秋月瑛二の「自由」つぶやき日記

政治・社会・思想-反日本共産党・反共産主義

2727/生命・細胞・遺伝—03。

 ①宇宙一②地球—③生物(生命体)—④遺伝子・分子—⑤素粒子。
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 「細胞」は種々に分類されるのだろうが、つぎの二分が、まずは関心を引く。
 第一に、「体細胞」と「生殖細胞」の区別。後者は精子、卵子、初期胚など。
 精子・卵子は圧倒的多数の「体細胞」と違って減数分裂により生まれ、23本の「染色体」しかもたない。そんなことよりも、つぎの重要な違いをゲノム編集に関係して、秋月は知った。
 すなわち、「体細胞」はゲノム編集の対象にすでになっている。換言すると、〈クリスパ・キャス9〉という「遺伝子」改変・「ゲノム」編集の方法がすでに適用されているのは、「体細胞」だ。一方、「生殖細胞」のゲノム編集については論議があり、大勢的な一致はない。但し、中国人研究者が(アメリカ留学で得た知識・技術を発展させて)中国で初期胚をゲノム編集し、それを女性に移植し、その女性は双子の女の子を出産した「事実」がある、とされる。
 前者のゲノム編集の影響・効果は一世代に限定される。致命的疾患を発現させているような「体細胞」内の遺伝子が改変されても、その改変(・ゲノム編集)は次世代に影響を与えない。一方、遺伝子が改変された「生殖細胞」はその子どもの「生殖細胞」(女性だと卵子)に継承される。
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 第二に、「再生系細胞」と「非再生系細胞」の区別。
 前者・「再生系細胞」は、増殖したり、分化したりなどをする。新しい「細胞」に<再生>しうる。
 後者・「非再生系細胞」は、増殖・分化しない。ヒトの場合、初期胚・胎児は増殖と分化を繰り返して「成長」するが、母体から離れるとき(新生児となるとき)以降は、心臓を拍動させる「心筋」細胞と脳内の「神経」細胞(ニューロン)は、もはや増殖することがない、とされる。
 心筋梗塞や脳梗塞によって「壊死」した「心筋細胞」や「神経細胞」はもはや<再生>することがない。なお、例外は全くない、のではない、とされる。
 この区別に表向きは隠されているようでもある重要な意味は、ヒト、つまり人類、人間の「細胞」や個体の「死」ないし「死に方」と密接な関係があることだ。
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 「再生系細胞」が増殖するとは一つの細胞から二つの、そして四つの、…10回で1024個の同一の細胞が生まれることだ(限界まで増殖はつづく)。かつまた、元の、増殖前の細胞が「死ぬ」ことも意味している。
 「分化」の場合も同じ。異なる細胞に「分化」する前の元の細胞は「死ぬ」。
 上で「増殖したり、分化したりなどをする」と「など」を挿入したのは「死ぬ」こともあるからだ。
 ここで「死」という言葉、概念を使うのは紛らわしいかもしれない。あくまでも「細胞の死」であって、通常は「死」の意味で用いられているだろう「個体の死」ではないからだ。その意味では、「消滅」の方がよいだろうか。だが、生命体の基本的単位である「細胞」についても「死」を語って奇妙ではないし、逆に、「個体の死」もまた、「個体の消滅」だ。
 「細胞の死」またはその仕組みのことを<アポトーシス>と言うことがある(下掲書によると1972年に初めて提唱された)。
 そして、この現象または仕組みはヒトを含む多細胞生物にもともと内在しているものとされる。「プログラム化された」死であり、「遺伝子によって支配された」死だ。
 人間の身体の「細胞」は数ヶ月ごとに、あるいは毎日もしくは何時間かごとに「入れ替わっている」、とか言われることがある。上記の「心筋」細胞、「神経」細胞以外の全ての細胞にこれは当てはまる。血管を構成する細胞の一つである「赤血球」についても、肝臓の「肝細胞」についても言える。きりがない。
 アポトーシスは、「細胞がさまざまな情報をみずから総合的に判断して、遺伝子の発現にもとづいて自死装置を発動する」ことで起きる(下掲書)。
 役割を果たし終えた細胞、異常になった細胞が「自死」し、生命体に不要または有害な細胞が除去される。これは生命体たる個体の維持にとって重要だ。
 なお、「細胞の死」がつねに個体にとって好ましいわけでは勿論ない。個体の維持に必要不可欠の細胞群が<外界からの襲撃>によって死んでしまえば、「個体の死」に直接につながる。また、「外界」からの影響を無視するとしても、個別の細胞が<分裂>して「細胞の死」が発生する回数には限界がある、とされている。その限界に達してくると、個体の<老化>が顕著になり、「個体の死」と密接に関係する「非再生系細胞」の機能の低下にもつながってくる。「再生系〜」と「非再生系〜」が無関係であるはずはないからだ。
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 実際には「ふつうの」または正常な「細胞の死」だけが生じているのではない。同じことだが、細胞の全ての「増殖」等が正常に行われているわけではない。
 ついでに記しておくが、①細胞が「自死」しないで異常に増える場合—癌(悪性リンパ腫も)、ウイルス感染等、②細胞が異常に「自死」しすぎる場合—エイズ、神経変性疾患(アルツハイマー病等)、虚血性疾患(心筋梗塞、脳梗塞等)等。
 ここに見られるように、「心筋」細胞等は<再生>しない「非再生系細胞」だが、「自死」=アポトーシスはありうる。「脳梗塞」による細胞減少=一部または特定部位の「細胞の死」は、いわゆる<後遺症>を生じさせることもある。
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 「生殖細胞」は「再生系細胞」に含まれる。そして、異常なそれは、早い段階で除去される(=「自死」を余儀なくされる)。受精卵、初期胚も「生殖細胞」の一種だ。
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 「脳死」を別とすると、人間・個体の「死」の判断基準は、①心臓の拍動の停止、②肺の呼吸の停止、③瞳孔反射の不存在、の三つを充たすこととされてきた。
 この③が「神経細胞」の機能停止を少なくとも含んでいるとすると、①が「心筋細胞」、③が「神経細胞」の機能停止を意味している。そして、この二種の細胞はともに「非再生系細胞」であることはじつに興味深いことだ。
 これら(一部を含む)も、「再生系細胞」と同様の「死に方」をすることがある。しかし、興味深くかつ重要なのは、これらの「非再生系細胞」は個体自体の「死」と密接に関係している、とされることだ。
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 <君たちはどう生きるか>と問うてもよいが、<私たちはなぜ死ぬのか>と問うてもよい。
 ヒトははるか昔から、自分たちは永遠には生きられない、必ず「死ぬ」と、理屈はわからないままで、<経験的に>知ってきたに違いない。
 ヒト・人間には、「寿命」がある。なぜか。
 これは、ヒトという生物「種」がそのようなものとして生まれてきた、またはそのようなものとして「進化」してきた、と理解するほかないだろう。
 「細胞の死」と同じく、「個体の死」もまた、 「プログラム化された」死であり、「遺伝子によって支配された」死だと考えられる。
 もちろん、「種」として把握した場合のことであって、個々の人間の「寿命」・いつ死ぬかが、あらかじめ当該の人の「遺伝子」によって決定されている、という意味ではない。個別の個体次元では、「遺伝子」のほかに、生涯全体で受けてきた「環境」要因を無視することができない(長生きしようという「意欲」または「努力」が全くの無駄でもあるまい)。
 しかし、150歳、140歳、130歳まで生きた、という例を、(少なくとも秋月は)全く聞いたことがない。これはいったいなぜなのだろうか。高齢化社会となり、平均寿命も平均余命も長くなっていけば、ヒト・人間は(戦争や自然災害等を無視するとしても)過半以上の者たちが150歳、200歳まで生きるようになる、とは思えない。そうなるためには、よほどの「突然変異」とその「自然選択」化が必要だろう。
 「種」として把握した場合のヒト・人間には、 「プログラム化された」死、「遺伝子によって支配された」死が、あらかじめセットされている。これは「思想」・「哲学」、「宗教」・「信仰」の問題ではない。これらは「種」としてのヒトの「死」を考察するに際して、ほとんど何の役にも立たない。
 主な参考文献。田沼靖一・遺伝子の夢—死の意味を問う生物学(NH Kブックス、1997)
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2726/私の音楽ライブラリー040。

 私の音楽ライブラリー040。
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 Robert Schumann, Cello Concerto in A-minor op.129.
 001<再掲> →Jacqueline du Pre. 〔Araks Gyulumyan〕
 001-02 →Mischa Maisky, L. Bernstein, WienerPhO. 〔Classical Vault 1〕
 001-03 →Kian Soltani, C. Eschenbach, Stuttgart-Freiburg SWR-SO. 〔Kian Soltani〕
 001-04 →J.-G. Queyras, P. Heras-Casado, Freiburger BarrockO. 〔DW Classical Music〕
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2725/生命・細胞・遺伝—02。

 ①宇宙—②地球—③生命体(生物)—④細胞—⑤遺伝子・分子—⑥素粒子
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 単細胞生物の細胞、植物の細胞、ヒト等の動物の細胞の構造図を見ていて、あらためて驚愕するのは、生物(生命体)の「細胞」は、よく似た、基本的には「同じ」構造・形態をもっている、ということだ。
 細胞膜が一重のものと二層のものとがある。植物の細胞には、「葉緑体」がある。これら等の差異はあっても、少なくとも、きわめてよく似ている。
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 ヒトには約37兆(説によると約60兆)個の細胞があるが、個々の細胞の構造は基本的に同一だ。しかし、全てが同じ役割または一定の役割の中の同じ一部、を担っている、わけではない。
 多数の細胞が「器官」や「系」を形成して、多細胞体あるいは細胞集団である一つの生命体(個体)の「生」のために働いている。心臓・肝臓といった「器官」、神経系、循環系、生殖系といった「系」だ。
 一つの細胞の中の諸要素も、細胞の中で、種々の機能をもつ。
 ヒトの「細胞」についてを前提とする。つぎの書物は最新の知見を反映しているだろうから、以下の叙述で主に参考にする。
 シッダールタ·ムカジー=田中文訳・細胞—生命と医療の本質を探る/上(早川書房、2024)。
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 「細胞」は以下のもので構成される。
 ①細胞膜。外界と分ける。ヒトの場合は二重(二層)で、脂質分子で成る。「孔」が空いていて、一定の分子が通過する。
 ②細胞質。以下以外。コロイド状から水に近い部分まで、全体として「ゼリー」状だ。
 ③細胞骨格。細胞の形態を維持する。
 ④RNA(リボ核酸)。「核」で作られるが、収まらずに外に出てくる。「塩基」で成り、「遺伝子」形成にとって不可欠。
 ⑤リボソーム。RNAの「情報」または「仕様書」を<解読>する。
 ⑥プロテアソーム。タンパク質を分解し、廃棄物として細胞質内に排出する。
 ⑦ミトコンドリア。エネルギーを生み出す。エネルギーは、第一に細胞質内で生まれ(嫌気性解糖)、最終産物は2分子のATP。第二にミトコンドリアが酸素を使って2分子ATPを燃やして高分子のATPを生み出す(好気性解糖)。第一と第二により、ブドウ糖1分子から32分子ATPができる。
 「私たちは一日のあいだに、身体の何十億個もの細胞で何十億個ものエネルギーの缶詰をつくっては、一〇億個もの小さなエンジンを燃やしている」(ムカジー=田中・上掲著)。
 ところで、ミトコンドリアは独自の遺伝子を持っていて「細胞的」だ。これは発生史的には原始細胞だったミトコンドリアを「細胞」が取り込んで<共生>し始めたかららしい。
 おまえが好きだよ、一緒になろうよ、という「意思」疎通があったのだ。
 この欄で触れたことがあるが、団まりな・細胞の意思(NHKブックス、2008)などは、細胞にも「意思」がある(あった)と表現している。
 ⑧小胞体。タンパク質の合成と輸送にかかわる。
 ⑨ゴルジ体。タンパク質が細胞外に出るときに最後に通過する部位。
 ⑩分泌顆粒。ゴルジ体から細胞膜までタンパク質を運ぶ。RNA→リボゾーム→小胞体→分泌顆粒という「流路」がある。
 ⑪。最も重要な細胞内「器官」。二層の、孔のある「膜」=核膜がある。
 核膜内にDNA(デオキシリボ核酸)を「格納」する。RNAはこれを「鋳型に」して、あるいはこれから「転写」されて生み出され、細胞質内に送られる。
 なお、細胞、さらには生命体の発生史的に見ると、原始的にはRNAが遺伝等を担っており(RNAワールド)、のちに核内に(核膜で保護された)DNAが生まれたらしい。
 「遺伝」情報が、DNA→(「転写」)RNA→(「翻訳」)タンパク質という経路をとって伝搬されることは、1953年にDNAの「二重らせん構造」を発見したフランシス・クリックによって、1958年に<セントラルドグマ>と称された。
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 DNA、「遺伝子」、「染色体」、「ゲノム」等々の意味と差異については、別に扱わなければならない。「遺伝子」は子孫への継承(「進化」はこれに関係する)のみならず、当該細胞やその細胞を含む当該個体(生命体)の「生と死」に密接に関係していることも含めて。
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2724/養老孟司・唯脳論(1998)のごく一部。

 ひらめいた、思いついた、又は引用したい文章をそのままこの欄に文字入力できれば、なんと楽なことだろうか。文字入力するより、読書している方が楽だし、かつはるかに刺激的で愉しい。
 あれこれと拾い読みをしていたら、つぎの文章を見つけた。
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 養老孟司・唯脳論(1998、電子書籍2010、ちくま学芸文庫)の一部。一行ずつ改行。
 「人文科学や社会科学の人たちは、脳と言えば自然科学の領域だと思っている。
 自然科学も何も、そう思っている考え自体が、自分の脳の所産ではないか。
 こうした諸科学から言語を抜いたら、何もできなくなるであろう。
 言語は感覚性言語中枢から運動性言語中枢へ抜けて、運動器によってきちんと外部に表出される。
 まさかその性質を知らないでよいという言い方はあるまい。
 人文学者であろうと、脳血管障害を起こせば言語をうまく使えなくなる可能性がある。
 それどころではない。
 大脳皮質が退行すればボケてしまい、かつて自分の言ったことすら理解できなくなる。
 要するに、あらゆる科学は脳の法則性の支配下にある。
 それなら、脳はすべての科学の前提ではないか。」
 以上。
 上での「科学」は「学問」、「〜学」程度の意味で、また、「文科系」の評論作業も含めてよいだろう。
 ついでに、つぎの対比も、面白い。
 「文科系における言葉万能および理科系における物的証拠万能に頼るだけではなく、…」。
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 別の最近の生物関連書物を見ていたら、細胞等の「構造」と「機能」を区別する説明があった。
 この区別は、だいぶ以前に出版された上の養老著でもなされている。
 すなわち、「脳」は「構造」であり、「心」は「機能」だ。だから「心」は「脳」の所産ではない、とする言い方自体に問題がある
 <心身二元論>に関係する一つの説明の仕方かもしれない。但し、熟読していないから論評ではない全くないが、「心」、「意識」、「感情」等を養老はどう区別しているのだろうという関心は残る。
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 <文科系>人間は—佐伯啓思のように「人体」は「自然」の一種かとまで問題視しなくとも—「人体」の中でも「脳」は特別だ、と思いたい、そういう<気分>をもっている、かもしれない。
 だが、「脳」と「(その他の)身体部分」は区別できない旨の、つぎの養老孟司の叙述が上記著の中にある。
 「脳と身体とは、明瞭には区別できない」。なぜなら、「身体のほぼいたるところに抹消神経が張りめぐらされており、しかも脳と神経とは、一連の連続する構造だからである」。「肝臓や腎臓を取り出すように神経系を取り出すことは、もともと不可能であ」る。
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2723/生命・細胞・遺伝—01。

 ①宇宙—②地球—③生命体(生物)—④細胞—⑤遺伝子・分子—⑥素粒子(電子、光子etc.)
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 個々の人間は③だ。しかし、上の全てが個々の人間「自身」に関係している。
 宇宙が生まれ、ビッグバンによって地球が生まれ、やがて深海から「生命体」(有機体)が誕生し、長い長い時間ののちに「ホモ・サピエンス」(人類)が誕生した。今地球上で生きているヒトはみなその子孫たちだ(人類みな兄弟)。
 生命体(生物)は「外界」と明確に区別される界壁(膜、皮膚等)をもつ統一体で、外部からエネルギーを取り込み代謝し、かつ自己増植または生殖による自己と同「種」の個体を産出し保存する力をもつ。これによって、無生物・非生物と区別される。
 全ての生命体(生物)は、基礎的単位である「細胞」によって成り立つ。生物は単細胞生物と多細胞生物に分けられるが、最初の生命体である前者は、約35〜40億年前に生まれた、とされている。「ウイルス」は自らの細胞を持たないので、「生物」ではないと言われる。これに対して、「細菌」類は生物=生命体だ。
 ヒトはむろん多細胞生物だ。ヒトには37兆余個の細胞がある、とされる。ついでながら、ヒトの体内には、大腸菌等々の、多数の「生物」が生息(・寄生)している。これらは、「微生物」に含まれる。
 ニューロン=神経細胞〔neuron〕も、当然ながら、細胞の一種だ。
 細胞は、細胞膜、(細胞)核のほか、リボソーム、ミトコンドリア等によって構成される。「遺伝子」は「(細胞)核」の中に<格納>されている。全ての細胞核の中に、そして全ての細胞の中に「遺伝子」がある。「遺伝子」は「ゲノム」という言葉につながっていく。
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 ニューロン(神経細胞)という細胞は、どうやら脳にのみ存在するようだ。光、音、振動等の外部からの刺激を受容する「感覚器官」にも神経細胞はあるのだろう、但し多数で重要なのは脳内のそれだ、と思っていたが、間違いだったようだ。
 なお、例えば視覚器官が何かを「見た」あとで脳内の視覚神経(感覚神経細胞の一つ)が「見る」までにはきわめて短いながらも厳密には時間の経過がある(大脳と眼球のあいだには物理的な距離がある)、それを感じないのは時間的近接性がきわめて高いからだ、と漠然と思っていた可能性がある。これも間違いだった。眼が「見る」のと脳が「見る」のは同時に行われるらしい。つまり、脳内の感覚神経が見ないと、「見た」ことにならない。
 ニューロンは独特の形状をしていて、情報の出力を担う一本の軸索〔axon〕、情報の受容(入力)を担う多数の樹状突起(dendrite)がある。他に「細胞体」があって、この中に「(細胞)核」がある。さらにその中に「遺伝子」(DNA等ーとりあえず省略)があることになる。
 ヒト(成人)のニューロンは1000億個ほどあるらしい。この多数の神経細胞どうしがつながりあって情報の交換がなされる。但し、「つながりあう」ためには一つのニューロンの軸索から別のニューロンの樹状突起へと「接続」しなければならない。また、直接に接触するのではなく、両者を隔てる(各々のニューロンを区別する)「シナプス」の中への化学物質(神経伝達物質、nuerotransmitter)の放出と受容が行われることによって「つながる」。
 約1000億個のニューロンが自ら以外のニューロンの全てとつながると仮りにすると、1000億✖️1000億の線が絡み合った「網」ができる。実際にはそうではなく、つながる場であるシナプス(シナプス空間、シナプス間隙)の数は、1000億ではなく、数千万であるらしい。
 だが、最も少なく見積もって1000万としても、1000億✖️1000万=100億✖️1億=100京(あるいは、1000億✖️1000万=1兆✖️100万=100兆✖️1万=100京)というとんでもなく厖大な数の「つながり方」があることになる。むろん、一つのつながり方が定型的な一つの情報交換をするわけでもないだろう。
 文筆家、評論家、あるいは「もの書き」にそれぞれ独特に生じるのだろう、文章執筆の際の<ひらめき>は、多数のニューロン間の「つながり方」またはその変化によって生じている。
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2722/私の音楽ライブラリー039。

 F. Mendelssohn, Symphony No.3 in A-minor op.56. 1830〜42.

 002 (既)→No.2639—Karajan, Berlin Pho. 〔Berlin PhilharmonicOrchestre-Topic〕

 002-02 →Claudio Abbado, London SO. 〔The Just Sound〕

 002-03 →Paavo Järvi, Tonhalle O Zürich. 〔Tonhalle-Orchester Zürich〕

 002-04 →Kurt Masur, Leibzig GewandthausO. 〔EuroArtChannel〕
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2721/「文科系」評論家と生命科学・脳科学—佐伯啓思。

  池内了×佐伯啓思(対談)「科学の現在と行方を見つめて」佐伯啓思監修・雑誌/ひらく第2号(A &F、2019)、p.166以下。
 この号の二つある特集の一つが<科学技術を問う>で、上の対談は体裁上重要なものだ。
 佐伯発言によると、池内了・科学の限界(ちくま新書、2012)という書物があり(秋月は未読)、科学の「あり方」を問題にしているようだ。それを理由として、佐伯は対談相手として選んだのかもしれない。
 但し、佐伯の希望どおりの内容になったかは疑わしい。
 そもそもが、一読者としての印象では、二人の発言内容は、うまく噛み合っていないところが少なくない。単純系・複雑系の区別も秋月自体がよく分かっていないが、池内が単純系の科学ではよく分からないと言っているのを、佐伯は科学そのものの問題・限界だと理解したがっているようなところもある。この単純系・複雑系に加えて、佐伯は 現代を<科学と技術>の区別の曖昧化だと把握したいがためにこの二語を使い出してくるので、錯綜が増している。
 決してつまらない対談ではないが、最も興味深く感じたのは、「文系」と自認する佐伯啓思の、科学(・自然科学)、とくに生命科学・脳科学に対する<不信>、批判・揶揄したい気分を感じさせる諸発言だ。
 佐伯啓思はまだよく知っている方で、西尾幹二、長谷川三千子、小川榮太郎、江崎道朗あたりは、生命科学や脳科学の動向に関心すらないかもしれない。
 だが、これらの者たちも発言しそうな、「文科系」評論家らしき言明を、佐伯は行っている。
 長くなりそうなので、2回に分ける。長々と論じるほどでもないので(それだけの明瞭な内容が示されていないので)、発言を引用し、ごく簡単な感想を記す。対談相手の発言が不明だと佐伯発言の意味も不明だろうものもあるので、必要に応じて、池内の発言も記す(ほとんどが引用ではない)。
 「〜と思います」は省略し、口語体を文語体に改めたところがある。。
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 ①「つまり、自然を物質的な組成の組み合わせとみる、これが我々が考える、いわゆる自然科学的な意味での自然だ。
 すると、問題は生命科学が対象とするのは人体で、人間というのは、これは自然と考えていいのかという問題がある。」
  佐伯は、「自然」=「物質的な組成の組み合わせ」とすることの意味、さらに「物質的」なる表現の意味を、そして「自然」と「物質」をほとんど同一視する、または同系列の語としてこれら二語を用いることの理由を、より厳密に明らかにしておく必要がある。
 従って言葉の使い方の問題になるかもしれないが、「人体」も、「人間」も、「自然」の一部だろう、というのが、秋月瑛二の理解だ。
 米米 地球上(内)での「生命」の誕生や、のちの「ヒト」または「ホモ・サピエンス」の誕生は、<自然>の営みそのものではないか。
 米米米 私も佐伯啓思も、その新たに誕生した「生命」や「ホモ・サピエンス」を祖先とする後裔に他ならない。これを否定するなら、佐伯は〈自己〉の本質を理解していないのではないか。
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 ②「われわれ文系の人間からすると、人間の持っている感情とか記憶とか思考作用とか、快感のメカニズムとか、こういう種類のことは、果たして脳現象に持ってきていいのか、という疑問がどうしてもわいてしまう」。
  佐伯は、感情・記憶・思考作用・快感のメカニズムの四つを明記して、「脳現象」には還元できない旨を語る。思考や記憶はふつうの生物にないもので、「脳現象」ではない、と言いたいのかもしれない。全くの<無知>であるか、「脳」を「物質」と見て〈記憶・思考〉と無関係とする完全な間違いを冒している。〈感情・快感〉となると、より身体的側面を持ち、これまた「脳」の制御化にある。ともかく、「感情」に「脳」が深い関係のあること、中でも<扁桃体>が重要な役割を果たしているらいことくらい、初歩的な概説書にも書かれている。
 米米 「脳」神経あるいは「ニューロン(神経細胞)」に作用して、興奮したり緊張したりする「感情」を抑制する薬剤が、ごく初歩的には「睡眠」を助けるものも含めて、(ほぼ自由にまたは医師による処方を通じて)一般に流通していることを、佐伯は知らないのだろうか。
 これら薬剤は、〈セロトニン〉、〈ドーパミン〉等々の「神経伝達物質」(・「化学物質」)の(ニューロン間の)〈シナプス間隙〉への放出や回収にかかわっている。
 米米米 「快感」まで挙げているのは信じ難い。ひどい暑さ・寒さ、高湿度、痛み、等々からの解放、これらは人間にとって「快感」そのものだろう。そして感覚細胞を制御する「脳」の現象そのものだ。佐伯は特殊で独特の「快感」概念を使っているのかもしれない。
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 ③「文科系の人間は、人間というのは複雑系だと最初から思っているし、きれいに分析できないとあきらめている」。
 脳科学も生命科学も、「僕らのような文系の方からすると、そもそも人間というものについて、何か全く方向違いのことをやっているような気がする」。
 「仮に脳科学で、人間の感情やら記憶やら快感やらが、ニューロンの反応によって解析できるとして、あるいはAIが人間の脳の働きをほとんどシミュレートしまうとして、仮にそうだとして、それは、一体何が起きたのだろう」。
 「何かが進歩したと言えるのか、それで人間がわかったことにそもそもなるのか、という気」がする。
  「脳科学」と「生命科学」を明記して、「人間というものについて、何か全く方向違いのことをやっているような気がする」と明言している。秋月瑛二もどちらかというと「文系」だが、このようには考えない。
 米米 「人間の感情やら記憶やら快感やらが、ニューロンの反応によって解析できるとして、あるいはAIが人間の脳の働きをほとんどシミュレートし」て、いったい何の意味があるのか、というようなことを語っている。「無知」だ。
 米米米 「脳科学」者も「AI」によるシミュレート者も、それによって「人間がわかったことに…なる」とは、そもそも考えていないだろう。「人体」や「人間の神経・精神」を対象としていても、それで「人間」なるものが「わかる」ことには絶対にならない。但し、「人間」なるものの複雑さ・繊細さ・不可思議さを少しは理解することにつながる可能性がある、と考えられる。
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 ⑥〔池内—シミュレートしているだけで、わかったことにはならない。〕
 「そうですね。では、この種の科学とは何だろう」。「何か分かったことになるのか、という意味で」。
 〔池内—本質的に新しい法則の発見で「人間が実に複雑で、多様な側面がどういうメカニズムの下で発生しているのかということがある程度分かるんじゃないか」。「すぐに分かる」のではないが、「複雑系という非線形の非常な多体システムの扱い方がだんだん分かってくる」。
 「そういう意味では、根本的なところは物理のそれと今の生命科学はそれほど変わりはないということですね」。
 この部分で重要なのは、池内が「ある程度」分かる、「だんだん」分かっていると言っていることだ。秋月も、そうだろうと思う(但し、100%・完全にかは、??)。それに対して、佐伯が何やら不満げであることも重要だ。
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 ⑦「仮にそういう複雑系がある程度解析できるようになってきて、それで、人間の感情の動きと脳の作動の対応関係がある程度わかってきたら、すぐに、そのままそれを適用、応用されてしまうでしょう。つまり、脳科学は即技術になるのではないか。」
 〔池内—「いやいや」、その点では「応用」できない。但し、現時点ではできていないが、「複雑系の技術はあるのではないか」。〕
 「ただ、たとえば、すでに遺伝子工学がこれだけ急に展開してきて、それで遺伝子の組み合わせを操作すれば、癌を予防できるとか、癌にならないような子供を作れるとか、といった話が出てきて、それはもうすぐに現場に行ってしまいませんか」。
 この部分で佐伯は突然に、「ある程度わかってきたら」、「脳科学は即技術になるのではないか」と発言する。この性急さの意味は、ほとんど不明だ。
 米米かりに「即技術になる」として、なぜそれでいけないのか、という気がする。それに、「即技術」の意味が問題で、〈科学と応用〉または〈科学と技術〉のあいだには何段階もの中間段階がある(単純に二分できない)、と考えられる。
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 ⑧〔池内—癌は多くの組み合わせで、かつ「個体の反応は異なる」から、簡単には退治できない。〕
 「そこに生命科学の大きな問題があって、生命現象は物理現象とはやっぱり根本的に違う
 ところが、それを無理やりに単純系に砕いてやろうとするから、うまくいかない。」
 米じつに興味深い佐伯の発言だ。「生命現象は物理現象と…根本的に違う」。
 「物質的な組成の組み合わせ」が「自然」なのだから(上の①)、「生命」現象も「自然」現象ではない、または<たんなる物理現象>ではない、と言いたいのだろう。
 はたして、そうか。「生命」・「本能」の根幹を掌るとされる「脳幹」の作用に「化学物質」は関係していないのか。デカルト流に<我思う、ゆえに我あり>ということを言いたいのか。M·ガブリエルの著書の題である『「私」は脳ではない』(Ich ist nicht Gehirn)(秋月は未読)と言いたいのか。
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 ⑨「いくら生命過程の根本がDNAとか、それから、細胞レベルである程度のことが分かっても、それが具体的にどういうふうに働くかというのは個体によって全然違う、ということですね」。
 〔池内—人体は複雑系だから「個体によって全部違う」。「むろん、物質系としてはみんな同じなんです。本質的に」。「本質的には人体は同じ作りにできているんだけれども、反応は全部違う」。〕
 佐伯は<個体によって違う>ということを強調したいようだ。一方、池内の発言で重要なのは、「物質系としてはみんな同じ、本質的に」、「本質的には人体は同じ作りにできている」の部分だろう。この「本質」性を、佐伯は認めたくない、または、認めることができないのだろう。
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 ⑩〔池内—癌の要因に遺伝と環境の二つあり、両者の関係は複雑だから「なかなかわからないと思う」が、「むろんある程度解析できる要素はある」。〕
 「いや」、しつこいが、「僕が危惧するのは、逆に生命科学が進歩していって、癌の要因がかなりわかる、100%とはいかないまでも、80%くらいまで解析できる、となるとしましょう」。遺伝要因・環境要因、食べ物、人間関係、「それらがどう作用するか、ある程度わかってくる。で、わかってくれば、そのこと自体が我々を変えていってしまうのではないですか」。
 「我々の生活の仕方を変え、食生活を変え、という話になる。その延長の上に、先程の遺伝的な要因もやっぱりある程度はあるとなって、遺伝子を操作することによって癌にならない可能性を高めることができる、という話になる」。
 「そうすると、その科学の成果、科学の発展というものが、何らかの形で、ほとんど直接的に我々の存在の仕方に影響を与えてくるのではないか」。
 佐伯が言いたいことは、よく分からない。なぜなら、「癌の要因」が「80%くらいまで解析でき」て、諸要因の「作用」が「ある程度わかって」くる、そして、「遺伝子を操作することによって癌にならない可能性を高めることができる」ということが、ここでは「癌」防止に限っておくが、なぜいけないのか?? 佐伯は、「科学の成果」が「ほとんど直接的に我々の存在の仕方に影響を与えてくる」として問題視する。なぜ??
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 ⑪〔池内—それは「科学ではなく技術」だ。〕
 「先程から問題にしたかったのはそこ」だ。
 「科学的にいろんなことがわかってきた。遺伝子の構造がわかった。
 で、遺伝子の中に癌に関する遺伝子もある。
 そうすると、癌に関する遺伝子が完全に特定できる。
 これを除けば癌の可能性が減るということがわかるとなれば、もうそれは技術になってしまうし、さらにいえば、技術として応用されることを目論んで、現代科学は展開されているのではないか」。
 ⑩のつづきだ。遺伝子に関する科学によって「癌の可能性が減るということがわかるとなれば、もうそれは技術になってしまう」と、佐伯は問題視する。
 遺伝子等に関する科学の進展によって「癌の可能性が減る」ことは、佐伯にとって望ましくないことなのだ。これは癌の罹患・発症を免れたい圧倒的多数の人々に対して、「科学の成果」を享受することなく<癌で死んでしまえ>と言っているのと同じなのではないか。
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 ⑫「だから、科学上の発見といっても、それが応用に直結している限り、現実にとんでもない事態を引き起こすことはありうる
 何か今そういうことの途上にいて、そこで我々、何か打つ手はあるのか」。
 「少なくとも自覚する必要はあ」る。
 「科学上の発見」が「応用に直結」する限り、「現実にとんでもない事態を引き起こすことはありうる」。これは一般論としてはそのとおりだろうが、なぜしつこくこう強調するのか?
 米米「自覚する必要がある」。これは佐伯啓思という評論家の常套句。他に、「もう一度、〜について考えてみる必要がある」、「あらためて〜を問題とすることから始めなければならない」等々。
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 ⑬「生命科学の発展が、無条件でよいとは簡単には言えなくなってくる。
 遺伝子の解析が、そのままで無条件でいいとは言えなくなってくる。
 AIも同じことだと思いますし、情報分野の革新も同じことです。」
 「それは今たまたま始まった問題なのか、それとも20世紀の科学、特に物理学でもそういう構造ができてしまったのか。何か科学の構造が変わってしまったのか」。
 「生命科学の発展」、「遺伝子の解析」、「AI」、「情報分野の革新」について、さらにはおそらく<科学の発展>について、佐伯は懐疑的だ。しかし、もちろん、佐伯が具体的な代案を示すことはない。<問題だ、問題だ>、<自覚せよ、自覚せよ>とだけ騒いで、いったい何になるのか。
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2720/人類の「感情」の発生—300万年前〜3万年前。

  アントニオ·R·ダマシオ=田中三彦訳・感じる脳—情動と感情の脳科学·よみがえるスピノザ(ダイヤモンド社、2005)。
 この著(原題、Looking for Spinoza)は冒頭で、<感情の科学>の未成立または不十分さを強調している(感覚、感情、情動、情緒、感性といった語との異同には留意する必要はある。但し、さしあたりはこの点を無視してよい)。
 だが、脳神経学者(?)ダマシオも、以下のような進化生物学(?)の叙述または説明を、大きくは批判しないのではないだろうか。
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  科学雑誌NEWTON-2016年6月号「脳とニューロンシリーズ第3回/喜怒哀楽が生まれるわけ」。
 以下、上の一部の引用。一文ずつで改行、本来の改行箇所に/の記号を付す。
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 「喜怒哀楽は基本的に、自分のおかれた環境に対して生じるものだといえる。
 一方で、感情には、自分と他人の関係において見られるものも数多くある。
 いとおしさや、嫉妬、うらみ、といったものだ。
 これらは、『社会的感情』とよばれる。/
 現代の人間の感情を生むしくみは、農耕時代以前の300万年前〜3万年前の生活や環境のもとで発達したと考えられている。
 とくに社会的感情の多くは、特定の仲間たちと長く関係をともにするようになったことでつくられてきたと考えられているという。/
 また私たちは、感情を自覚するだけでなく、ほかのだれかにおきた出来事をわがことのように怒ったり、悲しんだりすることがある。
 つまり、他人の感情に共感できる。
 共感のしくみに深くかかわっているかもしれないと考えられているニューロンに、『ミラーニューロン』というものがある。
 …… 」
 <以下、略> 
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  20万-30万年前というのは、アフリカ東部でホモ・サピエンスが誕生したとされている時期だ。そして、上のNEWTON編集者のいう300万年前〜3万年前に入っている。
 この叙述に従うと、人類はその「共通祖先」や「原人」たちの長い時代のあいだに、「感情」を形成しつつあった。あるいは、人類は、「感情」というものをほとんど備えて生まれてきた。「日本」や「日本人」の成立よりはるかに昔のことだ。
 ホモ・サピエンスが地球各地へ分散していっても、同じような状況では、<かなりの程度>、きわめてよく似た「感情」をもち、そしてきわめてよく似た「感情」表現をする、これらも当然のことだ、と言えるだろう。
 もちろん、人種や民族による、さらには各個体による、差異は完全にない、全く同じだ、などと言うことはできないとしても。
 そしてまた、他人の感情との<共感性の欠如>という一種の「心の病気」が人間のごく一部には生じている、ということを否定できないとしても。
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2719/私の音楽ライブラリー038。

 A. Mozart は〈純正律〉をさらに修正した〈中全音律〉で自らの曲を弾いていた、と書いている文献もある。
 以下のBach の曲はMozart より前で、1708年に作曲されたとされる。
 この時期には〈十二平均律〉はまだ支配的でなかった(支配的になるのは19世紀以降)。楽譜は残っていても「録音」は残っていない。
 興味をそそられるのは、どのような音律、音階だったか、だ。
 以下は全て〈十二平均律〉によっているだろう(それでも、ピアノと弦楽器では少しだけ違って感じるのは気のせいだろうか)。J. S. Bach 自身の旋律では、より透明で、和音も〈より美しい〉ものだった、という可能性はないのだろうか。
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 J. S. Bach, Adagio from Conzert in D-minor, BWV924-II.
 038 〈再〉→Khatia Buniatshvili.〔Marcia M.〕
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 038-02 →Glenn Gould. 〔Irina Bazhovka〕
 038-03 →Irina Lankova. 〔Official Channel〕
 038-04 →Mstislav Rostropovich. 〔Topic〕
 038-05 →Mischa & Lily Maisky. 〔Mischa Maisky〕
 038-06 →Stringspace String Quartet. 〔StringspaceLive〕
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2718/生殖細胞系列のゲノム編集—J・ダウドナらに関する書物。


  W·アイザックソン/西村美佐子=野中香方子訳・コード·ブレーカー—生物科学革命と人類の未来(原書2022、邦訳書2022)
 読み終えておらず、およそ80パーセント近くまで進んだ。
 全く付随的に、と先日には書いた同じ(元)研究所長が、人種や民族と遺伝子との関係を、かつ「優れた」・「劣った」という対比のもとに、あらためて発言して顰蹙を買っている、というような話を、サイエンス·ジャーナリストであるこの本の著者は、この80%めくらいのところで書いている。
 そして、この著の主要部分は、もう済んだような気が秋月にはしている。
 主人公と多数の副主人公の一人の二人(ともに女性)は2020年のノーベル化学賞を受賞した、ということを、最近に知った。
 というくらいだから、私の専門的知識の欠如は著しいのだが、なかなかの難問を突きつけている書物だ。
 最初は日本とアメリカの研究者や研究環境の違いにも興味をもった。しかし、科学技術と人間・社会のあいだには難題が多くある、という感想の方がはるかに強くなった。
 上の旨は、登場人物の発言や諸報告書類の紹介によっても頻繁に語られている。既知の日本人読者も多いだろう。
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 以下では、著者のW·アイザックソンが他人や諸団体の言葉・文章ではなく、自分の文章として書いている部分を引用だけして、備忘としたい。
 著者が「まとめ」または結論として書いているところではない。J·ダウドナらのノーベル賞受賞に関する叙述は、まだない(最終の第56章にあるようだ)。ただ、一かたまりで要領よく書いている、と感じられた。
 以下に引用する文章は、全体で計56章(計9部)あるうちの第40章(第7部)にある。
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 第32章(第4部)の最初の方に、著者のつぎの文章があるのに気づいた。
 「今日、クリスパーが注目されているのは、それを使えば、次世代に受け継がれる(生殖細胞系列の)編集をヒトゲノムに施すことができるからだ。
 編集されたゲノムは将来の子孫の全細胞に継承され、やがては人類という種を変える可能性さえある。」
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 Jennifer Doudna(ダウドナ)とEmanuelle Charpentier(シャルパンティエ)の二人は、「クリスパー・キャス9」(CRISPR-Cas9)を開発したことによって、ノーベル賞を授与された(対象論文は2017年のもののようだ)。
 J·ダウドナら=櫻井祐子訳・クリスパー—究極の遺伝子編集技術の発見(文藝春秋/文春文庫、2017/2021)で、ダウドナ自身が CRISPR-Cas9 についてこう書いている。
 「最新の、またおそらくは最も有効な遺伝子編集ツールである『CRISPR-Cas9(略してCRISPR)』を使えば、ゲノム(全遺伝子を含むDNAの総体)を、まるで文章を編集するように、簡単に書き換えられる」。
 しかし、その使用方法または目的について、J·ダウドナもまた決して楽観的なのではない。
 W·アイザックソン著のどこかに、こんな文章があった。「最高の教育」の内実をここでは問わない。
 <親が「最高の教育」を自分の子どもに与えたいと考えてよいのと同様に、子どもに「最高の遺伝子」を与えたいと思って、どこがいけないのか? そうした個人の「自由意思」の実現を助ける医師たちや事業体があって、どこがいけないのか?>。
 ——
  以下、引用。秋月において段落ごとに番号を振った。第一の段落は、あえて途中から引用を始めている。
 「 細菌が何千年もかけてウイルスに対する免疫を発達させてきたように、わたしたち人類も発明の才を発揮して、同じことをするべきではないだろうか。/
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  もし自分の子どもがHIVやコロナウイルスに感染しにくくなるよう、ゲノムを安全に編集できるとしたら、そうすることは間違っているのだろうか?
 それとも、そうしないことが間違っているのだろうか?
 そして、〈中略〉他の治療や身体の強化についてはどうだろう?
 政府はその使用を妨げるべきなのだろうか?/
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  この問いは、わたしたち人類がこれまでに直面した中でも最も深遠な問いの一つだった。
 地球上の生物の進化において初めて、一つの種が、自らの遺伝子構造を編集する能力を身につけた。
 それには、多大な利益が期待できる。
 多くの致死的な病気や消耗性疾患を排除できるかもしれない。
 そしていつの日か、自分や赤ん坊の筋肉、精神、記憶力、気分を強化するという希望と危険の両方を、わたしたち、あるいはわたしたちの一部に、もたらすだろう。/
 ----
  この先の数十年で、自らの進化を促進する力を持つようになると、わたしたちは深遠な道徳的問いや精神的な問いに直面するはずだ。
 自然は本質的に善いものなのだろうか?
 天与の運命を受け入れるのは正しいことなのだろうか?
 神の恵み、あるいは自然のランダムなくじ引きがなければ、自分は別の才能を持って生まれたかもしれないという考えに、共感が入る余地があるだろうか。
 個人の自由を強調すると、人間の最も基本的な側面を、遺伝子のスーパーマーケットでのショッピングに変えてしまうのではないだろうか?
 お金持ちは最高の遺伝子を買うことができるのだろうか?
 そのような決定を個人に委ねるべきなのか、それとも何を許可するかについて、社会が何らかのコンセンサスを図るべきなのだろうか?/
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  しかし、わたしたちはこうした出口のない問いを、大げさにとらえすぎてはいないか?
 わたしたちの種から危険な病気を取り除き、子どもたちの能力を強化することで得られる恩恵を、なぜ手に入れようとしないのか?/
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  主に懸念されているのは、生殖細胞系列でのゲノム編集だ。
 それはヒトの卵子、精子、初期胚のDNAに変更を加えるもので、生まれてくる子ども—およびそのすべての子孫—の全細胞が、その改変された特徴を備える。
 一方、体細胞編集はすでに行われていて、一般に受けいられている。
 それは患者の標的細胞に変化を加えるもので、生殖細胞への影響はない。
 治療で何か間違いが起きたとしても、その害が及ぶのは患者個人であって、人類という種ではない。/
 ----
  体細胞編集は、血液、筋肉、眼などの、特定の細胞で行うことができる。
 しかし、高額な費用がかかるものの、効果はすべての細胞に及ぶわけではなく、おそらく永続的でもない。
 一方、生殖細胞系列のゲノム編集は、身体のすべての細胞のDNAを修正できる。
 そのため、寄せられる期待は大きいが、予想される危険も大きい。」
 ——
 以上。

2717/私の音楽ライブラリー37。

 私の音楽ライブラリー37。
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 097<再>→五輪真弓, 雨宿り, 1983. 〔hgwctu〕

 113 →五輪真弓, 運命, 1981.〔キッキ --〕
 114 →五輪真弓, 時計, 1983.〔Janet Lee〕
 115 →五輪真弓, 密会, 1985.〔Kurume Kuru〕
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2716/M·ウェーバー叙述へのコメントの詳述。

 以下、No.2715に再掲したかつてのコメントを詳しくしたもの。
 ——
  前々回のNo.2714に再掲したM·ウェーバーの叙述を、秋月瑛二はたぶんほぼ正確に理解することができた。M·ウェーバー<音楽社会学>に接する前に、ピタゴラス音律、純正律、十二等分平均律について、すでにかなり知っていたからだ。
 だが、日本の音楽大学出身者も含めて、いかほど容易にM·ウェーバーの、1911年〜12年に執筆されたとされる文章(のまさに冒頭)〔前々回に再掲〕の意味を理解することができるか、かなり怪しいと思っている。
 上のコメントをさらに詳しくしておこう。
 --------
   n/(n+1)では(前者が分母だと理解しないかぎりは)「過分数」にならないから(この点、M·ウェーバーは「逆数」で語っているとの説明もある)、(n+1)/nのことだと理解しておこう。
 M·ウェーバーはこう叙述する。「いま或る開始音から出発して、まず最初はオクターヴで、次に5度、4度、あるいは過分数によって規定された他の何らかの関係で「圏」状に上行または下行すると、この手続をたとえどこまで続けても、これらの分数の累乗が同一の音に出くわすことはけっしてありえない」。
 「最初はオクターブで」とは、「ある開始音」の音波数(周波数)を2倍、4倍、〜、1/2倍、1/4倍、〜、としてみることだろう。これらの場合、音の(絶対的)「高さ」は変わっても、「オクターブ」の位置が変わるだけで、ヒトの通常の聴感覚では、きわめてよく「調和」・「協和」する<同じ>音に聴こえる。これは、ホモ・サピエンス(人類)の生来の<聴覚>からして、自然のことだろう。
 だが、「同じ」音ではなく、「異なる」音を一オクターブの中に設定しようとする場合に、種々の問題が出てくる。
 M·ウェーバーが「次に5度、4度、あるいは過分数によって規定された他の何らかの関係で」という場合の「5度」とは<3/2>を、「4度」とは<4/3>を、意味していると解される。
 脱線するが、興味深いことに今日の〈十二平均律〉の場合でも、日本の音楽大学出身者ならよく知っているだろうが、「完全5度」、「完全4度」という概念・言葉が用いられている(「完全2度」や「完全3度」等々はない)。しかし、その数値は「完全1度」(=従前と同じ音)の音波数の<3/2>や<4/3>ではない。もっとも、このような用語法が残っているということ自体、〈ピタゴラス音律〉が果たした歴史的意味の大きさを示しているだろう、と考えられる。
 M·ウェーバーがつづけて「過分数によって規定された他の何らかの関係で」というのは、上の(n+1)/nのn が2、3の場合が<3/2>、<4/3>だから、nを増やしていって、<5/4>、<6/5>等々を意味しているのだろう。但し、主要な場合として<3/2>、<4/3>を、とくに<3/2>を、想定していると見られる。
 さて、M·ウェーバーによると、これらの新しい数値を選んで、①<「圏」状に上行または下行すると>、②「この手続をたとえどこまで続けても、これらの分数の累乗が同一の音に出くわすことはけっしてありえない」。
 この①の明記が、日本でよく見られる〈ピタゴラス音律〉に関する説明には欠けている観点だ。
 だからこそ、「何らかの関係で『圏』状に上行または下行すると…」との部分は「今日の日本でのピタゴラス音律の説明について秋月瑛二が不満を感じてきたところを衝いていると思える」、とNo.2641で記した。
 その趣旨を詳しく記述しなかったのだが、以下のようなことだ。
 わが国で通常に見られる〈ピタゴラス音律〉に関する説明は、ほぼもっぱら「上行」の場合のみで説明をし、「下行」の場合をほとんど記述していない。
 上の②にあるように、「この手続をたとえどこまで続けても、これらの分数の累乗が同一の音に出くわすことはけっしてありえない」のだが、「『圏』状」での「上行」の場合は「ピタゴラス・コンマ」は必ずプラスの数値になる。「圏」という語を使うと、「圏」または「円環」上の位置が進みすぎて、元の音よりも(例えばちょうど1オクターブ上の音よりも)少し「高く」なる。
 したがって、日本でのほとんどの説明では、「ピタゴラス・コンマ」はつねにプラスの数値になる。
 しかし、「『圏』状」での「下行」の場合は「ピタゴラス・コンマ」は必ずマイナスの数値になる。すなわち、「圏」または「円環」上の位置が元の音よりも(例えばちょうど1オクターブ上の音よりも)少し「低く」なる。「圏」または「円環」上の位置が進み「すぎる」のではなく、進み方が少し「足らない」のだ。
 なお、今回は立ち入らないが(すでに本欄で言及してはいるのだが)、「上行」と「下行」の区別が明確でないと、「ある開始音」をC=1とした場合のFの音の数値を明確に語ることができない。「下行」を用いてこそFは4/3になるのであり、「上行」では4/3という簡素な数値には絶対にならない。
 **「下行」の場合の計算過程と「マイナスのピタゴラス・コンマ」について、→No.2656/2023-08-04
 ——
  M·ウェーバーはこう叙述した。「例えば、(2/3)12乗にあたる第十二番目の純正5度は、(1/2)7乗にあたる第七番目の8度よりもピュタゴラス・コンマの差だけ大きいのである」。
 上の「(2/3)12乗」は<3/2>の12乗のこと、「(1/2)7乗」は<2/1=2>の7乗のこと、だと考えられる。また「第七番目の8度」とは<7オクターブ上の同じ音>だと解される。たんに「8度」上の音とは1オクターブだけ上の「同じ」音を意味するからだ(こういう「8度」の用語法は、〈十二平均律〉が支配する今日でも見られる)。
 こう理解して、実際に上の計算を行ってみよう。本当に「…よりもピュタゴラス・コンマの差だけ大きい」のか。
 ここで先に、秋月がすでに行っている、(プラスの)ピタゴラス・コンマの計算結果を示しておく。
 昨2023年年の8月に、この欄に示したものだ。そのまま引用はせず(×(3/2)ではなく×3÷2という表記の仕方をしていることにもよる)、表記の仕方をやや変更する(計算結果はむろん同じ)。参照、→No.2655/2023-08-03
 M·ウェーバーの叙述の仕方と異なり、わが国で通常のように、(3/2)を乗じつつ、<1と2の間の数値になるように>、必要な場合にはx(1/2)の計算を追加する。但し、⑫は2を少しだけ超えるが、ほとんど2だとして、そのままにする。
 ********
 ⓪ 1。
 ① 1x(3/2)=3/2。
 ② 3/2x(3/2)x(1/2)=9/8。
 ③ 9/8x(3/2)=27/16。
 ④ 27/16x(3/2)x(1/2)=81/64。
 ⑤ 81/64x(3/2) =243/128。
 ⑥ 243/128x(3/2)x(1/2)=729/512。
 ⑦ 729/512x(3/2)x(1/2)=2187/2048。
 ⑧ 2187/2048x(3/2)=6561/4096。
 ⑨ 6581/4096x(3/2)x(1/2)=19683/16384。
 ⑩ 19683/16384x(3/2)=59049/32768。
 ⑪ 59049/32768x(3/2)x(1/2)=177147/131072。
 ⑫ 177147/131073x(3/2)=531441/262144。
 ********
 この⑫が、「(3/2)の12乗にあたる『第十二番目の純正5度』」の数値に該当する。
 ところで、迂回してしまうが、上のような計算の過程で、ほぼ1オクターブ(1とほぼ2)のあいだに、異なる高さの12個の音が発見されていることになる。⓪〜⑪の12個、または①〜⑫の12個だ。このことこそが、1オクターブは12の異なる音から成る、という、今日でも変わっていないことの、出発点だった。
 その異なる12個の音は任意の符号・言語で表現できる。⓪=1を今日によく用いられるC〜G,A,BのCとし、さらに(説明としては飛躍するが)C〜G,A,Bの7「幹音」以外の5音を♯を付けて表現すると、つぎのようになる。以下のアルファベット符号(+♯)が示す音の高さ(音波数)は、今日で支配的な〈十二平均律〉による場合と(C=1を除いて)一致していない。また、以下は〈上行〉系または〈♯〉系の12音階だ。
 ⓪=C、⑦=C♯、②=D、⑨=D♯、④=E、⑪=F〔注:♯系だと4/3ではない〕、⑥=F♯、①=G、⑧=G♯、③=A、⑩=A♯、⑤=B、⑫=C'
 *********
 迂回してしまったが、あらためて、⓪と⑫の比、同じことだが上に記したCとC'の比、を求めてみよう。
 分数形の数字はすでに出ている。つまり、531441/262144
 これを電卓で計算すると、小数点以下10桁までで、こうなる。2.0272865295
 2にほぼ近く、2と「見なして」よいかもしれない。しかし、正確には少し大きい。
 ちょうど2との比は、小数点以下10桁までで(以下切り捨て)、2.0272865295/2=1.0136432647.
 これの端数、つまり 0.0136432647 が、プラスのピタゴラス・コンマだ。
 M·ウェーバーにおける①「(3/2)の12乗にあたる『第十二番目の純正5度』」と②「第七番目の8度」という表現の仕方に忠実に従うと、つぎのようになる。 
 小数点以下9桁までで区切る。
 ①「(3/2)12乗」=3の12乗/2の12乗=531441/4096=129.746337891.
 ②「第七番目の8度」=「2/1(=2)の7乗」=128.
 これら①と②は、相当に近似しているが同一ではない。
 差異または比は、つぎのとおり。小数点以下10桁まで(以下切り捨て)。
 129.746337891/128=1.0136432647.
 端数は、0.0136432647. これは、上での計算の結果と合致している。
 ——
  以上のとおりで、「5度」=(3/2)の乗数音は2(1オクターブ)の乗数音とは、「手続をたとえどこまで続けても、…同一の音に出くわすことはけっしてありえない」。
 そして、「〔3/2の〕12乗にあたる第十二番目の純正5度は、〔2の〕7乗にあたる第七番目の8度よりもピュタゴラス・コンマの差だけ大きいのである」(M·ウェーバー)。
 だがしかし、(3/2)の12乗数が2の7乗数に相当に近づくことも確かだ。
 言い換えると、1と2の範囲内に、またはほぼ2になるように、(3/2)の乗数に1/2を掛ける、ということを続けると、12乗めで、2に相当に近づく。
 このことが、繰り返しになるが、1オクターブは異なる12音で構成される、ということの、「12」という数字の魔力・魅力に助けられての、出発点になった。10音でも、15音でもない
 ——
  以上では、引用した(再掲した)M·ウェーバーの叙述の三分の一ほどを扱ったにすぎない。
 彼はつづけてこう叙述する。
  「西欧の和音和声的音楽が音素材を合理化する方法は、オクターヴを5度と4度に、次に4度はいちおうどけておいて、5度を長3度と短3度に((4/5)×(5/6)=2/3)、長3度を大全音と小全音に((8/9)×(9/10)=4/5)、短3度を大全音と大半音に((8/9)×(15/16)=5/6)、小全音を大半音と小全音に((15/16)×(24/25)=9/10)、算術的ないし和声的に分割することである。
 以上の音程は、いずれも、2、3、5という数を基にした分数によって構成されている。」
 さて、「4度はいちおうどけておいて、5度を長3度と短3度に((4/5)×(5/6)=2/3)、長3度を大全音と小全音に((8/9)×(9/10)=4/5)、短3度を大全音と大半音に((8/9)×(15/16)=5/6)、小全音を大半音と小全音に((15/16)×(24/25)=9/10)、算術的ないし和声的に分割する」とは、いったいどういうことか。
 No.2641のコメントでは、こう触れた。「純正律は『2と3』の世界であるピタゴラス音律に対して『5』という数字を新たに持ち込むものだ。そして、今日にいう<C-E-G>等の和音については、ピタゴラス音律よりも(<十二平均律>よりも)、協和性・調和性の高い音階または『和音』を形成することができる」。
 つまり、上のM·ウェーバーの叙述は、(1を除けば)2と3という数字のみを用いていた〈ピタゴラス音律〉に対して「『5』という数字を新たに持ち込む」ことでさらなる「合理化」を図る方法が発展した、と言っている。
 この「西欧の和音和声的音楽が音素材を合理化する方法」とは、M·ウェーバーはこの用語を用いていないが、〈純正律〉という音律のことだ。
 M·ウェーバーは詳しく、こう説明している。
 「5度を長3度と短3度に((4/5)×(5/6)=2/3)、長3度を大全音と小全音に((8/9)×(9/10)=4/5)、短3度を大全音と大半音に((8/9)×(15/16)=5/6)、小全音を大半音と小全音に((15/16)×(24/25)=9/10)、算術的ないし和声的に分割する」。
 さらに、つぎのようにも補足している。
 「まず『主音』と呼ばれる或る音から出発し、次に、主音自身の上と、その上方5度音および下方5度音の上に、それぞれ二種類の3度で算術的に分割された5度を、すなわち標準的な『三和音』を構成する。
 そして次に、三和音を構成する諸音(ないしそれらの8度音)を一オクターヴ内に配列すれば、当該の主音を出発点とする『自然的』全音階の全素材を、残らず手に入れることになる。」
 --------
  以上の叙述の意味を詳細に説明することは必ずしも容易ではない。
 ここでは、つぎのようにコメントしておこう。
 「4度はいちおうどけておいて」とは、とりあえず(4/3)には拘泥しないで、という意味だ。
 そして、この〈純正律〉では、あくまで今日によく用いれれている符号を利用するだけだが、C-E-G(ド-ミ-ソ)の和音を重視する。
 なぜそうしたかの理由は、秋月の推測になるが、〈ピタゴラス音律〉でのC-E-G(ド-ミ-ソ)の和音に満足できなかった人々も多かった、ということだろう。
 〈ピタゴラス音律〉でC-E-G(ド-ミ-ソ)の和音の三音は、上に示した表から導けば、つぎのような音波数(高さ)の並びになる。①C(ド)=1、②E(ミ)=81/64、③G(ソ)=3/2
 とくに②E(ミ)について、これ以上に簡潔に表現される数値にすることができない。
 これに対して、〈純正律〉は、これら三音を、つぎのように構成する。
 ①C(ド)=1、②E(ミ)=80/64=10/8=5/4、③G(ソ)=3/2
 ①と③は変わらないが、②を、81/64ではなく、80/64=10/8=5/4へと、1/64だけ小さくする。
 そうすると、①C(ド)、②E(ミ)、③G(ソ)の三音は、①1、②5/4、③3/2、という並びになる。
 各音の比に着目すると、②5/4=①1×(5/4)、③3/2=②5/4×(6/5)、だ。三音はそれぞれ、1、1×(5/4)、(5/4)×(6/5)。
 つまり、①C(ド)、②E(ミ)、③G(ソ)の三音は、4-5-6という前者比関係に立つことになる。
 これが、秋月のかつてのコメントで、「純正律は『2と3』の世界であるピタゴラス音律に対して「5」という数字を新たに持ち込むものだ」と記したことの意味だ。
 この4-5-6という三音関係は、〈純正律〉では、α①C(ド)、②E(ミ)、③G(ソ)のみならず、β①F(ファ)、②A(ラ)、③C(上のド)、θ①G(ソ)、②B(シ)、③D(上のレ)へも適用される。
 余談ながら、秋月が学んだかつての音楽教科書には、ドミソ・ドファラ・シレソが<長調の三大和音>だとされていた。
 だが、上に記したように、この「三大和音」は実質的には同じ三音関係だ。すなわち、4-5-6の三音関係の順番を少し変更しただけのことだ(ファラド→ドファラ、ソシレ→シレソ)。
 M·ウェーバーは、「5度音」を「二種類の3度で算術的に分割された5度」という叙述の仕方をし、「二種類の3度」を「長3度」と「短3度」と称している。
 ここで、「長3度」=5/4「短3度」=6/5、であることが明らかだ。
 もう一度、M·ウェーバーの叙述を引用しておこう。
 「和音和声法は、まず『主音』と呼ばれる或る音から出発し、次に、主音自身の上と、その上方5度音および下方5度音の上に、それぞれ二種類の3度で算術的に分割された5度を、すなわち標準的な『三和音』を構成する」。
 これは、「下方5度音」を前提にする場合の「短調」の場合に関する叙述を含んでいる。
 「長調」の場合は、要するに、4、4×(5/4)=5、4×(5/4)×(6/5)=6の三音が「和音」となる。
 この三音から成る「和音」は〈ピタゴラス音律〉の場合と同じではない。
 既述のように、〈ピタゴラス音律〉では、C-E-G(ド-ミ-ソ)三音は、1、81/64、3/2。
 これに対して〈純正律〉では、1、5/4、3/2。
 どちらが「美しい」かは主観的な感性の問題だが、どちらが「調和的」・「協和的」かと問えば、答えは通常は〈純正律〉になるだろう。音波(周波数)比がより簡潔だからだ(なお、同じことはますます、〈十二平均律〉と比べても、言える)。
 -------
 このような長所、優れた点を〈純正律〉はもつが、欠点も大きい。
 この欠点を、かつての秋月のコメントはこう書いた。
 「純正律では、全音には大全音と小全音の二種ができ、それらを二分割してその片方を(純正律での)『半音』で埋めるとしても、大全音での残余、小全音での残余、元来の(純正律での)「半音」という少なくとも三種の半音が生まれる。このような音階は(かりに『幹音』に限るとしても)、<十二平均律>はもちろん、ピタゴラス音律よりも簡潔ではなく、複雑きわまりない。」
 上の趣旨をM·ウェーバーがかつて淡々と述べていたと見られるのが、引用(・再掲)したつぎの文章だ。
 「オクターヴ内の二つの全音階的半音音程の中間には、一方に二個の、他方には三個の全音が存在し、いずれの場合にも、二番目の全音が小全音で、それ以外はすべて大全音である」。
 「オクターヴの内部に次々に新しい音を獲得してゆくと、全音階的音程の中間に二個ずつの『半音階的』音程が生ずる」。
 「全音には二種類あるので、二つの半音階音のあいだには、大きさの異なる二種類の剰余音程が生ずる。
 しかも、全音階的半音と小半音の差は、さらに別の音程になるのであるから、ディエシスは、いずれも2、3、5という数から構成されているとはいえ、三通りのきわめて複雑な数値になる」。
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 現在のわれわれのほとんどは、「半音」、つまり〈十二平均律〉では全12音の隣り合う音のあいだの間隔は一種類の「半音」だ、ということを当たり前のことと考えている。「全音」は半音二つで成るのであって、これも一種類しかない、ということも同様だろう。
 したがって、「全音」には二種がある、「半音」には①「大全音での残余」、②「小全音での残余」、③「元来の〔純正律での〕半音」という三種類がある、という音階・音律を想像すらできないかもしれない。
 しかし、これが、「5」という数字を導入し、かつC-E-G(・F-A-C・G-B-D)という三音関係の「調和」性・「協和」性を重視した(ある意味では「執着した」)結果でもある。
 --------
 二種の「全音」、三種の「半音」の発生の〈仕組み〉、計算過程を説明することは不可能ではないが、立ち入らないことにしよう。
 また、〈純正律〉はまったく使いものにならない、というのでもない。
 移調や転調をする必要がない場合、ということはおそらく間違いなく、ピアノやバイオリンによる一曲だけの独奏の場合、発声による独唱の場合は、むろん事前の調律・調整が必要だが、使うことができる。また、訓練次第で、そのような独奏や独唱の集合としての合奏や合唱もまた可能だと思われる。
 現に、〈純正律〉(や〈十二平均律〉以外)による楽曲はCDになって販売されているし、YouTube でも流れている。
 ——
 以上。

2715/M·ウェーバー・音楽社会学(No.2641)—部分的再掲②。


 No.2641での秋月の「若干のコメント」の再掲。
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 若干のコメント
  〔No.2715において省略〕
  「音楽理論」との関係に限定すれば、つぎのことが興味深く、かつ驚かされる。すなわち、この人は、ピタゴラス音律および純正律または「2,3,5」という数字を基礎とする音律の詳細を相当に知っている。
 そして、上掲論文(未完)の冒頭で指摘しているのは、ピタゴラス音律および「2,3,5」という数字を基礎とする音律が決して「合理的でない」ことだ。
  ピタゴラス音律に関連して、3/2または2/3をいくら自乗・自除し続けても「永遠に」ちょうど2にならないことは、この欄で触れたことがある。
 M・ウェーバーの言葉では、「この手続をたとえどこまで続けても、これらの分数の累乗が同一の音に出くわすことはけっしてありえない」、「12乗にあたる第十二番目」の音は1オクターブ上の音よりも「ピュタゴラス・コンマの差だけ大きい」。
 さらに、以下の語句は、今日の日本でのピタゴラス音律の説明について秋月瑛二が不満を感じてきたところを衝いていると思える
 「何らかの関係で『圏』状に上行または下行すると…」。
 この「上行・下行」は、ここでは立ち入らないが、「五度圏(表)」における「時計(右)まわり」と「反時計(左)まわり」に対応し、「♯系」の12音と「♭系」の12音の区別に対応していると考えられる。
 さらに、螺旋上に巻いたコイルを真上(・真下)から見た場合の「上旋回」上の12音と「下旋回」上の12音に対応しているだろう。
 そして、M・ウェーバーが言うように「二つの音程は必ず大きさの違うものになる」であり、以下は秋月の言葉だが、「#系」の6番めの音(便宜的にF♯)と「♭」系の6番めの音(便宜的にG♭)は同じ音ではない(異名異音)。このことに、今日のピタゴラス音律に関する説明文はほとんど触れたがらない。
  <純正律>、<中全音律>等に、この欄で多少とも詳しく触れたことはない。
 だが、上記引用部分での後半は、これらへの批判になっている。
 純正律は「2と3」の世界であるピタゴラス音律に対して「5」という数字を新たに持ち込むものだ。そして、今日にいう<C-E-G>等の和音については、ピタゴラス音律よりも(<十二平均律>よりも)、協和性・調和性の高い音階または「和音」を形成することができる。
 しかし、M・ウェーバーが指摘するように、純正律では、全音には大全音と小全音の二種ができ、それらを二分割してその片方を(純正律での)「半音」で埋めるとしても、大全音での残余、小全音での残余、元来の(純正律での)「半音」という少なくとも三種の半音が生まれる。このような音階は(かりに「幹音」に限るとしても)、<十二平均律>はもちろん、ピタゴラス音律よりも簡潔ではなく、複雑きわまりない。
 なお、「オクターヴ内の二つの全音階的半音音程の中間には、一方に二個の、他方には三個の全音が存在」する、という叙述は、つぎのことも意味していることになるだろう。すなわち、鍵盤楽器において、CとEの間には二個の全音が(そしてピアノではそれらの中間の二個の黒鍵)があり、Fと上ののCの間には三個の全音(そしてピアノではそれらの中間の三個の黒鍵)がある、反面ではE-F、B-Cの間は「半音」関係にある(ピアノでは中間に黒鍵がない)、ということだ。
 彼は別にいわく、「次々に新しい音を獲得してゆくと、全音階的音程の中間に二個ずつの『半音階的』音程が生ずる」。二個というのは、純正律でもピタゴラス音律でも同じ。
 また、長調と短調の区別の生成根拠・背景に関心があるが、この人によると、「長3度が上に置かれるか下に置かれるかによって、それぞれ『長』音列か『短』音列のいずれかが得られる」。これは一つの説明かもしれない。
 ——
 以上。

2714/M·ウェーバー・音楽社会学(No.2641)—部分的再掲①。

 マックス·ウェーバー・音楽社会学=安藤英治·池宮英才·門倉一朗解題(創文社、1967)
 この邦訳書での、M·ウェーバー自身による叙述の冒頭すぐからの文章を、先に紹介した。→No.2641/2023/07/01。その一部の再掲。
 ——
 一〔=第一章冒頭—秋月〕
 和声的に合理化された音楽は、すべてオクターヴ(振動数比1:2)を出発点ととしながら、このオクターヴを5度(2:3)と4度(3:4)という二つの音程に分割する。
 つまり、n/(n+1)という式で表される二つの分数—いわゆる過分数—によって分割するわけで、この過分数はまた、5度より小さい西欧のすべての音程の基礎でもある。
 ところが、いま或る開始音から出発して、まず最初はオクターヴで、次に5度、4度、あるいは過分数によって規定された他の何らかの関係で「圏」状に上行または下行すると、この手続をたとえどこまで続けても、これらの分数の累乗が同一の音に出くわすことはけっしてありえない。
 例えば、(2/3)12乗にあたる第十二番目の純正5度は、(1/2)7乗にあたる第七番目の8度よりもピュタゴラス・コンマの差だけ大きいのである。
 このいかんとも成し難い事態と、さらには、オクターヴを過分数によって分ければそこに生じる二つの音程は必ず大きさの違うものになるという事情が、あらゆる音楽合理化の根本を成す事実である。
 この基本的事実から見るとき近代の音楽がいかなる姿を呈しているか、われわれはまず最初にそれを思い起こしてみよう。
 ****〔一行あけ—秋月〕
 西欧の和音和声的音楽が音素材を合理化する方法は、オクターヴを5度と4度に、次に4度はいちおうどけておいて、5度を長3度と短3度に((4/5)×(5/6)=2/3)、長3度を大全音と小全音に((8/9)×(9/10)=4/5)、短3度を大全音と大半音に((8/9)×(15/16)=5/6)、小全音を大半音と小全音に((15/16)×(24/25)=9/10)、算術的ないし和声的に分割することである。
 以上の音程は、いずれも、2、3、5という数を基にした分数によって構成されている。
 和音和声法は、まず「主音」と呼ばれる或る音から出発し、次に、主音自身の上と、その上方5度音および下方5度音の上に、それぞれ二種類の3度で算術的に分割された5度を、すなわち標準的な「三和音」を構成する。
 そして次に、三和音を構成する諸音(ないしそれらの8度音)を一オクターヴ内に配列すれば、当該の主音を出発点とする「自然的」全音階の全素材を、残らず手に入れることになる。
 しかも、長3度が上に置かれるか下に置かれるかによって、それぞれ「長」音列か「短」音列のいずれが得られる。
 オクターヴ内の二つの全音階的半音音程の中間には、一方に二個の、他方には三個の全音が存在し、いずれの場合にも、二番目の全音が小全音で、それ以外はすべて大全音である。
 ----〔改行—秋月〕
 音階の各音を出発点としてその上下に3度と5度を形成し、それによってオクターヴの内部に次々に新しい音を獲得してゆくと、全音階的音程の中間に二個ずつの「半音階的」音程が生ずる。
 それらは、上下の全音階音からそれぞれ小半音だけ隔たり、二つの半音階音相互のあいだは、それぞれ「エンハーモニー的」剰余音程(「ディエシス」)によって分け隔てられている。
 全音には二種類あるので、二つの半音階音のあいだには、大きさの異なる二種類の剰余音程が生ずる。
 しかも、全音階的半音と小半音の差は、さらに別の音程になるのであるから、ディエシスは、いずれも2、3、5という数から構成されているとはいえ、三通りのきわめて複雑な数値になる。
 2、3、5という数から成る過分数によって和声的に分割する可能性が、一方では、7の助けを借りてはじめて過分数に分割できる4度において、また他方では大全音と二種類の半音において、その限界に達するわけである。
 ----〔改行、この段落終わり—秋月〕。
 (以下、省略)
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2713/私の音楽ライブラリー36。

 私の音楽ライブラリー36。
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 110-01 →Kvitka Cisyk, We will go to the hills. 〔macleon1978〕
 110-02 →Oksana Mukha, We will go to the hills.〔sergmt777〕

 111a →Kvitka Cisyk, Youth doesn’t return. 〔- トピック〕
 111b →Kvitka Cisyk, Youth doesn’t return.〔Tatiana〕

 112-1a →Kvitka Cisyk, You light up my life. 〔oksana **〕
 112-1b →Kvitka Cisyk, You light up my life. 〔Yulia Radova〕
 112-2 →Debby Boone, You light up my life.〔SONIDOS RETRO〕
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2712/池田信夫のブログ037。

  池田信夫ブログマガジン2024/01/22号の一部から。
 「では人間はどうやってフレームを設定しているのか。
 それは子供のとき、まわりの環境を見てニューロンをつなぎ替えて自己組織化しているらしい。
 言葉を覚えるときは、特定の発音に反応するニューロンが興奮し、同じ反応をするニューロンと結合する。/
 最初のフレームはニューロンの結合で遺伝的に決まっているが、それは人類の長い歴史の中で生存に適したものが選ばれているのであり、経験から帰納したものではない。
 そこからフレームが自己組織化されるが、その目的は個体と集団の生存である。」
 ---------
 この数文のうち、重要なのはつぎの二つだ。
 ①「最初のフレームはニューロンの結合で遺伝的に決まっているが、それは人類の長い歴史の中で生存に適したものが選ばれている」。
 ②「自己組織化」の「目的は個体と集団の生存である」。
 後者②は、<利己>と<利他(帰属集団)>のどちらがヒトにとって本質的かという、池田がいっときよく論及していた主題にかかわるだろう。
 以下では、前者①にだけ触れる。
 ——
  あらためて言うまでもないようなことだが、ホモ・サピエンス(人類)としての共通性を、どの人種も、民族も、もっている。
 上の言葉を利用すれば、「人類の長い歴史の中で生存に適したもの」として「選ばれ」た、「ニューロンの結合で遺伝的に決まっている」もの、ということになるだろう。
 胴体と頭と四肢(二本の腕と二本の脚)という肉体的・身体的なことのほか、〈快・不快〉とか〈喜び・悲しみ〉といった感覚・感情・感性も、「人類」としての共通性が<かなりの程度>あるようであることは、インバウンドとやらで日本に来ている多数の外国人を見ていても分かる。
 「笑い」にも苦笑から冷笑まで種々のものがあるが、爆笑・大笑いとまでいかない「ふつうの」笑いを示すとき、どの人種も、民族も、<かなりの程度>似たような表情を見せるようだ。
 これは、いったいなぜなのだろうか。
 「身体的」と「精神的」の二分自体がずいぶんと怪しいのだが(知性・感性を生み出す「脳」はどっちか)、とりあえずこの問題は無視しょう。
 「身体的」であれ「精神的」であれ、ホモ・サピエンス(人類)は<標準的な>装備品を身につけて生まれてきているようだ。それは、共通するまたは<標準的>な人類としての「生物的遺伝子」による、と言ってよいのだろう。
 こう述べて、済ますことはできない。
 ——
  一つの問題は、一つの(一人の)個体にとって、「生物的遺伝子」によって決定された部分と生後の「環境」によって決定または制約された部分は、どういう割合であるのか、あるいは両者はどういう関係に立つのか、だ。
 全てが「親ガチャ」によるのではない。また、全てが「自分」の「自由意志」と無関係な「遺伝」と「(生育)環境」によって決せられるのでもない。
 ともあれ、上で簡単に「生後」と書いたことも、厳密には問題がありそうだ。
 シロウト的叙述になる。受胎時からまたは「生命」の発生と言ってよい瞬間から、胎児は、母体=母親からすでに、母体を通じて種々の「外界」の影響を受けているのではないだろうか。
 直感的に書くと、例えば、母体=母親の心臓の拍動と血流の変化を胎児はすでに「感じ」ていて、その「速さ」=反復の頻度は、ヒトのとっての基礎的な「速さ」の感覚としてずっと残りつづけるような気がする。
 母親の「気分」や、例えばよく聴く音楽もまた、全く関係がない、とは断定できないだろう。
 だが、モーツァルトが「胎教」に良いとかの俗説にどのような実証的な根拠があるのか知らない。何らかの関係があるのだろうが、程度・内容等々を実証的に語るのは—現今のところは—不可能だろう。
 ——
  もう一つの問題はこうだ。ホモ・サピエンス(人類)としての共通性以外に、人種や民族等々によって異なる「多様性」があることも、常識的・経験的に知っている。この「多様性」をより正確にどのように理解し、またどのように〈評価〉すればいいのだろうか。
 その多様性は、生活する地域・圏域の地理や気候の差異によって形成されてきた、一定の「人類」集団ごとの「生物的遺伝子」によって生じてきたのだろう。毛髪や眼(虹彩)、皮膚の色等の違いは、よほどの長いあいだ、交流・交雑がなかったことを推測させる。
 ここで、とくに欧米またはヨーロッパとの対比で語られてきた「日本」論や「日本人」論が視野に入ってくる。
 だが、人種や民族ごとの特性にかかわる議論は、かなりの慎重さを必要とする。
 第一に、諸「人種」や諸「民族」それ自体を同じレベルで語れるのか、という問題がある。
 「日本」や「日本人」と対照されるべき他の「民族集団」は、例えば何(どれ)だろうか。
 第二に、どちらが「優れて」いるか、「劣って」いるか、という議論につながる可能性がある。しばしば優・劣を判断する基準を曖昧にしたままでの議論だ。
 下の著は「ヒトゲノム計画」を叙述する中で、全く付随的にだが、「人種や民族集団の遺伝的違いは知性や犯罪性などと結びついている」という過去の「幽霊」を、2000年頃の某研究所長の「人種と遺伝学に関する持論」は蘇らせた、と記している。
 W·アイザックソン/西村美佐子=野中香方子訳・コード·ブレーカー—生物科学革命と人類の未来(原書2022、邦訳書2022)
 第三に、例えば「日本」とか「日本人」について語るとき、「日本」という社会集団または国家・地域意識はいつ生まれたのか(「日本」という言葉の成立とは直接の関係はない)、現在につながる「日本人」はいつ頃、どのようにして誕生したのかについて、無知であるか、または幼稚な知識を前提としている場合があると見られる。
 いったいいつの頃の、またはいつ頃から現在につづく「日本」・「日本人」を念頭に置いて論じているのだろうか。
 下の年二回刊行の雑誌は実質的に最終号のようだが、<日本とは何か、日本人とは?>を特集内容としている。
 10名近い執筆者たちにおいて、上に述べたような「日本」・「日本人」の意味や時期は明確になっているのだろうか。この点にも興味をもっていくつかの論考を読んでみよう。
 佐伯啓思監修・ひらく(年二回刊)第10号(A &F、2024年1月)
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2711/私の音楽ライブラリー35。

 私の音楽ライブラリー35。
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 106 →永井龍雲, 小さな愛, 1979.〔風の風来坊〕
   作詞=作曲/永井龍雲。
 107 →永井龍雲, つまさき坂, 1979. 〔ジェームズ政則〕
   作詞=作曲/永井龍雲。
 108 →永井龍雲, 暮色, 1980. 〔アニマルライフな—〕
   作詞=作曲/永井龍雲
 109 →永井龍雲, めぐりあわせ, 2017. 〔風の風来坊〕
   作詞=作曲/永井龍雲。
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2710/私の音楽ライブラリー㉞。

 Where Are You Now ?

 105-01a →Kvitka Cisyk, Where are you now ? 〔- トピック〕
 105-01b →Kvitka Cisyk, Where are you now ? 〔Nastia Kusimo〕


 105-02 →Katarzyna Klosowska, Where are you now ? 〔Katarzyna Klosowska -〕

 105-03 →Oksana Mukha, Where are you now ? 〔OksanaMukhaMusic〕

 105-04 →Marta Shpak, Where are you now ? 〔Marta Shpak〕
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2709/池田信夫のブログ036。

  池田信夫の最近のブログは、「科学革命」に論及していることが多い。
 「革命」にも、さまざまなものがある。
 ——
  ユヴァル·ハラリ/柴田裕之訳・サピエンス全史(原書2011、邦訳書2023)の最初の方では、「認知革命」なるものが語られている。大きな第一部の表題自体が、「認知革命」だ。
 「約7万年年前」の「認知革命」、「約1万2000年前」からの「農業革命」、「500年前」に始まった「科学革命」の三つの「革命」があったとしたあと、「認知革命」についてこんなことを書いている。
 「認知革命」(=7万年前から3万年前にかけて見られた、新しい思考と意思疎通の方法の登場」)に伴って、「伝説や神話、神々、宗教」は「初めて現れた」。
 ホモ·サピエンスは「認知革命」のおかげで「虚構、すなわち架空の事物について語る」能力を獲得した。そして「虚構のおかげで、私たちはたんに物事を想像するだけではなく、集団でそうできるようになった」。
 これらは間違いではないだろう。
 ハラリが「思考」や「意思疎通」の方法として「言語」以外のものを排除しているとは読めないが、「思考」の結果の表現や「意思疎通」の重要な、かつ主要な手段になるのは(とくに他者・集団との関係では)「言語」であることは否定できないだろう。
 「感覚」、「感情」、「情動」の表現や伝達の方法としても、「言語」は必ずしも不可欠でないとしても、役立ちうる。
 もっとも、「言語」として一つの<祖サピエンス語>を想定し、それが諸言語に分化したとする主張や学説は存在しないはずで、ハラリが想定する「言語」はこの点で不分明であるような気もする。
 また、こうも書いている。
 「最も広く信じられている説」によると、「たまたま遺伝子の突然変異が起こり、サピエンスの脳内の配線が変わり」、従来にない思考や「まったく新しい種類の言語を使って(の)意思疎通」が可能になった。この変異を「知恵の木の突然変異」と称してよいかもしれない。
 ——
  上の最後の叙述部分を、以下は否認している。
 池田信夫ブログマガジン2023年11月13日号——「戦争は『共感革命』から生まれた」。
 こう、書かれる。
 「(ハラリ著によると)人類は7万年前に『認知革命』という突然変異で言語の能力を獲得してフィクションを信じるようになったというが、そんな証拠は遺伝的にも考古学的にもない。
 人類の脳は200万年前から大きくなり始め、ホモ·サピエンスが出てくる30万年前には現在の大きさになっていた。
 言葉の使用は脳の拡大の結果であり、突然変異で生まれたものではない。」
 どうやら、池田の言い分の方が適切なようだ。
 問題はさらには、脊椎動物・哺乳類の中で、なぜホモ·サピエンスだけが脳を大きくすることができ、その結果として、サピエンスの大まかな種別ごとに「言語」を生み出すことができたか、にあるだろう。
 なぜ、人類だけが膨大な数の(一個体に1000億個とされることすらある)神経細胞(ニューロン)を脳内に形成・蓄積できるようになり、「言語」も操作できるようになったのか、と言い換えてもよい。
 なお、神経細胞はヒト・人間の身体じゅうにあるが、ヒトの場合は数の上では圧倒的多数が脳内にあるとされる(多さと脳への偏在?が人類を他の動物と区別する)。そして、「脳」>「ニューロン」こそが言語活動を含む人間の知性的・理性的活動の源泉になっている。
 ——
  「序章」だけとりあえず読むに終わるだろうと思っていたら、邦訳のうまさもあってか、上巻の半分くらいまで読んでしまったのは、つぎの書だ。
 W·アイザックソン/西村美佐子=野中香方子訳・コード·ブレーカー—生物科学革命と人類の未来(原書2022、邦訳書2022)。
 書名にも「生物科学革命」という語がある。
 「序章」の中の一節の表題は「原子の革命、ビットの革命、そして遺伝子の革命」だ。
 その中で、こう書かれている。
 「20世紀前半」は、「物理学を原動力とする革命の時代だった」。
 「20世紀後半は、情報テクノロジーの時代だった」。その基礎は「ビット」のアイディアだった。1950年代にこれが「マイクロチップ、コンピュータ、インターネットの開発」につながり、「この三つのイノベーション」が結びついて「デジタル革命」が起きた。
 「今私たちは第三の、さらに重要な、生物科学革命の時代に突入した」。子どもたちは「デジタル・コーディング(符号化処理)」だけでなく「遺伝子コード」を学ぶようになるだろう。
 以上。
 「物理学」(アインシュタインの相対性理論・量子論以降の原子力・トランジスタ等々)による「革命」、「ビット」の二進法思考を基礎にした「デジタル革命」、「生物科学革命」の三つが語られている。
 節の表題に戻ってほぼそのまま利用すれば、「原子の革命、ビットの革命、遺伝子の革命」の三つになる。
 --------
 こういう大きな時代変化の認識の記述あるいは「革命」に関する叙述に接すると、<資本主義から社会主義へ>という時代変化の予見や「社会主義革命」などという観念は、ちっぽけで些細なものに感じる。万が一、この予見や観念が「正しい」ものだとかりにしても、だ。
 資本主義・社会主義論は、かりにこの区別が成り立つとしても、「生産力」と「生産関係」の相剋などを基礎にした議論なのであり、人類全体の大きな見通しの中では、一部の側面にのみ着目した、ちんまりとした「細区分」に他ならないように考えられる。
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2708/池田信夫のブログ035。

 池田信夫のブログ035。
 ——
 一 池田信夫ブログマガジンのうち前回(No.2706)に取り上げたもののさらに一つ前の号と新たに読んだ最近の号から、興味深く感じた小文章のタイトルは、以下のとおり。なお、前回もそうだが、これら以外はつまらない、あるいは全く理解できない、という趣旨ではない。
 --------
 12月18日号
 ①「ブッダという男」。
 ②「名著再読: (A·ディートン)大脱出」。
 02月05日号
 ③「宇宙はなぜ人間のために『微調整』されているのか」。
 ④「イノベーションに必要なのは『否定的知識』」。
 ⑤「名著再読: (クーン)科学革命の構造」。
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  とくに意図せず、思いつくままの感想等。
 ④によると、古代ギリシャの自然哲学・古代ギリシャの都市国家→ローマ帝国のあいだには断絶があり、ギリシャ自然哲学はローマ帝国に継承されなかった。それはとくに、後者により「キリスト教が国教」とされたことによる。「ギリシャ文化は『異教』として排除され、イスラム圏に追いやられた。ヨーロッパが「自然哲学」を必要としたのは、「…などの実用的な科学」が必要になった、「植民地支配」を始めた「16世紀」以降だ。
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 ギリシャの哲学者と言えば、ピタゴラスを想起する。そして、この人物は<ピタゴラス音律>の創始者とされるのだが、1オクターブを12の異なる音で構成する(現在でもこの点は同じまま)ということの背景には、「神」は全てを美しく、体系的に全てを創作したはずだ(12という数字は「美しい」)という考えも少しは影響したのではないか旨、この欄に書いたことがあった。
 しかし、よく考えれば(よく考えなくとも)、ピタゴラスの時代にはまだ<キリスト教>は成立していなかったようで、「神」の理解にもよるが、上の推測は間違い。
 但し、<ピタゴラス音律>を用いた音楽の発展にはキリスト教の教会、そこでの「教会音楽」が相当に寄与したはずだ。ドイツ(と日本)では「音楽の父」とされるJ·S·バッハは、ドイツ・ライプツィヒの教会でも働いた鍵盤楽器演奏者(オルガニスト)・作曲家だったが、当時はまだ<十二平均律>は全く一般的ではなく<ピタゴラス音律>がかなり使われていただろう。
 なお、<十二平均律>が欧州で支配的になったとされるのは、—日本はその圧倒的な影響を受けるのだが—19世紀だ(こんなこともM·ヴェーバー『音楽社会楽』は書いている。日本のことは別)。
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  上の①によるとこうだ。「ブッダ(集合名詞)の思想的コア」は、「無我」(=「所有の放棄とか我執からの解放といった意味」)だろう。但し、「高度な教理」はなく、「大乗仏教になってから」、「複雑な仏教哲学」ができた。この時期の仏教が日本にも輸入されて、「既存の民俗信仰と習合した」。「それは東洋的な『無』をコアにする点」で、「それほど異質な宗教ではなかった。
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 東アフリカで生まれたヒト・人間(ホモ·サピエンス)は今のシリア・イラン(その隣国が今はイスラエル)あたりで東西に分かれて、西へはヨーロッパに、東はインド、東アジア(今の中国、日本等)へと(途方もない年月とともに)分かれていった、という。
 今でも西欧または欧米と東アジアは異質だと語られることが多い。
 どちらもホモ·サピエンスとしての基礎的な遺伝子(あるいはDNA配列)を有するだろう点では全く共通しているはずだ。しかし、外形や容貌を別としても、言語のみならず、文化や「思考方法」の点で異なることが多いとされていると思われる。
 西と東、とくに西欧(今のドイツも含める)と日本は、どういう点で異なり、それはいったいなぜそうなったのか?
 多く語られて論じられてきた主題に、秋月もまた最近は大きな関心を持っている。
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 池田の上の文章では日本を含む東アジアの「無我」あるいは「無」の哲学または宗教が語られている。
 だが、ヨーロッパには、あるいはキリスト教には、そのような意識・考え方はないのか。本当にそうならば、なぜそうなのか。
 批判をしているのではない。自問のようなものだ。
 一神教ではなく多神教だから、日本は優れているのだ、とかの日本会議系または櫻井よしこ流の幼稚な思いつき的発想では、何の回答にもならない。
 「かみ」を信仰・崇敬の対象としている点で「神道」は一神教だとも言えるし、仏教上も、釈迦に近い順らしいが、如来・菩薩・明王・天という順での、かつそれぞれの中でも多様な信仰または崇拝の対象がある。キリスト教の場合も、「聖〜」とかの複数の聖人も崇拝・拝礼の対象になっている。
 日本の「宗教」とは、日本人の「信仰」とは。この問題には当今、大きな興味を持っている。
 池田の上の文章の中には、大乗仏教と「習合」した「既存の民俗信仰」という言葉が出ている。
 仏教と「習合」したこれを「神道」だとは、池田信夫も考えていないだろう。
 「神道」という言葉・概念がない時期だったのだから、8世紀前半の日本書記や古事記から「既存の民俗信仰」の確かで明確な姿や内容を語ることはできないだろうと思われる。
 ここで何かを論じる能力・資格は、秋月にはない。
 ただ素人的にでも興味深く思うのは、日本にあった(今でもある)山岳信仰、一般的にはこれと少しは違うだろうが、<修験道>という今でも完全には消失していない(今では仏教に分類される)「道」・宗教だ。さらに、これも今は仏教の一種とされているが、<役行者信仰>というものの存在とその実体だ。
 こうしたものは、日本人のいったいどのような根本的「哲学」または「宗教」を示して、あるいは示唆して、いるのか。
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  ところで、櫻井よしこや西尾幹二は、仏教伝来までに日本にはすでに確固たる「神道」があって、「寛容な」後者が前者を受け入れた、という旨を恥ずかしげもなく書いている。
 従前にあった「神道」なるものの実体を明確にできないかぎり、この主張は馬鹿げている。
 こんな主張よりも、仏教「公伝」以前に、ある程度は半島経由だろうが、大陸中国から重要な「知識」または「文化」をすでに受容していた、そうしたものの影響を受けていた、ということの方が重要だろう。
 「暦法」または基礎的な「天文学」はこれにあたる。確認しないが、古事記でも日本書記でも天皇即位年を基準とする年次表記、元号制定後の元号を利用した年次表記、の他に「干支」を使ったものがある。これは日本産ではなく、仏教「公伝」よりも早くから知られていて、すでに利用されていたのではないか。
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 こんなふうに雑文を綴っていくと、際限がなくなる。
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2707/私の音楽ライブラリー㉝。

 私の音楽ライブラリー㉝。
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 101 →柴田淳, ハーブティー, 2011. 〔NoticesdByYou〕
   柴田淳/作詞・作曲。

 102 →柴田淳, 紅蓮の月, 2006. 〔aki0619〕
   柴田淳/作者・作曲。

 103 →柴田淳(cover),東京. 〔昌〕
   森田貢/作詞・作曲。

 104 →柴田淳(cover),卒業写真.〔yuki kari〕
   松任谷由実/作詞・作曲。
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2706/池田信夫のブログ034—「ニューロン」。

  日本共産党の問題には、大した興味は持っていない。池田信夫が最近に論及している主題にの方がはるかに興味深く、かつ重要だと思われる。
 秋月による言い換えが入るが、<ヨーロッパ近代>とは何だったか、キリスト教はどういう役割を果たしたか、日本が明治以降に模倣・吸収しようとした<近代(ヨーロッパの)科学>の意味、そこでの「大学」の意義、「哲学」の諸相、等々。
 そしてまた、我々の世代はヨーロッパまたは西欧コンプレックスをもってきたものだが(明治以降の日本人からの継承だ。敗戦も関係する。マルクス主義もまた欧州産の「思想」体系だった)、<ヨーロッパ近代>を徹底的に相対化する思考または論調がむしろ支配的になっているのではないか、とも思わせる。
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 このような主題に関連する、この一ヶ月余の池田信夫の小論に、以下があった。タイトルだけ示す。日本共産党にかかわる小論は2024/01/22号に含まれているのだが、これよりも本来は、下記のものの方が面白い。
 2023/12/25号。
 「『実用的な知識』はなぜヨーロッパで『科学』になったのか」。
 「自己家畜化する日本人」。
 「『構造と力』とニューアカデミズム」。〔浅田彰〕
 「名著再読: ヨーロッパ精神史入門
 2024/01/15号。
 「『科学革命』はなぜ16世紀のヨーロッパで生まれたのか」。
 「名著再読: ウィトゲンシュタインはこう考えた」。
 2024/01/22号。
 「キリスト教は派閥を超える『階級社会』の秩序」。
 「名著再読: (ヒューム)人間知性研究」。
 2024/01/29号。
 「あなたが認識する前から世界は存在するのか」。
 「名著再読: (ショーペンハウエル)自殺について」。
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  「cat」・「猫」の「言葉」問題に触れ、池田にはたぶん珍しく「ニューロン」という語を使っていたのははたしていずれだったかと探索してみると、2024/01/22号の中の、「名著再読: (ヒューム)人間知性研究」だった。
 「ニューロン」も出てくるつぎの一連の文章は、なかなかに興味深く、いろいろな問題・論点の所在を刺激的に想起させてくれる。
 最初の「フレーム」について、「フレーム問題」を池田信夫のブログの検索窓に入力すると多数出てきた。何となく?意味は分かるので、ここでは、立ち入らない。
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  「では人間はどうやってフレームを設定しているのか。
 それは子供のとき、まわりの環境を見てニューロンをつなぎ替えて自己組織化しているらしい。
 言葉を覚えるときは、特定の発音に反応するニューロンが興奮し、同じ反応をするニューロンと結合する。/
 最初のフレームはニューロンの結合で遺伝的に決まっているが、それは人類の長い歴史の中で生存に適したものが選ばれているのであり、経験から帰納したものではない。
 そこからフレームが自己組織化されるが、その目的は個体と集団の生存である。」
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 この数文は、いろいろな問題に関係する。
 秋月の諸連想、あるいは常識的・通俗的な秋月の思考の連鎖を、今後に書いてみよう。
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2705/池田信夫のブログ033—日本共産党・松竹伸幸②。

 池田信夫ブログマガジン2024年1月22日号から。同じ一節から、さらに感想等を記す。
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  池田はこう書く。
 「私は上田耕一郎とは一度、話したことがあるが、宮本のスターリニズムとはまったく違う気さくな人だった」。
 上耕と話したことがある、ということが書きたかったことかもしれない。しかし、一度話したくらいで、ある一人の日本共産党員が「スターリニズム」でない「気さく」な人だったと論定することは不可能だろう。たしかに、上田耕一郎が相対的に「自由に」語っていた印象は、私にもある。
 しかし、共産党員というものは、非党員・「大衆」に対して<演技>を平気でするものだと思う。直接には気さくに、愛想よく接しながら、党員たちだけの内輪の会合では、その非党員について辛辣な批評をし、ときには罵倒するくらいのことを平気でしているかもしれない。共産党員というのは、真面目であればあるほど、「内」と「外」を使い分ける、ある意味では<スパイ>のような二重人格者ではないか。
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  松竹伸幸は、近年では日本共産党中央とは一致していないらしき主張をしていたから、とっくに党員でなくなっていた、と私は何となく推測していた。だから、最近までまだ党員だったと知って驚いた。
 しかも、党中央による「除名」決定を不服として「再審査請求」とやらをしているらしい。
 ということは、自分の除名は不当だ、自分をまだ日本共産党員のままでいさせろ、と主張していることになるだろう。
 松竹さん、そんなに「日本共産党員」でいたいのかね
 批判しているような党中央をもつ政党など、喜んで辞めてやる、ということにならないのか、不思議でしようがない
 松竹伸幸の近年の行動は、<最後に一花咲かしたい>という程度のものでないか。その影響を受けて、朝日新聞社説が松竹への実質的支持と日本共産党への注文を書いたというのだから(私は読んでいない)、茶番劇であっても、ある程度の波風を立てるものだ(池田信夫までもが取り上げた)。 
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 ネット情報等によると、松竹伸幸は2000年の第22党大会前後に日本共産党中央委員会職員として政策委員会外交部長(2004年)等の要職にあり、2001年7月には参議院議員選挙に日本共産党の候補として立候補した(落選)。そして、2005-6年までは、中央委員会の事務局職員だったらしい。
 ということは、おそらく間違いなく、この人物は2000年の志位和夫・幹部会委員長による指導体制の発足を少なくとも容認し、その中で少なくとも5年程度は生活してきた
 にもかかわらず、種々のことがあったのだろうが、その後の彼の活動を党中央が問題視し始めるや、志位和夫の党内出自や経歴を批判し始めたのだとすれば、その心情は決して高潔なものではない(委員長公選制の主張など、この党にとっては奇抜な論点だ)。秋月は松竹伸幸という人物をほとんど「信用」していない。
 なお、松竹伸幸がまだ正統な?党員だった時代に出版した書物に、以下がある。いずれも、志位和夫・幹部会委員長の時期に出版されている。
 松竹伸幸・ルールある経済社会へ(新日本出版社、2004)
 松竹伸幸・レーニン最後の模索—社会主義と市場経済(大月書店、2009。これは、レーニンの1921年のネップ政策を擁護・称讃するもので、日本共産党・不破哲三の<市場経済を通じて社会主義へ>論に沿うものだった)。
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  池田信夫の叙述に戻ると、その小論の表題(「共産党が選ぶことのできた『もう一つの道』」にすらしているが、池田は、日本共産党が取り得た「もう一つの」可能性として、「党内闘争で上田兄弟が勝っていたら『社公民』に近い立場になり、野党を大同団結させて政権をになう社民勢力ができたかもしれない」と考えているようだ。
 しかし、池田の言う「今さら言ってもしょうがないないが」という以上に、そんな可能性がわずかにでもあっただろうか。
 日本共産党はコミンテルン日本支部として出発した、そのかぎりで「社民」主義と決別して発足した政党だ。それを維持して、日本社会党は、ある時は是々非々であっても、異質で対抗する政党だと自己認識してきた。
 したがって、「上田兄弟」路線の勝利→「社民」勢力の大同団結のためには、以下が必要だっただろう。すなわち、戦後すみやかに、または遅くとも1961年党大会=宮本体制発足までに、それまでの、「マルクス=レーニン主義」に立つ日本共産党と(かりに名前だけは維持するとしても)実質的に異なる政党になったと宣言しておくこと。
 宮本顕治には、過去の自分史からして、そんなことはできなかった。そしてまた、1970年に宮本委員長のもとで書記局長になり、1982年に宮本議長のもとで委員長となった不破哲三も、そんな可能性を(本心では)想定していた、とは思えない。不破は、宮本顕治によってこそ選抜されたのだ。
 「社民」主義への転換の最も良い機会は、1991年末のソヴィエト連邦解体だったかもしれない。欧州の「共産党」は雪崩を打ったようにソ連解体に対応し、大雑把に言うが、解党するか、「レーニン主義」政党ではなくなった。
 しかし、日本共産党は、<ソ連は社会主義国家ではなかった>と再定義して、その基本的立場を変えなかった。宮本顕治の力の弱化からしても、「社民」主義への転換の絶好のチャンスだったかもしれないが、1994年党大会までに実権をほぼ握ったかに見える不破哲三は、その「道」を選ばなかった。
 「上田兄弟」の(本音での)主義・路線なるものは、幻想であるか、または彼らの自己批判までにかぎって存在したもののように見える。
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  日本共産党が<社民主義>政党に転換または変質する可能性は、かなり読まれたらしいつぎの書物でも論及され、かつその可能性が肯定(または推奨)されているようだ。論評・感想を予定しつつ、まだこの欄でこの点に触れていない。
 中北浩爾・日本共産党(中公新書、2022)
 その可能性は、ないだろう。そのためには、1922年以降の全ての党の歴史を否定し、当然ながら「科学的社会主義」のもとで「社会主義・共産主義」の社会を目ざす、とする現在の党綱領を廃棄しなければならない。
 そんなことをこの党はできない。そして、ずるずると弱体化・劣化していく道を歩んでいくだろう。当然ながら、レーニンが1902年の「何をなすべきか」が示した<前衛>党組織・意識、1921年ロシア党大会で導入した<分派禁止>原則を、日本共産党が今になって、根本的なところで否定できるはずはない。
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2704/池田信夫のブログ032—日本共産党・松竹伸幸。

  池田信夫が「左翼」として批判的に論及してきたのは圧倒的に、のちの国民民主党と分岐した立憲民主党だった。日本共産党にはほとんど言及してこなかったように見える。
 その池田が珍しく共産党に言及している。
 池田信夫ブログマガジン2024年1月22日号—「共産党が選ぶことのできた『もう一つの道』」
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 田村智子の「スターリン的」体質うんぬんはさて措く。「レーニン主義」の共産党・組織原理をこの党が維持していることは間違いないだろう。
 池田信夫のこの小文章に触れたくなったのは、つぎによる。
 松竹伸行の書物に影響を受けつつ書いたようでもある(戦後・宮本顕治以降の)日本共産党の、とくに指導部・幹部の「歴史」のイメージは、私のそれとは相当に異なる。
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  松竹伸幸の最近の話題の?書物は、私は読む気がない。
 だから、池田の文章を読んでの推測になるが、松竹伸幸は自らと直接に対峙した日本共産党の最高幹部だった志位和夫に焦点を当てて、同党幹部批判をしているのではないだろうか。
 池田自身の文章たる性格がどの程度あるのか分からない。但し、こんなことが書かれている。
 <宮本顕治は権力を手放さなかった。
 宮本が議長退任後に上田兄弟(不破哲三・上田耕一郎)は党内人事で「リベラル派」を起用しようとしたが、宮本は「阻止し」、「東大細胞の新左翼勢力を追放した志位(和夫)を35歳で書記局長に抜擢した」。
 「志位はスターリンに対するベリアのような役割を果たして党内の反宮本派を粛清し、その功績で2000年に46歳で委員長になり、不破は議長に退いた。
 この人事も宮本が主導した」。
 上田兄弟の路線は最終的に挫折した。>
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  秋月は熱心な日本共産党ウォッチャーでないし、共産党(に関する)評論家ではない。
 しかし、上の叙述は「上田兄弟の路線」なるものを重視しすぎているだろう。
 決定的には、不破哲三の位置づけが小さすぎる、という印象が強い。
 私のイメージでは、1991年12月末のソ連解体から1994年7月の党第20 回大会までのあいだに、「ソ連」の見方に関する激しい論議とともに、宮本と不破の間での激烈な対立があった。
 そして、「ソ連」は社会主義国家でなかったと新しく定義されるとともに、党内人事でも、不破哲三が宮本に対して最終的にも勝利した。
 少しく、年表的に追ってみよう。
 1994年党大会のとき、宮本は満85歳。不破哲三は、満64歳。
 1990年の第19回党大会の時点で、不破哲三は幹部会委員長。宮本は、中央委員会議長。なお、この大会後、志位和夫が書記局長になった。
 宮本顕治は1994年党大会後も中央委員会議長だったが、1997年の第21回党大会で退き、なお維持した「名誉議長」職も2000年の第22回党大会で失った。
 この2000年、不破哲三が中央委員会議長となり、幹部会委員長に志位和夫が選ばれた。
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 松竹伸幸の影響を受けてか、池田信夫は、1990年に志位和夫を書記局長に「抜擢」したのは宮本であり、その後実力をつけて、不破哲三とは無関係に?、2000年の志位・委員長と不破・議長への就任があった、と叙述しているようだ。
 志位の書記局長職には幹部会委員長だった不破の同意・了解が少なくともあっただろう。
 また、不破70歳、宮本92歳、志位46歳のときの不破から志位への幹部会委員長職の委譲?は、もはや宮本はほとんど関係なく、不破の判断または二人の合意でもって行われたように推測される
 志位和夫が委員長になるまでは、不破が委員長だった。そして、委員長交代後も不破哲三が党内に影響を持ち続けたことは、不破はその後も中央委員会委員であることはもちろん、幹部会かつ常任幹部会の委員の一人だったことでも明らかだろう(党の社会科学研究所所長という要職?にもあった)。
 秋月は志位に対して凡庸だという印象しかもっていなかったので、幹部会の中でずっと不破哲三が「にらみ」を効かしている、と感じていたものだ。
 以上からして、宮本が「東大細胞の新左翼勢力を追放した志位(和夫)を35歳で書記局長に抜擢した」、志位は「党内の反宮本派を粛清し、その功績で2000年に46歳で委員長になり、不破は議長に退いた。この人事も宮本が主導した」という叙述は、かなり奇妙だ。
 1994年以降、宮本顕治にいかほどの「実権」があったのだろうか。この時期にそもそも、「反宮本派」はいかほどいたのだろうか。宮本に<人事を主導する>力があったのか。
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  ひょっとすると、松竹伸幸は、<志位和夫憎し>のあまり、「党史」を正しく叙述していない、あるいは正しく記憶していない、のではないか。
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2703/池田信夫のブログ031—大学・リベラルアーツ。

 一 池田信夫の昨秋あたり以降のブログマガジンは、興味深いまたは刺激的な内容が多かった。
 逐一の言及はしていない。Richard Dawkins の書物を使った又は基礎にした<利己的遺伝子>や<文化的遺伝子>等を扱っていた頃に比べて、むしろinnovate され、verbessern されていると思われるので、感心している。
 大きな流れからすると些末な主題だが、つぎの論定はそのとおりだと感じた。
 「リベラルアーツは、インターネットでも学べる陳腐化した知識にすぎない。
 実験や研究設備の必要な理系の一部を別にすると、現在の多メディア環境で『大学』という入れ物でしかできないことはほとんどない。」
 池田信夫ブログマガジン/2023年12月11日号—「近代システムの中枢としての大学の終焉」
 「別にすると」をそのまま生かして、最後の「ほとんどない」は「ない」でもよいと思える。
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 だが、今の日本で「大学」信仰はまだ強く残っているようだ。
 なぜか。どうすれば、打開できるか。これが、問題だ。
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 残っている理由の大きな一つは、戦前・戦後と基本的には連続するところのある日本の「学校教育」制度、「大学」制度によってそこそこに、あるいはそれなりに「利益を受けてきた」と意識的・無意識的に感じている者たちが、今の日本の諸「改革」論議を支えているからだ、と考えられる。
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  さて、適菜収、早稲田大学第一文学部卒。この適菜収を月刊誌デビューさせたと見られる元月刊正論編集代表・桑原聡、早稲田大学第一文学部卒。この桑原聡は同編集代表としての最後の文章の中で、「天皇をいただく国のありようを何より尊い」と感じる旨書いた。だが、一貫しているのかどうか、産経新聞社退職後は母校・早稲田大学で非常勤として「村上春樹」について講じているらしい。
 そして、西尾幹二、東京大学文学部「ドイツ文学」科卒。「哲学」科卒ですらない。
 ほんの例示にすぎないが、この人たちが何となく?身につけた「リベラルアーツ」は日本にとって、日本社会と日本国民のために、必要だったのか。
 しかし、「実験や研究設備の必要」でない、文学部の中での「文学」や「哲学」の専攻者と彼らの前提として必要な肝心の「文学」・「哲学」の大学教員は、何も「研究」していなくとも、当面は存在し続けるのだろう。
 おかしい、とは思う。だが、「おかしい」ことでも「現実」であり続ける。
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2702/私の音楽ライブラリー㉜。

 私の音楽ライブラリー㉜。
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 100-xx →カルメン·マキ, マキの子守唄(スペイン民謡) 1969.〔音楽の奇跡〕
  寺山修司/作詞で、「スペイン民謡」とされている。しかし、原曲は明らかに、下の、Yiddish Song である’Havenu shalem’だ。日本でかつて「ロシア民謡」とされてきたものの中にも、厳密にはウクライナやユダヤの人の「民謡」があるものと思われる。

 100-01 →Helmut Lotti, Havenu Shalom Aleichem. 〔Terezia Kormos〕

 100-02 →Havenu Shalom Aleichem. 〔Trad./Arr. Nachum Heiman -トピック〕

 100-03 →Havenu Shalom Aleichem. 〔Kerplankistaan Radio〕

 100-04 →Havenu Shalom Aleichem. 〔Jerusalem Academy〕
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2701/加地伸行の妄言と西尾幹二。

  「本人編集」の西尾幹二全集(国書刊行会)が刊行され始めたのは、2011年の秋だった。
 出版元は当時、宣伝用の冊子またはパンフを作成したのだろう。
 その内容を、現在でもネット上で読める。
 爆笑?気味にでも面白く読めるのは、加地伸行の「推薦の言葉」だ。加地のこのときの肩書は、「大阪大学名誉教授/立命館大学白川静記念東洋文字文化研究所長」。
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  全文の引用も能がない?ので、一部は省略・要約して、加地伸行の西尾幹二全集への「推薦の言葉」を紹介する。ほんの少しは<歴史的>意味があるかもれない。一行ずつ改行する。
 「西尾幹二氏は多作である。
 全集全二十二巻もの刊行が可能な著述家は、現在、ほとんどいない。」
 多方面に常に発言する「コメンテイターなる評論家」はいる。/
 同じように見えても、西尾は「決定的に異なる」。
 コメンテイターは「依頼者の意向やその場の雰囲気に合わせ」るので、「以前の発言と矛盾した発言をしても平気だ。世に迎合する者の常」だ。/
 「西尾氏は異なる。
 すぐれた学問的業績があり、それに基づいた確乎とした保守思想を有し、その一定の立場から発言するので、いかなる方面に対しても的確な見解を出し得、かつその内容に矛盾がない。
 不動にして一貫した姿勢、これは思想家であればこそなしうることである。」/
 「言わば、西尾氏は太陽である。
 太陽として輝いている。

  〔以下、二文略〕
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  すさまじく面白いのは、反復になるが、こうだ。
 西尾幹二は、「すぐれた学問的業績があり、それに基づいた確乎とした保守思想を有し、その一定の立場から発言するので、いかなる方面に対しても的確な見解を出し得、かつその内容に矛盾がない」。
 加地伸行は、本当にこう考えていたのだろうか。いやきっと、そう思い込んでいたのだろう。
 だが、2011年時点にせよ、「すぐれた学問的業績」があったとは到底思えない。加地はいったい西尾のどの著作を思い描いていたのか。
 「確乎とした保守思想を有し、その一定の立場から発言するので、いかなる方面に対しても的確な見解を出し得、かつその内容に矛盾がない」。
 これは全く事実に反する。例えば日本会議・椛島有三に対する西尾幹二の態度は揺れ動いた。
 「的確な見解を出し得、かつその内容に矛盾がない」。
 こんなことはない。西尾幹二が平気で前言と矛盾することを書いてきたことは、この欄で再三触れた。政治に屈服することがあり得ることも、西尾は早い段階で自分自身で書いていた。
 「依頼者の意向やその場の雰囲気に合わせ」るので、「以前の発言と矛盾した発言をしても平気だ。世に迎合する者の常」だ。
 こういう世のコメンテイター類に対する加地伸行の批判は、そのまま西尾幹二に当てはまる、と言って間違いではない。
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  西尾幹二全集全22巻は、2024年当初の時点で未刊のようだと、最近に知った。
 それに加えて、加地伸行がどうやら今でも月刊誌の巻頭に毎号に短文を掲載しているらしいことも、興味深いことだ(最近号で確認してはいない)。
 加地伸行の「教養・知識」、そして人生は、いったい何のために役立ってきたのか。
 老齢の妄言家の文章をしきりと掲載する出版社・雑誌があるとは、日本はなんと<贅沢な>国のことだろう。苦しんでいる人、困っている人はいくらでもいるというのに。
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2700/私の音楽ライブラリー㉛。

 私の音楽ライブラリー㉛。
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 094 →来生たかお·井上陽水·小椋佳, 少しは私に愛をください、1974年.〔hikari mayu〕
  小椋佳/作詞・作曲。

 095 →井上忠夫, 水中花, 1976.〔GSiloveyou〕
  阿久悠/作詞、井上忠夫/作曲。

 096 →久保田早紀, 憧憬、1980. 〔Sayuri Kume -Topic〕
  久保田早紀=山川啓介/作詞、久保田早紀/作曲。

 097 →五輪真弓, 雨宿り、1983. 〔Itchelielie〕
   五輪真弓/作詞・作曲。

 098 →石川優子, 風のセレナーデ. 1984.〔石川優子-トピック〕
  石川優子/作詞、樋口康博/作曲。

 099 →藤田恵美, 七月の感傷、1995. 〔Le Couple -Topic〕
  Le Couple/作詞・作曲。
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2699/私の音楽ライブラリー㉚—Katie Melua-02。

 私の音楽ライブラリー㉚。
 Katie Melua (1984年9月, ジョージア生まれ)②。
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 087 →Spider Webb, 2006. 〔DramaticoMusic〕

 088 →It's only Pain, 2006. 〔Katie Melua〕

 089 →If You were a Saiboat, 2007. 〔Katie Melua〕

 090 →What I miss about you, 2007. 〔Katie Melua〕

 091 →The One I love is Gone, 2010. 〔Alya Escapist〕

 092 →The Wall of the World, 2012. 〔Katie Melua〕

 093 →I will be there, 2013. 〔Katie Melua〕
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2698/私の音楽ライブラリー㉙—Cheremsyna。

 私の音楽ライブラリー㉙—チェレムシーナ、Cheremsyna
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 何度も聴いていると最初の印象が薄れてしまうが、とくに、以下の3段めの旋律は、日本の音楽やクラシックで聴いたことがないような気がする。
 ララララドドミソ/ソファ/ソソソソソファミレ/ファミ/
 ファファファファシラファレ/ファミ/レレレレソファミレ/ミラ/
 ドドドラソ♯ラシラ/ファレ/シシシソ♯ファミシド/レド/
 ララファレララ/レファミレファミ/レドシミ/ラ
 Kvitka Cisyk(Tsicyk)、1953.04〜1998.03。ウクライナからの移民だった両親のもとでアメリカ・ニューヨークに生まれ、主としてアメリカで活動。下の曲を含むウクライナ語での諸アルバムは本人の強い希望で作られたともされる。満44歳で癌のため死去。下の02は、この人への追悼のための音楽会の動画の一部だと思われる。
 Cheremsyna(チェレムシーナ、サクラの花の一種)。ウクライナの民謡・フォークソングではなく、1965年に、Music/Vasil Mikhailyuk、Lyriks/Mykola Yuriychuk で発表。最初の歌い手はKvitka ではなかった。Kvitka Cisyk, Two Coulors, 1989, の2曲めに、Spring’s Song のタイトルで収載されている。
 086-03 のElena Yelevan は、アルメニア人のようだ。
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 086-01a →Kvitka Cisyk, 〔Vasil Nikolaevich〕
 086-01b →Kvitka Cisyk, 〔Hrygorya Shzabarovshbky〕
 086-01c →Kvitka Cisyk. 〔Yuliya Radona〕

 086-02 →Nina Matbyanko.〔OksanaMukhaMusic〕

 086-03a →Elena Yerevan-a. 〔Ashot Sargsyan〕
 086-03b →Elena Yerevan-b. 〔Ashot Sargsyan〕

 086-04a →Stella Djanni. 〔ClipOnem -〕
 086-04b →Stella Djanni. 〔Karina N.〕

 086-05 →B&B Project. 〔Serhij〕

 086-06 →ロイヤル·ナイツ.〔Somewhat Obscure Songs〕
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2697/私の音楽ライブラリー㉘—Djelem Djelem。

 Djelem Djelem/A Yiddish Song.
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 085-01 →Barcelona Gipsy Klezmer Orchestra. 〔BGKO〕
 085-02 →Gitana. 〔Übermensch Magician〕

 085-03 →Tamara Jokic.〔Akustikhane〕
 085-04 →Jihan.〔Jihan〕

 085-05 →Esma Redzepova.〔Vid Mak〕
 085-06 →Himno Gitano.〔faga cv〕
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2696/私の音楽ライブラリー㉗—Flatbush Waltz。

 私の音楽ライブラリー㉗。
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 Flatbush Waltz—A Yiddish Music.
 084-01 →Andy Statman(楽譜).〔Eugen Baer〕
 
 084-02 →〔Lutz Elias-Cassel &Massel Klezmorim〕

 084-03 →I. Perlman. 〔itzhakperlman〕

 084-04 →Baraban. 〔Mirati Umaner〕

 084-05  →Oktopus. 〔Oktopus〕

 084-06 →Yaeko M. Elmaleh &M. McLaughlin.〔Yaeko Miranda Elmaleh〕
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 Lovely Moonlit Night (⑩のつづき).
 046-05 →〔Valeriy Dnipro〕

 046-06 →Elena Yerevan. 〔Ashot Satgsyan〕
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2695/私の音楽ライブラリー㉖—日本の唱歌。

 私の音楽ライブラリー㉖—日本の唱歌。
 日本の「唱歌」類は、日本古来の伝統的音楽ではない。明治維新以降に「西洋音楽」を(当時の文部省を先頭にして)積極的に学び吸収して学校教育の場に提供した楽曲類だと思われる。日本的風味を導入したり、(七五調などの)日本語文に適応したりするなどの努力がなされている。しかし、明治改元以降の30年〜50余年のあいだに(下の081まで)、「西洋音楽」を吸収した作曲家たちが育っていたことに、むしろ感心すべきだろう。基礎となる「音律」はすでに、全て〈十二平均律〉だったと見られる。
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 076 →荒城の月、1901、小林一男ら. 〔hinanohi〕
     土井晩翠/作詞、滝廉太郎/作曲。
 076-02 →Andre Rieu, Kojo No Tsuki. 〔adam4jp〕

 077  →青葉の笛、1906、小鳩くるみ. 〔sumomonga9〕
     大和田建樹/作詞、田村虎蔵/作曲。

 078 →冬景色、1914、NHK東京放送児童合唱団. 〔eisin555〕

 079  →ふるさと(故郷)、1915、八千代少年少女合唱団. 〔KAZEKOZOU6〕
     高野辰之/作詞、岡野貞一/作曲。

 080  →赤い靴、1922、ひまわり. 〔ひまわり〕
     野口雨情/作詞、本居長世/作曲。

 081 →赤とんぼ、1927、合唱団TOKIO. 〔長井道延〕
     三木露風/作詞、山田耕筰/作曲。

 082  →牧場の朝、1932、NHK東京放送児童合唱団. 〔童謡・唱歌〕
     杉村楚人冠/作詞、船橋栄吉/作曲。

 083  →この土、1959、三浦洸一.〔rocky8 懐メロチャンネル〕
     丸野セキ/歌詞、團伊玖磨/作曲。
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2694/私の音楽ライブラリー㉕—Tumbalalaika。

 私の音楽ライブラリー㉕。
 Tumbalalaika /A Yiddish Song.
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 075-01 →Beklava Klezmer Soul. 〔-〕

 075-02 →Faye Nepon.〔Tati Cañas …〕

 075-03 →Larisa Mondrus. 〔Topic〕

 075-04 →Maxwell Street Klezmer Band.〔-〕

 075-05 →The Barry Sisters. 〔Alif Luna〕

 075-06 →Passage Klezmer. 〔-〕

 075-07 →Einat Betzalel.〔Meinrad Koch〕

 075-08 →Andrea Guerra.〔olaboga 58〕
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2693/私の音楽ライブラリー㉔—Katie Melua-01。

 私の音楽ライブラリー㉔。
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 Katie Melua、Singer-songwriter、1984年9月, ジョージア生まれ、ロンドン在住。
 この人の歌は、なぜか、<安心して、聴ける>。
 なお、Pianist のKhatia Buniatishvili もジョージア出身(パリ在住)。

 070 →The Closest Thing to Crazy, 2003. 〔Katie Melua〕

 071-01 →Nine Million Bycicles, 2005. 〔Katie Melua〕
 071-02 →Nine Million Bycicles, 2005. 〔Gala〕
 071-03 →Nine Million Bycicles, In Berlin, 2005. 〔Katie Melua〕

 072 →I Cried For You, 2005. 〔Katie Melua〕

 073 →Just Lilke Heaven, 2005. 〔Julienleery66〕

 074-01 →What a Wonderful World, 2007. 〔Katie Melua〕
 074-02 →What a Wonderful World, 2007. 〔Wolfganf Duchkowitsch〕
 

2692/私の音楽ライブラリー㉓—Avinu Malkeinu。

 私の音楽ライブラリー㉓。
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 Avinu Malkeinu—A Yiddish Music.
 Avinu Malkeinuは「我が父よ、我が王よ」の意味だとされる。

 069-01a B. Streisand, Avinu Malkeinu. 〔Barbra S-.〕
 069-01b →B. Streisand, Avinu Malkeinu. 〔Abner Zarabi〕
 069-01c →B. Streisand, Avenu Malkeinu. 〔Paulo Dias〕
 069-01d →B. Streisand, Avinu Malkeinu. Live in Israel.〔Themichael1972〕

 069-02 →Lior, Sydney SO, Avinu Malkeinu. 〔liormusic〕

 069-03 →Chutney, Avinu Malkeinu. 〔CHUTNEY band〕

 069-04 →Motty Shteinmetz, Avinu Malkeinu. 〔Motty Steinmetz official〕
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2691/私の音楽ライブラリー㉒—Bublitschki。

 私の音楽ライブラリー㉒。
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 Bublitschki—A Yiddish Music.
  (ミラシドシラ/レドレドシラ/ラドミラソ♯ラ/ドシラミ…)

 068-01a →P. Mauriat, Bublitschki. 〔kemal demirkol〕
 068-01b →P. Mauriat, Bublitschki. 〔montvertjp1〕

 068-02 →Sharon Brauner, Bublitschki. 〔sharonbrauner〕

 068-03 →Ivan Rubroff, Bublitschki. 〔Slawnikowic〕

 068-04 →The Alibi Sisters, Bublichki. 〔The Alibi Sisters〕

 068-05 →Ziggy Elamans Orch., Bublitschki. 1938.〔240252〕

 068-06 Vagabondoj, Bublitschki. 〔Klezmer Frankfurt Balkan -〕

 068-07 →Moritz Weiss Klezmer Trio, Bublitschki. 〔 - 〕

 068-08 →Ron Goodwin, Bublitschki. 〔R. Goodwin &His Orchestra〕

 068-補 →Bublitschki (楽譜). 〔Music Man〕
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2690/私の音楽ライブラリー㉑。

 私のライブラリー㉑。
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 063 →八神純子, 思い出は美しすぎて, 1978. 〔曲〕
      八神純子/作詞・作曲。

 064 →大橋純子, シルエット·ロマンス, 1981.〔cross over〕
      来生えつこ/歌詞、来生たかお/作曲。

 065-01 →Barbra Streisand, Memory, 1981. 〔 - 〕
 065-02 →新妻聖子, Memory, 2008. 〔Seiko Niizuma -Topic〕

 066 →竹内まりや, 駅, 1987. 〔竹内まりや-トピック〕
      竹内まりや/作詞・作曲。

 067 →今井美樹, Pride, 1996. 〔Imai Miki〕
      布袋寅泰/作詞・作曲。
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2689/私の音楽ライブラリー⑳。

 私の音楽ライブラリー⑳。
 つぎの三つも、<(むかしの)日本の歌謡曲>の旋律に、ある程度は似ていないか。
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 060-01 →I. Perlman, Sholom Aleykhem. 〔itzhakperlman〕
 060-02 →Maayan Band, Shalom Aleichem. 〔Maayan Band〕
 060-03 →Barry &Batya Segal, Shalom Aleichem. 〔-〕
 060-04 →G. y Oxana, Shalom Aleijem. 〔Gaston y Oxana en Israel〕
 060-05 →Danielle, Shalom Alechem. 〔Dani Elle〕

 061-01 →Adam Aston, Graj skrzypku graj, 1935. 〔240252〕
 061-02 →Graj skrzypku graj (Old Polish tango). 〔Olga Mieleszczuk〕
 061-03 →Marian Demar, Graj skrzypku graj, 1936. 〔Jurek46pink〕
 061-04 →M. Fogg, Graj skrzypku graj. 〔TWGrzegorz〕
 061-05 →M. Politowsky, Graj skrzypku graj.〔Alicia Malkowska 〕

 062 →Olga Avigail, Rebeka Yiddish Tango. 〔Olga Mieleszczuk〕
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2688/私の音楽ライブラリー⑲。

 私の音楽ライブラリー⑲。
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 056-01 →Papirosen. 〔myzeidi〕 <Yiddish>
 056-02 →Zully Goldfarb, Papirosen. 〔Jurek46pink〕
 056-03 →Boris Savchuk, Papirosen. 〔The Sound of Jewish Music〕
 056-04 →Iruna Stefanyuk, Papirosn. 2012 in Poland. 〔Michel van der Burg〕

 057  →The Alibi Sisters, Yanchiku-Podolyanchiku. 〔Alibi Sisters〕 <Ukranian Klezmer>

 058 →Olga Mieleszczuk, Goodbye Odessa. 〔Olga Mieleszczuk〕 <Yiddish>

 059 →Chava Alberstein, Songs of the Vilna Ghetto, etc, 1969. 〔Dan M〕
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2687/私の音楽ライブラリー⑱。

 私の音楽ライブラリー⑱。
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 053 →Carpenters, Superstar, 1971. 〔Carpenters〕

 054 →Olivia Newton-John, Have you never been mellow, 1975. 〔Olivia Newton-John〕
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 055-01 →Raimonds Pauls, Aija Kukule, Davaja Marina, 1981.〔アニマルライフな—〕
 055-02 →Dominique Moisan. Million de Roses. 〔yendoful TITO〕
 055-03 →久保田早紀, 百万本のバラの花, 1988. 〔jayline357j〕
       訳詞・松山善三。 
 055-04 →菅原奈月, 百万本のバラ, 2019.〔Deai〕
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2686/私の音楽ライブラリー⑰。

 私の音楽ライブラリー⑰。
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 Where is the little Street ? (A Yiddish Song)
 Wikipedia によると、051-08のチェロ奏者のKristina Reiko Cooper はアメリカ・イスラエル文化財団の理事で、作曲家・池内友次郎の孫、俳人・高浜虚子の曾孫(2023年9月末の時点)。
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 051-01 →The Barry Sisters, Vi iz Dus geseleh ?. 〔albertdiner〕

 051-02 →Shmully Blesofsky, Vi iz Dus Geseleh. 〔-〕

 051-03 →Jay Black, Vi iz dus geseleh?. 〔albertdiner〕

 051-04 →Jan Peerce, Vi Iz Dus Gesele. 〔- Topic〕

 051-05 →Jan Peerce, Vi Iz dos Gesele. 〔Eduard Frenkel〕

 051-06 →Mark Berman, Vi Iz Dos Gesele. 〔Cantor Classics〕

 051-07 →Gefilte Drive, Vu Iz Dos Gesele.〔Alexander Kotler &G. Drive〕

 051-08 →K. R. Cooper, Vu is dos Gesele.〔Kristina Reiko Cooper〕
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 以下の052-01は、上の051 にきわめてよく似ている。各音が全て一致しているのでないが、三拍子、旋律の上昇・下降、そして「調子」は同じではないか。但し、より直接の「原曲」があるようだ。下の052-02, 052--03 を参照。これらと、上の051とどちらが「古い」のかは、私には分からない。
 052-01 →スリー·グレイセス, 山のロザリア, 1961.
  「ロシア民謡」とされる。作詞/丘灯至夫。
 052-02 →Alexandrovsky. 〔Michael Wuchnik〕
 052-03 →Alexandrovsky. 〔cdbpdx〕 
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2685/私の音楽ライブラリー⑯。

 私の音楽ライブラリー⑯。
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 047-01 →Paul Anka, You are my Destiny, 1957.〔PaulAnkaTV〕
 047-02 →アン·ルイス, 君はわが運命, 1976. 〔Ann Lewis -Topic〕

 048-01 →Janis Ian, I love you best, 1976. 〔Janis Ian〕
 048-02 →南沙織, 哀しい妖精, 1976. 〔南沙織 Topic〕
        作詞・松本隆。

 049-01 →Janis Ian, You are love, 映画「復活の日」ST, 1980. 〔8823 macaron〕
 049-02 →前野曜子, 「復活の日」テーマ, 1980. 〔Flendyshelty5〕
        作詞・なかにし礼。

 050-01 →Bette Midler, The Rose, 1980.〔Leona2288〕
 050-02 →手嶌葵, The Rose, 2008.〔Tony Pineapple〕
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2684/池田信夫のブログ030-04。

  「鳥羽伏見戦争」は終わっていた1968年8月に明治天皇が即位式を挙行し、その年の元日に遡って「明治」と改元してから、1945年8月に<敗戦>するまで、単純に引き算して、ちょうど77年。
 1945年に単純に77を足すと、2022年。
 明治の初めから明治憲法発布、日清・日露戦争等々を経て、対アメリカ戦争の敗戦までに至る時間の経過以上に長い期間が、「戦後」にもう過ぎているのだ。
 明治改元から2023年のちょうど中間に、1945年の敗戦が位置していることになる。
 明治初年から「敗戦」まで、日本は大きく変化した。開国・文明開化、明治憲法、日清・日露戦争、関東大震災、対中国戦争、対米国戦争、原爆投下・敗戦。
 1945年〜1951年にも、新憲法施行や「戦後改革」、サ講和条約発効等の大きな変化があった。
 だが、1951年以降に、明治時代の大変革やその後の「戦前」にあった変化以上の「変革」・「変化」が、あったのだろうか。
 すぐに思いつくのは、IT関係、情報通信環境の変化だ。また、1950年前後から、炊飯器・冷蔵庫・洗濯機や個人用自動車等の普及によって、「生活」の便宜や快適さが格段に増えてきていた。
 しかし、1868年・明治改元—1945年・「敗戦」までにあったような国家・行政それ自体にかかわる大変化は起きてこなかったように見える。
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  さて、池田信夫ブログマガジン2023年7月24日号から、長いが、再び引用する。
 「日本の法律は、官僚の実感によると、独仏法よりもさらにドグマティックな超大陸型だという。
 ルールのほとんどが法律や省令として官僚によってつくられ、逐条解釈で解釈も官僚が決め、処罰も行政処分として執行される。
 法律は『業法』として縦割りになり、ほとんど同じ内容の膨大な法律が所管省庁ごとに作られる。
 このように省令・政令を含めた『法令』で決まる文書主義という点では、日本の統治機構は法治主義である。
 これはコンピュータのコードでいうと、銀行の決済システムをITゼネコンが受注し、ほとんど同じ機能のプログラムを銀行ごとに作っているようなものだ。」
 「しかも内閣法制局が重複や矛盾をきらうので、一つのことを多くの法律で補完的に規定し、法律がスパゲティ化している」。
 「一つの法律を変えると膨大な『関連法』の改正が必要になり、税法改正のときなどは、分厚い法人税法本則や解釈通達集の他に、租税特別措置法の網の目のような改正が必要になるため、税制改正要求では財務省側で10以上のパーツを別々に担当する担当官が10数人ずらりと並ぶという。」
 「こういうレガシーシステムでは、高い記憶力と言語能力をそなえた官僚が法律を作る必要があるが、これはコンピュータでいえば、デバッガで自動化されるような定型的な仕事だ。
 優秀な官僚のエネルギーの大部分が老朽化したプログラムの補修に使われている現状は、人的資源の浪費である。」
 「問題はこういう官僚機構を超える巨視的な意思決定ができないことだ。
 実質的な立法・行政・司法機能が官僚機構に集中しているため、その裁量が際限なく大きくなる。
 国会は形骸化し、政治家は官僚に陳情するロビイストになり、大きな路線変換ができない。」
 「必要なのはルールをモジュール化して個々の法律で完結させ、重複や矛盾を許して国会が組み換え、最終的な判断は司法に委ねる法の支配への移行である。
 これは司法コストが高いが、官僚機構が劣化した時代には官僚もルールに従うことを徹底させるしかない。」
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  「省令・政令を含めた『法令』で決まる文書主義という点で」の日本の統治機構の「法治主義」から、「レガシーシステム」によるのではなくルールの「 モジュール化」をして重複や矛盾を許すよう「国会が組み換え、最終的な判断は司法に委ねる」という「法の支配」への移行が必要だ。
 たぶんこれが、基本的な趣旨だろう。
 「レガシーシステム」やルールの「モジュール化」という語には馴染みがないし、「法治主義」と「法の支配」の異同も、おおいに気になる。また、上の「官僚の実感」は適切かという問題はあるし、「優秀な官僚のエネルギーの…」と書いているけれども、日本の現在の「官僚」は—総じて今日までと比較して—本当に「優秀」なのか、という疑問はある。そもそも日本の「司法」はさほどに信頼できるか、という問題もある。
 だが、最大の問題は、池田がどのような時期的展望をもっているかは定かでないが、このような<行政スタイル>(塩野宏・行政法I-行政法総論(有斐閣、2015)の言葉)の大変革が、近い将来に日本で実際に起きる可能性はあるのだろうか、ということだ。
 どうも、否定的にならざるを得ない。少しずつでも池田が描くように変わってきているとも思えない。だからと言って、現在の<行政スタイル>を続けても、日本の国家運営・行政運営が突然に<破綻>したり、<崩壊>したりするとも思えない。
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  唐突ながら、新聞紙面でかつてから気になっているのは、「政治」面と「社会」面のあいだにあってしかるべき「行政」面の欠落だ。「政治」面は国会解散の意向はと何度も訊く、自民党の派閥や政党に関心を向ける政治部記者によって書かれ、「社会」面はほとんどが「警察ネタ」情報で、「警察署回り」で得られるが、「警察」は「行政」の一部にすぎない。このような感覚は、新聞を通じてテレビ等の関係者にも浸透してしまっているようだ。
 恒例行事の公示地価(行政関係「地価」には関係法令の違いに則して数種類があるのだが)に関する報道はあっても、例えば、<街づくり(防災にも関係する)>に直接かかわる建築基準法、都市計画法上の「用途地域」等の変更・改正に関する報道を、日本のマスメディアは全くかほとんど、してきていない。こうした幼稚で遅れたマスメディア、ジャーナリズムは、<日本の行政>を取り囲む重要な環境の一つでもある。
 原発または原発関係訴訟に関する記事も、公有水面埋立をめぐる国(これにも事業主体としての国と権力行使権限をもつ国との二種がある)と沖縄県(または沖縄県知事)のあいだの争訟に関する記事も、関係諸法の関係諸規定を知らない記者たちが書いているに違いない。ある意味では、行政「官僚」よりもこちらの方が恐ろしい。
 

2683/私の音楽ライブラリー⑮。

 私の音楽ライブラリー⑮。
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 Turkey Folk Song、Uskurada.
   「ラ—ミミミ/ファミファソミミ/レレレドレ/ミ…」
 045-01 →The Youth Chamber O. 〔Assem Kalman〕

 045-02 →Katharina Nohl. 〔Katharina Nohl〕

 045-03 →〔Arany Zoltan〕.

 045-04 →〔Kaan Ozorman〕.
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 Ukraine Folk Song、Lovely Moonlit Night.
   「ミレドドシラ/シシシシソ♯ミ/ミソ♯シレドシ/ラ…」
 046-01 →Gymnazija Kranj SyO(Slovenia). 〔zevnikov〕

 046-02 →Anna Reker, A. Rieu. 2022.〔Magmar〕

 046-03 →〔Ludmila Konstantinova〕.

 046-04 →Tempei Nakamura. 2019.〔Tempei Nakamura〕
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2682/西尾幹二批判075・トニー·ジャット。

  Tony Judt(トニー·ジャット)の文章を最初に読んだのは、つぎの著の、Leszek Kolakowski=レシェク・コワコフスキに関する章だった。
 Tony Judt, Reappraisals -Reflections on the forgotten 20th Century, 2008.
 L・コワコフスキの大著がアメリカで一冊となって再刊されることを知って、歓迎するために書いたものだった。L・コワコフスキに対する関心が、私をT・ジャットにつなげた。
 この著にはつぎの邦訳書があった。
 トニー·ジャット=河野真太郎ほか訳・失われた20世紀(NTT出版、2011)。
 原書も見たが、この訳書にほとんど依拠して、L・コワコフスキに関する章をこの欄に引用・紹介したこともあった。→No.1717/2018年1月18日·①、以下。
 T・ジャットの最後の著は、つぎだった。
 When the Facts Change -Essays 1995-2010, 2010.
 L・コワコフスキ逝去後の追悼文がこの中にあった。敬愛と追悼の念が込められたその文章には感心した。それで、この欄に原書から翻訳して、この欄に掲載した。→No.1834/2018年7月30日。
 のちに、つぎの邦訳書が刊行された。
 T・ジャット=河野真太郎ほか訳・真実が揺らぐ時(慶應大学出版会、2019)。
 この訳書にも書かれているように、上の2010年著は著者の死後に妻だったJennifer Homans(ジェニファー·ホーマンズ)により編纂されて出版されたもので、冒頭に‘Introduction :In Good Faith’ という題の彼女の「序」がある。
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  この「序」の文章を読んで、日本の西尾幹二のことを想起せざるを得なかった。
 私(秋月)はT・ジャットの本を十分には読んでおらず、L・コワコフスキについての他は、Eric Hobsbawm とFrancois Furet に関する文章の概略を読んだにすぎない(前者は2008年の著、後者は2010年の著にある)。
 したがって、J. Homans が書くT. Judt の評価が適切であるかどうかを判断する資格はない。
 だが、その問題は別としても、彼女の文章の中のつぎの二点は、日本の西尾幹二を思い出させるものだった。その二点を、以下に記そう。
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  第一。編者で元配偶者だったJ. Homans はまず冒頭で、T·ジャットの人物と「思想」(the ideas)は区別されなければならないとしつつ、彼の「思想」は「誠実さをもって」または「誠実に」書かれた、と指摘する。冒頭にこの点を指摘するのだから、よほど強く感じていたことに違いない(私にその適否を論じる資格はないが)。
 「誠実さをもって」、「誠実に」とは、原語では、「序」の副題にも用いられている、’In Good Faith’ だ。
 邦訳書にほとんど従うと、そして編者によると、これはT・ジャットの「お気に入り」の表現(favorite phrase)だった。そして、編者は、これをつぎのような意味だと理解している。
 「知的なものであろうとなかろうと、計算(caluculation)や戦略(maneuver)ぬきで書かれた著述」のことであり、「純粋(clean)で、清明で(clear)、正直な(honest)記述」だ。
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 秋月瑛二は、西尾幹二について、こう感じている。
 西尾自身は「書けることと書けないことがある」と明言し、「思想家」も「高度に政治的に」なる必要がある旨を明言したこともある。また、月刊正論では安倍内閣批判が許容されたとか語ったことがあるように、雑誌の性格によって執筆内容の範囲や限界を「忖度」していたことを認めている。
 西尾幹二の「評論家」生活、「売文」業=「自営文章執筆請負」業生活は、<計算>と<戦略>にたっぷりと満ち満ちていたのではないだろうか。
 当然ながら、「純粋」でも「清明」でもなく、重要なことだが、「正直」ではない。
 西尾幹二の<戦略>についてはほとんど触れたことがないが、この人は、とくに2000年頃以降、広い意味での<保守>派の中で、どのような立場を採れば、どのような主張をすれば、目立つか、際立つか、注目されるか、という「計算」を絶えず行なってきた、と思われる
 西尾の反安倍も、反原発も、その他も、このような観点からも見ておく必要がある。近年ではやや薄れてはきているが、少なくとも一定の時期は、<産経>または<月刊正論>グループの中でも、櫻井よしこ・渡部昇一ら(八木秀次はもちろん)とは異なる立場にいることを<戦略>として選んできた気配がある。
 J. Homans が書いているとおりだとすると、T. Judt は、西尾幹二とは真反対の著述家だったようだ。たしかに、この人のL・コワコフスキ追悼の文章は、「計算・戦略」など感じられない、一種胸を打つようなところがある。彼はあの文章を、自分自身の<ゲーリック病>による満62歳での死の10ヶ月前に書いたのだった(病気のことを全く感じさせない文章だった)。
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  第二。「序」の最後に編者、J.Homans が書いているところによると、T・ジャットは死の直前の1ヶ月に「来世」(the Afterlife)と題する小論を書き始めた。だが完成しなかったようで、2010年著にも含まれていないと見られる。
 編者に残された断片的原稿の中に、つぎの文章があった、という。ほぼ邦訳書による。
 「影響や反応(impact, response)に関する何らかの見込みをもって、ものを書いてはならない。
 そうすれば、影響や反応は歪められたものになってしまい、著作そのものの高潔さ(integrity)が汚されてしまう。」
 「無限の可能性が将来にある読者の動機(motives)が生じる文脈(context)も、予期することはできない。
 だから、それが何を意味していても、きることはただ、書くべきことを書くことだけだ。
 読者や出版社・編集者の「反応」、彼らへの「影響」を気にして文章を執筆してはならない。書くべき(should)ことを書くだけのことだ。
 西尾幹二は、かりに知ったとして、T・ジャットの死の直前に書かれたこの文章をどう読むだろうか。
 自分の文章の読み方、解釈の仕方は、読み手に任せる他はないのではないか。前回に記したようなこの人の<足掻き>、あるいは<妄執>は、いったい何に由来するのだろうか。
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 書きたいことを書くだけだ。影響などないに決まっているし、反応を気にしても仕様がない。—これは全く、この欄についての秋月瑛二の心境でもある。
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2681/西尾幹二批判074—第8巻③。

  西尾幹二全集(2011〜)の最も「グロテスク」なところは、各巻の「後記」にある。
 とりわけ、それぞれの巻にすでに収載している自らの文章の一部を、決して少なくない範囲で「後記」の中で再び引用し、掲載していることだ。
 この「くどさ」、「執拗さ」には、唖然としてしまう。
 顕著な例は、第8巻(2013年9月刊)の「後記」だ。
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  西尾は上の「後記」の最初の方で、こう書いている。
 「本巻は10年余に及ぶ体験的文章であり、一つの精神のドラマでもあるので、時間の流れに沿ってそのまま読んでいただければ有難く、余計な解説をあまり必要としないだろう。ひとつながりの長編物語になっている」。p.787。
 この点でもくどく、同じ趣旨の文章がもう一回出てくる。
 「前にも述べた通り、本巻は一冊まるごと長編物語であり、いわば10年間にわたる一つの精神のドラマでもあるので、ここからの展開は素直に順を追って読んでいただければそれで十分であり、本意である」。p.794。
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 しかし、「時間の流れに沿って」、「素直に」読んでもらえればよく、「余計な解説をあまり必要としないだろう」というのは、あくまで表面的な言辞(あえて言えば「ウソ」)で、執拗な「読み方ガイド」や「自らによる要点の指摘」をくどくどと行なっている。
 (1) 西尾は当時の臨時教育審議会の動向への批判等を「後記」で再びあれこれと書いたあと、その趣旨はこの巻(第8巻)には全体を収載していない別の書物に書いたとし、その著の「序にかえて」だけを収載したこの巻(第8巻)のその部分(293-299頁、ふつうの大きさの活字・二段組で計7頁)の、そのまたその一部(1985年)を、「後記」で、わざわざ二箇所に分けてそのまま引用している。第8巻「後記」、p.791-3。
 最初は、小活字で、13行。「本書293-294ページ」と最後にある。
 つぎは、小活字で、19行。「本書296-297ページ」と最後にある。
 「本書」293-299頁を、あるいは293-294頁と296-297頁を読めば済むことを、西尾は「後記」でもう一回記載しているわけだ。その再掲部分は、それが最初に書かれた1984年ではなく、最も重要な部分だと西尾が全集刊行の時点で判断した部分なのだろう。つまり、2013年の時点での「判断」が入っている。
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 (2) 西尾の「後記」は、編集上の注記なのではなく、主としては2013年時点での「回顧」論考になっている。
 そして、(1) と同様に、すでにこの巻に収載している1992年の著の一部を「後記」の中で長々と引用している。第8巻「後記」、p.796-7。
 小活字で、6段落、35行。「本書649-650ページ」と最後にある。
 なぜ、こんなことをするのか。西尾は、こう記載している。
 「論理的に…最も深く考えてもらいたいという箇所」を「あえて抜き出し、お示しする」。
 「大量のページ数の多さに紛れてどこが私の主張の重点ポイントかを読者が見失うのを恐れてのことである」。
 西尾幹二は、とても親切であり、あるいはとても心配症なのだ。
 しかし、同時に「グロテスク」でもある。
 別の巻に収載している文章の紹介・引用ならば、まだ理解できなくはない。だが、西尾は、この巻に収載の文章についても、読者の理解、解釈に委ねようとはしない。別言すれば、読者を信用していないのだ。「私の主張の重点ポイントかを読者が見失う」のを懸念している、と明記している。
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 (3) 以上にとどまらない。西尾はこの巻の「V」の一部(1992年)を、長々と「後記」中で再引用している。第8巻「後記」、p.798-800。
 小活字で、5段落、40行。「本書666-668ぺージ」と最後にある。
 これは、第8巻「後記」時点での西尾のコメントを挟んで、さらにつづく。第8巻「後記」、p.800-1。
 小活字で、1段落、5行。「本巻668ページ」と最後にある。
 小活字で、1段落、4行。「本巻669ページ」と最後にある。
 小活字で、1段落、3行。「本巻669ページ」と最後にある。
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  緒言または後記で全集各巻の編集者が記述すべきことは、その巻に収載している個々の論考類が最初にどこに発表され、のちにどのように単行本にまとめられたのち、その巻ではどのように配置されているか等を、一覧表的に正確に明らかにしておくことだろう、と思われる。
 しかし、編集者・西尾幹二は、この点で不十分で、不親切であることは、すでに書いた。→批判070—第8巻①。
 一方で、この人は冗舌にも、小活字の計約120行も費やして、同じ巻に収録した文章を「後記」で再び引用している。いささか<異様>ではなかろうか。最初に読んだときだろう、私が所持するこの巻の「後記」の余白には、「くどい」と書いたサインペンでの文字が二箇所にある。
 「時間の流れに沿って」、「素直に順を追って読んでいただければそれで十分であり、本意である」と言いつつ、読者が「大量のページ数の多さに紛れてどこが私の主張の重点ポイントかを読者が見失うのを恐れて」いるのが理由だ、というわけだ。だから、<くどくどと>何度も書きたくなっている。
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  こういう<グロテスクさ>は、たんに「饒舌すぎる」とか、「くどすぎる」とかの印象以上の重大な問題を胚胎している。
 すなわち、1980年代や1990年代にすでに発表した文章の一部だけを2013年にことさら再度引用することは、かつての文章の意味・趣旨を数十年後の2013年になって実質的には<改変>した、<修正>した、ということになっているのではないだろうか。
 なぜならば、1984-85年や1992年の最初の発表時にあえて選べば重要な箇所だと西尾自身は考えていた部分と、2013年に振り返って西尾がそう判断する部分は、同じではない可能性があるからだ。
 西尾は、2013年刊行のこの巻で、「私の主張の重点ポイント」とか、読者に「最も深く考えてもらいたいという箇所」とかと記している。
 その「箇所」や「ポイント」がかつての初出時での思いと全く同一でないとすれば、そうした「箇所」・「ポイント」だけを新たに指摘して引用することは、実質的には2013年時点で「加筆修正」の一種をすることに他ならないのではないか。
 西尾幹二は、なぜいけないのか、文章の書き手は同じ自分だ、と言い張るのかもしれない。
 しかし、1980年代半ばや1990年代初頭と2013年とは、時代が大きく異なる。そのあいだには、ソ連邦の解体、「新しい歴史教科書をつくる会」の発足と分裂、西尾『皇太子さまへの御忠言』の刊行等々があった。西尾幹二自身が、かつての『教育文明論』(全集第8巻のテーマ)の時期と同じ考えを持っているはずはない、と推察するのが、むしろ常識的ではないだろうか。「教育」をめぐる状況も、20年以上のあいだに変わらなかったはずはない。
 このように、西尾幹二は、全集の「後記」の執筆を通じて、かつての自分の論考類の意味・意義の修正・変更を図っている可能性がある。西尾幹二の自分編集による同・全集とはそのようなものだと(今回は各巻への主題の「作為的な」配分には触れていないが)、読者・利用者は注意しておかなければならない。
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2680/私の音楽ライブラリー⑭・M. Skoryk。

 私の音楽ライブラリー⑭。
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 Myaslav Skoryk(1938〜2020)、Lviv(Lwow, Lemberg)生れ。Lvivは今はUkraine、かつてはPoland。

 042-01 M. Skoryk, Norwegian Chamber O, Melody.
 042-02 M. Skoryk, Lviv National O, Melody.
 042-03 M. Skoryk, G. Capuçon, Melody. 〔francois paris〕
 042-04 M. Skoryk, C. Thomas, Sofia PhO, Melody.

 043 M. Skoryk, Carpathian Rhapsody. 〔Artem Lohninov〕

 044 M. Skoryk, Spanish Dance. 〔Cadenza European Art〕
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2679/神仏混淆の残存—岡山県真庭市・木山寺。

 岡山県真庭市・木山寺—2023年6月
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 神仏混淆(・習合)や神仏分離について学校や家庭でとくに教えられないままで育った。歴史教科書の明治維新の項に書いてあったかもしれないが、記憶していなかった。
 だから、この15年ほどの間に神社仏閣、とくに寺院を訪れて、驚き、また興味深く感じることもあった。
 談山神社(奈良県桜井市)を訪れて、拝礼のときに、ここは寺だったか神社だったか一瞬迷ったことがあったことは、だいぶ前にこの欄に書いた。小ぶりの十三重塔の存在は原因の一つだった。豊川稲荷(愛知県)は今は寺院だと訪問時に知って驚いた。そのうちに、今は寺院だが、境内や本堂のすぐ前に「鳥居」があるのにも慣れてきた。「聖天」と付く寺院はそうだろう。宝山寺(奈良県生駒市)、世義寺(伊勢市)など。
 今年になって、神社本庁が「本宗」としている神宮(伊勢神宮)にもかつては一体だった寺院があった、五十鈴川を挟んだ丘陵の中腹にかつてはあって今は破壊されたままだ、と書いてある文献を読んで、驚いた。伊勢神宮にすら、江戸時代には、ペアとなる仏教寺院があったのだ。
 今年2023年の6月に特段の大きな期待なく木山寺(岡山県真庭市、高野山真言宗)を訪れてみて、神仏が物理的にも一体になっている、正確には仏教的本堂のすぐ後ろに神道的建物(「鎮守社」)がくっついて存在しているのをこの目で見て、驚くというよりも、感心した。神仏混淆そのままだ、と。
 下の写真のように、仏教上の本尊は薬師如来と観音菩薩、「鎮守社」の祭神は「木山牛頭天王」と「善覚稲荷明神」。本堂・鎮守社の建物の他に、境内には四つの「稲荷大明神」を祀る「末社」の祠等々もあった。
 この寺院はもともと現在もある木山神社と一体だったようで、山の上の方の木山寺に対して、下の方に今の木山神社の本殿等がある。
 しかし、かつては神社の本殿(正殿)だったらしい現在の「奥宮」は、一つだけ道を隔てて、木山寺のすぐ近くにある(下の写真の8枚めが「奥宮」)。
 木山神社の現在の本殿の祭神は「須佐之男命」で、その隣の別の大きい木造建物は「善覚稲荷神社」とされている。両者のあいだに「天満宮」(菅原道真が祭神)もある。牛の石像が前にある。
 「牛頭天王」とは現在の京都・八坂神社の祭神と同じで、元々は中国・朝鮮半島由来の「神」だったところ、諸説があるようだが、日本的に「素戔嗚」に転じることがあるらしい。そして、アマテラス系の神を祭る神社(全国の数の上では少ない)とは別のグループの神社群を形成している。スサノオ(>牛頭天王)系を祭神とする神社に限っている、八坂神社を含む<朱印帳>がある(正確には、かつて八坂神社の朱印が捺されたその朱印帳を所持していた)。
 京都・八坂神社(祇園社)の境内には、かつて薬師如来を本尊とした仏教建築物もあるはずだ(確認しない)。
 牛頭天王・蘇民将来命は「疫病」から人々を守ってくれる神だったはずなのに、昨年までコロナ禍の数年間、「祭り」である「祇園祭り」自体が挙行されなかったのだから、その「ご利益」は本当は信じられていないのではなかろうか。最も健康のための仏神であるはずの(左掌に薬壺を乗せる)薬師如来を本尊とする京都の著名寺院も、数年間は「拝観」停止にしていたのだから、似たようなことが言えるだろう。
 肝心のときに祭りが行われず、拝礼も遠慮させるとは、いったい何のための宗教なのか、と問題にしたくもなる。本格的に立ち入るつもりは全くない。比叡山延暦寺と北野天満宮の僧侶・神職者は、同日・同場所で<ご霊会>を開催したり(2020年9月4日、500年以上ぶり)、関西薬師霊場(49+α)構成寺院は同日に一斉に<祈願法要>をした(2020年5月2日)、といったことはあったのだけれども。逸れてしまったので、元に戻ろう。
 木山寺の「鎮守社」の造形は見事だ(と素人には感じさせる)。かつて見た、高千穂神社(宮崎県)の本殿を思い出した。それが寺院の本堂に接続して後ろにひっそりと?存在しているわけだ。これほど明確に、神仏混淆の名残りを感じさせられたことは、これまで他にない。
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2678/私の音楽ライブラリー⑬。

 私の音楽ライブラリー⑬。
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 039-01 M. Legrand, Parapluies de Cherbourg. 〔Sound Track, 8823 macaron〕 <シェルブールの雨傘>

 039-02 M. Legrand, M. Oppert, Parapluies de Cherbourg. 〔Warner Classics〕 <シェルブールの雨傘>
 
 040 Maurice Jarre, Lala's Theme from Dr. Zhivago. 〔Muchahit Icek〕 <ドクトル·ジバゴ—「ララ」のテーマ>
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 041 B. Smetana, Prague City PhO, Ma Vlast Moldau, 〔EMHClassicalMusic〕 <スメタナ・モルダウ>
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ギャラリー
  • 2679/神仏混淆の残存—岡山県真庭市・木山寺。
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  • 2564/O.ファイジズ・NEP/新経済政策④。
  • 2546/A.アプルボーム著(2017)-ウクライナのHolodomor③。
  • 2488/R・パイプスの自伝(2003年)④。
  • 2422/F.フュレ、うそ・熱情・幻想(英訳2014)④。
  • 2400/L·コワコフスキ・Modernity—第一章④。
  • 2385/L・コワコフスキ「退屈について」(1999)②。
  • 2354/音・音楽・音響⑤—ロシアの歌「つる(Zhuravli)」。
  • 2333/Orlando Figes·人民の悲劇(1996)・第16章第1節③。
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  • 2320/レフとスヴェトラーナ27—第7章③。
  • 2317/J. Brahms, Hungarian Dances,No.4。
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  • 2309/Itzhak Perlman plays ‘A Jewish Mother’.
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  • 2305/レフとスヴェトラーナ24—第6章④。
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  • 2302/加地伸行・妄言録−月刊WiLL2016年6月号(再掲)。
  • 2293/レフとスヴェトラーナ18—第5章①。
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  • 2286/辻井伸行・EXILE ATSUSHI 「それでも、生きてゆく」。
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  • 2283/レフとスヴェトラーナ・序言(Orlando Figes 著)。
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  • 2277/「わたし」とは何か(10)。
  • 2230/L・コワコフスキ著第一巻第6章②・第2節①。
  • 2222/L・Engelstein, Russia in Flames(2018)第6部第2章第1節。
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  • 2203/レフとスヴェトラーナ12-第3章④。
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  • 2179/R・パイプス・ロシア革命第12章第1節。
  • 2152/新谷尚紀・神様に秘められた日本史の謎(2015)と櫻井よしこ。
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  • 2151/日本会議・「右翼」と日本・天皇の歴史15①。
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  • 2136/京都の神社-所功・京都の三大祭(1996)。
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  • 2118/宝篋印塔・浅井氏三代の墓。
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  • 2102/日本会議・「右翼」と日本・天皇の歴史11①。
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  • 2101/日本会議・「右翼」と日本・天皇の歴史10。
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  • 2098/日本会議・「右翼」と日本・天皇の歴史08。
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