。非核三原則を堅持し、敵地攻撃能力の整備も進めず、最近ようやくミサイル防衛の配備と集団的自衛権行使の再検討に着手したに過ぎない。
核の傘があっても、直ちに核によって反撃されることの実効性が不確かな場合もあり、信頼度を高めるため多方面での努力を惜しむべきではない。非核三原則を二原則にするとともに、早急に弾道ミサイル早期警戒能力や敵地攻撃能力の整備は急ぐべきだ」。
 分解しての紹介だけになったが、「まっとう」な主張だと思う。


0147/樋口陽一の愛弟子・現東京大学教授、「痴漢」容疑で現行犯逮捕される。

 読売5/15夕刊によると某大学教員が電車内での20歳の女性に対する「痴漢」により東京都迷惑防止条違反の現行犯で新宿警察署に逮捕された。容疑者は容疑を認めており、「好みの女性だったので…」などと供述している、という。
 大学教員であってもこんなことはありうる事件なので珍しくもない、従って大した関心を持たないのだが、今回はかなりの興味をもった。
 それは、大学教員が東京大学大学院法学政治学研究科の教授で、かつ憲法学専攻らしいからだ。
 容疑者は、蟻川恒正、42歳。
 ネット情報によると、万全ではないが、さしあたり次のことが分かる。
 1.おそらくは東北大学法学部・同大学院出身で、指導教授は「護憲」派で著名な樋口陽一と思われる。(5/20訂正-樋口氏が東北大学から東京大学に移ったあとの「弟子」で、東京大学法学部卒、ただちに助手となったらしい)。
 8年前の1999年(蟻川氏は34歳か)の東北大学法学部の「研究室紹介」に次のように書かれている。
 「蟻川恒正助教授/
東京都出身。専門は憲法。東北大学名誉教授である樋口陽一先生の憲法学の正当な継承者である。その高貴な顔立ちとは裏腹に気さくな人である。意外にも落語好き。また、独身貴族でもある。
 2.東北大学(法学部)は、文科省からの特別の予算を受けられる21世紀COEプログラムとして怖ろしくも「男女共同参画社会の法と政策」なる総合研究を行っており、仙台駅前に「ジェンダー法・政策センター」なるものまで設置し、専任の研究員まで置いているようだ。このCOEの代表(拠点リーダー)はやはり憲法学者の辻村みよ子(1949-)。この人は一橋大学出身で、指導教授は杉原泰雄、2005年~2008年民主主義科学者協会法律部会理事。
 上の研究の一環として東京から上野千鶴子(2006.02.10)や大沢真理(2005.11.26)を呼んでのシンポジウム等も行っているが、少なくとも2005年度は蟻川も法学部教授として上のCOEプログラムの「事業推進担当者」の一人だった。2005年の12.19には「身体性と精神」と題して研究会報告を行っている。「アメリカ合衆国における女性の人工妊娠中絶の自由に関連する連邦最高裁の主要な裁判例を跡づけながら、自己決定権という権利概念が憲法理論上において持つ意義を探ろうとしたもの」らしい(→
http://www.law.tohoku.ac.jp/COE/jp/newslatter/vol_10.pdf)。
 3.樋口陽一=森英樹高見勝利=辻村みよ子編・国家と自由-憲法学の可能性(日本評論社、2004)という本が出版されているが、これらの編者および長谷部恭男愛敬浩二水島朝穂らとともに一論文「署名と主体」を執筆しているのが、蟻川恒正。
 編者4名や上記3名の名前を見ていると、辻村が「民科法律部会」(日本共産党系の法学者の集まりといわれる)の理事だつたことも併せて推測しても、蟻川恒正は、「左翼」的、<マルクス主義的>憲法学者だと思われる。上記のように、ジェンダーフリー・フェミニズムに特段の抵抗がないようなのも、このことの妥当さを補強するだろう。
 従って、憲法改正問題についていえば、樋口陽一らともに九条二項護持論者だろうとほぼ間違いなく断定できる。
 護憲論(又は「改悪」阻止論)者に「痴漢」がいても何ら不思議ではない(改憲派の中にもいるだろう)。ただ、東京大学の憲法学の「改悪」阻止派の教授が、しかも親フェミニズムらしき教授が「痴漢」をした、というのはニュース価値は少しは高いだろう。

0146/日本国憲法-「八月革命」説による<新制定>か「改正無限界」説による<改正>か。

 明治憲法(大日本帝国憲法)の憲法改正条項は同憲法73条で、つぎのとおりだった(カタカナをひらがなに直した)。
 「第73条 1項 将来此の憲法の条項を改正するの必要あるときは勅命を以て議案を帝国議会の議に付すべし

 2項 此の場合に於て両議院は各々其の総員三分の二以上出席するに非されは議事を開くことを得す出席議員三分の二以上の多数を得るに非されは改正の議決を為すことを得す
 現憲法96条が各議院の<3分の2以上>の賛成を「発議」要件としているのも、この旧憲法を踏襲したかに見える。
 それはともかく、この条項にもとづく明治憲法の改正という形で日本国憲法が成立したことは周知のとおりだ。
 日本国憲法の施行文はこう言う。-「朕は、日本国民の総意に基いて、新日本建設の礎が、定まるに至つたことを、深くよろこび、枢密顧問の諮詢及び帝国憲法第七十三条による帝国議会の議決を経た帝国憲法の改正を裁可し、ここにこれを公布せしめる
 このあとに、御名御璽、計15人の内閣総理大臣・国務大臣の連署、前文、第一章第一条…と続く。
 憲法学の専門家には当たり前のことを書いているだろうが、天皇が定めた「天皇主権」の欽定憲法である明治憲法の「改正」の形で「国民主権」の日本国憲法を制定できるのか、という、<憲法改正権の限界>という問題があった。
 形式的・手続的には明治憲法の改正であっても<憲法改正権の限界>を超えるもので、新憲法の制定に他ならず、ポツダム宣言の受諾によって「国民主権」への革命があったのだとするのが<八月革命説>で、宮沢俊義・東京大学法学部教授が1946年になってから唱えたこの説がどうやら主流の説らしい。
 だが、GHQができるだけ日本人の意思によって憲法が制定(改正)されたかの印象を作りたかったからかどうか、少なくとも表面的には、天皇の発議により両議院(衆議院と貴族院)が審議し、議決し、天皇が裁可し、公布せしめたのが日本国憲法だ。
 枢密顧問への諮詢を経て帝国議会に憲法「改正」案(じつはGHQ作成の原案に若干の修正を加えたもの)を附議した際の天皇の言葉は、「朕…国民の自由に表明した意思による憲法の全面改正を意図し…」だった。
 上の段落は、阪本昌成が憲法の制定過程やその「有効性」をどう叙述しているかに関心を持って見た、阪本昌成・憲法Ⅰ(国制クラシック)p.108(有信堂、2000)による。
 阪本は自説を展開することはなく、「学界では、主権在民をうたう新憲法(民定憲法)護持の立場が圧倒的で、改正無限界説からの分析は精緻になされることはなかった」とのみ記述している。改正無限界説に多少の<未練>はあるかの如き印象をうける。
 実際になされた天皇の発言、天皇に始まる手続、天皇による裁可と公布を見ると、<八月革命説>は相当にフィクションであり、<改正無限界説>に立って、明治憲法の「改正」により現憲法が生まれた(天皇自身も無限界説的な理解をしていた)、と説明する方が私にはわかりやすい。
 天皇主権と国民主権、欽定憲法と民定憲法とはそれぞれ正反対のようでもあるが、欽定憲法と言っても明治天皇が大日本憲法の具体的条文を策定されたわけでは全くないし、天皇主権といっても天皇の実際上の権限・地位が相当に限定された、殆ど「象徴」的なものだったことはよく知られている筈で、少なくとも天皇の地位については現憲法との<連続性>の方がむしろ強調されてもよい、と思われる。「革命」が起こった、と理解したのは一時期の(一部の者の)<熱狂>と<昂奮>の結果で、説明の仕方としては合理的ではないのではないか。
 天皇が自ら(および子孫の誰か)を「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」とすることに異存がなかったとすれば、<改正の限界>を超えていた、と理解する必要はなかったのではなかろうか。
 ここでこんなことを書いても無意味かもしれない。但し、現憲法の制定に昭和天皇の「意思」が深く関係していると思われることは確認しておきたい(占領下だったのであり、100%の「自由」な意思に基づくものだったとは一言も言っていない。念のため)。
 当初の関心の対象だった現憲法の「有効」性については、阪本昌成はいっさいこれを疑っていないようだ。憲法学の中の少数派と見られる阪本の教科書において、<日本国憲法無効論>は本文中のカッコの中で「無効だ、と主張する少数説もないではない」と言及されているにとどまる。これでもひょっとして<親切>な方かもしれない。

0145/産経5/14には石川水穂「河野談話の検証が必要だ」もある。

 産経5/14には、石川水穂の「河野談話の検証が必要だ」が載っている。岡崎久彦は、この石川の考えを「無用」として否定するのか、それとも国内問題としてはこの石川の考えの正当性を肯定するのか、いずれかの紙面又は誌面で明瞭に答えていただきたいものだ。
 石川水穂は慰安婦問題米国下院決議案には「多くの事実誤認の内容が含まれる」とし、河野談話についても「極めて問題の多い政府見解である」と明言している。
 資料記録的意味で記しておくが、1997年3月に当時の官房副長官・石原信雄は、政府収集資料の中には「軍や警察による強制連行を示す証拠」はなかったこと、河野談話はその直前に「韓国政府の要請で行った…元慰安婦16人からの聞き取り調査のみに基づいて強制連行を認めた」ことを明らかにし、その後の国会質疑等で「聞き取り調査」の「裏付け」はなされていないことも判明した。
 ここで問題をかき混ぜた、あるいは戦線を拡大したのが、朝日新聞だった。
 朝日新聞は1997年3/31社説「歴史から目をそらすまい」で、「日本軍が直接に強制連行をしたか否か、という狭い視点で問題をとらえようとする傾向」を批判し、「資料や証言を見れば、慰安婦の募集や移送、管理などを通じて、全体として強制と呼ぶべき実態があったのは明らかである」とした。
 「日本軍が直接に強制連行をした」という自らのいう「狭い視点」からさんざん報道しておきながら、信憑性が極めて低いと判るや、「狭い視点で問題をとらえよう」としてはいけない、と言い出したのだから、その神経の傲慢さ・杜撰さは尋常ではない
 それに、「慰安婦の募集や移送、管理など」に日本軍が関与していたとしても、そのことをもって「全体として強制と呼ぶべき実態があった」
と表現するのは、日本語の用法として誤っている。どうしても「強制」という語を残したかったのだろう。再述するが、慰安婦の募集や移送、管理など」に日本軍が関与していたことのどこに「全体として強制」という概念があてはまる現象があるのか。朝日は自らの主張のためならば、通常の日本語の意味・論理すら無視しているのだ。
 石川は、韓国人元慰安婦からの聞き取り調査の中身は今も公表されていないとして、学問的検証の必要を説く。当然の主張だと思う。こういう作業もまた、岡崎久彦によれば「無用」で、「常識」に任せよ、ということなのだろうか?

0144/産経5/14・岡崎久彦論稿を読んで-慰安婦問題。

 昨日5/13の午後10時台に、米国下院慰安婦日本非難決議案にかかる「安倍首相等の日本政府の言動は岡崎久彦の助言が大きいのではないかと勝手に推測しているが、果たして首尾よくいったのかどうか」と書いたばかりだが、今日5/14の産経の「正論」欄で、その岡崎久彦が、要するに<首尾よくいった>旨を書いている。
 決議案に関する彼の結論はこうだ。「議会の決議案審議の結果如何に関わらず、この問題は今後の日米問題から遠ざかっている」。
 つまり、決議案が採択されようとされまいと、もはや今後の日米問題にはほとんど?関係がない、ということのようだ。「ほとんど?」と?を付けたのは「遠ざかっている」ということは再び「近づいてくる」可能性を否定していないと思ったからだが、この点は以下では措く。
 彼によると、「全米の有権者の3分の1に近いといわれるエバンジェリカル(福音伝道派)が絶対的に主張する人権問題」であり「慰安婦制度そのものが悪」なので、どう釈明しても無意味。安倍首相の「20世紀は人権を無視した時代であり、日本にも責任がある。同情の意と謝罪の念を表明する」との発言は「特に良かった」。
 さらに彼は書く。「謝罪は旧日本軍、ひいては国家としての日本の名誉を傷つけるものとして釈然としない人々は、強制の有無を問題にして事実を徹底調査して問題の黒白を付けることを主張している」が、「無用のこと」で、「常識で考えれば良い」。「慰安婦制度が女性の尊厳を傷つける人権違反の行為であったことに謝罪するのが正しいというのが昨今の道徳的基準」だ。
 さて、岡崎久彦を私は信頼していないわけではないし、アメリカ有力筋にコネクション又は情報源を持ってもいるのだろう。だが、テレビでたぶん先月にも聞いたが、そもそも「全米の有権者の3分の1に近いといわれるエバンジェリカル(福音伝道派)が絶対的に主張する人権問題」で…という論拠は適切なのか、気になるところだ。 
 それはともかくとして、「議会の決議案審議の結果如何に関わらず、この問題は今後の日米問題から遠ざかっている」という判断が適切だとすれば結構なことだ。だが岡崎は「今後の日米問題」としか書いていない。
 米国で日本首相がすでに「謝罪」しており、かりに下院で日本非難決議が採択されることとなっても、今後の中国や韓国(・北朝鮮)の間での問題は全くないと言い切れるのだろうか。
 「20世紀に人権を無視」したとは全く考えていない、被害国のつもりのこれらの国は、安倍首相も謝罪した(米国下院も日本の責任を認めた)ではないか、ということで、例えば、何がしかの経済的代償(・協力)を政治的・外交的に求めてくることは十分に考えられる。また、「慰安所」を作ったことはないとするこれらの国(欧米諸国が問題なのではない)は、日本に対して、道徳的・精神的に<優位>な立場を決定的に占めてしまうことになりそうな気がする。
 岡崎久彦は対米問題のみを重視しすぎてはいないか。中国の仕掛けている<情報>戦争という見方を岡崎は否定しているようだが、その根拠ははっきりしない。「
エバンジェリカル(福音伝道派)」うんぬんと中国の仕掛けている情報戦争という見方は決して排斥し合わない。
 「反日」勢力にとっての道具を安倍首相はすでに渡し、米下院も与えようとしている危惧は全く杞憂のものとは言えないだろう。
 米国人には「河野談話の何たるかを知らない」かもしれない。だが、中国政府、韓国政府等は正確に文字通りに理解しているだろう。<河野談話の継承>とは、彼らとの関係で、歴史の捏造をそのまま承認した、ということにはならないのだろうか。
 当然ながら、中国・韓国・北朝鮮に「常識」が通用するはずはない。私はなお「釈然としない」し、正確な歴史認識を持っておくことが「無用」のこととは思えない。
 岡崎久彦の主張を全面的に批判するわけではない。対米関係では何とか<やりすごせた>とすれば結構なことだ(だが下院決議の帰趨は未だ解らない)。だが、とりわけ東アジア諸国に対して、正しい歴史をきちんと主張し、虚偽の歴史認識を是正させる課題はまだまだ残っている、と感じる。一段落ついた、というのは大間違いではないか。

0143/日本に「軍隊」があれば、北朝鮮の日本人「拉致」はどうなっていたか。

 月刊雑誌・正論6月号(産経)の荒木和博「なぜ拉致被害者救出に自衛隊を投入しない!」(p.144-)を読んで、この中には書かれていないが、こんなことをふと考えた。
 憲法九条の存在によって日本の平和は守られたなどとの愚劣な言を吐く人がいる。しかし、真の事態は逆であり、憲法九条二項によって、日本が正規の「軍隊」をもちえなかったからこそ、北朝鮮当局による日本人拉致という<侵略>を許してしまったのではないか
 荒木は上の一文の中で「北朝鮮による拉致は戦争である」を見出しの一つにしている。そのとおり、北朝鮮にとっては日本人の拉致はかりに散発的であっても軍事行動の一つであり、<侵略>であり、対日<戦争>そのものの一部なのではなかろうか。
 しかるに、政府も拉致をテロとか主権侵害とか言っているが、日本国内から容易に日本国民が実力行使によって<さらわれる>という事態を、日本の防衛問題、安全保障問題の一つと考える思考が些か弱いのではなかろうか。
 北朝鮮の工作員たちが一様に言うのは、日本ほど<侵入>しやすい国はない、ということらしい(むろん不法入国である)。
 荒木は、日本の海岸に突如外国の軍隊が上陸してその地域一を占領し、住民を殺傷し又は拘束して人質にした仮定した場合、「まず敵を制圧して、国民の生命財産と領土を保全」しなければならないが、「警察には許されない」、「軍隊であればこそ許される」と書いている(このあたりは「日本国憲法2.0開発部」とやらの人々に読んでほしいものだ)。
 実際の北朝鮮による日本人拉致は上のような軍事行動よりは小規模だが、不法上陸・日本国民の人身略奪であることに変わりはない。いつぞや北朝鮮の「不審船」が日本の領海内で逃走しつつ自爆して沈下したのち引き揚げたら、相当の重装備の船だった筈だ。拉致被害者を運んだ船も当然に何らかの「武器」で装備されていただろう。
 日本人の拉致に対して、自衛隊が何をしてきたのか、何をできるのか、に関する詳細な知識はない。自衛隊ではなく正式に憲法上も認知された<海軍>・<陸軍>・<空軍>があれば何ができたのかを詳細・正確に述べる能力もない。
 しかし、正規に「軍隊」を持っていれば、あれほど簡単に侵入を許し、女子中学生を含む日本国民が<略奪>されることはなかったのでないか。
 むろん、「軍隊」の行動規範は基本的には法律によって定められるだろうから、「軍隊」という呼称のみから具体的な結論を導くことはできない。
 上のことは承知で再び言うのだが、九条二項によって正規の「軍隊」扱いされない自衛隊があり、<専守防衛>という(相手が明確に攻撃するまで何もするなという)安保政策をとっていたからこそ、北朝鮮の日本人拉致が生じ、少なくとも、被害者の数は増えたのではなかろうか。
 継続的に「軍隊」が領海上を監視し、場合によっては領海内の「不審船」を堂々と攻撃できるような法制であれば、北朝鮮当局も日本人拉致にはより警戒的、より消極的になったのではなかろうか。
 憲法九条二項があるがゆえに、つまりは50年代又は60年代に憲法が改正されて「国軍」・「防衛軍」が正規に誕生するということが無かったがゆえに、北朝鮮による日本人拉致が起きた、と単純化するつもりはない。
 だが、とっくに日本が正規の「軍隊」を持ち、安全保障(「拉致」阻止を当然に含む)に関する政治家や国民の意識が実際とは異なっていれば、70年代以降の日本人「拉致」もまた、その様相は実際に起きたのとは異なっていた、と間違いなく言えるのではないか、と思う。

0142/小林よしのり「ゴー宣・暫」(サピオ5/23号)はスジ論で正しくはないか?

 米国下院の慰安婦日本非難決議案はその後どうなったのだろうか。
 サピオ5/23号(小学館)の小林よしのり「ゴー宣・暫」は、安倍首相等を「事なかれ主義」、「腰砕け」等と非難し、<どの国にも慰安婦はいた。しかし日本には「性奴隷」はいなかった>と明言して闘え、と書いて(描いて)いる。
 安倍首相等の日本政府の言動は岡崎久彦の助言が大きいのではないかと勝手に推測しているが、果たして首尾よくいったのかどうか。
 安倍首相は「気の毒」、「同情する」というだけの気分が強いだろうが「詫び」という語を用いたことは事実だ。そして、日本語の「詫び」という言葉はapologyと訳され、結局は「謝罪」したのと同じことになる。安倍首相を助けるつもりだったのかどうか、ブッシュ大統領は「首相の謝罪を受け容れる」などと余計にも思える発言をしていた。いずれにせよ、安倍個人の本意ではないかもしれないが、いずれかの時点から<河野談話を継承する>の一本槍で済ませてきたのだ。
 よく分からないが、上の小林の主張は正論であるような気がする。また、小林が指摘しているように(p.57)、<広義の強制はともかく「狭義の強制」はなかった>旨をいったん国会答弁したが、狭義・広義うんぬんは「慰安婦の強制連行がなかったと実証された後で、左翼が議論をわざとややこしくして煙を巻くために創った、トリック・ワード」で、安倍首相はこれに嵌ったのではなかろうか(全否定のように米国マスコミに受け止められて批判が生じたようだ)。
 慰安婦問題の火元は朝日新聞で、このトリックを考えたのも朝日新聞だ。朝日新聞のかつての報道さえなければ、河野談話も今日の米国での問題もない。あらためて、売国的・国辱的新聞社だと思う。

0141/中川八洋は一切の「福祉」施策を非難するのだろうか。

 中川八洋・保守主義の哲学を読んでいて、そのままでは従(つ)いて行けないと感じたのは本の最後の残り1/5の中にある。すでにその一つを書いたが、もう一つは「社会的正義」の扱いだ。
 中川は、ケインズ経済学を「自由否定/道徳否定のベンサムの狂気から生まれた」、「ベンサム功利主義を継承するものの一派」で、マルクス経済学と「祖先が同じ血のつながった親類」だとし、日本では「マルクスだけでなく、ケインズからも自らを解放することが急務」だとする(p.338-345)。
 このあたりで既に私には理解が殆ど不能になるのだが、その後中川は、法や法律と「自由」の関係を論じたりしつつ、ハイエクの著・社会正義の亡霊(1976年)に依って、こう書いている。
 <ハイエクの「社会的正義という概念が空虚であり無意味である」との説は正しい。>(p.361)
 <社会正義との概念はJ・S・ミルの本(功利主義、1863)が初出で、「英国のマルクス」で「レーニンと寸分も変わらぬ冷酷で残忍な性格」のミルは「すべての制度も、すべての道徳的な市民の努力も、できるかぎりこのものさし」、すなわち「社会的正義と分配の正義の最高の抽象的ものさし」を「目標にしたものであるべきである」と書いたのだが、ミル・自由論をよく読むと「道徳の放棄と、伝統・慣習を破壊するよう呼びかける」以上の何物でもなく、さらにはミルは「個人の幸福追求を社会全体のために犠牲にすることを目論んでいた」。>(p.362-4)
 <ハイエクの言うとおり、「「社会的正義」の大義名分の下での「所得の再分配」」は「異なった人びとにたいするある種の差別と不平等なあつかいとを必要とするもので、自由社会とは両立しない。…福祉国家の目的の一部は、自由を害する方法によってのみ達成しうる」。>(p.365)
 これはすでに殆ど一種の経済政策論だと思うが、次のようにも書く。
 <「「社会正義」という”亡霊”が迷信の信仰のごとく狂信されている状況のひどさは、そもそも所得の格差が正義に適うとか正義に悖るとかいえないのに、また正義に適うとか正義に悖るとかは人間の道徳的な個人行動に関する用語であるのに、国家(社会)の行政上の権力行使(命令)にそれを期待し要求することでもわかる」。>(p.366)
 「正義」とは「道徳的な個人行動」関係概念で、「所得の格差」とは無関係だ、というわけだ。
 このあと「社会的正義」という語への(中川ではなく)ハイエクによる侮蔑の表現が並んでいる。
 「デマゴギーであり、三文ジャーナリズムであり、責任ある思想家が使用するに恥ずかしい用語」。
 社会的正義に「訴えているのは、その要求が実際には何らの道徳的正当性をもたないのに、道徳的なものだと承認してもらおうとの一種の誘惑行為」。
 社会的正義という「福音は、はるかに野卑な劣情に基づいている場合が多い。…自分より豊かな暮しをしている人々への嫌悪であり、あるいは単なる嫉妬である」。
 これらの主張が全く理解できないのではない。たしかに「「社会的正義」は「平等主義」の母胎から誕生した子どもの一人」だろう。今日の最も重たい問題にかかわる叙述だとも思う。問題又は疑問は「所得の格差」を多少とも是正するための立法者そして行政府による「所得の再分配」政策を一切否定しているのだろうか、ということだ。
 だとすれば、「福祉国家」も現憲法25条の理念も一切が排斥されることになってしまう。
 「社会的正義」という名分によってそれがなされるのを厳しく批判しているのだろうか。このあたりはハイエクそのものを読まないと解らないかもしれない。
 ところで、上のような考え方を知ると、中川も指摘のとおり、規制緩和・民間活用とか言われて「自由」=自己責任の領域が拡大しているかにもみえるが、日本の現状とはまだまだ相当な懸隔がある。「格差」が大きな話題になり、自民党系の候補者までが「格差是正のために~をします」とか演説していることがあるのを先月聞いたところだ。
 中川からすれば恐らく、自民党もまた「福祉」を重視した、半分は「社会民主主義」政党であるような気がする。同党は田中角栄等々によって「ばらまき」もしてきた。決してハイエク的「自由主義」の政党でないことは間違いないだろう。まして、社民党、共産党をや。
 予定どおり、次の読書のベースは、自称ハイエキアンの憲法学者・阪本昌成のリベラリズム/デモクラシー(勁草書房)になる。

0140/読売2007.05.12の橋本五郎記事による憲法学界の状況に寄せて。

 読売5/12朝刊の橋本五郎・特別編集委員の記事はなかなか面白い。この人は今年の1月に、東京大学の憲法学者の長谷部恭男と読売紙上で対談していた。
 憲法改正手続法成立見込みの時点で、「「抵抗の憲法学」を超えて」という大見出しのもとで、現在の憲法学界の状況を紹介・コメントするもののようだ。
 1.現在岩波書店が出版している講座・憲法全6巻のうちの第一巻の「はしがき」にこう書いてある(直接の引用ではない)のを読んで、「違和感を覚えた」という。
 <「戦後憲法は紙屑だ」と言い放っている人たちが「押し付け憲法」であることを根拠に現憲法を葬り去ろうとしている>。
 こんなふうに書かれれば、改正試案を発表している読売の立場もなかろう。従って、改正試案を世に問うたのは「「押し付け憲法」だからというのではない。「紙屑」だと思ったからでもない」、と橋本は反論?している。
 上の<>を「はしがき」を書いたのは第一巻の編者だと思われ、そうだとすると、東京大学の法哲学の教授の井上達夫、ということになる。
 岩波書店(および日本評論社)が出す憲法の講座ものが<公平>・<客観的>である筈がない雑誌『世界』の出版社らしく当然に<偏向>している、と私は思っているので特別の驚きはなく、やっぱりと感じるのだが、本当に法学部の(しかも東京大学の)教授が上のようなことを書いているのだとすれば、空怖ろしいことだ。まともな神経ではない。まともに現実が見えていない(安い古書になれば購入を考えよう。なお、長谷部恭男もいずれかの巻の編集者の筈だ)。
 2.1966年に故芦部信喜東京大学教授(憲法学、1923-99)は、自衛隊違憲論+改正反対論は「政治に対しても国民に対しても、訴える力が非常に弱くなってきている。学説と国民意思が離れすぎてしまっているのではないか」と書いたらしい。
 東京大学法学部には自衛隊についての<違憲合法論>を示した、旧日本社会党ブレイン(と思われる)小林直樹(1921-)がいて、こちらの方は明確な「左翼」だった。世間的には小林直樹ほどは目立っていなかった芦部信喜も、最近に代表的な憲法概説書ということで彼の本の憲法九条の部分を読んでみると明らかに「左翼」だ(いずれ、彼の議論も俎上に乗せるつもりだ)。
 晩年に書いたもののようだが、芦部信喜氏は、評論家ふうに「訴える力が非常に弱くなってきている。学説と国民意思が離れすぎてしまっている」
などと書ける立場の人物ではなかったのではないか。すなわち、訴求力をなくし、学説と国民意思を乖離させた責任の一半は、東京大学教授だった自らにこそあるのではないか。
 同じ1996年に、よくは知らないが芦部の「弟子」(芦部を指導教授とした)らしい高橋和之(現在、東京大学法学部教授・憲法学、1943-)は、自衛隊違憲論を唱えた「大きな代償」として次の2点を挙げた、と橋本は書いている。
 1.<憲法学者は非現実的すぎるという印象を国民に与え、憲法学者の発言の説得力を低下させた>、2.<現実が憲法規範通りにいかないのが通常のことだという意識を国民の間に蔓延させた>。
 私も橋本とともに、「その通りだと思う」。私は日本の憲法学者の殆どを信用していない。おそらくは殆どの憲法学者がフランス革命を平等・人権等のための「素晴らしき市民革命」と理解しているはずだ(あるいは、そういう「囚われ」から抜け出ていない筈だ)。
 3.「特別編集委員」というのは専門雑誌も読むようだ。ジュリスト最新号(有斐閣)で、佐藤幸治・京都大学名誉教授(1937-)は、<憲法学の役割は「批判」・「抵抗」だけでなく「創る」・「構築」も重要だ>旨書いているらしい。高橋和之も、「制度設計」を議論しないで他人の創った制度を「批判」するだけでは「憲法学として半分しかやっていないような気がする」と、「抵抗の憲法学」からの脱却を述べているらしい。
 これらは誤りではなく、適切だ。しかし、私に言わせれば、今頃にこんなことを言っていたのでは遅すぎる。それに高橋の「…しかやっていないような気がする」とは一体何だろう、「ような気がする」とは。
 ジュリスト最新号を購入して、全体をきちんと読んで、再び触れるかもしれない。
 橋本は読売の改正試案発表の動機のようなものを次のように述べている。
 ア「国民の大多数が認知している自衛隊を憲法学者の多くが違憲…と学生に教え」、「政府は自衛隊を…「実力は持っているが…戦力ではない」などと、綱渡りのような解釈でしのいできたのはおかしいのでないか」。
 イ「国連平和維持活動」等の果たすべき国際的責務を「憲法9条があるからできないというのは本末転倒で」、「憲法上きちんと位置づけるべきではないのか」。
 これらはまことに尤もなことだ。ふつうの人間の「常識」・「良識」に合致するのではないか。
 しかるに、過日と同じことの繰り返しになるが、自衛隊は憲法上の「戦力」ではないとの「大ウソ」をつき続けて、<現実が憲法規範通りにいかないのが通常のことだという意識を国民の間に蔓延させた>ままにしようとしているのが、朝日新聞社(若宮啓文)・九条の会等々の面々に他ならない。憲法学者の多くは、正気に戻って、こうした面々を応援・支持することを即刻止めるべきだ。

0139/島根県教育委員会、日本教育再生機構主催集会の後援を拒否。

 産経5/11によれば(izaなし)、島根県教育委員会は、八木秀次が理事長の日本教育再生機構が主催の島根県内での3月のタウンミーティングの後援依頼を拒否した、という。
 同記事によると主催者側は、島根県教委はジェンダーフリー等の講演は後援しているのにと判断基準を問題にしている。県教委は、八木氏の「主義主張」や日本教育再生機構のパンフの記述内容を問題にしており、一方、八木氏は「思想差別」と憤っているようだ。
 この記事だけからすると、フェミニズムに立つジェンダーフリー関係集会についての後援例があるのだとすると、島根県教委の後援する・しないの基準は合理的ではない。それに今回は主催団体の冊子(パンフ)までチェックしているようだが、従来の全ての後援例について主催団体の冊子(パンフ)を事前にチェックしてきたのだろうか。そうでない事例があるとすれば、「平等」・「公平」な行政とはいえない。
 なお、島根県教委は日本教育再生機構のパンフが日本を「国の中心に一系の天皇をいただいてきた伝統の国」としていることを問題視したようだが、象徴天皇制であっても、「国の中心」という表現は誤りではないだろう。また、八木らの団体は政府が進めている教育改革を民間の立場から「応援」するものの筈だ。
 島根県教委はいったい何を考えているのか。島根県教組(組合)の意向を気にしているのだとすれば、この県の教育委員会事務局も心理的に教員組合の「不当な支配」の下にあるのではないか。
 島根県議会の中にいるだろう「まっとうな」議員たちは、県教委の「後援」の運用についてもしっかりと監視し、問題があれば注文をつけるべきだ。

0138/諸君!2007年02月号-冷戦期知識人の「責任」。

 今年の(厳密には昨年末刊行以降の)月刊雑誌の記事で最も印象に残っているのは、諸君!07年02月号(文藝春秋)の、伊藤隆・櫻井よしこ・中西輝政・古田博司による「「冷戦」は終わっていない!」との「激論」(p.34-66)だ。
 具体的な一部分にはすでに言及したかもしれない。
 この「激論」は「戦後日本の負の遺産ともいうべき、冷戦における知識人の戦争責任」につき論じるもので(櫻井、p.35)、「戦争責任」ある「冷戦における知識人」とは、私流にいえば(ソ連・)中国・北朝鮮との「冷戦」中にこれら諸国を客観的にでも応援している(した)者たちだ。
 対論中に登場する順に、一時期のことにせよ批判されている者又は批判的にとり上げられている者の名を生(・没)年の記載もそのまま引用しつつ以下に掲げる。田中角栄(1918-93)、金丸信(1914-96)、野中広務(1925-)、和田春樹(1938-)、大江健三郎(1935-)、丸山真男(1914-96)、大塚久雄(1907-96)、竹内好(1910-77)、加藤紘一(1939-)、河野洋平(1937-)、橋本龍太郎(1937-2006)、山田盛太郎(1897-1980)、石母田正(1913-2001)、井上清(1913-2001)、家永三郎(1913-2002)、遠山茂樹(1914-)、蝋山政道(1895-1980)、大内兵衛(1888-1980)、有沢広巳(1896-1988)、尾崎秀実(1901-44)、西園寺公一(1906-93)、風見章(1886-1961)、横田喜三郎(1896-1993)、石田雄(1923-)、加藤周一(1919-)、南原繁(1889-1974)、中島健蔵(1903-1979)、千田是也(1904-1994)、武田泰淳(1912-1976)、秋岡家栄(1925-)、杉田亮毅(1937-)、清水幾太郎(1907-1988)。
 対談者の専門の関係で日本史学者の名もある程度出てくる(石母田正、井上清、家永三郎、遠山茂樹)、丸山真男、石田雄、南原繁は政治学者だ。秋岡家栄は朝日新聞の元北京特派員、同社退職後は中国「人民日報」の販売代理店の代表とかの御仁だ。過日紹介した「平和問題談話会」のメンバーも多い。
 1955年の南原繁の、「中国では毛沢東主席、周恩来総理、そういう偉大な政治家を持っておる国民は非常に幸福だと思う」との発言が、中国による対日工作との関係で紹介されている(p.57)。この南原繁に対して最大級の尊敬の言を発していた立花隆(1940-)に読んでもらいたいものだ。だが、立花隆もこの南原と同じ考えだったりして!?
 なお、同誌同号には細谷茂樹「金正日をあやし肥らせた言説」との論稿もあり(p.67-75)、タイトルどおりの諸氏の言説が引用・紹介されているので、記録又は資料として価値がある。
 言説がとり上げられているのは、野中広務鳩山由紀夫不破哲三村山富市辻元清美土井たか子日本社会党石橋政嗣小田実都留重人和田春樹坂本義和安江良介(元岩波書店)、松本昌次西谷能雄(以上2名、元未来社)、朝日新聞、だ。

0137/自民党新憲法草案は同党の「最終」案である筈がない。

 安倍晋三首相はカイロでの記者会見で、自民党の新憲法草案について、二次案を作る考えはあるか等の記者(所属は不知)の質問に答えて、<我々はもうすでに案を持っており、それを示すのであり、二次案などは考えていない>との返答をした。生で見ていた際の私の記憶による。正確には、「自民党の新憲法草案を基本に与党、全党で国民的な議論をしていきたい。第2次案の作成はまったく考えていない」と述べたようだ。
 そのときも感じたのは、参院選に向けてはたしかに現在の案しかなくそれを自民党案として示し「国民的な議論」の対象にしてもらうしかないが、最終的な発議や国民投票は早くても4-5年先なので、それまでに<より良い>第二次案、第三次案を考えていけばいいのではないか、現在のものを最終案の如く理解する(その旨自民党総裁たる安倍首相が言明する)必要はないのではないか、ということだった。
 たしかに現在の草案でも党内で相当の複雑な過程を経たもので、それなりの重みが十分にあるのだろう。だが、別の国会議員グループ(民主党議員を含む)はより<保守色>な前文を含む改正要綱を作って5/03に発表した。個人的には、私にだって述べておきたい意見がある。また、2/3以上の賛成を得るためには、この改正要綱とは異なる方向で、または別の点で、現在よりも<譲歩>する政治的判断が必要となることも考えられよう。
 可能ならば、民間憲法臨調の5/03の会合で櫻井よしこや遠藤浩一拓大教授らが話題にしたようだが、「改正の名に値する改正が肝心だ」し、安倍自民党の「保守らしさ」のある改正がむろん望ましい。しかし、国会各院の2/3以上の議員の賛成を獲得できないことには改正発議もできないのだ。
 まだ政治情勢や、各院の議席配分がどうなるかは明瞭ではない。表向きの言い方はともかくとしても、現在の自民党草案がさらに<改正>されるべきなのは当たり前のことと思えるのだが。

0136/中川八洋は華族・士族・平民の復活を主張するのだろうか。

 中川八洋・保守主義の哲学(PHP、2004)の殆どは、少なくとも「なるほど」又は「ふーん」で読んでいけるのだが、ときに、とくに現実の日本に言及する部分には首を傾げたくなるところもある。
 例えば、こんな文がある。
 「日本の現実を見れば、エリートの生産に最小限不可欠な「家」制度が、…極左民法学者の暗躍のもと、旧民法の改悪によって一九四七年に廃止された。”階級”は西洋かぶれで西洋を知らない明治維新の「志士」によって一八六八年に完全に壊された。明治新政府の「四民平等」は、四十年後の日本からエリートを消したように、エリート破壊の刃となった」(p.306)。
 この文は、ルソー等の「平等という、自由の敵」(第六章題)によって「大衆という暴君」(同章第四節題)が登場して「エリートを排除する現代の「大衆人の支配する社会」の強固なメカニズム」のおかげでエリート=「貴族的な生の少数者」=「自然的貴族」が解体することを中川自身が嘆き、明治維新時の「逸材はことごとく武士階級の出身者であったように、階級と伝統ある家族がエリート輩出の源泉である」等として「世襲的家族制度と階級の重要性を強調」した英国籍の詩人・エリオットの「説は正しい」(p.304-6)、と述べたあとで出てくる。
 戦後の家族制度・家族法制(民法)の変化については多少の議論の余地はあるかもしれないし、天皇制度の護持のために「皇続」の範囲を広げようとする議論も理解できるところがある。しかし、中川氏は、戦前の華族・士族・平民という「身分」制度、さらには、明治新政府の「四民平等」政策による士農工商という「階級」区別の解消も、今日まで遺すべきだった、と主張しているのだろうか(そのように読める)。
 新田次郎・藤原正彦父子の祖先は信濃・諏訪藩の藩士(武士)だったようで、藤原が書いている父・新田次郎の子・藤原への接し方や藤原の「武士道」精神への親近感の背景に、旧「士族」の<血>を感じることができる。また、「士族」なら持っていたのかもしれない倫理観・道徳観を現在の日本人は少なからず失った、とも感じる。
 しかし、華族・士族制度の復活、ましてや士農工商という「階級」区別の復活は、もはやあまりにも非現実的だ。中川は日本の解体・衰亡傾向の客観的原因の一つとしてのみ叙述しているのかもしれないのだが。

0135/「平和問題談話会」メンバー等の全面講和・中立・米軍駐留反対論。

 西尾幹二・わたしの昭和史2(新潮社、1998)によれば、実証的根拠・資料は定かでないものの、1949-50年頃「北朝鮮や中国の共産体制を自国のモデルと看做し、讃美してやまない人が知識人の8、9割を占め、国民の過半数に近かった」(p.139)。
 かかる雰囲気の中で、1948年12月に全面講和・中立・軍事基地反対等を主張・提唱する「知識人」たちの「平和問題談話会」も結成された(結成年月は、林健太郎・昭和史と私(文春文庫、2002)p.208による)。
 歴史的に見て当時のこれらの論が誤っており、実際に採られた「単独講和・米国との同盟」論等が適切だったことは明らかだ。全面講和論等の流れは60年安保改定をめぐる国論の分裂の一方を形成することにもなった。全員が本当に親共産主義だったかは別として、「平和問題談話会」の主張の錯誤は明白で、これに参加した「知識人」の責任は「60年安保闘争」への影響も含めてきわめて大きい。
 但し、メンバーの正式な氏名がはっきりしない。西尾・上掲書によれば、35人のうちまずは、安倍能成有沢広巳大内兵衛川島武宜久野収武田清子田中耕太郎都留重人鶴見和子中野好夫羽仁五郎丸山眞男宮原誠一蝋山政道和辻哲郎の15人が判る(p.184-5)。
 さらに同書には、鵜飼信成桑原武夫南博宮城音弥杉捷夫清水幾太郎辻清明奈良本辰也野田又夫松田道雄矢内原忠雄、の11人が記されている(p.253)。
 大学の仕事が忙しくてこの会には参加しなかったようだが、立花隆が尊敬する、だが吉田茂は当時「曲学阿世」と批判した南原繁も、全面講和・中立・反基地論者だった。
 こうした「知識人」は、しかし、なぜ当時全面講和論などを主張したのか。これは十分に研究の対象・課題になりうる。
 西尾幹二少年は新制中学3年だった1950年8月1日の日記にこう書いた―「わが国としては一日も早く講和を結び、独立国になったうえで、はっきりした態度をとるべきだ。それなのになお、全面講和説を唱えているものがある。これは講和はいつまでもしなくてよいと言っている様なものだ」(p.233-4)。
 上記談話会発足後の1950年07月に朝鮮戦争が勃発したのだが、直後に発行の文藝春秋8月号で加瀬俊一はこう書いていたという。
 共産勢力を阻止できるのは実力のみで自由主義諸国の結束以外に平和維持の方法はなく英国労働党も中立政策を危険視している、この期に及んで全面講和を論議するのは「時間の浪費に過ぎない。…南朝鮮が共産軍の侵入によって動乱の巷と化している…この危機に当って、なお空論に拘泥する余裕はない」、全面講和論は「放火によって大火災が起こりつつある時、全市の消防車が集まるまでは消火してはならぬというようなもの」だ(p.225)。
 この朝鮮戦争開始までに1946.03にチャーチルの「鉄のカーテン」演説、1948.06にスターリンによる「ベルリン封鎖」、1949.04にNATO調印、1949.05と同年10月に西独・東独の成立、1949.10に中華人民共和国成立、50.02に中ソ友好同盟条約調等、すでに東西「冷戦」は始まっていた。
 国連軍(米軍)が参戦しても50.08.18には韓国政府は釜山まで後退したが、日本国民は、とりわけ上記の如き「知識人」たちは、日本も共産主義勢力(北朝鮮軍)によって占拠・占領される危険を全く感じなかったのだろうか。上の加瀬の指摘は完璧に適切だ。
 海を隔てた隣国で東西の「代理」戦争=殺戮し合い・国土の破壊し合いが継続していたときに「全面講和・中立」等と主張するのは、15歳の西尾幹二少年が感じていたように、永遠に講和条約を締結しない、つまりは独立=主権回復をしないという主張に等しく、また客観的には東側(ソ連・中国・北朝鮮等)を利するものだったことは明瞭のように見える。
 「知識人の8、9割」の中には本気で韓国・米軍の敗北=北朝鮮・中国軍の勝利と日本の社会主義国化を望んだ者もいたかもしれない(当時の共産党員やそのシンパならこの可能性は高い)。また、どの程度「本気」だったかは別として、多くの「知識人」が漠然とした「社会主義幻想」に支配されていたようにも思える。そしてまた、朝鮮戦争の現実や日本が攻撃・侵略される現実的危険を直視せず、又は直視できず、かつ北朝鮮・中国等を「平和主義」の国と錯覚しつつ、すでに施行されていた新憲法の「平和主義」の理念・理想に依って口先だけで唱えた者もいたかもしれない。いずれにせよ、当時の多くの「知識人」たちの感受性・思考方法は理解が困難だ。
 毛沢東や金日成の政権奪取の経緯もスターリンの「粛清」も知らず、フルシチョフによるスターリン批判や「ハンガリー動乱」は後年のことだったとすれば、ある程度はやむをえなかったのかもしれない。
 しかし、それにしても「一級の知識人」のはずの者たちが、少なくとも今から見れば空想的・観念的と断言しうる主張をしていたのは不思議だ。
 一口でいうと「社会主義幻想」ということになるかもしれないが、その根源・背景を更に突き詰めると、一つは、戦前からの日本共産党等のマルクス主義理論影響だろう。
 いま一つは、皮肉にも日本占領期の<当初に>GHQがとった、読売用語にいう「昭和戦争」中の日本(政治家・軍)は全面的に悪かった・誤っていたという日本人の「洗脳」教育政策と社会主義・共産主義的傾向を危険視しなかった政策だろう、と思われる。
 1949-51年頃、客観的には日本は危険な状況にあった。「大袈裟にいえば歴史の命運がかかっていた」(西尾・前掲書p.252)。単独(正確には「多数」)講和の選択は適切であり、新憲法により「戦力」保持が禁止されていたとあっては米軍の駐留(安保条約)もやむを得なかった。逆の主張をした「知識人」たちは、南原繁も含めて、本当は「知性」が全く欠けていた、と思われる。
 林健太郎・昭和史と私(文春文庫、2002)によって、「平和問題談話会」のメンバーとしてさらに、高木八尺田中美知太郎、の2名が判る(p.208)。
 また、この「談話会」の全員が単独(多数)講和に反対したわけではなく、最初の参加者のうち和辻哲郎蝋山政道田中美知太郎は賛成した、という(p.220)。
 それにしてもこの会への参加者を中心とする「知識人」たちの影響力は大きく、社会党や総評の活動を理論的にも支えたようだが、林によればこの会の発足と「全面講和」等の政治運動への傾斜には清水幾太郎が中心的に働き、かつ安倍能成都留重人という専門・個性の異なる2人が協力したことが大きかった、という(p.215、p.218-9)。
 上で「知識人」の多くが全面講和・中立・反基地論を支持した背景らしきものを2点記したが、林の上の本を読むと、第三に、社会主義国、とりわけソ連による日本人に対する積極的な「反米」・「親ソ連(親社会主義)」工作があったことも挙げてよいようだ。
 かりに日本に「革命」が起こらなくとも、「反米」・「親ソ連」勢力が有力に存在することはソ連の安全・安泰にもつながることだった。1950.01のコミンフォルムによる野坂参三批判等によってスターリンのソ連共産党と日本共産党の関係は良好でなく、むしろ社会党員や同党関係知識人の中にはソ連による何らかの「工作」(と客観的にはいえるもの)を受けた者もいるのではないか。別の本で、後に委員長となった某社会党有力国会議員は「エージェント」だった旨を読んだ(信憑性不確実なのでここではその名は書かないが)。
 全面講和・中立・反基地論の背景の第四としてあえて挙げることはしないでおくが、林健太郎の上の本p.222は「アメリカが日本弱体化のために課した憲法が独特の観念的平和主義を生」んだことにも言及している。そして、安倍能成は「共産党嫌い」だったが「日本がいったん非武装を宣した以上それを破るのは罪悪だという観念論の頑固な信奉者でもあった」とも書く(p.218-9)。
 東欧や中国の行方が明確でないままソ連も含めて「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼」するとの1947年施行の日本国憲法前文の「理想」は、すでに日本人の精神の中にかなり浸透していたのだ。
 また、林は、日本共産党とは異なる労農派マルクス主義(・日本社会党左派)も存在したため、反政府運動は容易に反米=親ソ運動となり、日本の与野党対立を「容易にイデオロギー闘争に転化させる独特の政治風土」を作り出した、という。
 この指摘は、その後長年にわたる自・社対決が(後年の社会党がどの程度本気で社会主義国化を目指したかは疑わしく、個人的には「労働貴族」・国会議員になることを最終の「出世」と考える如き姿勢に近かったとも思えるが、タテマエとしては)不毛なイデオロギー対立となって与野党の現実的・建設的な議論・対立にならなかった原因に関するものとして首肯できる。
 日本政治の不幸は、英国やドイツと違い(社・共のいずれであれ)マルクス主義・共産主義の影響を受けた勢力が強力に残存したことだった。だからこそ、与党=自民党が西欧なら社会民主主義政党が主張するような政策をも実施したのだ、と考えられる。
 清水幾太郎の名が出てきたとあっては、同・わが人生の断片・下(文春文庫、1985、初出1975)の講和条約あたりに目に通さざるをえない。
 同書によれば、「平和問題談話会」の母体となったのは1948.07のユネスコ本部による8名の社会科学者の声明の影響をうけてできた「ユネスコの会」で、この会のメンバーのおそらく全員の名が記載されている(p.87-88)。が、その数は50人で、「談話会」の35人より多い。
 既述の他に渡辺慧が明確に後者のメンバーだったことが判るが(p.101。これで計29人)、尾高朝男阿部知二のほか(p.108参照)、1950年の09.16夜に「丸山眞男、鵜飼信成の両君と…京都へ出発」し翌09.17に「恒藤恭、末川博の両長老に会って…依頼し」とあることからすると(p.113)、恒藤恭末川博も加えてよいだろう。とすると、これで計33名になる(もっとも、既述のとおり、メンバーの中には「単独講和」に賛成した者もいた)。
 要を得ない文章だが、こうした今でも結構著名な人々がかつて全面講和・中立論を説いた(そして多くが60年安保改定に反対したと見られる)。この人たちの「教え」を受けた弟子・孫弟子たちが現在も多数、諸「学界」にいることを忘れてはなるまい。

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0134/「大学の教育学部は左翼の巣窟でもある」。日教組を指導した学者は誰か。

 大和撫吉・日狂組の教室(晋遊舎、2007.06)は簡単に読了。
 最後の八木秀次の論稿を読んで改めて感じたのは、教育行政にとっての村山富市社会党首班内閣誕生の犯罪的な役割だ(p.158あたり参照)。
 最後の頁に、八木はこう書く。「大学の教育学部は左翼の巣窟でもある」(p.160)。
 新潟大学教育人間科学部の世取山某は全くの例外ではないのだ。やれやれ。日本史学(+西洋史学)、政治学、社会学、法学の中のとくに憲法学、経済学の一部、の辺りが「左翼の巣窟」と思っていたが、「教育学」もそうだとは私には盲点?だった

 日教組問題全体についていえば、その運動方針・実際の活動内容等を批判していくことも大切だが、私は日教組(・全教)の教員活動家よりも、日本の教育にとって責任のより重い者たちがいる、と考えている。
 それは、戦後、日教組を「理論武装」させ、指導し、唆した、多くは大学に在籍したと思われる、教育学、歴史学、法学、経済学等々の専門をもつ、マルクス主義者たち、又は社会主義者たちだ。
 時代によって変わっている筈だが、大内兵衛などは戦後すぐに労働組合運動全体を「指導」したに違いない。
 現在でも、日教組系と全教系に分かれているかもしれないが、多くの大学教員又は「知識人」と称される者が教員の「反社会的」あるいは「歪んだ教育」運動を指導し、嗾しているのではないか。
 かつては教育問題に限らない講和問題・安保問題で、「平和問題談話会」に集った知識人・文化人たちが大きな役割を果たした。かつてのこの会等のメンバー名をきちんと特定して記録しておきたい、と思っている。
 現在についても(再述すれば、日教組系と全教系に分かれているかもしれないが)、個々の組合員又は指導部よりも実質的責任は大きいとも言える「学者」たちの氏名リストを何とか作れないものかと考えている。
 5/10発売の週刊新潮5/17号の高山正之のコラムのタイトルは「学者か」だ。慰安婦問題のデタラメ証言を「信じるのは学者だけだろう」で終わっているのだが、日本を悪くしてきているのは、かなりの部分、大学の「学者」様ではないか。肩書などに欺されてはいけない。

0133/安倍首相秘書ら朝日新聞社等を提訴-阿比留瑠比5/09メモ。

 報道されているように、5/09に安倍首相の秘書2名と元秘書1名、計3名が朝日新聞社等を被告として、損害賠償、謝罪広告等を求めて提訴した。
 この提訴にかかわる「詳細な背景」等を知らせてくれるものとして、阿比留瑠比の5/09午後11時台のエントリーはとても重要で、かつ興味深い。
 直接に彼のブログ・エントリーを読めば済むことだが、あえて殆どをコピーして、こちらの方の記録にもしておきたい。
 1.訴状の内容-<原告(元秘書)らが長崎市長銃撃事件を起こした「山口組系水心会幹部から脅かされていた事実は全くない」と指摘…。つまり、週刊朝日に掲載された記事を、その前提から否定…。週刊朝日は、警察庁幹部がそうした内容を証言したと書いていますから、その証言自体がどうなの?、ということ…。関係者は、「冷静に考えて、どうして長崎ローカルの暴力団から秘書が脅かされるのか」と指摘…。
 2.週刊朝日編集長・山口一臣からの直接謝罪の動き(訴状による)-<安倍首相が訪米に出発した4月26日午前10時30分の直後に、週刊朝日の山口編集長から安倍氏に謝罪にうかがいたいとの申し入れがあった…。これに対し、安倍事務所側は、安倍氏が出発後で本人に伝えられないこと、25日付朝日朝刊の隅の小さな、週刊朝日の記事内容に何ら触れることのない記事をもって「謝罪」とする朝日側と会うことはできない旨伝えた…。
 3.週刊朝日編集長からの手紙(訴状による)-<同日、山口編集長から「記事は安倍晋三首相と射殺犯の関係を報じたものではありませんが、一部広告であたかも直接関係があったかのように受け取られる不適切な表現がありました。安倍首相のご発言を聞いて、心の痛む思いです。重ねておわびします」などと書いた手紙が郵送されてきた…。ただ、この手紙の中でも、一番傷ついた元秘書らへの謝罪は一切なかった…。
 4.阿比留のコメント-「こうして見ると、朝日サイドは、なんとかことを穏便に収めようとはしたものの、安倍首相に対して詫びるだけで、一番被害を蒙った元秘書については、眼中になかったようです。安倍氏が何に対して一番怒っているかは、ちょっと自社の元安倍番記者にでも聞けばわかることでしょうに。
 5.請求された謝罪広告文面-《平成19年4月24日付朝日新聞朝刊に掲載された週刊朝日の新聞広告及び同誌記事において、安倍首相の元秘書が長崎市長射殺事件の容疑者が所属する暴力団から脅かされていたとの記事を掲載しましたが、そのような事実はまったくありませんでした。
 なお、平成19年4月28日には朝日新聞朝刊社会面、毎日新聞朝刊社会面、岐阜新聞朝刊社会面及び中日新聞朝刊に「お詫び」と題する記事の中で「記事は、首相の元秘書が長崎市長射殺事件の容疑者の所属する暴力団の組織の幹部などから被害を受けていたとの証言などを伝えたものでした。」と記載しましたが、全く事実に反する記事でした。この記事を取り消させていただきます。
 さらに週刊朝日(平成19年5月18日号)誌上でも「おわび」と題する記事を掲載し、あたかも安倍首相の元秘書がとの広告や記事を掲載しましたが、まったくそのような事実はありませんでした。この記事を取り消させていただきます。
 安倍首相及び元秘書の方並びに関係者の方々には二度にわたり大変な迷惑をおかけしました。衷心より深くお詫び申し上げます。

 なお、「謝罪広告に使用する文字は①表題及び作成名義人の記載は12ポイントのゴシック体②本文は10ポイントの明朝体。大きさは社会面に2段・横5センチと指定」。
 以上。朝日がすみやかにこれを「のめ」ば、朝日側の完全敗北だ。だが、抗弁して争っても完全敗北となる可能性は高い。ただ、その場合の判決確定は数年先になりそうなので(朝日側が主張する証人採用の人数如何によるが)、朝日の打撃はより少ない印象になるかもしれない。
 ともあれ、安倍首相側は(現・元の秘書たちはご苦労だが)朝日による「言論によるテロ」を敵にして、是非とも奮闘していただきたい。

0132/日本語条文の日本人大学教員による読み方の(政治的)「悪例」。

 第8章 地方自治
 第91条の2(地方自治の本旨)
 ① 地方自治は、住民の参画を基本とし、住民に身近な行政を自主的、自立的かつ総合的に実施することを旨として行う。
 ② 住民は、その属する地方自治体の役務の提供をひとしく受ける権利を有し、その負担を公正に分任する義務を負う。
 第91条の3(地方自治体の種類等)
 ① 地方自治体は、基礎地方自治体及びこれを包括し、補完する広域地方自治体とする。
 ② 地方自治体の組織及び運営に関する基本的事項は、地方自治の本旨に基づいて、法律で定める。
 第92条(国及び地方自治体の相互の協力)
 国及び地方自治体は、地方自治の本旨に基づき、適切な役割分担を踏まえて、相互に協力しなければならない。
 第93条(地方自治体の機関及び直接選挙)
 ① 地方自治体には、法律の定めるところにより、条例その他重要事項を議決する機関として、議会を設置する。
 ② 地方自治体の長、議会の議員及び法律の定めるその他の公務員は、当該地方自治体の住民が、直接選挙する。
 第94条(地方自治体の権能)
 地方自治体は、その事務を処理する権能を有し、法律の範囲内で条例を制定することができる。
 第94条の2(地方自治体の財務及び国の財政措置)
 ① 地方自治体の経費は、その分担する役割及び責任に応じ、条例の定めるところにより課する地方税のほか、当該地方自治体が自主的に使途を定めることができる財産をもってその財源に充てることを基本とする。
 ② 国は、地方自治の本旨及び前項の趣旨に基づき、地方自治体の行うべき役務の提供が確保されるよう、法律の定めるところにより、必要な財政上の措置を講ずる。
 ③ 第83条第2項の規定は、地方自治について準用する。

 長く引用したが、これは自民党新憲法草案の<地方自治>に関する章(第八章は現行と同じ、95条は削除。枝番号付きの条項は新設)だ。これらに関するコメント・感想を述べたいのではない。
 この案を見て、市販の本の中で次のように語
っている大学教員がいるのだ。
 「草案の『地方自治』に関する条文から読み取れるのは『教育の財政責任はすべて地方自治体にある』ということ。…地域による教育格差が広がることは否めません」。
 上の草案条項のどこから、かかることが「読み取れる」のだろうか。「教育」経費につき第94条の2①(第一項)のみを見て、②(第二項)「国は、…法律の定めるところにより、必要な財政上の措置を講ずる」等の他の条項は全く見ていないことは明らかだ。
 悪意を持って見れば、ふつうの?花も毒と棘を持っているように「歪んで」見えてしまう好例だ。日本語文の悪しき(全体を見ない)読み方の典型なので、学校の国語の時間や文章読解の時間に(あるいは大学・教育学部の「国語」に関する科目の時間に)「悪い実例」として利用すればいいのではないだろうか。
 上のように「読み取れる」としたのは、前回言及の、新潟大学・世取山洋介別冊宝島1421の日本国憲法特集p.106にちゃんと載っている。
 ついでにこの本(ムック)のさらに若干のものを見てみたのだが、後藤武士「日本一人権を制限されている人」(p.100-)は、天皇陛下にはほとんどの人権が認められていないことを気の毒がっており、じつは天皇制度を無くしたらどうかと示唆していると「読める」<気味の悪い>一文。憲法学者のようである日笠完治による「Q&A入門・日本国憲法」は、10年前でもありそうな、護憲派による陳腐な憲法の説明だった。

0131/別冊宝島・日本国憲法特集号の「奇怪」と新潟大学准教授・世取山洋介の「愚劣」。

 一昨日、軽い読み物のつもりで、大和撫吉・日狂組の教室(晋遊舎、2007)と別冊宝島1421・施行60年!ビジュアル日本国憲法(宝島社、2007.05)を買い、前者は夕食までのあっという間に半分程読んでしまった。
 後者が問題で、元イラク先遣隊長・佐藤正久のインタビュー記事があったりするのだが(未読)、全体として何が主張したいのか、どのような観点から日本国憲法の今日的問題点を整理しているのか、さっばり分からない。
 例えば、兵頭二十八・文となっている「シミュレーション小説・日本が攻められる時/沖縄にある日、C国軍が」は、首相が現憲法は無効と声明しさえすれば、自然法に基づく自衛権により「正規の武力」によってC国軍に対抗できるのに、「誰にも理性と度胸がない」から、沖縄の一小島をC国軍が「実力占拠」するのを「指をくわえて見ているしかない」、と最後の方に書いている(p.98)。
 何と、日本国憲法「無効」論に依って書かれているのだ(兵頭二十八の名は知っていたが、現憲法「無効」論者とは知らなかった)。しかも、実際の防衛が現在の法制と自衛隊によってもこうではないだろうと考えられるデマを紛れこませている(本当に軍事専門の人が書いたのかとの疑いがある)。
 と思ったら、木附千晶「教育基本法改正の真の姿」は、日本で教育基本法が改正された頃の、日本が「取り組もう」としているのと「そっくり」の米国の教育改革はジョージ・オーウェルの小説「一九八四年」の世界そっくりでないか、から始まる。そして、日本の教育基本法改正と将来の憲法改正に明瞭に反対の論調で終わっている。
 だが、この一文はとてもまともな「論文」などではなく、上に紹介した冒頭も含めて、ガサツな思考と論理で喚(わめ)いているだけだ。
 その中で新潟大学の「教育法」専攻者としての「世取山洋介助教授」(4月より助→准)のコメントがけっこう長々と紹介されているが、私は大いに笑って(同時に「嗤って」)しまった。
 彼は、例えばいう。現憲法13条の「公共の福祉」を削り「公益及び公の秩序」に代える自民党憲法草案のように改正されれば、「何が「公益」で何が「公の秩序」を決めるのは国会(国)です。つまり、国会の裁量で個人の自由を伸縮できるのです。これでは明治憲法に逆戻りです」(p.105-6)。
 馬鹿ではないか。現憲法のもとでも何が「公共の福祉」であるかは国会が裁量的に判断しており、その「立法裁量」の合憲性は最終的には最高裁が決定する。「公益及び公の秩序」に変わっても同じことだ。それに、憲法の範囲内で国民代表たる国会が制定する法律が「個人の自由を伸縮」しているのは、これまでも今後も、行われてきたし、行われるだろうことなのだ(規制の強化・緩和によって自由も縮小・拡張する)。
 本当にこんな人がいるのかと思って新潟大学のHPを調べて見たら、たしかに、「世取山洋介」という准教授がいた。しかし、法学部ではなく教育人間科学部。出身大学院は教育学研究科で、要するに「法」には素人なのだ。助言しておくが、「教育法」などという専攻を雑誌に記載させない方がよい。また、このような人に話を聞いた木附千晶の立場も自ずから分かる。
 それにしても、この「世取山」某という人は東京大学大学院教育学研究科で学んだようなのだが、この人と執筆者の木附某の教育観・国家観のヒドさは何だろう。教育学もまた、マルクス主義・共産主義・反権力(国家)幻想に相当に冒された学問分野で、そうした傾向を支持する教育関係運動もあるのだろう(木附某氏は教育関係団体関係者のようだ)。
 木附某によると、今の政府が進める「新自由主義的教育改革をひと言で表現するなら「教育の国家統制」である」らしい(p.106)。また、小泉政権下の2005年の「規制改革・民間開放推進3か年計画」によって「日本の教育は、憲法原理と完全に訣別した」、その後「準憲法」としての教育基本法まで「改正」されたのだ、という(p.108)。
 木附某に尋ねてみたいものだ。今の教育のままで放っておいて貴氏のいう「人間性と個人の尊厳のある「自由な国」」(p.109)は生まれるのか、上記の大和撫吉・日狂組の教室が描くような問題は貴氏には一切見えないのか、「教育の国家統制」はなく
「教育の組合(日教組・全教)統制」なら満足なのか、と。
 というようなわけで、日本国憲法「無効」論者と<極左的>国家観・教育観の持ち主の書いたものが同居している、訳の分からない出版物が別冊宝島1421だ、と思われる(全部を読んでいないが、読む気を失った)。
 憲法問題なら売れると思って、適当に編集したとしか思えない。あるいは全体として「左」の印象だが、議論の質は低い。「創刊人・蓮見清一、共同発行人 富永虔一郎、藤澤英一」とは別冊宝島全体についてなのだろうか。とすると、この本(ムック)については「編集・小林大作」、「制作責任者・伊藤俊之」だ。
 「世取山洋介」とともに、この辺りの人は自らを「恥ずかしく」思った方がよい、と思う。

0130/「きわめて執拗な悪意と恐ろしさ」-朝日新聞社。

 読売夕刊5/09によると、4/24発行の週刊朝日の今西憲之らによる記事<長崎市長射殺事件と安倍首相秘書との「接点」>について、安倍首相の公設秘書2人と元公設秘書1人、計3人が、朝日新聞社、週刊朝日編集長、記者らを相手に総額約5000万円の損害賠償、記事取消し、謝罪広告を求めて、この日、東京地裁に提訴した。朝日の広告のみでなく、記事本体も対象にしている。
 安倍首相事務所の5/09の談話がよい。読売によると、こうだ。
 「根拠薄弱な記事でも、〔安倍〕首相に関することであれば、躊躇なく掲載する判断が朝日新聞社でまかり通っている事実に、きわめて執拗な悪意と恐ろしさを感じる」。
 この通り、朝日新聞は安倍首相に「きわめて執拗な悪意を持っている。彼が若いときから<保守的>活動をしていたことに目をつけていたのだろうが、再度書くと、成功しなかった2005年1月からの<NHKへの圧力>キャンペーンは「きわめて執拗な悪意と恐ろしさを感じ」させるもので、かつ訂正も謝罪もしなかった。
 朝日新聞社は日本国家そのものに対しても「
きわめて執拗な悪意」を持っているに違いない。教科書書換え検定の虚報、「従軍慰安婦」の虚報を放って日本を貶めて、虚報であると分かっても、訂正も謝罪もしない。
 安倍首相が進め、日本を<強く>する憲法九条二項削除等の憲法改正に、この新聞が賛成するわけがない。
 構図は明白だ。安倍政権を長期化させること、憲法改正すること-朝日新聞、そして日本共産党が主張していることとは反対の方向に進むこと、これを選択すると少なくとも相対的には日本はうまくいく。これが戦後の歴史的教訓だ。

0129/日本を益する自由擁護の保守主義系の思想家たち。

 中川八洋・保守主義の哲学(PHP、2004)p.384で表示されている「日本を益する自由擁護の保守主義系の思想家たち」計30名は、つぎのとおりだ。
 ベスト4(没年順)-コーク、バーク、ハミルトン、ハイエク
 その他26(没年順)-ヘイル、マンドヴィル、ヒューム、ブラックストーン、アダム・スミス、ファーガソン、J・アダムス、マディソン、トクヴィル、サヴィニー、バジョット、ディズレーリ、ドストエフスキー、メイン、ブルクハルト、アクトン、ル=ボン、バビット、ホイジンガ、ベルジャーエフ、オルテガ、チャーチル、ドーソン、ハンナ・アーレント、オークショット、カール・ポパー、サッチャー。
 「日本を害する…」に比べて、名前に馴染みのない人が多い(これも、中川によると日本の学界・出版界・教育界に原因がある)。また、作家のドストエフスキー、むしろ政治家のチャーチルやサッチャーを挙げないと30名にならないのが中川の苦労したところだろう(バークも18世紀英国の国会議員だが)。
 ベスト5だと、言及頻度からして、トクヴィル(仏)が入ってくるのではなかろうか。
 中川によると、ロシア革命前に没してはいるが、ドストエフスキーは、レーニン・スターリンの社会主義体制の到来を最も早く予知したロシア知識人で、小説・地下生活者の手記は「反・社会主義宣言」だった。この小説で彼は、自らを「地下生活者」としつつ、地上に立つ透明な「水晶宮」を「内証で舌を出して見せたり、袖のかげでそっと赤んべをしたり、そんな真似のできない」、「個人をガラスごしに二十四時間監視し統制する社会」だと喝破していた、という(p.257-8)。余裕があれば、数十年前に少し手にしたことのあるドストエフスキーの本を反共産主義という観点から読み直してみたいものだ。

0128/フランス共産党の得票率は1%台。

 読売新聞5/09朝刊の「フランスの針路・中」にこういう一文があった。
 <かつて「ユーロ・コミュニズム」の旗手だった共産党の場合は、同党の候補の得票は2%にも及ばず、4位にも食い込めなかった。
 フランスの新聞や雑誌を購読しているフランス通なら知っていたことかもしれないが、フランス共産党に関する情報は一般的には入手し難い。
 上によると、仏大統領選挙の第一回投票に仏共産党も候補者を立てていたが得票率は2%以下、つまり1%台だった、というわけだ。
 かつてミッテラン(社会党)が大統領になった頃は社共連合政権とか言われ、共産党の政権への影響力がどれ程になるかが話題になったものだが、昔日の感がある。1%台というのは、政治への現実的影響力はない、見てよいだろう。
 それに比べて、とまた似たようなことを書いてしまうが、日本共産党は5~10%の票を獲得する(地域によっては約20%もある)。
 同じ先進資本主義国で何故、と再び思うのだが(米・英・独には共産党はなく、類似の政党があっても1%未満の得票率だろう)、やはり、共産党そのもの又は共産党系とはいえないが、しかし明確に反共産主義でもない、朝日新聞社や岩波書店等の出版社、某や某等々のテレビ・キャスター、(「かくれ」であっても)親マルクス主義の大学教員たち(彼らは「教え子」を生み出す)などが日本共産党の回りをとり囲んで、同党を防御しているからだ、と思われる。
 上のような<とりまき>が一斉に親マルクス主義を捨て、反共産主義の立場を明確にして共産主義と「闘う」に至れば、日本でもあっという間に、日本共産党は0~1%台の得票率の政党になってしまうだろう。
 これも、すっぱりと過去と断絶できない<日本的>現象というべきか、日本の<変化>は欧州・フランスと比べると随分遅い。

0127/土橋悦子-船橋市立西図書館「焚書」事件。

 迂闊にも昨年になって知ったのだが、船橋市職員(司書)で当時は市立西図書館に勤務していた土橋悦子という女性職員が、(冊数が多い順に)西部邁、渡部昇一、福田和也、西尾幹二、長谷川慶太郎、小室直樹、谷沢永一、岡崎久彦、日下公人、坂本多加雄、井沢元彦、藤岡信勝、高橋史朗、福田恒存、一団体(所謂「つくる会」)の、同図書館所蔵の著書計107冊を除籍・廃棄した( リストから外して捨てた)。
 うち個人8名等が慰藉料請求訴訟を提起したが、第一審・控訴審ともに請求棄却だった。但し、例えば1審判決は土橋は「原告…に対して否定的評価を抱いていた」、「他の職員に対して原告らの著書を書棚から抜いてくるよう指示して手元に集めた…」、「本件除籍等は、原告つくる会らを嫌悪していた被告A(土橋)が単独で行った」と認定し、市との関係では土橋の行為は「違法」と明言 していた。
 最高裁は2005年7月14日の判決で、「公立図書館の図書館職員が閲覧に供されている図書を著作者の思想や信条を理由とするなど不公正な取扱いによって廃棄することは、当該著作者が著作物によってその思想、意見等を公衆に伝達する利益を不当に損なう」、「公立図書館において、その著作物が閲覧に供されている著作者が有する上記利益は、法的保護に値する人格的利益である」として国家賠償法上も違法となるとし損害賠償請求が認容されるべきものとして破棄差戻した。
 これを受けて東京高裁は2005年11月24日に原告一人3000円+法定利息という少額ながら市への請求を認容した。
 土橋悦子は公務員である。が、人の「思想」・「主張」によって不利に「差別」的に取扱った。「嫌いな」主張者に市の施設(水道や公園等)の利用を拒み、極論すれば市立病院で意図的に不利に扱って死なせることに等しい。
 この人のしたことは、公務員に対する根本規範(職務の公正・中立性)を侵害することの明白な極めて重大で「深刻」な非違行為だ。船橋市長は懲戒減給処分しか土橋にしていないようだが、甘過ぎ、私は懲戒免職処分に値すると思う。
 被害者が「一定」の方向の人々らしいから言うのではない。逆の方向?の人々でも問題の本質は同じ。 右か左かの問題ではない。不正義か正義か、悪か善か、「歪んで」いるか「真っ当」かの問題だ。
 ところで、私は、日本共産党の党員は、彼(彼女)が真面目な党員であればあるほど、明確に日本共産党と反対の立場に立って日本共産党を論難している者が自分の傍らで(他に誰も見ていない場所で)脳梗塞でも心臓麻痺でもいいが何かの原因で死に至りそうになったとき、あえて(救急車を呼ぶ等の)助命措置をとらないのではないか、と想像している。「党の敵」に対しては、日本共産党の微笑に隠された冷酷さ・残忍さが露わになるのではなかろうか。
 日本共産党ではなく、ソ連共産党、中国共産党、朝鮮労働党なら、上のようなことはむしろ当然のことで、現実にあったことだろう(毛沢東が周恩来が癌に罹っているのを知っても一切治療させなかったという話を最近何かで読んだ)。
 マルクス・レーニン主義によれば、「労働者階級」の中にも存在しうる左右の日和見主義者、共産党内部にも存在しうるそのときどきの権力者に対する抵抗者・少数派は「人民の敵」として <抹殺>されてよかった。そうでないと「労働者階級」の権力(プロレタリアート独裁)、その中核の「党」を築き、守ることはできないからだ。
 <人民の敵は(その思想のゆえに)殺してもよい>という考え方は、容易に、<人民の敵が著した本は(その思想内容のゆえに)廃棄してもよい>との考え方に直結する。後者は、生命を抹殺するよりは遙かに寛大な措置だ。
 社会主義国ではなかったからだろう、その信念に基づいて<人民の敵が著した本は(その内容のゆえに)廃棄してもよい>との考え方を実行に移したのが、船橋市役所職員(当時市立西図書館勤務)の土橋悦子だった。
 この人は「何となく左翼」ではなく、日本共産党か又はその他の「左翼」的組織の構成員だろうと推測される。そうでないと、公務員の立場よりも自らの「思想」を優先して、図書館内の気にくわない者(「人民の敵」)の書物を廃棄するという行為にまでは至らない、と思うのだ。

0126/林香里とは本当に「研究者」なのか-文春新書の最低。

 目を通したことのある文春新書の中で最低の本は、かつ種々の新書類の中でも最低の部類に入る本は、あえて明記するが、林香里・「冬ソナ」にハマった私たち(2005)だ。
 最低だと考える理由の大きな一つは、このタイトルの本の中で、日韓関係に関する自らの「歴史認識」を―多数の、対立しもする議論があるにもかかわらず―、単純素朴に曝し出していることだ。
 例えば、「日本は20世紀初頭に海外を侵略した歴史にきちんとした清算をしていないため、…近隣諸国に心から称賛されるようにはなっていない。これに対して、ドイツは、…
(p.173)。
 日本(前小泉首相等)は「国内においては韓国をはじめとする近隣諸国との歴史認識に対する無知と無関心を先延ばしにし、対外的には日本のアジアでの孤立を招いてきた」(p.209)。
 本来のテーマと直接の関係はないかかる断定的文章を歴史や外交の専門家ではない著者が平然と書いているのだ。
 いま一つは、明らかにフェミニズムの立場でこの本のテーマを扱っており、かつそのテーマとは直接の関係はないフェミニズムの主張を紛れ込ませていることだ。
 例えば、「子どもを生み育てること…などなど、女性として…当然のこととして寄せられる社会的役割」、そういう「期待をしている社会の思想的源泉」は「やっかいな「国家」という社会的そして政治的機能である」(p.196。「子どもを生」むことも、女性差別、「社会的」に期待された「役割」かね?、林くん!ω)。
 このような二つの類の主張を―上野千鶴子鶴見俊輔の名前だけをなぜか出しつつ―しているため、極めて読みにくい本でもある。
 これで著者が助教授として属するという「東京大学大学院情報学環」の修士論文審査に合格するだろうか。
 いま一つ、一文を引用しよう。「韓国は、韓流というパワーでもって、日本の男性が築き、守るべき国家と、それに従属した主婦という女たちを切り崩しつつある…」(p.198)。
 こんな文章を読んでいると頭がヘンになる。
 この本はタイトル等からすると、日本のとくに女性が
「冬ソナ」にハマった原因・背景を分析することが目的だった筈だ。そして、私が要約するが、「冬ソナ」にハマったのは、良妻賢母型教育を受け「古きよき時代」への郷愁と外国(韓国)に関する教養主義的心性をもつ中高年女性だ、というのが結論だ(たぶん。ちなみにタイトルの「私たち」の中に著者は含まれない)。
 しかし、何故か、主題と直接には無関係の上のような文章が<混入>しているのだ。
 私は林氏の文章執筆者・論文執筆者としての資格・能力を疑う。だが、と最近気づいたのだが、過剰とも思える、根拠づけ・理由づけなしの言いっ放しの贅言は、この人の、読者に対するというよりも、仲間に対する<信仰告白>なのではないだろうか。新書を書く機会があったから、ついでにアレコレとちゃんと書いておいたよ、安心して!という類のものではないだろうか(原田敬一・岩波新書についても同旨のことを書いたが、この林の方がヒドい)。

0125/中川八洋・保守の哲学(PHP、2004)を全読了。

 一昨日6日の夜に、中川八洋・保守主義の哲学(PHP、2004)をやっと全読了した。
 紹介又は引用したい箇所は多すぎる。全体の論調から日本の現在に即していえば、日本の「保守」言論界や自民党の中にも(中川からみれば)「危険」な思想に毒されていながらそれに気づいていない者が多くいることになるだろう。それだけ、中川の危機意識は強く、現状批判は厳しい。
 「あとがき」の冒頭はこうだ。-「日本は自由主義であるが、教育界・学界・出版界ではいまだに『マルクスとフロイトに代表される迷信の時代』(ハイエク)が続いており、日本は今も『思想における北朝鮮』の観を呈している。日本人の頭が左翼イデオロギーの思想に汚染された、奇怪な状況を見るにつけ、二十一世紀日本とは自由社会ではなく、一九九一年に滅んだ”二〇世紀のソ連”が再来していると思わざるをえない」。
 私も日本の「思想」状況はおかしい、とりわけ社会系・人文系の大学教授たちやマスコミで働く者たちの多くはかなりヒドい、とは思ってはいるが、上のようにまでは書けない(それほどとは思っていない)。
 例えば上の点にも現れているだろうが、中川の議論には従えないと思える点もあり、うーんこの点は私も中川の批判対象になるな、と感じた点もあった。
 いずれ具体的には、明日以降で話題にする。
 今夜は、中川が本文で言及しつつ、「日本を害する人間憎悪・伝統否定・自由破壊の思想家たち」として表でまとめている計30名をそのまま紹介しておく。中川・正統の哲学/異端の思想(徳間、1996)では「正統の哲学」者27人がリストアップされていたが、この保守の哲学(2004)による修正版は次回以降に記そう。
 ワースト6(没年順)-デカルトルソーヘーゲルマルクスレーニンフロイト
 その他24(没年順)-ホッブス、コンドルセ、ペイン、サン=シモン、ベンサム、シェイエス、フーリエ、コント、プルードン、フォイエルバッハ、ミル、バクーニン、エンゲルス、ニーチェ、クロポトキン、ケインズ、マンハイム、デューイ、ケルゼン、ハイデガー、マルクーゼ、サルトル、フーコー、カール・シュミット、ハーバーマス。(以上、p.385)
 かつて中学・高校時代に習ったかなりの世界的「思想」家が含まれている。マルクーゼやサルトルが入るのは当然だろうと思いつつ、ハイデガー、カール・シュミット、ハーバーマスが入っているのはかなり印象的だ。現在でもハーバーマス(の理論)を参考にしようとする人は結構いるのではないか。
 また、中川によればケインズも「日本を害する」。-「道徳破壊のマルクス経済学と、道徳否定のケインズ経済学とは”反道徳”において双生児である」(p.345)。
 ケインジアンはかつての首相の中にもいたし、財務省官僚の中に今でもいくらでもいそうな気がするが、このあたりになると私には殆ど分からない。ハイエクと対比されるのは解るが、一挙にマルクスらと同列にされてしまうとは…。


0124/上野千鶴子らのフェミニズムを批判する本を読む。

 昨秋、小浜逸郎・ニッポン思想の首領たち(1994、宝島社)の上野千鶴子の部分を読んだ。詳しく感想を述べないが、第一に、小浜が酷評している上野の唯一の?研究書(1990)でマルクスが使われているということが印象的だ。マルクス主義やその概念等の悪弊が上野そしてたぶんフェミニズム全般に及んでいる。今日ではマルクス主義は学問的にも本当はほぼ無効に近い筈だ。1990年の本の執筆時点ではまだソ連もチェコスロバキアもあったのかもしれないが。
 第二は、戦後のいわば<男女平等教育>の影響だ。小浜は触れていないが、男らしさ・女らしさや男女の違いに触れない公教育の結果として、社会に出る段階で(又は大学院で)「女だから差別されている」と初めて感じる優秀な女子学生が生じることはよく分かる。フェミニズムなるものも「戦後民主主義」教育・「戦後平等」教育の不可避の所産だろう。
 さらに、渡部昇一=林道義=八木秀次・国を売る人びと(PHP、2000)を読了し、西尾幹二=八木秀次・新国民の油断(PHP、2005)を通読して、フェミニズム・ジェンダーフリー論の帰結のヒドさに愕然とした。前者で八木秀次がエンゲルスの一部を引用しており、マルクス主義とフェミニズムの直接的関係が解る。
 すなわち、エンゲルスは『家族、私有財産および国家の起源』で、家庭内で夫は支配者でブルジョアジー、近代家族は「プロレタリアート」たる妻の「家内奴隷制」で成立とまで書いていたのだ。
 なるほど、マルクス主義とフェミニズムは「個人」のために「家族」を崩壊させる理論なのだ。そして、男女平等といった表向き反対しにくいテーゼが利用されて、「家族」の解体がある程度進行してしまっていることも感じる。その結果が、親の権威の欠如( =親子対等論)等々である。つい先日の5/06の朝のテレビ番組(フジ/関西)でも、藤原正彦は、戦後の「子ども中心主義」、親が子どもに「阿(おもね)る」傾向を嘆いていた。
 さらに、「家族」の崩壊は オウム事件、悪質少年犯罪等と、さらに晩婚化・少子化とも決して無関係でないと考えられる。結局はマルクス主義の影響によってこそ、日本社会は大切なものを喪失してきたのだ。まさに「悪魔の理論」といえる。
 ずばりのタイトルの林道義・フェミニズムの害悪(草思社、1999)では、田中喜美子森陽子鈴木由美子らフェミニストの名が挙げられている。論理的に整然とした批判や反論はそれだけでも読んでいて快い。
 p.262-「フェミニズムの理論は、「働きつづける女性」たちの利害に奉仕するために真理を歪めた理論であり、客観的な根拠を少しももたない党派的なものである。「働く母親」の利益は考えるが、子どものことは考えていない理論である」。
 上にも書いたように、男らしさ・女らしさを否定し、個人を優位に置いて「家族」を崩壊させようとする考え方が、晩婚化、非婚化、小子化と無関係と思われない。また、少年によるかつてはなかったような類型の犯罪の増加はフェミニズムの影響を受けた母親(・父親)の「しつけ」・「家庭内教育」の仕方とも関係があると思える。
 近年までほとんどフェミニズムには関心がなかったが、「亡国」の理論といえなくもない。明瞭な形をとらないで、自治体等の行政施策・教育施策に影響を与えているようだ。
 男女混合名簿くらいはいいが、中学校以上での男女混合健康診断、男女混合体育教育(運動会での混合の騎馬戦等)、男女同室での着替えなどを推進する議論や実践する教師がいるらしい。「気が狂っている」のでないか。男女の区別を無視するフェミニズムは「正気を失わせる」理論だ。
 林道義・家族を蔑む人々(PHP、2005)はまた、フェミニズムの理論的基礎が共産主義にあるのみならず、フェミニズム運動が(日本)共産党等との協力関係にあることも明らかにしている。
 「クリスチャンと共産党と朝鮮勢力とフェミニストは相互にダブっており、密接に協力し合っている」(p.137)。また、フェミニズム運動の「方式」につき、「本当は価値逆転と権力転覆を狙いながら、表向きは誰もが反対できないスローガンを掲げて大衆獲得を画策するというのが、スターリニズム =コミンテルンの一貫して取ってきた戦略であった。この方式を、フェミニストはそのまま踏襲している」(p.152)。
 従って、批判は日本共産党にも向けられている。林の上の本はいう-
階級闘争史観も暴力革命路線も捨てたわけではなかったが、それを表に出さない「大衆組織」を作り上げることによって、一方では党内の原則論者をなだめつつ、他方ではソフトなイメージを前面に出して党勢拡大を図ってきた…。つまり硬軟併用作戦によって「共産党は恐ろしい」というイメージを緩和し、ダメージを少なくすることができた…。換言すれば、本心と表向きの スローガンを違えることによって国民を騙そうとした…」(p.154)。
 近年はかかる批判も新鮮に感じるほど共産党への正面からの批判は少ないが、綱領の「少年少女」読み物化は「ソフトなイメージ」作りのためのものだ。また、民青や新婦人の会等々が「大衆」団体というよりも「党員」拡大の「場」に、「党員」リクルートのための団体に実質的になっていることは広く知られているだろう-「赤旗」読者拡大よりも「党員」数拡大こそ「党勢拡大」の中心的意味なのだ。
 余談だが、宮本顕治は戦前の長年の収監に懲りて、また50年の実質分裂・武装闘争による逮捕者数の増大・党勢(国会議席数)激減に懲りて、二度と多数の逮捕者・収監者を出さない共産党づくりを目指したのではなかろうか。「敵の出方」による暴力(実力)行使の余地を語りつつも実質的にはほとんど「人民的議会主義」とやらの穏健路線をとったのだ。
 
林道義の本では、男性フェミニスト、北田暁大伊藤公雄細谷実小熊英二汐見稔幸各氏も槍玉に挙げられている。
 女性フェミニスト・菅原ますみに至っては「エセ研究」者、「研究者としては完全に落第」と厳しい。
 フェミニスト女性官僚が簡単に?大学に職を得ているのも奇妙又は不思議だが(「女性学」担当なのか)、そもそもジェンダー・フリー、性差否定の立場からすると「女子大」なるものは存在すべきでないのではないか。しかるに、菅原ますみの国立精神神経センタ精神保健研究所→お茶の水女子大、板東真理子の内閣府男女共同参画局長→埼玉県副知事→昭和女子大、橋本ヒロ子の国立婦人教育会館情報交流課長→十文字女子大、といった経歴は自らの「思想」と矛盾しているように思える。「女性学」会は学会ではなく「変革」のための運動体という指摘(p.242)もなるほどと思うし、岩波の宣伝冊子は表向きの「美辞麗句を弄んでいるだけの、空虚な言葉の羅列」との批判は日本共産党やかつての日本社会党の宣伝パンフ・政党ビラを思い出させた。
 ついでに書けば、諸君!11月号(文藝春秋)の秦郁彦「…ジェンダー女帝たちの相関図」も面白く、情報としても意味がある。秦郁彦は「歴史」だけでなく現在のフェミニストたち・「男女共同参画」論にも造詣が深いことにも感心した。
 はじめの1/3では岩男寿美子国費発行英文誌編集長)の失態とその取り繕い方が紹介されている。彼女は「皇室典範に関する有識者会議」の委員の一人だったようだが、女系天皇促進の方向の同会議の報告書は今やただの紙屑になった。三笠宮寛仁親王の発言を歪曲までして外国に伝えた岩男としては残念だったに違いない。
 秦は、上野千鶴子大沢真理猪口邦子科研費不正流用の松本和子等を話題にしつつ、「女性行政」 ?にも論及している。市によっては多数林立?している公立「女性会館(センター)」類の意味・利用のされ方を監視する必要があるが、かかる問題意識の報道は殆どないのでないか。フェミニズムは現実的成果を挙げているのだ…。
 さらについでに、自民党新総裁決定前に、上野千鶴子がjanjanという「左翼」系サイトで総裁候補・安倍晋三等について語っていた。
 それによると、1.「国家主義と家族主義を強化する…最悪の選択だ」、2.安倍政権になると「日本の進路は危うい」、3.「民主党…に期待せざるをえない」、4.「共産党を含む野党共闘」を野党各党はめざすべき。
 フェミニストたちの安倍晋三への考え方について、おおよそ推測しえたことの正しさをきちんと証明してくれていて楽しい。
 朝日新聞とともに彼女たちとも反対の方向の立場を採っていれば、相対的に日本は大丈夫だ。従って、安倍総裁は「最良の選択」だったし、浅野史郎を都知事にしなくてよかつた。
 また、上の4.のように民主党が多くの場合は?否定している「共産党を含む野党共闘」を主張していることが興味深い。やはり彼女(たち)は反・非コミュニズムではなく、つまりは親マルクス主義者なのだ。
 フェミニストたちには尋ねてみたい。「搾取」・「抑圧」をなくし人間を「解放」しようとしている筈の中国・ベトナムで(又は旧ソ連等で)女性は「解放」へ近づいている(いた)のか、と。

0123/5/06のサン・プロに朝日・若宮啓文登場-<文学少女>的。

 昨日のサンデー・プロジェクトは珍しく生で見た。読売、毎日、朝日の論説委員長・主幹の三人が登場して憲法改正問題を論じていたが、録画によって確かめてみると、最初の発言の機会の、朝日・若宮啓文の言葉はこうだった(質問者は田原総一朗)。
 「九条はそのままにしようということですから、九条に関しては護憲です。ただすべての憲法をこのままで何が何でもということではないという意味では、改憲ではないけど、何が何でも護憲というのではないかもしれないけど、しかし九条に関しては今の方がよい、こういうことです。」
 湾岸戦争のようなことが起きたとき、日本は参加するのか? 「平和安保基本法を作ろうという趣旨は、九条はやはり、日本の、きわめて特殊かもしれないけれど、世界に対するメッセージとして、こういう憲法を持ってるんだというのは、資産ではないか。これからいろんな意味で日本が世界のために、世界は大変ですよ、地球のためにいろんな分野で貢献していくうえで、やっぱり九条は持ってた方がよいと、それは国民の多数の意見にもかなうのでないか。
 とくにね、読売新聞もそうだし自民党の案もそうだけれど、九条を変えて自衛軍隊にしようというわけですね。軍隊を持つというのは、そりゃまぁ自衛隊はかなりね軍隊に実体は近いかもしれないけれども、あえて軍隊にしようというのはね、世論調査をやっても、かなり低いんですね。だから、さっき朝日新聞の調査で自衛、ごめんなさい、九条を改正してよいという人は33%ですね。33の中にもね、自衛軍にしたいという人も勿論います。いるけれども、今の自衛隊を九条に位置づけるくらいはいいじゃないか、その方が解りやすいという人もいるわけです。自衛隊はだいたい定着しているのだから。」
 「まぁそこのところはむつかしいところだけど、僕らの判断として、やはり九条はメッセージ性が強いから、このまま変えないでおいておこうと。その代わり、自衛隊の役割は、憲法の意も体して、こういうものだというようなものを基本法で作ったらいいんじゃないかと。」
 太田光の「憲法は世界遺産だ」を社説で取り上げたが、遺産だと思っている?-「遺産というともう終わっちゃった古びたものというんで、遺産という表現がいいかどうかわからないけど、しかし、戦争が終わったときに、日本人の多くも、もうこりごりだ戦争はと思った、アメリカはアメリカでもう日本にこういうことはさせまいと思った。そういうものが合致して、いわば押しつけだけじやなくてね、日本人の多くの意思と合致して、いわば共同で作った、そういう意味での奇跡だと言ってるわけね、彼は」。
 安倍さんたちは占領軍の押しつけだというが、そうじゃないと、占領軍の思惑もあるけれど、日本の側にもそういう熱い希望があった、と?
 「そうです。もちろん、占領軍の強い意思によって、原文が書かれたのは事実だけれども、日本人の多くがこれを非常にホッとして受け入れたわけですよ。そのことを忘れて、何か押しつけられたんだから、いつまでもこれを持っているのが占領体制の継続だというのは、僕はちょっと……。」
 のちの発言もとり上げるとより正確になるだろうが、これだけでも朝日新聞の見解はほぼ分かる。
 第一に、九条維持論の中には違憲の自衛隊を解体又は縮小して、九条という憲法規範に現実を合わせようという<積極的九条実現論>という立場がありうるが、朝日はこの立場ではない。
 朝日(若宮)は「自衛隊は…軍隊に実体は近いかもしれない」ことを肯定しており、「自衛隊はだいたい定着している」とも言っている。現状に大きな変更を加える意向ではないことは、樋口陽一長谷部恭男両教授の考え方と同じか近似している。
 にもかかわらず、九条は変えないと言っているのだから、自衛隊は憲法上の「軍隊」又は「戦力」ではないというウソを今後もつき続けましょう、というのが朝日の考え方だ。言葉の上だけは<日本は軍隊を持っていないのだ>と思って安心したい、又は自己満足したいのだろう。だが、再三書いているが、国家の基本問題について欺瞞を維持することは、国民の、とくに若い世代の規範意識、道徳観念を麻痺させ、損なってしまう。朝日は今後も「大ウソ」大行進の先頭に立つつもりのようだ。
 第二に、「九条はメッセージ性が強いから、このまま変えないでおいておこう」という言葉があるが、「メッセージ性が強い」とはいったいいかなる意味か。リアルな現実ではなく、雰囲気・イメージ・印象を問題にしているとしか思えない。
 また、世界の国々や人々が日本は九条二項を含む憲法を持っていることを知って、可愛いよい子だと頭を撫でてくれるというのか。そして恍惚としていたいのか。<文学少女>的嗜好は、いい加減にした方がよい。
 第三に、憲法制定時の日本人の意識につき太田光の考えも持ち出して何やら言っているが、正確ではない。
 すぐあとで読売の朝倉敏夫がかりに憲法制定過程の初期はそうだったとしても、それは現在に改憲を批判することの根拠にはならないと適切に批判していたが、それはともかく、憲法制定過程の知識が十分ではないようだ。
 1.多くの日本人が「戦争はもうこりごりだ」と思ったのは事実かもしれない。だが、多くの護憲論者には論理・概念のごまかしがあると思うのだが、多くの日本人が「もうこりごりだ」と思った「戦争」は「戦争」一般ではなく、「あのような戦争」、すなわち昭和に入って以降の特定の戦争の如き戦争のはずなのだ。日本語には定冠詞・不定冠詞というのがないのだが、日本人がコリゴリだと感じたのは、theが付いた、特定の「昭和戦争」の如き戦争だろう。冷静に考えて、自衛戦争を含む「正しい」戦争まで一般に毛嫌いしたのだ、とは考え難い。
 2.占領軍自体が、のちに九条(二項)を桎梏視し始めた、という経緯が語られていない。新憲法の審議過程ではまだ<冷戦>構造の構築は明瞭には見えなかったが、1947年に入るとそそろ見え始め、1949年の東西ドイツの分裂国家誕生、共産中国の誕生、1950年の朝鮮戦争開戦によって決定的になった。
 <戦争放棄>、元来の意味での九条二項の趣旨につき占領軍と多くの日本人が一致したとかりにしても、それはせいぜい1946年末までくらいだろう。
 立花隆は九条幣原喜重郎発案説に傾いているようだが、万が一かりにそうだったとしても、幣原以外の日本人は知らなかったとすれば、<日本人が提案した>との表現は誤りだろうと思われる。幣原が秘密に個人的に伝えたものにすぎない。
 占領軍は、1947年以降に<冷戦>構造が明確になるにつれて、日本に九条二項を「押しつけた」ことを、失敗だった、と反省し始めただろう、と私は思っている。そのような政策の失敗(社会主義国陣営の動向に関する見通しの甘さに起因する)を覆い隠すためにマッカーサーは米国に帰国後、九条は幣原が提案したと書き遺した(証言した?)のだと思われる。
 要するに、九条二項は、すみやかに占領軍と米国にとっても邪魔な条項になったのであり、占領軍と多くの日本人の意識が万が一合致したと言えるとかりにしても、それはほんの一時期にすぎない。本当に双方が強く合致していたなら、警察予備隊も保安隊も自衛隊も生まれなかっただろう。
 <夢>を語り得た「ロマンティックな」かつての一時期の存在を根拠に、現在の重要な判断を決しようとするのはきわめて愚かなことだ。
 テレビを観ていて、読売の朝倉主幹の落ち着き・自信と対照的に、朝日・若宮がややエキセントリックな雰囲気を示しつつ緊張している様子を十分に(私は)感じることができた。朝日・若宮は、自社又は自分の主張が、非現実的な、言葉に必要以上に拘泥する、半分は<夢想>の世界を生きている<文学少女>的なものであることを、心の奥底では自覚しているのではあるまいか。

0122/日清戦争又は日ロ戦争に日本が敗北していたらどうなったか。

 歴史のイフを語ってはいけないとの言辞を読んだことがあるが、織田信長が本能寺で死んでいなかったらとか、坂本龍馬が明治維新期に生きていたらとかは、興味あるテーマだ。
 日清戦争に日本が負けていたらどうなっていただろう。日本が勝利したからこそ、(李氏)朝鮮国は中国の服属国ではなく、中国(清)と対等の国家になった。ソウルには今でもこれを記念した「独立門」というのがあるらしい。そして、(李氏)朝鮮国は名も改め、大韓帝国になった筈だ。
 とすると、日本が負けていれば、(李氏)朝鮮国に対する中国(清)の影響力はますます大きくなり、服属の度は強まり、「独立」などはできなかったことになる。そして、当時の清はすでに弱体化していたので、遅かれ早かれ、清とロシアの間で朝鮮半島をめぐる争いが生じていたように思われる。
 次に、日清戦争には日本が勝利したが日露戦争には敗北していたらどうなっていただろう
 手元で確認できないが、司馬遼太郎は「坂の上の雲」に関連して、小説自体の中にではなく別の文章の中で、<朝鮮半島はロシアのものになっていた>と明記していた筈だ。もともとが朝鮮半島をめぐっての戦争だったのだから、朝鮮半島全体がロシアの一部になること、又はロシアの傀儡といってよい政権がロシアの介入のもとで成立したことは十分に考えられる。
 当時は朝鮮半島をめぐって、日本、中国(清)、ロシアが対立していたのであり、日本が二つの戦争に勝利せず、大韓帝国を併合さえしなければ、朝鮮(あるいは大韓帝国)は自主的・自立的に発展を遂げることができた、というのは、とんでもない<妄想>だろう。ましてや、世界一の経済大国になっていただろうなどとの想像は噴飯ものだ(izanamiとかいう人は迂闊にも先日見た際にこう想像していた。他の全てがそうかもしれないが、真面目に書いているとすれば本当に気の毒な人だ。虚偽だと解っていてツッパッて書いているとすれば、これまた本当に気の毒な人だ。ご同情申し上げる)。
 以上のような問いに、原田敬一の日清戦争・日露戦争(岩波新書)が答えてくれている筈はない。この本はそうした問いを発してすらいない。
 だが、当時の東アジアの状況を見れば、日本だけを「悪玉」視して済む筈がない。日本がロシアに負けていれば、日本は朝鮮半島に続くロシアの実質的一部化(社会主義化!)の恐怖に怯えなければならなかった筈だ。
 最後に、言及されているのを読んだことがないテーマがある。すなわち、日露戦争の勝利は、ロシア帝国の弱体化を早め、ロシア革命=社会主義国ロシア→ソ連の成立に寄与したのではないか
 日露戦争にロシアが勝利していてもロシア革命は起こった可能性は無論あるが、その時機を少しは早めたのではないだろうか。日露戦争は祖国防衛戦争だったと司馬と同じように私は理解しているが、それがレーニンらを客観的には助けたのだとかりにすると、身体がむず痒い感触も伴う。

0121/長谷部恭男・東京大学教授の「志の低い」護憲論。

 護憲派(とくに九条護持派)憲法学者の議論を知る必要があり、すでに水島朝穂と樋口陽一には簡単に触れたが、東京大学の現役教授・長谷部恭男についてはまだだ。
 長谷部の教科書も新書本も入手はしているが、未読だ。その他の彼の考え方を窺わせるものを紹介しつつ、コメントしよう。
 長谷部の講演録冊子「憲法を改正することの意味―または、冷戦終結の意味」(自由人権協会、2005)も所持している。これもまともに読んでいないが、講演冒頭と九条改正論に関する質問への回答部分だけは見た。
 それによると、少なくとも考え方の一つとして、長谷部は今の政府解釈(自衛目的の最小の実力保持は可能)を前提とすると、改正しても現状は全く又は殆ど変わらず、時間・エネルギーを無駄にするだけだ、旨を述べている。これも護憲論だろうが、興味深いことに(同じ大学だと<伝染>するのか?)、すでに言及した樋口の「解釈改憲」容認論(と私は理解する)と似ている。
 より正確に長谷部氏の議論が分かったのは、読売新聞の今年1/10と1/17の「憲法学の今」と題する対談記事によってだ。
 1/10で彼曰く、自衛隊の存在は憲法九条違反という「主張は間違いだと思う。そして、1.「非武装こそ人類の理想」 等を主張する人は「特定の価値観で公的領域を占拠しようとして」いる、2.国家が「常備の実力組織をもつのは当然」、九条は「実力組織はなるべく小さくする」という原理だ。
 「価値多元説」に立って「立憲主義の大前提と矛盾する」とする1.は、「公的領域」に関する「特定の価値観」による主張を全て非難・排斥するもので、憲法関連事項も含む「公」的主張は全て許されなくなりそうだ。「特定の価値観」を自分は表明しないとの逃げ道でなければよいのだが。
 護憲派と目されている筈の長谷部が公然と自衛隊合憲の旨を語っているのに驚いたが、上の2.で「なるべく」などと言っていては憲法の法規範的効力を殆ど否定している(又は持たせることを諦念している)に等しいのではないか。
 この人はやはり「解釈改憲」で十分との立場のようだ。そうだとしたら、改憲でも積極的護憲でもない、どちらかというと「志の低い」グループに入る、と考えられる。
 1/17と併せて読んで、長谷部の「理論」はほぼ解った。
 1.「9条を変えたからといって実体が何か変わるわけではない」。
 2.「改憲のために必要とされる審議時間や国民投票などのコストと利益を比較すれば、変える必要があるといえるか」。
 3.憲法には「原理」と「準則」があり、頻繁にでも変えてよいのは後者だ。
 これらのうち1.は明確な誤りだ。解釈改憲には限界がある。軍隊のようで軍隊ではない、という「大ウソ」から訣別し、ヌエの如き組織を正規軍にするだけでも「実体が何か変わる」と言うべきだ。
 2.も誤りだし、不適切だ。長谷部は条文改憲論者でないという意味では護憲論者の一人なのだろうが、反対論というよりもかかる不要論では、既述のように「志が低い」。
 それに、国家の基本問題の審議・国民投票に「コストと利益」の比較分析をするなどはとんでもない間違いだ。かりに利益がどうであれ、民主主義には「コスト」が要る。長くとも3年に一度は参院議員選挙と衆院議員選挙がある(今年も参院選がある)。「コストと利益を比較」してこれらは止めるべき又は再検討すべきと長谷部は主張するのだろうか。長谷部は同じ欄で、逆に「コストと利益を比較」すれば疑問視できる空想的提案をしている。
 長谷部は言う。「国家が費用を出し、国政選挙の前に人々が地域の公民館や学校に集まって「選挙の争点は何であるべきか」を一日かけて討論する、といった制度を作ることも考えられる」。
 かかる討論会?の全国的・全国民的開催は、憲法改正国民投票よりも多大のコストを必要とし、利益はより少ないのではなかろうか。
 穿ち過ぎかもしれないが、長谷部のコストを持ち出しての改憲不要論は、どうしても条文改憲させたくないための苦し紛れの理屈のように見える。憲法改正につき「コストと利益を比較」するという発想自体が率直に言って「想像を絶する」
 3.も疑問だ。かりに「原理」と「準則」に分けられるとして、平和主義(侵略戦争否定)は前者かもしれないが、「軍隊」の扱いはどちらなのかを長谷部は明確に語っていない。かりに前者であるとしても、一切変更してはならない論拠も述べていない(憲法改正の「限界」内のもののみを「原理」と称しているのではあるまい)。
 さらに、現憲法には例えば69条による場合以外に内閣総理大臣は7条(の天皇への助言)を利用して衆院を解散できるのかという解釈上の議論がある不明瞭な問題もある。他にもありうる。これらが全て例えば「権力分立」に関する「原理」上の問題で改正を避けるべき、という結論にはならない筈だ。
 こうして見ると、長谷部は要するに条文改憲をさせたくないのであり、そして条文改憲の内容に関する自己の意見を表明することを避けたいのではないか。つまりは、あれこれとときに難渋な表現を使いつつ「逃げている」のではないか
 上の方で言及した自由人権協会発行の冊子の中で長谷部は、今のままの9条では「わかりにくい」との意見はあろうがそれは9条に限らず21条の表現の自由でも同じだ、などと言っている。今回の座談中でも「国家のやるべき事」は「たくさんある。それを全部憲法に書かねばならないのか」と似たようなこを言っている。
 だが、人権と「公共の福祉」の関係を具体的に又は詳細に憲法に書けないのは当然だが、自衛のための「軍隊」という正規の「戦力」を保持するか否かは憲法に書ける事項だし、むしろ明記しておくべき事項だ。
 頭が良さそうで「良心的」でもありそうな?この長谷部という東京大学の先生、しかも憲法学の教授は一体何を考えているのだろうか。
 対談相手の読売新聞の橋本五郎によると、同じ東京大学の憲法専攻教授・高橋和之は日本の「憲法学者は非現実的である」等と述べているらしい。さらにその他の憲法学者の発言(とくに憲法改正に関する)に関心を持つことにしよう。

0120/中西輝政・日本の覚悟(2005)でも安倍晋三は朝日を批判。

 中西輝政・日本の「覚悟」(文藝春秋、2005.10)の第14章は「「朝日」の欺瞞を国民は見抜いている」で、その初出は、諸君!2005年3月号の「慰安婦も靖國も「朝日問題」だ」と題する安倍晋三との対談だ。現首相の当時の発言を要約し又は一部引用して記録にとどめる。
 1.「A級戦犯分祀」論批判-「A級戦犯」で有罪判決を受けた人は25名で、死刑でなく禁固刑でのちに釈放された重光葵元外相も含む。「中国側の言い分に従って、東京裁判の正当性を認め、A級戦犯の責任を改めて鮮明にするのであれば、重光さんからも勲一等を剥奪しなければ筋が通りません」。
 (なお、重光の他にのちに法相となった賀屋興宣もいる。この旨を安倍は2005年9月にも民主党・岡田克也に答えて述べたが、岡田は有効な反論をできなかった。この対談でのかなり詳しい安倍発言の内容を岡田はおそらく知らないままだったのだろう。)
 2.対NHK「政治圧力」問題a-2001年にNHKが報道した「元朝日新聞記者・松井やよりなる人物が企画した…イベント」である「女性国際戦犯法廷」は昭和天皇を「性犯罪と性奴隷強制」の責任で「有罪」とした異常な「疑似法廷」で、「検事席に座っていたのは、なんと北朝鮮の代表二人。いずれも対世論工作活動を行っているとされ」、日本再入国を試みたときは政府はビザ発給を拒否したような人物たちで、うち一人は「黄虎男」という。2005年01/13のテレビ朝日・報道ステーションでこの旨指摘すると、朝日新聞編集委員・加藤千洋は不審そうに彼は金正日の「首席通訳」なのに「工作員なんですか?」と質問し、かつ自分は彼と「面識があります」とも言った。加藤は「工作」の意味が分からず、かつ「工作」の対象になっていたのでないか。
 (朝日・加藤千洋の「お人好し」ぶりを安倍は皮肉っている。)
 3.対NHK「政治圧力」問題b-「松井氏らの茶番法廷」につき「主催者の意向通りの番組が放送されるらしいというのは、当時、永田町でも話題」だったが「この件について私がNHKを呼びつけたという事実はまったくありません」、幹部が「予算・事業計画の説明に来訪した折、向こうから自発的に内容説明を始めた」のだが、「良からぬ噂は私の耳にも届いて」いたので「私は「公平、公正」にやってくださいね」という程度の発言」はしたが「与党議員、官房副長官として、圧力と受け取られるような発言をしてはならないという点は強く自覚して対処」した。しかし、「朝日は、私の反論、回答要求に、何ら新たな根拠や資料を示すこと」がなかった。
 (周知のとおり、にもかかわらず朝日は謝罪も訂正もしなかった。外部者から成る委員会が「真実と信じた相当の理由はある」などと言ってくれたのを受けて、取材不足だが真実でないとはいえない、と結論づけて自ら勝手に幕を閉じた。外部者の委員会(「「NHK報道」委員会」)の4委員名は、丹羽宇一郎・伊藤忠商事会長、原寿雄・元共同通信編集主幹、本林徹・前日弁連会長、長谷部恭男・東京大学(法)教授、だ。)
 4.「女性戦犯法廷」と朝日の安倍攻撃の背景-2001年頃には拉致問題が注目され始めたので、北朝鮮は被害者ぶることで「日本の世論における形勢を立て直そうとしていた」。そこで、「日本の過去の行状をことさらに暴き立てる民衆法廷のプランが浮上したのでしょう」。2005年の1/12に朝日は中川経産相とともに「事前検閲したかのような記事を載せた」が、「4年も前の話を、なぜいまこの時期に?」。 かの「法廷」に「北朝鮮の独裁政権が絡んでいたことを考えると、私がいま経済制裁発動を強く主張していることと無関係とは思われません」。
 (この指摘は重要だ。安倍は、2005年01月の朝日の(本田雅和らによる)記事と安倍が「いま経済制裁発動を強く主張していることと無関係とは思われません」と明言している。正しいとすると朝日の本田雅和らは北朝鮮と何らかの密接な関係があることになる。もともとの「女性戦犯法廷」が北朝鮮と関連があったことはほぼ明白だが。)
 5.朝日への姿勢-中西の「従来から朝日の安倍さんへの個人攻撃はどう見ても常軌を逸しているとしか思えません」との発言をうけて、「こうした報道姿勢がいかに薄っぺらな、欺瞞に満ちたものであるか」を「国民は見抜いている」、「いままで朝日新聞が攻撃した人物の多くは政治的に抹殺されてきた経緯があり、みな朝日に対しては遠慮せざるを得なかった。しかし、私は…朝日に対しても毅然とした態度をとります。自分は、国家、国民のために行動しているんだという確信があれば決してたじろぐことはない
」。
 以上

0119/保阪正康氏とはいかなる「主義」のもち主か。

 保阪正康とはどういう主義・主張の人物なのか、よく分からない。
 昭和史関係の本を数多く書き、雑誌や新聞に登場しているの周知のとおりだ。昭和天皇「靖国発言メモ」が明らかになった後の文藝春秋の昨年9月号にも、秦郁彦、半藤一利との三人の座談会に出ている。
 保阪はまた、扶桑社から「日本解体」という文庫(扶桑社文庫、2004)を出し、朝日新聞社から「昭和戦後史の死角」という文庫(朝日文庫、2005)を出している。後者の中には、雑誌「世界」初出論稿も雑誌「諸君!」初出論稿も含まれている。扶桑社から朝日新聞社まで、あるいは岩波書店から文藝春秋まで、幅広い?活躍ぶりだ。
 だからと言って、「信頼」できるのかどうか。私にはそうは思えない。
 上の文藝春秋昨年9月号で、保阪は、講和条約までは戦闘中でそのさ中の東京裁判による処刑者は戦場の戦死者と同じ、と自らが紹介している松平永芳靖国神社宮司の見方を、占領軍の車にはねられて死んでも靖国に祀られるのか、「かなり倒錯した歴史観」だ、と批判している。これは、妙な例示も含めて、「かなり エキセントリックな」言葉遣いによる批判だ。
 だが、秦郁彦も発言しているように、「そういう〔松平靖国神社宮司のような〕考え方もある」。占領自体が広くは「戦争」政策の継続で、東京裁判もその一環だった、という見方が完全な誤りとは思えない。
 保阪は読売新聞8/16でも、松平永芳靖国神社宮司について、A級戦犯合祀の根拠を「特異な歴史認識」と批判している。しかし、上に書きかけたように、東京裁判も「戦闘状態」の中でのものという理解は、講和条約発効まで米国等は日本を「敵国」視していることになるので十分に成り立ちうる。東京裁判の検察側証人は利敵行為をしていたことになるとか、吉田内閣は占領軍の傀儡だったことになるとかの批判は、批判の仕方として適切ではないだろう。
 つまるところ、a物理的な戦闘終了=降伏文書交付まで、b「占領」期、c独立(といっても日米安保条約付きだったが)以降、の三期があるわけで、bを前後のどちらに近いものと見るかの問題なのだ。
 そして、bはcよりはaに近いとの見方は十分に成立しうると思われ、「特異な」とかの批判はややエキセントリックだ。保阪はA級戦犯合祀に反対で、その「理論的」根拠を否定したいのだろうが、 A級戦犯等を国内法的には「犯罪者」扱いしなくなったこととの関係はどう説明するのだろうか。
 さらに繰り返せば、1952年4/28発効のサンフランシスコ講和条約の1条aは「日本国と各連合国との間の戦争状態は、…この条約が…効力を生ずる日に終了する」と定めている。同条約は1952年04月28日までは「戦争状態」と明記しているのだ。とすると、東京裁判等(中国での「戦犯」裁判を含む)はまさに「戦争状態」のさ中でなされた「裁判」に他ならず、刑死者は「戦死者」と言っても誤りではない(少なくともそのような見方は十分に成り立つ)。にもかかわらず、昭和史に関する知識が占領・再独立期も含めて豊富な筈の保阪氏は、何故執拗に靖国神社宮司を批判するのだろうか。
 保阪氏はかつて、自衛隊のイラク派遣に反対した。その見解自体の適否をここでは問題にしないが、その理由として、1.小泉首相(当時)が「昭和史」を知らない・学んでいない、2.日本はまだ軍事行動をする体制等をもたないことを挙げていた(同・昭和戦後史の死角p.306-)のは説得的でないと思われる。
 保阪氏はよほど自らの「昭和史」に関する知識に矜持がおありのようだが、上の1.は<結論はいいが理由付け・背景知識が不十分だとして反対する愚論>とどう違うのかと問われかねないだろう。2.についても、日本が軍事行動をする体制等をもてばよいのか、保阪氏は軍事行動をする体制等の整備のために積極的に発言しているのか、との横ヤリ的疑問を誘発しうる。
 朝日新聞の昨年8/26に保阪は登場して、昨年8月15日の靖国参拝者は増えたようだが物見遊山派も少なくないと参拝者増の意義を薄めたのち?、小泉首相靖国参拝に「反対である」と明言し、その理由として靖国神社には「旧体制の歴史観」、超国家主義思想が温存され露出しているので参拝は「こうした歴史観を追認することになる」と言う。
 初めて同氏の見解を知った感じがした。しかし、この理由づけはいけない。
 すなわち、かりに靖国神社に関する説明が正確だとしても(この点も検証が必要だが)、参拝がなぜ「こうした歴史観を追認することになる」のか、の説明が欠落している。
 また、靖国神社が「旧体制の歴史観」を温存していなければ反対しないのか、温存していないと認めるための要件・条件は何なのかには言及がない。
 あるいは、神社は明治以降に軍国主義のために設立されたものだからすでに反対なのか、国家神道の大元だったから反対なのか、神道の宗教施設で憲法違反だから反対なのか、要するにどのような条件・要素がなくなれば「反対しない」のかよくわからない(この紙面のかぎりだと A級戦犯合祀問題とは無関係の理由づけのようだ)。
 また、この朝日上の一文を、保阪は、「無機質なファシズム体制」が今年〔今から見ると昨年〕8月に宿っていたとは思われたくない、「ひたすらそう叫びたい」との情緒的表現で終えている。だが、「無機質なファシズム体制」という一般的ではない語句の説明はまるでない。朝日の編集者はこの部分を用いて「無機質なファシズム体制を憂う」との見出しにしている。解らない読者は放っておけというつもりか。執筆者・編集者ともに、良くない方向に日本は向かっている(私たちは懸命に警告しているのに)旨をサブリミナル効果的に伝えたいのか、と邪推?すらしてしまう。
 よく分からないが、保阪正康とは、昭和に関する豊富な知識を売り物にしつつ、自衛隊のイラク派遣に反対し、靖国神社への「A級戦犯」合祀に反対し、首相の靖国参拝に反対し、朝日紙上で首相参拝が「無機質なファシズム体制」の端緒にならないように願う、という人物なのだ。
 幅広く?多様な出版社の本・雑誌に登場しており、注文主の意向に沿った原稿を書くのに長けた文筆<芸者>的部分のある人かとも思ったが、それは失礼で、上のようにかなり一貫した<反権力・親朝日>あるいは立花隆と同様に<戦後的価値>を全面肯定している人物のように見える。
 というわけで、今年になってからも彼は、文春新書も含めて多数の本を出しているが、一冊も購入していない(安い古書があれば考えよう)。

0118/あまり目立たぬ好コメント連載-産経「花田紀凱の週刊誌ウォッチング」。

 産経5/05花田紀凱の「週刊誌ウォッチング」106回によると(イザ!にはないようだ)、読売新聞と週刊現代は渡辺恒雄氏関係記事をめぐって大ゲンカし、読売は今でも週刊現代の広告を拒否しているようだ。巨人の某選手への金をめぐって再び読売と週刊現代が争っているらしい。
 細かなことよりも、週刊現代のスタンスが読売新聞とは異なる背景を伺い知ることができて興味深い。講談社の週刊現代は論調がほぼ明瞭なサピオを出している小学館の週刊ポスト(井沢元彦の連載がある)との対抗戦略もあって、より反体制的、より反安倍的になっているのかと思っていたが、反読売というスタンスも講談社(の少なくとも週刊現代)にはあるわけだ。
 講談社がやや奇妙なことは、立花隆のかなりひどい内容の本(滅びゆく国家)を出版し、月刊現代2006年10月号の巻頭に中身はほとんど南原繁賛美だがタイトルは「安倍晋三に告ぐ、『改憲政権』への宣戦布告」との立花隆の論稿を載せたことについて、既にいつか書いた。
 花田の上の一文によるとさらに、週刊文春と週刊新潮のGW各合併号を比較すると、「文章の切れ味で「新潮」に一日の長がある」。花田は文藝春秋出身の筈なので、この評価はかなり客観的ではないか。私が買うときは週刊文春ではなく週刊新潮にしているのはきっと正解だろう(但し、販売部数は週刊文春の方が上とのデータを見たことがある)。
 もっとも、出版社自体は、新潮社よりも文藝春秋の方がよい。既述かもしれないが、何を血迷ったのか、不破哲三・私の戦後六十年(2005)を出して「商売」したのは、新潮社だ。
 その前の4/28の花田「週刊誌ウォッチング」105回によれば、週刊朝日5/04+11合併号の「ジャーナリスト・時任兼作、今西憲之+本誌・中村裕」による<山口組水心会と安倍首相の「関係」を-警察庁幹部が激白>という見出しの記事は、週刊ポスト4/13号の「安倍首相政策秘書を襲った『右翼糾弾』に『複雑骨折』の暗部」という“激震スクープ”記事の<後追い>だという。しかも、週刊新潮4/12号が「徹底検証」して週刊ポストの「“激震スクープ”は、安倍内閣の土台を揺さぶるには至らなかった」と皮肉ったらしい。
 朝日新聞社は広告のみならず記事の内容自体についても謝罪したのかどうか。
 それにしても、花田の筆は、少ない字数ながら要領よく、かつ内容は鋭い。かつての部下の勝谷誠彦よりもまだ数段上ではないか。

0117/NHK「憲法九条-平和への闘争/護憲と改憲」の偏向=放送法違反。

 NHKが5/02に放映した「その時歴史は動いた」は憲法九条や60年安保がテーマだった。
 占領終了から60年安保、池田内閣発足あたりまでの歴史を振り返るとき、この番組を生で部分的に、録画を早回しで観てもそうだったが、二つのことを強く感じる。
 第一。占領終了=主権回復後すみやかにではないにせよ、保守勢力は自主憲法制定を目標に掲げたにもかかわらず、日本社会党等の反対勢力が国会各院で1/3以上を占め続けたために、憲法改正=日本人だけの手による自主的な憲法制定ができなかった。この責任の過半は、日本社会党等の反対勢力、所謂「革新」勢力にあり、多数講和論ではなく全面講和論の主張に続いて憲法改正阻止を主張し、日本社会党等を指導・支援した「進歩的知識人」たちの責任は頗る大きい。<60年安保>闘争を煽った人たちも同罪だ。
 1950年代遅くにでも憲法が改正され自衛隊が正規の防衛軍と認知されていれば(自由民主党結成は1955年)、常識的にみて「…軍その他戦力」に他ならない自衛隊を、核兵器を持たないことを除けば世界有数の兵力があるらしい日本の自衛隊を「戦力」とは見ないなどという「大ウソ」をその後50年も継続して吐きつづける必要はなかった。
 「解釈改憲」という名の「大ウソ」なのだが、国家の基本問題についてこんな「大ウソ」をついておいて、まともな国家とは見られないし(東アジア諸国の考えはまた別だろうが省略)、そんな「大ウソ」つきの大人たちを子どもたちが信用して成長する筈がない。若い人たちについて指摘されることのある道徳規範の希薄さ等を、大人たちは批判する資格はないのではないか。
 第二。国会で2/3以上の議席を占める可能性はないと予想したのか、改憲を実質的に諦め、九条のもとで自衛隊の兵力の「近代化」を進めつつも、「大ウソ」をつき続けた自民党、とくに池田勇人内閣の情けなさ。
 その代わりに、種々の弊害・反作用を撒き散らしつつ、「高度経済成長」政策に邁進したのだ。
 次に、それにしても、NHKのこの番組制作者の歴史理解は相当に狂っているのではないか。深夜にある視聴率が低そうなニュース解説で奇妙なことを大真面目で言っていることがあるが、この番組はけっこうな人気番組の一つだろう。そんな番組が奇妙な立場と見解にもとづくものであっては困る。
 明瞭ではないが、「憲法九条-平和への闘争」とのタイトル自体が「憲法九条を守ろうとする闘い」は「平和への闘争」だったということを十分に示唆していそうだった。
 私もまた「平和主義」者であり、「平和」を愛するが、問題は、どうやって現実に「平和」(と安全)を確保するかにある。平和主義と戦争主義などという対立はありえない(侵略された時の非武装無抵抗主義と自衛戦争主義の対立はありうる)。
 九条を守ることのみが平和につながるが如きタイトルは、それ自体が国民を欺瞞するもので許せない。中立的に考えても、保安隊、自衛隊の設置等もまた、日本の「平和」(と安全)を確保するための措置であった、との見方は十分に成り立つ筈で(当時の政府はそう考えていた筈だ)、これを(侵略)戦争と結びつけるのは公平さを欠いている。
 今改めて観てみると、開始後45分辺りで「国民の多くが岸(信介)の政策は九条一項の精神に反し、戦争に向かっていると感じたのです」と松平定知にナレーションで語らせている。
 九条一項のうち自衛戦争の余地を(同項自体は)残している根拠とされる「国際紛争を解決する手段としては」の部分を省略して同条項の内容を紹介している。意識的であれば犯罪的だし、無意識であれば無知も甚だしい。
 岸の政策とは日米安保の60年改定を意味するが、これが戦争につながるのではなく、日米を対等化し、米国に日本を防衛する義務を負わせることで日本の「平和」(と安全)をより確保しようとするものだったことは、<60年安保闘争>参加者の一人だった田原総一朗も同・日本の戦後上-私たちは間違っていたか(講談社、2003)の中で認めている。しかるに、NHKのこの番組は、そういう異なる見解を紹介もしておらず、不公平で<偏向>している。
 それに、「国民の多く」が岸内閣の政策に反対していたなら、1960年の後半にあった総選挙で何故、岸が属していた自民党は第一党のままで、日本社会党は政権を取れなかったのか。NHKの制作担当者はいい加減な言葉を使うな、と言いたい。
 どの程度<60年安保闘争>のことが触れられたかをきちんと観てはいないが、これもまた「平和への闘争」でないことは明らかだ。中心は日本社会党・日本共産党・共産党を離党して共産主義者同盟(ブント)に結集した多数派「全学連」の学生たちで、「平和への闘争」という美しいものでは全くなく、反米・親社会主義国の闘争だった。資本家階級(日本独占資本)に支持されるとする岸政権(すでに日本帝国主義?)と米国(アメリカ帝国主義)に反対して、混乱を生じさせ、あわよくば日本社会党を中心とする政権の樹立を目指した、<社会主義への闘争>だった、というのが本質に近いだろう。
 60年当時日本社会党委員長の浅沼稲次郎(1898-1960)の顔がこの番組に頻繁に出ていたが、この人物は1959年3月の書記長時代に、中国で<アメリカ帝国主義は日中両国人民の共通の敵である>と、彼のいう「毛沢東先生」の前で演説した。
 <60年安保闘争>をどう評価するかについてすでに大きな対立があるのだろう。この<闘争>に参加した(要するにデモに参加という意味だが)立花隆・滅びゆく国家(日経BP、2006)はこれを肯定的に捉えている。私は消極的に評価する。余計なことだが、この<60年安保闘争>のおかげで貴重な青春を犠牲にした多くの青年男女がいた(樺美智子の死はその究極だろう)。
 反米や戦争反対だけならまだよいが、客観的に見てソ連や中国に利することとなる<闘争>など、決して行ってはならなかったのだ。
 NHKは他局以上に、例えば8月には、戦争や安全保障に関する番組を放送することが多いだろう。偶々気がついた番組が以上までに述べたようなものだったので、些か、げんなり、又はうんざりせざるを得ない。NHKの中にも朝日新聞と同様の考え方をもつ者が多いようで、要注意だ。
 ところで、2年前に泣きながら記者会見し、上司が政治家の圧力を受けた「らしい」と語った長井暁は、当然にNHKを辞めているはずだが、まさか居座っていないだろうね。

0116/小山常実・憲法無効論とは何か(展転社、2006)を少し読む。

 日本国憲法「無効」論について、小山常実の別冊正論Extra.06上の「無効論の立場から-占領管理基本法学から真の憲法学へ」を読んで、過日簡単に疑問を書いた。主として、1.「無効」の意味・この概念の使い方、2.「無効確認」主体、の問題だったかと思う。
 この2.については十分な説明がなく憲法学界が無効確認などできる筈がないなどの頓珍漢な指摘もしたのだが、別の方から、国会で可能だ旨の情報も提供していただいたものの、小山常実・憲法無効論とは何か(展転社、2006)によると、正確にはこうだ。この点にかかわる問題のみを今回は主として扱う。なお、小山・「日本国憲法」無効論(草思社、2002年)も所持しているので、「第一書」としてp.数だけを示しておく。
 新憲法制定のための「第一段階の第一作業」は、日本国憲法の「無効と明治憲法の復原を確認すること」で、「法的にいえば、首相他内閣を構成する国務大臣の副署に基づき、天皇が無効・復原確認を行えば十分である」(p.140。第一書、p.248)。
 答えは、天皇なのだ。そして、現日本国憲法を<裁可し、公布せしめ>たのは天皇であり、施行文後の御名御璽の後に「副署」したのは当時の首相他の閣僚なので、いちおう-後述の疑問はあるが-論理一貫している。但し、次の文は、いけない。
 「ただし、政治的には国会による決議がなければ立ち行かないだろう。それゆえ、国会による決議を経て、内閣総理大臣他の副署に基づき、天皇が正式に無効と復原の確認行為を行う形がよい」(p.140。第一書にはないようだ)。
 これは一体何だろう。「政治的には」とは一体何だろう。法的議論をしている筈なのに、「政治的」又は「現実的」な議論を混淆させている。それに「政治的には、国会による決議がなければ立ち行かないだろう」というのも奇妙なことで、法的に全く問題がなければ、「首相他内閣を構成する国務大臣の副署に基づき、天皇が」行うので、それこそ「十分」な筈なのではなかろうか。
 こんな疑問がまず生じるが、できるだけ国民の総意でという形をとるために国民代表で構成される「
国会による決議」を経た方が望ましい、という趣旨だと理解することはできる。
 だが上にいう「国会」とは何だろうか。日本国憲法制定時には国会は衆議院と貴族院で構成されており、貴族院議員も審議に参加していた。ここでの「国会」とは衆議院なのか、それとも貴族院を復活させるのか(無効確認の段階ではまだ復活していない?)、いや参議院を含めるのか、が明らかではないようだ。
 但し、無効・復原確認後の明治憲法改正=真正な新憲法制定については、次のように書いている。
 「明治憲法第七三条によれば、天皇が発議して、貴族院と衆議院で可決されて憲法改正が行われる。貴族院はもう存在しないから、参議院によって代替すればよいだろう」(p.144。第一書、p.248)。
 何とここではあっさりと、参議院をもって貴族院に「代替」させるのがよい、と明記している。しかし、貴族院と参議院とは、第二院という点では共通性はあるかもしれないが、選出方法・構成はまるで異なっている。第二衆議院とか衆議院のカーボンコピーと言われることもある参議院に貴族院の「代わり」をさせるのは、明治憲法七三条の趣旨に適合的なのだろうか。少なくとも、復原した明治憲法の下での議論としては、「貴族院はもう存在しないから、参議院によって代替すればよいだろう」などと簡単に言い切ってはいけないのではなかろうか(明治憲法が復活したとすれば「貴族院」をいったん復活させて新「貴族院」を設置し(議員の選出・構成は難問だが)、憲法改正だけの任を与えることも考えられよう)。
 以上の他、次のような疑問もある。日本国憲法「無効」論が絶対に「正しく」、関係機関又はその担当者は全員がこの考え方を支持してくれる筈だ、という前提に立たないかぎり、当然に生じる疑問だと思われる。
 第一に、国会(この意味が不明なことは既述)が日本国憲法を「無効」と考えず、「無効」という「国会による決議
」ができないことも想定できる。この場合はどうなるのか。
 もっとも、「国会による決議」は「政治的には」
あった方が望ましいものであるならば、これを欠いても、無効・復原が確認できないわけではないということになるのだろう。
 では第二に、かりに天皇陛下は「無効」と考えられても、「首相他内閣を構成する国務大臣」
はそう判断せず、副署もしない場合はどうなるのだろうか。終戦詔勅の場合と同様に首相等の国務大臣は唯々諾々と服従するのだろうか。
 逆に、かりに首相等の国務大臣は一致して「無効」と考えても、天皇陛下はそうはお考えにならない場合はどうなるのだろうか。
 そんなことはあり得ないということを前提として立論されているのだろうとは思うが、しかし、現実的には、こういう場合も想定しての「法的」議論も用意しておかなければならないのではなかろうか(そういう場合は無効確認ができないだけ、という結論になるのだろうか。それなら簡単だが)。
 第三に、より現実的な疑問がある。現日本国憲法を<裁可し、公布せしめ>たのは昭和天皇であり、今上天皇ではなかった。「副署」したのは当時の首相等の国務大臣であり現在の首相等ではなかった。
 当時の天皇陛下や首相等の「本心」・「内心」というものが明瞭に分かる資料は恐らく存在しないのだが、昭和天皇は、こんな明治憲法改正・日本国憲法は「無効」だと思われつつも不本意に<裁可し、公布せしめ>たのだろうか。吉田首相等も、こんな日本国憲法は「無効」だと思いつつ不本意にも「副署」したのだろうか。
 むろん、天皇も首相等も国家機関の一種であり、担当者(?)が変われば異なる意思を持ちうる、という理屈は成り立つ。従って、「
内閣総理大臣他の副署に基づき、天皇が正式に無効と復原の確認行為」を行うことが法的にも事実的にもできなくはない、と考える。
 しかし、現実論としては、昭和天皇等が「無効」だと感じつつやむを得ず「裁可」し「副署」したという事情が明瞭に伝えられていないかぎり、今上天皇等が「無効」との判断に至る可能性は極めて乏しく、現実的可能性は0.1%もないものと思われる。それよりは、天皇と首相以下の国務大臣との間で見解が齟齬する現実的可能性の方がほんの少し高いだろう。
 むろん、上のような事情は日本国憲法制定・施行後60年の「欺瞞」によるのだ、「大ウソ」の教育・報道等によるのだ、と主張したい(であろう)ことはよく理解できる。だがいかに「正しい」理論でも支持者が微少であれば、現実的な「力」をもちえない。「正しい」理論であれば大多数の者によって支持される筈だ、というのは理想かもしれないが、現実は必ずしもそうはならない。
 現在の国会議員にしろ、2005年の両院の憲法調査報告書はおそらく日本国憲法「無効」論に殆ど又は全く言及しておらず、有効論に立っての諸意見を記載しているものと推察される。近年の各政党の有力者の発言を聞いても、日本国憲法「無効」論に立つ発言は一つもない筈だ(日本共産党と社会民主党が現憲法の有効性を前提として、九条墨守論を主張しているのも明瞭なことだ)。
 昨5月3日に護憲・改憲両派を「無効」論に立って批判する集会等もあったのかもしれないが、残念ながら(おそらく)一切報道されていないようだ。
 このような状況を現内閣構成者は勿論、今上天皇陛下もご存知の筈だ。
 日本国憲法「無効」論者にとって、一般国民はまだしも、天皇陛下の支持を獲得することは決定的に重要なことだが、今上(明仁)天皇は日本国憲法を憲法としては「無効」と考えておられるのか。
 以上、要するに、法的にも事実的にも、「内閣総理大臣他の副署に基づき、天皇が正式に無効と復原の確認行為」を行うことが不可能だとは思わない。だが、その現実的可能性は極めて乏しく、ほぼ(絶対に近いほどに)絶望的だ、と考えられる。
 以上のような判断には、そもそも日本国憲法が「無効」とする論拠が必ずしも説得的ではないという理由づけが付着しているのだが、この問題は今回は省略する。
 この機会に別の、誤りだと思う点を指摘させていただく。小山・上掲書p.142はこう書いている。
 旧西独は「半年かけてドイツ人自身が起草した「ボン基本法」のことを、占領下ではドイツ人の自由意思は存在しないという理由から、占領下の暫定的な基本法または暫定憲法にすぎないと位置づけた」/「…旧西ドイツは、占領中は少なくとも永久憲法を作ることは出来ないという立場を明確にした」。
 私は憲法学者ではないが、次のことくらいは知っている。端的にいえば、
「ボン基本法」が「暫定憲法」として位置づけられたのは、「占領下ではドイツ人の自由意思は存在しないという理由から」では全くなく、国土・国民が二つに分裂していたからだ(p.141の条項にいう「ドイツ人民」には東独領域のドイツ人を含むのだ)。
 
「暫定」ということの意味は、「占領」期間に限ってという意味ではなく、将来東西のドイツが統一するまでの「暫定
」、という意味なのだ(首都もフランクフルトにすると永続的印象を与えかねないということであえて小都市・ボンが選ばれた)。
 たしかに1949年9月の西独=ドイツ連邦共和国発足前の「占領」中の同年5月に「ボン基本法」(「ドイツ連邦共和国のための基本法律」)は制定・施行されているが、僅か4ケ月というタイムラグを考えても、「ボン基本法」は西独という一国家にとっての正式の憲法的意味あいを持つ法(正確には特別の性格をもつ法律)として施行されたのであり、西独の発足時にいったん「無効」とされたりはしていない。占領中に施行された憲法(・基本法)が無効なら、その改正も全て「無効」となる筈だが、西ドイツは頻繁に「ボン基本法」を改正してきた。
 従って、西ドイツの例は、日本国憲法「無効」論のために有利には利用できない。
 (なお、東独を吸収・統一して統一国家のための新「憲法」制定となるのかと思ったが、現実的発想というべきか、「ボン基本法」の一条項を利用して東独を併合し、むろん多少の改正をしたうえで「ボン基本法」(正式名称は上記)の名称を改めることなくそのまま旧東ドイツ領域にも適用している。)
 ところで、過日、日本国憲法「無効」論に多少の疑問を示す文章を書いたら、すみやかに「改憲論者の ドアホ!」(実際にはもっと大きい)と色付きで大書した一頁をもつブログ等がTBで貼り付けられた。「ドアホ!」という大きな字を見るのは不快なのでTB不許可の設定にしたら、今度は、同じハンドルネームの人から<TB不許可か、「よくやるね」>とのコメントが送られてきた。
 これも気持ちが悪いので、もっぱらこの人に対する防御を目的として、今のところTBもコメントも不許可にしている。どうかご容赦願いたい
 小山常実は上の著で、「党派を問わず、「日本国憲法」を憲法と認められない全ての方には、…加わっていただきたい」と書いておられる(p.161)。
 私は小山の二つの本を所持し部分的には読み、渡部昇一=南出喜久治の共著も(未読だが)所持している。珍しい、奇特な人間の一人ではないかと思っているが、「改憲論者の ドアホ!」(実際にはもっと大きい)との色付きの大きな字等を貼り付けるなどというのは(色は忘れたし、確認する気もない)、支持者を増やすのを却って妨げることになるのではなかろうか。
 議論は好んでするが、従うか・従わないかと詰問されるような雰囲気は、好みではない。

0115/中川八洋・保守主義の哲学(PHP、2004)はあと70頁。

 勝谷誠彦は<さるさる日記>の2006年12/12にこう書いていた。
 「私はこの国は小泉政権からタライの中を水がザブンザブンと行ったり来たりするようなメディアが囃すと馬鹿踊りが始まる衆愚政治時代に入ったと思っている。
 これを読んで一瞬に感じたのは、では小泉政権以前の時代は「衆愚政治時代」ではなかったのか、とっくに「衆愚政治」だったのではないか、ということだった。森首相、小渕首相、橋本首相…、どの時代であれ、民主主義とは極論すればつまりは衆愚政治のことではないのか。
 民主主義は衆愚政治に陥る危険があるという言い方もされるが、民主主義(デモクラシー)、すなわち直訳すれば大衆(民衆)支配政治(体制)とは、「大衆(民衆)」が全体として賢くなく愚かであれば、もともとの意味が「衆愚政治」のことなのだ。
 こんなことを書くのも、中川八洋・保守主義の哲学(PHP)の影響だろう。民主主義と平等主義とが結合するとき、「多数者の専制」(バークの語)となる。「多数者」の判断が誤っていれば、少数者にとっては我慢できない圧政となる。
 トクヴィルはこう言ったという。「デモクラシー政治の本質は、多数者の支配の絶対に存する」。また、中川によれば、デモクラシーを「専制」又は「暴政」と捉えるのは、「英米とくに米国では普通」のことだという。
 民主主義を最高の価値の如く理解している日本人も多いのかもしれないが、多数の(過半数の)者が支持した決定は相対的には合理的なことが多いだろうという程度のことにすぎず、少数者の判断の方がより合理的でより正しい可能性は客観的にはつねに残されている(何がより合理的でより正しいかを決定するのがそもそも困難なのだが)。
 民主主義という「多数者の専制」を排するために存在するのが、国民により「民主的」に選出された代表が構成する議会の「民主的」な決定(法律の制定等)も憲法には違反できないという意味で、憲法だ。
 憲法は民主主義と対立する、それを制約する価値を秘めてもいることを理解しておいてよいだろう。
 民主主義なるものを最高の価値の如く理解していけないのは、民主主義の名のもとに、「人民の名」による圧政が現実にあったし、今でもあることでも判る。社会主義・東ドイツの国名はドイツ「民主」共和国だったし、北朝鮮の国名は朝鮮「民主主義」人民共和国だ。
 民主主義と平等原理が結合するとき、容易に社会主義への途を開くことにもなる。日本共産党系の大衆団体が「民主」の名を冠していることが多いのも理由がある。民主主義文学者同盟(機関誌は「民主文学」?)、民主青年同盟(民青)、全国民主医療機関連合会(民医連)、民主商工会…。日本共産党が民主主義の徹底を通じて社会主義へという途を展望しているのは、周知のことだろう(日本共産党を支持する多数派の形成は容易に同党の「多数」の名による=「民主主義」の名による一党独裁を容認することになろう)。
 フォン・ハイエクの有名な著は隷従への道(東京創元社)だが、中川によると、このタイトルは「デモクラシーの全体主義への転換」を論じるトクヴィルの次の文章に由来するのだという(p.277)。
 「平等は、二つの傾向をうみ出す。第一の傾向は、…突然に無政府状態になることがある。第二の傾向は、…もっと人知れず、しかし確実な道を通って人々を隷従に導く」。
 なお、ここでの「隷従」状態とは、トクヴィルやハイエクにおいて、「全体主義」の支配を意味する。そして、「全体主義」とは共産主義又はファシズムのことだ。
 安倍首相が、「人権、自由、民主主義、法の支配」の<価値観外交>を進めてよいし、中国との関係では進めるべきなのだが、上の4つの全てについて、~とは何かという厳密な議論が必要であり、現に議論されてもきている。
 中川八洋の具体的な主張には賛成し難い点もあるのだが、読了まであと70頁ほどになった彼の本が、知的刺激に満ちていることは間違いない。

0114/なぜ共産主義は大量殺人に至った(至る)のか?

 ステファヌ・クルトワ等(外川継男訳)・共産主義白書<ソ連篇>(恵雅堂出版、2001)の序p.12は、「共産主義」体制による死者(銃殺・絞首等の死刑、事故や飢餓、放置による餓死、強制収容所送りの際、抵抗した際、強制労働による衰弱・病気等々によるものを含む)の数を次のように書いている。
 ソ連2000万、中国6500万、ヴェトナム100万、北朝鮮200万、カンボジア200万、東欧100万、ラテンアメリカ15万、アフリカ170万、アフガニスタン150万、国際共産主義運動・政権党でない共産党約1万。
 「殺された合計は一億人に近い」。上の数字の合計は、正確には、9436万。
 また、ナチスによる死者数は、占領国市民1500万、ユダヤ人510万、ソ連軍捕虜330万、強制移住による者110万、ジプシー数10万。これらの合計は、2450万+数十万(p.23)。
 訳者解題によると、上の本が1997年に刊行された際、一億人に近い大量殺戮を生んだ共産主義を信奉する政党(共産党)がフランスでなお活動していることに強い抗議が挙がるという反響があった、という。
 また、著者は、ナチズムが断罪されたのに共産主義の「罪」が問われることなく、なぜ共産党政権が中国やキューバになおあるのかとも問いかけているが、序の最後にある「なぜ」の問いかけはこうだ。
 「なぜレーニン、トロツキー、スターリンその他の人々は、自分たちが「敵」と判断したすべての人々を絶滅することが必要だと考えたのだろうか?
 20世紀の最大の問題はナチズム(あるいはドイツ・ファシズム)でも日本軍国主義でもなく、共産主義だった。それは21世紀に入っても続いている。
 ナチズムや日本軍国主義の分析・研究よりも共産主義の分析・研究の方が重要で、かつ現実的(現代的)意味がなおあるのではないか。
 ついでに、上の本の序から1点だけさらに抜粋しておく。ロシアで1825~1917年の92年間に、死刑判決が実際に執行されたのは3932人だが、この数は政権を握ったボルシェビキ(ロシア共産党)によって1917年11月からわずか4ケ月間に処刑された人数よりも少ない(p.22)。
 1億人(共産主義)、2500万(ナチス)という数の大きさは、第二次大戦中の日本人の軍民合わせての戦死者数が約350万とされているのと比べてもよくわかる。
 ところで、中川八洋・保守主義の哲学(PHP)p.256は、ソルジェニーツィンの収容所群島に依ってレーニン、スターリンの殺戮者数を(上の本の2000万ではなく)6600万としている。また、根拠は不明だがp.293には「二十世紀に二億人の人類を殺害した共産主義…」という叙述もある。上の本の一億人近くの2倍だ。
 かかる人殺しの思想・共産主義(マルクス主義)がどうやって生まれたのかを知ることは重要だろう。
 簡単な紹介に馴染まないが、中川八洋によると、(プラトン)→デカルト→ルソー→ヘーゲル→マルクス→レーニン→スターリン→毛沢東・金日成が最も単純な系譜になる(p.242等)。私の不十分な理解によれば、内容的には、社会を完全に合理的に認識でき、人間も含めて変革(改造)できる筈だとする傲慢な「近代合理主義」、現状不満の狂人・ルソーの夢想的「平等主義」(→資産家からの財産没収等)は少なくとも挙げられるべきものだ。
 なお、別の本で知ったのだが、フェミニズムもマルクス主義を淵源にしているようだ。エンゲルスに家族・私有財産及び国家の起源という著があるが、上野千鶴子らの研究書はこれに大いに依拠しているらしい。マルクスやエンゲルスによれば、「家族」・「私有財産」・「国家」はいずれも消滅すべき(又は消滅する筈の)ものだ。フェミニズムが当面は「家族」の解体を志向しているのも納得できる。

0113/諸君!6月号と正論6月号の一部を読む。

 1月前の東京都知事選の浅野史郎敗北の原因につき、諸君!6月号(文藝春秋)の伊藤惇夫「小沢一郎は「化学反応」を起こせるか」は、浅野の「周辺には常に「市民運動家」や「市民グループ」が寄り添っていた」が、「彼らの中には左翼活動家崩れや”プロの市民”が多数紛れ込んでおり、大半が普通の市民でないこと」を「「普通の都民」も敏感に感じとっていた」ことを挙げている(p.105)。
 正論6月号(産経)の佐々淳行「「反石原」勢力の実態は「全共闘」だった」の中身にはこの題に即した部分がないのだが、タイトルが敗因を示唆している。むしろ、同誌同号の遠藤浩一「「保守系」圧勝が示した民意とは」が、浅野の「知名度が上がるにしたがって、左翼リベラル臭も漂うようになった」とし、統一地方選前半を「左翼リベラル」の敗北と総括している(p.127)。
 「左翼リベラル」という語の厳密な意味は問題になりうるが、雰囲気?としては、それぞれに異論はない。何しろ、上野千鶴子が明瞭に支持し、五十嵐敬喜らと集会を開いて立候補を唆したのが浅野史郎だったのだ。
 有田芳生は浅野を批判していたので、彼は、投票したとすれば、(石原慎太郎氏に投票するような御方ではないので)たぶん日本共産党の吉田某に対してだっただろう(ずいぶんとお節介な推測で申し訳ない)。
 ところで、伊藤惇夫、遠藤浩一の各論稿は7月参院選、民主党や「無党派」に言及しているが、必ずしも一致しているわけではない(当然だ)。
 紹介はやめて、私のコメントを付すが、「無党派」なる層が大量に存在していることは日本の政党政治の未熟さ、政党に魅力がないことの現れだし、自民党、民主党ともに(とくに民主党が)その基本的考え方が明瞭ではなく、いずれも(とくに民主党だが)反・非主流派的集団を抱えていることの影響もある、と思われる。
 そして、小沢一郎と旧社会党左派・横路某等が「手を組んでいる」らしい民主党の基本的理念は甚だ解りにくく、自民党と安倍内閣にとっては幸いにも、「無党派」層の支持が参院選でも民主党に集中しそうにはないようだ。
 民主党代表が小沢一郎であることは自民党と安倍内閣にとっては幸いで、清新で自民党よりやや「進歩的」イメージの者が代表であれば、7月参院選では自民党・安倍内閣は完璧に「危険」だったような気がする。
 「無党派」層の大量の存在(と投票率の低さ)の原因は、政治や政治家に関する一般マスコミ・メディアの報道の仕方も大きい、と考えている。細々としたことも含めての政治家の粗探しや、党争的又は政略的な政治家の発言・行動に注目した報道を続けていれば、実際以上に、政治家(と政党)のイメージは悪くなるに決まっている。
 朝日新聞がその先頭にいるだろうが、日本のマスメディアは、<政治不信>をバラマき、社会を安定させず、好んで攪乱の方向に導いているとの印象をもっている。ジャーナリズムとやらを、少し吐き違えているところがあるのではなかろうか。
 突飛だが、社会を安定させず、攪乱させるのは(又はそういうイメージを醸成するのは)、共産主義者の戦略でもあろう。彼らにとって、資本主義社会が落ち着いた、安定した社会であってはならないのだ。良好な秩序がなく、混乱している筈なのだ。新聞・テレビニュースばかりを見ていると、ある程度はそんなイメージも持ってしまう。日本の多くのマスメディアは、客観的には「共産主義者たち」に奉仕している

0112/日本統治協力者の子孫の財産没収をする韓国、協定無視の北朝鮮。

 読売5/02夕刊によると、韓国の大統領直属の某機関は李完用等の日本統治協力者「親日派」9人の子孫から計(日本円で)4億8000万円の財産を没収することを決定した、という。
 民族・国家にとっての歴史的「悪玉」をのちの国家・政府が「公定」してしまうというのも異常だが、その「悪玉」たちの子孫から財産を没収するというのもきわめて異常だ。
 祖先に「犯罪者」がいたとして、その罪が子孫に及ばないのは近代又は「個人主義」の時代では当然のことだろう。ましてや、1910年の日韓併合条約の署名者等は「犯罪者」なのか。
 韓国には憲法裁判所があるが、すでに根拠法律について合憲判断をしているのだろうか。日本であれば、このようなことを認める法律は、平等原則違反、合理的理由のない財産権の侵害として、簡単に違憲と判断されるだろう。
 上に関する記事の隣に、米国ライス国務長官の、北朝鮮に対する「忍耐力は無限ではない」等の、麻生外相・久間防衛相との会談後の記者会見要旨が載っている。
 産経の同日夕刊によれば、北朝鮮は2月の六カ国協議での二ヶ月以内にとの「約束」を履行せず、履行期限の4/14をもう二週間過ぎたらしい。
 そもそも北朝鮮という国家の指導部に「約束(協定)を守る」という観念など全くないのではなかろうか。これまた異常だ。
 何やらいつも怒っているようなブログタイトルのizanamiはきっと、上の二つの国の「異常さ」を「異常」とは感じないのだろう。
 izanami氏に対してizanamin氏が反論ブログを開始された。izanamiの方は読む気はしないが、izanamin氏の方はときには訪れるので、頑張ってほしい。
 私もizanami大批判を専用ブログで毎日繰り広げたいところだが(関係文献も沢山所持しているので資料には困らないだろう。ハンドルネームは「izanamia」でどうか?)、時間的余裕がないし、もう一つブログページをこのイザ!に持てるのかどうか分からない。

0111/朝日新聞は拉致問題を慰安婦問題でチャラにする。

 朝日新聞3/28付夕刊の「ニッポン人脈記」連載・安倍政権の空気16の大きな見出しの一つは「少女に甘言「拉致と同じ」」だ。
 本文では、吉見義明(中央大学教授)が、<拉致被害者も…「甘言」にだまされ、連れ去られた例がある。朝鮮人の少女が業者から…と戦地の軍慰安所に送られたのもまた、「甘言」による「拉致」ではないか>、「安倍さんが拉致問題に熱心に取り組むのは正当だけれど、従軍慰安婦にも同じ態度で臨まないと国際的に理解されないんじゃないか」、と述べている。むろん、朝日新聞の見解とも共通するものと考えられ、この記事の全体は早野透が書いている。
 以上のような考え方が、北朝鮮当局の主張をサポートするものであり、拉致被害家族会の人びとの神経を逆なでするものであることは、論を俟たない。
 なぜこの問題をとり上げたかというと、サピオ5/09号(小学館)で井沢元彦がこの記事を紹介しつつ批判・反論し(上の叙述は主としてこれによる、p.35以下)、月刊WiLL6月号(ワック)でも山際澄夫が「朝日新聞こそ「従軍慰安婦」捏造を批判せよ」の中でやはりこの記事を取り上げて批判・反論しているからだ(p.80以下)。
 二つの雑誌(他の雑誌にもあったかもしれない)で二人の論客が共通に同様の批判を加えているのだから、よほど目立った「朝日らしい」ヒドい記事だった、と言える。
 批判・反論の詳細を繰り返さないが、国家によるテロと言える現在も続いている拉致と、上の文章でも「業者」の「甘言」によるとされている過去の慰安婦「連行」とを<同じ犯罪だ>とし、そして最後には安倍首相批判につなげる手口は、さすがに朝日新聞だ。2007年3/28(夕刊)は、朝日の「恥辱と愚劣の歴史」に項目を一つ加えることになったに違いない。
 なお、 金正日が拉致の事実を認めたあとの、社民党・辻元清美の言葉はこうだった。
 「9人や10人の拉致がナンボのもんじゃい。日本は北朝鮮に仰山迷惑かけた。それを謝罪も補償もようせんと、返せ返せというのはフェアじない」(月刊WiLL4月号で堤堯氏が「」付きで紹介していた)。
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  • 1181/ベルリン・シュタージ博物館。
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  • 0800/朝日新聞社説の「東京裁判」観と日本会議国際広報委員会編・再審「南京大虐殺」(明成社、2000)。
  • 0799/民主党・鳩山由紀夫、社民党・福島瑞穂は<アメリカの核の傘>の現実を直視しているか。
  • 0794/月刊正論9月号の長谷川三千子による朝日新聞、竹本忠雄による「厄災としてのフランス革命」論。
  • 0790/小林よしのり・世論という悪夢(小学館101新書、2009.08)を一部読んで。
  • 0785/屋山太郎と勝谷誠彦は信用できるか。櫻井よしこも奇妙。
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